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2011年         1月号
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【変化する日本語】

●子どもたちの日本語

++++++++++++++

10年単位で、子どもたちの
使う日本語が大きく変化する。
そのつど、「アレッ!」と思う。

で、最近、気になるのは、2語言葉。
たいていのことを、2語だけで
表現しようとする。
基本的に、形容詞から「〜い」を
省略する。
「寒い」は「サム」となる。

ほかに・・・。

++++++++++++++

●2語言葉

キモ・・・気持ち悪い
ウザ・・・うざい(うるさい)
ダサ・・・ださい
エロ・・・変態
カタ・・・固い
ヤワ・・・やわらかい
ウマ・・・うまい
チョウ・・・(超)たいへん
スゴ・・・すごい
ヤバ・・・やばい
クサ・・・臭い
マジ・・・本当に?
アツ・・・熱い
サム・・・寒い
アマ・・・甘い
カラ・・・からい
イタ・・・痛い

 やがて日本人は、こういう会話をするようになる。

A「あれ、ダサ!」
B「マジ、ダサ!」
A「スゴ、ヤバ!」
B「マジ・・・エロくねえ?」
A「チョウ、エロ!」と。

 さらに気になるのは、ネット用語。
今朝も私のYOUTUBEにコメントが入っていた。
「ダコ」と。
意味はわからないが、かなりけなした言葉であることはわかる。
若者たち、とくにネットユーザーたちにしかわからない用語も多い。

●変化

 少し前、こんな原稿を書いたことがある。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●「先生は、S? それともM?」

+++++++++++++++++

中学生のSさんが、突然、私にこう
聞いた。

「先生、先生は、S? それとも
M?」と。

ギョッとした。が、そこはとぼけて、
「服はみんな、Mサイズだよ。下着は
Sかな?」と。

が、その子どもの方が一枚、上手だった。

するとSさんは、「そうじゃないわよ。
先生は、サド? それともマゾ?」と。

+++++++++++++++++

 学生言葉というのがある。学生しか通じない言葉である。あとで以前、それについて書
いた原稿を添付しておくが、今度は、「SとM」。

 そこでSさんに、話を聞くと、こう教えてくれた。

 「いじめる側に回って、いじめるのが好きな人を、Sというのよ。反対に、いじめられ
る側に回って、いじめられるのを楽しむ人を、Mというのよ」と。

私「いじめられて楽しい人なんているの?」
S「いるわよ。そういう趣味の人も」
私「それはおかしいよ。趣味だなんて……」
S「いじめられる側って、結構、気楽なものよ」
私「あのねえ、そういう考え方をするバカがいるから、いじめの問題は、いつまでもつづ
くんだよ」と。

 しかしサドとか、マゾとか、そういう言葉が、中学生の子どもの口から出てくるとは、
想像もしていなかった。ホント!

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●子どもの心をつかむために

 あなたは子どもの世界(小学生)を、どれほど知っているだろうか。つぎの言葉の中で、
意味を説明できるのが、いくつあるか、答えてみてほしい。

●アブトロニック
●ムッチョ
●ホグワーツのグリフィンドール
●マッチョ(流行語)
●ブルーアイズ、アルティミッドドラゴン
●かごちゃん、つじちゃん、ごっちん、なっち
●SAKURAドロップ
●桃色の片思い

 8問のうち、5〜6問までわかれば、あなたはすばらしい親と考えてよい。子どもの心
をしっかりと、つかんでいる。

 正解は、つぎ。

○アブトロニック……10分で腹筋を600回、振動する美用具、19800円
○ムッチョ……筋肉モリモリ、「ムキムキマッチョ」……筋肉モリモリの人。
○ハリーポッターの通う全寮制の学校と、宿舎名
○マッチョ……筋肉モリモリ(ムッチョの最近の言葉)
○遊戯王の裏ワザ……ブルーアイズ・ホワイトドラゴンが三枚と、アルティミッドドラゴ
ンが一枚。それと融合カードが一枚で、ブルーアイズ・ホワイトドラゴンが降臨する。
○モーニング娘の、かごちゃん、つじちゃん、ごっちん、なっち
○宇多田ひかるの「SAKURAドロップ」
○松浦あやの「桃色の片思い」

 あなたも一度、子どもの前で、こう言ってみたらどうだろう。「あのね、ブルーアイズ・
ホワイトドラゴンが三枚と、アルティミッドドラゴンが一枚。それと融合カードが一枚で、
ブルーアイズ・ホワイトドラゴンが降臨するんだってね。あなた知っている?」と。

あなたの子どもは目を白黒させて、あなたを尊敬するようになるだろう。一度、試して
みてほしい。女子だったら、「私、かごちゃん、つじちゃん、ごっちん、なっちの中で、
やっぱりかごちゃんが一番、すてきだと思うわ」と。コツは、さりげなく、サラリと子
どもの前で言うこと。

●子どもの言葉

●子どもの言語能力(Language Ability of Children)
What is the difference between men and apes? T. Sawaguchi says it is the difference 
between men who has language ability and the apes which do not have language ability. 
It means to improve the language ability is an essential part of education, especially 
when the boys or girls are at the proper age for the education.

++++++++++++++++

ついでに……、
澤口俊之氏は、「言語能力こそが重要」
と説く(「したたかな脳」日本文芸社)。

私も、そう思う。

++++++++++++++++

澤口俊之氏は、「言語能力こそが重要」と説く(「したたかな脳」日本文芸社)。

 私も、そう思う。

 言語能力のあるなしで、その人の知性が決まる。「ヒトとサルの違いは、この言語能力の
あるなしである」(同書)という。

 私も、そう思う。

 つまりその言語能力を喪失したら、ヒトは、ヒトでなくなってしまう。ただのサルにな
ってしまう。

 が、最近、その言語能力のない人が、ふえてきた。いろいろな原因が考えられているが、
要するに、人間、なかんずく日本人が、それだけ「バカ」(養老孟子)になってきたという
ことか。

 先日も、コンビニで立ってレジがすむのを待っていたら、前に立っていた母親が、自分
の子どもに向かって、こう叫んでいたという。

 「テメエ、騒ぐと、ぶっ殺されるぞオ!」と。

 これは、ある小学校の校長先生が話してくれたエピソードである。服装や、かっこうは
ともかくも、その母親の頭の中は、サル同然ということになる。

 つまりは思考能力ということになるのだろうが、それを決定づけているのが、大脳の中
でも前頭連合野である。最近の研究によれば、この前頭連合野が、「人格、理性と深いかか
わりがあることがわかってきました」(同書、P34)という。

 その前頭連合野の発達のカギを握るのが、ここでいう言語能力である。しかもその発達
時期には、「適齢期」というものがある。言語能力は、ある時期に発達し始め、そしてある
時期がくると、発達を停止してしまう。「停止」という言い方には語弊があるが、ともかく
も、ある時期に、適切にその能力を伸ばさないと、それ以後、伸びるといことは、あまり
ない。

 それを「適齢期」という。

 私の経験では、子どもの、論理的な思考能力が急速に発達し始めるのは、満4・5歳か
ら5・5歳と、わかっている。この時期に、適切な指導をすれば、子どもは、論理的に考
えることができる子どもになるし、そうでなければ、そうでない。

 この時期を逸して、たとえば小学2年生や3年生になってから、それに気がついても、
もう遅い。遅いというより、その子どものものの考え方として、定着してしまう。一度、
定着した思考プロセスを修正、訂正するのは、容易なことではない。

 で、言語能力については、何歳から何歳までということは、私にはわからない。わから
ないが、その基礎は、言葉の発達とともに、小学生のころから、大学生のころまでに完成
されるのではないか。

 この時期までに、ものを考え、言語として、それを表現する。そういう能力を養ってお
く必要がある。

 澤口氏は、「日本人の脳の未熟化が進んでいる」(同書、P130)と、警告しているが、
このことは、決して笑いごとではすまされない。
(はやし浩司 言語能力 大脳 前頭連合野 適齢期 したたかな脳)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●ツイッター

 ネット・サービスのひとつに、「ツイッター」というのがある。
「つぶやき」という意味である。
参加者は、一行程度の言葉を書き込む。
それに応えて別のだれかが、やはり一行程度の言葉を書き込む。
言うなれば、文字による一口会話。
それが無限の連鎖をともなって、どんどんと広がっていく。

 そんなサービスだが、社会的な影響力となると、計り知れない。
最近では、政治そのものを動かすほどの力をもつまでになった。
「2チャンネル」というサービスもある。
似たようなサービスだが、2チャンネルというのは、テーマ別。
それについて意見を書くことによって、ズラズラと書き込みが連なっていく。

 それはともかくとして、つまりツイッターにせよ、2チャンネルにせよ、
文化か文化でないかということになると、答は「NO!」。
恐ろしく無の世界。
虚無の世界と言ってもよい。
言葉としての、価値は、ゼロ。
幼児がだれかに、「バカ」と言うのと同じ。
言うなれば、虚無の世界だけが、不気味に広がりつつある。

●英語をやめて、論語?

 ところで昨日、書店で文藝春秋を立ち読みした。
その中に、こんなアーティクル(記事)が載っていた。

「英語教育は不要。代わりに論語を教えろ」と。

 2人の学者の対談形式のアーティクルだった。
が、どこかおかしい?

(1)仕事で英語を使っている人は、20%前後(記憶)。
だから全員に英語教育をする必要はない。
(2)会社の社内で、英語を公用語としている会社がある。
そういう会社は、やがてつぶれる。
一生懸命そういう会社を応援しよう。
そしてつぶれるのを待って、他山の石としよう。
(3)イギリスでは、全員英語を話せる。
そのイギリスが今、どういう国かを知れば、英語教育の無駄がわかるはず。
(4)日本語も満足に話せないのに、何が英語教育か、と。

 そしてここで英語教育と論語教育をバーター(交換取り引き)。
「学校では論語を教えろ」と。

 どうして英語と論語が、バーター?

(1)中学校の教科書で漢文のページが2ページしかないのはおかしい(記憶)。
(2)論語のすばらしさを、教えるべき、と。

 中国では、孔子信仰と言って、孔子そのものが、日本でいう宗教団体の対象に
なっている。
思想的にもすぐれているかもしれないが、「学校で聖書を教えろ」というぐらい、
微妙な問題を含んでいる。
どうして今、論語なのか。
それについては、たびたび書いてきたのでここでは省略する。

 話は逆。
日本の英語教育は、30年は後れた。
だからこの先、日本はますます国際化の波に乗れず、没落していく。
一読して、「何を今さら」という印象をもった。
それに日本語が変化し、ますますだらしなくなっているのは、英語教育が
始まったからではない。
論語教育をしなかったからでもない。
日本語そのものがもつ、多様性というか、未熟性に起因する。
10年単位で、若者たちが使う日本語を追いかけてみると、それがよくわかる。
それともあなたは、明治時代(たった100年前)に書かれた文章を、スラスラと
読むことができるだろうか。

 文藝春秋で対談した両氏には悪いが、あまりにも常識外れな論法。
ちなみにオーストラリアのグラマースクールでは、中1レベルで、外国語として、
中国語、日本語、インドネシア語、ドイツ語、フランス語から選択学習できる。
もちろんラテン語を教えているところもある。
 
 もし両氏の論法が正しいとするなら、両氏は世界に向けて、こう言えばよい。
「みなさん、日本語を勉強するのは、やめなさい。
勉強しても無駄になりますよ。
どうせ今後、没落していきます。
その代わり、中国語、なかんずく論語を勉強しなさい」と。

 暴論と言うことは、よくわかっている。
しかし文藝春秋を読んで、私はそう感じた。

 「世に暴論、数々あれど、暴論というのがどういうものか知りたかったら、文藝春秋
の今月発売後を読んでみたらよい」と。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW 
はやし浩司 英語教育 論語教育 文藝春秋 変化する日本語)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【参考】(2005,6年ごろに書いた原稿)

++++++++++++++++

たしかに、日本語が乱れている。
それはわかる。しかし……。
いろいろ議論されているが、どれも
どこか的をはずれているようにも、
感ずる。
本当に、日本語は乱れているのか?

+++++++++++++++++

 中学生レベルの国語力しかない学生が、国立大で   …… 6%
                   4年生私立大で  ……20%
                   短大で    ……35%

「大学生の日本語力が低下し、中学生レベルの国語力しかない学生が国立大で6%、四年制
私立大で20%、短大では35%にのぼることがわかった」というのだ。

調査したのは、独立行政法人「メディア教育開発センター」(千葉市)のON教授(コミュニケー
ション科学)ら。(注……04年度に入学した33大学・短大の学生約1万3000人を対象に、中
1から高3相当の問題を盛り込んだテストを行い、02年度に中高生に実施したテスト結果と照
らし合わせて、レベルを判定したという。)

たとえば「憂える」の意味を「喜ぶ」と思いこんでいる学生が多いなど、外国人留学生より劣る
実態で、授業に支障が出るケースもあるという。同教授は「入学後の日本語のリメディアル(や
り直し)教育が必要」と指摘する。

その結果、中学生レベルと判定された学生は、5年前に行われた調査と比較して、国立大が
0・3%から6%、私立大が6・8%から20%、短大が18・7%から35%と、数年間で大きく増
加していることが分かったという。

Yahoo・ニュースは、「テストでは『憂える』の意味を問う設問で、『中学生レベル」』と判定され
た学生の3人に2人が『うれしい』に音感が近いためか『喜ぶ』を選択。『大学生レベル』とされ
た学生の中でも正答率は50%にとどまり、文字通り"憂える"結果となった」と伝えている。

【問題の例】

 ☆露骨に

(1)ためらいがちに     (0%)
(2)おおげさに    (83.3%)
〔3〕あらわに     (16.7%)
(4)下品に         (0%)
(5)ひそかに        (0%)
       
 ☆憂える

(1)うとましく思う  (16.7%)
(2)たじろぐ        (0%)
(3)喜ぶ       (66.7%)
〔4〕心配する        (0%)
(5)進歩する     (16.7%)

 ☆懐柔する

(1)賄賂をもらう   (50.0%)
(2)気持ちを落ち着ける(33.3%)
(3)優しくいたわる  (16.7%)
〔4〕手なずける       (0%)
(5)抱きしめる       (0%)
(カッコ内は中学生レベルと判定された学生が回答した割合、〔 〕数字が正解)
 *小数点計算で合計は必ずしも100にならない
(以上、Yahoo ニュースより)

 私も、最近の子どもたちが口にする日本語には、かなり問題があると考えている。しかしそれ
は、個々の言葉の使われ方にあるのではなく、文全体として、問題があると考えている。数日
前にも、それについて書いた。「先生、終わったら、どうするのですか?」と言った子どもがいた
ので、私は、こう答えてやった。

「先生は、まだ終わらない。元気でピンピンしている。先生が終わったら、葬式でもしてくれれば
いい」と。

 こうした言い方の代表的なもののひとつに、「先生、オシッコ!」というのがある。「トイレへ行
きたい」と言うべきときでも、子どもたちは、「先生、オシッコ!」と言う。だから、すかさず、私
は、こう言う。「私は、オシッコではない。人間だア!」と。
 で、最初の話題。つまり国語力。

 「日本の論点」(04)は、「国語に関する世論調査」(04)の結果について、報告している。そ
して「誤った敬語を含む例文を、正しいと思う人が目立つ」と。
 たとえば……
 「先ほど、中村さんがお話しされたように、この本は、とても役にたちます」(まちがい)→正しく
は「お話しになったように」
 「先生が、お見えになります」(まちがい)→正しくは「先生が、見えます」
 「ご乗車できません」(まちがい)→正しくは「ご乗車になれません」
 
 しかしこうした議論を一巡すると、つまり、あれこれ議論をしつくすと、そこに、ふと、こんな疑
念がわいてくる。つまり、これは国語力の問題ではなく、日本語そのものがもつ、欠陥(けっか
ん)ではないか、と。
 たとえば英語で、「I go to Tokyo.」は、
 「私、東京、行く」
 「東京、私、行く」
 「東京、行く、私」と、どんな言い方をしても、意味が通じてしまう。私が住む浜松市では、こう
した言葉の間に、(ジャン)(ダニ)を入れる。たとえば、「私、東京、行く」は、「私、東京、行くジ
ャン」と。

 こうした言葉としての欠陥は、100年単位でみると、さらによくわかる。この日本では、たった
100年前に書かれた文章ですら、辞書なしでは、理解することができない。200年前、300年
前の文章となると、さらに、そうである。

 流動的というよりも、言葉としての一貫性が、まだ確立されていない。だから今の今も、日本
語は、乱れつづけている。

 で、問題は、それが悪いことなのかどうかということ。最近では、コンビニ言葉につづいて、オ
タク言葉、さらにはネット言葉というのも、生まれている。そしてそういう言葉が、表に出てきて、
日常会話の中でも使われるようになってきている。

 ためしに中学生たちが話している会話に、そっと耳を傾けてみるとよい。多分、あなたは、彼
らが、何を話しているか、その意味すらわからないのではないだろうか。たとえば、彼らは、こ
んな話し方をする。

「私、あいつにコクられて、いやだった。だって、フタマタよ。それをXXのヤツ、チクってね。あと
は、シュラバ。私には、ラブな人、ちゃんといるのよ。私、マッチョは嫌い。腹筋が、8つに分か
れている男なんて、サイテー。頭にきたから、デニルしてね。あとは、シカト……」と。

 ついでに、若い人たちの間で、よく使われる言葉について、調べてみた。私が中学生たちか
ら、直接、聞き取り調査したものである。

 コクル……告白する。
 デニル……デニーズ(レストラン)に行く。
 マクル……マクドナルドに行く。
 カリパク……借りたあと、返さないで、もっていること。
 パクル……盗む。
 シュラバ……自分のまずいところを見られること。
 フタマタ……浮気のこと。二人の異性とつきあうこと。
 チクル……告げ口をする。
 パシリ……下っ端のこと。子分的な人のこと。
 アリガチ……ありえること。
 シカト……無視する。
 ラブな人……好きな人。
 A(エイ)……手を握るつぎの段階。(つぎに、B、Cへと進む。)
 マッチョ……筋肉質の人。
 
  もっとも、今の若い人たちは、日常的に、そういう言葉、つまり、「テメエ、殺すぞ」式の言葉
を使っている。ドキッとする言い方だが、これも、ごく日常的な言い方で、特別な言い方ではな
い。が、その一方で、旧来型の日本語を知らないからといって、国語力が落ちていると判断す
るのも、どうかと思う。

 つまり言葉というのは、いつも大衆が先導して決めるもの。そしてその大衆は、いつも、若い
世代によって、先導される。つまり一部の学者が、おかしいと言うなら、それを言う学者のほう
が、おかしいということになる。「国語に関する世論調査」(04、ON教授ほか)でも、敬語の使
われ方を問題にしている。

 これについても、「敬語は、日本語の美しさを代表するものだから、守るべき」という意見と、
「敬語など、もうどうでもよいではないか」という意見の2つが、するどく対立している。私自身
は、めったに敬語など使わない。天皇についても、「天皇が浜松へ来た」と書くことはあっても、
「天皇陛下が、浜松へ、おいでになりました」と書いたことは、一度もない。

 敬意を表す、表さないということではなく、どこでどのように一線を引くか、それを考えるのが、
めんどうだからに過ぎない。いちいちそういうことを考えながら文を書くというのも、たいへん疲
れる。それに敬語の底流にあるのは、日本人独特の、上下意識。敬語を考えるときは、いつ
も、その上下関係を考えなければならない。だから敬語は、無視。大きな流れとしても、敬語
は、この先、消えゆく運命にある。

 だから「国語に関する世論調査」そのものが、どこか、おかしい。その調査では、「敬語の使
われ方がおかしいから、日本語が乱れている」というような結論を出したかったのかもしれな
い。しかし最近の若い人に言わせると、「今どき、敬語なんて……」ということになる。

 だから視点を変えてみたら、どうだろうか。つまりここにも書いたように、個々の言葉の使わ
れ方を問題とするのではなく、文全体として、的確に自分の意思を相手に伝えることができる
かどうかという視点で、である。その際、どんな言葉が使われようが、それは問題ではない。

 「今日、学校あった」(まちがい)→「今日、学校で、授業がありました」
 「これは、パパが建てた家」(まちがい)→「これはパパが、買った家」
 「これは、私の学校」(まちがい)→「これは、私が通っている学校」と。
 で、反対に、これを調査した、「メディア教育開発センター」のON教授に、こんなテストをして
みたら、どうだろうか。はたして、ON教授は、何点取れるだろうか?

【問題の例】

☆ムッチョ
(1)むっつりしているさま
(2)貯金がないこと
〔3〕筋肉がモリモリしているさま
(4)いやがっていること
(5)怒っている様子

☆コクル
(1)告発する
(2)忠告する
(3)密告する
〔4〕告白する
(5)納得する

☆カリパク
(1)食べ物の名前
(2)借りて返すこと
(3)カリカリと怒ること
(4)道路で座ってものを食べること
〔5〕借りて返さないこと

☆アリガチ
(1)ありがた迷惑
(2)ありがとう
〔3〕ありえること
(4)ありえないこと
(5)いらぬ節介のこと

☆フタマタ
(1)2つのことを同時にすること
(2)2人の人と、同時につきあうこと
〔3〕浮気すること
(4)2つの選択肢のこと
(5)いやなこと

☆シュラバ
(1)喧嘩すること
(2)がんばること
(3)ここ一番というとき
(4)苦労すること
〔5〕何か、まずいことがバレること

 日本語も、どんどんと変化している。もともと日本語という言語は、そういう言語であるというこ
と。調査では、「憂える」の意味を知らないことを問題にしているが、実際、若い人たちが使わ
ない言葉であれば、それもしかたないのではないか。

 さらに一言つけ加えるなら、私自身は、旧世代の人たちは、もう少し、若い人たちに、謙虚で
あるべきではないかと思っている。繰りかえしになるが、「自分たちは知っている。しかし今の
若い人たちは知らない。だから今の若い人たちは、おかしい」という論法自体が、おかしいとい
うことになる。どこかものの考え方が、復古主義的?

 ただし世の親たちに一言。

 高校入試にせよ、大学入試にせよ、そこで使われる入試問題は、こうしたどこか頭の古い、
旧世代の人たちによって作られている。だから、子どもの(進学)ということを考えるなら、体制
に迎合したほうがよい。そのほうが、あなたの子どももスイスイと、学歴社会を生きぬくことがで
きる。

 そのためにも、あなたの子どもには、ここに書いたように、正しい言葉で、かつ豊かな言葉で
話しかけるとよい。「テメエ、殺すぞ」ではなく、「あなたが、そうすれば、あなたは、私によって、
殺されますよ」と。
 なお、上から(3)(4)(5)(3)(3)(5)の、〔かっこ〕が正解。

(はやし浩司 国語力 日本人の国語力 表現力 敬語 日本語の乱れ はやし浩司 子供の
国語力 子どもの国語力 変化する日本語 言語能力 はやし浩司 若者言葉 シカト)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 21日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●はやし浩司 2010−12−10

●消えたキジバト

 二羽のキジバトの雛がいた。
数日前、一羽が行方不明になった。
昨日、もう一羽も行方不明になった。
まだじゅうぶん、飛べないはず。

 昨日もワイフが、しばらくあちこちをさがした。
私もさがした。
が、どこにもいなかった。

 『ドラえもん』の中に出てくる、タンポポの種の話を思い出した。

●子どもの巣立ち

 子どもは巣立ったあと、無数の父親に出会い、無数の母親に出会う。子どもはたしかにあな
たから生まれ、あなたによって育てられるが、決してあなたのモノではない。あなたが育てるの
は、あくまでも一人の人間。そしてその人間は、やがてあなたから巣立ち、その子ども自身の
人生を始める。



 親としては、うれしくも、どこかもの悲しい瞬間でもある。自分の手で子どもの心をすくってい
るはずなのに、その心が、指の間からポタポタともれていく。その切なさ。そのはがゆさ。しかし
親としてできることはもうない。ただ黙って、その背中を見送るだけ。



 子どもは、子どもの世界で、それから先、無数の父親に出会い、無数の母親に出会ってい
く。私ひとりが、子どもの父親ではない。母親でもない。そう思うのは、それは同時に、私たちが
子離れの、最後の仕あげをするときでもある。「お前の人生は、お前のもの。たった一度しかな
い人生だから、思う存分、この世界を羽ばたいてみなさい」と。



 が、振りかえると、そこには秋の乾いた風。ヒューヒューと乾いたホコリを巻きあげて、枯れた
木々の間で舞っている。心のどこかで、「こんなはずではなかった」と思う。あるいは「どうしてこ
ういうことになってしまったのか」とも思う。しかし子どもは、もうそこにはいない。



 願わくば、幸せに。願わくば、無事に。願わくば、健康に。



 親孝行? ……そんなくだらないことは考えるな。家の心配? ……そんなくだらないことも
考えるな。私たちは私たちで、最後の最後まで、幸福に生きるから、お前はお前たちで、自分
の人生を思いっきり生きなさい。この世界中の人が、お前の父親だ。お前の母親だ。遠慮する
ことはない。



 精一杯、親としてそう強がってはみるものの、さみしいものはさみしい。しかしそのさみしさを
ぐっとこらえて、また言ってみる。「元気でな。体を大切にするんだよ」と。あの藤子・F・不二雄
の「ドラえもん」の中にも、こんなシーンがある。「タンポポ、空をゆく」(第一八巻・一七六ペー
ジ)というのが、それ。



 タンポポがガラスバチの中で咲く。それをのび太が捨てようとすると、ドラえもんが、「やっと育
った花の命を、……愛する心を失ってはいけない」と、さとす。物語はここから始まるが、つぎ
にドラえもんは、のび太に、花の心がわかるグラス(メガネ)を与える。のび太は、そのグラスを
使って、花の心を知る。



 タンポポの心を知ったのび太は、タンポポを日当たりのよい庭に植えかえる。が、しばらくす
ると、嵐がやってくる。のび太はタンポポをすくうため、嵐の中で、そのタンポポに植木バチをか
ぶせる。こうした努力があって、タンポポはやがてきれいな花を咲かせる。のび太が「きれいに
咲いたね」と声をかけると、タンポポは、「のび太さんのおかげよ」と、礼を言う。「こんないい場
所へ植えかえていただいて、嵐から守ってもらって。のび太さんは、ほんとうにやさしくて、たの
もしい男の子だわ」と。



 そのタンポポの種が、空を飛び始めるとき、のび太は、こう言う。「いよいよだね」と。小さなコ
マだが、のび太が手をうしろに組み、誇らしげに空を見ているシーンが、すばらしい(一八六ペ
ージ)。そのあと、のび太はこうつづける。

 「子どもたちが、ひとりだちして、広い世界へ飛び出していって……、きれいな花を咲かすん
だね」と。 

 一人(一本)だけ、母親のタンポポから離れていくのをいやがる種がいる。「いやだあ、いつま
でもママといるんだあ」と。それを見てのび太が、またこうつぶやく。「いくじなしが、一人残って
いる……」と。



 タンポポの母親「勇気を出さなきゃ、だめ! みんなにできることが、どうしてできないの」

 子どもの種「やだあ、やだあ」

 のび太「一生懸命、言い聞かせているらしい。タンポポのお母さんも、たいへんだなあ」

 タンポポの母親「そうよ、ママも風にのって、飛んできたのよ」

 子どもの種「どこから? ママのママって、どこに生えていたの?」

 タンポポの母親「遠い、遠い、山奥の駅のそば……。ある晴れた日、おおぜいの兄弟たち
と、一緒に飛びたったの」

 子どもの種「こわくなかった?」



 タンポポの母親「ううん、ちっとも。はじめて見る広い世界が、楽しみだったわ。疲れると。列
車の屋根におりて、ゴトゴト揺られながら、昼寝をしたの。夜になると、ちょっぴりさびしくなっ
て、泣いたけど、お月さまがなぐさめてくれたっけ。高くのぼって、海を見たこともあるわ。青く
て、とってもきれいだったわよ。やがてこの町について……。のび太さんの、お部屋に飛び込ん
だの」

 子どもの種「ママ、旅をして、よかったと思う?」

 タンポポの母親「もちろんよ。おかげできれいな花を咲かせ、ぼうやたちも生まれたんですも
の」



 子どもの種「眠くなっちゃった」

 タンポポの母親「じゃあね。歌を歌ってあげますからね。ねんねしなさい」



 子どもの種が旅立つ日。のび太はその種を、タケコプターで追いかける。



 のび太「おおい、だいじょうぶか」

 子どもの種「うん。思ったほど、こわくない」

 のび太「どこへ行くつもり?」

 子どもの種「わかんないけど……。だけどきっと、どこかできれいな花を咲かせるよ。ママに
心配しないでと伝えて」

 のび太「がんばれよ」



 この物語は、全体として、美しい響きに包まれている。何度読み返しても、読後感がさわやか
である。それだけではない。巣立っていく子どもを見送る親の切なさが、ジーンと胸に伝わって
くる。子どもの種はこう言う。「ママに心配しないでと伝えて」と。タンポポの親子にしてみれば、
それは永遠の別れを意味する。それを知ってか知らずか、のび太はこう言ってタンポポの種を
見送る。「がんばれよ」と。私はこの一言に、藤子・F氏の親としての姿勢のすべてが集約され
ているように感ずる。



 あなたの子育てもいつか、子どもの巣立ちという形で終わる。しかしその巣立ちは決して美し
いものばかりではない。たがいにののしりあいながら、別れる親子も多い。しかしそれでも巣立
ちは巣立ち。子どもたちは、その先で、無数の父親や母親たちを求めながら、あなたから巣立
っていく。あなたはそういう親たちの一人に過ぎない。あなたがせいぜいできることといえば、そ
ういう親たちに、あなたの子どもを託すことでしかない。またそうすることで、あなたは子どもの
巣立ちを、一人の人間として見送ることができる。



 さあて、あなたはいったい、どんな形で、子どもの巣立ちを見送ることになるだろうか。それを
心のどこかで考えるのも、子育てのひとつかもしれない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 子供
の巣立ち 巣立ち論 子どもの巣立ち 藤子・F たんぽぽ はやし浩司 家庭教育 育児 教
育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 ドラえもん タンポポ 
巣立ち)


●キジバト

 断言するが、うちのハナ(ポインター種、猟犬)は、けっして雛を襲わない。
枝から雛が落ちてくると、ワンワンとほえて私たちに知らせるが、襲うことはない。
(子犬のときは。雛と戯れて、雛を殺してしまったことはあるが……。)
ハナは、人相はよくないが、心のやさしい犬である。
今では、キジバトのほうでもそれをよく知っていて、数メートル先でも平気で、エサを
食べている。

 しかし、どこへ行ってしまったのか?

 で、残るは、猫ということになる。
このあたりでも、猫を放し飼いにしている家は多い。
無責任極まりない飼い方ということになる。
猫だって、犬と同じように家の中で飼うべき。
外では、ひもをつけて飼うべき。
欧米の人たちは、みな、そうしている。

 ハナの目を盗んでは、私の家の庭にやってくる。
猫に見つかったら、雛は逃げようがない。
どこかの猫に殺されたのかもしれない。
巣立ちとは言うが、あまりにも過酷な巣立ち。

 窓の外の空にになった巣には、今朝も冬の白い光がさしこんでいる。
静かな朝だ。
色を変え始めた栗の葉が、小刻みに揺れている。


みなさん、おはようございます。
 

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

2010年3月11日木曜日
*What is Wisdom for Man 

++++++++++++++++

この原稿が、グーグルの「知恵」サイトに
正式に紹介されるようになりました。
それを記念して、ここに再掲載します。

++++++++++++++++

●知恵

++++++++++++++++++++++

布施、持戒、忍辱、精進、善定、知恵を、6つの徳目を、
「六波羅密(ハラミツ)」という。
このうちの「布施、持戒、忍辱、精進、善定」については、
たびたび書いてきた。
が、「知恵」については、あまりにも当たり前のことと
思い、書いたことがない。

++++++++++++++++++++++

●知恵の重要性

 教育の世界では、「無知は罪」と考えてよい。
親の無知が、子どもの心をゆがめるというケースは少なくない。
相手がいないばあいなら、無知であることも許される。
しかし相手がいて、その相手に影響を及ぼすなら、「無知は罪」となる。
しかもその相手というのが、無抵抗な子どもというのなら、なおさらである。
そういう意味では、総じて言えば、愚鈍は恥ずべきことであって、けっして誇るべきこと
ではない。

 で、六波羅密においては、「知恵」を6番目の徳目としてあげた。
もちろんこれは私の勝手な解釈によるもので、仏教学者の人たちなら、顔を真っ赤にして
怒るかもしれない。
六波羅密は、大乗仏教(北伝仏教)の修行法の根幹をなすものである。
「はやし(=私)ごときに、何がわかるか!」と。

●善と悪

 そこで私の善悪論の根幹をなす考え方について。
私はいつもこう書いている。

「悪いことをしないからといって、善人というわけではない」
「よいことをするから、善人というわけでもない」
「人は、悪と積極的に戦ってこそ、善人である」※と。

 「悪と戦う」というのは、(外部の悪)はもちろんのこと、(自分自身の内部に潜む悪)
もいう。
このことも、子どもの世界を観察してみると、よくわかる。

 何もしないで、静かにおとなしくしている子どもを、よい子どもとは言わない。
あいさつをきちんとし、先生の言うことをハイハイと、従順に従う子どもを、よい子ども
とは言わない。
身近でだれかが悪いことをしたとき、それを制したり、戒める子どもを、よい子どもとい
う。

 実際、よいこともしなければ、悪いこともしないという人は、少なくない。
万事、ことなかれ主義。
小さな世界で、丸く、こじんまりと生きる。
しかしそういう人を、善人とは言わない。
「つまらない人」という。
ハイデッガー風に言えば、「ただの人(das Mann)」。

 で、私たちは、積極的に悪と戦っていく。
そのとき最大の武器となるのが、「知恵」ということになる。
知恵なくして、人は、悪と戦うことはできない。
「悪」のもつ愚鈍性を見抜いたとき、善は悪に打ち勝ったことになる。
これには、(外部の悪)、(内部の悪)もない。

●知恵を磨く

 愚鈍の反対側にあるものが、「知恵」ということになる。
そう考えると、知恵が何であるかが、わかる。
言い替えると、「考える力」、その結果として得られるのが、「知恵」ということになる。

 誤解してはいけないのは、知識イコール、知恵ではないということ。
いくら知識があっても、それを反芻し、消化しなければ、知恵にはならない。
その「反芻し、消化する力」が、「考える力」ということになる。

 このことは反対に、老人の世界を観察してみると、よくわかる。
認知症か何かになって、考える力そのものを喪失したような老人である。
口にすることと言えば、過去の愚痴ばかり。
そういう老人には、ここでいう「悪と戦う力」は、もうない。
もちろん善人ではない。
善人とは、言いがたい。

 が、だからといって、善人になるのは、難しいことではない。
自分で考えて、おかしいと思うことについては、「おかしい」と声をあげるだけでよい。
たったそれだけのことだが、その人をして、善人にする。

+++++++++++++++++

(注※)3年前に書いた原稿を添付します。
日付は、2007年9月26日(水)と
なっていますが、この原稿自体、
さらにその6、7年前の2000年ごろ
書いたものです。

+++++++++++++++++

●善と悪

●神の右手と左手
 
 昔から、だれが言い出したのかは知らないが、善と悪は、神の右手と左手であるという。
善があるから悪がある。悪があるから善がある。どちらか一方だけでは、存在しえないと
いうことらしい。

 そこで善と悪について調べてみると、これまた昔から、多くの人がそれについて書いて
いるのがわかる。よく知られているのが、ニーチェの、つぎの言葉である。

 『善とは、意思を高揚するすべてのもの。悪とは、弱さから生ずるすべてのもの』(「反
キリスト」)

 要するに、自分を高めようとするものすべてが、善であり、自分の弱さから生ずるもの
すべてが、悪であるというわけである。

●悪と戦う

 私などは、もともと精神的にボロボロの人間だから、いつ悪人になってもおかしくない。
それを必死でこらえ、自分自身を抑えこんでいる。

トルストイが、「善をなすには、努力が必要。しかし悪を抑制するには、さらにいっそうの
努力が必要」(『読書の輪』)と書いた理由が、よくわかる。もっと言えば、善人のフリをす
るのは簡単だが、しかし悪人であることをやめようとするのは、至難のワザということに
なる。もともと善と悪は、対等ではない。しかしこのことは、子どもの道徳を考える上で、
たいへん重要な意味をもつ。

 子どもに、「〜〜しなさい」と、よい行いを教えるのは簡単だ。「道路のゴミを拾いなさ
い」「クツを並べなさい」「あいさつをしなさい」と。しかしそれは本来の道徳ではない。
人が見ているとか、見ていないとかということには関係なく、その人個人が、いかにして
自分の中の邪悪さと戦うか。その「力」となる自己規範を、道徳という。

 たとえばどこか会館の通路に、1000円札が落ちていたとする。そのとき、まわりに
はだれもいない。拾って、自分のものにしてしまおうと思えば、それもできる。そういう
とき、自分の中の邪悪さと、どうやって戦うか。それが問題なのだ。またその戦う力こそ
が道徳ということになる。

●近づかない、相手にしない、無視する

 が、私には、その力がない。ないことはないが、弱い。だから私のばあい、つぎのよう
に自分の行動パターンを決めている。

たとえば日常的なささいなことについては、「考えるだけムダ」とか、「時間のムダ」と思
い、できるだけ神経を使わないようにしている。社会には、無数のルールがある。そうい
ったルールには、ほとんど神経を使わない。すなおにそれに従う。

駐車場では、駐車場所に車をとめる。駐車場所があいてないときは、あくまで待つ。交差
点へきたら、信号を守る。黄色になったら、止まり、青になったら、動き出す。何でもな
いことかもしれないが、そういうとき、いちいち、あれこれ神経を使わない。もともと考
えなければならないような問題ではない。

 あるいは、身の回りに潜む、邪悪さについては、近づかない。相手にしない。無視する。
ときとして、こちらが望まなくても、相手がからんでくるときがある。そういうときでも、
結局は、近づかない。相手にしない。無視するという方法で、対処する。

それは自分の時間を大切にするという意味で、重要なことである。考えるエネルギーにし
ても、決して無限にあるわけではない。かぎりがある。そこでどうせそのエネルギーを使
うなら、もっと前向きなことで使いたい。だから、近づかない。相手にしない。無視する。

 こうした方法をとるからといって、しかし、私が「(自分の)意思を高揚させた」(ニー
チェ)ことにはならない。これはいわば、「逃げ」の手法。つまり私は自分の弱さを知り、
それから逃げているだけにすぎない。本来の弱点が克服されたのでも、また自分が強くな
ったのでもない。そこで改めて考えてみる。はたして私には、邪悪と戦う「力」はあるの
か。あるいはまたその「力」を得るには、どうすればよいのか。子どもたちの世界に、そ
の謎(なぞ)を解くカギがあるように思う。

●子どもの世界

 子どもによって、自己規範がしっかりしている子どもと、そうでない子どもがいる。こ
こに書いたが、よいことをするからよい子ども(善人)というわけではない。たとえば子
どものばあい、悪への誘惑を、におわしてみると、それがわかる。印象に残っている女の
子(小3)に、こんな子どもがいた。

 ある日、バス停でバスを待っていると、その子どもがいた。私の教え子である。そこで
私が、「缶ジュースを買ってあげようか」と声をかけると、その子どもはこう言った。「い
いです。私、これから家に帰って夕食を食べますから」と。「ジュースを飲んだら、夕食が
食べられない」とも言った。

 この女の子のばあい、何が、その子どもの自己規範となったかである。生まれつきのも
のだろうか。ノー! 教育だろうか。ノー! しつけだろうか。ノー! それとも頭がか
たいからだろうか。ノー! では、何か?

●考える力

 そこで登場するのが、「自ら考える力」である。その女の子は、私が「缶ジュースを買っ
てあげようか」と声をかけたとき、自分であれこれ考えた。考えて、それらを総合的に判
断して、「飲んではだめ」という結論を出した。それは「意思の力」と考えるかもしれない
が、こうしたケースでは、意思の力だけでは、説明がつかない。「飲みたい」という意思な
らわかるが、「飲みたくない」とか、「飲んだらだめ」という意思は、そのときはなかった
はずである。あるとすれば、自分の判断に従って行動しようとする意思ということになる。

 となると、邪悪と戦う「力」というのは、「自ら考える力」ということになる。この「自
ら考える力」こそが、人間を善なる方向に導く力ということになる。釈迦も『精進』とい
う言葉を使って、それを説明した。言いかえると、自ら考える力のな人は、そもそも善人
にはなりえない。よく誤解されるが、よいことをするから善人というわけではない。悪い
ことをしないから善人というわけでもない。人は、自分の中に潜む邪悪と戦ってこそはじ
めて、善人になれる。

 が、ここで「考える力」といっても、2つに分かれることがわかる。

1つは、「考え」そのものを、だれかに注入してもらう方法。それが宗教であり、倫理とい
うことになる。子どものばあい、しつけも、それに含まれる。

もう1つは、自分で考えるという方法。前者は、いわば、手っ取り早く、考える人間にな
る方法。一方、後者は、それなりにいつも苦痛がともなう方法、ということになる。どち
らを選ぶかは、その人自身の問題ということになるが、実は、ここに「生きる」という問
題がからんでくる。それについては、また別のところで書くとして、こうして考えていく
と、人間が人間であるのは、その「考える力」があるからということになる。

 とくに私のように、もともとボロボロの人間は、いつも考えるしかない。それで正しく
行動できるというわけではないが、もし考えなかったら、無軌道のまま暴走し、自分でも
収拾できなくなってしまうだろう。もっと言えば、私がたまたま悪人にならなかったのは、
その考える力、あるいは考えるという習慣があったからにほかならない。つまり「考える
力」こそが、善と悪を分ける、「神の力」ということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
 BW はやし浩司 善と悪 善人と悪人 考える力 知恵 智慧 知性 知識)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

はやし浩司 2010−12−11

●映画『ロビン・フッド』★★★★+

+++++++++++++++++++++++++

昨夜、仕事が終わってから、映画『ロビンフッド』を
観てきた。
主演は、ラッセル・クロウ。
久々に、痛快な映画を観た。
胸がスカッとした。
「娯楽映画は、こうでなくちゃあ!」という映画だった。
ストレス解消には、最高!
星は4つの、★★★★+。

「カンヌ国際映画祭オープニング上映作品」というだけに、
期待も大きかった。
で、その通りの映画だった。
観終わった後の爽快感がすばらしかった。
映画館を出た後、ワイフと2人で、「よかった」「よかったね」と。

が、観客は、私たち(ワイフと私)を含めて、4人だけ。
金曜日の夜というのに……。

ワイフはこう言った。
「あんなすばらしい映画なのに、4人だけ?」と。

不景気なのか。
寒いからなのか。

何かのことでムシャクシャしている人は、『ロビンフッド』を
観たらよい。
先にも書いたように、ストレス解消には、最高!

つぎはいよいよ、『トロン』。
30年近く前に、前作を観た。
当時としては、衝撃的な作品だった。
その続作。
楽しみ!

帰る途中に、回転寿司屋で、遅い夕食。
私が4皿。
ワイフが4皿。
寿司がこんなに気軽に食べられるようになるとは、
想像もしていなかった。

++++++++++++++++++++++++


●読者の方より

 昨日、京都に住んでいる23歳の女性から、メールをもらった。
うれしかった。
それには私の書いた原稿を読んで、「救われました」とあった。
「文」を通して、心が通い合う。

浜松に住む私と、京都に住むその女性。
63歳の私と、23歳の女性。
その原稿を書いたのは、ずっと前。
過去の私と、現在のその女性。
こんなすばらしいことはない。
そのすばらしさを、実感した。

 Gさん、ありがとう!


●「文藝春秋」

 私が学生のころは、「文藝春秋」と言えば、「権威」そのものだった。
「文藝春秋を読んでいる」と言うだけで、ステータスだった。
雑誌といっても、捨てる人はいなかった。
たいていみな、本箱にずらりと並べていた。
今でもその地位は不動。

先週も、「日本の論点2011」(文藝春秋版)を買った。
「日本の論点」というような良書となると、今は、少ない。
が、影響力となると、相対的に、低くなった。
若い人たちで、文藝春秋を読んでいる人は、ほとんどいない。

 が、昨日、こんな経験をした。
「英語教育は不要、論語教育を」という記事を読んだときのこと。
「こんな暴論を載せるようでは、文藝春秋もおしまいだな」と。
つまり私のような人間でも、文藝春秋を批判できるようになった。
アラというか、ボロがわかるようになった。

 40年前はどうだったか、知らない。
しかし今は、マスコミの世界で知名度をあげた人だけが、名前を連ねている。
つまり有名人にぶらさがったような記事ばかりを、並べている。
内容よりも、そのときの知名度?
こうなると、雑誌としての命は、短い。
手っ取り早く、話題性だけを追求している。
編集者が、(本気)を喪失している。

 数年前までは、「現代」「諸君」そして「文藝春秋」、そのうちのどれかを、毎月
買っていた。
が、ここ数年、ほとんど買っていない。
それには理由がある。

 あるとき文藝春秋を読んでいたとき、こう感じた。
「文藝春秋は、私たち庶民を相手に雑誌を売りながら、その実、私たち庶民をゴミの
ように思っている」と。
つまり私やあなたのような無名人は、もとからお呼びではない、と。
わかりやすく言えば、過去の亡霊にとりつかれたまま、庶民性を見失ってしまった。
「文藝春秋の名前が目に入らぬか! 控え折ろう!」と。

 が、これでは庶民にそっぽを向かれて当然。
だから私はこう思った。
「私など、もとから相手にされていない。だったら、私も文藝春秋など相手にするか」と。
しかし庶民だって黙っていない。

 昨日も、BLOGへのアクセス数(5誌合計)だけで、6000件を超えた。
ホームページへのアクセス数は、毎日、平均して、5000件はある。
ほかに電子マガジン。
毎月12回、発行している。
この読者が、計3500人。
YOUTUBEへのアクセス数が、毎日600件以上。
みながみな、好意的な読者とはかぎらない。
しかしアクセス数だけをみるかぎり、毎月30万件をはるかに超えている。
月によっては、50万件を超えることもある。
かたや文藝春秋は、毎月の発行部数は60万部前後。
あと一歩で、文藝春秋の発行部数を超えることができる。
 
 一寸の無名人にも、五分の魂。
どうか忘れないでほしい。

●出版社

 インターネットの普及とともに、どこの出版社も青息吐息。
本そのものが、売れなくなった。
そこで出版社は、「話題性」という言葉をよく使う。
つまり「売れる本」。

 私もある英語月刊雑誌の創刊企画を手伝ったことがある。
『ハローワールド』(学研)という雑誌である。
そのあと編集企画の仕事もした。
当時、その雑誌は一時、月間27万部の売り上げを記録した。
だから編集者の気持ちも、よくわかる。
が、雑誌社というところは、不思議な世界で、「人を育てない」。
わかりやすく言えば、雑誌社でいくら仕事をしても、そのあとの仕事につながって
いかない。
社内のしくみそのものが、そうなっていない。

 一方、有名になるのだったら、テレビに顔を出すのがいちばん。
有名になれば、仕事は、外から舞い込んでくる。
その「外」のひとつが、雑誌社。
雑誌社ほど、有名人に弱い。
だからその有名人たちは、いつもこう言う。
「中央で有名になって、地方で稼げ」と。

 「話題性」の中には、当然、著名性が含まれる。
肩書き、地位、キャリアもそれに含まれる。
雑誌社はそれらをうまく利用して、売り上げを伸ばす。
「本」といっても、雑誌社の世界では、「商品」。
「この人が話題になっている。この人を使ってみよう」
「あの人は、肩書きをもっている。その肩書きを利用させてもらおう」と。

 が、ここにきて強敵が現れてきた。
「インターネット」と呼ばれる強敵である。
言うなれば、「商品でない文章」が、自由に、しかもタダで手に入るようになった。
少し前までは、「安かろう、悪かろう」の文章がほとんどだった。
実際、つぎのように書いていた出版社もあった。

「本というのは、編集者や校正者などの手を経て、ていねいに作られる。
つまりインターネットに氾濫する文章とは、格ががちがう」と。

 しかし今では、それも逆転した。
インターネットでも、良質な文章を読むことができるようになった。
情報にしても、自分のほしいのを、ねらい打ちできる。

 広告費の増減をみるまでもなく、勝敗はすでに決まっている。
結論から言えば、雑誌の時代は、終わった。
……ということなら、だれにでも書ける。

 そこでどうだろう、こう考えては?
これは新聞社についても言えることだが、記事にはQRコードをつける。
「もっと詳しく知りたい人は、ここからアクセスしてください」と。
つまり雑誌をインターネットと連動させる。

 たとえば「英語教育廃止論に対して、はやし浩司という人が、反論記事を書いている。
それを読みたい人は、ここからアクセスしてください」と。
つまりインターネットを「敵」と位置づけるのではなく、インターネットを雑誌の
中に取り込んでいく。
裾野を広げる。
そうすれば、庶民性もぐんと広がる。
発行部数も伸びる。
知恵を働かせば、方法はいくらでもあるはず。

 文藝春秋に話を戻すが、団塊の世代の一員として、文藝春秋には、もっとがんばって
もらいたい。
今でも私は、「文藝春秋」という名前を聞いただけで、ズシリと重いものを感ずる。

++++++++++++++++

今日も始まった。
がんばろう。
おはようございます!

12月11日。
2011年まで、残り20日。
この20日を、完全燃焼させるぞ!

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW 
はやし浩司 文藝春秋 雑誌vsインターネット)


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●「日本の論点・2011」(文芸春秋)を読みながら……

●危機の経済

+++++++++++++++++

「日本の論点・2011」を開く。
真っ先に読んだのが、「危機の経済」
(P82〜)。
経済関連記事が、P〜135までつづく。

+++++++++++++++++

●不公平感

 村上尚己氏は、こう述べている。
「(このデフレ下で、もっとも恩恵を受けているのは)、多額の現金を蓄財する
ことに成功した高齢者と、公務員である」(P91)と。
こういう人たちを、「デフレ既得権益者」と呼ぶのだそうだ。
同感!
私の知人などは、もう15年以上も前から、こう言っていた。
当時H市の市役所で、課長職にあった。
「林さん(=私)、こうなってみると、公務員になっていて、本当によかった
と思いますよ」と。

 給料はさがらない。
生活は安定している。
その一方で物価だけは、どんどんと下がる。
もちろん失業の心配は、まったくない。

 村上氏は、「若年世代の不公平感は極度に強まっているが……」と書いている。
が、実際には「爆発寸前」、もしくは、すでに爆発している。
たとえばこのところ若年世代の高齢者叩きが、ますますはげしくなってきている。
高齢者に対する意識そのものが、大きく変化している。
若者たちが意見を交換するBLOGを読んでみれば、それがよくわかる。
虐待どころか、「ジジババ不要論」まで飛び出してきている。

 公務員について言えば、今のところは、まだ平穏。
しかし彼らを見つめる世間の目は、冷ややか。
先に書いた知人にしても、満額の退職金の上に、現在は月額30万円を超える年金を
手にしている。
「うらやましい」と思う前に、私などは、怒りのほうを先に覚えてしまう。

●数百年に一度の……世界同時不況

 「日本の論点」の中で、もっともショックを受けた記事が、これ。
「数百年に一度の構造変化が生み出す世界同時不況。……円高はその序奏だ」と。
榊原英資氏がそう書いている。

 で、日本の景気だが、榊原氏は結論として、こう書いている。

「……しかし先行きは暗い。欧米の経済の構造的不況は、時間差をもっていずれ日本に
およんでくるだろう。2010年末から2011年にかけて、大きく景気が後退する
可能性が高い」(P87)と。

 今でさえ、体感景気は最悪。
それが2011年にかけて、さらに悪くなるという。

 では榊原氏が説くような、「大量に国債を発行し、強力な景気対策を打つべきだろう」
という方法が有効かというと、これにも問題がある。
いくらお金をバラまいても、投資先がなければ、マネーは投機に回るだけ。
タンスの中に眠るだけ。
別のところで、岩本康志氏は、こう書いている。

「……大規模な財政出動をすれば、デフレは終わり、インフレに転ずる。
しかしそれだけの規模の有効な使い道がなければ、財政支出のもたらす害のほうが大きい
かもしれない。
また先進国最悪の政府債務残高をもつ状況では、国債の信認を失いかねない危険な行為
である」(P97)と。

 つまり世界経済も、日本経済も、今、真っ暗な袋小路に入ってしまった。

●では、どうするか?

 経済学者は、国家としての戦略、戦術を考える。
しかし私たち庶民には、関係ない!
我が身は我が身で、守るしかない。
つまりここは、自己防衛に徹するのみ。

 ただひたすら、まじめに働き、ただひたすら、静かに過ごす。
(=仕事を失わない。)
少しでも小銭が貯まったら、ただひたすらタンス預金。
(=仮にハイパーインフレがやってきても、無いよりはマシ。)
その小銭がある程度貯まったら、金(地金)、土地などの金融資産に替える。
(=ハイパーインフレは時間の問題。ハイパーインフレになれば、
タクシーの初乗りが、100万円になるという(藤巻健史氏・P109))。
嵐が吹きすさぶ夜は、雨戸を閉めて、それが通り過ぎるのをじっと待つ。
(=嵐もいつかは去る。)

 もちろんみながみな、同じことをしたら、日本経済は萎縮するのみ。
が、私たちがそれを心配しても、どうしようもない。
「内需拡大」という声に踊らされたら、その翌年には餓死するかも。
そんなことでは困る。

 ……ということで、「日本の論点」を読んでいたら、何とも暗〜イ気分になって
しまった。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW 
はやし浩司 日本の論点 経済問題 文藝春秋 日本の論点 2011)


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●12月9日(木曜日)

+++++++++++++++

小寒い朝。
ウォーキングマシンで一汗。
そのまま、つまりパジャマ姿で書斎へ。

メールを読む。
孫たちへのプレゼントが届いたよう。
よかった!

ところで栗の木の上に、二羽のキジバトの雛がいたが、
今朝見たら、一羽しかいない?
よくさがしてみたが、やはり一羽。
どうしたのだろう。

食事のときワイフもそれを心配していた。
「巣立ったのかしら?」と。

+++++++++++++++

●手元にない

 昨夜も床に入ってから、「日本の論点」を読んだ。
そのためその本は、書斎にはない。
「どうしよう?」。
何度も悩む。
寝室へ取りにいくべきか、否か。
取りに行くのも、めんどう。

 しかし今、いちばんおもしろい本は、「日本の論点2011」(文藝春秋)。
日本の現状が、地図でその場所を見るように、よくわかる。
それに私の知らないことが、山のように書いてある。
何というか、未開の原野を前にしたような気分になる。
それが楽しい。

 そんなわけで、手元がさみしくてならない。
やはり取ってこよう。

●JAL問題(整理解雇すべきは、天下り官僚たち)

 JALもANAも、結局は「日本」という「温室」の中で、細々と経営をつづける
しかない。
日本の空だけを飛びつづけるしかない。
それが唯一、生き残る道。
「日本の論点2011」を読んで、そう感じた。

 今や世界は、LCC(低コスト航空会社)時代。
EUでは、バス料金並、電車料金並……というか、バスや電車と同じように利用されて
いる。
しかも料金は、ばあいによっては、300円、700円(日本円)になることもあると
いう(フランスの地方空港から、パリ・オルリー空港までの料金)。

……利用者はネットを見ながら、徐々に料金がさがっていくのを見る。
満席直前になると、ばあいによっては、300円、700円になる。
その直前に航空券の申し込みをする。
あとはそれをプリントアウトし、急いで空港へ。
席は早い者勝ち。
バス、あるいは電車(自由席)に乗るような感覚で、飛行機に乗る。

 で、そのうちこんな珍現象が見られるようになるかもしれない。
たとえば羽田から沖縄へ行くとき、羽田から一度マニラまで飛ぶ。
マニラから沖縄へ戻る。
それでも料金は、JALやANAの2分の1、と。

 日本を取り巻く環境は、すでにその段階へ来ている。
が、JALは、(ANAも)、あまりにも腰が重い。
国の施策に振り回され、身動きさえままならない。
つまり小回りができない。

 「日本の論点」によると、残された時間は、あと2年。
2年たつと、支援機構の後ろ盾を失う。
「その先は新たなスポンサーが必要であり、その手段が再上場。
その絶対条件が、黒字体質への転換である」(P374)と。

 それについて中条潮氏は、こう書いている。

「(JALの)再建は、国の規制からの解放による経営の独立性の確保と、自己責任
の徹底が必須であるにもかかわらず、政府は日本航空の広告の過大さを指摘したり、
LCC子会社を設立するよう圧力をかけたりしてきた。

 これでは日本航空自身がいくら努力をしても、結局は国の施策に押しつぶされて
再倒産してしまい、機構の資金は無駄になる」(P370)と。

 今日、12月9日を期限に、JALは、強制的な整理解雇に踏み切るという。
しかし整理解雇すべきは、天下りしてやってきた元官僚たちである。
JALを、がんじがらめにしているこうした元官僚たちから、まずJALという鳥を
解き放つ。
それなくして、JALの再建はありえない。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

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●うつ病、私のばあい(Depression for my Case)

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今朝、うつ病についてのエッセーを書いた。
いくつかのBLOGに載せた。
で、驚いた。
昼までに、10件近い書き込みや、コメントが
あった。
こんなことは、めったにない。

改めて、みなさんの関心の深さに驚く。

++++++++++++++++

●病識

 精神疾患の世界では、「病識のある・なし」で、症状の軽重が決まるという。
「私はおかしい?」と思っている人は、症状はまだ軽い。
治りやすい。
半面「私はだいじょうぶ!」とがんばっている人ほど、症状は重い。
治りにくい。
病識があれば、自分で自分の精神をコントロールすることができる。
自ら「治療」を考えることができる。
病識がないと、それができない。

 肉体の病気とちがって、精神の病気は、脳のCPU(中央演算部)が変調するため、
自分でそれに気づくことがむずかしい。
そこで大切なことは、まず自分でそれに気づくこと。
それがうつ病にかぎらず、ほかの精神疾患も含めて、この種の病気と闘う第一歩
ということになる。

●擬似病識

「擬似病識」という言葉は、私が考えた。
つまり病識は病識でも、病識がありながらも、中には精神疾患に振り回されてしまって
いる人がいる。
病院へも通っている。
薬ものんでいる。
しかしそれ以上に、自分の精神の変調を分析することができない。
「おかしい」「おかしい」と思いながらも、その段階で思考を停止してしまう。
それを「擬似病識」という。

 このタイプの人は、薬を常用しているだけに、かえって症状を悪化させてしまう。
言い忘れたが、向精神薬というのは、できるだけ最小限にとどめたほうがよい。
とくに脳間伝達物質や脳内ホルモンをコントロールするような薬物には、気をつけた
ほうがよい。
相手が子どもなら、なおさらである。
よい例が、リタリン。

一時はAD・HDの治療薬として、たいへんもてはやされた(2000年ごろ)。
しかし今は、治療薬としては、ほとんど使われていない。

●フィードバック

 脳には「フィードバック」と呼ばれる特殊な反応がある。
たとえば脳内にAという脳内ホルモンが分泌されると、同時に、それを打ち消す
別の脳内ホルモンBが分泌される。
つまり(+)と(−)のホルモンが、たがいに打ち消しあう状態になる。
こうして脳は、脳内をいつもクリア(クリーン)な状態に保とうする。

 脳科学の世界では、常識である。

 よく似た例に、副腎皮質ホルモンと呼ばれる「治療薬」がある。
「魔法のホルモン」と、これも一時は、よく言われた。
「ステロイド」と言えば、「ああ、あれか」と思い起こす人は多いだろう。
しかし最近では、「悪魔の毒薬」という名前で呼ばれるようになった。
ステロイド剤を常用すると、肝心の副腎がホルモンを分泌しなくなってしまう。
つまり一時的には顕著な効果を得られても、そのあと猛烈な反作用が働く。
副作用も出てくる。
症状がかえって重くなってしまうことも多い。

 こうした現象を知れば知るほど、脳内ホルモンの人為的操作には、慎重にならざる
をえない。
が、ここでひとつの重大な問題が生じてくる。
精神科医たちにしても、薬を処方しないことには、収入が得られない。
あるドクターはこう言った。
「カウンセリングだけでは、お金は取れません」と。
「5人近い看護士たちを、どうやって養っていくのですか」とも。

 こうして薬漬けの患者がふえる。

●うつ病

 私も30歳になったころ、不眠に悩んだ。
朝早く、目が覚めるようになってしまった。
そこで行きつけの内科へ行くと、いくつかの薬を処方してくれた。
が、カルテを見て、驚いた。
そこには日本語で、「うつ病」と書き込まれていた。

 私はそれに反論した。
「先生、私はその病気ではないと思います」と。
するとそのドクターは、つぎつぎと私の症状を言い当てていった。
「数日前から仕事が気になることがあるでしょ!」
「何でも完ぺきにしないと気がすまないでしょ!」
「人に頼まれたりすると、断われないでしょ!」と。

「さすが!」と驚いていると、そのドクターはこう言った。
「実はね、林さん、私もそうなんですよ」と。

●心の風邪

 うつ病を恥じることはない。
「まじめ病」ともいう。
軽重の違いはあるが、現代病のひとつ。
たった50年前とくらべても、日本人を包む社会は、大きく変わった。
たとえば私が子どものころは、父親たちは客と将棋をさしながら、仕事を
していた。
社会全体が、今よりはるかにゆったりとしていた。
家業は自転車屋だった。

 それに比べ、今は、目まぐるしいなどというものではない。
分単位、秒単位で社会が動いている。
つまり人間がおかしくなったのではない。
社会が狂った。
事実、アメリカ人の3分の1が、うつ病もしくはうつ病状態にあると言われている。
日本人にしても、ほぼ同じ割合で患者がいると考えてよい。
だからこう居直ればよい。

ハハハ、我ら、天下のうつ病族よ!
まじめな人間ほど、そうなるのよ!、と。

うつ病といっても、今では何でもない病気。
「心の風邪」という言葉を使う人もいる。
つまりそれだけありふれた病気ということ。
気にすることはない。
仲よくつきあえばよい。
この道40年の患者がそう言うのだから、まちがいない。

●こだわり

 うつ病との闘いを一言で言えば、「こだわりとの闘い」ということになる。
いかに、こだわりと闘うか。
それがポイント。
これには2つの方法がある。
(あくまでも素人判断。)

 (1)ひとつは、ものごとにこだわり始めたら、できるだけ早い段階で、それを止め
ること。
もうひとつは、(2)(こだわり)を、別の分野に拡散させること。

 とくに重要なのが、人間関係。
近親や家族関係。
悶々と悩み始めたら、要注意。
できるだけ早い段階で、考えるのをやめ、気分転換を図る。
映画に行ったり、旅行に行ったりする。
が、それだけでは足りない。
「こだわり」を拡散させる。

 私のばあい、ほかの分野に興味をもつことで、こだわりを拡散させている。
社会問題、政治問題、教育問題など。
効果的なのは、UFO問題。
視野がぐんと広くなる。
宇宙的な視野から自分をながめることは、それだけでも楽しい。
つまりそういう形で、こだわりが一点に集中するのを防ぐ。

 ほかに買い物もよい。
昨日も、SONYのPSP(ゲーム機)を、衝動買いした。
ネットの閲覧もできる、スグレもの。
私のばあい、(あくまでも私のばあいだが)、買い物依存症的なところがある。
新しい電子製品をいじっていると、それだけで気分がよくなる。
脳内でモルヒネ系のホルモンが分泌されるためらしい。

●仲よくつきあう

 大切なことは、自分を異常と思わないこと。
前にも書いたが、「心の風邪」と呼んでいる人もいる。
あなたもなるし、私もなる。
だれだって、なる。
なって当たり前。

日本では「精神疾患」というと、偏見と誤解で、特別視する傾向がある。
もちろん軽重はあるが、基本的には、同じ。
つまり「私はうつ病」と、居直ればよい。
居直って、あとは仲よくつきあえばよい。
悪いことばかりではない。

 私もうつ病を経験して、他人の心の苦しみや悲しみ、それに孤独が、よく理解
できるようになった。
それまでの私は、どこかチャラチャラした現代人(?)だった。
が、今は、四季折々の変化を見ながらも、そのつど、それをズシリと心の中で
受け止めることができるようになった。
もちろん人生の重みも、理解できるようになった。

++++++++++++++++++++

2010年の1月にも、同じような原稿を
書いていたのがわかりました。

それをそのまま掲載します。

++++++++++++++++++++

●うつ

++++++++++++++++++

うつ状態というのは、それになった人でないと、
どういう症状なのか、わからない。
とくに心の健康な人には、わからない。
「気のせい」とか、「心の持ち方の問題」とか言って、
簡単に片づけてしまう。

そういう人に出会うと、うつ状態の人は、
絶望感すら覚える。
この病気だけは、理屈だけで割り切ることができない。
脳間伝達物質の偏(かたよ)りで発症するため、
本人自身の力では、コントロールできない。

たとえばよくある早朝覚醒。
これにしても、朝早く目が覚めてしまう。
目が覚めてしまうから、どうしようもない。
「もっと眠っていよう」と思えば思うほど、
頭が冴えてしまう。
たった今が、そうだ。

++++++++++++++++++++

●私のばあい

 うつ病にも、さまざまなタイプがある。
が、それについて書くのが、ここでの目的ではない。
また書いても、参考にならない。
それに私は、その病気の専門家ではない。

 が、私のばあいは、ひとつのことにこだわり始めると、どんどんとその深みにはまってしまう。
ふだんなら笑ってすませるような話でも、「ぜったいに許せない」とか、「あいつはまちがってい
る」とか、そういうふうになる。
神経は緊張状態にあるため、ささいなことで激怒したり、大声をあげたりする。

 で、精神安定剤が効果的かというと、そうとも言い切れない。
そのときはぼんやりとした睡魔に襲われるが、1、2日もすると、かえって神経がいらだってしま
う。
だからやや長期的な視点で考えると、こうした「精神薬」は、必要最小限にしたほうがよい。
とくに脳間伝達物質をいじるときは、そうしたほうがよい。

●タネ

 うつ病には、かならず原因となっている(タネ)がある。
そのタネを、まず取り除くこと。
そのタネさえ取り除けば、ときとして、パッと気が晴れる。

 で、私のばあい、精神的な負担感には、たいへん弱い。
心が過度に緊張するあまり、数時間もすると、ヘトヘトに疲れてしまう。
実際には、数時間はともかくも、1日もつづかない。
攻撃的に爆発するか、反対に、あきらめて、心の整理を先にしてしまう。
投げやりになることもある。
「負けるが勝ち」と逃げてしまうこともある。

 どうであるにせよ、うつ状態というのは、本人にとっても、いやな状態である。
悶々とすればするほど、心が蝕(むしば)まれていく。
いじけたり、くじけたり、ひがみやすくなったりする。

●買い物

 で、私のばあい、そういう状態になったら、こうする。
若いころから、何かほしいものがあったら、パッとそれを買う。
買ったとたん、胸がスカッとする。
(反対にほしいものを、長い間がまんしていると、悶々とした気分になる。
それがうつ状態を引き起こすこともある。)
これは脳の中の、どういう反応によるものか?

 多分、ドーパミンがドッと分泌され、それが物欲を満たす。
その満足感が、脳内を甘い陶酔感で満たす。
言うなれば、麻薬をのんだような状態になる(?)。

 これはあくまでも、私という素人の判断だが、たとえば買い物依存症なども、
似たような現象を引き起こす。
何かの依存症になる人には、うつ病の人が多い。
そのモノがほしいから買うのではなく、買うことにより、物欲を満たす。
喫煙者がタバコを吸ったり、アルコール依存症の人が酒を飲むようなもの。

●発散

 どうであるにせよ、加齢とともに、うつ状態は、ひどくなる。
「初老性のうつ病」という言葉もある。
若いときとちがって、気分の転換がむずかしくなる。
一度、落ち込むと、それが長くつづく。
それに最近気がついたが、いろいろな病気を併発する。

 頭痛、胃炎、それに心痛などなど。
体の弱い部分が、表に出てくる。

 で、私のばあい、そうなったら、子どもを相手に心を発散するようにしている。
ときどきレッスンで、メチャメチャ、羽目をはずすことがある。
(YOUTUBEで、紹介中!)
落ち込んでいるときほど、そうする。
子どもたちも喜んでくれるが、同時に、それは私自身のためでもある。
レッスンが終わったあと、気分が変わっているのが、自分でもよくわかる。

●仲良くする

 要するに、まじめな人ほど、この世の中では、うつ病になる。
そういう点では、この世の中は、うつ病のタネだらけ!
(たぶんに、弁解がましいが・・・。)

 しかし私の印象では、うつ病というのは、仲良くつきあう病気で、闘うべき病気
ではないということ。
もちろん症状がひどくなれば、それなりの対処もしなければならない。
しかし症状も軽く、ときどき、慢性的に起こる程度いうのであれば、仲良く、つきあう。
だれだって、落ち込んだり、反対にハイになったりすることはある。
そう考えて、ジタバタしないこと。
できるだけ薬物の世話になることは、避ける。
一度、世話になると、それこそ、薬なしでは生活できなくなる。

 私のばあいは、精神安定剤と熟睡剤、あとは市販のハーブ系の薬をうまく使って、
自分をコントロールしている。
漢方薬にも、よいのがある。
脳間伝達物質を調整するような薬は、よく効くのかもしれないが、そのあと起こる
フィードバックを考えると、こ・わ・い。

 「フィードバック」というのは、ある種のホルモンを、人工的に体内へ取り入れると、
そのホルモンを中和しようとして、相対立するホルモンが分泌されることをいう。
それが長くつづくと、本来そのホルモンを分泌している器官が、ホルモンの分泌を
やめてしまう。
副作用のほうが、大きい。
ステロイド剤も、そのひとつ。

●長い間、ありがとう(?)

 どうであるにせよ、老後は、みな、そのうつ病に直面することになる。
言うなれば天井の低い、袋小路に入るようなもの。
薄日は差すことはあっても、青い空など、もとから求めようもない。
友の死、知人の死がつづけば、なおさら。
大病になれば、さらになおさら。

 で、おかしなことだが、私はこの正月、狭心痛(?)なるものを、覚えた。
そのときのこと。
「心筋梗塞で死ねるなら、本望」と。
いわゆるポックリ死である。
ふだんの私なら、心気症ということもあって、何かの病気を宣告されたら、それだけで
ガタガタになってしまう。
が、こと心筋梗塞について言えば、こわくない。
私の父親も、その心筋梗塞で命を落としている。

 私は、やるべきことは、やった。
今さら、思い残すことは、ほとんどない。
これから先、10年長生きしたとしても、状況は同じだろう。
10年後に、今よりすばらしい文章が書けるという保証はない。
反対に脳みそは、不可逆的にボケていく。

 息子たちは、みな、去っていった。
去っていっただけではなく、心も離れてしまった。
ワイフとの関係にしても、今は、どこかギクシャクしている。
落ちつかない。
ただオーストラリアの友人のB君だけが、このところ毎日のように、「オーストラリア
へ来い」「いっしょに住もう」と、提案してくれている。
希望といえば、それだけ(?)。

 だから今は、こう思う。
「いつ、死んでも構わない」と。
一時の激痛ですむなら、それでよい。
それで死ねるなら、それでよい、と。

 ・・・しかしそう考えること自体、うつ病なのかも?
脳のCPU(中央演算装置)が狂ってくるから、自分ではその(狂い)はわからない。
「正常」と思いつつ、「異常」な考えをもつ。
「死んでもいい」というのは、どう考えても、異常である。
おかしい。
しかしこればかりは、どうしようもない。
心臓という、私の手の届かないところにある臓器の問題である。

 あとは運命に命を任すしかない。
もし私がポックリと死んだら・・・。
そのときは、そのとき。
電子マガジンも、そこでおしまい。
BLOGも、そこでおしまい。

 みなさん、長い間、購読、ありがとう!
(前もって、言っておきます。)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(注)向精神薬

●向精神薬

 何らかの精神的な病気をもっていて、薬(向精神薬)を服用している子どもがふえてい
る。そんな一人の母親から、「だいじょうぶでしょうか?」という相談をもらった。

 もちろん私には、それについて答える権利はない。その立場にも、ない。

 しかし私の経験では、「できるだけ、薬の世話にはならないほうがよい」とだけは、言え
る。こうした向精神薬は、それがきいている間よりも、その服用をやめたときの、反作用
がこわい。

 もちろん副作用があるときもある。しかもこの種の薬には、悪性症候群を引き起こすも
のが多い。悪性症候群というのは、投与中に起こる、重い病態を総称していう。発熱、発
刊、頻脈など。

 相手が子どものばあい、ドクターも、それなりに、きわめて弱い薬を使うといわれてい
る。もし不安なら、ドクターに直接、相談してみるのがよい。

 なお今の診療システムの中では、精神科のドクターにしても、薬を処方しないことには、
金銭的な収入が入らないしくみになっている。だからどうしても、(治療)イコール(薬の
投与)ということになる。そういう事情も、どこかで知っておくとよい。


●児童相談所

 このところ児童相談所の役割が、クローズアップされてきている。しかし、今ひとつ、
その活動がよく見えてこない……?

 その児童相談所には、大きく分けて、4つの部門がある。実際には、こうして窓口が分
かれているわけではないので、「相談したいことがあります」という言い方で、窓口で話し
てみるとよい。

(1) 養育相談(養育が困難なばあい)
(2) 育児相談(非行問題など)
(3) 障害相談(子どもに何らかの障害があるとき)
(4) 育成相談(不登校、家庭でのしつけ問題など)

 こうした問題が起きたら、迷わず、児童相談所に相談してみるとよい。決して、ひとり
で悩まないこと。苦しまないこと。


Hiroshi Hayashi++++++++Jan.2010+++++++++はやし浩司
Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

● ありのままの自分(2004年10月に書いた原稿より)

 (現実の自分)と、(そうでありたいと思う自分)。この二つが遊離すればするほど、そ
の人は、心理的に緊張状態におかれ、内面世界で、はげしく葛藤することが知られている。

 よい例が、「役割形成」である。(本当の私)と、(現実にしている私)が、大きくちがっ
たりすると、精神状態は、きわめて不安定になる。大嫌いな男性と、無理やり結婚させら
れ、毎晩その男性に肌をさわられるような状況を思い浮かべてみればよい。そういった精
神状態になる。

 遊離する理由は、いくつかある。

(1) 理想の自分を描き過ぎる。(こうでありたいという思いが強過ぎる。)
(2) そうでなければという思い込みが強過ぎる。(自意識が強力すぎる。)
(3) 自分をさらけ出すことができない。(人間関係をうまく結べない。)
(4) いい子ぶる。世間体、見栄を気にする。(仮面をかぶる。無理をする。)
(5) 自分に自信がもてない。(悪く思われることに、恐怖心をもつ。)

 こうした状態が慢性的につづくと、ここでいう遊離が、始まる。が、それは心の健康の
ためには、たいへん危険なことでもある。

 そのため、(現実の自分)と、(そうでありたいと思う自分)は、できるだけ、近ければ
近いほど、よい。ある程度の仮面は、必要だが、その仮面を、夫(妻)や、子どもにかぶ
るようになったら、お・し・ま・い。

 だから良好な夫婦関係、良好な親子関係をつくりたかったら、まず、ありのままの自分
をさらけ出す。が、一見、簡単そうだが、実は、これがむずかしい。ばあいによっては、
生活のリズムそのものを、根本的な部分で変えなければならないこともある。

 しかも、この問題は、脳のCPU(中央演算装置)にからんでいるだけに、自分で気が
つくのがむずかしい。本当の自分を知ったときはじめて、それまでの自分が、本当の自分
でなかったことを知る。それまでは、わからない。

 私たちの体には、無数のクサリが巻きついている。同じように、心にも無数のクサリが
巻きついている。本当の自分の姿が見えないほどまでに、巻きついている。そういうクサ
リの一本、一本を知る。そしてそれらを、やはり一本、一本、ほぐしていく。本当の自分
が見えてくるのは、そのあとである。



●役割混乱

 役割が混乱してくると、自分が何をしたいのか、何をすべきなのかが、わからなくなっ
てくる。これを、「自我同一性(アイデンティティ)の拡散」と言うらしい。

 私も、高校時代の後半に、この「拡散」を経験している。(と言っても、そのとき、それ
がわかっていたわけではない。今から思い出すと、そうだったということになる。)

 自分で、自分の進むべき方向性を見失ってしまった。

 自信喪失、集中力の欠如、精神的不安、それに抑うつ感に悩まされた。自意識も過剰に
なり、人前に出たりすると、失敗してはいけないという思いばかりが先にたち、かえって
何も話せなくなってしまったこともある。

 私は、「私が何をしたいのか」さえ、わからなくなってしまった。ただ毎日、学校へ行く
だけ。勉強するだけ。そんな生活になってしまった。今、思い出しても、おもしろいと思
うのは、当時、心のどこかで、ヤクザの世界に、あこがれたこと。あるいは戦争か何かが
起きて、日本中が、こなごなにこわれてしまえばよいと思ったこと。生きザマが、かなり
否定的になっていたようである。

 しかしこうした現象は、決して、私だけのものではない。今でも、多くの中学生や高校
生は、同じような悩みをかかえて、苦しんでいる。

 本来なら、そういう状態に子どもを追いこまないようにする。そのためにも、思春期に
入るころから、子どもの方向性をみきわめ、その方向性に沿った子どもの生きザマを、子
ども自身がもてるように、指導する。

 私のことだが、私は、高校2年生の終わりまで、ずっと大工になるのが、夢だった。そ
のため大学にしても、工学部建築学科を考えていた。

 その私が、高校3年生になるとき、文学部へと進路を変更した。つまりこのとき、私に、
「拡散」という現象が襲った。自我同一性、つまり「私」が、大混乱してしまった。

 そんな私だが、今でも、ときどき、こう思う。あのとき、ニ流でも三流でもよい。どこ
かの大学の工学部へ入学していたら、そののちの私は、もっと生き生きと、自分の人生を
生きることがでいたのではないか、と。大工でもよかった。子どものころから、泥んこ遊
びが大好きだった。そういう仕事でもよかった。

 今、多くの子どもたちを指導している。しかしときどき、こう思う。私がしたような失
敗だけは、してほしくない、と。だから幼稚園児にせよ、小学生や中学生にせよ、子ども
が、「〜〜になりたい」と言ったら、すかさず、私は、こう言うようにしている。「それは、
いい。すばらしい仕事だ。その仕事は、君にピッタリだ」と。

 そういう前向きのストロークをいつも、子どもにかけていく。それがあって、子どもは、
自分の進むべき道を、自分で選ぶことができるようになる。自己の同一性を、確立するこ
とができる。


●自意識過剰
 
 自意識が過剰の人は、少なくない。

 だれも注目など、していないのに、自分では注目されていると思いこんでしまう。みな
が、自分に関心をもち、自分のことを気にしていると、思いこんでしまう。

 このタイプの人は、もともと人間関係がうまく調整できない人とみてよい。自分を、す
なおにさらけ出すことができない。だからますます、自意識だけが、過剰になっていく。

 この自意識は、悪玉なのか。それとも善玉なのか。昔からよく議論されるところである。
しかし自意識がまったくないのも、困る。しかし過剰なのも、困る。ほどほどの自意識が、
好ましいということになる。

 自意識のおかげで、私たちは、自分をコントロールすることを学ぶ。「他人の中の自分」
を意識することができる。しかし度を超すと、今度は、かぎりなく自分だけの世界に入っ
てしまう。

 そこでその自意識が過剰な人を分析してみると、その人の幼稚な自己中心性と関係して
いるのが、わかる。

 「私は私」と考える原点にあるのが、自意識ということになる。しかし「私は私。だか
ら私は絶対」と考えるのは、自己中心性の表れということになる。その自己中心性がさら
に肥大化し、その返す刀で、他人の価値を認めなくなってしまうと、自己愛へと発展する。

 自分は完ぺきと思うところから、完ぺき主義に陥ることもある。そしてそれが転じて、
自意識過剰となる(?)。自己愛の特徴の一つに、この完ぺき主義が、よく取りあげられる。

 むずかしい話はさておき、自意識が過剰になると、社会生活(学校生活)に支障をきた
すようになる。こんなことがあった。

 A君(小5)を何かのことでほめたときのこと。突然、そのうしろにすわっていたB君
が混乱状態になり、「ぼくだって、できているのに!」と言って、怒り出してしまった。B
君の顔は、どこかひきつっていた。

 そのときは、ただ単なるねたみか、誤解かと思った。B君は、何かにつけて目だちたり
がり屋で、かつ、そうでないと、すぐ不機嫌になるタイプの子どもだった。

 そこで自己診断。

 つぎのような項目に、いくつか当てはまれば、自意識過剰な人(子ども)とみてよい。

(  )いつも自分は目立った存在でありたいと思う。またそのように振る舞う。
(  )自分をだれかが軽く扱ったり、軽く見たりすると、バカにされたと思う。
(  )意見などを求められたとき、すばらしい意見を言わなくてはと、かえって
    何も言えなくなる。自分で何を言っているかわからなくなってしまう。
(  )いつも世間が、自分の注目しているように思う。自分は、そうした世間
    の期待に答える義務がある。
(  )私の価値は、私が一番よく知っている。それを認めない世間のほうが、
    まちがっている。
(  )自分が絶対正しいと思うことが多い。みなは、自分に従うべきと思う。
(  )他人がほめられたり、他人の作品が賞賛されたりするのを見ると、自分
    のほうが、すぐれているとか、自分ならもっとうまくできると思うこと
    がある。

 ほかにもいろいろ考えられるが、自意識過剰な人は、それだけ精神の発達度が、低い人
とみてよい。

 反対に精神の発達度が高い人ほど、他人の喜びや悲しみを、すなおに受けいれることが
できる(共鳴性)。たとえばAさんが、「Bさんって、ステキな人ね」とあなたに話しかけ
たとする。

 その瞬間、自意識の過剰な人ほど、「私のほうが……」という反発心を覚えやすい。「そ
うね」と言う前に、それを否定するような発言をする。「でもねえ……」と。だから結果的
に、自意識の過剰な人は、他人から嫌われるようになる。だからますます、他人から孤立
することになる。あとは、この悪循環。

 自意識も、ほどほどに……ということになる。

(はやし浩司 自意識 自意識過剰)


●自己概念

 「自分は、人にどう思われているか」「他人から見たら、自分は、どう見えるか」「どん
な人間に思われているか」。そういった自分自身の輪郭(りんかく)が、自己概念というこ
とになる。

 この自己概念は、正確であればあるほどよい。

 しかし人間というのは、身勝手なもの。自分では、自分のよい面しか、見ようとしない。
悪い面については、目を閉じる。あるいは人のせいにする。

 一方、他人というのは、その人の悪い面を見ながら、その人を判断する。そのため(自
分がそうであると思っている)姿と、(他人がそうであると思っている)姿とは、大きくズ
レる。

 こんなことがあった。

 ワイフの父親(私の義父)の法事でのこと。ワイフの兄弟たちが、私にこう言った。

 「浩司(私)さん、晃子(私のワイフ)だから、あんたの妻が務まったのよ」と。

 つまり私のワイフのような、辛抱(しんぼう)強い女性だったから、私のような短気な
夫の妻として、いることができた。ほかの女性だったら、とっくの昔に離婚していた、と。

 事実、その通りだから、反論のしようがない。

 で、そのあとのこと。私はすかさず、こう言った。「どんな女性でも、ぼくの妻になれば、
すばらしい女性になりますよ」と。

 ここで自己概念という言葉が、出てくる。

 私は、私のことを「すばらしい男性」と思っている。(当然だ!)だから「私のそばにい
れば、どんな女性でも、すばらしい女性になる」と。そういう思いで、そう言った。

 しかしワイフの兄弟たちは、そうではなかった。私のそばで苦労をしているワイフの姿
しか、知らない。だから「苦労をさせられたから、すばらしい女性になった」と。だから、
笑った。そしてその意識の違いがわかったから、私も笑った。

 みんないい人たちだ。だからみんな、大声で、笑った。

 ……という話からもわかるように、自己概念ほど、いいかげんなものはない。そこで、
私たちはいつも、その自己概念を、他人の目の中で、修正しなければならない。「他人の目
を気にせよ」というのではない。「他人から見たら、自分はどう見えるか」、それをいつも
正確にとらえていく必要があるということ。

 その自己概念が、狂えば狂うほど、その人は、他人の世界から、遊離してしまう。

 その遊離する原因としては、つぎのようなものがある。

(1) 自己過大評価……だれかに親切にしてやったとすると、それを過大に評価する。
(2) 責任転嫁……失敗したりすると、自分の責任というよりは、他人のせいにする。
(3) 自己盲目化……自分の欠点には、目を閉じる。自分のよい面だけを見ようとする。
(4) 自己孤立化……居心地のよい世界だけで住もうとする。そのため孤立化しやすい。
(5) 脳の老化……他者に対する関心度や繊細度が弱くなってくる。ボケも含まれる。

 しかしこの自己概念を正確にもつ方法がある。それは他人の心の中に一度、自分を置き、
その他人の目を通して、自分の姿を見るという方法である。

 たとえばある人と対峙してすわったようなとき、その人の心の中に一度、自分を置いて
みる。そして「今、どんなふうに見えるだろうか」と、頭の中で想像してみる。意外と簡
単なので、少し訓練すれば、だれにでもできるようになる。

 もちろん家庭という場でも、この自己概念は、たいへん重要である。

 あなたは夫(妻)から見て、どんな妻(夫)だろうか。さらに、あなたは、子どもから
見て、どんな母親(父親)だろうか。それを正確に知るのは、夫婦断絶、親子断絶を防ぐ
ためにも、重要なことである。

 ひょっとしたら、あなたは「よき妻(夫)であり、よき母親(父親)である」と、思い
こんでいるだけかもしれない。どうか、ご注意!
(はやし浩司 自己概念)


●自分を知る

 自分の中には、(自分で知っている部分)と、(自分では気がつかない部分)がある。

 同じように、自分の中には、(他人が知っている部分)と、(他人が知らない部分)があ
る。

 この中で、(自分でも気がつかない部分)と、(他人が知らない部分)が、「自分の盲点」
ということになる(「ジョー・ハリー・ウインドウ」理論)。

 (他人が知っていて、自分では知らない部分)については、その他人と親しくなること
によって、知ることができる。そのため、つまり自分をより深く知るためには、いろいろ
な人と、広く交際するのがよい。その人が、いろいろ教えてくれる。※)

 問題は、ここでいう(盲点)である。

 しかし広く心理学の世界では、自分をよりよく知れば知るほど、この(盲点)は、小さ
くなると考えられている。言いかえると、人格の完成度の高い人ほど、この(盲点)が小
さいということになる。(必ずしも、そうとは言えない面があるかもしれないが……。)

 このことは、そのまま、子どもの能力についても言える。

 幼児をもつほとんどの親は、「子どもは、その環境の中で、ふさわしい教育を受ければ、
みんな、勉強ができるようになる」と考えている。

 しかし、はっきり言おう。子どもの能力は、決して、平等ではない。中に平等論を説く
人もいるが、それは、「いろいろな分野で、さまざまな能力について、平等」という意味で
ある。

 が、こと学習的な能力ということになると、決して、平等ではない。

 その(差)は、学年を追うごとに、顕著になってくる。ほとんど何も教えなくても、こ
ちらが教えたいことを、スイスイと理解していく子どももいれば、何度教えても、ザルで
水をすくうような感じの子どももいる。

 そういう子どもの能力について、(子ども自身が知らない部分)と、(親自身が気がつい
ていない部分)が、ここでいう(盲点)ということになる。

 子どもの学習能力が、ふつうの子どもよりも劣っているということを、親自身が気
がついていれば、まだ教え方もある。指導のし方もある。しかし、親自身がそれに気がつ
いていないときは、指導のし方そのものが、ない。

 親は、「やればできるはず」「うちの子は、まだ伸びるはず」と、子どもをせきたてる。
そして私に向っては、「もっとしぼってほしい」「もっとやらせてほしい」と迫る。そして
子どもが逆立ちしてもできないような難解なワークブックを子どもに与え、「しなさい!」
と言う。私に向っては、「できるようにしてほしい」と言う。

 こうした無理が、ますます子どもを勉強から、遠ざける。もちろん成績は、ますますさ
がる。

 言いかえると、賢い親ほど、その(盲点)が小さく、そうでない親ほど、その(盲点)
が大きいということになる。そして(盲点)が大きければ大きいほど、家庭教育が、ちぐ
はぐになりやすいということになる。子育てで失敗しやすいということになる。

 自分のことを正しく知るのも難しいが、自分の子どものことを正しく知るのは、さらに
むずかしい。……というようなことを考えながら、あなたの子どもを、一度、見つめなお
してみてはどうだろうか。

(注※)
 (自分では気がつかない部分)で、(他人が知っている部分)については、その人と親し
くなることで、それを知ることができる。

 そこで登場するのが、「自己開示」。わかりやすく言えば、「心を開く」ということ。もっ
と言えば、「自分をさらけ出す」ということ。しかし実際には、これはむずかしい。それが
できる人は、ごく自然な形で、それができる。そうでない人は、そうでない。

 が、とりあえず(失礼!)は、あなたの夫(妻)、もしくは、子どもに対して、それをし
てみる。コツは、何を言われても、それを聞くだけの寛容の精神をもつこと。批判される
たびに、カリカリしていたのでは、相手も、それについて、話せなくなる。

 一般論として、自己愛者ほど、自己中心性が強く、他人の批判を受けいれない。批判さ
れただけで、狂乱状態になることが多い。

(はやし浩司 ジョーハリー理論 ジョンハリ理論)


●さらば、もう一人の『私』

 自意識が過剰すぎると、(本当の自分)と、(そうでありたいと願う、理想の自分)が、
遊離し始める。そのときどきにおいて、別々の自分に苦しむ。

 そこで自意識過剰ぎみの人の多くは、自分の中の、二重人格性に苦しむことが多い。と
きどき、「本当の自分はどちらなのか」、それが、わからなくなる。

 実は、私がそうだった。

 私も、自分の中の二重人格性に苦しんだ。苦しむだけならともかくも、その二つが、私
の中で、よく衝突した。

 私の中には、たしかに(本当の私)がいる。ずぼらで、いいかげんで、無責任。ぐうた
らで、鈍感で、自分勝手。その上、わがまま。まさにいいことなしの「私」である。

 そういう私をを、(そうでありたいと願う、理想の自分)が、否定する。だからよけいに、
衝突した。

 しかしあるときから、自分の中で、(本当の自分)を、すなおに表現するようにした。「私
は私」と、居なおるようにした。
 
 「父親だから……」「夫だから……」という気負いを、はずした。ついでに、肩書きも、
はずした。ありのままの私を、そのつど、そのまま表現するようにした。だから一時期は、
人にこう言われたこともある。

 「君は、教育者を名乗っているが、とても教育者らしからぬね」と。

 が、そこが私の原点だった。私は、そこから出発した。

 で、今だが、最近、やっと私は、もう一人の「私」と、決別することができた。そのこ
とだが、実は、こんなことがあった。

 そのもう一人の「私」が、私に、何と、あいさつをして、私の中から、出て行ったのだ! 
「長い間、お世話になりました」と。

 そのことをワイフに話すと、ワイフは、こう言った。「それは、『お世話になりました』
ではなく、『ご迷惑をおかけしました』でしょう」と。

 実は、この2人の「私」が、私の中で衝突するたびに、私は、かなり精神的に不安にな
った。そしてそのトバッチリは、ワイフに向った。ワイフは、そういう私をよく知ってい
る。だから、「長い間、ご迷惑をおかけしましたのほうが、正しい」と。

 さあ、あなたも、気負いをはずしてみよう!

 あなたは、どこまでいっても、あなただ。

 そう思ったとたん、あなたも、言いようのない解放感を味わうはず。あとは、そこを原
点として、前に進めばよい。

 心を解き放て。体はあとからついてくる(英語の格言)。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●PSP(SONY)(はやし浩司 2020−12−08)

++++++++++++++++++

昨日、近くの書店へ行った折、ソニーの
PSPなるゲーム機を買った。
メモリーカード込みで、1万8000円前後。
まったくの衝動買い。

が、買ってみて、びっくり。
ただのゲーム機と思っていたが、パソコンに
近い電子機器。
ネットの閲覧もできる。
(目下、設定で手こずっているが……。)

で、ソフトも1本、買ってみた。
「空戦」をシミュレートしたゲーム。
床に就いてからふとんの中でしてみた。
が、これはチャチ。
どうしようもないほど、チャチ。
パソコンのフライトシミュレーター(MS社)
とは比較にならない。
映画と紙芝居ほどの「差」を感じた。
まあ、これも授業料。
あきたら、アメリカに住む孫に送ってやるつもり。

なお書店では、『日本の論点・2011』(文藝春秋)
を買った。
毎年、買っている。
正月までに、読破したい。

++++++++++++++++++++

●12月8日

 朝起きて、30分、ウォーキングマシンの上で歩く。
寒い朝は、これがよい。
30分も運動をすると、体中からジワーと汗が出てくるのがわかる。

 それから書斎に入り、パソコンを立ち上げる。
メールを読んだあと、昨日書いた原稿を、BLOGにアップ。
ニュースサイトに目を通し、今日の日誌(今書いている、この原稿)を書く。
手元には、もちろんPSP。
60歳を過ぎたジーさんが、PSP?
ワイフはこう言った。

「今度電車にでも乗ったら、若い人たちの前で、ゲームでもしてみせたら?
かっこいいわよ」と。

ハハハ!
かっこいいだろうな。


●老人よ、パソコンを抱いて、街に出ろ!

 ……というわけでもないが、私は老人たちにこう言いたい。
「老人たちよ、パソコンを抱いて、街に出ろ!」と。
携帯電話でもいい。
ゲーム機でもいい。
我々の存在感を、若者たちにもっと、見せつけてやろうではないか。

ジジ臭い顔をして、あるいはババ臭い顔をして、家の中に引っ込んでいてはいけない。
さらに言えば、仏壇の金具など、磨いていてはいけない。
老人だからこそ、新しい世界に、チャレンジしていく。
それは言うなれば、防波堤のようなもの。
その精神を忘れたとたん、我々は本当に、老人になってしまう。


●NG先生が亡くなって1週間

 早いものだ。
NG先生が亡くなって、もう1週間が過ぎた。
通夜、葬儀、あわただしく過ぎた。

それまで毎朝、その前日に書いた原稿を、NG先生に送っていた。
その習慣が今でも残っている。
今朝も、NG先生に原稿を送りそうになった。

 瞬間、つんとした寂しさが、心をつぶす。
「先生は、もういないんだ」と。

(庭の栗の木を見ながら、ぼんやりと時間を過ごす。)

 栗の木の巣の中では、キジバトの雛たちが、羽をパタパタさせている。
巣立ちの練習をしているよう。
あと数日もすれば、巣から離れ、枝に止って日を過ごすようになる。

 生まれる命。
去っていく命。
こうして私たちは、絶え間ない輪廻(りんね)を繰り返していく。

……ということで、今日も始まった!
みなさん、おはようございます。
今朝は、山荘まで行き、草刈りをしてこなければならない。
気分一新、忙しい1日になりそう……。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 17日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【「死」を考えたら、それは「心の病気」(Depression、私のばあい)】


●NG先生の死を考えながら……


++++++++++++++++++


私もあぶなかった。
もともとうつ病気質。
ささいなことがきっかけで、うつ病ぽくなる。
(あくまでも自己診断によるものだが……。)


NG先生が亡くなってからというもの、
かなり落ちこんだ。
連絡を受けたのが、12月2日の朝。
以来、「死とは何か」と。
いっぱしの哲学者にでもなったかのように、
そんな文章ばかりを書いていた。


が、BLOGにはアップロードしなかった。
つまり原稿としては、ボツ。
読み返せば、読み返すほど、へん。
まともではない。
自分でも、それがよくわかった。
だからボツ。


結論を先に言えば、こういうこと。
「死」を考えたら、それは「心の病気」。
健康な心の持ち主は、「死」など考えない。
心の病気にかかっているから、「死」を
考える。


だからこの一週間、こんなおかしな経験をした。


私の中に2人の「私」がいた。
その2人の「私」が、心の中で綱引きをしていた。
「がんばって生きよう」と、前向きに引っ張る「私」。
「どうせ長生きしても、無駄」と、後ろ向きに引っ張る「私」。


あぶなかった!
もしそのとき、「どうせ長生きをしても、無駄」と
考える力のほうが大きかったら、私はさらに
深く落ち込んでしまっていたかもしれない。


そこで重要なこと。
これは精神病一般に通ずることだが、まず「それ」
に気がつくこと。
これを精神医学の世界では、「病識」という。
常識のある・なしで、軽重が決まるともいう。
また病識があれば、治るのも早いという。


つまり「私は病気である」という意識をもつこと。
自分を客観的にながめる冷静さをもつこと。
つぎにどこがどのように「へん」か、自分でそれを
知ること。


昨日(12月6日)は、本当に苦しかった。
何を考えても、「死」に結びついてしまった。
が、それも限界へ来たとき、私はハタと気がついた。
「私は病気」と。
とたん、目の前が、パッと明るくなった。


++++++++++++++++++++++


●みんな、死ぬな!


 警察庁のまとめによれば、こうだ(2009年度)。

 自殺者の男女別では、
男性が2万3472人(71.5%)、
女性が9373人(28.5%)。


 男性のほうが、圧倒的に多い。


 原因・動機が特定できた自殺者2万4434人のうち、
「経済・生活問題」が前年比13.1%増の8377人。具体項目では、「生活苦」が前年
同期比で34.3%増の1731人、
「失業」が65.3%増の1071人
とそれぞれ大幅に増加したそうだ。
また、「事業不振」も1254人。


 生活で追い詰められて「死」を選ぶ人が多いということらしい。


 一方、「健康問題」を原因・動機とする自殺は1万5867人。
このうち「うつ病」が前年比7.1%増の6949人。
すべての具体項目の中で最も多かったという。


 このあたりから、私に関係してくる。
「うつ病によるものが、前年比7・1%増の6949人」とか。
「そんな少ないのかなあ?」と思うと同時に、その一歩手前でふんばっている人たちの
姿が目に浮かぶ。
その何十倍、あるいは何百倍はいるはず。
アメリカ人のばあい、3人に1人が、うつ病にかかっているとも言われている。
日本人も、それに近づいてきた(?)。


 年代別では50歳代が6491人で全体の19.8%を占めて最多。
以下、60歳代(5958人、18.1%)
40歳代(5261人、16.0%)
30歳代(4794人、14.6%)
70歳代(3671人、11.2%)
20歳代(3470人、10.6%)
80歳以上(2405人、7.3%)など。


 要するに、50代、60代が多いということ。


 10万人当たりの自殺者数を示す「自殺率」は、20歳代で24.1、30歳代で26.
2と、統計開始後最高を記録した。


 職業別では、主婦や失業者、年金生活者などを含む「無職者」が全体の57.0%を占
める1万8722人。
細目では「年金・雇用保険等生活者」が18.4%に上り、際だっているそうだ。


 やはり仕事をもつということは、大切なことのようだ。
仕事という連続的な緊張感があればこそ、人は自分の心を正常に(?)保つことができる。
(もちろん仕事が原因でうつ病になる人も多いが……。)


●私のばあい


 落ち込んでくると、脳のCPU(中央演算装置)が狂ってくる。
そのため自分が狂っていることがわからなくなる。
反対に、正常な人のほうが、おかしく見えてくる。


たとえば私はあれこれ、ワイフに話しかける。
が、ワイフは上の空。
ぜんぜん話に乗ってこない。
「お前は、そうは思わないのか」と何度も言うのだが、ワイフは、「私はそうは思わない」
と。
それを私の方が、腹立たしく思う。
「どうしてぼくの気持ちがわかってくれないのだ!」と。


 しばらく、この繰り返し。
当然、口げんかも多くなる。


●被害妄想


 ささいなことが、気になる。
「あの人がこう言った」とか、「こんなことを書いてきた」とか、など。
それだけですめばよいのだが、それに被害妄想が重なってくる。
「あの人は、私に悪意をもっている」とか、「私にいやがらせをしている」とか、など。
そればかりを考えているから、当然、妄想がどんどんとふくらんでくる。
頭の中がいっぱいになる。


 が、ふと我に返る。
我に返って、それを頭の中から、振り払う。
ワイフに「なあ、今のぼく、おかしいか?」と聞く。
ワイフはああいう人だから、ストレートにこう答える。
「あなたは、おかしい」と。


 するとまた口げんか。


私「こういうのを性格の不一致というのだ」
ワ「あなたに合う人はいないわよ」
私「お前は、一度だって、そうねと言ってくれたことがない」
ワ「あるわよ」
私「ない!」と。


 さらにエスカレートする。


私「お前とは、もう離婚だ」
ワ「しかたないわね」と。


●ということで……


 今朝、目を覚ますと、ワイフが横から聞いた。
「頭、痛いの?」と。
「うん、少しね。風邪ではなく、軽い偏頭痛だ」
「薬、もってきてあげようか?」
「いい。自分で取ってくる」と。


 ……ということで、私は起きてしまった。
時計を見ると、午前5時。
外は、まだ真っ暗。


私「あのなあ、来週あたり、ディズニーランドへでも行ってみるか」
ワ「そうねえ……。友だちがユニバーサル・スタジオへ行ってきたんだって。いろいろ
新しいアトラクションがふえたみたいよ」
私「じゃあ、ユニバーサル・スタジオにしようか」と。


 ……ということで、教訓。


 とにかく「死」を考えたら、「心の病気」と思うこと。
それには段階がある。
あくまでも私のばあいだが……。


(前兆段階)愚痴が多くなる。取り越し苦労、ぬか喜びが多くなる。ささいなことが
気になる。それについてあれこれと考える。
(第一段階)「死」についての原稿を書く。自責の念が強くなる。自分は生きていても無駄
とか、そんな思いが強くなる。あるいはみなに迷惑をかけていると悩む。ひがみやすく
なったり、いじけやすくなったりする。
(第二段階)「死」を近くに感ずる。あるいは「老後」を悲観的にとらえるようになる。
老後に強い不安を覚える。愚痴や取り越し苦労が、被害妄想と重なり、ふくらんでくる。
(第三段階)「死んだ方が楽」とか、「死ねば楽になる」とか考える。生きていることの
虚しさを強く感ずるようになる。生きていても無意味と考えるようになる。
(第四段階)死に方を具体的に考えたり、「どう死ぬか」を考える。何を考えても、悲しくなる。反
対にイライラしたり、突発的にカッとなって怒る。
(第五段階)部屋に引きこもり、悶々と悩みつづける。だれにも会いたくなくなる。
電話さえも、うるさく感ずる。


 第一段階から第五段階にまで分けて考えてみたが、第一から順に第五へ進むというわけ
ではない。
こうした症状が軽重をともなって、複合的、かつ、重複して現れる。


 なお自分にわかる変化としては、脳の働きが重くなる。
鈍くなる。
どんよりとした感じになる。
前頭部がボーンと詰まったような感じになる。
これにはセロトニン(脳間伝達物質)が関係しているよう。


●では、どうればよいか


 とにかくこの病気は、自分でそれと気がつくこと。
気がつくだけで、ほとんど治ったとみてよい。
(これは私の素人判断。)
そのために、日ごろから自分を客観的に見つめる訓練をしておく。
その訓練をしておくと、「今は正常だ」とか、「今はおかしい」とか、そんなことが
自分でもわかるようになる。


 それともうひとつ気をつけなければならないのは、この病気は、どうしても
まわりの人たちに迷惑をかけてしまうということ。
ある会社で、課長がうつ病になったら、その半年後には、その課の社員全員も、うつ病
になってしまった。
一家の主人(夫)がうつ病になったら、家族もみな、おかしくなってしまった。
そういうケースも多い。
自分がそうなるのはしかたないとしても、どうしてもみなに、迷惑をかけてしまう。
(こんなことを書くと、うつ病の人は、ますます気が重くなってしまうかもしれない
が……。)


 あとは、私のばあい、体がヘトヘトになるまで、歩く。
あるいは運動する。
ほしいものを、パッパッと買う。
もっとも効果的なのは、子どもたち(=生徒たち)と、バカ話をする。
いっしょになって、騒ぐ。
子どもたちの顔を見ただけで、気分がパッと晴れる。


 ……ということで、今朝は気分一心。
もう悩まない。
私は今日は、前向きに生きていく!
前だけを見て、生きていく!


みなさん、おはようございます。
2010年12月7日。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 うつ病 鬱病 死を考える 自殺願望 死を考えたら心の病気 心の
病気)


(補記)


 50代、60代の男性の自殺が多いという。
しかもふえつづけているという。
私にとっては、けっして他人事ではない。
が、今、私はこう断言することができる。


「死を考えたら、それは心の病気」と。
心だって、肉体と同じように、病気になる。
東洋医学でも、その両者を区別しない。
だから病気は病気として、病院へ行って、治せばよい。
すぐれた薬もあるという。
私もそのうち世話になるかもしれない。
が、今は、女性用の精神安定剤と、睡眠導入剤、それに市販されているハーブ系の安定剤、
カルシウム剤で、自分の心を調整している。


最後に一言。
みなさん、死ぬことなど考えてはいけない。
そのときがきたら、ぼんやりとした状態で、安らかに死ねるから……。
それまでは、現役。
前だけを見て、前に向かって進んでいこう!


(補記2)


 60歳を過ぎたら、涙がこぼれるような葬儀には、参列しないほうがよいのかも
しれない。
涙をこぼすことには、カタルシス効果もあるようだが、しかしそれがきっかけで、
落ち込んでしまうということも、よくある。
今回の私がそうだった。
「あいつは早々と逝ってしまったなあ」程度で、軽く受け流す。
受け流して、あとは忘れる。


 国によっては、葬儀が終わったら、みなでどんちゃん騒ぎをするところもある。
飲んで笑って、ワイワイと騒ぐ。
楽器を鳴らして、みなで踊る。
遺族の人たちにとっても、そのほうがよいのかもしれない。
その人の死を喜べということではない。
死んだ本人の気持ちになって、楽しく過ごす。


今朝も死んだNG先生から、メールが届いていた。
「林さん、早々と、死んでしまいましたよ。
私もこんなに早く死ぬとは思っていませんでした。
ハハハ、うかつでした。
80になったら、いっしょにピンコロしようと約束していたのに、ごめん」と。
……とまあ、そんなメールを、私は勝手に想像してみた。


 日本の葬儀は、どうも湿っぽくていけない。
「死」とはそういうものという先入観だけで、葬儀をしてしまう。
もっとも三日目の儀式にでもなると、結構、みなさん、楽しそうに振る舞っているが……。


 要するに生きることを前向きにとらえるということは、死ぬことも前向きにとらえる
ということ。
繰り返しになるが、そのときがきたら、そのとき。
大切なことは、そのときまでに、自分を完全燃焼させておくこと。
それさえしっかりとしておけば、そのときがきても、こう思えるようになる。
「これでやっと、私も死ねる」と。


 死など、恐れるにたりず!


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【朝鮮日報・日本支局、御中】?? ?? ?? ??, ??


++++++++++++++++++


相も変わらず、反日記事を書きたてる
朝鮮日報・日本支社の記者のみなさんへ。


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++++++++++++++++++


●どちらが本当か?(朝鮮日報に知る、反日記事)


●朝鮮日報vs東京新聞+産経新聞


 まず、朝鮮日報における記事を読んでみてほしい。
この中で、朝鮮日報は、


(1)日本の東京新聞(中日新聞)は、根拠があいまいな情報をもとに、あたかも今すぐ
にでも、朝鮮半島で戦争が起きるというようなことを書いていると批判している。
それを「驚くべき取材源」と表現している。


(2)産経新聞は、北朝鮮が、ムスダンを数か月以内に発射する準備をしていると報道し
ているが、「消息筋」というだけで、根拠があいまいであると批判している。


(3)以上、日本の新聞社の記事を統括して、朝鮮日報は、「うわさや憶測による報道を徹
底して禁じる内容が所狭しと続く。日本のメディアは、BBCの報道方針を一度読んでみて
ほしい」と、注文をつけている。


+++++++++++以下、朝鮮日報、2010−12−04+++++++++++


 「緊張感は残っているが、韓国を今、離れた。皆、人がとてもよく、温かかった」。米
NBC放送のリチャード・エンゲル特派員が2日、簡易投稿サイト「ツイッター」に書いた
言葉だ。エンゲル特派員はイラクやアフガニスタンといった紛争地域をくまなく取材して
いることから、「戦争開始者」と呼ばれている。北朝鮮による延坪島砲撃の直後にエンゲル
特派員が韓国を訪れると、インターネット上では「イラクのように韓国でも戦争が起きる
と思っているようだ」と心配する書き込みが相次いだ。エンゲル特派員は「全くそうは思
わないが、専門家たちは北朝鮮のほうが敵対的に出るものと見ている」と語った。


 南北の状況に関する速報を世界のメディアが先を争うようにして報じている今、一部誤
報も飛び出している。CNNは数日前、北朝鮮が地対空ミサイルを発射したと報道したが、
その後に訂正した。韓国メディアよりも大きな扱いの記事も目立つ。ニューヨーク・タイ
ムズは1日、「平壌は普段と変わらない」というニュースを伝えた。北朝鮮で働く国際救護
団体職員の話をまとめ、平壌のムードを報じたものだ。


 ルモンドは先月24日、「南北は戦争に突入したのではない」という見出しで、アジア専
門家オリビエ・ギヤル氏のインタビューを掲載した。同氏は「延坪島は国防や産業施設が
ない。象徴的な場所だ。実質的な軍事目標ではない」と分析した。ルモンド紙は「北朝鮮
は予測できない、非理性的な体制であることを立証した」と報じた。事実報道と共に充実
した分析が主なヨーロッパ・メディアの特徴だ。


 最近の日本メディアの報道を見ると、韓半島(朝鮮半島)では近く戦争が起こるかのよ
うに感じられる。東京新聞は、北朝鮮の人民武力省偵察総局幹部が「年が明ける前に、京
畿道を目標に新たな砲撃があるだろう」との見通しを示した、と2日に報じた。間もなく
全面戦争が起こるという意味だ。この驚くべきニュースの取材源は、「北朝鮮に詳しい消息
筋」になっている。また、産経新聞は北朝鮮が射程距離3000キロの弾道ミサイル「ムスダ
ン(舞水端)」を数カ月以内に発射する準備をしているとし、「韓半島情勢に詳しい消息筋」
の話を伝えた。


 大勢の人々の命に関する報道には、確実な根拠がなければならない。日本メディアの報
道のように「駄目でもともと」式では困る。韓半島の緊張を高めることは、日本にとって
得だろうか。イギリスBBCの戦争報道方針は「視聴者たちが放送を確信できなければなら
ない」という文で始まり、うわさや憶測による報道を徹底して禁じる内容が所狭しと続く。
日本のメディアは、BBCの報道方針を一度読んでみてほしい。


+++++++++++以下、朝鮮日報、2010−12−04+++++++++++


●では実際にはどうなのか?


 朝鮮日報が問題にしている記事(東京新聞、産経新聞)の両方をさがしてみた。
キーワードをいくつか選び、検索をかけてみたら、簡単に見つかった。
朝鮮日報の筆者は、同じくインターネットを使って情報を収集したのが、このことからも
よくわかる。


東京新聞の記事と産経新聞の記事を、そのまま紹介する。


【以下、東京新聞および産経新聞より】(2010−12−04)


★東京新聞(ネット上の記事)


「北朝鮮軍、追加攻撃も」=北朝鮮人民武力部の偵察総局幹部が、「年内に京畿道(キョン
ギド)本土を目標にした新たな砲撃があるだろう」と述べたと日本の東京新聞が2日、ソ
ウル発で報道した。


同紙は北朝鮮情報に精通した消息筋の話として、「北朝鮮の延坪島(ヨンピョンド)砲撃直
後の先月下旬、人民武力部偵察総局幹部が、『新年になる前に京畿道を目標とした新たな砲
撃があり、西海(ソヘ、黄海)の(韓国)軍艦にも大きな打撃が加えられるだろう』と述
べたと伝えた。


同紙はまた、「具体的な攻撃を前提にした発言なのかどうかは不透明だが、島ではなく韓国
本土に対する追加挑発の可能性を言及したことで波紋が大きくなりそうだ」としている。
北朝鮮偵察総局は韓国と海外で工作活動を担当しており、国防部の金泰栄(キム・テヨン)
長官は北朝鮮の延坪島砲撃翌日の先月24日に国会で偵察総局長の金英哲(キム・ヨンチ
ョル)上将が砲撃を主導したとの見方を示したと明らかにした。


★産経新聞(ネット上の記事)


北朝鮮が中距離弾道ミサイル「ムスダン」(射程約3千キロ)の発射実験を数カ月以内に実
施しようと準備を進めていることが24日分かった。


朝鮮半島情勢に詳しい情報筋が明らかにした。北朝鮮は10月の軍事パレードで、
ムスダンとみられる新型ミサイルを登場させたが、これまで発射実験は行っていない。実
験によって実戦可能であることを"宣言"するとみられる。北朝鮮軍による韓国国内への砲撃
で、朝鮮半島情勢が緊迫化しているなかでの弾道ミサイル発射準備は、北朝鮮のさらなる
挑発行為といえる。


 ムスダンは在日米軍基地が集中する沖縄まで射程圏に収める。北朝鮮で核弾頭を搭載す
るミサイルはムスダンが最初になるともみられている。北朝鮮はこのほど米専門家に寧辺
(ニョンビョン)の新たなウラン濃縮施設をみせており、ムスダンの発射実験は
ウラン濃縮とも密接に関係しているといえそうだ。


 同筋によると、発射は北朝鮮との間でミサイル開発で協力関係にあるといわれるイラン
との間の共同作業で進められ、実験結果に関する情報などは両国で共有するという。


++++++++++++以上、東京新聞および産経新聞より+++++++++++


●問題のか所


 東京新聞は、「北朝鮮情報に精通した消息筋の話として」という切り出して、記事を書い
ている。
また産経新聞も、「情勢に詳しい情報筋」という切り出して、記事を書いている。


 朝鮮日報紙は、こうした書き方が、「いいかげん」と断言している。
つまり根拠があいまいであると。
そこで念のため、東京新聞(中日新聞)本紙の記事(新聞本紙)の記事をさがしてみた。
それは12月2日朝刊、P6にあった。
いわく、


「北朝鮮に詳しい消息筋は、……北朝鮮の人民武力省偵察総局幹部が……との見通しを示
した」と。


 以下、東京新聞は、記事の中で、「同筋によれば」という文言を、1度使っている。
ここまで読むと、朝鮮日報の言い分のほうに意見が傾く。
たしかに根拠が、あいまい。
いいかげんと言えば、いいかげん。
が、ここで待ったア!
しかしつづく記事の内容をよく読むと、こうある。


「具体的な計画を前提にした発言かどうかは不明だが、韓国本土への追加挑発の可能性に
ついて言及したことで波紋を広げそうである」※と。


東京新聞(中日新聞)のほうでは、「具体的な計画を前提にした発言かどうかは不明だが…
…」と、ちゃんと、「不明」という言葉を使って、内容をきちんと説明している。
一方、インターネットの記事のほうは、その簡略版ということがよくわかる。
記事の長さも半分以下。
つまり「不明うんぬん」の部分は、ネット上の記事では省略されている。
朝鮮日報の記者は、実際に、東京新聞(中日新聞)の紙面を広げ、記事を読み、その記事
をもとに原稿を書いたのではないことが、これでよくわかる。


簡単に言えば、ネット上の記事を、コピー&ペイストしただけ!


 しかしこれはあるべき新聞記者の報道姿勢と言えるのだろうか?
もし東京新聞(中日新聞)の記事にケチをつけるなら、ネット上の記事についてではなく、
ちゃんとした本紙を取り寄せ、記事の内容を確認すべきではなかったのか。
「大勢の人々の命に関する報道には、確実な根拠がなければならない」という言葉を、そ
っくりそのまま朝鮮日報の記者に返したい。


 産経新聞については、どうかここではわからない。
が、記事の長さからして、実際の記事の簡略版であることがわかる。
つまり朝鮮日報の記者は、ここでも実際の新聞紙を広げ、その文言を一字一句自分でタイ
プしたのではないと、思われる。


●「消息筋」


 インチキ新聞社が、デタラメ記事を書くときによく使われる言葉がある。
「識者」とか、ここでいう「消息筋」とかいう言葉である。
しかし新聞社の社是は、「信用」と「信頼」。


 私は浜松に住むようになって40年以上。
以来、ずっと私は中日新聞を40年以上購読している。
もしその過程で、不信感をもつような記事がつづけば、私はとっくの昔に中日新聞の購読
をやめていたであろう。
たとえばあの朝日新聞は、「(北朝鮮による)拉致事件を、日本政府のでっちあげ」と報道
していた。
が、北朝鮮は、自ら、拉致事件を引き起こしていた。
以後、朝日新聞への信頼度は、地に落ちた。
同時に朝日新聞の購読をやめた。


 そこで「消息筋」について調べてみたが、検索をかけるまでもなく、情報の出所をあい
まいにするため、あえてそういう言い方をすることが多いということがわかった。
当然のことである。
朝鮮日報の記者なら知っているはずだが、北朝鮮では、スパイの容疑がかけられると、本
人はもちろん、家族、親族もろとも銃殺刑に処せられる。
「消息筋」と書いてあっても、日本人なら、それを疑わない。
またそう書いてあったからといって、「あいまい」イコール、「インチキ」とは考えない。


 私たちは新聞社を信頼している。
少なくとも、韓国の新聞よりは、信頼している。
ウソ記事を書いて、韓国内で反日感情をかきたてているのは、むしろ君たち、朝鮮日報の
記者ではないのか?
それについてたびたび指摘してきたとおりである。


●反日記事


 広く見れば、この記事も「反日記事」のひとつと解釈することができる。
韓国国内の韓国の人たちが読んだら、韓国の人たちは、あたかも私たち日本人が、朝鮮半
島の混乱を楽しんでいるかのような印象をもつだろう。
が、それこそ朝鮮日報の記者のねらい。
「日本のメディアは、BBCの報道方針を一度読んでみてほしい」(朝鮮日報)の結びが、そ
れを示している。
この結びを読めば、日本人なら、だれしも自分たちがバカにされたと思うだろう。
もし逆に、韓国のどこかの日本新聞社が、韓国の人たちに向け、こんな書き方をしたら、
君たちはどう反応するだろうか。
ほんの少しでもよいから、それを頭の中で想像してみればよい。


 以下(※注)に東京新聞(中日新聞)の生の記事を載せておくので、もう一度、よく読
んでみてほしい。
むしろ日本人は、韓国(朝鮮半島)のことを心配して、この記事を書いているのがよくわ
かる。


●終わりに


 以上、ことあるごとに日本のアラさがしをし、反日記事をかきつづける朝鮮日報の記者
たち。
親日であれとは、私は言っていない。
しかしゆがんだ反日感情でもって、いつまでも反日記事を書きつづけるのは、もうやめた
らよい。


私自身は戦後の昭和22年(1947)生まれ。
記者自身も、戦後の生まれだろう。
今、この日本を見て、戦前の軍国主義が生きていると思う人は、いない。
一部の右翼団体はたしかにいる。
が、一部は一部。
目立った行動はしているが、実際には、だれも相手にしていない。
日本人のほとんどは、隣国とは仲よくしたいと願っている。
しかし残念なことに、それを拒み、拒むどころか、むしろ反日感情を盛りたてる記事を韓
国へ配信しつづけている君たち。
君たちの存在が、残念でならない。


はやし浩司(1967年、日韓UNESCO交換学生)


(注※)(中日新聞紙の実際の記事より)


「(この発言は)、1日に終了した米韓軍事演習の実施が決まったあとの発言とされる。具
体的な計画を前提とした発言かどうかは不明だが、韓国本土への追加挑発の可能性につい
て言及したことで波紋を広げそうだ。


 北朝鮮に詳しい消息筋は偵察総局幹部の名前は明らかにしなかった。どう消息筋による
と、幹部は、『黄海上の韓国の軍艦にも、大きな打撃が加えられる』と付言したという。(以
下省略)。」


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 朝鮮日報 中央日報に見る、反日記事 反日感情)


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●朝鮮日報(2010−12−06)?? ?? ?? ?


●砂糖は白い麻薬
??? ?? ??


+++++++++++++++++


?? ??, ??(朝鮮日報、御中)


いつも批判ばかりして、すみません。
今日の記事について、私が10年近く
前に書いた原稿が参考になると思いますので
送ります。


+++++++++++++++++


●砂糖(精製された白砂糖)は、「白い麻薬」


+++++++++++以下、朝鮮日報、12月5日の記事より+++++++++++


ソウル市江南区内の高校に通うPさん(16、高1)は、この1年間で体重が15キロも増え
た。昨年までは、身長165センチに体重50キロというスリムな体型だった。共働きの母親
は、「自分がちゃんと準備して食べさせなかったから子どもがやせている」と思い、いつも
家にチョコレートなどのおやつを置いていた。


 クラスで1、2位の成績だったPさんは中3になり、高校受験に向けた競争が激しくなる
中、成績が少しずつ下がり始めた。Pさんは勉強のストレスがたまると、お菓子の袋を開け
た。あめを一つ、二つ、クラッカー数枚…次第にその量が増えていった。


 次第に、毎日チョコレートを1、2個食べないとイライラし、物足りなさを感じるように
なった。憂うつな気分を落ち着かせようと、慌てて幾つもチョコレートを口に入れ、驚い
て吐き出したこともある。肥満クリニックを訪れたPさんに、医療陣は「甘いもの中毒」
と告げた。


■肥満児を生む「甘いもの中毒」


 先進国では、かなり前から「甘いもの中毒」が社会問題となっていた。世界糖尿病協会
では2005年、「全世界の人口の20−25%が、甘いもの中毒という新たな現代病を患ってい
る」と発表した。


 日本でも数年前から、10−30代に見られる「ペットボトル症候群(甘い飲み物が入った
ペットボトルから付いた名前)」という名の甘いもの中毒が社会問題として浮上した。ほか
の国とは異なり、韓国の場合、児童・生徒の甘いもの中毒は誤った食生活だけでなく、学
業のストレスとも関連が深い。


 ソウル市江南区C潭洞のストレス・肥満管理医院「NDケアクリニック」のパク・ミンス
院長(内科専門医)は、成人には比較的多くのストレス解消法があるが、児童・生徒たち
は主にコンピューターゲームをしたり間食を取ったりすることでストレス解消しており、
また周囲に子どもたちを誘惑する食べ物があまりに多く、甘いもの中毒に陥りやすい」と
話した。


 



■身体、情緒障害を引き起こす「甘いもの中毒」


 ストレスと甘いもの中毒の間には、科学的にも相関性がある。ひどいストレスを受ける
と、満ち足りた気分を感じさせたり、うつ状態を食い止めたりする神経系伝達物質「セロ
トニン」の数値が低下する。このとき、甘いものを食べると「幸せホルモン」と呼ばれる
ドーパミンが活発に分泌され、一時的に気分転換ができる。そうなると、体はさらに甘い
ものを求め、甘いものを食べると体重が増加するという悪循環に陥る。


 また、甘い食べ物は、たばこやコーヒーのように中毒性があり、食べれば食べるほど中
毒が悪化し、さらに糖分を求めるようになるが、このような欲求が満たされないと直ちに
イライラやうつ症状が現れる。


 甘いもの中毒は、成長期の子どもたちに特に大きな害を及ぼす。延世大学セブランス病
院のキム・ヒョンミ栄養チーム長は、「甘い物ばかり食べていると偏食しやすく、成長ホル
モンの基となる亜鉛、カルシウムなどの必須栄養素を十分に摂取できなくなる上、甘い物
がエネルギーに変化する過程でビタミン、無機質を奪うため成長が阻害される可能性があ
る」と話す。専門家らは「子どもたちが甘いもの中毒にならないようにするためには、食
生活の改善以外にも、ストレス管理を並行すべきだ」と助言した。


+++++++++++以上、朝鮮日報、12月5日の記事より+++++++++++


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【キレル子ども栄養学の分野からの考察】


●過剰行動性のある子ども


 もう20年以上も前だが(1980年ごろ)、アメリカで「過剰行動性のある子ども」(ヒ
ュー・パワーズ・小児栄養学)が、話題になったことがある。ささいなことがきっかけで、
突発的に過剰な行動に出るタイプの子どもである。日本では、このタイプの子どもはほと
んど話題にならなかったが、中学生によるナイフの殺傷事件が続いたとき、その原因の一
つとして、マスコミでこの過剰行動性が取りあげられたことがある(98年)。


日本でも岩手大学の大沢博名誉教授や大分大学の飯野節夫教授らが、この分野の研究者
として知られている。


●砂糖づけのH君(年中児)


 私の印象に残っている男児にH君(年中児)という子どもがいた。最初、Hさん(母親)
は私にこう相談してきた。「(息子の)部屋の中がクモの巣のようです。どうしたらいいで
しょうか」と。話を聞くと、息子のH君の部屋がごちゃごちゃというより、足の踏み場も
ないほど散乱していて、その様子がふつうではないというのだ。が、それだけならまだし
も、それを母親が注意すると、H君は突発的に暴れたり、泣き叫んだりするという。始終、
こきざみに動き回るという多動性も気になると母親は言った。私の教室でも突発的に、耳
をつんざくような金切り声をあげ、興奮状態になることも珍しくなかった。そして一度そ
ういう状態になると、手がつけられなくなった。私はその異常な興奮性から、H君は過剰
行動児と判断した。


 ただ申し添えるなら、教育の現場では、それが学校であろうが塾であろうが、子どもを
診断したり、診断名をくだすことはありえない。第一に診断基準が確立していないし、治
療や治療方法を用意しないまま診断したり、診断名をくだしたりすることは許されない。


仮にその子どもが過剰行動児をわかったところで、それは教える側の内心の問題であり、
親から質問されてもそれを口にすることは許されない。診断については、診断基準や治療
方法、あるいは指導施設が確立しているケース(たとえば自閉症児やかん黙児)では、専
門のドクターを紹介することはあっても、その段階で止める。この過剰行動児についても
そうで、内心では過剰行動児を疑っても、親に向かって、「あなたの子どもは過剰行動児で
す」と告げることは、実際にはありえない。教師としてすべきことは、知っていても知ら
ぬフリをしながら、その次の段階の「指導」を開始することである。

 
●原因は食生活?


 ヒュー・パワーズは、「脳内の血糖値の変動がはげしいと、神経機能が乱れ、情緒不安に
なり、ホルモン機能にも影響し、ひいては子どもの健康、学習、行動に障害があらわれる」
という。メカニズムは、こうだ。ゆっくりと血糖値があがる場合には、それに応じてイン
スリンが徐々に分泌される。しかし一時的に多量の砂糖(特に精製された白砂糖)をとる
と、多量の、つまり必要とされる量以上の量のインスリンが分泌され、結果として、子ど
もを低血糖児の状態にしてしまうという(大沢)。


そして(1)イライラする。機嫌がいい
かと思うと、突然怒りだす、
(2)無気力、
(3)疲れやすい、
(4)(体が)震える、
(5)頭痛など低血糖児特有の症状が出てくるという(朝日新聞98年2・12)。


これらの症状は、たとえば小児糖尿病で砂糖断ちをしている子どもにも共通してみられる
症状でもある。私も一度、ある子ども(小児糖尿病患者)を病院に見舞ったとき、看護婦
からそういう報告を受けたことがある。


 こうした突発的な行動については、次のように説明されている。つまり脳からは常に相
反する二つの命令が出ている。行動命令と抑制命令である。たとえば手でものをつかむと
き、「つかめ」という行動命令と、「つかむな」という抑制命令が同時に出る。この二つの
命令がバランスよく調和して、人間はスムーズな動きをすることができる。しかし低血糖
になると、このうちの抑制命令のほうが阻害され、動きがカミソリでスパスパとものを切
るような動きになる。先のH君の場合は、こまかい作業をさせると、震えるというよりは、
手が勝手に小刻みに動いてしまい、それができなかった。また抑制命令が阻害されると、
感情のコントロールもできなくなり、一度激怒すると、際限なく怒りが増幅される。そし
て結果として、それがキレる状態になる。


●恐ろしいカルシウム不足


 砂糖のとり過ぎは、子どもの心と体に深刻な影響を与えるが、それだけではない。砂糖
をとり過ぎると、カルシウム不足を引き起こす。


糖分の摂取が、体内のカルシウムを奪い、虫歯の原因になることはよく知られている。体
内のブドウ糖は炭酸ガスと水に分解され、その炭酸ガスが、血液に酸性にする。その酸性
化した血液を中和しようと、骨の中のカルシウムが、溶け出るためと考えるとわかりやす
い。体内のカルシウムの98%は、骨に蓄積されている。そのカルシウムが不足すると、「(1)
脳の発育が不良になったり、(2)脳神経細胞の興奮性を亢進したり、(3)精神疲労をし
やすくまた回復が遅くなるなどの症状が現われる」(片瀬淡氏「カルシウムの医学」)とい
う。わかりやすく言えば、カルシウムが不足すると、知恵の発達が遅れ、興奮しやすく、
また精神疲労を起こしやすいというのだ。甘い食品を大量に摂取していると、このカルシ
ウム不足を引き起こす。


●生化学者ミラー博士らの実験


 精製されてない白砂糖を、日常的に多量に摂取すると、インスリンの分泌が、脳間伝達
物質であるセロトニンの分泌をうながし、それが子どもの異常行動を引き起こすという。
アメリカの生化学者のミラーは、次のように説召している。


 「脳内のセロトニンという(脳間伝達)ニューロンから脳細胞に情報を伝達するという、
神経中枢に重要な役割をはたしているが、セロトニンが多すぎると、逆に毒性をもつ」(「マ
ザーリング」81年7号)と。日本でも、自閉症や子どもの暴力、無気力などさまざまな
子どもによる問題行動が、食物と関係しているという研究がなされている。ちなみに、食
品に含まれている白砂糖の量は、次のようになっている。



製品名             一個分の量    糖分の量         
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー        
 ヨーグルト    【森永乳業】     90ml  9・6g         
 伊達巻き       【紀文】     39g  11・8g         
 ミートボール   【石井食品】 1パック120g  9・0g         
 いちごジャム   【雪印食品】  大さじ30g  19・7g         
 オレンジエード【キリンビール】    250ml  9・2g         
 コカコーラ              250ml 24・1g         
 ショートケーキ    【市販】  一個100g  28・6g         
 アイス      【雪印乳業】  一個170ml  7・2g         
 オレンジムース  【カルピス】     38g   8・7g         
 プリン      【協同乳業】  一個100g  14・2g         
 グリコキャラメル【江崎グリコ】   4粒20g   8・1g         
 どら焼き       【市販】   一個70g  25g          
 クリームソーダ    【外食】  一杯      26g           
 ホットケーキ     【外食】  一個      27g          
 フルーツヨーグルト【協同乳業】    100g  10・9g         
 みかんの缶詰   【雪印食品】    118g  15・3g         
 お好み焼き   【永谷園食品】  一箱240g  15・0g         
 セルシーチョコ 【江崎グリコ】   3粒14g   5・5g         
 練りようかん     【市販】  一切れ56g  30・8g         
 チョコパフェ     【市販】  一杯      24・0g       



●砂糖は白い麻薬


 H君の母親はこう言った。「祖母(父親の実母)の趣味が、ジャムづくりで、毎週ビンに
入ったジャムを届けてくれます。うちでは、それを食べなければもったいないということ
で、パンや紅茶など、あらゆるものにつけて食べています」と。私はH君の食生活が、か
なりゆがんだものと知り、とりあえず「砂糖断ち」をするよう進言した。が、異変はその
直後から起きた。幼稚園から帰ったH君が、冷蔵庫を足げりにしながら、「ビスケットがほ
しい、ビスケットがほしい」と泣き叫んだというのだ。母親は「麻薬患者の禁断症状のよ
うで、恐ろしかった」と話してくれた。が、それから数日後。今度はH君が一転、無気力
状態になってしまったという。私がH君に会ったのは、ちょうど一週間後のことだったが、
H君はまるで別人のようになっていた。ボーッとして、反応がまるでなかった。母親はそ
ういうH君を横目で見ながら、「もう一度、ジャムを食べさせましょうか」と言ったが、私
はそれに反対した。


●カルシウムは紳士をつくる


 戦前までは、カルシウムは、精神安定剤として使われていた。こういう事実もあって、
イギリスでは、「カルシウムは紳士をつくる」と言われている。子どもの落ち着きなさをど
こかで感じたら、砂糖断ちをする一方、カルシウムやマグネシウムなど、ミネラル分の多
い食生活にこころがける。私の経験では、幼児の場合、それだけで、しかも一週間という
短期間で、ほとんどの子どもが見違えるほど落ち着くのがわかっている。川島四郎氏(桜
美林大学元教授)も、「ヒステリーやノイローゼ患者の場合、カルシウムを投与するだけで
なおる」(「マザーリング」81年7号)と述べている。効果がなくても、ダメもと。そう
でなくても、缶ジュース一本を子どもに買い与えて、「うちの子は小食で困ります」は、な
い。体重15キロ前後の子どもに、缶ジュースを一本与えるということは、体重60キロ
の人が、4本飲む量に等しい。おとなでも缶ジュースを4本は飲めないし、飲めば飲んだ
で、腹の中がガボガボになってしまう。


 なお問題となるのは、精製された白砂糖をいう。どうしても甘味料ということであれば、
精製されていない黒砂糖をすすめる。黒砂糖には、天然のミネラル分がほどよく配合され
ていて、ここでいう弊害はない。

 
●多動児(ADHD児)との違い


 この過剰行動性のある子どもと症状が似ている子どもに。多動児と呼ばれる子どもがい
る。前もって注意しなければならないのは、多動児(集中力欠如型多動性児、ADHD児)
の診断基準は、2001年の春、厚生労働省の研究班が国立精神神経センター上林靖子氏
ら委託して、そのひな型が作成されたばかりで、いまだこの日本では、多動児の診断基準
はないというのが正しい。つまり正確には、この日本には多動児という子どもは存在しな
いということになる。一般に多動児というときは、落ち着きなく動き回るという多動性の
ある子どもをいうことになる。そういう意味では、活発型の自閉症児なども多動児という
ことになるが、ここでは区別して考える。


 ちなみに厚生労働省がまとめた診断基準(親と教師向けの「子どもの行動チェックリス
ト」)は、次のようになっている。


(チェック項目)


1行動が幼い
2注意が続かない
3落ち着きがない
4混乱する
5考えにふける
6衝動的
7神経質
8体がひきつる
9成績が悪い
10不器用
11一点をみつめる


たいへんまたはよくあてはまる……2点、
ややまたは時々あてはまる……1点、
当てはまらない……0点として、
男子で4〜15歳児のばあい、
12点以上は障害があることを意味する「臨床域」、
9〜11点が「境界域」、
8点以下なら「正常」


この診断基準で一番気になるところは、「抑え」について触れられていない点である。多動
児が多動児なのは、抑え、つまり指導による制止がきかない点である。教師による抑えが
きけば、多動児は多動児でないということになる。一方、過剰行動児は行動が突発的に過
剰になるというだけで、抑えがきく。その抑えがきくという点で、多動児と区別される。
また活発型の自閉症児について言えば、多動性はあくまでも随伴的な症状であって、主症
状ではないという点で、この多動児とは区別される。またチェック項目の中の(1)行動
が幼い(退行性)は、過保護児、溺愛児にも共通して見られる症状であり、(7)神経質は、
敏感児、過敏児にも共通して見られる症状である。さらに(9)成績が悪い、および(1
0)不器用については、多動児の症状というよりは、それから派生する随伴症状であって、
多動児の症状とするには、常識的に考えてもおかしい。


ついでに私は私の経験から、次のような診断基準をつくってみた。


(チェック項目)


1抑えがきかない
2言動に秩序感がない
3他人に無遠慮、無頓着
4雑然とした騒々しさがある
5注意力が散漫
6行動が突発的で衝動的
7視線が定まらない
8情報の吸収性がない
9鋭いひらめきと愚鈍性の同居
10論理的な思考ができない 
11思考力が弱い


 このADHD児については、脳の機能障害説が有力で、そのために指導にも限界がある
……という前提で、それぞれの市町村レベルの教育委員会が対処している。たとえば静岡
県のK市では、指導補助員を配置して、ADHD児の指導に当っている。ただしこの場合
でも、あくまでも「現場教師を補助する」(K市)という名目で配置されている。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 砂糖は白い麻薬 砂糖断ちによる禁断症状 キレる子ども)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 14日
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【NASA 記者会見 2010年12月2日、12月3日、日本時間】

●気になるニュース・NASA・「宇宙生物学上の発見」発表するための記者会見
●インターネット(ストリーミング)にて公開
NASA Sets News Conference on Astrobiology Discovery; Science Journal Has 
Embargoed Details Until 2 p.m. EST On Dec. 2 

NASAは、12月3日(日本時間)、NASA「宇宙生物学上の発見」発表するため
記者会見をもつという。
その記事を再度、ここに転載する。

●日本経済新聞社のHPに、こんな記事が載っていた。

++++++++++以下、日経NEWSより++++++++++++++++++++

 米航空宇宙局(NASA)は29日、「地球外生命体の証拠の探索に影響するであろう宇
宙生物学上の発見」について、米東部時間の12月2日午後2時(日本時間同3日午前4時)
に記者会見することを明らかにした。ワシントンのNASA本部で会見すると同時に、そ
の様子をインターネットで中継するという。

++++++++++以上、日経NEWSより++++++++++++++++++++

●早速、NASAの公式ウェブサイトをのぞく。
以下の記事を発見する。
記者会見に臨むのは、NASAの中でも、トップクラスの研究者たち。
今まで繰り返してきたような、ふつうの記者会見ではななさそうだ。

++++++++++++以下、NASAのWebsiteより++++++++++

MEDIA ADVISORY : M10-167 
 
 
NASA Sets News Conference on Astrobiology Discovery; Science Journal Has 
Embargoed Details Until 2 p.m. EST On Dec. 2 
 
12月2日に、宇宙生命体(Astrobiology)発見についての記者会見を設定。
 
WASHINGTON -- NASA will hold a news conference at 2 p.m. EST on Thursday, Dec. 2, 
to discuss an astrobiology finding that will impact the search for evidence of 
extraterrestrial life. Astrobiology is the study of the origin, evolution, distribution and 
future of life in the universe. 

NASAは12月2日、午後2時(EST)に、地球外生命体の証拠の研究に衝撃(impact)
を与えるであろう、宇宙生命体の発見を論ずるため、記者会見をもつ。

The news conference will be held at the NASA Headquarters auditorium at 300 E St. 
SW, in Washington. It will be broadcast live on NASA Television and streamed on the 
agency's website at http://www.nasa.gov. 

記者会見は、NASA本部でなされる。
その模様は、ライブでNASAよりテレビ中継され、http://www.nasa.gov.で視聴すること
ができる。

Participants are: (出席者は以下の者たちである。)

  ★Mary Voytek, director, Astrobiology Program, NASA Headquarters, Washington 
 Felisa Wolfe-Simon, NASA astrobiology research fellow, U.S. Geological Survey, Menlo 
Park, Calif. 


★ Pamela Conrad, astrobiologist, NASA's Goddard Space Flight Center, Greenbelt, Md. 
 Steven Benner, distinguished fellow, Foundation for Applied Molecular Evolution, 
Gainesville, Fla. 

★James Elser, professor, Arizona State University, Tempe 

Media representatives may attend the conference or ask questions by phone or from 
participating NASA locations. To obtain dial-in information, journalists must send their 
name, affiliation and telephone number to Steve Cole at stephen.e.cole@nasa.gov or call 
202-358-0918 by noon Dec. 2. 

メディア関係者は、以下の方法で、あらかじめ連絡を取って欲しい。

【NASAのストリーミング ビデオはつぎのところで配信される】
For NASA TV streaming video and downlink information, visit: 
http://www.nasa.gov/ntv 
  
【宇宙生命体に関する情報は、以下のサイトにて】
For more information about NASA astrobiology activities, visit: 
http://astrobiology.nasa.gov 
  
  end 

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 Astrobiology Discovery NASA the search for evidence of 
extraterrestrial life 地球外生命体 宇宙人 宇宙生命体 宇宙知的生命体 NASA 記
者会見 http://www.nasa.gov/ntv)


++++++++++++以上、NASAのWebsiteより++++++++++

●何だろう?

 NASAが?
今ごろ?

 こうした「公表」には、2つの意図が隠されている。

(1)いよいよ隠しおおせなくなったから。
(2)つぎのウソをつくための、下準備。

 NASAが今まで、「地球外生命体」の存在について、さんざん事実を隠してきたことは、
あるいは、ウソをついてきたことは、周知の事実。
少し前、日本が月探査衛星の『かぐや』を打ち上げたときも、搭載するカメラの解像度を、
「さげろ」と日本に要求してきた。

それに応じて、日本は、1000万画素から、その約半分の画素まで、わざわざ解像度を
さげたという話も聞いている。
今どき、1000万画素など、ふつうのデジタルカメラでも常識。
「月には何か、見られたら都合が悪いものがあるのだろうか?」と、私も勘ぐった。
そのNASAが、日本時間で3日午前4時に記者会見をするという。

 何だろう?
期待半分、懐疑半分。

「月の中には、宇宙人が住んでいます」というような話なら楽しい。
それとも反対に、「もうすぐ宇宙人が、地球を攻撃してきます」かもしれない。

 12月3日(日本時間)は、何か記念すべき日になるかもしれない。

Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

【NASAの緊急記者会見】2010年12月3日、早朝
●人騒がせにも、ほどがある!
失望+落胆+怒り


●NASAのWebsite(ホームページ)より


In a press conference later today, NASA will announce a breakthrough discovery: 
Bacteria in California's Mono Lake that subsist off of arsenic. Initially, this admittedly does 
not seem like very exciting news at all, but as Ron Burgundy would put it, with noted 
understatement, it's "kind of a big deal." The ability to thrive on arsenic differentiates this 
bacteria from all other known forms of life on the planet, which rely on the six building 
blocks of carbon, hydrogen, oxygen, nitrogen, phosphorous, and sulfur. Thus the find alters 
our conception of how and where life can arise and the search for life on other planets. 


●時事通信社の翻訳より


 生物が生きて増殖するのに使う主要な6元素の一つ、リンの代わりにヒ素を利用する細
菌が、米カリフォルニア州の塩湖「モノ湖」で初めて見つかった。米航空宇宙局(NASA)
などの研究チームが論文を2日付の米科学誌サイエンス電子版に発表した。生物の概念を
変える発見であり、地球外生命を探索する際にも視野を広げる必要があるという。


 モノ湖はサンフランシスコの東方、シエラネバダ山脈の麓にある。湖水は塩分濃度が高
く、アルカリ性で、人間など通常の生物にとって有毒なヒ素が多く含まれている。


 湖底で発見された新細菌は、大腸菌と同じ「ガンマプロテオバクテリア」のハロモナス
類に属し、「GFAJ―1」株と名付けられた。リンは遺伝情報を担うDNA(デオキシリボ核
酸)やたんぱく質、脂質の主要な成分だが、リンが全くない環境で培養すると、代わりに
ヒ素を取り込んで利用し、増殖することを実験で確認した。


 ヒ素は、元素の周期表で窒素やリンと同じ15族に属し、化学的性質が似ている。昔から
農薬やネズミ退治の薬、毒薬に使われてきたのは、細胞内に容易に取り込まれ、さまざま
な酵素の働きを阻害するためだ。しかし、研究チームはヒ素が毒にならず、リンの代わり
になる細菌が存在すると予想し、探し当てたという。


 地球上の生物が使うリン以外の主要元素は水素、炭素、窒素、酸素、硫黄の五つ。周期
表の初めの方に位置し、宇宙や地球での存在量が多いため、生物が利用するようになった
と考えられてきた。
(以上、時事通信社のHPより、転載)


●水の中にも生物(?)


 要するにこういうこと。


 それまで地上の生物しか知らなかった動物がいた。
水の存在は知っていた。
しかし自分たちは水の中では、生息することができないことを知っていた。
だから水の中には動物はいないと思い込んでいた。
が、ある日、水の中をのぞいてみたら、水の中でも生息している動物がいることを知った。
「おい、水の中でも生息している動物がいるぞ!」と。
そこでその動物はその事実を、世界に向けて、記者会見を開いて発表することにした。


 つまり、それだけのこと。


 「ナーンダ、そんなこと!」と驚いている人は多いかと思う。
実際、私も、そう思った。
「ナーンダ、そんなことか!」と。
そんなことを発表するために、わざわざNASAは、NASA本部で緊急記者会見を開い
た?


●補記


 今朝は起きるとすぐ、パソコンに向かった。
日課になっている運動もしなかった。
そしてNASAのホームページを開いた。
その結果がこれ。


NASAには悪いが、この程度の発見で、世界を騒がせないでほしい。
いつだったか、海底火山の周辺に生息している生物が話題になったことがある。
深海で、太陽の光も届かないような漆黒の世界だが、火山から発する熱と光を利用し、進
化し、そこで暮らしている生物が発見された。
海洋生物の多様性を証明するような発見だった。
その生物のほうが、よほどimpact(衝撃性)(NASAの言葉)がある。


 が、今回の発見は何か。
私はその世界については、まったくの門外漢だが、わざわざ記者会見までして発表するよ
うなものでもない。
その世界の研究者にとっては、重大な事実かもしれないが、シロアリやネズミの駆除にヒ
素を使っている私たちにとっては、何でもない。
「Nature」なら「Nature」でよい。
その雑誌に寄稿して発表すればじゅうぶん。


 本当に人騒がせな記者会見。
それにしても、NASAが、どうして「モノ湖」なのか?
「がっかり」というか、一言「バカヤロー」と叫びたくなるような記者会見だった。


 そう言えば、昨夜、私はこう思いながら、床に就いた。
「長生きしていて、よかった」と。
「これで地球外生命体の謎が、公にされるかもしれない」とも。
が、今は、失望。
落胆プラス、怒り。
昨日と何も変わらない朝を迎えた。
はやし浩司 2010−12−03朝。
みなさん、おはようございます。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 人騒がせなNASAの記者会見 ヒ素で生きる生物)


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●作られる反日感情(中央日報のばあい)
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??? ???? ??? ???? ???? ???.
(中央日報社、御中
ねつ造される反日感情。
韓国、中央日報の記事より。
どうか日本人の心を、勝手に翻訳しないでほしい。)

++++++++++++++++++

数日前、「作られる反日感情」と題して、
朝鮮日報社の記事を批評した。
その記事をきっかけに、朝鮮日報社の
日本向けHPに、私の記事がトラックバック
されるようになった。
つまりコラムとして、紹介されるようになった。

一部、韓国語に翻訳して発表したのが
よかったのかもしれない。

で、先月書いた記事を、もう一度、一部
韓国語に翻訳し、再掲載する。

より多くの韓国の人たちの目にとまれば
うれしい。

どういうわけか、日本駐在の韓国人記者は
ウソ記事ばかり書いている。
それを問題にしたい。

+++++++++++++++++++

【日韓経済戦争】作られる反日感情(はやし浩司 2010−11−01)

++++++++++++++++++++

今度日本が、ベトナムの原子力発電所建設
プロジェクト(第2期事業)で、その
パートナーに内定した。

そのニュースもさることながら、韓国の中央
N報(11月1日)は、つぎのように国内で
報道している。

 『…… 日本メディアは「新興国の原発建設に
政府と民間が合同で全力を傾けている韓国に
対応するため、日本が構成した'官民合同体'
が成し遂げた初めての快挙」と一斉に報じ
た』(中央N報、11月1日、原文のまま)と。

この中で、「韓国に対応するため」という文言に
注目してほしい。
そこで日本では、どのように報道されているか、
調べてみた。
本当に「韓国」を名指しで、「快挙」と報道して
いる報道機関があったのか。
私もこのニュースは、新聞、ネットで知っていた。
韓国の連合体と競っているいる話は聞いていた。
しかし……?

ともあれ、あちこちのサイトで、このニュース
を調べてみたが、「韓国に対応するため」と書いた
報道機関は、見あたらなかった。

以下、事実だけを並べてみる。
誤解、偏見をなくすため、削除することなく、
全文を転載、並べて比較してみる。

++++++++++++++++++++++

●韓国中央日報はつぎのように伝えた(11月1日)

*************以下、韓国・中央日報より***************

韓国・フランス・日本が競合するベトナムの原子力発電所建設プロジェクト第2期事業で、
日本がパートナーに内定した。 

  ベトナムのグエン・タン・ズン首相と日本の菅直人首相は31日、ベトナム・ハノイで
首脳会談を開き、このように明らかにしたと、日本経済新聞が報じた。同紙は「これは日
本が新興国の原発建設を受注した事実上初めてのケースであり、規模は1兆円にのぼる」
と伝えた。 

  ベトナムは2020年代初期までに4基の原発建設を終える予定で、4基の原発のうち
第1期事業の2基はすでに年初にロシアが受注している。今回の第2期事業の2基はベト
競合していた。 

  日本は原発建設を受注する代わりにベトナム側の港などのインフラ建設に790億円の
借款を供与し、原発関連技術の移転を提供することにした。また両国首脳は戦略物資であ
るレアアース(希土類)の研究および開発も共同で協力することにした。 

  菅首相は「原発とレアアースの二つの問題について両国がパートナーになったのは真の
パートナーシップが始まったという象徴的な意味を持つ」と強調した。 

  今回のベトナム原発建設プロジェクト第2期事業は、先月22日に官民合同出資で発足
した「日本国際原子力開発」を中心に進行された。東芝・三菱重工業・日立製作所が参加
している。 

  日本メディアは「新興国の原発建設に政府と民間が合同で全力を傾けている韓国に対応
するため、日本が構成した'官民合同体'が成し遂げた初めての快挙」と一斉に報じた。

*************以上、韓国・中央日報より***************

***************以下、J−Castより*************

●J−Cast(11−2)

 菅直人首相は2010年10月31日、ベトナム・ハノイ市内でグエン・ダン・ズン首相と会
談、原子力発電所2基の建設を日本側が受注することが決まった。

ベトナム北西部にあるレアアース(希土類)の開発を共同で進めることにも合意した。菅
首相は、港湾建設などに総額790億円の円借款を新たに供与する意向を表明した。

*************以上、J−Castより***************

*************以下、読売新聞より*****************

●読売新聞(10−31)

【ハノイ=宮井寿光、永田毅】菅首相は31日、ベトナムのグエン・タン・ズン首相とハ
ノイ市内の首相府で会談し、両国関係に関する共同声明に署名した。

 ベトナム政府が予定している原子力発電所建設計画について、日本を「協力パートナー」
とすることで合意し、日本勢の受注が事実上決まった。日本が新興国で原発建設を受注す
るのは初めて。

 日本はこれまで、新興国で激化する原発建設の受注競争で相次いで敗北してきたが、今
回は官民一体で集中的に受注活動を展開したことが奏功した。

 対象となるのは、南部のニントゥアン省に予定されている第2期工事の原発2基分。ベ
トナム側は条件として、低金利での優遇貸し付け、最先端技術の利用、廃棄物処理協力な
どを示し、日本側も応じた。ズン首相は会談で、日本の受注について「政治的、戦略的決
断だ」と語った。

 両首相は省エネ家電などの部品に不可欠なレアアース(希土類)についても共同開発で
合意した。レアアースの生産量は中国が世界の9割以上を占めるが、輸出制限が世界的に
問題となっており、「中国依存」からの脱却を図る狙いがある。

*************以上、読売新聞より*****************

*************以下、NHKサイトより***************

●NHKニュース(10月31日)

ハノイを訪れている菅総理大臣は、31日にベトナムのズン首相と会談し、現地で計画さ
れている原子力発電所の建設を日本の企業に受注させるよう求めるのに対し、ズン首相は
日本側の要請に応じることを表明する方向で調整を進めています。

ASEAN=東南アジア諸国連合などとの一連の首脳会議に出席するため、ハノイを訪れ
ている菅総理大臣は、ベトナム訪問の最終日の31日、ズン首相と会談する予定です。こ
の中で菅総理大臣は、ベトナムで計画されている原子力発電所2基の建設事業で、日本企
業に受注させるよう要請する方針です。

ベトナムの電力公社は、高い技術力などを評価して日本に発注する方針を固めていました
が、関係者によりますと、ズン首相は菅総理大臣に対し、ベトナム政府として日本側の要
請に応じることを表明する方向で調整を進めているということです。

日本政府は、アジアでのインフラビジネスを成長戦略に掲げており、外国企業との競争が
激しい原発事業で、今回ベトナムから受注を得る方向となったことで、今後の海外展開の
弾みとしたい考えです。

また、菅総理大臣は希少資源の「レアアース」について、中国への過度な依存から脱却す
るため、日本企業と現地企業が合弁で手がけることが決まっているベトナム北部の鉱山開
発について、できるだけ早く生産が始められるよう、協力を求めることにしています。

*************以上、NHKサイトより***************

*************以下、朝日新聞サイトより***************

 【ハノイ=高野弦】ベトナムの最高意思決定機関である共産党の指導部は、同国南東部
に建設を予定している原子力発電所について、日本企業に発注する方針を決めた。複数の
関係者が明らかにした。正式決定すれば、原発を新たに設置する新興国で、日本が受注す
る初のケースとなる。 

 31日の日越首脳会談で、ズン首相から菅直人首相に発注の意向が伝えられる見通し。 
 日本企業への発注方針を決めたのは、南東部ニントアン省の原発2基(出力計200万
キロワット)で、2021年の運転開始を目指している。 

 ベトナムは2030年までに14基の原発の建設・稼働を計画。このうち具体化してい
るのはニントアン省の4基で、最初の2基は昨年12月にロシアが受注した。 

 インフラ輸出を成長戦略の軸にすえる日本は、残る2基の受注を目指し、今年に入って
受注活動を展開。経済産業相らが8月、経済界とともにベトナム入りし、人材育成や資金
援助などを提案していた。また、10月には新興国での受注を目指した官民共同出資の「国
際原子力開発」を立ち上げていた。 

*************以上、朝日新聞サイトより***************

●一事が万事

 中央N報を読んだ韓国の人たちは、どう思うだろうか。
日本があたかも韓国を叩くために、ベトナムでの原子力発電所建設工事を受注したと
解釈するだろう。
「快挙」、つまり「日本人は、韓国に勝ったと喜んでいる」と。

 受注競争の過程では、たびたび韓国の名前が出てきたのは事実。
中央N報にもあるように、韓国は政府と民間が一丸となって受注合戦を繰り広げていた。
で、日本もそれに対抗して、(あくまでも対抗して)、政府が受注合戦に乗り出した。
その結果、日本が受注に成功した。

 が、成功したあとは、どの報道機関も、「韓国」の「カ」の字も書いていない。
が、韓国では、『新興国の原発建設に政府と民間が合同で全力を傾けている韓国に対応する
ため、日本が構成した'官民合同体'が成し遂げた初めての快挙」と一斉に報じた』と。

 こうした報道操作は、日常茶飯事。
ことあるごとに国内の反日感情をかきたてている。
しかしこれは天下の報道機関として、あるべき報道姿勢ではない。
中央N報は、日本の報道機関のどれをさして、「一斉に報じた」としているのか。

 一事が万事というか、韓国の新聞を読んでいると、この種の情報操作があまりにも多い。
少し前は、自前で気象衛星をあげたことについて、「これで日本の世話にならなくてすむ」
と。

 今までさんざん日本の世話になっておきながら、この言いぐさはない。
せめて「今まで、ありがとう」の一言くらいは、あって当たり前。

それではいけないということで、あえて今回のニュースを取りあげてみた。

●追記

 対する日本は、どうか?

たまたま同日(11−2)TBS−iニュースは、こんなニュースを報道している。
こちらは、重要なニュースではないので、一部、省略させてもらう。

***********以下、TBSーiニュースより*************

●第二次韓流ブーム

 最近、日本で新たな「韓流ブーム」が社会現象になりつつあります。次々とデビューし
てチャート入りを果たす韓国のガールズ・グループ。その背景には、ブームを作り出す、
ある壮大な「戦略」がありました。

(中略)
 
 4か国語が飛び交う会見場。1日、韓国・ソウルの外国特派員協会に姿を現したのは、
人気ガールズ・グループ「少女時代」です。19歳から21歳までの9人からなる「少女
時代」。3年前にデビューし、韓国でトップに登りつめた後、台湾やタイなどのヒットチャ
ートでも1位を獲得。中国でもツアーを行うなど、アジア全域で活躍中です。そして9月、
満を持して日本デビュー。第2弾シングルが先週、日本を除くアジアの女性グループとし
て史上初のチャート1位を記録しました。

 日本の韓流ブームといえば、これまで比較的高い年齢層の女性たちに支えられてきまし
た。この新たな韓流ブームの特徴は、日本の若い女性の心を捉えていることです。美脚が
売りの少女時代だけでなく、大人の魅力を強調するグループ「BROWN EYED GI
RLS」、ヒップダンスを得意とするグループ「KARA」などが、今年に入って次々と日
本デビューを果たしています。

 1日の会見のテーマは彼女たちの世界戦略でした。

(中略)

 周到な準備の下、続々と上陸する韓国のガールズ・グループ。しかしその目は、すでに
日本のはるか先を見据えているのかもしれません。(01日22:48)

***********以上、TBSーiニュースより*************

 日本人のノー天気ぶりには、あきれるばかり。
緊張感がまるでない!

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 韓国の報道機関による情報操作 反日感情 作られる反日感情)


Hiroshi Hayashi++++Nov. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●どこまで目くじらを立てるべきか

++++++++++++++++++

もう20年近く前のことになる。
私はある宗教団体を攻撃した本を、5冊出した。
当時、いくつかのカルト教団が、社会問題を
引き起し、世間の話題をさらっていた。
その当時のことである。

が、それから20年。
久しぶりに、ペンネームの私を検索してみた。
が、それを見て、驚いた。
私は「MS」というペンネームで本を出した。
が、その本について、

「本物の著者は、私である」と名乗っている人が
いることを知った。
あるいは、「私が大量の資料を送り届けて、MSに
本を書かせた」という人がいることも知った。
さらに「MSをハシャク(=この世界の専門用語で、
相手を論じ伏せること)し、筆を折らせたのは、
我が師、NK尊師である」というのまであった。

みなさん、好き勝手なことを書いている。
私は自分の本を代筆させたことは一度もない。
またハシャクされたことも、一度もない。
それに筆を折ったわけではない。
あまりにもばかばかしくて、書くのを中断しただけ。
もう少しわかりやすく言えば、イワシの頭を信仰して
いる人に対して、「イワシの頭」と証明してみせただけ。

が、こういうデタラメ記事には、もう慣れた。
いちいち目くじらを立てていたのでは、こちらのほうが、
疲れてしまう。
またそのヒマもない。
しかし無視することもできない。
内容と相手の立場によっては、反論のコメントを書く。
「即刻、事実に違背している記事を削除してほしい」と。
今朝も、2つのサイトにその旨、コメントとして書き込んだ。

++++++++++++++++++

●誤解

 みなさん、誤解している。
私、はやし浩司は、名もない物書きだが、一文たりとも、他人の文章を盗んだことは一度
もない。
(こんなことはあえて書くまでもない、常識だが……。)
無名だからこそ、それには注意している。
無名の私に、「盗作疑惑」がかけられたら、私はどうなる?
「代筆疑惑」でもよい。
何もなくなってしまう。

 文章だけではない。
内容についても、だ。
 もし私が書いているようなことと似たような文章に出会ったら、まず、そちらを疑って
みてほしい。
見分け方は、簡単。
今ではインターネットを使って、即座に、私の書いた文章を検索できるようになった。
そのとき私の書いた文章と、相手の書いた文章の日付を比較してみればよい。
当然、私の書いた文章の方が古い。

 それに代筆(ゴーストライター)ということになれば、どうしてこの私が?、となる。
代筆業(ゴーストライター)で生計を立てていた私が、どうしてどこかのゴーストライタ
ーに、代筆を頼むのか。
バカも休み休み、言え!

●無私で書くから、文章

 この10年近く、私は文章を、「無私」の立場で書いている。
東京あたりでは、テレビ局や雑誌社を相手に、批評記事を書いたら、そのままブラックリ
ストに載ってしまう。
以後、仕事が途絶える。

 が、この地方に住んでいると、そうした心配というか、気兼ねは、いらない。
もとから相手にされていない。
みなさんはご存知ないかもしれないが、東京の人たちがもっている独特の優越感には、鼻
持ちならないモノがある。
明らかに地方に住む私たちを「下」に見ている。
(自分たちだって、大半は、地方から上ってきた人間なのだが……。)
とくにマスコミの世界ではそうである。

 だからこそ、私は、自由にものを書くことができる。
もともと無欲だから、だれかに媚を売ることもない。
遠慮する必要もない。
が、そこが重要。
ものを書くときの基本は、そこにある。
またそうであるから、書いた文章が生きる。

 またまた愚痴になってしまった。
今朝は、あまり精神状態がよくないようだ。
こういうときは、何かの気分転換をするのがよい。

……窓の外には栗の木がある。
そこにキジバトの雛が、巣の中でちょこんと座っている。
それが私の座っている位置からよく見える。
2羽いる。
(よく見えるように、まわりの枝を切り払ったのは私だが……。)

 枝がいつもより大きく揺れているのは、風のせい。
先ほど窓を開けて、声をかけてみたが、羽を立てて、警戒態勢。
野生の鳩だけに、警戒心が強い。
これからビデオカメラに様子を収めて、YOUTUBEにアップしてみる。
愚痴を書くのは、もうやめよう!

(付記)

 たった無事、ビデオに収録。現在、YOUTUBEにUPLOAD中!
(はやし浩司のHP)→(音楽と私)→(2010年12月)のところで、ご覧いただけ
るようにしておきます。



【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

はやし浩司 2010−12−04

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昨夜は仕事の帰りに、ワイフと、映画『Kiss&Kill』
(英語名:Killers)を観てきた。
が、これがどうしようもない駄作(ごめん!)。
あきれるほどの駄作(ごめん!)。
星など、つけようもない。
予告編を観て、「おもしろうそう」と思ったが、それはまちがい。
がっかり。
ドタバタ映画でも、ここまで中身のないドタバタ
映画となると、そうはない。

『トロン』『ロビンフッド』に期待をつなぎながら、
昨夜は冷たい冬の風が吹きすさぶ、夜の街を
歩いて帰った。

+++++++++++++++++++++++

●離婚

 オーストラリアの友人の息子が、最近、離婚した。
2人の子ども(幼児)もいた。
理由は、(友人の話によれば)、妻が元カレと交際をつづけていたとのこと。
「やっぱり、昔の恋人のことが忘れられない」というようなことで、離婚したらしい。

 が、こういう話は、一方的な意見だけを聞いて判断してはいけない。
(相手の話を聞く必要もないが……。)
家庭の事情は、複雑。
夫婦関係は、さらに複雑。
心の問題は、さらにさらに複雑。

 そっと見守ってやることこそ、大切。
あとはそこを原点として、みな、明るく前向きに生きていけばよい。

●私たち

 実のところ、私たち夫婦も、あぶない。
私はともかくも、ワイフは、いつも構えている。
「いったん、ことあれば!」と。
だから私は、1日とて、心の安まる日がない。
いっしょに寝るときも、「いっしょに寝ていいか?」と。
そのつど、ワイフの気持ちを確かめなければならない。

 だからということでもないが、軽い口げんかをしただけで、「別れましょう」「離婚
しよう」となる。

 が、離婚するのも、たいへん。
たがいの人間関係が、網の目のようにからんでいる。
ともにひとりでは、生きていかれない。
(ワイフは「お金さえもらえれば、ひとりで生活できる」と言っているが……。)
少なくとも、私には生活能力がない。

●抑圧

 本来なら、心を開放し、言いたいことを言えばよい。
したいことをすればよい。
が、ワイフのばあい、子どものころから、何かいやなことがあっても、それを心の別室に
押し込め、やり過ごしてきた……らしい。
義兄や義姉は口をそろえて、「A子(=ワイフ)は、がまん強い子だった」と言う。
それが今でも、習慣になっている。

心理学の世界では、そうした心理状態を、「抑圧」という言葉を使って説明する。
表面的には、穏やかでやさしいが、それは仮面(ペルソナ)。
いったん、ことがあると、心の別室の中にたまった不満や不平を爆発させる。
別人のようになる。
何か一言、言うと、その10倍以上の反論となって返ってくる。

 今も、基本的には、ワイフは私にさえ心を開くことができない。
むしろ夫婦げんかしたときのほうが、本当のワイフの心が外に出てくる(?)。
「私はあなたなんかと、結婚するつもりはなかった!」と。

●ケセラ・セラ

 ……と書いても、何も、私たち夫婦が特別というわけではない。
危機的な状況というわけでもない。
どこの夫婦も似たようなもの。
みな、同じような問題をかかえ、その中で懸命に生きている。
うまくいっている夫婦など、実際には、さがさなければならないほど、少ない。
私たち夫婦にしても、空の天気のようなもの。
曇りの日もあれば、雨の日もある。
もちろん晴れの日もある。
その晴れの日を利用して、旅行したり、映画を観に行ったりする。

 要するにパーフェクトな夫婦関係を求めない。
ほどほどのところで、ほどほどに満足する。
あとはケセラ・セラ(なるようになる)。

 それが夫婦円満(?)のコツではないか。

●秒読み段階

 とは言っても、人生も秒読み段階に入った。
つい先日、「ともに長生きしましょう」と誓い合った友人が、8月1日に他界した。
あっけない他界だった。
信じられないほど、あっけない他界だった。

 そういう友の死を経験すると、夫婦の問題など、どこかへ吹き飛んでしまう。
わかりやすく言えば、どうでもよくなくなってしまう。
実のところ、そのときも私は布団をかぶって寝ていた。
「あんなヤツ(=ワイフ)とは、二度と口をきかないぞ」と。

 ちょうどそんなときワイフがやってきて、「NG先生が、亡くなったって……」と。
「ウソだろ?」「今、奥さんから電話があった……」と。

 とたん夫婦げんかのことは、忘れてしまった。
私にしても、夫婦げんかどころではない。
明日どころか、今日の今日、ポックリ逝くかもしれない。
ワイフのようなつまらない人間(失礼!)のことで、心を煩わせているヒマはない。

●夫婦論

 夫婦とは何か?
そこにいるのは、親以上の人間。
兄弟以上の人間。
親友以上の親友。
ときに私自身。
たがいの思い出が、そこにぎっしりと詰まっている。

 が、それでいて、壊れるときは壊れる。
一度壊れると、今度は他人以上の他人になる。

 ただこの年齢になってはじめてわかったことが、ひとつある。
それは「男」と「女」の関係ではなくなるということ。
脳内ホルモンが枯渇する。
若いときのように、「性」でたがいをつなぐということができなくなる。
加えて子育ても終わり、共通の目標も消え失せる。
あとに残るのは、純然たる一対一の人間関係。

 一見太く見える人間関係だが、実際のところ、細くてボロボロ。
言うなれば、チョロチョロと燃える、残り火のようなもの。
消すこともできない。
だからその残り火に、たがいに手を向けながら、かすかな暖をとりあう。
慰めあう。
労(いたわ)りあう。

 あとはその「日」が来るのを、静かにじっと待つ……。

……ここまで書いて、またあの『ミレーの落ち穂拾い』を思い出した。
原稿を探してみる。

+++++++++++++++++

以前書いた原稿です。

+++++++++++++++++

●夫婦VS育児

 どんな夫婦でも、それなりのプロセスがあって、結婚し、子どもをもうける。たいてい
は恋愛→恋愛期間→結婚というプロセスを経る。それぞれの夫婦は、「私たちの恋愛だけは、
ほかの人たちのとは、ちがう」と思いがちだが、それはどうか?

 が、問題は恋愛ではない。男女が恋愛をする部分と、その男女が結婚し、子どもをもう
け、そしてそのあと、育児をする部分は、別の問題であるということ。

 私はこれを、「夫婦の二層性」と呼んでいる。

 つまり恋愛は、純粋に感情的な問題だが、育児では、男女の思想性、哲学性、社会観、
人生観、それにそれまでにそれぞれが生まれ育ってきた過去が、真正面からぶつかりあう。

 こうした二層性は、国際結婚をしたカップルを見ていると、よくわかる。たとえば今で
は、ニュージーランドの日本人学校の周辺にも、受験塾があるという。K式算数教室もあ
るという。

 「日本へ帰ってからのことが心配だ」というのがその理由だが、その夫婦が、ともに日
本人なら、それほど大きな問題とはならない。

 たとえば夫が日本人で、妻が、ニュージーランド人であったとしたら……? あるいは
その逆でもよい。

 子どもの教育で、どう折りあいをつけるかは、そのつど、重大な問題となる。さらに、
社会観、男女観、夫婦観となると、もっと深刻な問題となる。オーストラリアでは、夫が
妻に向かって、「おい、お茶!(Hey,Tea!)」と叫んだだけで、離婚事由になると
いう。実際には、そういう夫はいない。

 独特の教育観をもった夫と、親に溺愛されて育った妻。崩壊家庭に近い家庭環境で生ま
れ育った夫と、両親の愛に恵まれて生まれ育った妻。高学歴の夫と、学歴とは無縁の世界
で育った妻などなど。

 組みあわせはいろいろある。そういう夫婦が、子どもを間にはさんで、対立する。……
つまりそういうケースは、多い。

 そこで夫婦は、たがいに悩む。「夫は、甘い」「妻は、冷たい」「息子を、夫のようにした
くない」「妻は、放任すぎる」とか。

 こういう対立があっても、夫婦の間が、しっかりとした愛情で結ばれていれば、まだ救
われる。話しあいもじゅうぶん、なされる。子育ての調整もできる。

 しかしそうでないときは、そうでない。『子は、かすがい』というが、裏を返せば、『子
は三界の足かせ』となる。

 そういうときは、どうするか?

 答は簡単。あきらめて、現状を受けいれる。ジタバタしても、始まらない。たとえば妻
(=母親)の側から見ても、夫(=父親)の教育をするのは、子を教育するより、何倍も
むずかしい。

 たとえばあなたの夫が、かなりのマザコンタイプであったとしよう。しかしそうしたマ
ザコン性は、よほどのことがないかぎり、なおらない。あなたという妻の力くらいでは、
どうにもならない。

 マザコンであることが、その夫の、哲学になっていることも多い。そんな夫に向かって、
「あなたはマザコンよ」と言えば、その先は、どうなるか? 

 育児にからんで、夫婦で対立するケースは、多い。教育の問題となると、さらに多い。
だから、あ・き・ら・め・る。

 料理でいえば、その場にある食材で、できるものを考えるしかない。食材がそろってい
ないのに、寿司をつくろうとか、ビーフカレーをつくろうとか、そういうふうに考えるか
ら、ムリが生まれる。

 あるもので、つくる。結局は、育児は、ここに行き着く。

 いろいろな問題はあるだろう。弊害や悪影響もあるだろう。しかし全体としてみると、
こうした問題は、一過性の問題で終わる。なぜなら、子どものもつ生きるエネルギーは、
親が考えているより、はるかに大きく、強力である。やがて子ども自身がもつ、自己意識
が育ってくれば、子ども自身が、そうした問題を乗り越える。

 親がどう願ったところで、子は、親の願いどおりには、いかない。かりに夫婦の方向性
が一致していても、だ。夫は息子をハーバード大へ。妻は息子を東大へ。しかし肝心の息
子は、専門学校を出て、職人になった……というケースは、いまどき、珍しくも、何とも
ない。

 ここで私は夫婦の「二層性」について書いた。

 つまり夫婦は、恋愛、結婚というプロセスを経て、さらに子どもをもうけて、この二層
性を経験する。しかしその子育ても終わると、再び、一層性にもどる。だから夫婦も、育
児のことで、ムダにジタバタしないこと。

 だから繰りかえす。

 あきらめて、受けいれる。それよりも重要なのは、夫婦の信頼関係ということになるが、
それについては、つぎに考える。

(はやし浩司 育児 子育て 夫婦の対立 対立)


●夫婦の信頼関係

 夫婦の信頼関係も、(絶対的なさらけ出し)と、(絶対的な受け入れ)で決まる。「絶対的」
というのは、「疑いすら、もたない」という意味。

 しかしそれはあくまでも基盤。信頼関係をつくりあげるためには、共通の目的、共通の
苦労、共通の人生観をともにもたなければならない。しかしそれは1年や2年で、できる
ものではない。

 もし若い夫婦の中で、「私たちはたがいに信頼している」「愛しあっている」と思ってい
る人がいるなら、それは幻想と思ってよい。夫婦の信頼関係は、そんな生やさしいもので
はない。

 少し視点がかわるが、年をとると、ものの見方が少し変わってくる。たとえば小学生や
中学生の恋愛ごっこを見てみよう。「好きだ」「ふられた」「別れた」「取られた」などと、
毎日のように騒いでいる。

 しかし年をとると、やがて、中学生の恋愛ごっこも、高校生の恋愛ごっこも、それほど、
ちがわないように見えてくる。さらに、高校生の恋愛ごっこも、若い男女の恋愛ごっこも、
それほどちがわないように見えてくる。

 当の本人たちは、「私たちは、高校生とはちがう」と思っているかもしれないが、まあ、
これ以上のことを話しても、どうせ理解してもらえないだろう。

 つまり私が言いたいことは、夫婦の信頼関係をつくりあげるためには、もうひとつ、「時
間」「経験」「年輪」というファクターが、必要だということ。

 が、最終的に夫婦の信頼関係を決めるのは、実は、「命」である。

 私も、私のワイフには、たくさんの不満があった。ワイフにもあっただろう。しかし、
自分で自分の人生を生きてみてわかることは、私の人生には、いつも「限界」があった。
はっきり言えば、「たいした人生は、送れなかった」。それに「たいしたこともできなかっ
た」。

 「まあ、いろいろやってはみたけれど、私も、ごくふつうの平凡な男に過ぎなかった」
と。そんな私が、たとえばワイフに、今以上のものを、どうして求めることができるかと
いうことになる。

 あと、何年生きられるかということを考えると、なおさらである。10年か、20年か。
私はそんなことを考えるとき、いつも、ミレーの『落ち穂拾い』の絵を思い出す。何とも
さみしい話だが、しかし悪いばかりではない。あの絵に見られるような、そこには、深い、
「味」が生まれる。

 若い女性の肌も美しいが、しかしシワでゆるんだ肌も、これまた美しい。若いときはい
やだったが、ワイフの腸内ガスのにおいも、これまた、悪くない。すべてを許し、すべて
を受け入れていく。

 信頼関係は、こうして熟成されていく。

 だから私は、ふとこう思う。よく若い男女が、たがいに、「愛しているよ」「信じている
よ」と言いあっているのを聞くと、つい、「バカめ」と思ってしまう。「たがいに疑ってい
るから、そういう言葉を口にするのだ」と。

 絶対的に愛しあい、信じあっていたら、そんな言葉など、ぜったいに出てこない。

 ……と、書きつつ、「偉そうなことは言えない」と思ってしまう。

 私は本当に、ワイフを信じているかと聞かれると、どうも自信がない。そのことは、ワ
イフも同じだろう。

 実は、まだたがいに苦労も足りないし、ここでいう「時間」「経験」「年輪」が、足りな
いように思う。

 しかし最近では、あえて言わないようにしている。あの「愛しているよ」とか、「信じて
いるよ」という、どこかフワフワとした風船のような言葉だ。

 夫婦の信頼関係の問題は、これから先、私たち夫婦にとっては、じっくりと煮詰める問
題ということになる。

++++++++++++++++++++++

ジャン・フランソワ・ミレーの「落ち穂拾い」
で思い出したのが、つぎの原稿

++++++++++++++++++++++

●不幸の形

 幸福というのは、なかなかやってこないが、不幸というのは、こちらの都合など、お構
いなしにやってくる。だから幸福な家庭というのは、みな、よく似ているが、不幸な家庭
というのは、みな顔が違う。

 その不幸が不幸を呼び、さらにつぎの不幸を呼ぶ。こういう例は少なくない。

 両親は離婚。兄は長い闘病生活のあと、自殺未遂。母親は、再婚をしたものの、半年で
また離婚。そのあと、叔父の家に預けられて育てられたが、そこで性的虐待を受ける。そ
の女性が、17歳のときのことだった。

 そこで家出。お決まりの非行。そして風俗業。しかし悲劇はここで終わったわけではな
い。やっと結婚したと思ったが、夫の暴力。生まれてきた長男は、知的障害。夫は、やが
てほかの女の家にいりびたるようになり、そして離婚。今、その女性は四五歳になるが、
今度は乳がんの疑いで、入院検査を受けることになった……。

 その人はこう言う。「どうして私だけが……?」と。

 一つのリズムが狂うと、そのリズムをたてなおそうと、無理をする。しかしその無理が、
さらにリズムを狂わす。だれしも不幸になると、そこがどん底の最悪、と思う。しかしそ
の下には、さらに二番底、三番底、さらには四番底がある。

 しかし人というには、皮肉なものだ。今、目の前にあるものを見ようとしない。見ても、
その価値に気づかない。仮に見ても、「まだ、何とかなる」「こんなはずではない」と、自
ら、それを打ち消してしまう。

 だから賢明な人は、そのものの価値を、なくす前に気づく。しかし愚かな人は、そのも
のの価値を、なくしてから気づく。健康しかり。人生しかり。そして子どものよさ、また
しかり。

 あなたは、本当に幸福か?
 それとも、あなたは本当に、不幸か?

 ある腎臓病だった人が、こんな投書を寄せている。何かの雑誌で読んだ話だが、こんな
内容だ。

 その人は、10年近く、重い腎臓病で苦しんだ。そしていよいよというときになって、
運よく、腎臓提供者が現れ、腎臓の移植手術を受けた。そしてそのあとのこと。はじめて
トイレで小便をした。たまたま窓から、朝の陽光が差しこんでいたという。その人は、こ
う書いている。

 「自分の小便が黄金色にキラキラと輝いていた。私はその美しさに、感動し、思わず両
手で、自分の小便を受け止めてしまった」と。

 何気なくする小便にしても、それは黄金にまさる価値がある。その価値に気づくか気づ
かないかは、ひとえに、その人の賢明さによる。言うまでもなく、賢明な人というのは、
目の前にあるものを、そのまま見ることができる人をいう。

 その女性は、「どうして私だけが……」と言う。しかし本当にそうか? 

 だったら、冷静に、見てみろ! 「私は幸福だ」と笑っている、愚か者たちの顔を。抜
けたように、軽い顔を。彼らに、人生が何でえあるか、わかってたまるか! 生きるとい
うことが、どういうことか、わかってたまるか!

 見てみろ! 目の前にある青い空を。緑の山々を。白い雲を、その向こうにある宇宙を。
もしこの世界に、神々がいるとするなら、そしてその神々に奇跡を起こす力があるとする
なら、今、私がここにいて、あなたがそこにいる。それこそが、まさに奇跡。それにまさ
る奇跡が、どこにある!

 釈迦の説話にこんな話が、残っている。あるとき、ある男が釈迦のところにやってきて、
こう言う。

 「釈迦よ、私は明日、死ぬ。死ぬのがこわい。釈迦よ、どうすればこの死の恐怖から逃
れることができるか」と。

 それに答えて釈迦は、こう答える。「明日のないことを、嘆くな。今日まで生きてきたこ
とを、喜べ、感謝せよ」と。

 余談だが、釈迦自身は、「来世」とか、「あの世」をいっさい、認めていない。こういう
あやしげな言葉(失礼!)を使うようになったのは、もっとあとの仏教学者たちで、しか
もヒンズー教の影響を受けた学者たちである。今の日本に残る経典のほとんどは、釈迦滅
後、数百年を経て書かれた経典ばかりである。ウソだと思うなら、釈迦の生誕地に残る原
始経典(『スッタニパータ』、漢語で、『法句経』)を読んでみたらよい。法句経のどこにも、
釈迦は、あの世については書いてない。むしろ、釈迦自身は、あの世を否定している。(後
世の学者たちが、ムリなこじつけ解釈をしている点はいくらでもあるが……。)

 不幸だと思っている人よ、さあ、勇気を出して、目の前のものを見よう。目の前のもの
を見て、それを受け入れよう。こわがることはない。恐れることはない。恥じることはな
い。

 不幸だと思っている人よ、さあ、そういう自分を静かに認めよう。あなたには無数の心
のポケットがある。奥深く、心暖かいポケットである。そのポケットを、すなおに喜ぼう。
誇ろう。あなたはすばらしい心の持ち主だ。

 不幸だと思っている人よ、さあ、ゴールは近い。あなたはほかの人たちが見ることがで
きないものを見る。ほかの人たちが知らないものを知る。あなたのような人こそ、人生を
生きるにふさわしい人だ。人の世を照らすに、ふさわしい人だ。

 あなたの夫にいかに問題があっても、あなたの子どもにいかに問題があっても、ただひ
たすら、『許して忘れる』。これを繰りかえす。それは苦しくて、けわしい道かもしれない
が、その度量の深さが、あなたの人生を、いつかやがて光り輝くものにする。

 ……いや、かく言う私だって、本当のところ、何もわかっていない。本当のところ、何
一つ、実行できない。しかしこれだけは言える。私たちが求めている、真理にせよ、究極
の幸福にせよ、それは遠くの、空のかなたにあるのではないということ。私やあなたのす
ぐそばにあって、私やあなたに見つけてもらうのを、息をひそめて、静かに待っている。

 過去がどうであれ、これからの未来がどうであれ、そんなことは、気にしてはいけない。
今、ここにあるのは、「今という現実」だけ。私たちがなすべきことは、今というこの現実
を、懸命に生きること。ただただ、ひたすら懸命に生きること。結果は必ず、あとからつ
いてくる。

 そう、私たちの目的は、成功することではない。私たちの目的は、失敗にめげず、前に
進むことである。あの「宝島」をいう本を書いた、スティーブンソンもそう言っている。
そういう有名な言葉をもじるのは、許されないことかもしれない。しかしあえて、この言
葉をもじると、こうなる。

 私たちの目的は、幸福になることではない。日々の不幸にめげず、前に進むことだ、と。

 もしあなたが不幸なら、ほんの少しだけ、あなたより不幸な人に、やさしくしてみれば
よい。あなたより不幸な人を、ほんの少しだけ、暖かい心で包んであげればよい。それで
相手は救われる。と、同時に、あなたも救われる。

 あなたの子どもは、そこにいる。あなたはそこにいて、いっしょに生きている。友よ、
仲間よ、それをいっしょに、喜ぼうではないか。この100億年という宇宙の歴史の中で、
そして100億に近い人間たちの世界で、今、こうして心を通わすことができる。友よ、
仲間よ、それをいっしょに、喜ぼうではないか。

 不安になることはない。心配することもない。さあ、あなたも勇気を出して、前に進も
う。不幸なんて、クソ食らえ! いやいや、あなたの身のまわりにも、すばらしいものが
山のようにある。それを一つずつ、数えてみよう。一つずつだ。ゆっくりと、それを数え
てみよう。

 秋のこぼれ日に揺れる、栗の木の葉。
 涼しい風に、やさしく揺れる森の木々。
 窓には、友がくれたブリキの汽車の模型。
 そしてその上には、息子たちの赤ん坊のときの写真。

 やがてあなたは、心の中に、暖かいものを覚えるだろう。そしてその暖かさを感じたら、
それをしっかりと胸にとどめておこう。それがあなたの原点なのだ。生きる力なのだ。

 つぎに、不幸と戦う必要はない。今ある状態を、それ以上悪くしないことだけを考える。
あなたは、ミレーが描いた、「落穂拾い」という絵を知っているだろうか。荒れた農地のす
みで、三人の農夫の女性が、懸命に、落穂を拾っている。どういう心境かは私には、知る
よしもないが、しかし私はあの絵に、人生の縮図を見る。

 私たちは今、懸命に、「今という時」を拾いながら生きている。手でつまむようにして拾
うのだから、たいしたものは拾えないかもしれない。もっているものといえば、小さな袋
だけ。が、それでも懸命に拾いながら、生きている。しかしその懸命さが、人の心を打つ。
つまりそこに、人生のすばらしさがある。無数のドラマも、そこから生まれる。

 最後に一言。あなたは決して、ひとりではない。その証拠に、今、私はこの文章を書い
ている。そういう私がいることを信じて、前に進んでほしい。あまり力にはなれないかも
しれないが、私も努力をしてみる。

(はやし浩司 ミレー 落穂 落ち穂 落穂拾い はやし浩司 落ち穂拾い)

++++++++++++++++

●落ち穂拾い

 私がミレーの『落ち穂拾い』を思い出すときは、心が沈んでいるとき。
NG先生の死が、大きく影響している。
また1人、私のよき理解者を失った。
原稿を書いて送るたびに、批評を書いて寄せてくれた。

 今日は通夜。
明日は本葬。
何ごともなかったかのように、冬の白い陽が、窓に映る栗の木の葉を揺らしているのが、
うらめしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 夫婦論 夫婦とは ミレー はやし浩司 2010−12−04)


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 12日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【我が師でもあり、友人でもある、名倉智道先生のご逝去を、心より悼みます】

昨日、2010年12月1日(水曜日)午後、長年の我が師でもあり、友人でもある、
名倉智道先生が、急逝されました。
ご遺族の方々には、この場を借りて、心からお悔やみ申し上げ申し上げます。
小生、ただただ残念でなりません。
つい先日も、長生きしようとたがいに励まし合ったばかりでした。
思えば止めどもなく涙があふれ、今日1日は、放心状態で、過ごしました。
毎週のようにメールを交換し、最後は、11月27日に受け取ったばかりでした。

名倉智道先生に失礼かと思いますが、最後にいただいたメールを紹介させていただき、
小生のささやかな追悼の儀とさせていただきます。
先生、長い間、ご指導、力添え、ありがとうございました。
本当にありがとうございました。
どうか、安らかにお休みください。

【名倉智道先生より、はやし浩司へ】(2010年11月27日付メールより)

はやし浩司 様
 
きのうは退職公務員連盟・西部地区の研修会がありました。研修会といっても、顔合わせ
懇親会です。昔は盛大に酒を酌み交わして行っていたようですが、最近では申し訳程度の
会になっています。浜松・浜名・磐田・袋井の各支部から45名ほどが集まりました。第
1部研修会は「浜松ホトニクス」研究所の見学です。
 
浜松に高柳健次郎のTV実験を記念した「イ」の石碑があり、近くで学生時代を送った我々
には懐かしくまた少しばかり誇りに感じるところです。この高柳の精神を抱き創設された
会社の今を見てきました。さすがに最先端技術とあってほとんど理解できませんでした。
また、この先の研究がどう進むのかということも分かりませんでした。
 
ただ言えることは「光」に研究を置いて、生物体と光、生命と光といった切り口で研究が
進んでおり成果の一端はPETなど医療の分野に、カミオカンデでは物質そのものの研究
分野に光電管という形で現れているということです。
 
いくつかの実験的なデモを見せてもらい、「光」に特化した研究ではあっても生命や環境と
いった総合的な成果を期待しての研究ということで幅広い知識や技能が要求されるという
ことが分かりました。
 
将来的にこのような会社(ここばかりではありません)で創造的な仕事をしていくために
学校教育の果たす役割はどうあったらいいか、そんなことを考えさせられました。現職の
教員が見れば本当はいいのでしょうね。
 
その後、県立浜北森林公園での昼食、散策、解散という日程でした。
 
このところレッドデータブックの調査のためあちこちを歩いてきました。しかし、相手は
絶滅危惧種とあって簡単には見つかりません。寒さも増してきて紅葉、つまり夏緑性の植
物は観察の限界です。少し疲れも溜まりましたので、このくらいにして体を休めようと思
います。
 
採集はそれほど疲れないのですが、その後乾燥させる手間が大変なのです。毎日毎日乾燥
用の新聞紙をとり替え、湿った新聞紙は広げて廊下にならべこれを乾燥させます。こうし
た後始末が結構大変なのです。
 
今日は奥平山という所に行ってきました。お送りしたミカンの産地です。三ケ日の中でも
平山周辺のミカンが三ケ日を代表する味といっても過言ではないと思います。酸味と甘さ
のバランスは最高ではないでしょうか。植物のほうは特別なものもなく、データブックに
関係するものもなく、という結果でした。
 
それではこれで。名倉

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司2010/12/02

(注)今まで小生の原稿の中で、NG先生と書いてきた先生は、
   名倉智道先生のことです。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●はやし浩司 2010−12−01

●地球外生命体? NASA「宇宙生物学上の発見」発表へ 

●日本経済新聞社のHPに、こんな記事が載っていた。

++++++++++以下、日経NEWSより++++++++++++++++++++

 米航空宇宙局(NASA)は29日、「地球外生命体の証拠の探索に影響するであろう宇
宙生物学上の発見」について、米東部時間の12月2日午後2時(日本時間同3日午前4時)
に記者会見することを明らかにした。ワシントンのNASA本部で会見すると同時に、そ
の様子をインターネットで中継するという。

++++++++++以上、日経NEWSより++++++++++++++++++++

●何だろう?

 NASAが?
今ごろ?

 こうした「公表」には、2つの意図が隠されている。

(1)いよいよ隠しおおせなくなったから。
(2)つぎのウソをつくための、下準備。

 NASAが今まで、「地球外生命体」の存在について、さんざん事実を隠してきたことは、ある
いは、ウソをついてきたことは、周知の事実。
少し前、日本が月探査衛星の『かぐや』を打ち上げたときも、搭載するカメラの解像度を、
「さげろ」と日本に要求してきた。

それに応じて、日本は、1000万画素から、その約半分の画素まで、わざわざ解像度を
さげたという話も聞いている。
今どき、1000万画素など、ふつうのデジタルカメラでも常識。
「月には何か、見られたら都合が悪いものがあるのだろうか?」と、私も勘ぐった。
そのNASAが、日本時間で3日午前4時に記者会見をするという。

 何だろう?
期待半分、懐疑半分。

「月の中には、宇宙人が住んでいます」というような話なら楽しい。
それとも反対に、「もうすぐ宇宙人が、地球を攻撃してきます」かもしれない。

 12月3日(日本時間)は、何か記念すべき日になるかもしれない。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●今日から12月(2010年)

 昨日は、朝、30分、ルームウォーカーの上で歩いた。
仕事に行くとき、4キロを歩いた。
仕事から帰ってくるときは、自転車。
1日の運動量としては、標準的。

 今朝も起きると、10分、リークウォーカーの上で歩いた。
いつもは30分だかが、今朝はやや疲れ気味。
昨日、昼飯に食べた魚が、生焼けだった。
夕方まで、吐き気。
ドクターをしている親に相談すると、「ゲボで出しなさい」と。
しかしすでに数時間以上たっていた。

 ムカムカする胃をなだめながら、やっとの思いで帰宅。
消化薬を2服ものんだせいか、今朝は反対に、逆流性食道炎ぽい。
胃の入り口あたりで、不快感が停留している。

 12月初日というのに、冴えない。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

【朝鮮半島問題を考えるに当たって】

●意識と平和

 かつてインドのネール元首相は、こう書いた。

『ある国が平和であるためには、他
国の平和もまた保障されねばならない。
この狭い、相互に結合した世界にあっては、
戦争も、自由も、平和も、すべて
たがいに連動している』(「一つの世界をめざして」)と。

●意識のちがい?

 ひとつの「戦争」をながめるとき、意識によって、その見方は180度、異なる。
たとえば中国人は、つぎのように考えている(人民日報・注※1)。

韓半島で絶えず危機が起きているのはどの国のせいか、という質問に対し、

米国が55.6%で最も多く、
韓国=10.3%、
北朝鮮=9.0%、
日本=4.6%などの順だった
(中国7大都市で行われた1306人を対象に実施したという世論調査) 

 つまり中国人の過半数は、「朝鮮半島で絶えず危機が起きているのは、アメリカの
せい」と考えている。
これに対して、「北朝鮮」と答えている中国人は、9・9%に過ぎない!
さらに「日本に責任がある」と答えている中国人が、4・6%もいることには驚かされる。

 これが意識のちがいである。

●日本が、4・6%?

 人民日報の調査結果をみたとき、まず、2つのことが頭に浮かんだ。

 ひとつは「意識」というのは、「国家」によって作られるものということ。
もうひとつは、「意識」のちがいが、「戦争」の原動力となるということ。
それにもうひとつ、付け加えれば、「意識」というのは、常に疑って考える必要が
あるということ。
もちろんその中には、日本人の私たちがもっている「意識」も含まれる。
私たちの意識は、本当に正しいのか?

 たとえば日本人の私たちなら、「韓半島で絶えず危機が起きているのはどの国のせいか」
と聞かれれば、まずまちがいなく、「北朝鮮」と答えるであろう。
「アメリカ」「韓国」の名前をあげる人は少ない。
「日本」の名前をあげる人は、さらに少ない。
が、ひょっとしたら、それはまちがっているのかもしれない。
私たちはともすれば、富者の論理だけで、ものを考える。
貧者の論理(注※2)には、耳を傾けない。

 が、それはともかくも、この調査結果を基礎に置くと、最近の中国の動きが、
よく理解できる。
数日前、中国は突然、6か国協議の開催を、日米韓+ロシアに呼びかけた。
昨日も、2度目の呼びかけをした。

 「中国はやるだけのことはやったという体面づくりをしている」というのが、西側、
つまり私たちのおおかたの見方。
しかしそういう見方そのものも、この調査結果を見ると、吹き飛んでしまう。
言い替えると、この「意識のちがい」こそが、戦争の原因ということになる。
言うまでもなく、たがいの意識が乖離(かいり)すればするほど、戦争の危機は増大し、
ひとたび起これば、より悲惨なものになる。

 今が、その状況ということになる。

●参考:注※1 韓国「東亜日報」より(以下、東亜日報より転載)

「空母、ジョージワシントンの黄海(西海)進入は、中国に対する警告だ」
 
中国共産党機関紙「人民日報」の国際版姉妹紙である環球時報が11月29日、再びジョ
ージワシントンの軍事演習への参加に反対した。
同紙は、哨戒艦「天安(チョナン)艦」沈没事件後、行われた7月の韓米合同軍事演習に
も、「ジョージ・ワシントンの参加は、大勢の中国人を憤らせる」など刺激的な記事で、反
対世論を主導した。
26日は、北朝鮮に対し、「渇きを癒そうと毒薬を飲むな」と忠告したが、再び同盟国かば
いに乗り出している。 

同紙は、「中国世論の強い反対にも関わらず、米国がジョージ・ワシントンを28日、黄海
に進入させ、中国人を大変不安がらせている」と主張した。
同紙は、合同軍事演習が行われる海域は、山東半島から170海里離れているところで、
国連海洋法で排他的経済水域(EEZ)を200海里と定めていることに照らせば、米空
母が中国EEZ内に入ることもありうることを明らかにした。
しかし、合同演習海域である格列飛列島周辺は、忠清南道泰安(チュンチョンナムド・テ
アン)から27海里離れているところだ。 

同紙は同日また、中国7大都市で行われた1306人を対象に実施したという世論調査で、
韓半島で絶えず危機が起きているのはどの国のせいか、という質問に対し、米国が55.
6%で最も多く、韓国=10.3%、北朝鮮=9.0%、日本=4.6%などの順だったと
伝えた。 

青華大学・国際情報研究中心の李希光主任が同日付の環球時報に投稿した「北朝鮮は中国
の1級中核利益」と題した寄稿で、「いかなる国であれ、北朝鮮に対し、戦火を起こせば、
これは中国に対する挑戦であり、宣戦布告だ」と主張した。
李主任は19世紀の韓半島の甲午年の日清戦争により、日本の海軍が西海(ソヘ)に侵入
したことを例に挙げ、韓半島安定は東北3省の安定、ひいては、中国の安定と直決される
という論理を展開した。
李主任は、「朝鮮半島の南北間平和維持のためには、『独立的な北朝鮮』が中国と韓米との
間で緩衝役割を果たさなければならない」と主張した。
 
一方、社説は、「南北や米国を問わず、誰もが戦争を願わないだろうが、今の危機状況は奇
怪な方式で、戦争に近づいている状態だ」とした上で、「戦争を願わなければ、戦争が怖く
ないように振舞うのはやめるべきだ」と書いた。

(以上、韓国、東亜日報より転載)

(補記)そのほかの資料(以下「環球時報」の調査結果より)

「中国にとって北朝鮮とは?」との質問には、
「戦略的な障壁」(44.7%)と「盟友」(43.2%)が最も多く、
「厄介な隣国」が15.1%、
「潜在的な脅威」が15.0%だった。

「北朝鮮の砲撃事件や近年の強硬な行動についてどう思うか」では、
「事情は複雑で、簡単には評価できない」が56.7%、
「北朝鮮が追い詰められた末に取った行動」が22.4%、
「北朝鮮の挑発」が9.5%と答えた。 

「中国は北朝鮮と韓国にいかに対応すべきか?」との問いには、
「危機に冷静に対処し、北朝鮮、韓国いずれに対しても平等に対応すべき」が72.3%、
「断固として北朝鮮を支持すべき」は17.1%、
「米国や韓国と連携して北朝鮮に圧力を加えるべき」は2.8%だった。
(以上「環球時報」の調査結果より)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●参考、注※2「貧者の論理」

【貧者の論理】
+++++++++++++++++++

近代経済学が、なぜ、世情に合わないか。
国際政治学でも、よい。
近代経済学は、世情を捉えるのに、ことごとく失敗している。
理屈どおりには、いかない。
理論どおりにも、進まない。
そこで経済学者たちは、頭を悩ます。
国際政治は混乱する。
それもそのはず。
経済学者たちには、(こういうふうに大上段に
構えて、ものを書くのも気が引けるが)、
貧者には貧者の論理というものがある。
貧者の論理は、理屈や理論どおりには、動かない。
そのことがまったく、わかっていない。

貧困が、嫉妬、ひがみ、ねたみ、うらみ、いじけを生む。
それらが複雑に屈折し、絶望、虚無主義につながる。
善悪の基準そのものも、ちがう。
リッチな世界では重犯罪でも、貧者の世界では
ただの(遊び)。
窃盗にしても、貧者の世界では、窃盗されるほうが、
悪いとなる。
この(ちがい)が、経済学者が考える経済理論を、
根底からくつがえす。
国際政治学にしても、そうだ。
きれいごとだけでは、国際政治は動かない。
つまり数字や理屈で考える常識では、理解不能。
いくら想像力を豊かにしても、貧者の論理は、その
向こうにある。

+++++++++++++++++++++

●観光事業

 たまたまこんな事例がある。

 韓国側の1民間企業が主体となって、K国への観光事業を始めた。
その1民間企業にとっては、メリットは大きい。
K国内での観光事業を、独占的に展開できる。
一方、K国側は、観光客の落とす現金で、潤う。

 が、その観光事業は、現在、中断している。
理由は、観光客の射殺事件。
K国側は、その事件について、正式に謝罪をしていない。
補償もしていない。
事件の調査すら、韓国側にさせていない。

 韓国政府が、観光事業を中断させるのは、当然である。
 が、これに対して、1民間企業である観光会社の社長が、K国まで行って、直談判。
社長と、K国の幹部とは、何やら深い関係にあるらしい。
これに対して、K国側は、「観光事業を再開してほしい」と。

 その返答を受けて、社長は意気揚々と韓国へ帰ってきた。
が、韓国政府の反応は、こうだ。

「国としての正式の回答ではないので、政府としては、何とも返事をしかねる」と。
これにK国が、反発した。

 そのときのニュースが、これ(時事通信11月25日)。
『朝鮮中央通信は25日、中断しているK国の金剛山と開城での観光事業について、韓国
の玄仁沢統一相を、名指しで批判する朝鮮アジア太平洋平和委員会報道官談話を伝えた。
談話は南北間の観光事業について、「南朝鮮(韓国)当局が、対決の目的に悪用し、阻もう
としている」と主張した』と。

 とくに「?」なのが、「韓国当局が、対決の目的に悪用し」という部分。

●貧者の論理

 どうして、悪用なのか?
この理解不能の部分に、実は、貧者の論理が働いている。
貧者は、「援助してもらうのが、当然」と考える。
援助してもらうことについて、感謝の念は、最初から、ない。
だからその援助が止められることを、「悪用」ととらえる。

 誤解がないように書いておくが、「観光事業」とはいうものの、その中身は、「援助」。
道路整備から観光バス、宿泊施設の建設まで、韓国側で提供している。
わずかな距離の観光だが、その費用は、10〜30万円。
韓国側の観光客は、法外な費用を払って観光する。

一方、K国側にとっては、そのまま貴重な外貨の収入源となる。
それを韓国側が、取りやめた。
それをK国は、「悪用」という。

●3年前の原稿より

 こうした貧者の論理を理解するためには、一度、あなた自身を貧者の立場に置いて
みる必要がある。

それについては、以前にも書いたので、そのまま紹介する。
日付は、06年の10月となっている。

Hiroshi Hayashi++++はやし浩司

●K国の核実験宣言

++++++++++++++++

K国が、核実験をすると、
公式に発表した。
だれにも相手にされなくなると、
悪あがきしてみせる。
「ならず者」の典型的な
行動パターンである。

++++++++++++++++

 とうとうというか、ついに、K国が、核実験を公式に宣言した。「アメリカの反共和国(反
北朝鮮)孤立圧殺策動が限界点を越えた状況にあって、われわれはこれ以上、傍観してい
るわけにはいかない」(10月3日・K国外務省)というのが、その理由だそうだ。

 アメリカが悪い。だから核実験をするのだ、と。

 とんでもない意見に聞こえるかもしれないが、貧者には貧者の論理(※)というものが
ある。その日の食べ物に困っている人にしてみれば、腹いっぱい、おいしいものを食べて
いる人を見ただけで、腹がたつもの。それはわかる。しかしそれを考慮に入れても、K国
のこの言い分には、(?)マークが、何個も並ぶ。

 が、もし核実験をすれば、それで本当に、K国は、おしまい。おしまいの、おしまい。
あとは自己崩壊するしかない。つまりK国は、現在、そこまで追いつめられている。K国
というより、金xxによる独裁政権は、そこまで追いつめられている。

 日本としては、金xx独裁政権を、自己崩壊させるのが、もっとも好ましいシナリオと
いうことになる。拉致問題も、それで解決する。

 しかし、問題は、韓国。いまだに、「同胞、同胞」と、K国にすりよっている。どこか演
歌的? どこか浪曲的? あのN大統領は、「北朝鮮の核は一理がある」とさえ言ったこと
がある。最近にいたっては、「K国が核実験をしても、戦時作戦統制権の単独行使には影響
しない」とまで言い切っている。「K国が核事件をしても、アメリカ軍は、必要ない」と。

 天下のおバカ大統領である。K国が核兵器をもてば、韓国内の軍隊は、すべて「紙くず」
(朝鮮N報)と化す。にもかかわらず、そういうことが、まるでわかっていない。あるい
はそのうち、「K国をここまで追いこんだのは、アメリカだ。日本だ」と言い出すかもしれ
ない。

 何度も書くが、K国の金xxは、もう(まとも)ではない。はっきり言えば、狂ってい
る。そういう人間を相手に、まともな議論などしても意味はない。金xxの言動を、いち
いち分析しても意味はない。真意はどうの、目的はどうのと、論じても意味はない。

 私たち日本人は、そういう前提で、K国問題を考え、K国の核開発問題を考える。K国
が自己崩壊すれば、韓国や中国は困るかもしれない。が、今の段階では、そんなことは日
本の知ったことではない。そういうのを、私たちの世界では、「自業自得」という。

 それにしても、とうとうここまで来たか……というのが、今の私の実感である。
 
【貧者の論理】(※)

 若いころ、オーストラリアの大学で、ある教授が口にした言葉である。名前は忘れたが、
その教授は、『貧困による公害(Pollution by Poverty)』という言葉を使った。

 つまり貧者には貧者の論理というものがあり、その論理を忘れて貧者を語ることはでき
ないというものだった。

 たとえば1人の金持ちと、1人の貧者がいたとする。金持ちは、自分が豊かであること
を、見せつけるともなく、見せつける。そして貧者に向かって、こう言う。「君も、ぼくの
ようになりたかったら、努力しなさい」と。

 金持ちは、貧者に努力の大切さを教えたつもりかもしれないが、貧者は、そうはとらな
い。貧者は、やがてその金持ちを、ねたむようになる。そしてこう思うようになる。「お前
たちのような人間がいるから、オレたちは貧しいのだ」と。

 そのよい例が、現在のK国である。

 情報が遮断(しゃだん)されていることもあるが、K国の人たちは、だれも、自分たち
の指導者がまちがっているとは思っていない。とくに金xxを取りまく人たちは、そうで
ある。

 西側の豊かさを見聞きするたびに、それをうらやましいと思う前に、「西側が、オレたち
の発展をじゃまするから、オレたちは貧しいのだ」と考える。豊かな生活といっても、その実感
そのものがない。

 そのため貧者は、貧者であるがゆえに、屈折したものの考え方をする。そしてそのため、
貧者の世界では、勝者の論理は、ことごとく否定される。「核兵器を拡散させたら、世界は
たいへんなことになる」と説くのは、勝者の論理である。貧者は貧者で、別の論理で考え
る。そしてこう言う。

 「自分たちは核兵器をもっていて、何てことを言うのだ!」と。「第三世界」という言葉
も、そういう過程で生まれた。

 こうして勝者と貧者は、あらゆる場面で、ことごとく対立する。おおざっぱに言えば、
それがアメリカ流民主主義が、その世界でしか通用しないという理由でもある。さらにお
おざっぱに言えば、西側の経済論理が、その世界でしか通用しないという理由でもある。
 こうした貧者の論理にメスを入れ、それを解き明かそうとする努力も、いろいろな場面
でなされている。が、そのどれも結局は中途半端で終わってしまうのは、いつも勝者が勝
者の立場で、貧者を論ずるからである。

(06年10月4日記)

++++++++++++++++++++

07年にも、同じような原稿を書いていた。
こうして原稿を拾い出してみると、私は
ちょうど2年ごとに、同じことを考えて
いるのがわかる。
どうでもよいことだが・・・。
内容が一部、重複するが、許してほしい。

Hiroshi Hayashi++++はやし浩司

●今日・あれこれ

+++++++++++++++

K国は、K国で開発したミサイルを、
イランで実験していたという。
そのイランは、ウランの濃縮を加速
させているという。
K国とイラン。水面下で、深く、結
びついている。

+++++++++++++++

●貧者の論理

 貧者には、貧者の論理というものがある。(私はよく知っているぞ!)

 たとえばあなたが日々に生活に困り、今日の食べ物すらままならない生活をしていたと
する。子どもは腹をすかせて、泣いている。午後には、借金取りがやってくる。

 そういうとき、あなたの隣人は高級車を乗り回し、豪勢な買い物をしている。見ると車
の後部座席には、夕食の食材が、どっさり!

 そういう隣人を見て、あなたはうらやましいと思うだろうか。その隣人を、すばらしい
人と思うだろうか。が、実際には、そうではない。

 ここで貧者の論理が働く。貧者は、こう考える。「お前たちが富を独り占めにするから、
オレたちは貧しいのだ」と。

 が、そういう声は隣人には届かない。その隣人は、あなたに向かってこう言う。「あなた
も一生懸命、働きなさい。働けば、いい生活ができます」と。

 しかしあなたはそれに反発する。反発するだけではない。怒りすら覚える。隣人のアド
バイスは、こう言っているように聞こえる。「あなたが貧しいのは、あなたがなまけている
からだ」と。

 そうではない! この日本では、ほんのわずかでも、チャンスをつかんだ人だけが成功
する。そうでない人は、そうでない。それは個人の力というよりも、(流れ)の中で決まる。
あせればあせるほど、深みにはまり、ますます身動きが取れなくなってしまう。そういう
人は多い。

●富者の論理

 K国を理解するときは、この貧者の論理を念頭に置かねばならない。食糧はない。原油
もない。いろいろ経済政策を試みてはみるが、どれも、うまくいかない。失敗の連続。

 つまり相手の立場で、ものを見る。K国から見たら、この日本はどう見えるかというこ
と。このことは、日本に住んでいる、在日K国人と言われている人たちを見ればわかる。

 彼らは日本に住み、日本のことをたいへんよく知っている。同時に、K国のことも、た
いへんよく知っている。本来なら……というより、常識的に考えれば、K国の政治体制が
おかしいと、だれしも思うはず。しかし彼らは、そうは思っていない。日本の繁栄ぶりを
見ながらも、こう思っている。「この日本が繁栄しているのは、私たちが犠牲になったから
だ」「今も犠牲になっているからだ」と。

 貧者の論理がまちがっているというのではない。しかし富者の論理だけでものを考える
と、失敗する。そのよい例が、経済学である。

 ほとんどの近代経済学は、その富者の論理だけで成り立っている。国際政治にしても、
そうだ。大きく見れば、アメリカのイラク政策、イラン政策、さらにはK国政策も、アメ
リカという富者の論理ばかりが先行している。だからいつも限界にぶつかる。あるところ
までは正当性をもつが、それを乗り越えることができない。いつもそこで第三世界の反撃
をくらう。

●加工される貧者の論理

 だからといって、K国の核開発やミサイル開発を容認せよというわけではない。こうし
た貧者の論理を当てはめても、とうてい理解できないほど、K国の論理は、常軌を逸して
いる。むしろ貧者の論理を、逆手(さかて)に取って、自分たちを正当化している。

 そこで今度は、イランでのミサイル発射実験である。K国は、自国で開発した長距離ミ
サイルを、イランで実験していたという(5月16日)。

 日本にとっては、とんでもないニュースである。が、ここでもやはり貧者の論理が働く。
この日本でも、かつてこう言ったニュースキャスターがいた。当時は夜のニュース番組を
代表するキャスターだった。

 K国の核開発問題に触れながら、こう言った。「何、言っているんですか。アメリカだっ
て、核兵器をもっているではありませんか!」と。どこか吐き捨てるような言い方だった。
つまり、「核兵器を思う存分もっているアメリカが、K国の核兵器開発を問題にするのはお
かしい」と。

 しかし忘れてならないのは、K国の核兵器開発は、「日本向け」のもの。かねてから、K
国の政府高官たちは、そう繰り返し述べている。「韓国向け」ではない。もちろん「中国向
け」でもない。「アメリカ向け」という説もあるが、アメリカに対しては、「脅し」にすぎ
ない。

 私はこの発言にあきれて、即座にテレビ局に抗議の電話を入れた。あのA新聞社の系列
のA放送である。「拉致問題は、日本政府のデッチあげ」と主張してやまなかった、あのA
新聞社である。

 貧者の論理は貧者の論理でも、富者によって加工された貧者の論理である。

●経済制裁

 そういうK国に対して、経済制裁は、当然のことである。もっとわかりやすく言えば、
私たちは、目下、戦争状態にある。かつて「戦争は政治の延長である」と言った政治家が
いたが、戦争といっても、ある日、突然、始まるものではない。それまでの(くすぶり)
があって、ある日、ボッと火が燃えあがる。

 わかりやすく言えば、すでに戦争は始まっているということ。私たちがなすべきことは、
K国というよりも、K国の体制を崩壊させること。独裁政権であるがゆえに、ほかに方法
はない。

 が、この経済制裁を、つぎつぎと骨抜きにしているのが、ほかならぬK国の隣国の韓国
である。それについてはすでにたびたび書いてきたので、ここでは省略するが、今度は、
米中韓Kの、4か国首脳会議を画策している。南北首脳会談も画策している。もっとも4
か国首脳会議については、アメリカが異議を唱えたため、韓国政府は、「6か国協議の枠内
での4か国首脳会議」(5月16日)と、言いなおしている。

 どうであるにせよ、現在の韓国は、イコール、K国と考えてよい。つまりこの日本は、
韓国とも、すでに戦争状態にあるとみるべきである。

●東京に核兵器が!

 いろいろな意見がある。「原爆の1発や2発、(東京に落ちても)、どうということはない」
という意見もある。どこかの科学者が、ある雑誌で、堂々とそういう意見を披露していた(雑誌
「S」)。

 あるいは「K国には、核開発をする能力はない」と主張している学者も多い。

 しかしそのK国が、どうやら水面下で、イランと結びついているのがわかってきた。K
国はミサイル技術を提供し、イランは、核開発技術を提供する。……となると、今までの
図式が総崩れとなる。「K国、一国だけなら……」と考えていた人も多いかと思うが、それ
がグローバルな問題へと、ここで一気に拡大する。

 中東問題もからんでくる。米中、米ロ問題もからんでくる。もしそうなれば、(現実にそ
うなりつつあるが……)、それこそまさにK国の思うツボ。国際社会の混乱を引き寄せなが
ら、つぎに一気に、日本をおどしにかかってくるはず。

 そのとき、アメリカとの間に、相互不可侵条約のようなものであれば、仮にK国が日本
を攻撃しても、アメリカはK国に対して、手も足も出せない。日本は日本で、憲法9条に
制約されて、防衛に徹するしかない。

 たとえば仮に今、東京でK国の核兵器が爆発しても、日本は、それに対してK国に反撃
することもできない。もちろん今は、日本は、アメリカの核の傘のもとにあるから、一応、
アメリカがK国に反撃してくれることになっている。

 しかしそのアメリカにしても、自国を犠牲にしてまでも、日本を守ってくれるだろうか。
そんな疑問もないわけではない。

●ではどうするか?

 日本にとっての最良のシナリオは、K国が自己崩壊すること。これはK国の人たちのた
めでもある。あのFさん(韓国へ亡命したK国の元政府高官)や、韓国に脱北した人たち
も、みな、そう言っている。

 が、これに猛烈に反対しているのが、韓国政府であり、中国政府ということになる。と
くに韓国のN大統領の論理は、貧者の論理の上に成り立っている。

 「朝鮮半島が南北に分断されたのは、アメリカのせい」「しかも、こうした悲劇の基礎を
作ったのは日本」と。

 それが反米、反日運動の原点にもなっている。加えて、(1)「日本ごときに韓国が蹂躙
(じゅうりん)された」という憎しみ、(2)独立を自分たちの力でなしえなかったという
不完全燃焼感(以上、M氏談)もある。

 以上を考えていくと、私たち日本人がなすべきことは、ただひとつ。現在の日韓経済戦
争に勝利することである。わかりやすく言えば、韓国経済をたたきつぶす。

 ……こう書くと、かなり過激な意見に聞こえるかもしれないが、日本はそうでなくても、
向こう(=韓国)は、その気で、日本の常に挑戦をいどんできている。それがわからなけ
れば、韓国の中央N報、朝鮮N報、東亜N報の各紙を、ほんの少しでもよいから目を通し
てみることだ。

 「日本に勝った」「日本に負けた」の記事が、連日のように、トップ記事として並んでい
る。

 ……何はともあれ、東京とのど真ん中で、たった1発でも、核兵器が爆発してからでは、
遅いのである。それだけは忘れてはならない。

(07年5月17日記)

Hiroshi Hayashi++++はやし浩司

●母のこと

 「貧者の論理」というと、特別の人だけがもつ論理に考えるかもしれない。
しかし実際には、そうでない。
私だって、あなただって、その立場になれば、もつ。
私の母だって、そうだ。……そうだった。

 私は結婚する前から、実家に住む母に、収入の約半分を仕送りしてきた。
今のワイフと結婚するときも、それを条件として、ワイフと結婚した。
だからワイフは、以後、20年以上、何ひとつ不平や不満を言わず、それをつづけてくれ
た。

 が、一度(保護)(依存)の関係ができると、それを断ち切るのは容易なことではない。
最初は感謝されるが、1〜2年もすると、それが当たり前になり、さらに1〜2年もする
と、今度は相手側から請求されるようになる。

 仕送りの額を減らしたり、遅らせたりすると、かえって相手の反感を買ってしまう。
私の母のばあいは、泣き落とし戦術というか、そのつど、メソメソと泣き言を言ってきた。
兄もそうだった。

何かほしいものがあると、「〜〜がないで困る」「〜〜が壊れた」と電話をかけてきた。
こうして冷蔵庫、ステレオ、テレビなどなど。
コンロまで、別枠で、私が買って与えるようになってしまった。

 そんなある日、私は私の山荘へ母と兄を招待した。
山荘といっても、小さな山を買い、6年かかって、造成した土地である。
毎週土日に、ワイフと2人で、工事をした。
家だけは、地元の建築会社に建ててもらった。

 その山荘を見て、母は、こう言った。
「どうせ建てるなら、M町(実家のある町)に建ててくれればよかった」
「そうすれば、私が使えた」と。

 私の夢がかなったことを、母は喜んでくれるものとばかり思っていた。
が、母には、母の論理があった。

「親孝行をするのが、先。息子であるお前が、親よりいい生活をするのは許せない」と。
そうは言わなかったが、私には、そう聞こえた。

 だからといって、母を責めているのではない。
母は母で、貧者の論理で、ものを考えていた。

●机上の空論

 貧者の論理は、人間が原罪的にもつ(欲望)と深くからんでいる。
そのためにひとたび扱い方をまちがえると、その論理に毒されてしまう。
正常な判断力、思考力すら、見失ってしまう。

 これは人間性の問題というよりは、油断の問題と考えてよい。
つまり人は、いつもどこかで、(保護)(依存)の関係を保ちながら、他の人と交わってい
る。

それが複雑にからみあっている。
保護している人も、べつの場面では、だれかに依存している。
依存している人も、べつの場面では、だれかを保護している。

 が、ひとたびどこかで油断すると、そうした関係が、貧者の論理に毒されるようになる。
嫉妬、ひがみ、ねたみ、うらみ、いじけが、その人の心をゆがめる。
心そのものがゆがむため、自分でそれに気づくことは、まずない。
その一例が、現在のK国ということになる。

 韓国側が、観光事業を止めたことを、「被害」と、受け止める。
そして観光事業を再開しないことを、「悪用」と、とらえる。
韓国政府は先に、トウモロコシ1万トンの援助を申し出た。
それについても、「少なすぎる?」という理由で、K国側は、受け取りすら拒否している。

 私たち日本人からすると、「どこまでいじけるか?」ということになる。
しかし彼らは、けっして自分たちが、いじけているとは思っていない。
それが正当な行為と信じ切っている。
貧者の論理に毒されると、そういうものの考え方をするようになる。

 で、冒頭の話になる。
 経済学にもいろいろある。
そのつどいろいろな学者が自説を披露する。
しかしこと経済については、(国際外交もそうだが)、理論どおりには機能しない。
「援助してやったから、貧しい国の人たちは、感謝しているはず」
「〜〜億ドル、渡したから、これで国の再建はできるはず」と。
しかしこうした論理は、貧しい国の人たちには、通用しない。
彼らには、彼らを支える論理がある。
それが、「貧者の論理」ということになる。
言い換えると、貧者の論理にメスを入れないかぎり、経済学も、国際政治学も、いつまで
たっても机上の空論で終わってしまう。

 私は、それを書きたかった。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi 
Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 貧者の論理 ゆがんだ心 歪んだ心 嫉妬 ひがみ 
いじけ 恨み)

Hiroshi Hayashi++++++++Nov.09+++++++++はやし浩司

●36億円!

++++++++++++++++++

もちろん私の中にも、貧者の論理が
巣くっている。
「36億円」という数字をみたとき、
それを感じた。

++++++++++++++++++

●ケタはずれ

 あまりにもケタはずれなので、驚いた。
鳩山首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる、政治資金収支報告書の
虚偽記載問題に関して、驚くなかれ、鳩山首相の実母が、自己名義の口座から、
何と計約36億円を引き出し、現金化していたという。
36億円だぞ。

 新聞などの報道によれば、「現金化された資金の一部が、首相の政治資金に
充てられた可能性もあるとみて、東京地検特捜部が、慎重に調べている」(C新聞)
とのこと。

 今のところ、「首相への貸付金なら、法的な問題は生じない」とし、「悪質ではない」
という理由で、直接の担当者については、在宅起訴程度ですませる予定という。

●悪意性はない?

 親子の間だから、多少の金銭の動きはあるだろう。
政治活動ともなれば、なおさら。
しかしその額が、問題。
約36億円!
つい先日、民主党のOZ党首の、3億円の献金が問題になった。
そのあと、自民党のAS前首相の、2億5000万円の機密費が問題になった。
しかし36億円というのは、1桁、桁がちがう。

 その36億円について、「貸付金なら問題はない」「悪質性はない」とは!
いくらそうであっても、貧者は、それでは納得しない。

●消えた36億円

 それにしても興味深いのは、つぎの2点。
(1) 36億円という巨額の資金は、どこへ消えたのか。
(2) 貸付金とはいうものの、そんな借金を、この先、どうやって返済するのか。

 この先、その中身は特捜部の捜査によって、少しずつ明らかになるだろう。
しかしいろいろな見方ができる。

 ひとつは、母親から鳩山総理大臣に対する、生前贈与。
毎月、小口に分けて送金したということから、それが疑われる。
だから鳩山総理大臣は、政治資金に使ったというよりは、自分の(財産)として、
それをプールした可能性も、なくはない。

 仮に政治資金として使われたとするなら、それによって利益を受けた人もいるはず。
どこに、どのように使われたのか。
考えれば考えるほど、疑惑がわいてくる。

●貧者のひがみ

 週に1回、温泉街にある温泉に行く。
1回の入浴料金は、1000円。
ゆかたを借りると、プラス300円。
たいてい帰りには、回転寿司の店に寄って、一皿100円の寿司を食べる。
あるいは全国チェーンのラーメン店に寄る。
計、2000円。
夫婦で遊んでも、4000円。

 計算するのもバカ臭いから、数字を並べてみる。
温泉+回転寿司            4000円
鳩山首相のポケットマネー 3600000000円

 「0」の数だけ並べ比べても、それがわかるはず。
 それでも、まあ、自分としては、リッチなほうっだと思っている。
好きなことを、予算を考えないでできる。
(たいした予算ではないが……。)

 しかしそれでも、36億円という金額は、想像できない。
しかも新聞報道によれば、毎月5000万円。
それを6年間!

●論理という非論理

 いつの間にか、この日本は、こんなバカげた国になってしまった。
こういう話を耳にするたびに、(まじめ)さが、この国から色あせていく。
つまり自分のしていることが、バカ臭くなっていく。

 もう少しわかりやすい例で説明しよう。

 あなたには3人の子どもがいる。
みんな、腹をすかせている。
電気代もガス代も、節約しなければ、生活できない。
そんな中、隣の家を見ると、煌々と明かりがついている。
垣間見る台所には、食べ物が山のようになっている。
 そんなとき、だれかがあなたにこう言ったとする。
「この世は、より働くものが、よりよい生活ができる。
そうでないものは、そうでない」と。

 あなたはその論理に、素直に納得するだろうか。

●毎月5000万円、6年間!

 そういう人が、日本の総理大臣をしている!
私はこの事実が、許せない。
たとえばあのK国では、首都のP市に住む人だけが、それなりによい生活が
できるという。
P市に住めるというだけで、特権階級。
一方、地方では、09年の秋になってから、餓死者が出始めているという。

 そういう話を聞くと、私たちは、こう思う。
「何て、バカげた国なんだろう」と。
しかしそういう国を、だれが笑うことができるのか。
笑うことができないだけではない。
結局は、私たち日本人も笑われている。

 いくら「悪意性はない」と言っても、そんな論理は、まともな世界では通用しない。
はっきり言えば、狂っている。

一国の首相の母親が、毎月5000万円だと!
それを6年間も!

●退陣あるのみ

 何が、民主主義だ。
民主党だ。
名前を聞いて、あきれる。
民主主義の本質を、根底からひっくり返している。
民主主義そのものを、否定している。
これほどまでの不平等を、自ら放置し、容認するばかりか、その不平等の上に、
どっかりと腰をすえている。

 36億円というポケットマネーは、そういうお金。
どうしてそういう人物が、日本の首相でありえるのか。
日本の首相で、いてよいのか。

 自民党のあのAS前首相には、うんざり。
がっかり。
その上、鳩山首相まで!
いったい、私たちは何を信じたらよいのか。

 最後に一言。

 この問題は、「悪意性がない」とか、あるとかいう問題ではない。
私たちが今感じている、このやりようのない(怒り)。
それが、問題。
挫折感。
失望感。
それが、問題。

 昨日の世論調査によれば、民主党の支持率こそ、50〜60%前後だそうだが、
鳩山首相個人への支持率は、10%前後しかないという。
当然のことだ。

あのAS前首相の支持率より低くなったことを、忘れてはいけない。
 「民主党」のために、鳩山首相、ならびに、OZ氏は、即刻退陣したらよい。
がんばればがんばるほど、民主党に与えるダメージは、大きくなる。
日本の民主主義は、後退する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【世界の賢者・戦争に関する格言集】by はやし浩司(09年4月8日版)

++++++++++++++++++

勇ましい好戦論ばかりが、聞こえてくる。
しかしそれを唱える人にかぎって、自分では
戦争に行こうとしない。

人、とくに若い人たちに向って、「戦え、戦え」
と言いながら、自分では、奥の座敷でそれを
見物している。

愚かな核武装論にしても、そうだ。
もし日本が核武装するなら、一撃で、中国全土、
あるいはロシア全土を廃墟にできるほどの数の
核兵器をもたねばならない。

が、それができないというのであれば、
(できるわけがないのだが……)、
最初からもつのをやめるべきだ。

日本の平和と安全を守りたいなら、まず、
相手に脅威を与えないこと。

かつてあのインドのネール首相は、こう言った。

『ある国が平和であるためには、他
国の平和もまた保障されねばならない。
この狭い、相互に結合した世界にあっては、
戦争も、自由も、平和も、すべて
たがいに連動している』(「一つの世界をめざして」)と。

では、どうすべきか。

今、世界中が、国際化し始めている。
恩師の田丸先生は、こう教えてくれた。

「中国の若い男女を見ていると、日本の男女と
どこも区別がつかなくなってきています。
情報化がたがいに進めば、やがて中国も日本も
なくなりますよ」と。

私たちがめざすべき未来の世界は、けっして
対立する世界であってはいけない。
仮に為政者たちが対立しても、中身の人間が
同じになれば、やがて戦争は必然的に消滅する。

私たちがめざすべき世界は、そういう世界をいう。

戦争について、考えてみたい。

+++++++++++++++++++


●戦争について

Allow the President to invade a neighboring nation, whenever he shall deem it 
necessary 
to repel an invasion, and you allow him to do so, whenever he may choose to say he 
deems it necessary for such a purpose -- and you allow him to make war at pleasure. 
If today, he should choose to say he thinks it necessary to invade Canada, to prevent 
the British from invading us, how could you stop him? You may say to him, 'I see no 
probability of the British invading us' but he will say to you, 'Be silent; I see 
it, if you don't.'" - 
Abraham Lincoln(A・リンカーン)
すべての大統領に、彼が侵略を追い払うためにそれが必要と思うなら、隣国を侵略するこ
とを許せ。またその目的のためにそれが必要だというのなら、隣国を侵略することを許せ。
そして大統領が望むまま戦争することを許せ。もし今日、英国がわれわれを侵略すること
を防ぐため、カナダを侵略するのが必要という判断を大統領が下したのなら、だれが彼を
止めることができるのか? あなたは「英国が我々を侵略する可能性はありません」と言
うかもしれないが、私は、こう言うだろう。「黙っていろ。もしあなたがわからないなら、
私がそれを知る」と。


The pioneers of a warless world are the youth that refuse military service. 
Albert Einstein(A・アインシュタイン)

戦争のない世界における囚人は、軍役を拒否する若者たちである。


A country cannot simultaneously prepare and prevent war. 
Albert Einstein(A・アインシュタイン)

国というのは、戦争を準備することと、戦争を防ぐことは、同時にはできないものである。


Never has there been a good war or a bad peace 
Benjamin Franklin(B・フランクリン)

今だかって、よい戦争もなければ、悪い戦争もなかった。


Every gun that is made, every warship launched, every rocket fired signifies, in the 
final sense, a theft from those who hunger and are not fed, those who are cold and 
not clothed. 
Dwight D. Eisenhower(D・D・アイゼンハウワー)

どんな銃であれ、戦艦であれ、ロケットであれ、つまるところ、それらは、食物を与えら
れず飢えている人から、ものを盗むようなもの。衣服がなく、寒さに震えている人から、
ものを盗むようなもの。


We have to face the fact that either all of us are going to die together or we are 
going to learn to live together and if we are to live together we have to talk. 
Eleanor Roosevelt(E・ルーズベルト)

私たちは、つぎの事実に直面しなければならない。私たちみなは、いっしょに死ぬか、で
なければ、いっしょに生きるかのどちらかである。もしいっしょに生きるならば、まずた
がいに対話をしなければならない。


●恐れについて

Taking a new step, uttering a new word, is what people fear most. 
Dostoyevsky(ドストエフスキィ)

新しい行動に出ること、新しい言葉を発すること……それが人々がもっとも恐れることだ。


Without fear and illness, I could never have accomplished all I have. 
Edvard Munch

恐れと病気がなかったら、私は今私がもっとているものすべてを完遂できなかっただろう。


If someone betrays you once it is their fault, if someone betrays you twice it is your 
fault. 
Elenor Roosevelt (E・ルーズベルト)

誰かが1度、あなたを裏切ったら、それは彼らの責任だ。しかしもしあなたが2度裏切ら
れたとするなら、それはあなたの責任だ。


To suffering there is a limit; to fearing, none. 
Francis Bacon(F・ベーコン)

苦しみに対しては、制限がある。しかし恐れることには、制限はない。


I must not fear. Fear is the mind-killer. Fear is the little-death that brings total 
obliteration. I will face my fear. I will permit it to pass over me and through me. And 
when it has gone past I will turn the inner eye to see its path. Where the fear has gone 
there will be nothing. Only I will remain." 
Frank Herbert, Dune ―Bene Gesserit Litany Against Fear

私は恐れてはならない。恐れは、心を殺す。恐れは小さな死であり、それはすべてを忘れ
させる。私は恐れに立ち向かうだろう。私はそれを私の中を通過するのを許すだろう。そ
してそれが過ぎ去ったとき、それが通り過ぎた道を見るため、心の中の目に振り向く。恐
れが去ったとき、そこには何もない。ただ私が残っているだけ。


The fear of aesthetics is the first symptom of powerlessness. 
Fyodor Dostoevsky, "Crime and Punishment"(F.ドストエフスキィ・「罪と罰」)

美の哲学としての恐れは、無力の同意語である。


One of the things which danger does to you after a time is -, well, to kill emotion. I don't 
think I shall ever feel anything again except fear. None of us can hate anymore - or love. 
Graham Greene ―The Confidential Agent (1939)

危険というものをしばらく経験したあとにやってくるものの一つは、感情を失うというこ
と。恐れ以外に再び何も感じないだろう。だれもなにも恨むこともなければ、愛すること
もない。


War is an ugly thing, but not the ugliest of things. The decayed and degraded state of 
moral and patriotic feeling which thinks that nothing is worth war is much worse. The 
person who has nothing for which he is willing to fight, nothing which is more 
important than his own personal safety, is a miserable creature and has no chance of 
being free unless made and kept so by the exertions of better men than himself. 
John Stuart Mill(J・S・ミル)

戦争は醜いもの。が、もっとも醜いものではない。道徳や愛郷心が腐敗し、堕落すれば、
何も価値がないと思うようになり、それが戦争をさらに悪くする。喜んで戦うべきものを
もたない人、つまり己の安全のみ以上に、大切なものをもたない人は、あわれな生き物で
あり、もし、今以上によりよい自分になるためにそうしているのでないというならば、自
由の感覚を味わうことはない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 戦争の論理 意識の乖離 意識のちがいと戦争の原因)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【中国の人たちへ】(到中国人民)

要使用外国金正日的威?,只是想打?他?的公民。
?在,如果??保?北方,将在?史上留下一个?点很快。
??是捍?者,就像一个独裁者?屠?了成千上万的人。
?打??的眼睛,在朝?看情况良好。

●世論調査

 中国の人民日報の姉妹紙、『環球時報』の世論調査によれば、つぎのようだ、そうだ。
(中国の世論調査は、あまり信用しないほうが、よいアルヨ。)

「中国にとって北朝鮮とは?」との質問に、
「戦略的な障壁」(44.7%)と「盟友」(43.2%)が最も多く、
「厄介な隣国」が15.1%、
「潜在的な脅威」が15.0%だった。

「北朝鮮の砲撃事件や近年の強硬な行動についてどう思うか」では、
「事情は複雑で、簡単には評価できない」が56.7%、
「北朝鮮が追い詰められた末に取った行動」が22.4%、
「北朝鮮の挑発」が9.5%と答えた。 

●ちがう考え方、アルヨ

 このとおりの事実とするなら、私たち日本人がもっている意識とは、かなりちがう。
平たく言えば、中国は、天安艦爆破事件にしても、今回の延坪島砲撃事件にしても、
北朝鮮の行動は「やむをえなかった」と考えている人が多いということ。

 そういうものかなあ……?、という疑問もないわけでない。
人民日報という公営新聞社が、中央政府に都合の悪い調査結果を公表するはずがない。
ないことは、ノーベル平和賞受賞者を軟禁していることからもわかる。
つまりこの調査結果を公表することによって、「中国人は、君たちとは違う考え方、
アルヨ」ということを、あえて私たちに伝えたかったのかもしれない。

 しかし「意識」というのは、恐ろしいもの。
立場がちがうと、善・悪の判断基準そのものが、180度ちがうことも珍しくない。
夫婦の間でも、それをよく経験する。

●仕事

 昔、木下恵介監督の、『喜びも悲しみをも幾歳月』という映画を観た。
当時私は子どもだったが、子どもながら似涙を流した。
灯台守の夫婦を描いた映画だったが、灯台守の有沢四郎を演じた、佐田啓二、妻のきよ子
を演じた、高峰秀子らは、名優中の名優。
俳優自身の誠実さというか、人間性が、そのまま画面に出ていた。

 それはそれとして、その映画の中で有沢四郎は、自分の息子が危篤状態になっても、
職場を離れず、灯台の灯を守った。
「仕事を家族に優先させた」と言えば、それまで。
しかしそれが当時の、そして現在の私の常識でもある。
私はどんなに体の調子が悪くても、また天気が悪くても、職場に向かう。
が、ワイフはそうでない。
ささいな口げんかをしただけで、仕事の手伝いをやめてしまう。
「仕事」に対するきびしさそのものが、ちがう。

 で、私がそれをなじると、ワイフはすかさず、こう言う。
「あなたは仕事だけが大切なの?」と。

 何もワイフを責めているのではない。
家庭に入った主婦なら、おおかた、そのような考え方をする。
最近では職場をもっている男性だって、ワイフのような考え方をする。
「自分の息子が危篤状態になったら、親はどんなことがあっても、息子のところへ
駆けつけるべき」と。

 あまりよい例ではないかもしれない。
映画『喜びも悲しみをも幾歳月』がまっさきに思いついたので、それを例にあげてみた。

●中国の人たちへ

 中国語に翻訳するため、簡単な日本語で書く。

北朝鮮の金正日は、ありもしない外国の脅威を作りあげているだけ。
外国の脅威を利用して、金正日は、自国の国民を弾圧しているだけ。
今、君たちが北朝鮮をかばえば、やがて歴史の中に汚点を残すことになるだろう。
君たちがかばっているのは、何十万人という同国民を虐殺した独裁者にすぎない。
どうか目を開いて、北朝鮮の現状をよく見てほしい。

要使用外国金正日的威?,只是想打?他?的公民。
?在,如果??保?北方,将在?史上留下一个?点很快。
??是捍?者,就像一个独裁者?屠?了成千上万的人。
?打??的眼睛,在朝?看情况良好。

●意識

 アインシュタインは、かつてこう言った。「常識などというものは、その人が18歳のと
きにもった偏見のかたまりである」と。

 その(常識)の上に、人は知識や情報を塗り固める。
そのときほとんどの人は、自分にとって都合のよい情報を、より好んで求める。
都合の悪い情報には、目をつむる。
こうしてやがてその人の(意識)が作られる。
その結果が、現在私たち日本人がもっている(意識)ということになる。
現在、中国人がもっている(意識)ということになる。

 が、それにしても……。

 こうまで意識がちがうとは、私も思っていなかった。
善良な中国人なら、北朝鮮の一連の行動に、眉をひそめているはず。
私はそう考えていた。
が、中国という大陸に視点を置いてみると、ものの考え方が、180度変わる。
中国にとって、直接的な脅威は、韓国でも日本でもない。
もちろん北朝鮮ではない。
アメリカなのだ。

 だからこの世論調査の結果どおりとするなら、北朝鮮による核兵器開発についても、
「やむをえない」と考える中国人がいても、おかしくない。
実際、中国にしてみれば、北朝鮮の核兵器など、痛くもかゆくもない。
その気になりさえすれば、1日で、すべてを灰にすることさえできる。

●意識の溝(みぞ)を埋める

 どんなばあいでもそうだが、たがいの間に意識の溝(みぞ)を感じたら、まず
相手の意識を尊重する。
意識には上下はない。
優劣もない。
人間がみな平等であるように、意識もまた平等。

 先のワイフの意識にしても、そうだ。
私の意識が正しいと言う前に、なぜ私はそういう意識をもっているかをさぐる。
それには私の生い立ちが深くからんでいる。
その生い立ちを無視して、私の意識を語ることはできない。

 一方、ワイフにはワイフの生い立ちがある。
私とはまったくちがった環境で、生まれ育った。
当然、意識もちがう。

 そこで大切なことは、たがいの意識を認めあい、尊重しあうこと。
「私はこうだから……」と思うのは、その人の勝手。
しかし「だから、あなたはまちがっている」と、相手を切り捨ててはいけない。
それが「国家」というレベルにまで昇ったとき、そこで戦争が起きる。

●意識の差

 今回の世論調査結果を見て、私は驚いた。
「このままでは戦争、不可避!」と。
夫婦でも、ここまで意識がちがったら、もういっしょには住めない。
はげしい夫婦げんかの末、離婚。

 言い替えると、「平和」か「戦争」かという問題は、「意識の差」の問題ということに
なる。
意識の差が小さければ、問題はない。
が、その差が限度を超えたとき、戦争が起きる。
つまり「平和を守る」ということは、「意識の差」を縮めること。
その努力を怠らないこと。
その結果として、平和は保たれる。

 これは「はやし浩司の平和論」ということになる。
どこかで参考にしてもらえれば、うれしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 平和論 意識の差 意識の差が戦争を引き起こす 中国の世論調査 
はやし浩司 アインシュタイン 常識 18歳のときにもった偏見)


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司 


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 10日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●新家族主義

++++++++++++++++++

それはたわいもない話から始まる。
私はあるとき、ふと、こう考えた。
「私が若いときには、親に、仕送りをした。
が、今の若い人たちで、それをしている人は
ほとんどいない」と。

だからといって、それが悪いというのではない。
息子たちに、同じことをしてほしいと願って
いるのでもない。
もし息子たちがそんなことをしたら、即座に
そのお金は返すだろう。

で、たわいもない話というのは、その先。
私は、ふと、こうも考えた。

「考えてみれば、私の生徒たちは、毎月
私にお金をくれるではないか」と。

「教える立場」では、月謝ということになる。
しかし札に名前はついていない。
札は札。
それなりの価値はあるが、ただの紙切れ。
とたん、気が晴れた。
前がパッと明るくなった。

生徒たちは、(実際には、その親たちだが)、
毎月、お金を届けてくれる。
私が40年前にしていたように、毎月、
袋に現金を入れて、私に渡してくれる。
「仕送り」と「支払い」。
言葉はちがうが、中身は同じ。

……というか、その複線として、最近、
生徒たちが、自分の息子や娘、さらには
自分の孫のように感ずることが多くなった。
中には、私の孫そっくりな子どももいる。
そういう子どもが、「先生、これ!」と言って、
お金(月謝)をくれる。
とたん、申し訳ない気分に襲われる。

そこで先に書いた話に戻る。
「考えてみれば、私の生徒たちは、毎月
私にお金をくれるではないか」と。

私は今、生徒という名前の子どもたちに
助けられている。
励まされている。

中には、「実の息子や娘と、生徒はちがう」と
考える人もいるかもしれない。
ならば聞くが、どこがどうちがうというのか?
少なくとも私のばあい、こと孫について言えば、
「かわいさ」という点では、差はない。
めったに会えないこともある。
しかしそれ以上に、私の心のワクが広がった。
「家族」という狭いワクから、一歩、外に出た。
明らかに意識が変わった。
とたん、自分の子とか、他人の子とか、
そういうふうに分けて考えることができなくなった。

私はかつて実家に仕送りをした以上に、生徒たちから
仕送りを受けている。
小遣いいじょうの小遣いをもらっている。
そのお金で、今、生きている。
……生かされている。

で、あえてここで新しい言葉を披露する。
「新家族主義」。
「家族」というワクを超えた、「家族」。
そのワクを超えた家族を大切にする。
それが新家族主義。


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●浜松・GDホテルに一泊

++++++++++++++++++++++++

今夜は、浜松・GDホテルに一泊。
12階のスカイラウジで書き始める。

窓が大きく開け、その向こうにはアクト・タワー。
眼下はもちろん、浜松市街。
すばらしい。
無数の星々が、漆黒の絨毯(じゅうたん)に撒き散らされたかのよう。
それが地上でまばたきもせず、銀色に光っている。
都会的な、きらびやかさ。
静寂と孤独。
それらが、みごとに溶け合わさっている。
まるで無数の宝石のよう。
その美しさに、しばし見とれる。

たった今、ピアノの弾き語りが終わったところ。
女性がいくつかのクリスマスソングを歌った。
ピアノの白いふたを音もなく閉じ、ゆっくりとした
足取りで、ラウンジを出て行った。

うしろの席で、7、8人の客が、会話ごとに
ゲラゲラ、ガハハハと笑っている。
その笑い声が、何と場違いなことよ。

++++++++++++++++++++++++

●気分転換

 このホテルへ来る前に、義兄の家に立ち寄った。
途中の店で買ったケーキを、義兄たちと4人で分けて食べた。
「今夜はGDホテルに泊まります」と言うと、「いいねえ」と。

浜松市内でも1、2を争う高級ホテル。……だった。
が、朝食付きのみなら、1人1泊5000円前後で泊まれる。
朝食なしなら、4000円前後(じゃらん経由)。
気分転換には、もってこい。
それに今日は、ささやかだが、雑誌社から原稿料が入った。
それでその気になった。

 ジジイの私がこう言うのもへんだが、……本当にへんだが、
久々に、おとなのムードを味わった。

●偏頭痛
 
 で、昨夜は最悪だった。
真夜中に、偏頭痛。
寝る前に食べたぜんざいが、悪かった(?)。
1時間ほど四転八転したあと、Z(偏頭痛薬)を2つに割ってのむ。
ワイフがふとんの下に、座布団を2枚重ねてくれた。
頭を高くしてくれた。
それがよかった。
30分もすると、痛みがスーッと消えていった。

 こういう見分け方が正しいのかどうか、知らない。
しかし風邪による頭痛は、眠っている間は忘れる。
偏頭痛は、眠っていても痛い。
それに偏頭痛をがまんして眠っていると、悪夢の連続。
悪夢といっても、不気味な悪夢。
昨夜は、目のない女性が、顔から青い血を流しながら、そこに立っていた。
今、思い出しても、ゾッとする。
 
●沽券(こけん)

 そんなわけで今日は、一日、家の中でのんびりしているつもりだった。
言うなれば病後。
11月28日、日曜日。
午前中に、電子マガジンの12月号を完成させる。
(結構、たいへんな作業だったぞ!)
午後は、軽い昼寝。
3時過ぎになって、運動もかねてワイフと2人で、大通りから佐鳴湖、
佐鳴湖から大平台団地と、ぐるりとこのあたりを一周した。
そのときワイフが、こう言った。
「今夜は、どこかへ行かない?」と。

 こういうときワイフの提案を断ると、あとがこわい。
……というか、私にも夫としての沽券(こけん)がある。
言うなれば、メンツ。
ケチなことを言うと、嫌われる。
若いころから、そういう点では気をつかう。
「どこか、ホテルに泊まろうか」と。
そう答えると、ワイフはうれしそうに笑った。

●浜松GDホテル

 浜松GDホテルには、大浴場はない。
もちろん温泉もない。
そういう楽しみはない。

若いころはよく来た。
何かにつけ、よく来た。
「GDホテルで……」と、名前を口にするだけで、ステータス。
気分がよかった。

 で、そのころは、TDさんという人が、このホテルを経営していた。
2人のお嬢さんがいたが、私の教え子ということもあった。
が、一度、倒産。
理由はよく知らないが、改築費でつまずいたと、だれかから聞いた。
そのあと、このホテルは、別の経営者の手に渡った。

 そういうこともあって、このホテルに、星をつけることはできない。
あまりにも、おこがましい。

●縁

 40年以上も住んでいると、人の世の浮き沈みがよくわかる。
「おごれる者、久しからず」とも言う。
が、その一方で、大成した人もいる。
入れ替わり立ち替わり……というか、そういう人が出てきては、また消える。
人口60万人とも、80万人ともいわれる浜松だが、たいていの人とは、
どこかでつながっている。
縁がある。
「あの人がねえ」という会話が、このところ多くなった。

 たとえば目の前には、TKというホテルもある。
そのホテルの子どもたち(兄と妹)も、私の教え子。
親たちも、よく知っている。
私が浜松へ来たころには、小さな旅館風のホテルだった。
GDホテルの陰に隠れて、目立たなかった。
が、今は、全国にチェーン・ホテルを展開している。

●浮き沈み

 こうして振り返ってみると、「歴史」とは何か、
そこまで考えてしまう。
たとえば江戸時代。
あの時代にも、浮き沈みはあったはず。
今よりは、スローテンポだったかもしれない。
今は、10〜20年単位で、ものごとが変化する。
江戸時代には、それが100年単位だったかもしれない。
どうであるにせよ、そうした(変化)は、私たちに何を残したのか。
だからといって、そうした変化が無駄というのではない。
その逆。
その結果として、今の私たちがいる。
それを歴史という。

●万年倦怠期

 ところで先に、「沽券(こけん)」という言葉を使った。
「値打ち、品位、体面」という意味である。
が、60歳を過ぎた夫婦には、もうひとつ別の意味が生まれる。
過ごし方をまちがえると、「万年倦怠(けんたい)期」。
人生そのものが、どんよりとした鉛色のモヤに包まれてしまう。
だからあえて、こうして機会を見つけて、外に出る。
雰囲気を変える。

 夫婦の倦怠をどう防ぐか。
これも老後のひとつのテーマということになる。

●気力

 それに健康というのは、気力の問題。
病気に遠慮していると、ますます病気ぽくなってしまう。
そこで多少の不調程度なら、無視して行動に出る。
体を動かす。
今朝の私がそうだった。

 朝は偏頭痛に苦しんだ。
静養するかどうかは、そのときの判断。
「もうだいじょうぶ」と判断したら、あとは思い切って外へ飛び出す。
気力が病気を治してくれる。

●離婚

 オーストラリアの友人の息子が、先週、離婚した。
結婚してまだ数年。
子ども(孫)ができたばかりだった。
つい先日のメールでは、孫の写真を送ってくれた。
理由はいろいろ書いてあった。
それについては、ここには書けない。
が、これも「浮き沈み」のひとつ。
(離婚したからといって、沈んだことにはならないが……。)

 つまり、生きていく過程では、いろいろある。
私たち夫婦も、何度か離婚の危機にさらされた。
とくに今年の夏には、あぶなかった。
が、基本的には、私はワイフなしでは生きていかれない。
ワイフも、私なしでは生きていかれない。
そのつど、たがいにあきらめ、よりを戻す。

 が、若い夫婦のばあい、たがいの密着度がそれほど強くない。
積み重ねられた思い出も少ない。
そのため「あきらめる」という力が働かない。
だから簡単に離婚する。

●ホテル、旅館業界

 ところでホテル、旅館業界は、大不況のまっただ中。
そのため料金のダンピングが、はげしい。
利用者である私たちにとっては、うれしい。
が、その分、このところサービスの低下が、目立ってきた。
とくに料理が悪くなってきた。

 先週泊まった、焼津のSKホテルも、そのひとつ。
目玉はカニ一杯。
それだけ。
あとはスーパーで売っているような刺身と天ぷら。
それらをそれらしく並べて、それでおしまい。
料理らしい料理は、何もなかった。

 つまり「安かろう、悪かろう」が目立ってきた。
つまりホテル、旅館業界は今、底なしの悪循環の世界に入りつつある。
このままでは良質のホテルや旅館まで、つぶれてしまう。

●加齢臭

 部屋に戻ってから、風呂に入った。
私にとっては、2日ぶりの風呂。
このところ鼻水が出た。
「風邪かもしれない?」と思っているうちに、2日が過ぎた。
それで2日ぶり。

 一説によると、55歳前後から、加齢臭が始まるという。
この加齢臭のこわいところは、自分ではわからないこと。
そのため55歳を過ぎたら、毎晩、風呂に入るのがよい。
60歳を過ぎたら、なおさら。

 よく子ども(生徒)たちは、私にこう言う。
「先生は、ジジ臭い」と。
ヘアートニックなどの匂いを言うこともあるが、本当にジジ臭いのかも。
風呂の中でタオルをゆすぐと、体の垢(あか)が、プラプカと湯面に上ってきた。

●北朝鮮

 こうして何でもない一日は終わった。
ワイフは、ベッドからテレビのニュースを観ている。
心配なのは(?)、朝鮮半島。
しかしあの金xxは、戦争など、しない。
その度胸もない。
ありもしない外国の脅威を作りあげ、それでもって
国内を引き締めているだけ。
そのためにアメリカや韓国が利用されているだけ。

 で、今日の午後5時半。
中国が重大発表(?)なるものを行った。
内容は「12月はじめに、6か国協議を開く」というもの。

 バ〜カ!

 日米韓は、即座に反応。
「何を今さら」と。
これで中国のメンツは丸つぶれ。
が、問題はなぜ、それがわかっていながら、中国はあえて重大発表
という形で、そんな提案をしたか、だ。
それに先だって、中国政府は各国の高官と協議を重ねていた。
それを通して、その雰囲気がわかっていたはず。

 が、テレビに出てきた北朝鮮専門家(?)と言われる人たちは、
トンチンカンな解説を繰り返しすのみ。
「北朝鮮は、本気のようです」
「これ以上、追い詰めない方がいい」と。

 つまり中国は、北朝鮮にせがまれて、そういう提案をしてみただけ。
中国は北朝鮮を失うこと、つまり南北が、韓国とアメリカ主導で統一
されることを、何よりも恐れている。
そんな中国を、6か国協議の議長国にしたのが、そもそものまちがい。
泥棒に、泥棒の管理をかませたようなもの。

 午後11時15分。
ニュースは終わった。
私も寝る。
おやすみ。

●翌朝(11月29日)

 このところ温泉でも、朝風呂は避けている。
どういうわけか、朝風呂に入ると、体力の消耗がはげしい。
ばあいによっては、そのあと、立ちくらみや、めまいがすることがある。

 起きて身支度を整える。
朝食は6時半からという。
時計を見ると、7時半。
そのまま2階の食堂へ。

 が、並べられた料理を見て、がっかり。
割引料金で、1500円弱。
GDホテルには悪いが、こんな朝食で、1500円は高い。
やる気ゼロ、本気ゼロという中身だった。

 私は近くに陳列してある、S社の超大型船外機(たぶん、模型?)を
ながめながら、不満感をなぐさめた。

食堂を出るとき、ワイフはこう言った。
「私たち、目が肥えているから……」と。

 先に書いた、KTホテル(ビジネスホテル)のばあい、1泊3500円前後。
朝食は無料。
品数は少ないが、それでもGDホテルの朝食よりは、よい。

 ……とまあ、悪口を書いてしまった。
しかしホテルにせよ、旅館にせよ、評価は本気度で決まる。
先月泊まった、西浦温泉の竜宮ホテルは、見栄えは質素だったが、
廊下ごとに、茶の香が立ててあった。
そういうのを見て、私たちは「本気度」を知る。

 とても残念なことだが、GDホテルでは、その本気度を
感ずることができなかった。
建物だけは、立派だが……。

●補記

 「今度は、アクトタワーに泊まってみたい」とワイフは言っている。
私も、泊まってみたい。
で、こういうのを「冥土のみやげ」という。
先日、「朝食のみ付き」で、一泊8500円前後という宣伝が新聞に
載っていた。
会員制の大浴場にも、無料で入れるという。
地元にいながら、地元のホテルや旅館のことは、あまり知らない。
死ぬまでに、一度は、堪能(たんのう)しておきたい。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【朝鮮日報・ソウル本社編集部御中】?? ?? ??? ??

●韓国・朝鮮日報・東京=辛貞録(シン・ジョンロク)氏へ

●勝手に日本人の心を翻訳しないでほしい!

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???? ???, ??? ???? ???? ???.

++++++++++++++++++++

朝鮮日報・11月28日付けの記事を読んで、
またまた驚いた。
見出しには、こうある。
『北朝鮮砲撃:「韓国軍は意外と弱い」』と。
あたかも産経新聞がそう報じたかのように、
(というより、産経新聞がそう報じたと)、
書いてある。

しかし産経新聞のどこを読んでも、そんな
ことは一行も書いてない。
念のため、産経新聞がどう報じたか、朝鮮
日報の記事の中から、そのまま拾ってみる。
みなさんも注意深く、読んでみてほしい。

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++++++++++++++++++++

+++++++以下、朝鮮日報の記事より+++++++++

 産経新聞は26日付で、「韓国、自走砲の半数故障」「最前線弱体化、国防相が引責」とい
う内容の記事を掲載した。

 産経新聞ソウル支局の黒田勝弘支局長はこの記事で、「北朝鮮軍はロケット砲まで動員し
たが、韓国軍の長距離砲は半分が故障などの理由で十分な反撃ができなかった」「周辺の海
岸一帯に軍団規模の兵力数万人を配備している北朝鮮に対し、韓国軍は海兵隊約5000人な
ど旅団規模で、しかも縮小計画が進められていた」などと、現地の状況について紹介した。

 黒田氏は、「南北間で衝突が繰り返されてきた最前線であるにもかかわらず、韓国軍の戦
力低下が明らかになった」という趣旨の指摘も行った。

 さらに、「韓国軍の最大の問題点は、今回の砲撃が(哨戒艦『天安』が沈没した)最前線
で起こったにもかかわらず、相手の攻撃に対する備えが改善されていなかった点」と前置
きした上で、このように最近になって韓国軍の戦力が低下していることについて、韓国国
内では、「太陽政策を行った金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)両政権の
10年間に急速に(戦力低下が)進んだ」との見方が支配的と話している。

 一方、毎日新聞は砲撃が行われた23日の平壌の様子について、現地に滞在していたある
在日朝鮮人の発言を引用して紹介した。北京発のこの記事で同紙は、「先制攻撃を受けたた
め、それに厳しく反撃し、大勝利を得た、と(北朝鮮では)誰もが口にしている」と報じ
ている。
東京=辛貞録(シン・ジョンロク)特派員

+++++++以上、朝鮮日報の記事より+++++++++

●敵意のねつ造

 産経新聞の記事を読んでもらえただろうか。
「韓国軍は意外と弱い」などという、どこか蔑視的な表現はどこにもない。
「韓国軍は意外と弱い」と感じているのは、特派員自身ということになる。

 自分自身(=特派員自身)が意外と弱いと思っているので、「相手(=日本)も、
そう思っているにちがいない」と思い込む。
思い込んだ上で、「日本人は、韓国軍は意外と弱いと思っている」という記事を書く。

こういうのを心理学の世界では、「投影」という言葉を使って説明する。
たとえばあなたがAさんならAさんを嫌っているとする。
そういうとき自分を正当化するために、Aさんが私を嫌っていると先に思い込む。
思い込んだ上で、「私がAさんを嫌いなのは、Aさんが私を嫌っているから」と
決めつける。

 先月(2010年10月)には、「日本各紙は打倒韓国をめざし、云々」という
記事が載った。
そこで調べてみたが、産経新聞も経済新聞も、そのほかの大新聞も、「打倒韓国」などと
いう言葉はどこにも使っていないことがわかった。
筆者自身(=私自身)が、しっかりと調べたから、まちがいない。

 このときも記者個人の被害妄想が、「打倒韓国」という言葉を生みだした。
が、韓国国内の読者には、それがわからない。
「日本人は、韓国は意外と弱いと思っている」とか、あるいは、「打倒韓国をめざして
韓国に挑戦してきている」とか思う。
思った上で、「日本人め!」と、なる。
これは一特派員の妄想では、すまない話である。

●2007年の11月に書いた原稿より

+++++++++++++++++++

こうした妄想による日本人の心のねつ造は
今に始まったことではない。
2007年の11月に書いた原稿を、そのまま
再掲載する。

+++++++++++++++++++

●日韓関係(Japan and Korea)

Even in the small column in a newspaper we can feel their hostility against Japan. 
According to the Chuo-N, the leading Korean Newspaper, Japanese companies have 
united together to fight agaist Korea but all of them is false, written with persecution 
mania. You will know what it is if you read this:

 この原稿がマガジンで配信されるころには、韓国では、新大統領が誕生しているはず。
現在の予想では、ハンナラ党の、I氏が最有力候補だが、何が起こるかわからないのが韓
国。先の金大中前大統領も、現在のN大統領も、ハプニング的に、大統領になった。

 が、ハンナラ党のI氏だから、日韓関係が改善すると考えるのは、早計である。韓国人
の対日感情には、常に、2面性がある。(あこがれ)と(憎しみ)、この2つが同時にウズ
を巻いている。そのつど、このどちらかが、表に顔を出す。

 たとえばつぎのコラムを読んでみてほしい。これは韓国の中央N報(12月11日版)
に載った記事である。経済記事だが、中央N報という、韓国第一の新聞社でも、こうした
記事を堂々と掲載している。

++++++++++以下、転載

日本経済産業新聞は、最近、日本の半導体メーカーのある幹部の発言を引用、「機密費波紋
でS星が"経営空白"危機に陥った」と報道した。この新聞はまた、他の半導体市場分析家の
話を引用し「新製品の買い替え時期が早い半導体特性上、投資延期は致命的損失はもちろ
ん、国際競争から追い出される原因となる」と分析した。 

同新聞は今回の事態を通じて日本の半導体メーカーが起死回生するチャンスに期待してい
ると報道した。日本の半導体メーカーのある関係者は「(S星を除いた)主要半導体会社が
大幅の赤字に苦しんでいるが、S星の投資が延期になればDRAM半導体需給が一時的に
支障を来たし、価格上昇の要因となることがある」と述べた。 

S星追い討ちのための連合戦線を形成した日本半導体メーカーが「相手の不幸は私の幸せ」
という本音を表したのだ。 

米国調査会社であるアイサプライによるとDRAMはS星電子が今年の7〜9月、世界市
場シェア27・7%で1位となった。現在DRAMは供給過剰状態で、一部主力製品は1
個当たり0・8〜0・9ドルで6年ぶりに1ドルを下回っている。 

日本で「S星叩き」はあちこちで目撃されている。日本のoh my newsは「S星
が揺れるだけで終わるのか、それとも完全に崩れるのか。日本でも注目してみる価値は十
分ありそうだ。」と報道した。

産経新聞は先月、S星電子が日本家電製品市場から一部撤収すると「安物というイメージ
から脱することができなかった」と報道している。 

S星に対する虚偽の主張が書かれた本も出回っており「S星電子は国内で営業利益の8
7・2%をあげ、国外は12・8%にすぎない」と主張した。国外市場で安く売りながら
国内市場で利益を搾取しているという、事実とは正反対に歪曲した内容を記している。

++++++++++以上、転載

 私は、この記事を読んだあと、「日本経済産業新聞」の中で、ほんとうにそんなことを書
いているのか、たしかめてみた。

 まず、「日本経済産業新聞」というのは、「日経産業新聞」のことであることがわかった。
しかしここ数日分の記事にざっと目を通してみたが、私が読んだ範囲では、その記事は、
見あたらなかった。

 それはそれとして、この記事を、もう一度、整理してみよう。

(1) 機密費波紋でS星が"経営空白"危機に陥った」と報道した。
(2) この新聞はまた、他の半導体市場分析家の話を引用し「新製品の買い替え時期が早
い半導体特性上、投資延期は致命的損失はもちろん、国際競争から追い出される原因とな
る」と分析した。

 朝鮮日報という大新聞社が、S星という一会社の、そのまた一商品について、ここまで
肩入れした記事を書くということのおかしさ、最初に、それに気づいてほしい。

 その上で、この記事を読みなおしてみる。が、この日本側の記事は、当然のことを、客
観的に書いただけで、どこにも反韓的なニュアンスは、ない。

 が、つづくつぎの部分では、「同新聞は今回の事態を通じて日本の半導体メーカーが起死
回生するチャンスに期待していると報道した」とある。やや反韓的かな思えなくもないが、
「決死回生」は、オーバー。ここ数年、シェアこそ、韓国製、台湾製に押されているが、
死んでいるわけではない。

 むしろ、(3)。「(S星を除いた)主要半導体会社が大幅の赤字に苦しんでいるが、S星
の投資が延期になればDRAM半導体需給が一時的に支障を来たし、価格上昇の要因とな
ることがある」と、価格上昇を心配していると、韓国側にむしろ好意的な意見を述べてい
る。さらに言えば、日本側は、価格の高騰を心配しているのであって、それを喜んでいる
のではない。

 が、ここから先、例によって例のごとく、韓国独特の(ひがみ節)が始まる。ウソと被
害妄想、それらがごちゃまぜになる。

(4)S星追い討ちのための連合戦線を形成した日本半導体メーカーが「相手の不幸は私
の幸せ」という本音を表したのだ、と。

 「相手の不幸は、私の幸せ」とは、日本側は、だれも言っていない。(そう思う人はいる
かもしれないが……。)「本音」というのは、そのまま、彼ら自身の「妄想」と考えてよい。

 そしてその妄想を、「S星たたき」と結びつける。いわく、

(5) 日本で「S星叩き」はあちこちで目撃されている。日本のoh my newsは
「S星が揺れるだけで終わるのか、それとも完全に崩れるのか。日本でも注目してみる価
値は十分ありそうだ。」と報道した。

 「ohmynews」の記事を読んでも、みなさんもわかるように、どこにも、「S星叩
き」のニュアンスはない。どうしてこの記事が、S星叩きになるのか? 「ohmyne
ws」は、ただ「S星が揺れるだけで終わるのか、それとも完全に崩れるのか。日本でも
注目してみる価値は十分ありそうだ」と書いているだけである。

 が、さらに、こうつづける。

(6) 産経新聞は先月、S星電子が日本家電製品市場から一部撤収すると、「安物という
イメージから脱することができなかった」と報道している。 

 この部分については、私はこの記事を読んだ記憶がある。しかしこれについても、何も
日本の消費者が、韓国製品を閉め出したというわけではない。この記事で気になるのは、「一
部撤収すると」という部分。勝手に、「一部」という文言を、加筆している。

 私が読んだ記事では、「家電製品市場から全面撤退」とあった。それが「一部撤収すると」
となる。この記事を読んだ韓国の一般市民たちは、あたかも日本人が、撤収したのを喜ん
でいるかのような印象を受けるだろう。つまり、それこそが、朝鮮日報のねらいというこ
とになる。

 が、最大のウソは、つぎの部分。

(7) S星追い討ちのための連合戦線を形成した日本半導体メーカー

 自意識も、ここまで過剰になると、「?」。とてもついていけない。日本が、「 S星追い
討ちのための連合戦線を形成した」だと!

 悲しいかな、韓国の製造器機のほとんどは、(一説によれば、携帯電話にしても、80%)、
日本製である。つまり韓国は、この日本から製造器機を輸入し、それでもって、いろいろ
な製品を製造している。輸出している。半導体にしても、日本は、現在は、台湾やマレー
シアに生産拠点を移し、そこで生産している。

 いつ日本は、「 S星追い討ちのための連合戦線を形成した」のか? 記事の根拠は、ど
こにあるのか。それこそまさに、カルテル。事実なら、大事件!

仮にそうであっても、そんなことを口にする人はいない。被害妄想も、ここにきわまれり
といった感じすらもつ。繰りかえすが、韓国の一会社の、一製品を、追い討ちするために、
連合戦線を形成しなければならないほど、日本の企業連合は、まだ落ちぶれていない。さ
らに、まだある。

(8)S星に対する虚偽の主張が書かれた本も出回っており「S星電子は国内で営業利益
の87.2%をあげ、国外は12.8%にすぎない」と主張した。国外市場で安く売りな
がら国内市場で利益を搾取しているという、事実とは正反対に歪曲した内容を記している。

 この「87・2%」「12・8%」という数字は、朝鮮日報(05年、5月18日付)に
出ていた数字で、ウソでも何でもない。「事実とは正反対に歪曲した内容を記している」と
いうくらいなら、朝鮮日報のほうへ、抗議でも何でもしたらよい。

 つまり韓国の国策企業は、韓国内で高く売り、利益をあげている。一方、外国では安く
売り、シェアを伸ばしている。

 たとえば自動車にしても、現在、韓国製の自動車は、アメリカなどでは、ダンピング価
格で売られている。一方、韓国国内では、ここにあげた数字程度の利益幅を見込んで売ら
れている。たとえば韓国の「グレンジャー」(現代自動車)は、韓国内では、480万円前
後で売られている。同じ車が、アメリカでは、300万円前後。価格差は、全体的に、1
00〜150万円程度となっている。

 こういう記事を分析してみると、韓国の人たちが日本人の私たちのもつ憎悪の念には、
相当なものがあるということがわかる。この憎悪の念は、私が韓国に渡った1967年以
来、ほとんど変わっていない。

 だから仮にハンナラ党のI氏が大統領になったところで、彼らの反日姿勢がすぐに変化
するとは、とても思われない。現在のN大統領ほどではないにしても、日本人の私たちと
しては、警戒したらよい。

 がんばれ、日本! 負けるな、日本! しばらく新大統領が、どのような行動に出るか、
様子を見て、このつづきを書いてみたい。

●東京=辛貞録(シン・ジョンロク)特派員へ

 どうか「事実」を韓国へ報道してほしい。
貴君たちが日本を嫌い、日本に、はげしいライバル心をもっているのは、よく理解できる。
が、だからといって、日本人の私たちが、貴君たちに同じような感情をもっているという
前提で、このようなウソ記事を、捏造しないでほしい。

 被害者意識と妄想。
嫉妬と羨望。
こういったものが、貴君たちの心をかなりゆがめている。
そのひとつが、貴君の母国が打ち上げた、気象衛星。
それを報道するとき、貴君たちは、自社の新聞に何と書いた?
覚えているか?
『これで日本の世話にならなくてすむ』と。

 今までさんざん世話になっておきながら、こんな書き方はない。
日本流に言えば、「一言、礼があってもおかしくない」。
どうして貴君たちは、すなおな気持ちで、「今まで、日本のみなさん、ありがとう」
と書けないのか。
その(書けない)部分、つまりなぜ書けないかを、もう少していねいに、分析して
みてほしい。
貴君たちのゆがんだ精神構造が、そこに浮かびあがってくるのがわかるはず。

 今回の記事もまた同じ。
産経新聞の記者も、また私たち日本人のだれも、「韓国軍は意外と弱い」などとは、
思っていない。
不意打ちをくらえば、どこの国の軍隊だって、同じような結果を出すだろう。
そのことは産経新聞の記事の中でも、説明しているではないか。
むしろ客観的に、戦局の分析を行いながら、「しかたのないこと」というニュアンスで
記事を書いている。
「周辺の海岸一帯に軍団規模の兵力数万人を配備している北朝鮮に対し、韓国軍は
海兵隊約5000人など旅団規模で、しかも縮小計画が進められていた」と。

 貴君のような特派員がこの日本にいて、韓国の人たちの反日感情をかきたてて
いることを、たいへん残念に思う。


Hiroshi Hayashi++++++++Nov.2010+++++++++はやし浩司

●韓国よ、北朝鮮など、相手にするな!
??? ???? ???!

+++++++++++++++++++++

末期の独裁国家。
崩壊寸前。
そんな国が、ありもしない脅威をかきたて、国民の不満を外にそらそうとしている。

あんな国を本気で相手にしてはいけない。
その価値もない。

それとも韓国は、あんな国と心中するつもりなのか。
ここで北朝鮮の挑発に乗れば、それこそ北朝鮮の思うつぼ。
まんまとワナにはまるだけ。

あの独裁者は、それを利用して体制の引き締めにかかる。
その口実にする。

北朝鮮にしても、戦争をする気などない。
その力もない。
戦争をすれば廃墟になることを、彼らもよく承知している。
彼らが求めているのは、独裁政治の継続。
つまり「身の保全」。

貴君たちは、「アメリカが助けてくれる」と思っているかもしれない。
しかしアメリカは、そんな甘い国ではない。
お人好しの国でもない。
ドルを防衛するために、軍事を虚勢の道具に使っているだけ。

ここは冷静になって、中国を攻めたらよい。
北朝鮮ではなく、中国。
国際世論の中で、中国の非合理性を際だたせる。
それでもって中国を追いつめる。
中国さえその気になれば、北朝鮮は、1日ももたない。
一方、中国が支えているかぎり、北朝鮮は安泰。

つい30分前、中国は「重要情報を発表」なるものを発表した。
(11月28日、17:30)。
中身は、「12月中旬に、6か国協議を開く」というもの。
が、こういうのを茶番劇という。

中国は、北朝鮮が、韓国とアメリカに飲み込まれるのがこわいだけ。
北朝鮮を失うのを恐れているだけ。
繰り返すが、中国さえその気になれば、北朝鮮問題は1日で解決する。

6か国協議など、いまさら何度繰り返しても、意味はない。

韓国よ、戦争をしてはいけない。
北朝鮮を無視しろ。
必要最小限の反撃だけをし、それですませ。
相手は、世界の最貧国だぞ。

世界の良識に訴えれば、中国が動く。
中国が動けば、北朝鮮は、崩壊する。
それを待ってからでも遅くない。
ここで下手に手を出せば、あの独裁者はそれを利用するだけ。
さらに国内を引き締めるだけ。
独裁政権を延命させるだけ。

戦争というのは、始めるのは簡単。
が、一度始めたら最後。
終えるのには、その何倍ものエネルギーが必要。

なお北朝鮮では、戦勝気分が盛りあがっているという。
だったら、したようにさせておけ。
日本には、『負けるが勝ち』という諺がある。
負けたフリをして、相手をいい気分にさせておけ。

「勝ったか、負けたか」ということになれば、
すでに韓国は、あらゆる面で、勝っている。
今さら、何を恐れるのか。
何を失うのか。
ここで戦争を始めれば、今までの苦労が水の泡になる。
泥沼のゲリラ戦にでもなれば、それこそ韓国経済は崩壊する。
今だって、あぶない。
それを貴君たちが知らないはずがない。
だから戦争など、ぜったいにしてはいけない。

貴君たちは気がついていないかもしれない。
が、私たち日本人から見ると、韓国も北朝鮮も同じ。
驚くほど、貴君たちは思考回路が似ている。
たとえば貴君たちが竹島(独島)でしていることを、
北朝鮮が、貴君たちにしている。
「東海(日本海)」という呼称問題にしてもそうだ。
ささいなことにこだわって、大局を見る目を失っている。

どうか、ここは冷静に。
あんな狂った国を、本気で相手にしてはいけない。


Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●ピカソの未公開作品(訪問ヘルパーによる窃盗事件)

++++++++++++++++++++++

ピカソの未公開作品が、大量に見つかった。
産経NEWSは、つぎのように伝える。
読みやすくするため、記事に番号を入れた。

+++++++++++++以下、産経NEWSより+++++++++++++

(1)現代芸術の巨匠パブロ・ピカソ(1881〜1973年)の、これまで存在すら知
られていなかった作品を含む絵画など計271作品がこのほどフランス南東部で発見され
た。作品の価値は総額で6千万ユーロ(約66億円)を上回ると目されている。29日付
フランス紙リベラシオンが伝えた。

(2)見つかったのは、ピカソが1900〜32年に制作した作品。少なくとも175点
は未公開で、うち97点は存在が知られていなかった作品という。キュビスムのコラージ
ュや「青の時代」の水彩画、最初の妻であるオルガの肖像、リトグラフ、デッサンなどが
含まれていた。

(3)作品を所有していたのは、アルプ・マリティム県に住むピエール・ルゲネック氏(7
1)。ルゲネック氏は、晩年南仏に住んでいたピカソの家に警報装置などを設置した電気技
師で、今年1月以降、ピカソの息子らに「作品が真作であることを証明してほしい」など
と依頼する書簡を送っていた。

(4)息子ら相続人は9月、大量の作品を隠匿していたとして同氏を捜査当局に告訴。作
品は文化遺産の不正取引を取り締まる当局が10月に押収した。

(5)ルゲネック氏は一時拘束されて取り調べを受けたが「作品はピカソや夫人から譲渡
されたもの」と無実を主張。同氏の夫人も「私たちは泥棒ではない」とヌーベル・オプ
ルバトゥール誌(電子版)に反論している。(共同)

+++++++++++++以上、産経NEWSより+++++++++++++

●接点

 この記事で重要なのは、ピカソとルゲネック氏との接点。
ピカソは、1973年に没している。
ルゲネック氏は、晩年ピカソが住んだとされる南仏のピカソの家の警報装置工事を
請け負っている。
現在71歳ということだから、ピカソが没したとき、34歳前後ということになる。
警報装置工事を請け負ったのは、さらにその前、つまりルゲネック氏がもっと若かった
ころのことということになる。

ルゲネック氏は、一事拘束され、取り調べを受けたが、「作品はピカソや夫人から譲渡
されたもの」と、無実を主張しているという。
たがいにどういう関係だったかはわからない。
しかしいくら知り合いとはいえ、他人であるルゲネック氏に、271もの作品を譲渡
したとは常識では考えられない。
しかもルゲネック氏は、警報装置の電気工事で、ピカソの邸宅にあがりこんでいる。
その気になれば、警報装置をいかにょうにも、操作できる立場にあった。

 が、どうであれ、……つまりピカソが本当に譲渡した可能性もないわけではない。
が、この事件とは別に、こんな疑惑を以前から抱いている。
ことの発端は、ある男性(56歳)の話である。

●窃盗するニセ介護士(訪問ヘルパー)

 ある男性をX氏(56歳)とする。
現在は浜松市に住んでいる。
実家は、浜松市から車で1時間半ほどのM村。
その村に、89歳になる母親が、ひとりで住んでいた。
が、いよいよということで、X氏は母親を浜松市へ呼び寄せた。
在宅介護などを受けていたが、その1年後に他界。

 X氏は同じく浜松市に住んでいる弟氏といっしょに、自宅の整理のため、M村の実家に
戻った。
ところが、である。
実家は、まさにもぬけのカラ。
薬箱はあっても、薬はなし。
切手帳はあっても、切手はなし。
古銭帳はあっても、古銭はなし。
引き出物などでもらった小物類は、箱だけが残っていて、中身はすべて消えていた。

「母はたんす預金派だったのですが、現金らしい現金は1円も残っていませでした」と。

 で、近所の人に話を聞くと、実家から数百メートルほど離れたところに、1人の女性が
夫と住んでいて、その女性がときどきやってきて(週に1度くらい)、母親の世話をして
いたという。
近所の人は、施設から派遣されたヘルパーの女性とばかり、思っていたという。
が、さらに話を聞くと、無資格の、いわゆる「ボランティアさん」ということがわかった。
つまりその女性は、ヘルパーのフリをしたわけではないが、ときどき介護するフリをしな
がら、その女性の家にあがりこんでいた。

 で、X氏が、その女性の家に行った。
「生前、母が世話になったそうでありがとうございます」と。
女性は、明るい笑顔を満面に浮かべながら、こう答えたという。
「いいお母さんでしたよ。やさしくて、穏やかで。ときどきいろいろな仕事を頼まれ
ましたので、車を走らせたこともあります」と。

 X氏は、こう言った。
「ペラペラと、こちらが聞きもしないうちから、あれをしてやった、これをしてやったと、
恩着せがましいことをつぎつぎと並べました」と。

●訪問介護制度の盲点

 私自身も、似たような経験をしている。
どこのだれとは書けないが、その疑いは濃厚である。
しかし確たる証拠があるわけではない。
ないから、相手の言いなりになるしかない。
X氏も、こう言っていた。

「世話をすべき私たちが世話をしなかったという負い目もあったため、強く出ることも
できませでした」と。

 しかしみなさん、私はあえて声を大にして言う。
あの訪問介護制度という制度は、高齢者にとって、本当に安全なのか、と。
こう書くと、まじめに職務をこなしている訪問介護士の人たちは不愉快に思うかも
しれない。
しかし「盲点」というか、「欠陥」は、確かにある。

 現在訪問介護制度は、ひとつの施設から継続的にヘルパーが派遣されるように
なっている。
しかも1名が、原則。
そのヘルパーが、ふつう平均して2〜4年程度、継続して、介護が必要な高齢者の家に
入る。
身のまわりの世話を繰り返す。
高齢者といっても、判断力がかなり鈍った高齢者である。
「介護」とは言うが、一歩、道を踏み外せば、「?」。

●訪問介護制度の改善

 訪問介護制度は、欧米でも常識化している。
自活できない高齢者をみるには、すぐれた制度である。
しかし盲点がないわけではない。
実際、この種の事件が多発している。
ちなみに、Googleで、「訪問介護士 窃盗」で検索してみたら、何と
8800件余りもヒットした。
こまかい事件となると、日常茶飯事といってよいほど多い。

 が、逆の事件も起きている。
無実のヘルパーに対して、窃盗したと騒ぎたてる高齢者も少なくない。
「ヘルパーが金を盗んだ!」と。
そこで改善策としては、

(1)長期ヘルパーを避ける。(長くても数か月単位で、派遣ヘルパーを替える。)
(2)ヘルパーを1人制ではなく、複数制にする。

 判断力のない高齢者の自宅に、単独でヘルパーを送り込むという制度そのものに
欠陥がある。
人を疑えということではないが、みながみな、善人とはかぎらない。
家人が隠しカメラを設置し、ヘルパーの窃盗を証明した事件さえある。

●ピカソの絵画

 話を戻す。

 高齢者から金品を盗むのは、幼児から金品を盗むより、はるかに簡単。
(幼児は金品と言えるようなものをもっていないが……。)
ルゲネック氏がそうだったと書いているのではない。
これから先、フランスの警察は、そのあたりを鋭意、捜査することになるだろう。
しかしルゲネック氏の言葉は、じゅうぶん、疑ってみる必要がある。
晩年のピカソがどういう状態だったかは、私は知らない。
しかし92歳で没しているところからして、仮に「譲渡」だったとしても、ピカソには
まともな判断力はなかったとみるべき。

 はたして「譲渡」だったのか。
それとも「窃盗」だったのか。
どちらであるにせよ、この問題は、そのまま私たちの老後の問題と結びついている。
けっして他人の世間話ですませてはいけない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
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Hiroshi Hayashi++++Dec. 2010++++++はやし浩司・林浩司


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.こんにちは!  (″ ▽ ゛)○  
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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 7日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【言語能力】Thinking Ability

●能力論

++++++++++++++++

カモノハシという動物がいる。
何からなにまで、常識をはずれている。
不思議な動物である。
そのカモノハシ。
ほかの動物にはない能力をもっている。

たとえばあのクチバシ(?)。
一説によると、あのクチバシの周囲(縁)
には、電磁波を感知するセンサーがついて
いるという。
(微弱電波、あるいは微弱電流という説も
ある。)

水中の微弱な電流の変化を感知し、それで
もって水中の生物を捕らえたり、水流の
動きを感知することができるという。
(水流は微弱な電磁波を発することが
知られている。)

人間の私たちにすれば、「すごい!」の
一言に尽きるが、カモノハシにしてみれば、
何でもない能力ということになる。
私たちが臭いをかいだり、暑さや寒さを
感じたりする能力と同じ。
当のカモノハシは、自分のそういった能力を、
何も特別な能力とは意識していないだろう。

+++++++++++++++++

●言語能力

 それぞれの動物には、それぞれ特殊な能力がある。
イルカにしても、レーダーに似た能力をもっているという。
自ら超音波を発信し、そのエコー音で、周囲の様子をとらえているという。

 人間だって、負けていない。
最大、かつ最高の能力といえば、当然、「言葉を話す能力」ということになる。
人間は言葉によって、たがいに複雑な情報を共有することができる。
つまり人間がなぜ人間であるかといえば、この能力、つまり言語能力があるから
にほかならない。
「なんだ、そんなことか!」と思う人もいるかもしれない。
が、そう思うのは、ちょっと待ってほしい。

 言語能力といっても、簡単な会話をする能力だけが、その能力ではない。
その程度のコミュニケーションなら、ほかの動物たちも、みなしている。
音声という言葉によるものとはかぎらない。
たとえばミツバチの8の字ダンスなどは、よく知られている。
ミツバチは、8の字ダンスをすることで、ミツのある場所を、ほかの仲間たちに
知らせているという。

 ここでいう言語能力というのは、論理と分析力をともなった、知的能力をいう。
またそれがあるから、人間は前頭前野を、知性、理性の府として発達させることが
できた。

●コメント

 このところ私のHP、BLOG、YOUTUBE、マガジンへのアクセスがふえて
いる。
毎月、総計で、30〜50万回ほどアクセスがある(2010年11月)。
つまりその分だけ、書き込みやコメントが、多くなった。
多くは好意的なものだが、中には、辛らつなものもある。

 昨日は、私のYOUTUBE動画に対して、「NHKの教育番組じゃあ、ネーダロ」
というのがあった。
私はこの一文を読んで、しばらく考え込んでしまった。
意味がよくわからない。
しかし何か、強烈な反感というか、敵意を感じた。
つまり「YOUTUBEは、NHKの教育番組とはちがう。説教ぽくて、おもしろくない。
そんな動画はアップするな」という意味か。
どうであるにせよ、今、こうした日本語がふえている。

 直感的で直情的。
感情を短い文章で叩きつけてくる。
七田氏が生きていたら、「これこそまさに右脳教育の成果!」と喜びそうな文章である。
が、残念ながら、こうした文章は、人間が何十万年もかけて発達させてきた言語能力
とは異質のものである。
あえて言うなら、ケダモノの叫び声と同じ。

●論理と分析力

 言語能力を発達させるためには、作文しかない。
作文に始まって作文に終わる。
言い替えると、言語能力は、文字の発達と密接にからんでいる。
文字の発明によって、人間の言語能力は飛躍的に発達した。
もし文字の発明がなかったら、人間は簡単な会話程度の情報伝達能力しかもたなかった
だろう。

 その言語能力は、論理力と分析力で決まる。
脳の中では、左脳がそれを司っているという。
その能力が不足が不足してくると、それこそ、「テメー、コノヤロー、ぶっ殺すぞ!」
という会話だけで、その日が終わってしまうかもしれない。
「NHKの教育番組じゃあ、ネーダロ」というのも、それ。
もう少し論理的に書いてほしい。
もう少し事実を冷静に分析して書いてほしい。
またそのように書いてもらわないと、私のようなジジイには、よく理解できない。

●言語能力の低下

 最近、あちこちの本や雑誌で、日本人、なかんずく若者たちの言語能力の低下が
指摘される。
それぞれの評論家が、それぞれの判断の中でそう書いている。
作文力がないとか、表現力が乏しいとか、など。
しかしそれ以上に重要なのが、会話力ということになる。

 的確な言葉を使い、簡潔に自分の考えていることを、正確に相手に伝える。
そういった能力が低下しているという。
たとえば子どもの言語能力。
その基礎を作るのは、母親である。
母親の会話力である。

 母親が、「ほらほら、カバン、カバン、帽子、もって!」と話していて、どうして
子どもに言語能力が身につくだろうか。
こういうときは、たとえめんどうでも、「あなたはカバンをもちます。帽子をかぶり
ましたか?」と話しかける。
そういう日常的な努力が、子どもの言語能力の基礎となる。

 言い替えると、これは子どもの問題というよりは、母親の問題ということになる。
現在の(若者たち)は、その結果にすぎない。

●能力

 私たち人間にも、ほかの動物たちに劣らない、すばらしい能力がある。
それが「言葉を話す能力」。
そこで重要なことは、それが「すばらしい能力」と、まず自覚すること。
つまりここがカモノハシと違う点と考えてよい。

 カモノハシには、人間がもつような論理力もなければ、分析力もない。
だから自分たちがどんなすばらしい能力をもっているか、それを知ることもない。
しかし人間はちがう。
私たちは自分の能力を、分析し、それを論理的に体系化することができる。
さらにそれを磨き、発達させることもできる。
あとは、それぞれの個人の努力の問題ということになる。
せっかくその能力をもっていても、宝の持ち腐れにするか、あるいは宝石のように
光らせるかは、あくまでもその人個人の問題ということになる。

 カモノハシという動物を調べながら、そんなことを考えた。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 2010−11−24 カモノハシ 能力とは)

(参考)
●カモノハシ【以下、WWEBLIOより転載】

単孔目(カモノハシ目)は、現存する哺乳類としては唯一、爬虫類や鳥類のように卵を産
むグループとして知られている。(大部分の鳥類と同じように)母親が卵を温めて子を
孵化させ、孵化した子は(他のすべての哺乳類と同じように)母乳によって育てられる。
母親は他の哺乳類のような乳首をもたず、子は母親の乳腺から染み出した乳をなめとる。
爬虫類や鳥類と同様の総排出腔をもつ(これが単孔目 Monotremata という名の由来であ
る)。気温により保ちうる体温が変動するなど多くの哺乳類に比べれば体温調節能力が低い。
このような特徴から、単孔目(カモノハシ目)は、進化史の中で、非常に早い時期(おそ
らく三畳紀)に他の全ての哺乳類のグループと分岐したと考えられ、現生哺乳類で最も原
始的なグループとされる。そのため、このグループは、「原獣亜綱」として、亜綱のレベル
で他の哺乳類(獣亜綱)と区別されている。
(以上、Weblioより)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【息子たちへ】

●映画『レオニー(Leonie)』★★★★★

++++++++++++++++++

仕事の帰りに、深夜劇場に足を運んだ。
『レオニー』を観た。
観客は私たち夫婦を含めて、8人前後。
あの広い劇場が、ガラガラ。
「暇つぶし」と覚悟を決め、席に深く
体を沈めた。

が、それがとんでもないまちがいだった。
映画が始まると同時に、心がどんどんと
スクリーンの中に、吸い込まれていった。
レオニー役の女優が、嫁のデニーズに
瓜二つと言ってよいほど、似ていた。
加えてあのアメリカ人独特の、ジェスチャ、
目配りの仕方、反応の表し方などなど。
1カットごとに、デニーズを思い出していた。

が、そうした「ひいき目」を除いても、
星は5つの、★★★★★。
すばらしかった。
泣いた。
涙、ポロポロ。
またポロポロ。
横を見ると、めったに泣かないワイフまで、
ハンカチで顔を何度もぬぐっていた。
よかった。
映画が終わったとき、別の人生を駆け足で
走り抜けたような実感を、ズシリと覚えた。

実話をもとにしているだけに、フィクション
映画にありがちなスキがなかった。
人間の心が複雑にからみあいながらも、
ストーリーが矛盾なく流れていった。

劇場を出るとき、「よかったね」とワイフに
言うと、ワイフも「よかったね」と。
会話はそれだけ。
久々によい映画を観た。

++++++++++++++++++++

●二男

 数日前、二男と電話で話した。
その中で、二男がこう言った。
「ぼくはパパから学んだことが、ひとつある」と。
「何だ?」と聞くと、「パパは、借金はするなと言った。ぼくはそれを守っている。
だからみな周りの人たちは、借金漬けで困っているが、ぼくは借金がない。
だから、ぼくは楽だ」と。

 で、あれこれ私は説明した。

 この資本主義社会の中では、借金は避けて通れない。
またどんな事業を興すにも、個人の力には限界がある。
そこで借金、つまり株式制度というのが生まれた。
アメリカで、それが発展した。

 だから借金をしないのが、よいというのではない。
私も、土地を買ったり、家を建てたりするときには、借金をした。
が、その場合でも、「預金担保」といって、同額のお金を、まず定期預金にする。
その定期預金を担保に、お金を借りるという方法を使った。

 が、個人の立場でいうなら、借金はしないほうがよい。
若いころ、ある経営者が、こう教えてくれた。
その人は当時、浜松市市内で、1、2を争う電気通信企業の社長をしていた。

●生活の安定

 名前をYS氏と言った。
そのYS氏、こう教えてくれた。
「どんなにころんでも、家庭だけは守れ。最低限の収入は確保する。
それができたら、あまったお金と時間を使って暴れろ!」と。

 つまり家庭を維持するための最低限の収入は確保する。
またそれを守る。
冒険するのは、その外でしろ!」と。

 で、私はYS氏の教えを、かなり忠実に守った。
当時私は塾経営を、生活の基盤にしていた。
この仕事のよい点は、生活が安定すること。
単位時間当たりの収入は少ないが、急激な変化というのは、ない。

 それはそれとして、私は別の世界で、別の仕事をした。
翻訳に通訳、代筆に本の編集など。
貿易の手伝いもしたし、もちろん家庭教師や予備校の講師もした。
こうした仕事は、単位時間当たりの収入は多いが、不安定。
仕事が重なれば、徹夜。
なければ、ヒマ。

【アメリカの宗へ】

 誤解しないでほしいのは、「借金が悪」とぼくが言ったのではないということ。
必要なときは、借金もする。
ぼくも一度だけ、10円を借りたことがある。
どうしても電話をかけなければならなくなったときのこと。
10円硬貨をもっていなかった。
それで10円を借りた。
その10円が、ぼくにとっては生涯で、最初で最後の借金。
翌日、その貸してくれた人に、菓子箱をつけて10円、返しに行った。
相手の人は、驚いていたが……。

 ただ「借金をする」イコール、「他人にものを借りる」というのは、
最小限にしたいね。
どこかで人生観につながっている。
自分の時間は、自分のもの。
一瞬一秒、すべて自分のもの。
借金をするということは、その時間を、他人に譲り渡すようなもの。
ひどいばあいには、借金に追われるようになる。
そうなると、自分の時間など、どこかへ吹き飛んでしまう。
ばあいによっては、「家庭」そのものが、危機的な状態に追い込まれる。
つまり生活の基盤がゆらぐ。
それだけは、避けようね。

 どんなに貧しくても、またみずぼらしくても、「家庭(HOME)」だけは、大切に。
他人に譲り渡してはいけない。
家族を路頭に迷わせてはいけない。
つまりそれが「借金をするな」という言葉の意味と考えてほしい。

 ともかく、借金をすると、(たぶん?)、生き様が卑屈になる。
その相手に頭があがらなくなるからね。
自由と独立、プラス、尊厳を守るためにも、借金は避けたほうがいいよ。

 もしどうしてもお金が必要になったときは、ぼくに言いなさい。
無利子で、期限を付けないで、貸すよ。
ただしできるだけぼくと晃子が、元気なうちに、少しずつでもいいから、
返す……という条件は付くけどね。

 で、もう一言。

 支払いは、どんな支払いでも、ぼくは1週間以内にすますようにしている。
いくら相手が「来月でもいい」と言っても、そうしている。
相手を不安にさせないこと。
これはたがいの人間関係を、すがすがしくするためのコツではないかな?
どうか参考にしてほしい。

【浜松の周へ】

 幼児教育のすばらしい点は、楽しいこと。
それに幼児には、「汚れ」がない。
プラス、パワーに満ちあふれている。
今、YOUTUBEで、教室の様子を公開しているが、そうした様子を
ビデオを通して感じてもらえれば、うれしい。

 ぼくもよく気分が落ち込むが、幼児に接したとたん、気分がパッと晴れる。
だから最近は、こう思うようになった。
「ぼくのほうが、助けられている」と。

 幼児教育というと、多くの人は「幼稚教育」と考えている。
が、これはとんでもない誤解。
その奥は深い!
本当に深い!

 ぼくは20代のはじめは、法律を学んだ。
一応法学院にまで進んだ。
また20代から30代にかけては、東洋医学の勉強に没頭した。
同時に40歳前後まで、教材作りを「仕事」としてきた。
ぼくが制作、指導した市販教材は、無数にある。

 で、貴君も知っているように、その間に、カルト教団を相手に、本を5冊
書いた。
これは貴君も知っているように、命がけの闘いだった。
おかげで宗教とは何か。
それを自分なりにつかむことができた。

 そういう過去の経歴の上で、あえて断言する。
「幼児教育は奥が深い」と。
つまりそこに「私」の原点があると考えてほしい。
なぜ「私がここにいて、ここで生きているか」。
その原点がある。

 言うなれば白い箱の上に、さまざまな絵や模様をつけていく。
それが幼児教育ということになる。
もちろん、もとから箱の中にはいっているものもある。
が、それはそれ。

 その絵や模様が、「私」ということになる。
奥が深いというのは、そういう意味。
一生の仕事として、何ら恥じることはない。
ほとんどの人は、その価値にすら、気づいていない。

●教育とは

 数日前、窓の外の景色を見ながら、こんなことを考えた。
「教育とは何か?」と。

 私は自分の頭の中で、こう仮定してみた。
「もし、神様かだれかが、私を20歳のときまで戻してくれると言ったら、
私はそれに従うだろうか」と。
「ただしすべてを、一度、白紙にしたあと、戻す」と。

 しばらく考えてみたが、答はやはり、「NO!」だった。
また同じ人生を歩めと言われても、私にはできない。
またイチからやり直せと言われても、私にはできない。
私はこの40年間で、いろいろなことを学んできた。
けっして楽な道ではなかった。
平坦な道でもなかった。
私はあえて、肩書きや地位には、目もくれなかった。
むしろ背を向けて、生きてきた。
私は私。
どこまでもいっても、私は私。

 こんな生き様は、現代の社会では通用しない。
だからワイフは、よくこう言う。
「あなたは、どうしてあえて苦しい道ばかりを選ぶの?」と。
「組織をうまく利用すれば、もう少し楽な生き方ができたのに」とも。

 が、今になってみると、私は私でよかった。
私は自分の力で、ここまで生きてきた。
だからそれを再び、それを繰り返せと言われても、私にはできない。
つまりここに「教育」の意味がある。

 話がトンと飛躍したので、意味のわからない人も多いかと思う。
つまり私が言いたいのは、私がこの40年間で学んできたもの……知識や知恵、
経験や技能、それをつぎの世代に伝えていくのが、「教育」と。

 もう少しわかりやすく説明しよう。

 仮に今、私が20歳の、あの年齢まで戻ったとしよう。
もしそのとき、そこに「はやし浩司」の記録があり、それを手に入れることが
できたとしよう。
そうであるなら、私はそれをむさぼり読むだろう。
はやし浩司が40年かけて、学んだものを、そのまま自分のものにするだろう。
そうすれば、私は同じ人生を、繰り返さなくてもすむ。
私は、「はやし浩司」を土台に、さらに進んだ「私」をその上に構築することが
できる。
もし、そうなら、つまりそれができるなら、私は「YES!」と答える。
喜んで、20歳の時の私に戻る。

 つまり「教育」とは、何かと聞かれたら、私はこう答える。
つぎの世代の人たちの人生を、2倍、あるいは3倍にするもの、と。

●教育拒否症

 この日本では「教育」という言葉を耳にしただけで、拒絶反応を示す
人は多い。
とくに「教育評論家」という肩書きに、拒絶反応を示す人は多い。
「拒否的態度」と言い替えてもよい。
わかりやすく言えば、「教育」が嫌われている。

 それもそのはず。
「教育」という名のもと、よい思い出をもっている人は、ほとんどいない。
みな、イヤ〜ナ思い出ばかり。
私自身が、そうであるから、どうしようもない。
私も「教育評論家」という肩書きをもっている人が、好きではない。
中身がないくせに、偉そうなことばかり言う。
そんなイメージをもっている。

 自己弁解ぽいが、私はいつの間にか、「教育評論家」ということになって
しまった。
雑誌社や新聞社が、最初は、勝手に、そういう肩書きを私につけた。
「肩書きはどうしましょう?」というから、「適当に」と。
そう答えていたら、そうなってしまった。

 しかし私は名刺にも、その肩書きを使ったことはない。
あえて拒絶しなければならないようなことでもないから、今ではそのままに
しているが……。

 話が脱線したが、これは日本人にとっては、悲しむべき現象と考えてよい。
尾崎豊の「♪卒業」に表現されているように、教育を否定するということは、
若い人たちがみな、またイチからの人生を始めることを意味する。

 先人、つまり私たちが今まで積み重ねてきた、知識や知恵、経験や技能、
それらをまたイチから始めることを意味する。
私にたとえて言うなら、私という人間が、再び、頭の中を空っぽにして、
20歳へ戻るようなもの。
もし、そうなら、答は、「NO!」。
その「NO!」と言うような人生を、若い人たちは、自分で始めなければ
ならない。

●若い人たちへ

 どうして君たちは、謙虚になって、先人たちからものを学ばないのか。
マネをせよというのではない。
(「学ぶ」というのは、もとは、「まねる」が語源になっているというが……。)

 もし君たちが、ほんの少しでも、私たち先人の言葉に耳を傾けてくれたら、
そのまま私たちが身につけた、知識や知恵、経験や技能を、そのまま自分の
ものにすることができる。

 失敗を防ぐとか、そういう単純なことではない。
「私」という人間の人生を、ばあいによっては、2倍にも3倍にもして、
生きることができる。
ただ残念なことに、先にも書いたように、日本の「教育」は、おかしい。
どうおかしいかは、みなさんがよく知っている。
以前、私は学校について、「人間選別機関」という言葉を使った。
今でも、その性格は、色濃く残っている。
それに君たちは、苦しめられた。
私も苦しめられた。

 が、それが本当の教育ではない。
たとえば「受験教育」というのは、「教育」という名前を使っているが、
中身は、「指導」、もしくは「訓練」。
そういうものをもって、「教育」と誤解している。
錯覚している。

 では、教育とは何か。
それは先にも書いた。
『つぎの世代の人たちの人生を、2倍、あるいは3倍にするもの』と。

 それに気づいてくれれば、ひょっとしたら、教育に対するものの
考え方が変わるのではないか。
私の意見にも、耳を傾けてくれるのではないか。

「はやし浩司は教育評論家だ」と、どうか、毛嫌いしないでほしい。
またそういう目で私を見ないでほしい。

【息子たちへ】

 今すぐでなくてもいい。
いつか気が向いたら、ぼくが書いたものを読んでみてほしい。
貴君たちが、「パパは仕事ばかりしていた」「つまらない人間」と思っている
のは、よくわかっている。
が、こんなぼくでも、懸命に生きてきた。
無駄なこともしたし、貴君たちには、ずいぶんとつらい思いもさせてしまった。
しかし今、こんなふうに思う。

 何のことはない。
貴君たちはぼくがしてきたことを、繰り返しているだけではないか、と。
同じことをしているだけではないか、と。

 もちろん中身はちがうかもしれない。
ぼくが若いころそうであったように、貴君たちも今、こう考えている。
「ぼくは、親父とはちがう。
親父のようなつまらない人間ではない。
ぼくはぼくの道を歩んでいる。
親父とはちがった人間になる」と。
ぼくも、かつてはそう考えた。

 しかし今、ぼくという人間を客観的に見ると、ぼくはあの親父とどこも
ちがわない。
結局は、ぼくは親父が歩んできた道と同じ道を歩んでいるだけ。
もし若いころ、もっと謙虚になって、親父の話に耳を傾けていたら、ぼくは
自分の人生を、さらに長くすることができたかもしれない。

が、ぼくも若かった。
イチからすべてを始めてしまった。
今から思うと、それが残念でならない。

 ……少しセンチメンタルなことを書いた。
これもあの映画の影響かもしれない。
『レオニー』。
すばらしい映画だった。
機会があったら、貴君たちも観たらよい。

 でね、最後に一言。
これも繰り返しになるが、100年以上も前に、すでにぼく以上に、はるかに
濃密な人生を送った人がいた。
ぼくは、そういう先人たちの残した、知識や知恵、経験や技能を、何も生かして
いない。
それを知ったとき、ズシリとした重みを、心の中で実感した。

 どうか時間を無駄にしないように!
より豊かで、すばらしい人生を送ってほしい。

では、今日も始まった。
ぼくも貴君たちに負けないよう、がんばる。

はやし浩司 2010−11−27、朝記。
山荘にて。

【補記】

 若い人たちは、明治時代というと、遠い昔の時代のように思うかもしれない。
しかし人は年を取れば取るほど、過去のほうが自分に近づいてくるのを知る。

 たとえば20歳の人にとっては、100年前というのは、自分の人生の
5倍も昔ということになる。
しかし50歳の人にとっては、たったの2倍。
63歳の私にとっては、たったの1・58倍。
80歳の老人にとっては、さらにたったの1・25倍。

 つまり明治時代は、「昔」ではなく、ほんのつい「昨日」。
そういうふうにして、自分に近づいてくる。
言い替えると、明治時代そのものが、まだ私の心の中で息づいている。
よく「時代は変わった」と言う人がいる。
しかし何も変わっていない。
それが年を取れば取るほど、よくわかってくる。

 そんなことも考えながら、『レオニー』を観るとよい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 レオニー Leonie 映画・レオニー)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●北朝鮮問題


+++++++++++++++++


朝、ふとんの中で目を覚ます。
すぐには起きない。
しばらく暗闇の中で、あれこれ考える。
政治のこと、教育のこと、家族のことなど。
そのとき、(書きたいこと)が、モヤモヤ
とした感じで、浮かびあがってくる。
言うなれば、そのとき「方向性」が決まる。


たとえば今回の、北朝鮮による韓国攻撃。
被害者である韓国では、反北感情が、
頂点に達している。
海兵隊戦友会は、早々と、徹底報復を口にした。
「大韓民国を武力侵攻し、海兵隊戦友の命を
奪った金正日一党を即刻、無慈悲に懲らしめる
べき」(中央N報)と。
韓国軍部内では、発言力もあるが、影響力もある。
儒教国家。
オジーチャンの意見には、みな、従う。


しかしあんな国を、本気で相手にしてはいけない。
相手にする価値もない。
北朝鮮は、最後の、そのまた最後の悪あがきを
しているだけ。
国際世論を味方につけ、中国(北朝鮮ではない)
に圧力をかける。
中国が北朝鮮を援助しつづけるかぎり、北朝鮮は
安泰。
言い替えると、中国が動かないかぎり、北朝鮮
問題は解決しない。


そこで重要なことは、「中国がならずもの国家を
支援している」という事実を、国際社会で
浮かびあがらせること。
中国を孤立させること。
結果として、中国を動かす。


「中国は訳のわからない国」と、国際社会で
認識させる。
(実際、訳のわからない国だが……。)
それはそのまま日本の国益にかなう。
日本は、尖閣諸島問題をかかえている。
その先で、沖縄問題をかかえている。
「中台問題が片づけば、つぎは沖縄」。
中国は、そう考えている。
そのときを考えて、今から布石を打っておく。


北朝鮮は、本気で戦争をする気はない。
その力もない。
だいたい、今回の砲撃の理由が、「?」。
北朝鮮の領海内で演習したということを
理由にしているが、そのつぎには、こうある。
「(韓国政府は)たった5000トンしか、
穀物の援助をしてくれなかったから」と。


つまり満足な援助をしてくれなかったから、
攻撃した、と。
このことからだけでも、北朝鮮がいかに
おかしな国であるかが、わかる。
街のチンピラでも、そこまではしない。


日本政府は、公式には韓国に肩入れしても、
けっして深入りはしてはいけない。
当たる触らずというか、適当なところで一線
を引き、あとは静観。
韓国は日本の友好国ではない。
竹島問題ひとつ取りあげても、それがわかるはず。
またここで日本が騒げば、北朝鮮は、このときぞ
とばかり、日本に攻撃をしかけてくる。


で、問題はアメリカ。
黄海に、横須賀を母港とする原子力空母を
派遣するという。
こんなことをしたら、中国の反発を買うだけ。
北朝鮮がいきり立つだけ。
メキシコ湾のフロリダ沖に、中国の原子力空母を
並べるようなもの。
東京湾に、中国の原子力空母が入ってきたときを
想像してみればよい。


『真の平和は、相手国の平和を第一に考えてやった
ときに、やってくる』※(ネール)。


で、いまだにこう言っている人がいるのには、驚く。
「アメリカも北朝鮮と友好条約を結んでやれば
いいではないか」と。
しかしそんなことをすれば、その時点で、
日米安保条約は、形骸化する。
アメリカ本土が攻撃されないかぎり、アメリカは、
北朝鮮に手も足も出せなくなる。


つまりそれこそが、北朝鮮のねらい。
アメリカとの友好条約をとりつけたあと、
韓国ではなく、この日本に対して攻勢をしかけてくる。
「戦争」という言葉をちらつかせながら、日本に
戦後賠償請求をつきつけてくる。
その額、1000兆円!
日本の国家予算の10倍以上!
北朝鮮が10年ほど前、中国に打診した額である。
だから中国は、6か国協議に乗り出してきた。
ロシアも乗り出してきた。
目的は、ズバリ、JAPANマネー。


「平和はいいことだ」「話しあいはいいことだ」と、
のんきに構えていると、それこそ大変なことになる。


今、北朝鮮は、自滅の道をたどりながら、
最後の、そのまた最後の悪あがきを始めた。
国内経済は、ガタガタ。
人心も、バラバラ。
今回の攻撃にしても、報道によれば、170発
近くも砲撃しながら、延坪(ヨンピョン)島に着弾
したのは、たったの80発あまり。
着弾率は、47%。
「用意周到に準備した攻撃」(韓国各紙)にしては、
少しお粗末?


では、日本はどうすべきか。


私はもう10年以上も前から、こう書いている。
「北朝鮮を自滅に導く。
そのためには、人権問題を先頭に、北朝鮮を
しめあげる」と。
今の今も、その考えには、変わりはない。


今朝の報道によれば、北朝鮮は新型ミサイル
(ムスダン)の発射準備にとりかかり始めたという
(2010−11−25)。
遠く、イランと共同開発ということらしい。
この動きからもわかるように、標的は
ズバリ、この日本。
時間的猶予は、ますます残り少なくなってきた。


北朝鮮を自滅に追い込むには、どうすればよいか。
それを第一に考えて、行動する。
アメリカや韓国の尻馬に乗るようなことだけは、
ぜったいにしてはいけない。
わかりやすく言えば、国際社会で言うべきことは
言っても、「あとは、ほっておけ!」。
日本の知ったことではない。


(注※)『ある国の平和も、他国がまた平和でなければ、保障されない。この狭い相互に結
合した世界では、戦争も自由も平和も、すべて連帯している』(「一つの世界を目指して」)
と。


Hiroshi Hayashi++++Nov. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●NG先生へ

 みかん、ありがとうございました。
先日も話しましたように、山荘周辺のみかん畑はサル軍団のため、全滅。
引佐町で、ミカンを栽培しているところは、今、ほとんどありません。
おいしくいただきました。

●息子たちへ(はやし浩司 2010−11−26)

(浜松のSへ)

 禁煙はむずかしそうだね。
しかし負けるな!
健康とは維持するもの。
油断すると、健康の方から逃げていく。

(アメリカのSへ)

 昨日、芽依と誠司のクリスマスプレゼントを送っておいた。
芽依には、TOY CAMERA。
誠司には本と、ゲームソフト2本。
SAL便なので、たぶんクリスマスまでには、間に合うと思う。
少し早いが、メリークリスマス。

 電話で話したように、誠司の問題は、「はやし浩司 xxxx」で
検索してみてほしい。
参考になると思う。

(千葉のEへ)

 先日、ママのアドレスなどをメール送っておいたが、届いているか。
貴君のパソコンは、どうも「?」、という印象をもっている。
ウィルスチェックなどを、ちゃんとしているか?
それにパソコンには、パスワードをしっかりとかけること。


 こちら(パパ+ママ)は、みな、元気。
来年4月からは、Sが、ぼくの仕事を手伝ってくれるかもしれない。
頼むよ、S!
楽しい仕事だよ。

++++++++++++++++++

●北朝鮮問題(As to North Korea)

++++++++++++++++

以前、オーストラリアの国防省にいた
KD君より、メールが届いた。
現在の極東情勢を、客観的、かつ正確
に見抜いている。
たいへん興味深い。

++++++++++++++++

Dear Hiroshi, 

Thank you for sending me your article. 

原稿を送ってくれて、ありがとう。

North Korea has been planning these sorts of incidents for a long time. 
However the USA has been thinking about other things. First they got involved in Iraq 
and forgot about Asia and then they were worrying about the economic crisis. Now 
suddenly the USA realizes that the problems in Asia are still there. 

北朝鮮は、長い間、この種の事件を計画してきた。
しかしUSAは、ほかのことに気を取られていた。
ひとつはイラク問題。
そのためアジアの問題を忘れていた。
もうひとつは経済危機。
やっと今、USAは、アジアの問題がそこにあることに気がついた。

China does not want Korea to be united. China is happy for North Korea to cause a little 
bit of trouble. It can use this to bargain with the USA. 

中国は、南北朝鮮が統一されることを望んでいない。
中国は、このようなトラブルが起きたことを喜んでいる。
これを利用して、USAとバーゲン(取り引き)をすることができる。

There is no easy solution. As you write, North Korea will self-destruct eventually. 

簡単な解決方法はない。
君が書いているように、結果的に、北朝鮮は自己崩壊するだろう。

K,D


Hiroshi Hayashi++++++Nov 2010++++++はやし浩司(林浩司)

【2011年の抱負】

2010年を振り返ってみる。
この1年間を、一歩退いて見直してみる。
するとそこに、私という1人の人間が、
浮かびあがってくる。
そういう自分を改めて、ながめてみる。

何となく生き延びてきた。
しぶとく生き延びてきた。
そんな感じがする。
(少し暗いかな?)

現在(2010年11月末)、私は63歳と1か月。
体のあちこちが、ガタガタしてきた。
同じ姿勢でいると、体がこわばる。
後頭部の神経痛がときどき起こる。
足裏の腱しょう炎が治ったと思ったら、
今度は右肩の腱しょう炎。
これが数か月単位で長引いた。

人というのは、急に死ぬのではない。
もちろんそういう病気もある。
心筋梗塞とか脳梗塞。
そういう病気では、急に死ぬ。
そうでなければ人は、少しずつ「死」に向かって
歩いていく。
つまり健康とは、今までは維持するものだった。
それが今は、健康とは、少しずつ失っていくもの。
この1年間で、それが自分でもよくわかった。

2011年は、そんなわけで、健康との闘いが
テーマになりそう。
失われていく健康を、どう食い止めるか。
・・・というより、ふと油断したようなとき、
病気は、後ろから襲ってくる。
友人のOKさんがそう話してくれた。
OKさんは、現在、血液のがんと闘っている。
私より数歳、若い。

つぎに「流れ」。
連続的な緊張感を、「流れ」という。
東洋医学でも、『流水は腐らず』と教える。
精神も肉体も、流れが止まったとたん、腐り始める。
その「流れ」を、どう維持するか。
連続的な緊張感を、どう維持するか。
具体的には、仕事+活動。
収入を考えた仕事と、まったく収入を考えない活動。
この2つを両立させる。

2010年は、それをうまく両立させることができた。
2011年も、それをつづける。
平たく言えば、「現状維持」。
現状維持ができるだけも、御の字。
そう考えて、それ以上のことは、望まない。
冒険しない。
日々に、平穏を旨とする。

・・・ということで、年齢というのは
私の一側面に過ぎない。
残りの大部分は、2010年のまま。
そう考えて、今までどおり、2011年も
現状維持を第一に考えて、何とか
生き延びてやる。
しぶとく生き延びてやる。
それが2011年の抱負ということになる。


Hiroshi Hayashi++++Nov. 2010++++++はやし浩司・林浩司

●限界

++++++++++++++++++

最近、ときどき限界を強く感ずるようになった。
いくらがんばっても、いくらもがいても、
そこにある壁を破ることができない。
どうしてもできない。

「壁」といっても、「心の壁」。
自分で自分を、うまくコントロールできない。
何ごとも悪いほうへ、悪いほうへと考えてしまう。
つまり落ち込む。
それではいけないと、自分に言って聞かせる。
が、別の「私」がそこにいて、勝手に動き回る。
いじけたり、すねたり、ひがんだり・・・。

そういうときふと弱気になる。
神や仏に、すがりたくなる。
数日前も、『♪Amazing Grace』
(アメージング・グレイス)を口ずさんでいたら、
涙がこぼれた。

私は仏教徒というよりは、キリスト教徒。
できるだけ半々くらいにしたいとは
思うが、どうしてもキリスト教のほうに
傾いてしまう。

クリスマスが近いこともある。
このところ毎日、孫へのプレゼントは
何にしようかと悩んでいる。
そのせいか?
私はそういう点では、単細胞。
単純。
それでキリスト教徒?

++++++++++++++++++

●『Amazing Grace』

 英語の「アメージング・グレイス」をどう訳すか。
かなりの英語力のある人でも、むずかしいのではないか。
直訳すれば「驚きの・優雅さ」となる。
が、もちろんそんな意味ではない。
ヒントは、歌詞の最後にある。
「グレイス、終わりなき愛(Unending Love)」とある。
つまり神の包括的な深い愛、それを「グレイス」という。

 これは私の勝手な解釈によるものなので、「?」に思う人も多いだろう。
しかしそういうふうに解釈すると、「アメージング」の意味もわかってくる。
「突然、私は神の深い愛に触れた」と。
だから歌の題名の「Amazing Grace」を訳すとしたら、
「尊き神の深い愛」でよいのではないか。


Hiroshi Hayashi++++++Nov 2010++++++はやし浩司(林浩司)

【理想的な人間とは】

●義兄の夢

 もうひとつ、最近、突飛もないことを考えるようになった。
きっかけは、義兄だった。
義兄がこう言った。
「ぼくね、浩司さん、宇宙人に会ったら、UFOを一隻もらうんだよ。
それに乗ってね、世界中の人たちに平和を説き、世界中から核兵器をなくすんだよ」と。

 ここでいうUFOには、人知をはるかに超えた、能力と技術が備わっている。
たとえば1000台の戦車も、一瞬にして灰にすることができる。

 私も心のどこかで似たようなことを考えたことはある。
しかしそれを打ち消す負の力のほうが強く、それ以上のことは考えなかった。
が、それを義兄が口にした。
驚いた。
「ぼくも同じようなことを考えたことがあります」と。

 しかし宇宙人がいたとしても、私のような人間など、選ばない。
それこそ『気xxx(=mad man)に刃物』ということになりかねない。
世界をメチャメチャにしてしまうかもしれない。

●人選

 宇宙人がいたとする。
その宇宙人が、1人の人間を選ぶとしたら、どんな人間を選ぶだろうか。
当然、神々しい人間ということになるが、狂信的な意味で、神々しい人
というのは、好ましくない。
毎日、朝晩、「神よ」「神よ」と賛美歌だけを歌っているような人では困る。
つまり崇高な哲学観をもった、現実主義的な人でないと困る。

 となると、大学の研究者かということになるが、そういう人でも、これまた困る。
(現実)との接点が弱い。
最近の研究者と言われる人たちは、細分化され、さらに細分化された世界のみ
で、生きようとしている。
専門家としての立場を守ろうとしている。
小さな、そのまた小さな世界のことはよく知っている。
しかしその世界だけのことしか、知らない。
「研究バカ」(失礼!)という言葉も、そんなところから生まれた。

 となると、人間社会の最下層で、苦労をし尽くした人が好ましい。
が、ここでもまた別の問題が生まれてくる。
苦労したといっても、その一方で、その上に熟成された知性と理性がなければならない。
日々の生活に追われ、「ものを考えるヒマもなかった」というような人では困る。

・・・と考えていくと、候補者がいなくなってしまう。

●理想的な人間

 この問題は、実は、きわめて重要な命題を含んでいる。
「どういう人間を、理想的な人間というか」と。
あるいはあなたなら、つまりあなたが宇宙人なら、どんな人間を、人間の
代表として選ぶだろうか。
選んで、こう命令するだろうか。

「君に、UFOを一機あげる。このUFOを思う存分使って、地球を平和な
惑星にしなさい」と。

 もちろん私なら、(私が選ばれることは、ぜったいにないが)、即座に断わる。
私には、独裁者的な性格が潜んでいる。
自分でも、それがよくわかっている。
つまり危険人物。

もし私が好戦的だったら、そのもてる武器によって、人類を破滅に導く
かもしれない。
核兵器どころの話ではない。
小型のブラックホール爆弾や、反重力爆弾によって、惑星どころか、太陽系全体を
消滅させてしまうことも可能。

 となると、1人のリーダーに任すというよりは、国際連合のような組織に、
任せたほうがよい。
世界中から賢人を集めて、その賢人たちに、意思を決定させる。
その決定に従って、忠実な実行者がUFOを操る。
結局は、そういう方法がベストということになる。

●結論

 結論を先に言えば、人間には、まだその資格はないということ。
「その」というのは、宇宙人がもっているような技術をもち、宇宙へ飛び出すような
資格をいう。
むしろ逆。
私が宇宙人なら、人間が宇宙へ飛び出してくるのを、どんな方法を使ってでも、阻止
する。
人間という生物は、実に、危険極まりない。
今の今ですら、そこらのサルが、ライフル銃を撃つようなことを平気でしている。
そんな生物が宇宙へ飛び出してきたら、この宇宙は、どうなるか。
宇宙人だって、それをよく知っている。
(もし、いれば……の話だが。)

 宇宙開発。
それはそれで結構なことだが、同時に2つのことを私たち人間はしなければならない。

(1)個の哲学の確立。
(2)宇宙開発をコントロールする国際機関の確立。

私「ぼくは権力をもったことがないので、よくわからないのですが、権力には、
恐ろしい魔力がありますよ」
兄「魔力ねえ……」
私「それにとりつかれると、ものの考え方が一変します」
兄「なるほど。それはこわいね」
私「そうなんです。いくら高邁(こうまい)な哲学をもっていたとしても、その魔力
の前では、ひとたまりもない」
兄「やっぱり、やめるかなあ」
私「そうですね。やめたほうがいい」と。

 義兄には言わなかったが、ついでに私はこんなことも考えた。

 逆に、あなたが、サルの惑星かどこかに落とされたことを考えてみればよい。
宇宙のどこかに、サルが支配する惑星があったとする。
あなたは、そこへ落とされた。
二度と、地球へは帰れない。

 そこではあなたは神のような存在になる。
あなたは独裁者として君臨する。
何十億匹ものサルの指導者となる。
が、あなたははたしてそんな世界で、満足感を覚えることができるだろうか。

 私は、「できない」と思う。

+++++++++++++++++

今日(11月26日)も始まった。
がんばろう!

みなさん、おはようございます!


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 5日
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【ゲーム中毒の子どもたち】

●韓国のネット中毒(ゲーム脳)

+++++++++++++++

相変わらず韓国では、ネット中毒
患者による、悲惨な事件がつづいて
いる。

今朝の時事通信も、こんなニュースを
伝えている。
しかしこういうニュースが話題になるだけ、
韓国社会は健全と考えてよい。
この日本では、ニュースにもならない。
なぜか?

そのヒントは、このニュースの末尾に
ある。
よく目を凝らして読んでみてほしい。

++++++++++++++++

********以下、韓国・より**********

 【ソウル時事】

 韓国南部の釜山で最近、オンラインゲームのやり過ぎをとがめられたことに激高した中
学3年の少年が、母親を絞殺し、自らも命を絶つ事件が起きた。ネット先進国といわれる
韓国では、青少年の「ゲーム中毒」が深刻な社会問題となっており、対策が求められてい
る。

 韓国メディアによると、少年は幼いころからオンラインゲームにのめり込み、銃や剣を
使うゲームを好んでいた。母親を殺害後、「コンピューターのことでお母さんとけんかをし、
興奮してしまった」との遺書を残し、首をつった。同国では今年2月にも20代の男性が同
様の理由で母親を殺害している。

 行政安全省傘下の情報化振興院によれば、同国青少年(9〜19歳)の12.8%に当たる
93万8000人が「ネット中毒」で、このうちの大部分が「オンラインゲーム中毒」とされ
る。ゲームをしないと禁断症状が現れ、日常生活への支障がある状態で、アルコールや幻
覚剤の中毒と症状が近いという。

 学力が低下し、社会に適応できなくなるほか、釜山の事件のように暴力性の高いゲーム
をやり過ぎ、実際の暴力に及ぶ例もある。背景には激烈な受験戦争のストレスもあるとい
われる。同院は、ゲーム中毒のまん延は国家的損失とみなし、小中高校への訪問相談や、
ゲーム禁止のキャンプなどの対策に取り組んでいる。

 午前0〜6時の青少年のオンラインゲームを禁じる法改正案も国会に提出された。しかし、
有力な輸出産業であるゲーム業界の反対もあり、立法化に至っておらず、有効な対策をな
かなか打ち出せていない。 

********以上、韓国・より**********

●禁断症状

 時事通信は、「行政安全省傘下の情報化振興院によれば、同国青少年(9〜19歳)の12.
8%に当たる93万8000人が「ネット中毒」で、このうちの大部分が「オンラインゲーム中
毒」とされる」と伝えている。

 が、この日本では、ゲームを批判しただけで、熱心なゲーマーから嵐のような抗議を受
ける。
どう受けるかは、「ゲーム脳」という言葉を最初に使った、某教授も告白している。
その一方で、「ゲーム脳などというのはありません」と主張した某教授のところには、
仕事が殺到し、今ではこの世界では、カリスマ的な存在になっている。

 その韓国。
数字が具体的に表示されている。

「……同国青少年(9〜19歳)の12.8%に当たる93万8000人がネット中毒」と。

 どの程度のレベルを「ネット中毒」と診断してよいのか。
その診断基準はあるのか。
そういった問題点もある。
さらに「パソコン中毒」「携帯電話中毒」とどう区別するのか。
そういった問題点もある。

またゲームといっても、内容はざまざま。
将棋のようなゲームもあれば、スピードを競う、ドライブゲームのようなものもある。
問題になっているのは、「少年は幼いころからオンラインゲームにのめり込み、銃や剣を使
うゲームを好んでいた」(時事通信)ということらしい。

 が、健全なゲーム(?)だからといって、安心できない。
TBS−iは、こんなニュースも報道している。

**********以下、TBS−iより(2010−11−18)*******

 ……韓国政府によると、韓国国内のネット中毒患者はおよそ190万人。今年3月には
夫婦そろって「育児ゲーム」にのめり込み、生後3か月の娘を餓死させる事件が起きるな
ど社会問題化しています。

 さらにネット中毒の低年齢化も進んでいて、来年から予防対象を幼児にまで拡大するこ
とが決まっています。

**********以上、TBS−iより(2010−11−18)*******

 「夫婦そろって、育児ゲームにのめりこみ……」と。
「育児ゲームなら問題ないのでは?」という常識は、この世界では、通用しない。

●禁断症状

 ゲーム漬けの子どもに、特異な症状が現れることは、教育界では常識。
ほかの子どもたちと比較してみると、それがよくわかる。
「どこかおかしい?」「どこかへん?」という症状に併せて、一度ゲームをさせると、
今度は一転、別人のようになってしまう。
その「落差」が、ここでいう「特異な症状」ということになる。

 「どこかおかしい?」というのは、たとえばゲームをしていないときは、(1)
ボーッとした表情で何を考えているかわからない。(2)突発的に、ふつうでない行動
に走る。(3)ものの考え方が衝動的、ゲーム的になる。が、ひとたびゲームをはじめると、
(4)別人のように無表情になり、能面的になる。(5)何時間もゲームをつづける、など。
もちろん(6)他者との良好な人間関係が結べなくなる。

 そうした子どもについては、たびたび書いてきた。
で、禁断症状についてもたびたび書いてきた。
たとえば携帯電話症候群というのもある。
これは子どもにかぎらない。
おとなでも、さらに家庭の主婦でも、携帯電話を片時も離さない人は多い。
『弁当を忘れても、携帯電話は忘れない』と、そういう人は、よくそう言う。
そういう人から携帯電話を奪ったら……。
やはりここでいう禁断症状が現れる。
中には落ち着いて仕事ができなくなる人も多い。

●ゲーム業界

 『……有力な輸出産業であるゲーム業界の反対もあり、立法化に至っておらず、有効な
対策をなかなか打ち出せていない』と。

 少し前、「ゲーマーの世界がカルト化している」と書いたことがある。
こうした記事を書くと、すかさず反応(コメントや書き込み)が入る。

 「このオッサン……頭がおかしいんじゃないの。
ゲームと現実の区別くらい、つくヨ〜〜。
テメエの息子たちは、大丈夫なのかヨ〜〜」と。

 こうした批判は、ネットのあちこちに書き込まれているから、興味のある人は、
検索をかけてみたらよい。
「はやし浩司」で検索してみれば、100〜150番目あたりから、急速にそういった
批判が目にとまるようになる。

 が、問題は、「ゲーム業界」。
韓国でさえ、こうした「ゲーム業界の力」が働いている。
いわんやこの日本をや……と書きたいが、この日本では、不思議なことに、本当に
不思議なことに、「ゲーム中毒」すら話題にならない。
現実はむしろ逆で、あのポケモンにしても、ゲーマーの世界では、「子どもの夢」と
位置づけられている。
言い替えると、それだけゲーム業界の「力」が、韓国とは比較にならないほど強いと
考えてよい。

日本人の脳みそだけ、ほかのアジア人とはちがうということは、ありえない。

●脳のCPU(中央演算装置)

 話はぐんと脱線するが、私はこんな経験をしている。

 私が子どものころは、まだ馬に引かれた馬車が、通りを歩いていた。
車も走っていたが、どこか遠慮がちだった。
町中で、庭のある家は、ほとんどなかった。
つまり道路が私たちの遊び場であり、おとなにとっては、職場だった。
私の実家は小さな自転車屋だったが、道路があったおかげで、それなりに仕事ができた。
道路に大きく自転車を並べても、文句を言う人はいなかった。

 が、車社会の発展とともに、道路の性格は大きく変わった。
その結果が「現在」ということになる。
とくに歩道のない旧街道のような通りは、悲惨である。
店という店は、総じてシャッターを下ろした。
私の近所にも、「雄踏(ゆうとう)街道」と呼ばれる昔からの街道がある。
が、その街道で今でも商売をつづけている商店は、ほとんどない。

 この問題と脳のCPUとどう関係があるか?

 つまり今の若い人たちに、「道路の性格は変わった」という話をしても、恐らく
理解できないだろうということ。
昔から道路というものは、そういうものだったと思っているにちがいない。
またそういう前提で、ものを考える。
だから道路に植木鉢をひとつ置いただけでも、「じゃま」と、それを排除してしまう。

 こうしたズレが積み重なって、「狂い」となる。
あまりよいたとえではないことはわかっている。
たまたまこの原稿を書いているとき、ふと「道路」の話が横切った。
それで書いたが、しかし人は、ある日突然、狂うわけではない。
徐々に少しずつ、時間をかけて狂う。
もちろんたいはんの子どもは、(おとなも)、現実とゲームの世界を区別できる。
が、中には、その区別ができなくなる子どもが、現れる。
それをどう防ぐか。
それが問題と、私は書いている。

++++++++++++++++

古い原稿だが、2003〜5年に
かけて書いた原稿を紹介します。

++++++++++++++++

【ゲーム脳】

++++++++++++++++++++

「ゲーム脳はあるのか、それともないのか?」

これについての記事を、「毎日JP」より、抜粋
してみる。

++++++++++++++++++++

●火付け役は、、森昭雄・日本大教授(脳神経科学)。
曰く、

 『・・・「15年間、ゲームを毎日7時間やってきた大学生は無表情で、約束が100%
守れない」「ゲームは慣れてくると大脳の前頭前野をほとんど使わない。前頭前野が発達し
ないとすぐキレる」
 森教授は02年、「ゲーム脳」仮説を提唱した。テレビゲームをしている時には脳波の中
のベータ波が低下し、認知症に似た状態になると指摘。その状態が続くと前頭前野の機能
が衰えると警告した。単純明快なストーリーはマスコミに乗って広がり、暴力的な描写に
眉(まゆ)をひそめる教育関係者や、ゲームをやめさせたい親に支持された』(毎日JPよ
り)と。

 これに対して、「森教授の意見には、学術的な裏付けがない」と批判する人も多い。

『・・・森教授は一般向けの本や講演を通して仮説を広めてきた。本来、仮説は他の科学
者が同じ条件で試すことで初めて科学的な検証を受けるが、その材料となる論文はいまだ
に発表されていない。
 手法にも批判がある。森教授は自ら開発した簡易型脳波計による計測で仮説を組み立て
たが、複雑で繊細な脳機能をその手法でとらえるのは不可能、というのが専門家の共通し
た見方だ』(毎日JPより)と。

●利潤追求の世界

 こうした批判を尻目に、ゲーム業界は、大盛況。
その先頭に立たされているのが(?)、東北大加齢医学研究所の川島隆太教授(脳機能イメ
ージング)。
ここで注意しなければならないのは、川島隆太教授自身は、「加齢医学」が専門。
その研究に基づいて、

『・・・認知症の高齢者16人に半年以上学習療法を受けてもらった結果、認知機能テス
トの成績が上がったと報告。何もしなかった16人の成績が低下傾向だったことから「認
知機能改善に効果がある」と考察した』(2003年)(毎日JPより)と。

 これにゲーム業界が飛びついた(?)。

『・・・こうした成果を企業が応用したのが、脳を鍛えるという意味の「脳トレ」だ。0
6年の流行語となり、川島教授の似顔絵が登場する任天堂のゲームソフト「脳を鍛える大
人のDSトレーニング」は、続編も含め1000万本以上を売り上げた』(毎日JPより)
と。

 こうして今やこの日本は、上も下も、「脳トレ」ブーム。
「1000万本」という数字は、そのほんの一部でしかない。

 もちろん批判もある。

『・・・ ただ、脳トレの過熱を心配する声もある。日本神経科学学会会長の津本忠治・
理化学研究所脳科学総合研究センターユニットリーダーは、「川島氏の研究は科学的な手続
きを踏んでいるが、認知機能の改善が本当に学習療法だけによるかはさらなる研究が必要
だ。『改善した』という部分だけが拡大解釈され広がることで、計算さえやれば認知症にな
らないと思い込む人が出てくるかもしれない」と話す』(毎日Jより)と。

●三つ巴の論争

 現在、「ゲーム脳支持派の森教授vsゲーム脳否定派の川島教授」という構図ができあが
ってしまっている。
しかし実際には、この両教授が、ゲーム脳を間に、対立しているわけではない。

 森教授は、「ゲームばかりしていると、危ない」という警鐘を鳴らした。
一方川島教授は、ここにも書いたように、「老人の認知機能」が専門。
その立場で、「脳トレは(ボケ防止には)効果がある」と、自説を発表した。

 が、一方、教育の世界には、『疑わしきは罰する』という原則がある。
(私が考えた原則だが・・・。)
完全に安全が確認されるまで、あやしげなものは、子どもの世界からは遠ざけたほうがよ
い。
事実、私は1日に何時間もゲームばかりしている子どもを、よく知っている。
中には、真夜中に突然起きあがって、ゲームをしている子どももいる。
もともとおかしいから、そうするのか、あるいはゲームばかりしているから、おかしいの
か?
それは私にもわからないが、このタイプの子どもは、どこか、おかしい。
そういう印象を与える子どもは、少なくない。

(1)突発的に感情的な行動を繰り返す。
(2)日中、空をぼんやりと見つめるような愚鈍性が現れる、など。

「ゲーム脳」があるかないかという論争はさておき、その(おかしさ)を見たら、だれだ
って、こう思うにちがいない。

「ゲームは本当に安全なのか?」と。

 そうでなくても、「殺せ!」「つぶせ!」「やっつけろ!」と、心の中で叫びながらするゲ
ームが、子どもの心の発育に、よい影響を与えるはずがない。
ものごとは常識で考えたらよい。
(もちろんゲームといっても、内容によるが・・・。)

 仮に百歩譲っても、認知症患者に効果があるからといって、子どもや、若い人たちにも
効果があるとはかぎらない。

●脳トレへの疑問

 私も脳トレなるものを、さまざまな場面で経験している。
それなりに楽しんでいる。
しかし子どもの知能因子という分野で考えるなら、脳トレで扱っている部分は、きわめて
狭い世界での訓練にすぎない。

 たとえば教育の世界でいう「知的教育」というのは、広大な原野。
脳トレというのは、その広大な原野を見ないで、手元の草花の見分け方をしているような
もの。
あまりよいたとえではないかもしれないが、少なくとも、脳トレというのは、「だからそれ
がどうしたの?」という部分につながっていかない。

 仮にある種の訓練を受けて、それまで使っていなかった脳が活性化されたとする。
それはそれで結構なことだが、「だからといって、それがどうしたの?」となる。
もう少し具体的に書いてみたい。

 たとえば脳トレで、つぎのような問題が出たとする。

+++++++++++++

【問】□には、ある共通の漢字が入る。それは何か。

 □草、□問

+++++++++++++

 答は※だが、こうした訓練を重ねたからといって、それがどうしたの?、となる。
というのも、私はこうして今、文章を書いているが、こうした訓練は、常に、しかも一文
ごとにしている。
的確な言葉を使って、わかりやすくものを書く。
的確な言葉をさがすのは、ほんとうに難しい。
さらにそれを文章にし、文章どうしをつなげるのは、ほんとうに難しい。

つまりこうした脳トレを繰り返したところで、(よい文章)が書けるようになるとは、かぎ
らない。
・・・書けるようになるとも、思わない。

 それ以上に重要なことは、本を読むこと。
文章を自分で書くこと。

 つまり本を読んだり、文章を書くことが、先に書いた「広大な原野」ということになる。
(※の答は、「質」。)

●疑わしきは罰する

 子どもの世界では、疑わしきは罰する。
先手、先手で、そうする。
以前、ゲーム脳について書いた原稿をさがしてみた。
5年前(05年9月)に書いた原稿が見つかった。
それをそのま、手を加えないで、再掲載する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【ゲーム脳】(05年9月の原稿より)

++++++++++++++++++++++

ゲームばかりしていると、脳ミソがおかしくなるぞ!

+++++++++++++++++++++++

最近、急に脚光を浴びてきた話題に、「ゲーム脳」がある。ゲームづけになった脳ミソを「ゲ
ーム脳」いう。このタイプの脳ミソには、特異的な特徴がみられるという。しかし、「ゲー
ム脳」とは、何か。NEWS WEB JAPANは、つぎのように報道している(05
年8月11日)。

『脳の中で、約35%をしめる前頭葉の中に、前頭前野(人間の拳程の大きさで、記憶、
感情、集団でのコミュニケーション、創造性、学習、そして感情の制御や、犯罪の抑制を
も司る部分)という、さまざまな命令を身体全体に出す司令塔がある。

この司令塔が、ゲームや携帯メール、過激な映画やビデオ、テレビなどに熱中しすぎると
働かなくなり、いわゆる「ゲーム脳」と呼ばれる状態になるという。それを科学的に証明
したのが、東北大のK教授と、日大大学院のM教授である』(以上、NEWS WEB J
APAN※)。

 つまりゲーム脳になると、管理能力全般にわたって、影響が出てくるというわけである。
このゲーム脳については、すでに、さまざまな分野で話題になっているから、ここでは、
省略する。要するに、子どもは、ゲームづけにしてはいけないということ。

 が、私がここで書きたいのは、そのことではない。

 この日本では、(世界でもそうかもしれないが)、ゲームを批判したり、批評したりする
と、ものすごい抗議が殺到するということ。上記のK教授のもとにも、「多くのいやがらせ
が、殺到している」(同)という。

 考えてみれば、これは、おかしなことではないか。たかがゲームではないか(失礼!)。
どうしてそのゲームのもつ問題性を指摘しただけで、抗議の嵐が、わき起こるのか?

 K教授らは、「ゲームばかりしていると、脳に悪い影響を与えますよ」と、むしろ親切心
から、そう警告している。それに対して、(いやがらせ)とは!

 実は、同じことを私も経験している。5、6年前に、私は「ポケモンカルト」(三一書房)
という本を書いた。そのときも、私のところのみならず、出版社にも、抗議の嵐が殺到し
た。名古屋市にあるCラジオ局では、1週間にわたって、私の書いた本をネタに、賛否両
論の討論会をつづけたという。が、私が驚いたのは、抗議そのものではない。そうした抗
議をしてきた人のほとんどが、子どもや親ではなく、20代前後の若者、それも男性たち
であったということ。

 どうして、20代前後の若者たちが、子どものゲームを批評しただけで、抗議をしてく
るのか? 出版社の編集部に届いた抗議文の中には、日本を代表する、パソコン雑誌の編
集部の男性からのもあった。

 「子どもたちの夢を奪うのか!」
 「幼児教育をしながら、子どもの夢が理解できないのか!」
 「ゲームを楽しむのは、子どもの権利だ!」とか何とか。

 私の本の中の、ささいな誤字や脱字、どうでもよいような誤記を指摘してきたのも多か
った。「貴様は、こんな文字も書けないのに、偉そうなことを言うな」とか、「もっと、ポ
ケモンを勉強してからものを書け」とか、など。

 (誤字、脱字については、いくら推敲しても、残るもの。100%、誤字、脱字のない
本などない。その本の原稿も、一度、プロの推敲家の目を経ていたのだが……。)

 反論しようにも、どう反論したらよいかわからない。そんな低レベルの抗議である。で、
そのときは、「そういうふうに考える人もいるんだなあ」という程度で、私はすませた。

 で、今回も、K教授らのもとに、「いやがらせが、殺到している」(同)という。

 これはいったい、どういう現象なのか? どう考えたらよいのか?

 一つ考えられることは、ゲームに夢中になっている、ゲーマーたちが、横のつながりを
もちつつ、カルト化しているのではないかということ。ゲームを批判されるということは、
ゲームに夢中になっている自分たちが批判されるのと同じ……と、彼らは、とらえるらし
い(?)。おかしな論理だが、そう考えると、彼らの心理状態が理解できる。

 実は、カルト教団の信者たちも、同じような症状を示す。自分たちが属する教団が批判
されたりすると、あたかも自分という個人が批判されたかのように、それに猛烈に反発し
たりする。教団イコール、自分という一体感が、きわめて強い。

 あのポケモン全盛期のときも、こんなことがあった。私が、子どもたちの前で、ふと一
言、「ピカチューのどこがかわいいの?」ともらしたときのこと。子どもたちは、その一言
で、ヒステリー状態になってしまった。ギャーと、悲鳴とも怒号ともわからないような声
をあげる子どもさえいた。

 そういう意味でも、ゲーム脳となった脳ミソをもった人たちと、カルト教団の信者たち
との間には、共通点が多い。たとえばゲームにハマっている子どもを見ていると、どこか
狂信的。現実と空想の世界の区別すら、できなくなる子どもさえいる。たまごっちの中の
生き物(?)が死んだだけで、ワーワーと大泣きした子ども(小1女児)もいた。

これから先、ゲーム脳の問題は、さらに大きく、マスコミなどでも、とりあげられるよう
になるだろう。これからも注意深く、監視していきたい。

 ところで、今日の(韓国)の新聞によれば、テレビゲームを50時間もしていて、死ん
でしまった若者がいるそうだ。たかがゲームと、軽くみることはできない。

注※……K教授は、ポジトロンCT(陽電子放射断層撮影)と、ファンクショナルMRI
(機能的磁気共鳴映像)いう脳の活性度を映像化する装置で、実際にゲームを使い、数十
人を測定した。そして、2001年に世界に先駆けて、「テレビゲームは前頭前野をまった
く発達させることはなく、長時間のテレビゲームをすることによって、脳に悪影響を及ぼ
す」という実験結果をイギリスで発表した。

この実験結果が発表された後に、ある海外のゲーム・ソフトウェア団体は「非常に狭い見
識に基づいたもの」というコメントを発表し、教授の元には多くの嫌がらせも殺到したと
いう(NEWS WEB JAPANの記事より)。

(はやし浩司 ゲーム ゲームの功罪 ゲーム脳 ゲームの危険性)

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●ゲーム脳(2)

【M君、小3のケース】

 M君の姉(小5)が、ある日、こう言った。「うちの弟、夜中でも、起きて、ゲームをし
ている!」と。

 M君の姉とM君(小3)は、同じ部屋で寝ている。二段ベッドになっていて、上が、姉。
下が、M君。そのM君が、「真夜中に、ガバッと起きて、ゲームを始める。そのまま朝まで、
していることもある」(姉の言葉)と。

 M君には、特異な症状が見られた。

 祖父が、その少し前、なくなった。その通夜の席でのこと。M君は、たくさん集まった
親類の人たちの間で、ギャーギャーと笑い声で、はしゃいでいたという。「まるで、パーテ
ィでもしているかのようだった」(姉の言葉)と。

 祖父は、人一倍、M君をかわいがっていた。その祖父がなくなったのだから、M君は、
さみしがっても、よいはず。しかし、「はしゃいでいた」と。

 私はその話を聞いて、M君はM君なりに、悲しさをごまかしていたのだろうと思った。
しかし別の事件が、そのすぐあとに起きた。

 M君が、近くの家の庭に勝手に入り込み、その家で飼っていた犬に、腕をかまれて、大
けがをしたというのだ。その家の人の話では、「庭には人が入れないように、柵がしてあっ
たのですが、M君は、その柵の下から、庭へもぐりこんだようです」とのこと。

 こうした一連の行為の原因が、すべてゲームにあるとは思わないが、しかしないとも、
言い切れない。こんなことがあった。

 M君の姉から、真夜中にゲームをしているという話を聞いた母親が、M君から、ゲーム
を取りあげてしまった。その直後のこと。M君は狂ったように、家の中で暴れ、最後は、
自分の頭をガラス戸にぶつけ、そのガラス戸を割ってしまったという。

 もちろんM君も、額と頬を切り、病院で、10針前後も、縫ってもらうほどのけがをし
たという。そのあまりの異常さに気づいて、しばらくしてから、M君の母親が、私のとこ
ろに相談にやってきた。

 私は、日曜日にときどき、M君を教えるという形で、M君を観察させてもらうことにし
た。そのときもまだ、腕や顔に、生々しい、傷のあとが、のこっていた。

 そのM君には、いくつかの特徴が見られた。

(1)まるで脳の中の情報が、乱舞しているかのように、話している話題が、めまぐるし
く変化した。時計の話をしていたかと思うと、突然、カレンダーの話になるなど。

(2)感情の起伏がはげしく、突然、落ちこんだかと思うと、パッと元気になって、ギャ
ーと騒ぐ。イスをゴトゴト動かしたり、机を意味もなく、バタンとたたいて見せたりする。

(3)頭の回転ははやい。しばらくぼんやりとしていたかと思うと、あっという間に、計
算問題(割り算)をすませてしまう。そして「終わったから、帰る」などと言って、あと
片づけを始める。

(4)もちろんゲームの話になると、目の色が変わる。彼がそのとき夢中になっていたの
は、N社のGボーイというゲームである。そのゲーム機器を手にしたとたん、顔つきが能
面のように無表情になる。ゲームをしている間は、目がトロンとし、死んだ、魚の目のよ
うになる。

 M君の姉の話では、ひとたびゲームを始めると、そのままの状態で、2〜3時間はつづ
けるそうである。長いときは、5時間とか、6時間もしているという。(同じころ、12時
間もゲームをしていたという中学生の話を聞いたことがある。)

 以前、「脳が乱舞する子ども」という原稿を書いた(中日新聞発表済み)。それをここに
紹介する。もう4、5年前に書いた原稿だが、状況は改善されるどころか、悪化している。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●子どもの脳が乱舞するとき

●収拾がつかなくなる子ども

 「先生は、サダコかな? それともサカナ! サカナは臭い。それにコワイ、コワイ……、
ああ、水だ、水。冷たいぞ。おいしい焼肉だ。鉛筆で刺して、焼いて食べる……」と、話
がポンポンと飛ぶ。頭の回転だけは、やたらと速い。まるで頭の中で、イメージが乱舞し
ているかのよう。動作も一貫性がない。騒々しい。

ひょうきん。鉛筆を口にくわえて歩き回ったかと思うと、突然神妙な顔をして、直立! そ
してそのままの姿勢で、バタリと倒れる。ゲラゲラと大声で笑う。その間に感情も激しく
変化する。目が回るなんていうものではない。まともに接していると、こちらの頭のほう
がヘンになる。

 多動性はあるものの、強く制止すれば、一応の「抑え」はきく。小学2、3年になると、
症状が急速に収まってくる。集中力もないわけではない。気が向くと、黙々と作業をする。
30年前にはこのタイプの子どもは、まだ少なかった。が、ここ10年、急速にふえた。
小1児で、10人に2人はいる。今、学級崩壊が問題になっているが、実際このタイプの
子どもが、一クラスに数人もいると、それだけで学級運営は難しくなる。あちらを抑えれ
ばこちらが騒ぐ。こちらを抑えればあちらが騒ぐ。そんな感じになる。

●崩壊する学級

 「学級指導の困難に直面した経験があるか」との質問に対して、「よくあった」「あった」
と答えた先生が、66%もいる(98年、大阪教育大学秋葉英則氏調査)。

「指導の疲れから、病欠、休職している同僚がいるか」という質問については、15%が、
「1名以上いる」と回答している。そして「授業が始まっても、すぐにノートや教科書を
出さない」子どもについては、90%以上の先生が、経験している。ほかに「弱いものを
いじめる」(75%)、「友だちをたたく」(66%)などの友だちへの攻撃、「授業中、立ち
歩く」(66%)、「配布物を破ったり捨てたりする」(52%)などの授業そのものに対す
る反発もみられるという(同、調査)。

●「荒れ」から「新しい荒れ」へ

 昔は「荒れ」というと、中学生や高校生の不良生徒たちの攻撃的な行動をいったが、そ
れが最近では、低年齢化すると同時に、様子が変わってきた。

「新しい荒れ」とい言葉を使う人もいる。ごくふつうの、それまで何ともなかった子ども
が、突然、キレ、攻撃行為に出るなど。多くの教師はこうした子どもたちの変化にとまど
い、「子どもがわからなくなった」とこぼす。

日教組が98年に調査したところによると、「子どもたちが理解しにくい。常識や価値観の
差を感ずる」というのが、20%近くもあり、以下、「家庭環境や社会の変化により指導が
難しい」(14%)、「子どもたちが自己中心的、耐性がない、自制できない」(10%)と
続く。そしてその結果として、「教職でのストレスを非常に感ずる先生が、8%、「かなり
感ずる」「やや感ずる」という先生が、60%(同調査)もいるそうだ。

●原因の一つはイメージ文化?

 こうした学級が崩壊する原因の一つとして、(あくまでも、一つだが……)、私はテレビ
やゲームをあげる。「荒れる」というだけでは、どうも説明がつかない。家庭にしても、昔
のような崩壊家庭は少なくなった。

むしろここにあげたように、ごくふつうの、そこそこに恵まれた家庭の子どもが、意味も
なく突発的に騒いだり暴れたりする。そして同じような現象が、日本だけではなく、アメ
リカでも起きている。実際、このタイプの子どもを調べてみると、ほぼ例外なく、乳幼児
期に、ごく日常的にテレビやゲームづけになっていたのがわかる。ある母親はこう言った。

「テレビを見ているときだけ、静かでした」と。「ゲームをしているときは、話しかけても
返事もしませんでした」と言った母親もいた。たとえば最近のアニメは、幼児向けにせよ、
動きが速い。速すぎる。しかもその間に、ひっきりなしにコマーシャルが入る。ゲームも
そうだ。動きが速い。速すぎる。

●ゲームは右脳ばかり刺激する

 こうした刺激を日常的に与えて、子どもの脳が影響を受けないはずがない。もう少しわ
かりやすく言えば、子どもはイメージの世界ばかりが刺激され、静かにものを考えられな
くなる。その証拠(?)に、このタイプの子どもは、ゆっくりとした調子の紙芝居などを、
静かに聞くことができない。

浦島太郎の紙芝居をしてみせても、「カメの顔に花が咲いている!」とか、「竜宮城に魚が、
おしっこをしている」などと、そのつど勝手なことをしゃべる。一見、発想はおもしろい
が、直感的で論理性がない。ちなみにイメージや創造力をつかさどるのは、右脳。分析や
論理をつかさどるのは、左脳である(R・W・スペリー)。

テレビやゲームは、その右脳ばかりを刺激する。こうした今まで人間が経験したことがな
い新しい刺激が、子どもの脳に大きな影響を与えていることはじゅうぶん考えられる。そ
の一つが、ここにあげた「脳が乱舞する子ども」ということになる。

 学級崩壊についていろいろ言われているが、一つの仮説として、私はイメージ文化の悪
弊をあげる。

(付記)

●ふえる学級崩壊

 学級崩壊については減るどころか、近年、ふえる傾向にある。99年1月になされた日
教組と全日本教職員組合の教育研究全国大会では、学級崩壊の深刻な実情が数多く報告さ
れている。「変ぼうする子どもたちを前に、神経をすり減らす教師たちの生々しい告白は、
北海道や東北など各地から寄せられ、学級崩壊が大都市だけの問題ではないことが浮き彫
りにされた」(中日新聞)と。「もはや教師が一人で抱え込めないほどすそ野は広がってい
る」とも。

 北海道のある地方都市で、小学一年生70名について調査したところ、
 授業中おしゃべりをして教師の話が聞けない……19人
 教師の指示を行動に移せない       ……17人
 何も言わず教室の外に出て行く       ……9人、など(同大会)。

●心を病む教師たち

 こうした現状の中で、心を病む教師も少なくない。東京都の調べによると、東京都に在
籍する約6万人の教職員のうち、新規に病気休職した人は、93年度から4年間は毎年2
10人から220人程度で推移していたが、97年度は、261人。さらに98年度は3
55人にふえていることがわかった(東京都教育委員会調べ・99年)。

この病気休職者のうち、精神系疾患者は。93年度から増加傾向にあることがわかり、9
6年度に一時減ったものの、97年度は急増し、135人になったという。

この数字は全休職者の約五二%にあたる。(全国データでは、97年度は休職者が4171
人で、精神系疾患者は、1619人。)さらにその精神系疾患者の内訳を調べてみると、う
つ病、うつ状態が約半数をしめていたという。原因としては、「同僚や生徒、その保護者な
どの対人関係のストレスによるものが大きい」(東京都教育委員会)ということである。

●その対策

 現在全国の21自治体では、学級崩壊が問題化している小学1年クラスについて、クラ
スを1クラス30人程度まで少人数化したり、担任以外にも補助教員を置くなどの対策を
とっている(共同通信社まとめ)。

また小学6年で、教科担任制を試行する自治体もある。具体的には、小学1、2年につい
て、新潟県と秋田県がいずれも1クラスを30人に、香川県では40人いるクラスを、2
人担任制にし、今後5年間でこの上限を36人まで引きさげる予定だという。

福島、群馬、静岡、島根の各県などでは、小1でクラスが30〜36人のばあいでも、も
う1人教員を配置している。さらに山口県は、「中学への円滑な接続を図る」として、一部
の小学校では、6年に、国語、算数、理科、社会の四教科に、教科担任制を試験的に導入
している。大分県では、中学1年と3年の英語の授業を、1クラス20人程度で実施して
いる(01年度調べ)。
(はやし浩司 キレる子供 子ども 新しい荒れ 学級崩壊 心を病む教師)


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●失行

 近年、「失行」という言葉が、よく聞かれるようになった。96年に、ドイツのシュルツ
という医師が使い始めた言葉だという。

 失行というのは、本人が、わかっているのに、できない状態をいう。たとえば風呂から
出たとき、パジャマに着がえなさいと、だれかが言ったとする。本人も、「風呂から出たら、
パジャマに着がえなければならない」と、理解している。しかし風呂から出ると、手当た
り次第に、そこらにある衣服を身につけてしまう。

 原因は、脳のどこかに何らかのダメージがあるためとされる。

 それはさておき、人間が何かの行動をするとき、脳から、同時に別々の信号が発せられ
るという。行動命令と抑制命令である。

 たとえば腕を上下させるときも、腕を上下させろという命令と、その動きを抑制する命
令の二つが、同時に発せられる。

 だから人間は、(あらゆる動物も)、スムーズな行動(=運動行為)ができる。行動命令
だけだと、まるでカミソリでスパスパとものを切るような動きになる。抑制命令が強すぎ
ると、行動そのものが、鈍くなり、動作も緩慢になる。

 精神状態も、同じように考えられないだろうか。

 たとえば何かのことで、カッと頭に血がのぼるようなときがある。激怒した状態を思い
浮かべればよい。

 そのとき、同時に、「怒るな」という命令も、働く。激怒するのを、精神の行動命令とす
るなら、「怒るな」と命令するのは、精神の抑制命令ということになる。

 この「失行」についても、精神の行動命令と、抑制命令という考え方を当てはめると、
それなりに、よく理解できる。

 たとえば母親が、子どもに向かって、「テーブルの上のお菓子は、食べてはだめ」「それ
は、これから来る、お客さんのためのもの」と話したとする。

 そのとき子どもは、「わかった」と言って、その場を去る。が、母親の姿が見えなくなっ
たとたん、子どもは、テーブルのところへもどってきて、その菓子を食べてしまう。

 それを知って、母親は、子どもを、こう叱る。「どうして、食べたの! 食べてはだめと
言ったでしょ!」と。

 このとき、子どもは、頭の中では「食べてはだめ」ということを理解していた。しかし
精神の抑制命令が弱く、精神の行動命令を、抑制することができなかった。だから子ども
は、菓子を食べてしまった。

 ……実は、こうした精神のコントロールをしているのが、前頭連合野と言われている。
そしてこの前頭連合野の働きが、何らかの損傷を受けると、その人は、自分で自分を管理
できなくなってしまう。いわゆるここでいう「失行」という現象が、起きる。

 前述のWEB NEWSの記事によれば、「(前頭連合野は)記憶、感情、集団でのコミ
ュニケーション、創造性、学習、そして感情の制御や、犯罪の抑制をも司る部分」とある。

 どれ一つをとっても、良好な人間関係を維持するためには、不可欠な働きばかりである。
一説によれば、ゲーム脳の子どもの脳は、この前頭連合野が、「スカスカの状態」になって
いるそうである。

 言うまでもなく、脳には、そのときどきの発達の段階で、「適齢期」というものがある。
その適齢期に、それ相当の、それにふさわしい発達をしておかないと、あとで補充したり、
修正したりするということができなくなる。

 ここにあげた、感情のコントロール、集団におけるコミュニケーション、創造性な学習
能力といったものも、ある時期、適切な指導があってはじめて、子どもは、身につけるこ
とができる。その時期に、ゲーム脳に示されるように、脳の中でもある特異な部分だけが、
異常に刺激されることによって、脳のほかの部分の発達が阻害されるであろうことは、門
外漢の私にさえ、容易に推察できる。

 それが「スカスカの脳」ということになる。

 これから先も、この「ゲーム脳」については、注目していきたい。

(補記)大脳生理学の研究に先行して、教育の世界では、現象として、子どもの問題を、
先にとらえることは、よくある。

 たとえば現在よく話題になる、AD・HD児についても、そういった症状をもつ子ども
は、すでに40〜50年前から、指摘されていた。私も、幼児に接するようになって36
年になるが、36年前の私でさえ、そういった症状をもった子どもを、ほかの子どもたち
と区別することができた。

 当時は、もちろん、AD・HD児という言葉はなかった。診断基準もなかった。だから、
「活発型の遅進児」とか、「多動性のある子ども」とか、そう呼んでいた。「多動児」とい
う言葉が、雑誌などに現れるようになったのは、私が30歳前後のことだから、今から、
約30年前ということになる。

 ゲーム脳についても、最近は、ポジトロンCT(陽電子放射断層撮影)や、ファンクシ
ョナルMRI(機能的磁気共鳴映像)いう脳の活性度を映像化する装置などの進歩により、
脳の活動そのものを知ることによって、その正体が、明らかにされつつある。

 しかし現象としては、今に始まったことではない。私が書いた、「脳が乱舞する子ども」
というのは、そういう特異な現象をとりあげた記事である。

(はやし浩司 脳が乱舞する子ども 子供 ゲーム脳 前頭連合野 管理能力 脳に損傷
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浩司 ゲーム脳 森教授 川島教授 韓国のゲーム中毒)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【老後と死の受容】

●軽費老人ホーム
 
 昨日、近くにある、軽費老人ホームを訪れてみた。
ほどよい作りの、環境のよいところにある。
「今、すぐ」ということではないが、現在でも、30番待ち。
今、申し込んでも、3年ほど先になるという。

 入居費は、収入(年金額)に応じて異なる。
月額7万円(+光熱費、通信費ほか)から、17万円まで。
財産のあるなしは、関係ないという。
私もいずれは、しかしそれほど遠くない将来、そこへ入らなければならない。
その準備もかねて、訪れてみた。

●三界の足かせ

 本来なら、家族見守られてあの世へ旅立つ……というのが、理想かもしれない。
しかし今の現状を見る限り、その希望はない。
この先、現在50歳以上の約60%の人は、独居老人となり、孤独死を迎える。
「無縁老人」という言葉も、最近、生まれた。

 若い世代の人たちは、「私たちはだいじょうぶ」と高をくくっている。
現実のきびしさを、みくびっている。
しかしこのきびしさは、ますことはあっても、減ることはない。
今は60%だが、この先、70%、80%となる。
それもそのはず。
若い人たちが「家族」という言葉を使うとき、そこには「両親」は入っていない。
夫婦とその子ども、そのワクの中だけを「家族」という。

しかし自分たちもいつか、その両親になる。
ジジ・ババになる。
今の私たちが、家族からはじき飛ばされているように、自分たちもはじき飛ばされる。
そのときになって、「家族って何だろう?」と考えても遅い。

 が、だからといって、家族との同居が望ましいということではない。
『子はかすがい』とも言うが、同時に『三界の足かせ』とも言う。
子ども(息子や娘)が親のめんどうをみるのではなく、老親が子ども(息子や娘)のめん
どうをみるというケースもふえている。
親にしてみれば、死ぬに死ねないということになる。

●受容段階説

 ともあれ、私たちは否応なしに年を取っていく。
やがて花が朽ち果てるように、死を迎える。
この先は、「どう生きるか」に併せて、「どう死ぬか」。
それが人生の大きなテーマとなっていく。
言い替えると、老後の「死」をどう受け入れていくかということ。
キューブラー・ロスの『死の受容段階説』が、まず頭に思い浮かぶ。
それについては、何度も書いてきた。

 「あなたはがんです。余命はあと1年」と言われるのも、「あなたの寿命は
残り15年です」と言われるのも、同じ。
どこもちがわない。
(男性の平均寿命は、78歳前後。現在私は63歳。だから「15年」となる。)
大学の同窓生100人のうち、11人がすでに他界している。
老後というより、「死」は、すぐそこまで来ている。

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キューブラー・ロスの『死の受容段階説』に
ついての原稿をさがしてみます。
(2009年5月の原稿集より)

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【老人心理】(キューブラー・ロスの『死の受容段階論』)

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 キューブラー・ロスの『死の受容段階論』は、よく知られている。
死を宣告されたとき、人は、(否認期)→(怒り期)→(取り引き期)
→(抑うつ期)→(受容期)を経て、やがて死を迎え入れるように
なるという。

 このロスの『死の受容段階論』については、すでにたびたび書いてきた。
(たった今、ヤフーの検索エンジンを使って、「はやし浩司 死の受容段階」
を検索してみたら、113件もヒットした。)

 で、またまた『死の受容段階論』(死の受容段階説、死の受容過程説、
死の受容段階理論などともいう)。

その段階論について、簡単におさらいをしておきたい。

●キューブラー・ロスの死の受容段階論(「発達心理学」山下冨美代著、ナツメ社より)

(第1期) 否認……病気であることを告知され、大きなショックを受けたのち、自分の病
気は死ぬほど重いものではないと否認しようとする。

(第2期) 怒り……否認の段階を経て、怒りの反応が現れる。その対象は、神や周囲の健
康な人、家族で、医療スタッフに対する不平不満としても生ずる。

(第3期) 取り引き……回復の見込みが薄いことを自覚すると、神や医者、家族と取り引
きを試みる。祈ることでの延命や、死の代償として、何かを望む。

(第4期) 抑うつ……死期が近づくと、この世と別れる悲しみで、抑うつ状態になる。

(第5期) 受容……最後は平静な境地に至という。運命に身を任せ、運命に従い、生命の
終わりを静かに受け入れる。(以上、同書より)

●老人心理

 老人心理を一言で表現すれば、要するに、キューブラー・ロスの『死の受容段階論」に、
(第0期) を加えるということになる。

(第0期) 、つまり、不安期、ということになる。

 「まだ死を宣告されたわけではない」、しかし「いつも死はそこにあって、私たちを
見つめている」と。
不治の病などの宣告を、短期的な死の宣告とするなら、老後は、ダラダラとつづく、
長期的な死の宣告と考えてよい。
「短期」か「長期」かのちがいはあるが、置かれた状況に、それほど大きなちがいは
ない、。

 ロスの説く、(第1期)から(第5期)まぜが混然一体となって、漠然とした不安感
を生みだす。
それがここでいう0期ということになる。
そしてそれが老人心理の基盤を作る。

●死の受容

 死の宣告をされたわけではなくても、しかし死の受容は、老人共通の最大のテーマ
と考えてよい。
常に私たちは「死」をそこに感じ、「死」の恐怖から逃れることはできない。
加齢とともに、その傾向は、ますます強くなる。
で、時に死を否認し、時に死に怒りを覚え、時に死と取り引きをしようとし、時に、
抑うつ的になり、そして時に死を受容したりする。

もちろん死を忘れようと試みることもある。
しかし全体としてみると、自分の心が定まりなく、ユラユラと動いているのがわかる。

●「死の確認期」

 この「0期の不安期」をさらに詳しく分析してみると、そこにもまた、いくつかの
段階があるのがわかる。

(1) 老齢の否認期
(2) 老齢の確認期
(3) 老齢の受容期

(1)の老齢の否認期というのは、「私はまだ若い」とがんばる時期をいう。
若いとき以上に趣味や体力作りに力を入れたり、さかんに旅行を繰り返したりする時期
をいう。
若い人たちに対して、無茶な競争を挑んだりすることもある。

(2)の老齢の確認期というのは、まわりの人たちの「死」に触れるにつけ、自分自身
もその死に近づきつつあることを確認する時期をいう。
(老齢)イコール(死)は、避けられないものであることを知る。

(3)の受容期というのは、自らを老人と認め、死と共存する時期をいう。
この段階になると、時間や財産(人的財産や金銭的財産)に、意味を感じなくなり、
死に対して、心の準備を始めるようになる。
(反対に、モノや財産、お金に異常なまでの執着心を見せる人もいるが……。)

 もっともこれについては、「老人は何歳になったら、自分を老人と認めるか」という問題も
含まれる。

 国連の世界保健機構の定義によれば、65歳以上を高齢者という。
そのうち、65〜74歳を、前期高齢者といい、75歳以上を、後期高齢者という。
が、実際には、国民の意識調査によると、「自分を老人」と認める年齢は、70〜74歳が
一番多いそうだ。半数以上の52・8%という数字が出ている。(内閣府の調査では
70歳以上が57%。)

 つまり日本人は70〜74歳くらいにかけて、「私は老人」と認めるようになるという。
そのころから0期がはじまる。

●「0期不安記」

 この0期の特徴は、ロスの説く、『死の受容段階論』のうち、早期のうちは、(第1期)
〜(第3期)が相対的に強く、後期になると、(第3期)〜(第5期)が強くなる。

 つまり加齢とともに、人は死に対して、心の準備をより強く意識するようになる。
友や近親者の死を前にすると、「つぎは私の番だ」と思ったりするのも、それ。
言いかえると、若い人ほど、ロスの説く(否認期)(怒り期)(取り引き期)の期間が
長く、葛藤もはげしいということ。

 しかし老人のばあいは、死の宣告を受けても、(否認期)(怒り期)(取り引き期)の
期間も短く、葛藤も弱いということになる。
そしてつぎの(抑うつ期)(受容期)へと進む。

 が、ここで誤解してはいけないことは、だからといって、死に対しての恐怖感が
消えるのではないということ。
強弱の度合をいっても意味はない。
若い人でも、また老人でも、死への恐怖感に、強弱はない。
(死の受容)イコール、(生の放棄)ではない。
老人にも、(否認期)はあり、(怒り期)も(取り引き期)もある。
それゆえに、老人にもまた、若い人たちと同じように、死の恐怖はある。
繰り返すが、それには、強弱の度合は、ない。

●死の否認期

 第0期の中で、とくに重要なのは、「死の否認期」ということになる。
「死の否認」は、0期全般にわたってつづく。
が、その内容は、けっして一様ではない。

 来世思想に希望をつなぎ、死の恐怖をやわらげようとする人もいる。
反対に、友人や近親者が死んだあと、その霊を認めることによって、孤独をやわらげ
ようとする人もいる。
懸命に体力作りをしたり、脳の健康をもくろんだりする人もいる。
趣味や道楽に、生きがいを見出す人もいる。

 が、そこは両側を暗い壁でおおわれた細い路地のようなもの。
路地は先へ行けば行くほど、狭くなり、暗くなる。
そしてさらにその先は、体も通らなくなるほどの細い道。
そこが死の世界……。

 老人が頭の中で描く(将来像)というのは、おおむね、そんなものと考えてよい。
そしてそこから生まれる恐怖感や孤独感は、個人のもつ力で、処理できるような
ものではない。
つまりそれを救済するために、宗教があり、信仰があるということになる。
宗教や信仰に、救いの道を見出そうという傾向は、加齢とともにますます大きくなる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
 
●縁切り

 この年齢になってはじめて、私は「家族」というものを、考えなおしている。
(これはけっして、愚痴ではない。)
私自身も、他の多くの親と同じように、人一倍、家族を大切にしてきた。
無我夢中で働いてきた。
しかしその結果、そこに残ったものは、何か。
(これはけっして、愚痴ではない。)

 多くの息子や娘たちは、理由にもならないような理由をこじつけ、平気で親を
切り捨てていく。
ある息子は、子ども(=孫)が生まれたとき、妻(=嫁)を見舞ってくれなかった
ことを理由に、親と縁を切っている。
ある娘は、結婚式の費用を負担してくれなかったことを理由に、親と縁を切っている。
つまり盆暮れの行き来を絶っている。

 「話が逆だろ」と私は思うが、その逆転現象が、今では常識。
親が息子や娘に、誕生日カードを送ることはあっても、その逆はめったにない。
そのバカらしさを親が感じたとき、親子の関係は、絶縁する。
つまり子どもの方が、それを理由に縁を切っていく。

●人生の終わりに……
 
 この1年間で、私の育児観は大きく変わった。
飽食論を説いていたら、いつの間にか、人々は飢餓状態になっていた。
もう少し具体的には、老後の生き方を説いていたら、生き方どころではなく、命そのもの
まで危うくなっていた。
家族論についても、同じことが言える。

 「個」は「家族自我群」の犠牲になってはいけない。
それを説いていたら、家族そのものが、それ以上にバラバラになってしまっていた。
正直に告白するが、今の私は、自己嫌悪そのもの。
自己否定の一歩寸前。
「私はまちがっていた!」と、あと一歩で、そう叫ぶようになるかもしれない。

 何かがおかしい。
おかしいというよりは、狂った。
それについては、この先、たくさんの原稿を書くことになるだろう。
このままでよいとは、だれも思っていない。
またこのままだと、それこそ日本は、その根底から精神がバラバラになってしまう。
それもそのはず。

 懸命に生き、懸命に追い求めてきたものが、皮肉なことに「孤独」だったとは!
それこそこんな時代は、私たちの世代だけで終わりにしなければならない。
つぎの世代に残してはいけない。

●再び軽費老人ホーム

 部屋は1人ずつの、6畳。
ほかに小さなクロゼットと机。
食事はみなで、食堂ですますようになっている。

 条件としては、心身ともに健康で、自活できる人ということになっている。
言い忘れたが、年齢は60歳から。
「あなたには入居資格があります」と言われた。
(喜んでいよいのか、それとも悲しむべきなのか?)

「6畳は狭いな」と思ったが、ぜいたくは言えない。
入居できるだけでも、御の字。
独居老人になり、孤独死を迎えるよりは、よい。

 あとはその心の準備を整えること。
そのためには、どうすればよいかを考えること。
なおそのホームの老人たちは、アルバイト程度ではあるが、何らかの仕事を
している人もいるという。
老人ホーム、イコール、けっして「死の待合室」ではないし、またそうであっては
いけない。
そうした老人になってからの生きがいを今から準備する。
それも「今」という時期の重要なテーマと考えてよい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 死の待合室 老人ホーム 有料老人ホーム はやし浩司 キューブラ
ー・ロス キュブラーロス 死の受容段階論 はやし浩司 家族論 家族とは何か)


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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2011年 1月 3日
□■□□□□□□□□□□□□□■□ =================

2011年1月3日  第1462号になりました!
明けましておめでとうございます。
今年も、よろしくお願いします。

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●結婚(フェニルエチルアミン効果)

 結婚というのは、人生最大のくじ引き。
当たりもあれば、ハズレもある。
当たりと思って結婚しても、ハズレということもある。
ハズレと思っても、やがて当たりということもある。

 が、若い人には、それがわからない。
そのときの感情……というよりは、脳内ホルモンのまま行動し、
結婚する。
が、結婚してみたら……?、ということになる。
脳内ホルモンの賞味期限は、2年と言われている。
恋愛を繰り返せば繰り返すほど、賞味期限は短くなる。

(脳内には、フィードバックという作用がある。
あるホルモンが分泌されると、それを打ち消すためのホルモンが
同時に分泌される。
脳はこうして脳内をいつもクリーンな状態に保とうとする。
それを「フィードバック」という。
が、恋を司るホルモンだけは、脳内にしばらくの間、とどまる。
甘い陶酔感で満たす。
それを「賞味期限」という。)

●定年離婚

 2年が過ぎたらどうなるか……。
そこからが結婚の始まり。
そう考えてよい。
そのころたいていの夫婦は、子どもをもうける。
が、それだけでは、夫婦を夫婦としてつなぎとめることはできない。
一般論として、夫婦でいっしょに、同じ仕事をしている夫婦は、仲がよい。
たとえば農家や自営業など。
あぶないのは、サラリーマン。
近くの新聞社の支局長をしていた、K氏はこう言った。
「新聞記者というのはね、家庭を犠牲にして生きているような
もんですよ」と。

 しかし総じてみれば、ほとんどのサラリーマンがそうではないか。
そのことは、夫の定年退職時になると、はっきりしてくる。
「定年離婚」という言葉もある。
が、その一歩手前で踏ん張っている夫婦となると、ほとんどが
そうではないか。

●同居他人

 そう、一時は、定年離婚というのがはやった。
しかし妻側が、いろいろな面で不利ということがわかり、最近は少なく
なった(?)。
それに替わって、「夫は夫、妻は妻」という生き方をする夫婦が
ふえてきた。
つまり同居他人。

 たがいにやるべきことはやる。
しかしそこまで。
あとはたがいに自由、と。

 近くに住むTさん夫婦(ともに65歳)もそうだ。
奥さんは1年単位で、外国を回っている。
日本舞踊の紹介をしている。
だから夫婦がいっしょに生活するとしても、ときどき……
ということになる。

 しかし見た目には、仲がよい。
いっしょに住んでいるときは、自宅で、日本画や染物の個展を
開いたりしている。
言い換えると、Tさん夫婦が、老後の夫婦のあり方を示唆している。
若いときのように、ベタベタというわけにはいかない。
それぞれに独立した、一個の人間として認め合う。

●私たち

 私たち夫婦も、何度か、危機的状況になった。
「離婚してやる!」「離婚しましょう!」と。
しかしかろうじて私たちをつないだのは、息子たちがいたこと。
それに仕事。
ここ5年ほど、ワイフが積極的に仕事を手伝ってくれるようになった。
それがよいほうに作用している。
最近では、「今日は、来なくていい」と私が言っても、先に職場に
来ている。
「今日は、Sさんが来るから……」と。

 中に孫そっくりの子ども(生徒)がいる。
ワイフになついた子どももいる。
実のところ、ワイフは、子どもたちの間でも人気者。
私より人気がある。

 だからいくら険悪な関係になっていても、生徒たちの
前では、喧嘩はできない。
たがいに作り笑いをしているうちに、もとに戻ってしまう。

●束縛

 だからときどきこう思う。
「結婚」というワクに縛られる必要はないのではないか、と。
日本では、結婚というと、どうしてもそこに「家」をからませる。
家制度が、いまでも心のどこかに残っている。
一方、オーストラリアなどでは、「試験結婚」のようなものを通して、
ある程度、たがいを知り合ったあと結婚するというケースが多い。
あるいは日本でいう同棲状態のまま、という夫婦(?)も多い。

 つまりこれは「結婚」の問題というよりは、「意識」の問題という
ことになる。
どういう意識をもって、1人の異性と人生を共にするか。
その結果として「結婚」という言葉がある。

●離婚問題

静岡県の教育委員会が発行している雑誌に、『ファミリス』というのが
ある。
その雑誌に、先日、こんな相談が届いた。
それをそのまま紹介する。

+++++++++++++++

Q:子どもがまだ幼児のころに離婚したのですが、離婚したことを子どもに話すタイミング
はいつがいいのか悩んでいます。
「離婚は、あなたが原因ではないよ」ということを伝えたくて、それとなく話すこともあ
るのですが、具体的なことを話すのは、子どもがはっきり聞いてくるまで待つのがいいか、
早い時期に話しておく方がいいのか、どちらがいいのでしょう。

+++++++++++++++

 この相談の中に流れる、「罪悪感」を、あなたは感ずることが
できるだろうか。
相談の母親は、深い罪悪感に苦しんでいる。
しかし今どき、離婚など、珍しくも何ともない。
話題にもならない。
が、罪悪感をもつ人は、多い。
自らに「ダメ人間」のレッテルを張ってしまう。
つまりこれも「離婚」の問題ではなく、「意識」の問題という
ことになる。

 その意識は、どこまでいっても、個人的なもの。
他人が介入する余地など、どこにもない。
他人の目を気にする必要もない。
冒頭に書いたように、結婚は、まさに宝くじ。
当たれば、それはそれでよい。
しかしハズレたからといって、それはそれ。
あとは明るくさわやかに別れ、それでおしまいにすればよい。

+++++++++++++++++

2005年の10月に、こんな原稿を
書いた。

+++++++++++++++++

●恋愛の寿命

+++++++++++++++++

心ときめかす、恋心。しかしその恋心
にも、寿命がある。

+++++++++++++++++

 その人のことを思うと、心がときめく。すべてが華やいで見える。体まで宙に浮いたよ
うになる……。恋をすると、人は、そうなる。

 こうした現象は、脳内で分泌される、フェニルエチルアミンという物質の作用によるも
のだということが、最近の研究で、わかってきた。恋をしたときに感ずる、あの身を焦が
すような甘い陶酔感は、そのフェニルエチルアミンの作用によるもの、というのだ。

その陶酔感は、麻薬を得たときの陶酔感に似ているという人もいる。(私自身は、もちろん、
麻薬の作用がどういうものか、知らない。)しかしこのフェニルエチルアミン効果の寿命は、
それほど長くはない。短い。

 ふつう脳内で何らかの物質が分泌されると、フィードバックといって、しばらくすると
今度は、それを打ち消す物質によって、その効果は、打ち消される。この打ち消す物質が
分泌されるからこそ、脳の中は、しばらくすると、再び、カラの状態になる。体が、その
物質に慣れてしまったら、つぎから、その物質が分泌されても、その効果が、なくなって
しまうからである。

しかしフェニルエチルアミンは、それが分泌されても、それを打ち消す物質は、分泌され
ない。脳内に残ったままの状態になる。こうしてフェニルエチルアミン効果は、比較的長
くつづくことになる。が、いつまでも、つづくというわけではない。やがて脳のほうが、
それに慣れてしまう。

 つまりフェニルエチルアミン効果は、「比較的長くつづく」といっても、限度がある。も
って、3年とか4年。あるいはそれ以下。当初の恋愛の度合にもよる。「死んでも悔いはな
い」というような、猛烈な恋愛であれば、4年くらい(?)。適当に、好きになったという
ような恋愛であれば、半年くらい(?)。

 その3年から4年が、恋愛の寿命ということにもなる。言いかえると、どんな熱烈な恋
愛をしても、3年から4年もすると、心のときめきも消え、あれほど華やいで見えた世界
も、やがて色あせて見えるようになる。もちろん、ウキウキした気分も消える。

 ……と考えると、では、結婚生活も、4年程度が限度かというと、それは正しくない。
恋愛と、結婚生活は、別。その4年の間に、その2人は、熱烈な恋愛を繰りかえし、つぎ
のステップへ進むための、心の準備を始める。

 それが出産であり、育児ということになる。一連のこうした変化をとおして、今度は、
別の新しい人間関係をつくりあげていく。それが結婚生活へとつながっていく。

 が、中には、そのフェニルエチルアミン効果による、甘い陶酔感が忘れられず、繰りか
えし、恋愛関係を結ぶ人もいる。たとえばそれが原因かどうかは別にして、よく4〜5年
ごとに、離婚、再婚を繰りかえす人がいる。

 そういう人は、相手をかえることによって、そのつど甘い陶酔感を楽しんでいるのかも
しれない。

 ただここで注意しなければならないのは、このフェニルエチルアミンには、先にも書い
たように麻薬性があるということ。繰りかえせば繰りかえすほど、その効果は鈍麻し、ま
すますはげしい刺激を求めるようになる。

 男と女の関係について言うなら、ますますはげしい恋愛をもとめて、さ迷い歩くという
ことにもなりかねない。あるいは、体がそれに慣れるまでの期間が、より短くなる。はじ
めての恋のときは、フェニルエチルアミン効果が、4年間、つづいたとしても、2度目の
恋のときは、1年間。3度目の恋のときは、数か月……というようになる。

 まあ、そんなわけで、恋愛は、ふつうは、若いときの一時期だけで、じゅうぶん。しか
も、はげしければはげしいほど、よい。二度も、三度も、恋愛を経験する必要はない。回
を重ねれ重ねるほど、恋も色あせてくる。

が、中には、「死ぬまで恋を繰りかえしたい」と言う人もいるが、そういう人は、このフェ
ニルエチルアミン中毒にかかっている人とも考えられる。あるいはフェニルエチルアミン
という麻薬様の物質の虜(とりこ)になっているだけ。

 このことを私のワイフに説明すると、ワイフは、こう言った。

 「私なんか、半年くらいで、フェニルエチルアミン効果は消えたわ」と。私はそれを横
で聞きながら、「フ〜ン、そんなものか」と思った。さて、みなさんは、どうか?
(はやし浩司 恋愛 恋愛の寿命 フェニルエチルアミン ドーパミン効果 麻薬性)

+++++++++++++++++++

 つまり、恋愛にも寿命があるということ。今風に言えば、賞味期限があるということ。
しかもそれを繰りかえせば繰りかえすほど、賞味期間は、短くなる。

 だから……というわけでもないが、不倫は不倫として、あるいは浮気は浮気として、さ
らにそれから恋愛感情が生まれたとしても、決して、急いで結論を出してはいけない。ど
うせ、冷める。時間がくれば、冷める。人間の脳ミソというのは、もともと、そうできて
いる。

 知人のケースでいうなら、こうした不倫は、静かに見守るしかない。へたに反対すれば、
恋心というのは、かえって燃えあがってしまう。しかし時間がくれば、冷める。長くても、
それは4年以内。だから私は、こう言った。「放っておけばいい。そのうち、熱も冷める。
バレたときは、奥さんにぶん殴られればいい。それですむ」と。

 しかし不倫や浮気ができる人は、それなりに幸福な人かもしれない。いや、不幸な人な
のかもしれない。よくわからないが、私の知らない世界を、そういう人たちは、知ってい
る。ただこういうことは言える。

 「真剣にその人を愛してしまい、命がけということになったら、それは、もう、不倫で
も、浮気でもない」と。夫や妻の間で、それこそ死ぬほどの苦しみを味わうことになるか
もしれないが、そのときは、そうした恋愛を、だれも責めることはできない。人間が人間
であるがゆえの、恋愛ということになる。

 どうせ不倫や浮気をするなら、そういう不倫や浮気をすればよい。そうでないなら、夫
婦の信頼関係を守るためにも、不倫や浮気など、しないほうがよい。いわんやセックスだ
けの関係ほど、味気なく、つまらないものはない。(……と思う。)それで得るものより、
失うもののほうが、はるかに多い。(……と思う。)

 いらぬお節介だが……。

 昔、今東光という作家は、私が、東京の築地にある、がんセンターを見舞うと、こう話
してくれた。

 「所詮、性(セックス)なんて、無だよ」と。私も、そう思う。しかしその「無」にど
うして人は、こうまで振り回されるのだろう。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 恋の寿命 恋愛の賞味期限 恋愛の寿命 フェニルエチルアミン効果


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●富士市にて

+++++++++++++

今日は富士市にて講演。
そのあと焼津に一泊。
SKホテルという旅館に泊まる。
「カニ食べ放題」という
バイキングコースを選んだ。
楽しみ。

+++++++++++++

●焼津にて

 富士川駅から、島田行きに乗る。
焼津まで、約40分。
何度も行き来した路線だが、私にはいつも新鮮。
途中、ときどき海が見え隠れする。
それがよい。
開放感を覚える。

 私は山育ち。
それだけに海が好き。
魚が好き。
サシミだったら、毎日でもよい。
今日は、カニ食べ放題。
ズワイとタラバガニ。
食べ放題。
ははは。

●電車の中で

 今、この文章を、電車の中で書いている。
静岡駅からどさっと、多くの客が、乗り込んできた。
目の前には、20歳前後の女性が3人立っている。
ペチャペチャと何やら話している。

「……そういうのは、キズつくよね……」
「遅れる……。まあ、見たかった。ダンナさんがいるから」
「そうやなあ。レンタカー、借りてねえ……」と。

 私にはまったく意味のわからない会話がつづく。
 
 そのとき窓の外に海が見えた。
私は子どものように声をあげる。
焼津まであと数分。

 腹が減った!
講演のある日は、朝から食事を抜く。
眠い頭では講演はできない。
が、講演のあとは、しばらく食欲が消える。
それが今、反動となって私の胃袋を襲い始めた。
腹が減った!

●誤解

 ホテルへ着くと、すぐ温泉へ。
星は2つの、★★。
小さな風呂という感じ。
清潔感がやや足りない。
旅館としては、二流。
ネットの宣伝にだまされた。
建物のモダンな写真にだまされた。
実名を書いたので、これ以上のことは書けない。

 で、夕食タイム。
カニの食べ放題……と思っていたが、これは私の勘違い。
私の誤解。
「このホテルは、そういうコースはありません」と。
別のホテルの料理と混同していたらしい。
が、カニは一杯、ついていた。
それを懸命にほじりながら、食べた。
誤解とはいえ、かなりがっかり!

●三男

 食事をしながら、息子の話をした。
ワイフは、「自然体でいきましょう」と。
「そうだな」と私。

覆水、盆に返らずともいう。
雨降って、地固まるともいう。
どちらにころんでも、自然体。
なるようにしか、ならない。
息子は息子で、幸福をめざせばよい。

 先週、1、2度、空を見上げたが、今週は一度も見上げていない。
私「お前は、どう?」
ワ「音がするようなときは、見るわ」
私「フ〜ン、ぼくはぜんぜん、見てないよ」と。

●部屋

 部屋は、12畳もあった。
さすがに広い。
が、その分、寒い。
カニ、エビ、刺身を食べた。
そのせいか、軽いアレルギー反応が起きているよう。
フロントへ電話をかけると、職員が来て、温度をあげてくれた。
こういうときは、布団乾燥機がなつかしい。
あれがあれば、一発で、布団が暖まる。

 寝る前に、もう一度、風呂に入るつもり。
何だか、寒い。
鼻水が出る。
風邪を引いたかな?

●離婚?

 私の知人に、かなりあぶない夫婦がいる。
夫婦仲が、おかしい。
年齢は、ともに45歳前後。
このところ電話をするたびに、奥さんが出て、愚痴を並べる。
「夫や子どもたちの家事が負担でならない」と。

 雰囲気からして、かなり険悪?
前回、電話したときは、子どもたちの弁当も作りたくないと
言っていた。
3人の子ども、上から高3、中2、小6がいるが、「みな、早く
出ていてほしい」とも。

私「どうして?」
妻「いやなんです。もう家事が……。こんなこと、この先、まだ
何年もやらなければならないのかと思うと、うんざりです」と。

 こういうケースのばあい、子どもが巣立ったあとが、あぶない。
夫の定年退職と重なれば、定年離婚?
そうなる可能性は高い。

 一方、私のほうは、聞き役に回るだけ。
何もできない。
どうしようもない。

●からっぽ

 ワイフは横で、読書。
少し読んでは、ああでもない、こうでもないと話しかけてくる。
(うるさい!)
私はしょぼしょぼする目をこすりながら、文章を書く。

 寝ようか?
それとももう少し、起きていようか?
こういうときは、頭の中は、からっぽ。
血液がすべて胃のほうに回っている。

 ……やはり、ここでギブアップ!
眠い。
(おやすみ。時刻は、午後7時40分!)

●眠り損ねる

 2時間ほどしたところで、目が覚めた。
暖房のききすぎ。
それに空気が乾いて、のどがカラカラ。
おまけに布団は一枚だけの、せんべい布団。
棚からふとんを2枚出し、下に重ねる。
暖房を弱にする。

 一度こうして眠り損ねると、しばらく眠れない。
頭痛もする。
ワイフは2度目の入浴を終えて、となりの洗面室で何やらやって
いる。
その音がよく聞こえる。

 私は雑誌を手元に寄せると、それに目を通した。

●睡眠調整

 加齢とともに、睡眠調整がむずかしくなる。
それだけではない。
布団が変わっただけで、眠りにくい。
枕の高さ、かたさも気になる。
今夜のように、一度眠り損ねると、さらにそれが気になる。

 環境に対する順応力が、低下した。
つまりそれだけ脳みそが融通性を失っている。
本来なら、複数の思考回路があって、臨機応変に適応していく。
その思考回路の本数そのものが、少なくなった。
加齢とともに、生き様が単調になるのも、そのため。
毎日が、日々の繰り返しの中で、消えていく。

●オーストラリア人のM君

 こういうときは、起きている。
無理に寝ることはない。
私には、パソコンという、よい友だちがいる。
暇つぶしには、最適。
こうして思いついたままを書いているだけで、気が晴れる。
またそのうち、眠くなるだろう。

 ……ところで、今、いちばん気になっていること。
友人のM君(オーストラリア人)が、これからの人生に悩んでいること。
60歳で役人を退職し、この1年間、大学のアシスタントとしての
仕事をしていた。
が、それも、来年の9月で終わる。
で、「そのあと、どうしたらいいか?」と。

 M君の夢は、退職したら海の見える家に移り、そこでのんびりと余生を
送ることだった。
若いときから、そう言っていた。
しかし今、そのときになって、「ぼくには向かない」と。
そんなことを言い出した。
「ぼくはシティ(町)の人間になってしまった。
シティのほうが、暮らしやすい」と。

●統合性

 エリクソンの言葉を借りるまでもなく、老後の統合性をどう
確立するか。
それで、老後の過ごし方が変わってくる。
(なすべきこと)を見つけ、(現実の自分)を、それに一致させていく。
それを統合性という。

 人にはそれぞれ(なすべきこと)がある。
「使命」といってもよい。
それを見つける。
それをする。
ただし条件がある。
無私無欲ですること。
功利、打算が入ったら、統合性は、そのまま霧散する。

●人生の正午

 その(なすべきこと)の地盤は、人生の正午と言われる40歳
くらいから作る。
40歳でも、遅いかもしれない。
少なくとも一朝一夕に作れるものではない。
「退職しました。何かをします」というわけにはいかない。
地道な努力と活動が必要。
それが積み重なって、「統合性の確立」へと向かう。

 その確立に失敗すると、老後は、ただ息(いき)るだけになって
しまう。

●「どう死ぬか」

 若い人たちは、「どう生きるか」を模索する。
が、老齢者は、「どう死ぬか」を模索する。
悲観的な見方だが、そこには将来はない。
その先は暗く、道は細くなる。

 が、その中でも、小さな夢や希望にしがみつき、生きがいを求める。
大きなものでなくてもよい。
それこそ道端(みちばた)にころがっている石ころのようなもの。
そんなものの中に、小さな夢や希望を見つける。

●11月21日

 目を覚まし、時計を見たら午前7時15分。
あわてて内風呂に入り、帰り支度を始める。
朝食は7時から。
ワイフはそのまま化粧室へ。

 昨夜は、最悪だった。
エアコンを「強」にすれば、暑過ぎる。
「弱」にすれば、寒過ぎる。
これを夜中中、数回繰り返した。

 お茶を飲もうとして、ポットを押したが、ポンプが故障していた。
テーブルの上に、水さしがあったが、コップに水を注ごうとすると、
ドバッと出て、浴衣を水で濡らしてしまった。
しかたないので、持参したパジャマに着替えた。
一事が万事。
星は1つさげて、★。
そう言えば、ロビーの柱の周辺には、それとはっきりわかる
ゴミや綿ぼこりがたまっていた。
こういうホテルは、こりごり!

●あくび

が、朝は気分よく、目が覚めた。
ワイフが窓を少しあけ、エアコンを「強」にした。
マニュアルで室温を調整した。

 しかし朝食のときから、あくびの連続。
電車に乗ってからも、あくびの連続。
先ほど乗ったタクシーの運転手は、こう言った。
「次回は、簡保の宿か、グランドホテルにしなさいよ」と。
「松風閣というホテルもいいですよ」とも。

「SKホテルというのは、汚い(K)、苦しい(K)、きつい(K)の
3つをあわせたホテルのこと」と。
私がそれを言うと、ワイフが笑った。
運転手も笑った。

●ダイエット

 今日は日曜日。
これから家に帰って、もう一度、寝なおし。
それからのことは考えてない。
たぶん、山荘に向かう。
月末で、懐(ふところ)が少しさみしくなってきた。
それに今日からまたダイエット。
昨夜は恐ろしくて、体重計に乗ることができなかった。
64キロを超えているかも?

●本気度
 
 これからの日本で生き残るためには、「本気度」。
その本気度で決まる。
つまりは前向きな緊張感。
どんな仕事でも、そうだ。
それがあれば、生き残る。
そうでなければ、そうでない。
 
 これは幼稚園や保育園を選ぶときの基準にもなる。
それについては数日前にも書いた。

 が、その本気度。
本気で生きている人には、それがよくわかる。
たがいに相通ずるものがある。
ダラダラとその日を、何となく生きている人には、それがわからない。
(だからといって、私が本気で生きているということではないが……。)

 言われたことだけをし、やるべきことだけをやり、それでおしまい。
そんな人は、これからの日本を生き延びていくことはできない。

●女性

 昨夜、布団の中で、こんな話をした。
ワイフという女性とこういう話をするのも、気が引けるが、
女性というのは、基本的には信じてはいけない。
二面性、三面性、さらには多面性がある。
それが悪いというのではない。
が、それだけに女性の心理は複雑。
よい例が、ホテルの接客係の女性。
愛想もよく、キビキビと働く。
何かを頼むと、明るい声で、即座に返事が答えてくれる。

 だからといって、そういう女性をすばらしい女性と思ってはいけない。
必ずその裏には、何かがある。
隠された意図がある。
だいたいそこらの若い女性に、高い人間性を求めても、無駄。
無理。
(失礼!)

 だから私はときどき男子高校生に、こう言う。
「君たちが将来、それなりの(人)になり、妻を選ぶようなときが
きたら、図書館や美術館へ行きなさい」と。
そういうところで時間を静かに過ごしている女性なら、まずまちがいない。
すばらしい女性を選ぶことができる。
ただし「自分もそれなりの(人)になっていなければならない」とも。
それなりの(人)でなければ、相手にされないだろう。

●妊娠線

 こんな話を聞いた。
ある息子が婚約した。
で、その息子の家に、婚約者が泊まった。
そのときのこと。
母親がタオルを脱衣所に届けると、その婚約者がそこに立っていた。
見ると、腰から下に、妊娠線が走っていた。
妊娠した経験のある女性に現れる、白い細い線である。
肌に割れたようにヒビが走り、その部分がかすかに白く光る。

 母親は何かの見間違いと、何度も自分に言って聞かせた。
しかしそれはまぎれもなく、妊娠線だった。
が、息子は、それを知らない。
妊娠線のもつ意味すら、知らない。
 
 母親はその話を、夫にも話さなかった。
「2人が幸福になれば、それでいい」と。
ただそのあと、結婚式のときも、嫁の両親は、自分の娘について、
こう言ったという。
「箱入り娘のようにして育ててきました」と。
「結婚するまで、子どものように門限を守らせてきました」とも。

 それを聞いてその母親は、こう思ったという。
「知らぬは親ばかり」と。

●幸福

 欲望を満足させることが、幸福につながるというわけではない。
むしろ、逆。
若い夫婦を見れば、それがよくわかる。
彼らはその欲望が頂点に達したとき、結婚する。
言い換えると、結婚とは、欲望がひとつの「形」に昇華したもの。
だからその幸福感は、底が浅く、はかない。
欲望の切れ目が縁の切れ目ということになる。

 が、当の本人たちには、それがわからない。
わからないまま、それが価値ある「愛」と信じる。

 しかし「愛」とは、あくまでも原点。
出発点。
その先には、長くて苦しい道がつづいている。

●帰宅

 昼頃、自宅に戻る。
軽い昼食を食べたところで、睡魔。
「昼寝しようか」とワイフに声をかけると、「うん」と。

 そのまま昼寝。

私「やはり、自分の家の布団がいちばんだね」
ワ「今度は、もっとしっかりと調べてから行こうね」と。

 SKホテル……久々に、ハズレのホテルだった。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 はやし浩司 2010−11−21 富士市 焼津)
   

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

はやし浩司 2010−11−20

●映画『ヤギと男と男と壁と』(超能力者部隊)

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昨夜遅く、『ヤギと男と男と壁と』
という長いタイトルの映画を観てきた。
タイトルが独創的。
どんな映画かと、前もって案内を
読むと、「実話をもとにした」とある。

言うなれば、超能力者部隊。
ESP(エスパー)部隊。
ESPというのは、「Extrasensory Perseption
(超感覚的知覚)」の略。
それを映画化した。

随所で思わずゲラゲラ笑ってしまった。
そういう点では、星は3つの、★★★。
アメリカ軍もかつては、ああいうバカ
げた部隊を創設したらしい。
ソ連に対抗したという。
大マジメなところが、笑えた。

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●FBI超能力捜査官

 ときどき超能力者を名乗る外国人が、日本へやってきて荒稼ぎして帰る。
中には「FBI超能力捜査官」の肩書きをもつ人物もいる。
本当にそういう能力があるかどうかという話は別にして、……というより
そんな能力があるわけないが、「FBI超能力捜査官」というのは、まっかな
ウソ……らしい。
「FBI超能力捜査官」という名称も、どうやら日本のテレビ局がねつ造した
もの……らしい。
確かめたくても、確かめようがない。
それにそういう話は、映画の中での話。
映画の中だけの話。
たとえば失踪人の持ち物の一部に手を触れただけで、その居場所がわかるとか?
常識で考えれば、そんなこと、わかるわけがない。
バ〜カ!

 が、そういう力の存在を信じ、アメリカでは、(もちろんソ連でも)、そういう能力(?)
をもった人を集めて、部隊を作った。
それがこの映画の「柱」になっている。

●超能力

 超能力(preternatural power)といっても、いろいろある。

telekinetic power念動
mental telepathyテレパシー
clairvoyance 透視
prescience 未来予知
それに
extrasensory perception ESP。

 そういう力のある人のことを、「エスパー」という。
が、この世界、(存在すること)を証明するよりも、(存在しないこと)を証明する
ことのほうが、はるかにむずかしい。
数学の問題にしても、そうだ。

 証明できる問題を証明するのは、簡単。
が、その問題が解けないことを証明するのは、たいへんむずかしい。
たとえば超能力があるかどうかは、その力を示せば、それで証明できる。
しかしそういう「力」がないことを証明するのは、事実上、不可能。
そういう盲点をついて、この手の詐欺師が、(「詐欺師」と断言して差し支えないと
思うが)、跡を絶たない。

 ただまったく否定してよいかというと、そうとも言えない。
動物の世界には、人知を超えた、未知の能力をもったものが、いくらでもいる。
たいていは「方向」と「位置」に関する能力で、小さな蝶が、毎年、正確に、
アメリカ大陸を横断するとか、など。
イルカのように超音波を発信して、暗闇でも獲物を捕らえることができるものもいる。
しかしそれらは「科学」の領域に属する。
「科学的に未解明」というだけの話である。

 しかし超能力イコール、科学的に未解明ということではない。
つまり科学的に未解明だから、存在するということにはならない。

●手品

 35年ほど前、世界を騒がせた超能力者がいる。
当時、私はいくつかのテレビ局で、番組の企画を書いていた。
その関係で、その人物について、あるディレクターがこっそりと、こう教えてくれた。
「あれはね、歯の中に小さな受信機を入れているからできるんだよ」と。

 つまり仲間が外にいて、こっそりと情報を無線で送っている、と。
歯の中の受信機は、骨振動か何かで脳に伝わるため、外に音が漏れることはない。
つまり超能力とはまっかなウソ。
インチキ。
言うなれば、手品。
以来、私はこの手の「能力」には、懐疑的になってしまった。
つまり「インチキ」という前提で考えるようになってしまった。

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2005年の1月26日の電子マガジンで
私はこんな原稿を書いていた。

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●冗談? ジョーク?(2005年1月26日、NO.521)

 K国の国営放送提供の科学番組(?)なるものを見た(12・27)。たいへん、おもし
ろかった。その番組の中でのこと。

 「髪の毛の長い人は、バカになる。それは脳ミソに行き渡るべき栄養素が、髪の毛のほ
うに回ってしまうからである」

 「K国のP市周辺には、太古の昔、ブドウを食べて暮らしていた原人が住んでいた。そ
の原人が進化して、現在のK国人になった」

 「大麻の種には、良質の油がある。その油を抽出するために、K国は、大麻の栽培を奨
励している」などなど。

 番組の内容を思い出しながら書いているので、不正確だが、しかし私はこの番組を見な
がら、思わず、吹きだしてしまった(失礼!)。「これは冗談か、それともジョークか」と。
(冗談もジョークも同じようなものだが……。)

 しかしあの国には、国営放送局しかないはず。それに意見を述べている人たちも、見た
感じは、大まじめ。日本のバラエティ番組に感ずるような、あのいいかげんさは、感じら
れなかった(?)。とくに髪の毛の長い人は、バカになるという意見には、笑った。「じゃ
あ、女性は、みんなバカなのかねえ?」と。

 あまりにも幼稚な知的レベル。うわさには聞いていたが、ここまで低レベルとは!!

 ……と考えたが、こうした幼稚性は、この日本にも、ないわけではない。「髪の毛の長い
人はバカになる」という説は、「血液型による性格判定」の話に通ずる。「原人」の話は、「藤
Kの、石器ねつ造」の話に通ずる。また「大麻の種から油」の話は、少し飛躍するが、そ
の反対側にある化学万能主義につながる。環境ホルモンにくらべれば、大麻の油など、何
でもない。さらに最近の占いブームなどを見ていると、K国の科学性(2)を、笑うこと
はとてもできない。

で、その中でもよい例が、超能力をテーマにした番組。

 ときどき超能力犯罪捜査官というのが、テレビに出てくる。アメリカのFxx捜査官と
か何とか、もっともらしい肩書きをもっている人もいる。失踪者や事件に巻きこまれた人
のもちものなどを見て、その人がどこにいるかを当てたりする。まことしやかに、地図を
描いて見せたり、事件の概要を説明したりする。

 私もときどき見て、トリックを見破ってやろうと考えるが、今のところ、見破ることが
できない。実に巧みというか、うまいというか?

 そういう番組を見ていると、「髪の毛の長い人は、バカになる」という番組のほうが、ず
っとわかりやすい。罪がない。プラス、もしろい。子どもたちですら、ハハハと笑ってす
ますことができる。

 で、そうした超能力者(?)たちの能力だが、私が見たところ、1人とて、最後までき
ちんと失踪者を発見した人や、事件を解決した人はいない。話せば長くなるので、ここで
は省略するが、最後はいつも、「?」のまま終わる。当然である。

 もしそんなことで、失踪者の居場所や事件の概要がわかるようなら、私たちが今ここで
生きていること自体、意味がなくなってしまう。そうした番組を見る私たちに必要なこと
は、そういうあやしげな超能力に驚くことではなく、そのウラを検証することである。つ
まり、それが科学である。理性である。知性である。

 ……こういうことを書くと、猛反発が起きるかもしれない。すでにそうした超能力を信
じている人は多い。宗教教団のような団体を作って活動している人もいる。もちろん宗教
団体もある。

 私にはこれ以上のことはわからないが、K国の科学番組を見て、ハハハと笑うことなら、
だれにだってできる。しかしもっと重要なことは、他人を笑ったら、自分の中にもそれが
ないか、それを疑ってみることである。

 先日も、「アメリカ人の大学生のほとんどは、日本がどこにあるかさえ知らない」と笑っ
ていた人がいた。ならば聞くが、日本人の大学生で、ブルネイ・ダルサラーム国がどこに
あるか知っている大学生は、いったい、何%いるのか……ということになる。日本の三重
県ほどの小さな国だが、日本のすぐ近くにある。日本とのつながりも、深い。

 K国のその番組は、実に楽しい番組だった。久々に声を出して笑った。が、そのあと、
その番組には、いろいろと考えさせられた。昔からこの日本でも、こう言うではないか。『人
のフリみて、我がフリ直せ』と。ナルホド!

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●映画『ヤギと男と男と壁と』

 長いタイトルの映画だったが、要するに、「アメリカもバカなことをした」という
内容の映画だった。
それを国をあげて、大まじめで取り組んだ。
その(大まじめさ)が、おもしろかった。
笑った。

 ついでに一言。
映画に先立って、『ハリー・ポッター』の予告編が流された。
インチキのかたまりのような映画だが、あれは映画。
ただの娯楽映画。
映画館の中だけで楽しみ、それで終わる。
だから問題はない。

が、それがときとして、そのインチキが映画館の外に出る。
それがこわい。
こわいだけではすまない。
たいへん危険なことでもある。

 よい例が「スピリチュアル(霊)」。
「霊視」とか何とか。
某テレビ局が率先して、あやしげな商品を売っていたこともある。

 驚いたことに、昨年(09)だったか、「スピリチュアル育児本」なる本を出版した
人物もいた。
私は表紙しか見ていないが、非科学性もここまでくると、ジョーク。

 つまり映画『ヤギと男と男と壁と』も、そのジョークのひとつ。
ジョーク映画として観れば、楽しい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW 
はやし浩司 超能力 超能力捜査官 FBI超能力捜査官 エスパー 超能力者)


Hiroshi Hayashi++++Nov. 2010++++++はやし浩司・林浩司


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 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page141.html
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