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2011年         6月号
Essay……●
BOX版(ネットストーレッジ)……●

マガジン2011−6月

2011年6月1日  第1526号
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 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡
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(″ ▽ M ⌒ ⌒ M″ v ゛)/ ̄)
凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司      6月   29日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●今日は6月10日、ワイフの誕生日

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今日は6月10日、ワイフの誕生日。
ワイフは、満xx歳になる。

仕事の帰りに、弁当とケーキを買った。
家に帰って、息子と3人で祝った。
が、すぐ外出。
今夜は、『X−Men』の先行上映会があった。
午後8時から。

ワイフの誕生日プレゼント(?)をかねて、それを観た。
星は、3つの★★★。

その映画の帰り。
今夜は田町(浜松市の中心街)にある、
クレタケ・インというビジネスホテルに
泊まることにした。
誕生日には、特別割引ということで、
一泊2800円で泊まれる。
それにポイント割引が200円ついて、
2600円!

2人で、2600円。
クレタケ・インさん、ありがとう。

・・・ということで、今、この原稿を
そのホテルの中で書いている。

時刻はまもなく11時になるところ。
ワイフは、風呂に入っている。

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●出かける(=外出する勇気)

 先日、近くの温泉で出会った男性が、こう教えてくれた。
70歳くらいの男性だが、精悍な顔つきをしていた。
「秘訣は何ですか?」と聞くと、こう教えてくれた。
「出かける勇気をもつことです」と。

私「出かける勇気?」
男「そうです。出かける勇気です。年を取ると、出かけるのがおっくうになります。でき
れば家の中で、ゴロゴロしていたいと思うようになります。そういう自分にムチを打って、
あえて出かけます。その出かけるとき、勇気がいります。だから出かける勇気なのです」
と。

 ナルホド!
その通り!

 年を取ったら、あえて外出する。
その努力を怠らない。
用がなくても、外出する。
その勇気を失ってはならない。

 実は、今夜もそうだった。
「X−Men」(ファースト・ジェネレーション)については、あまり観たいという欲求が
起きてこなかった。
似たような映画はたくさん観た。
「アイアンマン」もそのひとつ。
しかしあえて外出。
映画は、ボケ防止によい(?)。
証明された事実ではないが、そんな気がする。

●ミュータント(突然変異体)

 猿人に対して、人類がいる。
その人類に対して、ミュータント(突然変異体)がいる。
人類とミュータントの関係をわかりやすく説明すると、そうなる。
そのミュータント。
さまざまな超能力(特殊能力)をもっている。……そうだ。
映画「X−Men」の中では、そうなっていた。

 が、観ているうちに疑問、また疑問。
ただの娯楽映画なのだから、楽しめばよい。
それはよくわかっているが、疑問、また疑問。
で、結論はこう。

 「あんな程度のミュータントたちが出現したら、世界は大変なことになる」と。
「あんな程度」というのは、あんな程度。
そこらのチンピラに少し毛が生えたような人間(?)。
欲望のかたまり。
仮にそんな能力があったとしても、安易に使ってもらっては困る。
映画の中で、ミュータントたちはこう言う。
「我々が王となって、世界を支配する」と。

 しかし、だ。
私なら人間の世界など相手にしない。
冒頭に書いたことを思い出してほしい。
こう書いた。

「猿人に対して、人類がいる。
その人類に対して、ミュータントがいる」と。

 猿が島へ行って、猿の「王」になったところで、どんな意味があるというのか。
あんな猿どもを相手にし、王様気分になったところで、それで満足できるというのか。

 たとえば私の山荘近辺には、数10匹もの野生の猿が住んでいる。
動物は嫌いではないが、猿たちといっしょに生活しろと言われても、私にはできない。
断わる。

 ミュータントにしても、そうだ。
自由に空を飛べる。
すさまじい破壊力で、ビルごと吹っ飛ばすこともできる。
どんな人間にも変身できる。
そんなミュータントが、人間の世界など、相手にするだろうか。
相手にされる人間だって、困る。

 つまり脳みそのレベルは、そのまま。
人間のまま。
だから「世界はたいへんなことになる」。

●「お茶にすれば、8分の1」?

 まず民間の販売会社から、指摘をされた。
それを受けて、県側はこう言った。
「混乱を招くから、公表を差し控えてほしい。県も独自で検査をするから」(中日新聞)と。

 その結果、静岡県の本山茶から、基準値以上の放射線が観測された。
それを受けて、県側は、「出荷自粛を要請した」。

 が、このあとの説明が、ヘン!
「検査したのは、5倍に濃縮された荒茶。お茶にしてのむときは、(湯で薄められるので)、
8分の1になる」と。
だから「基本的には安全」(静岡県知事・談話)と。

 私はこれを読んだとき、「日本の数学教育は何のためにあるのか?」と、思わず考え込ん
でしまった。
微分や積分の問題は解けても、簡単なかけ算ができない?
もう一度、よく読んでみてほしい。
製茶組合(=県)の言い分は、こうだ。

(1)5倍の濃縮した荒茶で検査したのだから、放射線濃度も5倍になった。
(2)しかし飲むときは、お湯で薄めて飲むので、8分の1になる。と。

●放射線量に「しきい値」はない

 しきい値……つまり「これ以下の量なら、安全」という基準は、こと放射線に関しては
ない。
ほかの薬物、毒物には、それがある。
しかし放射線に関しては、ない。
つまり「20ミリシーベルト以下なら安全」という、言い方そのものが、ナンセンス。
それを百も承知の上で、「8分の1になるから、安全」とは?

 では、同じお茶を8杯飲んだら、どうなるのか。
お茶というのは、毎日、飲む。
飲む量にも、個人差がある。
多い人だと、(私のばあい)、1日に1〜2リットルも飲む。
体内に蓄積される放射性物質は、当然、その分だけ、多くなる。

●10シーベルトで即死

 10シーベルトの放射線を浴びたら、即死と言われている(「原発事故」宝島社)。
もう少し正確には、こうある。
(ベクレルとシーベルトちがいについては、何度も書いてきたので、ここでは省略する。)

『4シーベルトで、50%が急性傷害死。
 これは国際放射線防護委員会(ICRP)の認めた(半数致死)に相当する。
 ちなみに、2・2シーベルトで、5%が、急性傷害死、9・3シーベルトで、99%が
 急性傷害死する』(同書、P24)と。

 もう少し数字を整理してみよう。

2・2シーベルト…… 5%が急性傷害死
4シーベルト  ……50%が急性傷害死
9・3シーベルト……99%が急性傷害死

 そこで問題なのは、では1シーベルトなら安全かという問題。
もちろん答えは「NO!」。
「急性」から「晩発性」へと移行するだけである。
仮に1シーベルトの放射線を受けた人が、平均1年後に死亡したとする。
では、半分の0・5シーベルト(500ミリシーベルト)の人はどうなるのか。
単純に計算すれば、2倍の平均2年後に死亡することになる。
「しきい値はない」というのは、そういう意味である。

●風評?

 すでにオーストラリアでは、「静岡県も汚染された」というニュースが飛び交っている。
さっそく、オーストラリアのK君からメールが入った。
「静岡県も汚染されたというニュースが流れているが、これは誇張なのか、それとも事実
なのか」と。

 私はこう返事を書いた。
「残念ながら、事実だ」と。

 こうした事実を、何とか「風評」とした片づけたがる県や製茶業界。
気持ちはわかるが、これはもう風評の段階を超えている。
風評というのは、根も葉もないデマをいう。
つまりもうデマではない。
事実である。

 そこで重要なことは、事実は事実として受け入れた上で、たとえばこうする。

(1)これから出荷するお茶については、すべて検査し、それがもつ放射線量を表示する。

 今のように、(たまたま販売会社から指摘され、県が検査した製茶工場だけをさして)、「ほ
かの製茶工場では、基準値を下回っていました」では、国民は納得しない。
言い換えると、こういうごまかしを繰り返すから、国民は不信感をもつ。
政府の言うことを信用しなくなる。
結果として、風評(?)だけが、ひとり歩きするようになる。

●数学

 ともあれ、お湯に溶かして飲むから、8分の1の放射線濃度になるというのは、インチ
キもよいところ。
繰り返すが、そういうお茶を、8杯飲んだら、同じ。
どうしてこんな簡単なかけ算も、できないのか?
言い換えると、学校教育というのは、何のためにあるのか。

 計算はできる。
問題も解ける。
しかし自分で考える力がない。
またそういう力を育てていない。
だからこういう説明を受けると、そのまま鵜呑みにしてしまう。
「5倍に濃縮したのだから、放射線量が5倍になって当たり前」
「お湯に溶かすから、8分の1になるから、安全」と。

 繰り返すが、荒茶であろうが製茶であろうが、私たちはそれを「お茶」という。
私たちは、そのお茶を飲む。
「濃縮したから、放射線量が5倍になった」というのは、言い訳にもならない。

 ともあれ、福島第一原発では、多くの人たちが事故処理の作業に当たっている。
今の今も、大量の放射線を、全身に浴びながら、作業に当たっている。
そういう人たちには、本当に頭がさがる。
申し訳ない気分にすらなる。
が、「どうかがんばってください」と言ったところで、言葉が詰まってしまう。

 つまりそういう人たちと比べると、私たちが心配している放射線の量などというのは、
微々たるもの。
それに10年後、20年後にがんになるとしても、ちょうどそのころ平均寿命も尽きる。
たいへん悲しいことだが、そこまで割り切らないと、この先、お茶すら飲めなくなる。
ただ一言。

 政府も自治体も、ウソや隠しごとをしないで、「事実」をありのまま公表してほしい。
あとは私たち自身が、自分で考え、行動する。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 X-MEN 放射線と致死量 ワイフの誕生日 はやし浩司 出かける勇
気)


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●失われた存在感、父と母(「家族崩壊」の問題)

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韓国の作家、申京淑氏の書いた小説、『ママをお願い』が、フランスで話題になっていると
いう(韓国・東亞日報)。

申氏は、在フランス韓国文化院での出版記念館で、つぎのように述べている。

『「家族崩壊をいち早く経験した西洋人が、果たして韓国文化や情緒を理解できるだろう
か」という質問に対し、「文学においては、同質であることが必ずしも良いものではない。
見慣れないものとコミュニケーションを図り、それを受け入れる開かれた気持ちで共感す
ることが、より重要かもしれない』(以上、東亞日報より抜粋)と。

ここで出てくる「家族崩壊」という言葉に注意してほしい。
「家庭崩壊」ではなく、「家族崩壊」である。
けっして他人ごとではない。
この浜松市でも、東海随一の工業都市でありながら、一度東京などの都会へ出た子どもは、
戻ってこない。
「戻ってきても、10人に1人くらいかな」(浜北H中学校校長談)。

浜松市でも、家族崩壊は起きている。
いわんや過疎地と言われる地方の町や村では、この傾向は、さらに強い。

が、申氏は、そのことを言っているのではない。
申氏は、こう述べている。

『その後、「私たちは何時も、母親からの愛を溢れるほど受けてばかりいながら、何時も『ご
めんね』という言葉を聞かされて育った。私たちが当たり前のように耳にしながら育った
この言葉は、いざ両親に対してはかけたことがない。言葉の順番が変わるべきだという気
がした』(同)と。

つまり「家族崩壊」の背景には、この「一方向性」がある。
親から子への一方向性。
親はいつも子のことだけを考える。
が、子は、親のことは何も考えない。
だから「一方向性」。
またそれが原因と考えてよい。
それが原因で、家族は崩壊する。

申氏は、「親はつねに子どもたちに対して、『ごめんね』と声をかける。
しかし子どもの側から、そうした言葉が発せられたことはない。

今朝は、この問題について考えてみたい。
2011/06/12

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●保護と依存性

 日本では、親のことを、「保護者」という。
韓国でもそうだと理解している。
しかし保護と依存の関係は、申氏が指摘するように、つねに一方向的なもの。
保護する側は、いつも保護する。
依存する側は、いつも依存する。
そして一度、この保護・依存の関係ができあがると、それを変えるのは容易なことではな
い。
それを基盤として、人間関係が構築されてしまう。

 が、悲劇はそのあとにつづく。
当初は感謝していた依存側も、それがしばらくつづくと、「当然」になり、さらにつづくと、
今度は依存側が、保護する側に向かって、それを請求するようになる。
親子関係とて、例外ではない。

 ある息子氏は、結婚式の費用を親に請求した。
が、そのとき親は定年退職をしたあと。
貯金はあったが、老後資金としては、じゅうぶんではなかった。
それもあって「なら、半分くらいなら……」と答えた。
が、この言葉が、息子氏を激怒させた。
「親なら、結婚式の費用くらい、負担してくれてもいいだろ!」と。

 以後、息子氏は、親との縁を切った。
「2、30年後に、許してやる!」と
親が言ったのではない。
息子氏が、「許してやる」と言った。

 その親は、私にこう言った。
「息子が学生のときは、生活費のほか、毎月のようにお金を貸しました。
『就職したら返す』と言っていました。
で、東京の大手運輸会社に就職しましたが、当初の2年間は、『給料が少ない』と言っては、
毎月のように、お金を借りに来ました。
『車を買うから、お金を貸してほしい』と言ってきたこともあります。
100万円でした。
『特殊車両の運転免許を取るため、30万円貸してほしい』と言ったこともあります。
そのつど『給料があがったら、返す』と言っていました。
が、縁を切った(?)ことをよいことに、以後、ナシのつぶてです。
もう3年になります」と。

 この話は事実である。
というのも、こうしたエッセーで(話し)を書くときは、その本人とわからないように書
く。
いくつかの話しをまとめたり、あるいはフィクションを混ぜて書く。
が、あまりにも非常識な話しなので、あえて事実を書いた。
つまりこれが「家族崩壊」である。

 家族崩壊の根底には、保護・依存の関係がある。
それがいびつな形で増幅したとき、ここに書いたようなできごとが起こる。

●家族崩壊

 申氏には悪いが、申氏は、ひとつ事実誤認をしている。
申氏には、欧米の家族が、「家族崩壊」に見えるかもしれない。
しかし欧米では、伝統的にそうであり、それが社会の中で、「常識」として定着している。
だからたとえばアメリカ映画などをみても、そこにあるのは、両親と子どもだけ。
祖父母がからんでくることは、まず、ない。

 そのため社会のシステムそのものが、それを包む形で完成している。
たとえばオーストラリアでは、どんな小さな町にも、「オールドマン・ビレッジ(Old Men's 
Village)」というのがある。
老人たちは、そこに集まって生活をする。
たいてい町の中心部にある。
幼稚園や小学校の近くにある。
 
 そのビレッジで自活できなくなったら、その横の、日本で言う「特養」へ移動する。
わかりやすく言えば、「家族崩壊」を前提として、社会のしくみが、完成している。
フランスでも、事情は同じである。

 が、この日本では、そうでない。
若い人たちの意識だけが、先行する形で欧米化してしまった。
社会のシステムが置き去りになってしまった。
そのため多くの老人や、老人予備軍の退職者たちが、言うなれば「ハシゴをはずされてし
まった」。

 前にも書いたが、こうした悲劇は、地方の町や村で顕著に現われている。
北信(長野県北部)から来た男性(75歳くらい、元高校教師)はこう言った。
「過疎化なんて言葉は、一昔前のもの。私にも息子と娘がいますが、娘とは、もう20年
以上、会っていません」と。

●2つの解決策

 家族崩壊に対して、2つの解決策がある。
ひとつは、予防。
もうひとつは、事後対策。

 予防というのは、「親の存在感」の復権ということになる。
たとえば私たちが子どものころは、魚でも、いちばんおいしい部分は、祖父母。
つぎに父親。
私たち子どもは、そのつぎの部分を口にした。
テレビ番組でも、祖父母が、「これを見たい」と言えば、私たちは何も言えなかった。
(それでもチャンネルを取りあって、結構、喧嘩をしたが……。)

 が、今は逆。
魚でも、いちばんおいしい部分は、子ども。
つぎに父親であり、母親。
祖父母と同居している家庭は、ほとんど、ない。
また同居していても、祖父母が口にするのは、(残り物)。

 つまり「復権」というときは、根本的な部分から、一度、ひっくり返すことを意味する。
が、今となっては、それも手遅れ。
親自身が、すでに、「親の存在感」を喪失している。

 で、事後対策。
今が、そのとき。
できること、やるべきことは、山のようにある。
そのヒントが、バートランド・ラッセルの言葉。
イギリスのノーベル文学賞受賞者。
家族崩壊を、とうの昔に経験したイギリスの哲学者である。

いわく、

『子どもたちに尊敬されると同時に、子どもたちを尊敬し、必要な訓練は施すけれども、
けっして程度を越えないことを知っている両親たちのみが家族の真の喜びを与えられる』
と。
 
●3つのポイント

 順に考えてみよう。

(1)子どもたちに尊敬される

(2)子どもたちを尊敬する

(3)必要な訓練は施すけれども、けっして程度を越えない

 が、現実は、きびしい。

★父親のようになりたくない
 
 平成10年度の『青少年白書』によれば、中高校生を対象にした調査で、「父親を尊敬し
ていない」の問に、「はい」と答えたのは54・9%、
「母親を尊敬していない」の問に、「はい」と答えたのは、51・5%。
また「父親のようになりたくない」は、78・8%、
「母親のようになりたくない」は、71・5%であった。


★親のめんどうをみない

第8回世界青年意識調査(2009)によれば、「将来、親のめんどうをみるか?」という
質問に対して、「どんなことをしてでも親を養う」と答えた若者は、

  イギリス  66.0%、
  アメリカ  63.5%、
  フランス  50.8%、
  韓国    35.2%、
  日本    28.3%、であった。

 もう何もコメントする必要はない。
ここにあげた数字をじっと見つめているだけでよい。
それだけで、「家族崩壊」というのが、どういうものか、わかるはず。
同時に、今、私たちが親としてしていることの(愚かさ)に気づくはず。

●あなた自身のこと

 こう書くと、若い父親や母親は、こう言う。
「私たちの世代は、だいじょうぶ」
「私は子どもたちの心をしっかりとつかんでいる」
「私たち親子は、強い絆で結ばれているから、問題はない」と。

 が、そう思っている親たちほど、あぶない。
またここに書いたことは、50代、60代の私たちのことではない。
30代、40代の、若い親について書いたことである。
つまりあなた自身のことである。
それに気がついていないのは、あなた自身ということになる。
 
 では、どうするか?
結論は、すでに出ている。

『必要な訓練は施すけれども、けっして程度を越えない』(バートランド・ラッセル)。

 子どもに尊敬されようなどと、思わないこと。
またその必要もない。(この日本では……。)
子どもを尊敬しようなどと、思わないこと。
またその必要もない。(この日本では……。)

 へたに子どもに媚(こび)を売るから、話しがおかしくなる。
親は親で、親としてではなく、1人の人間として、好き勝手なことをすればよい。
自分の道を生きればよい。
子育ては重要事だが、けっしてすべてではない。
また(すべて)にしてはいけない。
それが『けっして程度を越えない』ことに、つながる。

 先日も、「ファミリス」(静岡県教育委員会発行雑誌)上で、こんな相談を受けた。
「子どもが勉強しない。どうしたらいいか」と。
それに答えて私はこう書いた。

 「子どもの勉強の心配をする暇があったら、自分の老後の心配をしなさい」と。

 へたに「勉強しろ」「勉強しろ」と言うから、親はその責任を負わされる。
中には「親がうるさいから、大学へ行ってやる」と豪語する学生すらいる。
そういう子どもが社会へ出れば、どうなるか。
たぶん、こう言うようになる。

 「親なら、結婚式の費用くらい、負担してくれてもいいだろ!」と。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 本末転倒 家族崩壊 はやし浩司 家族崩壊 家庭崩壊 保護と依存 
はやし浩司 ラッセル 父親のようになりたくない 親のめんどうをみる)


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●静岡県茶が、出荷自粛?

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静岡県内で生産された製茶の一部から、
国の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出
されたという(6月9日)。

「とうとう」と書くべきか。
「ついに」と書くべきか。

しかし記事の内容をよく読むと、おかしな点が
いくつかある。

(1)民間の販売店からの検査が先?

まず静岡県は、民間による自主検査からの指摘を
受けたあと、調査したという点。
つまり民間の販売店から、「基準値を超えている」という
指摘を受けたあと、静岡県は検査をした。
もし民間の販売店からの指摘がなかったら、静岡県は
再検査などしなかったであろうし、汚染された静岡茶は
そのまま市中へ流通していたであろう。

(2)静岡県は、安全圏ではなかったのか

文科省の放射線測定データをみるかぎり、
この静岡県は、「安全圏」に入っているはず。
日々の観測データには、ほとんど変化はない。
3月11日以来、一時、0・05マイクロシーベルトを
越えたことはあったが、それ以後は、0・04
マイクロシーベルト前後(最大平常値以下)を推移している
(文科省調査・中日新聞)。

この測定結果は、岐阜県や愛知県、福井県での測定結果
よりも、低い。
なのに、どうしてこの静岡県で?
ならば岐阜県や愛知県はどうなのか?
福井県はどうなのか?

(3)飲む場合には、影響はない?

これに対して製茶業界は、「安全」宣言を
繰り返している。
「飲む場合には、影響はない」と。
その論法が、おかしい。

製茶業界の言い分はこうだ。

  (1)基準値を超えたのは、ある特定の製茶工場にすぎない。
  (2)荒茶にすれば、濃度は5倍になる。製茶の段階でも5倍。
     5倍になった状態で、国の基準値を超えた。
     しかし実際に飲用するときには、お湯で薄めるので、8分の1になる。

が、すべての製茶工場で検査したという事実はない。
にもかかわらず、「特定の」という言葉を使ってよいのか。

また「薄めて飲むからだいじょうぶ」という論法は、
こと放射性物質に関していえば、ナンセンス。
もしこんな論法がまかり通るなら、どんな放射性物質も、
素通りになってしまう。

逆に言えば、こうだ。
いくら飲むときに薄められても、体内では逆に濃縮される。
内部被爆を引き起こす。

(4)放射性物質は、本当に福島第一原発から来たものなのか。

静岡市のすぐ近くには、御前崎原発がある。
今回、基準値を超えた放射性物質が検出された「本山(ほんやま)茶」
の産地である、静岡市葵区から、浜岡原発までは、
直線距離にして、たったの43キロ(グーグルアース上で測定)。

その御前崎原発は、停止措置を取ったとたん、冷却装置の
故障が起きている。

+++++++++++++以下、TBS−iより+++++++++++++++

 静岡県内で生産された製茶の一部から国の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出さ
れました。静岡県はこの製茶を生産した工場に対し、出荷の自粛を要請しました。

 静岡県によりますと、静岡市藁科地区の工場で生産された「本山茶」から国の暫定規制
値の1キログラム当たり500ベクレルを超える679ベクレルの放射性セシウムが検出
されました。

 民間の販売店による自主検査で規制値を超えたとの報告を受け、県が同じ製茶工場で再
検査をして確認しました。

 「飲む場合には健康に影響はないと考えている」(静岡県の担当者)

+++++++++++++以上、TBS−iより+++++++++++++++

●茹(ゆ)でガエル

 こうして私たちは少しずつ、情報に対して、敏感に反応しなくなる。
こうした心理状態は、『茹でガエル』理論によって、説明される。

生きたカエルをいきなり熱湯に入れれば、カエルは飛びはねて逃げてしまう。
しかし最初は水の中に入れ、徐々に熱を加えていけば、カエルはそれに気づかず、最終的
には茹であがってしまう。……という。

 これが茹でガエル理論だが、実際には、こういうことはないそうだ。
カエルは水温があがれば、そこから逃げ出してしまうそうだ。
ともあれ、私たちは今、その茹でガエルの状態にある。
つい先日、神奈川県の足柄茶で、放射性物質が検出された。
東京を越えて、神奈川県で!

が、今度は伊豆半島を一気に越えて、この静岡県で!
やがてこの浜松市(三方原茶)でも、放射性物質が検出されるようになるだろう。
時間の問題というよりは、福島第一原発からの放射性物質は、今の今も、たれ流されたま
ま。
事態は、悪化の一途をたどっている。

●風評被害

 「風評被害」という言葉をよく耳にする。
しかしこの言葉は、不愉快。
あたかも私たち一般庶民が、加害者であるかのような印象を受ける。
風評か、風評でないかは、そんなことは一般庶民が決めること。
いくら県側が「基本的に安全」(静岡県知事)と言っても、私たちは「本山茶」は買わない。
飲まない。
そこに別の産地のお茶が並んでいれば、そちらを買う。

 つまりこれは「風評」の問題ではなく、「選択」の問題。
また「風評」というのは、根も葉もない「デマ」をさす。
今回の放射性物質の発見は、その「デマ」ではない。
「事実」である。
その「事実」を、「風評」という言葉で、置き換えてよいものか。
さらに言えば、当該製茶組合は、風評被害による損害賠償を県や国に求めていくという。
が、ここでも大きな疑問。

 どうして東京電力にではなく、国や県に対してなのか。
東京電力では、賠償能力に限界がある。
だから国や県に対してなのか。

 今、多くの人たちは言いようのない不安、やりようのない怒りを感じている。
こうした不安や怒りを、だれにぶつけたらよいのか。
……というか、その不安や怒りは、そのまま自分に対して向かってくる。
「私たちがバカだった」と。
無念といえば、無念。

 私自身も、今回の3・11大震災が起こるまで、大津波のことはもちろん、原発事故の
可能性についても、ほとんど考えなかった。
どこかで原発反対運動があっても、他人ごととして、それを心の中で片づけていた。
そういう私たちがバカだった。
その「バカ」を棚に上げて、今、「国が悪い」「電力会社が悪い」と、どうして言えるのか。
こと電力についていえば、私たちは、使い放題電気を使ってきた。

●汚染

 とても残念なことだが、これからもしばらく、放射能汚染はつづく。
放射性物質が風に乗るたびに、それは全国各地にばらまかれていく。
それがどんどんと蓄積されていく。
原子力発電所事故というのは、そういうもの。
あのチェルノブイリ事故でも、500〜600キロ単位で、被害は拡大した。
600キロといえば、福島第一原発から、大阪の関西国際空港までの距離に等しい。

 それだけではない。
同じくチェルノブイリ事故のあと、1000キロ以上離れたヨーロッパでも、がん患者は
100万人単位でふえているという(宝島社「原発事故」)。

 残念ながら、これが「事実」である。
風評ではない。
事実である。
「被害」ということになれば、すでに日本中のすべての日本人が被害を受けている。
今はまだ「国」も何とかもちこたえているが、やがてその国の力にも限界が出てくる。
「国が……」「国が……」と言っておられるのも、いまのうち。
つまり今回の福島第一原発の事故は、それほどまでに深刻であるということ。
私たちが想像しているより、はるかに深刻であるということ。
言うなれば、戦争状態。

 今回、その爆弾が、静岡市にも投下された。
それが葵地区で爆発した。
願わくは、ともかくも1日も早く、福島第一原発事故が収束すること。
放射性物質の放出が、止まること。
ただただそれを心から願うしかない。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【日中経済戦争】(はやし浩司 2011−06−10)

●中国のバブル経済の崩壊

 2011年に入ってから、中国経済が
急速のおかしくなってきた。

「11月、北京市の賃貸家賃と住宅価格の比率は500倍を突破、国際的な基準とみなさ
れている200倍を大きく上回るなどバブルが懸念されている」(「ネットの声」より)と。

500倍?
200倍?

 その国の経済はさまざまな統計的データをもとに、算定される。
しかしこんな経済指標があるとは、私は知らなかった。
わかりやすく言えば、こうだ。

 国際的な基準によれば、一戸あたり2000万円で建設された高層住宅であれば、家賃
は、200分の
1の、約10万円(月額)が、相場、それが中国では、4万円。
「安い」というのではない。
貸し手は、住宅価格の高騰を見込んで、つまり投資として高層住宅を建設する。
が、10万円では高すぎる。
だから4万円。
が、これでは元は取れない。
つまり無理がある。
その無理が、今、まさにはじけようとしている。

 ……というのは、一例。
今、「中国経済 バブル崩壊」で検索すると、60万件もヒットする。
中国経済の崩壊は、きわめて近い。
サーチチャイナのHPには、つぎのようにある。

「……投資調査会社A・ゲーリー・シリングのシリング氏はこのほど、「中国経済は201
2年に『ハードランディング』することでバブルがはじけ、世界経済が衰退する可能性が
ある」との見解を示した。環球時報が報じた」(サーチチャイナ)と。

 日本のときとちがい、中国では土地バブルは、起きない。
土地はすべて国家に帰属する。
それで「住宅」となる。
が、それにしても……!

●被害を最小限に

 とはいっても、私は何も中国経済のことを心配しているわけではない。
ただいつもこう、思っている。
「日本よ、日本人よ、お人好しはやめよう」と。

 こと経済に関して言えば、食うか食われるか。
それが現実。
サッカーの試合を思い浮かべればよい。
それが巨大化したのが、国際経済。
勝つか、負けるか。
そういう世界では、「お人好し」は通用しない。
よい例が、オウンゴール。
相手チームがヘマで、オウンゴールにしてくれれば、私たちはそれを喜ぶ。
もちろんその反対もある。
それが国際経済。

 中国のバブル経済が崩壊すれば、もちろん日本経済も大打撃を被る。
しかし日本は、中国の、これ以上の台頭を許してはいけない。
経済的脅威だけが問題ではない。
軍事的脅威もある。
そのためにも、中国のバブル経済崩壊を、歓迎はしないまでも、日本はうまく利用する。
あるいは被害を最小限に抑えるための準備だけは、今から、しっかりとしておく。

●アメリカ経済

 中国経済だけではない。
アメリカ経済もおかしい。
このままではデフォルト(債務超過=国家破綻)すると言われている。
この8月にも、第一の危機がやってくるという(2011)。

が、アメリカのばあい、いざとなったら、札・印刷機を回せばよい。
お金はいくらでもある。
その一方で、アメリカ・ドルをほしがっている国は、いくらでもある。
そういう意味で、「基軸通貨」というのは、強い。
強いが、いつまでも強いというわけではない。
ドルへの不信感は、そのまま貴金属価格の高騰へとつながっている。
現在、金はグラム4000円以上、プラチナは、グラム5000円以上。

 が、それだけではない。
加えてEU経済もおかしい。
もちろん日本経済もおかしい。
おかしいが、こうして書き出したら切りがないので、この話はここまで。

●上海の現状

 上海に住むMさん(友人、女性)が、こんなレポートを送ってくれた。
中国の実態経済をかいま見るようで、たいへん興味深い。

【上海のMさんより】

●不動産について:
 
不動産を買う事がないので、また、周囲の日本人駐在員で不動産を買う人も聞いたことが
無いので何ともいえませんが。。。
知り合いの中国人は既に上海市内に3物件、日本に2件あるそうです。
更に、もう1件、日本に買うとか。
我が家の家賃はこの3年上がっていませんが、上海市内では、少し前から家賃は上昇傾向
にあります。
賃貸に関してはまだまだ強気だと思います。

大家が店子を追い出したいがためにビルの電気を止めてしまって、お店を移転せざるを得
なくなった。。。なんて話はよくあります。
分譲は、先にも書いたように、具体例を知らないので何も言えません。
ただ、億ションは未だ、たくさんあります。
 
今まで住んでいたところが更新を機に値上がりするので、引っ越す、という知人が最近2
件ありました。
2人ともマンションは別の場所です。
 
携帯にマンションの宣伝がよく送られてきます。
今日来た物件は「72平米。頭金46万元(=570万円)」。
物件の値段は書かれてません。場所は未だ開通してない地下鉄の駅のそば、というだけ。
昨日きたのは「100万元(=1240万円)より。
地下鉄○号線××駅そば。
サービスアパートメント」。
決して上海市中心部ではありません。
 
ちなみにスターバックスのカフェラテ(トールサイズ)、25元(310円)。
タクシーの初乗り料金12元(149円)。
朝日が中国で生産販売している牛乳、1L、25元(310円)。
近所の果物屋の今日のスイカ、1.7元(21円)(500gあたり)。
近所のローカルパン屋の食パン、1斤7元(87円)。
 
2006年当時は4、5本しか通ってなかった地下鉄がいまや建設中のものを含めて13本あり
ます。
(あっという間に出来てしまう上海の地下鉄!)
  
Mより

1元=12・4円(2011年6月10日現在)
(以上、(かっこ)内は、私の方で計算。)


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司


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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小学1年生+2年生混合クラスで、立体図、展開図を教える】
(2011−6月10日)

●BW教室(実験教室)

今週は、立体図、展開図を教えてみました。
最終的には、直方体まで……と思っていましたが、子どもたちは、踏み台づくりに
挑戦しました。
このチャレンジ精神が、重要ですね。
そんな熱気を、どうかこのビデオの中で感じてください。

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【ついでに、能力的にたいへん恵まれた子ども(小1・6歳児)を紹介します)

●この程度まで、立体図を描ける子どもは、小学1年生で、数百人に1人です。

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(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 立体図 展開図 見取り図 立体模型)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【孤独は第2の人生のための産道】

●BW公開教室byはやし浩司

 現在、もっとも力を入れているのが、YOUTUBE。
昨年度までは、幼児クラスを中心に録画し、それをYOUTUBEに載せていた。
が、今年からは、小学1年生クラスも録画するようにした。
その分、忙しくなった。
が、しかしそれ以上に楽しい。

 ひとつには、アクセス数がふえたこと。
3月(2011年)末までは、400〜600件/日を推移していた。
それが4月に入ってから、つまり小学1年生クラスを録画するようになってから、800
〜1000件/日へと増えた。
この先も、どんどんと増えそうな気配である。
YOUTUBEでは、「インサイト情報」として、それをグラフ化して示してくれる。

 で、外国からのアクセスも、多い。
コメント欄には、いろいろな書き込みがある。
が、今までは日本語を勉強している人のものばかりだった。
そのたびに「そういう使い方もあるのだなあ」と思った。
もともとは孫の芽衣のために開いたホームページである。
しかし肝心の芽衣からの反応は、ゼロ。
昨夜も二男とスカイプ(テレビ電話)で話したが、見ている気配はなかった。
(残念!)

 少しやる気をなくしていたところへ、上海に住む工藤さんという方から、コメントが届
いた。
5歳になる息子さんが、私のYOUTUBEを利用しているという。
その学習している様子を、同じくYOUTUBEに載せて、送ってくれた。

 うれしかった・・・というより、驚いた。
教室の子どもたちと同じように、いっしょになって声をあげているではないか!
表情も、すばらしい。
それを見たとき、ひとつまた、インターネットの世界が広がったように感じた。
双方向性というか、ほかの通信媒体ではまねできない芸当である。
私はさっそく、工藤さんからのYOUTUBEを、公開教室に並べて掲載した。
息子さんが画面に向かって勉強している顔を、そのまま紹介させてもらった。
興味のある方は、どうか「公開教室・2011」を見てほしい。

●休み時間

 さて、2時間。
今、私は2時間の休み時間をもっている。
この2時間を、どう使うか。
先ほど、ワイフが書斎へお茶を届けてくれた。
そのときこう言った。
「至極の時だ」と。

 何か、書きたい。
何を書こうか。
小説に挑戦してみようか。
それとも評論を書いてみようか。

 評論といえば、このところ北朝鮮の動きがどうも怪しい。
何かをたくらんでいる。
中国政府の高官が、北朝鮮の高官に、わざわざこう警告した。
「冒険主義に走るな」と。

 この警告を裏から読むと、「今は、静かにしていろ」となる。
時折しも、韓国軍が、金日成や金正日らの写真を標的にした射撃訓練をしているのがわか
った。
これに北朝鮮が、大激怒。
連日、「ただではすまさない」と騒いでいる。

 たしかに国家元首の写真を標的にした射撃訓練は、ま・ず・い。
北朝鮮が怒って当たり前・・・と書きたいが、北朝鮮だって、言いたい放題、書きたい放
題のことをしている。
韓国のイ大統領を、「逆賊」と呼んでいる。

 が、こういうときが、あぶない。
一触即発というよりは、ささいなことがきっかけとなり、導火線に火をつける。
加えて北朝鮮の経済状況は、目下、どん底。
最悪。
国民の不満をそらすため、北朝鮮が韓国に向かって軍事的冒険をしかけてくる可能性は、
きわめて高い。
今が、そのとき。

 ・・・というようなことを書いても、おもしろくない。
政治の話は嫌われる。
よくわかっている。
だからこの話は、ここまで。

●浜岡原発、反対!

 3・11大震災以来、私は浜岡原発反対派になった。
原発が危険というより、管理・維持技術のおそまつさに、驚いた。
防災訓練の様子を見て、さらに驚いた。
中部電力は、原子炉に水をかけていた。
原子炉に水?
それが防災訓練?

原子炉事故の恐ろしさは、これでよくわかった。
一旦事故が起きたら最後、事故が事故を呼ぶ、連鎖地獄に陥る。
福島第一原発にしても、応急手当はつづいている。
現場で作業をしている方たちには、本当に頭がさがる。
そういう人たちの努力がなかったら、今ごろ東京にだって、人は住めなくなっていたはず。
しかし残念ながら、基本的な問題は、何一つ、解決していない。
そればかりか、状況は日々に悪化している。
3号機の温度も、100度から再び180度に上昇している(6月8日)。

今朝の新聞報道によれば、どの原子炉も、「メルトダウン」より悪い、「メルトスルー」の
状態になっているという。
まさに「チャイナ・シンドローム」。

 それに昨日、自分でこんなことを調べた。
敦賀市(福井原発の並ぶ「つるが市」)から、岐阜県の岐阜市までの直線距離。
今ではグーグルアースを使えば、瞬時にそれがわかる。
それによれば、たったの70キロ!

 私は子どものころから、また昨日の昨日まで、敦賀市は岐阜市からみて、はるか遠いと
ころにあるとばかり思っていた。
間には山地がいくつか並んでいる。
が、たったの70キロ!
車で1時間の距離!

もし敦賀市にある福井原発が事故を起こしたら・・・?
今の時期だと、風は西から東に吹いている。
岐阜市の住民には、即、退避勧告が出されるだろう。
(政府はずるいから、「命令」という言葉は使わない。
退避命令にすると、その責任を負わなければならない。)

 さらに御前崎にある浜岡原発からこの浜松市までは、たったの40キロ。
原発事故にあっては、40キロなどという距離は、誤差のようなもの。
距離と呼べるような距離ではない。

 ・・・というようなことを考えていくと、反対派にならざるをえない。
いくら電力が必要と言っても、町や村を追われ、命まで奪われたら、元も子もない。

●代替エネルギー

 原子力に替わる代替エネルギーとして、恩師の田丸謙二先生の弟子たちは、アンモニア
燃料を考えている。
水を触媒で分解し、酸素と水素に分解する。
それに同じく空気中の窒素と化合させて、アンモニア燃料を作り出す。
これなら安全かつ、無尽蔵のエネルギーを手に入れることができるようになる。

 夢のような話だが、理化学研究所を中心に、今、その研究は着々と実を結びつつある。
「時間の問題です」と、田丸謙二先生は言っている。

 が、ここで、もうひとつの問題にぶつかる。
安価で安全、かつ無尽蔵のエネルギーというのはよい。
こうした科学の発達には、いつももうひとつの「剣」がある。
「両刃の剣」という。
もしそれが軍事目的に利用されたら・・・?
たとえば太平洋の海が、そのまますべて火薬庫になることもありえない話ではない。
もしそれに火がついたら、それこそ地球が丸ごと、吹っ飛んでしまう。

 田丸謙二先生は、そのあたりをどう考えているのだろう。
核燃料と核爆弾。
アンモニア燃料と水素爆弾。
使い方をまちがえると、たいへんなことになる。
この原稿をあとでそのまま先生に送ってみよう。

Hiroshi Hayashi+++June 2011+++はやし浩司(林浩司)

【孤独は、第二の産道】

●言葉

 よい生活をする・・・それがどうした?
よい食事をする・・・それがどうした?
楽しい思いをした・・・それがどうした?

 こうして人はいつも、自分に問いかける。
「だから、それがどうしたの?」と。
するとその答えがない。
どこにもない。

 たとえば今日、私はカニを腹いっぱい食べた。
バイキング方式だったから、食い散らすようにして食べた。
いつもなら細い足まで食べる。
が、今夜は、カニの爪か、太い足だけ。
細い足は、そのまま捨てた。

 が、私の年齢になると、「食べたら、損」。
わかってはいるが、止まらない。
欲望というのは、そういうもの。
コントロールするのが、むずかしい。

・・・というか、理性の力でコントロールするのは、ほぼ不可能。
アルコール中毒やニコチン中毒の人たちを見ればよい。
一度、脳の線条体に受容体ができると、条件反射的に、人間は行動してしまう。

 そう、人は、パンと水(豪華な食べ物)だけで生きるのではない。
キリストの教えを借りるなら、人は、言葉、つまり教えによって生きる。
その教えがないと、「だから、それがどうしたの?」と聞かれると、そこで行き詰まってし
まう。
反対に教えがあれば、即座に答えが返ってくる。

●言葉(教え)

 楽しんで、笑って、腹いっぱいおいしいものを食べ、そのときを愉快に過ごす。
それは人生の一部かもしれない。
しかし先にも書いたように、「だから、それがどうしたの?」と聞かれると、そこで言葉が
行き詰まってしまう。

 そこで私たちは、言葉(教え)を求める。
反対に言葉(教え)のない人生ほど、味気なく、意味がなく、かつ、つまらないものはな
い。
そこでキリストは「愛」、釈迦は「慈悲」、孔子は「仁」を、それぞれ説いた。
これら三者は、基本的には同一のもの。
言葉というのは、それをいう。
この言葉があるから、私たちは今、ここにこうして生きていることができる。
そうでなければ、そうでない。
ただ「息(いき)る」だけの人間になってしまう。

●みんな孤独でさみしい

 老いるということは、孤独との闘い。
よく「老後は孫の世話と庭いじり」と説く人がいる。
が、これはウソ。
そんなもので、老後の心の隙間を埋めることはできない。
ごまかすことはできる。
しかし埋めることはできない。

 酒にしても、そうだ。
飲んだときは、忘れられる。
しかし酔いから覚めたとき、その何十倍もの孤独が襲ってくる。

 が、心配無用。
あのキリストだって、孤独だった(マザー・テレサ)。
キリストは、それを「ハンガー(飢え)」という言葉を使って表現した(マザー・テレサ)。
あなただけではない。
私だけではない。
みんな孤独。

 その心の空白を埋めるのは、言葉(教え)でしかない。
いくらよい生活をしても、よいものを食べても、楽しいときを過ごしても、それは一時の
幻想。
霞(かすみ)。
むしろそういうものには、麻薬性がある。
一度毒されると、かえってそこにある真実が見えなくなる。

 だから孤独であることを、嘆く必要はない。
孤独から逃げる必要もない。
前にも書いたが、孤独は、人間がつぎの世界に入るための関門。
言うなれば、第二の産道。
その関門を通らずして、私たちはつぎの世界に入ることはできない。

 苦しい。
つらい。
おまけに痛い。
だから産道。

●関門(第二の産道)

 人は否応なしに、老いる。
老いることによって、そこに死を見る。
そのおかげで、私たちは、孤独を知る。
が、その孤独を恐れてはいけない。

 ほとんどの人は、燃え盛る火を見て逃げるように、孤独をそこに見ると、そこから逃げ
てしまう。
ごまかそうと、必死になる。
もがく。
苦しむ。
中には、その苦しさに耐え切れず、命を絶つ人もいる。
が、もがく必要はない。
苦しむ必要はない。
もちろん命を絶ってはいけない。

 あなたがすべきことは、ただ静かに身を横たえ、それを受け入れる。
とたん、その向こうに、道が見えてくる。
恐らくその道は、人によってみな、ちがうだろう。
が、それが第二の世界ということになる。

 このころになると、人は、フロイトが説く「性的エネルギー」がどんなものであったか
がよくわかる。
平たく言えば、それまでの私たちがいかに欲望の奴隷であったかを知る。
その奴隷的呪縛感から解放される。
・・・というか、その解放感は、解放されてみないとわからない。

●朝に知れば・・・

 こうして考えると、老後は、大きなチャンス。
老後があるおかげで、私たちは真理を知る。
真理に到達することができる。
もし老後がなかったら、100年生きても、200年生きても、人は愚かなまま。
愚かなことを繰り返し、それが愚かなことであるかさえ気がつかない。
長寿は美徳だが、中身のない長寿は、ただの数字の遊び。
だからある賢人は、こう言った。

『朝に知れば・・・』と。

 無駄に100年生きるより、有益に1日を生きたほうがよい。
それを決定するのが、言葉(教え)ということになる。

●第二の産道論

 実は、「第二の産道」論は、以前にも書いた。
原稿をさがしてみる。
日付は2011年1月となっている。
たった半年前!
私にはずいぶんと昔に書いた原稿のように思える。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●喪失の受容段階論(孤独と真理)「喪失の受容段階論」


●孤独は心のがん細胞(2011年1月28日記)


++++++++++++++++


喪失の内容、程度は、さまざま。
失恋、事業の失敗、健康、離婚、
子どもの巣立ち、肉親の死、配偶者の
死など。


そのつど人は、はげしい喪失感を
覚える。
ときにそれがそのまま絶望感になることもある。
襲い来る孤独感、孤立感、虚無感……。


少し前、「孤独は心のがん細胞」という
記事を書いた。
孤独をけっして軽く見てはいけない。
孤独は、心をむしばみ、やがて自らの死、
つまり自殺へと、心を導く。


が、この孤独。
闘えば闘うほど、キバをむいて
私たちに向かって襲いかかってくる。
もがけばもがくほど、孤独という糸に
からまれ、身動きが取れなくなる。


仏教でも、「無間地獄」と位置づける。
あのイエス・キリストも、孤独に
苦しんだ(マザーテレサ)。


が、受け入れてしまえば、何でもない。
孤独に身を任せ、静かにそれを受け入れる。
それで苦しみが消えるわけではない。
悲しみが消えるわけではない。
孤独であることは、苦しい。
魂が引き裂かれるほど、苦しい。
が、その苦しみを受け入れたとき、
その先に小さな光明が見えてくる。


人は、人生において2度、産道をくぐりぬける。
母胎からの産道。
そして孤独からの産道。
2度目の産道をくぐりぬけたとき、人は、
真理の世界に生まれ出ることができる。


++++++++++++++++++


●喪失


 人は、どう喪失感を受け入れていくか。
その参考となるのが、キューブラー・ロスの「死の受容段階論」。
言うまでもなく、「自分の命」を失うことを超える喪失感は、ない。
まさに死は究極の喪失感ということになる。


●死の受容段階論


 キューブラー・ロスの死の受容段階論(「発達心理学」山下冨美代著、ナツメ社より)は、
つぎのような段階論をいう。


(第1期) 否認……病気であることを告知され、大きなショックを受けたのち、自分の病気
は死ぬほど重いものではないと否認しようとする。


(第2期) 怒り……否認の段階を経て、怒りの反応が現れる。その対象は、神や周囲の健康
な人、家族で、医療スタッフに対する不平不満としても生ずる。


(第3期) 取り引き……回復の見込みが薄いことを自覚すると、神や医者、家族と取り引き
を試みる。祈ることでの延命や、死の代償として、何かを望む。


(第4期) 抑うつ……死期が近づくと、この世と別れる悲しみで、抑うつ状態になる。


(第5期) 受容……最後は平静な境地に至という。運命に身を任せ、運命に従い、生命の終
わりを静かに受け入れる。(以上、同書より)


●喪失の受容段階論


 喪失感がはげしければはげしいほど、ロスの『死の受容段階論』に似た段階を経て、や
がて人は喪失を受け入れるようになる。
こまかい点ではちがいはあるのだろうが、おおまかに言えば、それに近い。
順に整理してみる。


(第1期) 否認……失ったことを知り、大きなショックを受けたのち、失ってはいないと、
はげしく否認する。ささいなことに希望をつなぎ、「まだ何とかなる」と思う。


(第2期) 怒り……否認の段階を経て、怒りの反応が現れる。その対象は、神や周囲の幸福
そうな人、家族で、相手本人に対する不平不満としても生ずる。


(第3期) 取り引き……喪失の回復の見込みがないことを自覚すると、神や医者、家族と取
り引きを試みる。祈ることでの延命や、喪失の代償として、何かを望む。


(第4期) 抑うつ……喪失感が持続的につづくと、虚無主義に陥ったり、抑うつ状態になる。


(第5期) 受容……最後は平静な境地に至る。運命に身を任せ、運命に従い、喪失による孤
独感を静かに受け入れる。(以上、ロスの『死の受容段階論』を一部、改変。)


●孤独をどう受け入れていくか


 孤独というのは、闘っても意味がない。
闘う必要もないし、また人間にはそれに打ち勝つ力はない。
そこで大切なことは、居直る。
「ああ、私は孤独なんだ」と。
同時に、「みな、そうなんだ」と思えばよい。


 一見、派手な世界で愉快そうに振る舞っている人にしても、孤独でない人はいない。
みな孤独を背負っている。
あるいは孤独という氷の上を歩いている。
薄い氷。
その下では孤独が、「おいで、おいで」と手招きしている。


孤独を知らない人というのがいたら、本物のバカか、ものを考えないノーブレイン
(=脳なし人間)。
あるいは孤独をごまかして生きているだけ。
孤独から逃げているだけ。


 もちろん財力や名誉、地位、肩書き、経歴など、孤独の前では、一片の価値もない。
意味もない。
乾いた煙ほどの力もない。
孤独を癒す力など、まったくない。
もがけばもがくほど、孤独の糸がからんでくる。
身動きが取れなくなる。


 が、ひとたび孤独を受け入れれば、周りの世界は一変する。
それまで見えなかったものが、見えるようになる。
何が大切で、何がそうでないか。
何が価値があり、何がそうでないか。
言うまでもなく、私たちが探し求めている真理は、その向こうにある。


●真理探究


 財力や名誉、地位、肩書き、経歴に毒されている間は、真理など求めようもない。
そういう世界で踊っている人は、作りあげられた幻想の世界で、酔いしれているだけ。
それは一時のさみしさを紛らわすために飲む、酒のようなもの。
酒から覚めたら、その何倍もの孤独感が襲ってくる。


 言い替えると、財力や名誉、地位、肩書き、経歴にしがみつけばつくほど、その人は
孤独を前に、もがき、苦しむ。
絶望のどん底へ叩き落とされる。
「自らの死」を選択することにもなりかねない。


 が、孤独は「第二の産道」。
その産道をくぐり抜けることなしに、人は、真理の世界に入ることはできない。
もちろん「真理」は、その人によってちがう。
真理はひとつではないし、真理の向こうにまた別の真理がある。
そこは平和で、満ち足りた世界。
豊かで、おおらかな世界。
が、その世界もまた、無限のかなたへとつづく。


 方法は簡単。
孤独を受け入れる。
静かに受け入れる。
それで苦しみや悲しみが消えるわけではない。
しかしやがて、その先に、一筋の光明が見えてくる。
あとはその光明に向かって歩いていけばよい。


 ……この先のことは、私にもわからない。
ただこれだけは言える。


真理などというのは、そんなに遠くにあるものではないということ。
私やあなたのすぐそばにあって、私やあなたに見つけてもらうのを、息をひそめて
じっと待っている。


 さあ、あなたも勇気を出して、孤独の世界に身を横たえてみよう。
声に出して叫んでみよう。
「私はさみしい!」と。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 第二の産道論 真理の探究 真理 孤独論 喪失論 喪失の受容段階論
 はやし浩司 ロス 死の受容段階論 はやし浩司 孤独は心のがん細胞 はやし浩司 
第二の産道 第2の産道論 孤独は真理への関門 はやし浩司 関門論 産道論)

(参考)

●ストレス論byはやし浩司

++++++++++++++++

昨夜、知人(65歳、男性)が、こう言った。
「私たちの年齢になると、勇気を出して、外出する。
それが心の健康に、とても重要です、と。

同感!
賛成!

ともすれば、私たちは外出するのがおっくうになる。
「できれば家の中で、のんびりしたい」と思うようになる。
が、それは心の老化のはじまり。

心が老化すると、
(1)刺激を嫌うようになる。
(2)変化を嫌うようになる。
(3)現状維持のまま楽をしたいと願うようになる。

 どれも同じようなもの。
だから「勇気を出して」となる。
その「勇気」が途絶えたとき、私たちの心は、ジジ臭くなる。
ババ臭くなる。

 ……ということで、昨夜は会食。
たがいに勇気を出して、行ってきた。
その席で、「ストレス」が話題になった。
「人間関係がストレスの原因」と、その男性は言った。

同感!
賛成!

それに答えて、私はこう言った。
「孤独は、心のがん細胞」と。

●ストレス学説
 
人間関係ほど、わずらわしいものはない。もし人が、そのわずらわしさから解放されたら、
どんなにこの世は、住みやすいことか。いうまでもなく、我々が「ストレス」と呼ぶもの
は、その(わずらわしさ)から、生まれる。

このストレスに対する反応は、二種類ある。攻撃型と、防御型である。これは恐らく、人
間が、原始動物の時代からもっていた、反応ではないか。ためしに地面を這う、ミミズの
頭を、棒か何かで、つついてみるとよい。ミミズは、頭をひっこめる。

同じように、人間も、最初の段階で、攻撃すべきなのか、防御すべきなのか、選択を迫ら
れる。具体的には、副腎髄質からアドレナリンが分泌され、心拍を速くし、脳や筋肉の活
動が高まる。俗に言う、ドキドキした状態になる。

ある程度のストレスは、生活に活力を与える。しかしそのストレッサー(ストレスの原因)
が、その人の処理能力を超えたようなときは、免疫細胞と言われる細胞が、特殊な物質(サ
イトカイン)を放出して、脳内ストレスを引き起こすとされる。

そのため副腎機能の亢進ばかりではなく、「食欲不振、性機能の低下、免疫機能の低下、低
体温、胃潰瘍などのさまざまな反応」(新井康允氏)が引き起こされるという。その反応は
「うつ病患者のそれに似ている」(同)とも言われている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 孤独感、絶望感は、ただ単なる感情ではない。
肉体をもむしばむ「がん細胞」ということになる。
こわいのは、脳内ストレス。
年齢的なことはよくわからないが、50歳を過ぎたら、要注意!

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 ストレス 免疫 免疫機能の低下 免疫機構 サイトカイン 孤独
 強力なストレス はやし浩司 絶望 孤独 心のがん細胞 ガン細胞)


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●6月6日(2011)「絶望感」

●マウスをモニターに?

 友人のDさん(男性)が、今度、インターネットを始めた。
ちょうど50歳。
50の手習い。

 が、今までキーボードにすら、触れたことがないという。
高校1年生の娘さんに、あれこれ教えてもらっているという。
で、生まれて初めての、記念すべきメールを、私宛に出すという。
が、「メールを出しました」と電話があってから、3日たっても、メールは届かなかった。

 で、今度は私の方から電話。
「メールが届いていませんが……」と。

 こういうやり取りが、2回ほどあって、やっとメールが届いた。
が、こわくて、開けなかった。
件名の欄が、空白。
差出人の名前が、「ポンポコ……」とかいう、そんなような名前になっていた。
「たぶん……?」とは思ったが、開けなかった。
どう見ても、ウィルスメール。

 で、電話をかけて確認。
娘さんのアドレスをそのまま使っていた。
Dさんは、「ポンポコ……というのは、うちの娘のです」と。

 ……ということで、メールを開くと、「Dです。届きましたか?」と。
私はすぐメールで返信した。

「件名欄は空白にしてはいけない。
差出人の名前を書くこと」と。
電話で、私のホームページを見たいと言ったので、アドレスを張りつけておいた。

 が、しばらくするとまた電話。
D「メールが届いていません。ホームページも見ることができません」
私「マウスでカーソルをその上にもっていって、左、ダブルクリックです」
D「マウス? ……そんなもの、ありません」
私「ない? パソコンはどんなの? ノート、それとも……」
D「携帯電話です」

私「携帯電話では、見られません。携帯端末なら、見られます」
D「やっぱりそうですか。じゃあ、ちょっと待ってください」と。

 それから待つこと1時間あまり。
しびれを切らして電話をかけると、「今、やっているところです」と。

D「出ました、出ました。先生(=私)のメールが出ました」
私「その中に、私のHPのアドレスがあるでしょ。その上にマウスをもっていき、ダブル
クリックです」
D(カチャカチャという、聞き慣れない音)「出ませんねえ……」
私「マウスは今、どこにありますか?」
D「テレビ(モニター)の上です」
私「テレビの上?」
D「そうです」
私「あのう……。マウスは下に置いて、使うものですが……」と。

 こういうやりとりが、……つまり電話のかけあいが、1時間ほど、つづいた。
私は絶望感を覚え始めた。
Dさんも、「もう、疲れました」と言い始めた。

で、結局、今度、Dさんに、私の家に来てもらうことにした。
私が直接、教えることにした。
で、その夜は、そのまま電話を切った。

●パソコンの世界

 インターネットというのは、(パソコンの操作もそうだが)、それができる人は、日常の
会話のようにできる。
何も考えず、簡単にできる。
が、できない人には、できない。

数年前だが、近所の奥さんを助けたことがある。
「パソコンが動かない」というから、見に行ってやった。
が、見ると、フロッピーディスクが差し込んだままになっていた。

 またつぎの日、今度は、「プリンターが使えない」と言ってきた。
また見に行ってやると、プリンタードライバーが壊れていることがわかった。
ドラーバーを再インストールするしかない。
そこで奥さんに、「ドライバーはありますか?」と聞くと、「あります」と。
画面を見つめながら、あちこちを操作していると、奥さんがドライバーをもってきた。
見ると、ねじ回し用のドライバー!

 ……といっても、けっして笑ってはいけない。
みな、こういう経験を経て、パソコンの世界に入っていく。
私も、若いころ、いろいろな失敗をした。
さんざんした。
真っ青になり、冷や汗をタラタラと流しながら、徹夜したことも多い。
だからDさんにこう言った。

「パソコンというのはね、あきらめたら、負け。何としても解決してやるという意気込み
がないと、そこでくじけてしまう。くじけたら最後、そこで終わってしまう」と。

●パソコン嫌い

 その一方で、パソコン嫌いという人も、たしかにいる。
50代、60代の人に多い。
「あんなものなくても、一向に困らない」と。

 便利さを知る前に、便利さそのものを否定する。
そればかりか、インターネットを使っている人を、逆に軽蔑する。
(軽蔑だぞ!)
「ああいうものをやっていると、頭ばかりでっかちに(=大きく)なって、どうしようも
ない人間になってしまう」と。

 私が「パソコンで原稿を書いています」と言ったとき、「よく頭が痛くなりませんね?」
と言った人もいた。
何でもその人は、パソコンに向かって文字を打とうと考えただけで、頭が痛くなるという。
そういう人もいる。
が、私はいつもこう言う。

 「モニター画面の向こうには、もうひとつの宇宙がある」と。

 モニターという「窓」の向こうには、広大な宇宙が広がっている。
しかもそれぞれのモニターを介して、無数の人とつながっている。
今も、この画面の向こうには、無数の人たちがいる。
顔は見えないが、たしかにいる。
インターネットを否定する人は、自らその宇宙を否定していることになる。
だからそういう人に出会うたびに、私はこう思う。
「もったいない!」と。

●幼児教育

 ともあれ、パソコンの操作を知らない人は、本当に何も知らない。
またそういう人もいるという前提で、指導書などを充実させる。
たとえば先に書いたDさんにしてみれば、「アドレスの上に、カーソルを置く」ということ
を理解するだけでもたいへん。
Dさんは、アドレスの上、つまりアドレスの上にある空白部分に、カーソルを置いていた。
「上」という意味が、わからない。
正しくは「重ねる」。
が、どの指導書を見ても、「上」となっている。
「重ねる」と書いてある指導書はない。

 つまりそういうレベルから、指導を始める。
そのコツと内容は、幼児教育のそれに似ている。
たとえば年中4歳児あたりに、「『はしる(走る)』の反対は?」と聞くと、「ルシハ」と答
えたりする。
あるいは、昔、こんなことがあった。

 園庭で園児を指導しているとき、手を下げたまま走っている子どもがいた。
そこで私がその子どもに、「手を振って走れ」と号令をかけると、その子どもは「先生、バ
イバーイ」「先生、バイバーイ」と、手を振りながら走り始めた。

 ……などなど。
いろいろある。
Dさんの話をワイフにすると、ワイフは笑った(失礼!)。
が、私は笑えなかった。
フフフと笑ったが、それ以上には笑えなかった。
私は何とも表現しがたい、絶望感を覚えたままだった。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【O−104と、77万テラベクレル】(はやし浩司 2011−06−07)

++++++++++++++++++

今朝は6時ごろ、目が覚めた。
が、そのままふとんの中で、あれこれ考えた。
起きあがったのは、7時過ぎ。

庭に出て、鳥の餌をまく。
30分の運動。
汗をぬぐいながら、そのまま書斎へ。

いつもの日課。
まずニュースサイトを読む。

++++++++++++++++++

●6月7日

 今朝は、つぎの2つの数字が気になった。
ひとつは、「Oー104」。
もうひとつは、「77万テラベクレル」。

 【産経新聞より】欧米で腸管出血性大腸菌「O(オー)104」の感染が拡大している。
これまでに感染者は13カ国で2150人を超え、ドイツで22人が死亡、スウェーデン
でも1人が亡くなった。ロシアが欧州連合(EU)からの生野菜輸入を停止するなど、財
政危機に苦しむ欧州に追い打ちをかけている。


 【TBS NEWS−iより】福島第一原発の事故で大気中に放出された放射性物質の
量について、原子力安全・保安院は77万テラベクレルだったという新たな推定結果を明
らかにしました。これまで公表されていた値のほぼ倍の値です。

●O−104

 あの「Oー157」のときは、日本中が大騒ぎになった。
それが今度は、「Oー104」。

『今回のO104は、1996年に日本で11人が死亡、約9000人が感染したO15
7との遺伝子交換で変異した種とみられ、毒性も強いとされる』(産経新聞)そうだ。
日本への侵入は、もはや時間の問題。
警戒しよう。

●77万テラベクレル

 もうひとつは、「77万テラベクレル」。
が、77万テラベクレル?

「テラ」は、10の12乗。
つまり「1兆」。
だから「77万テラベクレル」は、77万x1兆=770000x1000000000
000=77、0000、0000、0000、0000(0が、16個!)ベクレル。
つまり77京(けい)ベクレル。
これだけの放射能が、3・11大震災直後、11日から16日までに放出されたという。
が、それでもピンとこない。

 そこでチェルノブイリ事故以後の、スウェーデンにおける「地域汚染区分図」を見る。
そこでは、「kベクレル」という数字が使われている。
セシウム137による汚染度だが、もっとも高いところで、120Kベクレル/平方メー
トルだったとか。
120K=120x1000=120000ベクレル。
それでもその後、スウェーデンでは、がん患者が急増している。
これについて京都大学の研究グループは、こう結論づけている。
「……今後増える分を含めて、その10倍のガンが発生するとするなら、チェルノブイリ
事故によって、ヨーロッパ全体に80万人のガンがもたらされる」(「原発事故」(宝島社))
と。

 飛散した面積にもよるが、「77万テラベクレル」というのは、相当な量である。
同じく京都大学の研究グループの計算によれば、チェルノブイリでこれまで放出された放
射能の量は、1880京ベクレル(同書、P52)ということだそうだ。
福島第一原発では、その約20分の1とはいえ、それが3月16日までに放出されている。
(ただし不幸中の幸いと言うべきか、当時は東風で、大半は海側に流れたとみられている。)

 が、だんだんと、「数字」の意味がわかってきた。
もう一度、整理してみる。

(1)チェルノブイリでは、1880京ベクレルの放射能が放出された。
(2)福島第一原発では、3月16日までの5日間に、77京ベクレルの放射能が漏れた。
(3)1平方メートル当たり、12万ベクレルというのは、スウェーデンでも最高値。そ
のためガン患者が、ヨーロッパ全体だけでも、80万人もふえた!

 が、もちろんその「77万テラベクレル」で終わったわけではない。
いろいろな対策は講じられつつあるが、現在の今も、3・11日当時と同じか、もしくは
さらに悪化している。
つまり放射能は、それ以後も、日常的に漏れつづけている。
その量はいったい、どれだけなのか?
それすらも、現在、よくわかっていない。

 チェルノブイリでは、現在、原発から300キロ圏内まで「高汚染地帯」、600キロ圏
内まで「汚染地帯」となっている。
ちなみに福島第一原発から東京まで、約250キロ。
この浜松市まで、約400キロ。
このことから、つぎの2つがいかに重要なことかがわかる。

(1)できるだけ早く、放射性物質の漏えいを食い止める。
(2)原子炉をけっして、爆発させてはならない。とくに3号機に警戒する。3号機は、
MOX燃料(プルサーマル)を使用している。
3号機がきわめて不安定な状態になっているのは、そのため。
またプルトニウウムの毒性は、ウランのそれの比ではない。

(「軽水炉にMOX燃料を使うのは、灯油ストーブに、ガソリンを使うようなものだそうだ
(同書による)。)

●岐阜市での放射能測定値(錯覚と誤解)

 岐阜県という県は、3本の川によって、それぞれ独特の文化圏を形成している。

東から木曽川文化圏、長良川文化圏、そして揖斐川文化圏。
横のつながりは、ほとんどない。
ただし岐阜県は、昔から、南側の美濃地方と北側の飛騨地方に別れている。
飛騨地方については、山を越え、東西につながっている。
生活習慣や言葉などは、よく似ている。
昔の人々は、山を越え、それぞれに交流していたにちがいない。

 その岐阜。

 私は今回の原発事故が始まった直後は、こう考えていた。
「もし放射能が浜松まで及んできたら、岐阜へ逃げよう。それでもだめなら石川県の金沢
に逃げよう」と。

 しかし福島第一原発のある場所に中心を刺し、コンパスで円を描いてみて驚いた。
浜松も岐阜も金沢も、同一円内にある。
つまり逃げても、無駄。
が、誤解……あるいは錯覚というのは、恐ろしい。
頭の中の「地図」は、そうなっていない。
岐阜や金沢は、福島よりずっと遠いと感ずる。
長い間の地理的誤解が、そういう感覚を形成してしまった。
が、さらに今回、驚いたことがある。

 現在、文科省とは別に、『放射線・原子力教育関係者有志による全国環境放射線モニタリ
ング』というのが、公表されている。
(文科省の公表値は、ほとんどアテにならない。)
http://www.geocities.jp/environmental_radiation/

 それでみると、
静岡県は、このところ平均して、0・045前後の値を推移している。
ところが岐阜県は、0・080前後。
「静岡」の約2倍!

 これはどうしたことか?

 福島第二原発からの風が、静岡より、北側を流れているということか?
が、それにしても、腑に落ちない。
そこでつぎに福井県を調べてみた(同、調査)。
それを見て、理由がわかった。

福井県は、0・90〜1・00前後。
つまり原因は、どうやら福井原発にあるらしい?
福井原発から岐阜市まで、たったの70キロ弱(岐阜市ー敦賀市、直線距離)。
岐阜県全体が、100キロ圏内にすっぽりと入ってしまう。

 が、誤解というのは、恐ろしい。
私も岐阜県人だったが、福井原発が、そんなに近いところにあるとは知らなかった。
福井原発についても、岐阜県で反対運動が起きたという話は聞いたことがない。
岐阜からみると、福井は、山の向こうの、さらにそのまた向こうの遠いところ。
「岐阜には関係ない」となる。……となっていた。

 が、これはまさに錯覚!

 いいか、岐阜県の人たちよ。
福井原発は、すぐ目と鼻の先だぞ。
たったの70キロだぞ。
知っていたか!

ちなみに浜岡原発から浜松市まで、40キロ前後。
もし浜岡原発や福井原発で、福島第一原発と同じような事故が起きたら、浜松市はもちろ
ん、岐阜市も、「避難勧告地域」になる。
のんきに構えている方が、おかしい。

 ということで、福井第一原発事故は、地図の見方まで変えた。
今までは、「車で何時間」というような考え方が、主流だった。
が、今は「直線距離」。
山も川も、文化圏もない。
「直線距離」。
またそれでみなければ、意味がない。

で、岐阜県の人たちへ

 岐阜での放射能測定値は、静岡の2倍。
福井原発までの距離は、たったの70キロ。
知っていたか?
 
●6月7日

 ということで、6月7日も始まった。
そうそう、昨日、庭のキーウィの木に、ヘビが現われた。
中型のシマヘビ。
ワイフが昼寝をしていて、それを見つけた。

 私は手元にあった殺虫剤をかけた。
顔にもかけた。
が、ヘビのほうは、平然としたもの。
そのまま体を反対側に向けると、スーッと葉の中に消えていった。

教訓1。
ヘビには殺虫剤は、効果なし。

教訓2。
人間はより大型の動物になればなるほど、殺すのをためらう。
つまり小さな動物(虫など)は、平気で殺すことができる。
しかしある一定以上の大きさの動物になると、殺せなくなる。
私のばあい、家ネズミ程度が限度。
それ以上の大きさの動物となると、よほどの殺意を覚えないと、殺せない。
たとえばマムシなど。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●はやし浩司 2011−06−08

++++++++++++++++++++++

今夜は、A氏が夕食に招待してくれるという。
カニ(ズワイガニ)食べ放題のバイキング料理。
ワイフと2人で行く。
楽しみ。

また、このところ、自分のYOUTUBEを見て、
癒されることが多くなった。
昨夜も遅くまで、ワイフとふとんの中でそれを
見ていた。
教室では聞き漏らした子どもたちの声が、
そのまま残っている。
それを聞くのが楽しい。
「ああ、あのとき、あの子は、こんなことを
言っていたんだア」と。

++++++++++++++++++++++

●朝食のとき

 このところハチを多く見かけるようになった。
2〜3匹、飛び交うのを見たら、近くにかなり大きな巣があるとみてよい。
これは私の経験。

「どこだろう?」
「どこかしら?」と。

 が、ハチというのは、(とくにスズメバチは)、自由気ままな虫。
すぐには巣に戻らない。
じっと見つめているが、そのうちフイとどこかへ行ってしまう。
見失ってしまう。
まるで忍者のよう。

 私は、しかしハチの巣を見つけたら、容赦しない。
何度か刺されて、私の体の中には抗体ができている。
刺されるたびに、体中が腫れる。
今度刺されたら、命があぶない。

 蜂の巣については、いろいろな退治の仕方がある。
しかしもっとも簡単な方法は、殺虫剤を使うこと。
ハチというのは、どういうわけか、あの殺虫剤に弱い。

夜中に、懐中電灯で照らしながら、巣の入り口に向けて、噴霧する。
たいてい入り口のところに、1〜2匹、門番がいるので、まずそいつを殺す。
そのあとすかさず殺虫剤の口を、巣の入り口につけ、5分前後、噴霧しつづける。
やがて殺虫剤の液体が、巣の底を破り、ポタポタと落ちてくる。
そのころには、巣の中のハチは全滅。

 「殺す」というのも、残酷な話?
しかし「殺虫剤」という。
「退虫剤」とは言わない。
だからやはり「殺す」となる。

●「私の人生を、返して!」

 私の知人(男性)の妻が、夫にこう言ったという。
「私の人生を返して!」と。
知人は、そのとき60歳。
妻も、そのとき60歳。

 その話を聞いたときには、「そういうものかなア」と思った。
しかし今になって、その言葉が、ジンと胸にしみる。
言い忘れたが、その話を聞いたのは、4、5年前。
その知人は、現在、65歳。

 人生の(可能性)が小さくなり、(選択)の幅が狭くなる。
それまでは「何かあるかもしれない……」と、未来に希望を託すことができる。
が、60歳をすぎると、それができなくなる。
老後から「死」へ、一本道が、そこに現われてくる。
とたん、先細りの閉塞感。
が、振り返っても、そこには、何もない。
だから、こう言う。
「私の人生は、何だったのか」と。

●自分の人生を生きる

 この世の中で、自分の人生を生きている人は、いったい、どれほどいるだろうか。
みな、そのつど、何かの犠牲になりながら生きている。
仕事にしても、そうだ。
自分のしたい仕事をしている人は、ほとんどいない。
みな、何かにじっと耐えながら、その日の仕事をこなしている。
しかし何のために?

 ひとつには、家族がある。
妻や夫、子どもがいる。
しかしそれもやがて終わる。
「子はかすがい」と言う。
しかし一歩誤れば、「三界の足かせ」とも言う。

 憩いややすらぎを得るはずの家庭が、監獄へと一転する。
別の知人(男性)はこう言った。
「娘が2人いますが、2人とも片づいたら、今の妻とは別れます」と。
そういう夫婦もいる。

 ……となると、ここで最大の命題。
私たちは何のために生きているのか。

●不満

 そんな話をワイフとする。
もっとも私のワイフは、若いころから楽天的。
超がつくほど、楽天的。
うつ病とは、まるで無縁の世界で生きている。

私「お前は、そんなふうには、思わないのか」
ワ「私は、思わないワ……」
私「『私の人生を、返して!』って、思わないのか」
ワ「思わないはねエ」
私「どうして?」
ワ「思わないから、思わないだけよ」と。

 会話にならない。
つまりこれは生き様の問題というより、とらえ方の問題ということになる。
人生をどうとらえるか。
簡単に言えば、日常的に、不満があるかないかのちがい。
その不満が積もり積もって、「私の人生を、返して!」となる。
だったら、そのつど、不満を解消すればよい。

 その第一。
やりたいことをする。
言いたいことを言う。

 まずいのは(やるべきこと)もしないで、「何もできない」と愚痴をこぼすこと。
が、ワイフは、いつもこう言う。
「要するに、期待しないことよ」と。
「へたに期待するから、あとあと傷つくのよ。だったら、最初から期待しないことよ」と。

●期待しない人生

ワ「あなたの悪いところはね、いつも人に期待するところよ。これだけしてやったのだか
ら、お返しがあるはずとね」
私「……」
ワ「人生についても、そうよ。これこれこれだけのことをしたのだから、お返しがあるは
ずとね。でもね、そんなものはないのよ。だって、あなたは自分のしたいことを、自分の
ためにしているだけでしょ」
私「まあ、そうかもしれないなア……」
ワ「そうでしょ。世の中の人たちはみな、自分のことで精一杯なのよ。いちいち他人のこ
とに、構っておれないのよ。どうしてそれが、あなたには、わからないの」と。
 
 しばし、知人の妻が言った言葉を、頭の中で繰り返す。
庭先の畑の間では、相変わらずハチが飛び交っている。
まったく関係のない話だが、あのハチの寿命は、恐ろしく短いそうだ。
スズメバチについて言えば、女王蜂で1年程度。
(ハチの種類によっても、ちがう。)
しかし働き蜂は、30日程度。
たったの30日!

 そんな話をしながら、ワイフに、「たった30日じゃあ、何もできないね」と。

私「もっとも30年あっても、何もできないけどね」
ワ「ハチは子孫を残すことだけを考えているのよ」
私「そんなことも考えていないよ、きっと。プログラムされたとおりに行動し、そして死
んでいく」
ワ「人間も似たようなものね。そう考えれば、気が楽になるでしょ」
私「そうだなア……」と。

●期待と犠牲心

 (期待)は、いつも(犠牲心)を引き連れてやってくる。
期待するから、犠牲心が生まれる。
その犠牲心が、心をゆがめる。

 子育てについても、同じ。
わかりやすく言えば、子どもには期待しないこと。
やるべきことを淡々とし、それで終わる。
へたに期待するから、あとになって、「裏切られた」と騒ぐ。

 もっともそのとき「先」があれば、まだ救われる。
その「先」がないから、「私の人生を、返して!」となる。

ワ「その点、あなたは幸せよ」
私「ぼくがア……?」
ワ「そうよ。あなたは毎日、自分のしたいことができるでしょ。今までだって、自分のし
たいことをしてきたでしょ」
私「お前は、どうなんだ?」
ワ「私は満足しているわ」
私「そうかなあ……?」
ワ「そうよ」と。

●生きがい

 ……先ほど、ワイフはテニスクラブへ出かけていった。
私は書斎にひとり、残された。
朝食のせいか、眠気が襲ってきた。
たった今、椅子をうしろに大きく倒し、腕をあげ、あくびをしたところ。

 今日の予定は、会食以外に、とくになし。
「昼飯は抜きだな」と、今、思ったところ。
おいしいものを食べるのは楽しい。
しかしそのあと、体重計に乗って、いつも後悔する。
だから今は、こう考える。

「……だからそれがどうしたの?」と。

 つまり私たちはいつも、本能の奴隷になっている。
奴隷になりながら、奴隷になっているとも気づかない。
が、「……だからそれがどうしたの?」と自分に問いかけることで、奴隷になっていること
に気づく。

おいしいものを食べた……だからそれがどうしたの?、と。

 言い換えると、私たちの人生は、どんなにがんばっても、99%は、意味のないことば
かり。
それを繰り返している。
残りの1%だけでも、自分の人生を生きられれば、御の字。
それすらできない人も多い。
だから今は、こう思う。
もし私のワイフが、「私の人生は何だったの? 私の人生を、返して!」と言ったら、私は
こう答えるだろう。

「それがあなたにふさわしい、あなたの人生」と。

 ……少し、きびしいかな?
今朝は眠いので、ここまで。
このあたりが思考の限界。
おはようございます。
6月8日朝、記。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司


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 子育て最前線の育児論byはやし浩司      6月   24日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【6月4日、講演会、要旨】@掛川

+++++++++++++++

子どもの社会性について
これからの育児、家庭教育

+++++++++++++++

●子どもは使う

(1)忍耐力(社会性)
  
教育の誤解(やさしさ、すなおさ、忍耐力)
今回は、とくに「忍耐力」について話す。

変わる子どもたちの意識
 一億、総ドラ息子、ドラ娘化現象
  あるアメリカ人教師の話
子どもの金銭感覚と欲望論
 欲望のメカニズム
  小2ごろまでに決まる金銭感覚

(2)家族の絆

昔の親子関係vs現代の親子関係
(尾崎豊の世代間闘争)
不況下の育児論
 ある知人の悲劇
弱くなる家族の絆(パサパサ家族)
祖父母(両親)の存在感の喪失
 老後の問題
出世主義、家族主義から新家族主義へ
日本の現状と欧米化の問題点

(参考)
●第8回世界青年意識調査より
(将来、親のめんどうをみるか?)
年老いた親を養うことの意識は、欧米に比べ、日・韓で弱い。
★年老いた親を養うことについてどう思うか
『どんなことをしてでも親を養う』(1)
イギリス  66.0%、
アメリカ  63.5%、
フランス  50.8%、
韓国    35.2%、
日本    28.3%

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)
●ああ、父親たるものは……!

++++++++++++++++++

平成10年度の『青少年白書』(ちょうど聴衆の世代)によれば、
中高校生を対象にした調査で、「父親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは54・9%、「母親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは、51・5%。

また「父親のようになりたくない」は、78・8%、
「母親のようになりたくない」は、71・5%であった。

この調査で注意しなければならないことは、
「父親を尊敬していない」と答えた55%の子どもの中には、
「父親を軽蔑している」という子どもも含まれているということ。
また、では残りの約45%の子どもが、「父親を尊敬している」
ということにもならない。

この中には、「父親を何とも思っていない」という子どもも含まれている。
白書の性質上、まさか「父親を軽蔑していますか」という質問項目をつくれなかったのだ
ろう。
それでこうした、どこか遠回しな質問項目になったものと思われる。

(3)人格の完成

 ピーター・サロヴェイ(アメリカ・イエール大学心理学部教授)の説く、「EQ(Emo
tional Intelligence Quotient)」、つまり、「情動の知能指
数」では、主に、つぎの3点を重視する。 

(1) 自己管理能力 
(2) 良好な対人関係 
(3) 他者との良好な共感性

とくに需要なのが(3)の共感性(より愛他的、非自己中心性)

(1)他人への同調性、調和性、同情性、共感性があるか。
(2)自己統制力があり、自分をしっかりとコントロールできるか。
(3)楽観的な人生観をもち、他人と良好な人間関係を築くことができるか。
(4)現実検証能力があり、自分の立場を客観的に認知できるか。
(5)柔軟な思考力があり、与えられた環境にすなおに順応することができるか。
(6)苦労に耐える力があり、目標に向かって、努力することができるか。

(結論)

子どもは使う……家庭の緊張感に巻き込む
 使い方のコツと方法
  便利になりすぎた現代社会
  仕事の分担

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
 BW はやし浩司 愛国心 patriotism 郷土愛 思考力 思想)


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●6月5日(2011)(はやし浩司 2011−06ー05)

●天国論

シャットダウンをする。
コンピューターの電源を切る。
画面にあのロゴが現われ、やがてすぐ光が消える。
ホーキング博士は、「死ぬということは、そういうことだ」と説く。
「天国というのは、闇をこわがる人のためのおとぎ話だ」とも。

そういうものかもしれない。
少なくとも私は、「そういうもの」という前提で、生きている。
あの世はない。
あればもうけもの。
それは死んでからの、お楽しみ。

●復讐

昨日、土手に柵を立てた。
鳥の餌場を柵で囲んだ。
猫が、鳥の餌場に飛びかからないようにした。
その柵を立てながら、私は復讐を考えた。

方法はある。
昔、学生のころ、友人が教えてくれた。
まず針金で輪をつくる。
カウボーイが使う投げ縄のように、一方を小さな輪にして、針金に通す。
猫がその輪の中を通ると、針金が、自動的に締まる。

が、この方法は、残酷!
友人が言うには、猫はギャーギャーと声をあげ、はね回るという。
針金をはずしてやりたくても、それができない。
そのため猫は死ぬ、と。

「あの猫め!」と何度も思った。
ドバトは、みな、あの猫に殺された。
白と黒の、いわゆる三毛猫。
しかしそれも残酷。
つまり猫を殺すのも残酷。
一度、オーストラリアで、野生の猫を撃ち殺したことがある。
あのとき感じた後味の悪さは、今もしっかりと心に張りついている。

そう言えば、二男もそう言っていた。
学生のとき、野生の鹿を撃ちに行ったという。
アメリカでの話である。
で、二男は1頭、銃で撃ったらしい。
が、それについて、こう言った。
「二度としたくない。あの鹿の目が忘れられない」と。

昼食のとき、それをワイフに話すと、ワイフはこう言った。
「あら、ドバトね、一羽、さっきいたわよ」
「いたのか!」
「いたわよ」
「エッ、猫に殺されたのではなかったのか!」と。

うれしかった。
ドバトは生きていた。
一羽でも生きていれば、うれしい。
とたん、スーッと復讐心が消えた。
よかった。

人でも動物でも、何かを恨むのは疲れる。
大量のエネルギーを消耗する。
復讐を考えれば、なおさら。

……どうであるにせよ、私は猫が鳥を襲う場面を目撃している。
柵を立てることは、必要。
どこか傾いた柵。
これでドバトも安心して餌を食べられるはず。
私も、安心して、餌をまける。


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●思考と思想

+++++++++++++++++++

思想家とそうでない人のちがいは何か。
それについて考えてみたい。

+++++++++++++++++++

ある著名なドイツの哲学者の脳みそを解剖
した人がいた。
が、その人は、脳みそのどこをさがしても、
一文も言葉を発見できなかったという。
……というのは、ジョーク。
いつか、だれかから聞いたジョーク。

それはその通りで、思想にせよ、哲学にせよ、
それは「形」として脳みその中に残るものではない。
思想というのは、(もちろん哲学にしても)、
考えながら、同時進行の形で、脳の中で
形成されていく。
たとえば今の私が、そうだ。
(もちろん私は、著名でもなんでもないが……。)

最初から書きたいことが決まっているわけではない。
おおざっぱな部分は、あら筋のように決まっている。
しかし細部は、決まっていない。
さらに言えば、最初は、真っ白。
脳の中には、何もない。
それはちょうど白い紙のようなもの。
広い空間ががらんとしているだけ。

が、こうして書き始める。
するとつぎつぎと言葉が浮かんでくる。
言葉だけではない。
四方八方に、思考が飛び散る。
あちこちへ話がつながっていく。
それをコントロールしながら、思想に
まとめていく。

そのとき当然、さまざまなブレーキも働く。
「これはちがうぞ」「別の意見もあるぞ」
「これは書き過ぎ」と。

こうしてそのつど自らを軌道修正していく。
ものを考えるということは、そういうこと。
だから私のばあいも、「ものを書くとき以外、
ものを考えない」となる。
こうして文字にしてはじめて、思想が「形」を
もち始める。

そこで自分の脳の働きを観察する。

(1)ばくぜんと書きたいことが浮かんでくる。
(2)それを書き始める。
(3)とたん、無数のモヤモヤが脳に充満してくる。
(4)それを文として、まとめあげる。
(5)そのつど軌道修正する。
(6)さらに文として、まとめあげる。
(7)これを繰り返す。

 ということは、基本的には、脳みそは2つの
仕事しかしていない。
ひとつは、ものを書くという仕事。
もうひとつは、軌道修正するという仕事。

もし脳みそを解剖して見つかるものがあると
するなら、この2つのことということになる。
ほかのものは、つまりこうして書いた文章は、
片っぱしから忘れていく。
脳みその中には、残らない。

もちろん記憶としては残るが、あくまでも記憶。
だからつぎにそれに矛盾したことを考えると、
その記憶が今度は、ブレーキとして働く。
「先日書いた思想と、矛盾するぞ」と。

言い換えると、思想家とそうでない人の
ちがいはといえば、この2つでしかない。
(いっぱしの思想家のようなことを書いて、
ごめん。)
一本の筋があるか、どうか。
それがある人を思想家といい、そうでない人を、
ただのもの書きという。

わかりやすく言えば、「習慣」。
習慣のちがい。
たいした習慣ではない。
歯を磨くときの、磨き方のようなもの。
虫歯にならない人と、虫歯になる人の
ちがい。
その程度。

で、あとは集中力の問題。
ものを書くときには、かなりの集中力を
必要とする。
が、これも習慣?
あるいは訓練?
毎日文を書いていると、書くこと自体が
楽しくなる。
反対に書いていないと、頭の中がすぐ
モヤモヤとしてくる。
あまりよいたとえではないが、腸にたまった
便のようなもの。
とくに便意はなくても、それを吐き出したくなる。
吐き出さないと、不快感ばかりつのる。
が、こういうこともある。

ものを書いていて何が楽しいかといって、
新しい発見をすることぐらい楽しいことはない。
原野で宝石を見つけるような楽しさである。
そういう宝石が、小さく、キラリと光る。
「何?」と思って、近づいていく。
が、それが想像もつかないほど、大きな
宝石だったりする。
それが楽しい。

たとえばこんなことがあった。

「愛国心」という言葉を調べていたときのこと。
もう13年近くも前のことである。
英語では「ペイトリオティズム(patriotism)」という。
私はその語源を知りたくなり、手元にあった
2冊構成の英和辞典を調べた。
日本でも最大級の英和辞典である。
そこにこうあった。

「語源は、パトリオ。
『父なる大地を愛する』(ギリシャ語)」と。

私はそれを原稿にし、ネットで公表した。
(詳しくは、あとでそのとき書いた原稿を
さがしてみる。)

つまり日本人がいう「愛国心」と、欧米人がいう
「ペイトリアズム(patriotism)」は、基本的な部分で
意味がちがう。
欧米では、「郷土愛」のことをいう。
それをこの日本では、勝手に、「愛国心」と、「国」を
つけて訳す。

たまたまそのころ、愛国心教育が話題に
なり始めていた。
そのこともあった。
私のこの意見は、あちこちで紹介された。
著名な経済評論家も使った。
(著名といっても、商社マン時代の同僚だが……。)
K党という天下の公党も使った。
どの人も、それを言ったのは、2002年以後。

私はそれを聞くたびに、「ぼくが最初に
見つけた!」と、誇らしかった。
荒野で見つける宝石というのは、そういうものをいう。

で、今の今も、私はこうして書いている。
書き始めたときには、「愛国心」のことまで
書くつもりはなかった。
書いているうちに、だんだんとそういう話に
なっていった。
つまりこれが「思想」ということになる。

こうして文にしてしまうと、「思想」となるが、
もとからあったわけではない。
だから文を一通り書き終わると、私は再び、
脳みその中を空っぽにする。
忘れる。
とたん、また真っ白になる。

脳の中に、思想が残るわけではない。
また残ってもらっては困る。
白紙になるからこそ、またつぎに
別のテーマで文を書くことができる。

ただ最後に、こういうことは言える。
どれだけ多くの文を書いても、自分の書いた
文かどうかは、即座に判断できる。
読んだとたん、スーッと脳みその中に
消化されていく。
文そのものの内容は忘れても、波長が一致する。
とたん「これは私の文」と、判断できる。

が、反対にこんなこともある。

ときどき書店で、他人の書いた育児書などを読む。
めったに買わない。
あくまでも立ち読み。
そのときのこと。
他人が書いた育児書(?)なのに、スーッと
自分の脳にしみ込んでいくことがある。
「アレッ!」とは思うが、たしかに私の文。
あれこれ手を加えてはあるが、たしかに私の文。
たくみに内容や構成を変えてはいるが、たしかに私の文。

回りくどい言い方はやめよう。
現在、こうして私の書いた文章が、あちこちで
流用されている。
中には、数十万部から百万部近く売れた本もある。
新聞広告などには、そう書いてある。
他人にはわからないかもしれないが、
私にはわかる。
流用されたということが、わかる。
文というのは、そういうもの。

だからあえて一言。
どこのライターか知らないが、そういう
ズルイことはやめるべき。
流用といっても、盗作。
窃盗!
私があなたを訴えないのは、めんどうだから。
けっして許しているわけではない。

文というのは、書いた日付が残る。
いくらあなたが争っても、日付がそのまま
証拠となる。
それに私のばあい、文が盗まれたら、その
何10倍もの文を書く。
書いて抵抗する。

たとえば『許して忘れる(Forgive and Forget)』
は私の持論。
この世界へ入ってから、もう40年近く、私は
この言葉を使っている。
当初、その持論を、あちこちのライターが
盗用した。
あたかも自分が見つけた言葉であるかのように
書いた人もいる。
(ある評論家は、テレビの中でこの言葉を使った。
そのときは、「ある人の本にあった言葉ですが……」と
断りを入れたが……。)

ちなみに、「許して忘れる」は、つぎで検索できる。
だれが流用しているかは、これでわかるはず。

「許して忘れる」で検索のこと。

だから私はこの持論を、何十倍もふくらませて
ものを書いた。
で、ありがたいことに、今はインターネット時代。
浜松という地方に住んでいても、じゅうぶん、
それに対抗できる。
以前は、都会人優先というか、都会に住む人が
テレビやラジオでそれをしゃべったとすると、
逆に私のほうが盗用したことになってしまった。

が、今はちがう。
そういった垣根が取れた。
都会も、地方も、ない。
……というようなことに興味をもった人が
いたら、一度、検索をかけてみてほしい。
「許して忘れる」「許して忘れろ」、あるいは
「はやし浩司 許して忘れる」でもよい。
どういう人たちが、私の持論を盗用しているか、
それが瞬時にわかるはず。

ついでながら、この言葉は、オーストラリアの
友人が直接教えてくれた(1970年)。
私が学生だったときのことである。

「さあ、どうだ!」と力んだところで、
この話はおしまい。
こんなことを書いても、グチにもならない。

最後の最後に一言。

今のところ、自分でもどうしようもないほど、
モヤモヤがつぎつぎと湧いてくる。
どうしようもないほど、だ。
だから盗みたい人は盗めばよい。
それ以上に、私は書く。
恥をかくのは、むしろそちらのほう。

……ということで、思想と哲学に
ついて書くのは終わり。

2011年6月3日、夜。
静岡県掛川市グランドホテル、515号室にて。
今夜はここで一泊し、明日の朝の講演に備える。
記念講演を務める。
掛川市主催の講演会である。
こんな名誉なことはない。
では、おやすみ。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(2002年に書いた原稿より、愛国心について。
「2002年の原稿」という証拠は、Goo Blogの日付。)
http://blog.goo.ne.jp/bwhayashibw/e/53e7be2f6d8fd211bef63d45240feae9

●愛国心について考える
……ジョン・レノンの「イマジン」を聴きながら……。

 毎年8月15日になると、日本中から、「愛国心」という言葉が聞こえてくる。今朝の読
売新聞(02年・8月12日)を見ると、こんな記事があった。

「新しい歴史教科書をつくる会」(会長・TK・東北大教授)のメンバーが執筆した「中学
歴史教科書」が、愛媛県で公立中学校でも採択されることになったという。採択(全会一
致)を決めた愛媛県教育委員会の井関和彦委員長は、つぎのように語っている。

 「国を愛する心を育て、多面的、多角的に歴史をとらえるという学習が可能だと判断し
た。戦争賛美との指摘は言い過ぎで、きちんと読めば戦争を否定していることがわかる」(読
売新聞)と。

 日本では、「国を愛する」ことが、世界の常識のように思っている人が多い。しかし、た
とえば中国や北朝鮮などの一部の全体主義国家をのぞいて、これはウソ。

日本では、「愛国心」と、そこに「国」という文字を入れる。しかし欧米人は、アメリカ人
も、オーストラリア人も、「国」など、考えていない。たとえば英語で、愛国心は、「pa
triotism」という。この単語は、ラテン語の「patriota(英語のpat
riot)、さらにギリシャ語の「patrio」に由来する。

 「patris」というのは、「父なる大地」という意味である。つまり、「patri
otism」というのは、日本では、まさに日本流に、「愛国主義」と訳すが、もともとは
「父なる大地を愛する主義」という意味である。念のため、いくつかの派生語を並べてお
くので、参考にしてほしい。

● patriot……父なる大地を愛する人(日本では愛国者と訳す)
● patriotic……父なる大地を愛すること(日本では愛国的と訳す)
● Patriots' Day……一七七五年、四月一九日、Lexingtonでの戦い
を記念した記念日。この戦いを境に、アメリカは英国との独立戦争に勝つ。日本では、「愛
国記念日」と訳す。

欧米で、「愛国心」というときは、日本でいう「愛国心」というよりは、「愛郷心」に近い。
あるいは愛郷心そのものをいう。少なくとも、彼らは、体制を意味する「国」など、考え
ていない。

ここに日本人と欧米人の、大きなズレがある。(ごまかしがある。)つまり体制あっての国
と考える日本、民あっての体制と考える欧米との、基本的なズレといってもよい。が、こ
うしたズレを知ってか知らずか、あるいはそのズレを巧みにすりかえて、日本の保守的な
人たちは、「愛国心は世界の常識だ」などと言ったりする。

たとえば私が「織田信長は暴君だった」と書いたことについて、「君は、日本の偉人を否定
するのか。あなたはそれでも日本人か。私は信長を尊敬している」と抗議してきた男性(四
〇歳くらい)がいた。

このタイプの人にしてみれば、国あっての民と考えるから、織田信長どころか、乃木希典
(のぎまれすけ、明治時代の軍人)や、東条英機(とうじょうひでき・戦前の陸軍大将)
さえも、「国を支えてきた英雄」ということになる。

もちろん歴史は歴史だから、冷静にみなければならない。しかしそれと同時に、歴史を不
必要に美化したり、歪曲してはいけない。

先の大戦にしても、300万人もの日本人が死んだが、日本人は、同じく300万人もの
外国人を殺している。日本に、ただ一発もの爆弾が落とされたわけでもない。日本人が日
本国内で、ただ一人殺されたわけでもない。

しかし日本人は、進駐でも侵略でもよいが、ともかくも、外国へでかけていき300万人
の外国人を殺した。日本の政府は、「国のために戦った英霊」という言葉をよく使うが、で
は、その英霊たちによって殺された外国人は、何かということになる。

こういう言葉は好きではないが、加害者とか被害者とかいうことになれば、日本は加害者
であり、民を殺された朝鮮や中国、東南アジアは、被害者なのだ。そういう被害者の心を
考えることもなく、一方的に加害者の立場を美化するのは許されない。それがわからなけ
れば、反対の立場で考えてみればよい。

 ある日突然、K国の強大な軍隊が、日本へやってきた。日本の政府を解体し、かわって
自分たちの政府を置いた。つづいて日本語を禁止し、彼らのK国語を国語として義務づけ
た。日本人が三人集まって、日本語を話せば、即、投獄、処刑。しかもK国軍は、彼らの
いうところの首領、金元首崇拝を強制し、その宗教施設への参拝を義務づけた。そればか
りではない。

数10万人の日本人をK国へ強制連行し、K国の工場で働かせた。無論、それに抵抗する
ものは、容赦なく投獄、処刑。こうして闇から闇へと葬られた日本人は数知れない……。

 そういうK国の横暴さに耐えかねた一部の日本人が立ちあがった。そして戦いをしかけ
た。しかしいかんせん、力が違いすぎる。戦えば戦うほど、犠牲者がふえた。が、そこへ
強力な助っ人が現れた。アメリカという助っ人である。アメリカは前々からK国を、「悪の
枢軸(すうじく)」と呼んでいた。そこでアメリカは、さらに強大な軍事力を使って、K国
を、こなごなに粉砕した。日本はそのときやっと、K国から解放された。

 が、ここで話が終わるわけではない。それから50年。いまだにK国は日本にわびるこ
ともなく、「自分たちは正しいことをしただけ」「あの戦争はやむをえなかったもの」とう
そぶいている。そればかりか、日本を侵略した張本人たちを、「英霊」、つまり「国の英雄」
として祭っている。そういう事実を見せつけられたら、あなたはいったい、どう感ずるだ
ろうか。

 私は繰り返すが、何も、日本を否定しているのではない。このままでは日本は、世界の
孤児どころか、アジアの孤児になってしまうと言っているのだ。つまりどこの国からも相
手にされなくなってしまう。今は、その経済力にものを言わせて、つまりお金をバラまく
ことで、何とか地位を保っているが、お金では心買えない。お金ではキズついた心をいや
すことはできない。日本の経済力に陰(かげ)りが出てきた今なら、なおさらだ。

また仮に否定したところで、国が滅ぶわけではない。あのドイツは、戦後、徹底的にナチ
スドイツを解体した。痕跡(こんせき)さえも残さなかった。そして世界に向かって反省
し、自分たちの非を謝罪した。

(これに対して、日本は実におかしなことだが、公式にはただの一度も自分たちの非を認
め、謝罪したことはない。)その結果、ドイツはドイツとして、今の今、ヨーロッパの中で
さえ、EU(ヨーロッパ連合)の宰主として、その地位を確保している。

 もうやめよう。こんな愚劣な議論は。私たち日本人は、まちがいを犯した。これは動か
しがたい事実であり、いくら正当化しようとしても、正当化できるものではない。また正
当化すればするほど、日本は世界から孤立する。相手にされなくなる。それだけのことだ。

 最後に一言、つけ加えるなら、これからは「愛国心」というのではなく、「愛郷心」と言
いかえたらどうだろうか。「愛国心」とそこに「国」という文字を入れるから、話がおかし
くなる。が、愛郷心といえば、それに反対する人はいない。

私たちが住む国土を愛する。私たちが生活をする郷土を愛する。日本人が育ててきた、私
たちの伝統と文化を愛する。それが愛郷心ということになる。「愛郷心」と言えば、私たち
も子どもに向かって、堂々と胸を張って言うことができる。「さあ、みなさん、私たちの郷
土を愛しましょう! 私たちの伝統や文化を愛しましょう!」と。
(02−8−16)※

(注)こうしたものの見方を、自虐的史観というらしい。しかし私は何も、日本を否定し
ているのではない。日本を嫌っているのではない。日本の未来を心配しているから、そう
書く。

 私たちおとなが、正義となる見本を見せないでおいて、どうして、子どもたちに向かっ
て、「国を愛せよ」と言うことができるだろうか。

 ここに書いたことが、過激な意見だとは、自分でもわかっている。しかし、少しはショ
ックを感じてほしかったから、あえて、愛国心について書いてみた。

 ただ忘れないでほしいのは、私は、人一倍、日本の将来を心配している。日本に、もっ
とすばらしい国になってほしいと、願っている。

 そういう思いを、何と言ったらよいのか。それを「愛郷心」というなら、その心だけは、
だれにも負けない。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【管直人首相、めげるな!】

●火事場の夫婦喧嘩

+++++++++++++++++++++

今日(6月4日)、福島第一原発の1号機で、
4000ミリシーベルト(4シーベルト)の
放射線が観測された。

『4000ミリシーベルトは、一般人の
年間線量限度(1ミリシーベルト)の
4000倍に相当し、一気に浴びると
半数が死ぬとされる』とある(毎日新聞・
6月4日)。
「9〜10シーベルトで即死」とも
言われている。
4000ミリシーベルトという量は、
そういう量をいう。
(4000ミリシーベルト=4シーベルト。念のため。)

放射線の種類にもよるが、たいへんな量である。
が、東京電力側は、つぎのようなコメント
を寄せている。

『放射線量は、3日に遠隔操作ロボットが入って測定した。
東電は「これほど高い線量が出ているのは建屋内の
限定的な範囲で、従来の収束計画に大きな影響が出るとは
考えていない」(同、毎日新聞)と。

私もかなり詳しくなった。
勉強した。

で、4シーベルトという放射線量は、きわめて
危険な値であることには、ちがいない。
つまり火事場の現場では、今の今も、
ボーボーと火が燃え盛っている。
ただ、相手は放射線。
煙といっても、その煙は目には見えない。
その向こうには、いつもと変わらない、
のどかな青い空が見える……。

++++++++++++++++++++

●火事場の夫婦喧嘩

 昨日も書いたが、自分の家がボーボーと燃えているとき、その外で夫婦喧嘩をしている
バカがどこにいる?
家の中では、子どもたちが「助けて!」「助けて!」と声を張りあげている。
が、肝心の夫婦(両親)は、言った言わないで、大喧嘩。
今の日本の現状を簡単にたとえると、そうなる。

●「管首相、やめろ」?

 が、その一方で、国民まで「管首相、やめろ」の大合唱。
今日の世論調査を見ても、60%近い人たちが、「退陣せよ」と。
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
が、問題は、そのあと。
だれがその後を、引き継ぐのか。
別の報道によれば、官庁も、同じ民主党の政治家たちさえも、管首相に非協力的な姿勢を
みせ始めているという。
しかしこれでは、ますます問題はこじれるだけ。
解決が遠のくだけ。

●協力

 今は、挙党態勢どころか、挙国体制で、問題解決に臨むべき時。
みなが知恵を出し合って、問題解決に臨むべき時。
政治評論家の中には、「戦時」にたとえる人もいる。
そんな時に、「足の引っ張りあい」をしていて、どうする。
どうなる。

 ある小学校では、避難が40分も遅れ、(40分だぞ!)、7割の子どもたちが津波にの
まれ、命を落としている。
理由は避難場所をどこにするか、教師どうしで、決まらなかったためという(報道)。
何とも痛ましい悲劇だが、今まさに、この日本は、同じ悲劇を繰り返そうとしている。
しかも国家レベル、で!

●国家危急の一大事

 今、私は日本の政治に、心底、失望している。
この原稿を読んでいる、ほとんどの人もそうだろう。
管首相をかばうわけではないが、ものごとはそこにある「現実」を基盤に考えなければな
らない。
こうした国家危急の一大事の時は、とくにそうである。
原因を追究したり、責任を追及すべき時ではない。
まず「火を消す」。
喧嘩は、その後。

●万事休す

 原発事故を、軽く見過ぎている。
……というより、考え方が、甘い。
原発事故は、そんなものではない。
へたをすれば、やがてすぐ東京にだって、人はだれも住めなくなる。

たしかに対策はつぎつぎと、とられてはいる。
浄化装置の設置、タンクの設置などなど。
が、肝心の原子炉自体はというと、事は、日々に悪化している。
そんなことは新聞報道を少しだけ注意深く読んでみたらわかるはず。
今日報道された「4000ミリシーベルト」というのもそのひとつ。
原子炉一機だけでも爆発したら、(とくに3号機が爆発したら)、万事休す。
広島原爆の数百倍もの放射性物質が、周囲に飛び散ることになる。

●知恵を出す

 みなさん、ここは冷静になろう。
冷静になって、今は管首相というリーダーを信じ、任せよう。
心理学の世界にも、「好意の返報性」という言葉がある。
私たちは今、管首相を信ずるしかないし、ことの重大さを管首相はじゅうぶん認識してい
るはず。
少なくとも今、管首相の足を引っ張ったところで、よいことは何もない。

 ここで私たちが非協力的になり、騒げば騒ぐほど、管首相はリーダーシップを発揮でき
なくなる。
むしろ復旧、復興の足を引っ張ることにもなりかねない。
今大切なことは、「あれが悪い」「これが悪い」と揚げ足を取ることではない。
「あれもできる」「これもできる」と、みなが知恵を出しあうことである。

●ペテン師?

 あの鳩山氏が、管首相をさして、「ペテン師まがい」と言った。
いくらなんでも、これは言い過ぎでは?
言った本人(=鳩山氏)のほうが、品をさげる。
本物のバカはどちらかということになれば、鳩山氏のほうということになる。
たとえそうであっても、それは内部で使う言葉。
外に向かって言う言葉ではない。

そんなこともわからない人物が、総理大臣をしていたのか?
自身の退陣時の結末を振り返れば、とてもそんな言葉は出てこないはず。
野党の政治家ならまだしも、同じ与党の政治家ではないか。
鳩山氏は、さらにこうも言った。
「(こんなことなら)不信任案に賛成しておけばよかった」と。

 もしそうなら、まず民主党に離党届を出すべき。
出した上で、こうした発言をすべき。

●管直人首相、めげるな!

 私には、どうしても理解できない。
どうして管首相が、こうまで叩かれるのか。
叩かれなければならないのか。

 しかし私が見るかぎり、管首相は、精一杯、職務を尽くしている。
がんばっている。
誠実な人柄は、テレビ画面を通してでも、わかる。
むしろ醜悪なのは、小沢一郎氏のほう。
あるいは日本人は、そんなこともわからないほど、目が曇ってしまったのか。

 原発にしても、それを先頭に立って推進してきたのは、自民党。
さんざん甘い汁を吸ってきたのは、自民党のほうではないのか。
そういう事実をさておき、内閣不信任案とは?
だから私は、少数派かもしれないが、こう言いたい。

「管直人首相、めげるな!」と。

●国家破綻

 今は、すべての政党が一時休戦をすべき時。
そこにある「危機」と戦うべき時。
わかりやすく言えば、夫婦喧嘩をしているようなばあいではない。

 こんなことをしていれば、喜ぶのは、あのK国だけ。
韓国や中国だけ。
どうしてそんなことが、わからないのか。
今や、日本経済そのものが、崖っぷちに立たされている。
ここで舵取りを誤ったら、日本は、それこそ奈落の底へ。
デフォルト(債務不履行)。
国歌破綻。
アジアの中でも、二流国、三流国になりさがってしまう。

「それでもいい」と考える人もいるかもしれない。
が、もしそうなれば、これからは日本人が外国へ出稼ぎに行かねばならない。
食料不足で、餓死者が出ることにもなりかねない。
私やあなたの世代の話ではない。
今の子どもたちの世代の話である。

●失望

 私は失望した。
心底、失望した。
「これが私の国か」と。

 火事の最中に、離婚騒動?
どこかの首長は、涙をにじませながら、こう言った。
「どうしてこんな時に!」と。
言い換えると、現実と政治が、あまりにも遊離している。
かけ離れている。
永田町に住んでいる政治家たちには、それがわからないのかもしれない。
しかしものごとは、一歩退いて考えてみたらよい。

 この広い宇宙の中の、小さな惑星。
その惑星の中の、これまた小さな国。
私たちは、その小さな国で、一瞬にして生まれ、そして死ぬ。
が、人間の命は、この宇宙より重い。
現に今回の3・11大震災では、3万人近い人たちが、尊い命を落とした。
その(重さ)を少しでも感じたら、バカげた足の引っ張りあいをやめよう。
もううんざり。
たくさん。
書き忘れたが、「権力」などというものは、腸から出るカスのようなもの。
そんなもので身を飾って、どうなる?

 管首相に、いろいろ言いたい人もいるだろう。
しかしそれは問題が解決してからでよい。
管首相が言うように、1年後でもよい。
2年後でもよい。
どうして「6月いっぱい」なのか?
「9月いっぱい」なのか?
だからあえて私は、繰り返す。

「管首相、めげるな!」。


Hiroshi Hayashi+++++++JUNE 2011++++++はやし浩司・林浩司

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【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【2011年6月期・講演会・レジュメ】

+++++++++++++++++

昨夜(6月1日)、6月用の講演会の
レジュメを書いた。
未完成だが、これをたたき台にし、
今週からの講演で話したい。

++++++++++++++++++

【価値観の転換と、意識・常識の改革】

●「どうすればうちの子は……」

もう20年以上も前のこと。
1人の父親が私の家にやってきた。
そしてこう言った。

「私はあなたの本を何冊も読む暇はない。
どうすればうちの子どもをいい子にすることができるのだ。
一言で言ってくれ」と。

 そのとき私はとっさの思いつきだったが、こう答えた。
「子どもは使うことです。
使えば使うほど、いい子になりますよ」と。

 それから20年以上。
この言葉は何度も私の頭の中で反芻された。
そしてその結論は、今でも同じ。
「子どもは使えば使うほど、いい子になる」と。

(今回は4つのテーマの中から、時間の関係上、X番目のテーマについてのみ、
話す。
この問題を、常識論、意識論をからめて話す。)

2011年6月2日記

●常識

アインシュタインは、こう言った。
「その人がもっている常識などというものは、18歳のときまでにもった偏見のかたまり
である」と。

 こう言うと、「いや、ちがう。私のもっている常識は正しい」と反論する人も多い。
しかしそう断言するのは、少し待ってほしい。
私は40年前、こんな経験をした。

●オリエンタル・スタディズ

メルボルン大学の南の端に、オリエンタル・スタディズという学部があった。
「東洋学部」と訳すのが正しい。
その学部には、日本語学科というのもあった。
私はときどきその学部で、日本語を教えていた。
そんなある日、1人の学生が、私にこう聞いた。
「どうして浅野内匠頭の家来は、吉良上野介を殺害したのか」と。

 いろいろ説明してみたが、だれも納得しなかった。
「悪いのは、浅野内匠頭ではないか」
「死罪(切腹)というのは、重すぎるが、しかし当時の法律でそうなっていたのなら、し
かたのないこと」
「もし重罪に意見があるというのなら、どうして裁判で闘わなかったのか」と。
さらに「大石内蔵助らが職を失ったのは、浅野内匠頭の責任。どうして浅野内匠頭に責任
を追及しないのか」と。

 西洋では古来、主従関係といっても、契約が基盤になっている。
家来たちは職を失えば、つぎの主君を求めて、いわゆる職探しに歩く。

 さらに困ったのは、水戸黄門。
ある学生がこう聞いた。
「もし水戸黄門が悪いことをしたらどうなるか」と。
そこで私が「水戸黄門は悪いことをしない」と答えると、教室中が騒然となってしまった。
「それはおかしい!」と。

●「釣りバカ日誌」

常識というのは、それぞれの時代を経て、熟成される。
が、こんなこともある。

 釣りバカ日誌という映画がある。
ハマちゃんとスーさんが、あちこちへ釣りに行くという映画である。
あの映画にしても、おかしな点はいくつかある。

その第一。
ハマちゃんにせよ、スーさんにせよ、妻や子どもたちを連れていくことは、まず、ない。
そこで釣りバカ日誌の大ファンという中学生がいたので、聞いてみた。
「ハマちゃんやスーさんは、奥さんを釣りに連れていったことがあるか」と。
するとその中学生は、ウ〜ンと一呼吸考えたあと、こう言った。
「ないなア〜」と。
「へんな女の人がついてくることはあるけどね」とも。

 日本では何でもない映画だが、欧米では、そういうことはありえない。
もし休日を夫たちだけで過ごしたら、それだけで離婚事由になる。
あるいは男どうしで旅館に泊まれば、同性愛者とまちがえられる。

 欧米では、夫の会社のパーティであるにせよ、夫婦同伴が原則である(注※1)。

●出世主義から家族主義

日本が劇的に変化し始めたのは、1999年のことである。
その年のはじめ、「仕事より家族のほうが大切」と答えた人が、40%を超えた(文部省調
査)。
その年の終わりには、45%になった(中日新聞調査)。
それが2007年には、75%(読売新聞・11月)。
これは中日新聞社が調査した。
こうした変化を、当時、「サイレント革命」という言葉を使って説明する人がいた。
そう、まさに「革命」。
今では、どんな調査結果をみても、80〜90%の人が、そう考えている。

 が、私たちの時代には、そうでなかった。
仕事か家族かと聞かれれば、みな、迷わず、「仕事」と答えた。
だからこんなことがあった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考2)

99年の春、文部省がした調査では、「もっとも大切にすべきもの」として、40%の日本
人が、「家族」をあげた。

同じ年の終わり、中日新聞社がした調査では、それが45%になった。たった1年足らず
の間に、5ポイントもふえたことになる。これはまさに、日本人にとっては革命とも言え
るべき大変化である。

(参考2)2007年11月11日、読売新聞

 一方、いま大切なものは何か(複数回答)では、「家族」90%がトップだった。いざと
いうとき、家族は頼りになるかでは、94%が「頼りになる」と回答したという。

仕事と家庭のどちらを優先的に考えるかでは、「家庭」75%が、「仕事」19%を大きく
上回った。

同じ質問をした81年の調査と比べ、「家庭」は、13ポイント増加した。

 理想とする家族構成では、「祖父母や孫が同居する大家族」が60%で、最も多く、「親
と子供だけの家族」は、27%だったという。
(以上、読売新聞から抜粋。)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 私が三井物産という会社にいたときのこと。
当時はまだ、「単身赴任」という言葉はなかった。
2年以内の海外出張を「短期出張」と呼んだ。
短期主張は、単身赴任が原則だった。
だから同僚を大阪の伊丹空港へ見送りにいくと、こんな光景がよく見られた。
「あなたア、がんばってきてねエ!」
「お前もがんばれよ!」と。

 今とちがい、日本は、まだ貧しかった。
休暇ごとに日本へ帰ってくるなどということは、できなかった。
が、2年で帰ってこられるという保証はなかった。
当時は、「短期出張のハシゴ」というのもあった。
赴任先の外地から、また別の外地へ短期出張で飛ばされる。
だからどこの商社でもそうだったが、一度外国へ出ると、4年は戻れなかった。

 その一例として、つまり日本のもつ後進性を表す一例として、1999年に入って、単
身赴任による被害について、損害賠償事件に対して、こんな判決があった。
ある男性が、「東京から名古屋への異動を命じられた。そのため子どもの一人が不登校にな
るなど、さまざまな苦痛を受けた」として、会社を訴えた。
それに対して、最高裁第二小法廷は、一九九九年の九月、次のような判決を言いわたした。
いわく「単身赴任は社会通念上、甘受すべき程度を著しく超えていない」と。
つまり「単身赴任はがまんできる範囲のことだから、がまんせよ」と。
もう何をか言わんや、である。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)

 一方、日本にはこんな話がある。
以前、「単身赴任により、子どもを養育する権利を奪われた」と訴えた男性がいた。
東京に本社を置くT臓器のK氏(53歳)だ。
いわく「東京から名古屋への異動を命じられた。そのため子どもの一人が不登校になるな
ど、さまざまな苦痛を受けた」と。単身赴任は、6年間も続いた。

 日本では、「仕事がある」と言えば、すべてが免除される。
子どもでも、「勉強する」「宿題がある」と言えば、すべてが免除される。
仕事第一主義が悪いわけではないが、そのためにゆがめられた部分も多い。
今でも妻に向かって、「お前を食わせてやる」「養ってやる」と暴言を吐く夫は、いくらで
もいる。
その単身赴任について、昔、メルボルン大学の教授が、私にこう聞いた。
「日本では単身赴任に対して、法的規制は、何もないのか」と。
私が「ない」と答えると、周囲にいた学生までもが、「家族がバラバラにされて、何が仕事
か!」と騒いだ。

 さてそのK氏の訴えを棄却して、最高裁第二小法廷は、一九九九年の九月、次のような
判決を言いわたした。いわく「単身赴任は社会通念上、甘受すべき程度を著しく超えてい
ない」と。
つまり「単身赴任はがまんできる範囲のことだから、がまんせよ」と。もう何をか言わん
や、である。

 ルービン報道官の最後の記者会見の席に、妻のアマンポールさんが飛び入りしてこう言
った。
「あなたはミスターママになるが、おむつを取り替えることができるか」と。それに答え
てルービン報道官は、「必要なことは、すべていたします。適切に、ハイ」と答えた。

 日本の常識は決して、世界の標準ではない。
たとえばこの本のどこかにも書いたが、アメリカでは学校の先生が、親に子どもの落第を
すすめると、親はそれに喜んで従う。「喜んで」だ。親はそのほうが子どものためになると
判断する。

が、日本ではそうではない。
軽い不登校を起こしただけで、たいていの親は半狂乱になる。
こうした「違い」が積もりに積もって、それがルービン報道官になり、日本の単身赴任に
なった。
言いかえると、日本が世界の標準にたどりつくまでには、まだまだ道は遠い。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●ある中国人夫婦

 話を先に進める前に、ここで意識について、簡単な実験をしてみたい。
常識の実験と言い換えてもよい。
まず、こんな話。
それを聞いて、みなさんは、どう考えるか、それを静かに心の中をさぐってみてほしい。
みなさんは、みなさんの常識で、まず判断してみてほしい。

 こんな話。
 
 ある商店街に、1組の中国人夫婦が移り住んできた。
中華料理店を始めた。
当初はそれなりに繁盛していたが、そのうち商店街全体が不況の嵐の中に飲み込まれた。
一軒二軒と、シャッターをおろし始めた。
そのときのこと。

 となりの美容院が、ときどき店を閉めるようになった。
それに対して、中国人夫婦が激怒した。
となりの美容院へすごい剣幕で、怒鳴り込んでいった。
「店、開けるあるね!」と。
それだけではない。
道をはさんで、菓子屋があった。
昔からの菓子屋で、その菓子屋だけは客足が落ちなかった。
そこで中国人夫婦は、今度は菓子屋へ行き、こう言ったという。
「客を回してほしい」と。

 美容院を経営している女性は、この中国人夫婦に憤慨した。
菓子屋を経営している夫婦も、憤慨した。
「何という、常識知らず!」と。

●常識

 この話を聞いた私も、最初は、そう思った。
「どう考えても、この中国人夫婦のとった行動は、常識にはずれている」と。
が、もしこんな話を知ったら、たぶん、あなたは別の考え方をするようになるだろう。
こんな話だ。

●周囲との調和

 この4月にオーストラリアへ行ったときのこと。
ボーダータウンという、南オーストラリア州とビクトリア州の、ちょうど州境にある町へ
立ち寄った。
友人がそこに住んでいる。

 で、少し郊外へ行くと、みな、日本では想像もつかない広い土地に、広い家を建てて住
んでいる。
土地だけでも、5、6エーカー。
日本風に言えば、数千坪から1万坪。
家も広い。
T氏の家は、居間だけでも40畳以上。
それにどれも20畳以上もある部屋が、5〜8つとつづいている。
そこで私が心配になって、こう聞いた。

「税金はどうなっているのか?」と。

 さぞかし税金が高いだろうと思ってそう聞いた。
が、答えは意外なものだった。
「家の広さで、税金は決まらない」と。

 オーストラリアでは、ランド・バリュアー(Land Valuer)という人が税金
を査定する。
「この家なら、いくらで売れるか」ということを基準にして、決める。
しかも家を買う側は、売買価格の1.4%の税金を払うだけ(ビクトリア州)。
売るほうには、税金はかからない。

 あとは毎年、決められた税金を払うが、その中心は、ゴミ収集のための税金。
またその程度。

 そこでその地域の住人たちは、家を含めた環境の価値を高めようとする。
価値が高くなれば、売るときに有利。
たとえばとなりの家の芝生が、だらしない状態になっていると、隣人たちがすぐ文句を言
いに行く。
実は私の二男も現在、アメリカに住んでいる。
その二男もこう言っていた。
「芝生を伸ばし放題にしておくと、すぐ文句を言われる」と。
だから二男は、毎週のように芝を刈っている。

 が、この日本では、そうではない。
となりがどんな家を建てようが、それはとなりの人の勝手。
イタリヤ風であろうが、和風であろうが、あるいはビルであろうが、その人の勝手。
土地の価値にしても、駅に近ければ近いほど、原則として高い。

 中国では、土地は、原則として、国のもの。
家にしても、建ててから70年は住めるという条件がつく。
が、思考回路は、欧米人のそれに近い。
町の商店街にしても、商店街全体がたがいにもり立てあいながら発展していくもの。
そういう考え方をする。

 そこで先の中国人夫婦のような考え方をするようになる。
「シャッターをおろせば、その影響は自分の家にも及ぶ。だから許せない」と。
また客にしても、たがいに回しあう。
それが中国では常識になっている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)

Dear Hiroshi,
ヒロシへ

In Australia there are "Commonwealth" (national) taxes and State taxes (eg. State of 
Victoria). 
オーストラリアには、連邦税と州税の2つがある。
When I buy a house in Victoria I must pay a tax ("stamp duty") of 1.4% of the value. 
私がビクトリア州で家を買うとき、その家の価値の1・4%分に相当する、「スタンプ税」
を払う。
No need to pay when selling.
家を売るときは、払わなくてもよい。
That is a State tax.
これは「州税」。
Once I own a house I must pay annual "rates" to the local council. 
家を所有するときは、地方局に、毎年「率税」を支払わなければならない。
This is partly calculated on the land value but also includes fees for garbage collection.
これは土地の価値に応じて別に計算されるが、それには、ゴミ収集の費用も含まれる。
I pay no other tax on my own home but if I own a second property then I must pay "land 
tax" on the second property according to the value of the property. 
私はこれ以外には、税金を払っていないが、もし2番目の不動産を所有するときは、「土地
税」を、その土地の価値に応じて、払わなければならない。
That is a State tax.
これは「州税」。
If my business is buying and selling properties then I will be taxed on the profit just like 
any other business. 
もし私が不動産屋を経営しているなら、他のビジネスと同じように、所得税が課せられる。
That is a Commonwealth tax.
これは「連邦税」。
When calculating land value, the local council or the State government will use a 
professional land valuer. 
土地の価値を計算するとき、地方局と州政府は、専門の「土地査定人」を使う。
The vlauer will decide how much the house is worth if it was sold. 
土地査定人は、もしその家が売られるなら、いくらの価値があるかを査定する。
That becomes the "taxable value". 
これが「課税評価価値」となる。
The valuation is fair and is usually lower than a real sale value.
課税評価価値は、公正でで、ふつう実際の売買価格よりも低い。
In my case I pay the annual "rates" to my local council. 
私のばあい、毎年地方局に、「率」を払っている。
In return they arrange for garbage collection, provide various services such as a library 
and assistance for old people etc.
その代わり、彼らはゴミ収集をし、図書館や、老人介護などの種々のサービスを提供して
くれる。
It is a bit complicated, I suppose.
少し複雑かな。
D
Dより

The government knows that owning a house is important for people and people will vote 
for a party which makes it easier to own a house.
政府は、家の所有は、人々にとって重要と心得ているし、人々は家を所有しやすくしてく
れる正当に票を入れる。
So taxes are not too high. 
だから税金は、そんなに高くない。
Owning a home is like a sacred thing for Aussies.
オーストラリア人にとっては、家をもつということは、神聖なことだ。
The difficult thing for home-owners is bank interest rates for loans.
家の所有者にとって、難しいことは、銀行からの借入金の利率ということになる。
Maybe that is more a problem than taxes. 
たぶんそれのほうが、税金より大きな問題だ。
Anyway people talk about interest rates more than taxes.
オーストラリア人は、税金より、借り入れ金利のほうに関心がある。

Dより

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●中国の土地税制について

++++++++++++++++++++

D君は、オーストラリアでも中国研究の第一人者でもある。
中国の土地税制についても教えてくれた。

++++++++++++++++++++

Dear mate,
友へ、

In China, people do not pay tax for their house but the system is different. 
中国では、自分の所有する家には税金を払わない。システムが異なる。
Firstly, they can only buy a house not the land underneath. 
第一に、彼らは家を買うのであり、その下の土地は買わない。
The land belongs to the government. 
土地は政府に属する。
Secondly, they can only buy a house for 70 years. 
第二に、彼らは70年間、家を買う。(最長限度は70年。)
So in China, a big company or corrupt official can easily push people of the land which
 they are living on.
それで、中国では、大きな会社や役人は、そこに住んでいる人々を容易に追い出すことが
できる。
When a company wants to build a factory in a village, there is a negotiation over price 
but the local government is in charge of everything and they can favour the powerful 
side. 
会社が村に工場を建てるとき、価格の交渉をするが、地方政府はすべてに責任をもち、力
のあるほうに味方することができる。
So many farmers sell as soon as they receive a good offer and move into a town. 
それで多くの納付は、よい条件がつけば、すぐ家を売り、町へ移動する。
Eventually there will be a shortage of good farming land.
結果的に、農地が不足することになるだろう。
One day the system in China will crash down like a shaky old house.
いつか中国のこのシステムは、がたがたの古い家のように崩壊するだろう。
D
Dより

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●常識の変化

 どちらが正しいとか、正しくないとか、そういうことではない。
しかしここまで話を聞くと、多くの方は、こう思うにちがいない。
「最初は、中国人夫婦の言い分は、常識はずれと思った。
が、そうでもないのではないか」と。

 私も知れば知るほど、むしろ中国人夫婦の言い分のほうが、正しいように思えてきた。
日本人は、「自分がどんな家を建てようが、自分の勝手」と考える。
となり近所の家との調和を考えて、家を立てる人はまずいない。
店を閉めるときもそうだ。

 また「地域」という考え方も、希薄。
商店街の店々が、客を回しあうという話は、最近ではめったに聞かなくなった。
……というか、全国的に、町の通りに並ぶ商店街は、つぎつぎと姿を消しつつある。

●意識

 長い前置きになったが、意識というのは、絶対的なものではないということ。
当然、常識にも絶対的なものは、ない。
私の経験をもとに、話を進めてみたい。

●親のめんどうをみる

 4年おきに、内閣府(旧総理府)は、青年の意識調査をしている。
それによれば「将来、親のめんどうをみる」と考えている若者は、どんどんと減っている。
その多くは、「経済的な余裕があれば、みる」と答えている。

 将来、どんなことがあっても、親のめんどうをみる……28%(日本人・内閣府、平成
21年調査)。

 この数字がいかに衝撃的なものであるかは、他の国々の若者たちのそれと比較してみる
とわかる。
私たちが内心では、「さぞかし低いだろうな」と思っているアメリカ人にしても、64%。
アジア各国の若者についてみると、軒並み、80%前後。

 が、この数字はどう考えてもおかしい。
日本は1970年代から高度成長の大波に乗り、世界の歴史の中でもまれにみるほどの大
発展を遂げた。
当然、その時代に生まれた子どもたち、つまりこの会場にいるお父さん、お母さんたちは、
たいへん恵まれた環境の中で、生まれ育った。

 つまり親にもっとも感謝してよい世代の人たちということになる。
そういう人たちが、「経済的に余裕があれば、親のめんどうをみる」と。
が、現実問題として、経済的に余裕のある人は少ない。
とくに若い世代の人たちは、そうだ。
みな、目一杯の生活をしている。
車にせよ、家財にせよ、あって当たり前の時代に生きている。
私たちの時代と比較するのもヤボなことはよく知っている。
しかし私たちの新婚時代は、たとえばボットン便所から始まっている。
が、やがて小さなアパートに移った。
6畳と4畳だけの、小さなアパートだった。
そこで私ははじめて、水洗トイレの家に住んだ。
うれしかった。
何度も水を流し、においのしないトイレに感動した。

 そういう積み重ねがあった。
が、何よりも大きな違いは、親に対する考え方である。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)

●第8回世界青年意識調査より


(将来、親のめんどうをみるか?)


年老いた親を養うことの意識は、欧米に比べ、日・韓で弱い。


★年老いた親を養うことについてどう思うか


『どんなことをしてでも親を養う』(1)
イギリス  66.0%、
アメリカ  63.5%、
フランス  50.8%、
韓国  35.2%、
日本  28.3%


★将来、子どもにめんどうをみてもらいたいか?


自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい日本の青年は5割弱で、韓国に次いで低い。


★「自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたい」と思うか


『そう思う』(2)
イギリス  70.1%、
アメリカ  67.5%、
フランス  62.3%、
日本  47.2%、
韓国  41.2%
(以上、内閣府、平成21年調査より)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●収入の半分は、実家へ

 私たちの時代に、だれかがこう聞いたとする。
「君は将来、親のめんどうをみるか」と。
もしそんなことを聞かれたら、私は迷わず、こう答えたであろう。
「バカなことを聞くな!」と。

 「当然のこと」という意味で、そう答えたであろう。

 事実、私は浜松市に住むようになってから、収入の約半分を、実家に送った。
結婚前からそうしていた。
現在のワイフと結婚するときも、それが条件だった。
だからワイフも、何も文句を言わないで、収入の半分を実家へ送った。
それだけではない。
私の母は、ときどき私のアパートへ来ては、現金をもって帰っていった。
私の土地を勝手に売ってしまったこともある。
それについて私が泣いて抗議すると、母は、平然とこう言ってのけた。
「親が先祖を守るために、息子の金を使って、何が悪い!」と。

 母を責めているのではない。
母は母で、その当時の常識に従って生きていた。
今の私が自分の常識に従って生きているように。
今のあなたがたが、自分の常識に従って生きているように。

●出世主義から家族主義へ

戦時中から戦後へ。
日本は敗戦により、大きく変わった。
が、そう見えるのは、表面的な部分だけ。
つまり包装紙が変わっただけ。

「お国のため」が、「会社のため」になった。
「兵士」は、「企業戦士」になった。
それまでの「神国日本」は、「金権日本」になった。

 こうして戦後生まれの世代、つまり団塊の世代と言われる私たちの世代は、会社人間と
して、社会へと巣立っていった。
だから当時の学校では、卒業式などには、決まってこう言われた。
「社会で役立つ人間になってください」と。
耳にタコができるほど、私たちはそれを聞かされた。

 が、これではいけない。
個人が組織の犠牲になってはいけない。
個人が家族の犠牲になってはいけない。

 たとえば私などは、「親孝行」という言葉も、それこそ耳にタコができるほど、聞かされ
て育った。
それを如実に表す言葉が、「産んでやった」「育ててやった」という、あの言葉である。
あの言葉ほど、恩着せがましく、同時に、真綿で首をしめるような言葉はない。
だからこそ、それが私の常識となり、給料を手にするようになってからも、収入の半分を
実家へ送るということにつながっていった。

●反動

だから私は3人の息子たちを育てながらも、そういう言葉は、絶対に口にしないと誓っ
た。
事実、言ったことはない。
反対に、こう言った。
「お前たちの人生は、お前たちのもの。お前たちはお前たちの人生を、自分の好きなよう
に生きろ」と。

が、変革は、若者たちのほうから始まった。
その象徴的な人物が、尾崎豊である。

●尾崎豊の『卒業』

「♪夜の校舎、窓ガラス、壊して回った……」という、あの歌である。
私ははじめてあの歌を聴いたとき、ふつうでない衝撃を受けた。
「ああいう歌を歌うから、学校の窓ガラスが割られるのだ」と。

 が、それはまさに若者たちの、世代闘争の始まりだった。
少し時代が逆行するが、私たちの時代は、60年安保、70年安保を経験した。
それは権力との闘いだった。
何かわからない。
わからないが、自分たちの体をがんじがらめにしているものと闘った。
よくイデオロギー(政治的信条)が問題になったが、イデオロギーをもっているのは、学
生の中でもほんの一部。
大部分の学生たちは、言うなれば、祭り騒ぎのひとつとして、闘争に参加した。
「祭り騒ぎ」というのは、少し言い過ぎかもしれない。
しかし今、振り返ってみると、そういう印象をもつ。

 で、私たちの時代を、反権力闘争の時代とするなら、尾崎豊らが提起した闘争は、反世
代闘争ということになる。
旧態の価値観を打ち破り、自分たちの時代を確立しようとした。
わかりやすく言えば、自分たちの世代を、それまでの世代と、切り離そうとした。

 が、これはその世代の人たちにとっては、不幸なことでもあった。

●世代闘争

 知恵や知識は、世代から世代へと、受け継がれていく、
が、それを自ら断ち切ってしまう。
切るだけならまだしも、古い世代の知恵や知識を、意味のないもの、価値のないものとし
て、排斥してしまう。
事実、排斥した。
古い世代の言葉に耳を傾けなくなった。
つまり断ち切った世代は、すべてを、ゼロから始めなければならない。

●行き過ぎた価値観

 こうして尾崎豊の世代は、より過激になっていった。
というより、尾崎豊は、その時代の若者たちの心を代弁した。
共感を得たというのは、そういう意味。
CBSソニーに問い合わせたところ、あの『卒業』は、シングル盤も含めて、200万枚
以上も売れたという。

 誤解がないように申し添えておくが、私自身は、尾崎豊が大好きである。
『卒業』も大好きである。

 で、若者たちは、世代闘争を繰り返し、自分たちの時代を確立した。
その結果が、今のみなさんの世代ということになる。
新しい価値観を構築した。

●2つの問題

 が、今、ここで大きな問題が起きてきた。
私はその問題を、つぎの2つに集約する。

ひとつは、(1)行き過ぎた家族主義。
もうひとつは、(2)欲望至上主義。

 行き過ぎた家族主義については、先に少し触れた。
日本が行動性長期にさしかかるころ、「核家族」という言葉が生まれた。
それがしばらくすると、「カプセル家族」という言葉に置き換わった。

 核家族というのは、夫婦と子どもたちだけで構成される家族をいう。
カプセル家族というのは、硬いカラの中に閉じこもってしまい、独自の価値観を極端化し
てしまう家族をいう。
高学歴の父母に、多く見られた。
「私たちの育て方が正しい」と言いながら、その返す刀で、相手の価値観を否定する。
教師すらも、「下」に置くことによって、自分流の育児観をごり押しする。
具体的には、その派生として、「教育ママ」という言葉が生まれた。
「モンスターママ」という言葉も生まれた。

 が、問題はこれだけでは収まらなかった。
行き過ぎた家族主義の結果として、その「家族」から、「祖父母」の姿が消えた。
今、若い世代の人たちが使う「家族」という言葉の中には、「祖父母」、つまり自分たちの
両親の姿はない。
祖父母は、つまり自分の親たちは、家族ではない。

 このことを短絡的に、独居老人、孤独死、無縁死と結びつけるのは危険なことである。
ある社会学者の推計によれば、今後約60%の老人が、孤独死するという。
しかも発見までの平均日数は、6日。

 こういう話をすると、ここにいるみなさんは、「私はだいじょうぶ」と思うかもしれない。
「私と子どもの関係は絶対。親子の絆も太い」と。
しかしそれはどうか。
ここにあげた60%という数字は、私たちの世代の数字ではなく、現在の40代、50代
の人たちの数字である。

ともあれ家族、とくに祖父母とその息子、娘の間の絆が、もろく壊れやすくなっているの
は、事実。
それが先にも書いた、「経済的に余裕があれば……」という言葉につながっていく。
この言葉を裏から読むと、「経済的に余裕がなければ、親のめんどうはみない」。
さらには「親の恩も遺産しだい」という考え方につながっていく。

 ついでながら、世代闘争をした結果、老人は社会の隅に追いやられてしまった。
本来なら政治がそうした社会的欠陥を補完しなければならない。
が、その政治が追いついていない。
その結果が、現在の老人福祉政策ということになる。

 昔は、息子や娘が親の老後のめんどうをみた。
今は、みない。
そのかわり……という部分が未完成のまま、労時福祉政策だけがアタフタとしている。
たとえば私の近所にある特別養護老人ホームにしても、症状にもよるが、2年待ち、3年
待ちというのは、ザラ。
順番にしても、100番待ちという状況がつづいている(浜松市中区長寿保険課調べ)。

●欲望
 
 もうひとつは、欲望至上主義。
その代表的なものが、恋愛至上主義。

 韓流ブームに代表されるように、今の日本は、恋愛市場主義一色。
たがいに愛しあっていれば、何でも許される、と。
昔で言う駆け落ちなど、いまどき珍しくも何ともない。
結婚するについても、ほとんどが事後承諾。
親の許可を求めたり、親の意見を聞く子どもは、皆無。
まずいない。
皆無ということは、実は、この会場に来ているあなたがた自身が、いちばんよく知ってい
るはず。

 ある男性は、実家へ規制するたびに、別の女性を連れてきた。
そしてそのたびに親にこう言ったという。
「パパ、(彼女の)名前をまちがえないでよ」と。

 そして別のある日のこと。
また突然、別の女性を連れてきて、「結婚することにしたから、よろしく」と。

 ……と書いても、今の若い人たちには、理解できないだろう。
「どこが悪いのだ」と。
それが冒頭で話した、「常識」ということになる。
「意識」そのものが、ちがう。

 私たちの時代には、それがよかったとは思っていないが、しかし親の承諾なしには結婚
はできなかった。
仮に恋人ができたとしても、そこには「実家」という大きな関門があった。
私自身にしても、実家の父や母のことを考えるあまり、一度、ある女性との結婚を断念し
ている。
親が反対したわけではないが、自ら、そうした。
それが私たちの時代には、常識だった。

●フェニルエチルアミン

最近の脳科学では、感情は、脳ホルモンによるものというのが、定説になりつつある。
恋愛とて例外ではない。
恋愛も、脳ホルモンによるもの。
それがフェニルエチルアミンである。

 その時期になると、男や女は、熱烈な恋愛をする。
身を焦がすような、甘い陶酔感。
当の本人たちは、自分の意思で恋愛しているように思っているかもしれない。
しかし実は、脳ホルモンの奴隷になっているだけ。
それが悪いというのではない。
人間には、動物として、種族を後世に残すという重大な任務がある。
またそれがあるから、無数のドラマが生まれる。
そのドラマに価値がある。

 たとえば10年ほど前、『タイタニック』という映画が、大ヒットした。
あの映画の中に、もしジャックとローズがいなかったら、あの映画はただの船の沈没映画
になっていただろう。

 しかし何ごとも行き過ぎはよくない。
恋愛はすばらしい。
人生の花。
しかしそれに溺れてしまってはいけない。
恋愛至上主義に走るということは、欲望の奴隷になることを意味する。
酒に溺れたり、タバコに溺れるのと同じ。
最近の脳科学によれば、視床下部から発せられたシグナルに応じて、ドーパミンが分泌さ
れる。
それが生きる原動力にもなっている。
フロイトが説いた「性的エネルギー」にもつながる。
しかしそれが行き過ぎると、先にも書いたように中毒性をもつ。
麻薬性をもつ。

 わかりやすく言えば、自分を見失う。
自分が自分であって、自分でなくなる。
恋は盲目とはいうが、盲目程度ではすまなくなる。
だから、こわい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)

●欲望の根源

かつて、私もそうだった。あなたもそうだった。が、今、子どもの心の中では、猛烈な「性
的エネルギー」(フロイト)が、わき起こっている。「生的エネルギー」(ユング)でもよい。

 最近の研究によれば、脳の中の視床下部というところが、どうやらそういった信号の発
信源ということがわかってきた(サイエンス誌・08年)。その視床下部からの命令を受け
て、ドーパミンという脳間伝達物質が放出される。

 このドーパミンが、脳の中の線条体(報酬と行動要求に関する中枢部)というところを
刺激すると、猛烈な(欲望)となって、その子ども(もちろんおとなも)を支配する。ふ
つうの反応ではない。最終的には、そうした欲望をコントロールするのが、大脳の前頭前
野(理性の中枢部)ということになる。が、「意志の力だけで、こうした衝動を克服するの
はむずかしい」(N・D・ボルコフ)という。

 線条体が刺激を受けると、「あなたは、目的達成に向けた行動を起こせというメッセージ
を受けとる」(同誌)。
 もちろん欲望といっても、その内容はさまざま。
食欲、性欲、生存欲、物欲、支配欲に始まって、もろもろの快楽追求もその中に含まれる。
わかりやすく言えば、脳の中で、どのような受容体が形成されるかによって決まる。

たとえばアルコール中毒患者やニコチン中毒患者は、それぞれ別の受容体が形成されるこ
とがわかっている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●これから……

まず念頭に置くべきことは、私たちがもっている常識というのは、絶対的なものではな
いということ。
その常識を疑う。
私やあなたがもっている常識を疑う。
いろいろな弊害が生まれてくれば、なおさら、である。

 その常識の基本となっている意識。
その意識を変えることは可能である。
その一例として、冒頭で、中国人夫婦の話をした。
つまりこの話の中に、問題を解くヒントが隠されている。

 方法は、(1)常識のおかしさに気づくこと。
つぎにそれに気づいたら、(2)意識を変える。
そのために自分の心を風通しのよいものにする。
視野を広くして、他人に考えに進んで耳を傾ける。
そういうことをわかってもらいため、冒頭で、忠臣蔵の話をした。
水戸黄門や釣りバカ日誌の話をした。

 同じように、私たちが今もっている家族観、育児観をながめなおしてみてほしい。
意識が変われば、ものの見方が180度変わるということもよくある。
同時に常識も、変わる。

 今日の講演では、つぎの2つの焦点をしぼって、みなさんに伝えたい。

(1)家族主義から新家族主義へ

 これから子どもたちに「家族」の話をするときは、そこに「祖父母」、つまりあなたがた
の両親の姿を加える。
これはあなた自身のためでもある。
それがわからなければ、今の自分の年齢に、子どもが社会人になるまでの年数を足してみ
ればよい。
「子育てがやっと終わった」と思った瞬間、そこに待っているのは、あなた自身の「老後」
である。
今度は、あなた自身が、その「祖父母」ということになる。

が、今、みなさんは、自分の姿と「下」、つまり子どもの姿しか見ていない。
しかしそれではいけない。
「家族」というときは、そこには当然、「祖父母」も含まれなければならない。
これが第一。

(2)欲望至上主義の是正

 欲望の追求には、ブレーキをかけなけばならない。
そのひとつとして、「恋愛」を例にあげた。
恋愛はけっして、すべてに優先されるべきものではない。
たとえそれが身を焦がすほどつらいものであっても、だ。
あなたであってあなたでない部分が、あなたを操っているだけ。

 ニコチン中毒や、アルコール中毒と、メカニズム的には同じ。
脳の中の線条体というところに受容体ができ、そこで条件反射運動を起こしているだけ。
欲望の奴隷になってよいことは、何もない。

 で、恋愛をひとつの例としてあげた。
もちろん恋愛を、欲望と考えてよいかどうかという点については、異論、反論もあるだろ
う。
しかしフロイト学説に従うなら、「性的エネルギー」は、すべての欲望の原点になっている。
そういう意味で、ここで恋愛をひとつの例として、考えてみた。
つまり「恋愛」という仮面にだまされてはいけない。
それが正当化されるのを許してはいけない。

●では、どうすればよいのか

子育てには、多くの誤解がある。
たとえば「すなおな子ども」という言葉がある。
「すなおな子ども」というと、ほとんどの人は、親や先生に従順で、親や先生の言うこと
を、ハイハイと聞く子どもと考えている。
が、これは誤解。

 心理学の世界で「すなおな子ども」というときは、情意、つまり「心」の状態と、顔の
表情が一致している子どもをいう。
うれしいときには、うれしそうな顔をする。
悲しいときには、悲しそうな顔をする。
そういう表現が、自然な形でできる子どもを、すなおな子どもとい。

 つぎにやさしさ。

●やさしさ

「やさしい子ども」というと、たとえば柔和でおだやかな子どもを想像する人は多い。
が、そういう子どもを、「やさしい子ども」とは言わない。
たとえばブランコに乗ってたとする。
そのとき別の誰かがやってきて、ブランコを横取りしたとする。
そういうとき、「いいよ……」と言って、ブランコを明け渡してしまう。
そういう子どもを、やさしい子どもとは言わない。
またそういう子どもほど、また別のところでさまざまな問題を引き起こすことがわかって
いる。

 では、どういう子どもをやさしい子どもというか。

 子どもにとって「やさしさ」というのは、より相手の立場になって考えられる子どもを
いう。
たとえばショッピングセンターで、ものを買うときも、いつもだれかのことを考えて買う。
「これはお父さんの好物だね」とか、「これを買ってあげると、お兄ちゃんが喜ぶね」と。
もう少し専門的に言えば、より自己中心的でない子どもを、「やさしい子ども」という。
またそれができる子どもを、(子どもに限らないが)、人格の完成度の高い子どもという。
人格指数、つまり人格の完成度を知る、ひとつのバロメーターにもなっている。

 が、今日の話に関係しているのが、忍耐力ということになる。
その忍耐力も、よく誤解される。

●忍耐力

よく「うちの子はサッカーだと一日中しています。
忍耐力はあるはずです。
そういう力を、勉強に向けさせたいが、どうしたらいいか」と相談してくる親がいる。
しかしそういう力は、忍耐力とは言わない。
好きなことをしているだけ。

 子どもにとって、またおとなにとって忍耐力というのは、「いやなことをする力」をいう。
ためしに今日、家に帰ったら、子どもにこう言ってみるとよい。
「台所の生ゴミ、きれいにして」と。
「風呂場にたまった毛玉を掃除して」でもよい。

 そのときあなたの子どもが、何もためらわずそれができたとしたら、あなたの子どもは
忍耐力のある子どもということになる。

●では、どうするか

 それが冒頭にあげた話、ということになる。

 子どもは使う。
使って使って、使いまくる。
長い前置きと、回り道をしたが、これが結局は、この講演の結論ということになる。

『子どもは使う』。

 ついでに言うなら、古来、この日本では、子どもをかわいがるということは、子どもに
楽をさせることというふうに考える。
「楽」イコール、「楽しませること」と考える人も多い。
それに拍車がかかったのが、高度成長期に入ってから。
それこそ子どもが生まれると、蝶よ花よと手をかけた。
時間をかけた。
お金もかけた。

 その結果、私たちの時代で、「ドラ息子」「ドラ娘」と呼ばれる子どもたちがふえた。
ふえたというより、そういう子どもが主流になった。
すでに20年前には、そうでない子どもは、さがさなければならないほど、少なくなった。
今では、高校生にしても、親に感謝しながら通っている子どもはいない。
大学生でもいない。
お金をもらうときだけは、「ありがとう」と言う。
しかしそこまで。
中には、「親がうるさいから、大学へ行ってやる」と豪語する子どももいる。
それもそのはず。

 現在の子どもたちは、そしてここにいるお父さん、お母さんは、子どものときから「勉
強しろ」「勉強しろ」と言われて育っている。
ある女子高校生は、親が「大学進学をあきらめてくれ」と言われたとき、それに猛烈に反
発した。
「子どもを大学へやるのは、親の役目。借金でも何でもして、私を大学へやって!」と。

 今は、そういう時代である。
子どもが社会人になりとき、その支度金まで、親が出す。
結婚式の費用も、親が出す。
さらに子どもが生まれると、その生活費まで、援助する。

 私たち団塊の世代は、こういう現状を見ながら、こうこぼす。

「私たちは両取られの世代」と。
親に取られ、子どもたちに取られ……と。
なぜ、こうなってしまったか。
それが言うまでもなく、常識であり、意識であるということになる。
それがどのようなものであれ、一度はその常識を疑ってみる。
そして「おかしい」と感じたら、今度は意識を変えてみる。
そのヒントとして、今日は常識論、意識論にからめて、子どもをどう育てたらよいかを話
してみた。

 これからの子育てのひとつの指針になればうれしい。
なぜならこの問題だけは、あなたがたみなさんの近未来の老後に直結する問題である。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

(注※1)

●男は仕事、女は家庭?(2008年、調査)

++++++++++++++++++++

このほど読売新聞社(2008年8月27日)が公表した
意識調査によると、

女性は結婚しなくても幸せな人生を送ることができる……55%
そうは思わない                 ……39%、
だったという。

この数字を、1978年(30年前)と比較してみると、
「女性は結婚しなくても幸せな人生を送ることができる」と答えた人は、26%
だった。

つまりこの30年間で、26%から、55%にふえたことになる。
(以上、読売新聞社、年間連続調査「日本人」より)

+++++++++++++++++++++++

こうした変化は、私も、ここ10年ほど、肌で感じていた。
旧来型の「男は仕事、女は家庭」という結婚観が、今、急速に崩壊しつつある。

そのことを裏づけるかのように、今回も、こんな調査結果が出ている。

+++++++++++++

結婚したら男性は仕事、女性は家庭のことに専念するのが望ましい……30%

そうは思わない……68%

この数字を、1978年と比べてみると、

「男性は仕事を追い求め、女性は家庭と家族の面倒をみる方が互いに幸福だ」については、
賛成……71%
反対……22%だった(同調査)。

つまり30年前には、「男は仕事、女は家庭」という考え方に賛成する人が、71%だった
のに
対して、今回は、30%にまで激減したということ。

日本人の意識は、とくにこの10年、大きく変化しつつある。
まさに「サイレント革命」と呼ぶにふさわしい。

ただし「結婚」については、肯定的に考える人がふえている。
読売新聞は、つぎのように伝える。

++++++++++以下、読売新聞より+++++++++++

ただ、「人は結婚した方がよい」と思う人は65%で、「必ずしも結婚する必要はない」の
33%を大きく上回り、結婚そのものは肯定的に受け止められていた。「結婚した方がよい」
は、5年前の03年の54%から11ポイント増え、結婚は望ましいと考える人が急増し
た。

++++++++++以上、読売新聞より+++++++++++

(参考)

●ああ、父親たるものは……!

++++++++++++++++++

平成10年度の『青少年白書』によれば、
中高校生を対象にした調査で、「父親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは54・9%、「母親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは、51・5%。

また「父親のようになりたくない」は、78・8%、
「母親のようになりたくない」は、71・5%であった。

この調査で注意しなければならないことは、
「父親を尊敬していない」と答えた55%の子どもの中には、
「父親を軽蔑している」という子どもも含まれているということ。
また、では残りの約45%の子どもが、「父親を尊敬している」
ということにもならない。

この中には、「父親を何とも思っていない」という子どもも含まれている。
白書の性質上、まさか「父親を軽蔑していますか」という質問項目をつくれなかったのだ
ろう。
それでこうした、どこか遠回しな質問項目になったものと思われる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)
●ああ、父親たるものは……!
++++++++++++++++++
平成10年度の『青少年白書』によれば、
中高校生を対象にした調査で、「父親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは54・9%、「母親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは、51・5%。

また「父親のようになりたくない」は、78・8%、
「母親のようになりたくない」は、71・5%であった。

この調査で注意しなければならないことは、
「父親を尊敬していない」と答えた55%の子どもの中には、
「父親を軽蔑している」という子どもも含まれているということ。
また、では残りの約45%の子どもが、「父親を尊敬している」
ということにもならない。

この中には、「父親を何とも思っていない」という子どもも含まれている。
白書の性質上、まさか「父親を軽蔑していますか」という質問項目をつくれなかったのだ
ろう。
それでこうした、どこか遠回しな質問項目になったものと思われる。

(3)人格の完成

 ピーター・サロヴェイ(アメリカ・イエール大学心理学部教授)の説く、「EQ(Emo
tional Intelligence Quotient)」、つまり、「情動の知能指
数」では、主に、つぎの3点を重視する。 

(1) 自己管理能力 
(2) 良好な対人関係 
(3) 他者との良好な共感性

とくに需要なのが(3)の共感性(より愛他的、非自己中心性)

(1)他人への同調性、調和性、同情性、共感性があるか。
(2)自己統制力があり、自分をしっかりとコントロールできるか。
(3)楽観的な人生観をもち、他人と良好な人間関係を築くことができるか。
(4)現実検証能力があり、自分の立場を客観的に認知できるか。
(5)柔軟な思考力があり、与えられた環境にすなおに順応することができるか。
(6)苦労に耐える力があり、目標に向かって、努力することができるか。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(参考)

●ああ、父親たるものは……!

++++++++++++++++++

平成10年度の『青少年白書』によれば、
中高校生を対象にした調査で、「父親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは54・9%、「母親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは、51・5%。

また「父親のようになりたくない」は、78・8%、
「母親のようになりたくない」は、71・5%であった。

この調査で注意しなければならないことは、
「父親を尊敬していない」と答えた55%の子どもの中には、
「父親を軽蔑している」という子どもも含まれているということ。
また、では残りの約45%の子どもが、「父親を尊敬している」
ということにもならない。

この中には、「父親を何とも思っていない」という子どもも含まれている。
白書の性質上、まさか「父親を軽蔑していますか」という質問項目をつくれなかったのだ
ろう。
それでこうした、どこか遠回しな質問項目になったものと思われる。



(2011年6月2日、作成)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 常識論 意識論 常識改革 意識改革 はやし浩司 父親のようにな
りたくない はやし浩司 父親を尊敬していない 総理府調査 青少年白書)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【ある相談より】

++++++++++++++++++

徳島県に住んでいる、HSさんという
女性より、こんな相談が届いた。

++++++++++++++++++

●離婚問題

夫(37歳)、私(35歳)、長女(小5)、長男(小4)

++++++++++++++++++

【HSさんより、はやし浩司へ】

先日は、子どもの友達のことでの返信を頂き、ありがとう
ございました。

今回は以前にも相談にのって頂いたことがあるのですが、夫の
ことで相談させて下さい。

何年か前に「離婚」を考えている内容の相談をさせていただきましたが、
未だに離婚には至っておりません。

子どもに対して、それほどヒドイ言動や態度はありませんが、
長女は朝起こした時によく、「パパは(今何してる)?」と聞きます。
息子(小2より不登校中)は、「パパと留守番するなら一人の
方がいい」と言ったことがあります。
夫が一緒だと出かけるのも嫌がります。

息子が不登校児になってからは、私の勤務時間が短くなり、食費を
出せなくなりました。
(それまでは私のパート代から食費を出していました)
それを夫に伝えると、食費を渡すことはしてくれませんでしたが、夫が食事
の支度(買い物も)を、してくれるようになりました。

食事の支度をしてくれることは、ありがたいと思っています。

 私が今回お話したいのは、夫にコミュニケーションをとる気が
ないことです。

「明日のお弁当いるみたいだよ」と言っても返答なし。
「聞いてる?」と言うと、「さっき、聞いた」と。

こんな感じの会話ばかりです。
家では(子供の前でも)ニコリともせず、口を開けば不機嫌そう
な言い方や命令ばかり。
挨拶もロクにしません。

最近は、晩御飯を食べ終わったあとに、子どもたちは私の実家へ
行きたがり、近いこともあり、毎日行っています。
(夫が飲み会などでいない時も行っていますが。)

2年ほど前に、電話の受話器を投げつけられ、私の腕に当たって
ケガをしたこともあります。
 
 コミュニケーションをとろうとしない夫は、どこにでも
いますか?

私自身、子どものまえでは明るく振る舞っていますが、家の中の
雰囲気がが暗くてうんざりしています。

家計を夫が握り、子どものものを買うのにも、いちいち夫に
言わなければ買えなかったり、嫌な顔をされたりするのにも
疲れました。

こんな気持ちで離婚せずに今の生活を続けることは、子どもに
とってどうなんでしょうか?
不登校中の次女にとって、離婚は悪影響ですか?

長くなってしまいすみません。
よろしくお願いします。

【はやし浩司より、HSさんへ】

●家庭騒動

 現在のHSさんの家庭を支えているのは、HSさんの実家の両親ということになります。
あなたと実家の両親との関係がよくわかりませんが、良好なものであることを願っていま
す。
また良好であれば、まず相談すべき相手は、あなたの両親ということになります。
離婚という形になればなおさら、実家の存在は大きくなるでしょう。

書き忘れましたが、いまどき離婚など、何でもありません。
珍しくもありません。
日本人でも、20数%の人が、離婚を経験しています。
5人に1人です。
アメリカ人の離婚率と、それほど、ちがいません。

 離婚が問題ではありません。
離婚に到る家庭騒動が問題です。
子どもの心に影響を与えるのは、離婚ではなく、そこに到る家庭騒動、ということです。
家庭騒動だけは、避けてください。

●まず自立

 現在、お子さんがその年齢なので、あなた自身の経済的自立はむずかしいかもしれませ
ん。
しかしもう少したてば、あなたも仕事ができるようになります。
そのときは、経済的自立をめざしてください。
あとのことは考えない。
まず経済的自立。
あとは、成り行きに任せます。
水が流れ行く場所を求めて流れていくように、自然な形で、あるべき方向に向かってもの
ごとは進んでいきます。
それでも夫婦であれば、それもよし。
離婚に向かうようであれば、それもまたよし。
あとは自然体。
自然の流れに任せます。

(実際、私の周辺でも離婚していく人というのは、本当に静かです。
なるようになっていくという感じです。)

どうせこの世に、完ぺきな夫婦など、いません。
みな、外から見ると幸福そうに見えますが、そう見えるだけ。
どの夫婦も毎日、いろいろな問題をかかえ、悩んだり迷ったりしています。

 とにかく今は、2人の子どもをかかえ、たいへんなとき。
経済的にもきびしい様子なので、がまんできるなら、がまんしたほうがよいでしょう。
「それでも離婚!」ということなら、実家の両親に相談してみてください。
実家の両親の協力なくして、今の状況では、離婚は不可能です。

●夫婦の会話

 ああでもない、こうでもないと、それを繰り返しながら、たがいに生きていくのが、夫
婦です。
私たち夫婦も、公式どおり(?)、倦怠期→緊張期→爆発期(夫婦げんか)→冷淡期→仲直
り期→円満期→倦怠期を、繰り返しています。
周期は、2〜3か月といったところでしょうか。
若いころ(30〜40代)は、1〜2か月でした。

 現在HSさんが、どういう状況にあるかわかりませんが、夫婦というのは、そのつど変
化するものです。
だから昔からこう言います。
『夫婦げんかは、犬も食わない』と。

 で、どうであるいせよ、今まで夫婦でいられたということは、それなりにたがいに惹か
れるものがあったからではないでしょうか。
あなたは愚痴を言いながらも、少しゆがんだ形かもしれませんが、内心では夫を愛してい
ます。
本当に離婚を考えるときというのは、子どものことなど考えられなくなります。
つまり子どもの心配をしているようであれば、離婚などできないということ。
まだその段階ではないということ、です。

●倦怠期

 「うんざり」ですか?
 
 だったら、HSさんは、HSさんで好き勝手なことをすればよいのです。
夫にそれを求めるのではなく、自分で自分のしたいことをする。
今の私も、こうしてパソコンに向かって好き勝手なことをしています。
ワイフはワイフで、台所で好き勝手なことをしています。
だから夫婦でいられるのです。

 ある賢人は、こう言いました。

『結婚前はよく見つめ合う。結婚したら、たがいに前だけを見て、進む』と。
あるいはアンネ・フランクは、こう書いています。

Think of all the beauty that's still left in and around you and be happy! 
(まだあなたのまわりに残っているすべての美しいものを頭の中で考えなさい。そして幸
福を感じなさい。)

 危機とまではいかないにしても、危機的な状況かもしれませんが、心のどこかで「夫婦
って、まあ、こんなもの」と割り切れるようであれば、割り切ってください。
いろいろ不満もあるでしょうが、夫に期待しすぎないこと。
求めすぎないこと。

 私の年齢になるとですね、平均余命も少なくなってきたこともありますが、同時にあち
こちで友人や知人、その妻や夫が、ポツポツと他界していきます。
そのため、ものの考え方が大きく変化してきます。
たとえば今のHSさんの家庭の様子を読んでも、内心では、うらやましく思ってしまいま
す。
「いいなあ」とです。

 健康だし、死の影はどこにもない。
その気になれば、やりたいことが、何でもできる。
歩ける、走れる、見える、聞こえるということだけでも、すばらしい。
そこに夫がいて、2人の子どもがいる。
それだけでも、すばらしい。
孤独とは無縁。
孤独の恐ろしさも知らないですむ。
うらやましいです。

 どうかそういう私のような人間もいることを、心のどこかにとめ、もう一度自分や家族、
みなの置かれた環境をながめてみてください。
アンネ・フランクのいう「beauty(美)」の意味がわかると思いますよ。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●無念

++++++++++++++++++++++

朝、起きる。
一番に、庭に鳥の餌をまく。
そのとき合図として、数回、ピーッ、ピーッと
口笛を吹く。
とたんスズメたちが、屋根の端でにぎやかくなる。

それがすむと、私は、縁側にあるウォーキングマシンの
上に乗る。
今朝も30分。
途中、2回、ウォーキングからランニングに変える。
このところずっと4分を限度にしてきた。
が、今朝は心に決めた。
5分間ずつ、2回、ランニング、と。

そうして歩き始めて数分のこと。
庭先のスズメたちを見ながら、歩いていると、
突然、上方から猫が飛びかかってきた。
白と黒の、目立つ色をした猫だった。
スズメたちは、一斉に飛び散った。

++++++++++++++++++++++

●消えたドバト

 そう言えば、ここ1か月、庭からドバトが消えた。
どれも私の庭の木の上で生まれ育ったドバトである。
先月だったか、庭先を掃除していると、ドバトの羽が一本、落ちていた。
ちょうど換羽期。
それほど気にはとめなかった。

 また3週間ほど前。
ワイフがやはり庭先で、ドバトの雛を拾ってきた。
冷たく、すでに死んでいた。
そのときも巣から落ちたのだろうくらいにしか、考えなかった。
が、理由がわかった。
猫だった!
猫がドバトを襲った!

●土手

 それ以前は、庭の中に餌をまいていた。
この20年近く、そうしてきた。
が、犬のハナがその餌を食べるようになった。
このところややボケてきた。
腹が減ると、何でも口にする。
それで数か月ほど前から、庭の前にある土手に餌をまくようにした。
土手は、囲いの外にある。

 土手の高さは、数メートル。
土手の上方には、ツツジの低木が生えている。
猫にはかっこうの隠れ場所である。
そこに猫は陣取り、ドバトやスズメの来るのを待つ。
上からジャンプすれば、スズメは逃げられるかもしれないが、ドバトにはそれができない。
それがわかったとたん、何とも言えない無念さが胸をしめつけた。

「しまった!」と。

●運動

 ウォーキングの上で運動している自分がもどかしかった。
今すぐにでも、土手に行き、ツツジをすべて切り払いたかった。
見通しをよくすれば、スズメたちにも、それがわかるだろう。

「明日からは、また庭にまこう」
「気を切ろう」
「柵を作ろう」と。

 しかしドバトは、もういない。
この1か月、姿を見ていない。
私は予定どおり、10分が過ぎたときから、ランニング・モードに入った。
とたん汗がにじみ出てきた。
一番汗は、ちょうど13分が過ぎたときのことだった。
ポタリとベルトの上に汗が落ちた。

 猫だった。
ドバトが消えた理由は、猫だった。
繰り返し、そう思った。
そのたびに、無念さが、何度も胸をしめつけた。

●柵

 運動がすむととすぐ、庭へ出た。
全身に汗をかいていた。
ひんやりとした風が、パジャマの下から流れ込んできた。

長靴に履き替えた。
このところの雨で、土手もすべりやすくなっている。
私は庭切りバサミをもつと、土手に登った。
低木の枝を片っ端から切った。
何度も、「チクショー」とつぶやいた。

 で、それが終わると、今度は網をもってきた。
温室の中にそれが残っていた。
それを土手の上方に、かけた。
何という無念さ。
「こんなところに餌をまかなければよかった」と。
何度も、自分を責めた。
何度も責めたが、責めきれなかった。

 土手に網をかけたところで、作業はストップ。
猫は上方ばかりから飛びつくとは、考えにくかった。
横からも、あるいは下からも飛びつく。
地形的に、それがわかった。

●無意味な権力闘争

 昨日、内閣不信任案が、国会で否決された。
簡単に言えば、小沢一郎がしかけた、政治的ワナ。
それに管総理が、ハマった。

 何という醜悪な権力闘争。
ヘドが出そうなほど、醜悪な権力闘争。
その醜悪さは、あの小沢一郎の顔を見ればわかる。
今の今も、東北地方では、被災者たちが苦しんでいる。
その最中に、内閣不信任案?
管おろし?

 火事で家が燃えさかっている。
家の中では、子どもたちが「助けて!」「助けて!」と泣き叫んでいる。
そんなときに夫婦げんか?
離婚騒動?

私は私なりに政治をながめてきたが、これほどまでに醜悪な権力闘争を見たことがない。
2011年という、今どき。
ああいう旧態依然の、つまり出世欲にとりつかれたような政治家がいること自体、信じら
れない。
国会を、『国盗り物語』の舞台にしている!

……というより、無念。

 今は、すべての責任問題を棚にあげてでも、挙国一致態勢で、震災処理、原発処理をし
なければならないとき。
そんなときに、揚げ足をとり、内閣の足を引っ張っている。
その愚かさ。
その醜さ。

 小沢一郎がどうのこうのというより、そういう政治家しか選べない私たち。
そういう政治しかできない、この日本!
それが無念。
ただただ無念。

 何も管首相に肩入れするつもりはない。
しかしこんな時期に、首相を務めたいと願う人はいるだろうか。
想像を絶する重責。
私なら、とても務まらない。
頼まれても、断る。
事実、東京電力の社長は、イチ逃げた!

 それがわかったら、自民党にせよ、公明党にせよ、はたまた小沢一郎一派にせよ、今す
べきことは、管首相に知恵を出し、協力すること。
そうでなくても、日本経済は崖っぷちに立たされ、よろめいている。
被災地での復興、復旧、さらには被災者たちの救済も、今、やっと始まったばかり。
何よりも心配なのは、原発。
原発事故は、日増しに深刻さをましている。

●無念

 今朝は、そういうわけで、どうも気分がすっきりしない。
何とも言えない無念さが、胸の中でじゅうまんしている。
やりようのない無念さ?
壁をかきむしるような無念さ?

 自分の愚かさを恥じ、日本の愚かさを恥じる。
小沢一郎も、少しは自分に恥じたらよい。
ヘラヘラと意味のわからない高笑いを繰り返すのではなく、もう少し国民の目線で、政治
をながめてみたらよい。
そうすれば少しは、自分の醜さもわかるだろう。

 ただただ無念。
もうすぐワイフが床から起きてくる。
どうやって猫の話をしようか。
ワイフも悲しむだろう。
それを想像すると、つらい。

 今朝の「日本経済新聞」の見出しには、こうある。

『「菅降ろし」早くも再燃
 延命狙い、民主内部に反発』と。

 もう私には、バカとしか言いようがない!

 2011年6月3日、朝記。


Hiroshi Hayashi+++++++June. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●オーストラリアの土地税制vs中国の土地税制

++++++++++++++++++++++++

オーストラリアの土地税制に興味がある。
オーストラリアには、「Land Valuer(土地査定人)」
と呼ばれる、専門の査定人がいて、土地家屋の
価値の査定をする。
その査定に応じて、税金が決まる。

++++++++++++++++++++++++

Dear Hiroshi,
ヒロシへ

In Australia there are "Commonwealth" (national) taxes and State taxes (eg. State of 
Victoria). 
オーストラリアには、連邦税と州税の2つがある。
When I buy a house in Victoria I must pay a tax ("stamp duty") of 1.4% of the value. 
私がビクトリア州で家を買うとき、その家の価値の1・4%分に相当する、「スタンプ税」
を払う。
No need to pay when selling.
家を売るときは、払わなくてもよい。
 That is a State tax.
これは「州税」。
Once I own a house I must pay annual "rates" to the local council. 
家を所有するときは、地方局に、毎年「率税」を支払わなければならない。
This is partly calculated on the land value but also includes fees for garbage collection.
これは土地の価値に応じて別に計算されるが、それには、ゴミ収集の費用も含まれる。
I pay no other tax on my own home but if I own a second property then I must pay "land 
tax" on the second property according to the value of the property. 
私はこれ以外には、税金を払っていないが、もし2番目の不動産を所有するときは、「土地
税」を、その土地の価値に応じて、払わなければならない。
That is a State tax.
これは「州税」。
If my business is buying and selling properties then I will be taxed on the profit just like 
any other business. 
もし私が不動産屋を経営しているなら、他のビジネスと同じように、所得税が課せられる。
That is a Commonwealth tax.
これは「連邦税」。
When calculating land value, the local council or the State government will use a 
professional land valuer. 
土地の価値を計算するとき、地方局と州政府は、専門の「土地査定人」を使う。
The vlauer will decide how much the house is worth if it was sold. 
土地査定人は、もしその家が売られるなら、いくらの価値があるかを査定する。
That becomes the "taxable value". 
これが「課税評価価値」となる。
The valuation is fair and is usually lower than a real sale value.
課税評価価値は、公正でで、ふつう実際の売買価格よりも低い。
In my case I pay the annual "rates" to my local council. 
私のばあい、毎年地方局に、「率」を払っている。
In return they arrange for garbage collection, provide various services such as a library
 and assistance for old people etc.
その代わり、彼らはゴミ収集をし、図書館や、老人介護などの種々のサービスを提供して
くれる。
It is a bit complicated, I suppose.
少し複雑かな。
D
Dより

The government knows that owning a house is important for people and people will vote 
for a party which makes it easier to own a house.
政府は、家の所有は、人々にとって重要と心得ているし、人々は家を所有しやすくしてく
れる正当に票を入れる。
 So taxes are not too high.  
だから税金は、そんなに高くない。
Owning a home is like a sacred thing for Aussies.
オーストラリア人にとっては、家をもつということは、神聖なことだ。
The difficult thing for home-owners is bank interest rates for loans.
家の所有者にとって、難しいことは、銀行からの借入金の利率ということになる。
 Maybe that is more a problem than taxes. 
たぶんそれのほうが、税金より大きな問題だ。
Anyway people talk about interest rates more than taxes.
オーストラリア人は、税金より、借り入れ金利のほうに関心がある。

Dより
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
 
●中国の土地税制について

++++++++++++++++++++

D君は、オーストラリアでも中国研究の第一人者でもある。
中国の土地税制についても教えてくれた。

++++++++++++++++++++

Dear mate,
友へ、

In China, people do not pay tax for their house but the system is different. 
中国では、自分の所有する家には税金を払わない。システムが異なる。
Firstly, they can only buy a house not the land underneath. 
第一に、彼らは家を買うのであり、その下の土地は買わない。
The land belongs to the government. 
土地は政府に属する。
Secondly, they can only buy a house for 70 years.  
第二に、彼らは70年間、家を買う。(最長限度は70年。)
So in China, a big company or corrupt official can easily push people of the land which 
they are living on.
それで、中国では、大きな会社や役人は、そこに住んでいる人々を容易に追い出すことが
できる。
When a company wants to build a factory in a village, there is a negotiation over price 
but the local government is in charge of everything and they can favour the powerful 
side. 
会社が村に工場を建てるとき、価格の交渉をするが、地方政府はすべてに責任をもち、力
のあるほうに味方することができる。
So many farmers sell as soon as they receive a good offer and move into a town. 
それで多くの納付は、よい条件がつけば、すぐ家を売り、町へ移動する。
Eventually there will be a shortage of good farming land.
結果的に、農地が不足することになるだろう。
One day the system in China will crash down like a shaky old house.
いつか中国のこのシステムは、がたがたの古い家のように崩壊するだろう。
D
Dより


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【年中4歳児に、言葉のレッスン】(5月30日、2011)

年中4歳児クラスです。今週は、言葉の学習をしました。最終的に、「お話作り」まででき
るように指導しました。言葉は、まず正しく、話す、ですね。「ハンカチ、ハンカチ、もっ
た?」ではなく、「あなたはハンカチをもっていますか?」と。そういう日常的な会話が、
その子どもの国語力の基礎となります。

(1)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/E5HNX4DC27k?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/E5HNX4DC27k?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(2)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/vjG9sRIUTGo?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/vjG9sRIUTGo?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(3)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/lsziMJUxRsU?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/lsziMJUxRsU?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(4)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/4zAJuWFv9EI?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/4zAJuWFv9EI?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

●おまけ(小3クラスの子どもたち)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/3fGW0EBXe_c?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/3fGW0EBXe_c?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●5月31日(火曜日)夜記(今月も終わった!)


++++++++++++++++++++


今日で、2011年5月は、終わり。
いつもなら月末パーティ(打ち上げ式)を
ワイフとするのだが、今日はなし。
教室のドアが壊れたので、それを直して
いるうちに、パーティのことを忘れて
しまった。


ハハハ。


++++++++++++++++++++


●北朝鮮


 北朝鮮が、「韓国など相手にせず」という声明を発表した。
おかしな国だ。
だれもあんな国など、相手にしたくない。
相手にもならない。
できるならもう、日本のことなど放っておいてほしい。
忘れてほしい。
忘れて自分の国のことだけを考えて、勝手にやってほしい。
韓国にしても、そうだろう。


 武力で脅し、それがすむと今度は援助を求める。
その繰り返し。
あえて「韓国など相手にせず」と言わなくても、北朝鮮は、もとから相手にされていない。
自己認識能力ゼロの国というのは、今の北朝鮮のような国をいう。


●韓国


 韓国も思考回路は同じ。
北朝鮮と同じ。
北方領土へ国会議員を送り込んだ。
韓国政府は、「勝手に行った」と弁解したが、これはウソ。
韓国政府がビザ申請にからんでいたことが、発覚。


 日本人の国民感情としては、「何もこの時期に!」となる。
日本が混乱しているのをよいことに、竹島の実効支配を進め、北方領土に国会議員を送り
込む。
イヤ〜ナ国。
本当に、イヤ〜ナ国。


 今に竹島(独島)どころではなくなる。
38度線以北が、ゼーンブ、中国の領土になる。
日本の知ったことではないが……。


●管首相


 民主党が割れた。
明日(6月1日)にも、内閣不信任案が提出され、議決されるかもしれない。
私は何も、民主党支持者ではないが、言いたいことは同じ。
「何も、この時期に!」。


 週刊文春(6月2日)によると、「……もはや1億円の裏献金は、真っクロ以外の何物で
もない。やっぱり(小沢一郎は)万事休す」(P38)とある。
裁判傍聴記の結論として、そう書いてある。


 管首相にも問題はあるかもしれない。
しかし今は、原発事故処理に全力を傾けるとき。
管内閣以下、国民が一致団結して、この難局を乗り越えるべきとき。
煙こそ見えないが、福島第一原発からは、今の今も、モウモウと放射性物質が空中に放出
されている。
そんな時期に内輪もめをしていて、どうする?
どうなる?


 ここで内閣不信任案が可決されたら、日本の政局は大混乱。
火事の真っ最中に、夫婦喧嘩に始まる離婚騒動をしているようなもの。
そんなヒマがあったら、国会議員たちよ、福島の原発事故現場へ行け!
火を消せ!
選挙のたびに、「命をかけて……」と君たちは言っているではないか。
だったら、今こそ、そのとき。
命をかけて行け。
君たちの信念を、形で示せ。


 さあ、どうだ!


●UFO


 2日前、UFOについての原稿を書いた。
反響は大きかった。
BLOGへのアクセス数で、それがわかる。


 で、今、こう考える。
もし私が宇宙人なら、(神でもよいが)、人間をどうするだろうか、と。
人間を許し、人間を宇宙人の世界に、(神の世界でもよいが)、迎え入れるだろうか、と。
もう少し具体的には、宇宙人から見た人間は、どんなふうに映るだろうか、と。


 たとえば人類全体が存亡の崖っぷちに立たされたとする。
現在、すでに崖っぷちに立たされているとみてよいが、そんなとき宇宙人は、人間を助け
の来るだろうか。
神でもよい。
神は助けに来るだろうか。


 そこでいきなりこう考える。
「もし私が宇宙人なら、どう判断するだろうか」と。
あるいは「もし私が神なら、どう判断するだろうか」と。
あるいはこの文を読んでいる、あなたなら、どう判断するだろうか。


 人間である私がこう言うのもおかしいが、私が宇宙人なら、(神でもよいが)、答はかな
り否定的にならざるをえない。
人間の世界では、「力」をもった人間ほど、より強欲になる。
貪欲になる。
北朝鮮の金xxを見れば、それがわかる。
民主党の小沢一郎を見れば、それがわかる。
ああいう人たちは、自らが発する悪臭に気がついているのだろうか。


 ひょっとしたら今ごろ、この太陽系のどこかでこんな評決がなされているかもしれない。
「人間に、生存する価値、なし」と。


 「ヒト科ヒト属」という、たった1種類の生物のために、ほかの何百万種類という生物
が犠牲になっている。
こんなバカげたことを、宇宙人が許すはずがない。
神が許すはずがない。


 ……という原点から、人間は、自らを反省しなければならない。
あるいは自らがもつ欠陥を改めなければならない。
宇宙人に、(あるいは神でもよいが)、叱られてからそうするのでは、あまりにも遅い。
その前に、それをする。


 たしかに私たちは何ものかによって、試されている。
宇宙人かもしれない。
神かもしれない。
だれであれ、何ものかによって、試されている。
が、こわいのは、その結論。
もしそれが「NO!」であったら……。


 私たちはいとも簡単に、宇宙人によって、(あるいは神でもよいが)、抹殺されてしまう
だろう。
たった1日かもしれない。
1時間かもしれない。
あるいは数秒かもしれない。


 もし宇宙人に、(神でもよいが)、最後の慈悲というものがあるなら、人間がそれに気づ
く前に、彼らは人間をこの地球から抹殺するだろう。

 ……とまあ、かなりSF的なことを書いてしまった。
これもおととい観た映画、『アジャストメント』の影響かもしれない。
そう言えば、6月末に、『スーパー・エイト(SUPER 8)』という映画が封切りにな
る。
製作は、あのスティーブン・スピルバーグ。
楽しみ!


 では、おやすみ。
5月31日夜記


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●6月1日

+++++++++++++++++++++++++

●消えた2時間

 今日は7時起き。
よく眠った。
頭痛もなし。

 ……先週は、軽い頭痛がつづいた。
朝方、いつも頭が重かった。
それが毎日、昼ごろまでつづいた。
おかしな神経痛もあった。
左耳の下から脳を突き抜けるような神経痛。
偏頭痛(?)と判断しかねているうちに、週末になって風邪の症状が出てきた。
くしゃみと発熱。
市販の風邪薬をのんだ。
頭痛も消えた。
風邪だった。
よかった。

 で、今朝も、いつもの日課。
起きるとすぐ、ウォーキングマシンに。
30分もすると、全身から汗が噴き出す。
それが気持ちよい。

そのまま書斎へ。
パソコンに電源を入れる。

……

 時刻は……ギョッ!
現在、時刻は午前9時!

メールを読み、ニュースサイトに目を通した。
いくつかの原稿をBLOGにアップした。
それだけで、午前9時!

2時間は、どこへ消えたのか?

++++++++++++++++++++++++++++++++++

●時間がない!

 週末にK市で某大会がある。
その大会の記念講演の講師を務める。
今は、その準備。
準備といっても、私のばあい、体調を整えること。
運動量をふやすこと。
食事の量を減らすこと。
眠った脳みそでは、講演はできない。
が、この緊張感がたまらない。
楽しい。

 ところで先週、ワイフと映画を観に行ったときのこと。
映画館は、市内のZ・シティというショッピングセンターの
中にある。
その地下街を通ったときのこと。
明らかに私と同年齢、あるいは私より若いと思われる
男たちが、ぼんやりとした様子で、椅子に座っていた。
3、4人もいた。

それなりの服装はしていたが、緊張感がなかった。
うつろな目つきで、空(くう)を見つめていた。
私はそれを見て、ドキッとした。
ドキッとして、口を閉じてしまった。

ワ「どうしたの?」
私「……」と。

 明日は我が身。
明らかに退職者たちだった。
仕事もなく、かといって、家の中では粗大ゴミ(?)。
行くところもなく、そういうところで時間をつぶす。
もちろん遊ぶお金もない。

 ……エスカレーターに乗って1階へ出ると、
そこにも小さなたまり場があった。
が、そのたまり場にも、2、3人!

私「これから先、ああいう人たちがふえるだろうね」
ワ「そうね」と。

++++++++++++++++++++++++

●パソコン

 パソコンを相手に仕事をしている人なら、異論はないだろう。
パソコンというのは、「時間を食う」。
たいした仕事はしていないのに、時間ばかり過ぎていく。
パソコンというのは、そういうもの。

 数日前も、マガジンの過去版を整理した。
6月1日(2011年)で、1526号を数えた。
2001年6月、創刊。
以来、ちょうど10年。
コピーして張りつけていくだけの単純作業。

 朝から作業を始め、ホッと一息ついたのが、午後3時。
1日仕事になってしまった。
……ということで、今の今も、時間が足りなくて、困っている。
やりたいことは山のようにある。
書きたいことは山のようにある。
が、その時間がない!
時間が足りない!
忙しくはないが、時間が足りない!

 ……だからといって、ショッピングセンターで無意味に時間を
つぶす人を、どうこう言っているのではない。
先にも書いたように、「明日は我が身」。
「私はああいう人たちとはちがう」と思うのは、その人の勝手。
しかしどこもちがわない。
ちがわないというより、中身は同じ。
言うなれば、今の私は「包装紙」のようなもの。
包装紙をはがしたら、中身は同じ。

 ただ、そうはなりたくないと思い、懸命にふんばっている。
がんばっているというより、ふんばっている。
もしその気力が途絶えたら、私も明日からショッピングセンターで
時間をつぶすようになる。
そういう自分をよく知っているから、ふんばるしかない。

 ……おとといも、静岡県教育委員会の担当者の方が、講演の仕事を回してくれた。
そのときのこと。
いつもなら「ありがとうございます」で終わる電話だった。
が、思わず私は「生きがい」という言葉を使ってしまった。
「いつも、生きがい、ありがとうございます」と。

 ……ということで、この先、死ぬまでハラハラとした人生がつづきそう。
肉体の健康、精神の健康、心の健康、それに脳みその健康。
が、何よりも大切なのは、「気力」。
前に向かって生きるという気力。
いつまでつづくかわからないが、とにかくつづけるしかない。

 で、そのあとは、ピンポク。
願わくは、ピンポク。
前日までピンピンしていて、その翌朝、ポックリと逝く。

 しかしみなさん、誤解してはいけない。

 ああしてショッピングセンターで、ぼんやりと時間をつぶしている人たちは、
本当は苦しんでいる。
けっして、したくて、そうしているのではない。
もちろん楽しんでいるのでもない。
苦しんでいる。
その苦しみがほんの少しでも理解できたら、けっして責めたり、バカにしてはいけない。
なぜなら、明日は、それがあなたの姿。
あなた自身の姿。
それを忘れてはいけない。


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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【悪しき恋愛至上主義の弊害&社会的害毒】


●映画『アジャストメント』

++++++++++++++++++

おととい、急に思い立って、映画
『アジャストメント』を観てきた。
急に思い立ったのは、ワイフ。
「4時に間に合うから、行こう」と。

で、家を出たのが、3時10分ごろ。
映画館には、10分ほど前についた。

主演は、マット・デイモン、エミリー・ブラント。
映画そのものは、かなり期待はずれ。
星は、3つの★★★。

が、その映画を観ていて、こんなことを考えた。

++++++++++++++++++

●恋愛至上主義

 神がかった『アジャストメント・ビューロウ(調整局)』は、マット・デイモンが演ずる
デイビットを、ゆくゆくは大統領にし、世界を変えようともくろむ。
調整局は、人の運命を自由に操ることができる。
しかしデイビットは、エミリー・ブラントが演ずるエリースに恋をする。

 調整局は、何とかして2人の間を裂こうとする。
さまざまな妨害工作を繰り返す。
理由は、エリースと結婚すると、デイビットは大統領になれなくなる。
そういう「運命」を、2人はかかえている。
が、2人はそうした(運命)を乗り越え、愛を誓いあう。
それを見て、つまりその愛の深さに感動して、調整局の議長(チェアマン)は、2人の運
命を、2人に任す……。

 要するに『愛が全て』という映画である。
つまり恋愛至上主義映画。

●若い男女の愛は、「愛」か?

 が、若い男女の「恋愛」は、本当に「愛」と言えるのか。
またそれでもって、「すべて」と考えてよいのか。

 端的に言えば、若い男女の「恋愛」というのは、ただの熱病。
もう少しわかりやすく言えば、本能に応じて分泌される恋愛ホルモン(フェニルエチルア
ミン)によるもの。
そこらのスズメやハト、犬や猿の恋愛とどこもちがわない。
そういうものを見て、神(天使)は感動する。
感動して、2人を許す。
最後はハッピーエンド。
つまりその部分が、おかしい。

 「恋のホルモン」について書いた原稿をさがしてみる。
少し回り道になるが、許してほしい。

●フェニルエチルアミン(2009年5月24日記)

++++++++++++++++

脳の活動は、「ニューロン」と呼ばれる
神経細胞が司っている。
それは常識だが、しかしでは、その
神経細胞が、「心」を司っているかというと、
そうではない。

最近では、心の原点は、脳内の化学物質、
つまり脳内ホルモンであるという説が、
半ば常識化している。

私たちの心は、常に、この脳内ホルモンに
よって、影響を受け、コントロールされて
いる。
その例としてわかりやすいのが、
フェニルエチルアミンというホルモン
ということになる。
そのフェニルエチルアミンについて書いた
原稿がつぎのものである。

+++++++++++++++++

●恋愛の寿命

+++++++++++++++++

心ときめかす、恋心。しかしその恋心
にも、寿命がある。

+++++++++++++++++

 その人のことを思うと、心がときめく。すべてが華やいで見える。体まで宙に浮いたよ
うになる……。恋をすると、人は、そうなる。

 こうした現象は、脳内で分泌される、フェニルエチルアミンという物質の作用によるも
のだということが、最近の研究で、わかってきた。恋をしたときに感ずる、あの身を焦が
すような甘い陶酔感は、そのフェニルエチルアミンの作用によるもの、というわけである。
その陶酔感は、麻薬を得たときの陶酔感に似ているという人もいる。(私自身は、もちろ
ん、麻薬の作用がどういうものか、知らない。)しかしこのフェニルエチルアミン効果の
寿命は、それほど長くない。短い。

 ふつう脳内で何らかの物質が分泌されると、フィードバックといって、しばらくすると
今度は、それを打ち消す物質によって、その効果は、打ち消される。この打ち消す物質が
分泌されるからこそ、脳の中は、しばらくすると、再び、カラの状態、つまり平常の状態
が保たれる。体が、その物質に慣れてしまったら、つぎから、その物質が分泌されても、
その効果が、なくなってしまう。

しかしフェニルエチルアミンは、それが分泌されても、それを打ち消す物質は、分泌さ
れない。脳内に残ったままの状態になる。こうしてフェニルエチルアミン効果は、比較
的長くつづくことになる。が、いつまでも、つづくというわけではない。やがて脳のほ
うが、それに慣れてしまう。

 つまりフェニルエチルアミン効果は、「比較的長くつづく」といっても、限度がある。も
って、3年とか4年。あるいはそれ以下。当初の恋愛の度合にもよる。「死んでも悔いはな
い」というような、猛烈な恋愛であれば、4年くらい(?)。適当に、好きになったという
ような恋愛であれば、半年くらい(?)。(これらの年数は、私自身の経験によるもの。)

 その3年から4年が、恋愛の寿命ということにもなる。言いかえると、どんな熱烈な恋
愛をしても、3年から4年もすると、心のときめきも消え、あれほど華やいで見えた世界
も、やがて色あせて見えるようになる。もちろん、ウキウキした気分も消える。

 ……と考えると、では、結婚生活も、4年程度が限度かというと、それは正しくない。
恋愛と、結婚生活は、別。その4年の間に、その2人は、熱烈な恋愛を繰りかえし、つぎ
のステップへ進むための、心の準備を始める。

 それが出産であり、育児ということになる。一連のこうした変化をとおして、今度は、
別の新しい人間関係をつくりあげていく。それが結婚生活へとつながっていく。

 が、中には、そのフェニルエチルアミン効果による、甘い陶酔感が忘れられず、繰りか
えし、恋愛関係を結ぶ人もいる。たとえばそれが原因かどうかは別にして、よく4〜5年
ごとに、離婚、再婚を繰りかえす人がいる。

 そういう人は、相手をかえることによって、そのつど甘い陶酔感を楽しんでいるのかも
しれない。

 ただここで注意しなければならないのは、このフェニルエチルアミンには、先にも書い
たように麻薬性があるということ。繰りかえせば繰りかえすほど、その効果は鈍麻し、ま
すますはげしい刺激を求めるようになる。

 男と女の関係について言うなら、ますますはげしい恋愛をもとめて、さ迷い歩くという
ことにもなりかねない。あるいは、体がそれに慣れるまでの期間が、より短くなる。はじ
めての恋のときは、フェニルエチルアミン効果が、4年間、つづいたとしても、2度目の
恋のときは、1年間。3度目の恋のときは、数か月……というようになる(?)。

 まあ、そんなわけで、恋愛は、ふつうは、若いときの一時期だけで、じゅうぶん。しか
も、はげしければはげしいほど、よい。二度も、三度も、恋愛を経験する必要はない。回
を重ねれ重ねるほど、恋も色あせてくる。

が、中には、「死ぬまで恋を繰りかえしたい」と言う人もいるが、そういう人は、このフ
ェニルエチルアミン中毒にかかっている人とも考えられる。あるいはフェニルエチルア
ミンという麻薬様の物質の虜(とりこ)になっているだけ。

 このことを私のワイフに説明すると、ワイフは、こう言った。
 「私なんか、半年くらいで、フェニルエチルアミン効果は消えたわ」と。私はそれを横
で聞きながら、「フ〜ン、そんなものか」と思った。さて、みなさんは、どうか?

(はやし浩司 恋愛 恋愛の寿命 フェニルエチルアミン ドーパミン効果 麻薬性 は
やし浩司 恋の寿命 恋の命 恋愛の命 脳内ホルモン フィードバック (はやし浩司 
家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 恋のホルモン)

●恋愛至上主義

 恋愛至上主義は、まさにアメリカからもたらされた、「社会毒」と考えてよい。
今の若い人たちを見ると、それがよくわかる。
「恋こそすべて」と考えている。
また「愛があれば、すべて許される」と考えている。
それがある一定の範囲内にあれば、まだよい。
それが過激なほどまでに、行きすぎてしまっている。

が、そんなものは「愛」ではない。
脳内ホルモンの奴隷になっているだけ。
さらに言えば、本能の奴隷になっているだけ。

 ただし、それが悪いというのではない。
それが原点となって、もろもろのドラマが展開される。
人間の行動の原点にもなっている。
だからあのフロイトはこういう言葉を使った。

「性的エネルギー」。

「人間のすべての行動の原点には、性的エネルギーがある」と。

 それを補完すべく、最近の大脳生理学は、つぎのように説明する。
「子どもの気力」について書いた原稿だが、「性的エネルギー」を説明するのには、わかり
やすい原稿と思う。

 またまた少し回り道をするが、許してほしい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●子どもの気力

+++++++++++++++++++++++

最近の研究によれば、生命の根源、つまり(生きる
力)の根源は、どうやら脳の中枢部にある、視床下部
というところにあることがわかってきた(アメリカ・
サイエンス誌・2009)。

そこから脳みそ全体に、強力なシグナルが発せられ、
それが脳みそ全体の活動の根源、しいては人間の
生命活動の根源になっている(?)。

+++++++++++++++++++++++

●強力なシグナル

「強力なシグナル」と書いたが、当然、個人差がある。
シグナルの強い人もいれば、弱い人もいる。
そう考えてよいことは、特別養護老人ホームにいる
老人たちを見ればわかる。

先日も久しぶりに、母がいたホームを訪れてみたが、
その中に1人、こんな女性がいる。
年齢は今年95歳になるという。
母が1年半前に入居したときもそうだったが、そのときも、
大きな声で、看護士や介護士さんたちに向かって、こう言って
叫んでいた。
「飯(めし)は、まだかア!」
「わっち(私)は、何も食べておらんぞ!」と。

大半の女性たちは、(そこは女性専用のフロアなので)、
ぼんやりとした表情のまま、時間をつぶしている。
何割かの女性は、大きな車椅子に横になったまま、鼻からチューブを
通して、一日中、眠っている。
そういう中なので、よけいにその女性が目立つ。

恐らく視床下部からの指令を受けて、ドーパミンが大量に分泌され、
それが線条体という組織を刺激しているのだろう。
性欲、食欲など、人間の欲望は、こうして生まれる。

おなじ高齢者なのに、たとえば私の母もそうだったが、
自分の意思をはっきりと持っている人もいれば、そうでない人もいる。
このちがいこそが、シグナルの強弱ということになる。

私という素人が考えた仮説なので、あまりあてにはならないが、
しかしそう考えると、子どもの世界がよく理解できる。

●萎縮した子ども

 たとえば親の過干渉、あるいは過関心などで精神活動そのものが、
萎縮してしまった子どもがいる。
「萎縮児」とも呼ばれる。
覇気(はき)がなく、おとなしく、静か。
自我の核形成も遅れ、つかみどころがない。
何を考え、何をしたいのかも、よくわからない。
一見、従順で、人なつっこい。
好奇心も弱く、遊びといっても、ごく限られた範囲で、
同じことしかしない。
一部が萎縮しているというよりは、人格全体が萎縮している。

あるいは何らかの原因で燃え尽きてしまった子どもや、
荷をおろしたように無気力になってしまった子どもでもよい。

そういった子どもを見ていると、脳の中枢部、つまり視床下部
あたりから出るシグナルが、弱いのではないかと考えてしまう。
このばあいは、親の過干渉、過関心などで、脳の機能そのものが、
変調したと考えられる。
(本当にそうであるかどうかは、わからないが……。)

つまり私たちが俗に言う、「気力」というのは、そういうものでは
ないか。
「やる気」と言い換えてもよい。

●視床下部

 先の女性でいえば、95歳という高齢にもかかわらず、食欲だけは、
異常に旺盛。
それが好ましいことかどうかという判断は別にするとして、視床下部
あたりから出るシグナルが、人一倍強いことだけは、確か。
それがその女性の(生きる力)の根源になっている。
だからまわりの看護士や介護士さんたちは、みな、こう言う。
「こういう人は、100歳まで生きますよ」と。

実は私の母も、今年(08年)の2月ごろまでは、その女性に、
勝るとも劣らないほどの生命力をもっていた。
一個の茶菓子を取り合って、テーブルの向かい側に座っている
別の女性と、ものを投げ合って喧嘩までしていた。
が、2月ごろ、脳梗塞を起こした。
そのあと、別人のように、静かで穏やかになってしまった。
私が見たところ、生命力そのものが、その日を境に、しぼんで
しまったかのように感ずる。

●エネルギーの根源

 こうしたことから、私たちがいうところの(気力)というのは、
脳の奥深くにある根源的な部分から生まれると考えてよい。
視床下部から発せられるシグナルならシグナルでもよい。
そのシグナルが、やがて(気力)につながっていく(?)。
(そうでないかもしれないが、ここでは、そうであるという
仮定の上で、話を進める。)
そのシグナルが強い人は、あらゆる面で旺盛な気力を示し、そうでない
人は、そうでない。

では、どうすればよいのか。

こと子どもに関していえば、子どもというのは、あるべき環境の
中で、あるべきように育てれば、自然とそういう力を発揮する。
DNAレベルで、そのようにプログラムされている。

が、ここでいう気力にしても、それをつぶすのは、簡単。
ガミガミ、ガンガンと、子どもを叱りつづければよい。
ついでに親の気分で、罵声を浴びせたり、暴力を振るったりすればよい。
無視、冷淡、育児拒否などがあれば、さらに効果的。
子どもは、確実に萎縮する。
動作そのものが、緩慢になることもある。
(あるいは同じような家庭環境であるにもかかわらず、反対に粗放化する子どももいる。
親の過干渉、過関心に抑えられてしまった子どもが萎縮児、
それに反発し、やり返した子どもが粗放児と考えるとわかりやすい。
同じような環境であるにもかかわらず、兄が萎縮し、弟が粗放化する
というケースは、多い。)

●環境

 わかりやすく言えば、(気力)を奪うのは、環境ということになる。
とくに親の接し方ということになる。
だから英語では、「教育」を、「education<educe(引き出す)」という。
つまり能力は、すべての子どもが平等にもっている。
あとはそれを(引き出すか、つぶすか)、そのちがいによって、
子どもは伸びたり、反対に萎縮したりする。
それが教育ということになる。

 なおここで「脳の機能が変調した」という言葉を使った。
これは私が使い始めた言葉だが、ひとつの例として、夜尿症(おねしょ)
がある。
本来なら睡眠中は、脳の命令によって腎臓での尿の生産が抑制される。
が、脳の機能が変調すると、その抑制に乱れが生ずる。
最近では、それが夜尿症の原因と考えられている。
だから夜尿症にしても、ここに書いた子どもの気力にしても、
(しつけ)によって、どうこうなるような問題ではない。
いわんや叱ったり、説教したりして、なおるような問題ではない。
(心の問題)というより、(大脳生理学の問題)。
そういう前提で、こうした問題を考える。

 ずいぶんと荒っぽい書き方をしてしまったが、大筋ではそれほど
まちがっていないと思う。
大切なことは、無理や強制などで、子どものやる気を奪ってしまわないこと。
一度幼児期に萎縮させてしまうと、その後遺症は一生つづくと言っても
過言ではない。

(はやし浩司 Hiroshi Hayashi 林浩司 教育 子育て 育児 評論 評論家
子どもの気力 子供の気力 子どものやる気 子供のやる気 視床下部 ドーパミン
ドーパミン効果 夜尿症 おねしょ 萎縮する子供 萎縮児 緩慢動作 緩慢行動)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
 
●変化する日本人

 話をもどす。

 私たちの時代には、「家族」というときには、そこに「祖父母」がいた。
「父と母」がいた。

 が、今の若い人たちが「家族」というときには、「祖父母」はもちろん、「父と母」もい
ない。
いるのは、自分たち「夫婦」と「子ども」だけ。
しかしこれは日本人が昔からもっていた家族観ではない。

 たとえばよく知られた本に、『きけわだつみのこえ(声)』がある。
「第二次世界大戦末期に戦没した日本の学徒兵の遺書を集めた遺稿集」(ウィキペディア百
科事典)である。
その中でも、学徒兵たちは、みな、「お父さん」「お母さん」という言葉を使っている。
「お父さん、さようなら」「お母さん、ありがとう」と。
が、それが今は、「妻」や「恋人」に置き換わった。
学徒兵の残した遺書だから、それが当然かもしれないが、私の時代にあっても、それほど
ちがっていたわけではない。
結婚したあとも、妻や息子たち以上に、実家の父や母のことを心配した。

●デキスギ!

 ずいぶんと遠回りをしたが、映画『アジャストメント』にしても、しかり。
天使(運命を操作しているのは天使という想定になっている)にしても、最後は2人の男
女の深い愛(?)に、心を打たれ、自らその場から引き下がる。
つまりデキスギ!

 最近の若い人たちは、そういう映画を観ても、違和感を覚えないだろう。
当たり前のこととして、受け入れてしまうだろう。
しかし私たちの世代はちがう。
祖父母や親たちの意向を無視して、結婚に走る……ということは、事実上、ありえなかっ
た。
たまに駆け落ち事件というのはあるにはあったが、例外。
「事件」になるほど、例外。
さらにその一世代前はというと、見合い結婚がふつうだった。
私の父と母ににしても、2度目の見合いで結婚を決めた。

 が、それが今は、逆。
「恋愛があれば、すべてが許される」と。
親の意見など、無視。
聞く耳すら、もたない。
昔から「恋は盲目」とは言うが、盲目以上の盲目になって、恋愛から、多くは結婚へと突
っ走っていく。

 が、責められるべきは、こうした風潮。
何も親の意見を聞けと言っているのではない。
「自由」にブレーキをかけろと言っているのではない。
恋愛イコール、欲望と考え、「欲望の奴隷になってはいけない」と、私は説く。
事実、脳下垂体から発せられる信号に応じて、ドーパミンが分泌される。
そのドーパミンの働きは、恋愛による反応も、また喫煙者やアルコール中毒者が見せる反
応とどこもちがわない。
平たく言えば、「新しい車がほしい」と思うのも、「女性を抱きたい」と思うのも、脳内の
メカニズムは、同じということ。

 つまりその原点には肉欲があり、その肉欲には中毒性があるということ。
恋愛至上主義の害は、すべてこの一点に集中される。

●愛論

 映画『アジャストメント』を観て、こうも考えた。
「神様も幼稚だな」と。

 あくまでもこの映画の中で表現されている「神」をいうが、「愛」の解釈そのものがちが
う。
好いた、惚れたというのは、「愛」ではない。
(当の本人たちは、「愛」と思っているかもしれないが……。)
そんなことは、キリスト教の世界では、常識ではないのか?
が、この映画の中では、それが「主題」になっている。
だから「幼稚」。

 で、私はこう考えた。

 最近の若い人たちは、こういう映画ばかり見せつけられているから、それを「愛」と誤
解し、恋愛至上主義に突っ走ってしまう、と。
言うなれば(まがいものの愛)を「愛」と思い込んでしまう。
が、繰り返すが、そんな程度の恋愛なら、そこらの犬や猫でもしている。
犬や猫でもしているような恋愛をもって、「愛」と誤解する。

 ……と書くからといって、先にも書いたように、私は何も恋愛を否定しているのではな
い。
それはそれですばらしい。
人生の花と言ってもよい。
私たち人間だって、もとを正せば動物。
犬や猫と、それほどちがわない。
が、恋愛至上主義に走るあまり、自分を見失ってはいけない。
欲望の奴隷になってはいけない。

 たとえば恋愛するにも、ルールがある。
「自分たちさえとければそれでいい」と考えるのは、まさにルール違反。
そんな身勝手な恋愛は、それ自体が「自己愛」。
自己中心性が凝縮した状態を、「自己愛」という。

●アメリカ映画の弊害

 アメリカ人がどんな文化をもとうが、それはアメリカ人の勝手。
しかし日本には日本の風土、文化というものがある。
優劣はない。
ないが、人間はそれでよいとしても、日本の風土、文化が、それをフォローできないとき、
そこに弊害が生まれる。
たとえば冒頭に書いた、「家族」。

 古来よりこの日本では、年老いた両親は、息子や娘たちがめんどうをみることになって
いた。少なくとも私たちの世代まではそうだった。
が、今はちがう。
「恋愛しました。結婚します。お父さん、お母さん、ハイ、さようなら!」と。

 老後の社会環境がシステムとして確立している欧米なら、まだそれも許される。
しかしこの日本では、そうでない。
老人たちだけが、ハシゴをはずされた状態になってしまう。
その結果が今。
独居老人、孤独死、無縁死……。
老人ホームに入るのにも、2年待ち、3年待ち……。

 「宗教心はありません。墓など不要です」と言うのは若い人たちの勝手だが、ものの価
値観というのは相互に認めあってこそ、意味をもつ。
「自分たちは正しい」と思うのは、その人の勝手だが、その返す刀で、相手に向かって「あ
なたはまちがっている」と切り捨ててはいけない。
もちろん相手が親であっても、だ。

 が、今の若い人たちは、古い世代を平気で切り捨てる。
恋愛至上主義にしても、そうだ。
そこには親がいる。
兄弟もいる。
家族がいる。
そういうことを忘れて、それだけが「すべて」と思ってはいけない。

 映画を見終わったあと、私はこう思った。
「こういう映画ばかり観ていると、ますます恋愛至上主義者がふえるだろうな」と。
これをアメリカのたれ流す「社会毒」と言わずして、何という?

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
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ルモン 恋愛論)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


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凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司      6月   15日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●宇宙人はいる!


++++++++++++++++++++


「はやし浩司」という1人の、小さな人間が住む、
そのまた小さな世界。
その中で、はやし浩司ははやし浩司なりに、
宇宙人の存在を確信した。


それは私の人生の中でも、特筆すべきできごと
といってもよい。
「他人を介していない」という意味において、
また私自身が確信できるという意味において、
特筆すべきことできごとといってもよい。


小さな、そのまた小さな証明だが、しかし
それ以上の証明が、この私にできるだろうか。
組織力も、調査力もない。
どこまでも小さな私である。
あなたと同じ、小さな人間である。


何はさておき、ここに新聞のコピー(1)と、
火星で撮影された写真(2)を、並べて掲載する。


(1)の記事は、私が2000年11月25日(土)に、
中日新聞に寄稿したエッセーである。
「2000年」という年号に注意しておいてほしい。


(2)の写真は、2003年6月10日に打ち上げられた、
アメリカの火星探査機「スピリット」が、地球に
送ってきた写真である。
スピリットは、2004年1月3日に火星に到達している。
つまりこの写真は、どんなに早くて、2004年1月
3日以後に撮影されたものということになる。


この「2004年」という年号に注意しておいてほしい。
その上で、私自身が描いた新聞上のイラストと、
スピリットが送ってきた写真を見比べてみてほしい。


もし逆、つまり私が描いたイラストがスピリットが
送ってきた写真よりあとということなら、私が
スピリットの送ってきた写真を模してイラストを
描いたと疑われてもしかたない。
しかし私のほうが、先に書いている。
2000年の11月である。
スピリットがこの写真を送ってきたのは、少なくとも
2004年1月以後である。
私がスピリットの送ってきた写真を模してイラストを
描いたということは、ありえない!


つまりこれが、私という小さな人間の、ささやかな、
実にささやかな「証拠」ということになる。
「宇宙人は存在する」という、ささやかな証拠
ということになる。


+++++++++++++++


(1)

 


<img 
src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/84/imge35bb262zik5zj.jpeg" 
width="652" height="846" alt="2000年月1125日発表の原稿">
★2000年、私が発表したコラム


★原稿より(上、写真版の読みづらい人は、どうか下をお読みください。)


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


●見たぞ、UFO!(中日新聞記事より)(2000年11月)


見たものは見た。巨大なUFO、だ。
ハバが一、二キロはあった。しかも私と女房の二人で、それを見た。
見たことにはまちがいないのだが、何しろ二十五年近くも前のことで「ひょっとしたら
…」という迷いはある。が、その後、何回となく女房と確かめあったが、いつも結論は
同じ。「まちがいなく、あれはUFOだった」。


 その夜、私たちは、いつものようにアパートの近くを散歩していた。時刻は真夜中の
一二時を過ぎていた。そのときだ。何の気なしに空を見あげると、淡いだいだい色の丸
いものが、並んで飛んでいるのがわかった。私は最初、それをヨタカか何かの鳥が並ん
で飛んでいるのだと思った。


そう思って、その数をゆっくりと数えはじめた。
あとで聞くと女房も同じことをしていたという。が、それを五、六個まで数えたとき、
私は背筋が凍りつくのを覚えた。
その丸いものを囲むように、夜空よりさらに黒い「く」の字型の物体がそこに現われた
からだ。
私がヨタカだと思ったのは、その物体の窓らしきものだった。
「ああ」と声を出すと、その物体は突然速度をあげ、反対の方向に、音もなく飛び去っ
ていった。


 翌朝一番に浜松の航空自衛隊に電話をした。
その物体が基地のほうから飛んできたからだ。が、どの部署に電話をかけても「そうい
う報告はありません」と。
もちろん私もそれがUFOとは思っていなかった。
私の知っていたUFOは、いわゆるアダムスキー型のもので、UFOに、まさかそれほ
どまでに巨大なものがあるとは思ってもみなかった。


が、このことを矢追純一氏(UFO研究家)に話すと、矢追氏は袋いっぱいのUFOの
写真を届けてくれた。
当時私はアルバイトで、日本テレビの「11PM」という番組の企画を手伝っていた。
矢追氏はその番組のディレクターをしていた。
あのユリ・ゲラーを日本へ連れてきた人でもある。
私と女房はその中の一枚の写真に釘づけになった。私たちが見たのと、まったく同じ形
のUFOがあったからだ。


 宇宙人がいるかいないかということになれば、私はいると思う。
人間だけが宇宙の生物と考えるのは、人間だけが地球上の生物と考えるくらい、おかし
なことだ。
そしてその宇宙人(多分、そうなのだろうが…)が、UFOに乗って地球へやってきて
もおかしくはない。
もしあの夜見たものが、目の錯覚だとか、飛行機の見まちがいだとか言う人がいたら、
私はその人と闘う。
闘っても意味がないが、闘う。私はウソを書いてまで、このコラム欄を汚したくないし、
第一ウソということになれば、私は女房の信頼を失うことになる。


 ……とまあ、教育コラムの中で、とんでもないことを書いてしまった。
この話をすると、「君は教育評論家を名乗っているのだから、そういう話はしないほう
がよい。君の資質が疑われる」と言う人もいる。
しかし私はそういうふうにワクで判断されるのが、好きではない。文を書くといっても、
教育評論だけではない。
小説もエッセイも実用書も書く。ノンフィクションも得意な分野だ。東洋医学に関する
本も三冊書いたし、宗教論に関する本も五冊書いた。うち四冊は中国語にも翻訳されて
いる。


そんなわけで私は、いつも「教育」というカベを超えた教育論を考えている。
たとえばこの世界では、UFOについて語るのはタブーになっている。だからこそあえ
て、私はそれについて書いてみた。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/85/imgecf17303zik8zj.jpeg

width="682" height="653" alt="イラスト拡大図(2000年11月の記事より)">

★コラムの中のイラストの拡大図

 


<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/66/img61c597d8zik2zj.jpeg

width="1023" height="1023" alt="d88cbd81.jpg">
★火星探査機「スピリット」が送ってきた、火星上空を浮遊するUFO(2004年)


<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/65/img62d89929zikczj.jpeg

width="480" height="640" alt="●火星上のUFO.jpg">
★(UFOの拡大写真)


 


<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/86/img4e55c54czikbzj.jpeg

width="874" height="980" alt="2004年に火星探査機「スピリット」によって撮影され
た火星上空のUFO">
★別の本に紹介された、火星上空のUFO(「世界のUFO現象」(学研))


●宇宙人は、確かにいる!


 私はあの夜のことを忘れない。
あの夜、私とワイフは、UFOを見た。
が、当初、私は、それをUFOとは思わなかった。
私が聞いていたUFOは、円盤形のものをいう。
「く」の字型(ブーメラン型)のUFOなど、知るよしもなかった。
しかも、巨大だった。
天空をぐいと横切るほど、巨大だった。
新聞記事の中では、1、2キロと書いたが、実際のところ、よくわからない。
それよりも大きかったかもしれない。
あるいは小さかったかもしれない。
が、飛行機とは比較にならないほど、巨大だった。


 あの夜見たものを、もう一度、整理しておきたい。


(1)窓


 私もワイフも窓らしきものを目撃している。
大きな丸い窓(?)で、よく見ないとわからないほど、淡い橙色のものだった。
私はそれはジグザグに並んでいたように思うが、ワイフは、一直線だったと言っている。


(2)黒いシルエット


 私は黒いシルエット(輪郭)を見ているが、ワイフはよく覚えていないという。
最初はそのシルエットは見えなかった。
少しずつ黒くなって、真上にきたとき、黒いシルエットとなった。
黒いシルエットが、その背景の夜空よりも黒く、夜空に浮かびあがった。
月は出ていなかったように記憶している。


 私が記憶しているシルエットは、中日新聞紙上で発表したとおりである。
私はその形を忘れないように、当時、何かにメモした記憶がある。


(3)消え方


 私が見たそのUFOは、西の方角からゆっくりやってきて、真上に来たとき、突然
スピードをあげ、東の方角へ飛んでいった。
スーッという感じだった。
そのときのこと。
そのUFOは、遠ざかって消えるというよりは、空に溶け込むようにして
消えていった。
大きさは遠ざかるにつれて小さくなったように感じたが、そのまま透明になり、
消えていった。


 その先に白い小さな筋雲がいくつかあったように記憶している。
そのUFOは、雲の中に消えたのではない。


(4)自衛隊に電話


 その直後、私は電話帳で自衛隊基地の番号を知り、電話をかけた。
何度もかけたように記憶している。
その夜は、ほとんど一睡もせず、朝を待った。


 電話がやっとつながったのは、午前8時30分だったように記憶している。
つながった先は、たしか「管制室」だったと思う。
電話口の向こうの男性は、「そういう報告はあがっていません」とだけ、何度も
繰り返した。
私は「そんなはずはない!」と、何度も押し問答を繰り返した。
「あんな大きなものが上空を通過したのに、レーダーに映っていないはずがないだろ!」
と言った記憶がある。


(参考)(豊田ひろし氏のHPより抜粋)


『……火星の表面を移動し、水が存在した証拠を探る米航空宇宙局(NASA)の無人探
査車「スピリット」が米太平洋時間3日[2004年1月]午後8時35分(日本時間4日午後1
時35分)、火星に着陸、周囲の写真撮影に成功しました。


 スピリットは、火星の大気圏に時速1万9000キロ以上の高速で突入。パラシュートとロ
ケット噴射で減速するとともに、24個のエアバッグを膨らませて本体を包み、着陸後バウ
ンドを繰り返した末に無事停止しました。専門家が「地獄のようなもの」と呼ぶ、1400度
を超す高温と接地時の激しい衝撃に耐え、探査車は生き残りました。 


 スピリットは2003年6月10日MER-A 1号機によって打ち上げられ,約7ヶ月弱で火星
に到着しました。


スピリットは今後約1週間かけて観測機器の機能を確認。その後約3カ月間、周囲を走り
回り、カメラや試料採取装置などを使って岩石や土壌の組成を分析、水の痕跡を探ること
で、生命の有無を確かめます。いままでは,すべてモノクロ写真の地上撮影でしたが,今回
は地上のカラー写真もはじめて撮影しました』(豊田ひろし氏のHPより)。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【電子マガジン・2008年8月号より、転載】

 
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【月は、巨大な宇宙船か?】以下、【電子マガジン・2008年8月号より、転載】


●『月の先住者』(Secrets of our Spaceship Moon)
written by Don Wilson 昭和58年発刊、たま出版)  

++++++++++++++++++H.Hayashi

ドン・ウィルソン著、『月の先住者』という本を
読み直す。
昭和58年7月発刊、ということだから、今から約
24年前の本ということになる。
私が36歳のときである。

月にまつわる謎は多い。
その謎について書かれた本だと思えばよい。

++++++++++++++++++H.Hayashi

 ドン・ウィルソン著、『月の先住者』という本を読み直す。原題は、『Secrets of the 
Spaceship Moon』である。「宇宙船、月の秘密」と訳せる。

 この本の中では、各章ごと冒頭で、月にまつわる謎を、箇条書きにしてある。

 全体では19章。339ページ。文字が小さいから、かなりボリュームのある本と思って
もらえばよい。

 その中のいくつかを紹介する。

+++++++++++

●第7章 月軌道を決定した動力

次の疑問点について考えてみたい。

○NASAは、月がなぜ地球の衛星となったかを、最大の疑問としている。
○あるノーベル科学賞受賞者の告白のように、月の起源や地球の衛星となった理由につい
○て、「どう説明してもありえない」と述べているのは、なざだろう。
○NASAの科学者が、「月は存在しないといったほうが説明しやすい」と発言した真意は?
○なぜ今日の科学者は、起源を説明できないからといって、月は存在しない、などと提議
○するのか。
○科学者の中には月を、「自然のなせる宇宙のいたずら」とし、月が地球の衛星にしては大
○きすぎると主張しているのは、なぜだろう。
○現在定説となっている、"自然捕獲説"でさえ、一般の科学者は充分に説明できないのだ
○ろうか。
○天文力学の権威者でさえ、地球の引力が月を引き寄せたことを「不可能」「とてもありえ
○ない」としているのは、なぜか。
○月の軌道が正確であるはずなのに、自然に地球の衛星となったと説明できない理由は?
○天文学者の中には、「ある力が月を地球の軌道に乗せた」という者もいる。「ある力」と
○はいったい、何なのか。
○なぜ月の公転面は、太陽とまったく同じ公転面に配置され、月食が起きる位置にあるの
○か。
○月が信じられないほど正確な位置にあるということはわかっているが、"月宇宙船説"以
○外の方法ではその理由が説明できないのは、なぜだろう。
○天文力学の知識や月計画による実際の研究成果によって、月が地球の軌道に「乗せられ」
○「操縦されている」と説明されることになるのだろうか。

++++++++以上、「月の先住者」より、転載++++++++++

 わかりやすく説明しよう。

 まず、夜の空に輝く、月を見てほしい。あの月は、地球の周囲を、(1)ほぼ真円に近い
軌道上を、回っている。
 つぎにあの月は、(2)地球から見ると、太陽とほぼ同じ大きさに見える。もちろん太陽
のほうがはるかに大きいが、(みかけの大きさ)は、ほぼ同じ。だから、皆既月食、皆既日
食を、数年おきに、世界のどこかで観測することができる。
 さらにあの月の(3)公転面は、太陽の公転面とまったく、同じである。

 ほかにも(4)月の自転周期と公転周期が、1秒の狂いもなく、一致しているというこ
ともある。だから月は、地球に対して、(月の表側)だけを見せ、いわゆる(月の裏側)を、
見せることはない。(私たちは、常に、月の表側のみを見ていることになる。)

 こうした月の存在について、現在の今も、(1)捕獲説と、(2)地球からの分離説、さ
らには(3)隕石の衝突説などが、意見を戦わせている。(最近の学説によれば、太古の昔、
地球に隕石が衝突し、その衝撃で飛び出した地球の一部が、月になったというのが、定説
になりつつある。)

 しかしこの説に従っても、なぜ月の軌道が、真円に近いのか。月の(みかけの大きさ)
が、太陽と同じなのか。さらに月の公転面が太陽の公転面と一致しているのかということ
は、説明できない。

 偶然というには、あまりにも偶然すぎるのである。

 もちろん「捕獲説」にしても、大きな矛盾がある。「太古の昔、月が遠い別の天体からや
ってきて、地球の重力によって捕獲された」という説である。しかしならばその軌道面は、
楕円形になるはず。ぜったいに、真円にはならない。

 そこで「乗せられた」という説が出てくる。
 
 太古の昔、月は、だれかによって、その位置に、「乗せられた」と。つまり月自体が、巨
大な宇宙船というわけである。

 そこでこの説を補完するのが、『月内部、空洞説』である。つづく第8章の冒頭には、つ
ぎのようにある。

++++++++++++++

 ……さらにじれったい疑問を投げかけてみよう。

○月の不思議な密度は、月が空洞であるどのような証拠になるか。
○なぜ英国天文学協会。月面課の主任を努めた、"月の権威"が、「何もかもが、月の20
○〜30マイル下が空洞であると示しているようだ」と結論したのか。
○なぜ有能な第一線の科学者たちが、自然の衛星は空洞であるはずがない、という意見で
○一致しているのか。では、月が空洞だというのは、人工的だからだ、とはいえないのか。
○NASA の第一線の科学者によるアポロ計画以前の研究は、なぜ月の動きが空洞の球体み
○たいだと結論したのか。
○重力場の研究は、月が空洞であるという裏づけにはなりえないのか。なぜこの結果が驚
○くべきものなのか。
○宇宙飛行士が持ち帰った、"月の石"は、月が空洞であると、どう説明しているのか。
○人工的に作られた月面地震(月着陸船やロケットなどによる)の時、月はなぜゴングの
○ように4時間も鳴りつづけたのか。このことが、どうして空洞の球体であることを説明
○しているか。
○米国の宇宙局が、月内部が巨大な空洞であるかもしれないと、秘密裡に調査を行ったの
○は、どういう証拠があってのことだろうか。
○月の密度が一番高いのは、月面近くである(月が空洞であるという証拠)という月の研
○究(質量の中心運動)は認められなかったのか。このような科学的証拠が、宇宙船説を
○引き起こさなかったのか。
○数々の証拠がどのように"空洞の月"を証明しているのか?

それでは、ここでショッキングな証拠を提示することにしよう……。

++++++++以上、「月の先住者」より、転載++++++++++

 簡単に言えば、月の内部は空洞であり、おかしなことに、つまり常識に反して、月の外
郭部ほど、密度が高く、重金属でおおわれているということ。

 ……こう書くと、「月は巨大な岩石のかたまりではないか。宇宙船という(船)と考える
には、無理がある」と考える人がいるかもしれない。
仮に巨大な宇宙船であるとしても、それは映画、『スター・ウォーズ』に出てくる、デス・
スターのようなものではないか、と。

 しかし残念ながら、宇宙を航行するとき、もっとも安全な乗り物といえば、それなりの
大きさの隕石や衛星をくりぬいた船ということになる。
外壁を、厚い岩石で覆われているため、小さな隕石程度の衝突では、びくともしない。
が、何よりもすばらしいことに、危険な放射線類から、乗り組員を守ってくれる。
仮に映画『スター・トレック』に出てくる、エンタープライズ号のような宇宙船だったら、
隕石の衝突や放射線類から、乗り組み員を守ることはできない。

 では、動力源は何か。

 これも隕石や衛星をくりぬいた宇宙船であれば、方法は簡単。
緻密に計算をしながら、その上のどこかで、何かを爆発させればよい。
それでその宇宙船は、その反動によって、目的の方向に向かって、まっしぐらに進んでい
く。
もちろん宇宙船を止めるときには、その反対のことをすればよい。

 こうして考えて見ると、月が宇宙船であっても、なんらおかしくはない。
ないばかりか、実に精巧、かつ科学的に作られた乗り物ということになる。

 ちなみに月空洞説を裏付ける、ひとつの事実を紹介しよう。

 「月に人類が到達する以前解明されていたのは、『月の密度は地球の半分くらいだ』とい
うことぐらいだった。実際、月の密度は、地球の約6割だった。月の土、1立方センチメ
ートルと、地球の土1立方センチメートルでは、地球の方が、約2倍も重いということだ」
(同書、111P)と。

 言い換えると、月の内部の40%は、空洞ということになる。

+++++++++++++++

 改めて『月の先住者』を読んで、私は、ふと、こう思った。
「私はこの24年間、何をしていたのか」と。

 この地球には、いろいろな問題がある。
教育問題からはじまって、時事、環境、宗教、哲学、医学問題などなど。
しかし私たちが住む、この地球のそばに宇宙人がいて、それが月に住んでいるかもしれな
いという話については、ほとんど考えてこなかった。

 さらにとても残念なことに、この日本では、UFO問題にしても、幽霊や心霊と同格の、
「超常現象」として位置づけられている。
そのためこの日本では、「UFOを見た」というだけで、奇人、変人扱いされる。

 しかしUFOは、「科学」である。少なくとも科学的に解明されうる世界の乗り物である。
また科学の対象と考えて、なんらおかしくない。
それを一部の良識派(?)と呼ばれる科学者たちは、UFOを否定することによって、自分
たちの良識性を誇張する。
 
 が、もしいつか、(やがてその日は来るだろうが)、UFOなるものが、その姿を私たちの
前に姿を現したとき、そういった人たちは、どう自分たちの(非良識性)を弁解するのだ
ろうか。

 私とて、「見たものは見た」というだけで、どれだけ、白い目で見られたことか!
これからも、自分が納得するまで、この問題を追求してみたい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
UFO 超常現象 はやし浩司 月空洞説 月宇宙船説)

(付記)

私とワイフが見たUFO と同じものを見た人が、この浜松に、2人いる。
BT氏(男性、現在54歳)と、その弟氏である。
見た時期と、飛んでくる方向はちがったが、ほとんど同型のUFOである。
私が私の見たUFOについて中日新聞に書いたのを、BT氏が読んだ。
それで知り合いになった。

そのBT氏と、今夜(7月27日)、電話で、1時間ほど、話す。
私はこう言った。

「私は、あのUFOを見て以来、ずっと、自分の中のもう一人の自分と闘わねば
なりませんでした。
『私が見たのは、幻覚だ、夢だ、見まちがいだ』と言う私自身。
しかし一方で、『見たものは見た』とがんばる私自身。
ときに、『見たものは見た』という私自身が負けそうになりましたが、そういうとき、ワイ
フが、『私も見た』と言のです。
それでまた話が、振り出しにもどってしまう……。
毎回、その繰り返し。
記憶も、時間とともに、どこか薄れてきます。
もし見たのが私ひとりだけだったら、私はもう一人の自分に負けてしまっていたかもしれ
ません。
今ごろは、『やっぱり、あれは幻覚だったのだ』と、自分を納得させてしまっていたでしょ
う。
私は死ぬまでに、何としても、あの夜に見たものが何であるか、それに決着をつけておき
たいのです」と。

BT氏についても、事情は同じ。
BT氏もこう言った。
「私も弟と2人で見ました。私も、もし私ひとりだけで見ていたら、今ごろは、『やっぱり
あれは夢だったのだ』と自分を納得させてしまっていたでしょう」と。

しかしE・ミシェル博士の言葉で、私は、救われた。
肩の荷がはずされたというか、スーッと心が軽くなるのを感じた。
と、同時に、大きな使命感のようなものを覚えた。

私ももう60歳。
世間に遠慮しなければならない年齢ではない。
書きたいことを、書く。
伝えたいことを、伝える。
私のことを、奇人だとか、変人だとか、そういうふうに思いたければ思うがよい。

……しかし、この爆発的なエネルギーはどこから生まれてくるのか。
つい先日まで、私はものを書くということそのものに、嫌気すら覚えていた。
その私が、何かに取りつかれたように、今、こうして文章をたたいている。

……で、この話とは別に、私には、こんな奇妙な体験がある。
それについて書く前に、この話に出てくる、DK君について書いておく。

DK君は、現在、オーストラリアのM大学で、教授職級の地位にいる。
そのDK君が、この2月に日本へ、娘さんといっしょに、来た。
そしてあの日のことについて、話し合った。
DK君も、あの日のことをよく覚えていた。
そしてその話になると、「ヒロシは、その話をよくするが、たしかに、あの日のことは、
理解できない」と言った。

当時の私たちは、UFOについて、ほとんど興味はなかった。
知識もなかった。
(アダムスキー型のUFOについては、俗説程度には、知っていたが……。)
いわんや、それがUFO現象と関係あるなどとは、思ってもみなかった。
「アダプション(誘拐)」という言葉にしても、それを耳にしたのは、それから
10年以上もたってからのことである。

以前書いた原稿を、そのまま紹介する。

+++++++++++++++++++

●奇妙な体験

+++++++++++++++++++

●秋の夜のロマン、UFO

●資質を疑われるから、書かないほうが……

 私は超自然現象というものを信じない。まったく信じない。信じないが、UFOだけは
別。信ずるも信じないもない。私は生涯において、三度、UFOを目撃している。一度は、
ワイフと一緒に目撃している。(あとの二度については、目撃したのは私だけだから、だれ
にも話したことがない。文として書いたこともない。ここにも書かない。)

 が、私には、こんな不思議な体験がある。結婚したとき、ワイフにだけは打ち明けたが、
こうしてものに書くのははじめて。だから前もって断っておくが、これはウソではない。
ここにはウソは書かない。こういう話は、書けば書いたで、私の評論家としての資質が疑
われる。損になることはあっても、得になることは何もない。事実、「林君も自分の仕事を
考えたら、そういうことは人には言わないほうがよいよ」とアドバイスしてくれた人もい
る。それはわかっているが、しかしあえて書く。

●不可解な体験

 オーストラリアに留学していたときのこと。あと一か月ほどで、日本へ帰るというとき
のことだった。オーストラリアの暑い夏も、終わりに近づいていた。私は友人のD君にビ
ーチハウス(海の別荘)で、最後の休暇を過ごしていた。ビーチハウスは、ローンという
港町の手前、一〇キロくらいのところにあった。避暑地として有名なところで、そのあた
りには、「グレートオーシャンロード」という名前の街道沿いに、無数の別荘が点在してい
た。

 ある日のこと。D君の母親が、サンドイッチを作ってくれた。私とD君は、そのサンド
イッチをもって、ピクニックにでかけた。「ビクトリア州の最南端にある、オッツウェイ岬
(Cape Otway)に行こう」ということになった。時刻は忘れたが、朝、ほどよい時刻に出か
けたと思う。あともう少しで、オッツウェイ岬というところで、ちょうど昼食時になった
のを覚えている。小高い山の中に入って、私たちは車の上に座って、そのサンドウィッチ
を食べた。

 そこからオッツウェイ岬までは、車で半時間もかからなかったと思う。彼らがいうブッ
シュ(やぶ=雑木林)を抜けてしばらく走ったら、オッツウェイ岬だった。

 私たちは岬へつくと、百メートルくらい先に灯台が見える位置に車を止めた。そして車
の外へ出ると、岬の先のほうへと向かって歩き出した。そのときのこと。どちらが言った
わけではないが、「記念に大地に接吻をしよう」ということになった。背丈の短い雑草が、
点々と生えているような殺風景な岬だった。ほかに見えるものといえば、灯台だけだった。
たしか、「オッツウェイ岬」「オーストラリア、最南端」というような表示だけは、どこか
にあったように思う。私たちは地面に正座してひざまづくと、そのまま体を前に倒した。
そして地面に顔をあてたのだが、そこで記憶がとだえた。

 気がつくと、ちょうど私が顔を地面から離すところだった。横を見ると、D君も地面か
ら顔を離すところだった。私とD君は、そのまま車に戻り、帰り道を急いだ。ほとんど会
話はなかったと思う。

 そのオッツウェイ岬からは、舗装された道がつづいていた。そしてほどなく、アポロベ
イという港町に着いた。港町といっても、波止場が並ぶ、小さな避暑地だった。私たちは
そのひとつのレストランに入って、ピザを食べた。日はとっくに暮れていた。まっ暗とい
ったほうが正確かもしれない。

 この話はここで終わるが、それからほぼ一週間後のこと。そのとき私とD君は、D君の
両親の住むジーロンの町の家にきていた。そこで、ベッドに入って寝る前に、私はD君に、
こう切り出した。胸の中でモヤモヤしているものを、吐き出したかった。

 「D、どうしてもわからないことがある……」
 「何だ、ヒロシ?」
 「いいか、D、あの日ぼくたちは昼食を食べたあと、オッツウェイ岬に向かったね」
 「そうだ」
 「サンドイッチを食べたあと、すぐオッツウェイ岬に向かった。時間にすれば、三〇分
もかからなかったと思う」
 「そんなものだな、ヒロシ」
 「でね、D、そのオッツウェイ岬で、同時に二人とも眠ってしまった。そんな感じだっ
た。あるいは眠ったのではないかもしれない。同時に地面に顔をつけ、同時に地面から顔
を離した。覚えているだろ?」
 「覚えている……」
 「それでだ。ぼくたちは、オッツウェイ岬から帰ってきた。そしてあのアポロベイの町
で、夕食を食べた。ぼくはそれがおかしいと思う」
 「……?」
 「だってそうだろ。オッツウェイ岬から、アポロベイまで、どんなにゆっくりと走って
も、一時間はかからない。が、アポロベイへ着いたときには、あたりはまっ暗だった。時
刻にすれば、夜の七時にはなっていた。ぼくたちは、同時にあの岬で眠ってしまったのだ
ろうか」と。

 昼過ぎにオッツウェイ岬に着いたとしても、午後一時か二時だったと思う。それ以上、
遅い時刻ではなかった。が、そこからアポロベイまで、一時間はかからない。距離にして
も、三〇キロくらいしかない。が、アポロベイに着いたときには、もうとっぷりと日が暮
れていた! どう考えても、その間の数時間、時間がとんでいる!

 私はその話をD君にしながら、背筋がどこかぞっとするのを感じた。D君も同じように
感じたらしい。さかんに、ベッドの上で、首をかしげていた。

 そのオッツウェイ岬が、UFOの有名な出没地であることは、それから数年たって、聞
いた。D君が、そのあたりで行方不明になったセスナ機の事件や、UFOが撮影された写
真などを、そのつど届けてくれた。一枚は、あるカメラマンが海に向けてとったもので、
そこには、ハバが数百メートルもあるような巨大なUFOが写っていた。ただしそのカメ
ラマンのコメントによると、写真をとったときには、それに気づかなかったという。

 さらにそれから五、六年近くたって、私たちと同じような経験をした人の話が、マスコ
ミで伝えられるようになった。いわゆる、「誘拐」(アブダクション)というのである。私
はあの日のあの経験がそれだとは思いたくないが、どうしてもあの日のできごとを、合理
的に説明することができない。

簡単に言えば、私とD君は、地面に顔をつけた瞬間、不覚にも眠ってしまったというこ
とになる。そして同時に、何らかのきっかけで起きたということになる。しかも数時間
も! しかし現実にそんなことがあるだろうか。私はその前にも、そのあとにも、一度
だって、何の記憶もないまま、瞬間に眠ってしまったことなど、ない。電車やバスの中
でもない。寝つきは悪いほうではないが、しかし瞬間に眠ってしまったようなことは、
一度もない。

 私とD君は、UFOに誘拐されたのか?

 今になってもときどきD君と、こんな話をする。「ぼくたちは、宇宙人に体を検査された
のかもね」と。考えるだけで、ぞっとするような話だが……。

●再びUFO

 ワイフとUFOを見たときの話は、前にも書いた。繰り返すが、私たちがあの夜見たも
のは、絶対に飛行機とか、そういうものではない。それに「この世のもの」でもない。飛
び去るとき、あたかも透明になるかのように、つまりそのまま夜空に溶け込むかのように
して消えていった。飛行機のように、遠ざかりながら消えたのではない。

 私はワイフとその夜、散歩をしていた。そのことはこの原稿に書いたとおりである。そ
の原稿につけ加えるなら、現れるときも、考えてみれば不可解な現れ方だった。この点に
ついては、ワイフも同意見である。つまり最初、私もワイフも、丸い窓らしきものが並ん
で飛んでいるのに気づいた。そのときは、黒い輪郭(りんかく)には気づかなかった。が、
しばらくすると、その窓を取り囲むように、ブーメラン型の黒いシルエットが浮かびあが
ってきた。そのときは、夜空に目が慣れてきたために、そう見えたのだと思ったが、今か
ら思うと、空から浮かびあがってきたのかもしれない。


Hiroshi Hayashi++++++++July 08++++++++++はやし浩司

●造反したのは、E・ミシェル博士だけではなかった!

+++++++++++++++++++

月表面のみならず、この地球上でも、
またその間の宇宙空間においてでさえも、
今までに厖大な数の、UFO目撃例が
ある。

しかしどういうわけか、NASAは、それら
すべてを否定している。

UFOに関する情報は、NASAの中でも、
極秘中の極秘、最高度のトップ・シークレット
扱いということは、容易に推察できる。
が、今回、E・ミシェル博士は、あえて、その
暴露戦術に、うって出た。

が、ほかにも、いた。

「月面に9番目に人類として足跡を残した、宇宙飛行士のジョン・アームストロングは、
月でのUFOの存在について、こう語った。『もし君が(UFOが)存在しないと思うなら、
勝ち目のない勝負をしているようなものだ』と。

また同じく宇宙飛行士のユージン・サーナンは、『UFOは、どこか他の文明から来たと信
じている』といっている」(以上、「月の先住者」)と。

E・ミシェル博士自身の言葉も、収録してある。

「月での6番目の人類となった宇宙飛行士、エドワード・ミッチェル(本書では、「ミチェ
ル」となっている)は、UFOについて、こう述べている。『UFOに関して、あとわから
ないのは、どこからやってきたのか、ということだけだ』」と。

 私は、月での不可思議現象を、ひとつずつ、検証してみたい。
が、その中でも、とくに私の注意をひいてやまないのが、『オニール橋』である。
私は子どものころ、(小学3年生前後ではあなかったかと思うが、記憶は定かではない)、
何かの博覧会で、そのオニール橋について知った。

 そこには大きなパネルで、月のクレーターからクレーターにまたがってかかる、巨大な
岩石のアーチが描かれていた。
見た感じは、大きな洞窟のような感じだった。
子どもが泥で作る、橋のようなものを想像すればよい。
が、そのオニール橋はその後、その場所から、こつ然と姿を消す。
一説によれば、巨大なUFOが、2つのクレーターの山の上にまたがって、着陸していた
ということだが、真偽のほどはわからない。

「月の先住者」のなかにも、そのオニール橋に触れた箇所がある。
それをそのまま紹介する。

「……そのころのもっとも驚くべき記事は、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の
科学部門編集者であった、ジョン・オニール氏が、1954年に危難の海に、巨大な橋の
ような建築物が見えると発表したときだった。

 おもしろいことには、他の著名な天文学者にも各自の望遠鏡で、その橋らしきものが確
認されたことだった。ある者は、その橋は全長12マイル(約20キロ)にも達するとい
った。

 はたしてその(橋)が建築物であったのか、それとも単に自然のなせる技だったのだろ
うか。英国の有名な天文学者である、H・P・ウィルキンス博士(英国天文学協会、月面
課主任)は、BBCのラジオ番組の中で、『(橋)らしきものは、建造物のようだ』(『UF
Oの陰謀』、ドナルド・キーホー、1975)と発言した。

 さらにその番組で、『建造物とは具体的にどういうことなのですか』と質問され、『つま
り、それは技術的に作られたものだということです』と答えている。

 そしてその(橋)は地面に影を落としていて、外観もふつうの(橋)のようだと付け加
えた。
またこの月の権威者は、『橋の下に太陽光が差し込んでいるのさえ、よく見える』と述べ、
人々をびっくりさせた。

 このラジオ番組の中で、ウィルキンス博士は、この(橋)が、『自然にできたものである』
とは一度も言わないばかりか、『人工のものらしい』と、何度も述べたのだった。

 危機の海自体、かつて何度もよく観察され、研究されつくした場所だけに、以前この(橋)
が存在しなかったことは事実である。
そればかりか、この(橋)は近年になって、他の惑星の人類(?)によって建設された可
能性が大となった。

 他にも、たくさん、知的生物によって、四角形、あるいは三角形の壁状のものや、ドー
ムのようなものでさえ造られつづけ、どこからともなく現れては消えた……」(同書、P1
7〜18)と。

 現在の今、そのオニール橋なるものは、存在しない。
また1954年に発見されたというのだから、私が、満7歳のときのことである。
私がどこかの博覧会で、その橋の想像図を見たのは、その直後のことということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
UFO 月面 危機の海 オニール橋)

Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司

●月は、巨大なUFO?

 このところ毎晩、眠る前に、「月の先住者」(ドン・ウィルソン著・たま出版)を読んで
いる。かなり前に買った本だが、それが結構、おもしろい。なかなかよく書けている。要
するに、月には、謎が多いということ。そしてその謎を集約していくと、月は、巨大なU
FOということになる、という。

 私が子どものころには、月の危難の海というところに、オニール橋というのがあった。
オニール(ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の科学部長であったJ・J・オニー
ル)という科学者が発見したから、「オニール橋」というようになった(一九五三年七月)。
どこかの科学博覧会に行ったら、その想像図まで展示してあった。一つの峰からつぎの峰
にまたがるような、端から橋まで、二〇キロもあるような橋だったという。

 が、そんな橋が、月の上にあること自体、おかしなことだった。しかもそんな橋が、そ
れまで発見されなかったことも、おかしなことだった。それまでに、無数の天文学者が、
望遠鏡で月をのぞいていたはずである。

 しかし、最大の謎は、その後まもなく、そのオニール橋が、その場所から消えたという
こと。なぜか。その本によれば、あくまでも、その本によればの話だが、それは巨大なU
FOだったという。(ありえる!)

 そこでインターネットを使って、オニール橋を調べてみた。ヤフーの検索エンジンを使
って、「月 オニール」で検索してみると、いくつか出てきた。結局、オニール橋は、一部
の研究者の「見まちがい」ということで、公式には処理されているようだ。(残念!)

 私自身は、信じているとかいないとかいうレベルを超えて、UFOの存在は、確信して
いる。ワイフと私は、巨大なUFOを目撃している。私たちが見たのは、幅が数キロもあ
るような巨大なものだった。だからオニール橋が、巨大なUFOだったとしても、驚かな
い。

 しかしこういうのを、私たちの世界では、「ロマン」という。つまり、「夢物語」。だから
といって、どうということもないし、また何ができるということでもない。またそれを基
盤に、何かをすることもない。ただの夢物語。しかし心地よい夢を誘うには、この種の話
が、一番。おもしろい。楽しい。それはちょうど、子どもたちが、かぐや姫の話を聞いて、
夜の空に、ファンタジックな夢をはせるのと同じようなものではないか。

 興味のある人は、その本を読んでみるとよい。しかしあまりハマらないように! UF
Oの情報は、インターネットで簡単に手に入るが、そのほとんどのサイトは、どこかの狂
信的なグループ(カルト)が、運営している。じゅうぶん注意されたし。
(030702)

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●UFO

Have you ever seen an UFO? My wife and I did. It was a midnight after 12:00 o'clock. 
We were walking in a narrow street near our flat. It was a huge one, which might be 2 
or 
3 kilometers in width. Of course it was not a plane. It was so huge. Then if someone 
asks 
me if I believe in UFO's, I would say, "Yes". These days at the Parliament House of 
Japan, some congressmen discuss about UFO's in the public. Does this have something 
to do with "Kaguya", a Japanese moon-search rocket? Kaguya is now on the orbit of the 
moon, taking photos from the space. I hope the government show us everything about 
the Moon. Some scientists as well as people say that the Moon is a giant space-craft for 
the aliens. Do you think so too? 

+++++++++++++++++

このところ、国会議員たちが、「UFO」
という言葉を、よく口にする。

国会という、公式の場でも、この問題
が取りあげられた(07年12月)。

一応、政府見解は、「存在しない」だが、
一部の議員たちは、「信じている」、「いる
と思う」などと発言している。

こうした一連の発言は、日本が打ちあげた
月探査衛星「かぐや」と、どこかでつながって
いるのではないだろうか?

「かぐや」は、とんでもない映像を地球へ
送り届けてきた(?)。

「とんでもない」というのは、「ありえない」
という意味であり、私はそれがUFOであって
も、少しも、おかしいとは思わない。

アポロ宇宙船で、月の裏側に回ったある宇宙
飛行士は、こう言ったという。

「まるでラッシュ・アワーのように、UFO
が飛び交っている!」と。

+++++++++++++++++++

 月の内部には、巨大な空間がある。その中心部では、プラズマの人工太陽が、さんさん
と輝いている。月の内側に住む住人たちは、地球人の私たちと同じような生活をしている。

 一見、荒唐無稽(むけい)のような話だが、こうした説を信じている人は多い。科学者
の中にも、いる。たとえば私が子どものころには、月には、オニール橋※というのがあっ
た。「オニール」というのは、その橋を発見した人物の名前である。

 オニールは、ある日、望遠鏡で月を見ていたとき、斜め方向からの太陽光線を浴びて、
そこに橋のような影ができているのを発見した。それでそれを「オニール橋」と名づけた。

 私はその橋のことを、どこかの博覧会に行ったときに知った。巨大なアーチ型の橋で、
全長はたしか、20キロ近くあると聞いたのを記憶している。

 しかし、だ。今、同じところをさがしても、その橋はない。「ない」というより、「消え
た」。今にして思えば、その橋というのは、山から山へと、ちょうどそれらにまたがるよう
に着陸していたUFOではなかったかと思う。

 私自身も、巨大なUFOを目撃している。ブーメラン型のUFOである。全長が2〜3
キロはあったかと思う。あるいはもっと長かったかもしれない。よく「葉巻型UFO」が
話題になるが、葉巻型UFOともなると、全長が20〜30キロもあるという。

 こういう話を聞くと、月へのロマンが、かぎりなく、ふくらむ。

 月の住人たちは、どこから来たのか?
 月の住人たちは、何をしているのか?
 月の住人たちは、地球人の私たちを、どうしようとしているのか?

 あの月をくりぬいて住むほどの宇宙人だから、かなり頭のよい人たちとみてよい。私た
ち人間より、ひょっとしたら、何千年も、何万年も進化しているかもしれない。あのUF
Oにしても、光速に近いスピードで、宇宙空間を自由自在に動き回れるという。

 私が見たUFOにしても、空にそのまま溶け込むかのようにして、消えていった・・・。

 「かぐや」は、どんな映像を送ってきているのか? その一部は、インターネット上で
も公開されているが、どれも高・高度からのものでしかない。私(=私たち)が見たいの
は、もっと低高度で撮った、倍率の高い写真である。
 
 そこには、月に住む住人たちの、その直接的な証拠が写っているかもしれない。どうか
ウソ隠しなく、(=修正しないで)、すべての写真を公開してほしい。

(注※)(月探査情報ステーションの公式HPより、転載)

オニール橋事件を振り返ってみます。1953年7月、ニューヨーク・ヘラルド・トリビ
ューン紙の科学部長であったJ・J・オニール氏は、月面の「危難の海」の西側に人工的
に作られた橋のようなものを発見したと発表しました。この橋は二つの峰をまたぐような
形で、20kmにもおよび、日没時には観測できましたが、日の出の時には見えなかった、
ということです。

同年8月、英国天文学協会の月研究部長だったH・P・ウィルキンス氏らも同じ構造を確
認したと発表しました。しかし、その後この構造は観測できなくなり、見まちがいだった
のではないかという批判が起こりました。ウィルキンス氏はその批判に抗議し、月研究部
長を辞任したそうです。

当時、オニール橋はかなりの話題を呼び、一部UFO研究家などからは巨大なUFOが一
時的に着陸していたのではという推測もされたそうです(以上、「月探査情報ステーション
の公式HP」より)。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist UFO オニール オニー
ル橋)

++++++++++++++++
オニール橋と並んで、私が知った
月の2つのクレーターについて。

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●月の不思議

 月の南極の写真を見ていたときのこと。ちょうど南極付近に、きれいな円形の二つのク
レーターがある。「きれいな」と書いたが、実際には、真円である。まるでコンパスで描い
たような真円である。

 そこで二つのクレーターの直径を調べてみた。パソコンの画面上での測定なので、その
点は不正確かもしれないが、それでも、一方は、3・2センチ。もう一方も、3・2セン
チ! 実際の直径は、数一〇キロはあるのもかもしれない。しかしその大きさが、ピタリ
と一致した!

 しかしこんなことが、実際、ありえるのだろうか。

 もともとこのあたりには、人工的な構造物がたくさん見られ、UFO研究家の間でも、
よく話題になるところである。実際、その二つのクレーターの周囲には、これまた謎に満
ちた影がたくさん写っている。

 そこでさらに調べてみると……というのも、おかしな言い方だが、ともかくも、あちこ
ちのサイトを開いてみると、こうした構造物があるのは、月だけではないことがわかった。
火星はもちろん、水星や、金星にもある。エウロパやエロスにもある。つまりいたるとこ
ろにある。

 こうした写真は、アメリカのNASAから漏れ出たものである。一説によると、月だけ
でも、NASAは、数一〇万枚の写真をもっているという。公開されているのは、そのう
ちの数パーセントにすぎないという。しかも、何かつごうの悪い写真は、修整されたりし
ているという。しかし、クレーターまでは、消せない。それが、ここに書いた、二つのク
レーターである。

【写真に興味のある人は、私のホームページから、(右下・ビデオであいさつ)→(動画コ
ーナー)へと進んでみてほしい。一覧表の中から、月のクレーターを選んでクリックすれ
ば、その写真を見ていただける。】

●下からの視点、上からの視点

 地球上にいて、それこそ地上のカビのような存在でしかない私。その私がはいつくばっ
て東洋医学の勉強をした。その私が、天を見あげながら、「ひょっとしたら……」と考える。

 一方、宇宙には、すでに無数のエイリアンたちがいて、惑星間を回りながら、好き勝手
なことをしている。中には、月そのものが、巨大なUFOだと主張する科学者さえいる。

 もちろん私は、宇宙から地球を見ることはできない。しかし頭の中で想像することはで
きる。そしてこれはあくまで、その想像によるものだが、もし私がエイリアンなら、人間
の改造など、何でもない。それこそ、朝飯前? 小学生が電池をつないで、モーターを回
すくらい簡単なことだ。

 この二つの視点……つまり下から天をみあげる視点と、天から人間を見る視点の二つが、
合体したとき、何となく、この問題の謎が解けるような気がする。「この問題」というのは、
まさに「人間に、約五五〇〇年前に起きた変化」ということになる。

 その五五〇〇年前を境に、先に書いたように、人間は、飛躍的に進化する。しかもその
変化は、メチャメチャ。その一つが、少し前に書いた、『黄帝内経』である。黄帝というの
は、司馬遷の「史記」の冒頭を飾る、中国の聖王だが、だからといって、黄帝内経が、黄
帝の時代に書かれたものと言っているのではない。

 中国では古来より、過去の偉人になぞらえて、自説を権威づけするという手法が、一般
的になされてきた。黄帝内経は、そうして生まれたという説もある。しかし同時期、メソ
ポタミアで起きたことが、そののち、アッシリア物語として記録され、さらにそれが母体
となって旧約聖書が生まれている。黄帝内経が、黄帝とまったく関係がないとは、私には、
どうしても思われない。

●秋の夜のロマン

 あるとき、何らかの理由で、人間が、エイリアンたちによって、改造された。今でいう、
遺伝子工学を使った方法だったかもしれない。

 そして人間は、原始人から、今でいう人間に改造された。理由はわからない。あるいは
エイリアンの気まぐれだったかもしれない。とりあえずエイリアンたちが選んだ原始人は
黄河流域に住んでいた原始人と、チグリス川、ユーフラテス川流域に住んでいた原始人で
ある。

 改造された原始人は、もうつぎの世代には、今でいう現代人とほとんど違わない知的能
力をもつようになった。そこでエイリアンたちは、人間を教育することにした。言葉を教
え、文字を教えた。証拠がないわけではない。

 中国に残る甲骨文字と、メソポタミアに残る楔形(くさびがた)文字は、たいへんよく
似ている。形だけではない。

 中国では、「帝」を、「*」(この形に似た甲骨文字)と書き、今でも「di」と発音する。
「天から来た、神」という意味である。一方、メソポタミアでは、「神」を、同じく、「*」
(この形に似た楔形文字)と書き、「dingir」と発音した。星という意味と、神とい
う意味である。メソポタミアでは、神(エホバ)は、星から来たと信じられていた。(詳し
くは、私が書いた本「目で見る漢方診断」(飛鳥新社)を読んでいただきたい。)

 つまり黄河文明でも、メソポタミア文明でも、神は「*」。発音も、同じだったというこ
と。が、これだけではない。言葉の使い方まで、同じだった。

 古代中国では、「帝堯(ぎょう)」「帝舜(しゅん)」というように、「位」を、先につけて
呼ぶならわしがあった。(今では、反対に「〜〜帝」とあとにつける。)メソポタミアでも、
「dingir 〜〜」というように、先につけて呼んでいた。(英語国などでも、位名を
先に言う。)

 こうして今に見る人間が生まれたわけだが、それがはたして人間にとって幸福なことだ
ったのかどうかということになると、私にも、よくわからない。

 知的な意味では、たしかに人間は飛躍的に進化した。しかしここでも、「だからどうな
の?」という部分がない。ないまま進化してしまった。それはたとえて言うなら、まさに
そこらのサルに知恵だけ与えたようなものである。

 わかりやすく言えば、原始的で未発達な脳の部分と、高度に知的な脳の部分が、同居す
ることになってしまった。人間は、そのとたん、きわめてアンバランスな生物になってし
まった。人間がもつ、諸悪の根源は、すべてここにある?

 ……これが私の考える、秋の大ロマンである。もちろん、ロマン。SF(科学空想)。し
かしそんなことを考えながら天の星々を見ていると、不思議な気分に襲われる。どんどん
と自分が小さくなっていく一方で、それとは反比例して、どんどんと自分が大きくなって
いく。「人間は宇宙のカビ」と思う一方で、「人間は宇宙の創造主」と思う。相矛盾した自
分が、かぎりなく自分の中で、ウズを巻く。

 あさって(二七日)も、天気がよければ、望遠鏡で、月をのぞくつもり。山荘から見る
夜空は、どこまでも明るい。
(030925)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

(今日・あれこれ)(7月28日)

++++++++++++++++

ここ数日、UFOについて考えている。
と、同時に、「自分はとんでもないことを
書いている」という気分から、抜け出る
ことができない。

向こう岸の見えない、湖に飛び込んだ
ような気分とでも書くべきか?

つかみどろこがない。
直接、そうした問題と取り組んでいる
わけでもない。
ゆいいつの接点は、かつて、巨大なUFO
を見たことがあるというだけ。

まるで雲をつかむような話というのは、
こういうことを言うのか。

しかしこれは重大な問題と言ってもよい。

もし月が空洞で、人工的に建造された
宇宙船であるとするなら、人間の
歴史そのものがひっくり返ってしまう。
過去のありとあらゆる出来ごとが、すべて
UFO現象と関連づけて考えられるように
なるかもしれない。

そうなったときの混乱と騒動には、
想像を絶するものがある。
その前に、人間は、そうした混乱と
騒動に耐えることができるだろうか。

++++++++++++++++


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【宇宙人は、存在する!】(改)(Aliens are definitely out there!)

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

驚くべきニュースが、伝えられた。
時事通信、7月25日、ニューヨーク発は、
つぎのように伝える。
その記事を、そのまま紹介する。
まさに驚愕すべきニュースである。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

++++++++++以下、時事通信より+++++++++++++

【ニューヨーク 25日時事】米航空宇宙局(NASA)の元宇宙飛行士が英国の音楽専門ラ
ジオ局のインタビューで、政府は宇宙人の存在を隠ぺいしていると発言。米英メディアが
相次いで報じる騒ぎに発展した。

 この元宇宙飛行士は、1971年に打ち上げられたアポロ14号の元乗組員、エドガー・
ミッチェル氏(77)。

 同氏は23日の放送で、政府は過去60年にわたり宇宙人の存在を隠してきたが、「われ
われのうちの何人かは一部情報について説明を受ける幸運に浴した」と説明。宇宙人は「奇
妙で小さな人々」と呼ばれているなどと語った。(ヤフー・ニュースより転載) 

++++++++++以上、時事通信より+++++++++++++

この記事の信憑性を確かめることにした。
が、それは今日(7月25日)、オーストラリアの友人が送ってくれた情報の中に、含まれ
ていた。

それをそのまま紹介する。
訳は急いで私がつけたが、あえて、原文に忠実に訳してみた。
(荒っぽい訳なので、後日、改めて訳し直してみたい。)

++++++++++++++以下、NEW.COM.AUより+++++++++

FORMER NASA astronaut and moon-walker Dr Edgar Mitchell - a veteran of the 
Apollo 
14 mission - has stunningly claimed aliens exist.
月面歩行者であり、元NASAのベテラン宇宙飛行士である、エドガー・ミシェル博士(ア
ポロ14号のベテラン飛行士)が、「宇宙人は存在する」と強く主張した。

And he says extra-terrestrials have visited Earth on several occasions - but the alien 
contact has been repeatedly covered up by governments for six decades. 
彼が言うには、外惑星人は、地球を、何度かに渡って訪問しているとのこと。しかし宇宙
人とのコンタクト(接触)は、この60年間、政府によって繰り返し、隠蔽されてきた、
という。

Dr Mitchell, 77, said during a radio interview that sources at the space agency who had 
had contact with aliens described the beings as 'little people who look strange to us.' 
77歳のミシェル博士は、ラジオ・インタビューの中で、宇宙人と接触したことのある宇
宙局(の係官)は、その生き物を、『ワレワレには奇妙に見える小さな人々』と表現したと
語った。

He said supposedly real-life ET's were similar to the traditional image of a small frame, 
large eyes and head. 
ミシェル博士は、本物のETは、小さな体の、大きな目と頭をもった、あのよく知られて
いる(=伝統的な)イメージに似ていると思っていると語った。

Chillingly, he claimed our technology is "not nearly as sophisticated" as theirs and "had 
they been hostile", he warned "we would be been gone by now". 
ミシェル博士は、ワレワレ人間の技術力は、彼らのものととても同程度のものではなく、「も
し彼らが敵対的であるなら、人類は、今ごろは絶滅していただろう」と、警告した。

Dr Mitchell, along with with Apollo 14 commander Alan Shepard, holds the record for 
the longest ever moon walk, at nine hours and 17 minutes following their 1971 mission. 
ミシェル博士は、アポロ14号のアラン・シェパード船長とともに、1971年のミッシ
ョンでは、9時間17分の最長月面歩行をしたという記録を保持している。

"I happen to have been privileged enough to be in on the fact that we've been visited on 
this planet and the UFO phenomena is real," Dr Mitchell said. 
ミシェル博士は、「ワレワレは宇宙人によってこの惑星を訪問され、またUFO現象は事実
であるという事実に関して、それをじゅうぶん知りうる立場にあるという特権を、私はた
またまもった」

"It's been well covered up by all our governments for the last 60 years or so, but slowly 
it's leaked out and some of us have been privileged to have been briefed on some of it. 
「過去60年間、私たち政府すべてによって、それは隠蔽されつづけてきた。しかし少し
ずつ、外に漏れてきた。そしてワレワレの中の何人かは、それらのいくらかの部分につい
て、述べるという特権を与えられた」

"I've been in military and intelligence circles, who know that beneath the surface of 
what has been public knowledge, yes - we have been visited. Reading the papers 
recently, it's been happening quite a bit." 
「私は軍と情報部に属してきた。軍と情報局は、一般的に知られているその表面下で、(そ
うだとも)、ワレワレは訪問を受けていたということを知っている。最近の新聞を読めば、
それがたいへんしばしば起きてきたということがわかる」と。

Dr Mitchell, who has a Bachelor of Science degree in aeronautical engineering and a 
Doctor of Science degree in Aeronautics and Astronautics claimed Roswell was real and 
similar alien visits continue to be investigated. 
ミシェル博士、つまり航空工学分野の科学学士号、ならびに、航空力学ならびに宇宙船学
の博士号をもっているが、ロズウェルは現実にあったと主張し、同様の宇宙人の訪問は、
調査されていると語った。

He told the astonished Kerrang! radio host Nick Margerrison: "This is really starting to 
open up. I think we're headed for real disclosure and some serious organisations are 
moving in that direction." 
ミシェル博士は、驚いているケラング・ラジオ局のホストである、ニック・マーゲリソン
にこう語った。「これは情報開示の第一歩であり、私たちがその開示の先頭にいる。いくつ
かの重要な組織が、その方向で動きつつある」と。

Mr Margerrison said: "I thought I'd stumbled on some sort of astronaut humour but he 
was absolutely serious that aliens are definitely out there and there's no debating it." 
マーゲリソンは、語った。「私は宇宙船乗組員のユーモアと思ったが、(ミシェル博士は)、
まったく真剣だった。彼は宇宙人は、確実にそこにいて、議論の余地はないと語った」と。

Officials from NASA, however, were quick to play the comments down. 
しかしNASAの高官はすかさず、つぎのようなコメントを発表した。

In a statement, a spokesman said: "NASA does not track UFOs. NASA is not involved 
in 
any sort of cover up about alien life on this planet or anywhere in the universe. 
その中で、スポークスマンは、「NASAは、UFOの存在を確認していない。NASAは、
この惑星上の宇宙生命体について、この惑星においても、また宇宙においても、どこでも、
いかなる隠蔽にも関与していない」。

'Dr Mitchell is a great American, but we do not share his opinions on this issue.'
「ミシェル博士は、偉大なアメリカ人だが、ワレワレ(=NASA)は、この問題につい
て、彼の意見と共にすることはない」と。

++++++++++++++++++以上、NEW.COM.AUより++++++++

+++++++++以下、オーストラリアUFO研究団体のHPより++
A RECENT spate of UFO sightings around the world has believers in a frenzy, but even 
the inside scoop from a former astronaut is not enough to sway the sceptics.
Yesterday, aliens popped up in the news again as NASA sought to distance itself from 
former Apollo 14 astronaut Edgar Mitchell who claimed extra-terrestrials have been 
coming to visit for decades. 

Dr Mitchell, 77, said governments had been covering it up for 60 years.

"I've been in military and intelligence circles, who know that beneath the surface of 
what has been public knowledge, yes - we have been visited. Reading the papers 
recently, it's been happening quite a bit," he said. 

Dr Mitchell's former bosses were quick to distance themselves from the renewed buzz.
"NASA does not track UFOs. NASA is not involved in any sort of cover up about alien 
life on this planet or anywhere in the universe," the agency said. 
But the Australian Skeptics were not impressed by what Dr Mitchell - or anyone else 

thought they saw.  Skeptic spokesman Barry Williams said today the truth was closer 
to home: it's all in your head, and you're wrong. 
"We love mysteries and we love solving them, just look at how popular crime fiction and 
crime TV shows are," Mr Williams said. "The brain needs to find answers, it can't 
stand not knowing, so it comes to an explanation and quite often it's wrong." 

+++++++++以下、オーストラリアUFO研究団体のHPより++

+++++++++++++++はやし浩司

しかし私はこの記事を読んだとき、肩から、スーッと力が抜けていくのを感じた。
「やはり、そうだったのだ」と。

私とワイフは、35年近くの前の夜のこと、散歩中に、巨大なUFOを目撃している。
以来、「あの夜、私たちが見たものは何だったのか」と、それをずっと考えてきた。
が、「考える」といっても、相手は、煙のような存在。
手でつかまえようとしても、いつもそのままどこかへ消えてしまう。
この35年間、その歯がゆさとの闘いだった。

しかしとうとう、告白者が現れた。
アポロ14号の元乗組員、エドガー・ミッシェル氏である。
これ以上の証言者が、ほかにいるだろうか。

しかも、60年前といえば、「1947年のロズウェル事件」と、重なる。
60年前、アメリカのロズウェルというところに、UFOが墜落している。
エドガー・ミッシェル氏がいう「60年前」と、「1947年のロズウェル事件」とを結び
つけるのは、まだ早計かもしれない。
しかしほかに結びつく話が、ない。

で、「奇妙で小さな人々」とは、どんな人々をいうのか。
ロズウェルでのUFO墜落事件では、「グレイ」とそののち呼ばれるようになった、小さな
体の宇宙人が、アメリカ軍によって収容されている。
エドガー・ミシェル氏が言うところの、「小さな人々」というのは、その「グレイ」のこと
をさすのか。

今のところ詳細は不明だが、エドガー・ミッシェル氏の勇気に、敬意を表したい。
おそらくこれからしばらくの間、エドガー・ミシェル氏は、アメリカ政府内の、そのスジ

人たちによる、猛攻撃にさらされるにちがいない。
ばあいによっては、逮捕、投獄されるかもしれない。
しかしそんなことをすれば、かえってエドガー・ミシェル氏の正当性が、証明されるよう
なもの。

……私は何度も、この記事を読みなおした。
「UFOを見た」というだけで、この日本では、奇人扱いされる。
しかし見たものは、見た。
記憶の中で、もう何千回も、反復してみたが、見たものは見た。
たったそれだけのことだが、そのつど、同時に私は、(私のワイフもそうだろうが……)、
自分の脳みそを疑わねばならなかった。

が、この記事で、私はその重圧感から、解放された。
「やはり、そうだったのか」と。

私たちがあの夜見たものは、やはりUFOだった。
宇宙人が操縦する、UFOだった。
今まで、私やワイフを奇人扱いしてきた者どもよ、悔しかったら、この記事を自分で読ん
でみることだ!

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 宇宙人 宇宙人は存在した
 アポロ14号 エドガー・ミシェル Dr Edgar Mitchell ET ALIEN エイリア
ン ロズウェル グレイ 宇宙人 はやし浩司)

++++++++++++++++

私たちが見たUFOについて書いた
記事がつぎのものです。
地元の中日新聞に掲載してもらいました。

++++++++++++++++

●見たぞ、巨大なUFO!

 見たものは見た。巨大なUFO、だ。ハバが一、二キロはあった。しかも私と女房の二
人で、それを見た。見たことにはまちがいないのだが、何しろ二十五年近くも前のことで
「ひょっとしたら…」という迷いはある。が、その後、何回となく女房と確かめあったが、
いつも結論は同じ。「まちがいなく、あれはUFOだった」。

 その夜、私たちは、いつものようにアパートの近くを散歩していた。時刻は真夜中の十
二時を過ぎていた。そのときだ。何の気なしに空を見上げると、淡いだいだい色の丸いも
のが、並んで飛んでいるのがわかった。私は最初、それをヨタカか何かの鳥が並んで飛ん
でいるのだと思った。そう思って、その数をゆっくりと数えはじめた。

あとで聞くと女房も同じことをしていたという。が、それを五、六個まで数えたとき、私
は背筋が凍りつくのを覚えた。その丸いものを囲むように、夜空よりさらに黒い「く」の
字型の物体がそこに現れたからだ。私がヨタカだと思ったのは、その物体の窓らしきもの
だった。「ああ」と声を出すと、その物体は突然速度をあげ、反対の方向に、音もなく飛び
去っていった。

 翌朝一番に浜松の航空自衛隊に電話をした。その物体が基地のほうから飛んできたから
だ。が、どの部署に電話をかけても「そういう報告はありません」と。もちろん私もそれ
がUFOとは思っていなかった。私の知っていたUFOは、いわゆるアダムスキー型のも
ので、UFOに、まさかそれほどまでに巨大なものがあるとは思ってもみなかった。が、
このことを矢追純一氏(UFO研究家)に話すと、矢追氏は袋いっぱいのUFOの写真を
届けてくれた。

当時私はアルバイトで、日本テレビの「11PM」という番組の企画を手伝っていた。矢
追氏はその番組のディレクターをしていた。あのユリ・ゲラーを日本へ連れてきた人でも
ある。私と女房はその中の一枚の写真に釘づけになった。私たちが見たのと、まったく同
じ形のUFOがあったからだ。

 宇宙人がいるかいないかということになれば、私はいると思う。人間だけが宇宙の生物
と考えるのは、人間だけが地球上の生物と考えるくらい、おかしなことだ。そしてその
宙人(多分、そうなのだろうが…)が、UFOに乗って地球へやってきてもおかしくはな
い。

もしあの夜見たものが、目の錯覚だとか、飛行機の見まちがいだとか言う人がいたら、私
はその人と闘う。闘っても意味がないが、闘う。私はウソを書いてまで、このコラム欄を
汚したくないし、第一ウソということになれば、私は女房の信頼を失うことになる。

 …とまあ、教育コラムの中で、とんでもないことを書いてしまった。この話をすると、「君
は教育評論家を名乗っているのだから、そういう話はしないほうがよい。君の資質が疑わ
れる」と言う人もいる。しかし私はそういうふうにワクで判断されるのが、好きではない。
文を書くといっても、教育評論だけではない。小説もエッセイも実用書も書く。ノンフィ
クションも得意な分野だ。東洋医学に関する本も三冊書いたし、宗教論に関する本も五冊
書いた。うち四冊は中国語にも翻訳されている。

 そんなわけで私は、いつも「教育」というカベを超えた教育論を考えている。たとえば
この世界では、UFOについて語るのはタブーになっている。だからこそあえて、私はそ
れについて書いてみた。

(補記1)

私とワイフの見たUFOは、いわゆる「ブーメラン型」のもので、後に、アリゾナ州のフ
ェニックスで目撃されたUFOと同型のものと思われる。

しかし喜んでばかりは、いられない。
UFOが公然と語られるようになり、それを操縦する宇宙人の存在が明らかになるという
ことは、それだけ人類滅亡の危機が迫っていることを示す。

いつだったかこれについて詳しく書いたことがあるが、人類に希望があるかぎり、宇宙人
は、人類の前に姿を現すことはない。

しかしその希望がなくなったとき、宇宙人は、自らの姿を、私たち地球人の前に現すであ
ろう。
そのことは、宇宙人という外惑星人に視点を置いてみるとわかる。
近い将来、絶滅するとわかっている地球人に対して、どうして自分たちの存在を隠さなけ
ればならないのか。

言うまでもなく、地球温暖化(Global Warming)の問題は、それほどまでに深刻になりつつ
あるということ。
2100年までに、地球の平均気温は、4〜6度も上昇するというが、しかし気温上昇が、
2100年で止まるわけではない。
仮にここで今、化石燃料の使用を停止したところで、その後も、不測の事態がさらなる不
測の事態を招き、地球の平均気温は、さらに上昇する。
2200年までに、さらに4〜6度(この数字とて、控えめなものだが……)上昇すると
考えるのは、甘い。
一説によると、その後、地球の平均気温は、二次曲線的に上昇し、最終的には、400度
Cにまで上昇するという。

私が「地球火星化」という言葉を使うのは、そのためである。
そう、まさに地球は、火星化する。

エドガー・ミシェル博士の告白を、「希望」ととるか、それとも「絶望」ととるか。
とても残念なことだが、私は、「絶望」ととる。

(補記2)

宇宙人の存在が、ここまで確定的に断言されると、つぎに私たちは、こう考える。
「では、現在、エイリアンたちは、どこに住んでいるか」「またどんな生き物なのか」と。

これについては、すでに多くの研究家たちが、つぎのような推論をくだしている。

(1)彼らは、月などの衛星内部をくりぬいて、その中に居住している。

ほかにも、火星や木星の衛星が考えられている。
地球へ自由にやってくることからもわかるように、彼らは、すでに地球上の細菌やウィル
スに対して、免疫性をもっているか、あるいは人間の兄弟的存在であると考えてよい。

地球上で二足歩行できるということであれば、彼らが住む居住空間の重力は、この地球と
ほとんど変わらないということになる。
少なくとも、無重力状態ではないらしい。

(2)地球よりは弱い重力の世界で、そこは薄暗い空間である。

巨大な目と瞳をもっているということから、(あくまでも人間と比較しての話だが……)、
かなり暗い空間に住んでいるものと想像される。
恐らく地球の夜程度の光があれば、あたかも私たちが日中に、景色を見るように、夜の景
色を見ることができるはず。
反対に、日中は、光がまぶしくて、何も見えないかもしれない。
そのため眼球に直接張りつける、黒いサン・スクリーンのようなものを、装着している。

また頭が巨大であることから、人間のように、母体の産道を通り抜けて生まれるタイプの
生物ではないらしい。
恐らく体外受精による、人工胎盤によって育成されるタイプの生物と考えてよい。

(3)性格はきわめて温厚で、平和的である。

エドガー・ミシェル博士も述べているように、「もし彼らが人類に対して敵対的であるなら、
人類は、とっくの昔に絶滅していただろう」ということになる。
またそうであるからこそ、彼らもまた、ここまで進化するにまで、存在することができた。
仮に人間のように、好戦的で、挑発的であったとしたら、宇宙人といえども、その進化の
過程で、戦争を繰りかえし、絶滅していたはずである。

が、これから先のことはわからない。
「このまま地球人を生かしておいたら、人類どころか、地球そのものが、火星化してしま
う」とわかれば、宇宙人のほうも、遠慮していないだろう。
私の印象では、この太陽系の中で、彼らの食糧を生産できるのは、この地球だけというこ
とになる。
地球が火星化すれば、彼らとて、絶滅の危機に直面することになる。

彼らが公然とその姿を、地球人の前にさらけ出したとき、すなわちそのときこそが、地球
人の最期ということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist エイリアン ET 宇宙
人)


Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司

●多治見で39度!

++++++++++++++++++H.Hayashi

今日(7月25日)、岐阜県多治見市で、最高気温39・0度を記録した。
猛烈な暑さである。
この浜松市でも、37・5度!
ちょうどその時刻に、私とワイフは、街中を歩いていた。
乾いた、肌を貫くような白い太陽光が、容赦なく天から降っていた。
「暑い」というよりは、「熱い」。
そんな感じだった。
私とワイフは、駐車しておいた車に飛び乗ると、クーラーをガンガンと
回した。

++++++++++++++++++H.Hayashi

●宇宙人(ET)の話、PART2

●人間と宇宙人

昨日、久しぶりにUFOの話を、書いた。
あえて言うなら、「夏の夜のロマン」というところか。
UFOについて書けば、かえって変人扱いされるだけ。
「君は教育評論家を名乗っているのだから、そういうことを書くのは、
やめたほうがいい」と忠告してくれた人もいた。

が、あのE・ミシェル元宇宙飛行士が、「UFO現象は、現実(real)である」
「宇宙人(ET)は存在する(real)」と断言した。

久々に、胸の内がスカッとする、ビッグ・ニュースである。

しかし問題がないわけではない。
私はかねてから、こう書いてきた。
「宇宙人がおおっぴらに、人間の前に姿を現すのは、人類最期のときである」と。
宇宙人にしても、自ら身を隠す必要がある間は、身を隠す。
少なくとも、存在を明らかにする必要がないときは、身を隠す。
あえて地球人である人間を、混乱させる必要はない。

それは自然動物園を守る、管理者の心理に共通する。
動物園内の動物は、できるだけそっとしておいてやるのがよい。
自然動物保護の世界には、『暖かい無視』という言葉さえある。
あれこれ人間が手出しするのは、最低限がよいという意味である。

しかしもし動物園の中が混乱し始めたとしたらどうだろうか。
動物たちがともに殺しあったり、施設を勝手に破壊し始めたとしたら……。
当然のことながら、自然動物園の管理者たちは、園の中に割って入り、動物たちを
隔離したり、保護したりするだろう。

それだけではない。

宇宙人にしても、この地球が、太陽系の中でも、食糧が確保できるゆいいつの惑星と
考えてよい。
一説によれば、宇宙人たちは、海草を中心とする、ヨード系の食物を口にしている
と言われている。
地球の温暖化が進んで、そうした食物の確保がむずかしくなるということになれば、
彼らにとっても、重大問題ということになる。
だまって見過ごすわけにはいかない。

●どこに住んでいるか?

すでに40年ほど前から、『月空洞説』(「月の先住者たち」)というのがあった。
旧ソ連の2人の科学者が言い出した説だが、根拠はいろいろある。
その第一は、月が体積に比して、比重が軽すぎるということ。
また月全体がまるで釣鐘のようになっていて、人工的に起こした地震波が、
いつまでも月の表面を伝わるなどの現象ガー・ミられる、など。

この月空洞説に、UFO基地説に重ね合わせてみると、今まで合点のいかなかった
ことが、頭の中ですっきりする。
ジグソーパズルをしていて、コマがぴったり重なったときのような気分である。

一方、宇宙人にしても、月の内部ほど、快適な居住空間はない。

重力は、地球の6分の1、あるいは場所によっては、それ以下。
(だから穴を掘るのも、楽?)
太陽からの有害な放射線は、月の厚い岩石が防いでくれる。
一見荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないが、考えれば考えるほど、つじつまが
合ってくる。

事実、アポロ飛行士の中には、月のクレーターの間から出入りするUFOを
目撃した人もいるという。
さらに太古の昔、チベットには、天に使者に連れられて、月の内部の世界を見たという
伝説まで残っている。
私たちが今に見る、絵曼荼羅は、その月の内部の世界を表現したものだと説く研究家も
いる。

今の段階では、すべて風説ということになっているがUFOの存在が
確認され、宇宙人の存在が確認されれば、そのひとつひとつが、人類の
歴史をひっくり返すような(事実)となって、表に出てくる。

アメリカのNASAが心配するまでもなく、人間に与える衝撃には、はかり
しれないものがある。

●人類は、宇宙人の子孫なのか?

若いころ中国に伝わる『黄帝内経(こうていだいけい)』という本を調べているとき、
そのとほうもない科学性に驚いたことがある。
「地球は球である」「地球は虚空の宇宙を回転しながら浮かんでいる」という記述にも
出会った。
(詳しくは、私のHP上で紹介。)

宇宙人がそこにいたとするなら、当然のことながら、私たちは常に、宇宙人の監視と
指導を受けてきたと考えるのが、自然である。
(そうでないと考えるのは、その数百倍も、不自然である。)

「指導」といっても、直接的な会話によるものもあっただろうが、もう少し高度な
立場では、たとえば遺伝子操作による人間の改造も、考えられる。
直接人間の脳みその中に、情報チップを埋め込むという方法も、あるだろう。
「将来的にはそういう方法も可能になる」と、あのホーキング博士も書いている。

少なくとも、今から5500年前を境として、人類は、それまでの新石器時代から、
青銅器、鉄器時代へと、飛躍的に進化している。
このころ、黄河文明が生まれ、チグリス・ユーフラテス文明生まれた。
文字の発明も、このころと考えてよい。
で、先にあげた「黄帝内経」の「黄帝」というのは、司馬遷の「史記」の第1ページ目を
飾る黄帝である。

●超高度な文明?

宇宙人がもっている技術力は、人間のそれをはるかに超えたものと考えるのが自然である。
すでに数十世紀にわたって、このあたりの宇宙を自由に航行していたであろうということ。
それだけでも、彼らのものすごさがわかる。
私とワイフが目撃した巨大なUFOしても、頭上にきたあとは、猛スピードで、
東の空に消えていった。
まるで空に溶け込むかのように、だ。

人間が乗っている飛行機とは、比べものにならない。

一方、今、私たちが最先端の技術として手にしている、コンピュータ技術、遺伝子工学、
宇宙工学などにしても、この半世紀の歴史しかない。
おそらく宇宙人の目に映る人間は、チンパンジーか何かのようではないか。

E・ミッシェル博士が指摘するまでもなく、「もし彼らが敵対的であるなら、人類は
とっくの昔に、滅びていただろう」ということになる。
考えるだけでも恐ろしいことだが、宇宙人がその気にさえなったら、人類など、
部屋の中のハエを殺虫剤で殺すほど簡単に、殺してしまうかもしれない。

●なぜ、今なのか?

しかしなぜ、今なのか?
5500年前から人類にかかわってきたとしても、彼らはけっして、その姿を
おおっぴらに、私たちの前に現すことはなかった。
が、なぜ、今なのか?

E・ミッシェル博士は「さらに重大な開示が予定されている」と述べている。
言葉通りに解釈すれば、もっとはっきりとした証拠なり事実が示されるということに
なる。

だとすると、さらに「なぜ、今なのか?」という疑問が膨らんでくる。

が、今さら、言うまでもない。
この問題は、地球温暖化と、深くかかわりあっている。
現在考えられている対策がすべて実行されたとしても、2100年までには、日本の
気温についてだけをみても、4〜5度も上昇するという。

中には、「たった4〜5度?」と思う人もいるかもしれないが、4〜5度もあがれば、
真冬でも、現在の夏のような気候になる。
地球温暖化の影響は、赤道付近よりも、南北の極地方、また季節で言えば、寒い冬の
ほうに、より大きく現れる。

が、そこで地球温暖化が止まるわけではない。
2100年以後も、また2200年以後も、つづく。
2300年以後もつづく。

そのとき、地球は、どうなっているか?

地球温暖化の問題よりも、私は人類の精神の荒廃のほうを危惧する。
自暴自棄になった人々が、それこそどんなことをしでかすようになるか、
私はそれを心配する。
それこそ地獄絵図そのままの世界が、そのまま具現化される。

●宇宙人の視点で……

そんなとき、もしあなたが宇宙人なら、どうするだろうか?
それをだまって見ているだろうか。
それとも、人間の世界に、積極的に介入していくだろうか。

人間の私が、自分たちの心理状態を基本に、彼らの心を推し量るのは正しくない。
彼らは、私たち人間とはまったくちがった、思考回路をもっている。
感情の中身もちがうだろう。
精神構造もちがうだろう。
ひょっとしたら、人間がもっているような、喜怒哀楽の感情はないかもしれない。
あるいは反対に、たいへん愛情深く、慈愛に満ちた生物かもしれない。

ひょっとしたら、旧約聖書の中に出てくる、「ソドムとゴモラ」のように、
一気に、人間を焼き払ってしまうかもしれない。

が、反対に、ひょっとしたら人間の愚かさを指摘し、人間を指導し、
さらには地球温暖化防止のための知識を分け与えてくれるかもしれない。
が、そこまで期待できるかどうかというと、それはむずかしい。
反対の立場で、「私たち人間は、生き延びる価値があるかどうか」ということを
考えみれば、それがわかる。

あるいは、あなたならどうだろうか。
だれかに、「あなたは生き延びる価値があるかどうか」と聞かれたら、
あなたは何と答えるだろうか。

●宇宙人の限界

が、宇宙人が、全知全能かというと、私は、そうは思わない。
絶対的な(数)、つまり人口そのものが少ないということも考えられる。
あるいは、宇宙人と呼ばれる(人)は、実は(人)ではない可能性もある。

もっとメカニックな、つまり人間が手にした人工知能のかたまりのようであるかも
しれない。

……と書くと、「あのグレイは何か?」と思う人もいるかもしれない。
あのグレイ(本物かどうかは別として)、どこか人間的な体をしている。
しかしあのグレイをもって、宇宙人とするには、少し、無理がある。
私は、親分格の宇宙人は、もっと別の場所にいるのではないかと思っている。
別の場所にいて、グレイのような手下を、ロボットのようにして使っている?

つまりこのあたりに、宇宙人のもつ力の限界がある。
「なぜ人間の前に姿を現さないのか?」という問題にしても、単純に考えれば、
「それができないから」ということになる。
その(できない)部分が、そのまま彼らの(限界)ということになる。

●事実の一端

E・ミシェル博士のような人の発言を聞いて、私は、ほっとしている。
「いつか、そういう人が現れて、真実を語ってくれるだろう」とは思っていた。
しかしその一方で、「私が生きている間に、それをしてくれるだろうか」という
不安もあった。

「間に合った」という言い方は、どこかおかしいかもしれないが、間に合った。
あの夜以来、ずっと私とワイフは考えてきた。
ときどき「夢だった」と、自分にそう思い込ませようとしたこともある。
しかし私たちの結論は、いつも同じだった。
「見たものは、見た」。

そこで私はいつしか、「自分が死ぬまでに、あの夜見たUFOの正体を知りたい」
と思うようになった。
E・ミシェル博士の発言は、その一端を、私につかませてくれたことになる。
「私は、やはり、見たのだ」と。

●心の準備

この先、E・ミシェル博士が語っているように、「さらに重大な(serious)な発表」
がつづくかどうか、今の私にはわからない。
しかしそれよりも重要なことは、そういう発表があるという前提で、私たち自身が、
それに備えて、心の準備をしておくということ。

これは映画の中の話ではない。
現実の話である。

もし宇宙人の存在が確実になったとしたら、宗教はもちろん、歴史すらも、その
根底からひっくり返ることになる。
そうした混乱に、人間は、どう対処したらよいのか。
また対処できるだけの度量はあるのか。
これはあくまでも仮定の話だが、仮に、(あくまでも仮に)、あのイエス・キリスト
ですら、宇宙人とかかわりをもっていたとしたら、それだけで、キリスト教その
ものが、ひっくり返ってしまう。

「今までの歴史は何だったのか」ということにもなるだろう。
あるいは今の今、神に救いを求めている人もいるはず。
そういう人たちは、信仰の基盤を、根元から破壊されてしまうことにもなりかねない。
この問題だけは、「宇宙人がいます」「はい、そうですか」というレベルで片づけられ
るような、単純なものではない。

夏の夜、あなたも、あの月を見ながら、そんなことを考えてみるとよい。
そこには、とてつもないほど壮大なロマンが隠されている。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 壮大なロマン

【月は、巨大な宇宙船か?】以上、【電子マガジン・2008年8月号より、転載】


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


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q 0―0 MMMMM ∩ ∩ MM m
(″ ▽ M ⌒ ⌒ M″ v ゛)/ ̄)
凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司      6月   13日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小学1年生と2年生に、「形」を教える】

●同じ教材を使って、小学1年生と2年生に「形」を教えてみました。
 反応のちがいなど、比較してくださると、この時期の子どもの発達の様子が
 わかっていただけるのではないでしょうか。

(小1クラス)

(1)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/uuSExcXJrpk?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/uuSExcXJrpk?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(2)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/qsR_dZYpL14?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/qsR_dZYpL14?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(3)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/Ulo7z0SubjQ?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/Ulo7z0SubjQ?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(小2クラス)

(1)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/pByKYaSj10o?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/pByKYaSj10o?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(2)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/ViG_vS9uf9c?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/ViG_vS9uf9c?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●5月27日、戦いすんで日が暮れて……

昔(昭和44年)、佐藤愛子という作家が、『戦いすんで日が暮れて』という小説を
発表した。
直木賞を受賞した。
私は、その小説は読んでいないが、この『戦いすんで日が暮れて』という言葉は、当時の
流行語にもなった。
一日の仕事が終わり、家に帰りほっと一息ついたようなとき、今でも自然とこの言葉が
口をついて出てくる。

『戦いすんで日が暮れて』と。

 昭和44年というから、私が22歳のとき。
大学4年生のときのことだった。

●日々に戦い

 今日は霧のような小雨の中、町までの4キロを歩いた。
時間にして、ちょうど40分前後。
一度佐鳴湖畔に出て、その湖畔沿いに歩く。
途中、「富士見橋」という橋がある。
その名の通り、そこからは天気のよい日には、富士山を見ることができる。
いつもの散歩コースである。

 が、歩いている人は、ほとんどいなかった。
(そういえば、ゼロ?)
原発事故の影響か?
私も雲の動きが気になった。

 浜松から見ると、富士山は、やや北よりの東方向にある。
それをさらに延長したところに、福島第一原発がある。

その富士山のあるあたりを基準にすれば、風の方向がおおよそわかる。
富士山の方から吹いてくれば、東風。
要注意!
ときどき歩くのをやめ、私は空の雲の動きを追った。
風は、やや南よりの東から吹いていた。
が、それで安心したわけではない。
風というのは、そのつど向きを変えて吹く。

 言い忘れたが、このあたりでも、みな、こう言うようになった。
「雨の日は、出歩かないほうがいい」と。

●疎開

 そう言えば、昨日会ったSさんも、こう言っていた。
何でも知人が、福島から千葉へ、千葉からさらに、この浜松へ引っ越してきたという。
Sさんは「疎開」という言葉を使った。
もともと「疎開」というのは、「各地へ分散する」という意味である。
戦時中の学童疎開が、それ。
その言葉を聞いたとき、私はこう思った。

 「まさに、戦争だな」と。

 その知人もSさんにこう言ったそうだ。
「浜松は、まるで別世界ですね」と。
もともと浜松市民というのは、大ざっぱで、ノー天気(失礼!)。
この浜松で、原発事故を心配している人は、まずいない。……いなかった。
が、神奈川県で茶葉が汚染されたと聞いてからは、少し雰囲気が変わった。
「つぎは静岡。そのつぎは浜松」と。

 「東京では、青山でも、人通りがぐんと少なくなりました」と。
その知人は、Sさんにそう言ったという。
ましてや雨の日に出歩く人は、いない。

 私はときどき口の中に飛び込んでくる雨粒をなめながら、「だいじょうぶかな?」と。
そんなことを心配しながら、4キロを歩いた。
イヤ〜ナ気分だった。

●仕事

 が、こういうときというのは、かえってカラ元気が出る。
またそうでもしないと、そのまま心まで曇ってしまう。
私はいつも以上に、子ども(生徒)たちとはしゃいだ。
楽しかった。
おもしろかった。

 その様子はビデオに収めた。
幼児教室の今日のテーマは、『言葉』。

(1)

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(2)

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name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
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(3)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/1ofdDsy4hkE?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
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type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
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(4)

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value="http://www.youtube.com/v/EQ82Iux-NMw?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/EQ82Iux-NMw?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always"
 allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


●ついでに小4、5クラスの様子も、ビデオに収めた。
一番手前の子ども(男児)は、まだ小学1年生である。
名前をK君という。
私はこれほどまでに勉強癖のしっかりした子どもを、ほかに知らない。
冷静沈着。
しかも頭がキレる。
シャープ!

このタイプの子どもは、よく過干渉児と誤解される。
が、K君はちがう。
生まれもった性質そのものが、ちがう。
たいへん恵まれた子ども(Gifted Child)ということになる。

私はK君の将来を見届けることはできないが、K君はいつか、
ずば抜けた才能を光らせるはず。
恩師の田丸謙二先生のような、鋭い眼光をもっている。
そういう子どもに出会うと、私のほうがうれしくなる。

率直に言うと、私は勉強が嫌いな子どもを教えるのが、苦手。
反対に、K君のような頭のよい子どもを教えるのが得意。
ずば抜けてすばらしい子どもにする自信がある。

 ……というようなことも心のどこかに置き、このビデオを観てもらえれば、
うれしい。
またK君にとっても、あとあとすばらしい思い出になればうれしい。

●小4、5クラス+K君(小1)

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value="http://www.youtube.com/v/7PEGi_hHgA4?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess"
 value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/7PEGi_hHgA4?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

●最善

 ということで、今日もがんばった。
自分を出し切った。
完全燃焼というには、ほど遠い。
しかし点数をつければ、70点くらい?

あとは、今日撮ったビデオをYOUTUBEにアップすればよい。
それで今日は、おしまい。

で、最後に一言。

『戦いすんで日が暮れて』。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●5月26日(スポーツ医学)

+++++++++++++++++++++++

朝はランニングで始まる。
……といっても、ウォーキングマシン上での
ランニング。

このところ、朝は30分と決めている。
が、30分もすると、全身が汗、ダクダクになる。
その運動をしながら、今朝は、こんなことを考えた。
題して「スポーツ医学」。

+++++++++++++++++++++++

●スポーツ医学

 ランニングといっても、もともとはウォーキング用。
時速は6キロまでしか、出ない。
が、実際には、自分の体重の重みでブレーキがかかったような状態になるので、
4〜5キロ?

 最初10分は、慣らし運動。
時速6キロ(実際には、4〜5キロ)で、歩く。
できるだけ大股で歩く。
ちょうど10分になったところで、駆け足。
前方に体重をかけ、小股で走る。
かかとを地面からあげ、つま先だけで走る。
このときマシーンは、ウィーンと回転音を立て、全速で回り始める。
時速6キロ。

 脈拍数をみると、毎分70前後から100前後まで、急にあがる。
この状態で、3分、走る。
とたん体中から汗が噴き出す。
額からポタポタと汗が落ち始める。
が、意外なことに脈拍は低下する。
80〜90前後で推移する。

 で、それから最後の10分まで、また歩く。
ちょうど20分が過ぎたところで、また駆け足。
これを2〜3分、つづける。
長さは、日によってちがう。
調子のよいときは、数分ごとに、(歩く)→(駆け足)を繰り返す。
同じように脈拍は急にあがるが、また低下する。
汗だけが、ダクダクと噴き出す。

 で、また歩いて、最後の1分だけ、今度はひざを大きくあげ、大股の駆け足をする。
最後のしめくくり。
全力を出し切る。
息が切れかかったところで、ちょうど30分!
「ピッ」と音が鳴って、終了。

 が、今朝はそのまま脈拍数を計りつづけた。
脈拍はあがるのか、それともさがるのか。
興味があった。

 で、終了直後は、あがることがわかった。
ハーハーとあえぎながら、汗を拭いているときには、110〜115前後まであがった。
それが10〜20秒近くつづいたあと、今度は急速にさがった。
80から70まで。

 そこで今朝の運動は終了。

 ところで運動の前にトイレに行くことにしている。
が、30分も運動をすると、また尿意を催す。
これはたぶん、体内の脂肪が燃焼し、水と二酸化炭素になったためではないか。
それが尿となって、膀胱にたまる。

 今朝はこの程度のことしかわからなかったが、その延長線上に、スポーツ医学がある。
言うなれば、スポーツ医学という「山」の登山口に立ったようなもの。
何かしら奥深いものを、その向こうに感じた。
今度、機会があったら、それについて調べてみたい。

 なお私のばあい、筋肉の回復力がたいへんよい。
どこで検査を受けても、そう言われる。
運動をやめた直後は脈拍数があがるが、その後、急速に今度は、さがる。
20代のころから自転車通勤を欠かさなかったためと思う。
毎日、往復、1時間は自転車で走った。
今になって、そのありがたさが、しみじみとよくわかる。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●からっぽの頭

 これは私だけに起きる現象なのか。
それともどの人にも共通して起きる現象なのか。

 書斎のデスクに向かって座ったとき、私の頭の中は、からっぽ。
何もない。
本当にからっぽ。
広い空間は感ずるが、そこには何もない。
そんなはずはないと、自分に言って聞かせるが、やはりからっぽ。
何も考えられない。
考えるテーマもない。
が、それでも何かを書き始める。
今の私がそうだ。
すると、やがてモヤモヤしたものが、からっぽの頭の中に充満してくる。

 で、私のばあいは、こうだ。
とにかく書いてみる。
パソコンのキーボードを叩いてみる。

●日課

 パソコンを立ち上げ、一通りの日課(ルーティーン)をこなす。
メールを読み、返事を書き、つぎにニュースサイトを見る。
それが終わると、HPやBLOGへのアクセス数を調べる。
このところとくに気になるのが、YOUTUBEへのアクセス数。
毎日、1000件近く、アクセスがある。

この「1000件」のもつ意味は大きい。
というのも、YOUTUBEのばあい、最初から最後まで、しっかりと
視聴しないと、「1件」としてカウントされないしくみになっているらしい。
(まちがっていたら、ごめん!)

 つまりチョット見だけでは、「1件」にならない。

 ところが私の動画は、どれも1本、15分。
(昨年までは、10分だった。)
それに見てくれる層も決まっている。
1000件ということは、1000人以上の人が、15分間、見てくれたことになる。
(もちろん1000人といっても、延べ数。)

15(分)x1000(件)÷60(分)÷24(時)=10・4日

 つまり私は、1日を、10・4倍にして生きていることになる。
(こんな計算をしても、意味はないが……。)
が、何よりもうれしいのは、それだけ生徒数がふえたことを意味する。
単純に考えれば、毎日、1000人の生徒が、15分間、私のレッスンを受けて
いる。
そういうことになる。

 ……と書いているうちに、だんだんと書きたいことが定まってくる。
からっぽの頭の中が、ザワザワと騒がしくなってくる。

 ……これは私だけに起きる現象なのか。
それともどの人にも共通して起きる現象なのか。

●マガジン過去版

 で、この数日をかけ、電子マガジンの過去版を整理した。

 やっと2001年6月(創刊号)から、2007年1月分あたりまで、
HPにアップすることができた。
興味のある人は、下のアドレスから、「電子マガジン総集編」へと進んでみてほしい。

      http://magazinepast.ninja-web.net/

 何しろ膨大な量だから、私のパソコンにしても、ハラハラのしどうし。
メモリー不足で、いつフリーズしてもおかしくない。

 で、それが終わると、すかさず、データのバックアップ。
ここまで作業が済んで、「終わったア」と一息つける。

……たった今、それが終わったところ。
つまりデータのバックパックが、済んだ。

 が、私が今使っているパソコンは、10前後の作業を同時に並べても、ビクともしない。
(メモリーは12GB。マウス社製の、64ビット・ハイエンドマシン。)
すばらしいと思う前に、「どうしてこんなことができるのだろう」と、不思議に思う。
35年前のパソコンは、1つの仕事しかできなかった。
しかもポツポツと画面に点を描く程度の仕事。
それがダブル・コアの時代になり、トリプル・コアの時代になった。
わかりやすく言えば、1つの脳みそが、8つの仕事を同時にこなすようなもの。
……というか、1人の人間が8つの頭をもっているようなもの。

 が、トラウマというのは、恐ろしい。
XPマシンも、ビオタマシンも、そのときどきの最先端のものを購入した。
が、作業が80〜90%終わったところで、フリーズ。
よくフリーズした。

そのたびに冷や汗をかきながら、……というか、泣きべそをかきながら、
コンピューターと格闘した。
徹夜したことも、しばしば。
そういうトラウマが残っているから、今も、ハラハラ。
現在のパソコン(セブン)にしてからも、ハラハラ。
私は基本的には、パソコンを信用していない。

 ……ということで、この世界も、先手必勝。
フリーズを経験する前に、新型のパソコンに乗り換えることにした。
予定では、8月までに、さらにその先を行くパソコンに買い換える。
先日、電話で相談したら、担当者はこう言った。
「あなたのは、もう1年半前のものです。
この2年で、パソコンもはるかに性能がよくなりましたよ」と。
 
 フ〜ン。
この世界では、たった2年で、骨董品。
価値のない骨董品。
だれかにあげてもよいが、パソコンだけは、自分で処分したほうがよい。
ハードディスクはとくにそうで、どこでどう個人情報が漏れるか、わかったものではない。

 ……先ほどワイフが朝食の声をかけてくれた。
それからもう20分。
パンも冷えてしまったことだろう。
これからやや遅い朝食。

 みなさん、おはようございます。
午前9時。
5月26日。
2011年。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【福島原発事故・5月27日】

●「私はいったいなんだったのか」

 今は、責任問題を論じているばあいではない!
1号機だけならまだしも、2号機、3号機、4号機、すべてがメルトダウンしている。
とくに3号機があぶない。
MOX燃料を使っている。
にもかかわらず、1号機の55分間の海水中断がどうのこうの、
それがだれの命令によるものかどうのこうの、
首相はウソを言っているかどうのこうの、と、
そんなレベルで、政治家たちは大騒ぎしている!

火事はまだ延焼中。
ボーボーと燃えさかっている。
その最中に、放水を中断したのはだれかと騒ぐようなもの。
まず火を消せ! 
責任問題は、そのあと!

が、だれも中断など、していなかった。
結局は自民党と原子力安全委員会のHH委員長の、ひとり芝居だった
日本経済新聞は、つぎのように伝える(5月26日)。

「『私はいったいなんだったのか』……福島第1原発1号機への海水注入をめぐる問題で、
東京電力が実際は注入を続けていたと一転して発表したことを受け、原子力安全委員会の
HH委員長は26日、「中断がなかったのなら、私はいったい何だったのか」などと不信感
をあらわにした」(日本経済新聞)と。

 「私はいったいなんだったのか」って? 
答は簡単。
「ただのバカだった」。

●現実検証能力

 今、私たちは、いったいどういう状況に置かれているか。
それを知る能力が、現実検証能力。
が、ただ客観的に知るだけでは足りない。
ことの大小が、的確に判断できなければならない。
ことの軽重が、的確に判断できなければならない。
そういうことが総合的に判断できて、はじめて、現実検証能力があるということになる。

 が、今回の「中断騒動」には、それがなかった。
55分間の海水中断があったにせよ、あるいはなかったにせよ、今は、全力を投じて
事故処理に専念すべきとき。
被災者の人たちの救援に全力を尽くすべきとき。
先にも書いたように、火事は目下、延焼中。
東京電力や原子力安全保安院は、さかんに「安定(stable)」という言葉を使って、私たち
を煙に巻こうとしている。
「原発は安定しています」と。

しかし新聞記事を読んだだけでも、それがウソとわかる。
問題は、何も解決していない。
むしろ日々に新たな問題が生まれ、日々に状況は悪化している(5月27日現在)。

 たとえばその近辺の学校では、表土を取り除き、すでに「除染?」を始めている。
気持ちはわかるが、まだ早い。
今の今も、放射性物質は、放出されたまま。
放射性物質は、この先も、どんどんと降り積もっていく。
雪かきの「雪」とは、訳がちがう。

●55分間の中断

 何も「55分間の中断」が、ささいな問題だったと言っているのではない。
それはそれで大きな問題かもしれない。
が、現在、起こりつつある問題は、それをはるかにしのぐほど、深刻かつ重大な問題。
仮に1号機について、55分間の中断があったにせよ、そのときすでに1号機とは
関係なく、2号機、3号機、それに4号機すべてが同時におかしくなり始めていた。
自民党やHH委員長は、「55分間の中断があったこと」が、あたかもすべての原因
であるかのような論陣を張り、管首相を追い落とそうとしていた。
が、繰り返すが、今は、そんな時ではない。

 仮に3号機が爆発でもしたら、そのとき、この日本はどうなるか。
それを少しでも頭の中で、想像してみればよい。
燃えたプルトニウムの微細粉末が、全国に散らばる。
「プルトニウムは比重が重いから(比重=19)、飛び散らない」と説く人もいる。
しかし1ミクロン(大腸菌とほぼ同じ)の微細粉末である。
地球の重力が、そこらの金属棒と同じように働くと考えるほうがおかしい。

 そのたった一個(ホット・パーティクル)でも体内に入れば、そこで内部被爆。
確実にがんを引き起こす。
「毒性がきわめて強い」というのは、そういう意味。

 そういう判断も的確にできないから、ここで「バカ」という言葉を使った。

●イタチごっこ

 このところこの浜松市へ、福島県のみならず、東京や千葉県から疎開してくる人が、
目立ってきた。
昨日も、「福島県から転校してきた子がいる」と話してくれた子ども(小2)がいた。
あるいは一度は福島県から千葉県へ疎開したものの、さらにその千葉県から浜松市へ
再疎開してきた人もいるという。
たまたま参観に来ていたSさんが、そう話してくれた。

 いくら「安定」という言葉を使っても、だれも安定しているとは思っていない。
現に放射性物質は、垂れ流し状態。
「貯蔵タンクが満杯になってしまった」と言っていたら、今度は「そのタンクに穴が
空いていた」と。
毎日がこの繰り返し。
つまりイタチごっこ。
私が現場で働いている作業員なら、とっくの昔にサジを投げてしまっていただろう。
つまり原子力発電所事故の恐ろしさは、ここにある。

 一度事故が発生すると、ドミノ倒しのドミノのように、つぎつぎと問題が発生していく。
が、問題はそのとき起こる。
それぞれのばあいに応じて、対策が用意されていれば、まだよい。
が、その対策が用意されていない。
用意されていないから、また別の新たな問題が発生していく。

 3号機についても、格納容器は鋼鉄製というが、配管などはゴム製のパッキングで
つながれているという。
格納容器そのものが熱に強くても、ゴムはそうでない。
そのゴムが溶けて、そこから高濃度の放射性物質が飛び出る。
が、そうなったら、もう打つ手はない。
(すでに溶け始めているが……。)

相手は超高濃度の放射性物質である。
現在2シーベルト前後の放射線が観測されているというが、10シーベルトの
放射線に当たれば、人間は即死状態になるという。

●敦賀原発

 選挙のとき政治家たちは、みなこう言う。
「命をかけて……します」と。
ならば今がそのとき。
地元の政治家たちは、どうか命をかけて、福島の事故現場へ駆けつけてほしい。
……というのは、言い過ぎと言うことは、よくわかっている。
政治家たちは、言葉のアヤとして、選挙のときだけ、そう言っているに過ぎない。

 しかし驚いたのは、こういう状況を目の当たりに見ながらも、まだ原発を擁護している
政治家がいるということ。
昨日(5月26日)見た、NHKの報道の中でも、そう言っている政治家がいた。
「原発は必要です」(敦賀市長)と。
ならば今、一筆、書いておいてほしい。
「事故にあっても、私たちは『国が……』『国が……』などと泣き言を言いません」と。
ずいぶんと辛らつな言い方に聞こえるかもしれない。
しかし実際、福島の事故現場で働いている作業員の方たちは、仕事に就く前に、こんな
念書を書かされているという。
「将来、放射線障害が現れても、(東電に対して)、責任を追及いたしません」と。

 番組の中では、鍵職人の男性も紹介されていた。
その男性も、「もし原発がなくなったら、私たちは別の県へ引っ越すしかありません」
(以上、記憶によるものなので、内容は不正確)と言っていた。
が、私にはその言葉が、こう聞こえた。
「原発事故が起き、強制避難が命じられても、私は文句を言いません」と。

●石棺化

 最終的には、チェルノブイリ事故のように、石棺化するしかないのか。
今の状況を見るかぎり、そういう心配は、ぬぐえない。
もちろん石棺化したからといって、それで問題が解決するというわけではない。
25年たった今ですら、チェルノブイリでは、その問題で苦しんでいる。 

 ……だったらというわけでもないが、つまりそういう可能性もあるなら、今すぐ、
何十万トン、あるいは何百万トンというコンクリートを用意しておくべきではないのか。
ブルドーザーにしても、何百台も並べておいたらよい。
つまりそこまでしてはじめて、「対策」ということになる。
それもしないで、その場しのぎのことばかりしているから、事故は拡大する。
今の今が、そうだ。

 もし政府に責められるべき点があるとするなら、まさしくこの点ということになる。
「だれかが何とかするだろう」と、責任を押しつけあっている。
おかしな楽観論が蔓延している。
あるいは「まだ、何とかなる」と、あえてそこにある事実から、目をそらそうとしている。
たとえば敦賀市長は、たしかこう言っていた。

「日本には原発は必要です」と。

 記憶によるものなので、言葉は不正確。
しかし私には、敦賀市長がそこまで高邁な国家論をもっているようには、見えなかった。
「日本には……」ではなく、「敦賀には……」ではないのか。
それとも「私には……」ではないのか。
「敦賀が、日本国の発展のために犠牲になってもいい」というような、そんな高邁な
精神は、私にはとても感じられなかった。

 が、もし敦賀市長に、ほんの少しでも現実検証能力があったら、とてもこんな言葉は
出てこなかったはず。
さらに一言。
NHKの報道では、飛行機事故を想定していた。
飛行機が原発に衝突したら、そうなるか、と。
が、それよりも心配なのは、テロ。
武力攻撃。

 もし敦賀にたった一発でも、K国のミサイルが撃ち込まれたら、それこそこの日本は
万事休す。
全滅。
そういう国際感覚はあるのか?
つまりそのあたりまで検証する能力があってはじめて、現実検証能力あり、という
ことになる。

 ともかくも今は、国家の存亡をかけた、一大危急時。
些細な問題はさておき、今そこにある危機と闘うしかない。
「現実」を原点として、つぎの対策を考えるしかない。
責任問題、原因追及は、つぎのつぎ。

あろうことか、民主党内部では、政権抗争が激化しているという。
バカげているというか、開いた口が塞がらない。
日本の政治のレベルがここまで低いとは、正直に告白するが、私は思っていなかった。
その一例が、今回の「55分間の海水注水中断劇」ということになる。
2011/05/27朝記


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【反原発運動が理由で、芸能界から干される?】

●ある俳優

 ある俳優が、原発反対を唱えたところ、それが理由で、「ドラマを降板させられた」とい
う。
その俳優は、ツイッターで、こう述べていた(現在、その文言は削除されている。)

「今日、マネージャーからmailがあった。『7月8月に予定されていたドラマですが、原発
発言が問題になっており、なくなりました。』だって。マネージャーには申し訳ない事をし
た。僕をブッキングする為に追い続けた企画だったろうに。ごめんね」(J-cast News)と。

 反原発を唱える学者が、研究費を削られたとか、研究室から閉め出されたという話は、
雑誌などで読んだことがある(「週刊現代」ほか。)
しかし一芸能人にまで、そうした「力」が及ぶというのは、私の常識では考えられない。
それがだれであるにせよ、原発推進派の「黒幕?」が、そこまで手を延ばすとは!
それこそまさに神の力(それとも悪魔の力?)。

 その俳優は、こうも書いている。

 「(反原発運動に関わると)芸能界で仕事干される」(同・4月)と。

 もしこれが事実とするなら、憲法違反に抵触する、重大な言論弾圧事件と考えてよい。
が、よくよく読むと、どうも、「?」。

●事務所側の言い分

 この俳優の発言に対して、事務所側は、「事実ではない」と否定した。

 「ところがYさん(当該、俳優)の所属事務所「S・カンパニー」では、J-Castの取材
に対し、Yさんの発言を全面的に否定した」(J-Cast)と。

 事実なにか、それとも事実でないのか。
Yの発言にも、矛盾がある。
「事務所辞めました! 今日。これ以上(事務所に)迷惑かける訳いかないから」と一方
で言いながら、実際にはその事務所に迷惑をかけている。
こういうのをパラドックスという。

「張り紙をするな」という張り紙をする。
「うるさい!」と言って、大声で怒鳴る。
「事務所に迷惑をかけたくない」と言って、事務所に迷惑をかける、など。

 もし本気で事務所に迷惑をかけたくないと思っていたのなら、黙って去ればよかった。

●藪の中?

 当該俳優は、問題が大きくなったのを知ってか、ツイッター上の発言を削除している。
J-Castはつぎのように伝える。

「現在、発端となった「降板」発言は消去され、見られない状態となっている。またYさ
んは26日深夜、「舞台終了まで、Twitterやめます」と投稿しており、「降板」の真相は藪
の中だ」と。

 そう、まさに藪の中。

 Yは、反原発の姿勢を見せた。
これは事実。
が、疑問の第一はそんなことを理由に、番組を降板させられるのだろうかということ(※)。
たかがテレビ番組(失礼!)。
たかが一俳優(失礼!)。
が、そういうことがないとはいわない。

 実も昨年(2010年)、私にもこんな経験がある。

 ある教材会社から教材制作の依頼があった。
久しぶりの依頼だったから、私はかなり意気込んでいた。
が、2週間ほどすると、今度は、こう言ってきた。
「あなたの書いた『ポケモン・カルト』という本が問題になりましてね。
我が社としても、S館(出版社)にたてついてまで、仕事はできません。
そんなわけで申し訳ありませんが……」と。

 さらに宗教本(反カルト)を書いているときには、当該宗教団体から、さまざまな
いやがらせを受けた。
出版社に対しては、さまざまな工作を繰り返した。
そういうことはある。
しかし今、どうして?

 しかもSがしたことと言えば、反原発というよりは、『文部科学省前で子どもに定められ
た年間許容被ばく量「20ミリシーベルト」の撤回を叫んだ』(※)程度のことである。

 本当にSは、それが理由で、「干された」のか。
それとも、ただ単なる売名行為なのか。
もしそうでないというのなら、どうして自分の発言を引っ込めてしまったのか。
デモ行進するほどまでの信念は、どこへ消えたのか。
まさに藪の中。

●売名行為

 で、Yのことはよく知らない。
しかし芸能人(タレント)の中には、この種の売名行為を繰り返す人は少なくない。
Yもその1人と書いているのではない。
ただこの種の発言、つまり月光仮面的な発言は、じゅうぶん疑ってみる必要がある。
というのも、「信念」というのは、一朝一夕に、確立するものではない。
若い人ならなおさらで、そのつど迷ったり悩んだりする。
が、やがて「周囲哲学」というものが、できあがってくる。
その周囲哲学が、その人を支える。

 言い換えると、その周囲哲学が重要。

 たとえば若いころから何かのボランティア活動に専念し、たとえばホームレスの人たち
に炊き出しをしてきたとか、そういうことが重なって、やがて難民救済運動へとつながっ
ていく。
そういう経験も経歴もないようなタレントが、ある日突然、涙ながらに難民救済をテレビ
画面に向かって訴え始める。
私たちはそういうインチキ(=偽善)を、いやというほど見せつけられてきた。
 
 Yについては、残念ながら、「現在、発端となった降板発言は消去され、見られない状態
となっている。またYさんは26日深夜、『舞台終了まで、Twitterやめます』と投稿して
おり……」(J-Cast)という状態らしい。

 どうして消去したのか。
どうしてTwitterをやめたのか。
高邁な信念はどこへ消えたのか。

 当の本人がこれでは、周囲の人たちも援護できない。
腰砕けになってしまう。
真相はどうだったのか。

 Yが反原発運動に参加したため、番組を降板させられたというのは、事実だったのか。
それともYのただ単なる思い込みだったのか。
Y自身が沈黙してしまった以上、これ以上のことは、私にもわからない。

 だから「藪の中」(J-cast)。

(注※)シネマトゥディより

 Yは、27日21時半ごろのツイッターで、「事務所辞めました! 今日。これ以上迷惑か
ける訳いかないから。辞めるな、と社長、スタッフの皆さん何度も引き止めて下さった。
最後には僕のわがままを聞いて貰いました。13年もいたS社は正義感強く情に厚い事務
所。もう関係ないから事務所への電話しないでね。他の役者に迷惑かかる(原文ママ)」と
報告した。

 福島第一原発で起こった原発事故のあと、「反対。って言うと、芸能界で仕事干されるん
です、 御存知でした?でも言ってやります、反対!」とYは、脱原発を自身のツイッター
で声高に訴え、デモに参加するなど原発反対運動を続けてきた(以上、シネマットゥデイ・
5月30日より)。

(注※2)J-Castより

  「本人がツイッターで発言した内容については『事実ではない』とお答えするように、
と担当者から言われています」と電話に出た女性は繰り返した」(J-Cast)と。

福島第一原発の事故以来、積極的に反原発運動に参加していた俳優のYさんが2011年
5月25日、ツイッターで「原発問題発言」が原因で、「7月8月に予定されていたドラマ
を降板させられた」と発言した。ところが事務所は27日、Yさんの発言内容について「事
実ではない」と否定した。

 話題になったのは、Yさんの以下の発言だった。

■降板の作品名などは明かさず

  「今日、マネージャーからmailがあった。『7月8月に予定されていたドラマですが、
原発発言が問題になっており、なくなりました。』だって。マネージャーには申し訳ない事
をした。僕をブッキングする為に追い続けた企画だったろうに。ごめんね」

 Yさんはこれまでツイッターを中心に、原発反対を繰り返し訴えている。4月には「(反
原発運動に関わると)芸能界で仕事干される」と明言し、高円寺で行われた反原発デモに
参加、5月23日にも福島県の父母たちとともに、文部科学省前で子どもに定められた年
間許容被ばく量「20ミリシーベルト」の撤回を叫んだ。

 Yさんは「外されたドラマでも、現場には迷惑掛けられない」として具体的な作品名な
どは明かさなかったが、ネット上では「降板させたテレビ局、スポンサーに抗議活動を」
との声も上がり、さまざまな憶測が飛び交っている。

■「舞台終了まで、Twitterやめます」

 ところがYさんの所属事務所「S・カンパニー」ではJ-CASTの取材に対し、Yさんの
発言を全面的に否定した。

  「本人がツイッターで発言した内容については『事実ではない』とお答えするように、
と担当者から言われています」

と電話に出た女性は繰り返した。

 現在、発端となった「降板」発言は消去され、見られない状態となっている。またYさ
んは26日深夜、「舞台終了まで、Twitterやめます」と投稿しており、「降板」の真相は藪
の中だ(以上、J-Castより)。


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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小1クラスで……】

2011年の4月から、小学1、2年生のレッスン風景も、
動画に収め、それをYOUTUBEにアップしている。
昨日は、小学1年生のレッスン風景を動画に収めた。

にぎやかなクラスで、教えていても、たいへん楽しい。
そんな楽しさを、この動画を通して、みなさんと共有
できれば、うれしい。

(1)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/DPm2Zc0fSEY?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/DPm2Zc0fSEY?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(2)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/tasRoNdz9OA?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/tasRoNdz9OA?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(3)

<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/DKoalMCblyg?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/DKoalMCblyg?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

(4)

<object width="425" height="344"><param name="movie"
 value="http://www.youtube.com/v/K33RK1Mo-9Q?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess"
 value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/K33RK1Mo-9Q?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●変遷

 5月いっぱいで、Eマガ社からの電子マガジンを廃刊にすることにした。
6月からはマガジンの配送が有料になるという。
月額3000円とか。
この世界も、『チリも積もれば、何とか』。
ざっと計算しても、現在、3万円前後の出費になっている。
その上、さらに3000円は、きつい。
きついというか、こうして積み重ねていったら、キリがない。
だから5月末で、廃刊することにした。
ちょうど10年つづけてきた電子マガジンである。
残念だが、やむをえない。

 そのかわり、今は、BLOGと、このYOUTUBEに力を入れている。
私のもっているエネルギーがそれで減るわけではない。
(かなり弱くはなってきているが……。)
今も書いているし、これからも書く。
どこまでできるかわからない。
しかしやれるところまで、やってみる。
今の私から(書く)という生きがいを取り去ったら、何も残らない。
だから書く。

●再考

 昨日書いた原稿を読みなおしてみる。
疲れていたせいか、(それともボケたせいか)、思っていることを、文章に
うまくまとめることができなかった。
その悔しさが、今も、心のどこかに残っている。
こんなことはめったに、ないことなのだが……。

 ところで文筆家には、大きく分けて2つのタイプがあるという。
(私は文筆家ではない。ただのもの書き。)
森鴎外のように、苦しみながら文を書くタイプ。
夏目漱石のように、サラサラと思いついたことを、楽しんで書くタイプ。
(本当にそうであったかどうかは、知らないが……。)

 私のばあいは、どちらかというと、夏目漱石型。
苦しむことはあるが、それほどほど苦しまない。
サラサラと書き、頭の中にたまったモヤモヤを吐き出す。
その爽快感がたまらない。
だから、文を書く。

 しかし昨日は、結構、苦しんだ。
そこに書きたいことがモヤモヤとあるのだが、それをうまく表現することが
できなかった。
それで苦しんだ。
そこでもう一度、そのモヤモヤに挑戦してみることにした。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●YOUTUBE

フランスのみなさん、ありがとう!

France Cher,
Merci!
YOUTUBE vu beaucoup, vous ?tes toujours les bienvenus.
Merci ? l'avenir.
Hiroshi Hayashi

Le Japon

++++++++++++++++++

この2、3か月、YOUTUBE(動画)
へのアクセス数が、毎日1000件前後で
推移している。
「インサイト」情報というのを見ると、
それがわかる。
が、それだけではない。
同時に、どの国の人たちが
見てくれているかも、そのコーナーでわかる。
国別に、それが表示される。

で、「?」と思うのは、フランスの人たちが
多いということ。
2位がアメリカ。
3位がフランス。
アメリカとフランスの人たちを合計すると、
日本の人たちのそれと、ほぼ同数になる。

そう言えば、ときどきこんなコメントが
寄せられる。
「毎日、日本語の勉強に見ています」と。
機械で翻訳したような、ぎこちない日本語で、
そう書いてある。
フランスの人たちは、たぶん、そういう
目的で見てくれるのだろう。

が、よくわからないのが、「人気度」。
同じインサイト情報には、
「人気度」がわかる(?)コーナーもある。
が、その日本語の意味がよくわからない。
そのままコピーして、紹介する。

『あなたの動画を他の人がアップロードした
動画と比較した場合の人気度』と。

数回読みなおしてみたが、それでも意味が
よくわからない。
私の動画など、「他の人の」動画と比較しても
意味がない。
もとから見る人は、かぎられている。
人気度は、かぎりなくゼロに近い。
毎日1000件とはいうが、人気動画の中には、
数100万件から、中には1000万件を超えて
いるのもある。
「1000件」という数字は、この世界では、
誤差のようなもの。

が、これからは世界。
世界が相手。
タイトルや説明文を、英語で書くことにした。

フランスのみなさん、ありがとう!

France Cher, Merci!


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●5月24日(2011年)朝

●『ゆでガエル』と「アパシー」

+++++++++++++++++

昨日、15枚ほど原稿を書いた。
USBメモリーに保存した。
が、今朝さがしたら、それがない!
つまりUSBメモリーがない!
たしかそれを、目がねケースに入れて
おいたはず……。

こういうときというのは、やる気をなくす。
本当になくす。

今朝もこうしてパソコンに向かう。
が、頭の中はからっぽ。
何をどう書いてよいものか?

これは私の性格。
同じことを繰り返すということができない。
いつも変わったことをしていないと、
気がすまない。
だから今、昨日書いたのと同じ原稿を
書けと言われても、それができない。
できないから、からっぽ。

ぼんやりと、……どこかうつろな気分で、
あちこちのニュースサイトをながめる。
読んでは、忘れる。
読んでは、忘れる。
気分は、どこか投げやり。

そう言えば昨日、どこかのサイトに
こんな言葉があった。
『ゆでガエル』。

カエルをゆでるにも、ゆで方というのがあるそうだ。
カエルを食用にしている国は多い。

つまり生きたカエルをゆでるとき、(残酷な
話だが……)、いきなり熱い湯に入れると、
カエルは飛び跳ねて、逃げてしまう。

そこでカエルをゆでるときには、水の中に入れ、
徐々に温度をあげる。
カエルは温度があがっているのに気づかず、
そのままゆであがってしまうという(※)。

(これはあくまでも「警句」として使われている
言葉で、実際にそうであるということではない。)

今度の福島第一原発事故に関しての
話である。

今ごろになって、東京電力は、事故直後すでに
メルトダウン(炉心融解)が始まっていたことを、
認めた(5月23日)。
もしあのときそれを公表していたら、
日本中は大混乱に陥っていただろう。
つまり熱い湯の中に、カエルを落とした
状態になっていた。

が、そのカエルも徐々に温度をあげられると、
それに気づかない。
そのまま湯の中で、ゆであがってしまう。
つまり今が、その状態ということになる。
だから「ゆでガエル」。

今朝のニュースを読むと、1号機も、2号機も、
3号機も、みな、メルトダウンしているという。
メルトダウンだぞ!
最悪の原子力発電所事故だぞ!
が、その深刻さが、どうもイマイチ、伝わって
こない。
状況に慣れてしまったというか、無関心に
なってしまった。

こういう心の状態を、英語では、「アパシー」という。
apathy……つまりものごとに、冷淡的に無感動
であること。
「無関心」と訳すが、それともややニュアンスが
ちがう。
アパシーはアパシー。
英語で「アパシー」という言葉を使うときは、
そこに「罪」というニュアンスをからませる。

 つまり問題があまりにも大きすぎて、対処できない。
言うなれば戦争状態。
法や秩序、良識や常識が、みな、吹き飛んでしまった。
もう少し具体的に説明すると、こうなる。

たとえば現在、どこかで保険金殺人事件が
話題になっている。
保険金をかけて、その人を殺す……。
何ごともない平和な時なら、今ごろは大問題になって
いただろう。
しかし現在、原発周辺で起きていることは、
そんな程度の問題ではない。
この先、何十万人、あるいは何百万人という
人たちが、放射線障害で命を落とすことになる。

それほどまでに深刻な問題である。
そういう深刻な問題をさておいたまま、何が
保険金殺人だ、となる。
が、これがアパシーというわけではない。
本物のアパシーは、もっと恐ろしい。

 たとえば今、原発事故の現場では、500〜
1000人の作業員の方たちがその処理に
従事しているいう。
同時に、大量の放射線を浴びている。
そういう作業員の人たちが、今後、無事で
あるはずがない。
「今、ただちに……」ではないとしても、
今後1、2年から10年のうちには、
深刻な放射線障害が現れてくる。
チェルノブイリの例をあげるまでもない。

そこで本来なら、「退避しなさい。危険だ!」と
言いたいが、それができない。
口をつぐんでしまう。
「がんばってもらうしかない」と、目や耳を遠ざけて
しまう。
それがアパシーということになる。

「冷淡的に無関心になり」、わざと心を、
外に向ける。
向けたまま、何ごともないかのように、
自分の生活をつづける。
考えてみれば、これほどの「重罪」は、そうはない。
「だれかにやってもらわなければならない」と自分に
言い聞かせる。
またそう言い聞かせながら、自分の心をごまかしてしまう。
いつの間にか、私たちの心はそうなってしまった。

わかりやすく言えば、私たちが今、
「ゆでガエル」の状態になっている。

……で、「ゆでガエル」の話は知らなかったが、
以前、こんな原稿を書いたことがある。
2002年に書いた原稿だが、この原稿の
中で私が書きたかったことは、やはり「アパシー」
ということになる。

++++++++++++++++++++

【杉原千畝副領事のビザ発給事件を考える】 

●杉原千畝副領事のビザ発給事件 

 「1940年、カウナス(当時のリトアニアの首都)領事館の杉原千畝副領事は、ナチ
スの迫害から逃れるために日本の通過を求めたユダヤ人6000人に対して、ビザ(査証)
を発給した。
これに対して1985年、イスラエル政府から、ユダヤ建国に尽くした外国人に与えられ
る勲章、『諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)』を授与された」(郵政省発行20
世紀デザイン切手第九集より)。

●たたえること自体、偽善

 ナチス・ドイツは、ヨーロッパ全土で、1100万人のユダヤ人虐殺を計画。結果、ア
ウシュビッツの「ユダヤ人絶滅工場」だけでも、ソ連軍による解放時までに、約400万
人ものユダヤ人が虐殺されたとされる。
杉原千畝副領事によるビザ発給事件は、そういう過程の中で起きたものだが、日本人はこ
の事件を、戦時中を飾る美談としてたたえる。
郵政省発行の記念切手にもなったことからも、それがわかる。
が、しかし、この事件をたたえること自体、日本にとっては偽善そのものと言ってよい。

●杉原副領事のしたことは、越権行為?

 当時日本とドイツは、日独防共協定(1936年)、日独伊防共協定(37年)を結んだ
あと、日独伊三国同盟(40年)まで結んでいる。
こうした流れからもわかるように、杉原副領事のした行為は、まさに越権行為。
日本政府への背信行為であるのみならず、軍事同盟の協定違反の疑いすらある。
杉原副領事のした行為を正当化するということは、当時の日本政府がしたことはまちがっ
ていると言うに等しい。
その「まちがっている」という部分を取りあげないで、今になって杉原副領事を善人とし
てたたえるのは、まさに偽善。
いやこう書くからといって、私は杉原副領事のした行為がまちがっていたというのではな
い。
問題は、その先と言ったらとよいのか、その中味である。
当時の日本といえば、ドイツ以上にドイツ的だった。
しかも今になっても、その体質はほとんど変わっていない。
どこかで日本があの戦争を反省したとか、あるいは戦争責任を誰かに追及したというので
あれば、話はわかる。
そうした事実がまったくないまま、杉原副領事のした行為をたたえるというのは、「今の日
本人と戦争をした日本人は、別の人種です」と言うのと同じくらい、おかしなことなのだ。

●日本はだいじょうぶか?

 そこでこんな仮定をしてみよう。仮に、だ。
仮にこの日本に、100万単位の外国人不法入国者がやってくるようになったとしよう。
そしてそれらの不法入国者が、もちまえの勤勉さで、日本の経済を動かすまでになったと
しよう。
さらに不法入国者が不法入国者を呼び、日本の人口の何割かを占めるようになったとしよ
う。
そしてあなたの隣に住み、あなたよりリッチな生活をし始めたとしよう。もうそのころに
なると、日本の経済も、彼らを無視するわけにいかない。
が、彼らは日本に同化せず、彼らの国の言葉を話し、彼らの宗教を信じ、さらに税金もし
っかりと払わないとする。
そのとき、だ。もしそうなったら、あなたならどうする? 
あなた自身のこととして考えてみてほしい。
あなたはそれでも平静でいられるだろうか。
ヒットラーが政権を取ったころのドイツは、まさにそういう状況だった。
つまり私が言いたいことは、あのドイツですら、狂ったということ。
ゲーテやシラー、さらにベートーベンを生んだドイツが、だ。
この日本が狂わないという保証はどこにもない。
現に2000年の夏、東京都の石原都知事は、「第三国発言」をして、物議をかもした。
そして具体的に自衛隊を使った、総合(治安)防災訓練までしている(2000年9月)。
石原都知事のような日本を代表する文化人ですら、そうなのだ。

●「日本の発展はこれ以上望めない」

 ついでながら石原都知事の発言を受けて、アメリカのCNNは、次のように報道している。

「日本人に『ワレワレ』意識があるうちは、日本の発展はこれ以上望めない」と。
そしてそれを受けてその直後、アメリカのクリントン大統領は、「アメリカはすべての国か
らの移民を認める」と宣言した。
日本へのあてこすりともとれるが、日本が杉原副知事をたたえるのは、あくまでも結果論。
チグハグな日本の姿勢を見ていると、どうもすっきりしない。
石原都知事の発言は、「私たち日本人も、外国で同じように差別されても文句は言いません
よ」と言っているのに等しい。
多くの経済学者は、2015年には日本と中国の経済的立場は逆転するだろうと予測して
いる。
そうなればなったで、今度は日本人が中国へ出稼ぎに行かねばならない。
そういうことも考えながら、この杉原千畝副領事によるビザ発給事件、さらには石原都知
事の発言を考える必要があるのではないだろうか。
(02−10−4転載)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●アパシーという重罪

 私はこの原稿を読みながら、改めてこう考える。

 いつの日か、福島第一原発の事故も、過去の一大事件として振り返られるときが
やってくるだろう。
そのとき、その事故処理で多量の放射線を浴び、犠牲になった人たちのことも振り返られ
るだろう。
「あの人たちのおかげで、私たちは、今、こうして無事でいられるのです」と。

 それはその通りだと思う。
しかしだからといって、今、私たちがもっているアパシーが、それで許されるというわけ
ではない。
もう少し辛らつな言い方をするなら、犠牲となった人たちに感謝する程度のことで、
私たちが今、犯しつつあるアパシーという重罪が、帳消しになるわけではない。

 杉原千畝副領事のビザ発給事件にしても、そうだ。
一方でドイツと手を組み、間接的であるにせよ、ユダヤ人の大量虐殺に手を貸し、
アジア地域で似たような虐殺事件を起こしてきた日本人。
軍人だけではない。
その周辺の日本人すべて。
そういう虐殺事件を見て見ぬフリをつづけた。
それがアパシー。

その同じ日本人が、杉原千畝副領事のビザ発給事件にしがみつく。
が、だからといって、私たちが犯したアパシーという重罪が、それで帳消しになる
わけではない。
さらに一歩進んで、もし杉原千畝副領事を称えるとしたら、それこそまさに偽善。
その前にやるべきことは、山のようにある。……はず。

 ……やはり今朝は、うまく原稿がまとめられない。
どこかバラバラ。
昨日書いた原稿が、とくによかったというわけではない。
ただこうも言う。
『釣り逃がした魚は大きい』と。
今は、そんな感じ。
「からっぽ感」は、今もある。

 ……しかしそれにしても、この罪悪感は、どこから来るのか。
原発事故の現場で事故処理に当たっている作業員の人たちのことを思うと、どうしても
気分が重くなる。
申し訳ないというより、罪悪感。
何か悪いことをしているという気分を、どうしてもぬぐい去ることができない。

 ……ということで、今日も始まった。
5月24日、肌寒い曇り空。
みなさん、おはようございます。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(注※)『ゆでガエル』(ウィキペディア百科事典より)

『ゆでガエル』

茹でガエル現象、茹でガエルの法則とは、ビジネス環境の変化に対応する事の重要性、困
難性を指摘するために用いられる寓話の一種。
『ウサギとカメの競争』などと同様、自然科学とは無関係である。

出典は不明だが、スタンレー・ホールによって1887年に紹介されており、英語圏で伝えら
れてきた古典的な警句と見られる。
要旨は「2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入
れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚
できずに死亡する」というものである。

およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに、暫時的な変化は万一それが致命的なものであ
っても、受け入れてしまう傾向が見られる。
(例えば業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず、低すぎる営業目標達成
を祝す経営幹部や、敗色濃厚にもかかわらず、なお好戦的な軍上層部など)。
(以上、ウィキペディア百科事典より転載)

(補記)

 ついでに、2000年ごろには、「2015年ごろ、日本と中国の経済的立場は逆転する
だろう」と言われていた(本文より)。
しかし実際には、2011年(今年)、日本と中国の経済的立場は逆転した。
予定より4年も早まったことになる。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【アパシー(冷淡性をともなった無関心)】

●無関心

 現在、福島第一原発では、500人から1000人近い、作業員の方たちが、
原発事故と闘っているという(週刊誌)。
すでに事故は、チェルノブイリ級にまで深刻な状態になっている。
1〜4号機を合わせると、500万キロワット弱。
チェルノブイリ事故で爆発した原子炉の、約5倍である。

 当然、これらの作業員の方たちは、相当量の放射線を浴びている。
一応防護服を着用しているということだが、中性子線になると、コンクリートの壁で
すら貫いてしまう。
とくに3号機は、MOX燃料といって、プルトニウムの混合燃料を使っている。
毒性では、ウランの比ではない。
その3号機もすでにメルトダウンし、溶けた核燃料が、原子炉から格納容器を
貫き、さらにその下まで落ちているという。
またそのあたりでは、2000ミリシーベルト(2シーベルト)の放射線が
観測されているという。
10シーベルトで、ふつう人間は、即死状態になるという。

 が、私たちはそういう作業員の方たちを、見て見ぬフリ。
これが「アパシー」である。
「冷淡性をともなった無関心」。
「だれかにやってもらわなければ……」というよりは、「だれかに犠牲になって
もらわなければ……」というふうに、考える。
そう考えて、自分はその問題から逃げてしまう。
そこに「人間」はいない。
つまり作業員の方たちを、同じ人間とはみていない。
が、これほどまでに残酷な心理状態が、ほかにあるだろうか。

●アパシー状態

 私はそのアパシーについて考えているとき、同時にこう思った。
「戦時中の日本人も、そうだったのかなア」と。

 多くの日本人が戦地で死んだ。
その数、約300万人。
同時に日本人は、多くの外国人を殺した。
その数、同じく約300万人。

 そういう事実を日々に感じながらも、多くの日本人は、自らを無関心にすることに
よって、戦争から逃げてしまった。
つまりアパシー状態になってしまった。
またそうでもしないと、自分の心を守ることができなかった。
仮に「戦争、反対!」などとでも言おうものなら、そのまま投獄。
ばあいによっては、処刑。
当時は、そういう時代だった。

●ゆでガエル

 『ゆでガエル』理論については、昨日、書いた。
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

「茹でガエル現象、茹でガエルの法則とは、ビジネス環境の変化に対応する事の重要性、
困難性を指摘するために用いられる寓話の一種。
『ウサギとカメの競争』などと同様、自然科学とは無関係である」(以上、ウィキペディア
百科事典)と。

 わかりやすく言えば、深刻な状況でも、少しずつ徐々に与えられると、その深刻さが
わからなくなってしまうということ。
つまり今の日本の現状が、それに当たる。

 あのチェルノブイリ事故が起きたとき、世界中が大騒ぎになった。
もちろんこの日本でも大騒ぎになった。
が、今、それと同程度、あるいはそれ以上の事故が、この日本で起きている。
へたをすれば、日本はこのまま本当に沈没してしまうかもしれない。
が、その深刻さが、イマイチ、私たちに伝わってこない。
というか、その深刻さが日々に薄れていく。
多くの日本人は、原子炉はすでに安定状態になったと信じている。

●残酷極まりないアパシー

 しかし私が書きたかったのは、このことではない。
頭の中にあったモヤモヤは、このことではない。
私はこう考えた。

 いつか、……10年後かもしれない。
20年後かもしれない。
そのとき現在の事故を反省するときがやってくる。
そのとき、日本人は、現在「犠牲になりつつある」作業員の方たちを、どう評価する
だろうかということ。
あれほどまでの放射線を浴びながら、無事ですむはずがない。
多くの方が、晩発性の放射線障害で苦しむことになるかもしれない。
中には、それで亡くなる方も出てくるかもしれない。

 ありきたりな評価の仕方としては、感謝祭とか、あるいはもしそれで亡くなった方が
出れば、追悼式ということになる。
が、そんなことで、私たちが今もっているアパシーが、許されるかというと、私は
そうは思わない。
今、私たちが感じている、「だれかに犠牲になってもらわなければ……」という、
残酷極まりないアパシーが、それで許されるかというと、私は、そうは思わない。
またそんなことで許されては困る!

 そのアパシーと闘うゆいいつの方法があるとすれば、(1)私自身が現場に行き、
作業員の方を助ける、(2)作業員の方たちに、「あぶないから逃げなさい」と
言う、そのどちらか。

 が、その勇気は私にはない。
現場へ行き、即死はしないまでも、2シーベルトもの放射線を浴びる勇気はない。
また「逃げなさい」と言うのは簡単なこと。
が、そのあと原発はつぎつぎと爆発を繰り返すことになる。
結果、その被害は、日本を越えて、朝鮮半島から中国まで及ぶと言われている。
日本列島には、もちろんだれも住めなくなる。

 ……だから結局は、自らを冷淡にし、無関心にする。
「しかたない」と。

●偽善

 このことは、同時に、先の戦争にも、そのまま当てはまる。
私たちは今、あたかも日本人が平和主義者であるかのような顔をして、たとえば
世界に向けて平和宣言をしてみせたりする。
それはそれで尊いことかもしれない。
しかし私は、そこに「偽善の影」を見てしまう。

 もちろん戦争の犠牲になった人たちは、そうだろう。
「二度と戦争はいやだ」と思うのは、当然のこと。
しかし大半の日本人は、被害者ではなく、加害者だった。
侵略戦争に侵略戦争を重ね、多くの外国人を殺してしまった。
もちろん、国内にとどまり、直接は戦争に荷担しなかった人たちとて、無罪という
わけにはいかない。
見て見ぬフリ、知って知らぬフリを、重ねていた。
それがアパシーである。
ある意味で、戦場にいる兵士たちより、罪は重かったかもしれない。
自分は安全地帯にいて、戦場で戦う兵士をたきつける……。

 今の私たち(それとも「私」?)が、そうだ。
浜松市という、今のところ原子炉事故とは無縁の世界にいて、「だれかに犠牲になって
もらわなければ……」と、平気で考える。

●何が反省か!

 だからこうも思う。
いつか、今の事故を反省するときがやってきたとき、事故そのものよりも、反省すべき
点は、このアパシーということになる、と。
私たちは今、「だれかに犠牲になってもらわなければ……」と考えている。
そのアパシーこそ、反省すべき。

 どうして人は、これほどまでに残酷になれるのか。
また残酷であることが、許されるのか。
言い換えると、今、この時点でアパシーと闘わずして、何が反省かということになる。
事故が無事収束し、感謝祭を開くにしても、また犠牲になった方が本当に出て、その
追悼式を開くにしても、(無論、そんなことはあってほしくないが)、本当に反省
すべきは、このアパシーということになる。

●本当に、そうか?

 言い換えると、先の戦争にしてもそうだ。
私たちが今、責めるべきは、「戦争」そのものよりも、それを裏で支えてきた
「アパシー」ということになる。
「冷淡性をともなった無関心」。

 さらに言い換えると、今、アパシー状態にある人が、どうして「戦争、反対!」などと、
偉そうなことが言えるのかということになる。
原発事故にしても、そうだ。
被災地の人たちは、さかんに、「国が……」「国が……」という。
「原発事故は、国の責任」と。

中には、「私らは、何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな目にあわなければ
ならないのだ」と、テレビの画面に向かって叫んでいる人もいた。
が、本当に、そうか?

被災者の人たちの気持ちもよくわかる。
このまま事故が拡大すれば、(あるいは作業員の方たちが原発から逃げ出してしまえば)、
私たち自身も、その被災者になる。
そういう立場でものを考えると、どうしても、「本当に、そうか?」ということになる。

●大罪

 私たちは、今、意識の向こうで、(無意識のままとは言わないが)、大きな許される
ことのない大罪を犯しつつある。
その大罪をさておいて、「国が……」「国が……」と、国の責任になすりつけるのは、
むしろ卑怯というもの。

 私もそうだったが、今回こうした事故が起きてはじめて、放射線の恐ろしさを、
身をもって知った。
「ベクレル」「シーベルト」「キュリー」という単位も知った。
同時に原子力発電所のもつ危険性も知った。

 が、そのどれも、知ろうと思えば、知ることができたものばかり。
知らなかったのは、無知というとりは、無学。
無関心。
県によっては巨額の交付金がほしくて、むしろ原子力発電所を誘致していたところもある。
そういう事実をさておいて、「私ら何も悪いことを……」とは、とても言えない。

●ユダヤ人虐殺

 この浜松市も、近くに浜岡原子力発電所をかかえている。
外国人がみなあきれるほど、危険な地帯に、それはある。
予想される大地震。
活断層。
で、私は、こう考える。

 もし地震、あるいは津波によって、浜岡の原子炉が破壊されたとしても、私は言わない。
「私ら何も悪いことを……」とは!

 アパシーであること。
それ自体が、先にも書いたように、大罪なのである。
その一例として、昨日、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺事件を取りあげた。
実のところ、当時のドイツ人たちはみな、うすうすではあるにせよ、同じ仲間のドイツ
人が、ユダヤ人を虐殺していることを知っていた。
知っていたにもかかわらず、冷淡性をともなった無関心を装った。
直接的には手をくださなくても、それ自体が大罪なのである。

●何をか言わんや

 私たちは今、アパシーの状態にある。
原発事故の現場で、作業をつづけている作業員の方たちの危険性を知りながら、
「私だけは……」と、安全な地域に身をおき、無関心を装う。
つまりそれ自体が、「悪いこと」なのである。
そういう大罪を犯しつつ、あとになって、「私ら何も悪いことをしていないのに……」
とは、私なら、とても言えない。

 そう言えば、ある県の県知事はこう言っていた。
「国に裏切られた」と。
原発誘致推進派の知事として知られていた人物である。
私はそれを聞いたとき、「何をか言わんや」と思ってしまった。
「裏切られた」と騒ぐ前に、自分自身の無学を恥じるべき。
それまで受け取った、巨額の交付金を叩き返すべき。
その知事はテレビに向かって、こう言っていた。
「原発には、3700億円の経済効果があります」と。

 交付金のことを言ったのかどうかは知らない。
しかし3700億円!
当然、原発周辺に住む人たちは、今の今も、その恩恵を受けているはず。

●無念!

 現に今、被災者となって苦しんでいる人がいる。
そういう人たちを責める気持ちは、毛頭ない。
原発事故だけは、明日は我が身。
地域だけの問題ではない。
放射線はDNAにまで影響を与え、その後遺症は、この先、何世代にもわたってつづく。
すでに私たち自身が、被災している。

 当然のことながら、責められるべきは、政治家、ゼネコン、官僚。
これらが三つ巴となって、原子力政策を推し進めてきた。
この先、これも明確になってくるだろうと思うが、その底流を支える金儲け主義が、
今回の事故を引き起こした。
当然のことながら、タダでは済まない。
しかし同時に、私たちが今、もっているアパシーも、責められるべき。
タダで済ませてはいけない。

 安易な欲望に溺れるまま、つまり電気を使い放題使いながら、今になって、原子力
発電は必要なかったとは、とても言えない。
少しでも自分に恥じる謙虚さのある人なら、なおさらそうだろう。

 ……まだ何か、頭の中でモヤモヤしたものが残っている。
何だろう?
すべてを吐き出したわけではない。
何だろう?

 あえて言うなら、「虚しさ」ということになる。
「無念」でもよい。

 今回の原発事故を総じてみると、(もちろん3・11大震災もそうだが)、
ただただ無念でならない。
どうしてこういう事故を引き起こすことになってしまったのか。
それを考えると、ただただ無念でならない。

 それがいまだに、頭の中にモヤモヤとして残っている。
このモヤモヤだけは、文にして叩き出すわけにはいかない?

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 福島第一原子力発電所 事故 アパシー はやし浩司 apathy論 アパ
シー論 冷淡性 無関心)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【年長児(大半が5歳児)・数の遊び】

新年長児に、数(1〜100)を教えてみました。年長児だから、順に簡単なところから
……というような考え方は、おかしいですね。子どもたちのもつ知識欲とエネルギー。そ
ういうことも、このビデオを通して、知っていただければ、うれしいです。5歳という新
年長児を、50分前後のレッスンに引きつけておくのは、たいへんなことです。リズミカ
ルに、テンポの速いレッスンに心がけました。大切なことは、子どもたちの頭を「熱くす
ること」。それがそのまま知能教育につながります。


(1)

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(2)

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(3)

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(4)

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(はやし浩司 2011−05−20)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 年長児 幼児 幼児教室 幼児教育 知恵 知能教室 はやし浩司 
知能教育)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【損得論】


●山荘にて


5月末。
山荘に、ベストシーズンがやってくきた。
野生のジャスミンが咲き誇り、野いちごが赤い実をつける。
空には、もちろんホトトギス。
終日、トーキョートッキョ、キョカキョク……と鳴きながら、
空を舞う。


●野生のジャスミン


今日は、夜中に、山荘に着いた。
甘い香りが、厚い層となって、ゆっくりと全身をやさしく包む。
歩くのをやめ、そのまま深く息を吸い込む。
気温は21度。
車をおりるとき、外気温度を見たら、21度だった。
クーラーの設定温度より低かった。


 湿った冷気が心地よい。
空を見上げると、低い雲が町の明かりを受けて、ぼんやりと光っていた。
先週来たときには、満天の空に星々がまばたきもせず、輝いていた。
台風一過の、その翌日のことだった。


 見ると、ワイフが車から荷物をおろし終えるところだった。
私は土手にライトを向けた。
野いちごが、そこにあるはず。
先週来たとき、ワイフがこう言った。
「来週あたりが、食べごろね」と。


●野いちご


 野いちごが袋に一杯になった。
それをもって居間へ行くと、ワイフが驚いた。
「そんなにたくさん!」と。


 得意げな気持ちを抑えながら、私はだまってコタツに入る。
パソコンを並べる。
テーブルの上に散っていたミニコプター(おもちゃのヘリ)を、並べなおす。
ワイフが注いだ、ミネラルウォーターを飲む。


「生きていてよかった」と。
少し大げさな感じがしないでもないが、そう思った。
そこで損得論。
人は何をもって、損といい、得というか?


+++++++++++++++++++++++++


 ふつう「損・得」というと、金銭的な損得をいう。
しかし何も金銭的な損得だけが、損・得ではない。


時間的な損得論もある。
健康的な損得論もある。
心のつながりの損得論もある。
「人間的な損得論」というのが、それ。
しかし何が損か、得かということになれば、精神的な損得論。


 精神的に「損」をすれば、人生、すなわち命そのものを、
無駄にすることになる。


++++++++++++++++++++++++


●時間的な損得論


 「時間は財産である」。
が、若い人にこんなことを言っても、理解されないだろう。
時間は無限にあるように思っている。
10年後も、20年後も、今のまま・・・と考えている。


 自己中心性の強い中学生だと、こう言う。
「ぼくは、歳を取らない」と。
中学生や高校生でも、そう考えている子どもは、少なくない。
I君(高校男子)も、こう言った。
「ジジイのような役立たずは、早く死ねばいい」と。
そこで私が、「君だって、やがて歳を取って、ジジイになる」と言うと、こう言った。
「ぼくはそれまでにうんとお金を稼いでおくからいい」「だれにも迷惑をかけない」と。


 が、時間はけっして無限ではない。
わかりきったことだが……。
しかも皮肉なことに、加齢とともに、時間が過ぎるのが、加速度的に早くなる。
脳のCPUの働きそのものが、遅くなる。
鈍くなる。


 私は・・・時間というのは、金の砂時計のようものと思うことがある。
金銭的な価値に例えているのではない。
それくらい貴重、……という意味で、「金の砂」に例える。
それが絶え間なく、サラサラと下へ、下へと流れていく。
もちろん流れ切ってしまえば、寿命は尽きる。


 そこで「浪費」。
少し前、こう書いた。
「パチンコなどで、一日をつぶしている人は、時間を無駄にしている」と。
中には、娯楽としてパチンコを楽しんでいる人もいる。
娯楽は娯楽。
仕事の合間の息抜き。
だからみながみな、無駄にしているとは思わない。


 もしパチンコを否定してしまったら、魚を釣るのも、映画を観るのも、無駄と
いうことになってしまう。
私だって、旅行先では、何もせずぼんやりとしていることが多い。
が、ことパチンコとなると、話は別。
私には、できない。
1〜2時間、無駄にしたと思っただけで、「しまった!」と思う。


 残された時間は、みな、同じ。
要は過ごし方の問題ということか。


●健康的な損得論


 健康的な損得論といえば、第一に思いつくのが、運動と食事。
たとえば寒い朝、ジョギングに出かけるのはつらい。
しかしその(つらさ)に負けていたのでは、健康にはなれない。
「なれない」というよりは、維持できない。


 寒い朝、寝床の中で時間をつぶすのは、「損」ということになる。
一方、一見「損」に見える運動だが、運動した方が、「得」ということになる。
だからときどきビルのエスカレーターに乗りながら、こう思う。
「歩いたほうが、得なのに……」と。


 が、問題は「食事」。


 最近はホテルや旅館などでは、どこでもバイキング料理というのが、ふえた。
あのバイキング料理。
食べなければ、損なのか?
それとも食べたら、損なのか?


 私のばあい、いまでも、それに迷う。
迷うが、結局はいつもより食べ過ぎてしまう。
が、結果からみると、食べ過ぎることのほうが、「損」。
歳を取れば取るほど、体の機能が微妙になる。
少し油断をすれば、すぐ肥満。
糖尿病にもなる。
ほかにもいろいろ。
病気の種類だけでも、分厚い家庭医学書ほどもある。


 だから私のばあい、いつもこう問いかけながら食べる。


「食べたら損ねるのか?」「食べなければ損ねるのか?」と。


●人間的な損得論


 人間は社会的な動物である。
社会、つまり人との関わりをもって、はじめて人は人でありえる。
人と隔絶された世界で、たったひとりで生きたとしても、生きたことにはならない。
これはあくまでも極端なケースだが、たとえば猿だけが住む猿が島に、ひとりで
住むようなケースを空想してみればよい。
あなたはそのとき「人」でいられるだろうか。
猿たちを相手に、幸福で満ち足りた生活を送ることができるだろうか。


 たとえば私もこうして今、ひとりでものを書いている。
たったひとり?
しかしやがてすぐこの文章は、ネットにのって、全世界に配信される。
そこで人とのつながりが、できる。


 当然のことながら、(こう決めてかかるのも危険なことだが)、人間関係は、幅広く、
豊かであればあるほどよい。
もちろん密度の問題もある。
つまらない友人が100人いたところで、心の隙間を埋めることはできない。
ある賢人はこう書き残している。


「歳を取ったら、少数の人と、親密に交際した方がいい」と。


 いろいろな考え方があるようだが、人間関係そのものは、貴重な財産である。
もちろん金銭的な意味で、そう言っているのではない。
友や親類、近親の人をなくすのは、「損」ということになる。
わかりやすく言えば、「理解しあえる相手」こそが、財産ということになる。
その数が多ければ多いほど、「得」ということになる。


●精神的な損得論


 若いころ、こんな話を聞いた。
生徒の家の近くに、80歳前後になる女性が住んでいた。
(年齢は記憶による。)


 その女性は、近所で花の植木鉢を盗んできては、自分の家にそれを並べていたという。
私はその話を聞いたとき、頭の中で思考がバチバチとショートするのを覚えた。
理解できなかった。
「花を楽しむという美しい心と、ものを盗むという醜い心は、衝突しないのか」と。
ほかのものならともかくも、「花」である。
美しい花である。


 この話は私の心に中にずっと残った。
そして今は、こう思う。
「花を盗むことで、人は回り道をすることになる」と。


 話を少し飛躍させてしまった。
私がここで書きたいことは、こういうこと。


 人はいつも何かの目標に向かって生きている。
真・善・美がその代表的なものだが、ほかにもある。
その目標に向かって生きている。
そのとき、自分の心を偽ることは、それ自体が回り道になる。
しかも一度、回り道をすると、そこで「得?」をした分の、何倍も「損?」をする
ことになる。


 たとえば先の女性のばあい、花の植木鉢を盗んだことにより、一時の得(?)を
するかもしれない。
しかしその分だけ、人生の目標からはずれることになる。
たとえば一度醜い心に染まってしまうと、それを消すのに、何倍もの時間がかかって
しまう。
つまり損(?)をする。


 これが精神的な損得論である。


●寛大


 それぞれの損得論は、それぞれ別のものに思う人もいるかもしれない。
私もそう思っていた。
が、人間の脳みそは、それほど器用にできていない。
一部が全部、全部が一部と、それぞれ関連しあっている。


 たとえば私は若いころ、金銭的な損得に、かなりシビアだった。
そのつど敏感に反応した。
が、以来30〜40年?
自分の人生を振り返ってみても、金銭的な意味で「得」をしたということは、
ほとんどない。
損ばかりしていた。


 最初は10万円単位だった。
それが100万円単位になり、そのあとさらにふえた。
が、それに慣れると、そのうち、金銭的な損がどうでもよくなってしまった。
・・・というか、免疫性ができ、寛大になった。


 が、ほかの面に寛大になったというわけではない。
金銭的な損得論から解放されることによって、それまで見えなかった損得論が
見えるようになった。


 ここに書いた、時間的な損得論、健康的な損得論、人間的な損得論、精神的な
損得論が見えるようになった。
わかりやすく言えば、金銭的な損を重ねるうち、「損」というものが、どういうものか、
それがよりよくわかるようになった。
「何をもって、私たちは損というか?」と。
そしてその反射的効果として、何が「得」なのかも、よくわかるようになった。


●時間的な損


 時間的な損と言えば、くだらないテレビが、あげられる。
もっとも私の年齢になると、あのバラエティ番組を見る人は少ない。
少ないが、その一方で、どうしてあんな番組が、人気があるのか、私にはよく理解
できない。
それなりに意味のあること(?)をまぶしてはいるが、まさに情報の羅列。
洪水。
それを見る人にしても、見ては覚え、そして覚えては忘れる。
それを繰り返している。


 が、これを繰り返していると、思考力そのものが衰退してしまう。
自分の力で考えることができなくなってしまう。
言うなれば情報中毒。
その情報中毒が、こわい。


バカになりながら、自分がバカになっていることにさえ、気がつかない。
よい例が、バスや電車の中で、大声で話し立てるオバチャンたち。
もし今度そういうオバチャンたちを見かけたら、どんな話をしているか、
少し耳を傾けてみたらよい。


(1)脳に飛来した情報を、そのまま話しているだけ。
(2)話の内容が、どんどんと変化していく。
(3)世俗的な世間論のみで、議論による深まりがない。
(4)発展性もなければ、創造性もない、など。


 つまり時間を無駄にしているだけ。
せつな的な時間つぶしをしているだけ。
話しては忘れ、話しては忘れ、それを繰り返しているだけ。
もっと辛らつな言い方をすれば、口の運動をしているだけ。


●健康的な損


 健康的な損といえば、第一にあげられるのが、喫煙。
高額な税金を払い、病気を買っているようなもの。
タバコにしても、「吸っている」のではなく、タバコに「吸わせられている」。
自分の意思で吸っているのではない。
吸わせられている。


 結果、喫煙は健康のあらゆる面に、影響を与える。
病気を引き起こす。
がんを例にあげるまでもない。


 要するに、肉体というのは、だらしなく、怠けもので、誘惑に弱いということ。
そういう前提で、自分の肉体を考える。
もう少しわかりやすく例えると、あなたの脳みそは、経営者。
肉体は言うなれば、労働者。
文句ばかり並べて、働こうとしない労働者。
だからあなたは自分の肉体に向かって、こう叫ぶ。
「働け!」と。


 それが健康につながる。
つまり「得」。


●最大の損


 最大の損といえば、当然、「死」ということになる。
人は死ぬことで、すべてを失う。
名誉も地位も財産も、そして命すらも。


 あのホーキング博士は、最近、こう言っている。


『天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎない』と。


 天国はあるのか、ないのか。
本当のところは、私にもわからない。
わからないが、「天国はない」という前提で私は生きている。
「死んでみて、あればもうけもの」と。


 が、ホーキング博士は、「そんなものは、ない」と。
わかりやすく言えば、死は、「コンピューターが壊れたような状態」(ホーキング
博士)という。
「私」どころか、死ねば、この宇宙もろとも、消えてなくなる。


 そんな損……それを「大損」というのなら、大損でもよい。
そんな大損を前にすれば、目の前の損など、どれもささいなもの。
が、ここで誤解してはいけない。


 だから人生は虚しいとか、つまらないとか言っているのではない。
その逆。
私たちはかぎられた時間の中で、懸命に生きる。
生きながら無数のドラマを残す。
ときに運命にさからい、土俵の間際で足をふんばる。
そこに人が生きる意味があり、価値がある。


 あのトルストイもこう書いている。
『(人間の最高の幸福を手に入れるためには)、ただひたすら進むこと。生きること。愛するこ
と。
信ずること』(『戦争と平和』・第五編四節)と。


 ホーキング博士も同じようなことを書いているのは、たいへん興味深い。
『(重要なことは)、自らの行動の価値を最大化するため努力すべき』と。
わかりやすく言えば、とにかく懸命に生きろ、と。


●『自らの行動の価値』


 ホーキング博士は、「自らの価値」とは言っていない。
「自らの行動の価値」と言っている。
そこがすごい。
「行動の価値」である。


 人はただ生きているだけではない。
何かの行動を繰り返している。
その行動の価値を「最大化するため努力すべき」と。


 反対の例で考えてみると、ホーキング博士の言わんとしている意味がよくわかる。


 たとえば近所にこんな老人(80歳くらい)がいる。
彼は毎日時刻表に沿って、生活をしている。
恐ろしく時刻に正確な人で、近所の人たちは、みなこう言っている。
「あの人の姿を見ると、時刻がわかります」と。


最近は少し元気がなくなってきたようだが、一日中、裏の畑の世話をしている。
家の横には、花木も10本近く、ある。
が、訪れる人もいない。
その季節になると、花木は美しい花を満開させる。
もちろん、それを見る人はいない。


 で、考える。
「彼の行動に価値はあるかないか」と。
答は、「NO!」。


 その老人の生き方の中で、何が欠けているかといえば、「価値を高める」という
努力である。
平たく言えば、自分の欲望のおもむくまま、好き勝手なことをしているだけ。


価値の高め方には、いろいろあるだろう。
新種を開発するのもよし、他人を楽しませるのもよし。
絵を描いたり、写真を撮って、それを発表するのもよし。
花の育て方の本を書くのもよし。
それが即、生きる目的ということになる。
私たちがなぜ、ここに生まれ、ここにいるかという答ということになる。


●老後のテーマ


 私たちはこの年齢まで、生きてきた。
「息(いき)てきた」のではなく、「生きてきた」。
が、その中身といえば、「行動してきた」。
その結果、多くのものを失い、同時に多くのものを得てきた。


 が、もう無駄にできるものはない。
失ったものは、しかたない。
過去を振り返り、愚痴を並べても、しかたない。
大切なことは、今、ここにあるものの価値を、最大限高めること。


 時間的価値、健康的価値、人間的価値、そして精神的価値。
そのつど、何が大切で、何がそうでないか。
もっとわかりやすく言えば、何が得で、何が損か。
それをそのつど考えながら、行動する。
それが結果として、行動の価値を高める。


 そこで最後の命題。


 が、「ただ高めるだけでは足りない」。
ホーキング博士は、「最大限」という言葉を使っている。
同時に「努力」という言葉も使っている。
ぐうたらな生活を繰り返していたのでは、行動の価値を高めることはできない。
仏教の言葉を借りるなら、ただひたすら精進(しょうじん)あるのみ。
つまりその(きびしさ)こそが、人生を光り輝くものにする。
またそれにまさる「得」はない。


 ……ということで、久々に、改めて損得論について書いてみた。


 ワイフは、横で寝支度にかかり始めた。
私はボサボサになった髪の毛のうしろを指でかきながら、こう言う。
「どうしようか?」と。
それに答えてワイフは、こう言う。
「明日の朝にしましょう」と。


 時計を見ると、12時を過ぎていた。
風呂に入るのは、「明日の朝」にする。


 窓を開けると、網戸を通って、相変わらずジャスミンの甘い香りが、
部屋の中にサーッと入ってきた。


 少し眠くなった。
疲れた。
では、みなさん、おやすみ!


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 損得論 損とは何か 得とは何か)
2011/05/22


【補記】


 懸命に生きて、その先に何があるか?
それは私にもわからないし、だれにもわからない。
1人の人間の寿命が、1000年に延びてもわからないだろう。
大切なことは、1歩でも2歩でも、あるいは半歩でもよい。
その(何か)に近づくこと。

 
 が、このとき2つの考え方があるのがわかる。
「どうせ何があるかわからないなら、はじめからあきらめ、人生は楽しんだほうが
よい」と考える考え方。
昔、私の知人も、そう言った。


 「林君(=私のこと)、どんなに偉くなっても、人は死ねばおしまいだよ。
首相の名前だって、10年は残らない。だったら、今は、楽しく生きるのが
いい。苦労して首相になっても、意味はないよ」と。


 それから20年近く、彼のその言葉がときどき私の頭の中を横切る。
が、それほど悪魔的な言葉も、そうはない。
生きる力そのものを、後ろへ引く。
後退させる。
「損」を「損」とその人にわからせないまま、つまりだましながら、その人を
後退させる。
だから悪魔的。


 首相にしても、「首相になるかどうか」は、あくまでも結果。
(もちろん首相という地位を求めて首相になる人もいるだろうが……。)
大切なことは、そういうことには構わず、自分の道を進むこと。
だからもし今、その言葉を聞いたら、私はこう言い返すだろう。


 「君は、そういうふうに考えることによって、大きな損をしているのだよ」と。



Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【年中児(4歳児)・数の学習】(1〜30まで数えてみよう)

+++++++++++++++++++++

年中児(つまり大半が4歳児)のレッスンです。

レッスンを始めてから、ほぼ2か月がすぎました。
今日のテーマは、「数」。
「1〜30まで数えてみよう」です。

年長児(5歳児)と同じ教材を使いますが、年中児は
約3分の2程度のところで、時間切れ。
また全体に、(当然のことですが)、年長児のレッスンの
内容よりは、浅くなります。

今日は3歳児のY君が見学にやってきました。
1時間、座ってくれていたのには、驚きました。
この年齢の子どもには、座っているというだけでも、
たいへんな作業です。

最初は穏やかに導入し、徐々に盛り上げていくという
手法を、今回は使ってみました。
10分後には、みな、ワイワイと大声を出すように
なりました。
その変化をどうかご覧ください。

+++++++++++++++++++++

(1)

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(2)

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(3)

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(4)

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(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 年中児 幼児教室 数の学習 4歳児の数 幼児教育)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【NPR HEALTH BLOGより】

National Public Radio(USA)


++++++++++++++++++

放射能の測定は、簡単ではない。
場所、測定の仕方、放射線の種類などに
よって、大きく数値が変化する。

多くの市民有志が測定結果を、ネット上に
公開している。
しかしそれが集合され、信頼性のおけるデータと
なるためには、いくつかの関門がある。

市民団体による放射線測定について。
NPRは、私たちにつぎのような注意を
促している。

++++++++++++++++++ 

Citizen Scientists' Crowdsource Radiation Measurements In Japan

日本の市民科学者有志による放射線測定について



Marcelino Alvarez was getting frustrated and a little paranoid last week as he watched 
news reports about radiation levels in Japan and plumes drifting across the Pacific. 
"There were a lot of talking heads speculating about how this could happen or that 
could happen," says Alvarez, a Web developer, news friend and allー
around data junkie. "But not a lot of facts."
いろいろな議論がなされ、データが集められているが、「事実」でないものも多い。

Alvarez got an idea: Enlist an army of citizen scientists to buy Geiger counters ー
they're advertised online for several hundred dollars - and send radiation 
measurements to a website for posting and continual updating.
ひとつの方法として、ガイガー測定器をより多くの市民科学者に購入させ、それをウェブ
サイトに送り、そのつど、更新させる。
  
"We thought there was something noble to the notion of having people purchase their 
own detection devices and post data," Alvarez says. "The word 'crowdsourced' has been 
used to describe this."
人々に検知器を購入させることはよいことと思った。
「集団で測定する」ことには意味がある。

By last Saturday the Portland, Ore.-based group launched a website called RDTN.org 
- "radiation" without the vowels - and began putting up data on a map of Japan. Last 
we checked there were 100 or so data points from citizen scientists, official Japanese 
sources, and a data-aggregating site called Pachube.
で、アメリカでそうした測定結果が、ウエブ上に公開された。

Is this a good idea? Or the latest example of garbage in producing garbage out?
There's no question crowdsourcing is a great way of finding out what's going on in 
real time by aggregating the input of lots of people in Tahrir Square,Tehran or 
Benghazi. But what about technical data, of the sort measured in sieverts? Might that 
require some expertise of a kind citizen scientists shouldn't be assumed to have?
みながデータをもちよるということは、ケースによってはよいことだが、しかし放射能測
定については、どうか。
測定するにも、ある程度の専門的知識と経験が必要である。

I put the question to a couple of experts in radiation detection and analysis.
Kim Kearfott, a professor of nuclear engineering and radiological science at the 
University of Michigan, sounded notes of caution. "Radiation detectors sometimes can 
read very high and sometimes very low," she told Shots. "It depends on the proper
 calibration. The device should be calibrated to the type of radiation energy it's 
going to be exposed to."
で、何人かの専門家に聞いてみた。
結果、放射能測定値というのは、測定の仕方によって、高く表示されたり、低く表示され
る。
また放射線の種類によっても、測定値は違ってくる。

In addition, there's a lot of variation in background radiation in the environment, 
influenced by such things as altitude, rock outcroppings or mining operations, even 
nearby hospitals that do radionuclide testing.
測定する高さ、岩盤のあるなし、あるいは近くに病院があるかないかなどによっても、影
響を受ける。

"Perhaps most importantly," Kearfott says, "radiation detectors can become 
contaminated. If they do, they will give you very, very high spurious readings."
Keafott's all for "as much monitoring as possible," she told us. "But one must 
interpret the radiation reports on RDTN.org rather skeptically."
そうした測定値だけを集めて、公表すると、まちがった情報を広めてしまうことになる。

The other expert is Evan Douple, associate research director of the
 Radiation Effects Research Foundation in Hiroshima, which has been monitoring the 
health of atom bomb 
ssurvivors for six decades. He agrees that calibration of off-the-shelf radiation
 detectors is "a big factor" in getting meaningful data.
放射線の測定値は、とくに岩礁、岩盤の影響を受けやすい。

"On the other hand," Douple says, "if the network becomes widespread, it could provide 
indications of hot spots or potential plumes or interesting activities. So it could 
be interesting, depending on how it's analyzed."
ネットワークが広がれば、「ホット・スポット」がどこにあるかはわかるだろう。
要は、分析の問題ということになる。

So far RDTN.org hasn't turned up any hot spots. But the network is still small. 
Expanding it quickly may be a problem, as Alvarez, the mastermind, acknowledges. 
There's been a run on handheld radiation detectors, so they're not so easy to get 
- even if lots of people could be persuaded to shell out a few hundred dollars to 
join the team.
今のところネットワークは小さく、ホットスポットがどこにあるかわかっていない。
仮により多くの人が、放射線探知機をもったとしても、簡単なことではない。

"If we could get these devices cheaper and more dependable, it could be a network 
for radiation detection," Alvarez says. "We're nowhere near that level of 
sophistication. It most certainly is a work in progress and it's still too early to 
assess it."
今のところ「進行中」。
検知器が安価になり、より広がればネットワークでつながれ、集められたデータは、信頼
性のおけるものとなるだろう。
今のところ、それを公表するのは、まだ時期尚早ということになる。
(以上、NPR Health Blog より)



Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【National Public Radio(USA)の記事より】

●子どもの睡眠時間と肥満

iStockphoto.com 
Kids who don't get enough sleep face a greater risk of being overweight or obese. But being 
overweight could also be causing the sleep problems, making it hard for children to stay 
awake and alert during the day.
じゅうぶんな睡眠時間をとっていない子どもは、肥満あるいは体重超過の危険と直面する
ことになる。また体重超過は、睡眠障害を引き起こす。たとえば日中、眠気に襲われたり
する。

Researchers at Pennsylvania State University were looking for risk factors for daytime 
sleepiness in kids. To their surprise, they found that sleep-disordered breathing, a common 
problem that can range from snoring all the way up to sleep apnea, wasn't the biggest risk 
factor.
日中、眠気を催す子どもについて、ペンシルバニア州立大学の研究によれば、驚いたこと
に、いびきなどの睡眠呼吸障害などは、それほど深刻な問題ではないことがわかった。

Instead, it was obesity, followed by mood disorders like anxiety and depression, and 
asthma.
そのかわり、不安やうつ(気分の落ち込み)のような、気分障害による肥満や、ぜんそく
が原因であることがわかった。
  
That's a bit of a wake-up call to parents, because sleep-disordered breathing is often cited 
as a cause of ADHD-like behavior problems in children, based on the notion that a sleepy 
kid can't pay attention in school. 
日中眠気に襲われる子どもは、集中力に欠けるということもあり、睡眠時呼吸障害が、た
とえばADHD児の原因として考えられることもある。

The most common treatment: tonsillectomy. A sleep-disordered breathing diagnosis is now 
the most common reason for tonsillectomy in children.
もっともありふれた治療法としての扁桃腺摘出手術:
睡眠時呼吸障害が診断されると、子どものばあい、扁桃腺摘出手術が、もっともありふれ
た治療法となっている。

But tonsillectomy isn't without its risks, says sleep specialist Edward Bixler, a professor of 
psychiatry at the Penn State Milton S. Hershey Medical Center. He's one of the authors of 
this new study, published in the current issue of Sleep.
しかし扁桃腺摘出手術では、ない。

There's considerable research linking lack of sleep in young children and adults to increased 
weight.
子どもに限らずおとなも、睡眠不足と体重増加には、有意の関連性がみられる。

 For example, infants and toddlers who slept less than 10 hours a night were more likely to 
become overweight or obese within 5 years, according to a report last fall from researchers 
at the University of Washington.
たとえばワシントン大学の研究によれば、睡眠時間が10時間以下の幼児は、5年以内に
体重増加になりがちであることがわかっている。

Naps don't make up the sleep deficit. Another 2010 study found that teenage boys who 
stayed up late playing video games or texting were more likely to be overweight or obese. 
But sleep had little effect on weight for girls.
昼寝をしたからといって、睡眠に悪影響を与えるわけではない。
2010年の研究によれば、夜遅くまで起き、テレビゲームをしたり試験勉強をしている
子どもは、体重増加や肥満になる傾向がみられる。
が、女子のばあい、睡眠は、ほんとど体重には影響を与えない。

But quite a few of those studies rely on self-reports of sleep, or reports by parents. They 
can 
be subjective. Bixler's group observed the children overnight in a sleep lab. 
多くは親からの報告などであったりして、主観的なものである。
そこでBixlerたちは、睡眠研究所で、子どもの観察をした。

They also arranged for extensive medical workups. Of the 508 children ages 5 to 12 years 
old, 15 percent of them had "excessive daytime sleepiness." 
日中眠気を訴える5歳から12歳までの、508人の子どもについて、集中的に観察した。

That was most strongly associated with being overweight or obese. Kids taking asthma 
meds, those reported to be anxious or depressed by a parent, and those said to have 
trouble sleeping at night by their parents were also risk factors.
これらの子どもは、かなり体重超過と肥満傾向をともなっていた。
ぜんそくの薬を服用している子どもは、睡眠障害を起こしやすい。
その原因として、両親による不安や抑鬱感、また両親による睡眠障害なども報告されてい
る。

So which comes first, the weight problem or the sleep problem? That's impossible to know 
from this study, because it didn't look at cause and effect.
それ故に、どちらが先か。
体重問題か、睡眠障害か。
この研究では、どちらが先かということは言えない。
なぜならそれは双方ともに、原因であり、結果であるからである。

But it does suggest that parents might want to first consider weight loss, adjusting asthma 
meds, and treating a child's mood problems before getting a tonsillectomy.
しかしつぎのことは言える。
子どもの肥満を解決しようとしたら、ぜんそく治療を考え、扁桃腺摘出手術を考える前に、
子どもの(心の問題=MOOD)を治療すべきということになる。

"Sleepiness in children I'm sure is a very complicated factor, we're only touching on some of 
the issues here," Bixler told Shots. "A whole lot of things can influence your sleep. It's an 
extremely sensitive marker, but it's not very specific." In other words: "It doesn't tell you 
what 
the problem is. But it's clearly a red flag."
子どもの眠気は、複雑な要素が重なって引き起こされる。
日常のすべてのことが、睡眠に影響を与える。
眠気は、あくまでも結果。
言い換えると、それが問題というのではなく、それは何らかの病気の赤信号ということに
なる。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●The Other Big Deficit: Many Teens Fall Short On Sleep
もうひとつの大きな睡眠問題:10代の多くの子どもは、睡眠不足である。
  

The typical high school senior gets less than seven hours of sleep on school nights. But 
teenagers need a great deal more.

iStockphoto.com 
The typical high school senior gets less than seven hours of sleep on school nights. But 
teenagers need a great deal more.
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May 16, 2011 
Most high school students are chronically tired. They juggle school, sports, homework, 
chores, friends and family.
To meet all of these demands, surveys show, high schoolers usually stay up close to 
midnight on school nights. And then they have to get up early the next morning, typically 
around 6 or 6:30 a.m., to get to school on time, as most high schools start classes around 
7:30 a.m.
By Friday, most teens are very tired, says Dr. Helene Emsellem, a sleep researcher with 
George Washington University in Washington, D.C. And then comes the weekend.
Submit Your Sleep Questions
Got questions about teens and sleep? Submit them in the comments section at the bottom 
of this page by Tuesday at noon EDT. We'll pose some of them to Dr. Helene Emsellem and 
other sleep experts. Come back to NPR.org on Thursday to read their responses.
"Every parent of a teenager knows that if you try to get them up in the morning on the 
weekends, they're tired, grouchy, irritable and not the charming individuals that they're 
capable of being, because they're so exhausted," says Emsellem, a neurologist who also 
runs the Center for Sleep and Wake Disorders in Chevy Chase, Md. 
She says the typical high school senior gets less than seven hours of sleep on school nights. 
But they need a great deal more.
Growth Spurts Call For Sleep
"Most studies show a fairly consistent 9 1/4 hours sleep requirement," says Emsellem. "So 
there's a huge gap between what they're getting on an average school night and what they 
require."
An adolescent's biology bears some of the blame for this sleep problem. As teens progress 
through puberty, unprecedented growth occurs in body and brain that requires a lot of sleep.
In addition, something else is changing: The very brain chemical that makes one feel sleepy 
- a hormone called melatonin - is released later and later in the evening as teens get 
older.
Because of this shift in the onset of melatonin, teenagers don't feel sleepy until later at 
night, 
says Stephanie Crowley, a sleep researcher at Rush University Medical Center in Chicago.
"A 16- or 17-year-old might be able to stay awake later compared to a 10-year-old who 
will 
likely fall asleep on the couch watching TV," Crowley explains.
Accruing A 'Sleep Debt'
Most studies show a fairly consistent 9 1/4 hours sleep requirement. So there's a huge gap 
between what they're getting on an average school night and what they require.
- Helene Emsellem, neurologist at George Washington University and medical director of 
the Center for Sleep and Wake Disorders
When a teen's propensity to fall asleep later is coupled with the early-to-rise school start 
times, most high school students end up accruing a "sleep debt" of five to 10 hours by the 
end of a school week.
And teenagers' typical habits on the weekend create even more chaos in their sleep-wake 
cycle.
"What the majority of adolescents do is they will try to recover their sleep on the weekends,

Crowley observes. "And what usually will happen is they'll stay up late to socialize with 
friends and then sleep in in the morning."
But this sleep-wake pattern makes things worse for the teen, not better, Emsellem says.
"Even if you catch up by sleeping in late on your weekend mornings," she says, "by doing 
so, 
it makes it harder for you to fall asleep by 10 or 10:30 on Sunday night. And you start all 
over 
again, sleep restricted."
But Emsellem offers some suggestions for the weekends, based on her sleep research in 
the lab - and her personal experience of raising three daughters.
"As a parent myself, I feel like a criminal if I ask them to get up at 7:30 or 8 in the morning. 
But I do try to get them up by 9. And I encourage them to get some activity and some light 
exposure in the morning," she says.
Let There Be Not Much Light At Night
Light, Emsellem says, is a "drug that promotes wakefulness" in the morning, in the same 
way that darkness can promote sleep at night. In the evening, she recommends dimming 
and even turning off some lights in the house to minimize light exposure.
The teen should also try to make the transition to sleep time by taking a warm shower or 
doing some gentle stretching. Emsellem suggests that there be a lights-out time in the teen'

bedroom during the school week and that they try to stick with it.
But if the teenager gets into bed and turns out the lights but cannot sleep, Emsellem says, 
just lying there in bed doing nothing is just as frustrating for the teen as it is for an adult. In 
that case, electronics can be helpful if used carefully - for example, soothing music or an 
audio book. But she suggests limiting such sleep aids to 30 minutes.

Making The Case For Sleep
Emsellem wants teenagers to understand what sleep does for them every night.
"I think it's important for teens to recognize that during the day, they're gathering 
information," she says. "But they're really not learning it till they sleep on it."
Another tip for teens: no caffeine - including chocolate - after midafternoon. Emsellem 
says caffeine stays in a teen's system for at least six hours.
Experts also recommend naps. Over the weekend, an hour or so can help a teen catch up 
on sleep. During the school week, naps should be short - 20 to 30 minutes - and are best 
taken during study hall or a break before midafternoon. Otherwise, they could interfere with 
nighttime sleep.
Naps can be particularly helpful when teens have a test in the afternoon. "Studies have 
shown they'll do better on their test with a nap midday," Emsellem says.
There's another advantage to an early afternoon nap: Teens will then have more energy and 
concentration to power through homework later in the evening.

【以上、National Public Radio(USA)の記事より】

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 子どもの睡眠障害 居眠り 眠気 体重超過 肥満 睡眠と肥満 肥
満と睡眠 睡眠障害と喘息 ぜんそく はやし浩司 子供の睡眠 肥満)


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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【新小学1年生に、繰り下がりのある引き算を教えてみる】

++++++++++++++++++++++

今週は、小学1年生に、繰り下がりのある引き算を
教えてみました。

小学1年生の多くが、つまずく難所です。

++++++++++++++++++++++

(1)
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value="http://www.youtube.com/v/UgDFEe8_V5M?hl=ja&fs=1"></param><param 
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allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


(2)
<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/OBNukuZiu5I?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/OBNukuZiu5I?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


(3)
<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/cinL-OJ4iwA?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
src="http://www.youtube.com/v/cinL-OJ4iwA?hl=ja&fs=1" 
type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" 
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


(4)
<object width="425" height="344"><param name="movie" 
value="http://www.youtube.com/v/kARvQUlyn60?hl=ja&fs=1"></param><param name="
allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
value="always"></param><embed 
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(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 繰り下がりのある引き算 引き算 小学1年生)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【老後をどう前向きに生きるか】

++++++++++++++++

これからの人生を、どう生きるか。
いろいろ考える。
そのひとつ。

年を取ると、より無難な道を歩もうとする。
日々平凡を旨とし、冒険を避ける。
それはそれとして賢い生き方なのかもしれない。
しかしその一方で、そうした生き様は、自らが
もつ多様な可能性を、つぶしてしまう。
生き方そのものが、硬直化する。
型にはまってしまう。
それがその人の生き方そのものを、ジジ臭く、
ババ臭くする。

大切なことは、最後の最後まで、生き抜くこと。
「生きる」という緊張感を失わないこと。

年齢という「数字」に、惑わされてはいけない。
私は私。
あなたはあなた。
どこまでいっても、私は私。
あなたはあなた。

が、そうは言っても、「肉体」の問題がある。
体力、気力の衰えは、いかんともしがたい。
同時に、脳みそも、肉体の一部。
思考力も減退する。

++++++++++++++++

●可能性

 若いころは、それなりに可能性がある。
ときには、怒涛のように押し寄せてくる。
その分だけ、選択肢も多い。
だから迷う。
迷うから、そのつど選択に迫られる。

 が、年を取ると、可能性がしぼんでくる。
総じてみると、その人の生き様は、30歳前後に決まる。
そのころになると、輪郭がはっきりしてくる。
その分だけ、選択肢が少なくなる。
40歳になると、さらに少なくなる。
50歳になると、ほとんどといってよいほど、少なくなる。
それだけに失敗するのも、こわい。
そのため無難な道を選ぼうとする。

 さらに言えば、「平均余命」という言葉もある。
今度はそういう言葉が、前から迫ってくる。
「ゴール」というよりは、「先の見えない閉塞感」。
それが前から、迫ってくる。

今年、男性の平均余命は、80歳になった(2011)。
それで逆算すると、私の残りの人生は、17年。
が、80歳でポックリと死ねるわけではない。
晩年の10年は、病魔との闘いと言われている。
つまり「健康寿命」は、よくてあと7年。

それがわかるから、ますます慎重になる。
無難な道を選ぼうとする。
冒険を避ける。

●選択

 考えてみれば、若いころは、いつも選択ばかりしていた。
そのときは気がつかなかった。
が、選択ばかりしていた。
たとえば仕事にしても、そのつど選択。
「あれをしよう」「これをしよう」「どちらにしよう」と。
生き様も、無数にあって、そのつど選択。

 あるとき、だから、こう思ったことがある。
「信仰をしている人は、楽だろうな」と。
何かの信仰をしている人は、迷うということがない。
その「道」一筋に、生きていけばよい。
何も考えなくてもよい。
生き様にしても、脳に注入してもらえばよい。

ある信仰者は、こう言った。
私が「教祖の言うことを疑うことはないのですか」と
聞いたときのこと。
「教祖様は、何万冊もの本を読んでいる」と。

 が、だからといって、信仰的な生き方が正しいというわけではない。
それを必要としている人は別として、そうでなければそうでない。
信仰的な生き方が正しい生き方ではない。
信仰的な生き方をつづけていると、自ら「私」を放棄してしまう。
そういうことにもなりかねない。

 あくまでも蛇足だが、不完全でもよいから、自分の足で立つ。
未熟であることを恥じることはない。
失敗したからといって、敗北者というわけではない。
失敗を通して、未熟であることに気づく。
つぎの人生は、そこから始まる。

●面影

 生活にしてもそうだ。
「ああしたい」「こうしたい」「こうでありたい」と。
欲望が、そこにある現実と、はげしくぶつかる。
家庭のあり方、家族のあり方、それに夫婦のあり方、など。
思うようにならない生活。
思うようにならない人間関係。
衝突もある。
葛藤もある。

 が、年を取ると、その可能性がしぼんでくる。
選択肢がかぎられてくる。
たとえばラブ・ストーリー。

若いときは、それなりに女性(男性)に相手にされる。
浮いた話が、花のように彩(いろどり)をそえる。
が、年を取ると、それも少なくなる。
相手にされなくなる。

 が、ロマンスを求める心が消えるわけではない。
ときどき思い出したように、ポッと火がつく。
が、そこにいるのは、ワイフ(夫)だけ。
しかたないので、ワイフ(夫)のシワをのばす。
のばしながら、若いころの面影をさがす。
その面影に満足し、「性」を吐き出す。

 かなり不謹慎で、ごめん。
ただ生きざま全体が、総じてみれば、そうなる。
その一例として、色恋の話を書いてみた。

●浮気願望

 私にも経験がある。
若いころ、こんなことがあった。
40歳くらいのことではなかったか。
電車に乗っていたら、目の前の席に、すてきな女性が座った。
私はその女性を見ながら、あらぬ恋愛を夢想した。
が、やがてその想像は、(恋愛)→(結婚)→(育児)と、
進んでいった。
とたん、それまでの夢想が、パチンとはじけた。
消えた。

 「またイチからやりなおす」と言っても、私にはできない。
それがとても、めんどうなことのように思えた。
「どうせやりなおすくらいなら、結婚は一度でじゅうぶん」と。

 同じように今、私はこう考える。
「人生は一度でじゅうぶん」と。
もし神様かだれかが、私にこう言ったとする。
「もう一度、君を、青春時代に戻してやろう」と。
が、やはり人生は、一度でじゅうぶん。
たくさん。
だからこう答えるだろう。
「結構です」と。

●住めば夫婦

 そういう点では、私は不器用な人間と思う。
「浮気」にしても、私にはできない。
すぐ本気になってしまう。
つまり2人の女性を、同時に愛することなど、できない。
で、もしそうなったら、苦しむのは、私自身。
それに、「女」といっても、性格や性質は別としても、
それほど違違わない(たぶん?)。
違っていても、数回もつきあえば、みな、同じ。

 昔から『住めば都』という。
同じように、『住めば夫婦』。
どんな妻(夫)でも、いっしょに住んでいれば、それなりに「都」。
だったら、「今」を大切にしたほうがよい。
今、そこにいる「人」を大切にしたほうがよい。
(この意見については、異論のある人も多いだろうが……。)

●落穂拾い

 選択肢がせばまった分だけ、生活が単一的になる。
単一的になった部分だけ、生き様が「落穂拾い」的になる。
ミレーの落穂拾い(絵画)を、想像してもらえばよい。
わかりやすく言えば、残りカスを大切に、細々と生きていく。

 当然、刺激も弱くなる。
何とも老人臭い生き方だが、もちろんそれがよいというわけではない。
が、こと夫婦生活について言えば、そうなる。

 ワイフにしても、不平不満はあるだろう。
物足りなさはあるだろう。
しかし今さら、どうにもならない。
だから最近は、夫婦喧嘩をするたびに、ワイフは、こう言う。
「いいかげんに、あなたも私を受け入れてよ!」と。
つまり「あきらめてよ!」と。

 が、それが簡単にできない。
できない分だけ、私はまだ若い(?)。

●呂律(ろれつ)

「あと7年か……」と思ってみたりする。
しかしたったの7年。
が、よく誤解されるが、人間は、ある日突然、死の待合室に
入るわけではない。
徐々に、少しずつ、マイナスの一次関数的に入っていく。

 たとえば今朝も、床から起きてからしばらく、呂律(ろれつ)が
回らなかった。
いつもならもう少し早口で話せるのだが、今朝は、どこか口が重い。
ワイフに、「ぼくの話し方、おかしいか?」と聞く。
「……そうねエ〜」と。

 そこで早口の練習をする。
「となりの客は、よく柿食う、客だ」と。

 水分を多めにとり、ウォーキングマシンの上で汗をかくころには、
ふつうに話せるようになった。

 つまりこうした不調が、この先、多くなる。
呂律が回らないというのは、たとえば脳梗塞の前兆と考えてよい。
あるいは微細脳梗塞がすでに起きているのかもしれない。
やがて脳も、硬直化する。

●夫婦問題

 ところでよく夫婦問題の相談が届く。
育児問題なら、それだけの「ケース(経験)」を踏んでいる。
しかしこと夫婦の問題となると、私は門外漢。
自分たちのことしか、知らない。

 が、そういう相談があるたびに、こう思う。
「まだ、若いなア……」と。
つまり若いから、夫婦のことが問題になる。

 やがて否応なしに、その若さも消える。
消えると同時に、現実を受け入れるようになる。
あきらめる。
納得する。
「まあ、いろいろやってはみたけれど、私の人生はこんなもの」と。
それが家族になれば、「私の家族はこんなもの」と。
夫婦についても、同じ。
「私たち夫婦は、こんなもの」と。

 とくによかったわけでもない。
しかし悪かったわけでもない。
「こんなもの」と。
同時に、「問題」そのものが、霧散する。
 
●終末

 そう言えば、60歳を過ぎると、みな、こう言うようになる。
「私は今の夫(妻)で、満足しています」とか、
「今の夫(妻)と結婚して、よかったと思います」とか。

 だからこそ、60歳まで、つづいた。
そうでなければ、どこかで破綻していた。
あるいは「よかった」と、思うことで、(本当は自分を慰める
ことで)、人生をしめくくることができる。

 ついでに、死後の世界。
ホーキング博士は、最近、こう言っている(注※)。

『天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎない』と。
そして重要なことは、『自らの行動の価値を最大化するため
努力すべき』と。

●気力
 
 ……と書いてきたが、人生が終わったわけではない。
先ほど17年と書いたが、うまくいけば、20年は生きられるかもしれない。
もしそうなら、こうなる。
何も、自ら選択肢をせばめていく必要はない。
20年といえば、誕生から成人まで。
あのビル・ゲーツにしても、マイクロソフト社を今にみる会社にするまでに、
20年もかからなかった。

そこで生きる力。
生きる力が強ければ強いほど、選択肢がふえる。
選択肢をふやすことが、人生を豊かに生きるコツである、と。
「まだ、こうしたい」「まだ、ああしたい」と。
それを素直に受け入れ、それに従って生きていく。
……というか、あえて自分と闘いながら、それを求めていく。
というのも、体力と同時に、気力も弱くなる。
それがこわい。
最近、こんなことをワイフと話した。

●山荘
 
 私が山荘をもとうと考えたのは、30歳も過ぎてからのこと。
それまでもずっと、「夢」として、それを考えていた。
が、決意したのは、30歳も過ぎてからのこと。

 結果的に、土地の造成に6年をかけた。
建築に半年。
山荘が手に入ったのは、40歳のとき。
いろいろあった。
最大の問題は「水」。
都会であれば、水道を引くことで、水を手に入れることができる。
しかし山の中では、そうはいかない。

 最終的に、村の人たちと折り合いをつけ、自分で水道管を
埋設した。
下水の処理にも、苦労した。……などなど。

 そういう過去を思い出しながら、今、ワイフにこう言う。
「よく、やったなア」と。

 現在の私なら、とても、できない。
それを支える気力そのものが、ない。
当時の私は毎週、土日になると、ユンボを借り、土地を造成した。
テントを張って、一夜を過ごしたこともある。

 だから今は、こう思う。
「そんな元気があったら、温泉でも行ってきたほうがいい」と。

●決意

 あえて自分の心と体にムチを打つ。
ムチを打って、奮い立たせる。
いつか限界が来るかもしれない。
そのときは、そのとき。
しかし今は、ムチを打つ。

 だから私は、今、こんなことに心がけている。

(1)朝、目を覚ますと同時に、その日にすることを決める。
(2)朝、床から出ると同時に、ウォーキングマシンの上で歩く。
時間は、30分。
汗をかくまでする。
(3)パソコンを開き、文章を書く。
マガジンを発行する。
BLOGを書く。
(4)週に1、2度は映画館に足を運ぶ。
(5)週に1度は、どこかの温泉に泊まる。
(6)本や雑誌は、惜しみなく買う。読む。
(7)これが重要だが、その朝に「やる」と決めたことは、かならず、
実行する。
(8)仕事は、つづける。
つづけるというより、やめない。
死ぬまで、やめない。
こと、仕事については、来年のことは考えない。

●最後の最後まで……

 私たちはいつも、そのつど選択しながら、生きている。
しかしそれこそが、まさに「今」を生きるものの、特権ということになる。
その選択がなくなったら、それこそ人生はおしまい。

 夫(妻)への不満、おおいに結構。
家族(親、子ども、兄弟)への不満、おおいに結構。
ばあいによっては、衝突もし、絶縁もする。
それもおおいに結構。
それも人生の関門のようなもの。
それを通り過ぎないと、つぎのステップに進むことができない。

 あちらでぶつかり、こちらでぶつかる。
あちらで叩かれ、こちらで叩かれる。
それもおおいに結構。

 私についても、辛らつな批判を繰り返している人は多い。
しかし私は私。
人は人。
私が書きたいように、ものを書くように、言いたい人には、
好きなように言わせておけばよい。
私の世界では、批判、中傷、悪口は、「勲章」のようなもの。
それ自体が、生きる原動力になっている。
(これは言い訳?)

 とは言っても、年を取ると、その気力も弱くなる。
めんどうになる。
選択肢もせばまってくる。
それこそ、毎日、仏壇の金具を磨いて過ごすようになる。
が、それこそ、まさに死の待合室。
あとは静かに死を待つだけ。
急がなくても、やがて人は、みな、そうなる。

しかしあえて、それを求めることはない。
そのときは、そのとき。
そのときまで、私たちはいつも、選択を繰り返しながら生きていく。
最後の最後まで……。

 それができるかどうか?
自信はないが、今は、そう考える。

(注※)(参考)2011年5月18日(産経ニュースより)

『「天国も死後の世界もない」車いすの物理学者ホーキング氏が断言

「車椅子の物理学者」として知られる英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士が、英紙ガ

ディアンのインタビューで、「天国も死後の世界もない」と語った。

 「車椅子の物理学者」として知られる英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士(69)は、

国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎないとし、死後の世界があるとの考えを否定した。16日
付の
英紙ガーディアンに掲載されたインタビューで述べた。

 ホーキング博士は「(人間の)脳について、部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと
見な
している」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる
人の
おとぎ話だ」と述べた。

 博士は21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾患と診断され、余命
数年
とされた。「自分は過去49年間にわたって若くして死ぬという可能性と共生してきた。死を恐れ
ては
いないが、死に急いでもいない。まだまだやりたいことがある」と語った。

 また、人々はどのように生きるべきかとの問いに対し「自らの行動の価値を最大化するため
努力
すべき」と答えた。

 1988年の著書「ホーキング、宇宙を語る」で世界中に広く知らるようになった博士は、201
0年の
著書「The Grand Design(原題)」では宇宙の創造に神の力は必要ないとの主張を展開
し、宗
教界から批判を浴びている』(ロイター)と。

●補記

 ホーキング博士のこの言葉を聞いて、私はハッとした。
ホーキング博士は、私が長々と書いてきたことを、たった一行で表現している。

『自らの行動の価値を最大化するため努力すべき』と。

 原文がないので、正確な意味はわからない。
この翻訳を信用するなら、ホーキング博士は、『行動の価値』という言葉を使ったことになる。
『私の価値』とか、『個人の価値』とかではない。
『行動の価値』である。

 同じようなことは、あのトルストイも書いている。
それについては一度、中日新聞に書いた原稿があるので、ここに掲載する。
トルストイも、『ただひたすら生きることこそ重要』と書いている。

 行動の価値の追求に、老いも若きもない。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【高校野球】(トルストイの言葉)

●高校野球に学ぶこと

 懸命に生きるから、人は美しい。輝く。その価値があるかないかの判断は、あとからす
ればよい。生きる意味や目的も、そのあとに考えればよい。たとえば高校野球。

私たちがなぜあの高校野球に感動するかといえば、そこに子どもたちの懸命さを感ずる
からではないのか。たかがボールのゲームと笑ってはいけない。私たちがしている「仕
事」だって、意味があるようで、それほどない。「私のしていることは、ボールのゲーム
とは違う」と自信をもって言える人は、この世の中に一体、どれだけいるだろうか。

●人はなぜ生まれ、そして死ぬのか

 私は学生時代、シドニーのキングスクロスで、ミュージカルの『ヘアー』を見た。幻想
的なミュージカルだった。あの中で主人公のクロードが、こんな歌を歌う。「♪私たちはな
ぜ生まれ、なぜ死ぬのか、(それを知るために)どこへ行けばいいのか」と。

それから三〇年あまり。私もこの問題について、ずっと考えてきた。そしてその結果と
いうわけではないが、トルストイの『戦争と平和』の中に、私はその答のヒントを見い
だした。

 生のむなしさを感ずるあまり、現実から逃避し、結局は滅びるアンドレイ公爵。一方、
人生の目的は生きることそのものにあるとして、人生を前向きにとらえ、最終的には幸福
になるピエール。そのピエールはこう言う。『(人間の最高の幸福を手に入れるためには)、
ただひたすら進むこと。生きること。愛すること。信ずること』(第五編四節)と。

つまり懸命に生きること自体に意味がある、と。もっと言えば、人生の意味などという
ものは、生きてみなければわからない。映画『フォレスト・ガンプ』の中でも、フォレ
ストの母は、こう言っている。『人生はチョコレートの箱のようなもの。食べてみるまで、
(その味は)わからないのよ』と。

●懸命に生きることに価値がある

 そこでもう一度、高校野球にもどる。一球一球に全神経を集中させる。投げるピッチャ
ーも、それを迎え撃つバッターも真剣だ。応援団は狂ったように、声援を繰り返す。みん
な必死だ。命がけだ。ピッチャーの顔が汗でキラリと光ったその瞬間、ボールが投げられ、
そしてそれが宙を飛ぶ。

その直後、カキーンという澄んだ音が、場内にこだまする。一瞬時間が止まる。が、そ
のあと喜びの歓声と悲しみの絶叫が、同時に場内を埋めつくす……。

 私はそれが人生だと思う。そして無数の人たちの懸命な人生が、これまた複雑にからみ
あって、人間の社会をつくる。つまりそこに人間の生きる意味がある。

いや、あえて言うなら、懸命に生きるからこそ、人生は光を放つ。生きる価値をもつ。
言いかえると、そうでない人に、人生の意味はわからない。夢も希望もない。情熱も闘
志もない。毎日、ただ流されるまま、その日その日を、無難に過ごしている人には、人
生の意味はわからない。

さらに言いかえると、「私たちはなぜ生まれ、なぜ死ぬのか」と、子どもたちに問われた
とき、私たちが子どもたちに教えることがあるとするなら、懸命に生きる、その生きざ
までしかない。あの高校野球で、もし、選手たちが雑談をし、菓子をほおばりながら、
適当に試合をしていたら、高校野球としての意味はない。感動もない。見るほうも、つ
まらない。そういうものはいくら繰り返しても、ただのヒマつぶし。人生もそれと同じ。

そういう人生からは、結局は何も生まれない。高校野球は、それを私たちに教えてくれ
る。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●来る人、去る人

 おととい、義兄の母親が他界した。
が、私は、おとといの夜は、家にいなかった。
知ったのは昨日。
で、昨夜は、通夜。
今日は、本葬。

 が、私とワイフは、今は、電車の中。
その電車の中で、考える。
義兄の母親といっても、一度も会ったことはない。
この15年以上、老人ホームで寝たきりの生活をしていたという。
義兄自身もいろいろあって、会うのは年に1、2度とか、言っていた。
が、このさみしさは、いったい、どこから来るのか?

●『去るものは追わず』

 『去るものは追わず』という、冷徹なまでにクールな格言がある。
まさにニヒリズムを凝縮したかのような格言である。
(英語で「クール」というと、「かっこいい」という意味である。
ここでは「冷たい」という意味で、「クール」という言葉を使う。)

 この格言は、いろいろなふうに、拡大解釈できる。
ただ誤解していけないのは、「去る」といっても、「心の問題」をいう。
距離の問題ではない。

●A氏の息子

 親類でも旧友でも、兄弟でも、さらには親子でも、去る人は去っていく。
こんな話を聞いた。

 A氏(63歳、学友)が、2年前の正月、狭心症で倒れた。
A氏の妻はは、そのことをすぐ横浜に住む、息子(30歳)に連絡した。
息子は仕事中だったので、息子の妻に伝えた。
が、息子のほうからは、なしのつぶて。 
以後、10か月以上、連絡がなかった。

 息子の妻は、A氏の病気のことを、息子に伝えなかったらしい(?)。
理由はわからない。
それで10か月たったところで、A氏が息子の妻をなじると、息子はこう言ったという。
「K子(妻)の悪口を言うのは許さん!」と。

 それでA氏と息子との関係は切れた。
それまでにも、いろいろあったというが、その事件が、「結論づけた」(A氏談)。

●親子の縁

 心のつながりが切れる。
親子でも、切れるときには、切れる。
近くに住んでいれば、修復ということも可能。
しかし同時に『去るもの、日々に疎(うと)し』という格言もある。

 このばあいは、昔の格言だから、「距離」を言った。
昔は、今のように、電話やメールで連絡を取り合うということはできなかった。
手紙さえなかった。
つまりたがいの「距離」が離れれば、その人との関係も、「疎くなる」と。

 が、いくら連絡方法があっても、A氏のばあいでもそうだったが、絶縁するときには、
絶縁する。
A氏は以後、2年をかけて、息子の思い出を消したという。
一時は、転居も考えたという。
「今の家には、いろいろな思い出がしみついていましてね」と。
A氏の妻も、同じくらい、悲しんだ。

●去るときには去る

 年を取れば取るほど、こうした別れが多くなる。
親類縁者の死別、肉親の死別など。
息子や娘と死別することもある。
孫と死別することもある。
そのつど、人は、身を切られるほど、つらい思いをする。

 そこで『去るものは追わず』。
言うなれば、この年齢になって生きるということは、
無数の荷物を引きずって歩くようなもの。
荷物には一本、一本、ひもがついている。
そのひもが、体中にからんでいる。
一歩、前に進むたびに、ズルズルという音が、うしろから聞こえてくる。

 が、それではいけない。
去る人は、去っていく。
失っていく人を悲しんでいたら、前には進めなくなる。
どこかで割り切らなければならない。
冷酷なようだが、(たしかに冷酷だが……)、それは私自身のことでもある。
私も、(そしてあなたも)、去るときには、去る。
が、逆に言えば、そのとき、この世界は、それこそ宇宙もろとも去る。
つまり『去るもの』の「者(もの)とは、私自身、あなた自身を意味する。

 そういう自分を知ればこそ、去るものを悲しんでいては、前には進めない。

●葬儀

 最近、私は、……というか、この10年、儀礼的な葬儀には、ほとんど参列していない。
肉親の葬儀にしても、実兄の葬儀だけは、派手になった。
実姉に段取りを頼んでおいたら、そうなった。
が、それが最後。

 儀礼的な葬儀に、どれほどの意味があるというのか。
実際には、なにもない。
まったくない。
そのことは、自分自身に当てはめてみると、よくわかる。

 派手な葬儀など、望むべくもないが、それでも私が死んだら、参列に来てほしい人は、
1人か2人。
本当に私をしのんでくれるひとだけでよい。
(が、それとて、かなわぬ希望かもしれないが……。)

 もっとも最近の葬儀には、近親者が集まる機会という意味もある。
そのことは、オーストラリアの友人たちの生き方を見ていると、よくわかる。
オーストラリアの友人の家族(親類縁者たち)は、ことあるごとにパーティという形式で集まる。
先日は、孫の1歳の誕生日に、親類縁者たちが、20人ほど、集まった。
そういうのを見ていると、「ああ、日本では、冠婚葬祭が、それに当たる」ということがよくわか
る。
日本人は冠婚葬祭、とくに葬儀を口実に、みなが集まる。

 そういう習慣もあるだろう。
しかしそれでも私は参列しない。
それには私自身の死生観がからんでいる。
「生」は厳粛なもの。
それ以上に、「死」は厳粛なもの。
儀礼的な葬儀で、「死」を茶化してはいけない。

 ……こう書くと、どこかカルト的な雰囲気になるが、私は「死」を認めていない。
だれの死であれ、「死」を認めていない。
となると、「生」はどうなのかということになる。
が、ここで巨大なパラドックス(論理的矛盾)にぶつかる。
「死を認めないということは、生を認めないことにもなる」と。

 そう、最近の私は、「生」そのものを、疑って考えるようになっている。
今年63歳だが、振り返ってみると、その63年が、ない。
どこにもない。
そこにあるのは、光と分子が織り成す、「無」の世界。
そこまで自分を徹底して考えることは、まだできないが、ときどき、ふと
そう考える。
今も、そうだ。

 だからこう考える。
「私は生きていない」、「だから私は死なない」と。

●死を認めない

 おかしな論理に聞こえるかもしれない。
が、最近(01年の11月)、私の友人が他界した。
私の原稿をいつもていねいに読んでくれた。
その奥さんに、よく会うが、いつも私はこう言う。
「ぼくは、先生(=その友人)の死を認めていませんよ」よ。

 そのつど、奥さんは、怪訝(けげん)な顔で私を見る。
が、私はそのつど、こう思う。
「10年(20年でも、30年でもよいが)、早く死んだとか、あるいはあとで死んだとか、
そんなことにどれほどの意味があるのか」と。
宇宙的な時間でみれば、私たちは瞬時に生まれ、そのまた瞬時に、死ぬ。
仮に100年間生きたとしても、瞬時。
そのことは、20年前、30年前に死んだ人を思い浮かべてみれば、わかる。
みな、あっという間に生まれ、そして死んだ。
それから20年、30年が、これまたあっという間に過ぎた。

 わかりやすく言えば、「先に死んだ」とか、「まだ生きている」という言葉そのものが
無意味。
私が「死を認めない」というのは、そういう意味。
あっという間の、つぎの瞬間、私も死ぬ。
死んで消える。

 ……だからというわけでもないが、あのアインシュタインは、こう言った。

「生きていること、すべてが、奇跡」と。

●息子は息子

 『去るものは追わず』。
過去を断ち切りながら、前に進む。
過去にこだわっていても、しかたない。
それに先に書いたA氏も、こう言った。

「息子は息子。
私は私。
修復にかかる時間を考えると、もうその余裕はありません」と。

 どうせ死ねば永遠の別れになる。
A氏のばあい、それが20年、早くやってきたということか。
私はそう解釈した。

●失うことを恐れない

 平たく言えば、失うことを恐れてはいけないということ。
どうせ私たちは「死」によって、すべてを失う。

 たった今も、この電車の中で、女子高生たちが、何やら話し合っている。
ペチャクチャ……と。
この世の主人公のような顔をしている。
しかしほんの20年前には、姿、形もなかった子どもたちである。
それが今は「主」。

 が、私だってそうだ。
「無」から生まれ、「無の世界」を生き、やがて「無」へともどっていく。
だから去るものは、追わず。
追っても意味はない。

 これは老後を楽しく生きるための鉄則のように思う。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【日本人と思考力】

●冷却装置の穴

+++++++++++++++++++

浜岡原子炉(静岡県御前崎市)の原子炉が
停止された。
とたん、トラブル発生!

原子炉の冷却水に、塩水が400トンも
逆流したという。
中日新聞はつぎのように伝える。

『……中電によると、トラブルが確認されたのは14日午後4時半ごろ。
復水器内には、 海水が流れている配管が通り、蒸気を冷やす仕組みだが、
この配管が破損し、海水400トンが復水器内に流れた可能性が高い。
流入経路が逆で、復水器から海水の管に水が流れ込めば、放射線物質に
汚染された水が、外部に流れ出すことになる。 

(中略)

山口彰・大阪大教授(原子炉工学)は「復水器内は、構造的に腐食や亀裂は
起こり得る」と 指摘する。
師岡慎一・早稲田大特任教授(原子炉熱流動)は「海水の流入で圧力容器の 
腐食が心配される。
これまで400トンもの流入は事例が無く、あってはいけないトラブル」と 
問題視する。 

NPO法人原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「電力会社の公表は常に遅いが、 
今回は特別な状況下。すぐに出すべきだった」と批判。
「緊急停止ならともかく、通常の 停止作業で400トンもの海水がいきなり
流れ出る穴が開くか。もっと前から漏れ出て いたのではないか」と推測する』と。

++++++++++++++++++

●冷却装置

 原子炉で蒸気を発生する。
その蒸気で、タービンを回して発電する。
その蒸気を再び、「復水器」で冷やして、水に戻す。
その水を原子炉に戻す。
その原子炉で、蒸気を発生する。

 チャート化すると、つぎのようになる。

(原子炉で蒸気を発生)→(タービンを回す)→(復水器で蒸気を冷やして
蒸気を水に戻す)→(水を原子炉に戻す)→……。

  基本的には、原子力発電所というのは、そういう構造になっている。
その「冷やすとき」に、海水を使って冷却装置を使う。
今回の事故は、その復水器の中の冷却装置の中で起きた。

構造は簡単なものらしい。
何かの液体の冷却が必要な工場なら、たいていどこでも使っている。
近くのメッキ工場でも使っている。

 電話をかけて構造を聞くと、こう話してくれた。

 「薄い金属製の板で間を仕切り、交互に、冷却水と熱水を通過させる」と。

 私が「塩水が冷却水に入ったということは、どういうふうに考えたらいいのですか」と
聞くと、「仕切り板に穴があいていたのですよ」と。

 これに対して、中部電力側は、『復水器内は真空状態で、配管内の圧力
が高いため、復水器内との圧力差で配管側に流入する可能性はない』(中日新聞)
と答えている。

●疑問?

 疑問がいくつかある。

(1)穴はいつあいたのか?
(2)復水器は真空状態という。真空状態というのは、いつのことか?
(3)穴から、放射性物質を含んだ汚染水が、漏れた形跡はないのか?

 原発が稼働中に、復水器が「真空状態になる」ことは、ありえない。
高圧力をもった蒸気でタービンを回す。
その蒸気が復水器に送られる。

 が、原発は停止状態になった。
復水器にたまった蒸気は水になり、圧力はさがる。
真空ではないが、「真空状態」になる。
それは私のような素人にもわかる。

が、もしそうなら、原子炉圧力容器内の冷却水も同時に逆流するはず。
が、「真空状態だった」(中電)という。
真空状態になったとするなら、どこかで原子炉から送られてくる水蒸気を、
遮断しなければならない。
が、遮断したら、今度は原子炉圧力容器そのものが、超高圧となってしまう。
ばあいによっては、爆発してしまう。
ご存知のように、停止したからといって、原子炉の温度が急激にさがるという
わけではない。
それこそ20〜30年という長い時間が必要。

 中電側は、『復水器内は真空状態で、配管内の圧力が高いため、復水器内との
圧力差で配管側に流入する可能性はない』(中日新聞)と答えている。

 ……となると、「穴」は、停止と同時にあいたことになる。
(実際には、「遮断」と同時にあいたことになる。)
可能性としては、ないわけではない。

が、これに対して、NPO法人原子力資料情報室の伴英幸共同代表は、
「緊急停止ならともかく、通常の 停止作業で400トンもの海水がいきなり
流れ出る穴が開くか。もっと前から漏れ出て いたのではないか」と推測している。

 つまり通常の停止状態で、いきなり400トンも海水が逆流するような
穴は、あかない(?)、と。

●思考力

 原発事故は、まさに思考力との闘い。
私たちの思考力そのものが、今、試されている。
新聞の記事を、何度も読みなおす。
そのつど、考える。

 が、「事実」はどうなのか、今の段階では、よくわからない。
穴は、いつあいたのか。
停止前からあいていたのか。
それとも停止後にあいたのか。
「放射性物質は観測されていない」(中電)ということであれば、かなり
希望的な推測だが、「穴は停止後にあいたことになる」。

 が、本当にそう考えてよいのか。
現状をみるかぎり、電力会社の言うことは、どうもアテにならない。
ウソは言わないが、本当のことも言わない。
ひょっとしたら穴は、ずいぶん前からあいていたのではないか。
それが停止と同時に、爆発的に拡大した。
もしそうだとするなら、放射性物質は、海水とともに、海に漏れ出ていた
ことになる。
が、中電側は、それを否定する。

 謎は深まる。

●黒潮

 御前崎市・浜岡原子炉のある遠州灘では、南からの黒潮が南から北に流れている。
もし汚水がたれ流されていたとすると、その汚水は黒潮にのり、駿河湾全体に
流れ込み、そのあと伊豆半島を回り、東京湾へ。
静岡市は、その駿河湾に面している。

 が、ここまで書いて、もうひとつの疑問が解けた(?)。

 毎日中日新聞には、その前日の放射能測定値(文科省調査)が載っている。
それによれば、日によって、静岡県(静岡市)の測定値が、東京都のそれよりも
高いときがある。
毎日……というわけではないが、「どうして?」と思うことが多い。
その理由のひとつが、ひょっとしたら、浜岡原子炉にあるのではないか。
これはあくまでも私の憶測だが、浜岡原子炉からの汚水が、静岡県の測定値を
高くしている(?)。
その可能性は、ないとは言えない。

静岡県も、文科省や中電の発表だけを信用するのではなく、独自に調査を
したらよい。
ついでに、おかしなことに、本当におかしなことに、テレビ局も新聞社も、
この問題については、あまり触れたがらないようにも見える。
本来なら事実の追及を先頭に立ってすべきマスコミが、どうしてこうまで
消極的なのか?

 御前崎市にしても、そうだ。
交付金の減額のことばかり、心配している。
私にはそう見える。

 放射線測定器にしても、10万円前後で手に入る。
その気になれば、簡単に調べられる。
どうして独自に調べて、公表しないのか?

 ちなみに焼津市焼津での放射線測定値は、0・051(5月13日、地上100センチ
で測定by放射線・原子力教育関係者有志による全国環境放射線モニタリング)。
文科省の公表した数値は、0・04(静岡市、5月13日、環境放射能水準調査)。

 ……ということで、今ほど、私たち日本人の思考力が試されている時期はない。
大本営発表だけを鵜呑みにし、それを信じてよいのか。
もしそうなら、私たち日本人は、戦時中の日本人と何も違わないことになる。

 中部電力側は、「詳しく調べて、事故の調査結果を詳しく報告する」と述べている。
それをみて、このつづきを書いてみたい。

2011/05/19


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●福島第一原発3号機

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 東京電力福島第1原子力発電所では3号機が最も不安定な状況が続いている。
18日に、3月14日の爆発後初めて作業員が原子炉建屋内に入ったが、
放射線量が高く、再爆発を防ぐための窒素注入がすぐに実施できないことがわかった。
注水量を増やし圧力容器の温度は下降傾向にあるが、1、2号機に比べるとまだ高い。
政府と東電の統合対策室が19日に開いた記者会見で、細野豪志首相補佐官は
「3号機が一番心配な炉である」と改めて強調した(以上、日本経済新聞・5・19)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

●なぜ「3号機が一番心配な炉である」のか?

 細野豪志首相補佐官は、「3号機が一番心配な炉である」と改めて強調した。
なぜか?
理由は、言わずと知れた、「3号機はMOX燃料を使っているから」である。

(私もこの1週間、猛烈に勉強したぞ!)

●MOX燃料

 福島第一原発3号機では、MOX(プルサーマル)燃料を使っていた。
MOXというのは、「混合酸化物燃料」をいう。
混合というのは、ウランとプルトニウムの混合をいう。
そのプリトニウムが、恐ろしい!
毒性となると、ウランの比ではない。

 どう毒性があるかということについては、どうか自分で確かめてほしい。
ネットで「MOX」で検索をかければ、今日現在(5月19日)、1000万件も
ヒットする。
簡単に言えば、たった1〜2個のホットパーティクルが体内へ入っただけで、
たとえば肺に届けば、確実に肺ガンを引き起こす。
大きさは1ミクロン。
微粉末。
「大腸菌とほぼ同じ大きさ」(「これから起こる原発事故」(宝島社P24))だそうだ。

 その危険性、つまり放射性物質の量は、1号機、2号機、4号機の比では
ない。
だから、アメリカのTIMEは、福島第一原発事故が起きた直後、3号機を
問題にした。
ほかの原子炉ではない。
3号機!
2011年、3月17日のことである。

題して、「MOX、今日の言葉"フクシマ"、なぜそれが悪いニュースなのか」と。 
 
+++++++++++以下「TIME」++++++++++++++

MOX: The Fukushima Word of the Day and Why it's Bad News

Posted by Jeffrey Kluger Thursday, March 17, 2011 at 3:01 pm 

With four busted reactors at the Fukushima Daiichi site, engineers and rescue workers 
have plenty to do just to keep all their plates spinning. But over the past few days, there 
always seems to be one reactor causing them more headaches than others. Yesterday it 
was reactor 4, with its coolant pool empty of water and the spent fuel rods stored there 
emitting massive waves of gamma radiation.
(昨日までは、4号機が問題だった。)

Today it's rector 3. The day began-at least in the West-with images of helicopters 
flying over the reactor building, dumping seven-ton loads of water in an attempt both to 
cool the containment vessel and prevent that storage pool from drying up as well. But 
what makes reactor 3 so special? In one acronymic word: MOX.
(今日は、3号機。ヘリコプターが水を投下したが、どうして3号機が特別なのか?)

All of the fuel rods in all of the other reactors are made essentially of uranium with a 
zirconium cladding to seal in radioactive emissions. Reactor 4 uses something different. 
Its fuel rod are only 94% uranium, with 6% plutonium stirred in and then the same 
zirconium shell. This mixed oxide (hence the MOX moniker) formulation has one 
advantage-and a number of disadvantages.
(3号機では、94%のウラニウムと、6%のプルトニウムの混合燃料を使っている。)

The advantage-no surprise-is money. Plutonium is a natural byproduct of radioactive 
decay and spent fuel rods are thus full of the stuff. You can always put them into long 
term storage for a few dozen millennia-which is where most spent rods have to go-but 
you can also reprocess some of the waste and combine it with pricier uranium for a 
cheaper and still energy-intensive rod. With nuclear power still more expensive than 
fossil fuels like coal, manufacturers need to save where they can to remain competitive, 
and MOX is a good budget cutter.
(理由は、ズバリ、マネー。そのほうが安いからである。)

But MOX is also temperamental. Physicist Arjun Makhijani, president of the Institute 
for Energy and Environmental Research in Takma Park, MD., spoke to TIME earlier in 
the week and heaped scorn on the Mark 1 reactors used at the Daiichi site. His criticism 
in that conversation was the comparatively flimsy (by nuclear reactor standards at 
least) containment vessels used in the Mark 1s. But he's no fan of the use of MOX 
either.

"This sort of fuel is more difficult to control than uranium fuel," he told the Augusta 
Chronicle. "The risk of accidental criticality are different. You have the same kinds of 
problems, they are just more intense with plutonium."
(MOXは、制御するのが難しい。)

What Makhijani means by "accidental criticality," of course, is that the stuff just 
combusts more easily. That's particularly dangerous in a Mark 1, according to some 
studies. A report by the Sandia National Laboratories in Albuquerque, for example, 
found that in the event of a core meltdown, a Mark 1's containment vessel has a 42% 
chance of failing-a whole lot closer to a coin flip than you want with something like a 
nuclear reactor.
And when plutonium is dispersed into the wind you want to be pretty much anywhere 
else. As I reported last week, there are four kidns of carcinogenic isotopes released when 
a nuke plant blows: iodine-131, cesium-137, strontium-90 and plutonium-239. 
Plutonium is not only the most lethal of the four ("extrordinarily toxic" is how Dr. Ira 
Helfand, a board member for Physicians for Social Responsibility, describes it), it also 
hangs around the longest. It's half life is a whopping 24,000 years, and since radioactive 
contamination is dangerous for 10 to 20 times the length of the isotope's half.life, that 
means plutonium emitted in Fukushima today will still be around in close to half a 
million years.
(プルトニウムは、毒性がきわめて強いのみならず、半減期は2万4000年。
50万年は、フクシマに残ることになるだろう。)

That, more than anything, explains why the day began with flyovers by water 
helicopters. And that explains why we're likely to see a lot more of the same-at least 
until another Daiichi reactor starts to look even deadlier.

+++++++++++以上「TIME」++++++++++++++

●毒性

 プルトニウムの毒性について、つぎのように書いている文献が見つかった。
(「楽天、みんなで解決! Q&A」より、転載。)

+++++++++++++以下、転載++++++++++++++

(NaturalNews) Largely absent from most mainstream media reports on the 
Fukushima Daiichi nuclear disaster is the fact that a highly-dangerous "mixed-oxide" 
(MOX) fuel in present in six percent of the fuel rods at the plant's Unit 3 reactor. Why is 
MOX a big deal? According to the Nuclear Information Resource Center (NIRS), this 
plutonium-uranium fuel mixture is far more dangerous than typical enriched uranium 
-- a single milligram (mg) of MOX is as deadly as 2,000,000 mg of normal enriched 
uranium.
On March 14, Unit 3 of the Fukushima reactor exploded, sending a huge smoke plume 
into the air. http://www.youtube.com/watch?v=T_N-... [ソースチェック]

既に外国のメディアでは3号炉が「プルトニュウム」を含んだMOX燃料が使われ、爆発し
大気と海洋に放出したと報じている。その破壊力は他の炉の精製ウラニウムの2000000倍
であると恐れている。しかし日本では3W経っても東電・官房長官は福島第1でのプルト
ニュームとMOX燃料の存在を公表せず、その流出検査値も発表されていない。

+++++++++++++以上、転載++++++++++++++

●逃げるしかない!

 もし3号機がどんな形であれ、爆発するようなことがあれば、(格納容器からの
漏えいでも同じだが……)、もう逃げるしかない。
よくチェルノブイリと比較されるが、放射性物質の量は、チェルノブイリの比ではない。
つまりその分だけ、被災地域が拡大する。

 私はもうこれ以上、ここに書くつもりはない。
こういうことは自分で調べて、自分で判断する。
あとは自分で行動する。


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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【楽しく+愉快な子どもたち】

++++++++++++++++++++++

今週は、小学1〜2年生は、「大きな数」を
テーマに学習しました(2011年5月2週目)。

本当に伸びやかな子どもたちです。
少しふざけすぎかな……?、といっても、
そこが私のBW教室のよいところ(?)。

子どもたちが自由に、学んでいます。
そんな楽しく、愉快な子どもたちを、ご覧ください。

小3〜4年生になったら、少しずつ、しめていきます。

+++++++++++++++++++++

【小1のクラスより】


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value="http://www.youtube.com/v/HWED5plNq9E?hl=ja&fs=1"></param><param 
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【小2のクラスより】


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value="http://www.youtube.com/v/daDyCh3CaiM?hl=ja&fs=1"></param><param 
name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" 
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allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>


もっと見てくださる方は、
「はやし浩司のメインHP」より、「BW公開教室」→「2011年5月」へ、どうぞ!



【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【奥三河・湯谷温泉・「湯の風・HAZU」】

++++++++++++++++++

昨日(13日)はいろいろあった。
いろいろあって、疲れた。
夜(9時ごろ)になって、突然、
温泉に入りたくなった。
ネットで温泉をさがす。

私は山の中の山育ち。
海の見えるホテルもよいが、川のせせらぎが
聞こえる、山の宿も好き。
・・・ということで、ここ、湯谷温泉へは
たびたび来る。

で、今日は、「湯の風・HAZU」に一泊。
土曜日の夜だから・・・とあきらめていたが、
「いい部屋が空いています」とのこと。

この湯谷温泉には、10軒近く、温泉が
並んでいる。
「湯の風・HAZU」は、その温泉通りとは、
川をはさんで反対側にある。
一軒宿である。
ワイフも驚いた。
私も驚いた。

和風の、造りは古いが、温泉宿としては、最高!
眼下に清流。
深い木々に囲まれ、5月の、どこか夏を
思わせる、さわやかな陽気。
部屋に一度入ったあと、ワイフと散歩。
歩いて数分のところに赤いつり橋があった。
そこを渡ると、そのままJR湯谷駅。

「いいところだね」と、ワイフは、
何度も言う。
もちろん私も異存なし!
そのつど、「いいところだね」と。

・・・ということで、湯谷温泉イチの旅館を発見。
ついでに露天風呂よし。
料理よし。
「湯の風、HAZU」。
名前もよい。

+++++++++++++++++

●体重オーバー

 このところ考えることと言えば、原発事故のことばかり。
私のような「うつ族」は、ひとつのことにこだわると、そのことばかり。
それが頭にこびりついて、離れない。
週刊誌、雑誌・・・。
いろいろ買い込んでは、読む。
が、これは精神の健康にはよくない。

 そこで先週から、運動量をふやした。
体重がふえたこともある。
4、5日前、恐る恐る体重計に乗ると、3キロオーバーの、54・5キロ!
「太ったな」とは感じていたが、3キロは、きつい。

 サイクリング1単位(40分)+ウォーキング1単位(1時間)。
ほかにあれこれ。
おかげで今日は、体もすっきり。
腹のポタポタ感もなくなった。
 
●「これから起こる原発事故」(宝島社)

 週刊誌は「週刊現代」。
3・11台震災以来、もっとも「事実」に近いことを書いている。
その一方で腹立たしいのは、NHK。
御用学者を並び立て、大本営発表を繰り返す。
今にして思うと、ウソばかり。
そのためこの先、どれだけ多くの犠牲者が出ることか!
たとえば最初に原発が爆発したときも、そうだった。
「落ち着いて」「冷静に」と。
そのとき大量の放射性物質が、風に乗ってあたりを汚染していた。

で、今日は、この旅館へ来る前、「これから起こる原発事故」(宝島社)
を買った。
「2007年10月、第一刷発行」とある。
つまり4年前の本。

 が、一読して、驚いた。
「どうしてこんなことが4年前にわかっていながら、政府は何も手を
打たなかったのか!」と。
ズバリ、現在の状況を言い当てている。
そのまま!
だから、買った。

●100キロ単位で汚染

 原発事故の恐ろしさは、規模が大きいこと。
100キロ単位で、被害が広がる。

 そう言えば、昨日、小田原市(神奈川県)が、新茶の出荷を停止した。
それについて農家の人たちは、「(福島から)何百キロも離れているのに!」
(新聞報道)と驚いていた。
しかしこれはまったくの認識不足。
その程度ですむならなら、まだよいほう。

チェルノブリイ事故のときは、半径300キロ(15キューリー/平方キロ)から、
半径600キロ(5〜15キューリー/平方キロ)まで、汚染されている。
600キロといえば、名古屋を中心とする中部圏内まですっぽりと入ってしまう。

 「キューリー」と聞いてもピンとこないかもしれない。
しかしつぎの事実を知ったら、あなたもまちがいなく震えるだろう。

『・・・急性障害死50%を引き起こす放射線量は、4シーベルト。
これは国際放射線防護委員会(ICRP)の認めた、「半数致死」に
相当する。
ちなみに、2・2シーベルトで、5%が急性障害死、9・3シーベルトで、
99%が急性障害死する』(ゴフマン博士、同書、P24)という。
わかりやすく言えば、10シーベルトが限界。
10シーベルトの放射線を浴びたら、人間は、その場で即死。
かろうじて生きても、「そのままひからびて」(本書)死ぬ。

 では、福島第一原発では、どの程度の放射線が観測されているか。
それは、つぎのニュースを読めばわかる。
そのまま転載する。

+++++++++以下、yahoo・news+++++++++++

 経済産業省原子力安全・保安院は14日、東京電力福島第1原発1号機の原子炉建屋内を13
日午後にロボットで調べたところ、最大で毎時2000ミリシーベルトの線量が観測されたと発表し

(5月14日)。

+++++++++以上、yahoo・news+++++++++++

 ゴフマン博士によれば、2・2シーベルトで、約5%の人が、急性障害死するという。
が、1号機では、13日、2000ミリシーベルトが観測されたという。
2000ミリシーベルト=2シーベルト!

 さらに、ゴフマン博士は、晩発性のガン死について、「1万人・シーベルト」という
推計値を提起している。
これは「1万人の人が、1シーベルトの放射線を浴びたばあい、何人がガン死するか」を
推定したもの。
その計算によれば、つまりゴフマン説によれば、やがて1万人中、4000人がガン死
するという。
2シーベルトといえば、その2倍。

 福島第一原発のばあい、最初の爆発とともに、桁はずれの放射性物質が飛び散ったと
推定される。
その量は、その爆発だけでチェルノブイリの爆発時の、約半分程度と言われている。

●MOX燃料

 5月14日現在、1号機が、「最悪の状態」(官房長官)にあるという。
が、それよりもこわいのが、実は、3号機。
3号機では、MOX燃料、つまりウランとプルトニウムの混合酸化物
燃料を使っている。

 プルトニウム・・・放射線そのものは、それほどないが、プルトニウムは、
1ミクロン単位の微粉末となって、空中に散る。
空中に散った放射性プルトニウムは、呼吸によって体内に取り込まれる。
内部被爆を引き起こす。
それがこわい。

 横尾試算(京都大学原子炉実験所)によれば、たった7キログラムの
MOX燃料が火災にあっただけで、風下600メートルで、プルトニウム
による短期の被ばく線量は、4・3シーベルト。
それだけで約半数の人が、そのまま急性死するという。
(風力、火災時間などのこまかい条件は、省略する。)

 「1シーベルト」という放射線量が、いかに恐ろしいものであるか、
これでわかってもらえたと思う。

●広島型原子爆弾x4万7000発

 原子炉の中には、いったいどれだけの放射性物質があるのか。
それについても、同書は、くわしく解説している。
ほとんどの人は、たとえば広島型原爆と比較して、原子力発電所のそれは、
それほどたいしたことはないと考えている。

 しかしこれは誤解!
同書には、こうある。

「100万キロワットの原発が、1年間稼動した場合に燃えるウランの
量は、広島型原発のそれの1000発分ある。
2年稼動した場合には、2000発分、3年では原爆3000発分。
事故が起きれば、それだけの放射能が環境中に漏れ出ることになる」(P32)と。

 福島第一原発の発電能力は、計4696KW(川北英隆)だそうだ。
つまり4696x1000=約470万キロワット。
1年間稼動しただけで、広島型原発の4700発分。
10年で、4万7000発分。
福島第一原発は、稼動し始めてから、すでに40年が経過している。
 
 が、政府はさかんに、「風評被害」という言葉を使う。
つまり「政府の言うこと以外は、信用するな」と。

 しかし実際はその逆。
風評のほうが、はるかに現実に近い。
近いばかりか、現実のほうが、はるかに深刻。
私たちが「予断」しているより、はるかに深刻。

声を張り上げ、「募金活動」なるものをしている子どもたちには悪いが、
今、日本が直面している問題は、そんな程度の問題ではない。
募金活動で、どうこうなるような問題ではない。
「明日は、わが身」。
明日は私たちが、この浜松から逃げなければならない。
このあと事故処理に何年かかるか知らないが、長引けば長引くほど、
被害は拡大する。

●1時間当たり、0・04ミリシーベルト

 毎日のように、日本各地の放射線量が新聞に載っている。
この静岡県では、平均して、約0・04〜0・05ミリシーベルト。
1時間あたりの放射線量である。
そしてそれと同時に、「過去最大平常値」というわけのわからない
数値が併記してある。
私たちはそれを見て、「ああ、平常値以下なのか」と、へんに安心する。
が、「過去最大平常値」とは何か。
それはさておき、0・045ミリシーベルトにしても、それを24倍し、
さらに365倍すると、1年間の被爆量ということになる。

 0・045x24x365=400ミリシーベルト。

 ところで最初に書いたように、チェルノブイリでは、1平方キロメートル
あたり、40キューリーもの放射線が観測されたという。
その値をベクレルに換算すると、1キューリー=370億ベクレル。
たいへんな放射線量のように思うかもしれないが、この値を、
1000x1000=100万で割ると、1平方メートルあたりの放射線量
が計算できる。

 それによれば、370億÷100万=3万7000ベクレル。
すごい量に思うかもしれないが、食品衛生法で決められている暫定規制値は、
1キログラムあたり、500ベクレル。
すでに福島県のアユなどからは、1キログラムあたり、720ベクレル(いわき市)の
放射線が観測されている。
アユ100キログラムで、7万2000ベクレル!

 つまりこの程度の放射線なら、福島第一原発の周辺では、日常的に観測されている。

・・・と、とんでもない数字ばかり並ぶが、結論は、ただひとつ。
日本は、現在、きわめて深刻な状況にあるということ。
今のような状況がつづけば、数か月以内には、東京都ですら、高汚染地域に
なってしまう。
放射性物質の恐ろしいところは、日々にそれが積算されること。
チェルノブイリでも、事故後3年後には、高汚染地域は、300キロに拡大
している(同書)。

 いうまでもなく、福島第一原発は、世界でも最大級の原子炉。
チェルノブリイで爆発した4号機も、出力100万キロワット。
福島第一原発には同規模の原子炉が4機もある。
それだけでもチェルノブイリの約4〜5倍ということになる。

●では、どうするか

 どこかのニュースサイト(産経新聞)に、こんな言葉があった。
「(1号機は)、もう打つ手なし」(注※3)と。
先にも書いたように、1〜10シーベルトの放射線が観測されたと
するなら、人間は、その場で「急死」。
「穴を塞げばそれでいい」という問題ではない。
穴そのものを塞ぐ方法がない。
そこでコンクリート詰めということになるが、3000度もある核燃料は
コンクリートすらも、溶かしてしまう。

 (さらに今夜になって、2号機、3号機も同じようにメルトダウンしていると
いうことがわかった。5月14日。)

●気休めはもうやめよう

 政府にも、原子力保安院にも、東京電力にも、がんばってもらうしかない。
・・・というか、現場で作業している作業員のみなさんには、本当に頭がさがる。
そうした人たちの努力のおかげで、今の今も、私たちは何とかこうして無事でいられる。
希望を捨てたわけではない。
しかし同時に、私たちは、さらに最悪のばあいに備えて、準備をしておかなければ
ならない。
心の準備と行動的な準備。
具体的には、日本経済の崩壊と国外脱出。
そうなったとき、私たちは自分をどう支えたらよいのか。
気休めは、もうよい。
ウソとゴマカシは、もうたくさん。

 「今」を原点として、前向きに生きていくしかない。
たまたま昨日、事故現場で、1人の作業員の方が急死した。
放射性物質が原因だったとは、まだ断定されたわけではない。
緊張感とストレス。
それが急死の原因とも考えられる。

 その作業員の方の死を受けて、菅総理は、つぎのように述べている。

「本当に気の毒に思っている。原因が放射能被害かどうか、しっかりと確かめてもらいたい」
と。

 首相官邸で記者団の質問に対して、そう答えた(ヤフー・ニュース)と(注※)。

(注※)15日になって、この作業員は、心筋梗塞で死亡と発表された。

●川

 旅館の下を、川が流れている。
先ほど窓の外を見たワイフが、こう言った。
「わっ、きれい。川がライトアップされている!」と。

 その声につられて私も外を見た。

 美しかった。
幻想的だった。
いろいろなライトアップを見てきたが、ここは格別。
川のライトアップは、はじめて。
しばし見とれる。

 これから露天風呂に入ってくる。

 ・・・それにしても、私はその本(「これから起こる原発事故」(宝島社))を読んで、
驚いた。
心底驚いた。
4年前に、すでにこういう本が出版され、今回の事故をそのままズバリ、言い当てて
いる。
東京電力の「再循環冷却型原子炉」の危険性についても、言及している。
しかも今回と同じような事故が、1989年1月に、福島第二原発で、起きていることが
わかった。
「この事故では、再循環ポンプが破損し、炉心に大量の金属片が流入し、炉心を傷つける
という事態に立ち至ったのである」(同書、P60)と。

にもかかわらず、起こりうる地震や津波を、「想定外」とし、何ら対策をとらなかった。
さらに職員たちの士気の低さについても言及している。
「言われたことはする。しかしそれ以上はしない」と。
役人根性丸出しというか、平たく言えば、そういうこと。

 権限と情報にしがみつき、管轄外のことは何もしない。
何か問題が起きると、すかさず責任逃れ。
給料(収入)や権限が侵害されると、ワーワーと騒ぐ……。

 ・・・原子力発電所。
そこにあるのは、冷徹なマネーの論理だけ。
金儲け優先の原子力政策(「週刊現代」)。
その結果として、今回の事故につながった。

 そこに私は人間が原罪的にもつ愚かさを感じた。

(はやし浩司 2011−05−14記)

(補記)

 私の近辺にも、国外脱出を試み家族がふえてきた。
祖父母が外国人のばあい、その祖父母のいる外国へ避難していった人も多い。
政府は、「年間20ミリシーベルト」という基準をもちだし、「子どもについて
は、10ミリシーベルト」とまで言い出した。
が、すかさずアメリカの学者が、それに対して異議を唱えた(注※2)。
「放射線障害に、しきい値は存在しない」(5月14日)と。

 少量であればあるほど、(かえって少量のほうがこわいという説もある)、より
晩発性になるだけ。
10年後、20年後に、症状が現れてくる。
20年後でなければ、30年後に症状が現れてくる。
チェルノブイリのときは、遠く離れたスェーデンでがん死亡者が、その後、急増した。

 だからあえてこう言う。
「機会とツテがあるなら、福島の子どもたちよ、今すぐ、福島から脱出せよ」と。

 ……ア〜ア、またまた福島第一原発の、事故のことを書いてしまった。
ゴメン!

(注※2)「日本経済新聞WEB版」より(5月15日)

 福島第1原発事故で政府が、福島県内の小中学校などの屋外活動制限の可否に関する放
射線
量の基準を、年間20ミリシーベルトを目安として設定したことに対し、米国の民間組織「社会的

任のための医師の会(PSR、本部ワシントン)」が2日までに、「子供の発がんリスクを高めるも

で、このレベルの被曝(ひばく)を安全とみなすことはできない」との声明を発表した。

 PSRは1985年にノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師の会」の米国内組織。

 声明は、米科学アカデミーの研究報告書を基に「放射線に安全なレベルはなく、子供や胎児

さらに影響を受けやすい」と指摘。「年間20ミリシーベルトは、子供の発がんリスクを200人に1

増加させ、このレベルでの被曝が2年間続く場合、子供へのリスクは100人に1人となる」として
「子供への放射線許容量を年間20ミリシーベルトに引き上げたのは不当なことだ」と批判した。

(注※3)

 産経新聞はつぎのように書いている。
「12日、東京電力福島第1原発1号機で、原子炉圧力容器内の核燃料棒が完全に露出したこ

が判明し、圧力容器損傷の可能性も浮上した。原子炉を安定冷却するための作業が進めら
れて
いるが、見直しは避けられない。専門家からは「圧力容器に穴が開いているなら、もう打つ手
がな
い」と危惧する声も上がり、事故の収束に向けた工程表の達成に「黄信号」がともった。(原子
力取
材班)」
2011/05/15記


Hiroshi Hayashi++++++May 2011++++++はやし浩司(林浩司)

●文部科学省の「都道府県別環境放射能水準調査結果」に疑念あり

++++++++++++++++++++

「週刊現代」(5月28日号)は、こう伝える。
「(実際の放射線測定値は)、2倍から5倍」(P46)と。

文部科学省(文科省)は、毎日、「都道府県別環境放射能水準調査結果」なるものを
発表している。
しかしその「結果」がどうもあやしい(?)。

たとえば東京都のばあい、新宿区百人町にある、東京都健康安全研究センターの
屋上に設置されたモニタリングポストによって、計測されているという。
その高さ、地表からの距離はおよそ18メートル、とか。

「放射線量(放射能)の濃度は、地表近くで測定してはじめて意味がある」と。

その結果、文科省の発表する数値と、実際、地表近くで測定した数値には、大きな
開きがある。
それが冒頭に書いた、「3〜5倍」という数字である。

●週刊現代より

 週刊現代は、(文科省の発表する数値)と、(実際の測定値)を比較して掲載して
いる。
そのまま紹介させてもらう。
(かっこ内)は、文科省が発表している数値(週刊現代・P48)。

群馬県……0・071(0・034)
栃木県……0・243(0・062)
茨城県……0・166(0・102)
埼玉県……0・074(0・058)
東京都……0・359(0・068)
千葉県……0・394(0・054)
神奈川県…0・090(0・056)
(単位は、マイクロシーベルト)

●文科省の言い分

 週刊現代によれば、文科省は、放射線の測定をかなり高い位置で測定しているという。
「岩盤の影響を受けないように」ということらしい。
岩盤があれば、それが発する放射線の影響を受ける(?)。
しかしこの論理は、おかしい。
どう考えても、おかしい。

 仮に岩盤があるとしても、それは地下深くの話。
仮に18メートル程度高くしたとしても、影響がなくなるわけではない。
(新宿区百人町は、岩盤の上にあるのか?)
また新宿区が、「岩盤の上にある」などという話は聞いたことがない。
さらに言えば、岩盤があるとするなら、岩盤をはずした位置で、測定することもできる
はず。

 が、何よりも重要なことは、地表近く、つまり人間がもっとも影響を受ける位置でこそ
測定してはじめて意味をもつ。
週刊現代は「人間ではなく、鳥の被爆量」(P47)と皮肉っている。

●静岡県は、0・04〜0・05前後(?)

 文科省の発表によれば、静岡県での測定値は、連日、0・04〜0・05程度。
「過去最大平常値」より、低い数値となっている。
しかし本当に、そのまま信じてよいのか?

 同じく神奈川県でも、連日低い数値が報告されている。
しかしその神奈川県では、先日、地域によって茶の出荷が停止された。
基準値を超えた放射線量が測定されたためである。
つまり「話が矛盾している」!

 そこで私がとるべき方法は、ただひとつ。
自分で調べる!

●放射能測定器

 現在、ネットで放射線測定器が10種類以上、販売されている。
値段は4万〜8万円程度。
しかしよくみると、どれも中国製。
あの国の製品は、どうも信用がおけない。

 そこでオーストラリアのM大学の研究室にいる友人にメールを送った。
「大学の研究室で使っているものを教えてほしい」と。
すかさず、返事が届いた。

G'day mate,

I am trying to find out about this. Actually at the moment there is a world wide 
shortage of radiation detectors because so many people in Japan and USA are buying 
them.

『これについて、今、さがしている。
実際、現在のところ、放射測定器は、世界的に不足している。
日本およびUSAのそんなにも多くの人たちが、買いに走っているから』と。

 私は自分で調べる。
文科省の発表している数値が、正確なものであるかどうかを、自分で調べる。
もしインチキだったら、私は許さない。
あの文科省は、戦時中は、先頭に立って軍事教育(洗脳)を推し進めていた。
その文科省は、今もそのまま。
敗戦と同時に、クビになった官僚はひとりもいない。

 ……ともあれ、「週刊現代」に書いてあることは事実なのか。
命にかかわる問題だから、自分で調べるしかない。
放射能測定器は、自分で手に入れる。

 それに加えて一言。

 新聞社にせよ、ほかのマスコミ機関にせよ、どうして独自に調べようとしないのか。
この浜松市には、中日新聞と静岡新聞社がある。
そういうところが、たとえば1キロ四方単位で、放射線を測定し、それを発表しても、
私はおかしくないと思う。

 どうしてか?
2011/05/17記

Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

++++++++++++++++

去る5月15日に書いた原稿を
再掲載します。

++++++++++++++++

●たったの5・24マイクロシーベルト(?)

++++++++++++++++++++

25年前にメルトダウンを経験した
ロシアのチェルノブイリ。
その周囲30キロは、今でも「立ち入り禁止
区域」になっている。

誤解があるといけないので、正確に
記事を転載させてもらう。

+++++++++++以下、JIJICOM++++++++++++++

……炉心溶融事故が起きた原発4号機。コンクリート製の「石棺」で覆われているが、近
づくと放射線量計が毎時5.24マイクロシーベルトを表示し、「ピッピー」と警告音が鳴
り続けた。通常の50倍を超える放射線量だ。

●放射線量と人体への影響

 「石棺内部には溶解した核燃料が約180トン残っているが、放射能が外部に漏れない
よう新たなシェルターを建設する国際プロジェクトが開始された」。原発の周囲30キロの
立ち入り規制区域管理局のハロシャ局長は記者団との会見でこう強調した。
 事故直後に建設された石棺は老朽化が進んでおり、放射能漏れの懸念がある。このため、
欧州連合(EU)や日本などの支援で新シェルター建設が計画され、昨年から基礎工事が
始まった。

+++++++++++以上、JIJICOM++++++++++++++

●たったの5・24マイクロシーベルト

 本当のところ、「シーベルト」という単位を聞いても、私には何もわからない。
センチとかグラムとか、そういう単位がもつ実感が、わいてこない。

 が、あのチェルノブイリでは、今でも5・24マイクロシーベルトの放射線量が
観測されるという。

「5・24マイクロシーベルト」?
「たったの5・24マイクロシーベルト」?
福島県では、校庭利用の基準は、毎時3・8マイクロシーベルトだそうだ(注※)。
つまり3・8マイクロシーベルト以下になれば、校庭の使用が許可される。
5・24と3・8。
その差は、たったの1・4!

 日本で聞いている数値と、あまりにもかけ離れているような気がする。
今では「マイクロシーベルト」と聞いて、驚く人はいない。
その1000倍の「ミリシーベルト」という単位が、ふつうになりつつある。

 が、ロシアのチェルノブイリでは、たった5・24マイクロシーベルトで、
「周囲30キロが、今でも立ち入り禁止区域」になっているという。
もしそんな基準をこの日本に当てはめたら、やがてこの日本は、全土が、
立ち入り禁止区域になってしまう。

 放射性物質というのは、拡散される時期が長ければ長いほど、そこで積算される。
毎日、0・1マイクロシーベルトでも、体内で蓄積されれば、10日で、
1マイクロシーベルトになる。
もちろん地中にしみこんだり、水とまざって流れていく分もあるだろう。
しかし基本的には、「溜まっていく」。

 さらにおかしなことに、毎日の放射線量はそれほどでもないはずなのに、
昨日(5月12日)、神奈川県の茶から、基準値を超える放射線が観測された。
いったい、こういう現象を、どう理解したらよいのか。

(毎日、文科省は、各地で観測された最大放射線量をネット上で、公開している。
それによれば、東海地方では、おおむね0・04〜0・05マイクロシーベルトで、
「平常値」となっている。

神奈川県も「平常値」のはず?)

平たく言えば、日本は、今、たいへんなときにある。
その存亡の危機の崖っぷちに立たされていると言っても過言ではない。
不測の事態が不測の事態を呼ぶ。
さらに「想定外」のことが、連続して起こる。
今は、そういう状態。

●鈍化する感覚

 それにしても、日々に感覚が鈍化していくのには、驚かされる。
私自身ですら、「メルトダウン」の恐ろしさは、よく知っていたはず。
チェルノブイリ事故のときは、体が震えた。
しかし今、それがこの日本で起きている。
明日には、その影響が、この静岡県にまで及んでくるかもしれない。
しかし今は、それがない。
つまり緊張感がない。
緊迫感もない。
ニュースを見ながら、「コンクリートで塞げばいい」などと、のんきなことを言っている。

 つまりこうして、(現実)と(感覚)が遊離していく。
「ミリシーベルト」くらいでは、驚かない。
現に今、「5・24マイクロシーベルト」と聞いて、「たったの?」と思っている。

 しかし現実は、重い。
5マイクローシーベルトと言えば、静岡県で観測されている放射線量の約100倍。
25年たった今でも、チェルノブイリでは観測されているという。
周囲30キロが立ち入り禁止区域になっているという。

 そこで重要なことは、この緊張感を失わないこと。
失ったとたん、油断が生まれる。
事故が拡大する。

 あのとき、みな、こう思ったはず。
「原発なんて、もうこりごり」と。
しかしもうすでに、産経新聞などは、原発必要悪論を堂々と論じ始めている。
この変わり身の速さこそが、危険。
心配。
油断こそ、禁物ということになる。

(2011年5月14日夜記)

(注※)(日本経済新聞より)

文部科学省は13日、福島第1原子力発電所事故を受けて屋外活動を制限していた福島市立
渡利中学校で実施した放射線量調査で、校庭利用の基準である毎時3.8マイクロシーベルト
を12日に続いて下回ったと発表した。屋外活動の制限対象になった13校・園すべてで基
準を下回ったことになる。制限解除の対象になるが、同省は放射線量が比較的高い学校な
どの調査を続ける。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【奥三河・湯谷温泉・「湯の風・HAZU」】

++++++++++++++++++

昨日(13日)はいろいろあった。
いろいろあって、疲れた。
夜(9時ごろ)になって、突然、
温泉に入りたくなった。
ネットで温泉をさがす。

私は山の中の山育ち。
海の見えるホテルもよいが、川のせせらぎが
聞こえる、山の宿も好き。
・・・ということで、ここ、湯谷温泉へは
たびたび来る。

で、今日は、「湯の風・HAZU」に一泊。
土曜日の夜だから・・・とあきらめていたが、
「いい部屋が空いています」とのこと。

この湯谷温泉には、10軒近く、温泉が
並んでいる。
「湯の風・HAZU」は、その温泉通りとは、
川をはさんで反対側にある。
一軒宿である。
ワイフも驚いた。
私も驚いた。

和風の、造りは古いが、温泉宿としては、最高!
眼下に清流。
深い木々に囲まれ、5月の、どこか夏を
思わせる、さわやかな陽気。
部屋に一度入ったあと、ワイフと散歩。
歩いて数分のところに赤いつり橋があった。
そこを渡ると、そのままJR湯谷駅。

「いいところだね」と、ワイフは、
何度も言う。
もちろん私も異存なし!
そのつど、「いいところだね」と。

・・・ということで、湯谷温泉イチの旅館を発見。
ついでに露天風呂よし。
料理よし。
「湯の風、HAZU」。
名前もよい。

+++++++++++++++++

●体重オーバー

 このところ考えることと言えば、原発事故のことばかり。
私のような「うつ族」は、ひとつのことにこだわると、そのことばかり。
それが頭にこびりついて、離れない。
週刊誌、雑誌・・・。
いろいろ買い込んでは、読む。
が、これは精神の健康にはよくない。

 そこで先週から、運動量をふやした。
体重がふえたこともある。
4、5日前、恐る恐る体重計に乗ると、3キロオーバーの、54・5キロ!
「太ったな」とは感じていたが、3キロは、きつい。

 サイクリング1単位(40分)+ウォーキング1単位(1時間)。
ほかにあれこれ。
おかげで今日は、体もすっきり。
腹のポタポタ感もなくなった。
 
●「これから起こる原発事故」(宝島社)

 週刊誌は「週刊現代」。
3・11台震災以来、もっとも「事実」に近いことを書いている。
その一方で腹立たしいのは、NHK。
御用学者を並び立て、大本営発表を繰り返す。
今にして思うと、ウソばかり。
そのためこの先、どれだけ多くの犠牲者が出ることか!
たとえば最初に原発が爆発したときも、そうだった。
「落ち着いて」「冷静に」と。
そのとき大量の放射性物質が、風に乗ってあたりを汚染していた。

で、今日は、この旅館へ来る前、「これから起こる原発事故」(宝島社)
を買った。
「2007年10月、第一刷発行」とある。
つまり4年前の本。

 が、一読して、驚いた。
「どうしてこんなことが4年前にわかっていながら、政府は何も手を
打たなかったのか!」と。
ズバリ、現在の状況を言い当てている。
そのまま!
だから、買った。

●100キロ単位で汚染

 原発事故の恐ろしさは、規模が大きいこと。
100キロ単位で、被害が広がる。

 そう言えば、昨日、小田原市(神奈川県)が、新茶の出荷を停止した。
それについて農家の人たちは、「(福島から)何百キロも離れているのに!」
(新聞報道)と驚いていた。
しかしこれはまったくの認識不足。
その程度ですむならなら、まだよいほう。

チェルノブリイ事故のときは、半径300キロ(15キューリー/平方キロ)から、
半径600キロ(5〜15キューリー/平方キロ)まで、汚染されている。
600キロといえば、名古屋を中心とする中部圏内まですっぽりと入ってしまう。

 「キューリー」と聞いてもピンとこないかもしれない。
しかしつぎの事実を知ったら、あなたもまちがいなく震えるだろう。

『・・・急性障害死50%を引き起こす放射線量は、4シーベルト。
これは国際放射線防護委員会(ICRP)の認めた、「半数致死」に
相当する。
ちなみに、2・2シーベルトで、5%が急性障害死、9・3シーベルトで、
99%が急性障害死する』(ゴフマン博士、同書、P24)という。
わかりやすく言えば、10シーベルトが限界。
10シーベルトの放射線を浴びたら、人間は、その場で即死。
かろうじて生きても、「そのままひからびて」(本書)死ぬ。

 では、福島第一原発では、どの程度の放射線が観測されているか。
それは、つぎのニュースを読めばわかる。
そのまま転載する。

+++++++++以下、yahoo・news+++++++++++

 経済産業省原子力安全・保安院は14日、東京電力福島第1原発1号機の原子炉建屋内を13
日午後にロボットで調べたところ、最大で毎時2000ミリシーベルトの線量が観測されたと発表し

(5月14日)。

+++++++++以上、yahoo・news+++++++++++

 ゴフマン博士によれば、2・2シーベルトで、約5%の人が、急性障害死するという。
が、1号機では、13日、2000ミリシーベルトが観測されたという。
2000ミリシーベルト=2シーベルト!

 さらに、ゴフマン博士は、晩発性のガン死について、「1万人・シーベルト」という
推計値を提起している。
これは「1万人の人が、1シーベルトの放射線を浴びたばあい、何人がガン死するか」を
推定したもの。
その計算によれば、つまりゴフマン説によれば、やがて1万人中、4000人がガン死
するという。
2シーベルトといえば、その2倍。

 福島第一原発のばあい、最初の爆発とともに、桁はずれの放射性物質が飛び散ったと
推定される。
その量は、その爆発だけでチェルノブイリの爆発時の、約半分程度と言われている。

●MOX燃料

 5月14日現在、1号機が、「最悪の状態」(官房長官)にあるという。
が、それよりもこわいのが、実は、3号機。
3号機では、MOX燃料、つまりウランとプルトニウムの混合酸化物
燃料を使っている。

 プルトニウム・・・放射線そのものは、それほどないが、プルトニウムは、
1ミクロン単位の微粉末となって、空中に散る。
空中に散った放射性プルトニウムは、呼吸によって体内に取り込まれる。
内部被爆を引き起こす。
それがこわい。

 横尾試算(京都大学原子炉実験所)によれば、たった7キログラムの
MOX燃料が火災にあっただけで、風下600メートルで、プルトニウム
による短期の被ばく線量は、4・3シーベルト。
それだけで約半数の人が、そのまま急性死するという。
(風力、火災時間などのこまかい条件は、省略する。)

 「1シーベルト」という放射線量が、いかに恐ろしいものであるか、
これでわかってもらえたと思う。

●広島型原子爆弾x4万7000発

 原子炉の中には、いったいどれだけの放射性物質があるのか。
それについても、同書は、くわしく解説している。
ほとんどの人は、たとえば広島型原爆と比較して、原子力発電所のそれは、
それほどたいしたことはないと考えている。

 しかしこれは誤解!
同書には、こうある。

「100万キロワットの原発が、1年間稼動した場合に燃えるウランの
量は、広島型原発のそれの1000発分ある。
2年稼動した場合には、2000発分、3年では原爆3000発分。
事故が起きれば、それだけの放射能が環境中に漏れ出ることになる」(P32)と。

 福島第一原発の発電能力は、計4696KW(川北英隆)だそうだ。
つまり4696x1000=約470万キロワット。
1年間稼動しただけで、広島型原発の4700発分。
10年で、4万7000発分。
福島第一原発は、稼動し始めてから、すでに40年が経過している。
 
 が、政府はさかんに、「風評被害」という言葉を使う。
つまり「政府の言うこと以外は、信用するな」と。

 しかし実際はその逆。
風評のほうが、はるかに現実に近い。
近いばかりか、現実のほうが、はるかに深刻。
私たちが「予断」しているより、はるかに深刻。

声を張り上げ、「募金活動」なるものをしている子どもたちには悪いが、
今、日本が直面している問題は、そんな生やさしい問題ではない。
リビアの戦場で募金活動をするようなもの。
募金活動で、どうこうなるような問題ではない。
「明日は、わが身」。
明日は私たちが、この浜松から逃げなければならない。
このあと事故処理に何年かかるか知らないが、長引けば長引くほど、
被害は拡大する。

●1時間当たり、0・04ミリシーベルト

 毎日のように、日本各地の放射線量が新聞に載っている。
この静岡県では、平均して、約0・04〜0・05ミリシーベルト。
1時間あたりの放射線量である。
そしてそれと同時に、「過去最大平常値」というわけのわからない
数値が併記してある。
私たちはそれを見て、「ああ、平常値以下なのか」と、へんに安心する。
が、「過去最大平常値」とは何か。
それはさておき、0・045ミリシーベルトにしても、それを24倍し、
さらに365倍すると、1年間の被爆量ということになる。

 0・045x24x365=400ミリシーベルト。

 ところで最初に書いたように、チェルノブイリでは、1平方キロメートル
あたり、40キューリーもの放射線が観測されたという。
その値をベクレルに換算すると、1キューリー=370億ベクレル。
たいへんな放射線量のように思うかもしれないが、この値を、
1000x1000=100万で割ると、1平方メートルあたりの放射線量
が計算できる。

 それによれば、370億÷100万=3万7000ベクレル。
すごい量に思うかもしれないが、食品衛生法で決められている暫定規制値は、
1キログラムあたり、500ベクレル。
すでに福島県のアユなどからは、1キログラムあたり、720ベクレル(いわき市)の
放射線が観測されている。
アユ100キログラムで、7万2000ベクレル!

 つまりこの程度の放射線なら、福島第一原発の周辺では、日常的に観測されている。

・・・と、とんでもない数字ばかり並ぶが、結論は、ただひとつ。
日本は、現在、きわめて深刻な状況にあるということ。
今のような状況がつづけば、数か月以内には、東京都ですら、高汚染地域に
なってしまう。
放射性物質の恐ろしいところは、日々にそれが積算されること。
チェルノブイリでも、事故後3年後には、高汚染地域は、300キロに拡大
している(同書)。

 いうまでもなく、福島第一原発は、世界でも最大級の原子炉。
チェルノブリイで爆発した4号機も、出力100万キロワット。
福島第一原発には同規模の原子炉が4機もある。
それだけでもチェルノブイリの約4〜5倍ということになる。

●では、どうするか

 どこかのニュースサイト(産経新聞)に、こんな言葉があった。
「(1号機は)、もう打つ手なし」(注※3)と。
先にも書いたように、1〜10シーベルトの放射線が観測されたと
するなら、人間は、その場で「急死」。
「穴を塞げばそれでいい」という問題ではない。
穴そのものを塞ぐ方法がない。
そこでコンクリート詰めということになるが、3000度もある核燃料は
コンクリートすらも、溶かしてしまう。

 (さらに今夜になって、2号機、3号機も同じようにメルトダウンしていると
いうことがわかった。5月14日。)

●気休めはもうやめよう

 政府にも、原子力保安院にも、東京電力にも、がんばってもらうしかない。
・・・というか、現場で作業している作業員のみなさんには、本当に頭がさがる。
そうした人たちの努力のおかげで、今の今も、私たちは何とかこうして無事でいられる。
希望を捨てたわけではない。
しかし同時に、私たちは、さらに最悪のばあいに備えて、準備をしておかなければ
ならない。
心の準備と行動的な準備。
具体的には、日本経済の崩壊と国外脱出。
そうなったとき、私たちは自分をどう支えたらよいのか。
気休めは、もうよい。
ウソとゴマカシは、もうたくさん。

 「今」を原点として、前向きに生きていくしかない。
たまたま昨日、事故現場で、1人の作業員の方が急死した。
放射性物質が原因だったとは、まだ断定されたわけではない。
緊張感とストレス。
それが急死の原因とも考えられる。

 その作業員の方の死を受けて、菅総理は、つぎのように述べている。

「本当に気の毒に思っている。原因が放射能被害かどうか、しっかりと確かめてもらいたい」
と。

 首相官邸で記者団の質問に対して、そう答えた(ヤフー・ニュース)と(注※)。

(注※)15日になって、この作業員は、心筋梗塞で死亡と発表された。

●川

 旅館の下を、川が流れている。
先ほど窓の外を見たワイフが、こう言った。
「わっ、きれい。川がライトアップされている!」と。

 その声につられて私も外を見た。

 美しかった。
幻想的だった。
いろいろなライトアップを見てきたが、ここは格別。
川のライトアップは、はじめて。
しばし見とれる。

 これから露天風呂に入ってくる。

 ・・・それにしても、私はその本(「これから起こる原発事故」(宝島社))を読んで、
驚いた。
心底驚いた。
4年前に、すでにこういう本が出版され、今回の事故をそのままズバリ、言い当てて
いる。
東京電力の「再循環冷却型原子炉」の危険性についても、言及している。
しかも今回と同じような事故が、1989年1月に、福島第二原発で、起きていることが
わかった。
「この事故では、再循環ポンプが破損し、炉心に大量の金属片が流入し、炉心を傷つける
という事態に立ち至ったのである」(同書、P60)と。

にもかかわらず、起こりうる地震や津波を、「想定外」とし、何ら対策をとらなかった。
さらに職員たちの士気の低さについても言及している。
「言われたことはする。しかしそれ以上はしない」と。
役人根性丸出しというか、平たく言えば、そういうこと。

 権限と組織にしがみつき、管轄外のことは何もしない。
何か問題が起きると、すかさず責任逃れ。
給料(収入)や権限が侵害されると、ワーワーと騒ぐ……。

 ・・・原子力発電所。
そこにあるのは、冷徹なマネーの論理だけ。
金儲け優先の原子力政策(「週刊現代」)。
その結果として、今回の事故につながった。

 そこに私は人間が原罪的にもつ愚かさを感じた。

(はやし浩司 2011−05−14記)

(補記)

 私の近辺にも、国外脱出を試み家族がふえてきた。
祖父母が外国人のばあい、その祖父母のいる外国へ避難していった人も多い。
政府は、「年間20ミリシーベルト」という基準をもちだし、「子どもについて
は、10ミリシーベルト」とまで言い出した。
が、すかさずアメリカの学者が、それに対して異議を唱えた(注※2)。
「放射線障害に、しきい値は存在しない」(5月14日)と。

 少量であればあるほど、(かえって少量のほうがこわいという説もある)、より
晩発性になるだけ。
10年後、20年後に、症状が現れてくる。
20年後でなければ、30年後に症状が現れてくる。
チェルノブイリのときは、遠く離れたスェーデンでがん死亡者が、その後、急増した。

 だからあえてこう言う。
「機会とツテがあるなら、福島の子どもたちよ、今すぐ、福島から脱出せよ」と。

 ……ア〜ア、またまた福島第一原発の、事故のことを書いてしまった。
ゴメン!

(注※2)「日本経済新聞WEB版」より(5月15日)

 福島第1原発事故で政府が、福島県内の小中学校などの屋外活動制限の可否に関する放
射線
量の基準を、年間20ミリシーベルトを目安として設定したことに対し、米国の民間組織「社会的

任のための医師の会(PSR、本部ワシントン)」が2日までに、「子供の発がんリスクを高めるも

で、このレベルの被曝(ひばく)を安全とみなすことはできない」との声明を発表した。

 PSRは1985年にノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師の会」の米国内組織。

 声明は、米科学アカデミーの研究報告書を基に「放射線に安全なレベルはなく、子供や胎児

さらに影響を受けやすい」と指摘。「年間20ミリシーベルトは、子供の発がんリスクを200人に1

増加させ、このレベルでの被曝が2年間続く場合、子供へのリスクは100人に1人となる」として
「子供への放射線許容量を年間20ミリシーベルトに引き上げたのは不当なことだ」と批判した。

(注※3)

 産経新聞はつぎのように書いている。
「12日、東京電力福島第1原発1号機で、原子炉圧力容器内の核燃料棒が完全に露出したこ

が判明し、圧力容器損傷の可能性も浮上した。原子炉を安定冷却するための作業が進めら
れて
いるが、見直しは避けられない。専門家からは「圧力容器に穴が開いているなら、もう打つ手
がな
い」と危惧する声も上がり、事故の収束に向けた工程表の達成に「黄信号」がともった。(原子
力取
材班)」
2011/05/15記

Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。


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 子育て最前線の育児論byはやし浩司   11年   6月   1日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

小学1年生(6)歳児に、大きな数を教えてみる。

1、10、100、1000、10000・・・(一、十、百、千、万・・・)

●種まきレッスン

 私はこうした一連のレッスンを、「種まきレッスン」と呼んでいる。
「教える」というよりは、「種まき」。
「種」として、子どもの脳の中に、まいておく。
そのときは、すぐ効果が現れなくても、それがしばらくすると、別の形で
現れてくる。
あるいは学校などで、その学習をしたとき、理解するのを助ける。
だから「種まき」。

重要なコツは、「楽しませること」。
具体的には、笑わせ、心を開放させること。
「楽しかった」という思い出が、やがて子どもを前向きに引っ張っていくように
なる。

【小1(6歳児)はどこまでできるか?】BW教室byはやし浩司 2011・5月


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(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 2011−05−10)

Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

はやし浩司先生へ

ご無沙汰しております。
長崎県のKHです。
浜松からこちらに引っ越してから、もう3年になります。

本日は、小学5年生の息子の事でご相談したい事がありましてメールいたします。
 
担任の先生の事です。
4月に新学期が始まりました。担任はこの春、日本から新しくいらした30代後半の女性
です。
 
初日、学校の様子を聞くと、「先生こわい〜」とのこと。
 
とにかくよく怒るようです。クラスに一人、口の達者な男の子がいて、特にその子が怒ら
れているようです。

先生の怒り方をまねして教えてくれるのですが、その怒り方が乱暴なのに驚きました。
「テメエらそれでも5年生かよ!!」「(上記の男の子に向かって)テメエのようなヤツが
いるから授業が進まないんだよ」「お前らアホか」などなど。言う事を聞かない子の腕を引
っ張って、引きずって廊下に出したり、胸をつかんだりもするそうです。先生の意にそわ
ない事を言ったり、したりすると、すぐに黒板を叩いたりするとも言います。
 
同じクラスのお母さんたちに聞くと、私が息子から聞いた事と同じような事を聞いていま
した。ただ、私たち母親は、子供からの話だけで、実際の様子を見たり、聞いたりしてい
ません。
 
 
毎日「学校はどうだった?」と聞くといつも怒った先生の様子ばかり話します。
 
1か月がすぎました。先生の様子は変わらないようです。怒られていない子までが怖がっ
て萎縮してしまっています。こんな事言ったらきっと怒られる、こんな事やったら怒られ
る、といった感じです。息子も最近はひどくイラついています。
 
先生のいいところは?と聞いても、考えつかないようです。
 
この春、その先生は他県から転入してきました。4月が始業式。慣れない土地で、生活も
仕事も一から、という事で大変なのだろうと思ってはいるのですが、毎日毎日息子から先
生の愚痴を聞いているうちに異常なものを感じ始めています。
 
学年主任の先生がいらっしゃいます。
その先生に相談を……という父兄もいます。
 
もう少し様子を見るべきなのでしょうか?

長崎県、KH(母親)より。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●KHさんへ

 こんにちは!

 この種の問題は、(1)けっして、単独行動をしないこと。
(2)まわりの人が動き出すまで、静観する、です。

 間に子どもがいるため、ここは慎重に!
もちろんあなたの子どもに直接的な被害(?)があれば、話は別です。
しかし今の状況では、様子をみるのが、最善かと思います。
またみなといっしょに行動に出るときには、一気に出る、です。
校長、もしくは副校長に直接談判することも、覚悟してください。

 実のところ、友人(58歳、現在小学校長)も、似たような問題をかかえ、
悩んでいます。
明らかに「不適格教師」なのですが、知人の指導に従わないばかりか、何か
指導めいたことを口にすると、猛烈に反発し、手がつけられなくなるとのこと。
教師の世界は、ふつうの会社における人間関係とは、かなりちがった部分があることを、
知っておかれるとよいでしょう。
校長といえども、人事権はありません。
学年主任といっても、年功序列型で、持ち回り的な存在です。
つまり親たちが騒いでも、何か犯罪行為でもなければ、ただの「騒ぎ」で終わって
しまうということ。
あるいは転校という形で、うやむやに終わってしまうということ、です。

 もっともその程度の「こわい先生」は、私たちが子どものころは、どこにでもいました。
毎日、剣道で使う竹刀(しない)をもって、学校へ来ていた教師(中学英語)もいました。
そういう点では、私たち団塊の世代は、たくましく育てられています。

 一方、この静岡県では、今では生徒に何かを命令する先生はいません。
「〜〜しませんか?」(提案型)、「〜〜してくれませんか?」(依頼型)の言い方が、
一般化しています。
掃除でも、昔のように、「掃除しなさい!」と言う先生は、いません。
それがよいことなのか、どうか、私にはわかりません。
(私自身は、そういう言い方をしませんので……。)

 こうしたトラブルを避けるため、本来なら、アメリカのように複数の教師で指導に
あたるようにするのが望ましいですね。
アメリカでは、クラスの教師+インターン(学生)+当番の親の3人で指導するのが、
一般化しています(小学低学年)。
オーストラリアでも、教師と当番の親の2人で指導するのが一般化しています(南
オーストラリア州・小学低学年)。

 ともかくも、今は、様子を見てください。
子どもが過度に萎縮し、神経症のような症状が出てきたら、またメールをください。
なおほかの親から、相談があっても、よき聞き役に徹すること。
「私もそう思う」などと言ってしまうと、今度はあなたの言った言葉として、学校中に
広がってしまいます。
それが理由で学校にいられなくなってしまった親も、います。

 つまりこの問題は、それくらいデリケートな問題ということです。
繰り返しますが、間に子どもがいるため、行動、言動は慎重に!

 では、今日はこれで失礼します。

 浜松の放射線量も、徐々にふえています。
心配です。

はやし浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●たったの5・24マイクロシーベルトだって(?)

++++++++++++++++++++

25年前にメルトダウンを経験した
ロシアのチェルノブイリ。
その周囲30キロは、今でも「立ち入り禁止
区域」になっている。

誤解があるといけないので、正確に
記事を転載させてもらう。

+++++++++++以下、JIJICOM++++++++++++++

……炉心溶融事故が起きた原発4号機。コンクリート製の「石棺」で覆われているが、近
づくと放射線量計が毎時5.24マイクロシーベルトを表示し、「ピッピー」と警告音が鳴
り続けた。通常の50倍を超える放射線量だ。

●放射線量と人体への影響

 「石棺内部には溶解した核燃料が約180トン残っているが、放射能が外部に漏れない
よう新たなシェルターを建設する国際プロジェクトが開始された」。原発の周囲30キロの
立ち入り規制区域管理局のハロシャ局長は記者団との会見でこう強調した。
 事故直後に建設された石棺は老朽化が進んでおり、放射能漏れの懸念がある。このため、
欧州連合(EU)や日本などの支援で新シェルター建設が計画され、昨年から基礎工事が
始まった。

+++++++++++以上、JIJICOM++++++++++++++

●たったの5・24マイクロシーベルト

 本当のところ、「シーベルト」という単位を聞いても、私には何もわからない。
センチとかグラムとか、そういう単位がもつ実感が、わいてこない。

 が、あのチェルノブイリでは、今でも5・24マイクロシーベルトの放射線量が
観測されるという。

「5・24マイクロシーベルト」?
「たったの5・24マイクロシーベルト」?
福島県では、校庭利用の基準は、毎時3・8マイクロシーベルトだそうだ(注※)。
つまり3・8マイクロシーベルト以下になれば、校庭の使用が許可される。
5・24と3・8。
その差は、たったの1・4!

 日本で聞いている数値と、あまりにもかけ離れているような気がする。
今では「マイクロシーベルト」と聞いて、驚く人はいない。
その1000倍の「ミリシーベルト」という単位が、ふつうになりつつある。

 が、ロシアのチェルノブイリでは、たった5・24マイクロシーベルトで、
「周囲30キロが、今でも立ち入り禁止区域」になっているという。
もしそんな基準をこの日本に当てはめたら、やがてこの日本は、全土が、
立ち入り禁止区域になってしまう。

 放射性物質というのは、拡散される時期が長ければ長いほど、そこで積算される。
毎日、0・1マイクロシーベルトでも、体内で蓄積されれば、10日で、
1マイクロシーベルトになる。
もちろん地中にしみこんだり、水とまざって流れていく分もあるだろう。
しかし基本的には、「溜まっていく」。

 さらにおかしなことに、毎日の放射線量はそれほどでもないはずなのに、
昨日(5月12日)、神奈川県の茶から、基準値を超える放射線が観測された。
いったい、こういう現象を、どう理解したらよいのか。

(毎日、文科省は、各地で観測された最大放射線量をネット上で、公開している。
それによれば、東海地方では、おおむね0・04〜0・05マイクロシーベルトで、
「平常値」となっている。

神奈川県も「平常値」のはず?)

平たく言えば、日本は、今、たいへんなときにある。
その存亡の危機の崖っぷちに立たされていると言っても過言ではない。
不測の事態が不測の事態を呼ぶ。
さらに「想定外」のことが、連続して起こる。
今は、そういう状態。

●鈍化する感覚

 それにしても、日々に感覚が鈍化していくのには、驚かされる。
私自身ですら、「メルトダウン」の恐ろしさは、よく知っていたはず。
チェルノブイリ事故のときは、体が震えた。
しかし今、それがこの日本で起きている。
明日には、その影響が、この静岡県にまで及んでくるかもしれない。
しかし今は、それがない。
つまり緊張感がない。
緊迫感もない。
ニュースを見ながら、「コンクリートで塞げばいい」などと、のんきなことを言っている。

 つまりこうして、(現実)と(感覚)が遊離していく。
「ミリシーベルト」くらいでは、驚かない。
現に今、「5・24マイクロシーベルト」と聞いて、「たったの?」と思っている。

 しかし現実は、重い。
5マイクローシーベルトと言えば、静岡県で観測されている放射線量の約100倍。
25年たった今でも、チェルノブイリでは観測されているという。
周囲30キロが立ち入り禁止区域になっているという。

 そこで重要なことは、この緊張感を失わないこと。
失ったとたん、油断が生まれる。
事故が拡大する。

 あのとき、みな、こう思ったはず。
「原発なんて、もうこりごり」と。
しかしもうすでに、産経新聞などは、原発必要悪論を堂々と論じ始めている。
この変わり身の速さこそが、危険。
心配。
油断こそ、禁物ということになる。

(2011年5月14日夜記)

(注※)(日本経済新聞より)

文部科学省は13日、福島第1原子力発電所事故を受けて屋外活動を制限していた福島市立
渡利中学校で実施した放射線量調査で、校庭利用の基準である毎時3.8マイクロシーベルト
を12日に続いて下回ったと発表した。屋外活動の制限対象になった13校・園すべてで基
準を下回ったことになる。制限解除の対象になるが、同省は放射線量が比較的高い学校な
どの調査を続ける。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●短い瞬間

 オーストラリアの友人のR君が、「作者不詳」として、こんな詩を送ってくれた。訳は、
私が感じたまま、つまり原文を読んで感じたまま、直感でつけた。どうか「誤訳」と、笑
わないでほしい。

I read of a man who stood to speak
  At the funeral of a friend
  He referred to the dates on her tombstone
  From the beginning to the end.

友の葬式の日、皆の前で、
私は、追悼の言葉を述べた男の話を読んだことがある。
その男は、その女性の、生まれた日と、
死んだ日について、話した。

  He noted that first came her date of birth
  And spoke the following date with tears,
  But he said what mattered most of all
  Was the dash between those years.

その男は、彼女が生まれた日付を言った。
そして涙ながらに、つづく死んだ日付について話した。
しかし、誕生と死の間の
その時の流れの、何と短いことよ。

  For that dash represents all the time
  That she spent alive on earth...
  And now only those who loved her
  Know what that little line is worth.

その日付から日付までが、すべての時を表し、
彼女が、この地上で生きたことを示す。
いまや彼女を愛した人たちのみが、
その一行に、彼女のすべての価値を知る。

  For it matters not how much we own;
  The cars ... the house ... the cash,
  What matters is how we live and love
  And how we spend the dash.

どれだけ私たちがもっているか。
車や、家や、お金にせよ、そんなことは問題ではない。
大切なことは、いかに生きて、いかに愛して、
その短い瞬間を、どう過ごしたか、だ。

  So think about it long and hard
  Are there things you'd like to change?
  For you never know how much time is left,
  That can still be rearranged.

だから深く、静かに考えてみたらよい。
あなたには、変えたいものがあるか、と。
残された時間は、あまりにも少ない。
やりなおしがきくのは、今しかない。

  If we could just slow down enough
  To consider what's true and real,
  And always try to understand
  The way other people feel.

何が真実で、何が本物か、それを考えるために、
ほんの少しだけ時間をスローダウンすしてみるがよい。
そしていつも、ほかの人たちの感じ方を
理解してみるがよい。

  And be less quick to anger,
  And show appreciation more
  And love the people in our lives
  Like we'd never loved before.

怒りを鎮めよ、
もっと人に愛を示せ、
私たちの人生の中の人々をもっと愛せよ、
私たちが愛されたことがないほどまでに人を、愛せよ。

  If we treat others with respect
  And more often wear a smile...
  Remembering that this special dash
  Might only last a little while.

ほかの人を敬うなら、
そしてもっと微笑むなら、
この短い瞬間は、もう少しだけ、
長くつづくだろう。

  So when your eulogy's been read
  With your life's actions to rehash...
  Would you be proud of the things they say
  About how you spent your Dash?
  (Author Unknown)

あなたを作り変えるなら、いつか、あなたの葬儀で、
あなたの賛美が読まれるとき、
彼らが口にすることを、あなたは誇りに思うだろう。
あなたがその短い瞬間をどう過ごしたかについて……。
(作者不詳)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【日本人の依存性と従順性】

++++++++++++++++++

毎年、5月3、4、5日に、浜松祭りが
催される。
東海地方でも、最大級の祭りである。
例年だと、50万人以上もの、観光客が集まる。

が、今年は3・11大震災が理由で、中止。
浜松市長の鶴の一声で、それが決まった。
表向きの理由は、「謹慎」。
が、本当の理由は、「安全管理」。
「安全管理ができないから、中止」
(中止通達書)と。

県の機動隊員ほか多数の警察官が、東北へ
駆り出されている。
そのため「じゅうぶんな安全管理ができない」と
いうことらしい。

++++++++++++++++++

●40年前

 40年前の浜松祭りは、おもしろかった。
本当におもしろかった。
このあたりの人たちの言葉を借りるなら、「血が騒いだ」。
町内ごとの練(ね)り(「練り隊」)が、随所で、別の練りと衝突した。
そのたびに怒号と衝突音。
旗ざおで殴りあう音、悲鳴。
その上には、汗が湯気になり、白いモヤが漂った。
もちろん、けが人も出た。
救急車も走り回った。
が、今は、そのころと比べると、まるでウサギの行進。
祭りの世話役の指示に従い、整然と並んで歩くだけ。
全員、提灯を手に持っている。
またそれをもたないと、祭りに参加できない。
練りの衝突そのものが、ありえない。

 だから私はこう言う。
「浜松祭りは、参加するもの。見るものではない」と。
参加してはじめて、おもしろい。
見ているだけなら、何もおもしろくない。

●自己責任

 「自己責任」という言葉がある。
この日本では、すでに死後になっている言葉である。
上はジー様から、下は赤ん坊まで、みな、キバを抜かれてしまった。
ことあるごとに、みな、こう言う。
「国が……」「国が……」と。

 言うまでもなく、「自由」と「依存」は、相克(そうこく)関係にある。
自由であろうとすればするほど、他者への依存性は低くなる。
依然性が高くなればなるほど、自由の幅はせばめられる。

また「自由」は「独立」に、「依存」は「隷属」に、それぞれつながる。
さらに言えば、自由は、常に不完全性をともなう。
「あいまい性」と言い替えてもよい。
たとえば管理された社会には、自由はない。
最近(11年4月)、私はこんな経験をした。

 メルボルン市(オーストラリア)で、オーバーランド号という列車に乗った。
アデレード行きの長距離列車である。
で、その列車が、メルボルンから1時間半ほどのところにある、ジーロンという町
に着いた。
予定より、20分も早く着いた。
そのとき車内アナウンスが流れた。
「20分早く着いた。ここで客が17人乗ることになっている。
その客を待つ」と。

 しばらくすると、何人かの客が、プラットフォームを歩いていくのが見えた。
それがその17人の客だった。
その直後、また車内アナウンス。
「客が乗ったので、出発します」と。

 ご存知のように、日本では、ぜったいにありえない光景である。
私はその「不完全性」に、たまらないほどの「自由」を覚えた。

●3・11大震災

 あの3・11大震災のときのこと。
あれだけの震災にありながらも、この日本では、暴動が起きなかった。
略奪も起きなかった。
壊れたコンビニからでさえ、ものを盗む人もいなかった。
店員がいるところでは、客はちゃんとお金を払ってものを買った。
しかも店員は、むしろ安い価格で、客にものを売ったという。

 被災者たちが身を寄せた避難所でも、そうだった。
みな、整然と並んで、「秩序」を守った。
「上」からの指示に従った。
用意された場所に身を置き、用意されたものを口にした。
それを見た外国の特派員たちは、みな、例外なく驚嘆の声をあげた。
「日本人は、すばらしい!」と。
私の40年来の友人(日本人)も、こう言った。
「あれこそが、日本人が本来的にもつ美徳」と。

 たしかにそうかもしれない。
私も、そう思った。
しかしそうでないかもしれない。
少しひねくれたものの見方をしてみる。

 ひとつには、被害の大きさが、あまりにも「想定外」だった。
想像を絶する心理状態。
そういう心理状態を、「想定内」にある心理学で分析することはできない。
私たちは、「絶望」というものがどういうものであるかさえ、知らない。
絶望のどん底で、人がどのようにものを考え、行動するか。
想像することはできても、それを知ることは不可能。

 3・11大震災で被災した人たちの心理状態を、私たちがどうこう分析
することはできない。
失礼というより、あまりにも恐れ多い。
ただ私たちができることは、そういう人たちを見て、そういうものかなと
思う程度。
家族、家、職場、地域を失った人たち。
別の見方をすれば、暴動を起こしたり、ものを略奪するほどのエネルギーさえ
残っていなかった。
そういうふうにも、考えられなくはない。

●あえて……

 が、ひとつだけあえて口をはさむとしたら、こういうことも言える。
本当にそれが日本人が本来的にもつ美徳のひとつかというと、私はそうではない
ような気がする。
「気がする」というだけで、断言しているわけではない。
たとえば当時、どの避難所でも、みな、こう言った。
「国が……」「国が……」と。
「国が何とかしてくれるべき」と。
それを聞いたとき、私はこう思った。
「ひょっとしたら、日本人は、本物の自由知らないのではないか」と。

 不完全性を認めない。
あいまいさを認めない。
そのため独立性を失い、自己責任という言葉を忘れてしまった。

 そこで短絡的に、私はこう結びつける。
日本人は、あまりにも長くつづいた官僚制度の中で、「国」の中に、「己(おのれ)」
を埋没させてしまった。
その結果、「国」というより、体制に隷属的になってしまった。
人とはずれたことをすることに、罪悪感を覚え、その一方で、「出る釘を
容赦なく叩いた」。

 その結果が、今では」ないか、と。

●サンケイスポーツ

 ところで数日前、こんな記事が、サンケイスポーツに載っていた(HPより)

+++++++++++以下、サンケイスポーツ+++++++++++++

●「自己責任」に住民らがキレた。

東京電力福島第1原発から半径20キロ以内の立ち入りが禁止されている「警戒区域」に
自宅がある住民の、初めての一時帰宅が10日、始まった。
第1陣はK村の54世帯92人。

帰宅直前に説明会が開かれたが、国側が「自己責任で立ち入る」とする同意書に署名を求
めると、住民らは「責任を押しつける気か!!」と怒りを爆発させた。(以上、
サンケイスポーツ)

+++++++++++以上、サンケイスポーツ+++++++++++++

●国の同意書

 ことのいきさつは、こうらしい。

(1)住民たちの、一時帰宅が「認められた」。
(2)住民たちの、一時帰宅が「始まった」。
(3)国側が「自己責任で立ち入る」という同意書に署名を求めた。
(4)これに住人たちが、反発した。
(5)「責任を押しつける気か!!」と。 

 先ほども書いたように、被災者の人たちの気持ちは、被災者たちにしかわからない。
「想定内」の世界に住んでいる私たちが、とやかく言うのは、許されない。
またそれはたいへん危険なことでもある。
私たちがすべきことは、まず被災者の人たちの声に耳を傾ける。
それを受け入れ、納得する。
その上で、自分の意見を添える。

 が、ここで国側から「自己責任」という言葉が出てきたことに注目してほしい。
「国」といっても、「役人=官僚」のことをいう。
つまり国側の言い分は、こうだ。

 「行くのは自由だが、その結果、あとあとどんな放射線障害による症状が
現れても、私たちには責任はありませんよ」と。
あるいはこういうことかもしれない。
「自分で考えて行動し、その結果についての責任は自分で取りなさいよ」と。

●放射線障害

 こと放射線障害については、「しきい値」というのは、ない。
あるはずもない。
「しきい値」というのは、「これ以下なら、安全」という基準をいう。
ごく微量でも、放射線は放射線。
危険であることには、変わりはない。
宝くじを例にあげ、考えてみればよい。

 1本買っただけで当たる人もいれば、100本買っても、当たらない人もいる。
「量」の問題ではなく、「確率」の問題。
もうひとつ付け足すなら、「時間の問題」。
放射線をたくさん浴びれば浴びるほど、晩発性の放射線障害が現れる確率は
高くなる。
障害が現れる時間も、早くなる。
「〜〜シーベルト以下なら安全」とか、「〜〜時間以内なら安全」と言うのは、
まったくのナンセンス。
1年以内に症状が現れなくても、10年後に、現れるということもある。

 そんなことは、常識。
逆に言うと、被災者の方には失礼な言い方になるかもしれないが、これだけは、
許可を求めるとか、求めないとかという問題ではない。
「許可」という言葉そのものが、なじまない。

一方、国側にしても、「認める」とか、「認めない」とかという問題ではない。
そんな権限は、たとえ国にもない。
ないにもかかわらず、「認める」という言葉を使うから、話がおかしくなる。
が、「認める」という言葉を使ってしまった。
言い換えると、「国が責任を負う」ということを宣言してしまった。
が、これでは困る。

●積算される放射性物質

 放射線の値が高い地域に足を踏み入れれば、危険に決まっている。
浴びる放射線の量にもよるが、それよりもこわいのが、放射線物質。
空中に漂う、放射線物質。
放射線物質は、たとえば微粒子の形で、呼吸や飲食物とともに、体内に取り込まれる。
蓄積される。
それが内部被爆を誘発する。
これがこわい。

 だからというわけでもないが、政府(原子力保安院)やNHKの解説委員の言う
言葉を信用してはいけない。
ときどき彼らは、たとえばこう言う。
「この値は、1時間、放射線を浴びたとしても、胸のレントゲンを1枚、撮った程度の
量です」と。

 バカめ!

 1時間に1枚ということは、1日に、24枚。
1年で……?
放射線物質を吸い込んでいれば、それが内部被爆として、10年単位でつづく。
20年単位でつづく。
(これに対して、X線でレントゲンを撮るのを、外部被爆という。
が、外部被爆は、一時的なもの。)

 つまり、そういうゴマカシが多すぎる。
ゴマカシが多いから、国民も、「国」を信じなくなる。

●国の責任

 危険だったら、「危険」と言えばよい。
あとの判断は、被災地の人たちに任せればよい。
被災地の人たちにしても、「国」に「自己責任」という言葉をつきつけられる前に、
「自己」を考えたらよい。

 つまり同意書を求める国も国なら、それを求められて怒る住民も住民ということになる。
「責任論」ということになれば、日本中のどこにいても、また同意書があっても、
なくても、その因果関係がはっきりすれば、責任を追及すればよい。

 同意書があるからといって、国は責任を逃れることはできない。
同意書を書いたからといって、責任の追及を放棄したわけではない。

 禁止区域に入っても、(「立ち入り禁止区域」という言葉は、まだ使われていないが)、
また入っていなくても、責任論は、国はまぬがれない。
反対に、禁止区域外にいたとしても、障害が現れ、因果関係がはっきりすれば、国は
責任を取らなければならない。
たとえ「想定外」であっても、だ。

●ショック!

 ところで今日(5月13日)、こんなショックなことがあった。
ネットの報道によれば、小田原市産のお茶が、出荷停止処分になった。
規定値を超えた放射性物質が検出されたためという。

 小田原市といえば、神奈川県。
東京都より、静岡県側に近い。
予想はしていたが、かくも早く、やってくるとは思っていなかった。
言い換えると、すでに千葉県全域、東京都全域は、放射性物質に汚染されている。
常識で考えれば、そうなる。

福島第一原発から小田原市まで、280キロ、
福島第一原発から私が住む浜松市まで、408キロ(グーグルアース上で測定)。
ちなみに、福島第一原発から東京までは、210キロ。
この浜松市が汚染されるのは、もはや時間の問題。
福島第一原発の状況は、日増しに悪化する一方。
この先も、放射性物質は、絶え間なく、たれ流される。

 すでに東京都の地価は、10%程度、下落し始めたという。
「バブル崩壊」という言葉を使う人もいるが、実際には、東京都に住む人たちが、
東京都を離れ始めた。
私はそう解釈する。

 ……ところで今日から、中部電力御前崎原子力発電所が停止措置に入った。
それに対して、どこかのノー天気な市長は、交付金が少なくなると心配していた。
バカめ!

 今に牧之原(御前崎を取り囲む茶の産地)のお茶も、出荷停止になる。
これも時間の問題。
そうなったとき、その市長は、何と言うのだろう。

●どうすればいいか

 私なら、数キロ離れたところに、巨大な穴を掘る。
日本の土木機械を総動員してでも、そうする。
そこに発電所で出る汚水をパイプで引き込む。

 この際、地下水が汚染されるとか、そんなこまかい手順を心配しているばあいではない。
緊急事態である。

 つぎにメルトダウンを予想し、(すでにメルトダウンしているが)、数十万トンの
コンクリートと、数百台のユンボやブルドーザーを用意する。
当然、東京都の首都機能を、名古屋や大阪に移す。
ものごとは先手、先手で、対策を練る。
またそうであってこそ、はじめて「対策」ということになる。

 「水位計を調べてみたら、原子炉はすでにメルトダウンしていました」(1号機)では、
話にならない。
報道によれば、対策を練るのは、これからという。
生ぬるいというか、まるで「うさぎの行進」。
こんなことを繰り返していたら、本当に、この日本は終わってしまう。

●自由

 自由とは、もともと「自らに由る」という意味である。
自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取る。
それを「自由」という。

 よく日本は自由な国と言う。
しかしこの日本では、アホな人たちがアホなことをする自由は、ある。
が、本物の自由があるかというと、私はそうは思わない。
あるとしても「しくまれた自由」(尾崎豊「卒業」)。
しくまれた自由を自由と錯覚し、その中でうさぎの行進をしているだけ。
今の今も、そうだ。
「祭をやめます」と言われれば、何も文句も言わず、それに従う。
従うだけ。

 どうじて庶民の祭を、役人のご都合主義によって、中止しなければならないのか。
そのあたりから、日本人は、「自由」というものを考えなおす必要がある。
あるいは自分に問いかけてみる必要がある。

 「果たして私たちは、自由なのか」と。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 自由論 浜松祭 中止 福島第一原発事故 放射線 放射線被害)


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●老後、それぞれの生き方

ある女性。
今年60歳。
現在、北海道M町の有料老人ホームに住んでいる。
名前を、Yさんとしておく。
そのYさん、ときどき旅行に出かける。
先月は、浜松へやってきた。
四国へ行く途中ということだった。

有料老人ホームといっても、そこに住んでいるのは健康な老人ばかり。
仕事をつづけている人も多い。
またその有料老人ホームには、ゲストルームというのもある。
友人が客として、泊まることもできるという。
言うなれば、自活式のホテルのようなもの。
「老人ホーム」という名前から受ける、ジジババ臭さはどこにもない。
Yさんは、そう言う。

●新しい生き方

 新しい生き方を模索している老人は、多い。
そういう人がふえてきた。
今までの老人観を自ら打ち破り、自分なりの生き方を模索する。
実行する。
Yさんは、こう言う。
「一応生活の基盤をそこに置き、あとはあちこちを旅行して回っています」と。

 友人は、日本中にいるという。
中にはネットで知り合った人もいる。
また1人の友人ができると、友人の紹介からまたべつの友人ができる。
そうして自分の住む世界が、広がっていく。

 もちろん仕事もしている。
詳しくは聞かなかったが、週に3日ほど。
時間は、合計で、週に10時間ほど。
書き忘れたが、夫とは、5年前に死別。
そのとき得た遺産が、生活資金の基盤になっている。

●不良老人

 老後に「形」はない。
大切なのは、自分流に生きること。
他人の目を気にしないで、生きること。
私は私、あなたはあなた。
今は、そういう時代になりつつある。

 で、私たち夫婦はといえば、自称、「不良老人」。
いつも不良老人を目指している。
なにごとにつけ、不良ぽく生きる。
時間に縛られない。
「らしさ」に縛られない。
見栄、体裁、世間体は気にしない。
が、何よりも大切にしているのが、計画性のない生活。
そのときしたいことは、その瞬間に決める。

 「不良老人」と書いたが、実は、私たち夫婦は、若いときから、そうしてきた。
若いときは「不良夫婦」。
その私たちが、そのまま今の年齢になった。
ただし自分では、自分を「老人」とは思っていない。
思っていないが、「不良老人」と呼んでいる。
つまりこれも、ひとつの生き方。

●将来のこと

 「先はどうなるか?」と。
以前は、よく考えた。
55歳を過ぎたころのことではなかったか。
ものを買うときも、どこかでブレーキが働いた。
「どうせ無駄になる」と。
が、今は、かなりちがう。
おかしなことに、このところ年を重ねるごとに、あまり考えなくなった。
たとえば仕事にしても、50代のころより、積極的になってきた。
今の今も、新しいことにチャレンジしている。

 「今度は子どもたち(=生徒たち)に、確率論を教えてみよう」とか、
そういうことだが、それを考えていると楽しい。

●変化
 
 「老後は規則正しい生活をするといい」と説く人は多い。
東洋医学でもそう教える。
あるいは「老後になったら、コンパクトな生活に心がけるといい」と説く人もいる。
いろいろな考え方がある。
またそれぞれの人は、人生の集大成として、老後の生き方を定める。

 が、私のばあい、(あくまでも現時点での話だが)、「変化」を大切にしている。
つねに生活に変化をもたらす。
さらに言えば、「緊張感」。
緊張感の持続に心がけている。

 これも若いときからの習慣かもしれない。
趣味にしても、周期的に変化する。
数か月単位で変化する。
だからほとんどのことは、経験した。
50歳を過ぎてからは、パソコンを主体とした趣味になった。
が、それでもその合間を縫って、いろいろなことをしている。
今は、温泉旅行。
それが楽しい。

●今、したいこと

 先日、オーストラリアへ行ったとき、メルボルンからアデレードまで、
「オーバーランド号」という列車に乗った。
そのとき案内してくれた友人(オーストラリア人)が、もっとすごい列車があると
話してくれた。

 北の端にあるダーウィンから、南の端にあるアデレードまで走る、縦断鉄道がある、と。
そのときは、フ〜ンという感じでその話を聞いていた。
が、それから1か月。
日増しに、その列車に乗りたくなってきた。
ワイフに話す回数も、ふえてきた。
「なあ、x月に乗ってみないか?」と。

 今のところワイフは、あまり乗り気ではない。
二男が住むインデアナポリス(USA)に行きたがっている。
孫にも会いたいらしい。
しかし私は、その列車に乗りたい。
あるいは、この際、その2つとも実行してみるという手もある。

●山荘で

 ……といっても、実は、今朝は少し調子が悪い。
山荘へ来る前、途中の店で、カツ丼を食べた。
閉店間際の、午後10時ごろだった。
そのせいか、朝起きたとき、胃が少し痛かった。
しばらくうつ伏せに寝ていたら、楽になった。
大きな病気でないことは、わかっている。
2か月前に、胃カメラを飲んで検査している。
が、心配。

 若いときとちがって、そういう無理はできなくなった。
精神はともかくも、肉体のほうは、正直。
年齢相応に弱っていく。
変化を、あまり好まない。
たとえば一晩、徹夜をすると、その後遺症は数日、残る。

 で、今朝は、朝食抜き。
たぶん昼食も抜く。
あるいは軽く食べて、すます。

●うつ病

 知人(女性)でうつ病になってしまった人がいる。
かなり重症らしい。
一日中、だれとも会わず、部屋の奥で寝ているという。
窓を開けるのもいやがるとか。
夜も電気をつけない。

 年齢は80歳くらい?
若いときは活発な人で、宗教団体にしても、3つも4つも、掛け持ちで信仰していた。
「神様に悪い人はいない」というのが、その人の口癖だった。

 が、だれでもうつ病になる。
私だって、なる。
あなただって、なる。
心の病気。

 今朝、ワイフとその人の話になった。
「どうしてああなってしまったのか」という話をしているうちに、「どうすれば、
ああならないですむか」という話になった。

 うつ病といっても、基本的には、脳の機能障害。
脳ホルモンの分泌が、変調して、人は、うつ病になる。
慢性的なストレス、つまり心配ごとや悩みは、よくない。
それが脳ホルモンの分泌に、変調をきたす。

 老後は、ほがらかに、楽しく生きるのがよい。
……ということで、最初の話になった。

 どこかの有料老人ホームに籍を置き、そこを拠点に、好き勝手なことをする。
それもひとつの生き方。
ワイフはこう言う。

「そのうち気力も弱くなってくるから、今のうちに準備しなくちゃあ」と。

 老後には、そういう問題もある。
つまり「気力」。

●気力

 こうしてものを書くにも、気力が必要。
「書きたい」と思う気力。
それがないと、ものは書けない。
が、その原動力といえば、「怒り」。
私のばあいは、「怒り」。

 たとえば昨日は、夕食を食べたあと、浜岡原子力発電所についての原稿を書いた。
「怒り」があったから、一気に書けた。
言うなれば、私の正義感に火がついた。
が、もしそれがなかったら、ただの世間話程度の原稿で終わってしまったかもしれない。

 ただ誤解してほしくないのは、「怒り」といっても、感情的な「怒り」をいうのではない。
論理的な「怒り」。
それが爆発して、やがて原稿につながっていく。

●昨夜の「怒り」

 実は、昨夜は、それについては書かなかった。
しかしどうも、あの世界は、胡散(うさん)臭い。
阪神大震災のときも、こんなことがあった。

 あの大震災のときのこと。
どこかの高速道路の橋けたが折れて、倒れた。
それについてルポを書いていた友人がいた。
明らかに手抜き工事が原因だった。
が、その原稿を書き始めて間もなくのころ、その友人が行方不明になってしまった。

 最初にそれに気づいたのは、京都で出版社に勤めている、X氏だった。
そのX氏から問い合わせがあった。
「○○さんを知らないか?」と。

 X氏は、こう言った。
「○○さんは、消されたかもしれない」と。

 この日本では、巨大利権団体を攻撃した原稿を書くと、命の危険にさらされる。
宗教団体、ゼネコン、政治団体などなど。
とくに政治結社は、こわい。
X氏は、それを言った。
で、私たちがあれこれ心配していると、1年後、またひょっこりと○○さんが現れた。
理由を聞くと、こう言った。
「暴力団の連中に、追いかけまわされましてね」と。

 日本に言論の自由があると思っているのは、日本人だけ。
あたりさわりのない、バカなことを書いている間は、よい。
しかし一線を越えると、とたん、攻撃の嵐にさらされる。
私も何度か、経験した。

 つまり今回の福島第一原発、さらには御前崎原子力発電所について、私は何か、
胡散臭いものを感じている。
本当にそうとは言い切れないが、その向こうに巨大な利権団体がうごめいている。
この日本を食い物にしている。

 そういう点でも、今回の管直人首相の発言は、たいへん勇気のいるものだった。
表にこそ出てはこないが、今ごろは、電力会社のみならず、官僚、ゼネコンの猛攻撃に
さらされているにちがいない。
だからこそ、私たちが立ち上がる必要がある。
管直人首相を、裏で支える必要がある。

 この世界には、「御用学者」というのがいる。
同じように、「御用ライター」というのもいる。
巨大利権団体の意向に沿った記事を書かせ、世論を自分たちの都合のよいように誘導
していく。

法外な原稿料を払い、ライターを懐柔するという方法が一般的。
半端な原稿料ではない。
原稿1本で、ふつうの人の年収分の原稿料を払う(「週刊現代」)。
こうして「御用ライター」を育成していく。

 昨夜は、久しぶりに、その「怒り」を覚えた。

●団塊の世代

 が、その一方で、ときどきこう思う。
「私たち団塊の世代ががんばらなくて、ほかのだれががんばるか」と。
「怒り」といっても、私のためではない。
世のため、人のため。
……というのは、大げさかもしれない。
しかしそういう自負心もないわけではない。

 ……ということで今朝も始まった。
時は2011年5月13日。
雨戸を開けると、まだどこかに淡さを残した森の木々が、やさしく風に揺れていた。
その向こうには幾重にも重なった森の木々、そして水色の空。
先ほど、ワイフが窓も開けた。
ひんやりとした春の乾いた風が、サーッと吹き込んできた。

 今日の計画……。
連休中は家で静かにしていた。
が、これからが私の出番。
がんばろう!


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