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マガジン2011−08
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彡彡人ミミ 彡彡彡彡彡
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 29日号
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★メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!
★2009年、2010年、連続、カテゴリー部門・人気NO.1に選ばれました。
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●映画『ツリー・オブ・ライフ』(The Tree of the Life)
●夏休み(8月12日)
私も明日から、夏休み。
10日間の夏休み。
自由、気ままな夏休み。
……と、子どもの書くような文を書く。
何歳になっても、休みは、うれしいもの。
ワイフも、今朝、こう言った。
「思う存分、遊びましょう」と。
やりたいことがあったら、その場で決定。
迷わない。
行きたいところがあったら、その場で決定。
すぐ行く。
が、明日まで待てない。
今夜は、仕事が終わったら、深夜劇場へ。
今日から公開の、「ツリー・オブ・ライフ」。
それを観る。
チケットは、すでに購入済み。
明日は、ビスタ・パソコンのアップグレード。
夕方は、Mさん家族と会食。
山荘へ招待する。
明後日は……。
こういうことはあまり詳しく書かないほうがよい。
空き巣に、おいでくださいと言っているようなもの。
以前、そういう忠告を、ある人から受けた。
「家を空けるという話は書かない方がいい」と。
以来、HPでもBLOGでも、予定については、書かないようにしている。
●浜松で35度!
昨日は暑かった。
しかし今日は、もっと暑い。
昼寝をしていたが、ドカッとした熱気で目が覚めた。
起きて居間へ行くと、ワイフが、「34度よ」と。
家の中で、34度!
が、私は自転車に乗って、教室へ向かった。
運動は欠かせない。
が、それにしても暑かった。
途中、飲み水としてもってきた水を、頭からかける。
地面から、乾いた熱気が、容赦なく伝わってくる。
白い日差しが、まぶしい。
……おかげで軽い熱中症に。
吐き気と頭痛。
クーラーの前に立ち、扇風機をかける。
頭を水で冷やす。
今日のレッスンは、年長児。
「形」の学習。
<iframe width="480" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/buAJJAxnZaE"
frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(つづきは、http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/のほうで……。please!)
●したいこと
新しいパソコン。
高性能であればあるほど、よい。
まず、それがほしい。
つぎにそのパソコンをもって、どこかへ行きたい。
温泉がよい。
静かで、人がいないところがよい。
そこで一日中、本を読んだり、キーボードを叩いて過ごしたい。
……というか、今夜から、思う存分、徹夜ができる。
眠くなって、どうしようもなくなったら、床に就く。
それまでパソコンに向かって、文を書く。
それが私の休みの過ごし方。
●麦わら帽子
夏休みと言えば、麦わら帽子。
そんなイメージが脳に焼き付いている。
ワイフと私は、そんな季節に出会った。
1972年の夏。
その直後、知り合った直後、私は弁天島にあった友人の別荘を借り、パーティを開いた。
7〜8人が集まってくれた。
その中に、「とべ・ひろし」(漢字名は忘れた)というフォークシンガーもいた。
そのとべ君が、吉田拓郎の『♪夏休み』を歌ってくれた。
そう言えば、仲間に「なぎら・けんいち」というフォークシンガーもいた。
が、その夜は、どこかのビアガーデンで弾き語りをするということで、来なかった。
当時は「なぎら健一」と書いていたと記憶している。
今は「なぎら健壱」と書く。
「♪……あんたがた死ねねえだろう。葬式費用もないからね……」というような歌を歌
っていた。
遠い遠い昔の話。
あのころのワイフは、美しかった。
今でも、「♪麦わら帽子は、もう消えた……」と口ずさむたびに、それを歌ってくれた、と
べ君を思い出す。
ワイフを思い出す。
親友だった、今井修さんを思い出す。
今井修さんは、今の市立図書館の前あたりで、小さなデザイン事務所を開いていた。
イベント事業も手がけていた。
その関係で、とべ君やなぎら健壱を、紹介してくれた。
もちろんそのパーティに、今井修さんも来ていた。
ワイフも、その夜のことを、よく覚えている。
ワイフと私は、パーティが終わると、海のそばの堤防に座り、夜遅くまであれこれ話した。
夏休み……私にとっては、麦わら帽子の夏休み。
(映画を観て、夜、12時ごろ帰宅)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●映画『ツリー・オブ・ライフ(The Tree of the Life)』
映画、『ツリー・オブ・ライフ(生命の樹)』を観てきた。
美しい画像と美しい音楽。
そのものすごさに、圧倒された。
ストーリーの運び方にも、独創性があった。
よかった。
よかったが、そこまで。
何か、釈然としない。
冒頭のところで、こう言う。
「キリスト教を信ずる者は、愛に包まれ、時間を長く生きる。
そうでない人は、利得に毒され、つまらない人生を生きる」(記憶)と。
つまりこの映画は、最初から最後まで、キリスト教のプロパガンダ映画。
キリスト教の信者の人(=大多数のアメリカ人)が観れば、涙を流して感激するだろう。
しかし残念ながら、私はその信者ではない。
つまり最初の段階で、「そうかなあ?」という疑問をもってしまった。
その疑問が、最後の最後までつづいた。
で、なぜ「ツリー(木)」なのか?
映画の中では、大宇宙と、地球の歴史を交互にからませ、やがて人間世界に、「神の意志」
を投影させていく。
二男を19歳で失った父親と母親の悲しみを、その上に料理のトッピングのように載せて
いく……。
「生命というのは、人間の悲しみや苦しみを超えたところで、大宇宙や地球の歴史と、大
きな木のようになってつながっている」と。
しかし、それが大げさ。
深い(?)宗教哲学を織り込んだのはよいが、かえってそれが映画自体をわかりにくいも
のにしている。
「これがキリスト教だ」と言わんばかりの、高慢な製作姿勢。
観ていて、私は疲れた。
肩が凝った。
少なくとも、娯楽映画ではない。
辛らつな言い方をすれば、キリスト教の洗脳映画を見せつけられたような感じ。
2000円(シルバー料金、2人分)も出して観に行ったのだから、もう少し楽しませ
てほしかった。
映画館を出たあと、私はワイフに、こんな会話をした。
「日本では、大震災で、2万5000人もの人たちが、亡くなった。
1人ひとりについてみれば、それも神の意志だったのだろうか」と。
なおブラッド・ピットが演ずる父親について一言。
アメリカにも、ああいう権威主義で、代償的過保護(子どもを自分の支配下において、
自分の思い通りにしたいと思う、身勝手な過保護)な親はいる。……いたと思う。
1910年代〜は、そうだっただろう。
その親が、映画の中では、一方的に、「悪人」に仕立てられていた。
その反動として(?)、母親はマリア様のように仕立てられていた。
たしかに子ども側(=3人の息子)の視点から捕えれば、そうだろう。
しかし同時に、父親には、「家族を支えていかねばならない」という重圧感もある。
ものすごい重圧感である。
最近の若い人たちは、その重圧感の経験もないまま、「そんなのは親の義務」と、簡単に片
づけてしまう。
私はむしろそちらのほうに反発を覚える。
もちろんブラッド・ピットが演ずる父親には、問題がないわけではない。
が、しかし映画を観ているうちに、私はむしろ父親のほうに同情してしまった。
「偉そうなことを言うなら、自分で家族をもち、自分で支えてみなさい」と。
さらに付け加えるなら、私の知る範囲でも、映画に出てくるブラッド・ピット以上に、
年がら年中、ガミガミ言っている母親だっているぞ!
星は、もし私がキリスト教信者であれば、文句なしの5つの、★★★★★。
が、私は信者ではないから、かえって疎外感を覚えてしまった。
2度目は観たくないという意味で、星は2つの、★★。
キリスト教国のアメリカでは、当然、アカデミー賞を受賞するだろう。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●映画『ツリー・オブ・ライフ』(The Tree of the Life)(補足的意見)
(注:この原稿は、今朝書いた原稿の補足部分です。)2011/08/13
●善と悪、進化論
++++++++++++++++++++++++
映画『ツリー・オブ・ライフ』の中で、
善と悪について、あれこれ述べている。
キリスト教信者は、絶対的な善人であり、
そうでない人は、善人にはなりえない(記憶)と。
この映画の主題と言ってもよい。
これについて日ごろの私の考えを記録しておきたい。
++++++++++++++++++++++++
●進化論の否定
アメリカには、いまだに進化論を信じていない人が、70〜80%前後もいるという。
熱心なキリスト教信者ほど、そうらしい。
が、もし私が、「善と悪」も、進化論の過程で生まれたと言ったら、どうだろう。
キリスト教の信者の人たちは、顔を真っ赤にして、怒るにちがいない。
「善と悪」を、進化論にからめて考えること自体、神への冒涜ということになる。
が、怒る前に、私の意見に、ほんの少しだけ、耳を傾けてほしい。
●仮定
よくこんな仮定が、話題になる。
「もし蚊が、ハチの大きさだったら……」という仮定である。
もし蚊がハチの大きさだったが、蚊そのものが、絶滅していたはず。
蚊のもつ毒は、きわめて強力。
もし蚊がハチほどの大きさだったとすると、蚊の一刺しで、人間はもちろん、かなり大き
な動物(牛や馬)も、ショック状態になる。
ハチ(スズメバチ)は、約40ミリ。
蚊は、約5ミリ。
体積比でみると、8の3乗。
つまりハチは、蚊の512倍。
毒の量も512倍。
毒の量が2倍になれば、抗原抗体反応は、4倍〜10倍になる。
500倍ともなれば、一刺しで、人間だったら、体中が真っ赤に膨れ上がり、死んでしま
うかもしれない。
そんな蚊が人間を襲う。
集団で襲う。
ばあいによっては、人間は、絶滅。
(ハチも襲うが、それは自衛のため。)
が、ここで蚊にとっても、深刻な問題が起きる。
もし刺す相手が絶滅し、いなくなってしまえば、自分も死ぬことになる。
血を吸う、相手がいなくなる。
そこで自然界では、絶妙なバランスが働く。
蚊はほどよい大きさを保ち、刺した相手が絶滅するまでの毒は注射しない。
つまり同じことが、善と悪についても言える。
●絶妙なバランス
もし人間がその進化の始まりで、絶対的な善人だったとする。
20万年前でもよいし、10万年前でもよい。
人類の歴史は、20万年と言われている。
もしそうなら、人間は、とっくの昔に絶滅していたことになる。
たとえば自分の妻や子どもたちが、別の動物に襲われたとする。
が、絶対的な善人である人間は、やり返すということをしない。
つまり無抵抗のまま、つぎに我が身を差し出す。
「どうか、私も食べてください」と。
一方、人間が、絶対的な悪人だったとする。
それこそ腹が減れば、平気で自分の妻や子どもですらも、肉にして食べてしまう。
それを見ても、周りの人間も何も言わない。
スキさえあれば、今度は、自分たちも、そうする。
このばあいも、人間は、とっくの昔に絶滅していたことになる。
つまりここで善と悪の間に、絶妙なバランス感覚が生まれる。
絶対的な善人であっても、また絶対的な悪人であっても、人間は、とっくの昔に絶滅して
いたことになる。
だから人間は、適当に善人であり、適当に悪人であるということになる。
自分の妻や子どもが襲われれば、反撃もする。
ばあいによっては、復讐もする。
相手を襲う。
人間だけではない。
この地球上に住む、ありとあらゆる生物が、その絶妙なバランスの上で、成り立っている。
生きている。
長い進化の過程で、そういうバランスが生まれ、定着した。
●善と悪
先にあげた例は、話をわかりやすくするため、極端な内容にした。
しかしこのことは、実生活の中で考えてみれば、よくわかる。
私たちは常に、善人と悪人の間を、行ったりきたりしながら、生きている。
商売にしてもそうだ。
より大型店を作れば、小さな商店は閉店に追い込まれる。
大型店で、ものを安く売れば、貧しい人たちは、助かる。
この時点では、大型店を作った人は、善人ということになる。
しかし小さな商店の経営者にとっては、そうでない。
悪人ということになる。
こんな話を、商売を経験したことのない人に話しても、無駄かもしれない。
ジワジワと斜陽の道をたどり、やがて閉店に追い込まれる商店主の気持ちは、理解できな
いだろう。
が、私は経験している。
私が中学生ののころ、近くに大きなショッピングセンターができた。
そこで自転車を安売りを始めたとき、心底、そのショッピングセンターを恨んだ。
この恨んだ部分が、「悪」ということになる。
で、つぎに私がこう考えたとする。
「ようし、私はさらに大きな店を作り、あのショッピングセンターを叩きつぶしてやる」
と。
つまり、仕返しということになる。
これも「悪」ということになる。
が、こうした心の作用を「悪」と決めつけてはいけない。
それがあるからこそ、人間は、今までこうして生き延びることができた。
今の、あなたにしてもそうだ。
今まで、こうして生き延びることができた。
「お人好しだけでは、生きていかれない」(映画の中のセリフ)。
●進化論
善と悪は、絶妙なバランスの上で成り立っている。
つまり絶対的な善というのは、存在しない。
絶対的な悪というのも、存在しない。
同じように、絶対的な善人というのも存在しない。
絶対的な悪人というのも存在しない。
どちらであるにせよ、もしそうなら、人類はとっくの昔に絶滅していたということになる。
逆に言うと、今、ここに存在するということは、私たちはそのバランスの上で生きてきた
ということになる。
もちろん善人、悪人といっても、程度の問題もある。
割合の問題といったほうが、よいかもしれない。
善と悪の割合が、70:30の人もいれば、反対に30:70の人もいる。
人は努力によって、善の割合をふやすことはできる。
しかし100%……というわけにはいかない。
100%になったとたん、その人は、社会から、はじき飛ばされてしまう。
で、もしそれが本来の人間の姿であるとするなら、善と悪を峻別し、たとえば善を「神」
と結びつけ、悪を「悪魔」と結びつけることは、あまりにも短絡的な考え方ということに
なる。
●私たちの心
私は若いころ、『4割の善と4割の悪』という第で、エッセーを書いたことがある。
中日新聞にも発表させてもらった。
それをそのまま、ここに掲載する。
少しちがった視点から書いたエッセーである。
そこは許してほしい。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●4割の善と、4割の悪(中日新聞掲載済み)
社会に4割の善があり、4割の悪があるなら、子どもの世界にも、4割の善があり、4
割の悪がある。
子どもの世界は、まさにおとなの世界の縮図。
おとなの世界をなおさないで、子どもの世界だけをよくしようとしても、無理。
子どもがはじめて読んだカタカナが、「ホテル」であったり、「ソープ」であったりする
(「クレヨンしんちゃん」V1)。
つまり子どもの世界をよくしたいと思ったら、社会そのものと闘う。
ただし一言。
悪があることが悪いと言っているのではない。
人間の世界が、ほかの動物たちのように、特別によい人もいないが、特別に悪い人もいな
いというような世界になってしまったら、何とつまらないことか。
言いかえると、この善悪のハバこそが、人間の世界を豊かでおもしろいものにしている。
無数のドラマも、そこから生まれる。旧約聖書についても、こんな説話が残っている。
ノアが、「どうして人間のような(不完全な)生き物をつくったのか。(洪水で滅ぼすく
らいなら、最初から、完全な生き物にすればよかったはずだ)」と、神に聞いたときのこと。
神はこう答えている。
「希望を与えるため」と。
もし人間がすべて天使のようになってしまったら、人間はよりよい人間になるという希望
をなくしてしまう。
つまり人間は悪いこともするが、努力によってよい人間にもなれる。神のような人間にな
ることもできる。
旧約聖書の中の神は、「それが希望だ」と。
子どもの世界に何か問題を見つけたら、それは子どもの世界だけの問題ではない。
それがわかるかわからないかは、その人の問題意識の深さにもよるが、少なくとも子ども
の世界だけをどうこうしようとしても意味がない。
たとえば少し前、援助交際が話題になったが、それが問題ではない。
問題は、そういう環境を見て見ぬふりをしているあなた自身にある。
そうでないというのなら、あなたの仲間や、近隣の人が、そういうところで遊んでいるこ
とについて、あなたはどれほどそれと闘っているだろうか。
私の知人の中には50歳にもなるというのに、テレクラ通いをしている男がいる。高校生
の娘もいる。
そこで私はある日、その男にこう聞いた。「君の娘が中年の男と援助交際をしていたら、君
は許せるか」と。
するとその男は笑いながら、こう言った。
「うちの娘は、そういうことはしないよ。
うちの娘はまともだからね」と。
私は「相手の男を許せるか」という意味で聞いたのに、その知人は、「援助交際をする女性
が悪い」と。
こういうおめでたさが積もり積もって、社会をゆがめる。
子どもの世界をゆがめる。それが問題なのだ。
よいことをするから善人になるのではない。悪いことをしないから、善人というわけで
もない。悪と戦ってはじめて、人は善人になる。そういう視点をもったとき、あなたの社
会を見る目は、大きく変わる。
子どもの世界も変わる。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●悪の否定
要するに、悪は悪として存在する。
それを否定しても、意味はない。
大切なことは、悪と戦うのではない。
悪とどうやってうまく、つきあっていくかということ。
相手が人間でも、そうである。
悪人は、いつの世界にも存在する。
どこにでもいる。
大切なことは、そういう悪人と戦うことではない。
悪人とどうやってうまく、つきあっていくかということ。
もちろん反社会的な行為を繰り返すような悪人は、別。
しかし今、この文章を読んでいるあなたにしても、「私は善人」と言い切ることができる人
は、いったい、どれだけいるだろうか。
私にしてもそうだ。
私は、自分を善人と思ったことは、一度もない。
ものの考え方は、たしかにゆがんでいる。
嫉妬深く、いつも心の底流では、恨みや、つらみが渦を巻いている。
それに自己中心的。
だからもしだれかに、「あなたは善人か」と聞かれたら、私はこう答える。
「ハハハ、ありえない」と。
が、こうした善と悪のハバが、人間社会を、おもしろく豊かなものにしている。
もし人間がすべて天使になってしまったら、この世の中、ほんとうにつまらなくなる。
……というか、そのほうが、不気味。
私たちがなぜ、今、ここに生きているかといえば、そこにドラマを残すため。
そのドラマに生きる価値がある。
そのドラマの中に、生きる意味がある。
●神とは
映画『ツリー・オブ・ライフ』の中では、得体の知れない、何やらモヤモヤしたものが、
「神」として描かれていた。
日本のどこかのカルト教団も、同じようなことを言っている。
私はもちろん、神がどんなものであるか、知らない。
しかし今、昨夜見た映画を思い出してみると、どう考えても、あの映画は、どこかのキリ
スト教団体の、プロパガンダ(情宣)映画にしか思えない。
つまり洗脳映画。
(映画『ベン・ハー』を、洗脳に利用しているカルト教団もあるぞ!
勧誘してやってきた人たちに、まずあの映画を見せているそうだ。)
あの映画の中で述べていることを本気でとらえてしまうと、そのままキリスト教に入信
してしまうかもしれない。
随所で、「入信してよかった」「新しい世界が開けた」と述べるセリフもあった(記憶)。
その点、私たち日本人は、一歩退いたところからあの映画を観ることができる。
形だけかもしれないが、一応、仏教徒。
しかし油断は禁物。
そんな警戒心をもっても、おかしくない映画ということになる。
最後に、試しにアメリカ人にこう聞いてみるとよい。
「あなたがたの国は、キリスト教国か?」と。
ほとんどのアメリカ人は、きっぱりとこう言う。
「No!」と。
ドル札すべての裏に、「We trust in God(私たちは神の存在を信ずる)」と刷り込んでい
ても、「No!」という。
そのおかしさ。
映画『ツリ−・オブ・ライフ』は、そういう国の、そういう人たちによって作られた映画
である。
インパクトが強烈な映画だけに、要注意!
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 ツリーオブライフ
ツリー・オブ・ライフ The Tree of the Life 善と悪の進化論)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●8月13日
明けて今朝は、8月13日。
土曜日。
昨日のサイクリングがたたって、今でも筋肉痛がひどい。
が、負けてはいけない。
今朝は、起きるとすぐ、30分のウォーキング。
全身に、ビッショリと汗をかいた。
が、痛さは、そのまま。
水を1リットルほど飲んで、そのまま書斎へ。
今が、そのとき。
これから近くのショッピングセンターへ行き、買い物。
友人を、山荘に招待している。
その食材さがし。
また午後イチバンに、WINDOW7のUPGRADEソフトが届くはず。
サブで使っている、ビスタマシンを、それを使ってUPGRADEしなければならない。
簡単な作業のように見えるが、時間はかかる。
……今日も猛暑日という。
パソコンがそれに耐えられるだろうか。
少し心配になってきた。
では、これから買い物。
みなさん、おはようございます。
はやし浩司 2011−08−13
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●子育て相談(2件)2011/08/14
【掲示板より】
こんにちは。そして初めまして。子育てについて色々検索していた所、はやし浩司さんの
HPに辿り着きました。どうかよろしくお願いします。
小3の娘が、近所の小2の女の子と娘と同じクラスの女の子(その二人はとても仲良し)
に意地悪をされます。娘は本当は気が強いと思うのですが、外では割と大人しくお友達と
軽いおしゃべりが出来るタイプではありません。そのせいか馬鹿にされやすいようで、ま
だヒドイいじめまではなっていませんが、コソコソばかにしたり、走って逃げたり嫌な顔
で娘を見たり・・・。 本人も私もとても辛い気持ちでいます。
そこで、ある方に相談したところ、「娘さんを守る為にその子達の母親に話した方が良
い!」とおっしゃるのですが、娘と同じく臆病な私はでもな〜・・・と悩んでおります。
やはりここは私が勇気を出してちゃんと話した方が良いのでしょうか?
もし他に良い方法があったら教えて頂けないでしょうか?
どうかどうか宜しくお願いします。
【はやし浩司よりクック様へ】
●YOUTUBEのほうで、私の考えを述べておきます。
下をクリックしてみてください。
なおYOUTUBEを、ご覧いただけないかたは、(はやし浩司のメインサイト)→(子育
てQ&A)へとお進みください。
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/CE-fkuUn_1c?hl=ja
&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●学校の先生の指導の仕方に問題があるが……
直接、相談いただきました。
私の考えを、YOUTUBEのほうで、述べさせていただきます。
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/ceswg7awKqA?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
2011/08/14
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●宇宙とトカゲ(人間は、どちらに近いか?)
+++++++++++++++++
このところ毎晩眠る前に、床の中で、
1冊の小冊子を読んでいる。
「ニュートン」(雑誌)の付録についてきた小冊子である。
その冊子を読んでいると、宇宙の広大さに、
ときとして気が遠くなる。
私たちが住んでいるこの宇宙は、広い。
どう広いかは、改めて、ここに書くまでもない。
が、その一方で、こんな話もある。
私の家に住む、トカゲの話。
+++++++++++++++++
●小便用の穴
私の家の居間の前には、70〜80坪前後の広さの庭がある。
庭といっても、「ガーデン」ではない。
英語でいう、「バック・ヤード」。
その一角に、10坪ほどの畑があり、その手前に、アロエなどが植えてある。
ほかにも数種類の木が立っている。
そのアロエの横に、小さな穴が掘ってある。
驚かないでほしい。
つまり私の小便用の穴。
その「穴」の話。
●穴
深さは、50センチほど。
下のほうに砂を敷き、上は、庭木を切ったときに出た太い枝をかぶせてある。
が、数年もすると、枝は腐る。
腐って、穴につまる。
そこで数年ごとに、小便用の穴を掘りかえす。
太い枝で、その上をかぶせる。
こんな話を書けば、みなこう思うにちがいない。
「行儀の悪い話だ」と。
たしかに行儀が悪い。
庭で立ち小便!
私も何度か、それをやめようと思った。
●水気
夏場はまだよい。
畑も近くにあって、水気がある。
しかし冬場になると、庭の草も枯れ果てる。
もちろん畑も、枯れ果てる。
庭の前に、小さな森があり、それが日陰を作る。
畑は、その日陰にかかってしまう。
ところが、である。
10年ほど前だったか、夏の暑い日のこと。
ふと見ると、小さなトカゲの子どもがいるではないか。
穴にかぶせた、半ば腐った枝の間から、チョロッと顔を出して、サッと身を隠す。
大きさは、1〜2センチほど。
ときどき大きなトカゲを見かけることもある。
それは親のトカゲということになる。
●トカゲの世界
つまりトカゲの親子は、その穴を自分たちの世界として、生きていた。
冬場だと、ほかに水気のあるところはない。
春先や秋の終わりにもない。
そこで私は努めて、そこで立ち小便をするようになった。
もし私がそこでそれをするのをやめたら、トカゲの親子は、そのまま飢え死にしてしまう。
深い穴だから、適度な湿気もあるのだろう。
私は、そう考えた。
以来、小便用の穴は、そこに残った。
小便が足りないと感じたときは、そこに水をまいた。
●誤差の範囲
トカゲは、小さな穴の中に住んでいる。
庭といっても、まわりは2段のブロック塀で囲まれている。
外に出ることはできないはず。
親のトカゲは別としても、小さな子どものトカゲには、それを乗り越えることはできない。
つまり彼らの住む世界は、この、せいぜい70〜80坪の庭だけ。
その向こうに広大な陸地が広がっていることなど、知るよしもない。
いわんや海があり、地球が丸いなどということも、知るよしもない。
(知ったところで、どうしようもないが……。)
しかも彼らは、私という人間が排出する小便で生き延びている!
もし私がほんの少しでも自分に恥じ、立ち小便をすることをやめてしまったら、どうなる
か?
もちろんトカゲたちは、そんな私の迷いなど、知らない。
知ったら、不安で、とてもそんなところには、暮らせないだろう。
しかしそんなトカゲたちを、私たちは、笑うことはできない。
●小さな世界
私たちだって、その小さな世界に住んでいる。
どうしようもないほど、小さな世界である。
もしあなたが人間は大きな世界に住み、トカゲは小さな世界に住んでいると思っているな
ら、それこそ、傲慢というもの。
冒頭にあげた宇宙の大きさから見れば、人間の住む世界も、トカゲの住む世界も、誤差
の範囲。
子どもたちに向かって、「紙の表と裏とでは、どちらが東京に近いか?」と聞くようなもの。
子どもたちは「紙の表のほうが、東京に近い」と答えるかもしれない。
表が東京側にあれば、そう答える。
しかしどちらも、同じ。
●ダークマター&ダークエネルギー
この宇宙には、ダークマターと呼ばれる、目に見えない「マター(物質?)」が、ぎっし
りと詰まっているという。
まだ発見されるには至ってはいないが、「ある」のは、確実だそうだ。
同じように、「ダークエネルギー」というのもの、あるそうだ。
宇宙は膨張しているが、いわゆる等速運動ではない。
加速度的に膨張している。
その「加速」させている力が、また発見されていない「エネルギー」ということになる。
考えれば考えるほど、不思議な世界だが、仮にそれが発見されたとしても、さらにその向
こうには未知の世界が、広大に広がっている。
●私の空想
私は子どものころ、こう考えた。
宇宙が無限ということはありえない。
いつか大きな壁にぶつかるはず。
しかしその壁に穴をあけ、さらに先に進んだら、どうなるか。
壁にもハバ(厚さ)があるはず。
その壁を突き抜けたら、どうなるか。
さらにその向こうには、別の世界があるのか、と。
が、その宇宙が、今の今も、膨張しつづけているという。
しかもそれが137億年も前から!
となると、またあの子どものころの疑問が、わいてくる。
反対に137億年前でもよい。
一説によると、ビッグバンによって現在の大宇宙が始まる前には、この宇宙の大きさは、
1立方メートルほどだったという。
1立法メートルなら、1立方メートルでよい。
問題は、その外はどうなっていたかということ。
が、科学者たちは、みな、こう言う。
「無の世界だった」と。
「ヒモのような世界だった」と説く科学者もいる。
理屈づめで考えていくと、そうなるのだそうだ。
●人間とトカゲ
私はトカゲを見ながら、いつもこう思う。
人間とトカゲ。
大きくちがうようで、どこもちがわない、と。
知恵や知識にしても、そうだ。
人間は利口で、トカゲは、そうでないと考えたいが、これも宇宙的規模で考えるなら、誤
差の範囲。
トカゲとチョウ、どちらが利口かと聞くのと同じくらい、ナンセンス。
最近になって、つまりごく最近になって、月は地球の衛星ということがわかった。
しかしそれ以前はというと、私たち人間ですら、月は見るだけのものだった。
星々にしても、そうだ。
が、そんな程度のことなら、トカゲだってしているかもしれない。
●人間だけが特別ではない
もちろんだからといって、私は科学を否定する者ではない。
科学は科学。
が、こう考えることは、とても重要なこと。
つまりいかなるばあいも、人間だけが特別な存在と考えてはいけない。
たとえばトカゲは小さな世界に住み、人間は広い世界に住んでいる。
トカゲには知恵や知識はないが、人間には、それがある、と。
人間も動物の一種であるし、その範囲では、上下関係はない。
●宇宙を知る
飛躍した結論に聞こえるかもしれないが、宇宙を知るということは、そういうことでは
ないか。
解釈の仕方は、それぞれの人によって、ちがうだろう。
ダークマターにしても、ダークエネルギーにしても、「はい、それがあります」で終わって
しまったら、宇宙学も、何とつまらないものになることだろう。
宇宙学によって、反対に遠い宇宙から、私たち人間を見る。
それが宇宙学では、ないか。
ニュートンの付録を読みながら、このところ毎晩、同じことを考える。
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●「The Australians」に載った、日本非難の記事(偏見と事実誤認)
+++++++++++++++++++++++++++
要旨:南米(ブラジル)からの出稼ぎ労働者に対して、日本政府は
「3年以内の再入国禁止」政策を打ち出している。
このため恋人や家族と別れ離れになってしまった人たちも多い。
新聞は、「Yuriさん」のケースをあげ、日本を非難している。
これはきわめて非人道的な政策である、と。
オーストラリアの代表的新聞である「ジ・オーストラリアン」は、
いくつかの例をあげて、日本を批判している。
が、大きな誤解が2つある。
ひとつは、この制度は、浜松市全体が不況に見舞われた、数年前からある。
3・11大地震(2011)とは、直接には関係ない。
それに自費でブラジルへ帰国した人については、「3年間、入国禁止」の措置は
とられていない。
当初、この制度は、「仕事先で解雇されたが、帰国費用がない」と訴える
人たちを救済するために設けられた制度である。
もし「3年」という期限を設けなければ、それを利用して、自由に行ったり
来たりする人が出てくる。
帰国費用があっても、その制度を利用し、無料で帰国する人も多い。
ゆっくりと原文を読みたい人は、一度、自分で読んでみるとよい。
いかにいいかげんな記事であるかは、「出稼ぎ」を「degasegi(デガセギ)」と
誤読しているところからもわかる。
+++++++++++++++++++++++++++
THE huge Japanese earthquake and the contrasting fortunes of the Japanese and
Brazilian economies have sent many BrazilianーJapanese back to Brazil.
But Japanese with roots in Latin America are finding that despite the economic boom in
Brazil, wealth and jobs are yet to trickle down to the poor.
And the unpleasant existence they endured in Japan ー discriminated against and
ostracised ーis often no better in Brazil.
日本へやってきた(日系)移民たちにとって、日本はブラジルより、よい国ではなかった。
Academic and documentaryーmaker Kimihiro Tsumura has made a film on these
people,
trapped between two radically different societies.
As Japan's economy sinks while Latin America's rises, such people are questioning
where their future lies.
日本の経済が沈下し、ブラジルの経済が上昇したとき、これらの人々は、どちらに自分た
ちの未来があるかを問うた。
The Japanese government has offered to pay for their tickets out of the country ー
provided they don't return.
日本政府は、もし彼らが戻らないなら、旅費を出すと申し出た。
For Professor Tsumura, this policy is unfair. "Morally, it's against human rights," he
said. "For the families who choose to take the grant, they can't come back to Japan for
three years, if at all. It's just so opportunistic."
ツムラ氏は、(こうした施策を)人間性に反すると言った。
その申し出を受け入れると、3年間、日本には戻れないからである。
The degasegi, as they are known, are usually employed on threeーmonth contracts and
are the first fired whenthere's a downturn. The children are allowed ー and in the case
of some families, expected ー to work in factories from the age of 15.
こうした労働者は、ふつう3か月契約で働く。
子どもたちは15歳から、工場で働くことができる。
Several hundred thousand people in Japan have roots in Latin America. They come
from a 2.5 millionーstrong Japanese diaspora based mainly in Brazil. Their life can be
a dispiriting process of bouncing between two worlds as the economic circumstances
and immigration laws change.
ラテンアメリカには数十万人の日系人がいる。
The March 11 earthquake and tsunami, coming after the 2008 economic crisis, has
meant more Latin American Japanese workers thrown out of work in the auto and
electronics plants. Families are torn apart as different generations choose different
paths.
2008年の経済危機と3・11震災のあと、これらの労働者は、職場を追われた。
家族はばらばらになった。
The Japanese diaspora in South America was established in the first half of last century
by impoverished farm workers who fled overcrowding and economic hardship for a
better life abroad.
日系人たちは貧しい農夫として働いた。
Fast forward to the 1980s, and Japan, at the height of its a bubble economy and
desperate for workers, began encouraging these Latin American Japanese back to work
in the factories.
1980年代、バブル経済のとき、日本政府は、これらの人々を日本の工場で働くよう奨
励した。
Professor Tsumura, who teaches English at Hamamatsu Gakuin University, noticed the
alienation of degasegi youth when he was posted to the industrial city south of Tokyo
as Japan's economy began its decline in the 1990s.
しかし1990年に入ると、日本経済は下降した。
The parents were less visible ー either working in the factories or tucked up in bed. But
he noticed the kids out on the street letting off steam in a way that often jarred with
the conformity of Japanese life.
両親たちは、子どもたちがどんな世界にいるかを知らなかった。
Often the way these youths carry themselves stamps them as foreigners, although
they might be ethnically Japanese. Many of the young men have tattoos or wear
chunky chains and rings, and rap or hipーhop style clothing.
子どもたちは、自らを「外国人」と位置づけた。
多くの若者はイレズミを入れ、ホップスタイルの衣服を身につけた。
Janete da Silva Oliveira, a Brazilian friend of Professor Tsumura's who helped with the
documentary, called Lonely Swallows, said many degasegi felt caught between two
worlds. "Here they are foreigners and don't know quite how to act, and they can't get
proper jobs," she said. "In Brazil they're foreigners too."
外国人であるという相互の意識のため、適切な仕事に就くことができなかった。
In Hamamatsu's degasegi community, which comprises about 15,000 of the town's
800,000 people, the divorce rate is high and family breakdown common. The local
government is sympathetic and runs programs to help them survive and plan a future.
Still, many have been lured back to South America in the belief their savings will help
them buy a business.
人口80万人の浜松市に1万5000人のブラジル人がいたが、高い離婚率、家庭崩壊を
多くが経験している。
Others have been tempted by Brazil's economic miracle. But those who know Brazil
beyond the economic statistics say ordinary Brazilians are still battling violence,
unemployment and corruption.
ブラジルの高い経済成長は魅力的だが、ふつうのブラジル人にとっては、ブラジルという
のは、闘争と失業、それに崩壊の国である。
In the Tsumura film, the problems of staying and going are illustrated through the story
of Yuri, 19, a former gang leader who finds Brazil no pushover, and Paula, a young girl
fighting to build a life.
Yuri says he has been abandoned by his parents and girlfriend after he was busted for
stealing a car navigation system.
ユリ(19歳)は、ギャングのリーダーだった。
彼はカーナビを盗んだとき、彼の両親とガールフレンドに見捨てられた。
His parents return to Brazil, leaving him alone in Japan with a changing group of
friends who drift from town to town picking up factory work. Yuri moves to Brazil to
reconcile with his father but can't get work.
両親はブラジルへ帰り、ユリは、ひとり、日本に残された。
When his girlfriend falls pregnant, they go back to Japan. Paula, 15, is forced to bid her
boyfriend goodbye when her parents decide to leave for Brazil.
彼のガールフレンドは妊娠したが、両親がブラジルへ帰るとき、ユリに別れを告げなけれ
ばならなかった。
"He sometimes cries, saying 'You're going back'," she says. "I want to stay here, but my
parents have decided and once I go to Brazil, I can't come back here."
ユリは、「もどってきてほしい」と泣く。
が、ガールフレンドはこう言う。
一度、ブラジルに戻ったら、ここへは来ることはできない、と。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●3年再入国禁止措置
私もこの政策が打ち出されたとき、当初は、「3年再入国禁止措置」に、反対した。
しかしそのあと実情を調べるにつれ、「仕方ない」という方向に、徐々に傾いていった。
もしそういう措置をとらなければ、日本政府は、往復費用の半分を負担することになる。
(このため、たいていの先進国では、帰国用の飛行機のチケットがないばあいには、入国
を認めないという措置をとっている。)
入国前、入国時についても、日本政府はかなりの優遇策を講じている。
つまり南米からのほとんどの労働者たちは、片道切符だけで、日本に入国している。
が、ここにそもそもの問題点が隠されていた。
もともと貧しい日系人、日系人の子孫である。
そういう人たちであるということがわかっていたから、なおさら、南米からの労働者に甘
かったということもある。
そして一時は、この浜松市にも、3万人近い、南米からの労働者があふれるようになった。
●問題
いちばん大きな問題は、教育の問題である。
日本とブラジルとでは、教育制度が大きくちがう。
「教育」に対する考え方もちがう。
だから当時は、つまり南米からの労働者がピークを迎えたころには、どこの学校も、学
級崩壊に苦しんだ。
教育そのものが、成り立たなくなってしまった学校も多い。
近くの菊川市では、小学校の児童の、5人に1人が、日本語のまったく話せない南米から
の労働者の子どもたちになってしまったこともある。
しかしそういう子どもたちのための、専門の講師もいなければ、カリキュラムもなかった。
もちろん特別な予算もなかった(K小学校校長談)。
しかたないので、どこでも、そういった子どもたちを、普通学級へと編入させていった。
が、こうなると、授業そのものが、成り立たない。
それが学級崩壊へとつながっていった。
もちろんこれは彼らの責任ではない。
先のことをよく考えないまま、無分別にブラジルからの労働者を受け入れた国の責任であ
る。
彼らもまた人間である。
単なる「労働力」としか考えなかったところに、失敗の原因がある。
●The Australiansへの反論
私は、即、The Australiansへ反論を送った。
以下、その反論。
「This article is wrong in some points and misleads your readers.
この原稿は、いくつかの点でまちがっている。読者に誤解を与えている。
Hamamatsu Government pays the fares by planes back to Brazil . (Whole
fare back to Brazil from Hamamatsu)
浜松市は、ブラジルへの航空運賃を支払っている。(浜松からの全額航空運賃である。)
Because Many Brazilians complain that they have no money to go back to Brazil after
they have lost their jobs. And they try to stay in Japan as illegal immigrants.
なぜなら、仕事を失ったとき、彼らは、帰国の費用がないと不満をもらし、不法移民のま
ま日本に滞在しようとしたからである。
In this case they can not come back to Japan for three years.
この場合は、彼らは3年間、日本へ戻ってくることはできない。
This is true.
これは事実である。
Otherwise they can go and come back between Japan and Brazil free of
charge anytime.
そうでなければ、彼らは日本とブラジルの間を、航空運賃が無料のまま行き来できること
になる。
As a matter of fact there are also many cunning Brazilians to utilize this systm.
事実、この施策を利用する多くのずるいブラジル人もいる。
Some are very too poor to pay the fare but some are very rich of course.
もちろん中には、運賃も払えないような貧しいブラジル人もいる。
が、金持ちのブラジル人もいる。
They can pay the fare but they pretends to be poor.
運賃を払えるにもかかわらず、貧しいフリをする。
They receive the fare from Hamamatsu-city government an go back free of charge.
But no one can check it.)
彼らは浜松市から料金を受け取り、無料で帰る。
しかしだれもそれをチェックできない。
But when they go back to Brazil by temselves , paying the fare by themselves,
it is no problem to re-enter Japan anytime as they like even next week or next month.
しかしもし自費でブラジルへ帰国すれば、日本への再入国には、問題はない。
来週でも、来月でも、入国できる。
The writer of this article does not know such these facts or did not investigate the fact
deep enough.
この原稿を書いた記者は、これらの事実を知らないか、じゅうぶん深く調査をしていない。
It is also true, however, that the citizens of Hamamatsu did not try to welcome these
people from Brazil warm-enough, or rather we looked at the just foreigners than
use-to-be Japanese one two or three generations ago.
しかし浜松市民が、これらの人々を、じゅうぶん温かく迎えなかったのは事実であり、私
たちは彼らを日系人というよりは、外国人として見た。
I am sure that for them Japan was such a contry too fifferent from their own cultures.
私は彼らにしてみれば、自分たちのもつ文化とはあまりにも違った国であったということ
は確信している。
On reflection we cannot say that we have been kind enough for these people.
反省してみると、私たちはかれらにじゅうぶん親切だったとは言えない。
Hiroshi Hayashi, Hamamatsu, Japan
浜松・はやし浩司
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 26日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●8月12日(はやし浩司 2011−08−12)
●過剰行動児
++++++++++++++++++
夏になると、突発的に衝動的な行動に
走る子どもが、ふえてくる。
昨日も何を思ったか、突然レゴで作った
家(大きさは6センチ角)を、私に
投げつけてきた子ども(小2男児)がいた。
レゴは私の胸に当たって、砕け散った。
幸い「胸」だからよかったものの、顔だったら、
けがをしていたはず。
メガネに当たっていたら、メガネが割れて
いたはず。
私は強い衝撃を感じ、一瞬、ウッとうめいた。
私の横には、女の子も立っていた。
で、このタイプの子どもの特徴は、
力加減をしないこと。
思い切って……というか、脳の抑制命令
がきかない。
まるでキレたかのように、(まさにキレた
状態になり)、突然、予期しない行動に走る。
AD・HD児とか、そういった障害児
ではない。
ごくふつうの、ふだんは、穏やかな
子どもたちである。
そういった子どもが、突然、何の
前触れもなしに、そういった行動を
起こす。
もちろん理由もない。
30年ほど前、アメリカで問題になった、
「過剰行動児」と考えてよい。
白砂糖の摂取過剰が、セロトニンの分泌
異常をきたし、それが脳の抑制命令を
阻害すると説明される(ミラー博士ほか)。
症状としては、小児糖尿病で砂糖断ちを
している子どものそれと似ている。
突発的に、過剰な行動に走る。
今までに経験した例をあげてみる。
(1)肩に手をかけ、「こんにちは!」と
言ったとたん、「ヘンタイ!」と言って、
私の腹に足蹴りを入れてきた女児(小5)。
その女児は空手道場に通っていた。
私はその場に倒れてしまった。
(2)順番に並んでいたとき、突然、
殴りかかってきた男児(小3)。
私はそのときほかの子どものプリントを
採点していた。
その子どもはその2、3番、あとに並んでいた。
その位置から、「ギャーッ」という声を
張り上げ、私に襲いかかってきた。
(3)いきなりプラスチック製のバットで、
しかもうしろから、私の後頭部を殴ってきた
男児(小5)。
頭も痛かったが、そのあと数日間、耳が聞こえ
なくなってしまった。
幸い徐々に聴力は回復したが、当たり所が
悪ければ、私は鼓膜を抜かれていたはず。
(4)「先生」とその男児(小5)は私を
横で呼んだ。
やさしい声だった。
振り向こうとすると、前に座っていた別の
女児が「先生!」と声をかけてくれた。
そこで私は顔の動きを一瞬、止めた。
先の男児は、シャープペンシルを手で握り、
私が振り向くのをそこで待っていた。
もし動きを止めないで、そのまま顔を
回していたら、確実にそのシャープペンシルは、
私の目に突き刺さっていたはず。
そういう位置関係だった。
(5)その男児(中2)は、私にあれこれ、
学校であった話をしてくれた。
私は目を閉じ、その話を黙って聞いていた。
「そうか」「そうか」とうなずいていた。
その瞬間のこと。
その男児は、自分のもっていたシャープペンシルを
私の顔と机の間に突き立てた。
私がうなずいた瞬間、その先がメガネにパチンと
当たり、はじけた。
シャープペンシルの先が、目の付け根の上に突き刺さった。
血が噴水のように飛び散った。
こうした事例は、今までにあちこちで書いてきた。
年齢(学年)については、記憶によるものなので、正確ではない。
で、こうした事例について、「暑いから」と
短絡的に考える人もいるかもしれない。
「暑いから、みな、イライラしている」と。
昨日もこの浜松地方では、35度の猛暑を記録した。
が、それでは理由にならない。
興味のある人は、「はやし浩司 砂糖は白い麻薬」で
検索をかけてみてほしい。
いくつか、以前、書いた原稿を読んでもらえるはず。
簡単に言えば、夏場こそ、子どもの食生活に
注意してほしい。
「暑いから」というおかしな理由をこじつけ、
ジュース類、アイス類を安易に与えてはいけない。
「子どもは甘いものが好きなはず」という、
まちがった先入観も危険。
それが子どもの脳の機能を狂わせる。
+++++++++++++++++++
●小1児、2児に、つるかめ算を教えてみる
今週は小1児、小2児に、つるかめ算を教えてみた。
ついでに年中児にも教えてみた。
結果は、YOUTUBEで見てほしい。
で、こうした実験を繰り返していると、「ではいったい、学校で定めるカリキュラムは何
か?」ということになってしまう。
ほとんどの人は、(学校の教師も)、文科省の定めるカリキュラムは絶対的なものと思い込
んでいる。
しかし本当に「絶対的なもの」と考えてよいのか。
私はこうした固定化した観念は、正しくないと断言する。
たとえば幼稚園児でも、正負の数を理解することができる。
対称図形も、つるかめ算も、私たちが「数学」と呼んでいる、あらゆる分野を理解するこ
とができる。
そうしたレッスンの様子は、「BW公開教室」で公開している。
はやし浩司のHP(http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/)より、「BW公開教室」へと進ん
でみてほしい。
あなたも幼児のもつ能力的な可能性について、驚くはず。
●小1児、2児につるかめ算(2011年8月11日)より
(夏休みということもあり、またこの日も35度を超える猛暑。
そのため、レッスンの内容は、ややだらけたものになってしまいました。
その点を留意の上、ご覧ください。)
【小1児】
(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/Nt5wDVo6ckg?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/Rn55cM_5_dY?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/jsuYuKaddXw?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
【小2児】
(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/SkGUZSfzNx8?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/Z4D8eFN4XKo?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/OGjk4dZV-Ls?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 鶴亀算 つるかめ算
ツルカメ算)
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●砂糖は白い麻薬
++++++++++++
甘い食品になれた子どもから、
甘い食品を取りあげると、
禁断症状に似た症状が観察される。
私はこのことを、すでに30年前
に発見した。雑紙にも、そう書いた。
それが最近、科学的に、証明され
つつある。
++++++++++++
●禁断症状
アメリカの国立薬物乱用研究所の、N・D・ボルコフ(女性研究者)は、つぎのような
論文を発表している。
「……過食症ラットのばあい、砂糖を多く含むエサを与えたあとに、ナロキソンという
オピオイド拮抗剤(脳内快楽物質の働きを妨げる薬)を投与すると、禁断症状が起こる。
モルヒネを注射したあとに、ナロキソンを投与したのと同じく、禁断症状が生ずるのだ。
この結果から、糖分の多いエサを食べつづけることによって、身体的な依存が生じていた
ことがわかる。人間でも同じ反応が起こるなら、禁断症状を緩和する処置が、ダイエット
に役立つかもしれない」(日経・サイエンス・07・12月号・P55)と。
これはラットについての実験だから、そのまま人間に当てはまるとはかぎらない。しか
し一歩、近づいた! つまり白砂糖でも、麻薬に似た禁断症状が起こる!
その30年前に書いた原稿をさがしてみたが、見あたらなかった。そのかわり、当時の
原稿をもとに、書き直した原稿が見つかった。中日新聞に、8年前に発表した原稿である。
この中に書いた、U君というのは、今でもよく覚えている。
++++++++++++++
●砂糖は白い麻薬
●独特の動き
キレるタイプの子どもは、独特の動作をすることが知られている。動作が鋭敏になり、
突発的にカミソリでものを切るようにスパスパとした動きになるのがその一つ。
原因についてはいろいろ言われているが、脳の抑制命令が変調したためにそうなると考え
るとわかりやすい。そしてその変調を起こす原因の一つが、白砂糖(精製された砂糖)だ
そうだ(アメリカ小児栄養学・ヒューパワーズ博士)。
つまり一時的にせよ白砂糖を多く含んだ甘い食品を大量に摂取すると、インスリンが大量
に分泌され、そのインスリンが脳間伝達物質であるセロトニンの大量分泌をうながし、そ
れが脳の抑制命令を阻害する、と。
●U君(年長児)のケース
U君の母親から相談があったのは、4月のはじめ。U君がちょうど年長児になったときの
ことだった。母親はこう言った。「部屋の中がクモの巣みたいです。どうしてでしょう?」
と。
U君は突発的に金きり声をあげて興奮状態になるなどの、いわゆる過剰行動性が強くみら
れた。このタイプの子どもは、まず砂糖づけの生活を疑ってみる。聞くと母親はこう言っ
た。
「おばあちゃんの趣味がジャムづくりで、毎週そのジャムを届けてくれます。それで残
したらもったいないと思い、パンにつけたり、紅茶に入れたりしています」と。そこで計
算してみるとU君は1日、100〜120グラムの砂糖を摂取していることがわかった。
かなりの量である。そこで私はまず砂糖断ちをしてみることをすすめた。が、それからが
たいへんだった。
●禁断症状と愚鈍性
U君は幼稚園から帰ってくると、冷蔵庫を足で蹴飛ばしながら、「ビスケットをくれ、ビ
スケットをくれ!」と叫ぶようになったという。急激に砂糖断ちをすると、麻薬を断った
ときに出る禁断症状のようなものがあらわれることがある。U君のもそれだった。
夜中に母親から電話があったので、「そのまま砂糖断ちをつづけるように」と私は指示した。
が、その1週間後、私はU君の姿を見て驚いた。U君がまるで別人のように、ヌボーッと
したまま、まったく反応がなくなってしまったのだ。
何かを問いかけても、口を半開きにしたまま、うつろな目つきで私をぼんやりと私を見つ
めるだけ。母親もそれに気づいてこう言った。「やはり砂糖を与えたほうがいいのでしょう
か」と。
●砂糖は白い麻薬
これから先は長い話になるので省略するが、要するに子どもに与える食品は、砂糖のない
ものを選ぶ。今ではあらゆる食品に砂糖は含まれているので、砂糖を意識しなくても、子
どもの必要量は確保できる。ちなみに幼児の一日の必要摂取量は、約10〜15グラム。
この量はイチゴジャム大さじ一杯分程度。
もしあなたの子どもが、興奮性が強く、突発的に暴れたり、凶暴になったり、あるいはキ
ーキーと声をはりあげて手がつけられないという状態を繰り返すようなら、一度、カルシ
ウム、マグネシウムの多い食生活に心がけながら、砂糖断ちをしてみるとよい。効果がな
くてもダメもと。砂糖は白い麻薬と考える学者もいる。子どもによっては一週間程度でみ
ちがえるほど静かに落ち着く。
●リン酸食品
なお、この砂糖断ちと合わせて注意しなければならないのが、リン酸である。リン酸食品
を与えると、せっかく摂取したカルシウム分を、リン酸カルシウムとして体外へ排出して
しまう。
とは言っても、今ではリン酸(塩)はあらゆる食品に含まれている。たとえば、ハム、ソ
ーセージ(弾力性を出し、歯ごたえをよくするため)、アイスクリーム(ねっとりとした粘
り気を出し、溶けても流れず、味にまる味をつけるため)、インスタントラーメン(やわら
かくした上、グニャグニャせず、歯ごたえをよくするため)、プリン(味にまる味をつけ、
色を保つため)、コーラ飲料(風味をおだやかにし、特有の味を出すため)、粉末飲料(お
湯や水で溶いたりこねたりするとき、水によく溶けるようにするため)など(以上、川島
四郎氏)。かなり本腰を入れて対処しないと、リン酸食品を遠ざけることはできない。
●こわいジャンクフード
ついでながら、W・ダフティという学者はこう言っている。「自然が必要にして十分な食物
を生み出しているのだから、われわれの食物をすべて人工的に調合しようなどということ
は、不必要なことである」と。
つまりフード・ビジネスが、精製された砂糖や炭水化物にさまざまな添加物を加えた食品
(ジャンク・フード)をつくりあげ、それが人間を台なしにしているというのだ。「(ジャ
ンクフードは)疲労、神経のイライラ、抑うつ、不安、甘いものへの依存性、アルコール
処理不能、アレルギーなどの原因になっている」とも。
●U君の後日談
砂糖漬けの生活から抜けでたとき、そのままふつう児にもどる子どもと、U君のように
愚鈍性が残る子どもがいる。それまでの生活にもよるが、当然のことながら砂糖の量が多
く、その期間が長ければ長いほど、後遺症が残る。
U君のケースでは、それから小学校へ入学するまで、愚鈍性は残ったままだった。白砂糖
はカルシウム不足を引き起こし、その結果、「脳の発育が不良になる。先天性の脳水腫をお
こす。脳神経細胞の興奮性を亢進する。痴呆、低脳をおこしやすい。精神疲労しやすく、
回復がおそい。神経衰弱、精神病にかかりやすい。一般に内分泌腺の発育は不良、機能が
低下する」(片瀬淡氏「カルシウムの医学」)という説もある。
子どもの食生活を安易に考えてはいけない。
+++++++++++++
30年前の当時、『白砂糖は麻薬』と、私は書いた。U君の禁断症状(ほんとうは、麻薬
による禁断症状というのは、知らなかったが)、その禁断症状を目(ま)の当たりに見せつ
けられて、私は、そう書いた。
U君は、幼稚園から帰るとすぐ、冷蔵庫を足で蹴りながら、「ビスケット!」「ビスケッ
ト!」と叫んだという。そのあまりの異常な様子に母親があわてて、私に相談してきた。
が、当時、『白砂糖が麻薬』と考える人は、だれもいなかった。私の意見は無視された。
おかしなことに、当時は、「砂糖は、滋養要素」と考えられ、「甘いものを断つと、かえっ
て子どもの情緒は不安定になる」と主張する学者さえいた。
私はN・D・ボルコフ(女性研究者)の論文を読んだとき、「やはりそうだった」と、確
信を得た。まだラットでの実験段階だから、先にも書いたように、人間にそのまま当ては
めて考えることはできない。先に、「あと、一歩!」と書いた私の気持ちを理解してもらえ
れば、うれしい。
●お母さんたちへ
ショッピングセンターなどの飲食コーナーなどへ行くと、よく、子どもの頭よりも大き
なソフトクリームや、ジュースを、食べたり、飲んでいる子どもを見かけますね。
それがいかに危険なものであるかを知るためには、あなた自身が、一度、自分の頭より
大きなソフトクリームや、ジュースを、食べたり、飲んでみることです。
量は、体重で計算します。体重、15キロの子どもが、ソフトクリーム1個を食べると
いうことは、体重60キロのおとなが、4個食べる量に等しいということです。
いくらおとなでも、4個は食べられませんね。食べたら、気分(=頭)がおかしくなり
ます。それだけではありません。一時的な血糖値の急上昇が、その直後に、低血糖を引き
起こすことも、よく知られています。「甘いものを食べて、どうして低血糖?」と思われる
人もいるかもしれません。理由は簡単です。血中に大量のインシュリンだけが残り、必要
以上に血糖値をさげてしまうからです。
突発的に衝動的な行動に移る子どもは、この低血糖を疑ってみます。わかりやすく言え
ば、突発的に、キーッとか、キャッキャッと、甲高い声を張り上げて、(たいていは耳をつ
んざくような金きり声で)、騒ぐようでしたら、まずこの低血糖を疑ってみます。
『砂糖は、白い麻薬』です。もしどうしても、甘い食品……ということでしたら、精製
していない、黒砂糖をお勧めします。黒砂糖には、CA、MG、Kなどの天然のミネラル
分がバランスよく含まれていますから、ここでいうような(突発的な行動)は起こりませ
ん。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
ボルコフ 過食症ラット 禁断症状)2011/08/12記
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●8月10日(浜名湖ロイヤルホテルにて)雑感、あれこれ
+++++++++++++++++++++++++
今日もいろいろあった。
忙しかった。
まずイチバン。
朝食のとき、新聞の雑誌広告を見て、驚いた。
ある育児雑誌だった。
そこには、「絶対的安心感」という言葉と、
「子どもは親の先生」という言葉が並んでいた。
別々の著者によるものだが、これら2つは、
私のオリジナルの言葉だったはず。
そんな言葉が、堂々と新聞に載っている!
++++++++++++++++++++++++
(1)絶対的安心感
母子の間の基本的信頼関係についての原稿を書いているとき、私は、この言葉を考えた。
すでに15年以上も前から、この言葉を使っている。
「絶対的安心感」という言葉は、どこでも使われる言葉である。
しかし母子関係を示す言葉としては、私が最初に使った。
「絶対的」というのは、「疑いを抱かない」という意味である。
(2)子どもは親の先生
つぎに「子どもは親の先生」というのは、私の子育て論の根幹をなす「子育て四次元論」
の1つである。
同じタイトルで、中日新聞に原稿を書いたこともある。
まだ内容を読んでいないが、タイトルを読んで、ワイフがこう言った。
「これ、あなたの原稿じゃない?」と。
・・・少し前、こんなこともあった。
何でもその本は、100万部単位で売れているという。
その中に、いじめの話しが載っていた。
私は、「A君は、チョークで背中に落書きされた」と書いた。
実際にあった話しである。
が、その本の中では、「A君は、チョークでかばんに落書きされた」とあった。
ほかにも類似点が、ズラズラと並んでいた!
私は書店で立ち読みをしているとき、体中が燃えるように熱くなった。
が、それが問題ではない。
育児論というのは、いわば哲学。
その人の生き様が、そこに凝縮される。
だから100人の育児論者がいれば、100通りの育児論が生まれる。
その底流を流れる哲学が一致するということは、ありえない。
育児哲学については、とくにそうである。
が、その本を読んでいるとき、こう感じた。
たしかに文調、文体はちがう。
著者は、どこかのドクターになっていたが、直接書いたのは若い女性(?)。
この世界では、よくある話しである。
有名になりたいドクター。
そのドクターの名前を借りて、金を稼ぎたいライター。
その両者の思惑が一致したとき、こうした本が生まれる。
印税は、折半。
あるいはケースバイケース。
しかしそこに流れる哲学が、私のそれとスーッと一致していくではないか。
???。
一読すれば、それが私の文かどうか、すぐわかる。
文というのは、そういうもの。
20年前に書いたものであっても、30年前に書いたものであっても、私の書いたものか
どうか、すぐわかる。
脳に、そのままそこに流れる哲学がしみ込んでいく。
だから、燃えるように体が熱くなった。
・・・とまあ、グチを書いても意味はない。
新聞の雑誌広告にしても、偶然の一致かもしれない。
私とワイフの思い過ごしかもしれない。
それに先に書いたように、まだ、内容を読んで確かめたわけではない。
が、こういうことは言える。
その雑誌がそうだというのではない。
ないが、この世界も、インチキだらけ。
何も政治家だけが、インチキをしているわけではない。
それにこのエッセーを読んでいるあなただって、こう思うにちがいない。
「悔しかったら、あなたも本を出せばいい」と。
そう、こんなグチなど、いくら書いても、どうしようもない。
負け犬の遠吠え。
彼らも、頭がよい。
盗作をするにしても、簡単にシッポをつかまれるようなことはしない。
巧みに内容を変える。
視点を変える。
こういうケースのばあい、騒いだほうが、かえってバカをみる。
それに気分が悪くなるだけ。
ゆいいつ闘う方法があるとすれば、ただひたすら精進あるのみ。
つまり私は常に、それ以上の文章を書けばよい。
●熱中症
話しは前後する。
今朝、ビスタ・パソコンをUPDATEした。
パソコン雑誌によれば、近々、ビスタ(OS)のUPDATEサービスが停止になるとい
う。
つまりそれ以後、ビスタ・パソコンは、事実上、使えなくなる。
そこで「今のうちに・・・」と考え、ビスタ・パソコンを、UPDATEした。
サブマシンとして使っているパソコンである。
そのときのこと。
私はいつも、多量の水を飲む。
が、今朝は飲まないまま、書斎に入った。
いや、その前に、起きるとすぐ、ウォーキングマシンの上で、30分、歩いた。
一汗、かいた。
異変はそのとき起きた。
見ると、両腕から、細かい汗が、粒となって噴き出ているではないか。
「暑いのかな?」と思ったが、それほど気に留めなった。
が、やがて額からも汗が噴き出し始めた。
気がつくと、体中がほてるように熱い。
あわてて居間まで行き、水を・・・と思っているうちに、気分が悪くなった。
頭がクラクラした。
吐き気を催した。
熱中症である。
10年ほど前にも、一度、そうなった。
ワイフは、朝の食事の用意をしていた。
「熱中症だ」と言うと、すかさず氷水をテーブルの上に置いてくれた。
それを一気に飲むと、私は水道の水の中に、頭を垂らした。
「あぶなかった」と、頭を拭きながら、私。
「気をつけてよ」と、食事を並べながら、ワイフ。
熱中症・・・今回は、汗で気がついた。
体中が、ほてるように熱くなる。
つづいて吐き気。
それを感じたら、水を飲む。
氷水はかえって飲みにくいので、ふつうの水でよい。
それをガンガンと飲む。
今回私は、頭を水で冷やしたあと、1リットルあまりの水を飲んだ。
幸いにも、症状はそれで収まった。
「気温は何度くらい?」と聞くと、「今、30度くらいよ」と。
「今日は35度くらいまで行くかもしれないね」と言うと、「そうね」と。
なおビスタ(OS)は、WINDOW7に、UPGRADEできる。
UPGRADE版は、1万4000円前後とか。
明日にでも、ネットで申し込むつもり。
●映画『モールス』
昨夜遅く、映画『モールス』を観てきた。
家に帰ったのが、午前0時過ぎ。
ただのバンパイア映画。
スウェーデン映画のリメイク版とか。
そちらのほうの映画も、以前、観たことがある。
それもあって、あまりおもしろくなかった。
星は2つもむずかしい、1つの★。
意味のない、殺戮映画。
タイトルも「?」。
私だったら、「ホワイト・バンパイア」にする。
『モールス』というタイトルは、どう考えても、おかしい。
そう思いながら、劇場を出た。
が、それよりも気になるのが、この12日に封切りになる、『ツリー・オブ・ライフ』。
スメタナの「♪モルダウ」がすばらしい。
予告編でその曲が流れた。
私は中学生のとき、合唱曲だったが、毎日のようにそれを聴いていた。
その曲が映画になった。
その曲には、こんな思い出がある。
音楽の時間だった。
田口という名前の音楽の先生がいた。
その先生が、授業が始まると、いきなりこの曲をかけた。
そして私たちに向かって、こう聞いた。
「この曲の名前を知っているのは、いるかア!」と。
私は即座に、「モルダウ!」と叫んだ。
すかさず田口先生は、こう言った。
「この曲の名前を知っていたのは、お前だけだ」と。
私は誇らしかった。
あれは私が、たしか中学2年生のときのことではなかったか。
1年のときは、梅田という名前の女性の先生だった。
だからというわけでもないが、「ツリー・オブ・ライフ」は、かならず観る。
●ホテル「浜名湖ロイヤルホテル」
今、この原稿を、浜名湖ロイヤルホテルの一室で書いている。
昼ごろになって、ワイフが突然、「どこかへ行こう」とせがんだ。
そこでジャランを通して、浜名湖ロイヤルホテルに宿泊を申し込んだ。
1部屋だけ、空いていた。
連絡欄に、「常連です。太平洋側の部屋を希望」と書いた。
その希望が届いたのか、6階の、いつもの2倍ほどもある広い部屋に泊まることができた。
全体で25〜30畳はある。
浜名湖ロイヤルホテルさん、ありがとう!
朝食のみだが、一泊7000円(1名)。
夏休み料金ということで、いつもよりやや割高だが、この部屋で文句を言う客はいない。
●朝風呂
昨夜はあまりの多さに驚き、入浴をあきらめた。
ふだんなら、(またそういうときをねらって来るのだが)、多くても4〜6人。
そんな大浴場に、数10人以上!
女性風呂のほうには、ワイフの話しによれば、下足置き場に、空きがないほどの人。
昔の銭湯でも、ここまでは混まなかった。
だから昨夜は、10時に就寝。
今朝は5時少し前に起き、入浴イチバン乗りをめざした。
が、すでに1人。
女性風呂のほうには、10人前後(ワイフの話)。
最初、露天風呂のほうに居場所を構えたが、続々と入ってくる客。
それを見て、私は再び、恐れをなした。
そそくさと体を洗い、外へ。
ワイフは、すでに出口のところで私を待っていた。
「混んでいるね」「夏休みは、すごいわね」と。
どこかの大学生たちが合宿で泊まっていた。
1つや2つではない。
そういうグループ名が、ホテルの玄関先に、ずらりと名を連ねていた。
プラス、結婚式やら、子供連れの家族。
やはりこういうシーズンは、はずしたほうがよさそう。
「温泉でのんびり」などという気持ちは、どこかへ吹き飛んでしまう。
●ダイエット
昨日は、昼にギョーザを食べた。
夕食はここへ来るとき、ショッピングセンターで弁当を買って食べた。
たった1日だが、それだけで、体重が500グラムも増加。
しかしこれには理由がある(?)。
私は毎晩、扇風機をかけて寝る。
またそのほうが、心地よい。
が、こうしたホテルでは、エアコンを使う。
室温はそれでよいが、空気がカラカラに乾く。
そのため、汗が出ない。
一度、正確に測ってみたが、一晩で、400グラム前後の汗をかく。
その汗をかかなかった。
ともあれ、今日からまたダイエット開始。
朝食はバイキングということだが、どこまで耐えられることやら。
つまり食欲に、どこまで耐えられることやら。
心配!
●肥満
露天風呂に入っているとき、20代そこそこの若い男が3人ほど、入ってきた。
皆、丸々と太っていた。
1人は、相撲の関取のような体をしていた。
小柄の男だったが、まるでビヤ樽のよう。
その男が露天風呂につかると同時に、こう言った。
「またまたもとの食生活に戻ってしまってね。リバウンド、リバウンド」と。
まるで他人事のように話しているのが、おかしかった。
●日韓経済戦争
時間があったので、あちこちのサイトをのぞいてみた。
その中で、西尾幹二氏が、平成17年「正論」6月号の中でこう述べている。
たいへん興味深いので、そのまま引用させてもらう。
『……韓国の大手銀行4行の外国人持ち株比率は、国民銀行78%、ハナ銀行72%、外
換銀行72%、新韓銀行63%である。
半導体と液晶で世界一といわれるサムスンが54%、現代自動車が49%の比率で外国資
本の支配下に入っている。
「国境を越えて」とか「グローバリゼーション」とか甘いことを言っている日本人はま
だ気づいていないが、韓国人は働けど働けど外資に利益を吸い上げられる、行き場のない
閉塞感に陥り、その怨念をジャパンパッシングに振り向けている一面があるのである。
しかしまたうかうかしていればこれは明日は日本の現実でもあるのだ』と。
サムスン、現代自動車の外国人持ち株比率が、それぞれ54%、49%とのこと(平成
17年)。
西尾幹二氏は、それをさして、「韓国人は働けど働けど外資に利益を吸い上げられる、行き
場のない閉塞感に陥っている」と看破している。
が、当の韓国は、それに気づいていない(?)。
それはちょうど、現在のJAL(日本航空)に似ている。
「利益があがった」「黒字になった」と、喜んでいる。
しかしそ利益は、そっくりそのまま銀行の金庫へ。
(社員に渡されるのは、ボーナス1か月分だけ。)
銀行は銀行で、ある程度今までの損金を取り戻したら、JALをつぶすつもりでいる。
意図は見え見え。
つぶしても損害はない。
国が75%まで、融資金額を補償してくれる。
その韓国。
今回の株価暴落で、つぎのような結果を出している。
2200ポイント(4月・最高値)から、1817ポイント(8月10日)まで株価をさ
げた(韓国総合株価指数)。
下落率は、17・7%。
(日本は、1万0137円(7月・最高値)から、8900円(8月10日)まで過ヌカ
を下げた(日経平均)。
下落率は、12・2%。)
そこで昨日、韓国政府は向こう3か月間、カラ売り禁止令を出した。
それだけ強い危機感を覚えたためである。
日本の知ったことではないが、西尾氏も指摘しているように、これは「明日の日本の現
実」かもしれない。
ただこれだけは肝に銘じておこうではないか。
次回韓国が国家破綻しても、日本はぜったいに韓国を助けてはならないということ。
前回、日本は頼まれもしないうちから、韓国を助けた。
が、その結果が今。
感謝されるどころか、逆恨(さかうら)みされる!
●朝食
食事は7時から、とか。
この分だと、大混雑しそう。
だから7時に食堂へ入り、そのまま家に帰る。
たった今、そんな話しをワイフとした。
で、昨日の予報によれば、この浜松も、今日は気温35度前後になるとか。
35度!
8月としては、ありえない気温ではない。
しかし35度。
別の地方では、39度前後まであがるところもあるという。
体温より、暑くなる。
私が学生のころは、みな、やせて、ガリガリだった。
気温も30度を超えることはあっても、35度を超えることはなかった。
肥満と体重は、比例関係にあるのか?
生活が豊かになる→エネルギーを大量に消費する→同時に、飽食、と。
その結果が、気温上昇。
直接的には関係ないにしても、結果論としては、「根」は同じ。
原点に、人間が本来的にもつ(欲望)がある。
その欲望が、環境をゆがめ、自らの心をゆがめる。
そのうち学校の教科に、「欲望学」というジャンルが生まれるかもしれない。
大学にも、「欲望学部」というにが、生まれるかもしれない。
●醜いジェスチャ
昨夜、NHKテレビでこんなシーンを見た。
民主党の政治家たちが、何かの委員会を始めるところだった。
そのときのこと。
中央のいちばん奥に、次回総裁候補と目されている1人の政治家X氏が陣取っていた。
そのX氏を取り囲むように、左右に4〜5人の政治家が座っていた。
その瞬間、中央に座っていたX氏が奇妙なしぐさをして見せた。
向かって右側に座っていた政治家が、体を前にのめり出した。
テーブルの上の何かを取ろうとしたのか。
それとも椅子の位置をなおそうとしたのか。
その瞬間のこと。
中央に座っていたX氏が、自分の左手で、横の政治家を2、3度、「座れ」と、手で払って
見せた。
直後に右手で、カメラのほうをまっすぐ指差した。
私にはそれが、「NHKのカメラが回っているから、じゃまだ」「座れ」「カメラがあるだ
ろ」と言っているふうに見えた。
見えた・・・というより、まさにそういう行為だった。
とたん、スーッと興味が冷めていくのがわかった。
何というあさましい行為。
低劣な行為。
その政治家X氏は先にも書いたように、次回の総裁候補にもなっている。
が、本当の問題は、どうしてこういう政治家がつぎつぎと現れては消えるかということ。
政治の世界を、国盗り物語の舞台か何かのようにしか考えていない!
●礼拝所
欧米では、あくまでも欧米での話しだが、こういうこと。
聖職者でもない人が、聖職者のフリをし、教会の中で説教をすれば、それだけで逮捕され
る。
教会にしても、それぞれが教会として認定されている。
教会でない場所で、牧師が説教をするということは、ありえない。
礼拝所(チャペル)についても、同じ。
が、この日本では、野放し。
結婚式場などでは、牧師の衣装をまとった人が、(ほとんどが白人だが)、結婚式のまねご
とをする。
それをオーストラリアの友人に話すと、その友人は、こう言った。
「オーストラリアでは、ありえないよ」と。
ありえないものは、ありえない。
「逮捕」というのは、そういう意味。
さらに言えば、この日本では、宗派にもよるが、修行らしい修行をほとんどしなくても、
僧侶になることができる。
父親に僧籍があるばあい、年会費(その友人は、「年会費」と言った)を納めておけば、い
つでも僧侶になれるというところもある。
もちろん大学の宗門部を卒業し、はじめてその宗派の僧侶になれるというところもある。
要は信者の問題。
信者がそれでよければ、それでよい。
それで神々しい気持ちになれれば、それでよい。
亡き人の供養になると思えば、それでよい。
所詮、人間の世界というのは、その程度。
・・・ホテルの窓の下には、礼拝所らしき建物が見える。
昨夜も、遅くまで明かりがついていた。
その前には、玄関先で新郎新婦を囲んで、みなが記念撮影をしていた。
儀式は儀式。
ただの祭り。
深い意味はない。
もちろんそのパワーもない。
言い換えると、結婚式というのには、その程度の意味しかない。
ゆいいつ救いなのは、その建物には、空に向かって十字架が立っていないこと。
もし立っていたら、天空の神もさぞかし迷うことだろう。
にわか信者に、にわか神父。
にせ礼拝所に、にせ説法。
もっとも結婚式はそれでよいとしても、結婚はどうか?
結婚生活は、どうか?
それでよいのか?
6階の窓から教会(?)を見おろしながら、そんなことを考えた。
●結婚とは
夫婦にとっていちばん重要なものといえば、「誠実さ」。
ウソをつかないことはもちろん、ありのままを、いつもそのままさらけ出す。
偽り、言い逃れ、裏切り、背信・・・。
ほかにもいろいろある。
そういうものが混入すれば、夫婦は夫婦としての意味を失う。
最悪のばあいは、夫婦と言っても、同居しているただの異性。
そうなる。
が、誠実さといっても、簡単なことではない。
その人が誠実かどうかは、すでに子ども時代に、ある程度の輪郭ができあがる。
「まじめさ」と言い換えてもよい。
それができあがっている子どもは、それでよい。
しかし一度道からはずれた子どもは、そうでない。
そういう子どもがおとなになる。
そのままおとなになる。
だから「簡単なことではない」。
ある女性は、理由はわからないが、夫の実家から届く手紙やハガキ、さらには誕生日カ
ードまで、夫には見せないで処分していた。
世の中には、そういう女性(妻)もいる。
そんな夫婦が、幸福な家庭を築いたら、それこそ奇跡。
●帰宅
ワイフが「食事に行こう」と、今、言った。
これから食事に行く。
では、みなさん、おはようございます。
2011年8月11日、木曜日。
今日も暑くなりそう!
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
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はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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q 0―0 MMMMM ∩ ∩ MM m
(″ ▽ M ⌒ ⌒ M″ v ゛)/ ̄)
凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 24日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
湯谷温泉・「湯の風HAZU」(愛知県湯谷温泉郷)
+++++++++++++++++++++++
愛知県の東端に、湯谷温泉という温泉郷がある。
その温泉郷で、一押しの旅館といえば、「湯の風HAZU」。
温泉よし、料理よし、眺望よし。
部屋もゆったりと広く、両腕を伸ばして、のんびりできる。
(実際に、両腕を伸ばすわけではないが・・・。)
料金も1人一泊、1万円〜1万3000円程度(平日)。
もう何度か来たことがあるが、そのつど大満足。
渓谷の宿として、星は3つの、★★★。
(ただしそれなりにやや老朽化した旅館であることは事実。
内風呂のタイルは、何枚か剥げ落ちていた。
ベランダの柵などのペンキが随所ではがれて、サビが表に出ていた。
大浴場のコックの一つは、故障していて、湯が出なかった、などなど。)
露天風呂で知り合った男性は、愛知県の春日井(かすがい)から来ていた。
今日(日曜日)はこの宿で一泊。
明日は浜松で仕事をし、午後にまた春日井まで戻るとのこと。
そういう利用の仕方もある。
+++++++++++++++++++++++
●湯谷駅(飯田線)
夕食後、湯谷温泉駅まで歩いた。
今夜はそこで、「湯谷・夜祭り」があるという。
時刻は薄暗くなりかけた、午後6時30分。
宿で、300円の利用券を2枚くれた。
それをもって出かけた。
湯谷温泉といっても、半数以上の旅館が店を閉じている。
今はさみしい温泉街。
そういう温泉街でも、たくましく生き残っている宿がいくつかある。
そういった宿は、どれも本気。
「はづ別館」「泉山閣」など。
本物だから、生き残った。
清らかな渓流を楽しみたいという人には、最適。
●山・旅館
私はもともと山育ち。
だからこういう温泉街へ来ると、スーッとその世界に入ってしまう。
安堵感を覚える。
安心感?
郷愁?
ここは遠い昔、母が生まれ育った、岐阜の山。
一方、ワイフは、海育ち。
海の見える旅館を好む。
旅館というより、ホテル。
だからできるだけ交互に、こうした旅館へやってくる。
海・ホテルに泊まったら、つぎは、山・旅館、と。
今回は、山・旅館。
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/meV65mctaSg?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
●料金
旅館やホテルのよさは、料金と照らし合わせて、決まる。
高級旅館もあれば、そうでないのもある。
料金の安い旅館に泊まり、「サービスが悪い」とか、「料理が悪い」とか、
そんな勝手なことを、言ってはいけない。
そこで私なりの公式を考えてみた。
(総合評価)÷(料金)=(評価)
今回は、ジャランの格安コースというのを利用させてもらった。
ふだんなら、1万2000円(1名1泊)のところを、1万0500円。
だから(総合評価)÷1・05で、評価が決まる。
また総合評価は、つぎの5つで決まる。
(点数は、それぞれ、0〜2点で評価)
(1)環境(眺望)
(2)温泉(風呂)
(3)料理
(4)部屋
(5)その他のサービス
この公式で計算してみると、最近泊まったKMホテル(愛知県刈谷)は、こうなる。
★KMホテル(ビジネスホテル)
(1)環境(眺望)……0
(2)温泉(風呂)……0(なし)
(3)料理……0(簡単な朝食のみ)
(4)部屋……1・5
(5)その他のサービス……0(なし)
1・5÷0・6=2・5
つまり星は、2つか3つの、★★
★国民宿舎OK
(1)環境(眺望)……1・5
(2)温泉(風呂)……1
(3)料理……1
(4)部屋……1
(5)その他のサービス……1
5・5÷0・9=6・1
つまり星は、5つの、★★★★★
では、湯の風HAZUはどうか
……やはり評価はやめておく。
ブラックリストに載ったら、次回、宿泊できなくなる。
●渋川温泉
で、若いころは、浜松の奥にある、渋川温泉というところへ、よく行った。
山の中の一軒宿。
オーストラリアから友人が来ると、いつもそこへ案内した。
で、その旅館に、イチロー、つまりあのプロ野球選手のイチローがやってきたという。
イチローが絶頂期のころのことだった。
その直後、私たちも泊まった。
が、うわさは本当だった。
ただ宿の主人も気がつかないほど、こっそりとやってきて、こっそりと帰っていったとい
う。
その話しを聞いて、「なるほどな」と、私は思った。
「ああいう人だから、こういう旅館に泊まるんだ」と。
が、今はその渋川温泉も、名前を残すだけとなった。
●Aさん親子
湯谷温泉で、Aさん親子と会った。
偶然中の偶然。
「よく似た子どもがいるなあ」と思ってながめていたら、A君だった。
その横に、Aさん(母親)が立っていた。
しばらく話す。
「ここへはよく来ます」とAさん。
が、ときどきこういうことがある。
人口80万人。
そんな都会だが、思わぬところで、思わぬ知人に会う。
最近は、そういうことが多くなった。
Aさん(母親)自身も、私の教え子。
Aさんは、市内の総合病院で勤務医をしている。
そのAさんの2人の子ども(姉と弟)も、今、私の教室に通ってきている。
銃を使った商品落としをやった。
いちばん大きなピストルをねらったが、当たっても、ビクともしなかった。
倒れたら、それをA君にプレゼントするつもりだった。
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&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
●和太鼓
湯谷温泉駅の前で、和太鼓ショーが始まった。
太鼓のもつ迫力には、いつも驚かされる。
今回も驚いた。
日本にも無数の伝統的文化がある。
和太鼓も、そのひとつ。
世界に誇れる、伝統的文化。
オーストラリア人が耳にしたら、ひっくり返って感動するだろう。
いつだったかニュージーランドの、マオリ族のダンスを見たことがある。
あのときもその迫力に感動したが、和太鼓とは比べ物にならない。
和太鼓1個で、マオリ族10人は、倒せる。
2個で、30人は、倒せる。
ワシントンのホワイトハウスの前で演奏してやったらよい。
大統領も腰を抜かすにちがいない。
演奏の一部は、ビデオカメラに収めた。
家に帰ったら、YOUTUBEにUPするつもり。
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hl=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
●豪雨
書き忘れたが、浜松市を出て、愛知県の県境を越えたところで、雨が降り出した。
ものすごい雨だった。
はじめは「これで洗車しなくてすむ」とのんきに構えていたが、そのうち前も見えないほ
どのドシャ降りになった。
ワイフは温泉を心配した。
私は「かえって楽しみ」と答えた。
雨の日に露天風呂に入るのは、これまた格別。
風情があって楽しい。
事実、宿へ着くと、いつもの景色とは違っていた。
山々の木々が水墨画のように、雨煙の中にかすんで見えた。
それを見て、ワイフはこう言った。
「すてきね」と。
私もしばし、その景色に見とれた。
●温泉
どこの温泉でもそうだが、温泉というのは、2度、3度と足を運んで、それでよさがわ
かる。
中には「2度とごめん」というのもある。
が、2度、3度と足を運ぶうち、体がその温泉になじんでくる。
リラックスできるようになる。
人間関係と似ている。
初対面だと、何かと気を遣う。
何年かつきあうと、その気遣いが取れる。
温泉のばあいも、何回か通ううちに、その気遣いが取れる。
その温泉のよさがわかるようになるのは、そのあと。
まず体が慣れる。
ついで心が慣れる。
ほっとするような安堵感。
それを覚えるようになる。
●日本の文化
日本の温泉旅館は、日本の文化。
欧米には、日本の温泉旅館と比較できるようなものは、ない。
あえて言うなら、サナトリウム(保養所)というのがある。
しかしサナトリウムにしても、治療が目的。
温泉を利用したところもあるが、日本の温泉とは、明らかに趣を異にする。
そのため日本の温泉旅館は、日本びいきの外国人には、人気がある。
もう10年前のことだが、年に何回も日本へやってきたオーストラリアの友人がいた。
しかもどこが気にいったのが、青森県の端にあるひなびた温泉地。
日本へ来るたびに、そこまで足を運んだ。
●ファイルのコピー
温泉の話しばかりを、書いた。
話題を変える。
ここへ来るとき、コンビニでパソコン雑誌を1冊、買った。
今回は、「日経PC21」。
USBメモリーの使い方を特集していた。
それには理由がある。
恩師の田丸先生から、2日前、メールを受け取った。
件名には、「困ったことになりました」とあった。
読むと、先生が使っているホームページのファイルが消えてしまったということらしい。
そのため、先生は真っ青になった(?)。
私も何度か、経験している。
ファイルが消えたときの恐ろしさは、言葉では表現できない。
まさに「真っ青!」。
(そう言えば、パソコンの世界では、致命的な故障が起こると、画面がブルーになる。
称して「ブルー画面」。
ブルー画面が出たら、そのパソコンは臨終と思ってよい。)
で、私は先生のHPの原稿をすべて吸い出した。
コピーし、別のHPに張りつけた。
作業には、1時間ほどかかった。
・・・という失敗は、多い。
つまり何らかの拍子に、ファイルがどこかへ消えてしまう。
そういうことはよくある。
だから重要なファイルは、二重、三重のコピーを取っておく。
これはこの世界の常識。
が、先生は、それをしていなかった(?)。
で、そのコピーの仕方には、いろいろある。
私のばあい、手動でそのつど、別のハードディスクにコピーを取っておく。
WINDOW7には、自動バックアップという機能もついているが、これだと不必要なフ
ァイルまでコピーしてしまう。
そのため、いらぬところで、いらぬ時間がかかってしまう。
コンピュータの動きが、突然鈍くなってしまったりする。
だから私は利用していない。
簡単にコピーを考えるなら、USBメモリーを使うのがよい。
その方法が、「日経PC21」に、載っていた。
●景気
が、やはり気になるのは、明日からの国際経済。
今や、日本の景気は、どん底中のどん底。
今回(先週)も、日銀は、10兆円〜15兆円近い、お金をバラまいた。
しかし笛吹けども、踊らず。
結局、そういうお金は銀行を経由し、国債購入という形で、再び日銀に還流される。
が、これでは景気はよくならない。
内需・・・つまり、お金というのは、使ってこそ、生きる。
例をあげて、説明してみよう。
●内需
ある客が100万円の電気製品を買ったとする。
その100万円は電気店に支払われる。
(1)電気店は、そのうちの20万円(1)を取り分として、80万円を卸業者に渡す。
(2)卸業者は、そのうちの20万円(2)を取り分として、60万円を製造会社に渡す。
(3)製造業者は、そのうちの20万円(3)を取り分として、40万円を、原材料会社
に渡す。
(4)原材料会社は、そのうちの20万円(4)を取り分として、20万円を、鉱山会社
(商社)に渡す。
(5)それぞれの段階で、それぞれの20万円(5)は、社員の給料として、社員に支払
われる。
(6)社員は、そのお金で、食料を買ったり、衣服を買ったりする。
つまり直接的に動いたのは、100万円だけかもしれない。
しかしその100万円は、連鎖的に(買い手)→(鉱山会社)へと、段階的につながり、(1)
〜(5)と、合計すると、100万円分、移動することになる。
電気製品を購入した最初の客と合わせると、計200万円が動いたことになる。
実際には、それぞれの段階で、社員が給料として受け取り、それを使うので、3〜4倍の
お金が市中を動くことになる。
これが内需である。
言い換えると、タンス預金が、いかに積み深いものであるか、これでわかるはず。
銀行にしても、本来なら、そのお金を投資してこそ、お金を生かすことができる。
が、それで国債を購入してしまえば、タンス預金と同じ。
死に金になる。
今、日本中が、上(銀行)も下(庶民)も、その死に金づくりに奔走している。
「先が見えない」という不安感が、そうさせている。
●大地震
もうひとつ気がかりなのは、大地震。
途中を飛ばして話すと、つまりこういうこと。
東海地方から四国に及ぶ範囲で、近く大地震が起こるかもしれないという。
3・11大震災と同規模か、それ以上の規模の地震になるかもしれないという。
今朝の中日新聞にも、そんな記事が載っていた。
が、これは予測でも、予言でもない。
過去に幾度となく繰りかえされた、地球の地殻変動。
それが何百年ごとに、繰りかえされる。
その時期が迫っているという。
●ヤラセ
それにしても腹立たしいのは、佐賀県のF知事。
「九州電力の営業本部長」(報道)とヤユされている。
つまりヤラセにヤラセを重ね、九州電力の側に立って、原発開発を推し進めた。
いったい、この日本は、どうなっているのか?
官僚と財界(ゼネコン)、それと政治家が三位一体となり、国の進むべき道をゆがめてい
る。
さらに東北電力では、関係する県の県議会議員(主に自民党議員)を、取締役として迎え
入れているという。
月1回程度の会合で、20万円の給料を払っているとか(「週刊文春」)。
しかしこうした手法は、何も政治の世界だけの話しではない。
宗教団体も、同じような手法で、評論家と言われる人たちを、つぎつぎと手なづけている。
関連雑誌に、寄稿を依頼する。
目の玉が飛び出るほど高額な原稿料を払う。
あるいは講演に講師として呼ぶ。
同じく目の玉が飛び出るような高額な講演料を支払う。
そういう世界では、ワンステージ、150〜300万円が相場。
(1回の講演料が、150〜300万円だぞ!)
東京では、「テレビで有名になって、地方で稼げ」が合い言葉になっている。
地方は地方で、「東京でテレビに出ている人」というだけで、惜しみなく高額の料金を払う。
もちろんその逆のこともある。
2年前、東京から講師の依頼があった。
「交通費込みで、2万円」とか。
(交通費だけで、1万7000円もかかる。)
「これもボランティア」と、私は割り切った。
承諾した。
が、そのあとのメールが私を怒らせた。
「了解いただいて、ありがとうございます。
これから(小学校の)クラス会にかけて、先生(=私)にするかどうか決めさせていただ
きます」と。
東京の人は東京の人で、地方の人間を、そのように見ている。
この日本で、清貧を旨とし、ただ一人、こうした利権団体と無縁な世界で評論している
のは、この私だけ。
たぶん(?)。
●YOUTUBE
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
(夕食風景@湯の風HAZU)
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 湯の風HAZU 湯谷
温泉 愛知県湯谷温泉郷 和太鼓 和太鼓演奏)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
What is the "East Sea" for the world?(どうして「東海」なのか?)
South Koreans have been trying to alter the name of the "Japan Sea" into the "East
Sea".
The East Sea is to the east of Korea Peninsula, but why?
We say in Japan, "When we hate a priest, we even hate his robe."
If so, there would be appeared hundreds of "East Seas" in the world soon in the future.
Every country would try to alter the near-by seas into their own favorite names.
South Korea is only one of them.
韓国は日本海を東海に改名しようとしている。
韓国にとっては「東海」だが、なぜ?
日本では「坊主憎ければ、袈裟まで憎い」という。
もしそうなら、この先、世界中に、何百という「東海」が生まれるだろう。
どの国も近海の呼称を改名しようとする。
韓国もその1つに過ぎない。
Hiroshi Hayashi, Hamamatsu, Japan
Aug 9th 2011
(注)アメリカの人たちに直接訴えるために、英語で書いた。
HPのアクセス先を見ると、「アメリカ軍」というのが、多い。
在日アメリカ軍?
頻繁に私のHPをのぞいているよう。
だから英語で書いた。
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●世界恐慌(序章)「株価大暴落は、その始まりに過ぎない」
++++++++++++++++++++++++
世界的な株価大暴落は、今回の
世界恐慌の序章にすぎない。
が、この先のシナリオは、ほぼ
決まっている。
ギリシア、ポルトガルの国家破綻。
つづいてイタリア、スペインの経済不安。
EUの債務問題。
日本は、一度急激な円高にブレたあと、
円キャリーで流出した円が、逆流し始める。
とたん、この日本はハイパーインフレ。
日本の国家破綻も、現実味を帯びてくる。
それにしてもオメデタイのが韓国。
「日本の企業倒産、2か月ぶりに増加」
とあるから、日本のウエブサイトかと
思ったら、韓国紙のウエブサイトだった。
どうして韓国紙は、こんなことばかり、書くのだろう。
そしてつい先週は、「韓国に与える損害は
軽微」と書いていた。
つまりアメリカの経済混乱は、韓国には影響を
与えない、と。
が、韓国の銀行は、1つの国策銀行を
除いて、ほとんどがアメリカ資本の支配下
にある。
アメリカが風邪をひけば、韓国は当然、
肺炎になる。
その結果が今日。
韓国の株価だけは、日本の倍以上の幅で、
株価が暴落している。
(日本3〜4%の下落、韓国7〜8%の下落。
8月9日。)
どこで底値を打つかだが、今はその底が見えない。
この先、どんな不測の事態が待ちかまえているか、
それさえわからない。
新興国の国家破綻がつづけば、当然、世界経済は、
その影響をモロに受ける。
あぶない国を並べたら、2桁になる。
日本もメチャメチャだが、世界は、もっとメチャメチャ。
今は、そのリ・シャッフルの時。
つまり「大嵐」。
ここは静かに成り行きを見守るしかない。
私のような庶民が、ジタバタしても、始まらない。
どうしようもない。
++++++++++++++++++++++++
●国体の維持
「国体の維持」と書くと、どこか右翼団体の人たちが使う言葉のように聞こえる。
が、私が言う「国体の維持」というのは、それとは少しちがう。
この先、この日本も大混乱する。
避けようがない。
しかし「国体」だけは、維持しなければならない。
日本という「国」だけは守らなければならない。
多少の混乱、たとえば社会不安、犯罪の増加などはあるだろう。
しかしその段階で、押しとどめる。
もしこの日本でも、略奪、破壊工作などが、頻繁に起こるようになったら、おしまい。
すでに数日前、イギリスでは商店の襲撃事件が起きている。
その少し前には、ノルウェイでも、爆破、銃撃事件が起きている。
仮にこうした事件が日常的に起こるようになったら、その「国体」が崩壊する。
もしそうなったら、立ちなおるべきときに、立ちなおれなくなる。
日本は(その時)を、静かに待つ。
辛抱強く、待つ。
そしてそのときが来たら、イのイチバンに、ラスト・スパートをかける。
「国体」さえしっかりしていれば、それができる。
それが日本、再生のときである。
だからここは静観あるのみ。
狂った茶番劇は、狂った人たちに任せておけばよい。
今朝の私は、かなり過激派?
2011/08/09記
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●8月10日(水曜日)2011朝
●北朝鮮の核実験(公開書簡は、核実験を正当化するための布石)
近く、北朝鮮は核実験をする。
その予兆が、公開書簡(8月8日付)。
その中で北朝鮮は、公開書簡の中で、「朝鮮軍と人民は過去とは異なり、自分を守る強力な
核抑止力を保有していることを世界に隠さない」
「相手が核戦争を強要するなら、核で応じる準備ができている」と述べている。
そしてその論理的根拠(=理由付け)として、こう述べている。
「非核化に対する誠意ある行動を相手に要求する一方で、大型原子力空母と戦略的核打撃
を与える航空戦力を動員して相手を脅威する戦争的挑発は、非核化の同時行動原則を完全
に裏切る。
朝鮮半島の非核化は一方だけの非核化ではなく、対北朝鮮核脅威を解消された一括的、公
正な非核化であるべきだ」と。
何度か読みなおしていると、その向こうに北朝鮮の隠された意図が見えてくる。
北朝鮮は、こう言っている。
「お前たちが軍事演習をするなら、俺たちは、核実験をするぞ。
したくはないが、それをさせるのは、お前たちだ」と。
アメリカと韓国は、朝鮮半島有事を想定し、16〜26日に、指揮所演習「乙支フリー
ダムガーディアン」を実施する。
軍事演習としては、たいしたものではない。
規模も小さい。
にもかかわらず、北朝鮮はからんできた。
この(からんできた)というところに、私は別の意図を感ずる。
それが「核実験の実施」。
となると、その日はいつか。
軍事演習は、16〜26日。
ということは、その前後ということになる。
北朝鮮は、何かにつけ、日にちにこだわる。
となると、8月15日?
今回の公開書簡は、その布石ということになる。
●竹島問題(韓国のなし崩し的既成事実化)
日本政府は、竹島の領有権問題について、国際司法裁判所(ICJ)に、「付託による解
決」をめざし、韓国政府を、正式に提起することを検討しているという(産経新聞)。
つまり不法占拠を、国際裁判所に提訴する準備をしている。
これが正攻法であり、もっとも平和的な解決手段である。
が、他方の当事者である韓国政府は、「韓国が付託に同意する可能性は低く、対抗措置への
反発は必至だ」(同紙)とある。
産経新聞はつぎのようにつづける。
「ICJ付託提起の検討が急浮上したのは、韓国の竹島実効支配への強硬姿勢に歯止め
がかからないため。
日本は昭和29年と37年に韓国側にICJへの付託を提起したことがあり、今回実現す
れば49年ぶりとなる」と。
なし崩し的に既成事実を積み重ね、「事実」をゆがめてしまう。
ズルイ人間がよく使う手法である。
『嘘も100ぺんつけば、本当になる』という言葉もあるにはある。
しかし100ぺんついても、嘘は嘘。
韓国政府も、そこまで正当性を主張するなら、国際裁判所で、争ったらよい。
それで決着がつく。
どうして同意する可能性が低いのか?
どうして反発が必至なのか?
今、韓国の各地を訪れると、どこへ行っても、こんな標識が目につく。
「ここから竹島(独島)まで、〜〜キロ」と。
欧米人が好んでよく使う標識である。
韓国の人たちよ、一度、国際裁判所で、争おうではないか。
たがいに証拠を出し合い、たがいに納得する方法で……。
日本政府は、今まで、ずっとそれを主張してきた!
それとも何か、君たちにとって、都合の悪いことでもあるというのか。
●日本海vs東海(今度は「韓国海」を主張し始めた?)
今度アメリカ軍は、「日本海」を、「日本海」と単独表記することを決定した。
今までは「日本海(東海)」と、2つの名前を併記していた。
それに対して韓国は、猛反発。
古い出所も確かでない地図を持ち出し、「日本海は、『Corea Sea(韓国海)』と呼
ばれていた」と主張している。
が、この論法は矛盾している。
だったらなぜ、最初から「東海」ではなく、「韓国海」と主張しなかったのか。
「日本海はまちがっている。韓国海が正しい」と主張すればよかった。
一時は、(4、5年前のことだが)、「平和海」にしようという動きもあった。
こうして一連の韓国側の主張を並べてみると、要するに、「日本海」という呼称そのもの
が気に入らないということらしい。
で、この日本では、『坊主憎ければ袈裟まで憎い』という。
そこで調べてみたが、この故事は、どうやら日本で生まれたもののようだ。
『……僧侶が「憎い」対象となっているのは、江戸時代の寺請制度が背景にあるとされて
いる』(ネット・故事ことわざ辞典)と。
つまり韓国には、この故事はないようだ。
だから、『坊主憎ければ袈裟まで憎い』式のいやがらせを、平気で繰り返す。
もし似たような故事が韓国にもあれば、とても恥ずかしくて、こんな主張はできない。
●管首相と「脱原発依存」(どうして管首相でだめなのか?)
「脱・原発」と「脱・原発依存」は、ちがう。
しかしこれほどまでの大災害を被りながら、いまだに「原発・支持派」の人たちがいるの
には、驚かされる。
あえて「支持」するようなものでもあるまい。
「容認」とか「あきらめ」というのなら、まだ話しはわかる。
「必要悪」でもよい。
そこで今では、「管首相=脱原発」というイメージだけが先行し、管首相はまさに四面楚
歌。
「やめろ、やめろ」の大合唱。
が、私には、この場になっても、どうして管首相でだめなのか、その理由がよくわからな
い。
「風評被害」という言葉があるが、その風評被害をもっとも受けた政治家が、管首相とい
うことになる?
そこでポスト管首相。
一番先に名乗り出たのが、野田佳彦財務相(54)。
読売新聞は、つぎのように伝える。
『……出席した約20人のメンバーに示した論文では、首相との違いを随所にちりばめ
た。
原子力政策では「短兵急に原発輸出を止めるべきでない」「大切なのは『脱原発』対『推進』
の対立ではなく、国民的な幅広い多角的な議論だ」などと強調。
首相がこだわる「政治主導」の見直しにも触れ、政務三役による意思決定は継続するとし
つつも、「官僚組織をフル活用する」とし、官僚不信に凝り固まる首相を当てこすった』(同
紙)と。
よく読めばわかるが、「原発、賛成」ということらしい。
「国民的な多角的議論」という言葉を使い、国民を煙に巻いている。
平たくいえば、「賛成派と反対派の議論が必要」と。
ヤラセ事件が発覚したばかり。
賛成派と言われる人たちは、いったい、どういう人たちをさすのか?
なお「官僚不信」という言葉が出てきたので、庶民の立場で、一言。
今、この日本には、言いようのない不公平感が蔓延している。
若い人たちには、それがわからないかもしれない。
しかし60歳を過ぎると、それがよくわかる。
役人組(官僚)は、とことん手厚く老後が保障されている。
庶民組は、まったくといってよいほど、老後の保障はない。
爆発寸前というか、爆発したいが、何せ、老人組。
方法も手段もない。
体力も気力もない。
「官僚不信」をもたない政治家のほうが、どうかしている。
政・財・官……この3つが1つになり、いかに日本の進むべき道をゆがめてきたか。
その象徴的存在が、今回の原発事故ということになる。
それにもう一言。
もし管首相が引きずり下ろされたら、我ら「浮動票層」は、どこへ向かえばよいのか。
ひとつだけはっきりしていることは、「民主党は、もうこりごり」ということ。
自民党以上に自民党。
醜悪。
ア〜ア!
●今朝の確認事項
(1)北朝鮮の核実験を警戒しよう。
(2)韓国の「反発」は、無視しよう。
(3)民主党よ、さらば!
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よろしくお願いします。 はやし浩司
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【人生の密度論】(脳みそのクロック数)
8月5日
+++++++++++++++++++++++++
久しぶりに、『ニュートン』(ニュートン・プレス)
を買ってきた。
日本を代表する、すぐれた雑誌である。
「創刊30周年記念企画(後編)」と表紙にはある。
定価は1000円。
以前はもっと値段が高かったように思う。
おいそれと買えるような(?)雑誌ではなかった。
+++++++++++++++++++++++++
●137億年
2011年9月号。
「大宇宙137億年」という表紙の大見出しが気になった。
137億年!
少し前まで、宇宙の歴史は60億年と思い込んでいた。
が、この世界、つまり宇宙科学の世界は、研究が進めば
進むほど、広がっていく。
で、今は、137億年。
もっとも当初は時間も物質もない時代だから、「億年」という
言い方も、おかしいのでは?
素人の私がそう言うのは危険なこと。
しかし化学(物理学)の世界には、「1フェムト秒」という単位もある。
その「フェムト秒」については、何度も書いてきた。
10の15乗分の1秒をいう。
0・000000000000001秒!
単なる計算上の数字を言うのではない。
今では1フェムト秒単位で化学的な変化を、観察することもできる。
そういう装置も開発された。
そこで仮に1フェムト秒を、人間社会の1秒に換算すると、人間社会の
1秒は、その10の15乗倍になる。
で、計算してみると・・・。
●1フェムト秒
今、手元に、それを直接計算できる計算機がない。
そこで逆に計算してみる。
1日は86400秒。
それを365倍して、1年は、31536000秒。
さらに1000倍すれば、1000年は、31536000000秒。
1万年は、3153600000000秒。
3x10の13乗。
だいぶ近づいてきた。
10万年は、3x10の14乗。
100万年は、3x10の15乗。
つまりその約3分の1。
約33万年。
仮に1フェムト秒を、人間社会の1秒に換算すると、
何と、約33万年!
もし私たちが1フェムト秒を1秒にして生きることが
できたとすると、約33万年も生きることになる。
たった1秒で!
●時間
時間というのは、そういうもの。
「数字」ではない。
生き様の問題。
たとえば『ニュートン』誌によれば、この大宇宙は
一瞬にして誕生したという。
「1秒の1兆分の1の、その1兆分の1の、そのまた
1兆分の1秒に、宇宙は、1兆倍の、その1兆倍の、
さらにその1000万倍になった」と。
この一瞬というところが、くせモノ。
おかしい?
宇宙誕生のころには、この大宇宙は、1フェムト秒単位、
あるいはそれ以上の単位で動いていたかもしれない。
そのことは、現在の時間が、より長くなっているか、
それともより短くなっているかを知ればわかる。
それを逆算すれば、137億年前の「時間」が、
どういうものであったかが、わかるはず。
●基本単位時間
そこで登場するのが、「基本単位時間」。
長さの世界で言えば、「もの指し」のようなもの。
が、そういうものはあるのだろうか。
もの指しがあれば、時間の長さを相対的に測定することができる。
たとえば分子の分子運動のようなものを、基本単位時間に
するという方法もあるかもしれない。
それを基準にすれば、現在の1秒が、より長くなりつつあるのか、
それとも短くなりつつあるかが、わかる。
しかしその分子運動も、実は、時間の影響を受けている。
というか、時間のエネルギーは、分子レベルから、光速レベルまで、
ありとあらゆるものに影響を与えている。
●生きる時間
私の脳みそでは、ここまでしか考えられない。
しかしこういうことは言える。
ぐんと話しは哲学的になるが、こういうこと。
もし私たちが、今の時間を2倍にして生きれば、人生の長さも
2倍になるということ。
そうでなければ、そうでない。
たとえばダラダラとだらしない人生を送れば、人生の長さは、
2分の1になるかもしれない。
10分の1になるかもしれない。
しかし当の本人が、それに気づくことはない。
2倍にして生きている人にとっても、1年は1年。
10分の1にして生きている人にとっても、1年は1年。
2倍という実感を得ることは、むずかしい。
同じように、10分の1という実感を得ることはむずかしい。
●脳のクロック数
ご存知のように、コンピューターは、CPU(中央演算装置)に
よって、性能が決まる。
1秒間に何回計算するかで、性能が決まる。
私が35年前に買った、PET2001(コモドール社製)の
パソコンは、簡単な二次曲線を描くだけで、1分ほどかかった。
が、今は、瞬時に3Dの画像を、映画のように描いてみせる。
CPUの速度が速ければ速いほど、その分だけ、1秒なら1秒を
長く使うことになる。
つまりこういう考え方を、脳のCPUに当てはめて考えることは
できないか。
●脳のCPU
最近の研究によれば、脳の中にもCPUに似た部分があることが
わかってきた。
視床下部の下あたりにあるらしい。
そこから連続的な信号が発せられ、それに基づいて脳の機能が
制御される。
で、ここからが私の仮説だが、こういうこと。
若いときほど、脳のクロック数は速く、年を取れば取るほど、
脳のクロック数は遅くなる。
このことは、幼児を見ていると、よくわかる。
幼児のもつ脳みそのクロック数は、おとなのそれより、はるかに速い。
速いから、おとなのクロック数を基準にして、ものを教えよう
としても、すぐ飽きてしまう。
だから幼児を教えるときは、幼児のクロック数に合わせて、
教えなければならない。
テンポを速くし、リズミカルに教える。
さらにこんなことも言える。
●頭の回転数
若いときに感ずる1年と、年を取ってから感ずる1年には、
大きな差がある。
これはおおかたの人たちが経験していることである。
年を取れば取るほど、1週間、1か月、1年の過ぎていくのが
速く感ずる。
さらに青春時代の10年と、50代の10年とでは、明らかに
ちがう。
青春時代の10年間には、思い出がぎっしりと詰まっている。
50代の10年間には、思い出という思い出が、ほとんどない?
しかし青年にも、また老人にも、1年は1年として過ぎていく。
そのちがいは、何によってもたらされるかといえば、言うまでもなく、
脳のクロック数の問題ということになる。
わかりやすく言えば、「頭の回転数」。
●測定方法
が、それを知る方法はあるのか。
脳のクロック数を知る方法はあるのか。
私はひとつの方法として、会話の速度をあげる。
このことは、私が若いころ、気がついた。
当時、大平正芳(1910〜1980)という人がいた。
元総理大臣である。
あの首相は、いつも、つぎのような話し方をしていた。
「・・・エ〜、アノ〜、つまり、ア〜、日本の〜、オ〜
政治とオ〜、いうものわア〜 で、ございます」と。
脳に血栓性の梗塞があったのかもしれない。
今にして思えば、そう思える。
そのあとすぐ大平首相は、心筋梗塞か脳梗塞で亡くなっている。
「私なら数秒で言えることを、1分もかかっている」と、
当時の私は、そう感じた。
話し方が遅いから、脳のクロック数も遅いということには
ならないかもしれない。
しかし話し方の速度を測定すれば、その人の脳のクロック数を
ある程度、測定できるのではないか。
もちろん脳の中でもその部分だけが特異に発達している人もいるだろう。
老人でもペラペラと早口でしゃべる人は多い。
反対に沈思黙考型の人は、当然、話す速度が遅くなる。
アルコール中毒やヘビースモーカーの人などは、独特のかったるい話し
方をする。
また最近の研究によれば、女性のばあい、言語中枢が右脳にもあることが
わかってきた。
「女性はおしゃべり」という現象を説明する、ひとつの理由になっている。
いろいろな影響を受けることは事実。
が、総合してみれば、若い人は話し方が速い。
老人は遅い。
そこに一次関数的な連続性があることは事実。
つまりそれを手がかりにして、脳のクロック数を調べるという方法も
あるかもしれない。
●最後に
もし脳のクロック数という考え方が証明され、かつクロック数を
速くする方法が見つかれば、その人は、今の人生を、2倍とか3倍に
して生きることができる。
生きる時間は同じでも、中身を2倍とか3倍にすることができる。
実感として、自分の人生を2倍とか3倍にして生きることができる。
それは可能なのか。
私自身は、不可能ではないと考える。
その反対の例として、緩慢動作が特徴な子どもがいる。
障害児という範囲の子どもではないが、何をするにも、動作が鈍い。
とっさの判断や、とっさの行動をするのが苦手。
脳の機能障害のひとつと考えられるが、定型化されているわけではない。
もちろん診断基準もない。
治療法も確立されていない。
しかし「いる」のは、事実。
そういう子どもを見ていると、脳のクロック数が遅いのでないかと
思われる。
もし私のこの推論が正しいとするなら、反対にクロック数をあげる
ことも可能ということになる。
とんでもない推論に思う人もいるかもしれないが、何も薬物に頼る
必要はない。
「人生」というのは、「生き様」の問題。
日常的な生活態度や、訓練によって、速くすることは可能。
・・・ということで、結論を言えば、ダラダラとその日、その日を
無益に生きるのも人生。
一瞬一秒を惜しんで、キビキビと生きるのも、これまた人生。
同じ10年でも、1年にようにして生きてしまう人もいれば、
100年のようにして生きる人もいる。
だから「生き様」の問題。
『ニュートン』誌を読みながら、私は別の脳みそで、そんなことを
考えた。
宇宙の話しはそういう意味で、たいへんおもしろい。
私はそういう話が好き。
想像力がかぎりなく、私の住む世界を広くしていく。
では・・・。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 脳のクロック数 脳みそのクロック数 脳のクロック数理論 脳の回
転速度 視床下部 はやし浩司 クロック数の測定 脳の速度 信号伝達速度 時間 は
やし浩司 脳の信号伝達速度 仮説 脳の回転速度 フェムト秒 時間とは 生き様)
Hiroshi Hayashi++++++Aug 2011++++++はやし浩司(林浩司)
●8月6日(今日、ありのまま)
++++++++++++++++++
山荘を建てるとき、手伝ってくれた人がいた。
KWさんという人だった。
私より20歳も年上で、そのときすでに
60歳を超えていた。
年齢も年齢だからということで、毎日では
なかった。
体の調子のよいときだけを見計らって、週に
数日、手伝ってもらった。
そうして6年。
山荘の土地は、完成した。
で、久しぶりに、KWさんの話しを聞いた。
KWさんの近くに、農家の人たちが集まって
開く、青空市がある。
そこで「KWさんは、元気?」と聞いた。
が、レジの女性はこう言った。
「KWさんは、昨年(2010)の暮れ、
亡くなりましたよ」と。
++++++++++++++++++
●夢
家に帰って、昼寝をした。
このところそれが日課になっている。
その昼寝で目を覚ますとき、こんな夢を見た。
それまであちこちを旅行していた。
電車に乗ったようだが、その部分はよく覚えていない。
が、気がついてみると、私は美濃の実家へ来ていた。
実家の居間で、赤い飛行機を手にしていた。
ゴム動力で飛ぶ飛行機だった。
私はそれをもって、外に飛ばしに行こうと考えていた。
で、通路を通って、店のほうへ行くと、そこに
兄が座っていた。
ニコニコと笑っていた。
私はそれを見て、兄に、こう聞いた。
「これは夢? それとも現実?」と。
するとその向こうに母が立っていて、こう言った。
「もちろん夢だよ」と。
そこで私はこう切り返した。
とても夢には思えなかった。
「じゃあ、道路で裸で踊っても、だれも笑わないのか」と。
すると母がまた答えた。
「だれも笑わないよ」と。
私はゆっくりと兄の体に手を回した。
兄も私の体に手を回してくれた。
私は兄に、こう言った。
「ぼくは、ずっとさみしかったよ」と。
とたん、夢の中で私は涙をこぼした。
と、同時に、目が覚めた。
横を見ると、ワイフも眠っていた。
私はワイフに悟られないよう、静かに泣いた。
目頭に涙が数滴たまった。
さみしかった。
生きていること自体が、さみしかった。
●KWさん
昨年の終わりごろ、KWさんに会ったことがある。
脳梗塞を患い、そのときは、大きなマッサージチェアに座っていた。
週に何回かは、デイサービスを受けているということだった。
顔を合わせると、こう言った。
「こんなになっちゃってねえ」と。
そのKWさんには、悲しい思い出がある。
KWさんは、そう言って、こんな話しをしてくれた。
KWさんには、1人の娘さんがいた。
その娘さんが、24歳のときのこと。
いつものように、「これから仕事に行ってくる」と家を出た。
が、元気な姿を見たのは、それが最後だった。
その日のうちに、娘さんは、仕事場で急死。
夕方には遺体で、家に戻ってきた。
あまりにも急な死だった。
KWさんは、いつもそこまでしか私に話してくれなかった。
私も、それ以上のことは、聞かなかった。
ただKWさんは、こう言った。
「死んだ娘ほど、いい娘とは言いますがね、本当に親思いのいい娘でした」と。
ときどきKWさんは、娘さんの話しをしてくれた。
が、話しの内容はいつも、同じ。
そこまで。
いつかもっと話してくれるかなと思っていたが、KWさんは、それ以上のことは
話してくれなかった。
そのKWさんが、亡くなっていた。
知らなかった。
10年ほど前、膵臓ガンを患ったという話しを聞いた。
が、青空市のレジの女性は、梗塞による、臓器不全が原因で亡くなったと話して
くれた。
私とワイフは、そこから歩いてKWさんの家に行った。
家は留守だったが、離れようとすると、息子さんの嫁さんが畑のほうから出てきた。
私は悔やみの言葉を伝えた。
とたん、涙がこぼれた。
熱い涙だった。
嫁さんは、別れ際、こう言った。
「今年は初盆です。13日からします」と。
●処分
このところ私にとって大切な人が、つぎつぎと亡くなっていく。
さみしいというより、心細い。
自分だけが取り残されていくよう。
ただどうか誤解しないでほしい。
私はもう死ぬのは、こわくない。
去年のはじめ、それを経験した。
激しい後頭痛を感じ、床に倒れたとき、こう思った。
「ああ、これで死ねる」と。
自分でも信じられないほど、穏やかで、冷静だった。
ときどき神経痛の発作に襲われるが、そのときは格別だった。
それにたいていは夜中だが、そのときは、廊下を歩いているときだった。
あれほど死を恐れていた私だったが、いざ、そのときになってみると、
「ああ、これで死ねる」と。
恐怖感はほとんどなかった。
いや、まったくなかった。
だから今、ときどき人に、こう言う。
「死の瞬間というのは、何もこわくないですよ」と。
……つまり、私も私なりに、死の覚悟をし始めている。
話しを聞くと、どうやらワイフもそうらしい。
それもあって、先週からアルバムの整理を始めた。
アルバムから写真を抜き取り、それを息子たちに分け与える。
その準備を始めた。
とくにアメリカに住む二男は、何かにつけ、さみしい思いをしていることだろう。
その気持ちは、よくわかる。
私もこの浜松で、同じような思いをした。
で、メールで、「近く写真を送る」と連絡した。
今のところ、返事はないが、私の方で勝手に送る。
……ということで、ここ1年、家の中がすっきりしてきた。
飾り物などの小物は、子どもたち(生徒)に、どんどんと分け与えている。
今まで買い集めたみやげや、もらったみやげなど。
そのうち家の中は、からっぽになるだろう。
が、そのとき同時に、私もこの世を去ればよい。
たいした人生ではなかったが、思う存分、自由に生きた。
ほかの人たちのことは知らないが、思い残すことは、もうない。
(少しはあるが、ほとんど、ない。)
息子たちも含めて、あとの人たちは、あとの人たちで、勝手に生きていけばよい。
成功組か失敗組かと聞かれれば、私は失敗組。
が、たいした不幸も経験せず、この年齢まで健康で過ごせた。
それについては、感謝している。
「運がよかった」と感謝している。
●原爆記念日
8月6日。
広島に原爆が落ちた日。
KWさんの死去を知り、今日は一日中、さみしかった。
何をしても、さみしかった。
夕方遅く、ワイフと長男と3人で、近くのマックへハンバーガーを
食べに行った。
そのときも、さみしかった。
今日は、そういう一日だった。
こういうときは、安定剤でものんで、早めに床に就いたほうがよい。
日記、おしまい!
みなさん、おやすみなさい!
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●8月7日(日曜日)「金こそ、すべて」(恐慌に備えて……)
++++++++++++++++++++++++++
ヤフーニュースのトップには、こうある。
『G7緊急電話会議開催か=関係筋
関係筋が7日明らかにしたところによると、
先進7カ国(G7)の財務相・中央銀行総裁による
緊急電話会議が始まったもようだ』と。
この(あわてぶり)が、現在の経済危機を表象している。
++++++++++++++++++++++++++
●不思議なほどに平和な世界
まるで何ごともないかのように、窓の外ではセミが鳴いている。
真っ青な空。
深々とした緑の色。
そのコントラストがまばゆいほどに、美しい。
が、この不思議なほどに平和な世界は、いったい何なのか?
どうとらえたらよいのか?
そう、今、世界は大激動の真っ直中にある。
●限界
基本的には、お金(マネー)の奪いあい。
が、アメリカにしても、EUにしても、そしてこの日本にしても、お金には困らない。
必要となったら、印刷機を回せばよい。
回しても回しても、世界の人たちは、そのお金をほしがる。
……というのが、今までの図式だった。
が、それが限界を超えた。
度を越した。
●経済破綻
ギリシアやアイルランドは、とっくの昔に破綻状態。
それがスペインやイタリアに波及しそうな気配になってきた。
が、スペインやイタリアが破綻したら、どうなるか?
経済規模がちがだけに、EU全体に与える破壊力は、桁違いに大きい。
が、それだけではない。
その上を行くのがアメリカ。
天文学的数字の額のドルを印刷しておきながら、さらに増刷につづく増刷。
ここ1、2年、さらにその額が二次曲線的に急上昇している。
「上限案」もそのために生まれたが、その上限もすでに軽く突破。
もちろんこの日本も、あぶない。
どうあぶないかは、すでに、みなさん、ご存知のとおり。
●水とパン
人は、パンと水のみで生きるものではない。
それはわかるが、パンと水がなければ、生きていくことはできない。
が、世界人口はふえつづけている。
すでに70億人!
ほんの少し前まで、60億人と思っていたが、もう70億人。
が、世界の穀物生産にも限界がある。
すでに世界の穀物価格は、過去3年間だけをみても、
すでに3倍近くにまではねあがっている。
たとえば、大豆価格……08年比で、2・6倍
小麦価格……08年比で、2・3倍
とうもろこし価格……08年比で、3・1倍。
(農林水産省調べ・MMF・2010)
世界中の人が、その「パン」を求めて、熾烈なまでの闘争を繰り返している。
それが今回の大恐慌の元凶と考えてよい。
●100分の1
今朝の新聞は、「週明けから、市場は波乱含み」と書いている。
株価の大暴落、円の急騰などをさしたもの。
言い換えると、世界中が、カオス(chaos=大混乱)状態になる。
(1)みなさんは、銀行預金を、1000万円以内に収めたか?
(2)みなさんは、余剰資金をできるだけ現物資産(貴金属)に交換したか?
(3)みなさんは、株式投資、債券投資から手を引いたか?
もしそうなら、それでよし。
そうでないなら、大損害に備えるべし。
「一般投資家の95%は、すでに損をしている」という。
私の知人は、あのリーマンショックのとき、1億円の資産(株資産)を、1000万円に
してしまった。
「S」という名前の会社だった。
で、相談があったので、「10分の1でもよいから、損切りをしなさい」と忠告した。
が、それに従わなかった。
そのあとも株価は下落しつづけ、結局は、それが100万円になってしまった。
つまり100分の1!
その知人は、その数か月後、50年つづけた洋品店を閉めた。
そればかりか、精神状態までおかしくなってしまった。
(たった今、その「S」という会社の株価を調べようとしてみたが、その会社はすでに倒
産していた。2011年8月。)
●二番底
「自業自得」という言葉がある。
しかし素人が投資に手を出して成功する確率は、5%もない。
今ではプロは、1000分の1秒単位で、取り引きをする。
そんなプロを相手にして、勝てるわけがない。
だから大損をしても、自業自得ということになる。
あの絶対安心株と言われた「東京電力」にしても、いくら震災が原因とはいえ、2100
円から、一時は200円程度まで値をさげている。
現在は410円。
それでも5分の1!
「退職金で東京電力株」というのが、関東地方では半ば常識だった。
私が書いたこのエッセーを読んで、「自業自得とは何だ! あの林(=私)め!」と怒って
いる人も多いはず。
が、ここで終わったわけではない。
「二番底」は、明日(8日)から始まる。
●金こそ、すべて
私は、自由主義貿易体制を否定する者ではない。
しかしそれと「資本主義体制」とは、切り離して考えた方がよい。
「どう切り離すか」と問われそうだが、資本主義体制は、基本的には「欲望」のカタマリ。
ドス黒い欲望が、その下で渦を巻いている。
わかりやすく言えば、いくら利潤の追求をもくろんでも、欲望の奴隷になってはいけない。
どこかで一線を引く。
でないと、「Money is Everything(金こそすべて)」となってしまう。
資本家の話しではない。
そこらの商店主ですら、守銭奴になり、「金こそすべて」と考えている人は、いくらでもいる。
●ここは覚悟!
ともかくも嵐はやってきた。
が、突然、やってきたわけではない。
すでに何か月も前から、(あるいは昨年あたりから)、予想されていたこと。
が、日本人というのは、おめでたい。
集団的楽観主義が、国是にもなっている。
「何とかなる」「だれかが何とかしてくれる」と。
「もの言わぬ従順な民意識」が、骨のズイまでしみこんでいる。
だから嵐がやってきても、アタフタとするだけ。
行く道を見失い、オタオタするだけ。
が、もちろん、これではいけない。
自分で考え、自分で行動する。
この嵐の中で生き抜くには、これしかない。
仕事がなくなったら、リヤカーでも引いて、行商すればよい。
事実、私はそうしたぞ。
浜松へ来たころ、地元の画家の絵をリヤカーに積んで、住宅街で売って歩いたぞ。
仕事がなくなったら、電柱に、張り紙でもして内職をすればよい。
事実、私はそうしたぞ。
結婚したころ、ワイフと2人で、「翻訳します」という小さな張り紙を張って歩いたぞ。
●相変わらず……
相変わらず窓の外には、のどかな景色が広がっている。
先ほど餌をまいたあたりには、スズメたちが集まっている。
キジバトもやってきた。
その向こうでは、小さな畑の野菜の葉がゆっくりと揺れている。
肥料を多めに施したせいか、どの野菜の葉も、今年は巨大化している。
ナスの葉にしても、まるでウチワのよう。
それがユサユサと揺れている。
人間界のカオスなど、どこ吹く風。
それが不自然なまでに現実離れしている。
しかしこれが現実。
まぎれもない現実。
何も変わっていない。
私たちは、それを信じればよい。
それを信じて、明日に向かって歩けばよい。
この先、何があっても、動じない。
この真っ青な空、深々とした緑の木々のように……。
2011/08/07記
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
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【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●国民宿舎・奥浜名湖にて(8月3日)
++++++++++++++++++++
今日は、「国民宿舎・奥浜名湖」へやってきた。
宿泊料金も安く、ロケーションもよい。
ときどきやってくる。
息抜きには、もってこい。
そのつど、満足して帰る。
時刻は今、ちょうど午後4時を回ったところ。
夕食は6時半から。
それまでに風呂に入り、このあたりを散策するつもり。
暑いが、風がさわやか。
窓からは、遠く浜松市内が一望できる。
手前に広がるのは、もちろん浜名湖。
+++++++++++++++++++++
●旅館業
今、旅館業は、冬の時代。
こういう時節だから、経営もたいへん。……だろうと思う。
この国民宿舎も、昨日、予約した。……できた。
「夏休みだから、だめかな?」と思っていたが、長男の部屋も含めて、2部屋取れた。
私たちが、2xx号室。
長男が、2xx号室。
隣の部屋。
私たちのような客にはありがたい。
つまり私たちはいつも、ものごとを衝動的に決める。
計画性がない。
……というか、へたに計画を立てると、息苦しくなる。
だから衝動的。
そういう客にはありがたい。
ありがたいが、旅館の経営者にとっては、そうでないだろう。
今は、夏休み。
本来なら、子連れ客でにぎわっていても、おかしくない。
●風呂
風呂を出たところに、1人の男性客がいた。
袋井市から来たという。
(袋井市というのは、浜松からJRで、30分くらいのところにある町。)
日帰りの入浴客。
年齢は、60歳くらい。
奥さんが出てくるのを待っていた。
しばらく話す。
あちこちの温泉の話し。
「ここはいい、あそこはいい」と。
私はどこの温泉へ行っても、こうしてすぐだれかと友だちになる。
私の特技のようなもの(?)。
それがまた楽しい。
たいていは、「どちらから……?」と言って話しかける。
会話は、そこから始まる。
ところで、ここは、温泉なのか?
それともただの風呂なのか?
(宿の案内によれば、人工的に成分を加え、下呂温泉、あるいは愛媛の道後温泉と成分
を同じにしてあるとのこと。)
●悪夢
今朝は、恐ろしい夢を4回も見た。
昨夜も、ふとんの中で、『2012年、日本経済は大崩壊する』(幻冬舎)を読んで寝た。
その前には、『超大恐慌の時代』(日本文芸社)を読んでいた。
そのせいだと思う。
ワイフがそう言った。
「このごろあなたは、あんな本ばかり読んでいるからよ」と。
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
というのは、世界経済は、今、危機的な状況にある。
それは現実であって、推察ではない。
みな、見て見ぬフリをしているだけ。
アメリカは何とか危機を乗り越えたが、ギリシアの債務問題がある。
どこからどう考えても、ギリシアはもう救いようがない。
ゆいいつの救済法と言えば、各国銀行による債権放棄。
つまり徳政令。
借金の棒引き。
しかしそんなことをすれば、それこそEU経済は、メチャメチャ。
モラルハザードだって起こる。
が、それだけではない。
中東問題がある。
中国問題がある。
もちろんこの日本も、あぶない。
●ボケ防止
ワイフもときどき、こう言う。
「あなたが国際経済を心配しても、しかたないでしょ」と。
教育問題にしても、そうだ。
確かにそのとおりだから、反論のしようがない。
町のオジチャンたちが、酒場で経済談義をするようなもの。
したところで、だれも相手にしない。
世の中、何も変わらない。
で、私はそのつど、いつもこう答える。
「ボケ防止のため」と。
こうしていろいろものを考えることによって、脳の老化を防ぐ。
効果のほどはわからないが、今のところ、ボケていないところをみると、それなりに効果
があるのでは?
が、本当のところは、こうだ。
そこに(私の知らないこと)があると、私は歯がゆくてならない。
私が知らないことがあること自体、不愉快。
これは私の性分のようなもので、どうしようもない。
そこでそれについて調べ始める。
あとはそのまま、その(こと)について、のめり込んでいく。
そう言えば、趣味にしてもそうだ。
若いころは、周期的に、趣味が変化した。
だいたい3〜4か月。
長くて、半年。
一通りやると、つぎの趣味へと移っていく。
こうして、私はいろいろなことをした。
ラジコンから始まり、模型作り。
木工から、畑。
絵も描いたし、ネックレスづくりにも、挑戦した。
骨とう品や絵画を買い集めたこともある。
で、最近は、温泉巡り。
こうして数え出したら、キリがない。
それが私ということになるが、最近、私のような人が、結構多いのを知った。
何かの雑誌で、そう書いている人もいた。
ひとつのことを長くつづけるのが、「趣味」ということになる。
しかし「いろいろなことをする」という趣味もある。
私には、そのほうが楽しい。
●辛辣な酷評
YOUTUBEの画像について、ときどきコメントがつく。
昨日も、ついた。
読むと、「こいつのしゃべっていることは……」と。
私をさして「こいつ」とは?
かなり辛辣な言い方である。
もっとも最近の若い人たちは、こういう言葉を平気で使う。
使いながら、自分の品格を落としていることに気づかない。
つまり自分を客観的に評価する能力に乏しい。
で、年齢を調べてみたら、16歳。
16歳の少年が、私のYOUTUBEを批評して、「こいつの……」と。
もっともそういった批評をいちいち気にしていたら、YOUTUBEに画像など、アッ
プできない。
即、削除。
それにかぎる。
が、今回は、相手が16歳。
私の生徒たちの年齢。
だからていねいに反論のコメントを書いてやった。
気まぐれだった。
が、すかさず返事が届いた。
その返事の末尾には、こうあった。
「……発達障害の専門家でもない、あなたへ」と。
つまり「発達障害の専門家でもないあなたが、偉そうなことを言うな」と。
最近の若い人たちは、一語で相手の心をグサリと突き刺す。
そういう言い方が、実にうまい。
巧み。
●発達障害の専門家?
そのYOUTUBEは、「AD・HD児」について述べたものだった。
が、これについては、一言、申し添えたい。
この日本でAD・HD児が話題になり始めたのは、1999年ごろ。
厚生省の委託を受けて、K大学に研究班ができたのは、2001〜2年だったと記憶して
いる。
診断基準も、そのあと、できた。
そのころ「アスペルガー」という言葉も、聞かれるようになった。
が、それ以前はというと、AD・HD児は、教育の世界では、「活発型遅進児」(1980
年代)とか、「多動児」(1990年前後)とか、呼ばれていた。
「アスペルガー」については、その言葉すらなかった。
診断基準もなかった。
さらに最近では、自閉症についても、「スペクトラム」という言葉を使うようになった。
ここ4〜5年のことである。
が、私は30代のころ、そういう子どもだけを集めて、指導していた。
相手によっては、毎回、レスリングをしているようなレッスンだった。
そういう経験を、学校の先生たちを相手に、説いて回った。
が、突如として、「発達障害」という言葉が出てきた(2000年ごろ)。
「学習障害」という言葉も出てきた。
そして「専門家?」と呼ばれる人たちが、出てきた。
たいていはドクターで、数回〜10回程度の研修会(研究会)を経て、そういった看板を
かかげるようになった。
何もドクターにたてつくわけではないが、実際に子どもを指導したことがない人たちで
ある。
今でこそ少なくなったが、当初はトンチンカンな診断名をつけるドクターが続出した。
赤ちゃん返りによる情緒不安症状を、自閉症と診断したドクターもいた。
が、私たちは、それに逆らうことさえできなかった。
たとえば投薬にしても、当時(2002〜7年ごろ)は、AD・HD児には、リタリン
という薬を投与していた。
効果も4〜5時間しかつづかない。
それにすでに2000年ごろ、アメリカではリタリンの副作用が問題になり始めていた。
脳間伝達物質をいじるときには、慎重の上に、慎重であるのが好ましい。
とくに相手が子どものばあいは、そうである。
私はその文献を翻訳し、私のHPに載せた。
(今でもどこかに載っているはず。)
で、ここ数年、リタリンの投与は、禁止されている。
「禁止」だぞ。
表にこそ出てきてはいないが、リタリンの投与で、どれだけ多くの薬害被害者が出たこと
か!
もちろん私はドクターではない。
発達障害の専門家でもない。
だからその少年のコメントには、何も反論できない。
「偉そうなことを言うな」と言われれば、それまで。
(しかし私はそんなことでへこたれない。
これからも主張つづける!
だいたい、「専門家でないから、黙れ」という意見のほうが、おかしい。
まさに官僚的発想。
資格、認可、許可で、国民を縛りあげる。
身動きが取れないようにする。
言うまでもなく、民をして、「もの言わぬ従順な民」にするため。
一方、民は民で、「私は専門家ではないから」と言って、黙ってしまう。
しかしこれでは民主主義は、この日本には根付かない!
自由とは、「自らに由る」こと。
何があっても、「国が……」「国が……」と言っている国民には、それがわからない。)
●幼児教育教材(雑誌)
若い人たちは、日本という国は、40年前、50年前も、「今」のようだったと考えるか
もしれない。
しかし私がこの世界に入ったときには、幼児教育の教材すらなかった。
だから私は香港やシンガポールへ行くたびに、イギリスの教材を買いあさった。
それを翻訳して、日本で使った。
が、そのうち自分のところだけで使うのはもったいないということで、それを学研とい
う出版社に送りつづけた。
それがのちに、「幼児の学習」「なかよしがくしゅう」という雑誌につながった。
両誌で毎月、47〜8万部も売れた。
編集長は斉藤洋三氏という人だった。
その斉藤洋三氏の名誉にかけて言う。
その両誌が、この日本における幼児教育雑誌(教材)の先駆けになった。
つまりこの両誌が、日本の幼児教育雑誌(教材)の幕を開いた。
それ以前はというと、迷路と点つなぎ。
その程度の教材しかなかった。
それ以上のものは、なかった。
その16歳の少年について言うなら、その少年の父親、母親の約50%が、私が作った
教材で勉強したはずである。
そんな少年に、「こいつ」と呼ばれる。
今は、そういう時代なのかもしれない。
飽食とぜいたくの中で、子どもたちが自分の姿を見失ってしまっている。
そこにモノがあるのが当たり前と、そう思い込んでいる。
年配者に対する畏敬の念など、微塵もない。
発達障害?
そんな言葉は、どこかの大学の教授が、外国(主にアメリカ)の文献を翻訳し、日本へも
ちこんだだけ。
「害」という言葉にしても、これほど、不愉快な言葉はない。
英語では、「disable(機能できない)」という。
……ともあれ、今の若い人たちは、もう少し年配者に対して謙虚であったほうがよい。
否定するのは簡単なこと。
(これはグチかな?)
が、ある賢人は、こう書いた。
『若者から見れば、老人はみな、バカに見える。しかし老人から見れば、若者はみな、バ
カに見える』と。
記憶によるものなので、内容は不正確。
私のHPのどこかに、その原文が載っているはず。
そこでネットを使って、調べてみた。
2009年に書いた原稿の中に、それがあった。
「……かつてあのバーナード・ショーは、こう言った。『若者から老人をみると、老人はみ
な、バカに見えるかもしれない。しかし老人から若者をみると、若者はみな、バカにみえ
る』」と。
バーナード・ショーだった!
どちらがどっちという話しではない。
若者の中にも、賢い人はいくらでもいる。
老人の中にも、バカな人はいくらでいる。
しかし本当の意味は、それぞれの人は、それぞれの分野では賢者だが、それ以外の分野
では、バカというのが正しい。
大切なことは、それぞれの分野で、相手の専門知識を認めあうこと。
資格とか、肩書にまどわされてはいけない。
それはそれ。
しかしそれがすべてではない。
つまり自分が知っていることを、相手が知らないからといって、バカと決めつけてはい
けない。
わかりやすく言えば、若者にせよ、老人にせよ、この世の中には、バカはいないというこ
と。
(「バカなことをする人をバカというのよ。頭じゃないのよ」(『フォレスト・ガンプ・一期
一会』と。)
……それにしても、わずか16歳の少年にして、かくも官僚主義的なものの考え方をす
るとは!
この日本が、官僚主義国家と呼ばれる所以(ゆえん)は、こんなところにもある。
●ダイエット
風呂から戻った。
あと半時間で、食事。
が、私は目下、ダイエット中。
昨日やっと、64キロ台に戻ったところ。
ここで一人前食べたら、また65キロ台に逆戻り。
しかしこの空腹感だけは、どうしようもない。
今、ポップコーンをほお張りながら、このエッセーを書いている。
多少なりとも血糖値をこうしてあげておけば、食欲も減衰するはず。
さあ、これから私と私の食欲との闘いが始まる。
私の自制心が勝つか。
それとも私の食欲本能が勝つか。
それが試される。
その結果は、もう少しあとで書く。
(これからネットに接続し、Eメールをチェックする。)
●夕食
一応、自制心のほうが、勝った。……ようだ。
全体に食事の量が少なかったことが幸いした。
終わりは、ご飯とみそ汁、それに漬物。
ご飯は、8割程度、残した。
あとは水をたくさん飲んだ。
それで胃袋を、ごまかした。
●DVD「V」
隣で、ワイフと長男が、DVD「V」を観ている。
宇宙人による地球侵略ビデオである。
ここへ来る前、ビデオショップで借りてきた。
すでに5〜6巻まで出ている。
人間の顔をしているが、中身は、爬虫類に似た生物。
それが地球征服をもくろむ。
が、このビデオ、おもしろそうで、おもしろくない。
かったるいというか、ゴタクが多すぎる。
それほどまでの技術と能力があるなら、さっさと地球を征服してしまえばよい。
私は、横でそれを見ながら、そう思った。
が、これでは評論にならない。
そこで一言。
このビデオに出てくる宇宙人を、どこかのカルト教団に置き換えてみたらどうか。
少しずつ人間を洗脳しながら、自分の味方(=信者)に引き入れていく。
とたん、このビデオが、光り出す。
「V」は、実は宇宙人を扱った映画ではなく、どこかのカルト教団を扱った映画。
逆に言えば、カルト教団の恐ろしさを、宇宙人に置き換えて、私たちに教えている。
そういう目で見ると、どこかバカげたSF映画が、とたんに現実味を帯びてくる。
まだ1巻しか見ていないが、そこに出てくる青年は、まさにそのカルト教団に洗脳された、
狂信的な信者そのもの。
●給料
昨日、ワイフとこんな話しをした。
実にせこい話しだが、こういうこと。
現在、教室の仕事をワイフに手伝ってもらっている。
それについて、ワイフが、「私は無給ね」と。
つまり給料をもらっていない、と。
私「そうだな。家族経営だからな」
ワ「他人に手伝ってもらえば、給料を払わなければならないわよ」
私「そうだなあ。25万円くらいかな。ボーナス分などを積み立てると、30万円くらい
になるかな」
ワ「だったら、その分を私に払ってほしいわ」
私「……ぼくだって、考えてみれば、無給だよ」
ワ「そうねえ」と。
で、ワイフの結論は、こうだ。
ワイフの給料分で、こうして温泉や旅館に泊まったりする。
つまりこうして温泉や旅館に泊まるのは、ワイフの(おごり)と。
私「ぼくはね、温泉に泊まるのは、社員研修会と位置づけていた」
ワ「そんなこと、税務署は認めてくれないわよ」
私「だって、今夜だって、S社(自動車会社)の人たちが、このホテルに研修会で来てい
るよ。それと同じだよ」
ワ「形だけでも、研修会をすればいいってこと?」
私「形だけでは、まずいだろうね。何か書類でも用意するとか……」と。
私のような、たった1人の人間が生きていくだけでも、たいへん。
何年にもわたって、安定した収入が保証されているなら、まだよい。
それが保証されていないと、たいへん。
よい例が食堂経営。
ある程度経営が軌道に乗ってくる。
客がふえる。
経営者は、従業員を雇う。
しばらくはそういう状態がつづく。
が、ひとたび従業員を雇うと、小回りがきかなくなる。
食堂経営は、景気の影響をモロに受ける。
景気が悪くなったとたん、給料が負担になる。
さらに景気が悪くなると、給料が払えなくなる。
経営者は自分の取り分をゼロにしても、給料を払いつづけなければならない。
が、それも限界にくる。
限界にきて、閉店。
その浮き沈み。
その繰り返し。
中小企業も、事情は同じ。
ある会社の社長は、こう言った。
「従業員のために仕事を作るのが、社長業。仕事を作っては、従業員にそれをさせる。
一日とて気が抜けることがありません」と。
岐阜市で縫製業を経営している社長である。
私のしていることも、基本的には、それと同じ。
●10シーベルト
ところでまたまた原発事故の話し。
できるだけこの話題には触れないようにしている。
が、いくつか気になることがある。
そのひとつ。
福島第一原発の1号機から、高濃度の放射線が測定されたという。
その量は、「1時間当たり10シーベルト」(報道各社)と。
7シーベルト前後で、人は即死するという。
10シーベルトは、それを上回る。
が、実際には、それ以上かもしれない。
測定器の限界を超えていたという。
が、新聞にはこうある。
「1時間、10シーベルトの放射線を浴びると、人は死ぬ」と。
つまりここが、おかしい。
私は瞬間的であるにせよ、10シーベルトの放射線を浴びると、人は即死すると理解し
ていた。
「即死」といっても、バタンとその場に倒れて死ぬわけではない。
10分後かもしれない。
1時間後かもしれない。
しかし即死は即死。
が、新聞の報道では、(おそらく保安院側の説明と考えられるが)、「1時間、浴びつづけた
ら」とある。
1時間も、10シーベルトもの放射線を浴びるということが、現実にありえるだろうか。
もしこの説明が正しいとするなら、30分なら、死亡する確率は2分の1にさがることに
なる。
10分だけなら、6分の1にさがることになる。
反対に、たとえ1シーベルトでも、10時間浴びれば、同じように死亡することになる?
0・1シーベルトでも、100時間浴びれば、同じように死亡することになる。
放射線量には、「しきい値」(=これ以下なら安全という数値)というのは、ない。
私が言っているのではない。
これは科学の世界での常識。
放射線量は、(受けている放射線)x(受けている時間)で計算する。
だから、「1年間に、200ミリシーベルトなら安全」という説も、おかしい。
同じように放射線を受けつづければ、10年で、2シーベルト。
50年で、10シーベルト、……つまり致死量に達することになる。
いったい、そのあたりはどうなっているのか?
新聞報道のように、「1時間、浴びつづけたら……」というのが正しいのか、それとも「瞬
間でも浴びたら……」が、正しいのか。
ちなみに、筬島正夫氏のBLOGには、こうある。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●放射線を短期間に全身被曝した場合の致死線量は、
5%致死線量・・・2シーベルト(2000ミリシーベルト)
50%致死線量・・・4シーベルト(4000ミリシーベルト)
100%致死線量・・・7シーベルト(7000ミリシーベルト)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
ここでも「短期間」という言葉が使われている。
「短期間」とは、1分なのか?
それとも1時間なのか?
「100%の致死量」といっても、期間はどれくらいなのか。
1週間以内に死ぬということなのか。
それとも1年以内に死ぬということなのか。
あちこちのサイトを調べてみたが、明確にそれについて説明しているところはなかった。
ただ重要なことは、それほどまでに強力な放射線が、1号機の外で観測されたというこ
と。
つまりそこに放射性物質が、存在するということ。
言うなれば、野ざらし!
今の今も、風に乗って、周囲に飛び散っている。
想像するだけでも、ゾッとする。
●城崎(きのさき)
話題を変えよう。
こんなことばかり考えているから、悪夢を見る。
気が晴れない。
何か楽しい話題に切り替えよう。
……ウ〜ン。
楽しいと言えば、近く、城崎(きのさき・兵庫県豊岡市)へ行くことになっている。
高校生のとき、志賀直哉に傾注し、そのとき「城崎にて」という短編を読んだ。
その城崎。
少し前、オーストラリアの友人のD君がそこへ行ってきた。
そのD君は、「すばらしいところだった」と言った。
楽しみ。
ワイフもうれしそう。
が、もうひとつしてみたいことがある。
これも旅行だが、岐阜県の板取村から、福井県の大野市へ抜ける街道がある。
途中、グランドキャニオンにも引けを取らない渓谷がある。(これは大げさ)
一度、途中まで行ったことがあるが、落差は100〜200メートルはある。
その街道を通って、板取村から、大野市まで歩いてみたい。
かなりの距離だが、大野市まで歩くつもりはない。
福井県側へ出たら、そこからバスか何かに乗ればよい。
目下ワイフを説得中だが、今のところよい返事はもらっていない。
それに夏場は、危険かも。
熱中症にでもなったら、たいへん。
ハチに追いかけられても、たいへん。
慎重に計画している。
●図説『聖書の世界』(学研)
このところワイフは、毎日、『聖書の世界』(学研)という本を読みふけっている。
私もときどき目を通すが、結構、おもしろい。
キリストの生き様について書いたところも、多い。
新約聖書で読むのも、キリストの教えだが、説話や逸話を通して知るのもキリストの教え。
結構、私の人生と重なる部分もある。
それだけに親近感を覚える。
こう言うとキリスト教徒の人たちに叱られるかもしれない。
しかし私はキリストの人間的な部分を知るたびに、ほっとした安堵感を覚える。
手の届かない神というよりは、手の届く人間。
私にはそのほうが、よっぽどキリストらしい。
少なくともキリスト自身も、私たちと同じ肉体と脳みそをもっていた。
腹も減っただろう。
のども乾いただろう。
叩かれれば、痛かっただろう。
そういうキリストである。
●荷をおろす
考えてみれば、私は自負心だけで生きてきたような感じがする。
つまり「気負い先行型の親」。
この言葉は、私が考えた。
あちこちの原稿の中で、使った。
しかし荷をおろせば、何でもない。
で、あるとき、気がついた。
「気負いなど、クソ食らえ」と。
とたん、気が楽になった。
無責任になれというのではない。
必要以上に、自分を責任感で縛ってはいけない。
手を抜くときは、抜く。
ニヒルになるときは、ニヒルになる。
そういう(いいかげんさ)が、心に風穴をあける。
が、それに気がつくのが、遅すぎた。
年齢を数えてみたら、63歳。
もうすぐ64歳。
もっと若いときから、こうして遊べばよかった。
温泉へ行ったり、旅行したり……。
ワイフも息子たちも、みな、こう言う。
「パパは、仕事ばかりしていた」と。
まあ、それに対しては、弁解の余地はない。
事実、そうだった。
だから、この年齢になって、若いときに遊べなかった分だけ、遊ぶ。
今、こうして、国民宿舎に泊まっているのも、それ。
相手はワイフしかいないが、同時に、ワイフへの罪滅ぼしの意味あいもある。
ワイフも、私が私だから、遊べなかった。
だから今、遊ぶ。
ワイフの望むようにする。
先ほど、2度目の入浴をすませたところ。
小さいがサウナ風呂もあった。
そこで6分間、がんばった。
乾式のサウナ風呂で、暑いだけで、汗はほとんど出なかった。
ほどよい疲れ。
心地よい疲れ。
この年齢になってはじめて、「荷をおろす」という言葉の意味がわかった。
人は人生に疲れたら、荷をおろせばよい。
裸になればよい。
気負うことはない。
飾ることはない。
明日は明日。
明日になれば、また人生は動き始める。
……ということで、そろそろ就寝タイム。
今日の反省。
(1)午前中は、体がだるく、眠かった。
(2)昼寝を1時間ほどした。
(3)夕食はほぼ1人前、食べてしまった。
明日からまたダイエット。
目標は63キロ。
たった2キロだが、その2キロが苦しい。
がんばろう!
(はやし浩司 2011−08−03)
●翌朝(8月4日)
やはり昨夜はよく眠れなかった。
エアコンというのは、どうも私の肌に合わない。
これも慣れの問題かもしれない。
が、私には、いくら暑くても、扇風機のほうがよく眠れる。
おかげで、午前4時起き。
今が、その時刻。
で、こういうときは、自然体。
無理に眠ろうとしても、無駄。
また眠くなったら、眠ればよい。
その点、ワイフがうらやましい。
ワイフは、いつでも、どこでも、朝までしっかりと熟睡できる。
私のような睡眠問題(Sleeping Problem)はない。
ワイフは、睡眠時無呼吸症候群ではないかと疑っている。
私がいつも悪夢で目が覚めるのも、そのため、と。
睡眠時無呼吸症候群……私の年齢になると、がぜん多くなる。
友人の1人は、CPAPという睡眠補助器具を使っている。
そこで調べてみる。
「快眠への扉HP」には、診断基準として、つぎのようにある。
++++++以下、「快眠への扉HP」より++++++++
【睡眠時無呼吸症候群の症状】
★激しいいびきがある(はげしくはないが、いびきはある。)
★睡眠中の体動が激しい(私は子どものころから、そうだった。)
★無呼吸によって夜間の睡眠が分断化されるため、中途覚醒の頻度が
多くなる(精神安定剤をのんで寝ると、朝まで目を覚ますことはない。)
★日中の眠気が強くなり、集中力の低下が認められる(血圧が常時低いから、とくに食
後、眠くなることが多い。)
★疲れやすい(60歳を過ぎてから、疲れやすくなったよう。)
★顔面のむくみがある、顔色がすぐれない(赤黒く、口唇がチアノーゼ
状態を呈する)(それは、ない。)
★長期的に続くと性格的な変化も現れるという(たとえば几帳面な性格が、
無造作で投げやりになる等)(ケースバイケースで、これについては、何とも言えない。)
★起床時の頭痛(ときどき、ある。)
★インポテンツ(ED)(年齢相応と、自分ではそう判断している。)
++++++以上、「快眠への扉HP」より++++++++
肥満気味の人に、この病気の人が多いとか。
肥満があれば、まず肥満を治す。
言い換えると、肥満は万病の元。
「肥満(=油断)、大敵」?
私のばあいは、とくにそう。
ほんの少し油断しただけで、あっという間に、3〜4キロも太ってしまう。
そのため2〜3か月ごとに、肥満とダイエット。
それを、性懲りもなく繰り返している。
今日も、運動をしよう。
運動あるのみ。
もうすぐ朝風呂が開く。
今朝はいちばん乗り!
では、「国民宿舎・奥浜名」記は、ここまで。
はやし浩司 2011−08−04朝記
Hiroshi Hayashi+++++++August 2011++++++はやし浩司・林浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●かくして大恐慌は始まった!(恐れず、戦おう!)
++++++++++++++++++
アメリカ株式の大暴落、それにつづく
世界各国の株式の大暴落。
予想通りとはいえ、かくして大恐慌は
始まった!
++++++++++++++++++
●常識?
私のような経済の素人でも、「?」と思う。
ここ5〜6年、世界経済の動き方が、おかしい。
「動き」ではなく、「動き方」が、おかしい。
たとえば今回も、アメリカ政府は債務上限額を引き上げ、先延ばしであるにせよ、一旦は
問題は解決した(8月3日)。
ギリシャ問題にしても、そうだ。
ほとんどの人たち(=素人)は、「やれやれ」と胸をなで下ろしていたにちがいない。
が、その直後から株価は大暴落。
「円(yen)」にしても、円高から一気に円安に向かうものと考えていた。
が、そうした素人の安堵感をあざ笑うかのように、すべての動きが逆に向かった。
ここに書いたように株価はさらに大暴落。
円はさらに上昇。
金(ゴールド)は、さらにさらに急上昇。
一方、プラチナの価格がさがった理由は、私のような素人でもわかる。
資金ショートを起こした投資家たちが、プラチナを売って、現金に換えた。
ならば、金(ゴールド)も、ということになるが、それ以上に、金に対する買い圧力が強
かった。
金(ゴールド)だけは、上昇した。
……つまり10年前の常識が、ここ5〜6年、通用しなくなった。
ふつうの常識では、こうした経済の動きが理解できなくなった。
言い換えると、私たち素人では計り知ることのできない、別の何かが動いている。
得体の知れない「力」が、その裏で動いている。
わかりやすく言えば、闇の力が、その裏で動いている。
●恐慌
こうして大恐慌の幕は切って下ろされた。
株価は暴落、ギリシア、アイルランド、ポルトガルの国家破綻は、時間の問題。
市場は、明日(アメリカ時間:8月5日)発表されるアメリカの経済動向を注目している
という。
が、そんなことは明日にならなくても、わかる。
悪いに決まっている。
決まっているから、それを先取りする形で、アメリカ株式の大暴落が始まった。
で、問題は、どのあたりで今回の恐慌の着地点が決まるかということ。
この日本について言うなら、いつどこで円高から円安に向かうかということ。
円安といっても、メチャメチャな円安。
そのあとをハイパーインフレが追いかけてくる。
何もそれを望むわけではないが、こんなバカげた経済運営が、いつまでもつづくわけがな
い。
破綻して当然。
それも早ければ早いほどよかった。
が、先送り、先送りで、今日までになってしまった。
●生活
円安と同時に、食料価格の急上昇。
先にも書いたように、ハイパーインフレ。
今日(8月5日)も、日銀は、10兆円近い資金を市中にばらまいた。
名目上は、円高に歯止めをかけるため。
しかし10兆円程度では、焼け石に水。
本当は、30兆円〜ほどばらまきたかったのだろう。
しかしアメリカが、それに「待った!」をかけた。
「10兆円程度にしておけ!」と。
公式にはそんなことは、どこにも書いてない。
だれも言っていない。
しかし私のような素人にでも、その程度のことなら、わかる。
今、世界中の中央銀行は、札刷り競争をしている。
もちろんアメリカもしている。
アメリカは日本が、アメリカ以上に、札刷りをするのを許さない。
許せば、自分のところが不利になる。
●物価が5倍になれば、借金は5分の1
世界中でハイパーインフレが起きる。
可能性の問題ではない。
すでに市場は、ダブダブの大洪水。
マネー、マネーの大洪水。
今年のはじめ、「タクシーの初乗りが1万円になる」と書いていた経済誌があった。
つまり、そうなる。
が、そうなればもっとも喜ぶのが、借金国。
アメリカや日本のような借金国。
言うまでもなく物価が5倍になれば、借金は、実質的に5分の1になる。
もちろん庶民のもっている現金も、実質的に5分の1になる。
「私は年金が40万円もあるから、だいじょうぶ」と思っている人も、これからはその額
ではとても足りない。
5分の1の8万円。
現在の国民年金額と変わらなくなる。
●最初に飛び出る
大恐慌は、苦しいマラソンと同じ。
食うか食われるか。
弱音を先に吐いた方の負け。
ラストスパートで、いつ、どこが先に前に出るか。
それで勝敗が決まる。
もちろん私は、日本が勝者になってほしいと願っている。
私は愛国者。
I love Japan!
また今から準備しておけば、それもじゅうぶん可能。
そのときこの日本は、今までの劣勢を、一気に挽回する。
それには条件がある。
★お人好しは、やめる!
先にも書いたように、この世界は、食うか食われるか。
冷酷なようだが、(事実、冷酷だが……)、この際、お人好しは禁物。
日本は日本だけの国益を第一に考え、ラストスパートをかける。
警戒すべきは、中国。
そして韓国。
アメリカは今回の恐慌で、没落する。
ただの主要国になる。
日本はインド、ブラジルに大攻勢をかける。
●勤勉
もっとも今は、その恐慌が始まったばかり。
1年つづくか、3年つづくか、それはわからない。
ひとつのカギを握るのが、原発問題。
その問題さえ片づけば、あとは何とかなる。
いつの時代でもそうだが、大恐慌を最初に抜け出る国は、「勤勉な国」。
不況になったからといって、暴動が起きたり、政情が不安定になるようでは、大恐慌を乗
り切ることはできない。
秩序が崩壊したら、おしまい。
「国」として「体(てい)」を失ったら、おしまい。
何としても、それだけは死守する。
つまり私たちがもっている最大の武器といえば、その「勤勉性」ということになる。
その勤勉性が、日本を救う。
仮に所得が3分の1、4分の1になっても、私たちは「組織」を守る。
石にかじりついてでも、「組織」を守る。
そしてそのときがきたら、イのいちばんに、ラストスパートをかける。
前に抜き出る。
大恐慌、おおいに結構。
私たち日本人には、それを乗り切る力がある。
今までも乗り切ってきた。
今までの世界経済のほうが、おかしい。
狂っていた。
たいした技術力も、マンパワーもない国が、武力だけで世界の上に君臨していた。
しかしそれも今回の大恐慌で、是正されるはず。
日本も大被害を蒙ることになるが、ここは長期的な戦略を立てて、ことに臨もう。
ついに来るべき時が来た。
恐れて逃げまどうのではなく、日本人は真正面から、それと戦おう!
2011年8月5日記
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 17日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●どこからどこまでが私で、どこからが私なのか?
++++++++++++++++++
2006年、孫が生まれたとき、
こんな原稿を書いた。
再度読みなおしながら、いろいろ
考える。
もう一度、そのとき書いた原稿を
ここに再掲載する。
++++++++++++++++++
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司2011/07/29記
●原始反射(2006年7月の原稿より)
++++++++++++++++
赤ちゃんには、赤ちゃん特有の反射
的運動がみられる。
これを、「原始反射」と呼ぶ。
++++++++++++++++
二男の娘(私の孫)が生まれて、もう2か月になる。
名前を芽衣(Mae)という。
最近、やっと漢字の名前が決まった。
その芽衣を想像しながら、改めて心理学の本(心理学用語辞典・かんき出版)を、ひも
とく。
乳児と幼児は、必ずしも、連続的につながっているわけではない。
たとえば、赤ちゃんには、赤ちゃん特有の、反射的運動がある。
これを「原始反射」と呼ぶ。
この原始反射の多くは、生後3〜4か月で、消失してしまうことが知られている。
その原始反射には、つぎのようなものがある(心理学用語辞典より)。
(1)把握反射
(2)バビンスキー反射
(3)モロー反射
(4)口唇探索反射
(5)自動歩行反射
(6)マグネット反射
把握反射というのは、手のひらを指などで押すと、その指を握ろうとする現象をいう。
バビンスキー反射というのは、新生児の足の裏を、かかとからつま先にかけてこすると、
親指がそりかえり、足の指が開く現象をいう。
赤ちゃんの胸の前に何かをさし出すと、それに抱きつくようなしぐさを見せることをい
う。ドイツのモローによって発見されたところから、モロー反射と呼ばれている。
口唇探索反射というのは、赤ちゃんの口のまわりを指などで触れると、その指を口にく
わえようとする現象をいう。
自動歩行反射というのは、脇の下を支えながら、右足に重心をかけると、左足を前に出
そうとする。これを繰りかえしていると、あたかも歩いているかのように見えることをい
う。
マグネット反射というのは、両脇を支えて立たせると、足が柱のようにまっすぐになる
現象をいう(以上、同書より要約)。
これらの現象は、短いので、生後2〜4週間で、長くても、8〜10か月で消失すると
言われている。
で、こうした現象から、つぎの2つのことが言える。
ひとつは、乳児が成長して、そのまま幼児になるのではないということ。
赤ちゃんには、赤ちゃん特有の成長過程があり、その期間があるということ。
もうひとつは、前にも書いたが、いわゆるネオテニー進化論の問題である。
その原稿は、このあとに添付しておくが、要するに、人間は、未熟なまま誕生し、その未
熟さが、こうした現象となって、現れるのではないかということ。
本来なら、こうした原始反射といったものは、母親の胎内で経験し、誕生するまでに消
失しているべきということになる。
つまりわかりやすく言えば、人間は、その前の段階で、誕生してしまうということになる。
ご存知の方も多いと思うが、人間は、(ほかの動物もそうだが)、母親の胎内で、原始の
時代からの進化の過程を、一度すべて経験するという。
初期のころには、魚のような形にもなるという。
その一部が、誕生後も、こうした原始反射となって現れる(?)。
もしあなたに、今、赤ちゃんがいるなら、一度、この原始反射を試してみるとよい。
何かの新しい発見ができるかもしれない。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●赤ちゃんの意思
もちろんこうした「原始反射」は、赤ちゃんに「私」があって、起こるのではない。
つまり赤ちゃんの意思とは無関係に起こる。
その理由の第一が、人間すべてに共通した反射運動だからである。
同じように考えてよいのが、「性欲本能」。
それから発生する、もろもろの欲望。
フロイトは、「性的エネルギー」を、もろもろの人間の心理の根幹に置いた。
私たちの行動、心理活動は、その根源で「性的エネルギー」に結びついている、と。
(これに対してユングは、「生的エネルギー」という言葉を使った。)
男が自己主張するのも、女が化粧するのも、その奥の奥で、性的エネルギーと結びつい
ている。
どの人も「私は私」と思いながら、行動しているかもしれない。
が、その実、その実態といえば、「原始反射」。
あらゆる生物は、種族保存に、すべての命をかける。
その「命をかける」部分が、原始反射ということになる。
わかりやすく言えば、およそ心理学で体系化された部分というのは、「私であって、私で
ない部分」ということになる。
体系化されるという部分で、私であって私でない部分ということになる。
●では、私とは?
少し前、「私」というのは、タマネギのようなものと書いた。
私と言えるような部分は、中心にあるほんの小さな部分で、大半は、ただの「皮」。
その「皮」を私と思い込んでいるだけ。
たとえば赤ちゃんの原始反射のひとつの「把握反射」にしても、それを見て、親は、「あ
あ、うちの子は自分の意思で反応している」と思うかもしれない。
しかし反応しているのではない。
赤ちゃんとの意思とは無関係のところで、反射運動が起きているだけ。
……ということを、さらに拡大解釈していくと、もろもろの私たち人間の行動、心理活
動は、「私であって、私でない部分に操作されているだけ」ということがわかってくる。
先に「私というのは、タマネギのようなもの」と書いた。
「私と言えるような部分は、中心にあるほんの小さな部分」とも書いた。
しかし実際には、その「小さな部分」さえない人のほうが多い。
悲しいかな、加齢とともに、人は賢くなっていくわけではない。
「私」を発見していくわけでもない。
その多くは、バカになっていく。
自分が、その年齢になって、それがよくわかるようになった。
私は確かにバカになりつつある。
経験や知恵は、脳みその底から、どんどんとこぼれ落ちていく。
1か月前にできたことが、今日、できなくなるということは、しばしば経験する。
で、結果として、そこらのオジチャン、オバチャンと同じようなことをするようになる。
……というか、オジチャン、オバチャンと同じになる。
あるいはハイデガッガーの言った、『ただの人(das Mann)』でもよい。
もしあなたが、北海道のオジチャン(オバチャン)も、九州のオジチャン(オバチャン)
も同じという範囲の中のオジチャン(オバチャン)なら、ただのオジチャン(オバチャン)
ということになる。
平たく言えば、「私」のない人を、「ただの人」(ハイデッガー)という。
●私を創る
こうして考えてみると、「私を創る」ということが、いかにたいへんかが、わかる。
だからよく若い人が、「私とは何か」とか問うたびに、私は皮肉たっぷりにこう思う。
「そんなもの、あるか!」と。
それがわからなければ、北海道のスズメを見ればよい。
九州のスズメを見ればよい。
(沖縄のスズメでもよい。)
それぞれはみな、てんでばらばらに、自分勝手な行動を繰り返している。
しかしスズメは、スズメ。
その範囲を超えることはない。
つまりスズメには、「私」はない。
が、もしその中の一羽が、ある日、こんなことをしたとする。
人間の前で、歌いながら踊り始めた。
「餌がほしい」というジャスチャをしてみせた。
あるいはあの「カモメのジョナサン」のように、自分の限界を超えて、天空高く、舞い上
がるのもよい。
もし一羽のスズメが、それをしたとするなら、そのスズメには、「私」があることになる。
そのスズメは、「私」をもったことになる。
が、そうでないなら、そうでない。
「私」を創るためには、それこそ想像を絶するような努力と日々の精進が必要となる。
だれかのまえではいけない。
まねしたとたん、その人は「私」を失う。
●ミューチュアル・アタッチメント
さらにここ10年の研究によれば、あの赤ちゃんも、親の心をくすぐるための心理行動
をしているのがわかってきた。
それまでは愛着行動というのは、親から赤ちゃんへの一方向的な行動と考えられていた。
相互に作用するから、それを『ミューチュアル・アタッチメント(相互愛着行為)」という。
もしあの赤ちゃんが、生まれながらにして、生意気で、ふてぶてしい態度を取っていた
ら、それだけで親は、子育てを放棄してしまうだろう。
つまりその時点で、人類は滅亡することになる。
赤ちゃんは赤ちゃんで、(とくに人間の乳児は)、親に育ててもらわねばならない。
そのため無意識下の意識の作用により、自ら(かわいさ)を演出する。
エンゼル・スマイルもそのひとつと言われている。
それがミューチュアル・アタッチメントということになる。
で、一方、親は親で、その演出された(かわいさ)にデレデレになる。
親は、それを自分の意思と思うかもしれない。
「赤ちゃんがかわいいと」と思うのは、私の気持ち。
これが真の愛、と。
しかしそれらすべての、一連の感情や行動は、最初から計算されたものでしかない。
つまりそれ以前から、そうできているから、そうする。
もちろん赤ちゃんだけではない。
成人したおとなだって、そうである。
つねに私たちは無意識下の意識に操作され、それに応じて、感情をもったり、行動を繰り
返したりする。
しかしそういった部分は、「私であって、私でない部分」ということになる。
それを私は「タマネギの皮」にたとえた。
一枚ずつめくっていったら、最後には、何も残らない……。
言い換えると、「私」をもった人など、この70億人とも言われる世界人口の中でも、数え
るほどもいないのでは?
私にはわからないが、それくらい少ない。
それくらい「私」をもつことは、むずかしい。
赤ちゃんの原始反応について書いた自分の原稿を読みながら、そう考えた。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 私論 原始反射)
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
【同窓会で名古屋市へ】はやし浩司 2011−07−29
●名古屋
++++++++++++++++++++++
今夕は名古屋市へ。
大学の同窓会(名古屋支部)が、名古屋市である。
ワイフも行きたいと言ったので、いっしょに行くことにした。
が、同窓会のほうではない。
「名古屋へ行きたい」と言った。
そこで刈谷の名鉄イン・ホテルに予約。
同窓会が終わるまで、ワイフにはそこで待っていてもらうことにした。
その名鉄インのこと。
ツィンルームは、1人6000円、2人で1万2000円(朝食付き)。
しかしシングルルームは、1名、2700円(朝食付き)。
この料金体系は、どう考えてもおかしい。
部屋を2つ借りたほうが、安い?
(シングルルーム2部屋で、5400円。
半額以下!)
おかしいので、電話をかけ、確かめてみる。
電話の向こうの男性は、あれこれ、ていねいに説明してくれた。
「部屋が広いです」とか、何とか。
まあ、こういうことで争うのは、いや。
予約どおり、1名6000円の部屋に泊まることにした。
同窓会は早めに切り上げ、ホテルに戻るつもり。
ワイフは、名古屋きしめんを、どこかで食べるのを楽しみにしている。
Me,too!
(補記:やはり部屋が広かった。
シングルルームの2倍以上。
泊まってみて、納得。
壁紙もトイレも新しく、清潔感にあふれていた。
1泊6000円(1名)でも、文句なし。)
+++++++++++++++++++++
●同窓会
名古屋で同窓会に出るのは、今回で2度目。
名古屋周辺に住む友人たちは、たがいに頻繁に会っているよう。
そのつど誘いがかかったが、時間が合わない。
たいてい金曜日の夕方。
仕事の帰りに、みなが、駅前のどこかに集まるといったふう。
加えて私は、アルコールが飲めない。
が、今回は、夏休みということで、何とか、やりくりをした。
時間を作った。
で、4時30分の新幹線に。
今、その新幹線の中にいる。
こだま号だが、座席の前後の間隔が広くなったように感ずる。
濃紺のシートが真新しい。
詳しくはないが、新型の新幹線らしい。
ただし電源用のコンセントはなし。
周りを見回してみたが、やはり、なし。
パソコンを持ち歩く私としては、やや不満。
変わったところといえば、3号車と7号車に、自販機がついたこと。
1号車から8号車まで、すべて禁煙とか。
ワイフは、列車最前部の電光ニュースを読んでいる。
私は、こうしてパソコンのキーボードを叩いている。
●教示
同窓会にもいろいろある。
が、金沢大学法科の仲間たちは、結束力が強い。
出るたびに、楽しいというよりは、何か貴重な教示を受ける。
私には、それが楽しみ。
それには理由がある。
その第一、みな、自分を飾らない。
あっけらかんとしていて、みな、自分のことを、平気で話す。
「今度、会社を3度目のクビになりまして……」とか、「(がんによる)闘病生活も、4年
目になります」とか、など。
そのたびに、みなが、ヤンヤと拍手喝采。
ただ、どういうわけか皆、奥さんの話しはしない。
私もしない。
息子や娘の話しもしない。
これはどういう理由によるのか。
同窓会というのは、そういうもの。
会ったとたん、学生時代に戻る。
独身時代に戻る。
●三河安城
新幹線は、三河安城に着いた。
あと15分。
あと15分で、名古屋市。
今日のお供は、ダイナブックN200。
ドコモの携帯端末を買ったら、おまけにくれた。
が、このパソコンだけはネットに、スイスイとつながる。
WINDOW MAILの送受信も、楽。
さすが「おまけ」と、今、へんに感心する。
で、浜松と名古屋は、遠いようで、近い。
新幹線で、たったの45分。
もし浜岡原発が福島第一原発のような事故を起こしたら、浜松はもちろん、名古屋市だっ
て、あぶない。
人が住めなくなる。
悪い癖だ。
最近の私は、何か書いていると、すぐそういう話になってしまう。
●放射能汚染
ものの考え方が、暗い。
陰鬱。
それは自分でもよくわかっている。
しかし私に言わせれば、世の中、反対にノー天気すぎる。
昨日も栃木県下の放射能汚染図が新聞に載った(中日新聞)。
それによれば、栃木県ですら北西部は、真っ赤。
福島県のいわき市と同程度に、汚染されているという。
が、ここからが放射能汚染の怖いところ。
空気以上の「線」となって、じわじわとそこに住む人の人体を汚染する。
空気は人体を通過しない。
放射線は通過する。
いくら食べ物に気をつけていても、そういったものをすべて素通りして汚染する。
防ぎようがない。
●ハナ(犬)のダニ
毎年この季節になると、ハナ(犬)の体にダニが付く。
ハナの血を吸い、大きさが5ミリほどになる。
それが少し油断していると、体中に何10匹と付く。
そこでハナの体を洗い、薬をつける。
が、ハナはそれをいやがる。
洗ってやろうとすると、雰囲気で察して、そのままどこかへ隠れてしまう。
今朝もそうだった。
そこでワイフにまずハナをつかまえてもらう。
そのあと、私はパンツ一枚で、外に出る。
ダニ取り用のシャンプーで、ハナの体を洗う。
そのときのこと。
私はこう思った。
私の家で、昔からハナの世話をしているのは、この私。
が、ハナのほうといえば、その私をもっとも警戒している。
本来なら、私にいちばん感謝してよいはず。
「ご主人様、どうもありがとうございます」と。
が、犬は犬。
そこまでの学習能力はない。
シャンプーで体を洗われることを、「ありがた迷惑」ととらえている(?)。
だから私から逃げる。
が、今朝のハナはいつもと、少しだけちがった。
体を洗ってやっている間、私はずっとハナに話しかけた。
「かゆいだろ? だから洗うんだよ」よ。
それがわかったのか(?)、いつもなら瞬時を置かず逃げ腰になるハナが、今朝はおとな
しくしていた。
少しは私の善意が通じたよう(?)。
ハナは言葉を話さないから、本当のところはわからないが……。
●ホテルで
午後9時ごろ、ホテルに着いた。
ワイフがドアのところで、迎えてくれた。
「食事は?」と聞くと、「すませた」と。
「ホテルの前にサイゼリア(店名)があって、そこですませたわ」と。
あれこれ身支度を整えなおすと、外に出た。
出たところに、コメダ(店名・コーヒーショップ)があった。
私はそこでサンドイッチを食べた。
ワイフは、かき氷を食べた。
ワ「楽しかった?」
私「40年来の謎も解けたしね」
ワ「40年来の謎?」
私「そうだ」と。
私は学生時代、けっして品行方正な学生だったというわけではない。
むしろ異端児だった。
そんな私だから、何をしてもドジばかり。
こんなことがあった。
●謎
大学3年生のとき、内灘の海で4人の女子学生と知り合った。
4人の女子学生は、東京から来ていた。
金沢までいっしょに帰り、ビアガーデンへ行った。
で、そこからがロマンス。
要するに、よくある男と女の話し。
私たちも4人。
女子学生たちが泊まるホテルに、忍び込んだ。
が、ここからが謎。
4人対4人。
かなりいい線までいったところで、突然、4人の女子学生たちが怒って部屋を出て行って
しまった。
「風呂へ行く!」と言って、浴場へ行ってしまった。
私にはその謎がわからなかった。
どうして突然、4人の女子学生は怒ってしまったか。
が、今夜はじめてその理由がわかった。
あの夜、私は知らなかったが、DM君(4人のうちの1人)が、その女子学生の体の中に、
手を入れたという。
タイミングが悪かった。
それでその女性学生が怒り、ほかの3人も、つづいて怒った。
それでロマンスは終わり。
私「あのDM君が?」
友「そうなんだよ」
私「DM君は、ずっとぼくのせいだと言っていた」
友「いや、DM君のせいだよ。ぼくは横でそれを見ていたから」
私「ぼくは、見ていなかった……」と。
DM君は、法学科の中でも1、2を争うほどの、まじめな学生だった。
(……というふうに、私は思っていた。)
そのDM君が、そんなことをしたとは!
信じられないというよりは、私はその話しに仰天した。
あの夜の雰囲気からして、もう少しじょうずに女子学生を誘導していたら、一生の思い出
になっていたはず。
で、あの夜覚えた、あのみじめな敗北感は、今でも忘れない。
私たちはトボトボと、深夜の金沢の道を歩いて、それぞれの下宿に帰った。
●日本経済新聞
このところ毎日、日本経済新聞(本紙)に目を通している。
アメリカの債務協議問題や米国債格下げ問題が、気になる。
オバマ大統領は、上限を撤廃するのか、しないのか。
国債の格下げはしかたないとしても、それがどう国際経済に影響するのか。
上限をあげなければ、アメリカはデフォルト。
債務超過。
国家破綻。
一方、これ以上の借金は、無理。
どちらにせよ、アメリカ経済は破綻する。
……というほど大げさなものではないとしても、世界経済に与える衝撃と影響は、深刻
なものになる。
すでにその予兆が、あちこちで現れ始めている。
世界中の株価が下落し始めているのも、そのひとつ。
もちろん日本の株価も、今週、大きく下落した。
が、この程度ですむとは、だれも思っていない。
超巨大な台風を目前に控え、私たち一般民衆は、オタオタするだけ。
その向こうは、すべて、大恐慌という暗雲に包まれている。
経済の専門家ですら、「何が起こるか、予想が立たない」と言いだした。
8月2日に、オバマ大統領は、どのような決断をくだすか。
8月3日に、世界はどのように動くか。
私たちは今、それを固唾をのんで、なすすべもなく、見守っている。
●7月30日
刈谷の朝は、茜(あかね)色に輝いていた。
窓を開けると、眼下に、大型ショッピングセンター。
その左に、スポーツジムが見えた。
昨夜は遅くまで、ランニングマシーンの上で走っている人たちが見えた。
静かな朝だ。
道路には、走る車もない。
時刻は午前5時半。
モゾモゾしながら、横からワイフが聞いた。
「何時?」と。
●ニュース
ネットのニュースに目を通す。
あちこちで、いろいろな異常気象がつづいている。
韓国、北朝鮮の大洪水。
アメリカ北部の洪水と南部の大干ばつ。
この先、世界はどうなるのだろう……と考えたまま、思考停止。
この日本にしても、明日のことはわからない。
超大型の台風6号は、運よく太平洋にUターンしてくれた。
が、すでにそれにつづく台風がまた発生している。
「もう、いいかげんにしてくれ!」と叫びたいが、自然は、もちろんそんな声に耳など
傾けてくれない。
福島第一原発にしても、近くの浜岡原発にしても、余震や地震が、いつ起きてもおかしく
ない。
「安定している」とは言うが、問題は何も片づいていない。
さらに昨日の報道によれば、政府機関である保安院まで、(ヤラセ会議)を開いていたとい
う。
マスコミは大騒ぎしているが、どうして?
こうした(ヤラセ)は、官僚のお家芸。
そのつど開かれる、「審議会」という名前の会議にしても、ヤラセでないのをさがすほうが
むずかしい。
方法は簡単。
(1)YES・マンのみを集める。(どういう基準で人選されるのか?)
(2)会議の進行は、官僚側が進める。(あらかじめ議題などは、すべて官僚側で用意。)
(3)座長が、きわめて抽象的な答申をまとめる。(答申の内容を文書化するのも官僚。)
(4)その答申を自分勝手に料理する。(あとは官僚のやりたい放題。)
座長には、それなりの地位と立場のある人物が選ばれる。
経済界の重鎮や御用学者たち。
御用文化人がなることも多い。
それなりの「三つ葉葵の紋章」をもっている人ほど、よい。
よくテレビなどにも名前と顔が出てくるから、どういう人が座長になっているか、それを
見てみるとおもしろい。
つまり日本の政治は、政治家ではなく、官僚たちによって、こうしてゆがめられていく。
●スカイツリー
東京にスカイツリーができた。
600メートル以上もあるという。
一度は上ってみたいと思う。
しかし「上る」は「登る」。
私の山荘の横には、標高が550メートルの、M山がある。
3、4度、登ったことがある。
浜松市が一望でき、その向こうには丸みを帯びた太平洋が見える。
スカイツリーから見える景色も、あんなものだろうと想像する。
が、このとき私の頭の中で、相反した2つの考えが交錯する。
ひとつは、M山に匹敵するような高い「人工の山」を、よく作ったものだと感心する驚
き。
もうひとつは、そんなものわざわざ作らなくても、「自然の山」があるではないかという思
い。
ゼネコンは、こういう形で日本の技術力を世界に誇示したいのだろう。
言うなればゼネコンの看板のようなもの。
ドバイのように、自然の山のない国の人たちには、それなりに魅力的に映るかもしれない。
しかし私なら、近くのM山に登る。
登って、スカイツリーに上れない悔しさを解消する。
が、これは私の負け惜しみ。
すごいことには、ちがいないが……。
●大洪水
朝のニュースは新潟県地方の洪水の様子を伝えている。
音は聞こえないが、映像からして、たいへんな洪水のようだ。
川を茶色の濁流が、波を打って流れていく。
画面で見ていると、その迫力はわからない。
が、私はその迫力をよく知っている。
私が子どものころ、長良川も、よく洪水に見舞われた。
ふだんは静かでおとなしい川だが、大雨が降ると一転する。
そういうときは、川の近くまで行って流れを見る。
川が巨大なうねりを作り、ゴーゴーと流れていく。
それを見て、足がガクガクと震えたのを、今でも、よく覚えている。
が、どうして今ごろ、大雨?
梅雨が終わって、もう2週間にもなる。
●アサヒスーパードライ
同窓会は、楽しかった。
久しぶりに、腹の底から笑った。
ゆいいつの難点といえば、どうしてみな、同窓会というと、ああいう騒々しい場所でする
のか。
静かなところで、静かに語らいあうというほうが、同窓会らしい。
今回も、「笹島交差点近くにある、アサヒスーパードライ」(案内)という店で、同窓会を
した。
どこかドイツ風のビアホール。
金曜日の夜ということもあって、ほとんど満席。
みな、大声で怒鳴りあうようにして、話しをした。
「次回は、どこかの温泉にしよう」という話しも出た。
それには大賛成。
名古屋市周辺にも、よい温泉地が、たくさんある。
「みな元気だった?」とワイフが聞いた。
「……元気な人だけが、来た」と私。
そう答えたとき、ツンとしたさみしさが、心を横切った。
●刈谷
刈谷は名古屋市の近くとばかり、思っていた。
が、来てみると、むしろ三河安城(新幹線の駅)のほうに近いことがわかった。
その先は岡崎、そして豊橋。
帰りはローカル線で帰ることにした。
私たち夫婦は、「観光」には、ほとんど興味がない。
手元には、ホテルがくれた観光マップというのがある。
まだ目を通していないが、帰りにはごみ箱へ捨てるつもり。
それよりも、きしめんが食べたかった。
味噌カツでもよい。
昨夜口にしたのは、同窓会では、水とサラダだけ。
コメダでは、サンドイッチだけ。
観光より、食べ歩き。
そのほうが、ずっと楽しい。
が、私の胃袋は、どこかいじけている。
食べだせば、いくらでも食べられる。
しかし今が、その状態だが、食べるまで、空腹感がほとんどない。
軽い逆流性食道炎が起きているよう。
腸内ガスがたまっているのか、腹全体が何となく腫れぼったい。
もっともダイエットを始めて、すでに2週間。
昨日も自転車で1時間ほど、走った。
それもあって、胃袋自体が小さくなったように感じる。
少量の食事を口にしただけで、すぐ満腹感を覚える。
ワイフがこう言った。
「ラッシュアワーをはずしましょう」と。
帰りの電車のことを言った。
「来週は、XX温泉に行こう」と声をかけると、「そうね」と。
今ごろこんなことを書くのもおかしな話しだが、温泉といっても、気をつけなければな
らないことがある。
その第一が、皮膚病。
が、注意していても、何かの皮膚病をみやげにもらってしまう。
少し前、私はインキン、ワイフは水虫をもらって帰った。
私の印象では、露天風呂風の温泉ほど、あぶない。
岩肌がごつごつしているような温泉である。
見た目には風流だが、そこは病原菌だらけ。
だから温泉は、湯につかるだけ。
体は部屋の中の内湯で洗う。
最近の私たちは、そう決めている。
●刈谷の駅で
JR刈谷駅で、8時39分発の浜松行を待つ。
プラットフォームの長椅子を見つけた。
が、どこか疲れた様子の女性が手荷物を2つ並べて座っていた。
私たちが近づいても、荷物をどける様子もない。
で、私が「すみませんが……」と声をかけると、視線を合わせようともせず、不機嫌な顔
をして見せた。
そのままの顔で、片手で、荷物を下におろした。
同じ化粧にも、「旬の化粧」と、「疲れ化粧」がある。
若い女性が生き生きと、前向きにしている化粧を、「旬の化粧」という。
が、年を取ると、化粧もどこか投げやりになる。
それなりの化粧はするが、肌になじまない。
それを「疲れ化粧」という。
が、こうなると、化粧をしても逆効果。
不潔感だけが漂うようになる。
相変わらず隣の女性は、ふてくされた顔つきをしている。
「うるさいジジイ」と、私のことをそう思ったのかもしれない。
そう、たしかに私は、うるさいジジイ!
●ラッシュアワー
やはりラッシュアワーに重なってしまった。
電車が着くたびに、ドドーッ、ドドーッと人が降りる。
降りるというより、電車が人間を外へ吐き出す。
それらの人たちが、プラットフォームからあふれんばかりに、ゆっくりと歩いていく。
それぞれの人が、それぞれの思いをもって、今日という1日を始める。
しかしこの無機質な風景は、いったい、何なのか。
駅も、電車も、そしてそれを取り囲むビルも、さらにそこに見える人たちも、みな機械仕
掛けで動くロボットのよう。
都会生活というのは、それをいう。
●電車の中のオバチャン
刈谷からはすぐ座れた。
が、またまた運の悪いことに、またまたあのオバチャン連中。
少しうしろの席に陣取って、ゲラゲラ、ギャハハハ……と。
しゃべりづめ、しゃべっている。
カラカラ、キャッキャッ、と。
男でもおしゃべりの人は多い。
しかし女性のそれは、甲高い。
よけいに耳に障る。
羞恥心というものが、ない。
周りの人たちへの心遣いもない。
「うちのバーサンが……」と、そんな話しを繰り返している。
うるさいと思うが、これが日本の現実。
どこへ行っても、このタイプのオバチャンたちがいる。
まさに日本の低俗文化の象徴。
低俗そのもの。
山ザルが、服を着て、電車に乗っている。
私には、そう見える。
●眠い
電車は蒲郡(がまごおり)を過ぎ、もうすぐ豊橋に着く。
窓の外の景色が白っぽくかすんで見えるのは、窓ガラスが汚れているせい?
それとも湿度が高いせい?
たった今、豊川の鉄橋を渡った。
ゴーッという金属的な音が、足元から伝わってきた。
眠い……。
昨夜は、あまりよく眠れなかった。
ああいうホテルでは、温度調整がむずかしい。
「L(低)」にすると、暑すぎる。
「M(中)」にすると、寒すぎる。
そこで昨夜は、「M」にし、薄い掛布団を2枚重ねて寝た。
……あのオバチャンたちは、豊橋で降りなかった。
残念!
終点の浜松まで、行くらしい。
それにしても、よくしゃべる。
いつもの私なら、それを注意するが、今日は、その元気もない。
畑の中のやぶ蚊のようなもの。
このタイプのオバチャンは、叩いても叩いても、つぎからつぎへと出てくる。
だったら、畑の中には入らないこと。
こうした電車には、乗らないこと。
●今日の予定
今日の予定は、とくになし。
庭の草刈りをするつもりだが、炎天下ではできない。
このところ暑さに、ぐんと弱くなった。
あとは来週の教材作り。
人に会う予定はなし。
あああああ……。
今度は私たちの前に座ったオバチャンたちまで、大声でしゃべり始めた。
豊橋から乗り込んできたオバチャンたち。
うしろからと前から。
意味のない話し。
安っぽい情報の羅列。
それが間断なく、つづく。
こういうのを文化的拷問という。
……電車の車掌は、いつもこう言う。
「周りのお客様の迷惑になりますから、携帯電話はオフかマナーモードにしてください」
と。
オバチャンたちの話し声のほうが、ずっと迷惑。
どうしてそのオバチャンたちの会話を、野放しにしているのか。
★オバチャンたちへ、
そんなことをつづけていると、本当に社会のゴミになってしまうぞ!
なぜ私たちが老人になるかといえば、自分たちの得てきた知識や経験を後世の人たちに伝
えるため。
それが老人。
その老人が、自らそ老人の立場を破壊している。
だから最近の若い人たちは、こう言っている。
「老人というのは無駄で、役立たず」と。
さらに若い人たちが、私たち老人組を「社会の邪魔者」と思うようになったら、おしまい。
私たちの居場所は、もうない。
●あと少しで、浜松
あと少しで、浜松。
何でもない旅行だったが、ワイフは満足そう。
よかった!
2011/07/30記
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●言葉(日本語)の起源(原始言語)
++++++++++++++++
中学生や高校生を教えていると、
ときどき、こんな話しになる。
「大昔の日本語は、どうだったか」と。
大昔といっても、石器時代の話し。
あるいはそれ以前。
そのつど、私はこんな話しを生徒たちにする。
++++++++++++++++
●「イ」と「ウ」の世界
人類の歴史は、約20万年と言われている。
その中でも、新石器時代に別れを告げ、現在に見る文明社会に突入したのは、約5500
年前。
そのころ黄河流域に黄河文明、チグリス・ユーフラテス川流域に、メソポタミア文明が生
まれた。
もちろん地域差も大きかった。
黄河文明が栄えたときですら、その周辺の民族は、火を使うことすら知らなかったという。
いつだったか、台湾から来ていた東洋医学の先生が、そう話してくれた。
で、そういう世界では、つまり文明が始まる以前の人間は、どのようにして意思を伝達
していたか。
その点、私たちが使っている日本語には、ひとつのヒントが隠されている。
「イ」と「ウ」である。
●状態は「イ」、動作は「ウ」
これはあくまでも私の推察だが、ものの状態を表すときは、「イ」を使った。
「イ〜」だったかもしれない。
あるいは発音は、「イ」に近いというだけで、もっとあいまいなものだったかもしれない。
その「イ」の前に、いろいろな名詞がくっついた。
たとえば「草」と「イ」で、「クサイ(草イ)」と。
それが「臭い」となった、など。
当初は単純な表現のみだった。
食生活や危険に関するものが多かったのでは?
「うま・イ」「まず・イ」「あぶな・イ」「こわ・イ」など。
それがやがて感情の表現へと発展していった。
「かなし・イ」「うれし・イ」と。
同じように動作を表すときは、「ウ」を使った。
たとえば「走る・ウ」「食べる・ウ」「切る・ウ」と。
だから原始の日本人は、(モンゴル人でもよいが)、「イ〜」「ウ〜」というような言い方で、
ものの性質や動作を表していた。
もちろん何らかのジェスチャも併用された。
「食べる」というジェスチャを示しながら、「ウ〜、ウ〜」と言っていたことは、じゅう
ぶん、推察される。
●幼稚言語
私は似たような現象を、ときどき、幼児の世界に見る。
もう30年前になるだろうか。
私の近所のアパートに、若い家族が移り住んできた。
が、両親は共働き。
今で言う崩壊家庭。
2人の子ども(上が4歳前後の男児、下が2歳前後の男児)がいたが、保育園へも行かず、
一日中、近所の広場で遊んでいた。
ときどき母親が仕事先から戻ってきて、何かの世話をやいていたが、それだけ。
その子どもたちの騒々しさといったら、普通ではなかった。
道路が遊び場だった。
そのときのこと。
私は2人の子どもが、独特の言葉を使っているのを知った。
三輪車は「シャーシャー」、
押すは「ドウドウ」、
コロ付きの台車のようなものをもっていたが、それは「ゴーゴー」。
だから、「三輪車を押す」は、「シャーシャー、ドウドウ」となる。
ほかにもいろいろな言葉を使っていた。
記憶は定かではないが、「あぶない」は、「ウヒャ」「ドヒャ」など。
終日、わけのわからない奇声が道路から聞こえていた。
●原始言語
今から思うと、原始言語と言われるものも、それに近かったのではないか。
まず身近で関心のあるモノを、何らかの言葉で表現する。
先の子どもたちにすれば、三輪車。
「三輪シャ」の「シャ」だけが残って、「シャーシャー」になったとも考えられる。
では、「ドウドウ」は、どうか。
いつか親が、「押す」という言葉を教えたのかもしれない。
「押す」が、「ドウ」になった?
ともかくも原始言語の世界では、「モノ」に「ウ」がくっついた。
それによって、動作を表した。
ものの変化もその中に含まれる。
たとえば「草・ル」が、「クサル(腐る)」になったなど。
草が変化して、臭くなる。
(私は、草・イ(臭い)、草・ル(腐る)は、「草」から生まれた派生語と推察している。)
「生きる」にしてもそうだ。
息をしている人は、生きている。
だから「息(いき)る」が「生きる」となった(?)。
が、その中でもとくに注目したいのが、短い単語。
原始言語の世界では、音の数も少なかったはず。
たとえば「うつくし・イ」は、6つの母音を含む。
こういう言葉は、ずっとあとになって生まれた。
原始言語の世界では、母音の数は1つ、あるいは2つ。
「見る・ウ」「聞く・ウ」など。
わかりやすいのは、「イイ」。
自分にとって都合のよいものは、「イイ」と表現した。
それが「良い」へと変化していった。
食べものであれば、「うま・イ」から、「おいし・イ」と。
もちろんその反対のこともある。
「わる・イ」「こわ・イ」と。
興味深いのは、「まず・イ」と「まずし・イ」。
本当に関連があったかどうかは、わからないが、ともに、「貧しい」の「貧」でつながって
いる。
味が貧弱だから、「まずい」、食料が乏しいから、「貧しい」と。
●早口
ついでに言うと、1000年前の日本人と比べただけでも、現代人はきわめて早口にな
っていると推察される。
私はそのことを、学生時代、謡(うたい)を習っているときに知った。
ご存知の方も多いと思うが、謡の中に出てくる会話は、実にかったるい。
『これはこのオ〜、〜〜の〜〜がしにて、そうろうウ〜」と。
現在の話し方と比べても、数倍は時間がかかる。
謡の中の会話がかったるいのではない。
1000年前の日本人は、そういう話し方をしていた。
そう考えるべきである。
というのも、私たちが子どものときでさえ、(ちょうど半世紀前ということになるが)、当
時の日本人は、今よりずっとゆっくりと話していた。
さらにこんなこともあった。
私たちが高校の修学旅行で、山口県の秋芳洞へ行ったときのこと。
私たちが早口なのを知り、現地のバスガイドがたいへん驚いていた。
「岐阜では、みな、そんな話し方をするのですか!」と。
地域性もある。
これを原始言語に当てはめて考えると、言葉が誕生したころの世界では、人々は、今よ
り、はるかにゆっくりと話しをしていた。
語彙数にしても、当時の日本人は、(モンゴル人でもよいが)、数10とか、数100とか、
その程度しかなかったのでは?
……こうして想像力を働かせていくと、この世界はかぎりなく膨らんでいく。
それがまた楽しい。
子どもたち(中学生や高校生たち)も、こういった話しになると、目を輝かせて耳を傾け
てくれる。
もちろん私がここに書いたことは、あくまでも私の推察。
記録などあるはずもない。
しかしさらに最近、私はこんな発見をした。
犬のハナ(今年20歳)が、ときどき言葉らしきものを話す。
たとえば私が家に帰ったようなとき、垣根の向こうから、「クク〜ン、ウ〜ン」というよう
な声を出す。
それが毎回、同じ。
まったく、同じ。
私には、「パパ、お帰り」と言っているように聞こえる。
つまり「同じ」という点で、それがハナの言葉ということになる。
声帯が発達していないから、「言葉」としては認識できないが、もし声帯が人間並みに発達
していたら、簡単な言葉を話すようになるかもしれない。
恐らくこうした研究は、言語学の世界で真剣になされているだろうから、私がここに書
いたことは、雑談ほどの意味しかない。
が、おもしろいことは、おもしろい。
たいへん興味深い。
原始時代の人間は、どんな言葉を使っていたか。
あなたも一度、子どもとそんなテーマで話しを進めてみるとよい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 原始言語 原始時代の日本
語 新石器時代の言葉)2011/07/31記
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●浜松(遠州地方)の言葉
++++++++++++++++
私が住むこの遠州地方では、「本当?」と
聞き返すようなとき、「ウッソー(嘘)」と言う。
40年前、私が浜松へ来た直後には、
この言葉が、たいへん不愉快だった。
最初のころは、「嘘とは何だ!」と、本気で
言い返したことがある。
このことについては、もう何度も書いた。
が、ほかにもある。
このあたりでは、久しぶりに人に会ったりすると、
こう言う。
「まだ、〜〜の仕事、してたのオ〜?」と。
60歳以上の年配の人が、よく使う。
たぶん、「元気で仕事をつづけられていいですね」
という意味でそう言う。
しかし先にも書いたように、私はここに住んで
40年になるが、いまだにこの言葉を使われると、
頭にカチンと来る。
たとえば私に向かって、「まだ塾やってるのオ〜?」と。
聞き方によっては、(私はそう聞いているが)、
バカにされたように聞こえる。
だからそのつど、私はこう思う。
「バカにするな!」と。
「ウッソー」にしても、「まだ〜〜してるのオ?」に
しても、あまり品のよい言葉ではない。
遠州地方の人たちにはそれがわからないかもしれない。
が、外の地方では使わない方がよい。
相手を確実に不愉快にする。
++++++++++++++++++++
●独特の考え方
戦争を経験した世代の人たちは、独特のものの考え方をする。
「死」を、「生きること」にからませて考える。
たとえば30年ほど前、私にこう言った人(男性)がいた。
当時40歳くらいだった。
「なあ、林(=私)、どうせ、あいつはオレより早く死ぬんだよ」と。
その男性は、相手の年齢を見て、そう言った。
つまり「長生きをしたほうが、勝ち」と。
あるいは「人生の結論は、臨終のときにわかる」と言う人も多い。
が、さらに一歩進んで、生き残り競争をしている人もいるという。
朝食のとき、ワイフがこんな話しをしてくれた。
●生き残り競争
A氏(85歳)とB氏(75歳)は、隣どうしだが、仲が悪い。
顔を合わせることもない。
視線が合っても、たがいに顔をそむける。
あいさつすらしない。
ともに元公務員。
年金だけは、じゅうぶんある。
それもあるのだろうが、A氏はいつもこう言っている。
「あいつ(=B氏)の最後だけは、見届けてやる」と。
10歳も年下だから、平均余命から計算すれば、A氏のほうが先に死ぬ。
が、A氏は、「見届けてやる」と。
B氏に対する憎しみを、生き残り競争に転化させた。
それはすさまじいほどの執念と言ってよい。
80歳を過ぎてから、ウォーキングマシンを購入したという。
毎朝散歩し、ときどき自転車にも乗る。
ほかに生きがいらしい生きがいはない。
妻はいるが、すでに毎日ケアセンターに通っている。
息子と娘がいたが、この30年以上、音信はない。
だからその執念(=恨み)を、B氏に向けた。
●以心伝心
が、ここからの話しが興味深い。
そういうA氏の執念は、B氏に伝わっている。
A氏は、様々ないやがらせを、B氏に繰り返した。
それもあって、B氏はこう言っているという。
「Aさんが何を考えているか、よくわかっています」と。
が、幸か不幸か(?)、B氏はいたって健康。
奥さんも健康。
75歳を過ぎても、どこかの事務所で、事務の仕事を手伝っている。
それがA氏には、どうもおもしろくないらしい。
A氏は、ますます長生き競争に拍車をかけた。
●憎しみは人格を崩壊させる
『人を憎むことは、ネズミを追い出すために、家に火をつけるようなもの』という。
つまり人格そのものを崩壊させる。
それもそのはず。
憎しみを覚えると、免疫細胞がサイトカインという悪玉ホルモンを分泌する。
そのサイトカインが、脳ストレスを引き起こす。
それが免疫機能を弱体化させる。
が、それだけではない。
脳ストレスが慢性化すると、異常にこだわりが強くなり、ひいてはうつ病を引き起こす。
これが精神のさまざまな分野に影響を及ぼし、その人の人格を少しずつむしばんでいく。
つまり人格の崩壊をもたらす。
『家に火をつけるようなもの』というのは、そういう意味。
事実、A氏の形相はふつうではない。
いつ見ても苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
それがぞっとするほど、醜い。
つまりこうしたものの考え方そのものが、戦争を経験した世代の独特の考え方というこ
とになる。
彼らがよく使う、「死んでも死にきれない」という言葉の裏には、そういう憎しみが隠され
ていることが多い。
が、もちろんそうでない人も多い。
ワイフの父親(=義父)などは、いつもこう言っていた。
「申し訳ない」「申し訳ない」と。
義父はラバウルで生き残った数少ない帰還兵。
「自分だけ生き残って帰ってきて、申し訳ない」という意味で、そう言っていた。
そういう人もいる。
だからみながみな、A氏のようなものの考え方をしているというわけではない。
しかし少なくないのも、事実。
●長生き
日本人の平均余命(年齢)は、世界一という。
男性で80歳前後。
女性で86歳前後。
もちろん長生きをすることは、すばらしい。
それはそれでよいこと。
しかしそこに「だからそれがどうしたの?」という疑問をかぶせてみると、平均余命も、
そのまま色あせてしまう。
長生きをする……だからそれがどうしたの?、と。
つまり長生き競争も結構だが、長生きをするならするで、そこに生きる意味を加味しな
ければならない。
そうでないと、それこそ「息(いき)ている」だけで終わってしまう。
言い換えると、「息ている」だけの人生に、どれほどの意味があるというのか。
……とまあ、私たちの世代は、そう考える。
が、戦争を経験した世代は、そうではない。
「自分だけ助かった」という思いを、「ああ、よかった」という思いに変えてしまう。
そういう思いが思考回路の基礎になっているから、「長生きしたほうが勝ち」と。
あの独特のものの考え方に、変わっていく。
ともあれ、生と死を駆け引きに使ってはいけない。
神聖にして不可侵のテーマ。
いわんや「競争」に使ってはいけない。
A氏は、その愚かさに、死ぬまで気がつかないだろう。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 戦中派 独特の考え
方 生存競争 生き残り競争)2011/07/31記
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休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●7月27日(掛川グランドホテルにて)
+++++++++++++++++
今夜は掛川グランドホテルに一泊。
今、そのホテルの一室にいる。
時刻は、午後11時。
先ほど、市内での講演を終え、このホテルに
やってきた。
掛川市で泊まるときには、いつもこのホテル
と決めている。
駅前にあり、交通の便もよい。
(掛川駅から歩いて、1、2分)
雰囲気も、よい。
ところで今日のお供(パソコン)は、
TOSHIBAのUX。
これが、どうも調子が悪い。
メールにしても、受信はできるが、送信ができない。
ワードを使っているが、一語ごと、変換に時間がかかる。
モタモタというよりは、そのつど動きが止まってしまう。
(たった今、パソコンを再起動してみた。
動きがもどった。
よかった。
こういうときは、再起動をかけてみるのが、イチバン。)
・・・前回このホテルに泊まったのは、ちょうど1か月前。
偶然なのか。
前回泊まった部屋の2つ、隣の部屋。
今夜は5階の、5XX号室。
朝食つきで、1名1泊6000円。
ワイフと2人で、1万2000円。
ポイント割引がついたので、1万1500円。
ワイフはもうベッドの上で、寝息を立てている。
++++++++++++++++++
●ダイエット
ダイエットの効果が表れ始めた。
つまりダイエットというのは、最初の7〜10日前後は、効果が表れない。
いくら運動をしても、またいくら節食をしても、体重はそのまま。
「脂肪が筋肉に変わるため」という説もあるが、私は知らない。
(これはワイフの説。)
毎日、300〜500グラムずつ、体重が減っていく。
それがうれしい。
現在、65・0キロ。
2・5キロの減量に成功。
そう言えば数日前から、体を軽く感ずる。
それに加えて、運動量をふやしたせいか、頭の回転もよくなった。
中学生を教えていると、それがよくわかる。
頭の回転が悪いときは、脳みそが眠ったような状態になる。
計算ミスが多くなる。
が、ここで油断をしてはいけない。
明日の朝食は、バイキング。
私の意思の強さが試される。
どこまでがまんできるか。
私たち団塊の世代は、バイキング料理を前にすると、こう考える。
「食べなければ損」と。
心貧しい世代。
それが試される。
目標の63キロまで、あと2キロ。
苦しい闘いがつづく。
●秘策
今度、生徒を山荘に招待することにした。
Sさん(中3女子)と、もう1人・・・。
そのSさんが、こう言った。
「奥さんも来るんでしょ?」と。
「そうだ」と答えると、「ああ、よかった・・・」と。
ひとつ秘策がある。
最初、Sさんを、ボロボロの農家へ連れて行く。
(一軒、廃屋になった農家がある。)
「ここが山荘」と、説明する。
「あの木が、その木」と、説明する。
少し前、Sさんにこう言った。
「先日、山荘の前の木で、首をつって死んだ人がいてね」と。
「その木」というのは、その木をいう。
で、Sさんが、泣きべそをかき始めたら、私の山荘へ連れて行く。
風呂はドラム缶、ベッドはベニア板、トイレはボットン便所、・・・ときどき朝起きると、
ヘビが横で寝ている。
Sさんにはそう話してある。
Sさんは、それを本気にしている。
いつも私のことを、「オヤジ」と呼んでいる。
そのカタキを、今度、取ってやる。
生意気な子だが、あっけらかんとした明るい性格。
自分でも「私は男」と言っている。
そんな性格が、私は好き。
(ただし、ワイフは、この秘策には反対。
「かわいそうだから、そんなことをしてはだめ」と言っている。
どうするかは、その日の雰囲気で決める。)
●至極の時
こういう夜は、いつまでも文章を書いていたい。
私にとっては、至極の時。
部屋の温度は、最適。
静か。
デスクの横のランプの明かりも、よい。
ワイフは、背中側のベッドで熟睡中。
すっかりバーさん顔になった。
そんなワイフが小娘のような姿勢で眠っている。
片方の手を頬にあて、横向きに眠っている。
今週は、名古屋市でもう一泊するつもり。
すでに予約をすませてある。
が、これも老後の過ごし方のひとつかもしれない。
生活の中に変化をどんどんと、取り込んでいく。
それが脳に、ほどよい緊張感を与える。
ボケ防止には、よいのでは・・・?
多分?
●自由
先ほどから、スカイプの呼び出しがつづく。
たぶんアメリカに住む二男からのものだろう。
しかし今夜は、やめた。
今の私には、「この時」が大切。
穏やかで満ち足りた夜。
自由な夜。
私は今、脳みその中を自由気ままに飛び回っている。
何かを書かねばという気負いもない。
ひらめいたことだけを、書いている。
私には、それが楽しい。
そう、中国語で「自由」というのは、「自らに由る」という意味。
これについては、何度も書いた。
が、英語では、「freedom(自由)」という。
「freedom」というときは、何も束縛のない状態をいう。
今、その「freedom」を、満喫している。
私を束縛するものは、何もない。
私はしばし、その心地よさに、酔いしれる。
●メール
先ほど、Kさんという方から、メールが入った。
BW教室(私の教室)への見学を申し込んできた。
しかしこの7月に、満員になってしまった。
例年だと、今の時期、クラスを2つに分ける。
が、今年は不景気。
2クラスに分けるほど生徒が集まらない。
だから1クラスのまま。
しばらくこのまま。
だから満員。
その旨のメールを送ろうとするが、何度トライしても、サーバーのほうで
切断されてしまう。
?????
試しに自分宛にメールを送信してみるが、これもだめ。
?????
こんなことは今までになかったこと。
●見学
ある幼稚園の園長も、そう言っていた。
最近の母親たちは、幼稚園でも、「当然入れる」という前提でやってくる、と。
が、引き受けられる子どもと、そうでない子どもがいる。
そこで幼稚園のほうで、「お引き受けできません」とでも言おうものなら、猛烈にそれに抗
議してくるという。
「どうしてうちの子は、入れてもらえないのですかア!」と。
私の教室ではさらにそうで、一度だけだが、こう言われたことがある。
「何を、お高く留まっているの!」と。
その言葉が今でも、トラウマになっている。
見学を断わるにも、神経を遣う。
●老人組
今夜の講演でも、こんな話しをした。
「昔は子どものほうが、ごめん、ごめんと、謝りながら生活していた。
今は、親のほうが、子にごめんごめんと言って生活をしている。
さらに、最近に至っては、祖父母のほうが、孫に、ごめんごめんと言って生活をしている」
と。
親子の立場が逆転している。
同じような意識が、親たちの世界にも入り込んでいる。
社会のほうが、親たちに、ごめんごめんと言いながら、頭を下げている。
もっとも、そういう社会を恨んでもしかたない。
若い人たちを責めてもしかたない。
そういう社会にしたのは、私たち。
私たちの責任。
言い換えると、私たち老人組は、ますます小さくなるしかない。
社会の隅で、ひっそりと生きていくしかない。
しかし・・・。
そういう世界で、結局は、損をするのは、若い人たち。
今はわからない。
保護者が何重にも、そのうしろで構えている。
その保護者がいなくなったら、どうなるのか?
どうするのか?
そのとき、それがわかる。
●掛川グランドホテル
話しがかなりグチぽくなってきた。
読む人だって、おもしろくないだろう。
だからこの話しはここまで。
で、ワイフが言うには、このホテル(掛川グランドホテル)は、インドネシアのホテル
みたい、と。
ライティングもそうなっている。
ロビーを飾る調度品もそうなっている。
「エキゾチック」という言葉が、ふさわしい。
ひとつだけ残念なのは、大浴場がないこと。
露天風呂でもあれば、最高。
が、もしそうなら、とても先の料金では泊まれない。
先ほど窓の外の景色をしばらくながめた。
大きな駐車場をはさんで、立派な民家が、左右に並んでいた。
「駅に近くていいな」と思った。
●逆恨み
話題を変えよう。
思春期を通り過ぎると、男性も女性も大きく変わる。
が、男性のばあいは、どんな形であれ、社会の前面に出ることができる。
しかし女性のばあいは、そうでない。
それなりに恋愛をし、結婚できればよい。
が、そうでないときに、女性は、心をゆがめる。
失恋がつづけば、なおさら。
その一例というわけでもないが、軽自動車に乗っている若い女性ほどこわいものはない。
スピード違反など、朝飯前。
ふつうのスピード違反ではない。
社会を逆恨みしているかのような走り方をする。
もちろん信号無視、駐車場無視。
さらに今日、こんなことも発見した。
プラットフォームで列車の到着を待つ。
そのときのこと。
若い女性たちは、「列」を作らない。
ブラブラとバラバラに立っている。
私たちは、そのうしろに並んだ。
が、あとから来た女性たちが、どんどんと横に張りついてくる。
割り込みなのだが、割り込んでいるという意識すらない?
どうしてか?
これも子どもたちの発達段階を見ていると、よくわかる。
小学2、3年生までは、男児をいじめ、泣かすのは女児。
いじめられて泣くのは男児。
いじめて泣かすのは女児。
それが小学3〜4年生を境に逆転し始める。
そのときから、女性には、(欲求不満)が、うっ積するようになる。
それが慢性化する。
社会に出ると、さらにそうで、それが先に書いた「逆恨み」に転化する。
自動車を運転していても、余裕がない。
心に余裕がないから、運転にも余裕がない。
・・・とまあ、私は、勝手にそう解釈している。
またそう解釈しないと、女性の、こうしたゆがんだ心理(失礼!)を理解することができ
ない。
もちろんみなが、みな、そうというわけではない。
男性でも、世の中を逆恨みしながら生きている人はいくらでもいる。
今の私もそうかもしれない。
ハハハ。
●おやすみ
……しばし、ぼんやりとする。
やがてこの時間も過ぎ、明日になる。
今夜の講演は、まあまあのでき。
ワイフがそう言った。
それに時間通り、終わることができた。
ほどよい満足感が身を包む。
……眠くなってきた。
もう、寝よう。
おやすみ。
2011年7月26日夜記
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●7月29日
+++++++++++++++++++
「7月29日」と聞いて、驚く。
今月も残すところ、今日も含めて、残り3日!
……というふうに考えるのは、まちがっているのかもしれない。
月数、日数などというものは、ただの「数字」。
便宜上の「数字」。
今、ここにあるのは、「今日という一日」。
私がすべきことは、今日という一日を、無駄なく、懸命に生きること。
そう言えば、先週、ある温泉に行ったら、そこに血管年齢測定器というのが、
置いてあった。
手の指を装置の中に入れ、1分ほど静かにしている。
するとその人の血管年齢(=健康度)が、グラフで示され、それがプリントアウト
して打ち出される。
どういうしくみによるものなのかは知らない。
信頼性も、どの程度あるのかも知らない。
たぶん、血流の流れを測定し、その流れのよしあしから、「血管年齢」を
計算しようというものらしい。
その測定器によれば、私の「血管年齢」は、51歳と出た。
注意書きには、「実際の年齢より、血管年齢が高い場合には、脳卒中、心筋梗塞
などに注意してください」(記憶)とあった。
逆に読めば、私はこと血管に関しては、健康ということになる。
もっとも温泉から出たあとのことなので、血流の流れはよかったのかもしれない。
料金は、300円。
「51歳」という年齢を見て、悪い気はしなかった。
+++++++++++++++++++++
【ネオテニー進化論・幼児成熟の問題】
●若い人たちの日本語
このところBLOGやYOUTUBEへのコメントが、多くなった。
ほとんどは好意的なものだが、中には辛らつなものもある。
そういうコメントを読んでいると、ふと、こんな疑問が湧いてくる。
最近の若い人たちは、きちんとした日本語が話せるのだろうか、と。
「書けるのだろうか」でもよい。
さらにもうひとつ、気になることがある。
文そのものが、破滅的。
たとえば昨日も、こんなコメントが寄せられた。
私が、『伸びる子vs伸び悩む子』というタイトルで話した、YOUTUBEについてだが、
こうあった。
「こんなことで、決められるのかよお」と。
たったそれだけ。
禅問答のようでもある。
謎かけ問答のようでもある。
私はそのYOUTUBEの中で、スタンフォード大学でなされた、『マシュマロテスト』
について話した。
あのテストは、1960年代になされ、その後も詳細な追跡調査がなされている。
信頼性はきわめて高い。
もしこうしたテストを否定するというのであれば、では研究とは何かということになって
しまう。
それはそれとして、こうしたコメントを整理すると、こうなる。
(1)きわめて短文(文章になっていない)
(2)相手の心をズバリと一撃する(イヤミ)
(3)論理性がない(非ロジカル)
(4)全体に、謎かけ的(勝手に判断しろと、内容が攻撃的)
この中で「イヤミ」という言葉を使った。
そのイヤミを平気で口にしたり、文にしたりできる人とというのは、かなり心のゆがんだ
人とみてよい。
つまり今、そういう若い人たちが、ふえている。
こうした特徴を反対側から整理すると、こうなる。
(1)長い文章が書けない(文章がつながらない)
(2)説得力のある文章が書けない(短絡的、直情的、直感的)
(3)思考が支離滅裂(ロジカルなものの考え方ができない)
(4)建設的な意見をまとめることができない(破壊的、否定的)
もっともこういう人たちは、全体の中の一部?
が、気になるのは、ネットユーザーの中に、そういう人たちが多いということ。
つまりこの先、ネット社会が普及すればするほど、そういう人たちがふえてくる(?)。
●直情的、短絡的
幼児に、こんな質問をしてみる。
「あなたがブランコに乗っていたら、分からず屋のA君が、ブランコを横取りしようとし
てきました。
そのときあなたなら、どうしますか?」と。
これに対して、「横取りはだめと話す」とか、「順番に乗る」とか、そういうふうに考え
るのが、常識的。
しかし中には、「そういう分からず屋は、ぶん殴ってやればいい」とか答える子どももいる。
ものの考え方が、直情的かつ短絡的。
ものごとを冷静に、かつロジカルに考えることができない。
実は、昨日も、こんなことがあった。
この1週間、発砲スチロール製のパイプ様の棒を教室に置いておいた。
チャンバラごっこをするためである。
が、この遊びはチャンバラごっこというよりは、幼児に自信をつけさせるためにする。
わざと私のほうが負けてみせる。
それによって幼児たちは、「先生をやっつけた」という自信をもつ。
どこか自信喪失気味の子どもには、効果的。
そのあと、見違えるように、積極的になる。
で、その棒を使って、小6の子どもたちに剣道の基本を教えた。
私は学生時代、柔道をずっと習っていた。
その余力で、剣道にもかなり詳しい。
で、一通り、それを説明し、「さあ、勉強しよう」と棒をテーブルに置いたとたん、後頭
部から一撃。
強烈な一撃だった。
しかも水平打ち。
剣道では、禁じ手である。
ほんの少し耳をはずれたからよかったもの、まともに当たっていたら、私は鼓膜を破ら
れていたはず。
振り返ったら、S君がニヤニヤと悪びれた様子もなく、そこに立っていた。
私は思わず、「何てこと、するんだ!」と怒鳴りつけた。
が、しばらくは怒りが収まらなかった。
もともと過剰行動性のある子どもだったが、まさか背後から、力一杯襲いかかってくる
とは思っていなかった。
実のところ、こういう子どもが、いちばん、恐ろしい。
ものの道理がわからない。
自己管理能力が弱い。
行動が衝動的で、突発的。
行動と思考とは、そういう点で連動している。
相互に密接にからみあっている。
相手がまだ私だったからよかった。
もしこれが生徒だったら……。
それで私の教室は閉鎖……ということにもなりかねない。
●作文力
今さら手遅れかもしれない。
アメリカなどでは、読書力、作文力が教育の柱になっている。
小中学校にも、「Library(読書)」という時間がある。
その教科だけは、学士号ではなく、修士号をもった教師が指導に当たっている。
つまりそれだけ重要視されている。
が、この日本では、作文力は、ほとんど問題にされていない。
指導するとしても、受験塾が受験対策として、それをしている。
だからというわけではない。
日本語の特性というか、日本語というには、ウーパールーパー的※なところがある。
日々にどんどんと変化していく。
文法などあって、ないようなもの。
文法だけではない。
言葉そのものも、変化していく。
あと20〜30年もすれば、今、私がここに書いている文章にしても、辞書なくして読
めなくなるかもしれない。
それは日本の文化にとっても、「熟成」という観点からしても、たいへん悲しむべきことと
言ってよい。
若い人たちは、先人の知恵や経験を、そのまま生かすことができなくなる。
●コメント
辛らつなコメントだったが、私は、もう慣れた。
どうせその程度の文しか書けない人たちである。
本気で相手にする必要はない。
それに先にも書いたように、心はすでに壊れている。
気づいていないのは、本人だけ。
書きたければ書けばよい。
私のほうは、何も考えず、削除するだけ。
「こんなことでいいのかなあ」という思いは残るが……。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 作文力 作文力を失
った若者たち)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
(注※)ウーパールーパー(ネオトニー進化論・幼児成熟)
以前、別の角度から、ウーパールーパーについて書いた原稿をさがしてみる。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●原始反射(2006年7月の原稿より)
++++++++++++++++
赤ちゃんには、赤ちゃん特有の反射
的運動がみられる。
これを、「原始反射」と呼ぶ。
++++++++++++++++
二男の娘(私の孫)が生まれて、もう2か月になる。名前を芽衣(Mae)という。最
近、やっと漢字の名前が決まった。
その芽衣を想像しながら、改めて心理学の本(心理学用語辞典・かんき出版)を、ひも
とく。乳児と幼児は、必ずしも、連続的につながっているわけではない。たとえば、赤ち
ゃんには、赤ちゃん特有の、反射的運動がある。
これを「原始反射」と呼ぶ。この原始反射の多くは、生後3〜4か月で、消失してしま
うことが知られている。
その原始反射には、つぎのようなものがある(心理学用語辞典より)。
(1)把握反射
(2)バビンスキー反射
(3)モロー反射
(4)口唇探索反射
(5)自動歩行反射
(6)マグネット反射
把握反射というのは、手のひらを指などで押すと、その指を握ろうとする現象をいう。
バビンスキー反射というのは、新生児の足の裏を、かかとからつま先にかけてこすると、
親指がそりかえり、足の指が開く現象をいう。
赤ちゃんの胸の前に何かをさし出すと、それに抱きつくようなしぐさを見せることをい
う。ドイツのモローによって発見されたところから、モロー反射と呼ばれている。
口唇探索反射というのは、赤ちゃんの口のまわりを指などで触れると、その指を口にく
わえようとする現象をいう。
自動歩行反射というのは、脇の下を支えながら、右足に重心をかけると、左足を前に出
そうとする。これを繰りかえしていると、あたかも歩いているかのように見えることをい
う。
マグネット反射というのは、両脇を支えて立たせると、足が柱のようにまっすぐになる
現象をいう(以上、同書より要約)。
これらの現象は、短いので、生後2〜4週間で、長くても、8〜10か月で消失すると
言われている。で、こうした現象から、つぎの2つのことが言える。
ひとつは、乳児が成長して、そのまま幼児になるのではないということ。赤ちゃんには、赤ち
ゃん特有の成長過程があり、その期間があるということ。
もうひとつは、前にも書いたが、いわゆるネオトニー進化論の問題である。その原稿は、
このあとに添付しておくが、要するに、人間は、未熟なまま誕生し、その未熟さが、こう
した現象となって、現れるのではないかということ。
本来なら、こうした原始反射といったものは、母親の胎内で経験し、誕生するまでに消
失しているべきということになる。つまりわかりやすく言えば、人間は、その前の段階で、
誕生してしまうということになる。
ご存知の方も多いと思うが、人間は、(ほかの動物もそうだが)、母親の胎内で、原始の
時代からの進化の過程を、一度すべて経験するという。初期のころには、魚のような形に
もなるという。その一部が、誕生後も、こうした原始反射となって現れる(?)。
もしあなたに、今、赤ちゃんがいるなら、一度、この原始反射を試してみるとよい。何
かの新しい発見ができるかもしれない。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
日本人は、未熟な民族?
そんなことを考えさせられるのが、
ネオテニー(幼児成熟)進化論である。
+++++++++++++++++++
●幼児性の持続(ネオトニー進化論)
人間は、ほかの動物たちとくらべても、幼児期から少年少女期までの期間が、著しく長
い。鳥の中には、孵化すると同時に歩き始め、エサを自分で食べ始めるのもいる。
つまり人間は、未熟なまま、生まれる。そしてその分、親(とくに母親)の手厚い保護
を受けなければならない。
……という話は、常識だが、同じ人間でも、種族によって、その「期間」が違うのでは
ないか。
私自身も、幼稚ぽいところがあったが、35年前に、オーストラリアの大学へ留学した
とき、向こうの学生たちが、みな、私よりはるかにおとなに見えたのには、驚いた。
本当に、驚いた。
「これが同じ大学生か!」と。
で、以来、ときどき、私は、この問題を考える。
こうした「違い」は、なぜ生まれるのか、と。
それについては、いろいろな説がある。
欧米と日本とでは、子育てのし方そのものが違うという説。日本では、元来、親にベタベ
タ甘える子どもイコール、かわいい子と位置づける。
が、欧米には、そういう考え方は、ない。
ないものはないのであって、どうしようもない。
つまり、欧米では、子どもは、生まれながらにして、1人の人格者として、扱われる。
育てられる。
……というふうに、私は考えてきた。しかしそれだけでも、ないのではないか。
昨夜も、バラエティ番組なるものを、かいま見た。20〜25歳前後の若い女性が、1
0〜15人ほど、そこに並んでいた。私は、その若い女性たちの顔を見て、あ然とした。
幼稚顔というよりは、まさに幼児そのもの。
Sというよく知られた、司会者(お笑いタレント)に誘われてあれこれ意見を述べていた
が、「これが20歳を過ぎた女性の意見なのだろうか」とさえ、思った。
一説によると、私たち日本人は、欧米人と比べても、幼児性を残したまま、おとなにな
る遺伝子をもっているという。
生まれてからおとなになるまでの期間が長いとも解釈できるし、反対に、精神的におとな
になりきれないまま、体だけはおとなになるとも解釈できる。
前者の説をとるなら、日本人は、それだけ教育期間を長くしなければならないというこ
とになる。
後者の説をとるなら、日本人は、民俗学的(生態学的)に、未熟な人間ということになる。
さらに恐ろしい意見もある。
日本人の子どもの前頭連合野の発育が、以前よりも、未熟になりつつあるというのだ(沢
口俊之著「したたかな脳」日本文芸社)。そのため、
「以前は、小学3年生でできていた課題が、今は、4年生の子どもでも、満足にできない
というのが、現状です。
これは状況を判断する力や、自己をコントロールする力が衰退しているということ、す
なわち、自分の行動を積極的に制御する脳の機能が未熟になっていることを示しています」
(同、P131)と。
「小学3年生でできていた課題が、今は、4年生の子どもでも、満足にできないという
のが、現状です」という澤口氏の意見には、「?」を一つ、つけたいが、しかし、年々、子
どもたちが幼稚化しているのは、私も感ずるところである。
とくに男児の幼稚化が著しい。たいはんが、どこかナヨナヨしていて、ハキがない。
で、こうして、子どもたちは、幼児性(幼稚性)を残したまま、おとなになる。
あるいはおとなになりきれないまま、おとなになる。
一般論として、子どもというのは、その年齢になると、その子どもの年齢にふさわしい、
「人格」が育ってくる。「核」というか、(つかみどころ)ができてくる。
その年齢に比して、「子どもっぽく見える」というのは、日本では、あまり問題視されない
が、国際的に見れば、決して、好ましいことではない。
そこで全体として、たとえば高校生や大学生をみると、日本の高校生や大学生は欧米の
子どもたちと比較すると、かなり子どもっぽいのがわかる。
澤口氏の説によれば、つまりその分、大脳前頭連合野の発達が、未熟(?)ということに
なる。
こうした違いが生まれるのは、教育によるものなのか。それとも遺伝子によるものなの
か。
「したたたかな脳」の著者の澤口氏は、「ネオテニー」という言葉を使って、日本人の幼
児性を説明する。
「ネオテニーとは、(幼児成熟)、つまり幼い時期の特徴をもったままで成熟し、繁殖す
ることをいいます。
その有名な例は、アホロートル(ウーパールーパー)です。
アホロートルは、サンショウウオの一種で、サンショウウオは、両生類です。
ですから幼生期に水中でエラで呼吸し、成長すると、変態して、肺で呼吸するようにな
り、陸上で生活します。
ところがアホロ−トルは、変態しません。つまりエラをもったまま、つまりは幼生期の
まま、水中で生活します。繁殖も幼生期のままの姿でします。いってみれば、カエルがオ
タマジャクシのままで、卵を産んでしまうようなものです。
これをヒトにあてはめて考えた進化論が、「ネオテニー進化論」です。(中略)
ネオテニー化が進むということは、進化の過程で、ヒトがネオテニー的な特徴をより多
く、身につけてきたという意味です。
ネオテニー的な特徴とは、単純な言い方をすれば、外見的に、子どもぽいとか、未熟だ
とかいうことです。
このような身体的な特徴から見ると、ヒトの大人は、幼児の姿をとどめたまま成熟したチ
ンパンジーのようにも見えます。
そしてアジア人(モンゴロイド)が、年齢よりも若く見えるのは、より多く、ネオテニ
ー的な特徴を備えているということです。
とくに日本人は、幼くみえるようです」(同書、P133〜)と。
(わかりやすく言えば、欧米人は、たとえていうなら、サンショウウオ。アジア人は、幼
児成熟なままで発育が止まっている、ウーパールーパーということになる。)
ナルホドと思ったり、そうだったのかと思ったり……。
日本人は、極東の島国で生活し、他民族のように、「血」の交流をほとんどしてこなかった。
その結果、モンゴロイドとしての特徴が、そのままより色濃く残ってしまったのかもしれ
ない。
骨相学的に見ても、日本人の骨相(顔)が、悲しいかな、世界で一番、貧弱だと言われる
理由も、そこにある。
それはさておき、澤口氏の意見に従うなら、私たち日本人は、日本人のあり方そのもの
を、基本的な部分から、考えなおさなければならない。
短い足や、貧弱な骨相はともかくも、人格的な完成度という意味では、考えなおさなけれ
ばならない。
そしてそれが教育でカバーできるものであれば、「教育」そのものも考えなおさなければ
ならない。澤口氏の言葉を借りるなら、「状況を判断する力や、自己をコントロールする力」
を、どうやって養うかということにもなる。
昨日、静岡市での講演に出かけるとき、駅構内で購入した本だったが、おもしろかった。
久々に、頭の中で、火花がバチバチと飛ぶのを感じた。興味のある方は、どうぞ!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司は
やし浩司 幼児性 幼稚性 ネオテニー ネオテニー進化論 ネオトニー ネオトニー進
化論 はやし浩司 原始反応 把握反射 ウーパールーパー 幼児成熟 はやし浩司 ア
ホロートル)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●スカイツリーの謎の回転(地球の自転によるものではないか?)
+++++++++++++++++++
昨夜(7月24日)、NHKテレビを観た。
スカイツリーの建設現場の様子を報道していた。
その中に、こんなシーンがあった。
話しを進める前に、スカイツリーについての基本構造。
スカイツリーは、二層の構造になっている。
外側の「殻」の部分。
内側の「芯」の部分。
外側の殻の部分ができあがったところで、内側の芯の部分を、
少しずつ上に伸ばしながら、建設していく。
そのときのこと。
内側の芯の部分が、原因不明の回転をし始めた。
回転といっても、10センチ前後のわずかなズレだが、
スカイツリーにとっては、致命的な事故につながる。
へたをすれば芯そのものがはずれ、下に落ちてしまうという(番組)。
そこで建設はストップ。
工事の責任者たちが部屋に集まり、原因を検討し始めた。
が、結論は、「原因不明」。
「わからない」「わからない」で終わってしまった。
しかし……。
ここから先は、あくまでも私というド素人の推察。
芯が回転するのは、当然のことではないのか。
地球の自転の影響を受けていると考えれば、わかりやすい。
たとえば北極にスカイツリーを建設したばあいを考えてみよう。
外側の殻の部分は、地球に固定してある。
地球の自転のまま、回転する。
上から見たばあい、時計と反対回りに回転する。
しかし内側の芯の部分は、摩擦による抵抗が少なければ少ないほど、
その反対方向に回転し始める。
つまり相対的に、時計回りに回転し始める。
北極に船を浮かべてみたばあいを、想定してみればよい。
船は、自転と反対方向に回る。
日本は、北半球にあるから、北極ほどではないが、当然、
自転の影響を受ける。
私は原因は、それと思った。
が、最後まで、地球の自転を口にする技術者はいなかった。
私には、それが歯がゆかった。
……こう書くと、自転の影響?、と疑う人も多いかもしれない。
しかし台所の排水口ですら、水は、渦を巻いて流れる。
地球の自転の影響を受けるからである。
が、赤道直下では、渦はできない。
南半球では、今度は、渦の向きは逆になる。
3か月前、オーストラリアへ行ったとき、私はそれを確かめた。
……というか、ワイフが私の話しを信じなかったので、それを証明してみせた。
ここに書いたことは、あくまでも、「そうではないか?」という話し。
あれほどの技術者たちが、……つまりスカイツリーを設計、
建造した技術者たちが、そんなことを知らないはずがない。
日本でも超一級の頭脳をもった人たちである。
が、可能性としては、ありえない話しではない。
……というふうに、この原稿を理解してほしい。
スカイツリーの「芯」が回転したのは、地球の自転によるものではないか。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 スカイツリー 謎の
回転)
+++++++++++++++++++++
●ストレス解消ビデオ
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Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●4〜5歳児(年中児)に、「長さ」を教える
(1)
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(2)
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(3)
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(4)
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Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●作られる反日感情(韓国・中央日報紙のケース)2011−7月
?? ??? ?? ???
++++++++++++++++++
21日午前、仁川(インチョン)空港を出発した、
大韓航空A380旅客機が、日本の成田空港に
着陸する際に揺れ、エンジン下部が滑走路を
こすった。
A380といえば、世界最大の新型旅客機。
その旅客機のエンジンが、強風にあおられ、
滑走路をこすった。
ひとつまちがえば、大惨事になっていた。
韓国のことは知らないが、日本ではこの種の
事故は大々的に報道される。
相手が韓国であるかどうかということは、
関係ない。
「大惨事になっていたかもしれない」という
点で、事件になった。
が、韓国の中央日報は、つぎのように伝える。
+++++++++++++++++++
+++++++++以下、韓国、中央日報より++++++++++++++
大韓航空A380航空機が日本で着陸する際、翼の下の部分が滑走路にかするという軽微
な事故が発生した。これを日本メディアが大々的に報道し、意図的な'恥さらし'ではな
いかという指摘が出ている。
(中略)
大韓航空側は「着陸時に風が激しく吹いたため、操縦士も気づかない間に機体が揺れ、(滑
走路に)ややかすったようだ」と話した。
成田空港側はA380が着陸した滑走路を約20分間閉鎖し、機体と滑走路を点検した。
しかし特に大きな異常はなかった。大韓航空は運航に支障はないと判断し、乗客と乗務員
を乗せてソウルに予定時間より1時間10分遅れで到着した。
成田空港側は記者らを呼んで滑走路の写真を撮らせるなど異例の措置を取った。大韓航空
の関係者は「乗客も衝撃をほとんど感じていない軽微なものだった」とし、「ただ、日本の
メディアがこれを報道したのは、独島(ドクト、日本名・竹島)をめぐる神経戦と関係が
あるとみられる」と述べた。
日本外務省はA380が就航前に独島をデモフライトしたことに反発し、最近、大韓航空
利用自粛命令を出し、この問題は韓日両国の外交問題に発展した。
+++++++++以上、韓国、中央日報より++++++++++++++
●被害妄想
この記事の中で、とくに注意深く読んでほしいところは、つぎ。
『ただ、日本のメディアがこれを報道したのは、独島(ドクト、日本名・竹島)をめぐる
神経戦と関係があるとみられる」と述べた』と。
つまり事故そのものは、とるに足りない軽微なものであった。
にもかかわらず、日本のメディアが報道したのは、竹島(独島)をめぐる神経戦と関係が
あるとみられる、と。
ほとんどの読者(日本人)は、この部分を読んで、唖然とするにちがいない。
私もそうだが、そんなこと微塵も考えていない。
あなたにしても、そうだろう。
事故というのは、どこの国でも、どんな場所でも起こる。
つまり韓国人記者の勝手な判断。
妄想。
被害妄想。
在日の韓国人記者が、自らの被害妄想をふくらませ、こんな記事を書いた。
●韓国人はどう読むか
こんな記事が「日本発」として、韓国で報道される。
簡単な想像力を働かせてみればよい。
もしあなたが韓国人で、韓国でこの記事を読んだら、あなたはどう感ずるだろうか。
あなたならきっと、こう思うだろう。
「あの日本人め(=イルボネめ!)、また韓国をいじめている!」と。
つまりこうして韓国内で、反日感情が熟成されていく。
その一例として、この記事を取りあげてみた。
●中央日報社の在日記者へ
日ごろの航空機事故の報道を見てほしい。
日本では、航空機事故に関しては、たいへんきびしい見方をしている。
どこの国の飛行機ということは関係ない。
あの123便事故にしても、その飛行機は、その少し前、同じような接触事故を起こして
いる。
それがあの123便事故につながったという説もある。
私たち日本人は、韓国の人たちと仲よくしたいと考えている。
が、その一方で、こうした記事を韓国内に流すのは、やめてほしい。
簡単に言えば、被害妄想だけで記事を書くのは、やめてほしい。
「神経戦と関係がある」という部分は、まったくの妄想。
記者であるあなたはそう感じたかもしれないが、私たちはまったくそんなことは考えてい
ない。
むしろこれ見よがしに、A380を飛ばし、得意になっているのは、君たちのほうでは
ないのか。
その出鼻をくじかれた。
だからこういう記事を書く。
私たちは、むしろ、そう解釈する。
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
【私とは何か】byはやし浩司
●自己中心性(Egocentricity)
++++++++++++++++++
自分がそう思っているから、相手も
そう思っているはずと考えるのは、
自己中心性以外の何ものでもない。
あるいは自分がこう思っているから、
あなたもそう思えというのもそれ。
さらに一歩進んで、「私は正しい」と
思うのは、その人の勝手。
が、その返す刀で、「あなたは
まちがっている」というのもそれ。
こうした自己中心性は、発達過程に
ある乳幼児の心理に共通する。
つまり自己中心的な人は、それだけ
乳幼児に近いということになる。
もう一度、乳幼児の心理について、
おさらいをしておきたい。
+++++++++++++++++
●乳幼児期(エリクソン・心理発達段階論)
この時期の幼児の特徴を一言で表現すれば、「自己中心性」ということになる。
ものごとを、(自分)を中心にして考える。
「自分の好きなものは、他人も好き」「自分が嫌いなものは、他人も嫌い」と。
それがさらに進むと、すべての人やものは、自分と同じ考え方をしているはずと、思い
こむ。自然の中の、花や鳥まで、自分の分身と思うこともある。
これをピアジェは、「アニミズム」と名づけた。
心理学の世界では、物活論、実念論、人工論という言葉を使って、この時期の子どもの心
理を説明する。
物活論というのは、ありとあらゆるものが、生きていると考える心理をいう。
風にそよぐカーテン、電気、テレビなど。乳幼児は、こうしたものが、すべて生きている
と考える。
……というより、生物と、無生物の区別ができない。
実念論というのは、心の中で、願いごとを強く念ずれば、すべて思いどおりになると考
える心理をいう。
ほしいものがあるとき、こうなってほしいと願うときなど。
乳幼児は、心の中でそれを念ずることで、実現すると考える。
……というより、心の中の世界と、外の世界の区別ができない。
そして人工論。人工論というのは、身のまわりのありとあらゆるものが、親によってつ
くられたと考える心理である。
人工論は、それだけ、親を絶対視していることを意味する。
ある子どもは、母親に、月を指さしながら、「あのお月様を取って」と泣いたという。
そういう心理は、乳幼児の人工論によって、説明される。
こうした乳幼児の心理は、成長とともに、修正され、別の考え方によって、補正されて
いく。しかしばあいによっては、そうした修正や補正が未発達のまま、少年期、さらには
青年期を迎えることがある。
●自己中心性
私も子どものころ、……小学1年生くらいのことではなかったか、学校へ行く途中、こ
んなことを考えた。
「目に見えない、うしろの世界はどうなっているんだろう」と。
前の世界は、目で見ることができる。
しかしうしろの世界は、見えない。
だからひょっとしたら、うしろの世界は、私が目を離した瞬間、消えてしまうのではない
だろうか、と。
まさに自己中心的な発想である。
が、こうした現象は、私だけのものではなかった。
そのあと、同じように考えている幼児や、小学生に、何人か出会った。
その子どもたちも、同じようなことを言っていた。
●否定期
こうした自己中心性は、やがて修正期に入る。
言い換えると、人格の完成度は、いかに自己中心的でないかによって、決まる。
ピーター・サロベイの「EQ論」を例にあげるまでもない。
が、それで終わるわけではない。
そのあと今度は、自己中心性の否定期へと入る。
簡単に言えば、私から「私」をどんどんと脱ぎ去っていく。
つまり私というのは、ちょうどタマネギのような構造をしている。
私の周りを、無数の「私」が取り囲んでいる。
その「私」をどんどんと脱ぎ去っていく。
すると私はかぎりなく、かつ細く、小さくなっていく。
所詮、私というのは、その程度のもの。
中には、タマネギの皮を脱ぎ去っていったら、何も残らなかった……という人もいるかも
しれない。
この私も含めて、大半の人たちがそうかもしれない。
死ぬまでに、ほんの少しでも私を残せる人は、そんなにいない。
私たちは、それほどまでに、私であって私でないものに、毒されている。
私でないものを、「私」と思い込んでいる。
つまりその(思い込み)自体が、まさに自己中心性の表れとみる。
●ある宗教団体
ときどき私の家にも、どこかの宗教団体の人たちが、よく勧誘に来る。
断っても断っても、来る。
が、そういった人たちは、おしなべて、穏やかで穏和な表情をしている。
自分で努力し、自分でそういう境涯に達してそうであれば、それはそれで結構。
しかし中身は、「注入された思想」。
注入された思想をもって、自分の思想と思い込む。
言うなれば、あとから張りつけられたタマネギの皮。
そういう皮でもって、身を飾る。
心を飾る。
もっともその人自身が、それで幸福なら、それでよい。
事実、幸福そうな顔をしている。
が、そういう人たちは、ひとつの重要な事実に気づいていない。
つまり、たった一度しかない人生を、それと引き替えに、無にしている。
いらぬ節介かもしれないが、自分の足で立つ。
自分の足で歩く。
不完全で未熟であることを恥じる必要はない。
それに気づいたら、また前に進む。
失敗や挫折を恐れる必要はない。
さらに前に進む。
つまりそれこそが、私たちが「今、ここにいる」という意味である。
無数のドラマもそこから生まれる。
生きる気高さもそこから生まれる。
あのトルストイも『戦争と平和』の中で、こう書き残している。
『(人間の最高の幸福を手に入れるためには)、
ただひたすら進むこと。生きること。愛すること。信ずること』(第五編四節)と。
生のむなしさを感ずるあまり、現実から逃避し、結局は滅びるアンドレイ公爵。
一方、人生の目的は生きることそのものにあるとして、人生を前向きにとらえ、最終的に
は幸福になるピエール。
そのピエールの言葉である。
●私たちは何を残せるか
タマネギの皮をめくることは、勇気のいること。
最悪のばあい、そこには何も残らなくなってしまう。
そんなこともありえる。
その不安があるから、勇気がいる。
「私もただのオジチャン」「私もただのオバチャン」と認めることは、そのまま自己否定に
つながる。
何が恐ろしいかといって、人生の晩年になって、「私の人生は何だったのか」と思い知ら
されることほど、恐ろしいことはない。
それが自己否定ということになる。
だから釈迦は、『精進』という言葉を残した。
私たちは死ぬまで、ただひたすら精進あるのみ、と。
が、それでも残せるものは、少ない。
が、ヒントがないわけではない。
それが冒頭にあげた、「自己中心性」の否定である。
道はちがい、方法もちがうかもしれないが、それを実行した人は多い。
インドのマザーテレサもその1人。
私たち凡人には、とてもまねできないが、しかし不可能ではない。
あのマザーテレサは、それを私たちに教えてくれた。
難しい話しはさておき、あなたもこう思ったらよい。
「自分の中に自己中心的なものを感じたら、それこそ闘うべき、己の敵」と。
けっして楽な闘いではない。
ないが、日々の精進のみによって、達成できる。
方法は簡単。
いつも、何をしても、自分の心に静かに問いかけてみればよい。
「だから、それがどうしたの?」と。
そのとき、意味のないものは、スーッと風のように消えていく。
意味のあるものは、何か、心にひかかる。
こうして自分のタマネギの皮をむいていく。
で、最後に残ったもの。
それが「私」ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【思春期という反抗期】
●ああ、父親たるものは……!
平成10年度の『青少年白書』によれば、中高校生を対象にした調査で、「父親を尊敬し
ていない」の問に、「はい」と答えたのは54・9%、「母親を尊敬していない」の問に、
「はい」と答えたのは、51・5%。
また「父親のようになりたくない」は、78・8%、「母親のようになりたくない」は、
71・5%であった。
この調査で注意しなければならないことは、「父親を尊敬していない」と答えた55%の
子どもの中には、「父親を軽蔑している」という子どもも含まれているということ。
また、では残りの約45%の子どもが、「父親を尊敬している」ということにもならない。
この中には、「父親を何とも思っていない」という子どもも含まれている。
白書の性質上、まさか「父親を軽蔑していますか」という質問項目をつくれなかったのだ
ろう。
それでこうした、どこか遠回しな質問項目になったものと思われる。
……という話しは、すでに何度も書いてきた。
●それから13年
先の調査から、13年が過ぎた。
で、先ほどまで最近はどうなったか、それを調べてみた。
便利になったものだ。
ネットで検索をかければ、即座に情報を手に入れることができる。
それに内閣府(旧総理府)は、数年ごとに同じような調査を繰り返している。
そのため青少年の意識のちがいや変化を、数字として知ることができる。
が、私が調べた範囲では、平成10年以後、同じような調査がなされた形跡がない。
だからこの調査結果を基に考えるしかない。
●繰り返される親子関係
『子育ては本能ではなく、学習である』。
そういう視点で類推するなら、こうした意識は、つぎの世代へと連鎖していく。
つまり戦後の流れからすると、現在は、平成10年当時の調査結果より、悪化していると
考えられる。
(それを「悪化」と言ってよいかどうかという問題もあるが……。
しかし家族というのは、たがいに尊敬しあっているほうがよい。
そういう点で、「悪化」という言葉を使った。)
●尾崎豊
私の印象では、尾崎豊が『卒業』を歌ったのを節目に、日本の青少年の意識は大きく変
わった。
青少年が、自分たちより上の世代に反旗を翻した。
「親に何か言われると、ムシャクシャする」
「親にあれこれ指図されたくない」
「親の言うことは、イチイチ、うるさい」と。
直接的には、親に対し、「アンタには、関係ない」と突っぱねる。
それが「親のようになりたくない」(約80%)という答えとなって跳ね返ってくる。
そこでそうした青少年が、今度は自分が親になる。
そしてこう覚悟する。
「私は私の親とはちがう」
「私はすばらしい家族を築く」
「よい親子関係を作る」と。
が、現実は甘くない。
結局は、自分がしたこと(=思ったこと)と同じことを、その子どもたちが繰り返す。
子ども、つまり先の親から見れば孫たちが、こう言い出す。
「父親のようになりたくない」
「母親のようになりたくない」と。
それを世代連鎖という。
だからこう言う。
『子育ては本能ではなく、学習』と。
●変わる青少年の世界
ネットで検索していたら、こんな情報にヒットした。
たまたま先ほど、市内の地下街を歩いていたら、携帯電話を片手にサーッと通り抜けてい
った若者(高校生くらい)がいた。
それで気になってあたりを見回すと、そこにいた若者たち、全員が片手に携帯電話をもっ
ているのを知った。
10人はいただろうか。
年齢的には、10代後半から20代。
全員、である。
それを青少年白書は、こう調査している。
『内閣府がまとめた「平成20年版青少年白書」によると、携帯電話を使ったインターネ
ットの利用率は、小学生27%、中学生56・3%、高校生は95・5%となっています。
もはや中高生にとっては携帯電話の通話機能よりも、インターネットやメールを使っての
……』と。
携帯電話ではなかった。
携帯端末だった。
青少年白書は、「携帯電話ではなく携帯端末」と。
知らなかった!
そこでたまたま近くにいた中3の女子(生徒)に聞いてみた。
「携帯電話なら、使わなければ利用料金も少なくてすむけど、携帯端末だと、そういうわ
けにはいかないよね」と。
するとその女子は、こう教えてくれた。
「定額料金にすれば、6000円くらい。学割があるけどね。でもね定額料金にしていな
い人なんか、月に1万円くらい使っているよ」と。
話しが脱線した。
子どもたちの世界は、日々に変化している。
話しを戻す。
●中学生たちと
で、この話しを、中学生のクラスでしてみた。
「父親のようになりたくないが、78・8%、母親のようになりたくないが、71・5%
ということだけど、君たちはどうかな?」と。
すると5人いた中学生のうち、4人が、こう言った。
「いろいろなときがあるからね。そう思うときもあるし、そうでないときもある」と。
ナルホド!
これは、「YES/NO」で答えられるような問題ではないということか。
私「じゃあ、君たちは、お父さんを尊敬しているか?」
子「……ウ〜ン、尊敬できる面もあるし、尊敬できない面もあるよね」
子「そうだよね。好きなところもあるし、嫌いなところもある……」
私「お父さんは、うるさくないのか?」
子「うるさいから、そういうときは、『アンタには、関係ないでしょ!』と突っぱねること
にしている」と。
となると、総理府(現在の内閣府)のした調査は何かということになってしまう。
「78・8%」という数字は、どこから出てきたのか。
もしこの数字に信頼性がおけないというのなら、それを基礎に議論を進めること自体、無
意味になってしまう。
それに私のばあいもそうだったが、年齢とともに、親に対する考え方は変わる。
思春期における印象が、すべてというわけではない。
あるいは思春期というのは、そういうものなのか。
直接的には、親に反抗することによって、自立を目指す。
●親の立場から
どうであれ、子どもは10歳前後(小学3年生前後)から、親離れを始める。
この時期、(家庭)という束縛から自分を解き放ち、友人との(社会)に、自分の世界を移
し始める。
が、ほとんどの親はそれに気づかない。
ほとんどの親は、「私はすばらしい親だ」「私は子どもたちに慕われ、尊敬されている」と
思い込んでいる。
が、これが思い込みであることは、数値の信頼性はさておき、先の「78・8%」という
数字を見てもわかる。
言い換えると、それが「ふつう」ということ。
つまり、子どもに尊敬されようと思わないこと。
思っても意味はない。
親は親で、自分の道を行く。
中には家族主義(たいていは行きすぎた家族主義)を信奉し、「家族こそすべて」と考える
人も、いる。
「親子の太い絆こそ、何よりも大切」と。
しかし親子というのは、皮肉なもの。
親のこうした気負いが強ければ強いほど、子どものほうはそれを負担に思う。
その負担感が、かえって、親子の間に溝を作る。
だから親は親で、自分の道を行く。
「子どものため」という義務感、犠牲心は、もたないほうがよい。
もっても、意味はない。
やるべきことはやるが、期待しない。
またそのほうが、結果的に、親子の絆は太くなる。
子どもも親を尊敬するようになる。
だからあのバートランド・ラッセルは、こう言った。
『子どもたちに尊敬されると同時に、子どもたちを尊敬し、必要な訓練は施すけれども、
けっして程度を越えないことを知っている両親たちのみが家族の真の喜びを与えられる』
と。
繰り返し取りあげてきた言葉だが、この言葉の中に、子育ての神髄が凝縮されている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 父親のようになりた
くない はやし浩司 バートランド・ラッセル)
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●もうすぐ8月1日(山荘であれこれ・雑感集)
++++++++++++++++++++
今、時刻は、午後10時19分。
日曜日の夜だが、山荘へやってきた。
その山荘は、薄いモヤに包まれていた。
森の冷気。
車のドアを開けると同時に、その冷気が
スーッと車の中に入ってきた。
瞬間、遠い昔、伊吹山に登ったときのことを
思い出した。
私が中学3年生のときのことだった。
理由はわからないが、その冷気が、脳のどこかで、
伊吹山とつながった。
「来てよかった」と、そのとき、そう思った。
7月31日。
あと2時間足らずで、8月に入る。
++++++++++++++++++++
●迷ったら、両方する
最近は、こんなことに心がけている。
『迷ったら、両方、する』と。
実は、今朝も迷った。
「運動をしようか、それとも芝生を刈ろうか」と。
で、先に運動。
ウォーキングマシンの上で、30分、軽いジョギング。
一汗かいたあと、今度は庭へ。
刈払機で、庭の芝生を刈った。
また一汗かいた。
運動量は2倍。
体も2倍、軽くなった。
で、夕食をとったあとも、また迷った。
「教材を作ろうか、それとも山荘へ行こうか」と。
で、先に教材作りをすませ、しばらく間をおいたあと、山荘にやってきた。
明日は昼までに自宅に帰れば、仕事には間に合う。
●はやし浩司式、ダイエット法(2)
いろいろなダイエット法を考える。
今回は、称して『水・ダイエット法』。
これは食事をするとき、食事の量を半分程度に減らしながら、そのつど水を飲む。
つまり空腹感を、水で補う。
もっとも空腹感そのものは、脳の中の視床下部で感知している。
血糖値があがれば、空腹感は消える。
だから水を飲んだからといって、空腹感が消えるわけではない。
しかし胃の膨満感は、食欲中枢を満足させる。
つまり空腹感が消える(?)。
現象的には、ほぼ正しい。
水を飲んでいると、空腹感が消える。
……ということで、このところ私は食事中、水をたくさん飲む。
1食とるごとに、1リットル程度は飲む。
たとえば回転寿司屋へ行く。
1〜2個食べるごとに、お茶か水を飲む。
コップ1杯程度、飲む。
それを繰り返していると、やがてすぐ、空腹感が消える。
消えたところで、食事をやめる。
だからいつもなら、一食で4〜5皿食べているのが、こうすることによって、2〜3皿
ですむ。
だから『水・ダイエット法』。
もともと私は水をたくさん飲む。
夏場になると、ときには、1日、3〜4リットル(ペットボトル2本分)も飲む。
若いころから、そういう胃袋になっている。
そういう人には、このダイエット法が有効。
ただし「水太り」というのも、あるそうだ。
水を飲んだだけで、太る。
そのせいかどうかはわからないが、昨日1日だけで、1キロも太ってしまった。
理由は、昨夜その回転寿司屋で、プラス、うどんを一杯食べたこと。
明太子と半熟卵が入っていた。
おいしかった。
それを一杯、食べてしまった。
それで1キロも太ってしまった。
●映画『トランスフォーマー』
昨夜、映画『トランスフォーマー(3D)』を観てきた。
あらかじめあらすじを読んでいたからよかったようなものの、もし読んでいなかったら、
何がなんだか、よくわからない映画になっていたはず。
字幕の日本語も、わかりにくかった。
が、それ以上に動きが激しくて、字幕を読んでいる余裕がなかった。
「すごい映画」という点で、星は4つの、★★★★。
で、批評。
善玉のロボットと、悪玉のロボットを、もっとわかりやすくしてほしかった。
たとえば善玉は黄系統、悪玉は赤系統、と。
サッカーにたとえるなら、双方のチームが同じユニフォームを着ているような感じ。
それがたがいに目まぐるしく動き回る。
目が離せなかった。
そういう映画だった。
●平和主義
宇宙人になるための第一の条件。
それが平和主義。
徹底した平和主義。
人間のように50年に一度、世界戦争を繰り返しているような生物は、ぜったいに宇宙人
になれない。
宇宙へ飛び出し、宇宙人になる前に、自滅する。
大量破壊兵器を使って、自滅する。
それこそ右の頬を打たれたら、左の頬を差し出す。
それくらいの平和主義をもたなければならない。
言い換えると、もし宇宙人が(そこに)いるとするなら、人間とは比較にならないほど平
和主義であるはず。
宇宙を自由に行きかう生物である。
もっている兵器も、それに比して強力なもの。
地球など、その気になれば一瞬にして消すこともできる。
そんな生物どうしが戦争をしたら、どうなるか。
映画『トランスフォーマー』の中に出てくる宇宙生物(機械生物)は、その点、きわめ
て好戦的かつ暴力的。
もしあんな生物が現実にいたら、あっという間に、自滅する。
つまり映画『トランスフォーマー』は、そういう点で、論理的に矛盾している。
まさに人間の発想に基づく映画ということになる。
言い換えると、人間には、宇宙人になる資格なし。
人間のような生物が宇宙へ飛び出したら、それこそ宇宙は、メチャメチャになってしまう。
●図説『東洋医学・基礎編』
ワイフは今、『聖書の世界』(G社)という本を読んでいる。
冒頭に「図説」と書いてある。
それを見て、私が書いた『図説・東洋医学・基礎編』(G社)という本を思い出した。
本文中の1ページを除いて、すべて私が書いた。
その1ページには、YD氏という当時の東洋医学会の会長の署名を入れた。
YD氏はその1ページ以外、何も書いていない。
私なりの精一杯の抵抗であった。
当時の編集長がこう言った。
「君の名前では本は売れない」「これは医学書だ。この本で患者が死んだら、君は責任を取
れるか」と。
それでその原稿を、G社に売った。
私はその本では、「企画・構成者」になった。
私には屈辱的な出版方法だった。
そこで10年ほど前、学研に「名誉を挽回してほしい」と、出版管理室に手紙を書いた。
「名誉を挽回して、私を著者にして戻してほしい」と。
が、簡単に却下されてしまった。
契約書が残っていた。
契約書にはさからえない。
「図説」「G社」という文字を見て、そんなことを思い出した。
しかし、言うなれば、これも今でいう(ヤラセ)。
(インチキ)。
が、30年前の当時は、そういう形で本を出すのが、一般的だった。
無名の著者が、有名な(=権威者)の名前を借りて本を出す。
G社は、私もその1人と誤解した。
●『目で見る漢方診断』(飛鳥新社)
が、元原稿は残っていた。
そこで私は、さらに5年ほどかけ、新しい本を書いた。
それが『目で見る漢方診断』である。
『磯野家の謎』という本で大ヒットを飛ばした、あの飛鳥新社。
あの飛鳥新社で出してもらった。
が、現実はきびしかった。
やはり私の名前では売れなかった。
当初、数週間は、飛ぶように売れたが、そこでストップ。
そのまま廃刊に。
が、それから25年。
今でもその本は、中古本の世界で、7000円前後(アマゾンCOMほか)で、売買され
ている。
現在、その本は、全ページ、HPのほうに収録してある。
興味のある人は、ぜひ見てほしい。
黄帝内経・素問・霊枢に忠実に準拠した。
漢方のバイブルと呼ばれている本である。
言い忘れたが、『目で見る漢方診断』が廃刊になるのを見届けて、私は東洋医学の世界か
ら足を洗った。
数冊の本を残して、書籍、資料、すべて処分した。
●思い出こそ、真の財産
処分したといえば、最近、アルバムの整理をしている。
昨夜も2冊、整理した。
これにはひとつ、理由がある。
私の父は、63歳のとき、他界している。
現在、私もその63歳。
「ああ、親父が死んだ年齢になったんだな」と、思う。
このところ、よくそう思う。
だからというわけでもないが、このところ身辺の整理を始めるようになった。
アルバムの整理もそのひとつ。
大切な写真は、スキャナーで読み込み、動画化(スライド化)している。
それ以外は、……長男がほしいと言ったので、長男に渡した。
残った写真は、近く二男に送るつもり。
が、これにも私なりの理由がある。
2年前、実家を売却した。
そのときのこと。
母はモノを大切にした人だった。
戦中派の人間は、共通して、みな、そうだ。
そのほとんどは、姉が持ち去っていたが、それでもかなりのモノが、残っていた。
私はアルバム類をのぞいて、それらをすべて近所の人たちに分け与えた。
道路沿いに並べ、「ご自由にお持ち帰りください」と張り紙をしたら、午前中までに、ほと
んどのモノが、消えた。
モノはモノ。
しかしアルバムは、モノではない。
だから今、私はアルバムの整理をしている。
思い出こそ、真の財産。
●老後準備から死後準備
老後準備は、自分でする。
今ではそれは常識。
が、さらに一歩進んで、死後準備。
死後の準備も自分でする。
そういう時代になりつつある。
孤独死、無縁死は当たり前。
葬儀をしないで、直接火葬するケースもふえてきている。
東京都では、約30%が、直葬という。
さらに家族がいても、葬儀費用が負担できず、直葬にするケースも多いという。
家族を責めてはいけない。
それまでの介護がある。
私の住む地域(浜松市)でも、こう言う。
「親の介護も2年つづくと、兄弟姉妹もバラバラ」と。
遺産相続問題がからむと、さらにバラバラ。
前にも書いたが、今では、本来相続権のない孫が、親をたきつけて、親の実家に対して
財産分与を求める裁判もふえている。
まだある。
今は、親が子を勘当する時代ではない。
子の方が、親との縁切りを宣言する。
つまりこうなってくると、私たちは私たちで、自分の老後を考え、死後を考える。
その準備をする。
……するしかない。
私のいとこの中には、死に装束すら、すでに自分で用意している人がいる!
●居直り
が、嘆くことはない。
今回の3・11大震災で、2万5000人もの人たちが亡くなった。
それを知ったとき、私は命のはかなさを、改めて思い知らされた。
かくも多くの、しかも罪のない子どもたちまで、一瞬にして、命を落とした。
そういう人たちがいることを知ると、では、「死」とは何かと、そこまで考えてしまう。
孤独死?
無縁死?
中には、家族全体で亡くなってしまった人たちもいる。
葬儀どころか、遺体もない。
言い換えると、もともと私たちの「命」というのは、そういうもの。
そう考えれば、ずっと気が楽になる。
何を隠そう。
この私だって、孤独死どころか、無縁死するのは、100%、確実。
私の死を悲しんでくれる人すら、いないだろう。
だったら、ここは居直って生きていくしかない。
わかりやすく言えば、今日は今日。
明日は明日。
今日、できることを懸命にしておけば、明日は確実にやってくる。
それ以上、何を望むのか。
望めるのか。
人間だけが特別と思うこと自体、まちがっている。
ありとあらゆる生物は、人知れず生まれ、人知れず死んでいく。
孤独死、無縁死、当たり前。
そのまま消えていく。
人間も、その一部に過ぎない。
●8月1日
朝はヒグラシの声で目が覚めた。
しばらく耳を澄ましていると、隣でワイフがモゾモゾと動いた。
「ほら!」と声をかけると、「うん」と。
で、それからまたひと眠り。
が、今度はトンビの声と、リスの声で目が覚めた。
トンビがピーヒョロ、ピーヒョロと鳴きながら、空を飛ぶ。
その間中、カン、カンとリスがなく。
きっとトンビがリスを捕まえたのだろう。
トンビの声は、勝ちどきを祝う、喜びの声。
リスの声は、あわれ、断末魔の叫び声。
今は、ウグイスが鳴いている。
一見のどかな世界に見えるが、自然界ではきびしい闘いがつづいている。
ウグイスにしても、あれは縄張りを主張するために鳴いている。
けっして人間を楽しませるために鳴いているのではない。
●寒い
山荘の朝は、寒い。
今朝もふとんをかぶって寝た。
が、それでも寒かった。
人間というのは勝手な動物だ。
自然をさんざん破壊しておきながら、今度は「暑い」という。
暑いから、エアコンを使う。
エアコンを使うから、電力不足。
それを補うために、つぎに原子力発電所?
その結果が今。
福島第一原発事故は、「安定している」という。
が、これはとんでもないウソ。
すでにチェルノブイリ事故の約半分程度の放射性物質が飛び散っている。
「被害」が現れてくるのは、これから。
徐々に徐々に、少しずつ。
体をむしばむガン細胞のように、やがて人体に影響が及んでくる。
汚染牛問題など、その序章にすぎない。
が、森が残っていれば、こんなにも過ごしやすい。
山荘に住んで20年になる。
が、クーラーが必要と感じたことは、一度もない。
どこかで基本的な考え方を改めないと、地球は本当に火星のようになってしまう。
●世界情勢
ネットでニュースを読む。
まあ、一言で言えば、世界情勢もメチャメチャ。
それもそのはず。
人口だけは、増えつづける。
70億人を突破した。
が、食糧は減ってきている。
穀物価格だけを見ても、この4、5年、2〜3倍に高騰している。
そこでわかりやすく言えば、世界中が自国通貨を、印刷しまくっている。
日本など、まだおとなしいほう。
その結果、世界中が、お金(マネー)でジャブジャブ。
ジャブジャブの大洪水。
通貨そのものが、信認を失ってしまった。
こんな時代に、世界大恐慌を予想しない経済学者はいない。
いたら、アホかバカ。
その第1波が、アメリカドルの「債務上限問題」。
土壇場の今日、何らかの決着が図られるはず。
しかしそれで問題が解決するわけではない。
先送りになるだけ。
即、EU(ギリシア、スペイン)が待っている。
そのあとを、この日本が追いかけている。
中国も、あぶない。
中東も、あぶない。
が、それとてすでに既定事実。
世界中がメチャメチャになったあと、日本はどう立ち上がるか。
立ち上がれるか。
それを日本は、国家戦略のひとつとして考える段階に入っている。
●帰り支度
時刻は午前7時。
ワイフが帰り支度を始めている。
が、こうなると、落ち着いて文など、書いていられない。
私も支度をしなければならない。
……帰る前に、やるべきことがいくつか、ある。
小屋の下に、タヌキかハクビシンが住んでいる。
イタチかもしれない。
何度穴を埋めても、つぎに来ると、大きく掘り返してある。
だからイタチごっこ?
今、どうしようかと、思案中。
どうしようか?
コンクリートのブロックで、小屋の縁の下を囲んでみよう。
はやし浩司 2011−08−01
Hiroshi Hayashi+++++++August 2011++++++はやし浩司・林浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●『2012年、日本経済は大崩壊する』(朝倉慶著・幻冬舎)
●私の夏休み、読書感想文
++++++++++++++++++++++++++++++++
このところのイチバンの関心事は、「経済」。
昨日は、市内の書店で、『2012年、日本経済は大崩壊する』
(朝倉慶著・幻冬舎)を買ってきた。
夜、寝る前に、後半部の3分の1ほどを読んだ。
「大崩壊」!
あるいは「大恐慌」!
どちらであるにせよ、すでに世界経済は一線を越えてしまっている。
日本経済にしても、引くに引けない状態。
暴走に暴走を重ね、最終的には「大破局」に向かってまっしぐら。
もうこれは可能性の問題ではない。
時間の問題。
私は2012年より早い段階に、そうなると思っているが、
遅れれば遅れるほど、被害は拡大する。
++++++++++++++++++++++++++++++++
●風評被害と損害賠償
現在、東北4県の牛肉が、「出荷停止」もしくは「自粛」状態になっている。
それについて政府は、「牛の買い取り」もしくは、「損害補償」という言葉を、口にしてい
る。
それを受けてか、昨日(8月1日)、この静岡県でも、県として、東京電力に対して、損害
賠償を請求すると言い出した。
しかしものごとは、常識で考えたらよい。
何も損害賠償を請求することが悪いというのではない。
当然、加害者がいて、それに基づく損害が発生すれば、損害賠償の請求事案となる。
損害賠償を請求して当然。
が、端的に言えば、そんなお金(マネー)、どこにある?
東京電力は、すでに破産状態。
日本政府にすら、ない。
朝倉氏の本を読んで、私はさらにそれを確信した。
●日本のデフォルト(国家破綻)
この3月、3・11大震災の数日前、私はすべての持ち株を売り払った。
日本国債の買い手がつくかどうか、微妙な段階に入っていた。
もしつかなければ、そのまま国家破綻。
日本経済は、まさに崖っぷちに立たされていた。
私が持ち株を売り払ったのは、私なりに「あぶない!」と感じたからである。
そんなとき、あの3・11大震災が起きた。
日本中がひっくり返った。
が、ここで異変が起きた。
大震災の翌日、間を置かずして、日本政府は30兆円もの現金を市中にばらまいた。
それ以前から日本政府は、そのタイミングを見計らっていた。
が、アメリカに遠慮して、それができなかった。
が、あの大震災。
日本政府はまさに「このとき」とばかり、お金を市中にばらまいた。
もちろん株価は大暴落。
が、そのため一時的にではあるにせよ、日本はデフォルトを先延ばしにすることができた。
銀行はそのお金で、国債を買い支えることができた。
平たく言えば、そういうこと。
日本経済は、今、そういう流れの中にある。
(このあたりは、私というド素人の意見なので、あまり本気にしないように! ごめん!)
●国にも、お金(マネー)がない!
大震災の復興費用だけで、今の今でさえ、いくらかかるか、わかっていない。
40兆円以上というのがおおかたの見方だが、100兆円という説もある。
消費税を5%前後あげたくらいでは、まさに焼け石に水。
復興税にしてもそうだが、今ここで増税に走れば、それこそ日本経済の息の根を止めてし
まう。
わかりやすく言えば、賠償金額をどの程度にするかという問題もあるが、今の日本には、
それを支払うお金は、ない。
ないとすれば、国債(=国の借金)の増刷しかない。
が、すでにその国債も、天文学的数字を超えている。
ならば奥の手。
つまり人工的にハイパーインフレを引き起こし、国の借金を2分の1、さらには3分の
1にする。
こうなると真っ先に悲鳴をあげるのが、年金族の人たち。
今まで30〜50万円(月額)の年金を受け取っていた人でも、実質、10万円程度の受
取額になる。
あるいはそれ以下になる。
「タクシーの初乗りが、1万円」。
そうなる。
●朝倉氏の意見
朝倉氏は、資産を現物資産、とくに金、もしくはプラチナに換えろと説く。
が、これはあまりにも常識的な意見。
それがわかっているから、金、プラチナの先物市場は、目下大暴騰中!
世界中の余剰資金が、怒濤のごとく金やプラチナの先物市場に流れ込んでいる。
こんなときに金やプラチナに手を出せば、かえって大やけどをする。
その危険性もある。
(プラチナについては、現在、やや割安感はあるが……。)
……というか、私のようなド素人が、手を出して利益を出せるような世界ではない。
この文を読んでいる、あなたにしてもそうだろう。
周りの世界がガタガタしてきたら、静観を決める。
とりあえず、まだみなが気がついていないことを先に読む。
読んで行動に移す。
それに現物資産に換えるといっても、元金がなければ、どうしようもない。
現在、金(ゴールド)は、グラム4255円、プラチナは4770円。
1キロで、425万円、477万円。
金1キロで、最高級車が1台買える!
ではどうするか……ということで、ここからが私たち庶民の発想。
とりあえず、私とワイフは、これからショッピングセンターに行く。
米(ライス)を買ってくる。
東北地方の新米が出回る前に、20キロほど調達してくる。
政府は放射線検査をすると言っているが、あまりアテにならない。
基準値以下でも、放射能は放射能。
そういった食品を複合的に摂取すれば、基準値を超える。
先週の「週刊現代」誌によれば、海産物(魚類)の中にも、基準値を超えたものが、見つ
かるようになったという。
汚染牛に汚染米、それに汚染魚……。
野菜だって、あぶない。
この先、それがどんどんと広がっていく。
が、大崩壊にせよ、大恐慌にせよ、はたまた大破局にせよ、それもいつまでもつづくは
ずはない。
1〜3年のしんぼうということか。
1〜3年で落ち着く。
言い換えると、何とか、その1〜3年を生き延びる。
そのあとはそのあとで、またがんばればよい。
朝倉氏の『2012年、日本経済は大崩壊する』を読んで、そういう感想をもった。
Hiroshi Hayashi++++++Aug. 2011++++++はやし浩司・林浩司
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 10日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【人生はドラマ】2011/07/23記
●心が通わない子ども
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私は最近まで、幼稚園の年中児(4歳)から、
高校3年生の子どもまで、連続して教えていた。
幼稚園の講師の仕事が終わると、午後は中学生や
高校生を相手にした、進学塾で講師をしていた。
やがて幼稚園を卒園した子どもをそのまま教える
ようになり、それが中学生や高校生へとつながって
いった。
年数にすると、2年(幼稚園)+9年(小中学校)
+3年(高校)=14年となる。
14年!
私にとっても長い年月だが、子どもにとっても
そうである。
あるOB(当時30歳くらい、男性)は、
私の家に遊びに来て、こう言った。
「ぼくは、100%、先生の影響を受けました」と。
そのOBも、私の教室に、14年間通ってくれた。
そこで私が、「どういう意味だ?」と聞くと、
こう答えた。
「気がついてみると、ものの言い方、考え方、
すべて先生のまま。自分でもおかしいほど、
先生のまねをしています」と。
++++++++++++++++++++
●人生はドラマ
人生も、最後には、「人」に行き着く。
もちろん名誉や地位や肩書きではない。
財力でもない。
「人」である。
そのポイントとなるのが、「心」。
同じ「人」といっても、心を閉ざしていたのでは、ドラマは生まれない。
ドラマを作り出すためには、まず心を開く。
開いて、相手の心を受け入れる。
あるいは反対に、飛びこんでいく。
ドラマはそこから生まれる。
生きる意味も、そこから生まれる。
●記憶に残る子どもvs残らない子ども
長くつきあったから、その分だけ人間関係が濃密になるかというと、そういうことはな
い。
いくら長くつきあっても、記憶に残らない子どもは、残らない。
一方、短い年数でも、記憶に残る子どもは、残る。
そのちがいは、何か。
何によって、そういうちがいが生まれるか。
それが「心」ということになる。
●遊離
たとえば幼稚園の年長児。
年齢的には、5歳児と6歳児ということになる。
そのうちの30%前後は、うまく心がつかめない。
教える側からすると、何を考えているか、よくわからない。
さらに自閉傾向のある子どもとなると、(自閉症児ではない)、10〜20%はいる。
このタイプの子どもは、心を閉ざしてしまっている。
さらに症状が進むと、心と表情が遊離する。
心で思っていることと、顔の表情が、チグハグになる。
不愉快に思っているはずなのに、ニンマリと笑っている、など。
が、それだけではない。
とても残念なことに、このタイプの子どもは、それこそ10年教えても、何も残らない。
「時間」だけが、切り取ったように過ぎてしまう。
●記憶
正直に告白する。
これは多分に、私の脳みその老化とも関係があるのかもしれない。
しかしたった1年前に別れた子どもなのだが、名簿を見て、「エッ、そんな子いたの?」と
思うことが、しばしばある。
名前どころか、顔さえ、忘れてしまう。
ワイフは、そういう子どもを「通りすがりの子」と呼んでいる。
何かを学ぶために私のところへ来て、1年なら1年を過ごす。
が、そのまま去っていく。
相手の子どもにしても、そうだろう。
心には、双方向性がある。
私のことなど、別れたとたん、忘れてしまう。
たとえば私の息子たちも子どものころ、体操教室や水泳教室へ通ったことがある。
ワイフと2人で、よく参観させてもらったことがある。
しかし講師の先生となると、名前はもちろん、顔すら思い出せない。
●ドラマ
こうした(ちがい)は、どうして起きるのか?
……と、あえて問うまでもない。
記憶に残るかどうかは、ドラマによる。
ドラマが互いの関係を、深くする。
が、ドラマといっても、よいドラマとはかぎらない。
悪いドラマのときもある。
たとえば喧嘩や騒動など。
皮肉なことに、こと「教育」に関していうなら、何か問題があり、四苦八苦した子どもの
ほうが、印象に残る。
親とのトラブルでもよい。
(好ましいわけではないが……。)
自分の子育ても、これに通ずる。
人生論も、これに通ずる。
『平凡は美徳だが、平凡な人生からは何も生まれない』(某賢者)。
●心を通わせる
一方、私も60歳を過ぎた。
もうすぐ64歳になる。
無駄にできる時間は、ほとんどない。
たとえていうなら、「命の砂時計」。
その砂時計から、刻一刻と、命の砂が上から下へと落ちていく。
だから教えていても、そこに何かのドラマを感じていたい。
生徒も、「通りすがりの子」(ワイフ)であっては、いけない。
またそんな教育には、意味がない。
わかりやすく言えば、心を通わせる。
先にも書いたように、子どものほうが心を閉じているばあいは別として、たがいに心を通
わせる。
いや、あるいは閉じているばあいは、こちらからこじあけてでも、心を通わせる。
ドラマはそこから生まれる。
ただ教えるだけの教育には、意味がない。
お金儲けにはなるかもしれないが、それもまた虚しい。
このことは、先にも書いたように、人生論そのものにも通ずる。
●2つの生き方
夫婦にしても、そうだろう。
親子にしても、そうだろう。
親戚づきあいにしても、そうだろう。
大切なのは、ドラマ。
心の通いあい。
それがあれば、よし。
生きる意味も、そこから生まれる。
が、それがなければ、それこそ時間の無駄づかい。
若いときなら、まだよい。
時間に余裕がある。
が、年を取ると、そうではない。
時間を無駄にしたりすると、「しまった!」と思う。
が、ここで2つの考え方が、生まれる。
ひとつは、のんびりと、好き勝手なことをして余生を送るのがよいという考え方。
もうひとつは、刻一刻を争って、何か有意義なことをするのがよいという考え方。
この2つを両極端とするなら、もちろんその中間的な生き方もある。
あるいはこの2つを織り交ぜながら過ごすという生き方もある。
●ボケ
が、ここで、とんでもない伏兵が現れることがある。
「ボケ」という伏兵である。
いくら自分でそうであってほしくないと思っても、脳みそのほうが勝手に衰えていく。
これは私の年齢に者にとっては、恐怖以外の何ものでもない。
(というか、脳のCPUそのものが衰えるため、衰えていること自体に気がつかないこと
もある。)
となると、今度は、時間との闘いということになる。
今日できることは、今日する。
けっして、明日に延ばさない。
そこでただただ願う。
「どうかボケませんように」と。
というのも、この問題だけは、運と確率の問題。
自分の力では、どうしようもない。
●有意義に生きる
では、有意義に生きるためには、どうすればよいか。
「有意義」ということは、つまりは、「ドラマを残すこと」を意味する。
そこで私のばあい、(あくまでも私のばあいだが)、いつも自分にこう問いかける。
「だから、それがどうしたの?」と。
何かをする。
そのとき「だから、それがどうしたの?」と。
何かをした人を見る。
そのとき「だから、それがどうしたの?」と。
そう問いかけてみたとき、スーッと空気が漏れるように、それが消えてしまうことがあ
る。
反対にドシンと音を立て、ズシリとその重さを感ずることがある。
こうして時間の使い方を、そのつど選択していく。
ただこの方法が、みなに有効とは思わない。
それぞれの人には、それぞれの生き方がある。
考え方がある。
大切なことは、それが自分のものと異なっていても、認めあうこと。
相手に自分の考え方を押しつけないこと。
何をスーッと消えていくように感ずるか。
反対に、ズシリと重く感ずるか。
それも、人それぞれ。
しかし「だから、それがどうしたの?」と問いかけてみると、何が大切で、また何がそ
うでないかが、割と的確に判断できる。
一度、試してみてほしい。
●終わりに
人生も、最後には、「人」に行き着く。
もちろん名誉や地位や肩書きではない。
財力でもない。
「人」である。
その「人」とのドラマにこそ、意味がある。
だから私はつぎの言葉を導いた。
『人生はドラマ』と。
私のメールの署名にところにもそう書いている。
「Life is full of Dramas.」と。
「人生はドラマが一杯」という意味である。
「人生にドラマを残したい」という願いをこめて、そう書いている。
どこか中途半端な締めくくり方だが、今朝の私はそう思う。
2011年7月23日早朝。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 人生はドラマ 心を開く 心
の閉じた子ども)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●7月20日(水曜日)
++++++++++++++++++
台風6号。
目下四国から紀伊半島に向けて、移動中。
このあたりでも断続的に、集中豪雨。
ザザーッと降って、そのあと小雨。
またザザーッと降って……の繰り返し。
今度の台風は、雨台風とか。
場所によっては、1100ミリも降った。
1メートル10センチ!
そのせいか今朝は涼しかった。
いくつか夢を見て、起きたのが午前7時。
++++++++++++++++++
●ミス
昨夜、原稿を10枚くらい書いた。
居間のノートパソコンで書いた。
USBメモリーにそれを保存した。
が、今朝になって原稿をさがしてみたが、その原稿がない!
SDカードに保存したのかもしれない。
パソコン本体に保存したのかもしれない。
OSはウインドウ・スターター。
「プログラムとファイルの検索」を使えば、簡単に見つかるはず。
しかし今朝は、それもめんどう。
居間まで行って、それをするのが、めんどう。
それにたいした原稿ではない。
最近、この種のヘマが多くなった。
頭がボケてきた(?)。
その可能性がないとは言わない。
ヘマだけではない。
何かにつけ、ミスも多くなった。
●スズメバチ
そうそう昨夜、小雨が降る中、スズメバチの巣を退治した。
ソフトボール大の大きさになっていた。
懐中電灯で照らしながら、殺虫剤を巣の入り口に向けて噴霧する。
容赦しない。
10〜20秒、それをつづけたあと、殺虫剤の口を直接巣の入り口につけ、さらに噴霧。
ハチは、殺虫剤に弱い。
そのあたりで巣が2つに割れ、殻のほうが下に落ちた。
残ったほうの巣を戦利品として、持ち帰る。
中に、40〜50匹の幼虫がいた。
4〜5匹は、すでに成虫の姿になっていた。
ワイフが「食べる?」と聞いた。
「いやだね」と、私は答えた。
殺虫剤漬けの幼虫など食べたら、私のほうが死んでしまう。
●BW 教室
小学1年生に、グラム(重さ)を教えてみた。
小3のテキスト用を使ってみた。
楽しかった。
おもしろかった。
子どもたちを適当にからかいながら、レッスンを進めた。
(1)
<iframe width="425" height="349"
src="http://www.youtube.com/embed/WetQ_fveOQ0?hl=ja&fs=1" frameborder="0"
allowfullscreen></iframe>
(2)
<iframe width="425" height="349"
src="http://www.youtube.com/embed/hTsUXcw37aU?hl=ja&fs=1" frameborder="0"
allowfullscreen></iframe>
(3)
<iframe width="425" height="349"
src="http://www.youtube.com/embed/YCr_cy8yRKE?hl=ja&fs=1" frameborder="0"
allowfullscreen></iframe>
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●ものを書く意味(今朝のグチ)
++++++++++++++++++
ときどき、私にこう聞く人がいる。
「はやしさんは、あんなことをしていますが、
どういう意味があるのですか?」と。
「あんなこと」というのは、私が原稿を
書いたり、ビデオをYOUTUBEに
載せていることをいう。
で、私はそのつど、こう答えることにしている。
答えは用意してある。
「ボケ防止のためです」と。
が、ときどきそういう人の中に、ある種の
悪意を感ずるときがある。
「あんなこと」イコール、「無駄なこと」と。
そこで今度、だれかにそう言われたら、
逆にこう聞き返してやろうと、心に決めている。
「では、あなたはどんな意味のあることを
しているのですか?」と。
……と思っていたら、数日前、同じ質問を
した男がいた。
昔から、どこかイヤミな男だった。
年齢は私と同じ、63歳。
「はやしさんは、あんなことをしていますが、
どういう意味があるのですか?」と。
「ボケ防止のためです」と答えた。
が、つぎの言葉が出てこなかった。
「あなたは、どんな意味のあることをしていますか?」と。
それを聞くつもりだったが、その言葉が出てこなかった。
どうしてだろう。
所詮、私がしていることは、(あんなこと)なのだろうか?
++++++++++++++++++++
●誤解
つぎの話しは前にも書いた。
が、もう一度、ここに書く。
私の家の横は、かなり広い空き地になっている。
竹やぶで、雑草で覆われている。
そのため格好のゴミ捨て場。
いろいろな人が、いろいろなゴミを捨てていく。
で、ある日、そのゴミを拾っていると、突然、車が止まった。
見ると50歳くらいの男だった。
その男が、車の中から、こう言った。
「ちゃんと草くらい、刈っておけよ!」と。
その男は、その空き地を私の土地と思ったらしい。
が、そこは私の土地ではない。
「ハア〜?」と思っているうちに、その男は車で、走り去っていった。
ときに雑草が、道の3分の1ほども覆うことがある。
男はその草のことを言った。
●電話相談
50代のころ、私は電話相談を受けていた。
口コミでそれが広がり、ほとんど毎日のように、電話がかかってきた。
が、電話相談というのは、1時間程度ではすまない。
……というか、平均して1時間ほどかかる。
が、そのうち夜中までかかってくるようになった。
10時とか11時とか……。
で、私は時間制限を設けた。
午前中の10時から12時まで、と。
あくまでも自分の心積もりとして、それを決めた。
しかしそんな時間帯を守ってくれる人はいなかった。
さらに名前を言う人は、ほとんどいなかった。
言っても、みな、偽名。
それはそれでしかたのないことだが、一度電話を受けると、そのあと2度、3度とかかっ
てきた。
この段階で電話相談を断ったりすると、たいていの人は怒り出す。
「どうして相談に乗ってもらえないのですか!」と。
返事が数日遅れただけで、怒ってきた人もいた。
(本当だぞ!)
で、ある日、私は心を鬼にして、電話相談をやめた。
つらい決定だったが、やむをえなかった。
が、この状況は、今も基本的には同じ。
●転載、不許可
最近は、メールでのやりとりが中心。
だから相談ごとは、掲示板か、専用のフォームに書いてもらうことにしている。
が、ここでも問題が起きる。
返事を書き、相手にそれを送る。
送ったあと、私はBLOGに載せようと、転載許可を求める。
その段階になって、「転載は断ります」と。
そこで私のほうで、さらに内容を変える。
名前や住所を変えるのは当然。
家族構成を変えたり、年齢を変えたりする。
それでも「転載は断ります」と。
相手が遠方の人だと、電話代もバカにならない。
最近の若い親は、携帯電話を使う。
そのやりとりがつづく。
また、返事といっても、私のばあい、最低でも2時間は費やす。
その2時間を使った原稿が、パーになる。
だから最近は、転載してよいかどうか、最初に、確かめる。
が、これについても、「転載を断ったら、返事がもらえないのですか!」と。
で、私が「そうです」と答えると、それについても怒ってしまう人がいる。
「私は1時間もかかって、あのメールを書いたのです」と。
●無料
この世の中、時としてまじめに生きるのが、バカらしくなる。
が、それで腹を立てていたのでは、生きていかれない。
叩かれても叩かれても、さらに頭をさげる。
こうしてものを書いているのは、結局は自分のため。
ボケ防止のため。
相談にしても、私には貴重な情報源。
それにほとんどの人は、そのあとていねいな礼状をくれる。
それがまたうれしい。
励みになる。
(もちろん返事を書いても、何の礼もない人も、これまた多いが……。)
が、ただひとつだけ誤解しないでほしいことがある。
私は何百回も(?)相談を受けてきた。
が、ただの一度も金銭を受け取ったことはない。
1円たりとも、受け取ったことはない。
これからも受け取るつもりはない。
【相談をくださる方へ】
実際には、相談を断ったことは、めったにない。
……というか、断ったことはない。
だからといって、この先、返事を書くと約束はできない。
忙しいというより、体力的な限界を感ずることが多くなった。
そこで、お願い。
それは相談ごとがあれば、必ず「相談フォーム」を使って、連絡してほしい。
掲示板への書き込みなら、さらによい。
いちいち掲載許可を求めるのも、たいへん。
あらかじめ相談の内容を、転載しても問題がないように書いてほしい。
そうすれば、私も、もっとみなさんの相談に協力できる。
ということで、どこかグチぽい話しになってしまった。
今朝の私は、どこか気分が重い。
……とかくこの世の中、何かにつけ、生きにくい。
それが心のガードを弱くする。
ちょっとしたことで、傷つき、やる気をなくす。
元気なときは、まだよい。
そうでないときは、そうでない。
●愚痴(グチ)
ついでにグチをひとつ……。
今朝のニュースによると、何でも福島県産の野菜が、10〜15%前後の高値で取り引
きされているとか。
(安値ではなく、高値だぞ!)
理由は、「福島県の人たちを応援するため」とか。
しかしそれはちょっと待ってほしい。
福島県の人たちを応援することには、異存はない。
その気持ちは、よくわかる。
私も応援したい。
が、少し意味がちがうのでは?
いくら応援が目的でも、仲買業者の一存だけで、放射能汚染の疑いがある野菜を、そのま
ま全国へ流してもらっては困る。
少なくとも、安全検査を済ませてからにしてほしい。
つまり私が心配するのは、こういうこと。
一品種ごとにはたとえ少量であっても、それが多品種になれば、その分だけ、放射性物
質の摂取量は合算され、多量になるということ。
たとえば放射能汚染の疑いがある牛肉についても、そのほとんどが、すでに消費者の胃袋
の中に入ってしまったという。
しかもまだ検査態勢が整っていなかった、5〜6月中に、だ。
さらに汚染牛肉と知りながら、それをわざと遠くの県に飛ばしたのではないかという疑
いもある。
東北地方では売れない。
だから山口県や福岡県までもっていって売った?
まだある。
放射能汚染の疑いがあるから、飼育業者たちは、あわてて牛を売り飛ばした?
中には6月〜7月に、すべての牛を売り飛ばした業者もいる。
牛だけではない。
飼料のワラにしてもそうだ。
飼料のワラガ汚染されているのがわかったのは、7月に入ってからである。
もちろん飼育業者の人たちは、原発事故の被害者である。
今のこの段階で、責任を問うのは、あまりにも過酷。
責めるべきは、東京電力であって、飼育業者の人たちではない。
が、それでも、何かスッキリしない。
モヤモヤしたものが心に残る。
というのも、仲買業者の人たちしても、加害者の部分もないとは言い切れないのでは?
原発事故のあと、避難するため厩舎を放棄した業者も多い。
厩舎に残された牛は、そのまま餓死。
ハッポースチロールを食べて死んだ牛もいるというが、その一方で、外部へ解き放たれた
牛もいるという。
そういう牛を集め、(=盗み)、どこかへ持ち去った業者もいるという(報道)。
故意とまでは言えないが、薄い故意のようなものを感ずる。
たとえば法律の世界には、「未必の故意」と言葉がある。
行為者が事実の発生を積極的に意図、希望したわけではなくても、自己の行為から発生す
るかもしれないと思い、発生してもしかたないと認めて行為する。
そういう心理状態を、「未必の故意」という。
過失とは一線を引く。
(食)を生産する者には、それなりの重大な責任が課せられる。
「知らなかった」「国からの指示はなかった」では、すまされない。
そういう部分が、どうしても残る。
で、私も昨日、スーパーで買い物をしたとき、こんなことを感じた。
ふつうニンニクというと、東北産のものと中国産のものがある。
東北産のものは、1個、300〜400円。
中国産のものは、安いときは、3〜4個が、100円。
東北産のニンニクのほうが、10倍ほど、値が高い。
が、それでも私たちは、できるだけ東北産のものを買っていた。
「東北産のものは、安全」「中国産のものは、農薬漬け」というふうに考えていた。
が、昨日はちがった。
東北産のものと中国産のものが並んで売られていた。
が、私の意識は明らかに逆転していた。
中国産のもののほうが、ずっと安全に見えた。
「いざ、買って食べる」という段階になると、「援助したい」という気持ちは消える。
ニンニクだけではない。
米もある。
ジャガイモもある。
それに、福島県というと、桃。
それぞれについては少量であっても、先にも書いたように合算されると、多量になる。
それがこわい。
……というか、仲買業者の人たちは、「応援」と称して、福島県産の農産物を食べているの
だろうか。
先にも書いたように、その気持ちはよくわかる。
しかし「情」だけでものごとを考えてもらっては、困る。
結論から先に言えば、これも先にも書いたように、「安全と確認されてから」市場に流して
ほしい。
たとえば野菜の表面に、「検査済み。1キログラムあたり、〜〜ベクレル以下」というよう
なラベルが貼ってあれば、よい。
私たちは、それを見て、安心して買う。
たとえ福島県産であっても、安心して買う。
そういう検査態勢を、一日も早く確立してほしい。
またそのほうが、真の「応援」ということになる。
ずいぶんと回りくどい書き方をした。
この問題はデリケートな問題でもある。
しかしこんなばあいを考えてみればよい。
あとになって、「東北産のニンニクから、1キログラムあたり、暫定基準値を150倍も上
回る放射線量が観測されました」と言われたら、あなたはどう感ずるだろうか。
東北産の農産物をますます信用しなくなるだろう。
つまりそのほうが、損か説くかということになれば、損に決まっている。
願わくは、ここは正直に行動してほしい。
その正直さが私たちに伝わったとき、それが真の「援助」につながる。
私たちも喜んで、また多少値段が高くても、また福島県産の農産物を買うようになる。
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●7月23日
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
午後、庭の草刈りをした。
ついでに隣の竹やぶの雑草も、刈った。
いつもより2倍ほど時間をかけ、ていねいに草を刈った。
そのせいか、仕事を終え、部屋へ戻ると気分が悪くなった。
軽い吐き気がした。
気温は30度くらいだったと思う。
そのあと1時間ほど横になって眠った。
いくつか夢を見た。
内容は忘れた。
横を見ると、ワイフも昼寝をしていた。
私は起きあがった。
どこかふらつく足取りで居間へ。
吐き気はそのままだった。
あとについて起きてきたワイフはこう言った。
「熱中症よ」と。
・・・私の体もヤワになったものだ。
これしきの暑さで、熱中症?
幸い冷たい水を飲んだら、吐き気は収まった。
気分が悪いのも、収まった。
ハハハ。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●山荘で
ワイフはビデオを観ていた。
ジャン・レノ主演の『バレッツ』。
フレンチマフィアの抗争映画。
見ごたえがあった。
星は3つの、★★★。
その映画を横で観ながら、私はパソコン雑誌に読みふける。
ここへ来る途中で買った「週刊・アスキー」。
今週号は、モバイルPCを特集していた。
今すぐ欲しいわけではない。
それに昨夜も、ゆっくりと数えてみたが、今、私は10台のパソコンを現役で使用してい
る。
10台!
外出するたびに、そのときの雰囲気で選んで持ち出す。
今日のお供は、TOSHIBAのUX(10インチ)と、TX(15インチ)。
ここ数年は、ノートはTOSHIBA、デスクトップは、MOUSEと決めている。
デスクトップのほうは、用途に応じて、パソコンを使い分けている。
仕事用とネット用。
とくに仕事用は、厳重に管理している。
が、それでも事故は起きる。
先週も、起きた。
自分のHPを開いたら、「このサイトは危険」「開かないほうがよい」という警告文。
ギョッ!
驚いた。
よく読むと、「フィッシングサイトの可能性あり」と。
だれかがフィッシングサイトとして、虚偽の申告をした?
あるいはサイトそのものに、ボットを埋め込んだ?
そこで私はマイクロソフト社に、解除を要請した。
「心当たりがないなら、解除要請をしてほしい」と、警告文の横に、そうあった。
つづいて一度、サイトのファイルをすべて削除したあと、ファイルを、再アップロード
した。
こうすればボットが侵入していても、消えるはず。
それにしてもこの世界、油断もスキもあったものではない。
今では、メールを開いただけで、パソコン内の情報が盗まれることもある。
怪しいメールは、削除また削除。
何も考えず、削除。
それにかぎる。
言い換えると、件名には用件と自分の名前をきちんと入れる。
手紙の差出人と同じ。
手紙を出すときは、かならず差出人(=自分の住所と名前)を書く。
それと同じ。
それはこの世界の最低限のマナー。
そのマナーだけは、どうか守ってほしい。
●朝風呂
朝、起きると、土手の草刈りをした。
時計は見なかった。
終わって山荘に戻ると、ワイフがこう言った。
「まだ6時半よ」と。
知らなかった。
「涼しいうちに片づけよう」と、そう考えた。
そう考えて、起きるとすぐ草を刈った。
で、それが終わると、そのまま風呂へ。
いつもはワイフといっしょに入るが、今日は、ひとり。
ワイフの足に水虫ができた。
どこかの温泉で、もらってきたらしい。
(温泉にも、危険がいっぱい!)
のんびりと1時間ほどかけて入った。
日曜日の朝。
7月24日。
●虫(ハチ)
今ごろの季節は、ハチも活動期に入る。
そのため草を刈るといっても、完全防御。
雨合羽を頭までかぶり、その上から網の防止をかぶる。
が、ハチというのは、頭がよい。
攻撃してくるときは、手薄なところをめがけて、一直線に攻撃してくる。
数年前刺されたときには、ズボンの下。
さらにその数年前に刺されたときには、軍手の上。
赤外線を感知することができるのか。
それとも考えて攻撃してくるのか。
よくわからないが、ともかくも、頭がよい。
たかが「虫」などとあなどっていると、ひどい目にあう。
だから完全防御。
で、頭がよいといえば、家グモ(蜘蛛)。
逃げるときも、犬のように、こちらの動きを先に読んで逃げる。
よく「あんな小さな頭で……」と思う。
一説によると、「蚊」のような虫ですら、同じ働きをコンピュータにさせようとすると、何
十台もコンピュータが必要とか。
ハチやクモだったら、何百台かもしれない。
草刈りが終わってから、見回ってみると、2か所でハチが、ブンブンと飛び回っていた。
気がつかなかったが、その2か所で、ハチの巣もろとも、草を刈ってしまったらしい。
(危なかった!)
もっともハチといっても、細くて黒ぽいハチ。
このあたりの人は、「地バチ」と呼んでいる。
おとなしい性質で、スズメバチのような攻撃性はない。
●ダイエット
ダイエット効果が現れ始めた。
10日前には、67キロ。
今朝は65キロになっていた。
目標まで、あと2キロ。
できれば、一気に60キロまで。
体が軽くなったときの爽快感には、格別のものがある。
ただし(1)運動と、(2)栄養補給を忘れずに!
この10日間、運動量を、それまでの2〜3倍にふやした。
あとはダイエット用の栄養食。
ときどき食事もとるが、いつもの4分の1程度。
そう、たった2キロやせただけだが、体を軽く感ずる。
ワイフは、「脂肪が筋肉に変わったのよ」と説明する。
この意見に異論はない。
●朗読
家に帰って、ヒグラシの声と、草刈りの様子を背景に、朗読を録音した。
『子どもの心は、いつどのように作られるか』という題で書いた原稿を読んだ。
3部作。
YOUTUBEにUPしたので、ぜひ見てほしい。
『子どもの心は、いつどのように作られるか』を知れば、即、あなた自身がいつどのよ
うに作られたかも、わかる。
あなた自身も、かつては子どもだった。
近く、ある雑誌に載せてもらえる。
推敲に推敲を重ね、「これは!」と思ってもらえるような原稿に仕上げたい。
そのプロトタイプ(試作)の原稿ということになる。
どうか意見を寄せてほしい。
【子どもの心は、いつどのようにして作られるか?】
(あなたはいつ、どのようにして作られたか?)
(1)前編
<iframe width="425" height="349"
src="http://www.youtube.com/embed/-7Jut5o4biA?hl=ja&fs=1" frameborder="0"
allowfullscreen></iframe>
(2)後編
<iframe width="425" height="349"
src="http://www.youtube.com/embed/P6Nk6fsznIw?hl=ja&fs=1" frameborder="0"
allowfullscreen></iframe>
(3)補足
<iframe width="425" height="349"
src="http://www.youtube.com/embed/rvKXbigU3MA?hl=ja&fs=1" frameborder="0"
allowfullscreen></iframe>
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 子どもの心 はやし
浩司 子供の心 形成期)
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●7月25日
++++++++++++++++++++
今朝の経済各紙を読むと、「米債務問題が
重荷」「米債務問題を警戒」という文字が並ぶ。
野党共和党との会談も決裂。
オバマ大統領は、振りあげたコブシ(拳)を、
どうすることもできなくなってしまった。
このままアメリカは、デフォルト(債務超過)
に突っ走ってしまう?
それとも土壇場で、オバマ大統領は折れるのか。
++++++++++++++++++++
●貧困国・アメリカ
藤井巌喜(「超大恐慌の時代」)によれば、アメリカ人の7人に1人が、年収2万200
0ドル以下の貧困層に属するという。
現在の為替レート(78円/7月25)で計算すると、172万円。
これを12か月で割ると、月収14万3000円!
かなりきびしい額である。
そこでアメリカでは、「フードスタンプ」というのが発行されている。
「食料配給権」のことである。
その受給者が、「2010年11月に、4360万人となり、史上最高を記録した」(同書)
という。
失業率は改善したとはいえ、フードスタンプの受給者がふえたということは、それだけ「ワ
ーキングプア」の人たちが多いことを示す。
「働けど、働けど……」という状態ということになる。
●巨額の財政赤字
アメリカの財政赤字については、今さらここで論じても意味はない。
公表されている数字だけを見ても、まさに天文学的数字。
それに加えて地方財政もガタガタ。
アメリカでは、州単位、地方政府単位の独立採算制をとっている。
さらに個人の借金もふえつづけている。
つまり政府、企業、地方政府、個人、すべてが借金漬け。
藤井氏はこんな事実も指摘している。
「30日以内に、通常の収入以外に2000ドルの現金を工面できないと答えたアメリカ
人が、50・1%もいる」(全米経済調査局・5月23日付ウォールストリィート・ジャー
ナル)と。
2000ドル!
15万6000円!
アメリカ人の半数が、まさにギリギリの生活を強いられている!
●どうなるか?
来る8月3日に、オバマ大統領はどのような決断をくだすか?
それを知るひとつのヒントが、金(ゴールド)価格の上昇。
今朝の田中貴金属店のでの金価格は、グラム4301円(小売価格)。
「4301円」と聞くと、「そんなものかなあ」と思う。
が、ドルベースでみると、1オンス6000ドルを超えている。
仮に、数年前の1ドル=120円で計算しなおしてみると、グラム6616円になる。
1キロバーが、何と、660万円!
(TOYOTAのプリウスを2台買っても、まだおつりが来る。)
世界のお金(マネー)は、「ドルがあぶない」と読んでいる。
その資金が、貴金属市場へと流れている。
そう言えば、ガソリン(レギュラー)も、ここ数日、リッター155円を示している。
ほかにもあるが、すべての指標が、「アメリカの破綻」=「ドル帝国の崩壊」を示してい
る。
オバマ大統領に、何か奇策はあるのか?
唯一あるとすれば、第二次ITバブルの継続と、問題の先送り。
今の今も、インターネットのサービス会社が、何百万ドル単位で売買されている。
●ババを引く庶民
結局は、私たち庶民が、結局は最終的には被害者になる。
たいした情報も与えられず、最後のババを引く。
よい例が、銀行の窓口で売られていた外国債券(外債)。
リーマンジョック&ドバイショックで、大損をした人も多いはず。
そのせいか、最近は、すっかりなりをひそめている。
銀行へ行っても、外債の「ガ」の字もない。
では、今度は、どうか?
つまり8月3日は、どうか?
が、今度は、ババを引くのは、庶民ではない。
日本という「国」が引く。
何といっても、外貨(外貨準備高)が、1兆ドル強(2010年3月)もある。
が、これとて、公式の数字。
さらに各企業がもつ外貨まで含めると……?
ヘタをすると、そういったドルが、紙くずと化す。
第一に影響を受けるのが、銀行。
つぎに庶民の私たち。
もちろんそうならないことを願うが、経済界の論理は、私たちの常識の外にある。
この先、何が起きてもおかしくない。
その警戒心だけは、ゆるめないでおきたい。
2011年7月25日記
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【家庭内暴力】(後編)
● 子どもの心をはぐくむ法(アルバムをそばに置け!)
子どもがアルバムに自分の未来を見るとき
● 成長する喜びを知る
おとなは過去をなつかしむためにアルバムを見る。しかし子どもは、アルバムを見なが
ら、成長していく喜びを知る。それだけではない。
子どもはアルバムを通して、過去と、そして未来を学ぶ。
ある子ども(年中男児)は、父親の子ども時代の写真を見て、「これはパパではない。お兄
ちゃんだ」と言い張った。子どもにしてみれば、父親は父親であり、生まれながらにして
父親なのだ。
一方、自分の赤ん坊時代の写真を見て、「これはぼくではない」と言い張った子ども(年長
男児)もいた。ちなみに年長児で、自分が哺乳ビンを使っていたことを覚えている子ども
は、まずいない。
哺乳ビンを見せながら、「こういうのを使ったことがある人はいますか?」と聞いても、た
いてい「知らない」とか、「ぼくは使わなかった」と答える。
記憶が記憶として残り始めるのは、満4・5歳前後からとみてよい(※)。このころを境に
して、子どもは、急速に過去と未来の概念がわかるようになる。それまでは、すべて「昨
日」であり、「明日」である。「昨日の前の日が、おととい」「明日の次の日が、あさって」
という概念は、年長児にならないとわからない。
が、一度それがわかるようになると、あとは飛躍的に「時間の世界」を広める。その概念
を理解するのに役立つのが、アルバムということになる。話はそれたが、このアルバムに
は、不思議な力がある。
●アルバムの不思議な力
ある子ども(小五男児)は、学校でいやなことがあったりすると、こっそりとアルバム
を見ていた。また別の子ども(小三男児)は、寝る前にいつも、絵本がわりにアルバムを
見ていた。
つまりアルバムには、心をいやす作用がある。それもそのはずだ。悲しいときやつらいと
きを、写真にとって残す人は、まずいない。アルバムは、楽しい思い出がつまった、まさ
に宝の本。が、それだけではない。
冒頭に書いたように、子どもはアルバムを見ながら、そこに自分の未来を見る。さらに父
親や母親の子ども時代を知るようになると、そこに自分自身をのせて見るようになる。そ
れは子どもにとっては恐ろしく衝撃的なことだ。いや、実はそう感じたのは私自身だが、
私はあのとき感じたショックを、いまだに忘れることができない。母の少女時代の写真を
見たときのことだ。「これがぼくの、母ちゃんか!」と。あれは私が、小学三年生ぐらいの
ときのことだったと思う。
●アルバムをそばに置く
学生時代の恩師の家を訪問したときこと。広い居間の中心に、そのアルバムが置いてあ
った。小さな移動式の書庫のようになっていて、そこには一〇〇冊近いアルバムが並んで
いた。
それを見て、私も、息子たちがいつも手の届くところにアルバムを置いてみた。最初は、
恩師のまねをしただけだったが、やがて気がつくと、私の息子たちがそのつど、アルバム
を見入っているのを知った。
ときどきだが、何かを思い出して、ひとりでフッフッと笑っていることもあった。そして
そのあと、つまりアルバムを見終わったあと、息子たちが、実にすがすがしい表情をして
いるのに、私は気がついた。そんなわけで、もし機会があれば、子どものそばにアルバム
を置いてみるとよい。あなたもアルバムのもつ不思議な力を発見するはずである。
※……「乳幼児にも記憶がある」と題して、こんな興味ある報告がなされている(ニュー
ズウィーク誌二〇〇〇年一二月)。
「以前は、乳幼児期の記憶が消滅するのは、記憶が植えつけられていないためと考えら
れていた。だが、今では、記憶はされているが、取り出せなくなっただけと考えられてい
る」(ワシントン大学、A・メルツォフ、発達心理学者)と。
これまでは記憶は脳の中の海馬という組織に大きく関係し、乳幼児はその海馬が未発達
なため記憶は残らないとされてきた。現在でも、比較的短い間の記憶は海馬が担当し、長
期にわたる記憶は、大脳連合野に蓄えられると考えられている(新井康允氏ほか)。しかし
メルツォフらの研究によれば、海馬でも記憶されるが、その記憶は外に取り出せないだけ
ということになる。
現象的にはメルツォフの説には、妥当性がある。たとえば幼児期に親に連れられて行っ
た場所に、再び立ったようなとき、「どこかで見たような景色だ」と思うようなことはよく
ある。これは記憶として取り出すことはできないが、心のどこかが覚えているために起き
る現象と考えるとわかりやすい。
Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司
親の口グセが子どもを伸ばすとき
●相変わらずワルだったが……
子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、よい面を見せようとする。そうい
う性質を利用して、子どもを伸ばす。こんなことがあった。
昔、私が勤めていた幼稚園にどうしようもないワルの子ども(年中男児)がいた。友だ
ちを泣かす、けがをさせるは、日常茶飯事。それを注意する先生にも、キックしたり、カ
バンを投げつけたりしていた。どの先生も手を焼いていた。
が、ある日、ふと見ると、その子どもが友だちにクレヨンを貸しているのが目にとまった。
私はすかさずその子どもをほめた。「君は、やさしい子だね」と。数日後もまた目が合った
ので、私はまたほめた。「君は、やさしい子だね」と。それからもその子どもはワルはワル
のままだったが、しかしどういうわけか、私の姿を見ると、パッとそのワルをやめた。そ
してニコニコと笑いながら、「センセー」と手を振ったりした。
●子どもの心はカガミ
しかしウソはいけない。子どもとて心はおとな。信ずるときには本気で信ずる。「あなた
はよい子だ」という「思い」が、まっすぐ伝わったとき、その子どももまた、まっすぐ伸
び始める。
正直に告白する。私が幼稚園で教え始めたころ、年に何人かの子どもは、私をこわがっ
て幼稚園へ来なくなってしまった。そういう子どもというのは、初対面のとき、私が「い
やな子ども」と思った子どもだった。つまりそういう思いが、いつの間にか子どもに伝わ
ってしまっていた。人間関係というのは、そういうものだ。
イギリスの格言にも、『相手は、あなたが相手を思うように、あなたを思う』というのがあ
る。つまりあなたが相手をよい人だと思っていると、相手も、あなたをよい人だと思うよ
うになる。いやな人だと思っていると、相手も、あなたをいやな人だと思うようになる。
一週間や二週間なら、何とかごまかしてつきあうということもできるが、一か月、二か月
となると、そうはいかない。いわんや半年、一年をや。思いというのは、長い時間をかけ
て、必ず相手に伝わってしまう。では、どうするか。
相手が子どもなら、こちらが先に折れるしかない。私のばあいは、「どうせこれから一年
もつきあうのだから、楽しくやろう」ということで、折れるようにした。それは自分の職
場を楽しくするためにも、必要だった。もっともそれが自然な形でできるようになったの
は、三〇歳も過ぎてからだったが、それからは子どもたちの表情が、年々、みちがえるほ
ど明るくなっていったのを覚えている。そこで家庭では、こんなことを注意したらよい。
●前向きな暗示が心を変える
まず「あなたはよい子」「あなたはどんどんよくなる」「あなたはすばらしい人になる」
を口グセにする。子どもが幼児であればあるほど、そう言う。もしあなたが「うちの子は、
だめな子」と思っているなら、なおさらそうする。
最初はウソでもよい。そうしてまず自分の心を作りかえる。人間関係というのは、不思議
なものだ。日ごろの口グセどおりの関係になる。互いの心がそういう方向に向いていくか
らだ。が、それだけではない。相手は相手で、あなたの期待に答えようとする。相手が子
どものときはなおさらで、そういう思いが、子どもを伸ばす。こんなことがあった。
その家には四人の男ばかりの兄弟がいたのだが、下の子が上の子の「おさがり」のズボ
ンや服をもらうたびに、下の子がそれを喜んで、「見て、見て!」と、私たちに見せにくる
のだ。ふつう下の子は上の子のおさがりをいやがるものだとばかり思っていた私には、意
外だった。そこで調べてみると、その秘訣は母親の言葉にあることがわかった。
母親は下の子に兄のおさがりを着せるたびに、こう言っていた。「ほら、あんたもお兄ちゃ
んのものがはけるようになったわね。すごいわね!」と。母親はそれを心底、喜んでみせ
ていた。そこでテスト。
あなたの子どもは、何か新しいことができるようになるたびに、あるいは何かよいニュ
ースがあるたびに、「見て、見て!」「聞いて、聞いて!」と、あなたに報告にくるだろう
か。もしそうなら、それでよし。そうでないなら、親子のあり方を少し反省してみたほう
がよい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
前向きな働きかけ 強化の原理 子どもを伸ばす 伸びやかな子供)
Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司
親が過去を再現するとき
●親は子育てをしながら過去を再現する
親は、子どもを育てながら、自分の過去を再現する。そのよい例が、受験時代。それま
ではそうでなくても、子どもが、受験期にさしかかると、たいていの親は言いようのない
不安に襲われる。受験勉強で苦しんだ親ほどそうだが、原因は、「受験勉強」ではない。受
験にまつわる、「将来への不安」「選別されるという恐怖」が、その根底にある。
それらが、たとえば子どもが受験期にさしかかったとき、親の心の中で再現される。つい
先日も、中学一年生をもつ父母が、二人、私の自宅にやってきた。そしてこう言った。「一
学期の期末試験で、数学が二一点だった。英語は二五点だった。クラスでも四〇人中、二
〇番前後だと思う。こんなことでは、とてもS高校へは入れない。何とかしてほしい」と。
二人とも、表面的には穏やかな笑みを浮かべていたが、口元は緊張で小刻みに震えていた。
●「自由」の二つの意味
この静岡県では、高校入試が人間選別の重要な関門になっている。その中でもS高校は、
最難関の進学高校ということになっている。私はその父母がS高校という名前を出したの
に驚いた。「私は受験指導はしません……」と言いながら、心の奥で、「この父母が自分に
気がつくのは、一体、いつのことだろう」と思った。
ところで「自由」には、二つの意味がある。行動の自由と魂の自由である。行動の自由
はともかくも、問題は魂の自由である。実はこの私も受験期の悪夢に、長い間、悩まされ
た。たいていはこんな夢だ。……どこかの試験会場に出向く。が、自分の教室がわからな
い。やっと教室に入ったと思ったら、もう時間がほとんどない。問題を見ても、できない
ものばかり。鉛筆が動かない。頭が働かない。時間だけが刻々と過ぎていく……。
●親と子の意識のズレ
親が不安になるのは、親の勝手だが、中にはその不安を子どもにぶつけてしまう親がいる。
「こんなことでどうするの!」と。そういう親に向かって、「今はそういう時代ではない」
と言ってもムダ。脳のCPU(中央処理装置)そのものが、ズレている。
親は親で、「すべては子どものため」と、確信している。こうしたズレは、内閣府の調査で
もわかる。内閣府の調査(二〇〇一年)によれば、中学生で、いやなことがあったとき、「家
族に話す」と答えた子どもは、三九・一%しかいなかった。これに対して、「(子どもはい
やなことがあったとき)家族に話すはず」と答えた親が、七八・四%。子どもの意識と親
の意識が、ここで逆転しているのがわかる。つまり「親が思うほど、子どもは親をアテに
していない」(毎日新聞)ということ。が、それではすまない。
「勉強」という言葉が、人間関係そのものを破壊することもある。同じ調査だが、「先生に
話す」はもっと少なく、たったの六・八%! 本来なら子どものそばにいて、よき相談相
手でなければならない先生が、たったの六・八%とは! 先生が「テストだ、成績だ、進
学だ」と追えば追うほど、子どもの心は離れていく。親子関係も、同じ。親が「勉強しろ、
勉強しろ」と追えば追うほど、子どもの心は離れていく……。
さて、私がその悪夢から解放されたのは、夢の中で、その悪夢と戦うようになってから
だ。試験会場で、「こんなのできなくてもいいや」と居なおるようになった。あるいは皆と、
違った方向に歩くようになった。どこかのコマーシャルソングではないが、「♪のんびり行
こうよ、オレたちは。あせってみたとて、同じこと」と。夢の中でも歌えるようになった。
……とたん、少しおおげさな言い方だが、私の魂は解放された!
●一度、自分を冷静に見つめてみる
たいていの親は、自分の過去を再現しながら、「再現している」という事実に気づかない。
気づかないまま、その過去に振り回される。子どもに勉強を強いる。先の父母もそうだ。
それまでの二人を私はよく知っているが、実におだやかな人たちだった。が、子どもが中
学生になったとたん、雰囲気が変わった。そこで……。
あなた自身はどうだろうか。あなた自身は自分の過去を再現するようなことをしていない
だろうか。今、受験生をもっているなら、あなた自身に静かに問いかけてみてほしい。あ
なたは今、冷静か、と。そしてそうでないなら、あなたは一度、自分の過去を振り返って
みるとよい。これはあなたのためでもあるし、あなたの子どものためでもある。あなたと
子どもの親子関係を破壊しないためでもある。
受験時代に、いやな思いをした人ほど、一度自分を、冷静に見つめてみるとよい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
受験の再現)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
もう1作、添付します。
「家族」の重みについて書いた原稿です。
あくまでも参考のために。
(2009年3月に書いた原稿より)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
ある母親からの相談(A letter from a mother)
A mother who lives in Hiroshima, wrote to me as follows about her families, her half-
divorced husband, a boy who uses violence against her and another boy who has refused
to go to school for three years. She has old-aged parents but they are about to get
divorced soon. She does not know what to do but she sometimes thinks herself she
doesn't care to be killed by her boy. The circumstance where she is put is sad.
+++++++++++++++
広島県のEさんから、こんな
相談が届いています。
掲載許可をいただけましたので、
みなさんと、いっしょに、
Kさんの問題を考えてみたいと
思います。
どうか、力、ご意見を、お寄せく
ださい。
+++++++++++++++
(家族関係)
Eさんの実の両親は、現在、80歳を過ぎて、別居状態。
夫の父親は、すでに他界。夫の母親は、現在、ひとり暮らし。
Eさんには、2人の息子がいる。
長男は、はげしい家庭内暴力を繰りかえしている。
そのため、夫は、次男を連れて、家出。
次男は、3年間、不登校を繰りかえし、現在は転校し、その中学校に通っている。
まわりの人たちは、2人の子どもが、今のような状態になったのは、Eさんのせいだと、
Eさんを責めている。
+++++++++++++++
【Eさんより、はやし浩司へ】
次男は3年間の不登校をつづけ、今年の4月から、転校して登校しはじめました。
現在、次男は、中学3年生です。
次男の住民票を、私の実家に移し、それで転校できました。
住民票は実家に移しましたが、実際は、自宅から中学校へ通っています。学校までは、車
で10分くらいの距離ですが、バスを使うと30分以上かかります。
はじめはバスで通学していました。学校では、私の実家に住んでいるということにしてい
ます。
中学校の友だちには、そう言ってます。
学校から帰るときは、一度、実家に寄ることにしています。そこへ友達も遊びにくるよう
になったからです。で、そういうこともあり、結局、この6月ごろから、私が車で、実家
にいる次男を迎えにいくことになりました。
現在、私は父親と絶縁しております。
その実家には、母親しか住んでいません。
去年、父は家裁に離婚調停を起こし、母と現在別居しています。
父も、母も、現在、80歳を過ぎています。
調停員は、80歳をすぎた老夫婦の離婚調停は、はじめてだと言いました。
父の職業は、大工でした。
父の少年時代は戦時中で、兄弟も多く、生活も苦しく、長男の父は高校をやめて、大工の
修行をしたそうです。
現在の母と結婚して、自分で工務店をはじめました。
母はバリバリの男気のある女性で、お金の工面や銀行関係一切を、とりしきっていました。
父はひたすらトラックに乗り、家を建てるという分業でやっていました。
当然、私は、かなり、放ったらかしで育てらました。親たちも、仕事が忙しく、とても子
育てどころでは、なかったようです。
ちょうど時代は高度成長期のころです。田中角栄が日本列島改造論を唄い、イケイケドン
ドンという時代です。その勢いを小学校低学年の私も、肌で感じるほどでした。
建売住宅が全盛期で、土地を買い、小さな一戸建てを何件も並んで建てる、そして売り出
し、それに買い手がつくというやり方で、当時の家業は、結構成功していたようでした。
やくざに騙されて、ドカーンと大損をすることもありました。
父は全くの無知で、人はいいので騙されやすく、常識知らないところがあります。全くの
職人です。 母が経理をしていなかったら、借金まみれの状態で、一家離散していたかもし
れません。
母は横暴な女性で、そういう父をこき使っていました。私は当時の父を知っていますから、
それを思い出すと、父のことを、かわいそうに思うことがあります。
そういうわけで、そのころのままだったら、今でも、アパートや貸し店舗の家賃収入で、
老後はのんびり暮らせるはずだったのです。
が、しかし・・・私の次男が不登校になり、その1年後には長男が非行に走り、私の家庭
の雰囲気が一変してしまいました。
父は、私の夫を尊敬していました。
夫が、どちらかというと、父を尊敬させていたようです。
無知で非常識なあの父を尊敬させるようにすることは、簡単です。
父は私の夫の言うことは何でも聞き入れました。近所にある夫の実家にも顔を出し、ボロ
家の修繕をやったりしていました。
主人の父親は他界し、現在、母(姑)一人で、そこに住んでいます。同じ町内です。
父は、孫のことで、姑や夫と、私には内緒で話をすることが多くなり、姑と夫は、子供が
こうなったのは、私の育て方が悪かったからだと、陰では言っています。ときどき父はそ
のことで、私を責めたりします。
私は、「子どもたちの問題は、今日明日になおることじゃないから、黙って見守ってくれ」
と何度も頼みました。が、長男がどこへ行くか、そのあとをつけたり、引きこもった次男
を無理やり連れ出そうとしたりしました。
私から見れば、いらぬ節介で、余計に症状が、こじれることばかりしています。
姑は、私に責任があるとか、私が悪いとか、一点張りです。夫も責任逃れのためか、そう
いうことにしておきたいらしく、夫婦の仲も、今は破綻状態です。
そのうち長男の家庭内暴力も始まり、夫は次男を連れて、隣町のマンションへ引っ越して
いきました。
父はそのうち、姑に恋心を抱くようになり、毎晩、姑のところに通うようになっていまし
た。
そして私が悪いとか、私を産んだ母が悪いとか、と、3人で私を責めます。さらに挙句の
果てには、私の夫は、私の父に、「あなたは奴隷のような夫だ。そんな夫婦なのだから財産
を分けて、離婚したらいい」と、勧めました。
私の夫は、父に、調停を起こすことなどの知恵をつけ、結局別居ということになりました。
父はアパートを借り、実家を出て行きました。
居所は、私たちには、絶対に教えませんでした。
でも、夫のマンション近くに住んでいることを、私は知りました。
そのころの私は、恨みや憎しみで、心は満タン状態でした。
長男の暴力にも逃げることもできず、「早く殺してほしい」と、死を願うだけの毎日がつづ
きました。
実家の母は、父から調停を起こされ、別居することにしました。夫や姑へのうらみもある
ようですが、今は、ひとりで、気ままにやっています。
そんなわけで、今、いちばん惨めなのは、私の父です。
結局、毎月生活費を、母のほうから振り込んでもらっています。財産もありません。夫や
姑からも疎遠にされ、よぼよぼと、たまに実家に立ち寄ることもあるそうです。
今まで通院していた病院に行くためです。
保険証が母と同じになっているため、その保険証を取りに、実家へ戻ってくるのです。
そんな父の姿を見ると、私のせいだな・・・全部私のせいなんだと、果てしない海のよう
な自己否定で、身動きができなくなってしまいます。
こんな状態になっているにもかかわらず、なぜ引き起こした夫となぜ離婚しないのかと思
われるかもしれません。
私は離婚するつもりでいます。
子供が自立するまでです。 自立したら、離婚します。
それに今の私には、離婚するだけのパワーやらエネルギーはありません。
今はもう、くたくたなんです。
自分の精神が病まないように、自分を責めないようにと、精一杯、心を操るだけで、精一
杯です。
いいかげんで、無責任で、冷酷人間になれるように、がんばっています。そうでもしない
と、今の私は、ボロボロになってしまいます。
息子も息子の人生ではないか、父も自分が蒔いた種ではないか、姑の葬式にだって出ない、
恨みが湧き出るあいだは、恨み倒してやると、そんなことばかりを、毎日、考えています。
夫よ、あんたの働いた金で、老後は、のんびり生活する、と。
そういう過激な反発をばねにしながら、時が過ぎて、今の状態が、過去になり、記憶から
薄れていくであろう自分を待つ状態です。
それから、息子2人がこうなったのは、私のせい・・これは否定しません。
その責任は、感じます。
過干渉で負担をかけ、心をゆがめてしまったのでしょう。
やり方がまずかった。それはおおいに反省しています。
だから、今は夫婦や姑、父との問題にはフタをして、息子達の立なおりを、見守りたいの
です。
父は、私や母をまだ憎んでいるようで、先日も夫に、長男の携帯の電話番号を聞き、長男
に、「私と母に家を追い出され、惨めな暮らしをしている」と泣きごとを言ったようです。
そのため長男から、「何でそんなことするんだ」と、私を責めたメールが届きます。
でもやっぱり、もうこれ以上、波風は立てたくないから、私の事情を長男に話すことはで
きません。
だから、長男が何か言うたびに、「ごめん、ごめん」と謝っています。
父よ、あなたは、もう元の父には戻らないよね。
認知症も進んでいるしね。
病気のせいだと思っておくよ。
今の私には、あなたに、優しい言葉もかけられないよ。
私たちは、困った親子になったもんだね。
なんだか、支離滅裂な文章で思いついたまま書いてしまいました。意味不明なところは、
適当に読んでください。
この宙ぶらりんな私の立場が、自分でも、なんとも情けなく、落ちこんでいます。
で、相談というのは、長男はこのままほっとくつもりですが、バイトもせずに、親のすね
ばかりかじっています。
しばらくは放っておいて、いいのでしょうか・・。
さほど、無駄使いをするというふうでも、ありません。
今までの悪仲間とは縁を切ったようです。
今は一人ぼっちで孤独そうですが、これも試練だと思っています。
精神的に不安定で、ぐらついているので、また悪い仲間を作らないかと心配しています。
何かやらせる事、本人に伝えた方がいいことなどがあれば、教えてください。
次男は高校生になったら、私といっしょに住ませたいのですが、どうでしょうか。
夫は私との関係もあって、それについては、乗り気ではないようです。
長くて申し訳ありません。
よろしく御願いします。
(広島県、Eさんより)
+++++++++++++++++
【はやし浩司より、Eさんへ】
Eさんは、いわゆる家族自我群による、「幻惑」に苦しんでいます。わかりやすく言えば、
家族であるが故の絆(きずな)による、重圧感、束縛感に苦しんでいるということです。
ふつうの重圧感、束縛感ではありません。
悶々と、いつ晴れるともわからない重圧感、束縛感です。本能に近い部分にまで、それ
が刷り込まれているため、それと闘うのも、容易なことではなりません。
家族というのは、助け合い、守り合い、教え合い、支え合う存在ですが、そのリズムが
一度狂うと、今度は、その家族が、家族どうしを苦しめる責具となってしまいます。Eさ
んは、こう書いています。
「いいかげんで、無責任で、冷酷人間になれるように、がんばっています」と。つまり
Eさんは、今、そこまで追い込まれています。私はここまで読んだとき、涙で目がうるん
で、その先が読めなくなりました。
そう思うEさんを、だれが責めることができるでしょうか。
無責任になればよいのです。冷酷な人間であることを、恥じることはありません。Eさ
んが、今、いちばんしたいこと。それはこうした(幻惑)から解放され、ひとりで大空を
飛び回ることです。
が、それができない。実の両親とのからみ、2人の子どもたちとのからみ、夫の母親や
夫とのからみ。そういったものが、がんじがらめに、Eさんの体を縛りつけています。本
来なら、いちばん近くにいて、Eさんを助けなければならない夫までが、責任をEさんに
押しつけて、逃げてしまっている!
Eさんは、孤独です。孤立無援の状態で、長男の家庭内暴力にも耐えている。しかも実
の両親は、80歳を過ぎて、離婚! そんな両親でも、「親は親」という世俗的な常識にし
ばられて、見放すこともできない。
どうして私たちは、親に、「産んでやった」「育ててやった」と言われなければならない
のでしょうか。どうして私たちは、子どもに向かって、「私は親として、もうじゅうぶんな
ことをしてやった」「出ていけ」ということが言えないのでしょうか。
親の呪縛からも解かれ、子どもが自ら巣立ってしまえば、こんな楽なことはありません。
しかしそれができない……。Eさんの苦しみの原因は、すべてこの一点に集約されます。
が、ここが正念場。
私が、今のEさんに言えることは、(1)まず、運命を受け入れてしまいなさい、という
ことです。
運命というのはおかしなもので、それを嫌えば嫌うほど、悪魔となって、あなたに襲い
かかってくる。しかしそれを受け入れてしまえば、向こうのほうから、シッポを巻いて、
逃げていく。
今の状況で言えば、両親のことは両親に任せてしまう。「死んだら、葬式くらいには、出
てやる」と考える。
夫については、離婚あるのみ。Eさんが言っているように、子どもたちが自立すれば、
離婚。あとは、ケセラセラ(なるようになれ)。親孝行など、くそ食らえ、です。夫のこと
は、忘れなさい。
ただ2人の子どもについては、(2)裏切られても、裏切られても、ただひたすら信じ、
「許して、忘れる」です。その度量の深さが、あなたの(愛)の深さということになりま
す。またそれがこの先、どういう結末になろうとも、Eさんの人生を、うるおい豊かで、
美しいものにします。
もし、その(愛)すらも、Eさんが切ってしまったら、Eさんは、何のために、今、生
きているのかということになってしまいます。また何のために、生まれてきたのかという
ことになってしまいます。
Eさんは、まだ気がついていないのかもしれませんが、Eさん以上に、家族自我群によ
る(幻惑)で苦しんでいるのが、実は、Eさんの長男なのです。安らぎを得たくても、得
ることができない。「お母さん、ぼくは楽になりたい」と願っても、その思いが、届かない。
その(根)は深いと思います。「仕事もしたい」「一人前になりたい」、しかしそれができな
い。どういうわけか、できない。
それが家庭内暴力へつながっていると考えてください。わかりますか? 今、あなた以
上に苦しんでいるのが、長男なのです。
ただそういう自分をコントロールすることができない。悶々とつづく被害妄想の中で、
自分を見失ってしまっている。「こんなオレにしたのは、お前だ」と、Eさんを責めつづけ
ている。
愛するものどうしが、たがいにキズつけあっている。これを悲劇と言わずして、何と言
うのでしょうか。
繰りかえしますが、今、ここで2人の子どもを見放してしまえば、今度は、今、Eさん
がかかえている(運命)を、2人の子どもが、引き継ぐだけです。いつか、同じような立
場に立たされ、子どもたちが、もがき、苦しむのです。
何があっても、「許して、忘れる」。この言葉だけを、どうか心の中で念じてみてくださ
い。この言葉を繰りかえしていると、ときに、あふれ出る涙を、どうすることもできなく
なるときがくるかもしれません。そのときはそのときで、思いっきり、泣けばよいのです。
そう、相手が子どもであれ、人を愛することは、それほどまでに、切なく、悲しく、そ
して美しいものです。自分の子どもを、どうかしようと考えるのではなくて、あなたが惜
しみなく、愛を与えていくのです。裏切られても、行き詰まっても、殴られても、蹴られ
ても、愛を与えていくのです。
「どうなるか?」と心配するのではなく、「明日は、かならずよくなる」と信じて、愛を
与えていきます。この世界では、取り越し苦労と、ぬか喜びは、禁物です。あなたはあな
たで、マイペースで、子どもを信じ、愛するのです。許して、忘れるのです。そしてあな
たは、あなたで、したいことをすればよいのです。
いまどき、非行など、何でもない問題です。不登校にいたっては、さらに何でもない問
題です。
大切なことは、今、あなたが、ここに生きているということ。息をしているということ。
体を動かし、見て、聞いて、ものを話しているということ。
大切なことは、今、あなたの子どもがここにいて、息をしているということ。体を動か
し、見て、聞いて、ものを話しているということ。
その(価値)に比べたら、非行など、何でもない問題です。不登校など、さらに、何で
もない問題です。
いいですか、私たちは、今、ここに生きているのです。それを忘れてはいけません。大
切なことは、その(価値)を実感することです。
Eさんの年齢はわかりませんが、私よりずっと若い方です。ですから今の私のように考
えろというほうが、無理かもしれません。しかしこの年齢になると、時の流れが、まるで
砂時計の砂のように思えてきます。
サラサラと時が流れていく。その切なさ。いとおしさ……。
運命を受け入れ、それを楽しむのです。運命から逃げないで、それを楽しむのです。「あ
なたたちは、あなたたちで、したいように生きなさい」「私は私で、がんばるから」と。
とたん、心の荷物が軽くなるはずです。悪魔は、向こうから退散していきます。
あとは、成り行きに任せなさい。水が自然と、流れる場所を求めて流れていくように、
雲が自然と、流れる場所を求めて流れていくように、今の問題は、やがて解決していきま
す。バカでアホな、両親や夫のことは忘れなさい。
私も、実の母親とはいろいろありましたが、その母は、今は、ボケてしまって、アホに
なってしまいました。そんな姿を見るにつけ、本気で相手にしていた、自分のほうが、ア
ホだったことを知ります。
いいですか、Eさん。あなたが今、かかえているような問題は、みながかかえています
よ。表からではわかりませんが、例外はありません。ですから、「私だけが……」とか、「ど
うしてうちの子だけが……」とかは、思わないこと。また、自分を責めないこと。
まだまだ、あなたには未来があります。子どもたちには、もっと大きな未来があります。
それを信じて、恐れず、前に進んでください。
相手が子どもであれ、人を愛することは、すばらしいことですよ。人生は、美しいです
よ。
今度、私のHPに、「音楽と私」というコーナーをもうけました。一度、おいでになって
みてください。楽しいですよ。
では、今日は、これで失礼します。
この返事をEさんに送ったあと、BLOGのほうにも、載せておきます。どうか、お許
しください。
多くの人たちに、Eさんの経験が、おおきな励みになると思います。みんな、同じような
問題をかかえていますから……ね。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
●KWさんへ
まだまだお伝えしたいことがありますが、今日はここで失礼します。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 家庭内暴力)
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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q 0―0 MMMMM ∩ ∩ MM m
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 5日号
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★メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!
★2009年、2010年、連続、カテゴリー部門・人気NO.1に選ばれました。
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【家庭内暴力】(前編)
【家庭内暴力】
●長男の家庭内暴力
【兵庫県にお住まいの、KWさんより、はやし浩司へ】
はじめまして、高校1年の長男の事で悩んでおり、メールしました。
私、夫、長男、中学の長女と小学生の二男の5人と夫の母と父がおります。
同居しています。
今は家の近所のアパートに私と妹と弟は寝泊まりし、食事作りや洗濯は家で行っています。
朝は、祖父母の家に娘たちを呼んで朝食を食べさせ登校させてます。
家を離れる決断は、1年前の8月、長男が高校受験の年に決めました。
長男から長女への執拗な攻撃がひどくなり、このままでは長女が人間らしい生活ができ
ないと思い決心しました。
長女への暴力は長年あり、最後には息もできない状態で自由を奪い小声でしか話せなくな
りました。
長女が祖父母宅に居れば、目でどこか行けと指示したり、長男が妹達の勉強部屋にこっそ
り来て、暴力や物を破壊したりと、長女は言葉を発することは少なくひそひそ声で話して
おりました。
また、長男が中学2年ごろには長女に家の裏側へ来るように二女に命令し難癖をつけ、し
ばしば暴力を奮っていたようです。
長女への暴力は長男が小学校のころからあり、私がいない時にやっていました。顕著に
家庭内暴力と言えるきっかけは2点あります。
長男が中2の時、私の親が事故にあい、私1人で親の面倒をみるようになり、子供のこ
とを振り向けず実家の事に精一杯でいた時、長男が部活でレギュラーから落とされたと後にな
って分かりました。
そのまま中3を迎え、一番なりたくない先生が担任になり、1学期の担任との面談で本人と
私の前でずるいだのと全否定する言葉をなげつけられ、その日をきっかけに私への暴力は
始まりました。
中学時代はその担任が主導して、弱い子に暴力をふるったり、いやみや、罰与えが日常茶
飯事の学年でした。
1度長男も中1の時その担任に、お腹を訳もなく殴られました。
絶対に家に帰って、いやな事や恥ずかしいことは言わない子です。
長男は中学に入る時から高校入試の事を非常に意識しており、レベルも高いところを志
望しておりました。内申が思うようにつけてもらえず悩んでいたと思います。
高校受験の頃には長男の緊張は更に高まってきました。
結局受験は失敗し、行きたくなかった高校ですが、進学校であり優秀な生徒も多い高校に
行くことになりました。
入学後、頑張ろうとしましたが、ついていけず2度目の挫折を味わうことになりました。
高1の春先には急性胃腸炎で4日休み、今までの失敗で自信も持てないところへ、全体で
も下の成績になり本人もショックなのでしょうが、まだ、勉強は諦めていないようです。
何とかしたいけど分からず、もがいて、参考書や文房具を沢山買い、塾へも2ケ月位行き
ました。塾の参考書がほしいかったのだと思います。
今年のお正月には激しい暴力を私に振るわないと気が済まないようで、妹を近づけるに
はすごく危険な状態でした。
私への暴力の原因は、冬休み前の面談で先生がなんとか赤点はあるが留年にならないレベ
ルと言われた事と、他の子は私立に行かせてもらってるっていう気持ちで親に感謝して頑
張っている子が多いという事を聞き、私が「よくこれでやってるね。」と言ってしまい、そ
の言葉が暴力へ引き金となった様に思います。
そのあとすぐ、塾も辞め何もかもやる気もなくなったようにも見えます。
暴力の内容は、思いっきり側頭部や太ももや腕をたたいたり、けったりします。
髪の毛をわしづかみにして私を家から追い出します。
お正月には、長男が弟と遊びたくて、凧揚げしたかったらしいです。
長男が弟を呼んでも妹は怖いから行かないし、電話をかけて出なかったりで長男の怒りが
高まってしまいました。
数日後、長男が弟と家で逢った時、弟を髪の毛を引っ張って"何で俺の言う事が聞けなかっ
たのか"と、蹴ったりもして私が帰宅し止めたこともありました。
急に激こうしたり、自分では加減しているところもあるのかもしれませんが、危険に見え、
妹への暴力が放っておけず私が間に入り、それがまた長男は憎い様です。
昨日は長女と家の前で出くわし、お腹を思いっきり叩いて塾へ入るよう命令し、最後に
背中を足蹴りし長女は家の柵に胸を打ちつけました。
長女はそのままアパートへ帰り部屋で閉じこもっておりました。
長女は2度とあんな家に行かないし、家の前も通らないと言ってました。
何度かこういう事が、離れてから起きています。
塾へ行かせたいのは、中学の塾の参考書が欲しいのが目的です。
自分も中学の時その塾に通っております。
ここ数日は長男は常に怒り状態で危険な顔つきをしております。
また、高校の友達は学校の中だけで一切付き合いがありません。
長男の生育史は、小学校へあがるまでは、今と違う町におり3歳までは私とべったりの
生活でしたが、妹が生まれてからは保育園に入り急につき放された状態でした。
私も3歳以降、余裕もなくスキンシップはほとんどなかったと思います。
やんちゃで、聞かん気も強く友達には意地悪はできず、そのストレスは家に持ち帰るタ
イプの子で、長男が妹に手を出すと私が間に入って、長男に仕返しをしてしまいました。
主人も夜遅く帰り、その分土日だけは長男に関わってくれました。
長男の年長の終わりに風邪をこじらせてから、朝お腹が痛いを言うようになり、登園が
難しくなりだしました。
小学校入学を機に今の家を建てましたが、やはり 簡単に登校拒否の状態は治らず、小1の
2学期途中に全く行かなくなり、3学期を迎えた頃、急に登校しました。
お腹の痛い症状はときどきありましたが、小3の頃にはスポーツ少年団に入ったりと小学
校時代は輝いていました。
幼児期には、ダメダメ言って完ぺき主義に育て、感情的に長男へ当たり、言葉の暴力と
叩いたりもして、抑圧して言う事を聞かせていました。
甘えたい時期に妹達が生まれ、甘える事が出来ず、長女との仲裁に私が入った事が憎しみ
なっていると思います。
私の状況としては、結婚当初から、姑舅と近くに住んでいる義姉との関係に悩み、いや
な思いはありその気持ちは主人には分かってもらえず、子供たちも気づいていました。
当時は主人に分かってもらえないのが悲しかったです。
息子が小3になり、私も家にいるのが見張られているようなので少しづつアルバイトを始
め現在はフルタイムでなく常勤の事務パートをしております。
やはり、家族がバラバラで父親と2人は寂しく、父親は平日10時過ぎに帰宅するので、
長男1人でいる時間が夜は長く、孤食で冷めたご飯を食べたりの状態です。
暴力を受けた長女は、長男と正反対の性格ですが、かなりトラウマがあり、暴力の話はし
たくない様で心の底に溜まっていると思います。
長男を憎んでいます。
長男の憎しみと、恨みはどの様に解決していけるか分かりません、心を見せないし今の
生活で戻ると妹への攻撃が爆発すると思うし、離れていると私への甘えが未解決のままで
す。
過去の確執はありますがおじいちゃん、おばあちゃんも心配しており、一緒に長男と話
し合いをしたいと思いますが良いのでしょうか?
このような状況になっている事が、あの時あんなだったと笑って言える日が来るようにし
たいです。
また、これからの夏休みをどう過ごせばよいのかなどの不安もあります。どうか、今で
きる事はどういうことなのか、最優先することは何かアドバイスを頂ければと思います。
よろしくお願いします。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●反動形成
長男(以後、K君とする)の家庭内暴力の遠因は、すでにこのメールの中に書かれてい
る。
溺愛と過干渉、そして突然の愛情変化。
幼児期にいじってはならない2つの感情がある。
嫉妬と攻撃(残虐)性。
その「嫉妬」をいじってしまった。
嫉妬をいじると、相手が弟であれ、妹であれ、兄(姉)は、その相手を殺すところまで
する。
いじめるとか、暴力を振るうとかいうレベルではない。
「殺す」ところまでする。
嫉妬というのは、そういう感情をいう。
ある兄(6歳児)は、弟を家の隅に連れて行き、いつもその弟を逆さづりにして、頭か
ら落としていた。
別の兄は、弟に向かって、全力で自転車で体当たりしていた。
それを見ていた近所の人が、「ギャーッ!」と声を張り上げたほど、残酷なシーンだったと
いう。
が、こういうケースのばあい、上の子は、両親の前では、別人のようによい兄(姉)を
演じたりする。
心理学の世界では、「反動形成」という言葉を使って、それを説明する。
K君は、下の妹が生まれたことで、はげしい疎外感を味わった。
それが嫉妬に転化し、動物的な攻撃性となって、それが現れた。
●混乱期
思春期前夜(10歳前後)から、子どもの心は不安定期に入る。
脳の中で、はげしい変化が起き始める。
それは自分であって、自分でない変化ということになる。
心が満たされないことによる、葛藤感。
未来への不安と心配。
わがままと自己中心性。
不平、不満。
が、何よりも(自分の将来を定められない渇望感)。
それに(自分は嫌われているという焦燥感)。
こういったものが混然一体となって、この時期の子どもを襲う。
それは恐ろしいほどのケイオス(大混乱)と言ってよい。
火事と地震、それに台風。
それらが同時に起きたような状態ということになる。
K君はやりようのない自分を、そのまま身近にいる妹や母親に、ぶつけている。
「そんなことをすれば、ますますみなの心は離れてしまう」。
それを知りつつ、その自分をどうすることもできない。
それほどまでに、K君の心の中で起きている変化は、大きい。
が、ひとつだけ忘れてはいけない。
母親も苦しいかもしれない。
しかしそれ以上に、K君自身も、苦しんでいる。
心の緊張感から、逃れることもできず、もがいている。
ただその処理方法が、わからない。
●心の別室
心療医学の世界では、「うつ」ということになる。
突発的に発生する錯乱状態。
ささいなキーワードが引き金になることが多い。
ある女の子(6歳児)は、母親が「ピアノのレッスンをしましょうね」と声をかけただけ
で、錯乱状態になり、母親に包丁を投げつけたりした。
K君のばあい、外の世界では仮面(ペルソナ)をかぶる分だけ、その不平、不満を内的
世界に抑圧しやすい。
私は「心の別室」と呼んでいる。
この心の別室には、時効(時間がたてば忘れる)や、上書き(よい思い出がそのあとあっ
ても、上書きされることはない)がない。
ときと場合に触れて、「あのとき、お前は!」となる。
それこそ、50歳になっても、60歳になっても、出てくる。
ある老夫婦は、喧嘩になるたびに、40〜50年前の話を持ち出して喧嘩していた。
「心の別室」を軽く考えてはいけない。
K君は、恐らくはげしい嫉妬心から、幼児期にその(心の別室)を作ってしまった。
で、これはあくまでも程度の問題だが、心の別室が、それほど大きなものでなければ、「そ
れに触れない」という形で接する。
心の別室は、だれにでもある。
が、それが程度を越えれば、それは「教育」の問題ではなく、(もちろん心理学の問題で
もないが)、「医療」の問題ということになる。
今では(こだわり)を取る薬にしても、たいへんよい薬がある。
精神安定剤にしても、よい薬がある。
私自身も、もともと情緒が不安定な人間なので、市販のハーブ系安定剤、漢方薬を、それ
ぞれうまく利用している。
海産物の多い食生活に心がけるだけでも、突発的な錯乱状態の多くを防ぐことができる。
イギリスでは昔から、『カルシウムは紳士を作る』という。
K君は、日常的に、甘い食品を多食していないか?
ジュースやアイスなど。
そのあたりも、一度、反省してみたらよい。
●愛情飢餓
が、最大の原因は、「愛情飢餓」と考える。
一義的には、母親に対する愛情飢餓ということになる。
が、年齢的に、たとえば母親の胸に触りたくても、それができない。
その葛藤が、母親に対する不平、不満となって転化していく。
本来なら、性のはけ口として、ガールフレンドにそれを求めていくという方法もある。
しかしそれについても、自分の中に残るマザコン(マザーコンプレックス)が、じゃまを
する。
KWさん自身も書いているように、「完ぺき主義=過干渉」と、その一方で祖父母を含めた
溺愛が、K君の周りを包んでいた。
人格の完成期(コア形成期)を、いわゆる「人形子」(イプセン)で、通り過ぎてしまった。
同年齢の女子を、異性として(=性のはけ口として)、接する技術も身につけなかった。
が、言い換えると、ガールフレンドができると、家庭内暴力は急速に収まる。
愛情飢餓感が、薄められるためと考えられる。
●では、どうするか
家庭内暴力については、たびたび書いてきた。
が、同じ青年期の「うつ」でも、家の中に引きこもってしまう子どもをマイナス型とする
なら、暴力を振るうプラス型は、予後がよい。
その時期さえ通り過ぎ、また子ども自身が家を離れ、自活するようになれば、ウソのよう
に症状が氷解する。
むしろ常識豊かな人間に成長することのほうが多い。
(一方、引きこもりは、10年単位の静養期間が必要となる。)
ほかにも、攻撃型、依存型、服従型、同情型などがあるが、K君のばあいは、攻撃型と
いうことになる。
またこの時期、暴力といっても、それは「スレスレの暴力」であること。
子ども自身が、どこが「スレスレ」であるかをよく知っている。
それ以上のこともしない。
それこそ家族がメチャメチャになってしまう。
先ほど「殺す」という言葉を使ったが、家庭内暴力のばあいは、その心配はない。
どこかで理性のブレーキを働かせる。
だからあまり深刻に心配しないように!
が、それ以下でもない。
それでは暴力を振るう意味がない。
だからそのスレスレのところでする。
はげしい家庭内暴力であり、当事者のKWさんにしてみれば、地獄のような毎日。
しかしここでK君を抑え込んでしまえば、この問題にも二番底、三番底がある。
さらに症状は悪化する。
が、先にも書いたように、「道」が見えてくれば、K君は別人のように落ちついてくる。
今まで何10例と家庭内暴力を起こした子どもを観てきたが、例外なく、そうなる。
(もっとはげしい家庭内暴力を、私は直接見聞きしてきた。
家中のガラスというガラスを板やプラスチックにしてしまった家、子どもの前ではいつも
両手を床にすえ、はって移動しなければならなかった親、など。)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
それについて書いた原稿を添付します。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
●壮絶な家庭内暴力
+++++++++++++
家庭内暴力を繰りかえす子どもは、
外の世界では、信じられないほど、
(いい子)であることが多い。
T君も、そんな子どもだった……。
++++++++++++++
T君は私の教え子だった。
両親は共に中学校の教師をしていた。
私は七、八年ぶりにそのT君(中二)のうわさを耳にした。
たまたまその隣家の人が、私の生徒の父母だったからだ。
いわく、「家の中の戸や、ガラスはすべてはずしてあります」「お父さんもお母さんも、廊
下を通るときは、はって通るのだそうです」「お母さんは、中学校の教師を退職しました」
と。
私は壮絶な家庭内暴力を、頭の中に思い浮かべた。
T君はものわかりのよい「よい子(?)」だった。
砂場でスコップを横取りされても、そのまま渡してしまうような子どもで、やさしく、い
つも柔和な笑みを浮かべていた。
しかし私は、T君の心に、いつもモヤのような膜がかかっているのが気になっていた。
よく誤解されるが、幼児教育の世界で「すなおな子ども」というときは、自分の思って
いることや考えていることを,ストレートに表現できる子どものことをいう。
従順で、ものわかりのよい子どもを、すなおな子どもとは、決して言わない。
むしろこのタイプの子どもは、心に受けるストレスを内へ内へとためこんでしまうため、
心をゆがめやすい。
T君はまさに、そんなタイプの子どもだった。
症状は正反対だが、しかしこの家庭内暴力と同列に置いて考えるのが、引きこもりであ
る。
家の中に引きこもるという症状に合わせて、夜と昼の逆転現象、無感動、無表情などの症
状が現われてくる。
しかし心はいつも緊張状態にあるため、ふとしたきっかけで爆発的に怒ったり、暴れたり
する。
少年期に発症すると、そのまま学校へ行かなくなってしまうことが多い。
このタイプの子どもも、やはり外の世界では、信じられないほど「よい子」を演ずる。
そのT君について、こんな思い出がある。私がT君の心のゆがみを、母親に告げようと
したときのことである。
いや、その前に一度、こんなことがあった。私が幼稚園の別の教室で授業をしていると、
T君はいつもこっそりと自分の教室を抜け出し、私の教室へきて、学習していた。
T君の担任が、よく連れ戻しにきた。
そこである日、私はT君の母親に電話をした。
「私の教室へよこしませんか」と。
それに答えてT君の母親は猛烈に怒って、「勝手に誘わないでほしい。うちにはうちの教育
方針というものがあるから!」と。
しかしT君はそれからしばらくして、私の教室へ来るようになった。
家でT君が、「行きたい」と、せがんだからだと思う。
以後私は、半年の間、T君を教えた。
で、その「ゆがみ」を告げようとしたときのこと。
母親はこう言った。
「あんたは、私たちがお願いしていることだけをしてくれればいい」と。つまり「よけい
なお節介だ」と。
子どもの心のゆがみは、できるだけ早い時期に知り、そして対処するのがよい。
しかし現実にはそれは不可能に近い。
指摘する私たちにしても、「もしまちがっていたら……」という迷いがある。
「このまま何とかやり過ごそう」という、ことなかれ主義も働く。
が、何と言っても、親自身にその自覚がない。
知識もない。どの人も、行きつくところまで行って、自分で気づくしかない。
教育にはどうしても、そういう面がつきまとう。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●再びK君について
今、K君は、幼児期、児童期に逃げなかった「殻」を懸命に脱ごうとしている。
母親の溺愛、過干渉からの脱皮、自己の確立、思春期の不安などなど。
自分を抑圧するものへの抵抗。
それは想像を絶する葛藤と言ってもよい。
が、これにも時期がある。
けっして希望的観測を書いているのではない。
K君の家庭内暴力が終わるのも、そろそろ時間の問題ではないか。
「行き着くところまで行き着きつつある」と。
が、それにはきわめてひとつ重要な条件がある。
『愛情の糸を切らないこと』。
運命とはそういうもの。
「こわい」「こわい」と思って逃げて回っていると、運命は、キバをむいて、あなたに襲い
かかってくる。
しかし運命を受け入れてしまえば、悪魔は向こうから、シッポを巻いて逃げていく。
「暴れたければ、暴れろ」「殺したければ、殺せ」、しかし「私はどんなことがあっても、
あなたを愛していますからね」と。
その気持ちがK君に伝わったとき、K君の心は平和を取り戻す。
KWさんも、落ち着く。
具体的には、(1)まず食生活の改善(白砂糖は麻薬と心得ること。「はやし浩司 白砂
糖は麻薬」で検索してほしい)。
(2)心療内科のドクターに相談する。
(3)K君に疎外感を覚えさせないようにし、ここに書いたように、「愛情の糸」を、最後
の最後まで、一本だけは残しておく。
(4)K君が自分の進路を見出せば、この問題は解決する。
(K君自身には、自分は悪いことをしているという意識はないので注意すること。
自分は正当なことを、しているだけという意識しかない。
説教しても、ほとんど効果がないのも、そのため。)
(5)あとは『暖かい無視』と『求めてきたときが与えどき』と心得る。
食事の世話にしても、K君が食べても食べなくても、きちんと用意する。
それが暖かい無視。
あなたに向かって暴力を振るったときも、怒った顔はせず、悲しそうな顔をして、K君の
顔を見つめる。
「殺したければ殺していいのよ」と。
そこまで覚悟を決めれば、こわいものは、ないはず。
またそこまで覚悟しなさい。
逃げないこと。
それが暖かい無視。
また何か助けを求めてきたら、間をおかず、すかさず提供する。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
5年前に書いた原稿を添付します(2006年)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司(家庭内暴力)
【家庭内暴力】
●壮絶な家庭内暴力
+++++++++++++++
東京都に住んでいる、Eさんという
母親が、長男の家庭内暴力に
苦しんでいる。
父親と、二男とは、そのため別居。
疲れきったEさんは、「死んでしまいたい」
とまで思うようになったという。
+++++++++++++++
E様へ
拝復
パソコン上で原稿を書くと、どこかに記録が残ってしまいます。それがいつか、思わぬ
ところで、表に出てきてしまうことがあります。それでここでは、「E様」とします。お許
しください。
また、同じような問題をかかえている、ほかの多くの親たちの参考と励みになるよう、
一部、E様からいただいた相談内容を、引用させていただきますが、どうか、ご了解の上、
お許しください。
E様からのメールを、要約させていただきます。
++++++++++++++++
【Eより、はやし浩司へ】
2年前に相談したことがある、東京都のEです。
現在、兄は、高校1年生、弟は、中学2年生です。以前は、父親と私、子ども2人で、
生活していました。
その兄、つまり長男のことです。
中学3年になるころから、暴力がはげしくなり、「こんな俺にしたのは、お前だ」と、私
を殴ったり、蹴ったりします。タバコを吸い始め、髪の毛も茶色に染め始めました。3年
の中ごろから、学校へも、ほとんど行かなくなりました。
学校の先生から、「排除」という言葉が出てきたのも、そのころです。長男を、学校から
排除するというのです。それで長男の荒れは、ますますひどくなりました。
そこで父親(私の夫)と、二男は、近くにアパートを借りて、別居。現在は、私と、長
男だけが、いっしょに暮らしています。食事は、私が作り、毎日、父親と二男に届けてい
ます。
長男の暴力はひどいですが、一線だけは守ってくれているようです。今のところ、指の
骨折程度ですんでいます。
一応、単位制の通信高校に通っていますが、ほとんど学校へは行っていません。昼夜が
逆転し、夜中に起きてきて、私に、「食事を作れ」「こうなったのは、お前のせいだ」「弟は、
お前と別れて、よくなっただろ」「お前は、この家から出て行け」と、蹴ったりします。
私の精神はボロボロで、自殺願望も生まれてきました。
『許して、忘れる』という先生から教えてもらった言葉を口ずさみながら、何とか、そ
れに耐えていますが、本当にこれでいいのでしょうか。一言、アドバイスをしてください。
(東京都・Eより)
+++++++++++++++++++++++
Eさんの転載許可がいただけましたので、
Eさんからのメールを、ほぼそのまま、
ここに紹介します。
上記の内容とダブりますが、お許しください。
+++++++++++++++++++++++
【Eより、はやし浩司へ】
+++++++++++++++++++++++++++
転載許可がいただけましたので、Eさんからのメールを、
そのまま紹介させていただきます。(6・21)
Eさん、ありがとうございました。
+++++++++++++++++++++++++++
【Eより、はやし浩司へ】
2年ほど前、当時小学6年生だった。次男の不登校のことでご相談した事がある者です。
長男は、当時、中学2年生でした。
その長男が中3になり、中1とし、弟は同じ中学校に入学してきましたが、そのときもま
だ、弟の学校恐怖症がつづき、学校へは、行けない状況にありました。
そのことで長男は友達から、弟のことで、いろいろとつらいことがあったようです。
家でゴロゴロと寝ている弟をみて登校していく長男でしたが、6月の運動会が終わったあ
たりから、変わってきました。
タバコを、学校帰りに、友達と吸ったり、不良なんだとわざと見せるような行動をとるよ
うになりました。
深夜徘徊をしたり、学校から排除されるようなことを先生に言われたりし、しのともあっ
て、友達も、みんな長男から、引いてしまったようです。孤立してしまいました。
2学期からはほとんど学校へは行かず、受験も拒否。
髪は茶髪、金髪、弟へのプロレスごっこと称しての暴力もはじまり、それを止めないとい
って弟は、容赦ない暴力を私へ向けてきました。
去年の12月に主人と次男は隣町のマンションへ、出て行きました。
次男は中学も変わり、中1の3月までは不登校でしたが、中2になり4月からはまだ1日
も休むことなく楽しく登校できているようです。
長男は卒業式にも出席することなく、一応単位制の通信高校に入学はしましたが、ほとん
ど登校していません。
昼夜が逆転し、夕方ぐらいに起きてきて、夜中にわたしを起こし、飯を作れとか、耳元で、
わざと、うるさい音楽を流したりと、嫌がらせがつづいています。
『お前がこんなにしたんだ、お前が出て行けば俺はよくなる! ○○(次男)もお前から離
れたからよくなっただろう』と、蹴ったり殴ったりします。
それでも手加減はしてくれているようで、いままで病院へ行ったのは右手小指の骨折だけ
です。
私も学校へ行けだとか、昼夜が逆転していることを、なおしなさいとか、言わないように
しています。
次男へは毎日夕食を運んでいます。
自分を高めなければ精神がボロボロになってしまって、自殺願望が強くなるばかりです。
許して、許して忘れるの先生のお言葉を毎日、念仏のように口ずさみ、耐えています。
やがて時間が解決してくださると・・・
先生、それでいいのでしょうか、何も言わず、待つことがいちばんなんですよね。
もし、それでよけでば、それでよしとお答えくだされば、とても強い力になります。
孤独に閉鎖された中で戦う私に、後押ししてくださいませんでしょうか。
どうか、よろしくお願いします。
((はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
家庭内暴力 親への暴力)
【追伸、Eより、はやし浩司へ】
長男のことについての相談のお返事、ありがとうございました。
ブログへの掲載はかまいません。
昨日も、長男が、弟は、おたくっぽくてかっこ悪いというので、そんなことないよ、かっ
こいいよといったことに腹を立て、殴ったり、ものをこわしたり、網戸を破ってそれにラ
イターで火をつけようとしました。
私はそれに驚き、集合住宅でもあるし、火を出したら大変だと、脅す大河をそれだけはい
けないと叫びました。
私が嫌がる事はわざとやるので、ソファーも火をつけたり、(すぐ消える程度)していたの
で、私がまず、家を出なければと急いで家を出ました。
そして一晩帰宅しませんでした。
長男へはメールで、「火をつけたり、暴力が続くとお互い傷つくし、自分も他人も取り返し
のつかないことになったら大変だから、暴力が治まるまで帰りません。何がそんなに哀し
いのかな・・・みんな、大河を愛しているよ、それはいつまでも変わりません。」
と送りました。
警察の少年サポートセンターの方が暴力からは逃げてください、受けたそのときに家を出
てください、毎日連絡は入れてください、と指導されました。
私も、どうしていいやら家を出て実家に帰ったものの、心配でなりません。
今は荷物を取りに帰宅しています。
次男へ食事も運べませんし、夫がコンビニの弁当を買ってきているようです。
2〜3日したら帰宅しようとは思いますが、どうなんでしょうか。
火をつけたり、そんなまねごとでも危険な事は、許すわけにはいきません。
私は内科でデパスとメイラックスという、不安を取り除くお薬を処方してもらい、寝る前
に飲んでいます。
メイラックスと言う薬は次男も、G大病院思春期外来で処方され、飲んでいました。
長男に、飲ませてはどうでしょうか。
とても、病院に一緒に行ってくれる状態ではありません。
長男が苦しんでいるのはわかります。
だから、強がって仮面をかぶって外に出るのもわかります。
不良になりたがるのも、よくわかります。
私も、そんな格好を非難する言葉や、世間体が悪いだとか、罵るような事を言ってしまい
ました。
反省しています。
それなのに、今からでも大丈夫でしょうか、母と子の関係を修復できるでしょうか。
今回はご返答ありがとうございました。
私は「許して忘れて、諦める」を念頭に、がんばって母親をやっていきます。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
【はやし浩司より、Eさんへ】
家庭内暴力の背景には、つぎのような素因があると考えてください。ざっと、急いで書
きあげたので、不備があるかもしれません。
(1) 子ども自身の、うつ病。(心の病気)
(2) 子ども自身の人間関係調整機能の喪失。(基本的信頼関係の構築の失敗)
(3) 子ども自身の自己管理能力の欠落。(幼児性の持続。わがまま)
(4) 子ども自身の二重人格性。(自分とは別の自分による暴力行為)
(5) 子ども自身の欲求不満。(性的欲求不満も含まれる。)
(6) 子ども自身の生育上の問題。(乳幼児期に「いい子」で通ってしまった。)
(7) 下の弟との関係。(「兄」であることから受ける重圧感。欲求不満)
が、何よりも大きな素因は、(8)自己嫌悪から発生する、自暴自棄的自虐性です。
このタイプの子どもは、自分の中にある、(自己嫌悪感)を解消したくても、それができ
ないジレンマに陥っていることが多いです。自己管理能力のしっかりしている子ども(人)
は、それを、うまく処理できるのですが、それができません。
それで弱い母親に対して、「こんなオレにしたのは……!」という言葉が出てきます。つ
まり自分で、自分を嫌っているわけです。(嫌う)というよりも、みなに嫌われているもど
かしさ、本当の自分を認めてもらえないつらさ、それを(暴力)にかえていると思ってく
ださい。
だから本当に、母親であるあなたを嫌っているというわけではありません。形こそ、少
しいびつですが、暴力的な(甘え)と理解すれば、よいかもしれません。
もちろんその(甘え)の中には、さまざまな要因がつまっています。
ここにあげた(人間関係調整機能の喪失)も、そのひとつです。つまり人間関係がじょ
うずに調整できない子どもは、依存的になったり、服従的になったり、同情的になったり
しますが、他者に対して攻撃的になったりします。
お子さんは、最後の攻撃型タイプということになります。(攻撃型タイプも、他者に対し
て攻撃的になるタイプと、自分に対して自虐的になるタイプがあります。)
が、心理状態は、いつも、孤独で、心の中に空虚感を覚えていると理解してください。
つまり心の中は、さみしいのです。そのさみしさを、埋めるために、あなたに対して暴力
を振るっているのです。
……と書くと、どうして?、と思われるかもしれませんね。
実は、あなたはお子さんのことを思ったり、心配してはいますが、そのつど、同時に、
お子さんを、突き放すような言動をしているからだと考えてください。これは無意識のう
ちに、そうしているのがふつうです。
子どもの心というのは、そういう意味では、たいへん敏感です。あなたのささいな言動
から、それをさぐり当ててしまいます。
そこであなたのお子さんは、ギリギリのところまでしながら、あなたの心を試そうとし
ます。ギリギリのところです。
家庭内暴力を起こす子どもは、いつもその限界の内側で暴れます。あなたが言う(自制)
という言葉は、それを言います。「これ以上のことをしたら、おしまい」という、その一歩
手前で、暴力を止めます。
これはお子さんの中に、もう一人の別のお子さんがいて、それを制御しているためと考
えれば、わかっていただけると思います。つまりそのつど、もう一人のお子さんが、「もう、
やめておけ」「そのへんで、ストップしろ」と命令をくだしているわけです。
それで「指の骨折程度」ですんでいるわけです。
つまりあなたのお子さんがしていることは、典型的な、「家庭内暴力」ということになり
ます。ですから、今は、つらいかもしれませんが、(お気持ちは察しますが)、問題として
は、とくに変わった問題ではないということです。
少なくとも、まったく同じような状況で、引きこもりを起こす子どもよりは、立ちなお
るのがずっと楽ですし、立ちなおったあと、むしろ、かえって常識豊かな人間になります。
私はそういう子どもの例を、何十例も見てきました。ですから、決して希望を捨てず、
あきらめず、短気を起こさず、前に向かって進んでください。必ず、一過性のもので終わ
ります。そしてみな、なにごともなく、終わっていきます。
『許して、忘れる』……これは何も、まちがっていません。今こそ、あなたの愛という
よりも、深い人間性が、子どもによって確かめられているのです。わかりますか?
親が子どもを育てるのではありません。親は、子育てで苦しみながら、子どもによって
育てられるのです。
そこでつぎのことに注意してみてください。
(1)突き放すようなことは言わない。
一方でお子さんのことを心配しながら、他方で、お子さんを突き放すようなことを言っ
たり、したりしていませんか? たとえば、「ごめん、ごめん」と口で言いながら、少し、
お子さんの機嫌がよくなると、「もう、あなたなんかイヤ」とか言う、など。
これは究極の状態ということになりますが、「私はもう殺されてもいい。それでも、私は
あなたを見捨てませんからね」という状態になったとき、あなたのお子さんは、はじめて、
あなたに安心感を覚えるようになります。
あなたにその覚悟はできていますか。が、あなたには、その覚悟は、まだできていない。
「殺されるのはいやだ」「世間体が悪い」「子育ては、もうこりごり」と。
あなたのお子さんは、そのスキをついて、家の中で暴れます。満たされない愛への欲求
不満を、あなたにぶつけてきます。ですから、あなたはつぎの言葉だけを、子どもの前で
は、繰りかえします。
「ごめんなさい。お母さんが、悪かった」「どんなことがあっても、私はあなたを愛しつ
づけます」と。何があっても、最後の最後まで、その言葉を繰りかえします。これはまさ
に、壮絶な根くらべです。
(2)子どもも苦しんでいる。
あなたには想像できないかもしれませんが、あなたのお子さんも、そういうあなたを見
ながら、苦しんでいます。あなたが苦しんでいる以上に、お子さんも苦しんでいるという
ことです。(今のあなたには、想像できないかもしれませんが……。)
あなたは、お子さんにとって、最後の(心の拠り所)です。砦(とりで)です。その拠
り所を、自分で破壊しながら、お子さん自身は、自分でそれをよしとはしていないのです。
愛する人(=あなた)をキズつけながら、それをしている、自分が苦しいのです。
自己嫌悪から自暴自棄になるのは、そのためと考えてください。
しかも自分に関することが、すべてうまくいかない。中学校の友人たちには嫌われる。
高校へも進めなかった。何をしてよいのかわからない。何をしたいのかもわからない。家
族もバラバラになってしまった。(現実の自分)と、(自分が頭の中に描く自分)が、一致
せず、混乱している。
それは思春期のお子さんにしてみれば、たいへんな苦しみということになります。
今のお子さんの心理状態は、そういう状態であると考えてください。つまりあなたが、
それをまず、理解します。その上で、「あなたも苦しんでいるのね」と、子どもを暖かく包
んであげます。
(3)心の病気と考えてください。
できれば、一度、心療内科を訪れてみてください。今ではすぐれた薬も開発されていて、
お子さんの(突発的なキレ)(異常なこだわり)(うつ症状)などにも、すぐれた効果があ
ります。
心の病気といっても、脳の機能的な障害ですから、おおげさに考えないこと。決してお
子さんが、このまま人格障害者になるとか、そういうことではありません。いわば、一過
性の、はげしい熱病のようなものです。
しかも、確実になおる見込みのある熱病です。今までの私の経験からしても、今が山で、
18歳ごろまでには、ウソのように落ち着いてきます。先にも書きましたが、引きこもり
を起こすタイプよりは、ずっと回復も早く、予後(その後の経過)もいいです。
(家庭内暴力を起こすタイプを、「プラス型」というなら、引きこもりを起こすタイプは、
「マイナス型」ということになります。まったく正反対の症状ですが、原因も、対処の仕
方も、同じです。)
ですから、薬で落ち着かせる部分については、薬に頼ります。あなた自身が、カプセル
の中に入ってしまわないで、他人に任すところは、任せます。
私はドクターではありませんが、心療内科のドクターも、「うつ病」に準じて、治療を開
始するはずです。
ただこのときも、注意しなければならないことは、たとえ心療内科へ連れていくとして
も、(突き放すような言動)は、タブーだということです。施設へ入れるとか、入院させる
とか、そういう話は子どもの前では、ぜったいに、してはいけません。
少し前、子どもの立場で、自分の心の状態を語ってくれた青年がいました。(私のBLO
Gなどに書いておきましたが、ご覧になってくださいましたか? マガジンでも取りあげ
たことがあります。)
このBLOGの中で、「じじさん」というのは、その青年を批判した男性のことをいいま
す。内容はわからいませんが、多分、その男性は、その青年を、「引きこもりは、怠け病だ」
とでも言ったのではないかと思います。それでその青年が、反発しました。
+++++++++++++++++
【宮沢KさんのBLOGより転載、転載許可済み】
● 引きこもりは、病気だ!
お気楽にやっていきたいのに、今日もシビアになっちまう。
「引きこもり者更生支援施設内で暴行か、引きこもり男性死亡」って事件の話。
不条理日記さんのIMスクールについて、KMさんという人のコメント。
「このケースは、言ってみれば、自信過剰の民間療法の素人が、
癌の治療に手を出したようなものでしょう。
引きこもりの一部は精神科の病気、
それもとても治療の難しい病気なのだという対応が必要です。」
この人が正しい。タイコバン!
それに対して管理人のじじさんが
「引きこもりが病気!?
そのように病気病気言うから病気に甘えて
薬に甘えて医者、病院にあまえて何もできなくなってしまうから
それがひきこもりって、そのまんまの名前の病気になってしまうんではないでは? 」
じじさん、あんたねえ、
KMさんも「引きこもりの一部は」って、言ってるでしょ。
引きこもりには怠けもんも多いけど
正しい? 病気の人も多いの。
世間一般、じじさんと同じように思ってるだろうけど、
メラトニンやコルチゾールの分泌異常とか
前頭葉領域の血流低下とかアセチルコリンの消費量増大とか、
あとはPTSDとか親の共依存とか
かなり脳科学や臨床心理学で解明されてきてる。
やる気だって、脳内の化学物質の反応なんだよ。
無知だよなあ、世間のやつらは。
++++++++++++++++++
●引きこもり者更生支援施設依存症の親
IMスクールの事件じゃ、どうやら家庭内暴力で疲れ果てた家族が
施設に引き渡したらしいね。
精神科の世界で誰にもわからないから閉じ込めるしかない
今の医学ではそんなもの。
本人が一番辛かったはず、「なんでおれは暴れちまうんだろう」ってね。
原因はあるんだろうが、わたしにはもちろんわからない
引きこもりに正面から向き合うこともなく、
病理的な勉強も怠り、
甘えだとかやる気がないとかほかの子はちゃんとやってるのに
とか言ってる大人たちが、こんな、社会やこんな子供を作った。
あんたらこそ、やる気だしてみろよ
薬打って中毒になってみろよ
病気で足を切断されて足の大切さがわかり、
元通りにならない事をはじめて認める。
どうにもならない事って、その状況にならないとわからない事って、
あるだろう。
自分が正常でございと思ってるすべての連中、
あんたらは
感性が擦り切れて、何も感じられないからこんな世の中で平気でいられるだけだ。
宮沢Kの感性の爪の垢でも飲みやがれ!
この施設がどういう人たちがやってて、
どういうことが行われたかはわからない。
事故だったのかなんだったのかはわからない。
引きこもりにはそれなりの意義があるんだけど
わかってないんだろうな、こんな施設つくるくらいだから
(引きこもりの人生の意義の話は、またこんどね)
親が、子どもの暴力に耐えかねて
預かってくれる施設があると聞いて喜んで拉致させた。
親がこの施設に依存した。
親と子がいっしょに戦うことをあきらめた。
その結果、子どもは死んだ。
これだけだ。
臭いものにはフタか?
わが子は臭いものか?
誰かにまるごと頼みます、であとは平穏な暮らしが戻るのか?
(暴力で苦しんでる家庭では、
いっぺん親だけでも精神科や心療内科に相談に行くといい。
ハロペリドールなどの精神安定剤の処方で、おおかた静まる。
それからゆっくり時間をかけて話をしていってほしい。
相談するなら素人じゃなく専門家にしないとね。
ただ精神科くらい、医者の当たり外れの大きいところもないから
気に入る医者に出会うまで何人も回ること。
わたしは5つくらい、病院、回って奇跡的にいいドクターに会えて
やっと回復できた。
どうしてこんな無知で精神科の医者やってんの?というのが多い。
答えは「精神科は楽に儲かるから」。
(点数がいろいろ有利なのは事実)
+++++++++++++++++++++
★今日は最後に怠け者へ一言★
じじさんの言ってた、
たんなる「怠け者」の引きこもりやニート、不登校のあんたらに言っておく。
怠け者の末路は悲惨だよ。
生活保護って制度もいつまであるかわかんない。
バス代さえなくて何キロも歩いて病院にきてるおばさん、
家族から見放されて無縁墓地にはいるのを待って
光の入らない4畳半に住んでるおじさん。。。
やっぱ、施設とか、病院って、世の中にすごく必要。
こういう同病者をまじかにみれるもの。
自分の明日が見れるし
いっしょに抜け出そうとする仲間に出会えるもの。
ただし、自分から入りたい、と覚悟するまでが、時間、かかるのね。
これから医学はもっともっと進むよ。
病気かそうでないかは、かんたんに見破られるから
病気のフリもできない。
怠け者にはじじさんだけじゃなく、私も世間も、やさしくないよ。
【宮沢Kさんへ】
たいへん参考になりました。あなたのような体験をもった人たちが、もっと声をあげれ
ば、IMスクールのような、おかしな更生支援施設(?)は、なくなると思います。
++++++++++++++++++++
【再び、Eさんへ……】
ここで宮沢Kさんが、書いていることは、何かの参考になると思います。宮沢Kさんの
BLOGは、今のあなたのお子さんの立場で、自分の過去の経験を語っています。あとで
そのBLOGのアドレスを添付しておきますので、一度、あなたも、のぞいてみられたら
よいかと思います。
ともかくも、『許して、忘れる』ですよ。
あなたがこれを乗り切ったとき、あなたはすばらしいものを手にするはずです。つまり
(真の愛)がどういうものであるかを、知るはずです。今は、その試練のとき。あなたの
お子さんは、あなたにそれを教えるために、今、そこにいます。
決して短気を起こさず、決してあきらめず!
そうそうあなたの自殺願望ですが、これは育児にかぎらず、介護に疲れた人も、みな覚
えるものです。あなた自身も、一度、心療内科で、精神安定剤を処方してもらうとよいか
もしれません。
私も、姉に教えられて以来、女性用の精神安定剤をのんでいますが、よくききます。
なお、あなたからのメールを、こちらで一度手なおしして、私のマガジンに掲載したい
のですが、その許可をいただけませんか。あなたであることは、ぜったいわからないよう
に、書き改めます。
よろしくお願いします。
【宮沢Kの風・BLOG】
ここに書いた宮沢KさんのBLOGです。子どもの立場がよくわかり、Eさんの参考に
なると思います。
http://kenjinokaze.livedoor.biz/archives/50669992.html
どうか、めげないで、がんばってください。必ず解決する問題ですから。約束します。
(つづきは、Eマガのほうで。7月26日号、掲載予定)
Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司
●子どもの家庭内暴力で苦しんでいるEさんへ、
基本的には、心の病気と考えますが、この(病気)にいたるまでに、さまざまな原因や
理由が、そこにからんでいると考えてください。
糸が複雑にからむようにからんでいるため、それを解きほぐすのは、容易なことではあ
りません。それこそ、乳幼児期からの糸がからんでいることもあります。
ついでながら、乳幼児期から、(いい子)で通ってきた子どもほど、思春期を迎えるころ
から、この家庭内暴力も含めて、さまざまな問題行動を起こすことがわかっています。
(そういう点でも、子どものころから、(何を考えているかわからない子ども)ほど、心配
な子どもということになりますね。)
で、その家庭内暴力を起こす子どもの行動には、一定のパターンがあります。
(1)限界状況の把握
家庭内暴力を繰りかえす子どもの最大の特徴は、自ら、無意識のうちにも、限界状況を
設定するということです。つまり子どもは、「これ以上のことをしたら、おしまい」という、
その限界ギリギリのことまではします。が、しかしそれ以上のことはしません。
(自分に対する怒り)を、(家族)にぶつけているだけだからです。つまり本当に相手(あ
なたという親や兄弟)を憎んでいるから、暴力行為を繰りかえしているのでないというこ
とです。(自分でも、自分をどうしたらいいかわからない)という思いを、(怒り)に変え
ているだけなのです。
そういう点では、わがままな子、あるいは、俗な言い方をすれば、「甘ったれた子」とい
うことになります。それだけ、人格の核形成(コア・アイデンティティ)の遅れた子ども
ということになります。
(2)自虐的な愛の確認
家庭内暴力を起こす子どもは、完ぺきな愛を、家族、なかんずく母親に求めようとしま
す。完ぺきな愛です。「どんなことをしても、自分は許されるのだ」「愛で包んでもらえる
のだ」という愛、です。
その点、マザーコンタイプの子どもの心理に似ています。で、その完ぺきな愛を確認す
るために、暴力行為を繰りかえします。
が、暴力行為を加えられるほうは、たまったものではありません。当然のことながら、(子
どもを愛したい)という気持ちと、(子どもから離れたい)という気持ちの間で、はげしく
葛藤します。
その葛藤の間げきをついて、子どもは暴れます。たとえば親が、「病院へ一度、行ってみ
ようか?」「そんなに私(=母親)が嫌いなら、私は、この家から出て行こうか?」「ひと
りでアパートに住んでみる?」などという言葉を口にすると、突然暴れ出す子どもが多い
のは、そのためです。
子どもは、その一言に、大きな不安を覚えることになります。
(3)二面性
家庭内暴力を起こす子どもについて、多くの親たちが、「どうして?」と悩んでしまうの
が、二面性の問題です。
はげしく暴れながらも、それが収まったようなときには、別人のようにやさしくなった
り、親をいたわったりします。
実はそうした二面性は、暴力行為を繰りかえしている最中でも、それがあります。ある
男性は、こう言いました。彼は高校時代から青年期にかけて、その家庭内暴力を繰りかえ
しました。
「親を殴りつけている間も、もう1人の、別のぼくが自分の中にいて、『やめろ』『止め
ろ』と叫んでいた」と。
そこで私が、「では、どうしてそのとき、暴力をやめなかったのだ?」と聞くと、その男
性は、こう言いました。
「やめようと思っても、もう1人の自分が、どんどんと勝手に怒ってしまった」「途中で
やめると、かえって、自分がへんな人間に見られるようで、できなかった」「自分でも、ど
うしようもなかった」と。
で、その男性のばあい、家庭内暴力をやめるきっかけになった事件があったそうです。
ある夜のこと。その男性は、いつものように自分の母親を殴ったり、蹴ったりしました。
で、そのあとのこと。その男性が、いつものように家を出ようとしたところ、(本当は出る
つもりではなく、庭先にあるガレージの二階に行こうとしたのですが)、母親がその男性を
追いかけてきて、「出て行かないで」「どこへも行かないで」と、泣きながら懇願したそう
です。
それを見て、その男性は、自分にそんなことまでされて、なおかつ、「出て行かないで」
と泣き叫んだ母親に、自分が求めていたものが、それだったと気がついたというのです。
以後、その男性は、それまでの男性とは別人のように、穏やかになっていったそうです(母
親談)。
(4)緊張状態
子どもが暴れるメカニズムは、つぎのようです。
基本的に、子どもの心は、極度の緊張状態にあると考えます。この緊張状態が、日常的
に悶々とつづいています。
この緊張状態の中に、不安(将来への不安、現実への不安、孤独への不安など)、心配(将
来への心配)などが入りきんでくると、それを解消しようと、心の緊張状態が、一気に倍
加します。
それが突発的な暴力行為へと発展します。
ですから、このタイプの子どもについては、(1)緊張状態の緩和を心がける、(2)不
安や心配ごとを持ちこまないということになりますが、ふと言った言葉が、キーワードに
なり、それが子どもを激怒させるということも、少なくありません。
これはある年長児の女の子の例ですが、母親が、「ピアノのレッスンをしようね」と声を
かけただけで、激変し、あるときは、母親に向かって、包丁まで投げつけたといいます。
そこで対処のし方ということになります。
今ではすぐれた薬もあり、またこうした心の病気に対する理解も深まってきましたから、
決して、ひとりでは、悩まないこと。本人は、なかなか行きたがらないかもしれませんが、
よく説得して、一度、心療内科の医院を訪問してみることが、第一です。
つぎに子どもが暴れだしたら、説教したり、自分の意見を述べたりするのは、タブーと
心得ます。かえって火に油を注ぐようなことになりかねません。ですから、「ごめんなさい」
とだけ言い、それを、どんなことがあっても、繰りかえします。子どもが意見を求めてき
たようなときでも、「ごめんなさい」とだけ言って、それですまします。
「子どもが暴力行為を始めたら、家から出て、逃げろ」と教える指導員もいるようです
が、私は、反対です。
そのときはそれですむかもしれませんが、つぎのとき、それが理由で、また暴力が始ま
ることが多いからです。「この前の夜は、ぼくを捨てて、家を出て行ったではないかア!」
「どうして、オレを捨てたア!」とです。
Eさんの息子さんが、ソファにライターで火をつける行為も、「火をつけて家を燃やした
い」からではなく、「オレをひとりにしておくと、オレはたいへんなことをするぞ」「だか
らオレをひとりにするな」ということを、あなたに伝えたいからです。またそう解釈する
と、あなたのお子さんの心理が、より理解できるのではないでしょうか。
この問題の根底には、根深い、相互の不信関係(基本的不信関係)がからんでいます。
そしてそれは、どこかにも書きましたが、子どもが、乳幼児期に始まります。
本来なら、子どもは、親に向かって、言いたいことを言い、したいことをしながら、そ
のつど自分を発散しながら成長するのが、好ましいのですが、それができなかった。それ
が回りまわって、子どもの心を、ゆがめてしまった。それが今、はげしい暴力行為となっ
て、家庭の中で起きている。現状を解説すれば、そういうことになります。
で、家庭内暴力を経験した子ども(おとな)は、みな、こう言います。
「あんなことをしたのに、親は、自分を見捨てなかった」「それが自分を立ちなおらせる
きっかけになった」と。
反対に、そうでないケースも、少なくありません。親のほうが、根をあげてしまい、子
どもを施設へ送ったりするようなケースです。それぞれの親には、それぞれの、やむにや
まれない事情もあるのでしょう。が、それをするのは、最後の最後。またそれをしたから
といって、この問題は、解決しません。
さらに二番底、三番底へと、子どもは、落ちていきます。
しかし心の病気と考えれば、気も楽になるはずです。しかも、この病気だけは、必ず、
なおります。そういう病気です。ですから、どうか、短気だけは起こさないでください。
ただ家庭内暴力にかぎらず、どんな(心の病気)もそうですが、1年単位の時間はかかり
ます。それは覚悟しておいてください。
許して、忘れる。
その度量の深さによって、あなたのお子さんへの愛情の深さが決まります。子どもを投
げ出したとき、あなたは、親として、はげしい敗北感を味わいます。ですから、決して、
投げ出さないこと。
谷が深ければ深いほど、そのあと、あなたと息子さんは、すばらしい親子関係を築くこ
とができます。それを信じて、前に進んでください。
Hiroshi Hayashi++++++++++June 06+++++++++++はやし浩司
【アルバムの効用】
子育てをしていて、苦しいことや悲しいことがあったら、アルバムをのぞくとよいです
よ。あるいは、アルバムを、家の中心に置いてみてください。
アルバムには、私たちが想像する以上の力があります。理由は簡単です。そこには、楽
しかったとき、うれしかったときが、凝縮されているからです。
ぜひ、Eさんも、一度、ためしてみてください。それだけで、心が軽くなるはずです。
お子さんへの、愛情も、それで取りもどせるはずです。ひょっとしたら、お子さん自身も、
です。
++++++++++++++++
原稿を一作、添付します。
(中日新聞掲載済み)
++++++++++++++++
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 3日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●複合大恐慌(2011/07/18記)
+++++++++++++++++++++++++
アメリカのデフォルト(債務超過=国家破綻)、
EU経済の崩壊、
中国バブルの崩壊……。
迫り来る、世界の大恐慌。
しかし日本は3・11震災処理、原発事故処理問題で、
それどころではない(?)。
が、上記ひとつでも現実のものとなったら、
日本経済はそのまま奈落の底へ。
で、ここまでの話しなら私にも理解できる。
が、そのあと、この世界はどうなるか。
この日本は、どうなるか。
それがよくわからない。
ただひとつわかっていることは、そのあと、
世界は未曾有の大恐慌に見舞われるということ。
企業の連鎖倒産、失業者の増大、ハイパーインフレ……。
銀行や証券会社には、払い出しを求めて長蛇の列が
並ぶだろう。
犯罪も増加し、治安は不安定になる。
過去3年間だけをみても、世界の穀物価格(大豆、小麦、
とうもろこし)は、すでに3倍近くにまではねあがっている。
たとえば、大豆価格……08年比で、2・6倍
小麦価格……08年比で、2・3倍
とうもろこし価格……08年比で、3・1倍。
(農林水産省調べ・MMF・2010)
たまたま今は、円高にブレているからよいようなもの。
これが円安に向かえば、穀物価格は、一気に台所を直撃する。
へたをすれば日本でも餓死者が続出するかもしれない。
(すでにあちこちで餓死者が報告されているが……。)
今まさに、世界は大激流の渦の中に巻き込まれようとしている。
そういう中、私たちはいったい、どのように自分の身を守ればよいのか。
どのように生きていけばよいのか。
+++++++++++++++++++++++++
●日本人の依存性
「国の指示がなかった」「国が何とかしてくれる」と。
こういうのを依存性という。
「甘えの構造」(土居健郎)ともいう。
牛肉から最初に放射線が計測されたとき、当の飼育業者は、こう言っていた。
「原発から、こんなに離れているのに……!」と。
AS町に住む飼育業者である。
そこで私はグーグルマップを使って、福島第一原発からAS町までの距離を調べてみた。
が、その距離はたったの45キロ!
原発事故においては、45キロなど、事故の直接圏内。
もう一度、3月末の「放射線物質の飛散様子図」(イギリス気象局)を見てみよう。
<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/49/img21b9fb72zik6zj.gif"
width="597" height="406" alt="conccol_I-131_20110322T060000.gif">
これは3月22日の06:00(GMT)のものだが、このあと放射性物質(=放射能)
は、さらに広く拡散する。
最高度の危険度を示す「赤」は、東京を越え、伊豆半島にまで達している。
さらにその先端は、この浜松市にまで達している。
45キロどころではない。
当時、私は即座にそれを知り、雨が降っている日には、(小雨でも)、生徒たち全員に雨
合羽を無料で配布、着用させた。
浜松市(福島第一原発から約420キロ)に住んでいる私ですら、その程度の危機感をも
っていた。
が、たった45キロしか離れていないAS町の飼育業者が、そんな言葉を使ってよいのか。
「原発から、こんなに離れているのに……!」と。
おおかたの世論は、「やむにやまれず、汚染されたワラを与えた」と、飼育業者に同情的
である。
たしかにそうかもしれない。
その心情は、痛いほど、よくわかる。
が、そうとばかりは言えない部分もある。
何かが心にひかかる。
そのおかげで、放射線被害は、ほぼ全国に広がってしまった。
つまり無知と言えば無知(失礼!)。
ほんの少しでも自分で情報を集め、考える力があったら、そんな言葉は出てこなかっただ
ろう。
すでに百数十頭以上もの汚染牛が、食卓で消費されている。
今朝になってその数はさらにふえた。
わかっているだけでも、600頭近く!
しかも事故直後の5月ごろに!
この先、どんな健康被害が出てくることやら。
それを考えたら、「無知だった(innocent)」では、すまされない。
「ちゃんと指示を出してくれなかった、国が悪い」では、すまされない。
●慣性の法則
「日本人は、希望的観測論で行動する。最悪のばあいを考えて行動しない」と。
藤井巌喜氏が、その著書「超大恐慌の時代」の中で述べている言葉である。
何もあえて取り越し苦労をすることもないが、それにしても日本人は、甘すぎる。
飼育業者だけではない。
これほどまでの大恐慌が、すぐそこまで来ているのに、その緊張感すらない。
同じように、「何とかなる」「だれかが何とかしてくれる」と。
のんきというか、ノー天気というか。
私もリーマンショック(2008年9月)で、ひどい目にあった。
だからドバイショック(2009年11月)のときは、それを察知することができた。
ちょうどその1週間前には、すべての株を手放していた。
そして今、おかしな楽観論が、日本中を支配している。
放射線汚染もそうだが、そこにある危機を横目に見ながら、「大恐慌など来ない」と。
こういう世俗の動きを、経済の世界では「慣性の法則」というらしい。
「まだだいじょうぶ」という甘い考えだけが、ひとり歩きしてしまう。
現在の中国に、その例を見る。
いまだに中国人のほとんどは、住宅バブルはまだこの先も、ずっとつづくと信じている
らしい。
今年に入って、貸出金利の上昇とともに、住宅価格は20%以上も下落している。
が、それでも「一時的なもの」と。
かつての日本人もそうだった。
「まだ何とかなる」「そんなはずはない」と言って、土地神話にしがみついた。
つまり慣性がついているから、小回りできない。
それを「慣性の法則」という。
わかりやすく言えば、行き着くところまで行かないと、気がつかない。
●では、どうするか
では、どうするか……と書いたところで、筆が止まってしまう。
私はこの分野では、ズブの素人。
書店で経済誌を読みあさる力はあっても、それをまとめる能力はない。
他人に、どうしたらよいか書く能力となると、さらにない。
しかし嵐が近づけば、だれだってその備えをする。
そういう能力はある。
大恐慌になれば、株価は下落、企業は倒産。
銀行があぶなくなるということは、銀行預金もあぶなるということ。
プロの投資家は、そういう危機を先読みし、利益につなげるという。
しかしそんな芸当など、私にできるはずがない。
そういったものに手を出すのは、危険すぎる。
そこで防衛あるのみ。
今の段階では、「損切り」(損をしてでも、見限るものは見限る)あるのみ。
この先の具体的なことはここには書けない。
みな、事情が異なる。
専門知識にも差がある。
ただこういうことは言える。
「今度中国ショックが起きれば、ドバイショックの1000倍の威力(被害)がある」(某
経済誌)と言われている。
(何をさして、1000倍というか、よくわからないが……。)
さらにもしアメリカがデフォルト……ということにでもなれば、日本の銀行は、残らず倒
産する。
日本の銀行団がかかえるアメリカ国債は、330兆円!
今の今も、毎年、48兆円ものアメリカ国債を買い支えている。
日本の国家税収が40兆円前後。
国家予算が80兆円前後。
それと比べても、330兆円という額がいかに莫大なものであるかが、わかるはず。
それが紙くず……とまではいかないにしても、それに近い状態になる。
8月2〜3日に、オバマ大統領は、どのような決断を下すか?
おおかたの経済学者は、債務限度額を引き上げ、ドル札の増刷をして乗り切ると読んでいる。
つまりそのほうがデフォルトするよりは、よい。
しかしここでも慣性の法則が働く。
このまま慣性によって、突っ走ってしまうかもしれない。
オバマ大統領は、その決断もくだせないほど、自らの体を、無数の糸でしばりあげてしま
っている。
つまりにっちもさっちもいかない状態になっている。
それに今、ここで一時的にデフォルトを避けられたとしても、根本的な問題は何一つ解決
していない。
さらにアメリカの借金は積み重ねられ、その向こうではさらに大きなデフォルトが待って
いる。
また同時進行の形で、EU経済の崩壊、中国バブルの崩壊が危ぶまれている。
もちろんこの日本も、あぶない!
時おりしも、超巨大台風が日本列島に接近中!
どうやらこの浜松地方を直撃しそうなコースに乗っている。
とりあえずはこの台風への備え。
それが片づいたら、「超大恐慌」(藤井巌喜)に備えよう。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●7月16日、夜記
+++++++++++++++++++
今日は暑かった。
一日中、ふとんの上で横になっていたような気がする。
ときどき水道の水を頭にかけた。
軽く拭いて、そのまま扇風機に。
この繰り返し。
調子は最悪。
昨日から頭痛が消えない。
今も軽い頭痛。
熱中症?
偏頭痛?
それとも夏風邪?
判断しかねている。
だから薬も今は、ペンディング。
先ほど、ある雑誌社からの原稿を書き終えた。
締め切りまで、まだ日数があるので、
しばらく塩漬け。
原稿というのは、つけものと同じ。
しばらく塩漬けにしたあと、再度推敲する。
時間がたつと、そのときは気がつかなかった文の
アラがわかる。
だから塩漬け。
+++++++++++++++++++
●後悔
ときどき、……というより最近、私はこう思う。
「私は自分の人生で何をしてきたのだろう」と。
自分の好き勝手に生きてきたつもりなのだが、いつもだれかの犠牲になっていた。
心の負担感をはずすことができなかった。
もちまえの生まじめさが、私をして、そうさせた。
私はもっとずるく生きてくればよかった。
手を抜くところは、抜く。
ニヒルになるところは、なる。
それが私には、できなかった。
そういう点では、私はクソまじめすぎた。
今の今もそうで、体中に、無数の糸がまつわりついている。
後悔といえば、それが後悔。
が、理由はわかっている。
結論を先に言えば、私は臆病者。
ひとりで生きていく度胸すらない。
自信もない。
勇気もない。
だから反対にだれかにまつわりつく。
それが逆に、私にまつわりついてくる。
●勇気
勇気がほしい。
ひとりで生きていく勇気がほしい。
だれにも遠慮せず、だれにも媚を売らず、だれにも干渉されず、
そして不安や孤独から解放され、ひとりで生きていく勇気がほしい。
それができれば、過去とも決別できる。
息子たちやワイフとも決別できる。
今の私にとっては、家族は憩いの場であると同時に、負担。
「あと何年がんばればいいのか」と。
若いときのように先が見えない分だけ、心細い。
健康にも、自信がなくなってきた。
が、私は自分の体にムチを打つ。
打って、運動に出かける。
負担感の原因は、どうやら、そのあたりにあるようだ。
そこでこう考える。
「人なんて、クソ食らえ」と。
みんな勝手に、自分で生きていけばよい。
私は私だ。
……つまりそういうふうに割り切って生きる、勇気がほしい。
●愚痴
やはり頭痛のせいだ。
こういう愚痴っぽい原稿は、私の書く文章ではない。
また読む人だって、不愉快。
だから今夜はここまで。
……そう、夜中になったら、サイクリングをしてみよう。
今日は土曜日。
少し遠出をしてもよい。
よい運動になる。
いや、本当は、どこまでもどこまでも、行けるところまで行ってみたい。
日本にも砂漠のようなところがあったらよい。
オーストラリアのアウトバックス(荒野)のようなところでもよい。
いつか足が動かなくなり、そのまま地面に倒れる。
倒れて意識を失う。
あわよくば、そのままピンコロ!
私にとっては、理想の死に方。
……本当にこの世の中、皮肉なもの。
生きていくのもたいへん。
しかし死ぬのも、同じくらい、たいへん。
いま、つくずくそう思う。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●7月17日
一夜あけて、今日は7月17日。
曇った空。
涼しい風。
セミの声も、どこか湿っぽい。
先ほど天気予報を見たが、超大型の台風が接近中とか。
20日ごろ、本州の南側をかすめそう。
今朝は運動をするのも、何となく、おっくう。
というか、していない。
こういうときは、ささいなことが気になる。
昨夜も、ひとりで近くのソバ屋へ行ってきた。
客は、私ひとりだけだった。
そこでのこと。
私は冷やしソバを注文したのだが、主人の腕を見ると、玉になった汗がびっしり。
その汗が、ソバを出してくれたとき、ポタポタとソバの中に落ちた。
とたん食欲ゼロ。
空腹感は、どこかへ吹っ飛んでしまった。
「塩の味付けと同じ」と、何度も自分に言って聞かせる。
聞かせながら、食べる。
が、それにも限界がある。
ソバの部分だけを食べ、あとは残して出てきてしまった。
帰りにコンビニでダイエット食を、5個買った。
今朝はまだ体重を量っていないが、65キロ台になっているはず。
●ダイエット
ダイエットするときは、運動量をふやす。
運動をしないまま、減食すると、そのうち体が動かなくなる。
抵抗力も落ちるので、もろもろの皮膚病を誘発する(私のばあい)。
結膜炎やインキンなど。
が、この方法だと、最初の7日前後、体重はほとんどさがらない。
脂肪がそのまま筋肉になるためと、説明されている。
が、その7日を過ぎると、徐々に体重がさがり始める。
が、そこからが苦しい。
今の私がそうだ。
脂肪が筋肉になるといっても、簡単にはなってくれない。
さらに運動量をふやさなければならない。
……人間というのは、本来、怠け者。
サルにも「ナマケモノ」というのがいる。
人間ももともとその部類だったかもしれない。
ポタポタとした腹を手のひらで叩きながら、今、そんなことを考える。
●汚染牛
今、放射能で汚染された牛肉が問題になっている。
今月のはじめには、「そういう牛はない」ということになっていた。
が、その直後、1頭、発見された。
それが全国で販売され、大半がだれかの胃袋に入った。
さあ、たいへん!、ということで、日本中が大騒ぎになった。
が、1頭だけではなかった。
84頭(16日)、さらに42頭(17日)とつづいた。
宮城県産の牛にも、飛び火した(17日)。
当初から「1頭だけのはずがない」と私は思っていた。
思っていたが、「1頭だけかもしれない」という淡い期待も抱いていた。
ヤフーニュースは、こう伝える。
『……放射性セシウムを含む稲わらを与えられた肉牛は、すでに南SM市と同県AS町の
農家からの出荷が判明。同様の牛の出荷は計143頭になった」と。
ただAS町の農家の人が、こう言ったのには、驚いた。
「こんな遠くまで放射能が飛んでくるとは思っていませんでした」と。
そこでグーグル・マップを使って、距離を調べてみた。
福島第一原発から、AS町までは、……40〜50キロ!
たったの40〜50キロ。
それでもその農家の人は、そう言った。
そう言えば、足柄茶(神奈川県)で放射能が発見されたときも、農家の人は同じような
ことを言っていた。
静岡茶で発見されたときも、そうだ。
「何100キロも離れているのに!」と。
管直人首相は、「東京、神奈川の人まで、3000万人の強制移住も考えなくてはならな
い」(16日)というようなことまで言ったとか。
そうならないことを望むが、しかし可能性としては、ありえない話しではない。
というのも、この問題は、牛肉だけのことではない。
ありとあらゆるもののが、汚染されている。
それがジワジワと、積算されながら、裾野に広がりつつある。
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
【熱中症vs管直人首相の責任】(改)2011/07/1記
●節電と熱中症(熱中症まで、管首相の責任?)
産経新聞(2011−07ー17)・Izaニュース(7月17日)に、奇妙な記事が載っ
た。
実に奇妙な記事である。
いわく「熱中症による死亡者がふえたのは、管直人首相のせい」と。
一部を、そのまま紹介する。
++++++++++以下、産経新聞(iza)より+++++++++++++
政界でも「菅直人首相の思いつき」(現職閣僚)としか受け止められていない「脱原発」路
線の影響で、ついに死者が出始めた。総務省消防庁が12日にまとめた調査(速報値)で、
7月4日から10日までの1週間に熱中症で病院に搬送された人が前年同期の897人か
ら5倍以上の4520人に達し、うち8人が死亡していることが分かったのだ。
(中略)
過剰な節電意識から生じた熱中症は、さしずめ「3次被害」と言ったところだろう。しか
も、1次や2次被害と違って民主党政権、とりわけ菅政権と密接不可分な、正真正銘の人
災でもある。
(中略)
首相は13日の記者会見で熱中症患者の急増について「本当に申し訳ないといいましょう
か、静養いただかなければならない問題だ」と謝罪した。後ろめたさを感じていたとみえ
る。
++++++++++以上、産経新聞(iza)より+++++++++++++
●2011年は、2010年より、暑い!
そこで私は、東京都における、昨年(2010)の気温と、今年(2011)の気温を
調べてみた(goo天気)。
もし2011年(今年)の気温が、2010年とほぼ同じであれば、節電と熱中症の間に、
何らかの因果関係があっても、おかしくない。
(だからといって、即、管直人首相の節電協力要請と結びつけることはできないが……。)
●2010年・7月の最高気温(かっこ内は、2011年・7月)
(▲)は、2011年に気温が上昇したことを示す。
1日 29・5 (33・9) ▲
2日 31・0 (28・9) ▽
3日 28・8 (31・1) ▲
4日 31・6 (34・3) ▲
5日 30・3 (32・3) ▲
6日 30・6 (32・5) ▲
7日 27・8 (29・7) ▲
8日 30・1 (31・4) ▲
9日 27・8 (32・5) ▲
10日 31・1 (33・6) ▲
11日 28・9 (33・8) ▲
12日 29・1 (32・7) ▲
13日 25・9 (33・4) ▲
14日 31・3 (33・4) ▲
15日 31・4 (33・7) ▲
16日 31・9 (33・3) ▲
17日 32・1
これを見てもわかるように、1日〜17日までの間で、2010年より気温が低かった
のは、7月2日の1日だけ。
あとは、見比べただけでわかる。
1〜16日までの平均気温は、2010年は、29・8度。
2011年は、32・5度。
平均気温だけをみても、2・7度も差がある!
つまり今年は、猛暑日つづき。
が、産経新聞は、「熱中症で死者が出たのは、管直人首相の(節電協力要請)のせい」と結
論づけている。
韓国の新聞でも、ここまでメチャメチャな反日記事は書かない。
●気温上昇と節電
この先、地球温暖化は、さらに進む。
一説によると、気温も45度を超えると、クーラーもきかなくなるという。
節電するとか、しないとか、そういうレベルを超える。
そういうことを考えるなら、今から節電に慣れておく。
その準備をしておく。
エネルギーの無駄遣いを控える。
それは当然のことではないのか。
●必要十分条件
不幸にして、8人の方が、熱中症でなくなった。
残念な事件である。
しかしそうして亡くなった人を、いきなり管直人首相の責任とすることはできない。
(1)亡くなった人は、管直人首相の節電協力要請どおり節電し、死亡した。
(あるいは管直人首相の言葉を忠実に実行し、エアコンを使わないでいたため、死亡した。)
まずこれが必要条件。
(2)亡くなった人たちは、管直人首相の節電協力要請を無視し、節電をしていなかった
ら、助かった可能性が高い。
これが十分条件。
これら2つの条件を満たしてはじめて、管直人首相の責任ということになる。
が、仮にそうであっても、産経新聞のこの記事は、どう読んでも、お・か・し・い。
まだ、おかしい。
節電といっても、エアコンを止めろということではない。
仮に熱中症による症状が現れれば、だれだって冷房の設定温度を最大限までさげるだろう。
私も山中で草を刈っていたとき、一度、熱中症にかかったことがある。
それがわかったから車の中に飛び込み、頭から水をかけ、冷房をがんがんとかけた。
熱中症になっても、その人たちは、管直人首相の言いつけを忠実に守ったというのだろ
うか。
何も処置しなかったというのだろうか。
今どき、そんな人はいない。
北朝鮮にはそういう人もいるかもしれないが、この日本にはいない。
ものごとは常識で考えたらよい。
今年、熱中症の患者が急増したのは、気温が異常に上昇したからである。
冒頭にあげた、東京都の気温を、もう一度、よく見比べてみてほしい。
●節電
「節電に協力してほしい」という管直人首相の言葉は、こういう時期においては、至極
当然のことである。
現に今の今も、福島第一原発からは、モウモウと放射性物質が空中に飛散している。
この先、その被害が、どのような形で、どこに現れるか、それさえも正確にはわかってい
ない。
汚染野菜に汚染茶。
今度は汚染牛肉。
それぞれは「今、ただちに害はない」というレベルかもしれないが、こういったものが複
合されたときが、こわい。
しかも放射性物質というのは、日々に積算される。
「原子力発電の再開は、慎重にしましょう」と呼びかける管直人首相は、まさに常識を
口にしただけ。
この先東京都どころか、名古屋市だって、あぶない。
汚染牛にしても、山口県の山口市で売られていたという。
産経新聞社が、管直人首相を嫌う理由は、よくわかる。
しかしいくら『坊主憎し』といっても、袈裟まで叩いて、どうする?
どうなる?
ここはもう少し冷静になってほしい。
自分たちの論理のおかしさに、気づいてほしい。
今は、そんなことで足を引っ張りあっているばあいではない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 管直人 熱中症 責任問題
2011年 猛暑 産経新聞の管首相叩き)
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
●7月19日
断続的にはげしい雨。
あやしげな風。
超大型の台風が、もっか、北上中。
今夕、四国地方を直撃。
そのあと急旋回して、東海地方に。
気象庁の予報では、そうなっている。
時刻はすでに9時を過ぎているのに、朝方のように暗い。
不気味。
ワイフは、先ほど、車の点検に出かけた。
1年点検とか。
「もう1年!」と。
驚く。
TOYOTAのプリウスを買って、もう1年!
すばらしい車であるこちには、ちがいない。
平均燃費は、19キロ/L前後。
夏場になって少し消費量がふえたような感じはする。
しかし一度満タンにすると、1か月ほど、そのまま走る。
給油は月に1回。
その前に乗っていたビッツ(TOYOTA)は、10日に1回は給油していた。
で、台風が気になる。
あちこちのサイトをのぞく。
先に「急旋回」と書いたが、「Uターン」と書く方が正しいかもしれない。
四国へ上陸したあと、偏西風に乗って、Uターン。
そのまま太平洋に逆戻り。
奇妙な台風だ。
浜松に再接近するのは、20日(水曜日)の午前6時ごろ。
しかしそのころには、すでに青空も見えているはず。
●
近く、講演がつづく。
そのあと名古屋で同窓会。
7月は忙しいというより、あわただしい。
間を縫って、こまかい行事がつづく。
毎年、そう。
体重は今朝、やっと65キロ台にもどった。
が、これからが苦しい。
目標は63キロ。
ペットボトル1本分。
自分のポタポタとした腹を見ながら、こう考える。
「こんなムダな肉をくっつけて歩いて、どうする?」と。
車で言えば、後部座席に家財道具を積んでいるようなもの。
私の適正体重は、60キロ前後。
年齢を考えるなら、57〜8キロ前後。
その分、体も軽くなる。
動きも活発になる。
がんばろう!
Hiroshi Hayashi+++++++July. 2011++++++はやし浩司・林浩司
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 11年 8月 1日号
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2011年月8日1日現在……1552号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●子どもの心とその形成期(改3)
==子どもの心は、いつどのように作られるか==
【乳幼児期・信頼関係の構築期】(0歳〜2歳前後)
●基本的信頼関係
幼児の心は、段階的に形成されていく。混然一体となり、一次曲線的に形成されていく
のではない。たとえば0歳から2歳ごろまでの乳幼児期。エリクソン(※1)という学者は、
この時期を「信頼関係の構築期」と位置づけている。信頼関係…つまり母子の間における
信頼関係をいう。
この信頼関係の構築に失敗すると、いわゆる心の開けない子どもになる。さらにひどく
なると、情意(心)と表情が、一致しなくなる。指導する側から見ると、「何を考えている
か、わからない子ども」ということになる。これは子どもにとっても、不幸なことである。
良好な人間関係を結べなくなる。そのためいつも孤独感にさいなまれるようになる。
そこでその子どもは、外の世界で友を求める。しかし心が閉じているから、外の世界に
なじめない。その分だけ精神疲労を起こしやすい。ときに傷つく。それを繰り返す。
そうした心の状態を、ショーペンハウエルという心理学者は、『2匹のヤマアラシ』という
言葉を使って説明した。
2匹のヤマアラシ…ある寒い夜、2匹のヤマアラシは、たがいにくっついて暖を取ろう
とした。が、くっつきすぎると、たがいの針が痛い。離れると寒い。だから2匹のヤマア
ラシは、一晩中、くっついたり離れたりを繰り返した。
●2匹の犬
私はこのことを、2匹の犬を飼って知った。1匹は、保健所で処分される寸前の犬。こ
れをA犬とする。人間でいうなら、育児拒否、冷淡、無視、虐待を経験した犬ということ
になる。
もう一匹は、超の上に超がつく愛犬家の家で生まれ育った犬。私の家に来てからも、しば
らくは、私は自分のふとんの中で抱いて寝た。これをB犬とする。
2匹の犬は、性格がまったくちがった。A犬は、だれにも愛想がよく、シッポを振った。
そのため番犬にはならなかった。おまけに少しでも目を離すと、家の外へ。道路で見つけ
ても、叱られるのがこわいのか、私からサーッと逃げていった。
一方B犬は、忠誠心が強く、他人が与えた餌には口をつけなかった。私の言いつけもよ
く守った。もちろん番犬になった。見知らぬ人が庭へ入ると、けたたたましく吠えた。
A犬と私の間には、最後まで信頼関係は構築できなかった。一方、B犬と私は、最後ま
で深い信頼関係で結ばれていた。
●性格
が、それだけではすまない。心は性格として定着する。「私」がない分だけ、自分を偽る。
仮面をかぶる。おとなにへつらったり、相手の機嫌を取ったりする。おとなの前で、いい
子ぶったりする。イプセンの『人形の家』の主人公を例にあげるまでもない。
…ということで、この時期は、(絶対的なさらけ出し)と、(絶対的な受け入れ)を大切
にする。「絶対的」というのは、「疑いをいだかない」という意味。つまり子どもの側から
すれば、「どんなことをしても許される」という安心感。母親側からすれば、「どんなこと
をしても許す」という包容力。この2つがあいまって、はじめて母子の間の信頼関係が構
築される。が、不幸にして不幸な家庭に育ち、信頼関係の構築に失敗すれば、基本的不信
関係となり、生涯に渡ってその子どもは、重い十字架を背負うことになる。
●親子の絆
親子の絆にしても、そうだ。最近の研究によれば、人間にも、刷り込み(インプリンテ
ィング)(※3)に似たようなものがあることがわかってきた。孵化してすぐ二足歩行を始め
る鳥類は、最初に見たものや聞いたものを親と思い込む。それを刷り込みというが、その
とき親子の絆は、本能に近い部分にまで刷り込まれる。
人間のばあい、生後0か月から7か月前後までが、その時期とされる。この時期を「敏
感期」と呼ぶ学者もいる。この時期における親子の絆作りがいかに重要かは、このひとつ
をとっても、わかる。
●子どもを愛せない母親
その一方で、子どもを愛することができないと、人知れず悩んでいる母親も多い。東京
都精神医学総合研究所の調査でも、自分の子どもを気が合わないと感じている母親は、7%
もいることがわかっている。そして「その大半が、子どもを虐待していることがわかった」
(同、総合研究所調査・有効回答500人・2000年)。
私が同時期に浜松市で調査したところ、「10%」という数字が出てきた。程度の差もあ
るが、「兄は愛せないが、妹は愛せる」という母親も含めると、10%になる。
また虐待についても、約40%弱の母親が、虐待もしくは虐待に近い行為をしていると
いう。(妹尾栄一調査)。妹尾氏は、「食事を与えない」「ふろに入れたり、下着をかえたり
しない」などの17項目を作成し、それぞれについて、「まったくない……0点」「ときど
きある……1点」「しばしばある……2点」の3段階で親の回答を求め、虐待度を調べた。
その結果、「虐待あり」が、有効回答(494人)のうちの9%、「虐待傾向」が、30%、
「虐待なし」が、61%であったという。
母親だから子どもを愛しているはずと決めつけて考えてはいけない。
●世代連鎖
ついでながら、虐待について一言。『子育ては本能ではなく、学習である』。とくに人間
のような高度な知能をもった動物ほどそうで、親に育てられたという経験が身にしみてい
てこそ、今度はその子どもが親になったとき、自然な形で子育てができるようになる。あ
るいは親から受けた子育てを、そのまま繰り返す。これを「世代連鎖」という。
つまり子育てとは、子どもを育てることではない。子どもに子育ての仕方を見せる。見
せるだけでは足りない。しみこませておく。「家族というのはこういうものですよ」「夫婦
というのは、こういうものですよ」「親子というのはこういうものですよ」と。
それがよい世代連鎖であれば、問題はない。が、そうでなければそうでない。たとえば
昔から『離婚家庭で生まれ育った子どもは離婚しやすい』と言う。
「離婚が悪い」と書いているのではない。離婚率も今や35%(平成19年)に達して
いる。(25万件(離婚届数)を72万件(結婚届数)で割ってみた。)離婚そのものは、
子どもの心にほとんど影響を与えない。離婚に至る家庭騒動が、影響を与える。どうか誤
解のないように!
とくに世代連鎖しやすいのが虐待ということになる。親が子どもを虐待するのはしかた
ないとしても、今度はその子どもが自分の子ども(孫)を虐待するようになる。それを見
て、そのとき親が、「しまった!」と気づいても遅い。つまり虐待はしない。
●心の病気の(種)も乳幼児期に
さらに心の病気についても、その(種)は、乳幼児期に作られると説く学者もいる。た
とえば九州大学の吉田敬子氏は、母子の間の基本的信頼関係の構築に失敗すると、子ども
は、『母親から保護される価値のない、自信のない自己像』(※4)を形成すると説く。
さらに、心の病気、たとえば慢性的な抑うつ感、強迫性障害、不安障害の(種)になる
こともあるという。それが成人してから、うつ病につながっていく(同氏)、とも。
●自己中心性
この時期の幼児の特徴を一言で表現すれば、「自己中心性」ということになる。ものごと
を、(自分)を中心にして考える。「自分の好きなものは、他人も好き」「自分が嫌いなもの
は、他人も嫌い」と。
それがさらに進むと、すべての人やものは、自分と同じ考え方をしているはずと、思い
こむ。自然の中の、花や鳥まで、自分の分身と思うこともある。これを「アニミズム」(ピ
アジェ)という。心理学の世界では、物活論、実念論、人工論という言葉を使って、この
時期の子どもの心理を説明する。 物活論というのは、ありとあらゆるものが、生きてい
ると考える心理をいう。
風にそよぐカーテン、電気、テレビなど。乳幼児は、こうしたものが、すべて生きてい
ると考える。……というより、生物と、無生物の区別ができない。
実念論というのは、心の中で、願いごとを強く念ずれば、すべて思いどおりになると考
える心理をいう。
ほしいものがあるとき、こうなってほしいと願うときなど。乳幼児は、心の中でそれを
念ずることで、実現すると考える。……というより、心の中の世界と、外の世界の区別が
できない。
そして人工論。人工論というのは、身のまわりのありとあらゆるものが、親によってつ
くられたと考える心理である。
人工論は、それだけ、親を絶対視していることを意味する。ある子どもは、母親に、月
を指さしながら、「あのお月様を取って」と泣いたという。そういう感覚は、乳幼児の人工
論によって、説明される。
こうした乳幼児の心理は、成長とともに、修正され、別の考え方によって、補正されて
いく。しかしばあいによっては、そうした修正や補正が未発達のまま、少年期、さらには
青年期を迎えることがある
【幼児期前期・自律期】(2〜4歳児)
●マシュマロテスト
1960年代に、スタンフォード大学で、たいへん興味深いテストがなされた。「マシュ
マロテスト」というのが、それである。そのテストを、同大学のHPより、そのまま紹介
させてもらう。
『スタンフォード大学の附属幼稚園で、4児を対象に、マシュマロテストと題したつぎの
ような実験がおこなわれた。実験者が4才児に向って、「ちょっとお使いに行ってくるから
ね、おじさんが戻ってくるまで待ってくれたら、ごほうびに、このマシュマロを2つあげ
る。でも、それまで待てなかったら、ここにあるマシュマロ1つだけだよ。そのかわり今
すぐ食べてもいいけどね」と。
約20分最後までガマンして、ごほうびにマシュマロ2個をもらった子供と、そうでない
子供に分かれた。その4才児を追跡調査した、興味ある結果が出てきた。
マシュマロ2つの子供は1つの子供に比較して、高校において学業の面で、はるかに優秀
で、社会人になってからも高い社会性を身につけ対人能力にも優れ、困難にも適切に対処
できる人間になっていた』(同サイト)と。
ダニエル・ゴールマンは、自著「EMOTIONAL INTELLIGENCE」の中で、この実験を
つぎのように結んでいる。いわく、「明日の利益のために、今の欲望を我慢する忍耐力は、
あらゆる努力の基礎になっている。きたるべき報酬を予期することで、現在の満足を得な
がら目標に向って長期にわたって努力しつづける持続力には、忍耐を要する」(同サイト)
と。
●決定的な差
この実験を少し補足する。この実験は、1960年代にスタンフォード大学の心理学者
ウォルター・ミシェルが大学構内の付属幼稚園で始めたもので、その後も詳細な追跡調査
がなされている。
その結果、すぐマシュマロに手を出したグループと、がまんして2個受け取ったグルー
プの間で、決定的な差が生じたことは先に書いたとおりだが、情動を自己規制できたグル
ープは、たとえば、学業の面でも、SAT(大学進学適正試験)(※2)で、もう一方のグル
ープに200点以上もの大差をつけたという(植島啓司著「天才とバカの境目」(宝島社))。
●忍耐力
よく誤解されるが、この時期の子どもにとって、忍耐力というのは、「いやなことをがま
んしてする力」のことをいう。一日中、サッカーをしているからといって、忍耐力のある
子どもということにはならない。好きなことをしているだけである。ためしに子どもに、
台所のシンクにたまった生ゴミを手で始末させてみるとよい。背が届かなければ、風呂場
の排水口にたまった毛玉でもよい。そういった仕事を、何のためらいもなく、ハイと言っ
てできれば、その子どもはすばらしい子どもということになる。
もちろんこのタイプの子どもは、学習面でも伸びる。というのも、もともと(勉強)に
は、ある種の苦痛がともなう。その苦痛を乗り越える力が、忍耐力ということになる。
●自律期
エリクソンは、この時期を「自律期」と呼んだ。この時期を通して、幼児は、してよい
ことと、してはいけないこと、つまり自分の行動規範を決める。前回教えたこととちがっ
たことを言うと、「ママは前にこう言ったじゃない」と抗議したりする。「幼稚園の先生は
こう言った」と言って、親をたしなめるのも、この時期の子どもの特徴である。それが正
義感へとつながっていく。
そのためこの時期をとらえ、うまく指導すれば、あと片づけのしつけがたいへんうまく
いく。花瓶の位置がずれていただけで、それが気になり、元の場所に戻そうとする。そう
でなければそうでない。行動そのものが衝動的になり、生活全般がだらしなくなる。
●では、どうするか
子どもの忍耐力を養うためには、「使う」。家庭の中に、ある種の緊張感をつくり、その
緊張感の中に巻き込む。「自分がそれをしなければ、家族のみなが困る」という意識をもた
せるようにする。親がゴロゴロと寝ころんでいて、子どもに向かって、「おい、新聞をもっ
てこい」は、ない。
ついでながら、この日本では、子どもに楽をさせること、あるいは楽しませることが、
子どもへの愛の証であると誤解している人は多い。あるいはより高価なプレゼントをすれ
ばするほど、親子の絆は太くなると誤解している人も多い。しかし誤解は誤解。そんなこ
とを繰り返せば、子どもはますますドラ息子、ドラ娘化する。やがて手がつけられなくな
る。
そこでイギリスでは、こう言う。『子どもの心をつかみたかったら、釣り竿を買ってやる
より、いっしょに、釣りに行け』(イギリスの教育格言)と。
【幼児期後期・自立期】(4〜5・5歳児)
●暴言
この時期の子どもの特徴は、生意気になること。親が「新聞を取ってきて!」と頼むと、
「自分のことは自分でしなと言い返したりする。生意気になりながら、自立をめざす。
で、子どもの自立を促す3種の神器、それが(1)ウソ、(2)暴言、(3)盗み。
ウソについては、2歳前後から始まる。ウソ寝、ウソ泣きがそれである。
つぎに暴言。自立期に入ると、親の優位性を打破しようと、子どもは親に向かって暴言
を吐くようになる。「ババア」「ジジイ」「バカ」など。暴言を許せというのではない。暴言
を言えないほどまで、子どもを抑えつけてはいけない。適当にあしらい、あとは無視する。
私のばあい、つぎのような方法で、幼児を指導している。
私「……もっと悪い言葉を教えてやろうか」
子「うん、教えて!」
私「でも、この言葉は、使ってはいけないよ。園長先生とか、お父さんに言ってはだめだ
よ」
子「わかった。約束する」と。
そこで私はおもむろに、こう言う。「ビダンシ(美男子)」と。それ以後幼児たちは、喜
んでその言葉を使う。私に向かって、「ビダンシ、ビダンシ!」と。
盗みについても、同じように考えるが、子どもの金銭感覚(ふえた、減った、得をした、
損をした)は、年長児から小学2年生ごろまでに完成する。この時期に、欲望を金銭で満
たす方法を覚えると、あとがたいへん。幼児期には100円で喜んでいた子どもでも、高
校生になると1万円、さらに大学生になると10万円になる。
さらに脳の中(線条体)に受容体ができると、条件反射的にものをほしがるようににな
る。買い物依存症がその一例ということになる。必要だからそれを買うのではない。欲し
いからそれを買うのでもない。(買いたい)という衝動を満たすために、それを買う。
話しが脱線したが、盗みについては、それが悪いことということを、時間をかけ、ゆっ
くりと説明する。激しく叱ったり、怒鳴りつけたりすれば、子どもは、いわゆる「叱られ
じょうず」になるだけ。いかにも反省していますという様子だけを見せ、その場を逃れよ
うとする。もちろん説教としての意味はない。
●引き出す(educe)
が、ここでも誤解してはいけないことがある。この時期、「自立心」は、どの子どもにも
平等に備わっている。そのため自立心は育てるものではなく、引き出すもの。が、かえっ
てその自立心をつぶしてしまうことがある。親の過保護、過干渉、溺愛である。とくに過
干渉が、こわい。
親の威圧的、暴力的、権威主義的な育児姿勢が日常化すると、子どもはいわゆる「過干
渉児」になる。子どもらしいハツラツとした伸びやかさを失い、暗く沈んだ子どもになる。
発達心理学の世界には、「萎縮児」という言葉さえある。最悪のばあいは、精神そのものが
萎縮してしまう。
(その一方で、同じ家庭環境にありながら、粗放化する子どももいる。親の過干渉にや
りこめられてしまった子どもを萎縮児とするなら、それをたくましくやり返した子どもが
粗放児ということになる。兄が萎縮し、弟が粗放化するというケースは、よく見られる。)
●原因は母親
原因のほとんどは、母親にある。子育ての不安が、母親をして過干渉に駆り立てる。が、
簡単に見分けることができる。
私、(子どもに向かって)、「お正月にはどこかへ行ってきたの?」
子「……」
母、(それを横で見ていて)、「おじいちゃんの家に行ったでしょ。行ったら、行ったと言い
なさい」
子「……」
私、(再び子どもに向かって)、「楽しかった?」
子「……」
母「楽しかったでしょ。楽しかったら、楽しかったと言いなさい」と。
子どもの心の内容まで、母親が決めてしまう。典型的な過干渉ママの会話である。
●過保護と溺愛
過保護といってもいろいろある。食事面の過保護、行動面の過保護など。何か心配の種
があり、親は子どもを過保護にする。「アレルギー体質だから、食事面で気をつかう」など。
しかし何が悪いかといって、精神面での過保護ほど、悪いものはない。「あの子は悪い子
だから、あの子とは遊んではだめ」「公園にはいじめっ子がいるから、ひとりで行ってはだ
め」など。
子どもを、厚いカプセルで包んでしまう。で、その結果として、子どもは過保護児にな
る。いつも満足げで、おっとりしている。が、社会性がなく、ブランコを横取りされても、
それに抗議することもできない。そのまま明け渡してしまう、など。だから昔からこう言
う。『温室育ち、外ですぐ風邪をひく』と。
また溺愛は、「愛」ではない。たいていは、親側に精神的欠陥、情緒的未熟性があって、
親は子どもを溺愛するようになる。つまり自分の心のすき間を埋めるために、子どもを利
用する。
ある母親は、毎日幼稚園の塀の外で、子どもの様子をながめていた。また別のある母親
は、私にこう言った。「先生、私、娘(年長児)が病気で幼稚園を休んでくれると、うれし
いです。一日中、看病できると思うと、うれしいです」と。
親の溺愛が度を越すと、子どもの精神の発育に大きな影響を与える。子どもはちょうど、
飼い主の胸に抱かれた子犬のようになる。だから私はこのタイプの子どもを、「ペット児」
(失礼!)と呼んでいる。飼い慣らされた子犬のように、野生臭が消える。
●臨界期
それぞれの発達段階には、臨界期がある。言葉の発達、音感や美的感覚の発達などなど。
それぞれの時期をはずすと、指導がたいへんむずかしくなる。あるいは努力の割には、効
果があがらない。心についても、そうである。
たとえば自立期に入った子どもに、「自律」を教えようとしても、たいてい失敗する。先
に書いた、あと片づけのしつけも、そのひとつ。
で、幼児期後期で、一度、精神が萎縮してしまうと、以後その改善は、きわめてむずか
しい。『三つ子の魂、百まで』というが、それがそのままその子ども(=人)の人格の「核
(コア)」になる。言い換えると、この時期を過ぎたら、子どもの心はいじらない。「この
子はこういう子である」と認めた上で、教育を組み立てる。へたにいじると、自信なくし
たり、自己評価力の低い子どもになってしまう。
【児童期・勤勉性の構築期】(5・5歳〜)
●日本人の勤勉性
3・11大震災が起きたときのこと。栃木県にあるH自動車栃木工場の操業が不可能に
なってしまった。天井が落下した。その直後、この浜松市から250人もの応援部隊が、
栃木工場に向かった。
一方、栃木工場にいた設計士たちは、浜松近郊の関連会社へ来て、仕事をつづけた。ま
た被災地においても、ほかの国であるような、略奪、暴動などは、起きなかった。日本人
が培った勤勉性、つまり(組織的なまじめさ)は、災害時においても、いかんなく発揮さ
れた。
こうした勤勉性は、言うまでもなく、学校教育によって育てられる。いろいろ問題点が
ないわけではない。世界のすう勢は、自由教育。EUでも、大学の単位は共通化された。
アメリカでは、ホームスクーラー(日本でいうフリースクールに通う子ども)が、200
0年には100万人を超えた。現在、推定で200万人はいるとされる。ドイツでは、午
前中は学校で、午後はクラブでという教育形態が、ふつうになっている(中学生)。カナダ
では、学校の設立さえ、自由である。
日本もその方向に向かいつつはあるが、ともかくも、勤勉性の構築という点では、日本
の学校教育には、すぐれた面も多い。この(まじめさ)をさして、ある欧米の特派員は、
こう書いた。「これこそまさに日本人の美徳」と。この言葉に異論はない。
【青年期・同一性の確立期】(12歳〜)
●同一性の確立
児童期のあと、子どもは思春期前夜(精神的に不安定になる)、思春期へと進んでいく。
この時期の、言うまでもなく最大かつ最重要の課題は、「同一性の確立」である。
「私はこうありたい」という(自己概念)。「現実に私はそれをしている」という(現実
自己)。この両者が一致した状態を、「同一性」という。
児童期の勤勉性と同一性の確立について、エリクソンは、別個のものと考えているよう
だが、実際には、両者の間には、連続性がある。子どもは自分のしたいことを発見し、そ
れを夢中になって繰り返す。それを勤勉性といい、その(したいこと)と、(していること)
を一致させながら、自我の同一性を確立していく。
自我の同一性の確立している子どもは、強い。どっしりとした落ち着きがある。誘惑に
対しても、強い抵抗力を示す。が、そうでない子どもは、いわゆる「宙ぶらりんの状態」
になる。心理的にも、たいへん不安定となる。非行にも走りやすい。その結果として、つ
まりその代償的行動として、さまざまな特異行動をとることが知られている。
たとえば(1)攻撃型(突っ張る、暴力、非行)、(2)同情型(わざと弱々しい自分を
演じて、みなの同情をひく)、(3)依存型(だれかに依存する)、(4)服従型(集団の中
で子分として地位を確立する、非行補助)など。
もちろんここにも書いたように、誘惑にも弱くなる。「タバコを吸ってみないか?」と声
をかけられると、「うん」と言って、それに従ってしまう。断ることによって仲間はずれに
されるより、そのほうがよいと考えてしまう。
こうした傾向は、青年期までに一度身につくと、それ以後、修正されたり、訂正された
りということは、ほとんどない。
●夢と希望、そして目的
ただ残念なことにこんな調査結果もある。
子どもを伸ばす、三種の神器といえば、夢、目的、希望。しかし今、夢のない子どもがふ
えた。中学生だと、ほとんどが、夢をもっていない。また「明日は、きっといいことがあ
る」と思って、一日を終える子どもは、男子で30%、女子で35%にすぎない(「日本社
会子ども学会」、全国の小学生3226人を対象に、04年度調査)。
が、これではいけない。自我の同一性どころではないということになる。子どもの夢を
大切に、それを伸ばすのは、親の義務と、心得る。
【終わりに……】
●『子どもは人の父』(ワーズワース)
このように現在、幼児教育が、教育の分野のみならず、医学(大脳生理学)、心理学の3
方向から、見直され始めている。「幼児だから幼稚」「子どもだから幼稚」という偏見と誤
解が、いまだにのさばっている。むしろ事実は逆。
幼児時代を「幹」とするなら、それにつづくもろもろの時代は、その「枝葉」にすぎな
い。かつてイギリスの詩人、ワーズワース(1770〜1850)は、こう歌った。
空に虹を見るとき、私の心ははずむ。
私が子どものころも、そうだった。
人となった、今もそうだ。
願わくば、私は歳をとって、死ぬときもそうでありたい。
子どもは人の父。
自然の恵みを受けて、それぞれに日が
そうであることを、私は願う。
つまり『子どもは、人の父(A Child is Father of the Man)」と。この言葉のもつ重みを、
もう一度、心にしっかりと刻みたい。
注※1 エリクソン…エリク・ホーンブルガー・エリクソン(1902−1994)は、
発達心理学者、精神分析家。「アイデンティティ(自我の同一性)」の概念を提唱したこと
で知られる。
注※2 SAT…Critical Reading、Writing、Math が、それぞれ200点から800点の表示、
合計2400点満点で評価される。
注※3 インプリンティング…(すりこみ imprinting)とは、刻印づけのこと。コンラー
ト・ローレンツの研究で世界に知られるようになった。
注※4 九州大学・吉田敬子・母子保健情報54・06年11月)
はやし浩司(ひろし)
1947年生まれ。金沢大学法学部、メルボルン大学法学院研究生、三井物産社員を経て、
幼稚園講師に。幼児教育歴40年(2011年)。30冊以上の著書と百科事典の編集など。
ほかに東洋医学の著書5冊、宗教論の著書5冊など。現在静岡県浜松市在住。BW教室主
宰。
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