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2011年         10月号
Essay……●
BOX版(ネットストーレッジ)……●

マガジン2011−10月号

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 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡
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凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     10月 31日号
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★メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page028.html

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小1児に、分数と分数の概念を教える】

●Active Learners(積極的に学ぶ子どもたち)

いつもにぎやかなクラスです。
で、今日は年間計画表に従い、分数と分数の概念を教えてみました。
で、結果は、ご覧の通りです。
ワイワイ騒いでいるうちに、何となく覚えてしまったようです。
このビデオで見ていただきたいことは、子どもたちの積極性です。
アメリカでは、「アクティブ・ラーナー(Active Learners)」という言葉をよく聞きます。
積極的に学ぶ子どもという意味です。
「1年生に分数!」と驚く人も多いかと思いますが、それこそ偏見と誤解です。
こういう教育をすると、ほとんどの人は、子どもが苦しんでいる……と誤解します。
が、そんなことはありません。
子どもたちの笑い声が、その答です。
それよりも子どもたちのもつ、可能性に注目してください。
子どもというのは、(足し算)→(引き算)→(繰り上がりのある足し算)→(繰り下がり
のある引き算)→……と教えるのがよいと思っている人も多いかと思います。
が、どうしてこの日本では、教育がかくも技術的なのでしょうか。
だからおもしろくない。
子どもたちがついてこない。
みな、算数嫌いになってしまう!
……ということで、私のところでは、世界でも類のない教育を実践しています。

(1)
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(2)
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(3)
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(4)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 分数の学習 分数の
概念 小学1年生に分数を教える Fractional Numbers Fraction)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【日本人としてのルーツを大切に!】

●今どきの中学生(なぜ、今、私たちは日本人なのか?)

●錯視

 私の孫のSの写真を見て、中学生(中3女子)が、こう言った。
「まったくの白人ね」と。
そこで私は、こう言った。
「アメリカではね、だれが見ても、孫のSを見ると、アジア人(東洋人)と言うらしいよ」
と。
するとその中学生は、「ウッソー!」と。

 東洋的であるか、白人的であるかは、相対的なもの。
長く一方の世界に住んでいると、ほんのわずかなちがいが、大きなちがいになる。
「錯視」と言ってもよい。
同じ円でも、より大きな円に囲まれると、小さく見える。
より小さな円に囲まれると、大きく見える。

その中学生は、日本で生まれ育っている。
だから孫のSが、白人に見えるらしい。

 念のため、孫のSの写真をここに載せておく。

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/68/imga60e3ef2zik2zj.
jpeg" width="960" height="1280" alt="img7de5bb1bvs0hgw.jpg">

●「私は欧米人」

 今でも「私は欧米人」と考えている子ども(小中学生)が多いのには、驚かされる。
理由を聞くと、「肌が白いから」と。
昨夜も、中学生たちと、そんな議論になった。
発端は、AKB48。
AKB48が、今度、外国でもプロデュース(?)されることになったという。

私「それはね、日光にそれだけ当たっていないからだよ」
子「そんなことはない。アジア人は、皆、黒い」
私「黒くないよ。マレーシアなんか行くと、ぞっとするほど美しい女性に出会う」
子「どうして……?」
私「血の交流を受けているからだよ」

子「血の交流って?」
私「そのつど歴史の中で、異邦人、つまり外国人の血が混ざっている。マレーシアのばあ
い、イギリス人の血が混ざっている」
子「外国人の血が混ざると、どうして美しくなるの?」
私「優性遺伝といってね、双方のよい遺伝子のみが伝わるからだよ」と。

●白い肌

 そこで私は、パソコンを開いた。
孫のSが、アメリカ人と並んで写っている写真はないかと、さがした。
1枚だけ、あった。

 それがつぎの写真。
孫のSが、幼稚園に通っているときのもの。

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/69/img3ea44fdczikfzj.
jpeg" width="282" height="336" alt="img1f92d05fzik5zj.jpg">

 私はこの写真を見せながら言った。

「この写真を見れば、孫のSは、だれだって東洋人と思う。アメリカ人なら、即座にそれ
がわかる」と。

 孫のSも、ハーフだから、肌は白い。
胸などは透けるように白い。
それでもアジア人は、アジア人。
「白い」といっても、その白さがちがう。

私「つまりね、こういう議論そのものが、ナンセンス」
子「……?」
私「だからといって、日本人のほうが劣っているということではない。逆に、日本人のほ
うが、優性とか、白人のほうが優性とか、そんなことを論じても意味はない」
子「だってエ〜。日本人は、中国人や韓国人とは、ちがうわ」
私「ちがわない。むしろ中国人や韓国人は、日本人を『下』、つまり劣等民族と思っている
よ」
子「そんなことはない! 日本人のほうが、かっこいい!」

私「ア〜ア、今、血の交流の話をしただろ。日本人は、極東の島国で、長い間、その交流
を受けてこなかった。骨相学的にも、日本人は、世界でも、もっとも貧弱と言われている」
子「私、そんな話、信じない!」
私「信じないのは、君の勝手だけど、反対に世界の人とそんなことを論じても、かえって
笑われるだけだから、やめたほうがいい。つまりナンセンス」と。

●ナンセンス

 私はオーストラリアの大学にいたころ、身長では、下から2番目だった(IHカレッジ)。
日本では、ごくふつうの学生だった。
当時の私は、身長166・5センチ。
体重は、50キロ前後。

 とくに気になったのは、足の長さだった。
私の足は短く、ひざが飛び出て、O脚だった。
乳幼児期の栄養不足と、「正座する」という習慣が、そういう足にした。

 困ったのが、パンツ(ズボン)。
私に合うパンツなど、どこにもなかった。
だから私はいつも子ども用のパンツをさがし、買っていた。
だからというわけでもないが、「身長」に対するコンプレックスは、乗り越えることができ
た。
180〜190センチもあるオーストラリア人を相手にしても、自分を小さな人間と思う
ようなことはない。
来週、私の家にやってくるD君にしても、195センチ。
D君にしても、私を小さな人間と思っていないはず。
私もこの40年間、一度も、それを気にしたことがない。

●ゆがんだ優位性

 「日本民族がすぐれた民族」と思うのは、その人の勝手。
どこの民族でも、自分たちが最高と思っている。
それはそれでよい。

 しかしその返す刀で、他民族を、「劣っている」と考えてはいけない。
そう思ったとたん、その民族は、外の世界にはじき飛ばされる。
とくに私たち日本人は、である。
言い換えると、どうして日本人だけが、こういう錯視をするようになってしまったかとい
うこと。

 これも教育のなせるわざなのか?
それとも伝統的意識によるものなのか?
それとも島国民族の悲しさによるものなのか?
20年ほど前のこと。
オーストラリアでこんな経験をした。

●アボリジニー

 オーストラリアの友人とメルボルン市内の通りを歩いていたときのこと。
向こう側から日本人の女性たちが、5〜6人、集団でやってきた。
ああした通りで甲高い声で、キャッキャッと騒いでいるのは、たいてい日本人だった。

 その手前に、1人のアボリジニーの男性が、道ばたの石段に座り込んでいた。
それを日本人の女性が目ざとく見つけ、まるで獣(けもの)でも見つけたかのように、さ
らに大声で騒ぎ始めた。
なぜ大声で騒ぎ始めたのか、私にはその理由がよくわかった。
もの珍しそうにそのアボリジニーをながめたあと、(こうした行為そのものが、たいへん失
敬なことなのだが)、「ああ、気味悪い〜」と。
日本語でそう言っていた。

 バカめ!
本当にバカめ!

 オーストラリアのアボリジニーは、アジア大陸から何派にわけて、移動してきた民族で
ある。
私が学生時代に学んだ記憶によれば、大きく4つの「派」があったという。
そのひとつは、日本人とルーツをともにする。
つまりあのアボリジニーは、日本人にはるかに近い民族である。
遺伝子学的には、そうである。
そうした事実も忘れて、「ギャーッ!」はない。

●化粧

 化粧に化粧を重ね、それこそ1枚、皮がめくれるほど化粧を重ねる。
その結果、日本の若い女性は、今に見る若い女性になった。
化粧を否定する者ではないが、世界的に見ても、日本人は、化粧のしすぎ。

 オーストラリア人などは、今でも、あまり化粧をしない。
当時のオーストラリア人は、ほとんどといってよいほど、化粧をしなかった。
しても口紅程度。
アジア人の女性は、素顔のまま。
とくに中国系の女性は、そうだった。

 だから当時の日本人は、たしかに美しく(?)見えた。
が、それでもって、遺伝子が変化したわけではない。
白人になったというわけではない。
その証拠に……というわけでもないが、……ということで、最後に私はその中学生にこう
話してやった。

私「もしそれがわからなければ、40代、50代の女性を見ればいい。もう化粧するのを、
あきらめたような女性だ」
子「日本人は、みんな、きれいよ」
私「きれいとか、きれいでないとか……そういうことではなく、客観的に見る。そのとき
アボリジニーの人たちと、どこがどうちがうか、比べてみればいい」と。

 で、私はネットでアボリジニーを検索してみた。
ウィキペディア百科事典に、1枚、写真が載っていた。
10人近い、アボリジニーの子どもたちが写っていた。
それをその中学生に見せた。

私「いいか、客観的な目で、日本人と比べてみればいい。みな、日本人より、顔が整って
いることがわかるはず」
子「……でも色が黒い……」
私「黒いのはしかたない。砂漠に住んでいるから。日本人でも農家の人は、みな、黒いよ」
子「でも、先生は、どうして日本人のことを、そんなに悪く言うの?」
私「言っていない。そういう議論そのものが、ナンセンスと言っている」と。

●日本人

 私がそれ以上に心配しているのは、日本人が「日本」を意識しなくなっていること。
その中学生も、話の途中で、何度もこう言った。

「ああ、私もハーフで生まれればよかった」とか、「フランスで生まれればよかった」と。

 10年ほど前だが、私にこう言った高校生がいた。
私が「ぼくたちは、戦後、ひもじい時代から、がんばってきた」と言ったときのこと。
「そんなの自業自得だ。ぼくもアメリカ人に生まれればよかった」と。

 それが最近は、国籍不明というか、「ネット人種」まで生まれてきた。
先週も、私が「ジョブズ氏(アップル社会長)」について、「時流に乗っただけ」と書いた
ときのこと。
「偉そうなことを言うなら、自分でやってみろ」(日本人)と。

 アップル社のホームパソコン(当時はそう呼んでいた)が、日本製のパソコンをつぎつ
ぎと駆逐していった。
1978〜9年にかけてのことだった。

 当時、アメリカは国策として、電子計算機事業に力を入れ、日本にも繰り返し圧力を加
えてきた。
日本のBTRON(OS)がつぶされた背景にも、アメリカ政府の圧力があった。
結果、IBMは今に見るIBMになった。
当時の首相(田中角栄)には、それだけの知的能力はなかった。
土建業は土建業。
そういう流れを知っているから、「時流に乗っただけ」と書いた。

 行きすぎた国粋主義は危険。
しかしここまで無国籍人間がふえると、私は日本の将来を憂えずにはいられない。
今の若い人たちは、この先、平気で日本を捨てていく(?)。

●こだわり

 その中学生には言わなかったが、私が「日本」にこだわる、大きな理由がひとつある。
もし、このまま、(そんなことはありえなとしても)、日本が地球から消えてしまったら、
私が今、こうして書いている文章は、どうなるかということ。

 有名人の文章は残るかもしれない。
それこそ時流に乗った人の文章は残るかもしれない。
が、私が今、こうして書いている文章など、まっさきに消えてしまうだろう。
もしそうなったら、今、ここでこうしてモノを書いていること自体、無駄になってしまう。
今の私には、それほど恐ろしい話はない。

 いつかどこかで、たとえ100年後でも、私の書いている文章を読んでくれる人がいる
かもしれない。
そんな希望があるから、今、こうしてモノを書いている。

 そのためにも、私たち日本人は、しっかりと大地に、根を張らなければならない。
欧米人に「美」の基準を求め、顔をファウンデーションで白く塗りたくって、それでどう
なる?
どうする?
首から下は黄色?
話が混乱してきたが、それこそまさに自ら「根」を切るような行為。

 日本人は日本人。
私たちのルーツはそこにある。
そのルーツを忘れて、国際化はない。

 最後にその中学生にこう言った。

私「ぼくたちは恵まれた世界に生まれたんだよ。食べ物にだって、困ったことがない」
子「……」
私「君たちはそれを当たり前と思っているかもしれないが、今、世界の3分の1の人たちは飢餓
状態にある。それを思ったら、感謝しなくちゃあ」
子「……」
私「日本人でよかった、とね」と。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 今どきの中学生 
2011/10/12記)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【The Ocean(浜名湖弁天リゾート・ジ・オーシャン・ホテル)】

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

自転車でホテルへ向かう途中、
風景の写真を撮った。
それをYOUTUBEにUPした。
行程は、自宅のある浜松市西区の入野町から、ジ・オーシャンのある弁天島まで。

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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

++++++++++++++++++++

私は自転車で、向かった。
ワイフと息子は、車で向かった。
浜名湖弁天リゾート・ジ・オーシャン。

私は自転車で走りながら、写真を撮った。
自宅からジ・オーシャンまで。
今日はキャンペーン価格ということで、1泊2食つきで、1人、7050円。
(3人1部屋のばあい。)
この料金で文句を言う人はいない。
今までに泊まったホテルの中でも、最低料金ではないか。
というか、この料金を知ると、だれしも、「安かろう、悪かろう」と思うかもしれない。
しかしこのジ・オーシャンは、そうでない。

たとえばすぐ近くに、K楼という旅館がある。
何度か泊まったが、そこはたしかに「安かろう、悪かろう」。

ロビーに入ると、フロントの女性が、「10階のX号室ですよ」と声をかけてくれた。
「……露天風呂もできましたから」と。
先月泊まったとき、その話が出た。
それでその話を覚えていてくれた。

部屋に入ると、ワイフと息子がいた。
息子は雑誌を読んでいた。
ワイフは、ベッドに座って私を待っていた。
「今日は、強い向かい風でね」と言うと、「たいへんだったわね」と。

このホテルへは、ときどき自転車で来る。
運動をかねる。

近くにR・ホテルというのもある。
そのホテルも、よく利用させてもらう。
が、商売上手というか、いつも客でごった返している。
何でも静岡県で集客数、ナンバー1とか。
そんなわけで、最近は、もっぱら、このジ・オーシャン。
ほどよく大きく、ほどよく、こじんまりしている。
サービスもよい。
掃除も行き届いている。
料理は今夜は、バイキングとか。
私たちは小食派だから、それこそギョーザと白いご飯だけでもよい。

……たった今、温泉から戻ったところ。
温泉には私1人だけ。
気持ちよかった。

++++++++++++++++++++++++

●パソコン

 物欲を抑制すると、それ自体が強烈なストレッサーになる。
喫煙者がたばこを禁煙したり、アルコール中毒者が断酒したときと同じ反応が脳の中で起
こる。
だから物欲は、適当に発散させるのがよい。
がまんすればするほど、ストレスがたまる。

 で、私は今、TOSHIBAの新型パソコンがほしい。
TOSHIBAのDynabook(R631)。
世界最薄、最軽量。
この11月に発売になる。
ハードディスクはなく、OSはSDに収納される。
またこの先、クラウドが一般化する。
そのため「ノートパソコン」ではなく、これからは「ウルトラブック」と呼ぶ。
が、ここでちょっと待った!

 2012年には、WINDOW8が発売になる。
またインテルもCPU「Core−i」シリーズを刷新するとか。
今、この世界は目まぐるしく変化しつつある。
賢い人なら、2012年まで待つ。

 なおクラウドというのは、パソコン内に、ソフトやデータ(ファイル)などを置かない
で、そのつど必要なとき、サーバーからダウンロードして使う方式をいう。
こうすることによって、パソコンへの負担をかぎりなく軽くすることができる。

 私は、その賢い人なのだア!

●もうすぐ誕生日

 もうすぐ私の誕生日。
10月2x日。
たまたまその前後、オーストラリアの友人がやってくる。
「今日は私の誕生日」と言うと、おおげさになる。
友人は友人。
それとなくワイフとこっそりと祝う。

 一方、欧米人は誕生日を派手に祝う。
しかしその希望も消えた。
……というか、息子たちが子どものころは、我が家なりに息子たちの誕生日を、派手に祝
った。
それはどこの家も似たようなものだったと思う。
が、今は、メールだけ(?)。
6月にワイフの誕生日があった。
私が「息子たちから、祝いの言葉はあったか?」と聞くと、「メールでね」と。

 「そんなものかなあ……」と思ったところで、思考停止。
母親の誕生日に、メール1本!
それ以上のことを言えば、グチになる。
わかりやすく言えば、親の思いというのはいつも、一方通行。

私たちは、それを「よかれ」と思ってする。
しかしその大半は、子どもたちにとっては、「ありがた迷惑」?

 そのときもワイフはこう言った。
「みんなそれぞれ、元気でやってくれれば、それでいいのよ」と。
どこかさみしそうな言い方だった。

 私も、期待しない。
期待しない分だけ、息子や孫たちの誕生日に、気を使わない。
今や「家族崩壊」は、日本の流れ。
日本も世界の潮流に合流しつつある。
私ひとりだけ抵抗したところで、どうにもならない。

●夕食

 夕食は、星5つの★★★★★。
レストランは清潔。
安い料金の客なのだが、一流ホテルの客のように扱ってくれた。

 で、ここでのシステムは、ほかのホテルとは、少しちがう。
まずメインデイッシュとして、(カレー)(ステーキ)(ミックスフライ)の中から、ひとつ
選ぶ。
それをメインとして、そのほかの食材は、バイキング方式で選ぶ。
私たちはじゅうぶんすぎるほど、満足した。

●眠い

 今朝のことだった。
時刻は午前3時ごろ。
寝る前からその症状は出ていたが、偏頭痛が始まった。
が、「Z」という薬をのめば、治る。
それを知っていたから、痛いのをがまんし、ふとんの中で丸くなっていた。
が、一眠りして目を覚ますと、午前4時。
痛みはそのままだった。

 で、「Z」を半分に割ってのむ。
それで効かなければ、残り半分をのむ。
しかしたいてい、半分で症状は消える。
そんなことを考えながら、ぼんやりしていると、ワイフがそれに気づいて、「痛いの?」と。
「そう」と答えると、そのまましばらく後頭部をマッサージしてくれた。
が、何か申し訳なく、もう半錠を口に含んだ。
とたん、スーッと痛みが消えていくのが、自分でもよくわかった。

 「Z」は、週に2回以上はのまないように」と言われている。
すばらしい薬だが、それだけに副作用も大きい(?)。
ご存知の人も多いかと思うが、血管が緩んだようなとき、その血管が周囲の神経を圧迫す
る。
それが偏頭痛となる。
だから偏頭痛の薬というと、基本的には血管収縮薬ということになる。
ここからは私の素人判断だが、収縮させすぎると、今度は血管が閉塞する。
高血圧ぎみの人には、よくない(?)。
ドクターが、「週2回以上のまないように」というのは、そういう理由によるものかもしれ
ない。

●綿棒で、直腸検査

 少し前、近くの病院で、大腸検査を受けた。
結果はシロだった。
が、そのとき、つまりベッドで横になっているとき、私は新しい検査法を考えた。

 がんの2大特徴は、細胞の不規則な増殖と出血。
組織が破壊されるため、出血する。
だったら、こうすれば簡単に大腸検査ができるのでは?
(ここから先は、私という素人の意見だから、本気にしないように!)

 何も病院で検査を受ける必要はない。
肛門あたりに何かの軟膏を少し塗る。
これはすべりをよくするため。
私はオロナイン軟膏を使ってみた。
その肛門から、綿棒を挿入する。
一番奥まで挿入する。
で、そのままの姿勢で、10分ほど、待つ。
直腸のどこかで出血があれば、それでわかる。

 で、さらにここからも、私という素人の意見。
綿棒といっても、長さはせいぜい7〜8センチ。
そこで長さ20〜30センチほどの、自由にクネクネと曲がる綿棒を作ったら、どうか。
そのまま便器に流せるような材質のものであれば、さらによい。
それを肛門から挿入する。
その途中で出血があれば、それでわかる。

 ちょっと(かなり)ダーティな話でごめん。

●小便

 ついでにもうひとつ、ダーティな話。

 女性は知らないかもしれないが、男性用の公衆トイレは、どこも汚い。
便器から小便が飛び散っている。
で、私には、それが不思議でならなかった。
見たところ、みな、それなりに気をつけて、用を足している。
が、小便が飛び散る。

 で、その理由は、立小便をしているときにわかった。
小便というのは、メインの小便だけではなく、その周囲を霧状になって飛び散る小便もあ
る。
明るい陽光を背にして立小便をしてみると、それがよくわかる。
が、さらに、最近、こんなことも発見した。

 アレをウィンナーソーセージにたとえる。
その先の穴から、小便は出る。
ところが、である。
排尿が終わるころ、小便が、ウィンナーソーセージよりも手前にしたたり落ちる。
表面張力により、小便がウィンナーソーセージの丸みに沿って、逆方向に回り込むために、
そうなる。
つまりこれが床を汚す。

 だからふつうは、ウィンナーソーセージを、その直後、2、3度振る。
振って、しずくを落とす。

 ……一度、そのあたりのことをしっかりと研究する必要がある。
でないと、この問題は、いつまでたっても解決しない。
男性諸氏のマナーの問題ではない。
ウィンナーソーセージには、構造的に、欠陥がある。
それが床を汚す原因となる。

●「Z」

 偏頭痛薬には、欠陥がある。
脳の血管を収縮させるためか、脳の働きがややいつもと違った感じになる。
私のばあい、三半規管が影響を受けるのか、フワフワした感じになる。
が、何よりも注意しなければならないのは、胃の調子。
……というか、肝臓の調子。

 かなり強力な薬らしい。
つづけてのむと、こうした薬は、やがて肝臓がそれを「毒物」と判断するようになる。
以前のんでいた薬がそうだった。
偏頭痛はそれで治るが、そのあと、胃の不快感が襲ってくる。
吐き気と胸苦しさ。
とくに吐き気がつらい。
もちろん食欲もなくなる。

 そこで以前はその薬と併せて、胃の薬も処方してもらっていた。
だからこうした薬は、あまりのまないほうがよい。
症状がよほどひどくならないかぎり、のまないほうがよい。

 ……大きく話が脱線したが、その偏頭痛があり、今朝は、よく眠っていない。
それが今、強い眠気となって、私を襲い始めている。

●ベッドの帯

 少しよいホテルに泊まると、ベッドの下のほうに、帯が置いてある。
このホテルのベッドにも、それがある。
それについて、「なあ、お前、この帯、何のためにあるの?」と聞くと、ワイフは「知らな
い」と。
息子も「知らない」と。

 そこで私なりに推察してみる。

 ひとつ気になるのは、ベッドカバーがないこと。
帯は、そのベッドカバーの代わり?
今度スカイプをしたとき、オーストラリアの友人に聞いてみよう。

 ……ということで、たった今、スカイプで呼び出してみたが、応答はなかった。

●10月11日

 明けて今日は、10月11日。
モーニングコールは、朝6時に頼んでおいた。
その朝、6時。
起きるとそのまま温泉に。

 で、今は、こうして朝食を待っている。
朝、7時半から。

 あの露天風呂はよい。
1人用になっていて、人にじゃまされない分だけ、よりリラックスできる。……できた。

 ジ・オーシャン様、
また来ます。
リラックスできました。
+格安料金で、ありがとうございました。

(弁天島温泉 はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi 
Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 
ジ・オーシャン 浜名湖弁天リゾート ジ・オーシャン The Ocean)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●しくまれた自由(尾崎豊「卒業」)からの解放

 がんじがらめの規制と許認可、規則と資格。
生活のあらゆる部分にまで、それが浸透している。
私たち日本人はそんな中で、小さく、小さく、生きている。
小さく生きていることにすら気づかないまま、小さく生きている。

 仮に小さく生きるにしても、キバまで抜かれてはいけない。
声をあげるときは、声をあげる。
行動するときは、行動する。
でないと、私たち日本人は、ますます小さくなってしまう。

 見よ、万事、事なかれ主義で生きている日本人を!
見よ、「自分だけよければそれでいい」と考えている日本人を!
社会の歯車になりながら、歯車であるこにさえ気づかない。
またそれがあるべき、自分の姿と捕えている。

 あの尾崎豊がそこまで意識していたかどうかは、知らない。
しかしそれこそまさに、「しくまれた自由」。
エセの自由。
その自由をもって、「私は自由」と思ってはいけない。

 このままでは、この日本は、本当に押しつぶされてしまう。
日本の外へ一歩出れば、そこは怪獣と野獣の住む海千山千の世界。
おとなしく、穏やかで、お人好し……。
そんなヤワな人間が住める場所ではない。

 自由とは、「自らに由る」という意味。
自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取る。
それを自由という。
権利と権限と資格にぶらさがり、人の後をついていくのは楽。
しかしそれは自由ではない。

 さあ、あなたも、鎖を解いてみよう。
心を空に向かって解き放ってみよう。
そして声を出して、「私は自由だ」と叫ぼう。
体は、あとからついてくる。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●1・2人で、1人の老人

 今朝のエッセーの中で、こう書いた。

『……この先何年かすると、1・2人の人が、1人の高齢者を支えなければならなくなる
という(週刊現代)。
試算によれば、2050年以後。
逆算すると、現在、現在25〜26歳の人が、65歳になるころということになる。

 が、常識で考えても、不可能。
つまり満足な老人福祉など、とうてい不可能。
(現在の今でも、約2・6人の人が、1人の老人を支えている。)……』と。

 今日は、一日中、この中の数字が気になった。
現在の今ですら、約2・6人の人が、1人の老人を支えている。
それがこの先(2050年)、約1・2人の人が、1人の老人を支えなければならなくなる。

2人の夫婦が、2人の老人を養う……というような単純な問題ではない。
医療費、介護費、生活費、すべてを含めて、1・2人に1人ということ。

が、そんなことは、常識で考えても、不可能。
実のところ私は、少子化が、そこまで深刻な問題をはらんでいるとは、知らなかった。

●老人はゴミの時代に

 すでに老人はゴミの時代に入りつつある。
それがわからなければ、ネットの世界をのぞいてみたらよい。
年を追うごとに、私たち老人組に対する風当たりは強くなることはあっても、弱くなるこ
とはない。
辛らつな言葉も並ぶ。

 が、もちろん私たちはゴミではない。
ゴミであってはいけない。
またそういう私たちを、もっと積極的に、社会に訴えていかねばならない。
こぢんまりと小さく生きるのが、あるべき老人の姿と思ってはいけない。

 週刊現代誌を100%信ずるわけではない。
そこに出てくる数字については、この先、ゆっくりと検証してみたい。
しかし年金問題ひとつあげても、現在の65歳支給開始年齢は、70歳になる。
さらに75歳になる。
もちろん年金額は引き下げられる。
週刊現代誌によれば、「1人一律5万円になる」という(?)。
が、その額とて、「よくみて……」の話。

 日本経済が崩壊すれば、さらに低くなる。
ハイパーインフレが襲ってくれば、それこそ「タクシーの初乗りが1万円」ということに
なる。
そうなったときの自分を、ほんの少しだけ、頭の中で想像してみればよい。
「私はどうなっているか」と。

●悲観論

 が、現状は、どう見ても、おかしい。
保護される人は、徹底的に保護されている。
そうでない人は、孤独死、無縁死……。
そういう老人を見て、「自業自得」と言う人は、あなた自身がその自業自得の道を歩むこと
になる。

 2050年といえば、あと39年後。
それまで一次曲線的に少子化は進む。
あなたの年齢に、+39を加えてみればよい。
もしその数字が、平均余命の約80歳を超えていれば、あなたはラッキーなほうだ。
そうでなければ、そうでない。

 が、この問題は、「では、私たちは何のために生きているのか」という問題に直結してく
る。
あるいはあなたは何のために生きているのか。
何のために生きてきたか、でもよい。
が、ひとつだけ、はっきりしている。
私たちはゴミになるために、生きてきたのではない。
……生きているのでもない。

●還元

 老人よ、やがて老人になる人たちよ、私たちは自分の命を、社会に還元しよう。
そこにいて、小さく生きていてはいけない。
自分のことだけをしていてはいけない。
肉体労働が無理なら、あなたがもてる知恵や知識を、分け与えるだけでもよい。
自分たちの存在感を、もっと社会に訴えていこう。

 つぎにつづく人たちに、「ゴミ」と言わせないために。

 が、その還元に失敗すれば、私たちは本当にその「ゴミ」になってしまう。
またそう扱われたからといって、文句を言えなくなってしまう。

 今まで私は「老後の統合性」を、私たち自身のためにと考え、説いてきた。
しかしそれでは足りない。
つまり自分のことだけをしていたのでは、いけない。
真・善・美の追求も結構。
が、自己満足で終わってはいけない。

「統合性」と「還元」。
この2つが融合したとき、はじめてそれが私たちの「生きがい」につながる。
またそうであってこそ、私たちはつぎの世代の人たちの支持を集めることができる。

 さあ、あなたも勇気を出して、私たちが残してきた負の遺産を、精算しよう。
若い世代に残すべきものと、残してはいけないものを区別し、残していけないものについ
ては、精算しよう。
それは私たちの責任でもある。

 改革の第一。

 不公平社会の是正。
とりあえずは、この一言に尽きる!


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●デクシアの経営破綻

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hhayashi&width=274&height=300&font-size=default"></script>

++++++++++++++++++++

TBS-iは、つぎのように伝える。

『ギリシャの財政危機から始まったヨーロッパの信用不安。
ついに大手金融機関の経営破綻という事態になりました。
フランスとベルギーの両政府は、経営危機に陥っている大手金融グループの「デクシア」
を分割、再編することで合意しました』(以上、TBS-i)と。

++++++++++++++++++++

●デクシア

 「デクシア」と聞いても、よくわからない。
どういう金融機関なのか。

 そこで調べてみると、従業員、約35200人(2010年)の商業銀行ということがわかっ
た。
本社所在地は、ベルギーのブリュッセル。

 従業員数で見るかぎり、三菱東京UFJ銀行と、ほぼ同じ。
三菱東京UFJは、34797人(2011年3月末、単体)。

 が、銀行の規模は、従業員数だけではわからない。
その国の人口、銀行数、さらにはそれぞれが別の子会社(ファイナンシャル・グループ)
がいくつあるかで、決まる。

 が、従業員数は三菱東京UFJ銀行と、ほぼ同じ。
つまりそれだけのメガバンクが、破綻した。
不吉な予感というか、大恐慌の嵐がジワジワと近寄ってきたような印象をもつ。
それぞれの国で、それぞれの専門家が、目下、必死で防波堤を高くしているのだろう。
が、ギリシア問題ひとつあげても、桁が2桁も3桁もちがう。

 ギリシアがデフォルトすれば、フランス(ギリシアの第一の債権国)、ドイツ(第二の債
権国)が、大きく影響を受ける。
が、イチ早く、ベルギーのデクシアが経営破綻した。
これはどういうことなのか。

 「嵐」というより、「底なしの泥沼」。
つぎにどこで何が起るか、さっぱりわからない。
リーマンショックのときのように、とんでもないところで、とんでもないことが起きる。
「デクシアがあぶない」という話にしても、ほんの数日前に聞いたばかり。
それが今朝のニュースでは、経営破綻。

 金融機関の経営破綻で恐ろしいのは、ここ。
その前日まで、何食わぬ顔をしていて、その翌日、突然、破綻する。
たいていは金曜日に急変し、月曜日に破綻する。

 もちろんデクシアだけで終わるはずがない。
問題は、それによって、日本のどこの銀行、あるいは証券会社(投資会社)が、大きな損
失を被るかということ。
それによって、明日あたりから、日本の経済も大きく動くはず。
忘れてはいけない。

 日本は、ドイツ、フランスの最大債権国である。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●人は、見かけによらぬもの!(あるサラ金業者の取り立て屋)

++++++++++++++++++

昨夜、ある人から、こんな話を聞いた。
H氏(当時63歳)。
60歳まで、N通信会社に勤めていた。
役職ゼロの退職。
そのH氏は、私には、こう言っていた。
「退職後は、(N通信会社の)子会社で、調査の仕事をしている」と。

調査というのは、電話料未払いの家庭を訪問し、
その家庭の経済状況を調べるという仕事だった。
私は、そう聞いていた。

体格のよい男性で、その年齢では珍しく、身長も
175センチを超えていた。
が、実際には、「調査」の仕事ではなかった。
「調査」+「脅迫」の仕事だった。
わかりやすく言えば、「取り立て屋」。

H氏はある人材派遣会社に属しているということだった。
ただしモグリの会社。
そこでどこかのサラ金業者の仕事を請け負ったらしい。

私「道理で、おかしいと私は思っていました」
友「どうして?」
私「だってそのときは、伊豆の長岡まで行くと言っていました」
友「……長岡……?」

私「だってそうでしょ。長岡の近くにもN通信会社の支店くらいはあるはずです。
わざわざ浜松から出かけなくても、その近くの人が調査すればいい」
友「そう言われてみれば、そうですね」
私「でしょ。それに電話料の滞納などというのは、あっても少額※です。
そんな少額のために、大のおとなが、一日ががりで、長岡まで行くでしょうか。
旅費と日当だけで、それ(滞納料金)を超えてしまいますよ」と。

(注※:N通信会社のばあい、電話料を滞納すると、1か月から2か月位で電話が止まる。
その際に、滞納してる旨のお知らせが届く。
その後も払わなければ、契約解除となり電話の権利も消滅する。)

+++++++++++++++++++

●注意力

 この話には、2つの問題点がある。

 ひとつは、私がその話をH氏自身から聞いたときには、H氏の話を鵜呑みにしてしまっ
たこと。
ほんの少しだけ注意深く聞いていれば、ウソと見抜けたはず。
が、その注意力に欠けていた。

(サラ金の取り立て屋の仕事が、どうこう書いているのではない。誤解のないように!)

 つまり私の注意力も、かなりサビついてきた。
若いときなら、即座に、「そんな仕事はない」と見抜いていただろう。

●ウソつきの心理

 もうひとつの問題点は、そのH氏だが、こちらが聞いてもいないのに、自分の仕事をこ
とこまかく説明したということ。

 心理学の世界でも、「ウソをつく人は、自ら、ことこまかく説明する」と教える。
ウソをついているという意識があるから、それをさらにごまかそうとする。
「取り立て屋」(脅迫業)をしているという、うしろめたさがあるなら、なおさら。
自らの仕事を、カバーで覆い、虚栄で飾ろうとする。

 繰り返すが、その人が、陰でどんな仕事していようが、その人の勝手。
法に触れなければ、(=被害者が出なければ)、私たちがとやかく言う必要はない。
しかし私はその話を聞いて、ここに書いたように、私にも盲点があるのを知った。
「知的盲点」と言うべきか。
その知的盲点が、加齢とともに、ますます、多くなってきた。

●では、どうすべきか

 「人を疑う」というのは、それ自体、気持ちのよいものではない。
しかし「疑う」。
加齢とともに、その訓練もしなければならない。
でないと、それこそ「なりすまし詐欺」の被害者になってしまう。

 言うなれば「疑う」というのは、昆虫の触角のようなもの。
その触角を左右に振りながら、そのつど事実を確かめる。
ノー天気な、お人好しになってはいけない。

 しかし今、私はこう思う。
「どうしてそんなウソが見抜けなかったのだろう?」と。
で、ワイフに聞いてみた。
結婚前、ワイフは、N通信会社(当時の電電公社)で働いていた。
そのワイフもこう言った。

「詳しくはわからないけど、私が働いていたころには、そんな仕事はなかったわ」と。
つまり電話料の滞納者の家を家庭訪問するという仕事は、なかった、と。

 ……一見すると、穏やかで温厚な人物に見えるH氏。
そのH氏が、別の世界では、「テメエ〜」「コノヤロ〜」と怒鳴り散らしていた。
本当に、人というのは、見かけだけではわからないもの。
それを改めて確認した。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●疑惑力(人を見たら、泥棒と思え)

++++++++++++++++++++

「疑う力」のことを、「疑惑力」という。
私が勝手に、そういう名前をつけた。
洞察力、推察力、直感力、判断力の一部。
独立して、「疑惑力」という。

++++++++++++++++++++

●人を見たら、泥棒と思え

 この日本では、疑惑力は、とくに必要な能力かもしれない。
何といっても、本音と建て前を使い分ける国である。
見栄や体裁を気にする人も多い。

 こういう国では、まず「人を見たら、泥棒と思え」となる。
またそれは、(たいへん悲しいことだが)、それほどまちがっていない。
人を見たら、まず泥棒と思え。

 先日も、私にこう言った人がいた。
「あのXさん(女性、60歳)は、いい人ですね」と。
が、私はワイフを通して、その女性のことは、たいへんよく知っている。
浜松へ来たころは、毎週のように会っていた。

私「えっ、あのXさん?」と。

●Xさん

 若いころは、美しい人だった。
男好きするというか、静かに立っているだけでも色気を感じた。
そのこともあって、男性関係は、メチャメチャ。
会うたびに、ちがった男性とつきあっていた。

 が、やがて水商売に。
そこで一子(女児)をもうけた。
が、自分では育てないで、その子どもを、実の姉に預けた。
預けただけではなく、姉の夫とも性的関係をもった。

 それが原因で、姉夫婦は離婚。
姉と妹は、そのまま絶縁した。
が、それでXさんの派手な男性遍歴が終わったわけではない。
50歳になるまで、バーを転々とした。
そのXさんを、「いい人?」。

●人間関係

 人間関係というのは、実に興味深い。
同じ人物でも、見る人によって、「いい人」にもなるし、「悪い人」にもなる。
どちらが正しいとか、正しくないとか、そんなことを論じても意味はない。
人、それぞれ。
また私やあなたにも、いろいろな面がある。
単純ではない。

 たとえば私についても、「いい人」と言う人もいる。
「悪い人」と言う人もいる。
つまりその人が、XさんならXさんでもよいが、「いい人」と思っているなら、それはそれ。
それでよい。
私が間に入って、「あの人はね……」と、言う必要はない。
また言ってはならない。

 が、中には、さらに腹黒い人がいる。
いい人ぶりながら近づいてきて、相手をだます。
モノを売りつける。
宗教に勧誘する。
そういうときは、やはり注意してやる必要がある。
「あの人は注意したほうが、いいですよ」と。

●歳月

 その人が本当にいい人かどうかは、10年単位でつきあってみなければわからない。
つきあう。
「幼なじみ」とか「昔から知っている」、あるいは「親類だから」というのは、まったくア
テにならない。

 頻繁でなくてもよい。
しかし1〜2か月ごとに、つきあう。
そういうつきあいを通して、その人を知る。
で、ある人は、私にこう言った。

「20年ぐらい住まないと、仲間に入れませんよ」と。
私が郊外の山間地に、山荘をもったときのことだった。
で、その20年がすぎた。
その人が言ったとおり、20年で、やっと仲間になれた。
今は、そんな感じがする。

●疑惑力

 そこで疑惑力。
人を疑う。
先にも書いたが、本来なら、不必要な「力」である。
が、この日本では、必要。
とくに老人組になったら、必要。

 たとえば今、私がいちばん怪しいとにらんでいるのが、訪問介護士のY(女性、50歳
くらい)。
ときどき、ワイフのある親戚に寄るのだが、いつもその女性はそこにいる。
仕事を聞くと、「訪問介護士」と言う。

 その家には、90歳近い女性(義理の伯母)がひとりで住んでいる。
先日もどこかへ行く途中、その親戚に寄ると、やはりいた。
偶然か、それとも毎日来ているのか?

 それはわからないが、いくら介護度が高くても、「毎日」ということはないはず。
別の事件だが、ある訪問介護士は、そうして訪問しながら、その家の老人がボケているの
をよいことに、つぎつぎと財産を持ち出していたという。

いよいよ特別養護老人ホームに入居するというときになって、家族(娘)が家に入ってみ
ると、現金類はもちろんのこと、財産らしい財産は、すべて消えていたという。
タンスの中は、空き箱の捨て場になっていたという。
そういうこともある。

 が、これは私たち自身の問題でもある。
私たちもやがてそういう老人になる。
だから「疑惑力」。

●制度として解決

 ……が、疑惑力にも限界がある?
人を疑うのも、疲れる。
家人が近くにいれば、そういう家人に守ってもらうという方法もある。
しかし、それでもスキは生まれる。

 こうした問題は、制度として解決するしかないが、頼りになるはずの訪問介護士ですら、
信用できない。
もちろんほとんどの訪問介護士の人は、よい人かもしれない。
だから制度として、解決する。

 たとえば同一の訪問介護士を、長期にわたって、同一老人の自宅を訪問させないなど。
しかしこのあたりでも、一度、その訪問介護士になると、1〜2年は、同じ訪問介護士に
なるようだ。
が、それではいけない。
老人の安心と財産を守ることはできない。

 ……などなど、こうして疑惑力を前向きに育てていく。
これから老人組になる人たちには、とくに必要な「力」ということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 疑惑力 老人の保護)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ会長の死去について】

●ジョブズ氏の死

 私のBLOGには、毎日、いろいろなコメントが寄せられる。
その中でも、気になったのがいくつかある。
たとえば昨日、アップル社会長のジョブズ氏の死について書いた。
その中で、私は、ジョブズ氏のことを、「うまく時流に乗っただけ」「運がよかっただけ」
と書いた。
この部分が、ネット・ユーザーの反発を買った。

 しかし事実を、ここに書く。
年代は忘れた。
しかし順番は、よく覚えている。
私は毎週のように、その店に足を運び、今で言うパソコンと遊んでいた。
私が27、8歳のときのことである。

●ムーンベース

 浜松の北に、一軒の小さな店がオープンした。
「ムーンベース」という名前だった。
間口が、2〜3間しかないような、小さな店だった。
入ると、数台のパソコンが並んでいた。
奥にもう一部屋あったように記憶している。

 その店に、まず最初に並んだのが、TOSHIBAのTK−BSという、パソコンだっ
た。
パソコンというより、内部基盤むき出しの電子製品だった。
(そのため「ワンボードマイコン」と呼ばれていた。)
それにマシン語で、プログラムを打ち込む。
表示は1行だけの、今の電卓風のものだった。

 私は迷わず1台購入したが、番号(命令)を覚えるだけで、たいへん。
ギブアップ。
が、そのあとすぐ、コモドール社から、PETというパソコンが売りに出された。
そのすぐあとにタンディ社という会社から、専用モニターに画像を映すパソコンが発売さ
れた。
(「タンディ・ラジオシャック」と呼んでいたように記憶しているが……。)
私はそのPET社の(PET2001)を購入した。

 ムーンベースは、当時、浜松では、たった一軒のパソコンショップだった。
そのムーンベースで、最初にPETを買ったのは、私。
(そのあと、店の主人が、「浜松で3台売れた」というような話をしたのを、記憶のどこか
で覚えている。)

 PETは、BASIC言語で、プログラムを打ち込むことができた。
たいへん珍しいパソコンで、東京のG社(出版社)から、うわさを聞きつけ、編集者がわ
ざわざ取材に来たほど。
私は毎晩、仕事から帰ると、そのパソコンを相手にプログラムを打ち込み、遊んだ。

●アップルの登場

 私はPETを、33〜4万円(当時)で購入した。
TK−BSについては記憶は定かではないが、それでも8〜9万円くらいではなかったか。
この日本では、アップル社のパソコンが登場したのは、その後のことである。
「Apple U」というのが、それで、値段は、42〜5万円だったように記憶してい
る。

 厚みはあったが、平べったい、箱のようなパソコンだった。
りんごのロゴが、印象的だった。
が、私はタンディ社のパソコンのほうに興味があった。
青いモニターに、白い点で文字を表示することができた。
PET2001より、画面がはるかに大きかった。
キーボードも打ちやすかった。
それが魅力的だった。
言い忘れたが、当時この日本には、日本語(カタカナ)表示できるパソコンは、まだなか
った。

 アップル社のパソコンは、PETと比べても、ダントツに性能がよかった。
それは記憶しているが、値段が高くて、買えなかった。

 たった今、念のため……と思い、タンディ社のパソコンについて調べてみた。
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

『1977年8月3日、タンディ TRSー80 Model T が発表された。
これがタンディ社がホームコンピュータ市場に参入し、コモドールPET 2001や
Apple IIと対抗するきっかけとなった。
価格は599ドルで、当時のラジオシャック店が扱っていた中では最も高価な製品だった。

同社はコンピュータの市場に入ることが出来るのか確信を持っていなかったため、とりあ
えず3000台を製造し、もし売れなかったら3000ある各店舗の業務に使用する予定だった。
タンディは最初の一ヶ月で1万台を販売し、一年で5万5000台を販売した。
1981年1月に販売終了するまで、ModelU は 25万台も売れた』と。

●PET2001

 こうしてウィキペディア百科事典を読みなおしてみると、当時のパソコンの流れが、整
理できて、おもしろい。

 やはりコモドール社のPET2001のほうが、先だった。
Apple Uが、出てきたのは、そのあと。
が、ムーンベースでは、入り口のところに、タンディ社のパソコンが、誇らしげに飾って
あった。
専用のモニターつきで、キーボードもかっこよかった。
あのときのあれが、「TRSー80」だった。
……と、今、その名前を思い出した。
私は、アップル社のパソコンより、タンディ社のパソコンがほしかった。

 が、迷っているうちに、日本のシャープが、この世界に参入してきた。
NECも参入してきた。
私はそれらをつぎつぎと買い換えていった。
(アップルUと、TRS−80は購入していない。)

 ウィキペディア百科事典には、PET2001について、こうある。

 『……世界初のオール・イン・ワン ホームコンピュータPET 2001である。
メモリ(RAM)は 4Kバイトか8Kバイトであり、基本的にはKIM-1の新たなディスプレイ
用チップ (MOS 6545) を加えて、内蔵モノクロディスプレイ(40×25文字表示)を駆動し
た。
画面にはキャラクタ表示しか出来ないが、1キャラクタを縦横各2分割した16パターンの
図形キャラクタを持ち、それを画面に並べることによって80×50ドットの疑似グラフィッ
クス表示をすることができた(キャラクタグラフィックス)。
また、データ記録用のカセットテープレコーダーもキーボードの横に装備していた。PET 
2001は、1977年9月ごろ出荷を開始した』と。

 「1977年出荷」とあるから、私が30歳のときということになる。
しかしそれはおかしい(?)。
あるいは私の記憶違いによるものなのか。
私は今まで、私が27〜8歳のときにPET2001を購入したと、記憶していた。

 ついでにAPPLE Uについては、ウィキペディア百科事典には、こうある。

 『……Apple IIの販売台数は 1978年に7,600台、1979年に35,100台、1980年に78,100
台、1981年には約18万、1982年に約30万台と毎年倍々に増加し、
パーソナルコンピュータの普及に貢献すると共にアップルコンピュータ社の礎を築いた。
Apple IIの生産は1993年まで続き、総計500万台が生産された』と。

 1977年から78年。
たった2年!
私にはその2年間が、長い年月だったように思われる。
その間に、パソコンの世界は目まぐるしく変化した。
ともあれ私が言いたかったのは、「ジョブズ氏がいなかったら、パソコンはなかった」(某
誌氏コメント)というのは、まちがいということ。

 もしあのとき、コモドール社やタンディ社が、そのまま売り上げを伸ばしていたら、ジ
ョブズ氏はいなかったということになる。
ここにもあるように、タンディ社のTRS−80は、25万台。
アップルUは、500万台。
その結果、ジョブズ氏は、アップル社のジョッブズ氏になった。
その点、Basic言語を開発し、WINDOWを開発した、マイクロソフト社のビル・
ゲーツ氏とは、一線を画すものである。

 だから私は、こう書いた。
「時流に乗っただけ」「運がよかっただけ」と。
が、私の意見に対して、怒りを覚えるのは、少し待ってほしい。

●日本の遅れ

 当時の私は、毎日がもどかしくてならなかった。
NECもTOSHIBAも、さらにFUJITSUも、大型のコンピューターを製造して
いた。
その気になれば、ホームパソコン(当時は、そう呼んでいた)など、簡単に製造できたは
ず。
日本の電子技術のほうが、はるかに進んでいた。
が、私が知るかぎり、(当時、私がもった印象では)、日本の会社は、お高くとまったまま。
何も動こうとしなかった。

 そのうちシャープがオールインワン(PETの類似型)のパソコンを売り出し、NEC
は独自のOSをもった、8000シリーズを売り出した。
しかしそのときには、すでに世界の勝者は決まっていた。

 ついでながら、私はあのシャープが発売した、MZ−80についても書いておきたい。
(TOSHIBAやFUJITSUではない、弱電メーカーのシャープだったという点に
も注目!)
使ったのはわずかな期間だったが、(……というのもそのあとすぐ、NECのPC8001
に乗り換えたので)、よいパソコンだった。
デザインも、日本人向けだった。
で、たった今、そのMZ−80について調べてみたが、1978年発売とある。
またPC8001については、翌年の1979年発売とある。

 つまり1977〜79年は、まさにパソコンの黎明(れいめい)期。
今から思うと、そんな感じがする。

●日本が敗れる

 パソコンの世界で、日本がアメリカに敗れた理由は、私が知るかぎり、2つある。
ひとつは、NECの98(OS)に代表されるように、日本人は日本製にこだわりすぎた。
「日本で勝てば、世界の勝者になれる」と思い込んでいた。
そんな奢(おご)りがあったのではないか。
 
 それは私自身の個人的な経験とも重なる。
私はIBM仕様のパソコンがすでに世界制覇を成し遂げたあとですら、まだNECの98
にこだわっていた。
で、結果は、ご存知の通り。
IBM仕様のパソコンに乗り換えたとき、私の家の中には、8000シリーズ、9000
シリーズのパソコンが、4〜5台、まだそのまま残っていた。

 もうひとつは、お馬鹿な政治家たちに、未来を見通す力がなかったこと。
パソコンより、土木事業ばかりに力を注いでいた。
はっきり言えば、知的能力に欠けていた。
OSの開発においても、アメリカから圧力が加わると、即座にそれに従った。
まさにアメリカの言いなり。
東大の坂村健氏が開発したBTRONなどもその一例※。
当時の私はこんなふうに思った。
「あの田中角栄さんに、ベーシック言語を教えるのは不可能だろうな」と。

 ともあれ、今が、その結果。
もし私たちがアメリカ人なら、ジョブズ氏を称えるのもよいだろう。
たしかにアメリカ人にとっては、英雄。
しかし日本人の私たちが、ジョブズ氏を称えて、どうなる?……どうする?
「ジョブズ氏は時流に乗っただけ」と書いた私を叩いて、どうなる?……どうする?
中には、「ジョブズ氏のいないパソコンの世界は考えられない。ジョブズ氏の死を心から悼
む」(日本人)というようなことを、書いているBLOGまであった。

 すばらしい人物であったことは認める。
しかし、そこまで。
そこでSTOP!

 ……ということをわかってほしかったから、この原稿を書いてみた。
私たちは、そのジョブズ氏との戦いに敗れた日本の日本人。
アメリカは国策として、ジョブズ氏らを応援した。
それを忘れてはならない。

 ついでながら日本の政治家たちのお馬鹿ぶりは、これだけではない。
つぎの原稿も、ぜひ、読んでみてほしい。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【デジタル教科書について】2010年に書いた原稿より

【デジタル教科書】(どうして時代の流れに反対するのか?)


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昨日(2010年12月17日)、書店に
立ち寄った。
驚いた。
デジタル教科書など、時代の
常識と考えていた。
が、そこにはズラリと、
「デジタル教科書・反対論」なる
タイトルの書籍が、並んでいた。
平積みではない。
棚に、同じ本が、表紙を前に、
10冊前後ずつ、並んでいた。
かなりの威圧感があった。
が、即座に私の脳みそが反応した。


デジタル教科書に反対?
これはどういうことなのか?
どうしてデジタル教科書に、
反対なのか?


隣の韓国では、2011年の4月から、
すべての学校でデジタル教科書が
使われるようになるという(報道)。
それが時代の流れなら、デジタル教科書
に反対する理由などない。
近未来の学校教育を想像してみればよい。
「紙」を使った、現在の教科書の
ほうが、時代遅れ。
地球温暖化防止を理由にするまでもない。


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●SONYのPSP


 私は現在、SONYのPSP(電子ゲーム機器)を使って、遊んでいる。
「モンスター・ハンター2G」(通称「モンハン」)。
現在、「3G」が発売になっている。
が、「2G」だけでも、精一杯。
買って、もう10日になるが、いまだに初期ステージの村で、うろうろしている。


 そのゲーム。
子どもたちの心を捕らえて放さない。
ゲーム機器を見せただけで、目の色を変える。
PSPをもっているというだけで、私はみなの人気者になってしまった。


毎日のように子どもたちがいろいろなソフトを見せてくれる。
ゲームの仕方を教えてくれる。
おとといは(15日)は、ゲームを無線LANでつないで、たがいに対戦する方法
を教えてもらった。


 私はそういう子どもたちを見ながら、どうしてこういう機器を、教育に
もっと利用しないのか、と考えた。


●パソコンの世界


 パソコンを使っていない人に、いくらそのすばらしさを説明しても無駄。
理解すらできない。
しかしパソコンがそこにあり、ネットにつながっているということは、
座右に、巨大な図書館があるようなもの。
しかも司書つき。
最近では、私は語句の使い方まで、検索をかけて調べるようになった。
辞書がわりにもなる。


 そのパソコンの世界は、まさに日進月歩。
たった10年前には、10GBのハードディスクの出現に目を丸くした。
それまでは「メガバイト」の時代だった。
それがやっと「ギガバイト」の時代になったと思っていたら、友人から電話。
「台湾製だが、10GBのパソコンが出た。買わないか?」と。
私は、すぐとびついた。


 今では、デスクトップパソコンともなると、1TB(1000GB)
は当たり前。
2TBの時代になりつつある。
搭載するメモリーについても、そうだ。
現在私が使っているデスクトップは、12GBのメモリーを搭載している。


 仮に1TBもあれば、全世界の全学年の教科書を丸コピーしても、おつり
がくるはず。
しかしそんな必要はない。
ネットでつなげば、その?億倍の情報を、居ながらにして、自分のものに
することができる。


 私など、この数年、ほとんど図書館へ行っていない。
それまでは毎週のように、図書館へ通っていたが……。
これが時代の流れ。


●可能性


 デジタル教科書の是非を争っても、意味はない。
というのも、デジタル教科書そのものが、無限の可能性を秘めている。
すでに紙のようにペラペラと曲がるモニター(表示装置)も開発されている。
その気になれば、現在使っている教科書とそっくり同じよな教科書も作る
こともできる。


 どうしても……ということなら、それも可能。
(そんな必要はないと思うが……。)


 が、そこで進歩が止まるわけではない。
デジタル教科書といっても、将来的には、かぎりなく薄く、軽くなる。
さらに学校と子どもを、デジタル教科書を介して、直接つなぐことも可能。
もし「性能がよすぎる」というのであれば、いくらでもダウンサイズできる。
大は、常に小を兼ねる。


 反対派の人たちは、「無駄になる」というようなことを言っているようだ。
そういう話は聞いたことがある。
どうして?


 たとえばもっともシンプルにデジタル教科書を考えてみよう。


(1)教科書を、SDカードのようなものにコピーする。
あとはそのSDカードを学年ごとに、差し替えればよい。
子どもたちは、何冊も教科書をもって歩く必要はない。


(2)全国の教師が、自作のテキストやワークブックを共有する。
それだけでも、膨大な情報量になる。


 いいことづくめで、悪いことは何もない。


 どうしてもっとシンプルに、ものごとを考えることができないのか。


●反対論者


 私は私で、白紙の状態から、この問題について考えたかった。
どういう理由で反対しているのか、今の段階では、私にはわからない。
しかしこの問題を考えるとき、ひとつの大きな問題をクリアしなければならない。
それが「知識と思考」の問題。


 この先、知識は、かぎりなく価値を失う。
知りたいことがあれば、パソコンを使い、その場で知ればよい。
言い換えると、「もの知り」は、お呼びではない。


 その半面、「思考」が重要な意味をもつようになる。
わかりやすく言えば、「自ら考える子ども」。
「自ら考える人間」。


 考えるということは、そこにある事実を加工、分析、さらに論理的に
積み重ねることをいう。
その意識、つまり教育に対する考え方を、基本的な部分で、まず変えなければ
ならない。
すでに多くの大学では、「辞書、参考書、持ち込みOK」という入試方法を
とっている。


(AO入試方法については、学力の低下を理由に、見直す大学がふえているのも
事実だが・・・。)


 つまり「学校教育イコール、知識教育」という、旧態の固定観念を捨てる。
「知識」にこだわるかぎり、便利すぎる文明の利器は、人間をかえって怠惰にする。
それはそうだが、暗記に始まって、暗記に終わる現在の教育システムが、だれも正常
とは考えない。


●過去


 少し話を過去に戻す。


 戦後のある時期までは、日本の電子機器は、世界をリードしていた。
が、それは今では、当時の面影は見る影すらない。
ほとんどの分野を、とくに韓国、台湾に奪われてしまった。


 コンピューター教育にしても、しかり。
なぜに、現在の韓国があり、台湾があるか、それを考えてみればよい。
日本が二の足を踏んでいる間に、彼らは、小学レベルから、コンピューター教育を
始めた。
オーストラリアでさえ、現在34歳の二男が11歳だったから、23年以上も前から、
小学レベルでコンピュータ教育をしていた(南オーストラリア州)。
私が目撃した。
さらにアメリカでは、10年以上も前から、しかも4歳児からコンピューター教育を
していた。
私が目撃した(アーカンソー州)。


 が、この日本では、「教員がいない」「教員資格がどうの」「教授を育てるまでに
20年」「カリキュラムが定まらない」などという、理由にもならない理由を並べて、
結局、コンピューター教育は実現しなかった。


 少し乱暴な意見に聞こえるかもしれないが、まず、やってみること。
多少の試行錯誤はあるかもしれない。
失敗もあるだろう。
しかしそんなことを恐れていて、何ができる?


●否定派


 ……という段階で、今朝、反対派の人たちが、どんな理由を並べているか、調べて
みた。
書店にあった本を書いた著者のHPを開いてみた。
そこには、同じようにズラリと、いろいろな人が反対意見を並べていた。
それを箇条書きに、整理してみる(以下、池田信夫氏のウェブサイトより)。


(1)同じような話は20年前からあった。
当時の文部省は、BTRONという日の丸パソコンを全国に配布しようとしたが、
失敗した。


(2)ソフトバンクが、全国2000万人の学生と教員全員に、無料でiPadを
配布すると宣言した。
実態は、デジタル教科書のリース料(ひとり月額280円)を子ども手当てでまかなおう
というもの。
これは税金の食い逃げ。


(3)英語教育ひとつとっても、北朝鮮に負けるような状態。
英語のできない教師をクビにすることもできない。
こんな状態で、生徒に端末を配っても無駄。


(4)ハコモノのばらまき行政では、何も解決しない。
まずやるべきなのは、非効率な教育システムをITで合理化し、無能な教師や
不要な事務員を削減すること。
教育バウチャーなどによって、学校間の競争を導入すること。
(以上、池田信夫氏のウェブサイトより)


●順に検討してみよう


(1)同じような話は20年前からあった。
当時の文部省は、BTRONという日の丸パソコンを全国に配布しようとしたが、
失敗した。


★20年前というと、コンピューターの世界では、やっとラップトップ・パソコンが
TOSHIBAから発売になったころ。
そんなとき、今と同じデジタル教科書の話があった?
少なくとも私は知らない。


(なおBTRONについては、池田氏は誤解している。後述。)


私はそのころ東京の秋葉原まで二男を連れて行き、その1台、買った。
値段は40万円を超えていた。
そんな時代の失敗を、今、どうして持ち出すのか?


(2)ソフトバンクが、全国2000万人の学生と教員全員に、無料でiPadを
配布すると宣言した。
実態は、デジタル教科書のリース料(ひとり月額280円)を子ども手当てでまかなおう
というもの。
これは税金の食い逃げ。


★280円なら、安い!
280円x12か月x12年=40320円。
リースだから、12年後には、さらにすぐれた機能をもった端末機が、現れるはず。
子ども手当てだけも、じゅうぶん、おつりがくる。
教科書会社は巨億の利権にぶらさがり、好き勝手なことをしている。
教科書会社ならよくて、どうしてソフトバンクだと、だめなのか。


(3)英語教育ひとつとっても、北朝鮮に負けるような状態。
英語のできない教師をクビにすることもできない。
こんな状態で、生徒に端末を配っても無駄。


★どうしてここで「英語」が出てくるのか。
「英語教育をやめて、論語を読ませろ」と主張する学者も多い。
英語ではなく、数学や理科では、どうしていけないのか。
英語という「言語」教育であれば、英会話ができる・できないは、つぎの問題。
それに今どき、英語の話せない英語教師はいない!
いつの話をしているのか。
現に今、税金の食い逃げをしている教科書会社を、どうして問題にしないのか?


(4)ハコモノのばらまき行政では、何も解決しない。
まずやるべきなのは、非効率な教育システムをITで合理化し、無能な教師や
不要な事務員を削減すること。
教育バウチャーなどによって、学校間の競争を導入すること。


★教育は、能率だけではできない。
「カリキュラム」という言葉を使って反対する人も多い。
しかし教育は、カリキュラムどおりには、進まない。
相手は、子どもという「人間」である。
そのときの様子をみて、臨機応変に対処する。
それが教育である。


 また「無能」という言葉を安易に使ってほしくない。
同じ公務員の中でも、もっともハードな仕事を強いられているのが、学校の教師。
1週間の間に、「空き時間(=休み時間)」が、カリキュラム通りだと、1〜2時間
しか取れない。
それを教師たちがみな、たがいにやりくりしあって、3〜4時間にしている(静岡県)。
「無能」という言葉を使うなら、まず自分でやってみること。


●「やらまいか精神」


 浜松に住むようになって、40年。
当初、この浜松へ来て、驚いたことが2つある。


 ひとつは、「文化」の「ブ」の字も感じなかったこと。
おそろしく文化の低い町と思った(失礼!)。


 たとえば私が学生時代を過ごした金沢では、毎週のように近くの公民館で、
講演会があった。
大学やその道の専門家が、町の人たちに何かの講演をしていた。
夕方になると、あちこちから三味線や謡(うたい)の音や声が聞こえてきた。
祭りともなると、城内の大学生が率先して参加していたし、コンサートも頻繁に
行われていた。
浜松には、静岡大学の工学部もあったが、学生の「臭い」すら、どこにもなかった。
しかし、この話は、今回のテーマには関係ない。


 もうひとつは、「やらまいか精神」。
無責任と言えば、無責任。
無謀と言えば、無謀。
しかしこの浜松の人たちは、何でも新しいものが、好き。
当時私はいくつかの会社を回りながら、貿易の手伝いをしていた。
社内報も書いていた。
そんなとき私が何か新しいことを提案すると、経営者たちはみな、即座に、
「やらまいか(やってみよう)!」と答えてくれた。
ポンと言えば、ポンと返ってくる。
そんな感じだった。
これを称して「やらまいか精神(魂)」という。


 金沢は何かにつけて、保守的。
それに対比して、浜松は何かにつけて、革新的。
今では、そうした土着性はともに、かなり薄められてしまったが、なくなってしまった
わけではない。
逆算すると、50年前には、その「やらまいか精神」は、もっと強かった。
100年前には、もっと強かった。


だからこの浜松から、HONDAが生まれ、SUZUKIが生まれた。
YAMAHAが生まれ、KAWAIが生まれた。
ROLANDもうまれた。
ホトニクスも生まれた。
ついでにあの豊田左吉も、この浜松(浜名湖の西)で生まれ育っている。
TOYOTAの豊田左吉だぞ!


 もしこの浜松がなかったら、その後の、そして現在の日本はなかった!


●BTRON


 日本全体が、今風に言えば、草食系になってしまった。
おとなしく、万事、事なかれ主義。
池田信夫氏のウェブサイトを読んでいると、それを強く感ずる。
BTRONの話が出たので、ついでに一言。


 BTRONというのは、東京大学の坂村健氏によって開発された、ビジネス向き
OS。
(デジタル教科書の話ではなく、OSの話だぞ!)
当時日本には、アップルのOSのみがあり、Windowsは、まだ実用段階には
入っていなかった。
それで時の政府が、BTRONに目をつけ、全国の学校を基盤に普及させようとした。
が、これに「待った!」をかけたのが、時のアメリカ政府。
「スーパー301条」の適応をちらつかせ、それを抑え込んでしまった。
池田氏が言うように失敗したのではない。
日本が二の足を踏んでいるちょうどそのとき、アメリカによってつぶされてしまった。


 またBTRONは、OS(オペレーティング・システム)の話であって、今回の
デジタル教科書の話とは、まったく関係がない。
BTRONが失敗したから、今度も……という主張には、無理がある。
池田氏は、デジタル教科書とBTRONの失敗(?)を、たくみにすりかえている!


 一方、この日本でもコンピューター教育の動きはあった。
やはり20年ほど前のことである。


 それを全国に普及させようとしたのが、時の通産省。
反対したのが、時の文部省。
失敗したのでは、ない。
その理由は、先に書いた。


再度、平たく言えば、「教員免許をもった工学系の教師がいない」「教員免許をもたない
教師は、教壇に立たせるわけにはいかない」「コンピューターの指導資格をもった
教員を育てるためには、教育学部に、その学部を作らねばならない。そのためには、
20年かかる」と。


●終わりに


 あのとき、BTRONを全国に普及させていたら、その後の日本は大きく
変わっていただろう。
日本には電子産業の分野で、世界をリードする底力があった。
現にアメリカにさえ、一歩も二歩もリードしていた。


もしあのとき、日本がコンピューター教育を推進していたら、その後の日本は
大きく変わっていただろう。
今ごろ世界中のコンピューターで、BTRONが活躍していたかもしれない。
少なくとも韓国や台湾に、遅れを取ることはなかった。
今や日本の電子産業は、風前の灯火(ともしび)。
今では国民1人あたりの所得では、シンガポールに抜かれてしまった。
2025年には、韓国にも抜かれる。


 どうして「やってみないのか!」。


 それがわからなければ、40年前の映画、『2001年、宇宙の旅』を観てみる
ことだ。
あの映画の中に、紙製の本でも出てくれば話は別。
近未来の世界というのは、そういう世界。
どうして今、紙製の教科書にこだわるのか。
その理由が、まったく私には理解できない。


 迷っているヒマはない!


 デジタル教科書は、いますぐ軌道に乗せたらよい。
何を迷っているのか!
「まず、羽ばたけ。体はあとからついてくる!」。


 このつづきは、またあとで書いてみたい。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 デジタル教科書 電子教科書 教科書のデジタル化)

池田信夫氏のサイト
http://agora-web.jp/archives/1065328.html


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【こういう議論は、疲れる!】(ジョブズ氏の死についての原稿・PART3)

●どうして追悼番組?

 Apple社の会長、ジョブズ氏についての原稿を書いた。
「時流に乗っただけ」「運がよかっただけ」と。

その私の原稿に対して、「偉そうなことを書くなら、自分でやってみろ」と、
そんなコメントを書いてきた人がいた。

 ジョブズ氏は、ネットの世界では神様のような存在である。
それは知っている。
わかっている。
が、「追悼番組」(N動画)まで、流す必要はない。

それがわからなければ、1978〜9年時の、
パソコン黎明期を思い出してみればよい。
日本のメーカーは、つぎつぎと敗退していった。
まさにAPPLEのひとり勝ち。
(日本ではともかくも、世界ではそうだった。)
前回の原稿(PART2)では、その当時の様子を詳しく書いた。

●ジョブズ氏は、アメリカ人

 が、忘れてはいけない。
APPLE社は、アメリカの会社である。
日本の会社ではない。
ジョブズ氏は、その会社の会長。
アメリカ人である。
どうしてその会社の会長の死を、私たち日本人が
悼まねばならないのか。
さらにわからなければ、こんなふうに考えてみればよい。

 リッター30キロというハイブリッド車を生み出したのは、
日本のTOYOTAである。
ハイブリッド社のおかげで、排出二酸化炭素の量は、ずいぶんと減ったはず。

もしここでTOYOTAの豊田S氏が亡くなったとしたら、
アメリカ人は、追悼番組など、流すだろうか。……流してくれるだろうか。
だれかがアメリカで、豊田S氏を批判したら、
そのだれかを、べつのだれかが批判するだろうか。

●私は国粋主義者ではない

 私は国粋主義者ではない。
ただの日本人である。
しかしAPPLE社のジョブズ氏を称える人たちは、
自分たちをいったい、何人と思っているのか。

 が、ネットの世界は、たいへん異質な世界である。
現実離れしている。
たとえばテレビゲームを批判しただけで、猛烈な抗議の嵐が、襲ってくる。
「ゲーム脳」という言葉を使っただけでも、そうだ。
中国や韓国では、ゲーム中毒の若者たちの更正施設までできている。
が、日本には、ない。
日本にはゲーム中毒の若者はいないということなのか?

 少し脱線したが、言い換えると、ネットの世界で、ネットにハマっている人たちは、
「ネット人」であって、日本人ではない。
そう言い切ってもおかしくないほど、私を攻撃してくる人は、
私が住んでいる世界とは、異質の世界に住んでいる。

●「ぼくは欧米人だ」

 そう言えば、現在、20〜30代の人たちが小学生だったころのこと。
私はある日、その小学生たちにこう言った。
「君たちは、何人か?
アジア人か、欧米人か?」と。
するとほとんどの子どもたち(全員)は、こう答えた。
「欧米人に近い日本人」と。
「欧米人」とはっきりと答える子どもも、少なくなかった。

そこで私が「君たちは、アジア人だよ」と言うと、「ぼくたちは
アジア人ではない。肌も白い」と。

 これについては、その当時出版した本の中でも書いた(「受験に克つ子育て法」)。
その当時、そう考えていた子どもたちが、今、20代、30代の若者
になっている。

行きすぎた民族主義には反対する。
危険な思想と断言してもよい。
しかしその反対に、ここまで無国籍人間になるとは?
「ネット人間」と呼ばれる人たちは、そういう人たちをいう。

●頭を冷やそう

 今、中学生や高校生に、こう聞いてみたらよい。
「北朝鮮が日本へ攻めてきたら、君たちはどうする?」と。

 するとやはりたいはんの子どもたちは、こう答える。
「アメリカが叩いてくれる」とか、「アメリカに頼めばいい」と。
これはウソでも誇張でもない。
私は、毎日、そういう中学生や高校生に、仕事上、接している。

 が、どうしてアメリカが、アメリカ人の命をかけて、日本を守らなければならないのか。
反対に、アメリカとメキシコが戦争を始めたばあい、日本の軍隊は、アメリカまで行って、
アメリカを助けるのか。

 オメデタイというより、バカげている。
日本人よ、日本の若者たちよ、頭を冷やせ。
もう少し自分たちの姿を冷静に見ようではないか。
私たちは日本人だぞ。
日本に住む、日本人だぞ。

君たちは、飽食とぜいたくの中で、自分の本来の姿を見失ってしまっている。

●12時間で、20万台!

 ロイターは、つぎのように伝える。

『……米アップルの高機能携帯端末(スマートフォン)「iPhone(アイフォーン)」
の新機種「4S」について、予約販売開始後の12時間で20万台以上の注文が入ったと
し、「桁外れの需要」があると明らかにした」と。

 12時間で、20万台!
結構な話である。
まことにもって、うらやましい話である。
日本人の中にも、「4S」に飛びついた人は、多いはず。
が、それはそれ。
が、私たち団塊の世代は、ちょっとだけだが、別の考え方をする。
一線を引く。

「どうして日本のメーカーには、それができないのか」と。
「ただアメリカの成功を指を食わえて見ているだけなのか」と。
さらに言えば、「あの電子立国だった、日本は、どこへ消えたのか」と。

 その(別の……)という部分が、今回の私の原稿の趣旨である。
私の原稿を批判する前に、今一度、私たちは何人なのか、その原点の立ち返ってほしい。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

2年前の2009年10月に、
以下のような原稿を書いたことがある。
ちょうど2年前の原稿である。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
以下、2009年10月記

【東アジア共同体構想】(脱・アメリカ追従外交の危険な落とし穴)

++++++++++++++

東アジア共同体構想は、見かけは
ともかくも、失敗する。
日本の外資が威力を失ったとき、
命運は尽きる。

++++++++++++++

●アジアのリーダーとして

 今からちょうど40年前。
日本は、新幹線を走らせ、東京オリンピックを成功させ、かつ大阪万博を開き、まさに破
竹の進撃をつづけていた。
高度成長期に突入していた。
そのころアジア各国の人たちは、日本を、畏敬の念と、脅威の念の、2つの入り混ざった
目でながめていた。

「畏敬の念」というのは、「アジア人でも、やればできるのだ」という自信の先頭、それを、
日本が切ったということ。
「脅威の念」というのは、当然のことながら、第二次世界大戦の後遺症をさす。
同時に日本の軍事的脅威論も、このころあちこちで論じられるようになった。

 が、もうひとつ、日本人が読めなかった心がある。
たとえば、アジアの人たちは、日本人が作る自動車を見て、「同じアジア人が作った」と喜
んだ。
理由のひとつとして、日本以外のアジアの国の人たちは、長い間、欧米諸国の植民地であ
ったことがあげられる。

当時の日本人がもつ欧米コンプレックスには、相当なものがあった。
欧米人と見ただけで、頭をさげた。
しかし他のアジア各国、とくに東南アジア各国の人たちがもつ、欧米コンプレックスには、
独特のものがあった。
隷属意識、劣等意識、逆差別意識……そういったものが、渾然一体となって、彼らの欧米
コンプレックスを作りあげていた。
彼らは、欧米に、彼らの植民地として隷属したという、暗い歴史がある。

私は、『世にも不思議な留学記』の中で、こんなことを書いたことがある。

 ある朝のこと、突然、私はアジア各国からの留学生たちに起こされた。
「何だ!」と思って起きてみると、いちばん仲がよかったタン君(マレーシアン中国人)
が、こう言った。

 「ホロシ(私のこと。タンは、いつも私をそう呼んでいた)、来てみろ、すごい車がある」
と。
 みなといっしょに道路へ出てみると、そこにマツダのサバンナという車が置いてあった。
ダッシュボードが、ボンネット側に湾曲している、それまでに見たことのないデザインの
車だった。
タンは、こう言った。
「白人が、アジア人の作った車に乗っている!」と。

 当時の日本人は、そうしたアジアの人たちの心を読めなかった。
今も、今度は、逆の立場で読めないでいる。

話を先に進める前に、『世にも不思議な留学記』の1作を紹介する。
内容的に、話が脱線するが、許してほしい。
東南アジアで、日本がどういう立場にあるか、それをわかってもらえると思う。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●人種差別

 大学のカフェで食事をしていると、私を取り囲むようにして、4、5人のオーストラリ
ア人がすわった。そして手にしたスプーンの腹で、コツコツとテーブルをたたき始めた。

 「立ち去れ」という合図である。気まずい時間が流れた。私はすでに食事を始めていた。
が、そのとき、身長が1メートル90センチはあろうかという大男が、私の横に座った。
長い髪の毛で、顔中、ヒゲでおおっていた。その男が、スプーンをならしている学生たち
に向かって、低い声でこう言った。「ワット・アー・ユー(お前たちは何だ)」と。

 その一言で、学生たちはスプーンをたたくのをやめた。やめて、その場を離れた。その
大男というのが、デニス君だった。本名は、デニス・キシアという。今でも私の無二の親
友だ。

●皿に口をつけてズルズルとスープを飲んだ

 同じころK大学医学部の講師たち3人が、一週間の予定で、メルボルン大学へやってき
た。そしてハウスのゲストルームに滞在した。豪快な人たちだ……と、最初はそう思った。
しかし品位に欠けていた。スープ皿に口をつけてズルズルとスープを飲んだり、ハウスの
飯はまずいと言っては、どこで手に入れたのか魚の目刺しを買ってきて、それを部屋の中
で焼いて食べたりしていた。

 その中の1人が、こう言った。「オーストラリアも、ギリシャ人やイタリア人なんか、移
民させるもんじゃないよな。雰囲気が悪くなる」と。

 当時の日本人で、自分がアジア人だと思っている日本人は、ほとんどいなかった。世界
の人は、半ば嘲笑的に日本人を、「黄色い白人」と呼んでいた。が、日本人は、それをむし
ろ光栄なこととしてとらえていた。

 しかしアジア人はアジア人。オーストラリアでは、第2級人種として差別されていた。
結婚しても、相手がアジア人だったりすると、そのオーストラリア人も、第2級人種に格
下げされた。その法律は、それから10年ほどしてから撤廃されたが、オーストラリアは
まだ、白豪主義(ホワイト・ポリシー)にこだわっていた。

 つまりもしこの医師の話をイタリア系オーストラリア人が聞いたら、怒る前に吹き出し
てしまうだろう。そういう常識が、その医師たちには、まったくわかっていなかった。い
や、医師だけではない。当時、アボリジニーと呼ばれている原住民を見ると、日本の若い
女性たちはキャーキャーと声を出して騒いでいた。なぜ騒いでいたかは、ここには書けな
い。書けないが、日本人ならその理由がわかるはずだ。

 しかし念のために言っておこう。あのアボリジニーは、4〜5波に分けて、アジア大陸
から移住してきた民族である。そのうちの一波は、私たち日本人と同じルーツをもってい
る。つまり私たち日本人は、白人よりも、はるかにアボリジニーに近い。騒ぐほうがどう
かしている。

●人種差別

 人種差別。それがどういうものであるか、それはされたものでないとわからない。「立ち
去れ」という合図を受けたときの屈辱感は、今でも脳に焼きついている。それはそれだが、
問題はその先だ。人種差別をされると、人は2つの考え方をするようになる。

 1つは、「だから自分の属する民族を大切にしなければならない」という考え方。もう1
つは、「民族という名のもとに、人間を分類するのはおかしい」という考え方。

 どちらの考え方をもつにせよ、1つだけ正しいことがある。それは人種や民族の優位性
などというものは、いくら論じても意味がないということ。大切なことは、互いに相手を
認め、尊重しあうことだ。それがあってはじめて、日本を、そして世界を論ずることがで
きる。

 が、そうした世界観は、当時の日本人にはまだ育っていなかった。同じアジア人であり
ながら、日本人は自らを欧米人と位置づけることによって、ほかのアジア人とは一線を引
いていた(中日新聞で発表済み)。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●黄色い白人

 今思い起こしても、当時の日本人は、目が、欧米のほうだけを向いていた。
子どもでも、「自分はアジア人」と自覚している子どもは、皆無だった。
私が、「ぼくたちはアジア人だよ」と教えても、みな、「ちがう」と答えた。
中に、「ぼくたちは、欧米人だ」と言う子どもさえいた。

 こうした意識は、現在の30代、40代の人たちが、今でも共通してもっている。
あるいは自分自身の子ども時代を振り返ってみて、「私はそうでなかった」と自信をもって
言える人は、まずいない。

 つぎの原稿は、10年ほど前に書いたものである。
切り口が少し脱線するが、ここに書いたことは、今でもそのまま通用する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●教科書の検定制度って、本当に必要なの?

 オーストラリアにも、教科書の検定らしきものはある。しかしそれは民間団体によるも
ので、強制力はない。しかもその範囲は、暴力描写と性描写の2つの方面だけ。特に「歴
史」については、検定してはならないことになっている(南豪州)。

 私は1967年、ユネスコの交換学生として、韓国に渡った。プサン港へ着いたときに
は、ブラスバンドで迎えられたが、歓迎されたのは、その日1日だけ。あとはどこへ行っ
ても、日本攻撃の矢面に立たされた。私たちを直接指導してくれたのが、金素雲氏であっ
たこともある。

韓国を代表する歴史学者である。私はやがて、「日本の教科書はまちがってはいない。しか
しすべてを教えていない」と実感した。たとえば金氏は、こんなことを話してくれた。「奈
良は、韓国から見て、奈落の果てにある都市という意味で、奈良となった。昔は奈落と書
いて、『ナラ』と発音した」と。今でも韓国語で「ナラ」と言えば、「国」を意味する。も
し氏の言うことが正しいとするなら、日本の古都は、韓国人によって創建された都市とい
うことになる。

 もちろんこれは一つの説に過ぎない。偶然の一致ということもある。しかし一歩、日本
を出ると、この種の話はゴロゴロしている。事実、欧米では、「東洋学」と言えば、中国を
意味し、その一部に韓国学があり、そのまた一部に日本学がある。そして全体として、東
洋史として教えられている。

 話は変わるが、小学生たちにこんな調査をしてみた。「日本人は、アジア人か、それとも
欧米人か」と聞いたときのこと。大半の子どもが、「中間」「アジア人に近い、欧米人」と
答えた。中には「欧米人」と答えたのもいた。しかし「アジア人」と答えた子どもは1人
もいなかった(約50名について調査)。先日もテレビの討論番組を見ていたら、こんなシ
ーンがあった。

アフリカの留学生が、「君たちはアジア人だ」と言ったときのこと。1人の小学生が、「ぼ
くたちはアジア人ではない。日本人だ!」と。そこでそのアフリカ人が、「君たちの肌は黄
色ではないか」とたたきかけると、その小学生はこう言った。「ぼくの肌は黄色ではない。
肌色だ!」と。

 2001年の春も、日本の教科書について、アジア各国から非難の声があがった。韓国
からは特使まで来た。いろいろいきさつはあるが、日本が日本史にこだわっている限り、
日本が島国意識から抜け出ることはない。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 話を「東アジア共同体構想」に戻す。

●東アジア共同体構想

 民主党政権になって、鳩山首相は、「東アジア共同体構想」というものを、ぶちあげた。
「脱・アメリカ追従外交」を一方で唱えながら、「アジア重視の外交」を主張した。

 私も30〜40年前の私なら、鳩山首相のこの発想を支持しただろう。
またそのときなら、日本は、そのままアジアのリーダー(宰主)として、中国をも東アジ
ア共同体構想の一員として、取り込むことができた。

 が、今ごろ、どうして、東アジア共同体構想なのか?
むしろ立場は、すでに逆転している。
逆転していないまでも、東南アジア各国の人たちは、「日本なしでもやっていける」と考え
始めている。
つまり「東南アジア諸国連合(ASEAN)」に、頭をさげるべきほうは、むしろこの日本
なのである。
 「どうか、日本も、ASEANに加入させてください」と。
それを大上段に構え、「ASEANプラス3」とは!

 「プラス3」というのは、日本、中国、韓国の3か国をいう。

 が、このプラス3は、中身にも問題がある。

(1) 韓国のもつ反日感情、あるいは日本へのライバル意識。
(2) 東南アジア各国の、反中国感情、もしくは反中国意識。

 この2つをさておいたまま、鳩山首相は、「ASEANプラス3」を唱えている。
さらに問題が起きた。
側近を、「脱・アメリカ追従外交論者」で固め、反米とまではいかないにしても、アメリカ
にそのような印象を与えるような行動を始めてしまった。

 毎日新聞は、つぎのように伝えている。

●アジア重視の外交政策?

+++++以下、毎日新聞+++++

 鳩山由紀夫首相は9、10両日、韓国、中国を相次いで訪問する。
9日午前にはソウルで韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領との首脳会談、10日は北
京で中国の温家宝首相、李大統領との日中韓首脳会談に臨む。
首相就任後、国際会議出席以外では初めての外国訪問で、アジア外交重視の姿勢をアピー
ルする。

 日韓首脳会談は、両首脳間の信頼関係の構築が主要な目的。北朝鮮の核問題を巡る6カ
国協議への早期復帰に向けた連携を確認する。
日韓連携を重視する姿勢を示すことで、「東アジア共同体構想」をはじめとするアジア外交
を主導的に進めたい狙いもある。

(中略)

鳩山首相も「東アジア共同体構想」についての理解と協力を求める。3カ国会談後、両首
相の個別会談もある。

+++++以上、毎日新聞+++++

さらに、鳩山首相は、岡田外務大臣をアジア各国に派遣した。
同じく毎日新聞は、つぎのように伝えている。

●受けたのは、外交的虚礼

+++++以下、毎日新聞+++++

岡田克也外相は13日、インドネシアを訪問し、ハッサン外相と会談した。
鳩山政権が推進する東アジア共同体構想について、「インドネシアは重要なパートナーだ」
として協力を要請し、この問題で両国が協議していくことで一致した。

 東アジア共同体構想について岡田外相は「東南アジア諸国連合(ASEAN)の中で存
在感を高めているインドネシアと協力しながら、具体化に努めたい」との考えを示した。
これに対しハッサン外相は「包括的でバランスの取れたものにすべきだ」と述べた。

その上で、ASEANプラス3(日中韓)や東アジア首脳会議などの枠組みを踏まえ、両
国が統合に向けて協力し、協議を続けることで合意した。

+++++以上、毎日新聞+++++

 当然のことながら、これに「待った!」をかけたのが、アメリカ。
こうした一連の日本の動きをとらえながら、「日本は中国よりも、やっかいな国になった」
(オバマ政権)と、鳩山外交を評した。

 英語で、何と言ったかはわからない。
しかし日本は、すでに40年以上も前から、「異質な国」と位置づけられている。
アメリカ人にしてみれば、東南アジアの人たちの方が、まだわかりやすい。
欧米の植民地だったということで、欧米流のものの考え方が定着している。

 が、この日本は、ちがった。
わかりやすく言えば、日本、さらに日本人は、彼らの理解の範囲を超えていた。
そうした流れは、今でもつづいている。
「日本は中国よりも、やっかいな国になった」と言いながら、アメリカは、日本に向かっ
て、「アメリカはずしは許さない」と警告した。

 そして今月(09年10月)、タイのフアヒンで、東南アジア諸国連合(ASEAN)の
首脳会議が始まった。
そこへ鳩山首相は出かけていき、東アジア共同体構想を正式にぶちあげ、アメリカの参加
を求めることを提唱した。

 鳩山首相の一連の動きを、順に追ってみたい。

●無意味な外交巡礼?

+++++以下、毎日新聞+++++

鳩山由紀夫首相は24日にタイ中部のフアヒンで開かれる東南アジア諸国連合(ASEA
N)との首脳会議など一連の会合で、自らが提唱する東アジア共同体構想に関して、米国
の参加を求める考えを表明する。

松野頼久官房副長官がバンコクに向かう政府専用機内で、同行記者団に明らかにした。
 首相は「ASEANを含む東アジア諸国は東アジア共同体構想の中核で、米国の関与は
極めて重要だ」との考えを表明する。

 これまで首相は「米国を排除する発想は持っていない」としていたが、参加国の枠組み
などについては明確な言及を避けており、米国の参加を明言するのは初めて。
米軍普天間飛行場の移設問題で日米間の相違が顕在化しており、配慮をする必要があると
判断したとみられる。

+++++以上、毎日新聞+++++
+++++以下、毎日新聞+++++

鳩山由紀夫首相は24日午前(日本時間同日午後)、タイのアピシット首相ら東南アジア諸
国連合(ASEAN、10カ国)の首脳と会談した。
ASEAN各国を自ら提唱する「東アジア共同体構想」の中核メンバーと想定する鳩山首
相は、同構想を長期的なビジョンとして説明し、協力を呼びかける。

また、タイやベトナム、カンボジアなどメコン川流域国の経済成長へ向けた支援を表明す
る。
 これに先立ち、鳩山首相は議長国のアピシット首相と個別に会談し、東アジア共同体構
想を説明した。

+++++以上、毎日新聞+++++
+++++以下、毎日新聞+++++

鳩山由紀夫首相は24日、東南アジア諸国連合(ASEAN、10カ国)との首脳会議、
さらに中国と韓国を加えたASEANプラス3首脳会議に出席し、自ら提唱する東アジア
共同体構想への支持を呼びかけた。

首相はASEANが共同体構想の中核になるとの認識を示し、各国首脳も「長期的な目標」
として協力していくことで一致した。
今後は将来の共同体構築につながる具体的な地域協力の推進が課題となる。

 一連の会議で首相は共同体構想について「長期的なビジョンを掲げて、開かれた地域協
力の原則に立って着実に進めていきたい」と説明。
「日本の外交政策として日米同盟を基軸と位置付けている」とも述べ、何らかの形で米国
が関与できる仕組みを検討する姿勢を強調した。
具体的な協力分野としては経済や新型インフルエンザ対策、情報通信などを挙げ、理解を
求めた。

 ASEANや中韓側からは「長期的な目標として取り組んでいきたい」「東アジア協力の
議論を再活性化した」と評価する意見が相次いだほか、「統合が進むASEANが主導的な
役割を果たす」との発言もあった。

ASEANプラス3では、首相は「日中韓協力を東アジア協力の推進力とする」と強調。「過
去を直視しながら未来志向の関係をアジア各国と築いていく」と述べた。
また通貨危機に対応して外貨を融通し合う「チェンマイ・イニシアチブ」などアジア地域
の金融安定化に貢献する考えも表明した。

+++++以上、毎日新聞+++++

●アメリカはずしは、時期尚早

 「プラス3」というが、まず、日本は、どうやって、あの中国と韓国を、仲間にまとめ
るというのか。
1回や2回、首脳会談をもったくらいのことで、中国や韓国の、反日意識や反日ライバル
意識が氷解するなどということは、ありえない。
ありえないことは、ここ10年に渡ってつづいた、日韓経済戦争を見ればわかる。
日中経済戦争でもよい。
その戦争は、今の今も、つづいている。
むしろ今年に入ってからも、生き残りをかけて、さらに熾烈さを増している。

 そんなこともあって、今、日本からアメリカをはずすのは、時期尚早。
あまりにも稚拙。
たしかに「追従」しているが、追従しなければならない歴史的、かつ外交的背景が、そこ
にある。

 なぜ、日本が戦後60年以上に渡って、平和を保つことができたか。
かつ国防費を対GDP比で、1%以下に抑えることができたか。
何もアメリカの高官にあえて脅されるまでもなく、アメリカ軍が日本に駐留していたから
にほかならない。

 何度も繰り返すが、もしアメリカ軍が駐留していなかったら、今ごろ日本は、跡形もな
く粉々にされていた。
スターリン・ソ連、毛沢東・中国、李承晩・韓国、金日成・北朝鮮、さらにマルコス・フ
ィリッピン連合軍が、繰り返し、日本を襲ったであろう。
悲しいかな、粉々にされてもしかたないことを、日本は、先の戦争でしてしまった。

 外交面においても、そうだ。
あんな北朝鮮ですら、日本はもてあましている。
拉致問題ひとつ解決できないでいる。

 が、「日本のうしろには、アメリカがいる」。
それが日本の外交を、裏から支えてきた。
今も、支えている。
もし、日本が本気で追従外交から脱するときがあるとすれば、日本が軍事面、外交面で、
中国を含む他のアジア諸国から、認知されたときである。

 「認知」という言葉を、「融和」という言葉で置き換えてもよい。
「日本は危険な国ではない」「日本は信頼できる」という、2つの側面が、アジア各国の中
で融和したとき、日本は、はじめて対米追従外交から脱却できる。

 が、今の日本にあるのは、経済力のみ。
(その経済力も、風前の灯だが……。)
そのことは、今回の鳩山総理の動きを見てもわかる。
言うなれば、札束をパラパラと見せつけながら、ASEANの会場に乗り込んだ。
今はまだ、多少なりとも、ジャパン・マネーに威力が残っているからよいようなものの、
しかしこんな方法は、いつまでも長つづきしない。
2015年どころか、来年の2010年には、アジアにおいて、日本と中国の立場は、逆
転する。

 また「東アジア共同体構想」という名称そのものが、「東」、つまり「日本を中心とした」
という意味である。
この国際性のなさ。

東南アジアの人たちは、日本人が、自分たちを東南アジア人と思っていないのと同じよう
に、自分たちは東アジア人とは、思っていない。
むしろ「東アジア共同体構想」というのは、先の戦争中に日本の軍部がぶちあげた、「大東亜
共栄圏」の流れの中にある。
少なくとも中国を含む東南アジアの人たちは、そう考えている。

 「東アジア……」ではなく、ぶちあげるとしても、「東」を取って、「アジア共同体構想」
とすべきだった。

●どうして、今?

 日本には日本のプライドがある。
それはわかるが、10年後、20年後の日本を考えるなら、今はそのプライドを捨て、A
SEANに頭をさげるべき。
「どうか、仲間に加えてください」と。
何も、中国や韓国を、いっしょに連れて行くような話ではない。
もっとはっきり言えば、中国や韓国を無視して、ASEANに加入すればよい。
もし逆の立場だったら、つまり中国や韓国の経済力が、日本を凌駕(りょうが)するよう
になったら、彼らは日本は完全に無視されるだろう。

 簡単に言えば、どこかの社交クラブに行くとき、自分ひとりでは心細いからという理由
で、隣人とはとても言えないような隣人を、連れていったようなもの。
こういうのを、(お人好し外交)と呼ぶ。

 韓国は、それによって、ASEANの中で独自の立場を構築するだろう。
しかし問題は、中国。
中国など連れていったら、まとまる話も、まとまらなくなる。
もともとASEANというのは、対中国脅威論がベースになって、誕生した。
そんな歴史的経緯すら、鳩山総理は知らないというのか!

 どうであるにせよ、鳩山首相の一連の行動は、このまま「勇み足」につながりかねない。
もう少しじっくりと考え、時間をかけるべき。
何かのアドバルーンは必要かもしれないが、それは二期目でもよかった。
総理大臣になったとたん、いきなり「東アジア共同体構想」とは?
こうした大構想には、根回しというか、地道な基礎づくりが必要。
その基礎を積み重ねながら、道筋を作っていく。

 以上のことを総合すると、(1)東アジア共同体構想は、失敗する。
日本は残った財力を使い果たすような形で、結局は失敗する。
また(2)そうでなくても、日米関係は崩壊寸前。
これを機会に、日本は丸裸のまま、中国という猛獣の前に放り出されることになる。
その覚悟も、またその準備もないまま、今、ここで「脱・アメリカ追従外交」を唱えるの
は、危険、きわまりない。

 さらに言えば、アメリカに脅されて、(3)東アジア共同体構想に、アメリカを加えると
宣言したが、それ自体が、すでにこの構想を破壊したことを意味する。
アメリカは、ASEANを、アメリカの支配下に取りこもうと、あの手、この手を使って
画策してきた。
東南アジアの人たちは、そのアメリカをうまくかわしてきた。
アメリカへの警戒心も強い。
その警戒心も冷めやらぬ今、「アメリカも」ということになれば、崩壊するに決まっている。

 鳩山総理も海外留学組だから、その発想とするところは、よくわかる。
しかしそれは30〜40年前の発想。
今は、時代も中身も変わった。
アジアにこだわらなければならない理由はない。

 が、批判ばかりしていては、いけない。
そこで発想を変えて、日本は、アジアを飛び越えて、一気に、インド、ブラジルと共同体
を組んではどうか。
(韓国政府は、すでにそういう方向で動いている!)
そして中国そのものを、取り囲んでしまう。
どうしても「共同体」ということであれば、そのほうが実現性は高い。
将来のメリットも大きい。
(以上、2009年10月25日朝・記)

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 東アジア共同体 共同体構想 大東亜共栄圏 脱アメリカ追従外交 
追従外交)(以上、2009年10月記)

(付記)2011/10/08記

 鳩山由紀夫首相(当時)の「共同体構想」は、入り口のところで頓挫した。
結局、日本は、恥をかいただけ。


Hiroshi Hayashi++++++++Oct. 09+++++++++はやし浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小学1年生と2年生に、正負の数の計算を教える】(はやし浩司 2011−10−06)

●今週は、小1〜2クラスでは、正負(+&−)の数の計算を教えました。
 たいへん恵まれた子どもたちで、全員が、ねらいどおり、計算できるようになりました。

(1)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/Lp474RkqDQo?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/tCa41lch9aE?hl=ja
&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

【1】
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/Yr8RaMNaWGc?hl
=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

【2】
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/TaSxmzVAe8Y?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

【3】
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/XlpjV45y3CM?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●小沢疑獄事件と4億円(天の声vs巨億の利権)2011/10/07記

+++++++++++++++++

★岩手県や秋田県では、公共工事の談合で
小沢事務所の了解がなければ本命業者には
なれない状況だったという(判決要旨)。

★小沢事務所の秘書から発せられる本命業者と
することの了解はゼネコン各社にとって
「天の声」と受け止められていたという
(判決要旨)。

★元公設第1秘書の大久保隆規被告は2002?03年
ごろから天の声を発出する役割を担うように
なったという(判決要旨)。

+++++++++++++++++

●問題のすり替え

 今日、小沢一郎氏は、「完全無罪」を主張した。
が、今回の裁判では、そもそも、争点がズレている。
私たちが知りたいのは、「4億円の出所」。
つまり「入り口」。

が、裁判では、その「出口」が争われることになった。
つまり使われ方についての手続きの違法性が争点になっている。
わかりやすく言えば、仮に有罪になっても微罪。
本来問われるべき収賄罪とは、罪の重さがちがう。

 つまり小沢一郎氏は、巧みに問題のすり替えをしている。
肝心の4億円の出所を伏せたまま、出口だけを取りあげ、「違法なことはない」(公判後会
見)と。
が、その「出口」もおかしい。
裁判官は、つぎのように判断している。

『……加えて、石川被告が4億円を同年10月13日から28日まで前後12回にわたり5銀
行6支店に分散入金したことなどは、4億円を目立たないようにする工作とみるのが合理的。
4億円を原資とする土地取得も、04年分報告書に載ることを回避しようと隠蔽工作をした
とも推認される』(判決要旨)と。

 仮にそれが罪でなくても、なぜ「4億円を同年10月13日から28日まで前後12回にわ
たり5銀行6支店に分散入金したか」について、小沢一郎氏は、説明する義務がある。
さらにここにもあるように、04年に土地代金を支払いながら、名義変更は、翌年の05
年に回している。

 私も、生涯において何度か土地売買の取り引きをしたことがある。
しかしこんなバカげた取り引きをしたことは一度もない。
小沢一郎氏は、代金を04年(10月)に払い、名義変更を05年(1月)にしている。
ふつう土地の売買においては、代金の支払いと同時に名義変更をする。
そうでもしなければ、買い手は不安でならない。

 それを裁判官は、「04年分報告書に載ることを回避しようと隠蔽工作をしたとも推認され
る」と判断している。
つまりもともと胡散(うさん)臭いお金だから、そういう小細工をした(?)。
だれしもそう考える。

●裁判では……

 今回の裁判では、小沢一郎氏は、無罪となる可能性はきわめて高い。
小細工を罰する法律はない。
「たまたま私はそうしただけです」と主張すれば、それ以上、小沢一郎氏の責任を追及す
ることはできない。
4億円についても、「私のお金」(公判後会見)と突っぱねるだろう。

 が、それで私たち国民が納得するかどうかというと、それはない。
私たちは納得しない。
私たちが知りたいのは、あくまでも「入り口」
4億円の出所。

 裁判官は、「岩手県や秋田県では、公共工事の談合で小沢事務所の了解がなければ本命

者にはなれない状況だった」と断じている。
巨億の事業体である。
それが「天の声」として、長年に渡ってつづいていた。
もし裁判官が言っているとおりとするなら、4億円など、ハシタ金。
その10倍の40億円、さらに100億円と聞いても、私は驚かない。

 が、なぜか、検察側は、本命と言うべき贈収賄罪についての立件を断念している。
なぜか?

●もの言わぬ従順な民

 それにしても驚くべきことは、私たち日本人のもつ「従順さ」。
本来なら、もっと怒ってよいはず。
が、何も言わない。
何も行動しない。
怒りの声すら、あげない。

 いつの間にか、私たち日本人は、キバを抜かれてしまった。
自ら考えることすら、放棄してしまったかのようにも見える。
が、そんなのは美徳でも何でもない。
その先にあるのは、民主主義の崩壊。
いや、すでに崩壊している。

 日本は官僚主義国家。
こんなところで、へたに民主主義を補強すれば、自分たちの立場がかえって危うくなる。
国民を、「もの言わぬ従順な民」にしておくことこそ、肝要。
官僚とゼネコン。
この両者を癒着してくれる政治家こそ、彼らが望む政治家ということになる。
言い換えると、日本の民主主義は、ここまで地に落ちた。
今朝の小沢裁判の新聞記事を読みながら、そんなことを考えた。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●10月7日(2011)

●ジョブズ氏の死

 米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ会長が、死去したという。
56歳だったという。
私はこのニュースを知って、こんなことを考えた。
「その一方で、巨億の資産を投資で失い、自殺した人もいるのに……」と。

 たとえば、ドイツの億万長者アドルフ・マークル氏がいる。
彼は電車に飛び込み自殺している(2009年)。
たとえばシカゴ不動産競売業者のスティーブン・グッド氏がいる。
グッド氏は、ジャガーの赤いスポーツカーの中で銃で自殺している(同、2009年)。

その反対でもよい。

 仮に巨億の富を築きあげたとしても、死ねばおしまい。
この宇宙もろとも、この世から消える。
だったら、仮に巨億の富を投資で失ったとしても、自殺するのは、バカげている。
 
 今回の大恐慌においても、こうした自殺者は、この先、跡を絶たないだろう。
アドルフ・マークル氏やグッド氏のような著名人は別として、私の身近にも似たようなケ
ースはいくらでもある。
「事業に失敗して……」と。

 が、やはり死んだらおしまい。

●老後の資金

 この話と、「老後の資金」とどういう関係があるかと聞かれると、つらい。
老後というのは、言うなれば「死の待合室」に入るようなもの。
いくら「そうであってはいけない」と思っても、現実はそう。
(もちろんそれを悲観的に考える必要はないが……。)

 そんなとき、こう考える。
「あといくら財産があれば、いいのだろう」と。

 いろいろな経済誌が、退職後から(死ぬまでの)費用を試算している。
1人、1億円と言う人もいる。
2億円と言う人もいる。
が、公務員と蓄財に成功した老人をのぞけば、それだけの費用を用意するのは、不可能。
50代で、貯金額ゼロの人は、約30%もいるそうだ。
また60歳の定年退職時で、貯金ゼロの人は、50%もいるそうだ(F投信調査)。
どこかの証券会社が、そんな調査結果を公表している。

 が、その一方で、何十億円とか、何百億円とかいう財産を築きあげる人もいる。
冒頭にあげたジョブズ氏にしてもそうだろう。
足りなくても困るが、さりとて必要以上にあってもしかたないのが、老後の資金。
だから私たち夫婦は、現実的に、こう考える。

「財産がなくなったら、死のう」と。

 とりあえずは、今の仕事をできるだけ長くつづける。
「つづける」というよりは、「生き延びる」。
で、仕事ができなくなったら、残った財産で何とか「生き延びる」。
家と土地を売ることも、すでに視野に入れている。

 が、そのあとの生活設計が、私にはわからない。
わからないから、「ピンコロ」。
「できれば、ピンコロ」と。

●リチャード・マクドナルド

 投資に失敗し、自殺するのはバカげていると、私は書いた。
が、同時に、巨億の財産を築いたジョブズ氏を、私はうらやましいとは思わない。
世界のマスコミは、「世界の偉人」を失ったかのように書き立てている。
が、私はそうは思わない。
時流に乗っただけ。
もっとはっきり言えば、運がよかっただけ。

 あの程度の苦労をしている人は、いくらでもいる。
私もそうかもしれないし、あなたもそうかもしれない。
たとえばその一方で、こんな人がいたことを、あなたは知っているか。
リチャード・マクドナルドという人である。

 13年ほど前に(1998年)、89歳でなくなったが、あのハンバーガーチェーンの「マ
クドナルド」の創始者と言えば、だれでも知っている※。
が、当のマクドナルド氏自身は、早い時期にレストランの権利を別の人物(レイ・クロッ
ク氏)に売り渡している。
それについて生前、テレビのレポーターが、「損をしたと思いませんか」と聞いたときのこ
と。
マクドナルド氏はこう答えている。

「もしあのまま会社に残っていたら、今ごろはニューヨークのオフィスで、弁護士や会計
士に囲まれてつまらない生活をしていることでしょう。
(こういう農場でのんびり暮らしている)今のほうが、ずっと幸せです」と。 

(注※)リチャード・ディック・ジェイ・マクドナルド(Richard "Dick" J. McDonald、1
909年生まれ、1998年死去)

●金権教団

 要するに私たちは、意識的であるにせよ、無意識的であるにせよ、「金権」に毒されすぎ
ているということ。
皮肉な言い方をすれば、全人類、オール「金権教団」というカルト教団の信者。
自由貿易体制(資本主義体制)の中ではしかたのないことかもしれない。
が、大切なことは、そういう世界にあっても、自分を見失わないこと。
見失ったとたん、たとえば「自殺」という道を選んでしまうかもしれない。

 で、再び、ジョブズ氏の話。

 たまたま彼は病気で死んだ(失礼!)。
巨億の富の蓄財にも成功した。
言うなれば、この世界での大成功者ということになる。
が、もし彼が、その事業で失敗していたとしたら、どうだろうか。
こんな仮定をするのは許されないことだということは、よく知っている。
が、もしその事業で失敗し、無一文になっていたとしたら……。
彼はどうなっていただろうか。
自殺していなかったと言えるだろうか。
現在の今、どう評価されていただろうか。

●結び

 ずいぶんと回りくどい言い方をした。
が、私は最近、現在の自由貿易体制(資本主義体制)に、疑問を感じ始めている。
もちろんだからといって、共産主義がよいというのではない。
(どこかのBLOGに、「はやし浩司は共産主義者」と書いてあったが、それはウソ。
マルクス経済学など、見たことも読んだこともない。)
が、今の自由貿易体制(資本主義体制)は、個人的にみても、また国家的にみても、不公
平。
矛盾だらけ。

 その人が老後を安楽に暮らせるのに、2億円の費用がかかるとする。
しかしこの世の中、60歳で貯金ゼロの人が50%もいる半面、何十億円もの蓄財に成功
した人もいる。

 国にしても、そうだ。
そうたいして働きもしないアメリカ人が、世界の富をかき集めている。
何かが、おかしい。
狂っている。

 私は経済学者ではないから、これ以上のことはわからない。
またどうあったらよいのかもわからない。
が、モヤモヤとしたものだけは、心の底に滞留している。

 現代という世界では、ジョブズ氏のような人物を、「大成功者」と呼ぶのだが……。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●『猿の惑星』(RISE of the Planet of the Apes)を観る(20110−10−07)

++++++++++++++++++++

 昨日から公開された『猿の惑星・創世記(ジェニシス)』を観てきた。
おもしろかった。
楽しかった。
星はもちろん4つプラスの、★★★★+。

 途中で何度も、「ナルホド!」と感心。
たとえば火星探査船が打ち上げられるシーンが、チラッと出てくる。
本当に「チラッ」とだけ。
しかし観る人が観ればわかる。
(ワイフは、第1作を観ていないので、気がつかなかった。)
それがあのチャールトン・ヘストン(第1作)演ずる、宇宙飛行士テイラーの搭乗した探
査船である。

 また主人公(?)の名前は、「シーザー」。
そのシーザーは、人間社会に飛び出すと同時に、真っ先に、メスのチンパンジーの救出に
向かう。
そのメスのチンパンジーの名前が、コーネリアス。
すべてが、矛盾なく、あの伝説的名作の『猿の惑星』(第1作)へとつながっていく。

 『猿の惑星(Planet of the Apes)』第1作は1968年に公開されている。
私が大学3年生のときのことである。
当時の私は、SFファンで、SF小説を片っ端から読みあさっていた。
そんな中、『猿の惑星』が公開された。
現代の若い人たちにすれば、観るに耐えない古い映画かもしれない。
しかし私に与えた衝撃は、大きかった。
最後のシーンで、自由の女神像が横たわっているのを見て、テイラー(宇宙飛行士)は、
そこが地球であったことを知る。
今でもあのとき感じた衝撃を忘れることができない。

 ともあれ、SF映画とわかってはいたが、「ナルホド」「ナルホド」と。
その「ナルホド」が楽しかった。
だから星は4つプラス。

++++++++++++++++++

●「週刊現代」&「週刊アスキー」

 ワイフが2階でDVDを選んでいる間、私は2冊の週刊誌を買った。
(その店では、1階が書店、2階がDVDショップになっている。)
「週刊現代」と「週刊アスキー」。
週刊現代のほうは、「年金一律5万円時代に」という見出しが気になった。
週刊アスキーのほうは、パラッとめくったとき、TOSHIBAの新型パソコンが目に留
まった。
それで2誌、買った。

 TOSHIBA R631/28D。
世界最薄、最軽量という。
OSがSSDから立ち上げる。
「休止状態から約10秒で復帰できる」とある。
最薄部で、たったの約8・3ミリ。
物欲がググーッと、線条体を刺激する。
パブロフの条件反射が起きる。

が、値段が、高い。
「予想実売価格、15万円前後」とある。

 パソコンの寿命は、使う目的にもよるが、長くて3〜4年。
新しいOSが発売になれば、さらに短い。
よいのを買っても、すぐ無駄になる。
その3〜4年で、どう使うか。
どう使い倒すか。
15万円もしたから……といって、床の間に飾っておく人はいない。

 並んでエイサーのASPIRE S3−2が紹介されていた。
こちらは、予想実売価格は、9万円前後とある。
厚さは13・1ミリ。
TOSHIBAとの違いは、5ミリ。
こちらなら値段を気にせず、使えそう。
 
●年金5万円時代

 週刊現代は、年金も、月額オール5万円になるという。
たったの5万円!
が、現状では、年金5万円時代になっても、文句は言えない。
少子高齢化。
この先何年かすると、1・2人の人が、1人の高齢者を支えなければならなくなるという
(週刊現代)。
試算によれば、2050年以後。
逆算すると、現在、現在25〜26歳の人が、65歳になるころということになる。

 が、常識で考えても、不可能。
つまり満足な老人福祉など、とうてい不可能。
(現在の今でも、約2・6人の人が、1人の老人を支えている。)
これはかなり深刻な問題と考えてよい。
つまりこの先、子どもの教育どころではなくなってしまう。

 まず、自分の老後を心配する。
子どもの心配は、つぎのつぎ。
今でさえ、子どもに必要以上の教育費をかけるのは、バカげている。
収入に余裕があれば、自分の老後の資金として残しておく。

 ……ということになるが、それがますます日本の経済を萎縮させる。
景気を悪くする。
さらに少子化が進む。

 では、どうするか?

●ゴーストタウン

 話は変わるが、私とワイフは、先日、富士宮まで行ってきた。
富士宮焼きそばで有名な、あの富士宮である。
が、帰りは、そのもうひとつ北側にある西富士宮で電車に乗った。
おいしい店があるというので、西富士宮まで行ったのだが、店からは駅まで歩いた。
30分ほどの距離だった。

 そのときのこと。
私とワイフは、そのあまりのみすぼらしさに、驚いた(西富士宮のみなさん、ごめん)。
この言葉に語弊があるというのなら、「30年前のままだった」と言い換えてもよい。
「40年前のまま」でもよい。
とくに駅前の商店街が、ひどかった。
それなりに開いている店といえば、コンビニと飲食店。
あとはどこも、ガランとしていた。
「ここが日本か」とさえ思った。

 もうおわかりのことと思うが、日本は無駄なものばかり作っている。
第二東名を例にあげるまでもない。
浜松市の北を、東西に走ることになっているが、「ここまでやるか!」と思うほど、ものす
ごい工事。
町のビルのような橋脚が、山々を貫いて並んでいる。
日本の将来を考えるなら、そうしたお金があるなら、もっと別のことに使うべき。

 そう言えば、SUZUKI自動車の鈴木修社長も、こう言っていた。
「浜松市では、市営住宅の建設のために、(建設費だけで)、坪70万円もかけている」(2
011年10月)と。
坪70万円! 

上から下まで、こんなことばかりしている。
しかも官民の給料格差は広がるばかり。
すでに給料だけで、約2倍程度の開きがあるという(「週刊現代」)。

●行政改革

 あの中曽根首相が、行政改革を唱え始めて、もう何年になるだろうか。
行政改革……つまり官僚政治の是正。
が、その行政改革は、一向に進んでいない。
進んでいないばかりか、さらに悪化している。

 官僚とゼネコン、それに政治家、これら3者が一体となり、日本の経済を牛耳っている。
まさにやりたい放題。
つまりここにメスを入れないかぎり、日本に未来はない。
それがわかっていながら、日本はさらに無駄な「箱」ばかり作ろうとしている。

 いいか、読者のみなさん。
作るのは勝手だが、そのあと莫大な維持費がかかってくるのだぞ。
その維持費は、地方自治体、つまり私たちが払うことになるのだぞ。
わかっているのか!

 公共施設だけは、どこも、超立派。
庶民の家は、どこも、ボロボロ。

●お先真っ暗

 こう考えていくと、日本の未来は、お先真っ暗。
本来なら、今すぐにでも、不要な支出を減らし、人件費を減らし、子どもたち、
つまり未来の日本人にお金をかけるべき。
が、こうした常識は、もうこの日本では通用しない。
現在のギリシアのように、日本人も行き着くところまで行かなければ、気がつかない。
あるいは行き着くところまで行っても、気がつかない。
あのギリシアでは、連日、公務員によるストライキが、いまだにつづいているという。

●知的インチキ

 ところで最近読んだ記事の中でおもしろかったのが、ニューズウィーク誌(9・21)
の「知的インチキの見破り方」(P69)。
冒頭に、こうある。

『聖書はジョン・F・ケネディ・アメリカ大統領の暗殺を予告していた……そんな話をあ
なたは信じますか。
「9・11テロはユダヤ人の陰謀」とか、「いろいろ化石はあるけれど、世界の歴史は1万
年程度」という説は?

 答えがイエスなら、残念ながらあなたは、「知的ブラックホール」にのみこまれている可
能性が高い。

「知的ブラックホール」というのは、イギリスの哲学者スティーブン・ローが好んで使う
表現で、「人々をのみ込み、ろくでもないたわ言の奴隷に変えてしまう」精神的なできごと
をいう』(以上、ニューズウィーク誌)と。

 こんなことで張り合ってもしかたないが、私は「心のエアーポケット」という言葉を使った。
24年前に書いた、「家庭内宗教戦争」(山手書房新社)という本の中でのことである。
つまり「知的ブラックホール」にせよ、「心のエアーポケット」せよ、心の盲点というのは、
たしかにある。
ごくふつうの人が、ある日突然、あるきっかけで、その「穴」にスーッと落ちてしまう。
そしてその日を境に、とんでもないことを言い出す。

 カルト教団はそうした心の盲点をたくみに利用し、勢力を伸ばす。

●逆の知的ブラックホール

 が、逆のエアーポケットというのもある。
たとえば、2050年には、1・2人の人が、1人の老人を支えるようになるというのは、
「事実」である。
1+1=2というほどまで、明確な事実とはいいがたいが、それに近い事実である。
が、人々は、「何とかなるだろう」「どうせ、私たちには関係のないこと」と、心の隅に追
いやってしまう。
そこにある事実を、信じようとしない。
これなどは、まさしく、「逆のエアーポケット」ということになる。

 つまりインチキを信ずるのが、「知的ブラックホール」と言うなら、事実から目をそらす
のは、「逆の知的ブラックホール」ということになる。
一見、正反対の現象に見えるかもしれないが、中身は同じ。

●止まった時計

 今、私の頭の中では、TOSHIBAの新型パソコンと、少子高齢化問題が、行ったり
来たりしている。
それがユラリユラリと頭の中で揺れている。
あの西富士宮で見た光景も、頭から離れない。

……といっても、こうした町の衰退ぶりは、何も、西富士宮だけの話ではない。
最近見た中では、福井県の越前大野市もそうだった。
岐阜県の関市もそうだった。
全国いたるところで、見られる。

 「失われた10年」が、「失われた20年」になる。
本来なら、上海に立っている豪華な高層ビルが、富士宮市や大野市に立っていても、おか
しくない。
この20年間、日本の時計は止まったまま。
それが今度は、少しずつだが、逆行し始めている。

 重税につづく重税。
それだけでも、たいへん。
その上、この日本では、ありとあらゆるものが、法律によってがんじがらめに縛られてい
る。
最近知って驚いたのが、「人材派遣業界の現況」。

現在、人材派遣業は、土砂降りの不景気。
どん底。
一時、「派遣切り」が問題になった。
とたん、法による規制がきびしくなった。
とたん、大手の人材派遣会社の倒産がつづいた。

 そこへあの3・11大震災が襲った。
皮肉なことに、今度は、人材そのものがいなくなってしまった。
不景気がさらに追い討ちをかけた。
私の実家は、自転車屋だったが、今ではその自転車屋ですら、簡単には開けない。
床に油が一滴でも落ちていたら、商売ができない。
そんなしくみができあがっている。

●「不完全」という自由

 で、先日、H市の役人とこんな会話をした。
「どうして公共施設だけは、こうまで立派なのか」と聞いたときのこと。
その役人は、こう答えた。
「行政は、法の見本でなくてはならないのです。
その条件をすべて満たしていくと、どうしても、こうした建物にならざるをえないのです」
と。

 つまり「法的に」すべて、カンペキでなければならない、と。
結果として、たとえば耐震基準ひとつとっても、カンペキに守らなければならない、と。
つまりその分だけ費用がかさみ、立派になる、と。

 しかしこんなバカげたことをつづけていたら、この日本は、本当に破産する。
今では、リヤカーを引き、通りでモノを売ることさえできない。
小さな町で、観光ガイドを引き受けることさえできない。
自転車屋ですら、消防署の検査を受けなければ、商売をつづけることさえできない。
何からなにまで、カンペキ。

 が、その一方で、あの原子力発電所事故。
こまかいところでカンペキであっても、何の役にも立たない。
ゴミ屋敷の住人が、家の中の一部屋だけ、一生懸命掃除しているようなもの。
そんなことばかりしているから、日本は、ますます世界から取り残される。
よい例が、外資企業。

 現在東京証券所に上場している外資企業は、一桁台になってしまった。
(一時は、300社以上もあった!)
が、みんなシンガポールへ逃げてしまった。
理由は、言わずと知れた「翻訳料」。
外資企業は、すべての書類を一度、日本語に翻訳しなければならない。
それが重荷になった。
プラス規制、規則の許認可。

私たちが今、必要としているのは、「不完全」という自由である。

●老人村
 
 この3〜4月、私はオーストラリアのボーダータウンというところに行ってきた。
そこでのこと。
私とワイフは、「Old Man's Village(老人村)」というのを案内してもら
った。
仕事をしなくなった年金受給者たちが寝泊りする施設である。

 その施設を見たとき、「これでいい」と、私は最初に思った。
建物は、平屋のごくふつうの家。
二棟ずつくっついている長屋風。
それが緑の森の中に点在している。

 で、その老人村は、市の中心部からはやや離れているが、隣は幼稚園。
そのまた隣は小学校。
道をはさんで反対側には、日本でいう特別擁護老人ホーム。
そのホームにしても、日本の基準から見ると、実に粗末な建物である。
(日本の特別擁護老人ホームが、いかに豪華なものであるかは、すでにみなさんご存知の
通り。)

 もちろんカンペキにしなければならない部分は、カンペキにする。
それにも限度がある。
不必要な施設まで、カンペキにする必要はない。
さらに言えば、人間管理。

 役人というのは、ほんの少しでも不備があると、すぐ法の網をかける。
法の網をかけて、自分たちの権限を拡充する。
これがこの日本をますます小さくしていく。
それがわからなければ、こんな話がある。

●洪水

 アーカンソー州へ行ったときのこと。
その東端を、あのミズーリー川が流れる。
対岸が見えないほど、幅の広い川である。
その川は、ほぼ10年ごとに洪水を引き起こす。
多くの家々が流される。
それについて私が「どうして堤防を作らないのか」と聞くと、案内してくれたスミス氏(市
の役人)は、こう話してくれた。

 堤防を作れば、景観を損ねる。
莫大な費用もかかる。
その費用のことを思えば、そのつど、損壊した家々を補償したほうが、安くつく、と。

 アメリカでは、こうした被害が出ると、政府(+地方政府)は、現金で直接、住民にお
金を払う。
しかも即決で!
日本のように、ああでもない、こうでもないと、書類を書かせるようなことはしない。
そういうしくみができあがっているから、住民ものんきなもの。
「家が流されたら、また立て直せばいい」と。

 それを「自由」という。
本物の自由という。
が、この日本には、自由がない。
「仕組まれた自由」(尾崎豊)はある。
しかし本物の自由はない。

 なお現在、アメリカの公務員は、コンビニの従業員より給料が安いと言われている。
しかも首切りは、当たり前。

●自由の復権

 いつの間にか、日本は、たいへん「生きにくい」国になってしまった。
「住みやすい」というのとは、ちがう。
生きにくい。
息苦しさえ覚える。
その結果として、人々は、「もの言わぬ従順な民」へと、成り下がってしまった。
いまだに東京電力の本社に向かって、デモ行進ひとつ起きていない。
それをオーストラリアの友人に話すと、その友人は、こう言った。
「本当か? 信じられない!」と。

 自由とは、「自らに由(よ)る」こと。
その自由は、不完全な隙間から生まれる。
だから私は、こう叫ぶ。

 もう規制はたくさん。
資格も認可も許可も、たくさん。
それよりも、私たちの体をがんじがらめにしている、この鎖を解いてほしい、と。

●パソコンと「知的インチキ」

 今の今も、私の頭の中では、TOSHIBAのパソコンと、ニューズウィーク誌の記事
が、ユラユラと揺れている。

本当のことを言うと、このところ、ものの考え方が、どこか投げやりになってきている。
私の育児論の原稿にしても、あちこちでパクられている。
先日も、ある月刊誌を見たら、こうあった。

「不登校は前兆を見逃すな」と。

 私がは同じタイトルで、すでに12年前に、原稿を書いていた。
新聞にも発表した。
自分の本の中でも書いた。

 しかしどうせ死ねばおしまい。
実は、昨夜もワイフと寝る前に、こんな話をした。

私「なあ、お前、ぼくのほうが早く死ぬと思うけど、ぼくが死んだら、そんなにがんばら
なくてもいいから、早くおいでよ」
ワ「……うん」と。

 長生きをしたいという思いは、とっくの昔に消えた。
この日本への期待も、徐々に薄らいできた。
それよりもみなに迷惑をかけないうちに、あの世へ行きたい。

 今も週刊現代誌(10月22日号)をパラパラとめくってみた。
そこには仙台の横丁の話あり、雑談あり、エッセーあり、そして巻末には、ヌード写真あ
り。
私の残りの人生も、こうしてパラパラと過ぎていくにちがいない。
期待と幻滅の間を、ユラユラと行ったり来たりしながら……。

 ……とまあ、どうであれ、ともかくも今日も始まった。
これから山荘の道路わきの雑草に、除草剤をまかねばならない。
それが今の(一コマ)。
現実。
がんばるしかない。

これから村の収穫祭に呼ばれているので、行ってくる。

2011年10月8日朝記。
日曜日。


Hiroshi Hayashi+++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●年中児(4ー5歳児)に、負の数を教えてみました。

 今日(10月3日)は、予定を変更し、年中児に「負の数」を教えてみました。
途中でできなければやめようと考えてのスタートでした。
最終的に(ー4+6)の計算ができるようにしたかったのですが、途中で時間切れ。
あと15分あれば、すべて教えられたと思います。
こうして幼児の知的能力を、四方八方から刺激する。
それが私の教え方です。
次回は年長児、小学1年生に、同じ教材を使ってチャレンジしてみます。

(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/16V05FoSTFk?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/GrXvk-588C0?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/m3B9m2CqsAs?hl
=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(4)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/TdBwXDEp7Io?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【日韓経済戦争】(3・11大震災を喜んだ国)

●百聞は一見にしかず。

 まず3・11大震災前後の韓国の総合株価指数を見てほしい(Bloombergより転載)。
3・11大震災が、日本を襲ったとき、韓国人は、真っ先にそれを喜んだ。
「これで日本はおしまい」「韓国は日本に取って代わることができる」と。
それをこのグラフは、如実に表している。

(韓国の総合株価指数)
<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/77/img4019443bzik8zj.gif" 
width="360" height="230" alt="韓国の株価.gif">

 ここで注意してほしいのは、3・11大震災直後、韓国の株価は、急上昇している点。
ふつうなら、経済的依存度の高い韓国の株価指数は、さがってもおかしくないはず。
が、そういう(ブレーキ)をはねのけてまで、韓国の株価は急上昇している。

 台湾の総合株価指数(加権指数)と比較してみると、それがよくわかる。
台湾の総合株価指数は、3・11大震災の直後、急落している。

(台湾の総合株価指数)(Bloombergより転載)(参考までに……)
<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/79/imgf123bdcczik6zj.gif" 
width="360" height="230" alt="taiwan加権指数.gif">

 あの大震災のあと、台湾は日本への支援金を惜しまなかった。
一方、韓国からの支援金は、まったく話題にもならなかったほど、少額だった。
ついでながら、日本の総合株価指数の動きも、ここに掲載しておく。

(日本の総合株価指数)(Bloombergより転載)
<img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/76/img98081b9ezik9zj.gif" 
width="360" height="230" alt="日本の株価.gif">

●「日本の大地震をお祝い(し)ます」

 事実をそのまま……

 『……9月27日に行われたAFCチャンピオンズリーグ準々決勝第2戦の全北現代対C
大阪戦で、全北現代サポーターが、「日本の大地震をお祝い(し)ます」と東日本大震災を
中傷する横断幕を掲げた件で、全北現代が謝罪の意を表している』と。

 「日本の大地震をお祝い(し)ます」だと!
謝罪してすむような話ではない。

●「デフォルト」(国家破綻)

 韓国では今、株価の急落、ウォンの急落、国内物価価格の高騰とあいまって、再デフォ
ルト(国家破綻)の可能性が、急上昇している。
「韓国政府はすでに、警戒態勢に入った」という情報も、流れている。

で、前回(1997年)のときは、日本は、頼まれもしないうちから韓国救済に走った。
当時、日本は500億ドルという支援金を世界中から集め、韓国を救済した。
日本が自腹を切った100億ドルについても、現在の今も、50億ドルは、未返還のまま
という。
が、その後、韓国からの礼の言葉は一言も届いていない。
(むしろ「デフォルトしたのは、日本のせい」と、逆恨みしている。)

 が、その韓国は、一方で北朝鮮の軍事的脅威を巧みに利用しながら、対日軍事戦略を拡
充しつつある。
竹島周辺海域での韓国軍の動きを見れば、それがわかるはず。
ついでに日本海の呼称問題を見ればわかるはず。

 が、おかしなことに、日本国内での対韓感情は、好転しているという。
韓国政府の国策的洗脳プロパガンダが、それなりに効を奏しているとみてよい。
韓流ブームが、その一例ということになる。

●再デフォルト

 目下、両国のはげしい消耗戦がつづいている。
が、次回、韓国がデフォルトしても、日本は、頼まれるまで、……つまり韓国が頭をさげ
てくるまで、韓国への救済活動を始めてはいけない。
そのことは、前回のデフォルトの時を、思い直してみれば、よくわかるはず。
ここにあげた総合株価指数の動きを見れば、よくわかるはず。
あの横断幕は、その象徴ということになる。

 2008年10月に書いた原稿を再掲載する。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【日韓経済戦争】(2008年10月26日)

 韓国のイ大統領が、今月の初め、「日中韓による通貨安定協議」なるものを提唱した。
わかりやすく言えば、「韓国を助けてくれ!」と。
しかし日本も中国も、それを無視。
韓国の新聞は、「恥をかいた」と報道している。
それもそのはず。
韓国など、もとからお呼びではない!

 ……という事実に、韓国は気づいていなかった。
同じ自由主義貿易圏の中に身を置きながら、反米、反日を唱えれば、どうなるか。
そんなことは自明の理ではないか。

 現在、1ドルは1424ウォン。
ドル安で、世界の通貨が相対的に上昇している中、韓国ウォンだけは、価値が下降。
現在、世界中からウォン売りの猛攻勢を受けている。
当然のことながら、株価も大暴落。

 何も韓国のことを心配して、こう書いているのではない。
私たち日本人は、あの『97年の愚』を繰り返してはいけないと書いている。

1997年の当時、韓国が通貨危機に陥ったとき、日本政府(とくに時のK外務大臣)は、
頼まれもしないうちから、しかもアメリカの反対を押し切って、韓国救済に走った。
その額、500億ドル!

 が、そのあと、韓国はどうなったか?
日本に対して、どうしたか?
株価(KOSPI)が、2000ポイントに近づいてくると、「世界第11位の
経済大国」になったと大はしゃぎ。
「自分たちも、サミット主要国会議のメンバーになる資格がある」とまで言い出した。

 もちろんその間も、反日、反日の大合唱!
日本のA新聞社が竹島に向けてセスナ機を飛ばしただけで、韓国は戦闘機でそれを迎えた。
さらに最近にいたっては、対馬(つしま)まで、韓国領土だと言い出している。
日本が国連の安保理事国入りをめざしたときは、世界各国に特使まで派遣して、それに
反対した。

 当時も、そして今の今も、韓国は、最悪の反日国家であることにはちがいない。
もちろん韓国がそうなった責任の一端は日本にもあるし、日韓の間で、友好に努力
している人も少なくない。
しかしそうした(甘さ)は、こと韓国に対しては、通用しない。
それが『97年の愚』ということになる。

 韓国経済はすでに破産状態。
無理にがんばればがんばるほど、さらに傷口は大きくなる。
日本の知ったことではないが、これだけは、確か。

 日本よ、日本人よ、それにAS総理大臣よ、あの『97年の愚』だけは、ぜったいに
繰りかえしてはいけない!
(以上、2008年10月26日記)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●日本よ、日本人よ、お人好しは、もうやめよう!

 あえて反韓感情をかきたてることはない。
それはよくわかっている。
ただ、お人好しだけは、もうやめよう。
とくに韓国には、通用しない。

 それだけは、しっかりと肝に銘じておこう。
2011/10/05記


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【1年生に正負の数の計算を教える】(2011年10月4日)

●ついにやった!

 今回、小学1年生に正負の数と、その計算方法を教えてみた。

(4)
<iframe width="480" height="360" src="http://www.youtube.com/embed/VkysrNpPzb8" 
frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(1)〜(3)は、
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
より「BW公開教室」のほうで、ご覧ください。

●カリキュラムの大改革を提唱する

 たとえば1年生では、(足し算)→(繰り上がりのある足し算)→(引き算)→(繰り下
がりのある引き算)→……というような、100年一律のカリキュラムを組んで、子ども
たちを指導している。

 しかし、どうして?
こんな技術第一主義的な教育ばかりしているから、おもしろくない。
子どもたちも、ついてこない。
算数嫌いになる!

 1年生でも、正負の数、方程式(前回)、グラフなどなど、身のまわりにある事象のほと
んどについて、その理解力がある。
どうしてそういう興味と関心を、もっとうまく、「学習」に結びつけていかないのか。
そのひとつとして、私はこうした実験教育を繰り返している。

 で、今回は、正負の数と、その計算についてチャレンジしてみた。
興味のある人は、ぜひ、一度目を通してみてほしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 教育カリキュラム 
改革 変革 100年一律の日本の教育)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●2011年10月5日夜(家族崩壊、遺産相続問題、K氏のケース)

++++++++++++++++

今日は庭の大掃除。
台風以来、はじめて。
被害こそなかったが、木々の枝や葉が
山のようになっていた。

が、昼からやや風邪気味。
薬をのんで、ごまかす。
こういうときは、生ニンニクがよい。
それを白いご飯に載せ、醤油を少しかけて食べる。
軽い風邪なら、それだけで吹き飛んでしまう。
が、今日は平日。
それもできない。

夕方になって、胃痛が始まった。
これは置き薬の胃腸薬をのんで、収まった。

++++++++++++++++

●K氏の話

 K氏(75歳)には、6人の娘や息子がいる。
息子が3人、娘が3人。
現在、長男夫婦とは同じ敷地内で、同居中。
そのK氏が、おとといの夜、こんな話をしてくれた。

 「この前の台風のときのことだがね、……浜松を直撃した台風15号だよ、あのとき、
心配して電話をかけてきた息子や娘は、ひとりもいなかった。
娘が1人、浜北(浜松市の北部)に住んでいるんだが、私の方が心配して電話をしたよ。
まわりが畑で、平地になっているところに、住んでいるからね。
風当たりも強いだろうと……。
案の定、駐車場のシャッターがめくれあがってしまったとか」と。

 現在、これが平均的な親子関係とみてよい。
私も3人の息子がいるが、やはり心配して電話をかけてきたのは、1人もいない。
(うち1人は、同居しているが……。)
が、K氏は、それについても、こう言った。

「今ではね、息子や娘のほうが、親に心配してもらうのが当たり前と考えている。
親子の立場が、逆転しているからね」と。

●逆転現象

 こうした逆転現象は、いたるところで見られる。
が、今さらどうしてこなってしまったかを論じても、意味はない。
(私は15年も前から、論じてきたが……。)
そういう前提で、これからの親子関係を考える。
「では、私たち老人組は、どうすべきか」と。

 が、問題はつづく。
K氏は、少し前から、息子や娘たちに向かって、相続放棄をしてくれと頼んでいる。
財産は、現在同居している息子夫婦と孫に残したいと考えている。
で、それぞに相続財産協議分割書を送った。
それに、「全財産を○○に相続する」と書いてもらうのが、いちばん手っ取り早く、楽。
だが、それに応じた息子や娘は、まだひとりもいないという。

K「たぶん、出た連中(5人の息子や娘)は、たがいに連絡を取り合っているんだろうね。
だれも返事をよこさないよ」
私「だったら早めに資産、とくに土地を手放したほうがいいですよ。あとでモメますよ」
K「モメるだろうな……」と。

●法の心

 昔は長子相続制度があった。
現在は、それはない。
ないかわりに、身近にいて、親のめんどうを最後までみた息子(娘)が、大部分を相続す
るというのが、常識化している。……していた。
が、その常識も、現代の若い人たちには、通用しなくなってきている。
親のめんどうをみても、みなくても、「私には相続権がある」と。

 悪しき法律第一主義の弊害である。
「法の心」というのを見失ってしまっている。
法の教条だけを抜き取り、それを盾にし、自分の相続分を主張する。
数値化といってもよい。
「6人で分けるのだから、6分の1!」と。

 K氏はこう言った。
「1人、大阪に住んでいる娘夫婦が、貧乏でね。そいつだけは何とかしなければと思って
いる。しかしね、AとB。あいつらは、私よりはるかに豪勢な生活をしている。大学を出
すとき、金もかかった。そういう息子や娘たちが、みな、平等というのも、おかしいと思
いませんか」と。

●平等という不平等

 平等という不平等。
が、これは法の心ではない。
法というのは、不合理、理不尽、不平等があったとき、はじめて表に出てくる。
「はじめに法ありき」というのは、法の精神に反する。

 私はあの『行列のできる法律相談所』というテレビ番組を見ていたとき、こう感じた。
「法の精神を逸脱している」と。
「法律にこう書いてあるから、こうだ」と。
そういう論法を振りかざす弁護士が多いのには、驚いた。

 たとえば刑事犯にしても、その被疑者の罪刑を問うときに、はじめて法が表に出てくる。
はじめから「〜〜をしたから、〜〜犯」と考えるのは、正しくない。
正しくないというか、まちがっている。
逆に言うと、仮に法に抵触しなくても、反社会的行為は反社会的行為。
罰せられないからといって、正当な行為ということにはならない。

 K氏の遺産相続問題についても、同居している息子夫婦には、その分だけ相続分を多く
することはできる。
しかし実際にはそれをするには、裁判所での家事調停が必要。
しかし台風のときでも、見舞いの電話1本もよこさないような息子や娘たちが、遺産相続
の時だけやってきて、「私も息子だから……」というのは、どう考えてもおかしい。
むしろ、そちらのほうが理不尽。
……とK氏は言う。
……私も、そう思う。

●ある教団

 ともかくも、親子の逆転現象は、20年近くも前から始まっている。
私がそのころ出した、「受験に克つ子育て法」(三一書房)の中でも書いた。
「本末転倒論」というのが、それである。

 しかし時代の流れというのは、恐ろしい。
そういうことを知っていた私でさえ、結局はその(流れ)には、無力でしかなかった。
子どもたちは子どもたちの世界で、自分たちの価値観を創りあげていく。
だから「うちの息子たちも、そうでしたよ」という話になってしまう。

 K氏は、さらにこう言った。
「しかしね、林さん、あの拉致被害者のYさん夫婦ね。自分の命をかけて、娘のMさんを
取り戻そうとしている。ああいう気持ちは、現代の若い人たちには理解できないかもしれ
ませんね」と。

 残念ながら、そうかもしれない。
5年ほど前だが、こんなことがあった。
1人の男性が、わざわざ新潟市から訪ねてきた。
話を聞くと、1人息子夫婦が、ある宗教教団(S会という狂信的なキリスト系カルト教団)
に入信してしまったという。
その教団では、集団生活が基本で、たとえ相手が親でも、外部の人たちとの接触を禁止し
ている。
その男性は、孫にも会えなくなった。
それをその男性はそれをつらがっていた。

 ……というか、教団まで出かけていっても、だれも取り合ってくれないという。
電話をすると、その1〜2時間後には息子の方から、電話がかかってくる。
そのとき息子氏はこう言うという。
「もうぼくたち家族のことは、放っておいてほしい。電話もしないでほしい」と。

●家族論

 「家族」に対する意識が変ってしまった。
少なくとも、私たちの時代の人間がもっている意識とは、ちがう。
どちらが正しいとか、まちがっているとか、そんなことを論じても意味はない。
私たち古い世代は、去っていくのみ。
こうした世代間闘争で、古い世代が若い世代に勝ったためしは、ない。

 簡単に言えば、私たちの世代は、「家族」というときには、そこには「両親」も含まれて
いた。
ばあいによっては、「祖父母」も含まれていた。

 が、現代は、「家族」には、「両親」「祖父母」もいない。
「家族」というときは、自分たち夫婦とその子どもたちだけ。
悪しき欧米主義の影響と考えてよい。

 欧米では、そうした「家族崩壊」が当たり前。
当たり前のまま、社会に定着し、常識化している。
それが戦後、日本にも浸透してきた。
その結果が「今」ということになる。

●変わる子育て観

 当然、子育て観も変わりつつある。
なかなか子離れできない親たちがいる一方、早々と子離れを宣言する親もふえてきている。
ある娘(中2)が家出をした。
歓楽街を歩いているとき、補導委員に報道された。
で、補導委員が母親に電話をすると、その母親は、こう言った。
「そんな娘、どうなっても、私は構いません。放っておいてください」と。

 が、意識というのは、一度できあがると、変えるのはたいへん。
というか、不可能。
よほどのことがないかぎり、一生、そのままつづく。
そこではげしい、世代間闘争が始まる。
「葛藤」という言葉のほうが適切かもしれない。
古い世代のほうが、はげしく葛藤する。

 で、K氏も、今、葛藤している。
「あんなヤツらに遺産など、1円も分けてやらない」と言いつつ、別の心では息子や娘た
ちのことを心配している。
それが最初の話につながる。

「心配して、電話のひとつでもかけてきてほしい」と願う。
しかし息子や娘たちは、すでに別の意識をもっている。
「親の方が、子どもの心配をすべき」と。
それが世間の常識と納得している。

K「これからこの日本は、どうなるのでしょうね」
私「若い人たちが創っていくままですよ」
K「だって、林さん、自分たちだって、いつかは老人になるんですよ」
私「ハハハ、本人たちは、自分たちは老人にはならないと思っていますよ」
K「そんなバカな……」
私「ハハハ……。私もかつては、そうでしたから……」
K「そう言えば、私もそうだったなあ、ハハハ」と。

 で、K氏は今、いろいろなことをしている。
が、ここには詳しく書けない。
生前に相続財産をあれこれ動かすことは、それ自体、脱税行為につながることが多い。
だからここには、詳しく書けない。
ごめん!


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●10月4日(素人投資家は静観のとき)

●世界大恐慌

+++++++++++++++++

一晩ごとに、ガラッと変化する。
朝、起きてみると、経済の世界は一変している。
それが現在の国際経済ということになる。

今朝はニュースサイトをのぞくと、
悲観論のオンパレード。
ささいな動きに、一喜一憂。
そのたびに投資家たちは、株を買ったり、
売ったり。
右往左往。
今日あたり、日経平均株価は、ここ数年で
最安値を記録するはず(朝、8:05分)。

ギリシアが、もうどうしようもない状態
であることは、すでに1年も前から
わかっていたこと。
そのギリシアが破綻すれば、フランスと
ドイツの銀行が大打撃を受ける。
もしそうなれば、連鎖的に、ポルトガル、
スペイン、イタリアも影響を受ける。

日本が保有しているギリシア国債は微々
たるもの。
が、安心してはいけない。
日本は、フランスとドイツの国債を大量に
保有している。
だから『最後にババを引くのは、この日本』
(某経済誌)と言われている。

今朝のロイター・ニュースによれば、
アメリカのNYダウは、258ドル安。
いわく、『3日の米国株式市場は商いを伴って大幅続落し、S&P総合500種は約1年1
カ月ぶり安値で引けた。ギリシャ情勢の悪化が欧州銀大手の経営を脅かす恐れがあるとの
懸念から銀行株が売られた』(ロイター・ニュース)と。

が、本当にあぶないのは、新興国。
こうした新興国から、資金が引きあげ始めている。
韓国もそのひとつ。
8月のはじめ、アメリカの債務上限問題の時、
イ大統領は、「このとき」とばかり、ウォン安の
大ばくちに打って出た。
一気に輸出攻勢に出れば、世界制覇も夢ではない。
そう考えたらしい?
が、それがここにきて、裏目に出た。
外資の引きあげにともなって、ウォンが必要以上に
下がってしまった。
モノを売りたくても、買い手のほうが、元気が
なくなってしまった。

こうなると、国内経済はメチャメチャ。
ガソリンの高騰と並んで物価高。
今さら金利をあげようにも、あげようがない。
あげたとたん、個人債務者が、オール破綻。
つまり韓国は、新興国のひとつに過ぎなかった。
今度ばかりは、韓国も、それを思い知らされたことだろう。

日本経済も崖っぷちに立たされている。
しかしあえて言うなら、まだ持ちこたえられる。
モノの売買で得る貿易収支は、11%前後。
(産業はすでに空洞化しており、貿易として売れるモノは、
今、ほとんど、ない。)
大半の90%近くは、資本収支。
わかりやすく言えば、日本は、巨大なサラ金国家。
世界中に金(マネー)を貸し、その利息で
何とか、生き延びている。
一方、借金も多いが、95%は、身内の借金。
外国から借りている借金は、5%前後。

みなががまんすれば、何とかこの不況をしのげる。
がんばろう、日本!

ただし一言。
私も素人だが、こういうときは、「株」に
手を出してはいけない。
プロは、ロボット取り引きを繰り返している。
1000分の1秒単位で、取り引きを繰り返している。
世界のマーケットを相手に、24時間、取り引きを
繰り返している。
「95%の一般(素人)投資家は損を重ねている」
という情報もある(某経済誌)。

 証券会社が「いい株がありますよ」と言って
きたときには、すでにあなたはカモ。
ぜったいに手を出してはいけない。
いらぬ節介かもしれないが……。

+++++++++++++++++

Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【日本映画vs外国映画】(映画論byはやし浩司)

++++++++++++++++++

以前は、「バージンシネマ」と呼んだ。
今は、「東宝シネマ」と呼ぶ。
詳しくはわからないが、経営母体が変わった(?)。
そのこともあって、邦画がぐんとふえ、
洋画が減った。
邦画:洋画=15:4。
たとえば、10月6日公開中のMENU。
(●印が洋画)

+++++++++++

ドッグポリス(純白の絆)
ワイルドスピード●
はやぶさ
監督失格
とある飛空士への追憶
モテキ
セカンドバージン
サンクタム●
ロサンジェルス決戦●
神様のカルテ
アンフェア
探偵はBARにいる
ラビット・ホラー
ライフ●
コクリコ坂から

++++++++++++

●邦画

 映画(洋画)は、家庭の大型液晶画面で観る。
あわてて映画館へ行かなくても、少し待てばDVDで観られる。
家族で観られる。
料金も安い。
加えて最近は、ブルーレイで観る人も増えてきた。
そんなこともあって、かなりの話題作でも、映画館での入りはガラガラ。
「サンクタム」も「ロスアンジェルス決戦」も、それぞれ公開初日と2日目に観たが、ガ
ラガラ。

 その一方で、「東宝シネマ」という名前からもわかるように、邦画がふえた。
ふえたというより、邦画ばかり。
ときどき足を運ぶが、邦画には、そのつど期待を裏切られる。
理由の第一。

 日本の俳優の演技は、「演技、演技しすぎ」。
力(りき)みすぎ。
もっと自然な演技ができないものか。
「これが演技です」というような演技をするから、おもしろくない。
観る方も、感情移入ができない。
何度も書くが、見るからに正義感に欠けるような俳優が、セリフだけで正義を語ったりす
る。
だから、おもしろくない。
顔(表情)と声だけで、演技する。
形も決まっている。
そういう演技をされると、観る方も疲れる。

●粗製濫造

 近く「猿の惑星・ジェネシス」が公開される。
前評判は、たいへんよい。
楽しみ。
予告編を観たが、予告編だけでも迫力満点。
つまり本気度がちがう。
一方、東宝映画は、どれも粗製濫造(失礼!)といったふう。

 昔とちがって、フィルムを使わない。
ビデオで撮影。
余計に粗製濫造?
CG技術も、お粗末。
たとえば「沈まない太陽」。
旅客機が離陸するシーンが、何度か出てきた。
が、飛行機が不自然に傾いていた。
その上、みな同じカット。

 先日も何かの戦争映画を観たが、そこでもアメリカ軍のプロペラ機が、見た感じ、ジェ
ット機よりも速く飛んでいた。
何でもないシーンだが、そういうシーンが一か所でもあると、興がが冷めてしまう。

 人口80万人の浜松市に、大きな劇場は2つだけ。
これも時代の流れか?
映画の楽しみ方が、変わった。

●東宝シネマに一言

 その映画館。
たとえば午後8:00〜とあっても、実際にその映画が始まるのは、15〜20分後。
その間、お決まりの説教と予告編。
プラス意味のない「紙うさぎ」(東宝シネマ)のバカ話。
だから私たち夫婦は、「8:00〜」とあっても、5〜10分後に中に入る。
それでもじゅうぶん、間に合う。
(それにしても、どうしてあんな意味のない「紙うさぎ」のバカ話を、流すのか?)

 ……説教にしてもそうだ。
「鷹の爪何とか団」というのが、「あれをしてはダメ、これをしてはダメ」と、いろいろ説
教を並べる。
毎週のように劇場へ通っている私たちにしてみれば、うるさくてしかたない。
レベルも低い。

 ……とは書きつつも、私たち夫婦は、劇場での映画を楽しんでいる。
ボケ防止にも、よいのではないか。
「今度は、あれを観よう」「これを観よう」と話し合っているだけで、楽しい。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●難問?
 
<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/89/imge4786f44zik4zj.
jpeg" width="684" height="694" alt="img217.jpg">

 中3のMさん(進学校)が、こんな数学の問題をもってきた。
「Xを求めろ」という問題だった。
私は一見して、「円」を用いればできると直感した。
が、そこまで。
問題というよりは、パズル。

 問題を解きながら、(解こうとがんばりながら)、1時間もかかってしまった。
ほかにも、7〜8人の生徒がいたので、そういった生徒を指導しながらの1時間だった。
が、言い訳は無用。
ふと私が「もしこの問題を解けなければ、君はぼくの教室をやめてもいいよ」と言うと、
Mさんは、「イヤッ!」とだけ言った。

 よけいに気合いがはいった。
時間だけが無情に過ぎていった。
が、思考が堂々巡りするだけ。
まとまらない……ア〜ア!

が、「今日のレッスンはここまで!」と言ったとたん、不思議なことに、同時に問題が解け
た。
「わかった!」と。

 私が苦しんだ分だけ、みなさんも、苦しんでほしい。
解き方と解答は、あえて省略する。

しかしそれにしても、最近になく、手こずった。
私の力の限界を感じた。
(頭がボケてきたせいもあるのかも?)

 で、今朝(10月6日)、再度、挑戦してみた。
が、今は、こう思う。
「どうしてこんな簡単な問題が解けなかったのだろう」と。
「問題」というのは、そういうもの。

 あのファーバーは、苦労に苦労を重ね、空中窒素の固定化に成功した。
で、その手順を教え、学生に同じことをさせたら、数日で、空中窒素を固定化することが
できたという。
合成ゴムの製造のときも、そうだったという。

 今、その問題を見ながら、改めて先人たちの苦労に思いを馳せる。

『先人の後をついていくのは、簡単なこと』と。

(補記)

 やはり不親切に思う人がいるかもしれないので、
ヒントだけ書いておく。

(1)右下の角度は、上から、10度、20度※(円周角)、30度。
(2)左下の角度は、20度、80度。
(3)左上の角度は、下から50度、80度(円周角)、Y度。
(4)Yは、Y:80=10:20で求まる。つまり40度。
(5)Yが求まれば、Xは、簡単に求まる。

……?
アレッ!
今、求めてみたら、X+40=30(外角)で、X=−10度(マイナス10度)
になってしまった。
どこかで、問題の数字を書きまちがえたのかもしれない。
記憶に従って、書き出したので……。
ごめん!

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司2011/10/06朝記

●小沢秘書3人に有罪判決(陸山会事件)

+++++++++++++++++++++

「小沢秘書 有罪 判決要旨」で検索をかけてみた。
が、驚いた。
「世紀の魔女狩り」
「インチキ裁判」
「民主主義の否定」などなど、今回の有罪判決を非難するBLOGが、
1〜20件あたりまで、ズラリと並んで出てきた。

で、私はもう一度、判決要旨そのものを読みなおしてみた。
注目すべき点は、「陸山会事件」。

そこには、こうある(以下、原文のまま)。

【陸山会事件】

 04年分収支報告書の「借入先・小沢一郎 4億円、備考・04年10月29日」との記載は、
体裁から陸山会が小沢一郎民主党元代表から4億円を借り入れた日とみるのが自然かつ合
理的。
被告側が主張する「同年10月初め?同月27日ごろまでに小沢から陸山会が借りた合計4
億円」を書いたものとすると、それを担保にする形をとって小沢元代表名義で銀行融資を
受け、転貸された4億円を記載しなかったことになり、不自然。

 加えて、石川被告が4億円を同年10月13日から28日まで前後12回にわたり5銀行6
支店に分散入金したことなどは、4億円を目立たないようにする工作とみるのが合理的。
4億円を原資とする土地取得も04年分報告書に載ることを回避しようと隠蔽工作をしたと
も推認される』(以上、原文のまま)と。

 少しわかりにくいが、「……前後12回にわたり5銀行6支店に分散入金したこと……」
という部分だけを読んでも、胡散(うさん)臭い。
プンプンと臭う。
被告側(秘書側)は、「だからといって、どうしてそれが悪いことなのか」ということにな
る。
たしかにそうである。
前後12回にわたり、5銀行6支店に分散入金したところで、それはその人の勝手。
何も法に触れるような行為ではない。
(小沢氏および小沢擁護派は、こうした点を強調している。)

 たしかにそうだが、なぜ「前後12回にわたり5銀行6支店に分散入金する必要があった
のか」という点については、何も答えていない。
常識で考えれば、「何かを隠すためにそうした」ということになる。
もっとはっきり言えば、「金の出所をごまかすためにそうした」ということになる。
判決もそれをふまえ、「隠蔽工作をしたとも推認される」と述べている。

 が、逆に考えると、本人たちが皆、口をそろえて「知らない」「関係ない」などと言い張
っている以上、「推認」するしかない。

●小沢疑獄

 一連の小沢疑獄事件には、大きな一貫性がある。
「法には触れない小細工の連続性」という、一貫性である。
問題は、なぜそういった小細工を重ねたか。
重ねなければならなかったか。
つまり私たちは、その裏に、胡散臭さ、つまり犯罪性をかぎ取る。
もし何でもないお金なら、そのまま素直に動かせばよい。
そうでないから、そうでない。
「疑獄」となる。

 4億円は、いったい、どこからどのようにして出てきたのか?
小沢氏が言うように、本当に「タンス預金」だったのか。
が、もしそうなら、なぜこうした小細工をしなければならなかったのか?
「何も悪いことではない」と居直る前に、政治家として、その説明義務があるのでは?
その説明もきちんとしないで、「インチキ裁判」と非難するのも、どうか。

 さらに判決要旨にはつぎのようにある。

●判決要旨

 『岩手県や秋田県では、公共工事の談合で小沢事務所の了解がなければ本命業者にはな
れない状況。
小沢事務所の秘書から発せられる本命業者とすることの了解はゼネコン各社にとって「天
の声」と受け止められていた。
元公設第1秘書の大久保隆規被告は2002?03年ごろから天の声を発出する役割を担うよう
になった』(以上、判決要旨)と。

 で、水谷建設社長は、大久保被告の要求に応じ、1億円を小沢氏側に渡している。

『……4億円の原資は石川被告らに加え、用立てた小沢元代表自身ですら明快な説明ができ
ていない。原資の説明は困難。
 当時の水谷建設社長は胆沢ダム建設工事の受注に絡み、大久保被告の要求に応じて、04
年10月に5千万円を石川被告に、05年4月に同額を大久保被告に手渡したと証言したが、
ほかの関係者証言や客観的証拠と符合し、信用できる。
一切受け取っていないという両被告の供述は信用できない』(以上、判決要旨)と。

 「1億円の金を渡した」と証言している水谷建設社長。
その後、その金と合わせて、4億円もの大金が、複雑なルートを経て、複雑に動く。
小沢氏側は、入り口で「一切受け取っていない」と門を閉ざし、その後のことは、「法に触
れるようなことはなにもしていない」という論陣を張っている。
つまり「無罪」と。

 しかしこんな常識をはずれた論陣があるだろうか。
……ということで、私たちは、納得していない。
いくら小沢氏側が、「無罪だ」「魔女狩りだ」と主張したところで、「はあ、そうですか」と
引き下がるわけいにはいかない。
心証は、真っ黒。
小沢氏側は「証拠がない」「証拠を出せ」と言っているが、もとから物的証拠など作るわけ
がない。
頭のよい連中である。
だから客観的な状況証拠から、「推認する」しかない。

 私は小沢氏は別として、3人の秘書たちに言いたい。
忠僕心も結構だが、一度、人間としての自分の良心に立ち返ってみてほしい、と。
 
 小沢氏にしても、そうだ。
もし本当に「無罪」なら、つまり胡散臭いマネーを一円も受け取っていないと主張するな
ら、本気で怒ったらよい。
まさに濡れ衣。
私なら、そうする。
へたにニヤニヤと笑い、余裕たっぷりの表情を見せるから、私たちはあなたを疑う。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司



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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     10月  21日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【メタ認知能力】

●10月2日

+++++++++++++++++


今朝、過去に自分が書いたいくつかの
原稿に、目を通してみた。
そのひとつが「メタ認知能力」について
のもの。


もともとは数学の世界で生まれた言葉
というが、心理学の世界でも広く使われて
いる。
「メタ」というのは、「超越した」とか
「高度な」という意味である。


つまり「私を超えた視点で、私を認知する能力」、
それを「メタ認知能力」という。


たとえばほとんどの人は、ほとんどのばあい、
「私は私」と思って行動している。
しかし残念ながら、そのほとんどは、「私で
あって私でない」。
フロイト流に解釈すれば、私たちはその根源に
潜む、リビドー(Libido)(ラテン語で「欲望」を
意味する)によって、操られているにすぎない。


わかりやすい例としては、若い女性が(男性でも
よいが)、化粧する姿を思い浮かべてみればよい。
どの女性も(男性でもよいが)、「自分で考え、
自分の意思で、化粧をしている」と思っている。
しかし実際には、その奥に潜むエネルギーによって、
(フロイトは「性的エネルギー」と呼んだが)、
操られているだけ。


そうした「私」を、より客観的に、私を超越した
立場で、高度な次元から認識する。
その能力を、「メタ認知能力」という。


もっともこれは私の解釈によるもので、まちがって
いるかもしれない。
だったら、「メタ」という言葉をやめてもよい。
「私を超越した認識能力」という意味で、簡単に、
「超自己認知力」と言い替えてもよい。
どうであるにせよ、つまり言葉の問題は別として、
「私」を、私を超えた次元から認知するのは、
とても重要なことである。
それができるかどうかで、人間は自らを、「動物」と
切り離すことができる。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 リピドー(Libido) メ
タ認知 メタ認知能力)


++++++++++++++++++++


●煩悩(ぼんのう)


 「欲望」といえば、「煩悩(ぼんのう)」ということになる。
それについて2007年7月4日のBLOGに書いた記事をそのまま、ここに転載する。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


●煩悩(ぼんのう)


+++++++++++++++


仏教では、煩悩(ぼんのう)に
2つあると教える。

ひとつは、知性の煩悩。
もうひとつは、感情の煩悩。


そしてその根本はといえば、
「無明」と「愛欲」であると
教える(仏教聖典)。


+++++++++++++++


 仏教では、煩悩(ぼんのう)に2つあると教える。


ひとつは、知性の煩悩。もうひとつは、感情の煩悩。


そしてその根本はといえば、「無明」と「愛欲」であると教える(仏教聖典)。


 ここでいう「無明」は、「無知」という意味である。しかし無知といっても、「知識のな
さ」を言うのではない。
「ものの道理をわきまえないこと」(「仏教聖典」)をいう。


 この煩悩に支配されると、人は、「むさぼり、怒り、愚かになり、邪見をもち、人を恨ん
だり、ねたんだり、さらには、へつらったり、たぶらかしたり、おごったり、あなどった
り、ふまじめになったりする」(「仏教聖典」)という。
つまり、自分を見失ってしまう。


 この中でも、仏教では、とくに(1)むさぼり、(2)怒り(瞋り)、(3)愚かさを、「世
の3つの火」と位置づける。
これらの「火」が、自ら善良な心を、焼いて殺してしまうという。そういう例は、多い。


 「むさぼり」(仏教聖典・仏教伝道協会編)とは、私たちが日常的に使う「むさぼり」と
いう意味のことか。
わかりやすく言えば、欲望のおもむくまま、貪欲になることをいう。貪欲な人は、たしか
に見苦しい。


 ある女性は、このところ数日おきに、病院にいる義父を見舞っている。義父を思いやる、
やさしい心からそうしているのではない。
その財産が目的である。義母がいるが、体も弱く、このところ思考力もかなり低下してき
た。


 そんな義母でも、「見舞には来なくていい」とこぼしている。
その女性が義父を見舞うたびに、義父は興奮状態になってしまう。
そのあと様子がおかしくなるという。
しかしその女性は、見舞いをやめる気配はない。


 これも(むさぼり)のひとつと考えてよい。
その女性はまさに、義父の心を、むさぼっている。

 つぎに怒り。仏教聖典のほうでは、(瞋り)となっている。
私は勝手に「怒り」としたが、研究者がこの文を見たら、吹きだすかもしれない。
仏教でいう(瞋り)、つまり(怒り)というのは、感情のおもむくまま、腹を立てたり、ど
なったり、暴れたりすることをいう。


 ただ、(怒り)そのものを、悪いと決めつけて考えることはできない。
たとえば今、私は、社会保険庁のずさんな事務処理に、怒りを感じている。
K国の金xxにも、怒りを感じている。
元公安調査庁の長官による不正疑惑にも、怒りを感じている。
さらには、防衛大臣の失言にも、怒りを感じている。


 その(怒り)が、こうしてものを書く、原動力にもなっている。
つまり(怒り)が正義と結びついていれば、(怒り)も善であり、そうでなければ、そうで
ない。


 3つ目に、(愚かさ)。愚かであるということは、それ自体、罪である。
しかし先にも書いたように、「知識がないこと」を、愚かというのではない。
ものの道理をわきまえないことを、(愚か)という。
 

 では(道理)とは何か。現代風に言えば、(人格の完成度)をさす。
人格の完成度の高い人を、「道理をわきまえている人」という。
他者との共鳴性が高く、良好な人間関係があり、より利他的な人を、人格の完成度の高い
人という。


 その道理を身につけるためには、自分で考えるしかない。
考えて、考えて、考えぬく。
パスカルも言っているように、人間は考えるから、人間なのである。
中に、「私はものごとを深く考えない」「考えることが嫌い」「考えるのはめんどう」と豪語
(?)する人がいる。
しかしそういう人は、自らを愚かな人間と、公言しているようなもの。


 恥ずべきことではあっても、自慢すべきようなことではない。


 で、これらの3つは、「火」となって、人間の世界を、ときに焼き尽くすこともあるとい
う。「おのれを焼くばかりでなく、他をも苦しめ、人を、身(しん)、口(く)、意(い)の
3つの悪い行為に導くことになる」(「仏教聖典」)と。
つまりその人だけの問題では、すまないということ。
 

 が、これにもう一言、つけ足させてもらうなら、こういうことになる。


 悪いことをしないから、善人というわけではない。
よいことをするから、善人というわけでもない。
私たちが善人になるためには、悪と、積極的に戦っていかなければならない。
悪と積極的に戦ってこそ、私たちは、善人になれる。
またそういう人を、善人という。


 話が脱線したが、私たちは、その煩悩のかたまりと言ってもよい。
この瞬間においてすら、その煩悩が、体中で、渦を巻いている。
「どうしたらいいものやら?」と考えたところで、この話は、おしまい。


私自身も、その煩悩の虜(とりこ)になり、いつも道に迷ってばかりいる。


(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
煩悩論 パーリ 仏教聖典)


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


●無明と愛欲


 私はもともとこうした教条的な言い方が、好きではない。
原始の世界では、それなりに説得力もあったかもしれない。
しかしものごとを教条的に並べてしまうと、それ以外の部分が、排斥(カット)されてし
まう。


 それはともかくも、仏教の世界では、「ひとつは、知性の煩悩。もうひとつは、感情の煩
悩。そしてその根本はといえば、『無明』と『愛欲』であると教える」(仏教聖典)。
わかりやすく言えば、私たちは常に、「無明」と「愛欲」に、よいように操られているだけ
ということになる。
感情と性欲を例にあげるまでもない。


●モヤモヤ


 そこで改めて、自分を見つめ直してみる。
方法は簡単。
静かに目を閉じ、脳の中でざわめくモヤモヤとした思いに、耳を傾けてみればよい。


 ……怒り、喜び、不安、心配、希望、期待、夢、嫌悪……。
そうしたものが、混然一体となって、そこでモヤモヤとしているのがわかる。
このモヤモヤとしたものが、そのつど、状況に応じて脳の表層部分に浮かびあがってくる。
それが感情、あるいは行動となって現れる。


 で、今度は、その逆の操作をしてみる。
「なぜ、そうなのか?」と。
わかりやすく言えば、モヤモヤしているものの原点を探ってみる。


が、それは簡単なことではない。
ここでいうモヤモヤというのは、無数の糸が、複雑に絡(から)み合っているような状態
をいう。
モヤモヤの原点を探るためには、それぞれの糸を、一本ずつ、ていねいにほぐさなければ
ならない。


 そこで再び、静かに目を閉じ、脳の中を整理してみる。


●脳


 が、脳というのは、それほど器用にできていない。
たとえば慢性的な不安や心配がつづくと、サイトカインというホルモンを分泌する。
それが脳全体に広がる。
で、そういう状態になると、「陰性感情」(フロイト)のみが優性になる。
平たく言えば、不愉快なことばかりが、脳に浮かんでくる。


 もちろんその反対のこともあるが、つまり脳というのは、その一部で喜びを感じ、別の
一部で怒りを感ずるということができない。


 で、現在の私の脳は、その陰性感情に支配されている。
寝起きにみた悪夢が影響しているのかもしれない。
不平や不満、心配や不安、怒りや恨みが充満している。
それほど強くはないが、全体として、モヤモヤとしている。


 そこで私は深呼吸を繰り返す。
繰り返しながら、そこへ「陽性感情」を注入する。


 「今日も健康だ」「今度の講演先では、○○温泉に泊まろう」「幼児に方程式の解き方を
教えるという実験は成功した」「昼からワイフとドライブに行こう」と。
もっとも効果的な方法は、私のばあい、幼児たちに接すること。
接したとたん、陰性感情は吹き飛んでしまう。
が、だからといって、それで「私」がわかったことにはならない。


 ……どうであるにせよ、モヤモヤの奥にあるものを探るのは、容易なことではない。


●メタ認知能力


 結論から先に言えば、「私」を知ることは、それほどまでに難しいということ。
中には「私のことは私がいちばんよく知っている」と豪語する人がいる。
が、そういう人こそ、本物のバカ(失礼!)と断言してよい。
何も知ろうとしないから、「知っている」と錯覚しているだけ。


 では、どうするかということになるが、それが「メタ認知能力」ということになる。
が、それについては、たびたび書いてきた。
今朝読んだ、自分の原稿をここに掲載する。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【メタ認知能力】


●メタ認知能力(Metacognitive Ability)とは、何か


++++++++++++++++++++++


メタ認知能力とは何か。
川島真一郎氏(高知工科大学大学院)の修士学位論文より、
一部を抜粋引用させてもらう。
(出典:メタ認知能力の向上を指向した
高校数学における問題解決方略の体系化
Systematization of Problem Solving Strategy in High
School Mathematics for Improving Metacognitive
Ability(平成19年))


++++++++++++++++++++++


●メタ認知


メタ認知(metacognition)とは、認知活動についての認知のことである。メタ認知概念
は、ブラウン(A。 Brown)やフラベル(J・H・Flavell)によって1970 年代に提唱され
た。


メタ認知は、まずメタ認知的知識(meta-cognitive knowledge)とメタ認知的活動
(metacognitiveactivity)に分かれ、それぞれがさらに細かく分かれる。
メタ認知的知識
とは、メタ認知の中の知識成分を指す。
メタ認知的知識は、人間の認知特性についての知
識、課題についての知識、課題解決の方略についての知識の3 つに分けて考えることがで
きる。
メタ認知的活動とは、メタ認知の中の活動成分を指す。
メタ認知的活動は、メタ認知的モニタリング、メタ認知的コントロールの2 つに分かれる。
メタ認知的モニタリングとは、認知状態をモニタすることである、認知についての気づき
(awareness)、認知についての感覚(feeling)、認知についての予想(prediction)、認知
の点検(checking)などが含まれる。
メタ認知的コントロールとは、認知状態をコントロールすることである。
認知の目標設定(goal setting)、認知の計画(planning)、認知の修正(revision)など
が含まれる。


困難な場面に遭遇したとき、タ認知はその事態を打開すべく、関係のありそうな経験や
知識を想起する。
似たような困難を克服した経験があれば、それは大きな手掛かりとなる。
過去の経験がそのままでは使えないときでも、見方を変えたりすることで使えることもあ
る、直面している問題が極めて困難なときは、条件の一部を解き易い形にした問題をまず
解いてみることが手掛かりになることがある。
また、問題の解決に使えそうな法則なども
思い出し、解決に向けた道筋を描く。
解決に向けた一番確かそうな方針が決まれば、実行してみる。
間違いを犯しそうな場面では注意深く実行し、時々方針が間違っていないか検討を加える。
このようにして、メタ認知はルーティンワークでない困難な問題を解決するときに、力を
発揮すると考えられる。


そして、メタ認知能力は使うことで訓練をしなければ、その能力は向上しないと考えられ
る。
訓練するための問題は、メタ認知が働かなくても解決できるような平易過ぎる問題は役に
立たない。
適度な難易度の問題を解決することが必要である。
従って、パターン暗記に終始するような学習では、メタ認知能力は向上しないと考えられ
る。
その意味で、生徒が試行錯誤しながら自力で問題の解決を図る問題解決学習は、その狙い
が実現できれば、メタ認知能力の育成に大いに効果を発揮すると考えられる。
(以上、川島真一郎氏の論文より)


+++++++++++++++++++++


●メタ認知能力(Metacognitive Ability)


 私は「メタ認知能力」なるものについては、すでに10年ほど前から、原稿を書いて
きた。
が、ここ数年、この言葉をあちこちで聞くようになった。
しかし本当のところ、メタ認知能力とは何か、私もよくわかっていない。


 そこでまず私がとった手段は、メタ認知能力、つまりMetacognitive Abilityについて、
できるだけ原文に近い文献をさがすことだった。
最初は、直接アメリカの文献(英文)から調べようとしたが、先に、ひとつの文献を
さがしだすことに成功した。


ここに紹介した川島真一郎氏の修士学位論文が、それである。
わかりやすく書いてあるので、そのまま引用させてもらった。
 つまり私は、(メタ認知能力)とは何か知るために、つまりその壁を打開するため、
今までの経験を総動員して、(おおげさかな?)、あちこちを調べた。
その結果が、先にあげた論文の一部ということになる。


●メタ認知能力


 が、これだけをさっと読んだだけでは、意味がよくわからない。
内容を、もう少し整理してみる。


●メタ認知


(1) メタ認知的知識(meta-cognitive knowledge)
メタ認知の中の知識成分を指す。
 (1) 人間の認知特性についての知識、
 (2) 課題についての知識、
 (3) 課題解決の方略についての知識の、33つに分けて考えることができる。

(2) メタ認知的活動(metacognitive activity)
メタ認知的活動とは、メタ認知の中の活動成分を指す。メタ認知的活動は、
 (1) メタ認知的モニタリング、
 (2) メタ認知的コントロールの2つに分かれる。
 これでだいぶ頭の中がすっきりしてきた。
 さらに、

(1) メタ認知的モニタリングとは、認知状態をモニタすることである。
認知についての気づき(awareness)、認知についての感覚(feeling)、認知についての予
想(prediction)、認知の点検(checking)などが含まれる。

(2) メタ認知的コントロールとは、認知状態をコントロールすることである。
認知の目標設定(goal setting)、認知の計画(planning)、認知の修正(revision)など
が含まれる、と。


●実益


 先にメタ認知能力の実益について、引用させてもらう。
川島真一郎氏は、こう書いている。


『メタ認知はルーティンワークでない困難な問題を解決するときに、力を発揮すると考え
られる。そして、メタ認知能力は使うことで訓練をしなければ、その能力は向上しないと
考えられる』と。


 日常的な行動を同じように繰り返すようなときには、メタ認知能力は、力を発揮しない。
つまり難解で、より高度な知識と経験を必要とするような問題に直面したとき、
メタ認知能力は力を発揮する、と。


 そしてそのメタ認知能力は、訓練しなければ、向上しない、ともある。


●因数分解


 川島真一郎氏は、因数分解を例にあげて、メタ認知能力がどういうものであるかを
説明している。
そのまま印象させてもらう。


++++++++++以下、川島真一郎氏の論文より+++++++++++++

(注:ただしたいへん読みづらく、意味がよくわからない点もあるので、注意! はやし浩司)


7。 <題>求めるもの(答え)と、与えられた条件の関係を発見せよ。[関係は直接的に見
えるときもあれば、仲介物を通して初めて見えて来るときもある。例えば、中間的な目標
を設定せよ。(例)(a + b + c)(bc + ca + ab) ? abc を因数分解せよ。]
8。 <眼><針>関係の有りそうな公式は何か。
9。 <経><予>似た問題を思い出せ。
10。 <経><眼><針>似た問題の方法や結論を利用できないか。[(例)x、 y の対称式
はx + y とxy で表せる。]
11。 <眼><針>求めるもの(答え)の形を考え、それを具体的に(例えば式に)できな
いか。[また、その形のどの部分を求めればよいか。それを求めるのに、条件をどのように
使えるか。]
12。 <眼><針>与えられた条件や式を、解答で使い易いように変形できないか。[場合
によっては、結論の式から解答を進めて、後で比較するのが有効なときも有る。]
13。 <助><検>(方針の選択や解答の進め方について)解法の大筋を捉える。[大まか
な見通しを持つことが、解答への着手を促し、右往左往したり、袋小路に入ったりするの
を防ぐ。(例)増減表を書けば解けそう。判別式を利用できそう。等々]
14。 <経><眼><針>前に使った方法が直接使えないとき、補助的な工夫を加えること
で使えるようにならないか。[(例)角度の問題で、補助線を引く事で三角形の問題と捉
える。]
15。 <眼><針>求める結果が得られたと仮定して、逆向きに解けないか。[求める結果
を明確にイメージすることで、必要となる道筋が見えてくることが有る。]
16。 <眼><針>定義に帰ることで、手掛かりが得られることが有る。[2 次関数関連の
問題と判別式の関係。微分係数の定義。等々]
17。 <困><眼><針>問題を言い換えることで、容易になったり、既習の解法が使えた
りしないか。(そのとき、与えられた条件はどう変わるか。)[問題を違った視点から見る。
(例)sin θ+ cos θ の最大値を求めるのに、単位円周上の点P(x、 y) を利用する。]
18。 <困><眼><針>問題を一般化することで、容易になることがある。[(例)具体的
な数値の問題を、一般的な文字に置き換えることで見通しが良くなることが有る。]
19。 <困><眼><針>問題を特殊化することで、解決の糸口がつかめるときがある。
[(例)直方体の対角線の長さを求める問題で、高さが0 の場合を解いてみる。]
20。 <困><分><眼><針>条件の一部からどんなことが分かるか。[条件を幾つかの
部分に分けられないか。全体の解答とどう関係するか。]
21。 <困><眼><針>解き易い類題を考えることが、元の問題の手掛かりになることが
ある。[問題の一部は解けるか。どういう条件が付加されていれば解き易いか。等々]
22。 <補><検><助>条件の使い忘れはないか。
(CP)
23。 <題><検>方針に従い解答を進め、適当な段階で検討を加え、必要に応じて方針を
見直す。
24。 <補>自信の持てるる解き方から試みよ。[大抵の問題は、何通りか解き方がある。
(例)基本的な公式だけを使う。図形を利用する。微分を利用する。等々]
(LB)
25。 <題>結果の検討。[少しの検討が、長い目で見ると大きな効果をもたらす。]
26。 <検><眼>別の解法はないか。得られた答えが別の簡単な解法や、答えの意味を示
しているときが有る。
4。4 体系化された問題解決方略の適用
27。 <検><眼>使った方法や結果を総括する。他の問題に応用できないか。


++++++++++以上、川島真一郎氏の論文より+++++++++++++


●因数分解(例)


 高校生たちに因数分解を教えるとき、私自身は、半ばルーティンワーク的に解いて
みせている。
(因数分解そのものは、解法公式はほぼ確立していて、簡単な問題に属する。)
しかしこのように内容を秩序だてて分析されると、「なるほど、そうだったのか」と、
改めて、驚かされる。


私はそれほど意識せず、メタ認知能力を、応用かつ利用していたことになる。
率直に言えば、「メタ認知能力というのは、こういうものだったのか」と納得する
と同時に、「奥が深いぞ」と驚く部分が、頭の中で交錯する。
 ちなみに、先の(a + b + c)(bc + ca + ab) - abcを、別の紙で、因数分解してみた。
因数分解の問題としては、見慣れない問題である。


(1)見ただけでは、瞬間、頭の中で公式が浮かんでこない。
(2)直感的に、「いつものやり方ではできない」ということがわかる。
 が、こういうときの鉄則は、(3)「ひとつの文字に着目しろ」である。
この問題では、(a)なら(a)に着目し、(a)について式をまとめる。


 しかしこの場合、一度、式をバラバラにしなければならない。
結構、めんどうな作業である。


が、ここで「こんなめんどうな問題を出題者が出すはずがないぞ」というブレーキが働く。
「時間さえかければ、だれでもできる」というような問題は、数学本来の問題ではない。
ただの作業問題ということになる。


 そこで私は、(4)もっと簡単な方法はないかをさがす。
(bc + ca + ab)という部分に着目する。
(a)でくくれば、(b+c)という因数を導くことができる。
(b+c)を、(B)と一度置き換えてから、因数分解できないかを考える。
しかしもう一つの項、(abc)が残る。


つぎの瞬間、「この方法ではだめだ」と直感する……。
 ……というように、認知の目標設定(goal setting)、認知の計画(planning)、認知の
修正(revision)を繰り返す。


●高度な知的活動


 小学1年生が訓練するような、足し算の練習のような問題は、ただの訓練。
メタ認知能力など、必要としない。

 そこで昨日(8月21日)、メタ認知能力を確かめるため、私は小学2、3年生クラス
で、ツルカメ算の問題を出してみた。
あらかじめ、「ツルが2羽、カメが4匹で、足は合計で何本?」というような練習
問題を5〜6問、練習させる。


そのとき「できるだけ掛け算を使って、答を出すように」と指示する。
 それが一通りすんだところで、「ツルとカメが、合わせて、10匹います。
足の数は、全部で、28本です。
ツルとカメは、それぞれ何匹ずついますか?」という問題を出す。
 で、このとき子どもたちを観察してみると、いろいろな反応を示すのがわかる。
(私の教室の子供たちは、幼児期から訓練を受けている子どもたちだから、こうした
問題を出すと、みな「やってやる!」「やりたい!」と言って、食いついてくる。)


 絵を描き始める子ども。
足を描き始める子ども。
意味のわからない記号を書き始める子ども。
2+2+2……と、式を書き始める子どもなどなど。
 こうした指導で大切なことは、(解き方)を教えることではない。
(子ども自身に考えさせること)である。
だから私は、待つ。
ただひたすら、静かに待つ。


 が、やがて1人、表を書き始める子どもが出てきた。
私はすかさず、「ほう、表で解くのか。それはすばらしい」と声をかける。
するとみな、いっせいに、表を描き始める。
表の形などは、みな、ちがう。
しかしそれは構わない……。


 (こうした様子は、YOUTUBEのほうに動画として、収録済み。)


●メタ認知能力の応用


 こうして書いたことからもわかるように、メタ認知能力というのは、もともとは、
数学の問題を解法技法のひとつとして、発見された能力ということになる。
しかしその奥は、先にも書いたように、「深い」。
日常的な思考の、あらゆる分野にそのまま応用できる。
ひとつの例で考えてみよう。


●パソコンショップの店員


 こういう書き方ができるようになったのは、私もその年齢に達したから、ということ
になる。
パソコンショップの店員には、たいへん失礼な言い方になるかもしれないが、そういう
店員を見ていると、ときどき、こう考える。
「だから、どうなの?」
「この人たちは、自分の老後をどう考えているんだろ?」
「もったいないな」と。


 つまりパソコンショップの店員の目的は、パソコンを客に売ること。
しかしそんな仕事を、仮に10年つづけていても、身につくものは何もない。
店が大きくなり、支店がふえれば、支店長ぐらいにはなれるが、そこまで。
だから「だから、どうなの?」となる。


 つぎにパソコンショップの店員たちは、よく勉強している。
その道のプロである。
しかしプロといっても、一般ユーザーの目から見てのプロに過ぎない。
パソコンを自由に操ることはできるが、その先、たとえばプログラミングの仕事とか、
さらには、スーパーコンピュータの操作となると、それはできない。


 そこで私はこう考える。
「こうした知識と経験を使って、別の仕事をしたら、すばらしいのに」と。
たとえばデザインのような、クリエイティブな仕事でもよい。
それが「もったにないな」という気持ちに変わる。


 そこでメタ認知能力の登場!

(1) 自分の置かれた職場環境の把握
(2) その職業を長くつづけたときの、メリット、デメリットの計算
(3) 老後が近づいたときの、将来設計
(4) 収入の具体的な使い道などなど。

 
 そうしたことを順に考え、自分の生活の場で、位置づけていく。
中には、「お金を稼いで、高級車を買う」という人もいるかもしれない。
しかしそれについても、メタ認知能力が関係してくる。
「だから、それがどうしたの?」と。
 高級車を乗り回したからといって、一時的な享楽的幸福感を味わうことは
できる。
が、できても、そこまで。
4〜5年もすれば、車は中古化して、当初の喜びも、半減する。


 ……つまりこうしてパソコンショップの店員は、メタ認知能力が少しでもあれば、
「もったいないな」を自覚するようになる。
また自覚すれば、生きざまも変わってくる。
同じ店員をしながらも、ただの店員で終わるか、あるいはつぎのステップに進むか、
そのちがいとなって、現れてくる。


 が、このことは、家庭に主婦(母親)として入った女性についても、言える。


●生きざまの問題に直結


 日常的な作業(=ルーティンワーク)だけをし、またそれだけで終わっていたら、
その女性の知的能力は、(高度)とは、ほど遠いものになってしまう。
電車やバスの中で、たわいもない愚痴話に花を咲かせているオバチャンや、オジチャン
たちを見れば、それがわかる。


 そこで重要なことは、あくまでもメタ認知能力の訓練のためということになるが、
つねに問題意識をもち、(問題)そのものを、身の回りから見つけていくということ。
問題あっての、メタ認知能力である。


 社会問題、政治問題、経済問題、さらには教育問題などなど。
あえてその中に、首をつっこんでいく。
ワーワーと声をあげて、自分で騒いでみる。
私はそのとき、そのつど文章を書くことを提唱するが、これはあまりにも手前みそ過ぎる。
が、(書く)ということは、そのまま(考える)ことに直結する。
ほかによい方法を私は知らないので、やはり書くことを提唱する。


 で、こうして書くことによって、たとえば今、「メタ認知能力」についての理解を
深め、問題点を知ることができる。
同時に、応用分野についても、知ることができる。
こうして自分がもつ知的能力を高めることができる。
そしてそれがその人の生きざまへと直結していく……。


 簡単に言えば、「自分の意識を意識化すること」。
それがメタ認知能力ということになる。

オックスフォード英英辞典によれば、「Meta」は、「higher(より高度の)」「beyond
(超えた)」という意味である。
「より高度の認知能力」とも解釈できるし、「認知能力を超えた認知能力」とも解釈
できる。


 私はこのメタ認知能力の先に、(ヒト)と(動物)を分ける、重大なヒントが隠されて
いるように感ずるが、それは私の思いすごしだろうか?
つまりメタ認知能力をもつことによって、ヒトは、自らをより高いステージへと、自分を
もちあげることができる。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 メタ メタ認知能力 metacognitive ability 高度な知的活動)


Hiroshi Hayashi++++++++AUG.09+++++++++はやし浩司


【メタ認知能力】(追記)(Metacognitive Ability)


+++++++++++++++


この数日間、「メタ認知能力」という
言葉に、たいへん興味をもっている。
以前にも何度か、それについて書いた
ことがある。
が、そのときは、それほど
重要視していなかった。
しかしその後、知れば知るほど、
なるほどと思う場面に遭遇した。
「メタ認知能力」……まさに人間だけが
もちうる、最高度の認知能力という
ことになる。


+++++++++++++++++


●食欲とメタ認知能力


 食欲中枢は、脳の中でも視床下部というところにあることがわかっている。
そこにあるセンサーが、血糖値の変動を感知して、食欲を増進させたり、反対に
食欲を減退させたりする。


 しかしこれら2つの働き、つまり(食欲増進)を促す中枢部と、(食欲抑制)を
促す中枢部が、最近の研究によれば、別々のものというところまでわかってきている。
これら2つの中枢部がたがいに連携をとりながら、もう少し具体的には、絶妙なバランス
をとりながら、私たちの(食欲)を、コントロールしている。


●意識を意識する


 もちろん私たちは、こうした知識を、本という(文字)を通して知るしかない。
頭を開いて、その中を見て知るわけではない。
が、想像することはできる。


たとえば空腹感を覚えたようなとき、「血糖値がさがってきたぞ」とか、など。
 血糖値がさがると、胃や腸が収縮し始める。


空腹になると、おなかがグーグーと鳴るのはそのためだが、そうした変化に合わせて、
空腹感がどういうものであるかを知る。


 このとき、「ああ、腹が減ったなあ」だけでは、メタ認知能力はないということに
なる。
が、このとき、自分の脳みその中の変化を、想像してみる。
「ああ、今、食欲増進中枢部が働いているぞ」
「今度は、食欲抑制中枢部が働いているぞ」と。


 こうして自分の意識を、別の意識で客観的に評価する。
それをする能力が「メタ認知能力」ということになる。


●2つの働き


 これもひとつのメタ認知能力ということになるのか。
たとえば講演などをしているとき、自分の脳の中で、2つの働きが同時に起きている
のがわかる。
ひとつは、講演の話の内容そのものを考えること。
「この話には、異説があるので、注意しよう」とか、「この話は、もう少し噛み砕いて
話そう」とか、考える。


 もうひとつは、話しながらも、「残り時間があと20分しかないから、少し結論を
急ごう」とか、「つぎにつづく話は、途中で端折ろう」とか、時間を意識すること。
この両者が、交互というよりは、同時進行の形で働く。


 つまり講演している私を、別の意識が客観的にそれをみて、私にあれこれと命令を
くだす。


●知的能力


 教育の世界の話になると、ぐんと具体性を帯びてくる。
たとえば今、掛け算の九九練習している子ども(小2)を、頭の中で想像してみてほしい。
その子どもは懸命に、「二二が4、二三が6……」と暗記している。
そのとき子どもは、「なぜそれを学習しているのか」「なぜそれを学習しなければならな
いのか」「学習したら、それがどう、どのように役立っていくのか」ということについては、
知る由もない。


 「掛け算は覚えなければならない」という意識もない。
ないから、先生や親に言われるまま、暗記する……。


 これは子どもの世界での話だが、似たような話は、おとなの世界にも、いくらでもある。
またその程度の(差)となると、個人によってみなちがう。
言い換えると、メタ認知能力の(差)こそが、その人の知的能力の(差)ということにな
る。


●自己管理能力とメタ認知能力


 たとえば若い男性の前に、裸の女性が立ったとする。
かなり魅力的な、美しい女性である。
そのとき若い男性が、それを見てどのように反応し、つぎにどのような行動に出るかは、
容易に察しがつく。


 が、そのときその若い男性が、自分の中で起きつつある意識を、客観的にながめる
能力をもっていたとしたら、どうだろうか。


「今、視床下部にある性欲本能が、攻撃的な反応を示し始めた」
「ムラムラと湧き起きてくる反応は、食欲増進反応と同じだ」
「今、ここでその女性と関係をもてば、妻への背信行為となる」など。
いろいろに考えるだろう。


 こうしてメタ認知能力をもつことによって、結果的に、大脳の前頭連合野が分担する、
自己管理能力を、より強固なものにすることができる。


●スーパーバイザー


 「意識を意識する」。
それがメタ認知能力ということになるが、もう少し正確には、「意識を意識化する」という
ことになる。


 もちろんその日、その日を、ただぼんやりと過ごしている人には、(意識)そのものが
ない。
「おなかがすいたら、飯を食べる」
「眠くなったら、横になって寝る」
「性欲を覚えたら、女房を引き寄せる」と。


 が、そうした意識を、一歩退いた視点から、客観的に意識化する。
言うなれば、「私」の上に、スーパーバイザー(監督)としての「私」を、もう1人、置く。
置くことによって、自分をより客観的に判断する。
たとえば……。


 「今日は寒いから、ジョギングに行くのをやめよう」と思う。
そのときそれを上から見ている「私」が、「ジョギングをさぼってはだめだ」
「このところ運動不足で、体重がふえてきている」「ジョギングは必要」と判断する。
そこでジョギングをいやがっている「私」に対して、「行け」という命令をくだす。
言うなれば、会社の部長が、なまけている社員に向かって、はっぱをかけるようなもの。
部長は、社員の心理状態を知り尽くしている。


●うつを知る


 メタ認知能力は、訓練によって、伸ばすことができる。
私なりに、いくつかの訓練法を考えてみた。


(1) そのつど、心(意識)の動きをさぐる。
(2) それが脳の中のどういう反応によるものなのかを知る。
(3) つぎにその反応が、どのように他の部分の影響しているかを想像する。
(4) 心(意識)の動きを、客観的に評価する。

 この方法は、たとえば(うつ病の人)、もしくは(うつ病的な人)には、とくに
効果的と思われる。
(私自身も、その、「うつ病的な人」である。)


 というのも、私のようなタイプの人間は、ひとつのことにこだわり始めると、そのこと
ばかりをずっと考えるようになる。
それが引き金となって、悶々とした気分を引き起こす。


 そのときメタ認知能力が役に立つ。
「ああ、これは本来の私の意識ではないぞ」
「こういうときは結論を出してはいけない」
「気分転換をしよう」と。


 すると不思議なことに、それまで悶々としていた気分が、その瞬間、とてもつまらない
ものに思えてくる。
と、同時に、心をふさいでいた重い気分が、霧散する。


●メタ認知能力


 メタ認知能力を養うことは、要するに「自分で自分を知る」ことにつながる。
ほとんどの人は、「私は私」と思っている。


「私のことは、私がいちばんよく知っている」と思っている。
が、実のところ、そう思い込んでいるだけで、自分のことを知っている人は、ほとんど
いない。


(私が断言しているのではない。
あのソクラテスがそう言っている。)


 が、メタ認知能力を養うことによって、より自分のことを客観的に知ることができる。
「私は私」と思っていた大部分が、実は「私」ではなく、別の「私」に操られていた
ことを知る。
それこそが、まさに『無知の知』(ソクラテス)ということにもつながる。


 もちろん有益性も高い。
その(有益性が高い)という点で、たいへん関心がある。
応用の仕方によっては、今までの私の考え方に、大変革をもたらすかもしれない。
またその可能性は高い。


 しばらくはこの問題に取り組んでみたい。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 メタ認知能力 Metacognitive Ability)


Hiroshi Hayashi++++++++AUG.09+++++++++はやし浩司


●終わりに(2011/10/02記)


 私は私を知っているか?
私を超えたところで、「私」を知っているか?
いま、ふと、私はそんなことを考えた。
が、答は、「NO!」。
始終、「無明」と「愛欲」に振り回されているだけ。


 なぜそうなのかということについては、たぶん、ほかの人よりは少しはわかっているか
もしれない。
しかし「少し」だけ。
何とも言えない、敗北感。
残りの人生は、平均余命から計算すると、あと15年と少し。
たったの15年。
脳みそも不可逆的にボケていくだろう。
つまり時間切れ。


 しかし……。
釈迦やイエス・キリストは、どうしてあんな短い期間に、「私」を知ることができたのだろ
う。
最後に、ふとそう思った。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 メタ認知 私を知る 
煩悩論)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●9月30日

【幼稚園児に方程式を教える】2011年9月30日

●はじめてのチャレンジ!

 今日、幼稚園児を相手に、方程式を教えてみた。
私にとっても、はじめての試み。
おそらく、世界でもはじめての試みではないか?
「できるかな?」という心配と不安は、あった。
それもあって、レッスンの前、いつもになく緊張した。
気合いを入れた。
「やってやる!」という、意気込み。
それがないと、失敗する。
自分でも、それがよくわかっていた。
だから気合いを入れた。
入れながら、「ええい、ままよ!」と、レッスンを始めた。

一度、途中で「このあたりでやめて、ふつうのレッスンに
戻そうか……」と迷った。
しかし子どもたちのほうが、私を支えてくれた。
レッスンに乗ってくれた。

で、結果は、大成功!
めでたく最後まで教えることができた。
幼稚園児が、方程式を解くところまで、指導することができた。
うれしかった。
楽しかった。
またまた幼児のもつ能力のすばらしさに、驚いた。
これがあるから幼児教育は、やめられない!

今回は、高画質版で、YOUTUBEにUPした。
私にとっても、記念すべき録画となった。

(1)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/Pcnf41FFqEA?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/pctLwPEzeSY?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(4)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/WkI1mwfMUJ4?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 幼児に方程式 方程
式のレッスン 実験教室 幼児に方程式を教える 方程式の学習 はやし浩司)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●近所の老人

+++++++++++++++++++++

私の兄が、ボケたときのこと。
兄が67、8歳のときのことだった.
兄は、近所のあちこちで、おかしな行動を繰り返した。

植木鉢の葉を摘んでしまう。
小鳥を籠から逃がしてしまう。
ゴミを他人の家の隅に、捨ててしまう。
車のナンバープレートに落書きをする。

そのつど、近所の人たちから、苦情が届いた。
同じく、そのつど、私たち家族は身を切られるようなつらい思いをした。

それから7、8年。
今度は逆の立場になった。
私の近所に、少し頭のボケた人がいる。
あちこちで、おかしな行動を繰り返している。

近所といっても、私の教室のある地域でのこと。
たとえば道路脇にじっと立ち、私の教室の生徒が出入りするのを、見つめるなど。
男性。
75歳前後。
そのつど私は、「何か用ですか?」と声をかける。
声をかけたとたん、サッと振り向いて、去っていく。

こういうことが、ここ1、2年の間に、何回もあった。
が、そのたびに、私は兄のことを思い浮かべた。
黙った。

その男性……。
どこのどういう人か、よく知っていた。
20年ほど前には、ある時期、毎日のように会っていた。
が、断絶した。
私がその男性の信仰を批判したのがきっかけだった。
以後、私のところへやってきては、「林さん、あなたは地獄へ落ちる」と言った。
ほかにもいろいろあって、私はその男性から遠ざかった。
……というより、無視して、避けた。

それはともかくも、家族も、きっとつらい思いをしているにちがいない。
その気持ちはよくわかった。
が、とうとう、実害が現れるようになった。
その男性が、私の教室の前に立ち、生徒たちに声をかけるようになった。
ワイフにも、声をかけるようになった。

「林さんは、まだいるかね?」とか、「まだこの教室をやっているかね?」とか。
意味のない質問である。
よほど私のことが気になるらしい。

で、ワイフに相談すると、ワイフはこう言った。
「私たちだって、ああなるかもしれないから……」と。
つまり許してやれ、と。

やがてその男性を生徒たちが気味悪がるようになった。
「また、あのおじいさん、立っている!」と。
が、今回、つまり数日前、生徒に話しかけたのが、私は許せなかった。
私のことを、あれこれ、聞いていたという。
もちろん危害を加えるような男性ではない。
それはよくわかっていたが、私は電話した。

電話口に、その店の従業員が出た。
私は、最初は穏やかに、話した。
が、その従業員も、神経質になっていた。
あちこちで、何かのトラブルを起こしているにちがいない。
私が何かを言うと、即座に反論してきた。

「言っても、すぐ忘れます」「私が言っても、聞きません」とか。

すなおに「すみません」とでも言ってくれれば、私も救われる。
が、そう反論されると、こちらとしては、強く出るしかない。

「ともかくも、ですね、私の教室の前に立って、教室を見上げるような行為だけは、やめ
てください。
それと生徒に話しかけるのもやめてください。
生徒たちが気味悪がっています。
私が言いたいのは、それだけです」と。

相手の女性はまだ何か言いたそうだったが、私は、電話を切った。
気分はよくなかった。
兄のことがその男性にだぶった。
その従業員のつらさが、よくわかった。

……「明日は、わが身」。
ボケた人でも、温かく迎える。
迎えて、私たちの仲間に入れてやる。
それが理想。
それはよくわかっている。
わかっているが、現実は、そんなやさしくない。

+++++++++++++++++++++

●32インチテレビ

 昨夜、32インチ液晶テレビを買ってきた。
近くのショッピングセンターで、3万2000円前後で売っていた。
シャープのAQUOS。
現在、韓国のサムスン製の27インチモニターを使っている。
その替わりに、……ということで買ってきた。

 モニターは大きければ大きいほど、使いやすい。
21インチより、27インチ。
27インチより、32インチ。

 しかしテレビ用はテレビ用。
パソコンにつないでみたが、文字がどうも荒い。
いろいろ調整してみたが、どうも荒い。
そこでHDMIでの接続をあきらめ、アナログで接続してみた。
少し改善した。
しばらく、これで使ってみる。

【読者のみなさんへ】

★パソコンには、パソコン用のモニターのほうがよい。
パソコンとパソコン用モニターを、デジタルで接続する。
ただし27インチまでは、安いものがあるが、それを超えると値段が4〜5倍にはね
あがる。
文字を打つときは、モニターは大きければ大きいほど、よい。
  そのほうが疲れない。

●生き様

 生き様を変更して、もう2年になる。
2年より、もう少し長いかもしれない。
それまでは「老後」を意識して、何かにつけ小さく生きようと心がけてきた。
「コンパクト」という言葉を使う人もいる。
「老後はコンパクトに生きるのがよい」と。
が、今は、ちがう。
「どうして小さく生きなければならないのか」。

 歳を取ったからといって、小さく生きる必要はない。
死ぬまでの命。
その命に、年齢はない。
年齢制限もない。
死を意識して生きる必要もない。
死の準備をする必要もない。
年齢というのは、あくまでも数字。

 今日できることは、今日、する。
懸命にする。
明日は、その結果としてやってくる。

●爽快感

 たしかに体力は弱ってくる。
気力も弱ってくる。
それは、今、私が経験しつつある。

 しかし一方、こんな喜びもある。
たとえば昨夜も、怠けた心にムチを打って、自転車にまたがった。
30分ほど、全力で走った。
家に戻るころには、全身、汗で濡れていた。
額からは、ポタポタと汗が落ちていた。
それは「運動した」という満足感より、「怠けた心を叩きのめした」という満足感。
もしあのとき、「今夜は疲れているから、運動をやめよう」と、やめてしまっていたら、今
ごろは敗北感を味わっていたことだろう。

 その敗北感が、不愉快。
それを知っているから、自転車にまたがる。
あえて自分にムチを打つ。
その爽快感。
その爽快感がたまらない。

●「週刊新潮」(10月6日号)

 週刊新潮(10月6日号)を読む。
「大増税のその前に一言、言いたいことがある」という特集。
それを読みたかった。

 内容は、
(1)国会議員の定数を半分にせよ。
(2)宗教法人に課税せよ。
(3)医師の優遇税制を見直せ。
(4)学校法人の減免措置を見直せ。
(5)公務員の天下りを見直せ。
(6)特別会計400兆円を見直せ、ほか。

 一読したあと、「ホウ〜」と、息だけが漏れた。
どれもすでに知っている話だが、だからといって、どうにもならない。
だれも動かない。
その前に、だれも怒らない。
だから何も変わらない。

言うなれば、こうした記事は「ガス抜き」のようなもの。
国民が日ごろ感じている不平、不満を、こうして週刊誌が代弁する。
それを読んで、私たちは、「これで何とかなる」という淡い希望をいだく。
あるいは「だれかが、何とかしてくれるだろう」という淡い期待をいだく。
つまりそのままこの問題を、自分から切り離してしまう。
だから「ガス抜き」。

 その証拠に、こうした問題は、10年後も解決していないはず。
むしろ悪化しているはず。
賭けてもよい。
というのも、どの問題も、すでに20〜30年前から、あった。
いまだに何一つ、解決していない。
解決していないばかりか、むしろ悪化した。

●コオロギ

 昨日、山荘の庭で、コオロギを10匹ほど捕まえた。
成虫になる、やや前の大きさ?
それを今日、自宅へもってきて、自宅の庭へ、放した。

 数年ごとにそうしているが、数年もすると、コオロギの数が減ってくる。
今年は、1匹しか、自宅の庭で鳴かない。
どこかさみしそう……。
ということで、10匹ほど、自宅の庭へ、放した。

 例年だと、これから秋が深まるにつれ、にぎやかに鳴き出すはず。
楽しみ。

●プルトニウムの発見

 福島第一原発の事故地から、45キロも離れたところで、放射性プルトニウムが発見さ
れたという。
それについてNHKラジオは、簡単に事実を伝えたあと、「(たいへん重い)プルトニウム
がそんなに遠くで発見されたことに驚いている」「改めて放射性物質が広く拡散されている
のがわかった」などと、報道していた(2011年10月1日)。

 しかしこれは、「?」。
放射性プルトニウムは、すでに4月の段階で発見されていたはず。
何かのニュースでそう知ったのを覚えている。
それに対して当時の枝野官房長官は、「重い金属なので、遠くへは飛びません」などと言っ
ていたはず。

 プルトニウムの比重は、約19。
たしかに重い。
しかしいくら重くても、微細であれば、風に舞って飛び散る。
大きさは、大腸菌ほど。

 プルトニウムの毒性は、他の放射性物質の比ではない。
たった一個(大腸菌の大きさ)でも肺に入ると、そこにとどまって肺の細胞を破壊しつづ
ける。
肺ガンを引き起こす。

 つまり私のような素人にも、そんなことまでわかる。……わかるようになった。
が、NHKラジオは、その毒性にまでは言及しなかった。
本来なら、そこまで報道して、NHK。

 で、その放射性プルトニウムはどこから来たか?
もちろん1号機や2号機ではない。
プルサーマル発電を試みていた3号機。
3号機から来た。
つまり3号機は、やはり爆発していた!
原子力発電事故で、最悪のことが起きたと考えてよい。

 この先、どんな被害が出てくることやら。
それを考えると、ゾッとする。
「避難勧奨地区が、解除されました」と聞いて、喜んでいるばあいではない。
改めて原子力発電所、とくにプルサーマル発電所には、強く反対したい。

●おい、そこの老人! ずるいぞ!

 老人たちよ、もっと声をあげよう。
もっと行動しよう。
死の待合室で、おとなしく椅子に座って並んでいてはいけない。
「自分さえよければ」と、小さな世界に閉じこもっていてはいけない。
私たちがすべきことは、今まで生きてきた「生」を、つぎの世代に還元すること。
藤沢市で塾の教師をしている池田英雄先生が、そう教えてくれた。

 ……私の知人の中に、55歳で退職、以後30年間、自分の家の庭いじりだけで過ごし
ている人がいる。
(この話は、本当だぞ!)
元国家公務員。
が、そういう生活を、けっして理想の老後生活と思ってはいけない。
この30年間を、1日にして生きてきただけ。

 大切なことは、「還元する」こと。
でないと、私たち老人組は、やがて社会の粗大ゴミ程度では、すまなくなる。
廃棄物からじゃま物。
そうなったら、私たちの居場所すらなくなる。

 私たちは私たちで、社会の中に、自分をしっかりと組み込んでいく。
近所の空地の草刈りでもよい。
ゴミ拾いでもよい。
そういう形で組み込んでいく。

 で、そういう人たちの決まり文句は、ただひとつ。
「私たちは払った分を、返してもらっているだけです」と。

 つまり在職中に支払ったお金を、年金として返してもらっているだけ、と。
しかしこんな話は、ウソ。
ウソであることは、みな、知っている。

 もしそんな老人が、あちらにも、こちらにもいて、若い人たちの目に付くようになった
ら、私たちはどうなるか。
いや、若い人たちは、どう考えるようになるか。
それをほんの少しでも想像してみればよい。
それが私たちの近未来像ということになる。

 さあ、老人たちよ、もっと声をあげよう。
もっと行動しよう。
死の待合室で、おとなしくしていてはいけない。

 もう一度、「週刊新潮」を読んでみよう。
そこには、こうある。

(1)国会議員の定数を半分にせよ。
(2)宗教法人に課税せよ。
(3)医師の優遇税制を見直せ。
(4)学校法人の減免措置を見直せ。
(5)公務員の天下りを見直せ。
(6)特別会計400兆円を見直せ、ほか。

 どれもこれも、私たち老人組が作った、悪習、悪法ばかり。
その責任を取るのは、私たち。
それとも、私たちは、死が近いことをよいことに、「尻をまくり、逃げて」よいのか?
自分だけ、こっそり、豊かな年金生活をしていてよいのか?

 おい、そこの老人!
ずるいぞ!

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 鵠沼 池田英雄先生)


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●10月01日夜記(2011)

++++++++++++++++++

今日は雑務+昼寝で終わってしまった。
これといった成果は、なし。
10月の第1目というのに、さえない過ごし方。
こんなことで、10月も終わってしまうのか。

台所では、ワイフがギョーザを焼いている。
その臭いが、書斎まで、入ってくる。
夕食は近い。

++++++++++++++++++

●「週刊ダイアモンド」(2011−10−1号)

 おととい「週刊ダイアモンド」(2011−10−1号)を買ってきた。
もちろんそれだけではない。
経済誌ばかり、このところ、立て続けに買って読んでいる。
その下地ができていたこともある。
この方面にかなり詳しくなってきた。
が、今回、その「週刊ダイアモンド」を読んで、頭の中がすっきりと整理できた。

 特集は『世界失速』。

第1幕……「サブプライムローンとリーマンショック」
第2幕……「世界同時不況と景気刺激策が残した禍根」
第3幕……「欧州ソブリン危機と米国国債格下げの衝撃」
第4幕……「世界同時株安と円高を招く欧米景気の失速」
第5幕……「ギリシャ支援で足並み揃わぬユーロ加盟国」
第6幕……「景気失速の米国にのしかかる財政赤字」
第7幕……「日本国債の格下げとふくらみつづける借金」
第8幕……「インフレ過熱と成長鈍化に悩む新興国」
第9幕……「欧米の景気失速に巻き込まれる日本・新興国」
最終幕……「リーマンショックの再来、世界はどうなる?」

 たいへん読みやすく、わかりやすかった。
データ類(グラフなど)は、すべてイラスト化してあった。
専門用語にしても、そのつど説明がしてあった。

ページを追うごとに、「なるほど、そうだったのか」「だからこうなったのか」と、感心す
ること、たびたび。
「世界失速」に感心したのではない。
文章に、感心した。
これだけうまく文章をまとめられるライターというのは、そうはいない。
ライターとしても、トップクラスのライターではないか。

 で、今、世界経済は、第1幕から始まり、それぞれが連続性をもちながら、最終幕に向
かって、「失速の道」を歩みつつある。
それが「週刊ダイアモンド」を読んで、よくわかった。
ありがとう、「週刊ダイアモンド」誌さん!

(比較して失礼だが、週刊「東洋経済」誌(9/17号)は、読みにくく、わかりづらい。
特集ごとに、難易度の差がはげしく、読んでいても疲れる。
子どもが使う問題集にたとえていうなら、簡単な問題と難問がごちゃまぜになっていると
いった感じ。)

●熱いときが買い時

 「経済誌を立て続けに買って読んでいる」というのは、本当の話。
それには理由がある。

 何でも年齢のせいにするのはつらいが、私の年齢になると、こんな現象が現れる。
ふとしたきっかけで、頭が冷えてしまう。
冷えたら最後、頭が働かなくなる。
つまりものごとが、どうでもよくなってしまう。

 だから何かのことで興味と関心をもったら、「このとき!」とばかり、そこへ自分のもて
るエネルギーを集中させる。
それを逃すと、ここにも書いたように、頭が冷えてしまう。
そうなると、モノも書けなくなる。
で、今は「国際経済」。

●趣味

 私のようなタイプの人は、少なくないようだ。
先日も何かの本を読んでいたら、私のような人間で、出会った。
その人も、「周期的に趣味が変わる」と。

 ……で、私は若いころからそうで、ひとつのことに夢中になると、それだけを徹底的に
追求する。
が、やがてある程度のところまでくる。
くると、そこで飽きてしまう。

 こうして私の趣味は、長くて1、2年、短くて数か月で変化していく。
木工から熱帯魚、ハーブ栽培から魚釣り、模型作りから畑作などなど。
一通り、すべてをしてきた。
「すべて」といってよいほど、あらゆる分野に手を出してきた。

 現在はパソコンだが、これだけは、もう30年以上もつづいている。
(最初にコモドール社のPET2001を買ったのが、25、6歳のころ。)
奥が深いというか、底が見えない。
日進月歩で、どんどんと変化していく。
ついていくだけで、たいへん!
プラス、おもしろい。

 が、よく自分を観察すると、パソコンの世界でも同じことが起きているのがわかる。
デジカメにこり出すと、頭の中はデジカメでいっぱい。
ビデオカメラにこり出すと、頭の中はビデオカメラでいっぱい。
それがやはり周期的に変化していく。

●結局は、アメリカ

 ということで、今は、「国際経済」。
恐いが、おもしろい。
どこかの幽霊屋敷にでも入ったような気分(失礼!)。
が、総じて見れば、こういうこと。

 地球がもっている資源、食糧生産能力、それに「豊かさ」にも限界があるということ。
それを世界中の人が、奪い合っている。
もちろん強い国と弱い国がある。
そういった国々が、今、ここにきて急速に入れ替わり始めている。
その混乱が、今回の「大失速」(ダイアモンド誌)の元凶ということになる。

 で、最終的に生き残る国は、どこか?
今の状況を見るかぎり、やはりアメリカということになる。
「やっぱり、もつべきものは、米ドル」と。
これが今のところ、私が得た結論ということになる。

(この日本については、あまりにも悲観的なので、ここには書けない。ゴメン!)

●生的エネルギー

 要するに、「〜〜をしたい」というのは、それ自体が「生的エネルギー」(ユング)。
生きる力。
原動力。
その生的エネルギーを感じたら、それを逃してはいけない。
逃したとたん、ジジ臭くなる。

 「〜〜がほしい」「〜〜を見たい」「〜〜へ行きたい」でもよい。
それを逃してはいけない。

 そうでなくても年ごとに、生的エネルギーは、弱くなっていく。
弱くなっていくからといって、そのままにしておいてはいけない。
闘う!
闘って、生的エネルギーを奮い立たせる。

 で、今週(近々)の目標。

(1)大阪のユニバーサルスタジオへ、ワイフと行く。
(2)幼児クラスで、正負の数と計算の仕方を教えてみる。
(3)「猿の惑星・ジェネシス」を観に行く。
(4)11月からの講演のレジュメを、全面的に更新(UPDATE)する。

 「どちらをしようか迷ったら、両方ともする」が、現在の私のモットーになっている。
遠慮することはない。
やりたいことがあれば、すべてする。
『鉄は熱いうちに叩け』という。
それをもじるとこうなる。

『何でも、熱いうちに、やれ!』と。
いつまでがんばれるか、自信はないが、がんばる。
がんばるしかない。


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●寒い朝

+++++++++++++++

急に秋らしくなってきた。
寒い。
もともと私は、寒さに弱い。
(このところ暑さにも弱くなってきたが……。)

つらいのは眠る前。
頭が熱くなり、足が冷える。
そういうときは枕を高くし、足下に布団をかける。
夏場でも、ときどきそうすることがある。

が、脳みそには、気温が低い方がよい。
コンピューターと、よく似ている。
コンピューターも、気温が低い方がよい。
今の今も、半袖のパジャマで、ブルブル震えている。
が、頭の働きは、よい。
ネットでニュースを読んでも、そのつど、
バチバチと火花が脳の中で散る。

今日は、10月3日、月曜日。
手元の気温計は、21度Cを示している。

+++++++++++++++

●光速を超えた素粒子ニュートリノ

 少し前、素粒子ニュートリノが、光速を超えて飛び回っているのが発見された。
「約730キロ離れた国立研究所の検出器で観測した結果、光速より60ナノ秒(1億分
の6秒、ナノは10億分の1)速く到達したのを確認した」(毎日jp)というのが、その
ニュース。
当初は、「アインシュタインの特殊相対性理論をひっくり返す、大発見」と、もてはやされ
た。
が、しばらくすると、「計器の誤差ではないか」という疑問が、あちこちの学者から提起さ
れるようになった。
「速い」といっても、「1億分の6秒」。

 しかしここはコロンブスの卵。
こう考えれば、両者の矛盾を解決することができる。
つまりアインシュタインの説く特殊相対性理論の中で論じられる「光」とは、実は「素粒
子ニュートリノのことであった」と。
さらに暴論的に書くなら、こういうことになる。

 アインシュタインの時代には、素粒子ニュートリノはまだ発見されていなかった。
だから光を基本にものを考えたが、これからは素粒子ニュートリノを基本にものを考えれ
ばよい。
『この宇宙に、素粒子ニュートリノより速い物質はない』と。
あるいは『素粒子ニュートリノの速度は、一定』でもよい。

 そうすればアインシュタインの特殊相対性理論をひっくり返さなくてもよいし、今回の
実験結果を、「計器の誤差」と決めつけなくてもよい。

 たとえばあの野口英世。
顕微鏡を使って一生懸命、ある病原体を発見しようとしたが、できなかった。
当時の顕微鏡では、ウィルスまで見ることはできなかった。
だから野口英世は野口英世なりに、自分の知りうる範囲で、研究をつづけるしかなかった。
アインシュタインも、同じような立場ではなかったか。

 もっとも光と素粒子ニュートリノとの関係については、私は知らない。
同一の範囲にあるものなのか。
それともまったく別のものなのか。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●小沢一郎氏vs司法

 小沢一郎氏が今回の裁判についての結果を、批判している。
自分の3人の部下が、有罪になった。
罪状は、「資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反」。
それについて「民主主義の世界では、考えられないこと」※と。

 3人の部下が有罪になったことで、小沢一郎氏は、かなり不利な立場に立たされる。
それはわかるが、行政府を構成する実質的な支配者である小沢一郎氏が、個人的立場であ
るにせよ、司法を批判するのは、許されない。
三権分立の精神に、まっこうから違背する。

 で、今回、「金(マネー)の出口」が、裁判所で争われた。
が、本当の問題は、「金(マネー)の入り口」。
4億円という現金である。
それがどういう経路を経て、小沢一郎氏の懐(ふところ)に入ったか。
(うち1億円については、贈賄側の土建業者が、それを認めている※。
一方、小沢一郎氏は、「タンス預金をしていた、そのお金」と弁明している。)
私たちは、それを問題にしているし、それを知りたい。
つまり金(マネー)の出所。

 さらに言えば、「本当に4億円だけだったのか」という疑問も残る。
一連の流れからすると、「4億円どころではなかった」と私は推測する。
が、もしそうなら、それこそ「民主主義の世界では、考えられないこと」ということにな
る。
今回の判決について、裁判官は、つぎのように断じている。

「……小沢事務所は談合を前提とする公共工事の本命業者の選定に強い影響力があり、影
響力を背景に公共工事の受注を希望する企業に多額の献金を行わせていた。規正法の規制
の下で、引き続き企業からの多額の献金を得るため、他人名義の寄付を受け、報告書上、
明らかにならないよう虚偽記入した」(判決要旨より)と。

注※「「大変びっくりした。何の証拠もないのに推測に基づいて決めてしまうのは民主主義
国家では考えられない」と批判した」(Yahoo News)と。
注※当時の水谷建設社長は胆沢ダム建設工事の受注に絡み、大久保被告の要求に応じて、
04年10月に5千万円を石川被告に、05年4月に同額を大久保被告に手渡したと証言して
いる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●野田内閣

 野田内閣の性質(性格ではなく、性質)が、少しずつ明確になってきた。
TBS-iは、つぎのように伝える(一部抜粋)。

『……「事務次官会議の復活、まさにこれが官僚依存であります」(自民党 石原伸晃 幹
事長、9月26日)と。

 「"脱官僚依存"の政治を今こそ」(鳩山由紀夫 首相【当時】、2009年9月)
 「"政治主導の貫徹""脱官僚依存"」(菅 直人 首相【当時】、去年7月)』と。

 鳩山由紀夫元首相や管直人前首相は、「脱官僚」を旗印にあげた。
が、野田首相は、その「逆」に進んでいる。

 数日前、官民の所得格差が、2倍程度になっているという報道(中日新聞)が、あった。
で、人事院は、0・2%程度の給与引き下げを勧告したが、たったの0・02%?
管直人前首相は、「20%」という数字をあげていたはず。
20%から0・2%。
実質、100分の1!
年収850万円の国家公務員のばあでも、たったの1・7万円!

 野田総理への期待感が、急速にしぼんでいくのが、自分でもよくわかる。
残念!


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司


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休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●「除霊?」で、中学生が死亡

+++++++++++++++++

思い込みというのは、だれにでもある。
私にもある。
あなたにもある。
しかしその思い込みにも、限度というものがある。
限度を超えたとき、それは事件になる。

TBS−inは、こんなニュースを載せている。

+++++++++++以下、TBS−iより+++++++++++++

……K県N町にある複数の建物。容疑者の自宅と同じ敷地に、宗教施設が設置されていま
す。今年8月、ここで事件は起こりました。

 敷地の中へと進んで行くと、祭壇が見えます。そして、水が流れた跡。ここは「お滝場」
と呼ばれる部屋です。ここで、中学2年生のMTさん(当時13、以下Tさん)が亡くな
りました。一体なぜ、死に追いやられてしまったのでしょうか。

 事件現場で行われていたのは滝行。これにより、Tさんが窒息死したとして2人の男が
逮捕されました。傷害致死の疑いで逮捕されたのは、Tさんの父親で熊本市の会社員、M
容疑者(50)と、この施設の僧侶、K容疑者(56)です。2人は「除霊」と称して水
を浴びせていたといいます。

 K容疑者の妻は・・・
 「いろいろ来られるたびに(雰囲気が)違っていた、Tちゃんって。だから、お父さん
も本当のTちゃんではないと言っていました」(K容疑者の妻)

 Tさんは数年前から心身の病気になり、K市内の病院に通院していました。中学校にも
通えなくなったTさんについて、M容疑者はK容疑者に相談。

 ところが・・・
 「(施設から)『痛いよ、ギャーギャー、痛いよ』と叫び声が」(宗教施設の近所の住民)

 Tさんが除霊のために受けたという滝行。固定した椅子に座らせ、ベルトやテープで縛
り上げ、父親のM容疑者がTさんを押さえつけ、顔面に水が当たるようにしていたといい
ます。これを5分から10分継続。K容疑者がお経を唱える中、行われていたといいます
……。

+++++++++++以上、TBS−iより+++++++++++++

●信者が30万人!

 同じくTBS−iによれば、信者は、30万人という。

「……K容疑者の宗教施設には、「N正宗」と書かれています。総本山はS県にあり、信者
は全国に30万人ほどいるということです」と。

「……全国におよそ350か所の寺院や教会を抱える宗教法人の総本山。広大な敷地に荘
厳な本殿や五重塔が見えます。今回の事件を受け、総本山は『除霊ということは教えてい
ない。今後、破門も視野に処罰を検討する』とコメントしています」とも。

 全国に350か所の寺院や教会を抱えている。
信者数は30万人という。

●N正宗

 N正宗については、私はまったく知らない。
どんな教義をもち、どんな指導をしているかも知らない。
「お経を読んでいた」というところから、何かの経典を教義の柱にしていることは、わか
る。
が、そこまで。
またN正宗側は、「除霊ということは教えていない」ということだから、そういうことなの
だろう。
だからN正宗については、ここまでしか書けない。

 よく誤解されるが、宗教団体があるから信者がいるのではない。
それを求める信者がいるから、宗教団体は生まれ、成長する。
今回犠牲となった、Tさんの父親にしてもそうだろう。
報道によれば、Tさんは何か心の問題をかかえていたらしい。
不登校児にもなった。
それでTさんの父親は、当該宗教団体に、助けを求めた。
それが「滝行」という「除霊?」につながった。
結果、行きすぎた修行により、Tさんが死亡した。

 事故なのか、それとも狂った修行によるものなのか?
今のところ詳しくはわからない。
わからないが「固定した椅子に座らせ、ベルトやテープで縛り上げ、父親のM容疑者がT
さんを押さえつけ、顔面に水が当たるようにしていたといいます」(TBS)というのは、
ふつうではない。

●宗教団体

 現在、全国に20万団体以上の宗教法人がある。
(平成19年12月31日現在、届け済みの日本の宗教法人数は182,709となっている。
が、実際には、見届けの団体も含めると、もっと多い。
この世界では、「法人」と「団体」は区別して考える。)

 私個人は、宗教を否定する者ではない。
先にも書いたように、それを必要とする人は多い。
そういう人たちはそういう人たちで、そっとしておいてやる。
それが「宗教の自由」(憲法)ということになる。

 が、中には、金儲けのため、あるいは政治活動のために信者を利用している団体もある。
さらにカルト化(狂信化)している団体もある。
この日本では、そういうのが、平気な顔をして、のさばっている。
あの忌まわしい事件を引き起こした、O真理教を例にあげるまでもない。

●カルトから子どもを守る

 私が20年ほど前に書いた本(「ポケモン・カルト・三一書房)の一部を、ここにコピー
して転載する。
この中で、フランスやベルギーでは、未成年者へのカルトへの勧誘を、きびしく戒めてい
る点に注意してほしい。

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/81/img3579727azik5zj.
jpeg" width="690" height="1002" alt="img210.jpg">

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/82/imgb802324bzik0zj.
jpeg" width="690" height="1002" alt="img211.jpg">

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/83/img6b4e84d4zik8zj.
jpeg" width="690" height="1002" alt="img212.jpg">

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/84/img35a203aczik7zj.
jpeg" width="690" height="1002" alt="img213.jpg">

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/85/img8f7eaa1ezikczj.
jpeg" width="690" height="1002" alt="img214.jpg">

 子どもの心を守るための資料として、利用してもらえればうれしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 カルト フランス 
ベルギー セクト カルト教団)2011/09/28記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【浜名湖かんざんじ荘にて】2011年9月28日水曜日

++++++++++++++++++

今夕は、浜名湖かんざんじ荘にやってきた。
久しぶり?
この温泉(旅館)は、いつ来ても、安心して泊まれる。
その安心感が重要。
サービスにムラがあると、不安になってしまう。
もちろん料金も、安い。
おとな1人1泊、7500円(夕食、朝食つき)。
(特別サービス期間ということで、その料金。)

が、何よりもすばらしいのは、部屋からの眺望。
文句なしの、浜松イチ。
夏場のシーズンも終わり、今はシーズンオフ。
閑散期。
客も少ない。
たった今、風呂から戻ったが、私1人だけだった。
貸し切り風呂。
ワイフも、風呂から戻り、同じことを言った。
「貸し切り風呂だったわ」と。

+++++++++++++++++

<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/ILr0qz-lyLc?hl=ja&
fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
●人ごみ

 混雑している様を、「人ごみ」という。
「ごみ」は、「混み」と書く。
しかし「ごみ(trash)」の「ごみ」にも通ずる。
人間を「ごみ」と言うのではない。
雑多な不用品を、「ごみ(trash)」という。
が、その昔には、ごみはなかったはず。

……ということを、山の中で生活するようになって知った。
田舎の山村に住んでいる人というのは、ほとんどごみを出さない。
ごみというごみを作らない生活が、定着している。
現代のように、ごみが多くなったのは、現代になってから。
だから人ごみというのは、やはり「人混み」をいう。
「ごみ(trash)」とは、関係ない。

 回りくどい言い方をしたが、私は、人ごみが嫌い。
長くいると、それだけで頭が痛くなってしまう。
だからこうして、どこかへ行くときは、できるだけ人の少ない場所、日時を選んで行動す
る。
そういう点では、天才的な(?)、勘が働く。

●安眠

 ここ数日、私は穏やかなやさしさに包まれている。
心は静か。
気分も落ち着いている。
夢見も悪くない。
寝起きの悪夢(今朝は、地震の夢)は、相変わらずだが、それを除けば安眠状態。
昨夜は11時ごろ床に入った。
一度、トイレに起きたが、目を覚ましたのは午前7時半。

よかった……。

●90歳の老夫婦 

 今日の新聞によれば、この浜松で、こんな事件があった。
ともに90歳の老夫婦が、心中したという。
詳しくはわからないが、施設から自宅へ帰ってきたあと、心中したという。
私はその話を聞いたとき、すかさず、「いい夫婦だなあ」と思った。
この種の心中事件にありがちな、悲惨さを、まったく感じなかった。
きっとこんな会話をしながら、心中したにちがいない。

男「いっしょに、死のうか?」
女「いいわよ……」
男「じゃあ、お前が先に行けよ」
女「頼むわね」と。

 そこで男が女の首をしめる。
女が死んだのを見届けてから、自分も、首をつる。

 あるいはこんな会話もしたかもしれない。

男「いろいろあったね。楽しかったよ。ありがとう」
女「私も、楽しかったわ。ありがとう」と。

 90歳まで生きられれば、御の字。
その老夫婦のことを言っているのではない。
私たち自身のことを言っている。
むしろ私たち自身は、90歳まで生きたいとは、思っていない。
長生きをすればするほど、みなに迷惑をかける。
その迷惑を、みなにかけたくない。

●「週刊現代」2011年7月9日号

 今日は、古い週刊誌をもってきた。
「週刊現代」の(7月9日号)。
ちょうど3か月前の週刊誌ということになる。
(今日は、9月28日だが、週刊誌の発刊日付というのは、プラス1週間にしてある。)

 古い週刊誌を読むのは、それなりに楽しい。
読んだ瞬間、一度過去に戻り、読み終えたとたん、現在に戻る。
小刻みなタイムスリップを楽しむことができる。
が、それ以上におもしろいのは、週刊誌の正誤を採点できるということ。

 「このとき、こう言っていた人がいたけど、まったく、ハズレ」とか、反対に、「この人
はズバリ、未来を予測していた」とか、など。
たとえば7月9日号は、「放射能はこんなに出ている」という記事を特集していた。
「列島縦断、全国100か所を独自調査」と。

 で、今その記事を読み直しているが、当時の緊張感がまったくないのは、どうしてか?
状況は何も変わっていない。
放射線値も、とくにさがったというわけでもない。
今の今も、相変わらず、放射性物質は、空中に放たれたまま。

 脳のほうが、勝手に現状を受け入れてしまった。
今は、そんな感じがする。
気になるのは、東電のM副社長が、こう言っていたこと。
「7月中旬までに、原子炉の安定冷却を行う」と。

 が、ご存知のように、いまだ安定冷却は、ほど遠い状態。
先ごろの発表では、「今年度中に……」ということになっている。

●御前崎原発

 ついでに改めて、一言。
御前崎(浜岡)に中部電力の原子力発電所がある。
が、常識で考えるまでもない。
あんなところに原子力発電所があること自体、正気の沙汰ではない。
狂っている。
今度の福島第一原発の事故で、それが身にしみてわかったはず。
にもかかわらず、地元の御前崎市長は、まだ迷っている(?)。

 これはもう可能性の問題ではない。
事故があるとかないとか、そんな問題ではない。
良識の問題。
金(マネー)に目がくらんだ人には、その良識がわからなくなる。

●夕食

 かんざんじ荘の夕食は、信じられないほど、おいしかった。
仲居さんも、私のことを覚えていてくれた。
食堂を出るとき、コック長までわざわざ出てきて、あいさつしてくれた。
「またお願いします」と私が笑って言うと、「よろしくお願いします」と。

 2階へあがると、そのままカラオケ室へ。
前にも書いたが、これほどまでのカラオケ室は、そうはない。
小さいが、まるで劇場のよう。
ワイフが3〜4曲、私が5〜6曲、歌った。
定番は、「シェナンドー」「7つの水仙」ほか。
ワイフの定番は、「花」「翼をください」ほか。
通路に出てからも歌っていたら、ワイフに叱られた。

●7時30分

 時刻は7時30分。
系列の、「華咲の湯」(舘山寺温泉街にある温泉)へ行こうと予定していたが、キャンセル。
少し疲れた。
「華咲の湯」へは、ほとんど毎週のように来ている。
回数券を買うと、1回、600〜1000円で入浴できる。
ここ、かんざんじ荘に泊まると、サービスでその割引券をくれる。

 が、今夜は、やめた。
書き忘れたが、このかんざんじ荘の風呂(温泉)は、これまた浜松イチ。
私が保証する。
こじんまりとした風呂で、どこがどうというわけではないが、清潔で、湯加減もよい。

眼下に、浜名湖が一望できる。

 ……ということで、このところ、やってくる温泉も決まってきた。

 弁天島では、「浜名湖リゾートホテル・ジ・オーシャン」。
舘山寺では、ここ「浜名湖かんざんじ荘」。
良心的で、手抜きがない。
料金の心配をせず、気楽に泊まれる。

●オーストラリアのD君へ

 日本人は、それに気づいていない。
それでふつうだと思っている。
しかし日本人の、二重マインド性は、外の世界から見ると、よくわかる。
「表」と「裏」を使い分ける。

 オーストラリア人には、それがない。
そのことも、日本という外の世界から見ると、よくわかる。
たぶん君たちは、それに気づいていないかもしれないが……。

 たとえば日本人は、よく知人に、こう言う。
「また遊びにおいでください」とか、「今度、こちらへおいでのときは、ぜひ寄っていって
ください」とか。
しかしそれは嵐の日に、「グッド・モーニング(おはよう)」と言うようなもの。
ただのあいさつ。
真に受けてはいけない。
だから言われたほうも、こう言う。
「はあ、また寄らせていただきます」と。

 表でニコニコ笑いながら、裏で、不平、不満を並べる。
日本人は、そういう芸当が平気でできる。
一方、君たちはできない。
だから貴君に、率直にアドバイスしたい。
「日本人と交際するときは、気をつけろ」と。

●表面(おもてづら)

 突然、オーストラリアの友人への手紙になってしまった。
ここで書くつもりはなかった。
しかしこの数日間、気になっていた。
いつか、ていねいに説明しなければ……と思っていた。

 オーストラリア人は、「遊びにおいで」と言われると、それをそのまま「招待」と受け取
ってしまう。
が、ここにも書いたように、それは単なる「あいさつ」。
日本人は、軽い気持ちで、そう言う。
言いながら、その責任を取らない。
本当にそのオーストラリア人がやってきたりすると、陰で不平、不満を並べる。

 長くつづいた封建時代という恐怖政治が、こういう国民性を作り上げた。
結論を先に言えば、そういうこと。

●老後の生きがい

 このあともう一度、温泉に入るつもり。
ワイフは、いつものようにDVDを見ている。
私は、こうしてパソコンのキーボードを叩いている。
平和なとき。

 そうそう食事のとき、生徒の話になった。
最近は、ワイフのほうが積極的に、生徒たちの世話をしてくれる。
生徒たちも、私より、ワイフのほうを慕っている。

私はいつも悪党。
悪役。
ワイフはいつも、正義の味方。
そんなふうに、私たちを位置づけている。

 その中でも、よくL君が話題になる。
父親がイギリス人。
孫の誠司によく似ている。
それにSさん。
同じく孫の芽衣によく似ている。
L君やSさんが教室へ来る日は、朝からワイフはL君やSさんの話ばかり。
よほど楽しみにしているとみえて、その日はいつもより早い時刻に、自宅を出る。
悲しくも、いじらしいバー様心。

 ワイフもやっと自分の「道」を見つけたらしい。
老後に必要なのは、「道」。
道がなければ、生きていかれない。
よく人は、こう言う。
「老後は、孫の世話と庭いじり」と。
しかしそんなものは、「道」ではない。
生きがいにはならない。
ないことは、自分がその歳になってみると、」よくわかる。

あのキング牧師はこう言った。
『そのために命をかけることができることを発見できなかった人は、生きているのに適し
た(fit)人と言えない』と。
キング牧師は、まさに老後の統合性を一口で、言い表した。

●就眠儀式

 ワイフが2度目の風呂から戻ってきた。
戻ってきて、何やらせわしなく部屋の中を動き回っている。
若いころからそうで、寝る前のワイフは、忙しそう。
それがワイフの就眠儀式にもなっている。

 私も眠いが、実は、いつまでもこうして文を書いていたい。
思いつくまま……。
考えるまま……。

 それ以上に、パソコンのキーボードを叩いていると、気持ちよい。
パタパタ……。
パタパタ……。

 「もう、寝る?」と聞くと、「まだ……」と、ワイフは答えた。
髪の毛が乾くまで、いつもしばらく起きている。
長い髪の毛は、手入れがたいへん。
私などは、仕事に出かける前、数分くらいで、整えてしまう。
水で濡らし、整髪料をかける。
あとは櫛でといて、自然に乾くのを待つ。
いつもそれだけ。
それ以上のことは、しない。

●相対論

 あくまでも相対論。
頭のよい人は、頭の悪い人が、よくわかる。
脳みその奥の奥まで、よくわかる。
一方、頭の悪い人は、頭のよい人がわからない。
わかっても「自分と同じ」と思う。

 そのことは子どもを見ていると、よくわかる。
わざと私が簡単な計算をまちがえてみせると、子どもたちは本気になって、それを怒る。
子どもたちは子どもたちのレベルで、私を判断する。

 同じように、……というか、最近多いのが、明らかに私を「下」に見てくる母親たち。
ものの言い方、態度から、言葉の端から、それがわかる。
年配者に対する、畏敬の念など、みじんもない。

もっともこれは老人側にも責任がある。
この世の中、バカな老人が多すぎる。

で、こういう仕事を40年もしていると、子どものことだけではない。
母親たちのことまで、手に取るようにわかるようになる。
生い立ちから、現在に至る人生まで、わかる。
性格や性質、知性や人間性まで、わかる。
わかるものはわかるのであって、どうしようもない。

 が、母親たちには、そういう私がわからない。
ただのジー様と思っている。
数年前だが、「林(=私)は本物の教師ではない」と言った母親がいた。
母親が直接そう言ったのではない。
子どもを通して間接的にそう言った。

 本物?

 かわいそうな母親だ。
化粧で身を飾り、化粧した姿を自分と思い込む。
同じように、相手もその化粧で判断する。
心理学の世界では、仮面(ペルソナ)という。
こういう生き方を繰り返していると、やがて仮面が仮面とわからなくなる。
自分の仮面もわからなくなるが、他人の仮面を見抜くこともできなくなる。
生涯、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ……。
肩書きや地位で相手を判断する人というのは、たいていこのタイプの人間と思ってよい。

 話が脱線したが、しかしこれも相対論。
私より頭の悪い人も多いが、一方、私より頭のよい人も多い。
そういう人から見れば、私もただの馬鹿。
偉そうなことは言えない。

●歴史的観光地

 ワイフは部屋にあった観光案内を読んでいる。
このあたりには、歴史的観光地が散在している。
どれも聞きなれた観光地。
知らないところはない。

それに40年も住んでいると、一目見ただけで、その人が浜松の人かどうかも、わかる
ようになる。
……というのは、少しオーバーだが、浜松の人は、独特の雰囲気をもっている。
その雰囲気で、わかる。

……人口を60万人(旧浜松市)としても、毎日10人の人と会えば、1年間で、約40
00人。
10年間で、4万人。
40年間で、16万人になる。
延べにすれば、ほぼ半数の人と知りあいということになる。

 その観光地。
最近は、どこも元気がない。
世代を経るごとに、趣向が変わってきた。
これからはもっと変わっていくだろう。
寺巡りや、戦場跡巡りでは、若い人たちを引っ張ってくる力はない。

●日本人

 私が日本人であることを強く意識したのは、アメリカへ行ったときのことだった。
車から降り、平原にポツンと立ったとき、体がつぶされんばかりの孤独感に襲われた。
「ここは、ぼくの住む国ではない」と思った瞬間、「ぼくは日本人だ」と。

 日本語など、まったく通じない。
日本語を読める人もいない。
日本がどこにあるかさえ、みな、知らない。
加えて、私の体は小さい。

 そのとき、こう考えた。
「もし日本という国がなくなってしまったら、文章など、いくら書き残しても、だれも読
んでくれなくなる」と。
自己否定ならぬ、国否定。
それだけはぜったいに、許してはいけない。
……と考えたとき、私は日本人であることを、強く意識した。

●就寝

 そろそろ寝る時刻。
「髪の毛、乾いた?」と聞くと、「だいたいね」とワイフ。
先ほどから、勝手に独り言を口にしている。
鼻歌も口ずさんでいる。

 就眠儀式も、そろそろ終わりに近づいたようだ。

 ……では、今夜はここまで。
9月28日、夜記

●9月29日(午前5時)

 今朝は午前5時、起き。
私は、クーラーのかかった部屋では、どうも安眠できない。
サワサワと乾いた風。
それが苦手。
一晩中、気になる。

 が、無理して眠ることはない。
万事、自然体。
その分だけ、昼寝時間を長くすればよい。
で、今、時刻は、正確には4時53分。
窓の外を見ると、東名高速道路には、相変わらず車の列が並んでいた。
空は真っ暗。
「もう働いている人がいる」と思ったとたん、おかしなことに、元気がわいてきた。

●平凡

 今日の予定は、とくになし。
いつものように日課と仕事をこなす。
そう言えば、昨日の中日新聞のどこかに、こんな言葉が載っていた。
記憶によるものなので、正確ではないが、こんな言葉だった。
『平凡をつづけることが、非凡なのだ』と。
 
 『平凡は美徳』と説いた哲学者もいる。
が、私はそういう言葉を聞くと、すぐこう考えてしまう。
「英語(外国語)では、『平凡』を、どう言うのだろう」と。
つまりそれはそれで、まちがっているとは思わない。
しかし国によって、言葉の使い方が、微妙にちがう。
もとの言葉は、どんな言葉だったのか。

 たとえば「立派な人」。
「尊敬される人」でもよい。
英語では「respected man」という。
しかし英語で「respected man」というときは、身分や肩書きは関係ない。
日本語で「立派な人」というときには、身分や肩書きのある人をいう。

 つまり日本人のばあい、無意識のうちにも、そこに身分意識をからめて考えてしまう。
もちろん欧米人には、そういう意識はない。
同じように、「平凡」はどうか?
「何でもない生活」を「平凡」というのか。
しかしこの日本では、「平凡」というときは、どこかに軽蔑の念をこめて、そう言う。

言うなれば、今日の私は、その平凡な生活を繰り返そうとしている。
何か物足りない。
そのこともあって、「それが非凡」と言われると、すかさず、「本当にそれでいいのだろう
か」という疑問をもってしまう。

 平凡からは、何も生まれない。

 ただこういうことは言える。
「平凡であることには、すばらしい価値が隠されている」と。
日々に、何ごともなく過ぎていく。
「生活」という面では、とても大切なことのように思う。
つまり『平凡をつづけることが、非凡なのだ』というのは、生活のあり方を言ったもの。
生きザマを言ったものではない。
……これは私の勝手な解釈によるもの。

●朝風呂

 平たく言えば、私は足(脚)が、スカスカすると(=冷えると)、眠れない。
東洋医学では、体のバランスを重要視する。
足が冷えるとうことは、その分だけ、頭のほうが熱くなるということ。
だから頭が冴えてしまう。
眠られない。
理屈はともかくも、現象論的には、正しい。

 だから自宅では、夏場でも、私は厚めのパジャマをはく。
が、今朝は浴衣。
寝る前に、ワイフがこう言った。
「あら、今日はパジャマを忘れた」と。

 ……ということで、午前5時起き。
これから朝風呂に入り、足を暖めてくる。
そのあともう一度、眠りなおす。
私は、子どものころから、そういうことが、自由にできる。
昼寝のときも、そうだ。
30分もあると、すぐ昼寝をする。
横になって5分後には、もう眠っている。
そういう私を見て、ワイフは、いつもこう言う。
「あなたは、いわねえエ〜。いつでもどこでも、すぐ眠られるからア……」と。

 これは私の特技かもしれない。
もちろんその反対に、寝損ねることもある。
そうなると、どうがんばっても眠られないときもある。
その朝風呂は、午前5時半から、となっている。
あと少し。

●貧しき根性

 朝風呂も、私、1人だけだった。
足を暖めていたら、軽い眠気が襲ってきた。
やはり、そういうものだった。
血圧とどう関係があるのかは、知らない。
しかし私は低血圧症。
今でも上が110前後。
下はときによっては、70以下になる。

 で、その風呂でのこと。
(温泉というよりは、風呂?)
シャンプーにしても、ボディソープにしても、自宅での量よりも、2倍以上も使ってしま
う。
そこが団塊の世代。
貧しき団塊の世代。
こんなところにも、体にしみこんだ貧しさが潜んでいる。
それが60年もたった今でも、こうして顔を出す。

●湖面

 窓の外には、幾重にも重なった山々が見える。
近くから濃紺、やや薄い紺色、そして灰色がかかった水色とつづく。
湖面は静か。
何そうかの漁船が、縦、横に走り、そのつど、湖面に筋が走る。
「さぞかし気持ちいいだろうな」と思う。

 それぞれの人には、それぞれの生き方がある。
どの生き方がよいとか、悪いとか、そういう判断はくだしてはいけない。
ただ私は、こう思う。
生き方を選ぶとしたら、やはり自然に包まれた生き方のほうが、よい、と。
そのほうが、ずっと人間らしく、生きることができる。
経営的にはたいへんかもしれないが、だからといって、その人の生き方がまちがっている
ということではない。
社会のほうがまちがている。

 銀行や証券会社のディーリングルームでは、20、30歳そこそこの若い人が、数秒単
位で、億単位のお金(マネー)を、儲けたり、損をしたりしている。
そういう世界のほうが、おかしい。
狂っている。
余計なことかもしれないが……。

●黄金色

 ワイフが、私と入れ替えに、朝風呂を浴びるために、部屋から出て行った。
ひとり残された私は、部屋で、お湯をすする。
ぼんやりと遠くの景色をながめる。
遠くを走る、ボートの音。
今しがた立って手前の木々を見ると、朝日を浴びて、黄金色に輝いていた。
風もなく、静かな朝。
 
 ……今ごろになって、眠気が襲ってきた。
が、朝食は、7時半から。
まだ1時間以上も、ある。

●ワイン

 ……眠い。
が、ワイフは部屋を出るとき、布団を丸めて出て行ってしまった。
これでは横になることもできない。
しかたないので、座椅子に座ったまま、こうして時間を過ごす。

 雑誌に目を通すほどの気力もない。
部屋の片づけもしなくてはならない。
が、その気力もない。
……眠い。

 そうそういいことを発見した。
先日、チリ産の安いワインを買ってきた。
英語で言えば、「ドライ・ワイン」。
甘みのないワイン。

 が、どうも口に合わない。
そこで昨夜、そのワインに、アセロラ・ジュースを少し混ぜてみた。
とたん、飲みやすくなった。
安いマグロの刺身に、マヨネーズをつけるとトロ味になる。
いつだったか、豊橋でかまぼこを作っているヤマサという会社の社長が、そう教えてくれ
た。
それと同じか?

 おかげで酒が飲めない私が、チビチビと何回も飲んでしまった。
今のところ二日酔いは起きていない。
だいじょうぶかな?

●相談

 たった今、メールを開いてみたら、1通、こんな相談が掲示板に載っていた。

【SKさんより、はやし浩司へ】

『はじめまして。息子のことで悩んでおり、こちらを見つけました。どうぞよろしくお願
いします。

息子は7歳(小一)で、下に3歳(年少)の妹がいます。父母との4人暮らしです。
ここ2年くらい、不機嫌なことが多く(波があっておだやかな時期もあるのですが)、イラ
イラしているとほんの些細なことで騒いだり、母親の私に乱暴をしたり(手加減はしてる
ようですが)、ものを倒したり本棚の本をぶちまけたりします。
今までは家の中で私に当たることが多く、幼稚園や公共の場で困ったことをすることはな
かったのですが、小学生になって1学期の終わりくらいから、家以外での問題行動が増え、
学校では授業中立ち歩いたり他の子にちょっかいを出したり物を投げたりとにかく落ち着
きがないようで、先生も困っている様子です。

先生の記事もいくつか読ませていただいて、何か家庭で問題があるのかなと考えているの
ですが、なかなかよい解決方法が見つからずにいます。
うちは父親が厳しく、母親が優しいという感じの家庭です。
私自身は子供を信頼して口は出さないおおらかな母に育てられ、私の兄も私も反抗期もな
く自立しました。子供もそのように育てたいと思っています。できるだけ子供の話はよく
聴いて気持ちに共感しているつもりです。泣きたいときは我慢せずに泣かせたり。子供の
悪い部分には注目せずに頑張っているところやあたりまえの行動に注目して、子供のある
がままを認めてあげたいと思ってきました。なので、これ以上どうしたらいいのか悩んで
います。

息子の特徴としては、気が弱くて、ちょっと神経質なところがあります。小さいときから
ブランコなど恐くて乗れなかったり、自信のないものにはチャレンジできなかったり。運
動は苦手ですが、工作など物を作るのが大好きで同年齢の子に比べると高度な物が作れま
す。ただ完璧主義で思う通りに作れないと癇癪を起こしたりします。家族でも人が口をつ
けたものは口にしません。ルールから外れるのを嫌がり、公共の場所では注意書きを気に
します。飲食禁止と書かれたところで妹に水を飲ませようとするだけでも怒ります。妹が
悪いことをするのも許せません。自分に何かされたわけでなくてもよく妹に怒っています。
何かに遅刻しそうになると「もう行かない」などと、遅れることを嫌がります。学校へも
忘れ物するのが嫌で教科書などは全て毎日ランドセルに入れています。学校の勉強には充
分ついていけているようですが、宿題などで間違えに気づくと「お母さん消して!」「もう
やんない」と放り投げます。照れ屋で口が悪いので素直に友達に「入れて」と言えなかっ
たり、友達作りも苦手なほうです。同じマンションで仲のいい友達がいてそのこと遊べて
いるので楽しいときもありますが、遊べないと不機嫌です。「たいくつ」「つまらない」が
口癖です。友達から嫌なことをされたときに謝られてもなかなか許すことができません。
それから甘えん坊で夜は私に触れていないと寝られません。テレビが大好きで制限がなけ
れば何時間でも見ていられます。ただ小さい頃から見る習慣はなく、今も父親に一日1時
間程度と制限されているのでその程度です。ゲームも大好きですが、家にないので借りて
やる程度です。小さい頃アレルギーがあって、野菜中心砂糖控えめの食生活でした。今は
かなり適当です。おやつは甘い物を好みます。

父親は弱虫でいつまでも母親にべたべたしている息子に不満を持っていて、厳しく叱って
います。息子は父親の顔をかなりうかがっており、父親が家にいるときは悪いことはしま
せん。父親自身体罰ありの厳しい家庭に育っています。自分の思い通りにならないとすぐ
イライラして相手に怒りをぶつけます。よく考えると息子は父親にかなり似ています。主
人には「お前があまやかしてるからつけあがっているんだ。悪いことをしたらシバいたほ
うがいい」と言われます。確かに、息子は私に命令するときもあり、それをきかないと騒
ぐので私も言うことをきいてしまうことがあり、私はなめられているのかなという気もし
ます。ただどうしても本人も自分の性格をもてあまして苦しんでいるようにも思え、私に
しか発散できないなら受け止めてあげたほうがいいのかなとも思ったり。人を傷付けたり
誰かに迷惑をかけるようなときは厳しく言っているつもりですが、それ以外のことでは甘
いのかなあと。
今はまだ押さえることができますが、もっと大きくなって暴れられたらどうしようという
不安もよぎり。その気持ちがあるということは心の底から子供を信頼できていないのかな。
それを息子は見抜いているのかなとも思ったり。
そんな感じで、どうすべきか今悩んでいます。何かよいアドバイスがあればよろしくお願
いします。

●愛情飢餓

 一口で言えば、「愛情飢餓」。
SKさんの息子は、慢性的な愛情飢餓状態にある。
原因は、「下の子が生まれた」こと。
こういうケースでは、親は、「平等にかわいがっています」と言う。
しかし上の子にしてみれば、「平等(=半分)」ということが、おもしろくない。
下の妹は、家族というより、自分から母親を奪った「恋敵(こいがたき)」ということにな
る。

 要するに家庭教育の失敗ということになる。
で、こういうケースのばあい、もう一度、全幅の愛情を、上の子(息子)に注ぎなおして
みるしかない。
(妹にはかわいそうだが、こういうケースのばあい、妹には、寛容力があるはず。)
添い寝、手つなぎ、抱っこ、いっしょの入浴など。
子どもがそれを求めてきたら、すかさず、愛情表現をしてやる。
「あとでね」とか、「今、ママは忙しいの」は、禁句。

 子どもの側からみて、安心感を覚えるような家庭環境を大切にする。
問題は、父親(=夫)だが、父親と対立するのは、まずい。
「あなたの言うとおりね」と言いながら、父親の言いたいこと、したいことを、先にまわ
ってする。
父親も、息子を相手に、飢餓状態にある。
つまり嫉妬している。
父親も、大きな駄々っ子と思えばよい。
権威主義的に見えるかもしれないが、それも自分の弱さを隠すための反動形成と考えれば
よい。
(詳しくは、「はやし浩司 反動形成」で検索。)

 コツは、息子を、けっして家族から孤立させないこと。
父親と息子を断絶させないこと。
親子の糸を切らないこと。
息子に、そう感じさせないこと。
キーワードは、先にも書いたが、「安心感」。
息子が安心しているかどうかだけを見ながら、接する。

 こういうケースで気をつけなければならないのは、親がアタフタすること。
叱ったり、説教したりするなど。
それが悪循環となり、息子をますます悪い方向に追いやってしまう。

 その安心感を覚えるようになれば、1週間単位で、症状はウソのように消える。
つまり息子は、そういう形で、母親のあなたを困らせる。
困らせて、自分へ関心を向けさせようとしている。

 この問題は、今日、自宅に帰ってから、もう一度、考えてみたい。
文字化けの部分が多くて、内容がよくわからない。
その旨、返信メールを送ったので、また連絡があるはず。

 ……少し眠気が取れたかな?

●帰り支度

 そろそろ帰り支度をしなければならない。
ワイフはすでに服を着て、スタンバイ。
私はまだ浴衣のまま。

 では、「浜名湖かんざんじ荘にて」は、ここまで。
予約電話は、053−48−0330。
そのつどいろいろなキャンペーンをしているので、こまめに料金などを問い合わせるとよ
い。
地元の電車会社である遠鉄系の旅館(ホテル)だから、安心して泊まることができる。
つまり従業員の人たちの教育も行き届いていて、サービスよし、接客マナーよし、料理よ
し……。
ついでにここへ来たら、カラオケルームも利用するとよい。
1曲200円で、歌える。
なお11月いっぱいまで、シーズンオフということで、現在の料金体系とか。
今が、チャンス。

(はやし浩司 浜名湖かんざんじ荘 浜名湖舘山寺荘 はやし浩司 浜松市舘山寺温泉 
はやし浩司 2011−09−28 舘山寺大草山 舘山寺かんざんじ荘にて)


Hiroshi Hayashi+++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

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 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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よろしくお願いします。              はやし浩司
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡
| ⌒ ⌒ |   MM ⌒ ⌒ MM
q 0―0 MMMMM ∩ ∩ MM m
(″ ▽ M ⌒ ⌒ M″ v ゛)/ ̄)
凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     10月  14日号
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選ばれました!
★2009年、2010年、連続、カテゴリー部門・人気NO.1に選ばれました。

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【小1児に方程式を教えてみました】(はやし浩司 2011−09−27)


ほかの勉強とちがい、小1児では、方程式の概念をほぼ理解できた子どもが、70%。
まったく理解できなかった子どもが30%と、きれいに2つのグループに分かれました。
方程式を教えるためには、なお一層の工夫が必要と言うことが、わかりました。
なお今回は、ビデオカメラを忘れたため、手持ちのデジタルカメラを使って撮影しました。
そのため、途中、10分ほどの学習分が、録画できませでした。ごめんなさい!

(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/yZ1SAIFu0kU?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/aYOSZkkcYNw?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/I8l0lddgM38?hl=ja&
fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【日韓経済戦争】(2011年9月28日記)


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たがいにつづく、はげしい消耗戦。
本来なら、隣国として助け合って生きていかねばならない。
しかし不幸にして不幸なことに、日本と韓国の間には、大きなわだかまりがある。
反日と嫌韓。
加えて、双方の民族に共通する、精神の二重構造。
わかりやすく言えば、キツネとタヌキの化かしあい。
たがいに、何が本当で、何がウソかわからない。


が、ここにきて韓国経済は、大きな岐路に立たされている。
9月26日(火曜日)、ここ数日の世界的な株価上昇傾向を受け、
日本の株価(日経平均)は、236円の上昇をみた。
が、韓国の株価は、はげしい動揺を繰り返している。


ウォン安と株安。
輸出に依存する韓国としては、ウォン安を維持したい。
しかしウォン安になればなるほど、国内の物価は高騰する。
食料やガソリンなど。
どれも国民生活に直結している。


が、もっと深刻なことに、韓国では国民負債(金融負債)が、73兆円前後もあると言わ
れている。
(中央日報紙は、200兆円と報道している(2011年4月※)。)


多くはカード利用者。
日本の経済規模に換算すると、2・5倍の183兆円(韓国の人口は5000万人弱)。
中央日報紙の数字によれば、500兆円。
もしここで貸し出し金利をあげ、ウォン安を是正しようとすれば、その負担は即時に国民
にはね返ってくる。
今さら貸し出し金利をあげることもできない。


韓国人は、現在、国家的な「ワーキングプア状態」にある。
が、その責任は、多くの韓国人が思っているように、日本にあるわけではない。


大半の銀行は、アメリカの資本下にある。
サムスン、ヒュンダイにしても、実質的にアメリカの会社とみてよい。
そういう事実を韓国人は、まったく知らない。
知らないというか、知らされていない。


日本も円高で苦しんでいる。
しかし日本の貿易収支は、意外と少ない。
全体の5〜10%程度。
そのほかの部分は、資本収支、つまり「貸金業」で得ている。
私たちが学生時代には、「日本は貿易立国」というふうに学んだ。
しかし今は、実質的に、「高利貸し国家」に変身している。


(注※)(以下、中央日報、2011年4月4日より)


『1年間の収入が1100万ウォンで、負債が2500万ウォン。
韓国はこのような暮らしをしている。 


企画財政部と韓国銀行(韓銀)は3日、昨年末基準で個人・企業・政府の金融負債は25
86兆2754億ウォン(約200兆円)と明らかにした。09年(2408兆ウォン)
に比べて7.4%増えた。 


負債が最も多い経済主体は企業。昨年末基準で1281兆8392億ウォンの負債を抱え
ている。個人は937兆2873億ウォンで前年比8.9%増えた。年内に1000兆ウ
ォンを超える見込みだ。 


政府の負債は367兆1016億ウォンで、個人や企業より少ない。しかし02年と比較
した負債増加率は政府(267.8%)が最も高く、企業(93.7%)と個人(88.
6%)の順となった』(以上、中央日報紙より)と。


+++++++++++++++++++++


●日韓経済戦争

 日韓経済戦争については、長い間、書いてきた。
しかし3・11大震災以後は、停止。
日韓経済戦争どころではなくなってしまった。
あなたもそうだろうが、私もそうだった。
だれしも、こう思った。
「日本経済は、これでおしまい」と。


 これに小躍りしたのが、韓国の投資家たち。
日本株価の大暴落を横に見ながら、韓国の株価は大暴騰。
「大暴騰」という事実の中に、彼らの喜びが隠されていたとみる。
韓国人は、みな、こう思ったにちがいない。
「これで日本と韓国の立場は、逆転する」と。
事実、そうなるかのように見えた。
そこでイ大統領は、過激なとも思えるような手法で、ウォン安を誘導し、世界に向けて輸
出攻勢をかけた。
が、これが裏目に出た。
モノを売りたくても、買い手がいない!
肝心のEUは、欧州金融危機の真っ最中。


 結局、そのシワ寄せは、国民に。
それが500兆円という国民負債である。
人口5000万人で割ると、1人あたり、100万円。


 が、私はとても、こんな額ではないと考えている。
基本的な部分で、韓国の政府統計を、私は信用していない。
「借金」すらも、「投資」と位置づけてしまう国である。
2009年の6月に書いた原稿を、そのまま再掲載する。


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


【日韓経済戦争】2009年6月28日号より


●韓国の資本収支(?)(Fake Income of South Korea)


++++++++++++++++++++


あなたが今、銀行から1000万円の借り入れ(借金)を
したとする。
その借り入れを、あなたは「収入」と呼ぶだろうか?
「収入」と位置づけるだろうか?
が、韓国では、どうやらそれを「収入」と位置づけている
らしい。


++++++++++++++++++++


●貿易統計


 このほど、韓国の貿易統計が公表された。
それによると、「5月の経済収支は、4か月連続の黒字となった」という。
その額、36億3000万ドル、とか(東亜N報)。
しかしその中身が、おかしい。
こうある。


『……資本収支は国内各金融会社の海外からの借入金が増えたことを受け、史上2番目に
多い純流入を記録した』(同)と。
 ここを注意深くよく読んでほしい。
こうある。


「海外からの借入金が増えたことを受け、史上2番目に多い純流入を記録した」と。
 そしてその額は韓国銀行の統計によれば、『5月の資本収支は、67億2000万ドルの
純流入により、4月(21億6000万ドルの純流入)に比べて流入規模が大幅に増えた。
純流入では、史上最高を記録した、04年11月の76億7000万ドル以降、4年6ヵ
月ぶりの最大規模だ』(同)そうだ。


 つまり、67億2000万ドルの「純流入?」なるものは無視したまま、資本収支は、
大幅に黒字になった、と。
先に進む前に、もう一度、数字を整理してみよう。


(1) 5月の経常収支(貿易収支+サービス収支)は、36億3000万ドルの黒字を記
録した。
(2)一方資本収支は、67億2000万ドルの「純流入?」だった。
 わかるかな?
この数字のマジック?


 簡単に説明しよう。


 ふつうどこの国でも、(もちろん日本でも)、資本収支というのは、(利息で得たお金)−
(利息として払ったお金)で計算する。
一家の家計にたとえて考えてみよう。


 あなたがAさんに1億円を貸した。
その利息が500万円入った。
つまりこれが資本収支でいう「収入」ということになる。


 一方、あなたはBさんから5000万円を借りている。
そのため利息を、250万円、支払わねばならなかった。
そこであなたの収支を計算すると、500−250=250万円となり、
250万円の黒字ということになる。
これを「流入」というのなら、話はわかる。


 ところが韓国では、「借金」まで、「流入資本」と位置づけ、「収入」としてしまう。
ここが恐ろしい。
もう一度、冒頭の記事をしっかりと読んでみてほしい。
こうある。


『……資本収支は国内各金融会社の海外からの借入金が増えたことを受け、史上2番目に
多い純流入を記録した』(同)と。


 「借金がふえたことにより、史上2番目の純流入を記録した」と。


わかりやすく言えば、借金については、不問。
しかしこんなバカげた経常収支報告が、どこにある。
韓国では、銀行からの借金は、すべて「収入」もしくは、「投資」となるらしい。


 もちろん「借金」は、「収入」ではない。
また「借金」と「投資」は、まったく異質のものである。
「借金」というのは「借金」。
いつか返済しなければならない。


一方、「投資」というのは、投資方が、そのリスクを負担する。
 で、ここで韓国の「純流入」とやらを、借金として計算しなおしてみる。
(もちろんその中では、日本で言う資本収支も含まれているが……。)


商品収支(=日本で言う貿易収支)……50億2000万ドルの黒字
サービス収支……14億7000万ドルの赤字
これで(?)、36億ドルの黒字(?)。
ナルホド!


そこで韓国政府は、「36億ドルの黒字だった」と、全世界に向けて発表した。
が、この額から、資本収支……67億2000万ドルの黒字(?)なるものを
引いてみると、どうなるか?
実は、31億ドルの赤字ということになる。
もう一度、家計にたとえて考えてみよう。


 あなたの現金収入は、50万円。
しかし子どもの学費、生活費などで、14万円、かかった。
だから36万円の収入ということになる。
が、同時に銀行から、67万円を借りた。
もちろんその67万円は、生活費に回した。


だから実際には、生活費は、14+67=81万円、かかったことになる。
今すぐ利息を返さねばならないというものではないが、借金は借金。
もしあなたがまともなら、こういう数字を見て、「我が家は今月も黒字だった」などとは、
言わないだろう。


実際には、31万円の赤字ということになる。


 つまりここに韓国流の経常収支の計算の仕方の、インチキ性がある。
日本の経常収支の計算方法とは、まったく異質のものである。
日本の貿易業者のみなさん、だまされるな!
(以上、2009年6月28日記)


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司


●危機感


 当時の私は、かなり過激的な意見を書いていた。
それだけ私は日本の将来に、危機感を覚えていた。


韓流ブームとか何とかで、日本中が、韓国の洗脳番組にわきたっていた。
よい年齢をしたオバチャンたちが、こぞって韓国詣で。
そういう日本人のお馬鹿ぶりを尻目に、韓国政府はしたい放題。
結果、今や、アメリカでは、50%のテレビが韓国製。
貿易面ではしかたないとしても、竹島問題、東海問題などなど。


●消耗戦


 が、今も、その状況は基本的には変わっていない。
むしろ韓国政府は、国民の不満を外にそらそうと、反日政策をさらに強く推し進めている。
「悪いのは、日本!」と。


 が、韓国をよく知る人は、よくこう言う。
「韓国人は、政治(反日)と経済(親日)を、使い分けている」と。


 本当にそうか?
そう考えてよいのか?
もちろん私は、そうは考えていない。
それが冒頭に書いた、「精神の二重構造性」ということになる。


 もし現在の状況のまま、日韓の経済的立場が逆転するようなことにでもなれば、それこ
そ日本は万事休す。
日本は、インドに負けるのは構わない。
ブラジルに負けるのも、構わない。
しかし韓国にだけは、負けてはいけない。
日韓経済戦争には、日本の浮沈に関する重大かつ、深刻な問題が内在している。
それについてここに書くのは、避けたい。
避けたいが、何がどう内在しているかは、ほんの少し想像力を働かせてみれば、だれにも
わかるはず。


 今の今もつづく、はげしい消耗戦。
どちらが生き残るか。
それで、日韓経済戦争の勝者が決まる。
ここは、ただひたすら注視あるのみ。
2011/09/28朝記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●9月27日を終えて……

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今日は運動を2単位(サイクリング40分+ウォーキング30分)。
食事は控えめ。
体重は65キロ前後をキープ。
目標は、62〜3キロ。

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●小さな満足感

 仕事からの帰り道、車の中で、ワイフとこんな会話をした。

私「ぼくはね、生徒というのは、去っていくだけの存在と考えていた。
『人来たりて、また去る』とね。
フランスの詩人のジャン・ダルジーの言葉だよ。
しかし20〜30年の歳月を経て、生徒たちは、また戻ってきてくれた」
ワ「そうね。みんな戻ってきたわね」
私「……うん。みんな自分の子どもを連れて、戻ってきてくれた」
ワ「今、来ている生徒のほとんどが、そうみたいね」
私「……うん、60歳を過ぎて、こんなふうになるとは、夢にも思っていなかった……」

ワ「よかったわね……」
私「……うん。よかった……。覚えているか? あのAさん、Mさん姉妹、それにEさん
たち……」
ワ「覚えているわ」
私「あの4人は、そのとき小学3年生と4年生だった。
英語検定試験というのがあってね、4人とも、3級と4級に合格した。
今の児童英検ではないよ。
本物の英語検定試験だよ。
当時、小学生の合格者は、全国でも、7〜8人だけだった。
ぼくはそのとき、『全国の合格者の半分は、うちの生徒だ』と、みなに自慢した」

ワ「そんなこともあったわね」
私「でね、うち3人は、女医さんになった。
もう1人は、ある国際機関で、事務局長をしているらしい」
ワ「あのEさんが……?」
私「そうだよ。ネットで調べたら、彼女の名前が出てきた……。
でね、今、その人たちの子どもが3人も、ぼくの教室に来ている……。
ぼくはね、それがたまらなく、うれしい……」と。

 ……しばらく沈黙がつづいた。
が、ふと独り言のように、「ハーバード大学」という名前が、口から出てきた。
小さな声だったが、ワイフはそれを聞き漏らさなかった。

ワ「すごいわね」
私「……うん……すごい」
ワ「ハーバード大学の医学部で研究室をもっているなんて、すごいわね」
私「うん、うれしい。ぼくはうれしい」
ワ「あなたのやってきたことの、正しさが証明されたのよ」
私「あのときのあの子たちが……と思うと、ね」と。

 当時、私は頭のよい女の子だけを4人集め、特訓教室を作った。
「英語検定試験にチャレンジしてみる!」と。
それが先に書いた、4人の子どもたちである。

 この40年間にいろいろなことがあった。
しかし今夜ほど、今の仕事に、意味を感じたことはなかった。
だれにも束縛されない、独自の教育。
独自の教材。
独自のカリキュラム。
そして自由!

 ただ誤解しないでほしいことがある。
だからといって、独善ではいけない。
それは、私もよくわかっている。
しかし私は学研という会社で、教材作りを、20年近くも経験している。
「幼児の学習」「なかよし学習」は、当時、毎月47万部の発売を記録した。
それ以後も、無数の教材の制作に関わってきた。
教材の世界では、私はいつもメジャー・リーグの中で生きてきた。
そういう経験を生かして、今の仕事をつづけている。

 ……ということで、今夜の私は、穏やかに眠れそう。
小さな満足感で、一日中、心がポーッと温かかった。

みなさん、ありがとう!
そして……おやすみなさい!
2011/09/27記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●9月30日(金曜日)(9月、最終日)

+++++++++++++++++

昨夜、仕事の帰りに、書店に立ち寄る。
「週刊新潮」誌を買う。
そのときついでに横に並んだ、女性週刊誌
を開くと、こんな記事が目にとまった。

何でも今度の皇太子妃のMさんの警備費に、
5000万円以上もかかったという。
(Mさんが、娘のサマーキャンプに同行した
ときの費用をいう。)
ホテルは、1泊、10万円。
プラス、あれこれ。
実際には、もっと多額の費用がかかったという(「週刊Z」誌)。

 女性週刊誌というと、皇室の(耳障りのよい)記事だけを
流していると思っていた。
その女性週刊誌が、皇室の批判記事。
こうした記事は、たいへん珍しい。
珍しいから、驚いた。

+++++++++++++++++

●北朝鮮の金ファミリー

 韓国の中央日報は、こんな記事を配信している。

 なんでも金正日(キム・ジョンイル)一家が、愛犬に年間10万〜20万ドルを支出す
るなど豪華生活をしているという。 

 いわく、『北朝鮮が2009−2010年に購入した米国製シードゥー・ジェットスキー
10余台は元山(ウォンサン)などの専用別荘で金正恩(キム・ジョンウン)が使用して
いる」とし「昨年10月にはロシアの代表的な馬を数十頭も購入し、金正恩とその家族が
乗馬用に利用している」と明らかにした』と。 

金ファミリーのぜいたく生活は、以前から報道されている。
ほかにも、『金正日一家は09年、中国から「ジョニーウォーカーブルーラベル」など高級
ウイスキー200本を輸入、金正日が主管する宴会で消費した。昨年は仏ピカール社から
購入した最高級ワイン600余本を金正日が準備した宴会で消費したという』(同)と。 

 その一方で、今年の北朝鮮は、台風に見舞われ、米作が大被害を受けたという。
そんなニュースも伝わっている。

●国それぞれ

 お金のある人は、それなりの生活をすればよい。
お金のある国は、それなりの国家運営をすればよい。
日本は日本だし、北朝鮮は北朝鮮。
国民がそれに納得しているのだから、私としては、これ以上のことは、ここには書けない。
ただ、こういうことは言える。

 個人としての幸福感は、もっと別のところにあるのではないか、と。
満足感でもよい。

 警備にそれだけの費用がかかるのは、しかたないことかもしれない。
必要経費。
しかし警備されるMさん自身は、どうなのだろうか。
さぞかし迷惑したことだろう……と思う。
私なら、「うるさい! 私のしたいようにさせて!」と叫んだかもしれない。

 一方、北朝鮮の金ファミリー。
ジェット・スキーを10余台も購入していたという。
さらに愛犬に、年間10万〜20万ドルを支出しているとか。
20万ドルということは、北朝鮮人の平均月収の、10万倍!
(日本円に換算しても、1400万円。)
もちろん愛犬の世話係として、何10人もの担当者が割り当てられているにちがいない。
こちらは必要経費というより、「ぜいたく」。

 しかしどうであれ、ともに桁外れ。
「そういう世界もあるのだなあ」と思ったところで、思考停止。
私がおととい泊まった旅館は、1泊、7500円。
なんだか自分がみじめになる……と書きたいが、私はゼンゼン、みじめとは思っていない。
メルボルン大学にいたとき、私はインターナショナル・ハウスにいた。
当時、ハウスの留学生は、そのほとんどが、各国からの王子や皇太子ばかりだった。
そういう学生と、1年間、寝食を共にしたことがある。
そのとき書いた原稿を、いくつか、紹介する。

【世にも不思議な留学記』byはやし浩司、より(中日新聞掲載済み)

隣人は西ジャワの王子だった【1】

●世話人は正田英三郎氏だった

 私は幸運にも、オ−ストラリアのメルボルン大学というところで、大学を卒業したあと、
研究生活を送ることができた。

 世話人になってくださったのが正田英三郎氏。皇后陛下の父君である。

 おかげで私は、とんでもない世界(?)に足を踏み入れてしまった。私の寝泊りした、
インターナショナル・ハウスは、各国の皇族や王族の子息ばかり。西ジャワの王子やモ−
リシャスの皇太子。ナイジェリアの王族の息子に、マレ−シアの大蔵大臣の息子など。ベ
ネズエラの石油王の息子もいた。

 「あんたの国の文字で、何か書いてくれ」と頼んだとき、西ジャワの王子はこう言った。
「インドネシア語か、それとも家族の文字か」と。

 「家族の文字」というのには、驚いた。王族には王族しか使わない文字というものがあ
った。また「マレ−シアのお札には、ぜんぶうちのおやじのサインがある」と聞かされた
ときにも、驚いた。一人名前は出せないが、香港マフィアの親分の息子もいた。「ピンキー
とキラーズ」(当時の人気歌手)が香港で公演したときの写真を見せ、「横に立っているの
が兄だ」と笑った。

 今度は私の番。「おまえのおやじは、何をしているか」と聞かれた。そこで「自転車屋だ」
というと、「日本で一番大きい自転車屋か」と。私が「いや、田舎の自転車屋だ」というと、
「ビルは何階建てか」「車は、何台もっているか」「従業員の数は何人か」と。

●マダム・ガンジーもやってきた

 そんなわけで世界各国から要人が来ると、必ず私たちのハウスへやってきては、夕食を
共にし、スピ−チをして帰った。よど号ハイジャック事件で、北朝鮮に渡った山村政務次
官が、井口領事に連れられてやってきたこともある。

 山村氏はあの事件のあと、休暇をとって、メルボルンに来ていた。その前年にはマダム・
ガンジ−も来たし、『サ−』の称号をもつ人物も、毎週のようにやってきた。インドネシア
の海軍が来たときには、上級将校たちがバスを連ねて、西ジャワの王子のところへ、あい
さつに来た。そのときは私は彼と並んで、最敬礼する兵隊の前を歩かされた。

 また韓国の金外務大臣が来たときには、「大臣が不愉快に思うといけないから」という理
由で、私は席をはずすように言われた。当時は、まだそういう時代だった。変わった人物
では、トロイ・ドナヒュ−という映画スタ−も来て、一週間ほど寝食をともにしていった
こともある。『ル−ト66』という映画に出ていたが、今では知っている人も少ない。

 そうそう、こんなこともあった。たまたまミス・ユニバースの一行が、開催国のアルゼ
ンチンからの帰り道、私たちのハウスへやってきた。そしてダンスパ−ティをしたのだが、
ある国の王子が日本代表の、ジュンコという女性に、一目惚れしてしまった。で、彼のた
めにラブレタ−を書いてやったのだが、そのお礼にと、彼が彼の国のミス代表を、私にく
れた。

 「くれた」という言い方もへんだが、そういうような、やり方だった。その国では、彼
にさからう人間など、誰もいない。さからえない。おかげで私は、オ−ストラリアへ着い
てからすぐに、すばらしい女性とデートすることができた。そんなことはどうでもよいが、
そのときのジュンコという女性は、後に大橋巨泉というタレントと結婚したと聞いている。

 ……こんな話を今、しても、誰も「ホラ」だと思うらしい。私もそう思われるのがいや
で、めったにこの話はしない。が、私の世にも不思議な留学時代は、こうして始まった。
一九七〇年の春。そのころ日本の大阪では、万博が始まろうとしていた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

王子の悩み【11】

●王子や皇太子は皆、偽名!

 ハウスの留学生は、各国の皇太子や王子、あるいは、皇室や王家の子息ばかりだった。
ほかの連中は、その国のケタはずれの金持ちばかり。このことは前にも書いた。


 しかし日本へ帰国したあと、その国から来た人に、そういう男を知っているかと聞いて
も、皆、「知らない」「そんな男はいない」と言う。そんなはずはない。そこである日、そ
れも五年ほどもたってからのことだが、同じハウスにいたオーストラリアの友人にそのこ
とを聞くと、こう教えてくれた。


 「ヒロシ、君は知らなかったのか。彼らは皆、偽名を使っていた」と。つまり警護上の
理由で、ハウスでは、偽名を使っていたというのだ。しかも私が彼らの仲のよい友人だと
思っていた男たちは、友人ではなく、それぞれの国の大使館から派遣された、護衛官であ
ったという。

 もちろん私は本名で通した。護衛官など、私にはつくはずもない。が、こんなことがあ
った。

 ハウスでは、毎晩二人一組で電話交換をすることになっていた。外からかかってきた電
話を、それぞれの部屋につなぐ係だ。その夜は、私とM国の王子が当番になっていた。し
かし彼は約束の時間になっても来なかった。

 そこで私は彼の部屋に電話をつなぎ、「早く来い」と命令をした。しかしやってきたのは、
彼の友人(あとで護衛官とわかった男)だった。私は怒った。怒ってまた電話をつなぎ、「君
が来るべきだ。代理をよこすとは、一体、どういうことだ」と叱った。

 やがて「ごめん、ごめん」と言ってその王子はやってきたが、それから数日後のこと。
その友人が私の部屋にやってきて、こう言った。「君は、わが国の王子に何をしているのか、
それがわかっているのか。モスリム(イスラム教)には、地下組織がある。この町にもあ
る。じゅうぶん気をつけろ」と。その地下組織では、秘密の裁判はもちろんのこと、そこ
で有罪と決まると、誘拐、処刑までするということだった。

 その王子。どういうわけだか、私には気を許した。許して、いろいろなことを話してく
れた。彼の国では、日本の女性とつきあうことが、ステータスになっているとか、など。
夜遊びをしたこともある。モグリの酒場に忍び込んで、禁制の酒を一緒に飲んだこともあ
る。

 が、一見、華々しく見える世界だが、彼は、王子であるがゆえに、そこから生ずる重圧
感にも苦しんでいた。ほんの一時期だけだったが、自分の部屋に引きこもってしまい、誰
にも会おうとしなくなってしまったこともある。詳しくは書けないが、たびたび奇行を繰
り返し、ハウスの中で話題になったこともある。

●「あなたはホテルへ帰る」

 そうそう私が三〇歳になる少し前のこと。私は彼の国を旅行することになった。旅行と
言っても、ほんの一両日、立ち寄っただけだが、彼が王族の一員として、立派に活躍して
いるのを知った。街角のところどころに、王様と並んで、彼の肖像画がかかげられていた。

 それを見ながら、私がふと、タクシーの運転手に、「彼はぼくの友だちだ」と言うと、運
転手はこう言った。「王子は、私の友だち。あなたの友だち。みんなの友だち」と。そこで
私が「彼と一緒に勉強したことがある」と言うと、「王子は、私とも勉強した。あなたとも
勉強した。みんなと勉強した」と。

 そこでさらに私が、「彼の家へ連れていってほしい。彼をびっくりさせてやる」と言うと、
「あなたはホテルへ帰る。私は会えない。あなたも会えない。誰も会えない」と。まった
く会話がかみ合わなかった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

最高の教育とは【15】

●私はとんでもない世界に!

 私の留学の世話人になってくれたのが、正田英三郎氏だった。現在の皇后陛下の父君。
このことは前にも書いた。そしてその正田氏のもとで、実務を担当してくれたのが、坂本
Y氏だった。坂本竜馬の直系のひ孫氏と聞いていた。

 私は東京商工会議所の中にあった、日豪経済委員会から奨学金を得た。正田氏はその委
員会の中で、人物交流委員会の委員長をしていた。その東京商工会議所へ遊びに行くたび
に、正田氏は近くのソバ屋へ私を連れて行ってくれた。そんなある日、私は正田氏に、「ど
うして私を(留学生に)選んでくれたのですか」と聞いたことがある。

 正田氏はそばを食べる手を休め、一瞬、背筋をのばしてこう言った。「浩司の『浩(ひろ)』
が同じだろ」と。そしてしばらく間をおいて、こう言った。「孫にも自由に会えんのだよ」
と。

 おかげで私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまった。このことも前に書いたこと
だが、私が寝泊まりをすることになったメルボルン大学のインターナショナルハウスは、
各国の王族や皇族の子弟ばかり。

 私の隣人は西ジャワの王子。その隣がモーリシャスの皇太子。さらにマレーシアの大蔵
大臣の息子などなど。毎週金曜日や土曜日の晩餐会には、各国の大使や政治家がやってき
て、夕食を共にした。

 首相や元首相たちはもちろんのこと、その前年には、あのマダム・ガンジーも来た。と
きどき各国からノーベル賞級の研究者がやってきて、数カ月単位で宿泊することもあった。
東京大学から来ていた田丸先生(二〇〇〇年度日本学士院賞受賞)もいたし、井口領事が、
よど号ハイジャック事件(七〇年三月)で北朝鮮へ人質となって行った山村運輸政務次官
を連れてきたこともある。山村氏はあの事件のあと、休暇をとって、メルボルンへ来てい
た。

 が、「慣れ」というのは、こわいものだ。そういう生活をしても、自分がそういう生活を
していることすら忘れてしまう。ほかの学生たちも、そして私も、自分たちが特別の生活
をしていると思ったことはない。意識したこともない。もちろんそれが最高の教育だと思
ったこともない。が、一度だけ、私は自分が最高の教育を受けていると実感したことがあ
る。

●落ちていた五〇セント硬貨 

 ハウスの玄関は長い通路になっていて、その通路の両側にいくつかの花瓶が並べてあっ
た。ある朝のこと、花瓶の一つを見ると、そのふちに五〇セント硬貨がのっていた。だれ
かが落としたものを、別のだれかが拾ってそこへ置いたらしい。

 当時の五〇セントは、今の貨幣価値で八〇〇円くらい。もって行こうと思えば、だれに
でもできた。しかしそのコインは、次の日も、また次の日も、そこにあった。四日後も、
五日後もそこにあった。私はそのコインがそこにあるのを見るたびに、誇らしさで胸がは
りさけそうだった。そのときのことだ。私は「最高の教育を受けている」と実感した。

 帰国後、私は商社に入社したが、その年の夏までに退職。数か月東京にいたあと、この
浜松市へやってきた。以後、社会的にも経済的にも、どん底の生活を強いられた。幼稚園
で働いているという自分の身分すら、高校や大学の同窓生には隠した。しかしそんなとき
でも私を支え、救ってくれたのは、あの五〇セント硬貨だった。

 私は、情緒もそれほど安定していない。精神力も強くない。誘惑にも弱い。そんな私だ
ったが、曲がりなりにも、自分の道を踏みはずさないですんだのは、あの五〇セント硬貨
のおかげだった。私はあの五〇セント硬貨を思い出すことで、いつでも、どこでも、気高
く生きることができた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

非日常的な日常【19】
 
●ケタ違いの金持ちたち

 王族や皇族の子弟はもちろんのこと、公費留学生は別として、私費で留学してきたよう
な連中は、その国でもケタ違いの金持ちばかりだった。

 アルジェリアのレミ(実名)、ベネズエラのリカルド(実名)などは、ともにその国の石
油王の息子だった。フィージーから来ていたペイテル(実名)もそうだった。しかしその
中でも異色中の異色は、香港から来ていたC君という学生だった。実名は書けない。書け
ないが、わかりやすく言えば、香港マフィアの大親分の息子ということだった。

 彼の兄ですら、香港の芸能界はもちろんのこと、映画、演劇などの興行を一人で牛耳っ
ていた。ある日C君の部屋に行くと、彼の兄が「ピンキーとキラーズ」(当時の日本を代表
するポップシンガー)や布施明と、仲よく並んで立っている写真があった。彼らが、香港
で公演したときとった写真ということだった。

 いつかC君が、「シドニーにも、おやじの地下組織がある。何かあったら、ぼくに連絡し
てくれ」と話してくれたのを覚えている。

●インドネシア海軍の前で閲兵

 こういう世界だから、日常の会話も、きわめて非日常的だった。夏休みに日本でスキー
をしてきたという学生がいた。話を聞くと、こう言った。

 「ヒロシ、ユーイチローを知っているか」と。私が「ユー……」と口ごもっていると、「ユ
ーイチロー・ミウラ(三浦雄一郎、当時の日本を代表するスキー選手)だ。ぼくはユーイ
チローにコーチをしてもらった。君はユーイチローを知っているか?」と。しかも「日本
の大使館で大使をしている叔父と、一緒に行ってきた」などと言う。

 そういう世界には、そういう世界の人どうしのつながりがある。そしてそういうつなが
りが、無数にからんで、独特の特権階級をつくる。それは狂おしいほどに甘美な世界だ。

 一度、ある国の女王が、ハウスへやってきたことがある。息子の部屋へ、お忍びで、で
ある。しかしその美しさは、私の度肝を抜くものだった。私は紹介されたものの、言葉を
失ってしまった。
「これが同じ人間か……」と。

 あるいはインドネシア海軍がメルボルン港へやってきたときのこと。将校以下、数一〇
名が、わざわざバスに乗って、西ジャワの王子のところへ挨拶にやってきた。たまたま休
暇中で、ハウスにはほとんど学生がいなかったこともある。私はその王子と並んで、最敬
礼をする将校の前を並んで歩かされた、などなど。

●やがて離反

 が、私の心はやがて別の方へ向き始めた。もう少しわかりやすく言えば、そういう世界
を知れば知るほど、それに違和感を覚えるようになった。私はどこまでいっても、ただの
学生、あるいはそれ以下の自転車屋の息子だった。

 一方、彼らはいつもスリーピースのスーツで身を包み、そのうちのまた何人かは運転手
つきの車をもっていた。そういう連中と張りあっても、勝ち目はない。仮に私が生涯懸命
に働いても、彼らの一日分の生活費も稼げないだろう。

 そう感じたとき、それは「矛盾」となって私の心をふさいだ。最近になって、無頓着な
人は、「そういう王子や皇太子と、もっと親しくなっておけばよかったですね」などと言う。
「旅行したら、王宮に泊めてもらいなさい」と言う人もいる。今でも手紙を書けば、返事
ぐらいは来るかもしれない。しかし私はいやだ。そういうことをしてペコペコすること自
体、私にとっては敗北を認めるようなものだ。

 やがて私は彼らとは一線を引くようになった。彼らもまた、私がただの商人の息子とわ
かると、一線を引くようになった。同じ留学生でありながら、彼らは彼らにふさわしい連
中と、そして私は私にふさわしい連中と、それぞれグループを作るようになった。そして
それぞれのグループは、どこか互いに遠慮がちになり、やがて疎遠になっていった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

王子、皇太子の中で【27】

●VIPとして

 夏休みが近づくと、王子や皇太子たちは、つぎつぎと母国へ帰っていった。もともと彼
らは、勉強に来たのではない。研究に来たのでもない。目的はよくわからないが、いわゆ
るハクづけ。

 ある国の王子の履歴書(公式の紹介パンフ)を見せてもらったことがある。当時は、海
外へ旅行するだけでも、その国では重大事であったらしい。それには旅行の内容まで書い
てあった。
「○○年X月、イギリスを親善訪問」とか。

 一方、オーストラリア政府は、こうしたVIPを手厚く接待することにより、親豪派の
人間にしようとしていた。そういうおもわくは、随所に見えた。いわば、先行投資のよう
なもの。一〇年先、二〇年先には、大きな利益となって帰ってくる。

 私のばあいも、ライオンズクラブのメンバーが二人つき、そのつど交互にあちこちを案
内してくれたり、食事に誘ってくれたりした。おかげで生まれてはじめて、競馬なるもの
も見た。生まれてはじめて、ゴルフコースにも立った。生まれてはじめて、フランス料理
も食べた。

●帝王学の違い?

 私たち日本人は、王子だ、皇太子だというと、特別の目で見る。そういうふうに洗脳さ
れている。しかしオーストラリア人は、違う。イギリスにも王室はあるが、それでも違う。
少なくとも「おそれ多い」という見方はしない。

 このことは反対に、イスラム教国からやってきた留学生を見ればわかる。王子や皇太子
を前にすると、「おそれ多い」というよりは、まさに王と奴隷の関係になる。頭をさげたま
ま、視線すら合わせようとしない。その極端さが、ときには、こっけいに見えるときもあ
る(失礼!)。

 で、こうした王子や皇太子には、二つのタイプがある。いつかオーストラリア人のR君
がそう言っていた。ひとつは、そういう立場を嫌い、フレンドリーになるタイプ。もうひ
とつは、オーストラリア人にも頭をさげるように迫るタイプ。アジア系は概して前者。ア
ラブ系は概して後者、と。

 しかしこれは民族の違いというよりは、それまでにどんな教育を受けたかの違いによる
ものではないか。いわゆる帝王学というのである。たとえば同じ王子でも、M国のD君は、
ハウスの外ではまったく目立たない、ふつうのズボンをはいて歩いていた。かたやS国の
M君は、必ずスリーピースのスーツを身につけ、いつも取り巻きを数人連れて歩いていた。
(あとでその国の護衛官だったと知ったが、当時は、友人だと思っていた。)

●王族たちの苦しみ

 私は複雑な心境にあった。「皇室は絶対」という意識。「身分差別はくだらない」という
意識。この二つがそのつど同時に現れては消え、私を迷わせた。

 私も子どものとき、「天皇」と言っただけで、父親に殴られたことがある。「陛下と言え!」
と。だから今でも、つまり五六歳になった今でも、こうして皇室について書くときは、ツ
ンとした緊張感が走る。が、それと同時に、なぜ王子や皇太子が存在するのかという疑問
もないわけではない。ただこういうことは言える。

 どんな帝王学を身につけたかの違いにもよるが、「王子や皇太子がそれを望んでいるか」
という問題である。私たち庶民は、ワーワーとたたえれば、王子や皇太子は喜ぶハズとい
う「ハズ論」でものを考える。しかしそのハズ論が、かえって王子や皇太子を苦しめるこ
ともある。

 それは想像を絶する苦痛と言ってもよい。言いたいことも言えない。したいこともでき
ない。一瞬一秒ですら、人の目から逃れることができない……。本人だけではない。まわ
りの人も、決して本心を見せない。そこはまさに仮面と虚偽の世界。私はいつしかこう思
うようになった。

 「王子や皇太子にならなくて、よかった」と。これは負け惜しみでも何でもない。一人
の人間がもつ「自由」には、あらゆる身分や立場を超え、それでもあまりあるほどの価値
がある。「王子か、自由か」と問われれば、私は迷わず自由をとる。

 私はガランとしたハウスの食堂で、ひとりで食事をしながら、そんなことを考えていた。

(注:さらに読んでくださる方は、「はやし浩司のHP」より、「世にも不思議な留学記」へ
どうぞ!(http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●時代は変わった?

 まあ、書きたいことは、いろいろある。
正田氏から聞いた話も、たくさんある。
しかしこの話は、ここまで。

 私は良識ある日本国民。
国として、国が定めたことには、従う。
2011/09/30朝記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司


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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【指導6か月目の年中児(4〜5歳児)】

●今年度も、私のねらいどおりの指導ができました。
 活発に意見を言いあう。
 その伸びやかさこそが大切ですね。
 子どもは伸ばすのは、たいへん。
 しかし抑えつけるのは、簡単。
 ですからこの時期は、伸ばすことだけを考え、指導します。
 年長(6歳)の後半になったら、少しずつ、抑えにかかります。
 それまでは、思う存分、羽を伸ばさせる。
 そういった指導+子どもの様子を、このビデオの中に見てくだされば、うれしいです。

(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/bDqoBeVRXnE?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/4y49wmjKrYU?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(3)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/F-WOS53VBm4?hl
=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



(4)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/FuzNulbR-NU?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



【小3児に、方程式の概念を教えてみました】

●小2児用に使っている教材を、小3クラスで使ってみました。
 小3児には、やや簡単すぎたようです。
 で、次回、年長児(6歳児)クラスでも、実験的にこの教材を使い、指導してみようと  
思っています。
どんな反応を示すか、楽しみです。

(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/bDqoBeVRXnE?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/8QOwMH0R-Mk?hl
=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【OBたちに支えられて……】(Mさん、連絡、ありがとう!)

●BW教室

 BW教室……始めて、もう40年になる。
当初は、「林才能教室」と呼んでいた。
これといった教材もなく、仕事で香港へ行ったような折、イギリスの教材を買い集め、そ
れを翻訳して使っていた。

 「BW教室」という名前にしたのは、はじめて私の教材が、ある雑誌で紹介されること
になったときのこと。
『主婦と生活』という雑誌だった。
そこに井上清という編集長がいて、「林じゃあ、おもしろくねエ。何か、別の名前にしろ」
と。
それでBW、つまり「ブレイン・ワーク」という名前にした。
「頭を使う教室」という意味で、そうした。

 以来、40年。
早いものだが、最近では、教え子の子どもたちが多くなった。
……というか、ほとんどが、過去の生徒と関わりのある生徒ばかり。
この不況下。
生徒集めもたいへん。
しかし今、私は、そういうOBたちに支えられて仕事をしている。

●ハーバード大学

 20〜30年前のこと。
私の夢は、「いつかは、生徒を東大に」だった。
「いつかは、うちの生徒を東大に送ってやろう」と。

 が、皮肉なもので、そうしてがんばっている間は、東大へ入る生徒は、1人もいなかっ
た。
で、そのうち、そういうことを口にしなくなった。
が、これまた皮肉なもので、口にしなくなったとたん、東大や京大へ入る生徒が、当たり
前のように多くなった。
名古屋大学や大阪大学となると、もっと多い。

 で、今は、そういう話をしない。
たまたま昨夜も、中学生たちがそんな話をし始めたので、私はこう言った。
「そんなことを売り物にする塾や予備校へ、行ってはだめだよ」と。

 しかし、である。
昨日、OBのMさんから、電話があった。
Mさんには2人の娘さんがいた。
娘さんは、2人とも、女医さんになった。
姉のほうは、現在、父親の医院を引き継いでいる。
妹のほうは、現在、何と、あのハーバード大学で研究室をもっているという。

 東大までは考えたが、ハーバード大学までは考えなかった。
ガツンとハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。
驚きは、すぐ喜びに変わった。

 妹さんのほうは、よく覚えている。
みなで、キャンプに行ったときのこと。
道の途中でお漏らしをしてしまい、Mさん(母親)に、道ばたで下着を替えてもらってい
た。
あの女の子が、ハーバード大学!

●アメリカの大学

 アメリカでは、大学といっても、それこそピンからキリまである。
町のビルを借りて運営している大学もあれば、IU(インディアナ大学)のように、端か
ら端まで、車で1時間以上という大学まである。
私の息子夫婦は、現在、そのIUに在籍している。

 ハーバード大学については知らないが、規模はともかく、現在、世界の最高峰にある大
学であることには、ちがいない。
私は、自分の夢がそのとき、かなったうように感じた。
幼児教室をつづけて、40年。

 Mさんは、こう言った。
「でね、先生、こんどうちの孫が、その年齢になりました。
ついては先生のところで教えてもらえないでしょうか」と。

 もちろん、大歓迎!
若いころは、「生徒というのは、去っていくもの」とばかり、思っていた。
当時の私は、幼稚園の年中児から高校3年生まで教えていた。
多くは、14年間、私の教室に通ってくれた。
それでもみな、去っていく。

 が、ここ10年は、その雰囲気が変わった。
OBたちが、自分の子どもを連れて、戻ってきた。
30〜40年という年月を経て、戻ってきた。
が、うれしいというより、本当のところ、さみしい。

 この仕事ができるのも、あと10年?
5年?
今の生徒がおとなになるころには、私は確実に、もうこの世にはいない。
生徒の子どもを教えるということは、もう、ない。
それを思うと、さみしい。

●教え方

 私ができることと言えば、ともかく、毎日、懸命に教えること。
「頭を使うということは、こういうことだよ」と教えること。
たまたま今週は、小学1〜2年生に、方程式を教えている。
来週は、正負の数。
一見、とんでもないレッスンに思う人もいるかもしれないが、教え方さえ工夫すれば、い
くらでも教えられる。
生徒たちも笑っている間に、覚えてしまう。

で、今週は、同じ教材を使って、幼児を指導してみる。
子どもたちがどんな反応を示すか、楽しみ。
「幼児だから、幼稚ぽいことを教える」というのは、まちがっている。
またそんなことをしてはいけない。
幼児の頭脳は、私たちおとなが考えるより、はるかに広く、柔軟性に富んでいる。
ウソだと思うなら、一度、「BW公開教室」をのぞいてみてほしい。
子どもたちの笑い声に、その答がある。

 ……ということで、今朝は、久々に気分は最高!
Mさん、来週、待っています。
楽しみにしています。
ぜひ、おいでください。

(注:「BW公開教室」へは、「はやし浩司のメインHP」より。
「はやし浩司」で検索をかけてくだされば、たいていTOPに、HPが並んでいます。)

●さて10月

 9月も残り数日。
10月は、講演の季節。
あちこちで講演が待っている。
が、本当の楽しみは、講演を利用して、ワイフと旅をすること。
講演先で、旅館やホテルに泊まること。

 それと自動車工業界の雑誌に、6Pの巻頭言を書かせてもらうことになった。
全国誌である。
2012年中は、たぶんみなさんが、自動車の販売会社へ行ったら、その雑誌が目にとま
るはず。

 また11月からは、中日ショッパー紙で連載が始まる。
タイトルは、『子どもの世界・こんな問題』。
小さなコラムだが、これもOBのようなもの。
10年ほど前、新聞本紙のほうで、原稿を書かせてもらっていた。
そのときのタイトルも、『子どもの世界・こんな問題』だった。

 ……ということで、人は、それがどんなに小さいものであれ、前に希望をかかげて生き
ていくもの。
希望があれば、生きていかれる。
希望が道を示してくれる。
とくに私の年齢になると、そうだ。

 道なき道に迷いこみ、立ち往生したとたん、孤独という悪魔が襲ってくる。
何としても、それだけは避けなければならない。
……とういうような暗い話は、やめ。

 がんばって、残りの数日を、有意義に過ごしたい。
2011/09/27朝記


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●愛と憎しみ(人間のもつ愛憎劇)

++++++++++++++++++++++++

昔から、「愛と憎しみは、紙一重」という。
深い愛が、ある日突然、深い憎しみに変化する。
そういうことはよくある。

「愛憎劇」という言葉もある。
人間が織りなすドラマの中でも、愛憎劇ほど、
すさまじいものはない。

愛にせよ、憎しみにせよ、その根底には
ものすごいエネルギーがある。
言うなれば精神のマグマ。
そのマグマが、時として、愛に向かい、
時として、憎しみに向かう。

++++++++++++++++++++++

●同じもの

 「愛するが故に、殺したいほど憎い」と。
一見、相反する感情だが、それほど強烈でなくても、似たような感情的動揺は、日常生活
の中でも、よく経験する。
が、「愛」と「憎」を、2つに分けて考えてはいけない。
たとえば「愛は良性感情」、「憎は悪性感情」というように、別のものとして分けて考えて
はいけない。
(フロイトは、「憎」を、「陰性感情」と位置づけたが……。)
両者は、その原点は同じ。
言うなればその地下にあるマグマと、直接、結びついている。
つまり根は同じ。

 わかりやすく言えば、時と状況に応じて、マグマは、愛にもなり、憎しみにもなる。
こんなことがあった。

 もう20年近くも前のこと。
1人の女子高校生が、いた。
私をたいへん嫌っていた。
態度にもそれがよく現れた。
何かにつけ、私に向かって暴言を吐いたり、反抗したりした。
で、私はある日、その女子高校生にこう言った。
「あのね、そんなに先生(=私)のことが嫌いなら、この教室をやめてもいいよ」と。

 その日を境に、その女子高校生は別人のように、静かでおとなしくなった。
が、「?」と思ったのは、そのあとのことだった。
やがて進学大学も決まった。
ふつうなら、そこでみな、私の教室を去っていく。
が、その女子高校生は、3月の終わりまで、私の教室に来てくれた。
理由を聞くと、「習慣になっているから……」と。

 で、その女子高校生には、弟(中3)がいた。
その弟も、私の教室に来ていた。
が、その弟が、私にこう言った。
「ぼくの姉ちゃんねエ、先生の写真を机の前に飾っているよ」と。

 これには驚いた。
いつだったか、みなでプリクラへ行き、3〜4人の生徒といっしょに、写真を撮った。
その写真を、自分の部屋に飾っているという。
私はその女子高生には、すっかり嫌われていると思っていた。
が、事実は、どうやら逆だったようだ。

●正反対の感情

 同じエネルギーなのに、そのエネルギーがまったく別方向に向かうということは、よく
ある。
よく知られているのが、無神論と有神論。
徹底した無神論者が、ある日突然、熱心な有神論者になるということは、よくある。
(本物の有神論者は、静かで穏やか。)

 私も、スピリチュアルとか、オカルトという言葉は、それを聞いただけで、即座に拒絶
反応を示す。
そういう話になると、その入り口で、私は逃げてしまう。

そういう私だが、ビデオショップへ行くと、反対の反応を示す。
そういう映画を、好んで、よく借りる。
またそういうビデオのほうが、おもしろい。

映画「シクス・センス」にしても、「ミラーズ」にしても、私にはたいへんおもしろかった。
現実の世界では嫌いながら、映画の世界では、それを求める?
これはどういう心理的反応によるものなのか?

●フリップ・フロップ理論

 心理学の世界に、「フリップ・フロップ理論」というのがある。
(日本では、ほとんど紹介されていないが……。)
私は「フラフラ理論」とか、「コロリ理論」とか呼んでいる。
フラフラしていると、突然コロリと変化する。

つまり人間というのは、中途半端な精神状態には、たいへんもろい。
たとえば有神論者が無神論者になったり、反対に無神論者が有神論者になったりするよう
なときが、それ。
どっちつかずの状態のときというのは、その人は精神の状態がたいへん不安定になる。
またそういう状態は、長つづきしない。
精神の消耗もたいへんはげしい。

 そこでどちらか一方に、転んでしまおうとする。
転んでしまえば、気が楽になる。
安定する。
精神の状態も落ち着く。

 だから一般論として、有神論者であるにせよ、無神論者であるにせよ、ワーワーと騒い
でいる人は、それだけどっちつかずの人とみる。
先にも書いたように、本物の有神論者は、静かで穏やか。
どっしりとしている。

 反対に本物の無神論者は、静かで穏やか。
どっしりとしている。

●たとえば離婚劇

 愛と憎しみについても、このフリップ・フロップ理論を当てはめることができる。
「私はあなたを愛している」「私を信じて」と言う人ほど、本当は、相手を愛していない。
本当に愛していたら、どっしりとしている。
 
 反対に、「私はあなたを憎んでいる」「嫌いだ」と言う人ほど、本当は、相手を憎んでい
ない。
本当に憎んでいたら、どっしりとしている。

 愛にせよ、憎にせよ、中途半端な状態のとき、その人ははげしく動き回る。
ワーワーと騒ぐ。
このことは離婚劇を見れば、よくわかる。

 本当に離婚する夫婦は、静か。
会話もしない。
喧嘩もしない。
冷めきった状態で、どっしりとしている。

 が、たがいに相手をののしり、非難しあう夫婦のばあいは、離婚などしない。
離婚したくないから、相手をののしり、非難する。
「お前はなあ……」「あなただって……」と。
憎しみあっているということは、裏を返せば、愛しあっているということ。
だから昔からこう言う。
『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』と。 

●愛と憎しみ

 話が脱線したが、マグマがあれば、……残っていれば、愛は憎しみにもなり、憎しみは
愛にもなる。
表面的な様子にだまされてはいけない。
言い換えると、愛にせよ、憎しみにせよ、表面的に静かになってしまったら、おしまい。
人間関係は、すでに終焉している。
夫婦でも、親子でも、友人でも……。

 ……ということで、もしあなたがその相手に、強い愛を感じていたら、それはいつでも
強い憎しみに変化する可能性があるということ。
反対に、もしあなたがその相手に、強い憎しみを感じていたら、それはいつでも強い愛に
変化する可能性があるということ。
愛にせよ、憎しみにせよ、そのときの心の状態を、そのまま絶対視してはいけない。
ちょっとしたことで、たとえば憎しみを、愛に変えることもできる。

 『愛と憎しみは、紙一重』というときには、そういう意味も含まれる。
2011/09/26記

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愛と憎しみは紙一重)


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●Black Monday+山内賢さんの訃報

++++++++++++++++++

今朝は、9時起き。
しばらく居間でお茶を飲んだ。
そのあと、おもむろに書斎へ。

パソコンを立ち上げる。
メールに目を通す。
そのあとニュース・サイトへ。

先ほどまで、日本の株価の値動きを見ていた。
現在、10:12で、169円安の8391円(日経平均)。
ジワジワとさがってはいるが、その一方で、予想したより、下げ幅が小さい(?)。
けっしてそれを望んでいるわけではないが、それもおかしい。
アメリカ、EUの流れを見ていると、もっと下げてよいはず。
何があるのだろう。
何が動いているのだろう。

さらにここへきて、中国の動きも、おかしくなってきた。
日経新聞は、つぎのように伝える。

『……欧米に加え、今後の新たな火種となりそうなのが中国だ。
英系金融大手HSBCが22日に発表した中国の9月の製造業購買担当者景気指数(PM
I)速報値が悪化し、中国景気の減速懸念も強まってきた。
欧米だけでなく中国、そしてアジアにも景気減速が波及すれば、世界景気のけん引役はも
はや見当たらなくなる』(9/26)と。

世界経済もここまでくると、おかしなことに、中国が頼もしく見えた。
が、その中国も、内部では、大きな異変が起きている?
今は、そんな感じ。

たった今(10:19)、172円安の8287円。

私ごときが心配しても、どうしようもない。
が、気になる。

++++++++++++++++++

●暗い話は、やめよう

 こういうときは、経済の話は、やめ!
先にも書いたように、「私ごときが心配しても、どうしようもない」。

 そこでニュース・サイト。
が、真っ先に飛び込んできたのは、日活スターだった山内賢さんの訃報。
2003年に肺ガンがみつかり、以後、闘病生活。
享年67歳。
私も、若いころ、山内賢さんのファンだった。
和泉雅子さんも、私のファンだった。
よく共演していた。
(……というか、もともと私は和泉雅子さんのファンだった。
で、そのうち山内賢さんも、好きになった。)

 私の年齢になると、訃報は訃報と割り切ることができる。
他人の死を、客観的に見つめることができる。
「つぎは私」という思いがあるからではないか。
それ以上に、山内賢さんという名前を呼んで、あの時代の思い出がいろいろとよみがえっ
てきた。

 当時、ゆいいつの楽しみといえば、映画館に足を運ぶこと。
歩いて数分のところに、その映画館があった。
高校時代も、また大学生になっても、郷里に帰省すると、毎週のようにそこへ足を運んだ。

 が、いちばん好きだったのは、酒井和歌子さん。
今でも、美しい人だ。
少し前、あるファーストフードの店に入ったら、酒井和歌子さんの写真が飾ってあった。
そのとき私は、しばし、その写真に見とれた。

 で、たった今、台所に行くと、ワイフがそこに立っていた。
美容院から帰ってきたところだった。
そのワイフが私のほうを振り向いたとき、私ははじめて気がついた。
「そう言えば、どこか酒井和歌子に似ている……」と。
(あくまでも雰囲気だけだが……。
酒井和歌子さんとワイフとでは、まさに月とスッポン。)

 私がワイフに一目惚れしたのも、そのせいかもしれない。
自分では、気がつかなかったが……。

 しかしそういうこともあるのかもしれない。
強く印象に残った人がいたとする。
その人に好意を抱いたとする。
が、その人とは別れた。
(あるいはその人は、手が届かないところにいる人だった。)
が、どこかでその人に似た人に出会った。
とたん、その人が好きになる……、と。

 その反対にあるのが、『坊主憎ければ、袈裟まで憎い』ということになる。
これをもじると、『坊様が好きになると、袈裟までいとおしい』となる?
心理学の世界では、すでに認知された心理反応だが、自分で経験してみると、おもしろさ
がちがう。

 で、先ほどワイフにこう言ってみた。
「今まで気がつかなかったけれど、お前って、酒井和歌子に似ているって、若いころ言わ
れなかったか?」と。

 するとあのワイフが、こう言った。
「うん、よく言われた。でも、中村晃子のほうによく似ているって……」と。
うちのワイフは、本当に、オメデタイ!
バカ臭くなって、それ以上、話をするのはやめた!


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●ラジウム温泉とピロリ菌

 最近気になっていることが、2つある。
ひとつは、「ラジウム温泉」。
もうひとつは、「ピロリ菌」。

 ラジウム温泉というのは、簡単に言えば、放射線風呂。
WHOはたびたび日本に向け、その危険性を警告している。
が、この日本では、堂々というか、逆に放射線の高さを宣伝に使い、営業している温泉が、
50近くもある。
たとえば……。

 「ラジウム温泉やラドン温泉には通常の200倍以上の放射線を含んでおり、日本では
島根県の池田、山梨県の増富、鳥取県の三朝、兵庫県の有馬などでは、40000倍以上
の放射線が含まれています。

 ほかにも、放射線を含んだ温泉は日本各地に多数あり、特に花崗岩のある所には多いよ
うです。放射線を含んだ温泉は人体に悪影響を与えるほど強くはありませんので、安心し
て温泉を楽しんで下さい」(某・温泉郷パンフ)と。

 先日入った温泉のパンフには、こうあった。
「当、温泉郷は、N県でも有数の高い放射線量を誇っています」と。
読むと、「源泉近くで、1〜15マイクロ・シーベルト」とか!
ゾーッ!

 いいのか?

 また「ピロリ菌」というのは、ピロリ菌。
どんなものかはよく知らないが、先月検査してもらったら、私の体には、そのピロリ菌が
居座っているという。
胃潰瘍や胃ガンの原因にもなるらしい。
医師は、退治したほうがいいと言う。
が、抗生物質を1週間ものまねばならない。

 いいのか?

●ユニバーサル・スタジオ

 10月の楽しみ。
ワイフとユニバーサル・スタジオに行くこと。
若いころ、一度、行ったことがある。
今度行くと、2度目。

 新幹線で行き、オフィシャルホテルに一泊するというコースがある。
団体バスで行くという方法もあるが、団体バスは、もうこりごり。
どこか別の惑星からやってきたような、オジチャン、オバチャンたちばかり。
……というのは、書き過ぎ。
それはわかっているが、しかし私たちの恨みも、大きい。
料金が2倍ほどの、プレミア何とかというコースでも、このザマ。

 自分たちは、大声でギャーギャー、ゲラゲラと騒ぎながら、私が使うパソコンの音がう
るさい、と。
「もう少し小さな声で話していただけませんか?」と、ていねいに頼んでも、こう言い返
される。
「私らア、おしゃべりが楽しみで旅行に来ているんだわサア」とか。

飛行機の中でも、電車の中でも、今ではパソコンは必携品。
どこの空港へ行っても、みな、パソコンを叩いている。
それがうるさい?
だから先月、私とワイフは、こう宣言した。

「2度と、死ぬまで、乗らない!」と。

 私たち夫婦にとっては、バスというより、拷問室。
静かに読書もできない。
だから、もう乗らない!

●放射線

 あのね、ラジウムであろうが、セシウムであろうが、問題はそこから発せられる放射線。
X線、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線など。
セシウムだから危険、ラジウムだから安全ということは、ない。
こんな基本的なことも知らないで、「ラジウム温泉は安全」は、ない。

 たとえばこれらの放射線の中でも、アルファ線はヘリウムの原子核、ベータ線は電子、
中性子線は中性子を、それぞれ放出する。
これに対してX線やガンマ線は、電磁波の仲間。
が、これらすべては、共通して、物質を電離させる能力をもっている。
わかりやすく言えば、原子をバラバラにする。
これが人体に、深刻な影響を与える。
人体というより、細胞のDNAに、深刻な影響を与える。

 が、ある旅館のパンフには、こうある。
「GT温泉郷の温泉はラドンを含むラジウム温泉(放射能泉)です。
温泉中のラドンから放出される微量の放射線を吸収することで、身体の細胞を刺激し、免
疫力向上、血流の改善の効果があるといわれています」と。

 こういうのを、「ホルミシス効果」というらしい。
そこでホルミシス効果なるものを調べてみる。

●放射線ホルメシス効果

 ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

『……放射線ホルミシス効果とは、1978年、ミズーリ大学の
トーマス・D・ラッキー生化学教授が、自らは実験や研究を行っていないが、20世紀初頭
から知られていた低線量の放射線による生物の各種刺激効果を、改めて他の多くの研究者
の研究原著論文を総説(レビュー)の中で紹介、整理することによって使用した言葉であ
り、アメリカ保健物理学会誌1982年12月号に掲載された総説によって提唱された学
説である。

この仮説では、低線量の放射線照射は、体のさまざまな活動を活性化するとされる。
ラッキー教授は小論文『原爆の健康効用』を発表し、原爆は健康を促進した面があるとし
ている。
ただし、WHOは低線量であっても天然ラドンの放射線の危険性を指摘しており、また米国
もそれに倣うなど、主流の学説ではない』(以上、ウィキペディア百科事典)と。

 が、同じくウィキペディア百科事典はこんな記事も載せている。

『……2006年、世界保健機構(WHO)は、ラドンの放射線が肺がんの重要な原因であ
ることを警告した。
アメリカもWHOに準じており、環境保護庁(EPA)は、ラドンに安全な量というものは存在
せず、少しの被曝でも癌になる危険性をもたらすものとしている。
また、米国科学アカデミーは、毎年15,000から22,000人のアメリカ人が屋内の
ラドンによる肺がんによって命を落としていると推計する。
日本政府は2011年現在、特に警告は発していない』(ウィキペディア百科事典)と。

 あとの判断は、みなさん、それぞれ。
ただし一言。

 先日、私たちが泊まった旅館は、何10室もあるような大きな旅館だったが、客は私た
ちだけ。
いくら「安全」と言われても、そう簡単には泊まれない。
しかもその根拠が、1978年の論文?
今から33年前。
「日本政府は2011年現在、特に警告は発していない」(ウィキペディア百科事典)とい
うのも気になる。

●ピロリ菌

 ピロリ菌についても、いろいろ調べてみた。
抗生物質を服用したからといって、100%、除菌できるというものでもないらしい。
それに40歳以上の人では、70%が保菌者とか(ウィキペディア百科事典)。

 で、こういう記述も見つけた。
こちらのほうが、私にとっては、わかりやすい。

いわく、

『近年、食品によるピロリ菌の抑制効果が確認されている。
発芽3日目のブロッコリーの新芽(スプラウト)を2ヶ月間継続して食べた感染者におい
て、胃の中に住むピロリ菌が減少したとの報告がされている。
ブロッコリーの新芽に含まれるスルフォラファンが有効成分の1つと考えられている。ま
た、梅に含まれるシリンガレシノールというリグナンの一種もピロリ菌の増殖抑制や胃粘
膜への感染防御に有効であることが発見された。
このほか、緑茶、緑茶カテキンやココア、ヨーグルト、コーヒー、わさび、ショウガ、
ニンニク、キムチ などでも抑制が報告されている。
さらに、ニュージーランド特産の蜂蜜であるマヌカハニーも、ピロリ菌駆除力を持つこと
が報告されている。

ただし、これら多くの食品による抑制効果は限られた調査対象や動物実験を基にしたもの
がほとんどである。また、特定の食品だけを過剰に摂取することは(たとえピロリ菌に対
しては効果があったとしても)、全身の健康にとって良くないことは容易に想像できる。

ヘリコバクター・ピロリ関連疾患の現実的かつ実践的な予防対策として、広範囲な疫学調
査に基づき広く受け入れられているのは野菜と果物の摂取、および減塩である』(以上、ウ
ィキペディア百科事典)と。

 ピロリの除菌については、もうしばらく様子をみてから、考えてみたい。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【今日のBW教室】(折れ線グラフの学習)

+++++++++++++

今週は、小1児、小2児に
折れ線グラフを教えてみました。
試行錯誤を重ねた結果、今回は、何とか
ねらい通りのレッスンができました。

使った教材は同じものですが、
(また同じように教えてみましたが)、
子どもたちの反応によって、
雰囲気がまったくちがったものに
なりました。

重要なことは、教える私のほうが、
楽しむこと。
そうすれば、子どもたちもそのまま
自然な形で、学ぶことを楽しんで
くれます。
ややふざけたレッスンになりましたが、
「折れ線グラフの勉強は楽しかった」という
印象が、つぎの学習意欲へとつながって
いきます。

+++++++++++++

【小1児】

(1)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(2)
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(3)
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Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【小1・小2児、混成クラス】

(1)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(2)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(3)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


Hiroshi Hayashi++++++Oct. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【年長6歳児と言葉(文字)遊び】

●今日は予定を変更して、言葉遊びをしました。スケジュールでは、「手作業」になってい
ましたが、突然の変更をお許し下さい。新入会の生徒がいたからです。で、一言。「勉強」
というと、大学生が研究室でするような姿勢を求める親が多いのには、驚かされます。黙々
とデスクに向かって、何かの作業をする……。そんな学習態度を、幼児に求めても無理で
すね。この時期大切なことは、「勉強は楽しい」「おもしろい」という印象作りをすること。
+子どもたちの心を開かせること。まず言いたいことを言わせる。それが原点です。子ど
もを抑えるのは簡単ですが、伸びやかにするのは、たいへんです。なお、私はよくふざけ
ますが、これは子どもの脳みそを柔軟にするためです。どうか誤解のないように!

(1)
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=ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(2)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(3)
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&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●9月23日(金曜日)

 1人のバカ親父がいる。
たいした仕事もせず、道楽三昧。
毎日していることと言えば、庭いじり。
一本何百万もするような庭木を植えては、それを楽しんでいる。
10年前に離れの家を建てたばかりなのに、今度は茶室も造るという。

 3人の息子と2人の娘がいる。
5人とも、朝早くから、夜遅くまで働いている。
給料は悪くはないが、毎月、月末になると、バカ親父が、金を借りに来る。
その額、すでに10億円。
5人の息子や娘の年収の、約20倍。

 そこで息子や娘たちが、こう言った。
「お父さん、道楽も、もうほどほどにしてよ」と。
が、そんな願いなど、どこ吹く風。
バカ親父は、相も変わらず、道楽三昧。

 が、ここにきて、問題が起きた。
息子や娘たちの勤めている会社が、このところ様子がおかしい。
売り上げが落ちてきた。
株価が下がってきた。
当然、給料も下がってきた。
息子や娘たちは、バカ親父の道楽を支えるだけで、精一杯。
……というか、限界。
と、思っていたところ、大事件。

 息子の家が、火事で燃えてしまった。
が、それを知ってもバカ親父は、道楽はそのまま。
「オレがここで庭いじりをやめたら、庭師たちが生活に困る」と。

 そこでバカ親父は、残った4人に、さらなる借金を申し込んだ。
「もっと、金を出せ」と。

 現在の日本の現状を、ひとつの家族にたとえると、だいたいこんな感じになる。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●9月23日夜記(不況風、いやですね!)

●経済雑誌

仕事の合間に、書店に足を運んだ。
何冊か、経済雑誌に目を通した。
が、どれも恐ろしい記事ばかり。
読めば読むほど、暗い気持ちになってしまった。

ギリシアの経済破綻は、もうどうしようもない。
問題は、スペインとイタリア。
「大きすぎて潰せない」「大きすぎて救えない」(某誌)ということらしい。
このままでは、リーマンショックのときとは比較にならないほど、巨大な嵐がやってくる。
・・・というか、すでに危機は始まっている。
書店を出るとき、そんな印象をもった。

●証券会社

 私は景気の動向を知る、ひとつのバロメーターとして、証券会社の株価に注目している。
(こんなことをしているのは、私だけかと思うが・・・。)
証券会社というのは、言うなれば、資本主義の総本山。
証券会社が健全ということは、資本主義も健全。
そうでなければ、そうでない。

 その証券会社だが、Nホールディングズも、D證券も、この1年と少しで株価が、半値
近くにまで、下がっている。
現在ともに、300円前後。
かなりあぶない状況になってきた?
私の勝手な判断だが、私はそう思っている。

●大恐慌

 全体としてみると、リーマンのときは、銀行にまだ余力があった。
その余力で、何とか、危機をしのいだ。
が、今回は、その余力もない。
その上、アメリカ、EU、中国の同時危機。
日本もご存じのように、余裕、ゼロ。
だから「どれも恐ろしい記事」となる。

●韓国の株価、大暴落(9月23日)
 
 たまたま今日は、祭日。
株式市場は休み。
それがよかったのか、悪かったのか?
韓国の株式市場は、5%以上も値をさげている。
ほかの市場にくらべて、下げ幅がきつい。

 日本があの3・11大震災に襲われたとき、韓国では、株価は、大幅に上昇した。
その上昇幅が突出していた。
なぜそうなったかについては、今さら、その理由など、書くまでもない。

●ブラック・マンデー

 ネット上では、すでに「ブラック・マンデー」という言葉が飛び交っている。
今日は9月23日(金曜日)。
9月26日がその月曜日。
その月曜日に、日本の株式市場は、どう反応するか?

 自分のもっている株の価格がさがれば、さらに株を買いつづけ、下支えをする。
これが個人投資家と呼ばれる人たちの、常識的なやり方ということになる。
が、その個人投資家の「力」にも限界がある。
つまりいつか息切れする。

 ここからは私の予想だが、月曜日に、日本の株価も大暴落するはず。
まさにブラック・マンデー。
が、こわいのは、「事実」ではなく、私のようにみなが思い始めること。
恐慌というのは、風説が風説を呼び、その風説が「嵐」になったときに、始まる。
(すでに始まっているが・・・。)

●最後は日本!

 アメリカもあぶない。
EUも中国も、あぶない。
しかし最終的に、いちばんあぶないのは、この日本(?)。

 アメリカもEUも中国も、じゅうぶんな食糧、資源をかかえている。
強力な軍事力も、もっている。
が、この日本には、そのどれも、ない。
結局は、最終的に生き残るのは、アメリカ。
ドル以外に基軸通貨がない。
そのドルの印刷機を、アメリカはもっている。
お金がなくなれば、印刷機を回せばよい。

●ふんばる

 問題は、では、どうすればよいかということ。
その点、私たち団塊の世代は、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた。
そのつど、得もしたし、損もした。
が、鉄則は、ただひとつ。
「ふんばる」。
歯を食いしばって、ふんばる。
ふんばった人だけが、修羅場をくぐり抜けることができる。

 たとえば20年前には、浜松の中心部だけでも、10〜15前後の幼児教室があった。
が、失われた10年が、失われた20年になった。
結果、生き残った幼児教室は、私の教室だけ。
(そのあと、また1〜2の幼児教室が生まれてはいるが……。)
今も、基本的には、この状況は変わっていない。
つまり目下、ふんばり中!
……ふんばるしかない。

●D氏 

 そんなこともあって、このところどこの店に顔を出しても、景気の悪い話ばかり。
たとえば30年来の友人にD氏がいる。
市内で3店舗、レストランを経営している。
そのD氏の口癖は、いつも同じ。
顔を合わせるたび、こう言う。
「林さん(=私)、何か、いい話、ないですかねエ?」と。

 そう言えば、どこも元気がない。
レストランの客が、さらにガクンと減ったように感ずる。
一部のファーストフード店は、低価格とサービスのよさで、見た目にはにぎわっている。
しかし実際は、どうか?
D氏は、いつだったか、こんな話をしてくれた。

 1人の客が、何分で食事をし、いくら落としてくれる(=払ってくれる)かで、勝敗が
決まる、と。
「うちは料理では儲からないから、ワインで儲けている」とも。
が、そのワインを注文する客が減っているという。
 
 先日会ったとき、別れ際、D氏は、こう言った。
「林さん、あと3、4年で、失業者がふえますヨ〜」と。

 ……とは言っても、台風と同じ。
私のような者がいくら心配しても、どうしようもない。
やってくるものは、やってくる。
それに戦いようがない。
私たちは恐慌という嵐の中で、右往左往するだけ。

 ……今日のレッスンを、UPして、今夜はこのままGOOD NIGHT!


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●光速以上で飛ぶモノ(素粒子ニュートリノの話)

++++++++++++++++++

それが何であるにせよ、光より速く
飛ぶ(モノ)が見つかったという。
「物質」とは言えないし、「波」とも
言えない。
よくわからない。

++++++++++++++++++

CNNはつぎのように伝える。

『……スイスにある欧州合同原子核研究機関(CERN)は23日、「Opera実験」の
結果を発表した。これが事実なら、光より速いものはないとするアインシュタインの相対
性理論を覆す発見で、現代物理学の根底を揺るがす可能性がある』と。

ただ以前より、私はこんな疑問をもっていた。
専門家が聞いたら、笑い出すかもしれない。
しかしこんな疑問だ。

この大宇宙は、日々に拡大している。
これは事実。
そこで宇宙の果て近くにある銀河(星でもよい)は、
光速に近い速度で遠ざかっているという。
しかしこれほど地球中心主義的な発想はない。
反対に、相手の銀河(星でもよい)から見れば、
この地球のほうが、光速で遠ざかっていることになる。
言い換えると、地球自体が、光速運動をしている?
となると、アインシュタインの相対性理論はどうなるのか。

物体は光速に近づけば近づくほど、時間の進み方が遅くなる。
これをこの世界では、「ウラシマ効果」と呼んでいる。

たとえば光速で宇宙を旅をし、何10年かたって地球へ戻って
みると、地球では数年しかたっていない。
浦島太郎の話に似ているので、「ウラシマ効果」という。

が、これを反対の立場で考えてみよう。
宇宙の果てにある銀河(星でもよい)。
地球から見れば、その銀河は、たしかに光速に近い速度で
遠ざかっている。
となると、地球から見ると、その銀河では、時間の進み方が遅くなっているはず。
が、これはおかしい。
相手の銀河(星でもよい)から見れば、地球のほうこそ、光速に近い
速度で遠ざかっていることになる。
つまり地球のほうこそ、時間の進み方が遅くなっているということになる。

もっともこの矛盾は、「双子のパラドックス」と呼ばれ、
この世界では、常識となっている。
もちろん私が発見したことではない。

しかしこうして考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。
わけがわからなくなってくる。
が、そこへさらに、また新たな発見。
「素粒子ニュートリノが光より速く飛んだ」という。

この事実がどういう意味をもつのか、実際のところ
私には理解できない。
世界の科学者たちは、「物理学の根底をひっくり返すような大発見」と
言って騒いでいる。
歯がゆいというか、私の能力もここまで。
「ヘ〜〜エ」と思ったところで、思考停止。

SF小説的に考えれば、ワープ航法も可能になるということか。
光の速度で何万光年もかかるところにある星へ、瞬時に行けるように
なる、とか。

私の息子の1人は、今、そのCERNのコンピューター技師をしている。
今回の発見にどの程度関与しているかは知らないが、何やらものすごいことを
しているらしいことは、数年前から感じていた。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●映画『ライフ(One Life)』

 映画、『ライフ』を観てきた。
よかった。
すばらしかった。
笑った。

 出演者たち全員が、大まじめ、クソまじめ。
カメラをまったく意識することなく、ありのままを演じて(?)いた。
(当然のことだが!)
それが私の笑いを何度も誘った。

 星はつけようがないが、ああいう映画こそ、星5つの、★★★★★。

 たとえば何とかクワガタ。
大木の頂上にいるメスを求めて、大木を登っていく。
途中、ライバルのオスたちが何匹も待ち構えている。
そのつどオスどうしの闘いが繰り返される。
負けたほうは、下へ蹴落とされる。

 で、最後は、いちばん力のあるオス(いちばんあごの長いオス)が、頂上に達する。
そこにはメスが待っている。
で、そのオスはめでたくそこでゴールイン(=交尾成功)!

 が、そのあとのこと。
コトが済むと、何とそのオスは、メスまでも下へ蹴落としてしまった。
あわれメスは、そのまま大木の根元まで、ドスン!
硬いカラに守られ、命には別状はないが、それにしても……。

 「人間と同じだなあ……」と思ったとたん、ハハハと笑ってしまった。

 が、一言。

 映画の中では、男性と女性のナレーションが、交互に繰り返された。
が、女性のほうのそれは、何とも気味が悪かった。
女優のMRがしていたというが、まさに草食系女性の言い方。
男の同性愛者でも、あそこまで「女ぽい」言い方はしないだろう。
くすぐったくなるほど、女ぽい言い方。
それが、画面になじまなかった。
おまけにへんなところで、へんに感情をこめて言うから、そのつど体中が、ムズムズ……。
くすぐったくなった。

ああいう映画なのだから、もう少し、アカデミックな言い方をしてもよかったのではない
か。
淡々と事実だけを、述べる、とか。
その点、男性のナレーションは、聞きやすく、安心して耳を傾けることができた。

 で、この地上には、500万種類の動物がいるとか。
「500万種類の生き方をしている」というナレーションが、ジンと心に響いた。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●天上がり(?)(「ここまでやるか、官僚政治!」)(毎日新聞・2011年・9・25)

++++++++++++++++++

どうして、この日本では暴動が起きないのか?
不思議でならない。

官僚たちは、まさにやりたい放題。
が、今度は、天下りならぬ、「天上り」!

毎日新聞の記事をそのまま転載させてもらう。
この記事の中で、とくに注意してほしいのが、
「抜け道」という言葉。

官僚たちは何かの法案を考えるとき、かならず「抜け道」を作る。
何かの規制をかけようとすればするほど、その抜け道を作る。
作って、官僚たちは、身の保全を図ろうとする。
4、5年前から議論されてきた、「天下り規制法案」を例にあげるまでもない。

だから何も変わらない。
旧態依然のまま。
行政改革など、どこ吹く風。

+++++++++++以下、毎日新聞より転載+++++++++++++

 「天下り」でもたれ合ってきた霞が関と電力会社。
逆に電力会社に籍を残したまま、社員が非常勤の国家公務員として採用される「天上がり」
も盛んに行われ、行政との一体化の象徴となってきた。
01年の中央省庁再編以降、電力会社からの天上がりは少なくとも99人に上り、内閣官
房や文部科学省、内閣府などの中枢部門に配属され、原子力委員会など電力会社の利害に
直接かかわる業務も行ってきた。

 国の民間からの人材登用は人事院規則に基づく公募採用が原則。
しかし、電力会社の場合は「専門知識を有する場合は公募しなくても良い」との特例を適
用した『抜け道採用』が常態化している。

 政府によると、これまでの非常勤国家公務員としての採用実績は東電のほか、北海道、
関西、中部、東北、四国、九州電力など。
その多くが、原子力安全委員会事務局(内閣府)や原子力研究開発課(文科省)など原子
力行政の中枢で勤務。

 採用期間は2〜3年程度で、その間は国から給与を受ける。
期間が満了すると、間をおかずに同じ電力会社から別の社員が連続して採用されるケース
も頻繁。
文科省原子力研究開発課は東電から、同ライフサイエンス課は北海道電力から、内閣府政
策統括官は関西電力からそれぞれ連続採用され、各社の「指定席」となっている。

 東電の天上がり社員の一人は、天下り規制を担当する「公務員制度改革推進本部事務局
(内閣官房)」で勤務。
過去には公益法人改革を担当する部署にも配属されたが、天下りの最大の受け皿である電
力会社社員が霞が関改革部門で働く姿はブラックジョークにも映る。

 電力会社の天上がり問題については、5月の衆院経済産業委員会で吉井英勝委員(共産)
が「まるで『東京電力・霞が関出張所』ではないか」と是正を求めている。

+++++++++++以上、毎日新聞より転載+++++++++++++

●抜け道

 こういうインチキが積もりに積もり、今回の原発事故につながった。
そういう点では、まさに人災。
天災ではなく、人災。
が、不思議なことに、本当に不思議なことに、この日本では、こうした官僚が何かの責任
を取ったという事実は、一例もない。
今回もそうだ。

 だれも責任を追及しない。
だいたいだれが責任者かもわからない。
だれも責任を取らない。
みな、逃げてしまう。
またそういうしくみになっている。

 この日本人の(従順さ)は、いったいどこからくるのか?
だれも怒らない。
だれも抗議しない。
外国でなら、暴動が起きても不思議ではない。
暴動が起きないどころか、それを「日本人の美徳」と片づけてしまう。
まさに不思議国、日本!

 私はこの記事を読んで、久々に、頭に血が上るのを覚えた。
が、そのやり場がない。
この歯がゆさ。
虚しさ。

 みなさんは、どうか?
そんなふうに感ずるのは、私だけか?


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●経済の勉強(先を読む経済)

+++++++++++++++++

月刊「東洋経済」誌を買ってきた。
読んでみた。
が、専門用語ばかり。
よくわからない。
わからないから、結論だけを読んで終わりにしようとする。
しかしこれではいけない。
こんな読み方ではいけない。

さらに考えてみれば、私たちが得る情報は、いつも「結果」ばかり。
途中のプロセスがない。
今回の恐慌にしても、ある日、突然、やってくる。
「結果として、世界経済はこうなりました」と。

株価を例にあげるまでもない。
が、これでは先が読めない。
そこで今朝は、経済の勉強をしてみることにした。

+++++++++++++++++

●専門用語

★リスクオフ……投資家のリスク許容度のこと?
★ナンピン買い……株価がさがったようなとき、追加資金で購入し、購入コストをさげる
こと?
★ドルペッグ制……ドルとの連動性が高いこと?
★購買力平価の理論……物価が相対的にあがると、その国の通貨の購買力は低下し、為替
レートが下落すること?(反対に物価がさがると、為替レートは、上昇しやすい?)
★キャリートレードのメカニズム……その国の金利が相対的に高いと、金利裁定が働いて、
低金利の国からマネーが流れ込み、その国の通貨が上昇すること?
★金利裁定……各国の金利の動向を見ながら、マネーが流動すること? その国の金利が
低いと、マネーは金利の高い国を求めて移動する?
★逆張り……たとえば自分のもっている株価がさがったようなとき、さらに買いつづけ、
株価を下支えすること?
★ソブリンリスク……国家そのものの危険性? たとえばデフォルト(国家破綻)の可能
性があることをいう?
(以上、私の勝手な解釈のよるものなので、信頼性ゼロ。)

 雑誌を読みながら、専門用語を少しずつ脳の中で消化していく。
結構、頭を使う。
疲れる。
たとえば、同誌P52には、こうある。

『……日本はデフレだが、米欧はインフレ率がプラスなので、ゼロ金利であれば、実質金
利はマイナス。ドルやユーロを売って、金、あるいはデフレ通貨であるスイスフランや円
に換えることは、合理的な投資行動だ』と。

 私の脳みそが鈍ってきたのか、この部分を理解するだけでも、私は2、3度読みなおし
てしまった。

●先を読む

 経済学者の仕事は、先を読むこと。
結果の分析など、してもあまり意味はない。
意味があるとすれば、それをどう未来に向けて、利用していくかということ。
この点、発達心理学と、視点が逆。

 発達心理学では、常に(現状)の分析を大切にする。
「今、どうしてこの子どもは、こうなのか」を考える。
そこを原点として、その子どもに問題があれば、その問題の解決に全力を尽くす。
言うなれば、発達心理学の世界は、「個人」という「ミニ」の世界。

 一方、経済学の世界では、経済学者の力は、ほとんどない。
あえて言うなら、気圧配置を見、雨量を予想し、洪水の可能性を述べる気象予報士の仕事
に似ている。
言うなれば、そこは「世界」という「マクロ」の世界。
そういう点では、経済学には別のおもしろさがある。

 たとえば経済学の世界では、先、つまり未来を読む。
未来を予測する。
(発達心理学では、子どもの未来を予測するのは、わかっていても、タブー。
「あなたの子はこうなりますよ」と言っただけで、大問題になる。)
P51(同誌)を参考に、私なりに日本の近未来を予想してみる。
それを箇条書きにしてみる。

(1)個人投資家は日本で暮らしているから、(つまり日本という井の中の蛙だから)、日
本の円高は変だと思っている。
(2)だからいつか、そこかでかならず円安に転換するはずと思っている。
(3)そこで個人投資家は、円を売り、外債に手を出す。
(4)当然、円を売れば、円安に向かう。
(5)また円を売れば、日本に対するヘッジになると考える。
(6)円安になれば、日本の企業は輸出しやすくなり、企業にメリットがある。
(7)景気は回復する。
(8)日本の株価は、上昇する。

 ……というところまでなら、私でも読める。
つまりこの程度の「未来」ならわかる。
しかしここからが、問題。
そうはいかないところに、経済学の(深み)がある。
同誌の中で、同志社大学の浜のり子教授はこう述べている。

(9)そのころには、輸出企業は、全部海外に移転しているので、円安になっても企業は
円安メリットをほとんど享受できないのではないか、と。

 ナルホド、そういうことか!
円安に戻るころには、日本の企業は総崩れになっている(?)。
だったら、モタモタしていないで、今すぐ円安を是正する。
早ければ早いほど、よい。

が、ミニの世界とちがい、相手は世界。
マクロの世界。
海千山千の怪物どもがしのぎを削りあう、化け物の世界。
言うなれば、戦場。
ものごとは理屈どおりには、動かない。
言い換えると、経済学……というより世界経済のおもしろさは、ここにある。

●外国の常識vs日本の常識

 話題を変えよう。
おととい、A氏(55歳)から、こんな電話があった。
いわく「11月に、オーストラリアの友人のB氏が妻を連れて、日本へやってくるのだが、
今年に入って、もう2度目。
数年前から来るようになって、この数年間だけでも、5回目。
たまに来るのはいいのだが、ぼくも疲れました。
林さん(=私)は、どうしていますか?」と。

 現在、オーストラリアドルは、最強通貨。
日本人の私たちにとっては、オーストラリアでは、すべてのものが高い。
自動販売機のペットボトルにしても、1本が300〜400円(実勢交換レート)。
(ただしボトルのサイズは、日本のそれの1・5倍前後。)
ホテルが、どこも一泊3〜4万円。

 反対にオーストラリア人にしてみれば、日本では、すべてのものが安い。
日本の旅館に泊まるとき、一泊2食付きで、2〜3万円と聞くと、私たちはそれを「高い」
と感ずる。
が、オーストラリア人にしてみると、その2〜3万円が、5000円程度の感覚になるの
では?
つまり私たちが高級旅館と感ずる日本の旅館に、彼らは、5000円〜1万円程度の感覚
で宿泊することができる。

私「だから、オーストラリア人は、日本へ来たがるのです」
友「しかしこうも頻繁に来られると、私の方も疲れてしまいます」
私「それはたいへんですね」
友「それに習慣のちがいというか、彼らはたいしたみやげも持ってこないで、平気で2、
3週間も泊まっていきます。それにね、林さん、帰国しても一通の礼状さえくれないんで
すよ」

私「欧米人は、そうでしょうね。そういう習慣がないから……」
友「でね、林さんのところへも、よく来るでしょ」
私「この10月にも、来ます」
友「そういうとき、どうしてますか?」と。

 欧米人というより、相手がオーストラリア人のばあいは、何でもストレートにものを言
うのがよい。
いやだったら、いやと言えばよい。
忙しかったら、忙しいと言えばよい。
「今日は午後から仕事だから、6時ごろまで、君のめんどうをみられない」とか。
オーストラリア人は、そういうことを、まったく気にしない。
失敬なこととは思わない。
だから正直にありのままを言う。
正直に言えば、「ライト(わかった)」ですんでしまう。
(反対に、ウソには、敏感に反応する。
オーストラリア人には、ウソだけは言ってはいけない。)

 が、日本人はそうではない。
日本人は、「表」と「裏」を使い分ける。
内心ではいやだと思っていても、表面的には、「また遊びにおいでください」などと言う。
こういう言葉が、かえって彼らを混乱させる。

私「たまたま今は円高だから、Aさんが今度は、オーストラリアへ遊びに行けばいい」
A「そうは言っても、この不景気ですからね……。
先のことを考えると、気軽に遊びに行くわけにもいかないのですよ」
私「そこが日本人の悲しいところですね。
円高なら、本来なら喜んでいいはずなのに、それが喜べない。
円高を生かして、外国へ遊びに行くこともできない」と。

●再び経済論

 話をもとに戻すが、マクロの世界でも同じことが言える。
日本人も、もっと率直に、そして正直に、本音を言えばよい。
へたにいい子ブルから、苦労する。
あとがたいへんになる。
もっと野性的に、もっとドロ臭く、もっと貪欲に生きる。
このままでは通貨危機どころか、日本国という「国」が危うくなる。

 「このままでは日本企業は全滅する。
手持ち外貨(ドル)の5%を、金(ゴールド)に換える」と。
「復興資金にする」でもよい。
それくらいの宣言は、してもよいのでは?
アメリカは怒るだろうが、日本が破産するよりはよい。

 東洋経済誌にもあるように、「やっと円安になったと喜んだときには、日本国内に会社は
なし」では困る。

 今朝は、そんなことを考えた。
2011/09/25


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

K子様へ

拝啓

 長い電話をし、すみませんでした。
久しぶりのことで、楽しかったです。
お元気そうで、たいへんうれしかったです。
いろいろ勉強になりました。
同時に、いろいろ考えさせられました。
ありがとうございました。

順に、自分の考えをまとめてみたいと思っています。

●信仰について

 信仰は、基本的には、人、それぞれです。
それを大切に思う人もいれば、そうでない人もいます。
宗教や宗派によっても、考え方もちがうでしょう。
大切なことは、それぞれの人の考え方を尊重するということではないでしょうか。

 自分が「する」からといって、しない人を、非難するのは許されません。
反対に「しない」からといって、する人を、非難するのは許されません。
たがいに、そっとしておいてやる。
それが「信仰」と、私は考えています。

●伝統的儀式について

 「伝統」を背中に背負っている人は、強いです。
たとえば盆の墓参りにしても、「昔から、みな、そうしている」と言えば、すべてが正当化
されます。
言うなれば、水戸黄門の葵三つ葉の紋章のようなものです。
それを高くかかげ、「控えおろう」と。

 しかしそれほど楽な生き方はありません。
あとからまたそれについて書くことになりますが、自分では何も考えなくてすむからです。
昔からの(?)、言い伝えだけを、守ればよい。
世間的にも(?)、人との摩擦を避けることができます。

 しかし今、その伝統が、大きく崩れ始めているのも事実です。
都会地域では、直葬といって、病院で死んだあと、葬儀をしないまま火葬するというケー
スがふえています。
全体の30%ほどと聞いています。
またこのあたりでも、墓をもたないで、散骨という方法を選ぶ人もふえてきました。

 浜松市の郊外でも、このところ無住の寺が増えてきました。
さらにこれは長野県の友人(北信)に聞いた話ですが、無縁仏が増え、寺ごとにそうした
遺骨を集めた納骨堂を建てているということです。
この傾向は、ここ浜松市でも見られます。

 要するに、人、それぞれ、ですね。
それぞれがそれぞれの生き方を選び、死に方を選ぶ。
大切なことは、先にも書いたように、それぞれの人の生き方、死に方を、そっと見守ると
いうことです。

 「私が正しい」と思うのは、その人の勝手ですが、返す刀で、「あなたはまちがっている」
と切り返すのは、許されません。
それこそ、傲慢というものです。

●肉親関係

 Kさんも、いろいろ問題をかかえておられることは、よくわかりました。
しかしどの家族も、似たような問題をかかえています。
いろいろな話を聞いていますが、Kさんの家族のケースは、その中でも「軽い」(失礼!)
ほうではないでしょうか。

 深刻なケースとなると、まさに想像を絶するといったふうです。
最近でも、玄関先で兄弟同士が怒鳴りあったという話も聞いています。
この世界、まさに何でもござれ!
で、それなりの人たちとは、それなりのつきあい方をする。
他人でも、身内でも、です。
一定の距離を置く。
それでよいのではないでしょうか。

 ただ人も、60歳を過ぎると、(50歳でもよいのですが……)、仮面(ペルソナ)をか
ぶってつきあうのも、疲れます。
つまりいい人ぶるのは、疲れます。
私のばあいは、こうしてものを書くのが仕事ですから、一言でもその人を悪く書いたり、
批判したばあいは、以後、交際を絶つようにしています。
一方で悪く書きながら、一方で笑顔で話すなどということは、私には、できません。
またそういうことを繰り返していると、脳みそがバラバラになってしまいます。

 あとは、ありのまま生きる。
今さら身を飾っても、意味はありません。

●生き様

 ある人の手記を読みました。
アメリカ人の青年が書いた手記です。
その青年は、20代でHIV(エイズ)を発症。
余命、半年余りと宣告されました。

 その青年は、こう書いています。
「無駄な人と、無駄な交際はしたくない。時間を無駄にしたくない」と。

 20代の青年がそう書いたことに驚きました。
しかしこの話は、何も、20代の青年だけの話ではありません。
私たちだって、すでに「死の宣告」を受けているわけです。

 私も平均余命まで、16年を切りました。
今のところ、とくに大きな病気はありませんが、一般論から言えば、平均余命から10年
を引いた年齢が、健康寿命ということになります。
最後の10年は、病魔と闘いながら、徐々に死に向かっていく……。

 私は今、無駄に時間を過ごすことに、たいへん神経質になっています。
つまらないことで、半日もつぶしたりすると、「しまった!」と思うことが、よくあります。

●ゆがんだ心

 電話で「ゆがんだ心」について話しました。
心も、顔と同じように、生き様によって、ゆがんできます。
生き様が醜いと、心もゆがんでくるということです。
で、ここが恐いところですが、一度ゆがんだ心は、もとには戻らないということ。
青年期までにゆがむと、その状態は、生涯にわたって、つづきます。
「改心」という言葉もありますが、それは昔の時代劇の話です。
脳の中に、一度できた思考回路を変えることは、簡単なことではありません。
学者ぽい人は、一生、学者ぽい。
ヤクザぽい人は、一生、ヤクザぽい。

 「ゆがむ」ということは、ものの考え方が、悪魔的になったりすることをいいます。
人を恨んだり、妬(ねた)んだり、しやすくなります。
ウソをウソと思わなくなるのも、そのひとつです。
自分の欲望を満足させるために、平気で人を傷つけたり、だましたりします。

 以前、こんな女性(80歳くらい)の話を聞きました。
何でもその女性は、朝早く、散歩にでかけては、近所の植木鉢を持ち帰ってしまうという
のです。
私はこの話を聞いたときには、少なからず、混乱しました。
(盗むという行為)と、(美しい花を楽しむ)という行為は、完全に矛盾するからです。
私には……という言い方は避けたいですが、盗んできた花を楽しむということは、私には
とてもできません。
花を見るたびに、いやな気分になるでしょう。

 が、心がゆがんでいる人は、それが平気でできます。

●絶縁

 私もこの10年のうちに、何人かの人と絶縁しました。
それまで何十年も交際してきた人も、含まれています。
たとえば、B氏。

 B氏は、他人の不幸をのぞいては、平気でそれを酒の肴にするような人です。
私の母が、倒れたときもそうです。
妹氏を連れて、見舞いにやってきたそうです。
もちろん心配して見舞いに来たのではなく、ただの見物です。
つまり野次馬。

 それがそうであるかないかは、その人自身の生き様を見ればわかります。
「一貫性」の問題です。
生き様には、よい意味においても、悪い意味においても、一貫性があります。
母にしても、見舞いになど来てほしくなかったのでは、ないでしょうか。
見舞いに行くなら行くで、一度、相手の気持ちを確かめてから行く。
私はそれが常識と考えています。

 中には、(よほど親しい人は別として)、自分の無様(ぶざま)な様子を見せたくない人
もいます。
反対に私やあなた自身が、そういう状態になったときのことを考えてみれば、よくわかる
はずです。

 無頓着というより、失敬。
失敬というより、あまりにも人道をはずれている。

 が、B氏は、そのあとさらに、事情も知らず、イヤミまで言ってきました。
自分では、ご存知のように、介護の「か」の字も経験したことがない。
父親が倒れて入院したときも、最期まで一度も見舞いに行かなかった。
そういうB氏が、年長風を吹かし、私にイヤミまで言う。

 その瞬間、私とB氏との関係は、切れました。

●人を選ぶ
 
 話が脱線しましたが、50歳を過ぎたら、人を選ぶ。
60歳を過ぎたら、さらに、人を選ぶ。
世界の賢人たちも、異口同音に、こう言っています。
「老後は、少数の人たちと、濃密な関係をもつのがよい」と。

 この考え方は、先に書いたアメリカ人の青年の考え方と共通しています。
本当に心のわかり合える人と、心を通わせて生きる。
反対に言うと、表面的な部分だけで、キツネとタヌキの化かし合いを繰り返す。
私はそれこそ、時間の無駄と考えます。
もちろん私たちは同時に社会的動物ですから、生きていくためには、表面的なつきあいを
しなければならないときもあります。

 たとえばこれから私は、ある農家の友人を訪ねることになっています。
頼んでおいた、お茶ができたという連絡を受けたからです。

(今では、お茶も安心して飲めません。
それでその友人に、お茶を頼んでおきました。
その友人が作ったお茶なら、飲めるからです。)
そういう交際まで、無駄と言っているのではありません。

 さわやかに交際し、さわやかに生きる。
それもときには、大切なことですね。

●浅瀬にあだ波

 ただ注意してほしいことがあります。
昔から、『浅瀬にあだ波』と言います。
「思慮の浅い人ほどよくしゃべり、あれこれとうるさく騒ぎ立てるということ。
川の浅瀬には、さざ波がたつところから。
「仇波」はむやみに立ち騒ぐ波のこと」(ウィキペディア百科事典)という意味です。

 K子さんの周りにもそういう人がいると思いますが、一方的な意見だけを聞いて、判断
すると、判断を誤ります。
人間関係については、とくにそうです。
同じAさんでも、見る人によって、評価が180度ちがうということは、よくあります。
一見、人道にはずれた(?)行為でも、理由を聞くと、そうでないということは、よくあ
ります。

 私にかぎらず、人がそうした行動に至るには、それなりの前提なり、理由があるという
ことです。
もっとも、私のばあい、いちいち説明するのが面倒なときは、それから逃げてしまいます。
相手次第というわけです。
それなりの人なら、説明も必要かもしれません。
そうでなければ、そうでない。
何か、疑問に思うようなことがあれば、どうか、率直に私に聞いてください。

 K子さんが言われたように、あのM子さんは、悪人ではありません。
ただ気が小さい人だけ。
世間体ばかりを、気にしている。
もともと自分(=コア)のない人ですから、10のうち、9までがウソと考えてよいと思
います。
だから言うことが、コロコロと変わる。
一貫性がないという、一貫性(?)。
そういう人です。

●伝統

 が、K子さんは、強気ですね。
「伝統」を背負っているからです。
「昔からのしきたり」と言えば、みな、黙ります。
それをよいことに、自説を展開する。
返す刀で、相手、つまり私を非難する。

 「あの浩司(=私)は、偉そうなことを書いているが、人間のクズ」と。

 でも、そんなことで、地獄へ落ちるというのなら、私はあの世へ行ったら、真っ先にデ
モ行進でも何でもしてやります。
さらに言えば、地獄へ落ちるのは、この私。
私の心配までしていただかなくても、結構。
K子さんは、K子さんなりのやり方で、「極楽」へ行けばよいのです。

●いい人ぶる

 大切なことは、いい人ぶらないこと。
いい人ぶればぶるほど、疲れます。
英語の格言にも、『2人にはいい顔はできない』というのがあります。
自分のことを悪く言う人もいれば、そうでない人もいます。
若いころなら、誤解を解いて・・・というエネルギーも働きましたが、今は、その元気も
ありません。
成り行き任せといった感じです。
もう少し辛辣な言い方をすれば、「どうでもいい」?

 どうせ・・・という言い方は失礼かもしれませんが、どうせその程度の人たちです。
総じてみても、日々に精進、努力している人のほうが少ないです。
そこらのオジチャン、オバチャン(私も含めてですが・・・)を相手にしても、しかたな
いでしょう。
本気に相手にしても、それこそK子さんが言われたように、みなが喜ぶだけです。
私も、そう考えます。

●迷い

 私もよく迷います。
が、そういうときは、「すべてをする」という方法に切り替えます。
たとえば旅行先。

 「Aへ行こうか、Bへ行こうか」と迷ったら、両方とも行きます。
(もちろん費用の問題はありますが……。)
時間というのは不思議なもので、作れば作れるものです。
怠惰に過ごすのも1日。
朝からキビキビと過ごすのも1日。

 ご存知ですか。
あのネズミの脳の周波数を100倍に広げてみたら、人間の脳の周波数と一致したという
のです。
つまりネズミは、人間の100倍の速さで、生活しているということになります。
わかりやすく言えば、人間の1秒は、ネズミの100秒に相当するということです。
ですからネズミの寿命を知り、「ネズミは寿命が短い」と考えるのは、まちがいです。

 さらにハチがいます。
スズメバチ(雄)の寿命は、約3か月程度と言われています。
しかしスズメバチは、その3か月で、人間の50〜60年分を生きているのかもしれませ
ん。

 つまり人生というのは、「時間」ではなく、「密度」の問題ということです。
そこにある時間をどう使うかで、人生を長く生きることもできるということです。

 だから迷ったら、両方する。
費用の問題が生じたら、2倍、仕事をすればよい……ということになりますね。

●心配ごと

 もちろん私にも、心配ごとはあります。
家族、仕事などなど。
老後の問題は、目下、現在進行中。
あとは健康。
とくにボケ(認知症)が恐いです。
ボケると、私が私でなくなってしまう。

 今は、まだこうしてものを書くことができますが、ボケたら、それもできなくなります。
だから今は、こう考えます。
ピンコロこそ、私の死に方、と。

 無駄に長生きをしても、みなに、迷惑をかけるだけ。
この先、私たち老人組は、ますます嫌われることはあっても、好かれることはないでしょ
う。
若い人たちの書くBLOGを読んでいると、それがよくわかります。
で、そういうのを読んでいると、「では、自分の人生は何だったのか」とよく思います。
たとえば私は結婚前から、収入の約半分を、実家へ納めてきました。
加えて盆や暮れに帰省するたびに、20〜30万円を納めてきました。
それを40歳までつづけ、40歳から45歳までは、毎月10万円、納めてきました。
いろいろあって、その額にしてもらいました。

 27、8歳以後は、法事の費用全額、税金、商品などの仕入れ金なども支払ってきまし
た。
その間に、実家の建て直しもありました。
一方、母は母で、そうしたお金で、親戚の人たちの生活を助けていました。

 私は私なりに懸命に働かざるをえなかったわけです。
1か月に、休みが1日だけという年も、何年かつづきました。
が、結果はどうか。

 この先、今までしてきたことが報われるということは、ないでしょう。
また期待していません。
無縁死、孤独死は、当然。
60%の人がそうなると言われていますから、もうあきらめています。
「孤独死、それもいいではないか」と、です。

 もっとも、70歳までには、有料の老人ホームへ入ることも考えていますが、それもた
いへんです。
現在の今ですら、7年待ちといった状況です。
しかも入居条件の第一が、「健康で、自活できること」となっています。

 ボケたら、そこへ入ることもできません。

●「今」が常にゴール

 そういうことも考えていくと、何のために生きてきたか、わからなくなります。
人生の最後に、「死」がある。
生きるのもたいへん。
しかし死ぬのもたいへん。

 だからこう考えるようになりました。
要するに人生には、ゴールはない、と。
あるとすれば、「今」が、その「ゴール」。
常に今があり、常にゴールがある。
そう考えれば、「何のために・・・」という部分が、少しは和らぎます。

 だから私のばあい、「とにかく今をがんばろう」という気持ちで生きています。
「明日は、今の結果としてやってくる」と。
たとえば健康にしても、今日、運動をこなす。
「今日、こなせば、明日も健康でいられるだろう」という思いが、あるからです。

 ただ、「道」だけは、大切にしています。
道のない人生を歩むことほど、つらいものはありません。
何度も経験しました。
だから「道」を見失わない。
わかりやすく言えば、仕事ということになります。
どんな形であれ、死ぬまで、仕事をする。
できればピンコロ・・・。
そう願っています。

●目的

 自分のことばかり書きましたが、K子さんのことを書くと、K子さんがだれか、わかっ
てしまいます。
この世界にも、いろいろあります。
いろいろな人がいます。
こうして私は自分のことを洗いざらい書いているものですから、中には、興味本位で私の
私生活をのぞいている人もいます。
それはそれで仕方のないことですが、みながみな、好意的というわけではありません。
先日も、こう言ってきた人がいました。

 「浩司くんは、毎日、あんなことをしていますが、何の役に立つのですか」と。
「あんなこと」というのは、毎日、こうして私が原稿を書いていることをいいます。
悪気があってそう言ったのではないと思います。
「本を出すとか、そういう方法なら、利益にもなるし、私が死んだ後も残る」という意味
で、そう言いました。

 が、私はもうそういうことが、どうでもよくなりました。
本を出しても、どうせ売れないでしょうし、死んだ後のことは、その後の人たちに任せれ
ばよいのです。
それよりも大切なことは、「今」、それを「生きがい」とできるかどうかということです。
それができれば、それでよし、です。
たとえば朝、起きますね。
今の私は軽い運動をすますと、まっすぐ書斎へ入ります。
おもむろにパソコンに電源を入れ、キーボードを叩き始める。
それがたまらなく楽しいです。
ときどきそういう私を、私は、幸福と感じます。

 他人の批評など、気にすることはない、ですね。
そういう点では、どこかカルト的ですが、しかし同時にときどき、こう思います。
「1人くらい、私のような馬鹿がいてもいいのではないか」とです。
どうであるにせよ、今の私には、それしかできませんし・・・。
今さら、自分の道を変えることもできません。
「無駄だった」と認めることは、そのまま「自己否定」につながってしまいます。
その心配があるならなおさら、目を閉じて生きていくしかありません。

●終わりに

 とにかく1日でも長く、健康に。
若い時は、こんなことは考えもしませんでした。
しかし今は、ちがいます。
健康であることが、かくも重要なこととは、知りませんでした。
だから「一日でも・・・」となります。

 がんばって生きていきましょう。
いつも長電話になってすみません。

 台風一過。
秋の気配を感じます。
朝夕などは、寒いほどです。
どうか、お体を大切に。
今日は、これで失礼します。

はやし浩司

2011/09/23記


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●Why is "The Japan Sea " "The East Sea"? (なぜ「日本海」が「東海」なのか?)

【坊主憎ければ、袈裟まで憎い】(South Korea now plays a nasty trick on Britain to annoy 
them on the Falkland Islands.

South Korean Government now tries to insist to alter the name of "The Falkland Island" 
into "The Marubinasu Island", since the British Government has denied to alter the 
name of "The Japan Sea" into "The East Sea" as South Korean wants to be so.
This is a kind of revenge against the British Government.
But why?
We say that those who hate priests hate even their robes, as a Japanese proverb says.

Then South Korea now plays a nasty trick on Britain to annoy them on the Falkland 
Islands.
Before all why is the sea "The East Sea"?
The Japan Sea situates in the north of Japan or north-west of Japan?
Never to the east of Japan.
There would be hundreds of "East Seas", if what South Koreans insist is correct, or 
Mexico Gulf would be "The South Sea" of the USA.

●ここまで、やるか、韓国!

++++++++++++++++++

イギリス政府は、「日本海は日本海のままでいく」と表明した。
それに対して、韓国中央日報誌(反日姿勢でよく知られる韓国の有力紙)は、
「イギリスは、日本に肩入れしすぎ」と題して、以下のような記事を掲載した。
つまりその「報復措置として、イギリスが『フォークランド海(島)』と表記している海を、
『マルビナス海(島)』と表記する」と。
しかしこの呼称を認めることは、事実上、フォークランド島をアルゼンチンの領土と認め
ることに等しい。

つまり「イギリスが、日本海を、『Japan sea(日本海)』と呼ぶなら、その報復
措置として、フォークランド海(イギリス名)を、『マルビナス海』と呼ぶ」と。

 韓国とアルゼンチンの関係は知らないが、イギリスを怒らせてまで、アルゼンチンを守
らなければならない立場でもないはず。

もしそうなら、メキシコ湾を、アメリカ湾に改名すればよい。
アメリカの南にあるから、「南海」でも構わない。

なぜ「東海」なのか?
どこの国に対して、「東」なのか?
韓国は最終的には、日本海を韓国海にする。
そう疑われても、反論できないだろう。
自己中心性もここまでくると、「自己愛」ということになる。
つまり自意識過剰!

+++++++++++以下、中央日報紙からの抜粋+++++++++++

韓国政府が南米のアルゼンチンから東に480キロメートル離れた英領フォークランド諸
島に近いフォークランド海を、アルゼンチン側呼称の「マルビナス海」と併記する方策を
推進している。
韓国政府当局者は19日、「これまでフォークランドが英国領であることを考慮して韓国の
地図にはフォークランド海と表記してきた。
しかし英国とアルゼンチン間の領有権紛争が終結しておらず、加速化しているという点を
考えマルビナス海を併記することを積極的に検討中だ」と話した。 

韓国政府のこの方針は、フォークランドが紛争地域という側面のほかに、国際水路機関(I
HO)の「大洋と海の境界」冊子での「東海(トンヘ、日本名・日本海)」、「East S
ea」表記問題と関連した英国の反対立場のためという。
世界の海洋名称を定める準拠として活用されるこの冊子は、現在、東海を「日本海(Se
a of Japan)」と表記しており、政府は来年4月のIHO総会を控え東海と日本
海の併記を推進中だ。 

++++++++++以上、中央日報紙からの抜粋+++++++++++

●韓国の論理

 韓国の論理は、単純明快。
「日本海を、日本海と呼ぶなら、フォークランド海(イギリス名)を、マルビナス海(ア
ルゼンチン名)で呼ぶ」と。
記事では「併記」となっているが、韓国は、最初から「併記」なぞ、望んでいない。
「日本海」を「東海」へ、「改名」させるため、そのつど前回各国へ特使を派遣している。
(特使だぞ!)
 
 しかしこのやり方が、実に姑息!

●日本よ、いい子ぶるのはやめよう!

 今、日本は、韓国のウォンを、円高にもの言わせて買いまくることもできる。
韓国の輸出産業を叩きつぶすことができる。
が、日本は、それをしない。
「先進国としてのプライドと責任があるから」(政府筋)と。

 事実、一国だけの通貨をねらいうちにし、売買することは、先進国として、やってはい
けないことになっているらしい。
タブーとは言わないが、先進国には先進国としての責任がある。
それはわかる。
しかし相手の韓国は、それを隠れ蓑に、したい放題。
堂々と政府が介入し、ウォン安政策をつづけている。
日本をねらいうちにし、円を円高に誘導している。

 日本ももうそろそろいい子ぶるのを、やめよう。
相手が特使を派遣するなら、日本も特使を派遣すればよい。
「どうして『東海(East Sea)』なのか」と。

 数年前には、それが無理と判断したためか、「平和海(Peace Sea)」にしよう
とした動きもあった。
が、再び、「東海」。
今度は、「併記」と。

 韓国はやがて日本海を、なし崩し的に「東海」にするはず。
さらに「韓国海」にするはず。
少しずつ既成事実を積み重ね、事実をねじ曲げていく。
今の竹島を見れば、それがわかるはず。

●自己矛盾

 韓国の今回の主張は、自己矛盾もはなはだしい。
フォークランド海が、フォークランド海であっても、韓国は何も困らないはず。
イギリスにしても、そうだ。
日本海が日本海であっても、何も困らない。
それを知りつつ、横やりを入れる。
合理的な理由はない。
「日本」という名前が気に入らないのだ。

(ただしフォークランド島とアルゼンチンの間の海域は、「マゼラン海峡」と呼ぶ。
「フォークランド海」というのは、私が地図で調べたかぎり、存在しない。)

 もしこんな論理がまかり通るなら、「東海(East Sea)」という名前は、世界中
で何十も生まれるだろう。
またフォークランド島(海ではない)は、アルゼンチンの東方にある。
だったら、なぜ韓国は「東島(East Island)」にすると、主張しないのか?
アルゼンチン名で、「マルビナス海」と呼ぶことは、当然、つぎに「マルビナス島」と呼ぶ
ことを目的とする。
つまりイギリスの領土であることを、否定するに等しい。

 が、韓国は、ここまでやる!
またそういう国である!
イギリスは、そこまで知っているのか?
……ということで、この原稿は、英文にし、イギリスのWebsiteに投稿することに
した。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 フォークランド島 
マルビナス島 東海 日本海)


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

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 子育て最前線の育児論byはやし浩司     10月 5日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●小学1年生に折れ線グラフを教えてみる

 昨日、小学2年生用に作成した教材を使って、折れ線グラフを教えてみた。
文科省のカリキュラムによれば、小学4年生で教えることになっている。
しかしカリキュラムなどといったものは、神様が決めたわけではない。
子どもたち自身が神様。

 この時期に、脳みその中に種まきをしておくと、今はそれが理解できなくても、やがて
わかるようになる。
だから「種まき」。
子どもたちは日常生活の中で、折れ線グラフを目にする。
理解する。
それが熟成されて、折れ線グラフが理解できるようになる。

 何も小学4年生まで、待つ必要はない。
が、今でも頭の固い教師は、こう言う。
「早取り教育は意味がない」と。

●早取り教育

 子どもたちの日常生活の中には、もろもろの情報がぎっしりと詰まっている。
そういう情報に対して、それが何であるかを教えるのは、早取り教育ではない。
折れ線グラフにしても、そう。
どこへ行っても、ある。
目にとまる。
銀行にも、ショッピングセンターにも。
テレビを見ていても、出てくる。
子どもたちに、それがどういうものであるかを教えるのは、早取り教育ではない。

 教育とは何かと問われれば、子どもたちに、この先、生きていくための必要な知恵と知
識を伝えていくことである。
が、頭の固い教師は、そうは考えない。
「教えるには、順番がある」と考える。

が、どうして順番なのか?
茶道や華道ならいざ知らず、型にはめるのが、教育ではない。
そう、日本人というのは、何かにつけ、「型」を大切にする。
ついで、自らその型に押し込めようとする。
たとえば高校野球にひとつ取りあげても、ピッチャーもバッターも、みな同じ。
スタイルがみな、同じ。
だから全国津々浦々、できあがってくる子どもは、金太郎飴のような子どもばかり。
……というのは、言い過ぎかもしれない。
またそこまで考えて、折れ線グラフを教えたわけではない。

 大切なことは、子どもたちが楽しんでそれを学ぶこと。
どこかで折れ線グラフを目にしたとき、(楽しい)という思いが、ドッとよみがえってくる。
そういう(心づくり)を大切にすること。
それが重要。

 そういう願いをこめて、小学1年生に、折れ線グラフを教えてみた。
が、先週のレッスン(棒グラフ)とは異なり、やや反応が鈍かった。
小学1年生には、折れ線グラフは、やや荷が重すぎたかもしれない。
次回は、教え方を、もう少し工夫してみる。

(楽天日記では、HTML情報をUPすることができないので、カットします。
もし見てくださるようであれば、BW公開教室のほうから、おいでください。
「はやし浩司」で検索。
はやし浩司のメインサイトからご覧いただけます。)

(1)
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(2)
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ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

(3)
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【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【親や先生の悪口はタブー】
 心理学の世界にも、「三角関係」という言葉がある。わかりやすく言えば、父親、母親、
子どもの関係が、それぞれバラバラになった状態をいう。
 よくあるのは、母親が父親の悪口を言うケース。「お父さんの給料が少ないから、生活が
苦しいのよ」「あなたはお父さんのようにならないでね」と。 
 母親は同情を買うためにそう言うかもしれない。子どもはそのときは、それに同調する
かもしれない。が、やがて母親の指示にも、父親の指示にも従わなくなる。つまりこの時
点で、家庭教育は、崩壊する。
 同じように、園や学校の先生の悪口、批判もタブー。同調するのもタブー。子どもが先
生の悪口を言ったら、すかさず、こう言う。「それは、あなたが悪いからでしょ」と。
 先生の悪口を言ったり、批判したりすると、子どもは先生の指示に従わなくなる。
 教育というのは、信頼関係で成り立つ。その信頼関係が崩壊したら、先生とて生身の人
間。やる気をなくす。これは子どもにとっても、たいへん不幸なことと考えてよい。 
 なお先生に問題があるときには、子どもとは関係のない世界で、おとなどうしで解決す
る。
 たがいに高い次元で、尊敬しあう。それを平等という。「あなたのお父さんはすばらしい
人よ」「あなたの先生はすばらしい人よ」を、口ぐせにする。



【逃げ場を大切に】
 どんな動物にも、最後の逃げ場というのがある。子どもも、またしかり。子どもは、そ

逃げ場に逃げ込むことによって、身の安全をはかり、心をいやす。たいていは自分の部屋
ということになる。
 その逃げ場を荒らすようになると、子どもの心は、一挙に不安定になる。だから子ども
が逃げ場に入ったら、その逃げ場を荒らすようなことはしてはいけない。追いつめ、叱っ
たり説教したりしてはいけない。それが日常化すると、「家出」ということにもなりかねな
い。
 ある子どもは、トイレや公園の電話ボックスに逃げていた。犬小屋の中に逃げていた子
どももいた。
 同じように、子どもとて、1人の「人格者」。中には子どもの机の中まで調べる親がいる。
それがいかに不愉快なものであるかは、逆の立場で考えてみればわかるはず。
 …というような話を、ある会場でしたら、「親子の間で秘密は作らない方がいい」と言っ
た母親がいた。が、個人の尊厳と秘密は、区別する。守るべきは個人の尊厳。さらに言え
ば、信頼関係。相手の秘密が気になるようであれば、すでにたがいの信頼関係は、危機的
状態とみる。友人や夫婦の関係も同じ。
 子どもが逃げ場に入ったら、そっとしておく。しばらくすると、子どもは心をとりなお
し、そこから出てくる。



【赤ちゃん返りに注意】
 年長6歳児にぬいぐるみを見せると、「かわいい」と言って、やさしそうな表情を見せる
子どもが、約80%。しかし残りの20%は、ほとんど反応を示さないか、中には、キッ
クしてくる子どももいる。
 一般的に豊かな愛情に包まれて育った子どもは、心が穏やかで、やさしくなる。そうで
なければ、そうでない。とくに気をつけたいのが、嫉妬。
 たとえば下の子どもが生まれたりすると、ばあいによっては、上の子どもがはげしく嫉
妬することがある。その嫉妬が心をゆがめる。「赤ちゃん返り」という現象も、それによっ
て生まれる。
 ネチネチと赤ちゃんぽくなるタイプと、下の子に攻撃的な暴力を繰り返すタイプがある。
「突然、下の子が生まれた」という状況にすると、そうなりやすい。親は「平等にかわい
がっています」と言うが、下の子にしてみれば、それまでの愛情が半分に減らされたこと
が不満。
 なお赤ちゃん返りは、本能的な部分で原発的に起きる現象なため、叱ったり、説教した
りしても、意味はない。症状がひどいようであれば、もう一度、100%の上の子に愛情
を注ぎなおしてみる。「求めてきたときが与えどき」と心得る。「あとでね…」「今、忙しい
の」は、禁句。すかさずぐいと抱いてやる。それだけで子どもは落ち着く。



【国語力は母親が決める】
 子どもの国語力は、母親の会話力によって決まる。たとえば幼稚園バスがやってきたと
き、母親が「ほらほら、バス。ハンカチ? 帽子? 急いで」というような言い方をして
いて、どうして子どもに、国語力が育つというのか。そういうときは、めんどうでも、「バ
スがきます。あなたは急いで、外に行きます。ハンカチをもっていますか。帽子をかぶっ
ていますか」と話す。
 あるいは夕日を見ても、「すてきね」「すばらしいわ」「美しいわね」と、いろいろな言い
方で表現してみせる。みせるだけでは足りない。実際、子どもに使わせてみる。
 相手が乳幼児でも、幼稚発音、幼児語(たとえば自動車を「ブーブー」)を使う必要はな
い。
 また世界広しといえども、幼児期に発音教育をしないのは、この日本。「口をしっかりと
動かし」「息をたくさん吐き」「あいまいな音を避ける」。もちろん正しい発音で!
 最近では、「メリー・クリスマス」と言うときでも、鼻から「メリー・クリスモ〜ス」と
いう話し方をする女性がいる。流行語、あるいは流行的な言い方というのは、その時代の
アワのようなもの。使うとしても、心のどこかで一線を引く。
 国語力は、ほかの科目のでき・ふできにも、大きな影響を与える。小学3年生レベルで、
算数の応用問題が読み切れない子どもは、30%はいる。



【崩壊する、家族意識】
 「将来親のめんどうをみる」と考えている若者は、30%もいない。同時に親のように
なりたくないと考えている中高校生は、60%もいる(内閣府)。
 もし今、あなたが「私はだいじょうぶ。私たち親子の絆は絶対」と思っているなら、そ
れは幻想。今、親に感謝しながら、高校や大学へ通っている子どもは、ゼロ。これを私は、
「家族崩壊」という。
 もっとも欧米社会では、家族崩壊は、常態化している。「家族」というときは、そこには
祖父母の姿は、ない。それを前提として、その分、介護制度も完備している。が、この日
本では、そうでない。意識だけが欧米化し、制度がそれに追いついていない。その結果が、
孤独死、無縁死ということになる。
 日本の公的教育支出費は、世界でも最低(OECD)。その分、親の負担が大きいという
こと。『子ども大学生、親、貧乏盛り』ともいう。退職時に貯金ゼロという家庭が、50%
もある(F投信調査)。が、親は爪に灯ををともすようにして、子どもの学費を送りつづけ
る。
 が、子どもがやっと社会人になったと思ったら、ドカッとそこに待っているのは、老後。
だから私はこう言う。
 「親として、必要なことはしなさい。しかし限度をしっかりとわきまえなさい。余裕が
あったら、自分の老後を先に考えなさい」と。



【子どもを伸ばす三種の神器】
 ウソ、悪口、盗み。この3つを子どもを伸ばす3種の神器という。
 それを奨励せよというわけではないが、それができないほどまでに、子どもを抑え込ん
でしまっていけない。子どもはこれら3つを通して、おとなを操ることを覚え、おとなの
もつ優位性を打破する。自立期(幼児期後期・4〜6歳)の重要なテーマと考える(エリ
クソン)。
 まず、ウソ。代表的なものにウソ寝、ウソ泣きがある。2歳ごろから始まる。
 つぎに悪口。親に向かって「クソババア」と言ったりする。
私に向かっても、「ジジイ」とか言ったりする。そこで私のばあい、つぎのように指導する。
私「もっと悪い言葉を教えてやろうか。でも使ってはだめ」
子「教えて、使わないから」
私「…ビダンシ(美男子)…」
子「ビダンシ、ビダンシ!」と。
 盗みについては、「欲望」と深くからんでいる。慎重な指導が必要。子どものばあい、金
銭欲は、年長から小学2年生くらいまでの間に完成する。幼児のころは、100円の菓子
で満足していた子どもでも、小学生になると1000円、中学生になると1万円……とエ
スカレートしやすい。
 親は軽い気持ちで、100円のものを買い与えるが、そによって子どもは、「お金によっ
て欲望を満足させる」ことを覚える。それが盗みにつながる。



【抑圧が作る、心の別室】
 Aさん夫婦は、ともに75歳。が、夫婦げんかになると、40年前、50年前の話を持
ち出す。
「あのとき、お前はア!」「あなただってエ!」と。
 強い不平や不満があると、人は心の別室を作り、それをそこへ押し込む。こうした現象
を心理学の世界では『抑圧』という言葉を使って説明する。この抑圧には、時効が効かな
い。40年でも、50年でも、心の別室にそのまま残る。
 またワープロの世界でいう、上書きも効かない。そのあといくら楽しい思い出があった
としても、心の別室にあるため、そのまま残る。残って、時折、顔を出す。「こんなオレに
したのは、テメエだア!」と。
 子どもの世界では、心の別室を作らせない。そのつど、不平や不満を吐き出させる。ま
たそれが自然な形でできる子どもを、素直な子どもという。
 が、一度作ると、子どもは仮面をかぶるようになる。いい子ぶるようになる。見た目に
は、従順で穏やか。しかしその裏で、不平や不満をためこむ。が、そのままですむことは
ない。先にも書いたように、折りにつけ爆発する。ふつうの爆発ではない。錯乱状態にな
る。
 で、もしあなたが、「うちの子は何を考えているかわからない」「話しかけるのもこわい」
と感じているようなら、一度、育児姿勢が強圧的、威圧的になっていないか、反省してみ
る。



【親子の絆(きずな)論】
 イギリスでは、『釣りザオを買ってやるより、いっしょに釣りに行け』と教える。子ども
の心をつかみたかったら、「モノより思い出というわけである。
 が、この日本では、「より高価なものを買って与えれば、それだけ子どもは喜ぶはず。親
子の絆も太くなるはず」と考える傾向がある。しかしこれは幻想。むしろ逆効果。子ども
はかえってドラ息子、ドラ娘化する。
 自分勝手で、わがまま。自分のことしかしない。享楽的で、忍耐力もない。思い通りに
ならないと気がすまない。根気もつづかない。
 そもそも物欲は、中毒化しやすい。わかりやすく言えば、アルコール中毒、ニコチン中
毒と同じ。それがほしいから求めるのではなく、(得た)という満足感を得るために、求め
る。そうなると、いくら買い与えても、キリがない…という状態になる。
 さらに言えば、親子の絆を深めるのは、「苦労」ということになる。ともに苦労をしたと
いう思いが、絆を深める。そのためにも、「いっしょに釣りに行け」となる。ためしにこん
なテストをしてみてほしい。
 あなたの子どもの目の前で、重い荷物を苦しそうに運んで見せてみる。そのとき、「お母
さん、もってあげる!」と言って助けにくればよし。そうでなければ、親子の絆はかなり
細い…とみる。



【マシュマロ・テスト】
 2〜4歳児といえば、幼児期前期。「自律期」(エリクソン)に相当する。
 その4歳児を対称に、1960年代、スタンフォード大学で興味ある実験がなされた。
それがマシュマロ・テストである。試験官が、こう指示する。
 「テーブルの上にマシュマロが1個ある。食べたい人は、食べていい。でも、おじちゃ
んが帰ってくるまでがまんできた人には、マシュマロを2個あげる」と。
 このテストでは、マシュマロを食べた子どもと、がまんして2個手にした子どもの2つ
のグループにはっきり分かれた。
 で、このテストの興味深いところは、その後、長い年月をかけて追跡調査がなされたと
いう点にある。
 がまんしてマシュマロを2個手にした子どもは、その後、SAT(大学入試検定試験)
でも、200点以上の差をつけ、社会人になってからも、責任ある地位で責任ある仕事を
するようになったという(ゴールドマン)。
 子どもにとって忍耐力というのは、「いやなことをする力」をいう。マシュマロを食べな
いでがまんできた子どもには、その忍耐力(情動の自己規制力)が備わっていたというこ
とになる。そのためにはどうするか。
 子どもは使う。家事の緊張感の中に巻き込む。自律期の最大のテーマということになる。



【アルバム&名前を大切に】
 おとなは過去をなつかしんで、アルバムを見る。しかし子どもは、自分の未来を見るた

に、アルバムを見る。が、それだけではない。アルバムには、心をいやす作用がある。あ
る子ども(小学生)は、何かいやなことや、つらいことがあると、いつもアルバムを開い
て見ていた。それもそのはず。悲しいときやつらいときを、写真にとって残す人は、いな
い。つまりアルバムには、楽しい思い出がぎっしりと詰まっている。
 そんなわけで、親子の絆(きずな)を太くするためにも、アルバムを、部屋の中央に置
いておくとよい。
 ついでに、名前。子どもの名前は大切にする。「あなたの名前は、すばらしい」「いい名
前だ」と、ことあるごとに言う。子どもは、自分の名前を大切にすることをとおして、自
尊心を学ぶ。そしてその自尊心が、何かのことでつまずいたようなとき、子どもの進路を、
自動修正する。
 たとえば子どもの名前が、新聞や雑誌に載ったようなときは、それを切り抜いて、高い
ところに張ったりする。そういう親の姿勢を見て、子どもは、名前のもつ意味を知る。
 心理学の世界では、これを「自己評価力」という。「私はすばらしい」「できる」と信じ
ている子どもには、プラスの力(強化の原理)が働き、ますます前向きに伸びていく。



【子どもの体で考える】
 体重10キロの子どもに缶ジュースを一本与えるということは、体重50キロのおとな
が、5本、飲む量に等しい。体重20キロの子どもがソフトクリーム1個食べることは、
体重60キロのおとなが、3個、食べる量に等しい。そんな量を子どもに与えておきなが
ら、「どうしてうちの子は、小食なのかしら」は、ない。子どもに与える量は、子どもの体
で考える。
 とくに注意したいのが、白砂糖。「砂糖は白い麻薬」ともいう。砂糖を多量に摂取すると、
インシュリンが分泌される。血糖値がさがったあとも、さらにインシュリンは、血中に残
り、血糖値をさげる。結果として、子どもは低血糖になり、低血糖児特有の症状(イライ
ラしたり、カッとキレやすくなったりする)が現れる。脳の抑制命令が変調するためと考
えられている。
 さらに最近の研究によれば、「砂糖断ち」をすると、麻薬に似た禁断症状が現れることも
わかってきた(アメリカの国立薬物乱用研究所、N・D・ボルコフ)。使うとしても、精製
されていない黒砂糖を使うとよい。
 なお子どもの小食は、母親の買い物習慣を改めないと直らない。しばらくは母親も注意
して減らすが、それが過ぎるとまた以前の買い物習慣が顔を出す。



【ペルソナとシャドー】
 だれしも何かの仮面(ペルソナ)をかぶる。ビジネスのときは、とくにそうだ。それは
それでしかたのないこと。大切なことは、それを仮面と意識し、家に帰ったら、それを脱
ぐこと。
それを忘れると、本当の自分がどれなのか、それがわからなくなる。
 で、中に、すごく人間味あふれる親を演ずる人がいる。やさしく穏やかで、話し方も温
かい。「私、ひとり住まいの老人を見ると、放っておけなくて…」と言っては、ボランティ
ア活動の自慢話を始める。
 が、他人はだませても、自分の子どもはだませない。子どもはうしろから、いつも親を
見る。そして親が隠している、邪悪なシャドー(影)を、そのまま引き継いでしまう(ユ
ング)。
 こうしてすばらしい親(?)から、信じられないほど、邪悪な子どもが生まれる。欧米
では、牧師による性犯罪が話題にならない日がない。牧師の子どもほど、非行に走りやす
いとよく言われる。では、どうするか。
 子どもがそこにいても、いなくても、ルールを守る。ウソはつかない。この2つだけを
かたくなに守る。それが10年、20年とつづいたとき、その人の人格になる。またそれ
を見て、子どもは親を評価するようになる。「私の母は、すばらしい人だった」と。もちろ
んあなたの子どもも、すばらしい子どもになる。



【心の持病】
 若いときは、何かの持病があっても、それを気力でカバーすることができる。が、歳を
取ると、それがドッと表に出てくる。
 同じように、邪悪な「私」も、歳を取ると、それがドッと表に出てくる。いわゆる「地」
が出てくる。これがこわい。
 それがよいものであれば、それでよし。そうでなければ、結局はあなた自身が、みなか
ら見放される。
 そこで釈迦は「精進」という言葉を使った。たゆみない努力こそが重要、と。それは健
康論に似ている。
 究極の健康法というのはない。1週間もだらければ、その時点から健康は下り坂に向か
う。同じように、究極の境地というのはない。1週間もだらければ、その時点から精神は
下り坂に向かう。
 さらに人も40歳を過ぎると、脳みその底に穴があいたような状態になる。知識や知恵、
経験は容赦なく、そこからこぼれ出て行く。ではどうするか。
 日々に、親は親として、自分を磨く。こぼれ出る以上のものを、補給していく。つまり
日々に鍛錬、あるのみ。
 もしあなたが、妬みやすい、いじけやすい、ひがみやすい、意地悪、ウソつき…という
ことであれば、日々にそれと闘う。あなたの子どもは、それを見て、すばらしい子どもに
なる。『子は親の背中を見て育つ』というのは、そういう意味。



【タイタニック・シンドローム】
 恋愛こそ、すべて。人生の一大事。恋愛したとたん、何か大偉業でも成し遂げたかのよ
うに錯覚する。これを「タイタニック・シンドローム」、つまり恋愛至上主義という。
 今や、結婚についても、親に相談したり、親の許可を求める若者は、まずいない。ある
日突然、相手を連れてきて、「結婚します」と。
 まさに問答無用。が、その程度の恋愛なら、そこらのイヌやネコでもしている。恋愛も、
脳内ホルモンの作用によって起こることがわかっている。フェニルエチルアミンというホ
ルモンである。賞味期限は、せいぜい3〜4年。そのせいか、離婚率もウナギ登り。平成
19年度に結婚した人の数が約72万人に対して、離婚した人の数は25万5000人(厚
労省)。単純に25万人を72万人で割ってみると、離婚率は、35・4%!
 が、タイタニック・シンドロームも、つまるところ、ドラ娘・ドラ息子症候群のひとつ
と考えてよい。欲望の趣くまま行動し、理性によるブレーキがきかない。日本の若者…と
いうより、日本人は、飽食とぜいたくの中で自分を見失ってしまった。よい年齢のオバチ
ャンたちが、韓流スターを追いかけ回したりする。そういうことをしながら、みじんも恥
じない。
 恋愛至上主義は、亡国への第一歩。強く警戒したい。



【同一性の確立】
 「こうありたい」という自己像。が、そこには現実の自分がいる。この両者が一致した
状態を、「同一性の確立」という。思春期最大のテーマである(エリクソン)。
 同一性の確立した子どもは、ものの考え方が前向き、かつ積極的。非行に対しても強い
抵抗力を示す。そうでなければ、そうでない。
 が、これは何も子どもだけの問題ではない。退職後の私たちの問題でもある。
 よく誤解されるが、庭いじりと孫の世話。それはけっして老後の理想の姿ではない。退
職後であっても、道なき人生を歩む苦しみに、変わりはない。そこで私たちは、(すべきこ
と)を発見し、そこに自分を統合させていく。これを「統合性の確立」という。
 が、(すべきこと)を発見するのは、むずかしい。それこそ20年単位の準備期間が必要
である。そこでエリクソンは、遅くとも人生の正午と言われる40歳ごろから、その準備
をせよと教える。
 で、子どもを伸ばす、三種の神器といえば、夢、目的、希望。しかし今、夢のない中学
生がふえている。「明日は、きっといいことがある」と思って、一日を終える子どもは、男
子30%、女子35%にすぎない(「日本社会子ども学会」、04年)。これでは同一性の確
立など、望むべくもない。



【子どもの人格と完成度】(1)
 今、思春期の子どもの心の中では、猛烈な「生的エネルギー」(ユング)が、わき起こっ
ている。
 最近の研究によれば、脳の中の視床下部というところが、どうやらそういった信号の発
信源ということがわかってきた(サイエンス誌・08年)。その視床下部からの命令を受け
て、ドーパミンという脳間伝達物質が放出される。
 このドーパミンが、脳の中の線条体というところを刺激すると、猛烈な(欲望)となっ
て、その子ども(人)を支配する。ふつうの反応ではない。そうした欲望をコントロール
するのが、大脳の前頭前野(理性の中枢部)ということになる。が、「意志の力だけで、こ
うした衝動を克服するのはむずかしい」(N・D・ボルコフ)。
 もちろん欲望といっても、その内容はさまざま。性欲のほか、食欲、生存欲、物欲、支
配欲に始まって、もろもろの快楽追求もその中に含まれる。わかりやすく言えば、脳の中
で、どのような受容体が形成されるかによって決まる。たとえばアルコール中毒患者やニ
コチン中毒患者は、それぞれ別の受容体が形成されることがわかっている。
 では、どうするか? そこでEQ論の登場ということになる。「情動の知能指数」と訳さ
れているが、わかりやすく言えば、「人格の完成度」。(つづく)



【子どもの人格と完成度】(2)
 EQ論では、つぎの3つを重要視する(P.サロベイ)。
(1) 自己管理能力
(2) 良好な対人関係
(3) 他者との良好な共感性
 その中でもとくに重要なのが、自己管理能力。その自己管理能力は、どこまで(1)自
分で考え、(2)自分で行動し、(3)自分で責任を取るかによって決まる。
 親の過干渉、過関心が度を越せば、子どもは自分で考えられなくなる。非常識な行動を
する。
 親の過保護が度を越せば、自分で行動できなくなる。いわゆる「温室育ち」になる。
 また親の溺愛が度を越せば、依存性、服従性が強くなり、その分だけ、行動に責任を取
らなくなる。
(A)小遣いを手にしたとき、将来の自分の夢を達成するために、それを貯金に回す。あ
るいはささいなことでもルールを守り、約束を守る。疲れていても、家事の手伝いなど、
やるべきことは、きちんとやる。
(B)小遣いを手にしても、そのときどきに欲しいものがあると、使ってしまう。家庭の
中でもルールなど、あってないようなもの。約束を守るということは、まずない。「疲れて
いる」「やりたくない」という言葉をよく使い、家事を手伝わない。
 (A)のようであれば、あなたは自分の子どもを、「すばらしい子ども」と自信をもって
よい。



【許して、忘れる】
 親の愛にも3種類、ある。まず本能的な愛。親は子どもがかわいいしぐさをして見せる
と、いたたまれない気持ちになる。
 つぎに代償的愛。子どもを自分の支配下の置き、自分の思い通りにしたいと願う。一見、
愛だが、愛ではない。よい例が子どもの受験競争に奔走する親。
 3つ目が、真の愛。その真の愛の深さは、どこまで子どもを許して忘れるかで、決まる。
英語では、『for・give & for・get 』という。
 この単語をよく見ると、「与えるために、許し、得るために忘れる」とも訳せる。(forgive= 
許す、 forget=忘れる。「フォ・ギブは、与えるため」、「フォ・ゲッは、得るため」とも訳
せる。)
子どもに愛を与えるために、親は許し、子どもから愛を得るために、親は忘れるというこ
とになる。
 子育てをしていて、袋小路に入り、行きづまりを覚えたら、この言葉を思い出してほし
い。心が軽くなるはずである。
 ただし一言。「許して、忘れる」は、相手に対してはできる。しかし自分に対しては、で
きない。たとえば親バカ。必要以上のことをしてしまい、子どもがドラ息子、ドラ娘にな
ったとき、親は、深い悔恨の念に襲われる。
そういうとき、親は、自分を許し、忘れることはできない。悶々とした罪の意識を背負っ
て生きる。そのためにも、親自身も、日々に努力し、賢くなる。



【袋小路の3原則】
 ときとして親は、袋小路に入る。そういうときの3原則。
(1)子どもの横を歩く
 親には、三つの役目がある。ガイドとして、前を歩く。プロテクター(保護者)として、
うしろを歩く。そして友として、子どもの横を歩く。
(2)ほどよい親である
 やりすぎない。子どもが求めてきたら、与えどきと考えて、そのときは、ていねいに答
えてやる。昔から『肥料のやりすぎは、根を枯らす』という。
 いつも、「子どもがそれを求めているか」ということを、自分に問いかけながら、子ども
に対処するとよい。手のかけすぎ、サービス過剰は、かえって、子ども自身が自ら伸びて
いく芽をつんでしまうことになる。
(3)暖かい無視
 親の過剰期待、過関心、過干渉ほど、子どもの負担になるものはない。「まあ、うちの子
は、こんなもの。親が親だから…」という割りきりが、子どもを伸ばす。
 親は、いつも子どもから一歩退いた位置で、子どもを見守る。野生動物保護団体には、『暖
かい無視』という言葉がある。その言葉は、そのまま、子育てにも当てはまる。
 ちょっと心配のしすぎかな? 手のかけすぎかな? と、感じたら、心のどこかで、暖
かい無視を思い浮かべる。子どもを暖かい愛情で包みながら、無視する。


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●オーストラリアにUFO現れる(オーストラリアNT・News)

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/68/img611ded29zik5zj.
jpeg" width="316" height="295" alt="ufo_316.jpg">
An image from UFO spotter Alan Ferguson's page at ufoterritory.com.au
(この写真は、当日のUFOとは関係ありません。別の機会に、ノーザン・テリトリー州
で撮影されたものです。)

+++++++++++++++++++

オーストラリアのノーザン・テリトリー州にUFO出現!
オーストラリアの友人から、こんな新聞記事が寄せられました。

A TERRITORY man was shaken after an encounter with a UFO south of Tennant 
Creek.

ノーザンテリトリーの住人が、UFOに遭遇。
恐怖でおののいた。
場所は、テナント・クリークの南
(カサリーン・タイムズ紙より)

The man, who wished to be identified only as Aiden, was an hour south of Tennant 
Creek on his way to Melbourne when he noticed a bright light following him closely, the 
Katherine Times reported. 

アイデンとだけ名乗るこの男性は、テナント・クリークの南を、メルボルンに向かって走ってい
た。
そのとき明るい光が、接近して、彼を追跡しているのを知った。

Aiden said he had left Tennant Creek at about 3.30am.

アイデンは、テナント・クリークを、午前3時30分ごろ出発した。

"About an hour after I had set off I looked in my side mirror and noticed a light behind 
me," he said.

「出発してから30分ほどたったとき、私のサイドミラーに、私のうしろに光があるのを
知った」と彼は言った。

He thought nothing of it, believing it was another car - but the light got brighter.

彼はそれを何とも思わなかった。別の車が走っていると思った。が、光はどんどんと明る
くなった。

"I thought 'geez, they must be driving fast' as I was doing 120km/h," he said.

「私は120キロで走っていたから、何て奴ら、速く走っているんだ」と思った。

"When I looked again after a few minutes the light was really bright but it was in the 
bloody sky."

「数分後、その光は本当に明るかったが、それは何と、空中にあった」

Aiden said he started to freak out when he noticed the light was not coming from 
another car or truck.

アイデンは、その光が車やトラックのものでないことを知ったとき、恐怖を覚え始めた。

"I put the foot down a bit more," he said. "Then I looked back again and this time the 
light was huge and the most brightest light I had ever seen.

「私は足をもっと下へ踏み込んだ。それからうしろを見ると、今度は、その光は、巨大で、
今まで見たものの中で、もっとも明るかった」

"But the strange thing is that the light had like an orange colour to it, but was white at 
the same time.

「しかしその奇妙な光るものは、オレンジ色だったが、同時に白色というような色だった」

"It was about the size of a large car and stayed with me for about 20 or 30 minutes. 

「それは車ほどの大きさがあり、私といっしょに、20〜30分間、いっしょにいた」

"I said to myself: 'no, no, no, not me, go and take someone else, I am not interested," he 
said.

「私は、『ノー、ノー、ノー、どこかへ行き、別のだれかを連れて行け。私には興味はない』
と自分に言った。

Expert Territory UFOlogist Alan Ferguson said it had happened many times before.
"The Aborigines called them 'min min' lights'," Mr Ferguson said.

この種の事件は、以前にもたくさん起きている。
アボリジニーズは、それらを、「ミン・ミン光」と呼んでいる。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●安全論vs危険論(ラジウム温泉について)

+++++++++++++++++++++

「安全ではない」ということは「危険」という
ことになる。
が、その一方で、「危険ではない」ということは、
「安全」ということではない。

安全と危険を、同一まな板の上で、調理する
こと自体、まちがっている。

++++++++++++++++++++++

●ラジウム温泉

 少し前、まさに知らぬが仏で、ある温泉に入った。
あとで旅館の案内書を見て、背筋が凍った。
そこにはこうあった。

「……天然ラジウム温泉。県下でも有数の高い放射線量を誇っています……」と。

 道理でおかしな点はいくつか、あった。

(1)窓が密閉式で、外気を完全に遮断していたこと。
  これはラドンガスなるものを、外に逃がさないためだそうだ。
  「ガスに効果がある」ということで、多くのラジウム温泉では、ガスを浴室に閉じこ
め、「吸引法」による「療法」を勧めている。
(が、WHOは、「がんの6〜15%は、ラジウム被爆によるもの。とくに肺がんの原因に
なりやすい」と警告している。)

(2)「温泉湯を飲まないでほしい」という注意書きがあったこと。
  つまり内部被爆の可能性を知っていたのではないかということ。

 で、ネットで調べてみると、「安全」と主張する温泉側。
「危険」と主張する、WHO。
世界保健機関(World Health Organization)。
その双方がまっこうから対立していることがわかった。
温泉側は、「ラジウム温泉は、がん治療に効果あり」(?)と。

 うがった見方をすれば、もともとがんの人だから、放射線風呂に入って、がんになって
も、何が原因でがんになったかわからないということになる。

●安全論

 「安全か、安全でないか」という議論が出たら、「安全でない」ととらえる。
『疑わしきは、罰する』。
子どもの健康を守るときは、とくにそうである。

 同じように、「危険か、危険でないか」という議論が出たら、「危険」ととらえる。
放射線を例にあげるまでもない。
子どもを近づけてはいけない。

●ラジウム温泉

 ラジウム温泉が危険であるかないかは、どうか、みなさん自身で調べてみてほしい。
今ではネットで検索すれば、無数の情報が瞬時に集まる。
その上で、みなさん自身で判断してほしい。
私は私なりに結論を出しているが、ここには書けない。
現在の今も、多くの温泉地は、「ラジウム温泉」を売り物にして、営業している。
が、こういうことは書ける。

 温泉側が、「安全」と宣言すること自体、危険ということ。
もしまったくのシロであれば、はじめから安全論議など、起きない。

またある温泉地では、「がんの発生率はほかの地域と同じ」と主張している。
しかしそのデータが、あとになってねつ造されていたことがわかった。
そういうこともある。
どうか、ていねいに自分で調べてみてほしい。

 で、利用する私たちとしては、風評であろうとなかろうと、危険性のあるものには近づ
きたくない。
……近づかない方が、よい。
またそれが人のもつ、常識。
「危険でないから、入浴せよ」と迫られても困る。
「安全だから、入浴せよ」と迫られても、これまた困る。

●たったの4%?

 F県の新米が、出荷され始めている。
抜き取り検査の結果、4%が、基準値を超え、出荷停止になったという。
しかしたったの4%?

 そんなはずはない。
今までの一連の流れを知っていれば、だれだってそう思う。
またこうした検査機関への不信感もある。

 それについても、ネット上では、別の情報が流されている。
すでに「産地偽装」の事実まで発覚している。
F県産のものを、他県の米とブレンドして売る……。
そんなことも、日常的になされているらしい。

 詳しくは、やはり自分で調べ、自分で判断してほしい。
それ以上のことは、ここには、書けない。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【幼稚園児(年中児)と手作業)

(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/OaCBbq-vsp0?hl=
ja&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/uZyq02YpYI8?hl=ja
&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


【小3児に、折れ線グラフを教えてみる】

 この日は祭日でした。休んだ生徒も多かったのですが、何とか、子どもたちは理解して
くれたようです。こうして簡単な種まきを早い時期にしておくと、どこかで折れ線グラフ
をみかけたとき、脳の中で結びつきます。そういうねらいをこめて、教えてみました。や
やふざけたレッスンになりましたが、これは折れ線グラフに好印象をもってもらうためで
す。

(1)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/1hkynucCips?hl=ja
&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>


(2)
<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/YYujbyZ8Kds?hl=ja
&fs=1" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●9月21日(水曜日)台風、浜松に向かって直進中

++++++++++++++++++++++++++++

大型から、超大型に。
台風15号は、成長しながら、現在浜松に向かって直進中!
「台風15号」と言えば、あの伊勢湾台風を思い出す。
たいへんな被害をもたらした。

この浜松市にも低地は多い。
浜松へ来たころ住んでいたH町は、台風がやってくるたびに、道路が冠水した。
そのこともあって、現在の家を建てるときは、高台に土地を求めた。
今、住んでいるところが、その高台。

浸水の心配はない。
岩盤の上に建っているため、地震のときの揺れもちがう。
市内で大きく揺れても、このあたりは、ほとんど揺れない。
さらに家を建てるとき、土地を1メートルほど、盛り上げた。
道路を走る車が、家の中に飛び込んでこないようにするためだった。
こんなことを書くと、「なぜ?」と思う人がいるかもしれない。

実は、私の実家は、道路沿いの平地にあった。
そのためいつ、車が家の中に飛び込んできてもおかしくなかった。
子どものころ、私は、子どもながらにそれを不安に思ったことがある。
それで1メートルほど、盛り上げた。

が、今にして思うと、それがよかったのか、悪かったのか、よくわからない。
駐車場を広げるのにも、苦労した。(=お金がかかった。)
それに老後のことを考えると、平地のほうが楽。
車いす生活になったら、そのつど、坂を上り下りしなければならない。

……朝から、はげしい雨が降っている。
いつもの台風とは、少し様子がちがうよう。
名古屋市では、すでに多くの家が、床上浸水しているという。
この浜松でも、被害が心配される。

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 子育て最前線の育児論byはやし浩司   11年10月 3日号
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2011年月10日3日現在……1579号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【子育てポイント】

【ペルソナとシャドー】

 だれしも何かの仮面(ペルソナ)をかぶる。ビジネスのときは、とくにそうだ。それは
それでしかたのないこと。大切なことは、それを仮面と意識し、家に帰ったら、それを脱
ぐこと。

それを忘れると、本当の自分がどれなのか、それがわからなくなる。

 で、中に、すごく人間味あふれる親を演ずる人がいる。やさしく穏やかで、話し方も温
かい。「私、ひとり住まいの老人を見ると、放っておけなくて…」と言っては、ボランティ
ア活動の自慢話を始める。

 が、他人はだませても、自分の子どもはだませない。子どもはうしろから、いつも親を
見る。そして親が隠している、邪悪なシャドー(影)を、そのまま引き継いでしまう(ユ
ング)。

 こうしてすばらしい親から、信じられないほど、邪悪な子どもが生まれる。欧米では、
牧師による性犯罪が話題にならない日がない。牧師の子どもほど、非行に走りやすいとよ
く言われる。では、どうするか。

 子どもがそこにいても、いなくても、ルールを守る。ウソはつかない。この2つだけを
かたくなに守る。それが10年、20年とつづいたとき、その人の人格になる。またそれ
を見て、子どもは親を評価するようになる。「私の母は、すばらしい人だった」と。もちろ
んあなたの子どもも、すばらしい子どもになる。


【心の持病】

 若いときは、何かの持病があっても、それを気力でカバーすることができる。が、歳を
取ると、それがドッと表に出てくる。

 同じように、邪悪な「私」も、歳を取ると、それがドッと表に出てくる。いわゆる「地」
が出てくる。これがこわい。

 それがよいものであれば、それでよし。そうでなければ、結局はあなた自身が、みなか
ら見放される。

 そこで釈迦は「精進」という言葉を使った。たゆみない努力こそが重要、と。それは健
康論に似ている。

 究極の健康法というのはない。1週間もだらければ、その時点から健康は下り坂に向か
う。同じように、究極の境地というのはない。1週間もだらければ、その時点から精神は
下り坂に向かう。

 さらに人も40歳を過ぎると、脳みその底に穴があいたような状態になる。知識や知恵、
経験は容赦なく、そこからこぼれ出て行く。ではどうするか。

 日々に、親は親として、自分を磨く。こぼれ出る以上のものを、補給していく。つまり
日々に鍛錬、あるのみ。

 もしあなたが、妬みやすい、いじけやすい、ひがみやすい、意地悪、ウソつき…という
ことであれば、日々にそれと闘う。あなたの子どもは、それを見て、すばらしい子どもに
なる。『子は親の背中を見て育つ』というのは、そういう意味。


【抑圧が作る、心の別室】

 Aさん夫婦は、ともに75歳。が、夫婦げんかになると、40年前、50年前の話を持
ち出す。

「あのとき、お前はア!」「あなただってエ!」と。

 強い不平や不満があると、人は心の別室を作り、それをそこへ押し込む。こうした現象
を心理学の世界では『抑圧』という言葉を使って説明する。この抑圧には、時効が効かな
い。40年でも、50年でも、心の別室にそのまま残る。

 またワープロの世界でいう、上書きも効かない。そのあといくら楽しい思い出があった
としても、心の別室にあるため、そのまま残る。残って、時折、顔を出す。「こんなオレに
したのは、テメエだア!」と。

 子どもの世界では、心の別室を作らせない。そのつど、不平や不満を吐き出させる。ま
たそれが自然な形でできる子どもを、素直な子どもという。

 が、一度作ると、子どもは仮面をかぶるようになる。いい子ぶるようになる。見た目に
は、従順で穏やか。しかしその裏で、不平や不満をためこむ。が、そのままですむことは
ない。先にも書いたように、折りにつけ爆発する。ふつうの爆発ではない。錯乱状態にな
る。

 で、もしあなたが、「うちの子は何を考えているかわからない」「話しかけるのもこわい」
と感じているようなら、一度、育児姿勢が強圧的、威圧的になっていないか、反省してみ
る。


【崩壊する、家族意識】

 「将来親のめんどうをみる」と考えている若者は、30%もいない。同時に親のように
なりたくないと考えている中高校生は、60%もいる(内閣府)。

 もし今、あなたが「私はだいじょうぶ。私たち親子の絆は絶対」と思っているなら、そ
れは幻想。今、親に感謝しながら、高校や大学へ通っている子どもは、ゼロ。これを私は、
「家族崩壊」という。

 もっとも欧米社会では、家族崩壊は、常態化している。「家族」というときは、そこには
祖父母の姿は、ない。それを前提として、その分、介護制度も完備している。が、この日
本では、そうでない。意識だけが欧米化し、制度がそれに追いついていない。その結果が、
孤独死、無縁死ということになる。

 日本の公的教育支出費は、世界でも最低(OECD)。その分、親の負担が大きいという
こと。『子ども大学生、親、貧乏盛り』ともいう。退職時に貯金ゼロという家庭が、50%
もある(F投信調査)。が、親は爪に灯ををともすようにして、子どもの学費を送りつづけ
る。

 が、子どもがやっと社会人になったと思ったら、ドカッとそこに待っているのは、老後。
だから私はこう言う。

 「親として、必要なことはしなさい。しかし限度をしっかりとわきまえなさい。余裕が
あったら、自分の老後を先に考えなさい」と。


【タイタニック・シンドローム】

 恋愛こそ、すべて。人生の一大事。恋愛したとたん、何か大偉業でも成し遂げたかのよ
うに錯覚する。これを「タイタニック・シンドローム」、つまり恋愛至上主義という。

 今や、結婚についても、親に相談したり、親の許可を求める若者は、まずいない。ある
日突然、相手を連れてきて、「結婚します」と。

 まさに問答無用。が、その程度の恋愛なら、そこらのイヌやネコでもしている。恋愛も、
脳内ホルモンの作用によって起こることがわかっている。フェニルエチルアミンというホ
ルモンである。賞味期限は、せいぜい3〜4年。そのせいか、離婚率もウナギ登り。平成
19年度に結婚した人の数が約72万人に対して、離婚した人の数は25万5000人(厚
労省)。単純に25万人を72万人で割ってみると、離婚率は、35・4%!

 が、タイタニック・シンドロームも、つまるところ、ドラ娘・ドラ息子症候群のひとつ
と考えてよい。欲望の趣くまま行動し、理性によるブレーキがきかない。日本の若者…と
いうより、日本人は、飽食とぜいたくの中で自分を見失ってしまった。よい年齢のオバチ
ャンたちが、韓流スターを追いかけ回したりする。そういうことをしながら、みじんも恥
じない。

 恋愛至上主義は、亡国への第一歩。強く警戒したい。


【マシュマロ・テスト】

 2〜4歳児といえば、幼児期前期。「自律期」(エリクソン)に相当する。

 その4歳児を対称に、1960年代、スタンフォード大学で興味ある実験がなされた。
それがマシュマロ・テストである。試験官が、こう指示する。

 「テーブルの上にマシュマロが1個ある。食べたい人は、食べていい。でも、おじちゃ
んが帰ってくるまでがまんできた人には、マシュマロを2個あげる」と。

 このテストでは、マシュマロを食べた子どもと、がまんして2個手にした子どもの2つ
のグループにはっきり分かれた。

 で、このテストの興味深いところは、その後、長い年月をかけて追跡調査がなされたと
いう点にある。

 がまんしてマシュマロを2個手にした子どもは、その後、SAT(大学入試試験)でも、
200点以上の差をつけ、社会人になってからも、責任ある地位で責任ある仕事をするよ
うになったという(ゴールドマン)。

 子どもにとって忍耐力というのは、「いやなことをする力」をいう。マシュマロを食べな
いでがまんできた子どもには、その忍耐力(情動の自己規制力)が備わっていたというこ
とになる。そのためにはどうするか。

 子どもは使う。家事の緊張感の中に巻き込む。自律期の最大のテーマということになる。


【同一性の確立】

 「こうありたい」という自己像。が、そこには現実の自分がいる。この両者が一致した
状態を、「同一性の確立」という。思春期最大のテーマである(エリクソン)。

 同一性の確立した子どもは、ものの考え方が前向き、かつ積極的。非行に対しても強い
抵抗力を示す。そうでなければ、そうでない。

 が、これは何も子どもだけの問題ではない。退職後の私たちの問題でもある。

 よく誤解されるが、庭いじりと孫の世話。それはけっして老後の理想の姿ではない。退
職後であっても、道なき人生を歩む苦しみに、変わりはない。そこで私たちは、(すべきこ
と)を発見し、そこに自分を統合させていく。これを「統合性の確立」という。

 が、(すべきこと)を発見するのは、むずかしい。それこそ20年単位の準備期間が必要
である。そこでエリクソンは、遅くとも人生の正午と言われる40歳ごろから、その準備
をせよと教える。

 で、子どもを伸ばす、三種の神器といえば、夢、目的、希望。しかし今、夢のない中学
生がふえている。「明日は、きっといいことがある」と思って、一日を終える子どもは、男
子30%、女子35%にすぎない(「日本社会子ども学会」、04年)。これでは同一性の確
立など、望むべくもない。


【子どもの人格と完成度】(1)

 今、思春期の子どもの心の中では、猛烈な「生的エネルギー」(ユング)が、わき起こっ
ている。

 最近の研究によれば、脳の中の視床下部というところが、どうやらそういった信号の発
信源ということがわかってきた(サイエンス誌・08年)。その視床下部からの命令を受け
て、ドーパミンという脳間伝達物質が放出される。

 このドーパミンが、脳の中の線条体というところを刺激すると、猛烈な(欲望)となっ
て、その子ども(人)を支配する。ふつうの反応ではない。そうした欲望をコントロール
するのが、大脳の前頭前野(理性の中枢部)ということになる。が、「意志の力だけで、こ
うした衝動を克服するのはむずかしい」(N・D・ボルコフ)。

 もちろん欲望といっても、その内容はさまざま。性欲のほか、食欲、生存欲、物欲、支
配欲に始まって、もろもろの快楽追求もその中に含まれる。わかりやすく言えば、脳の中
で、どのような受容体が形成されるかによって決まる。たとえばアルコール中毒患者やニ
コチン中毒患者は、それぞれ別の受容体が形成されることがわかっている。

 では、どうするか? そこでEQ論の登場ということになる。「情動の知能指数」と訳さ
れているが、わかりやすく言えば、「人格の完成度」。(つづく)


【子どもの人格と完成度】(2)

 EQ論では、つぎの3つを重要視する(P.サロベイ)。

(1) 自己管理能力
(2) 良好な対人関係
(3) 他者との良好な共感性

 その中でもとくに重要なのが、自己管理能力。その自己管理能力は、どこまで(1)自
分で考え、(2)自分で行動し、(3)自分で責任を取るかによって決まる。

 親の過干渉、過関心が度を越せば、子どもは自分で考えられなくなる。非常識な行動を
する。

 親の過保護が度を越せば、自分で行動できなくなる。いわゆる「温室育ち」になる。

 また親の溺愛が度を越せば、依存性、服従性が強くなり、その分だけ、行動に責任を取
らなくなる。

(A)小遣いを手にしたとき、将来の自分の夢を達成するために、それを貯金に回す。あ
るいはささいなことでもルールを守り、約束を守る。疲れていても、家事の手伝いなど、
やるべきことは、きちんとやる。

(B)小遣いを手にしても、そのときどきに欲しいものがあると、使ってしまう。家庭の
中でもルールなど、あってないようなもの。約束を守るということは、まずない。「疲れて
いる」「やりたくない」という言葉をよく使い、家事を手伝わない。

 (A)のようであれば、あなたは自分の子どもを、「すばらしい子ども」と自信をもって
よい。


【子どもを伸ばす三種の神器】

 ウソ、悪口、盗み。この3つを子どもを伸ばす3種の神器という。

 それを奨励せよというわけではないが、それができないほどまでに、子どもを抑え込ん
でしまっていけない。子どもはこれら3つを通して、おとなを操ることを覚え、おとなの
もつ優位性を打破する。自立期(幼児期後期・4〜6歳)の重要なテーマと考える(エリ
クソン)。

 まず、ウソ。代表的なものにウソ寝、ウソ泣きがある。2歳ごろから始まる。

 つぎに悪口。親に向かって「クソババア」と言ったりする。

私に向かっても、「ジジイ」とか言ったりする。そこで私のばあい、つぎのように指導する。
私「もっと悪い言葉を教えてやろうか。でも使ってはだめ」
子「教えて、使わないから」
私「……ビダンシ……」
子「ビダンシ、ビダンシ!」と。

 盗みについては、「欲望」と深くからんでいる。慎重な指導が必要。子どものばあい、金
銭欲は、年長から小学2年生くらいまでの間に完成する。幼児のころは、100円の菓子
で満足していた子どもでも小学生になると1000円。中学生になると1万円……とエス
カレートしやすい。

 親は軽い気持ちで、100円のものを買い与えるが、そによって子どもは、「お金によっ
て欲望を満足させる」ことを覚える。それが盗みにつながる


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【ラジウム温泉は安全か?】【子育てポイント】NEW

●WINDOW8

2012年のいつか、WINDOW8が発売になるという。
現在のWINDOW7の後継OS。
現在すでにベータ版(試行版)が、無料で配布されている。
大きな特徴は、タッチパネルに対応しているという点。
楽しみ。
……と同時に、この秋予定していた、新機種の購入を延期した。

●映画『サンクタム』と『ロスアンゼルス決戦』

 昨日、映画『サンクタム』を観てきた。
今日は『ロスアンゼルス決戦』を観てきた。
『サンクタム』は実話に基づいているという。
『ロスアンゼルス決戦』は、SF映画。
が、ともに期待ハズレ。
宣伝倒れ。

 『サンクタム』は、実話という点を評価して、星は3つの★★★。
『ロスアンゼルス決戦』は、平たく言えば戦争映画。
星は2つの、★★。
このタイプの映画は、もう見飽きた。

●ラジウム(ラドン)温泉

 全国には、「ラジウム温泉」と呼ばれる温泉郷が、いくつかある。
ネットで調べてみたら、50か所ほどある。
先日、入浴した、T温泉郷のR峡温泉もそのひとつ。
が、中規模以上の大きな旅館だったが、私たち以外、宿泊客はゼロ。
何と言っても、今は、時期が悪い。
悪すぎる。

 ラジウムといっても、放射性物質。
R峡温泉についての数値はわからないが、温泉によっては、放射能の高さを売り物にして
いるところもある。
X県のT温泉では、岩盤源泉での測定値が、「毎時1〜14マイクロシーベルト」とか!
「適度の放射能は、体によい。
毒も薄めれば妙薬になる」と。
T温泉のHPには、こうある。

「GT温泉郷の温泉はラドンを含むラジウム温泉(放射能泉)です。温泉中のラドンから
放出される微量の放射線を吸収することで、身体の細胞を刺激し、免疫力向上、血流の改
善の効果があるといわれています」(T温泉HPより、そのまま転載)。

 その根拠となっているのが、「ホルミシス効果」※。

 一方WHOは、ラジウム温泉の危険性を、たびたび警告している。
「がんの6〜15%は、ラジウム被爆によるもの」と。
とくに肺がんの原因になりやすいと言われている。

 乃木生薬研究所のHPには、つぎのようにある。

++++++++++++++以下、乃木生薬研究所のHPより++++++++++

……2005年6月21日、世界保健機構(WHO)は放射線のラドンが肺がんの重要な原因で
あることを警告しました。WHOに依れば癌(がん)の原因の6 %から15%がラドンに起因
するそうです。

また、WHOは本年より2007年までの3年間の予定で、国際ラドンプロジェクト(the 
International Radon Project)を立ち上げました。

世界の研究者に呼びかけてネットワークを作り、認知度の低いラドン被曝の有害性を警告
し、対策を検討するためです。 WHOの今後の課題は、ラドンや放射線の知識を広め、ラ
ドンの濃度の高い地域の世界的なマップを作ることです。

++++++++++++++以上、乃木生薬研究所のHPより++++++++++

 危険か危険でないか。
心配な人は、自分で調べてみたらよい。

「ラジウム温泉 危険性」で検索すれば、かなりの数のサイトをヒットすることができる。
が、あまり気持ちのよいものではない。
風呂に入ったのは、20〜30分程度だったが、その間、私は「被爆」したことになる。
「少量の放射能なら心配ない」と説く学者もいるが、ネットで調べたかぎり、1人だけ。
全国のラジウム温泉は、その学者の意見をことさらおおげさに取り上げ、安全性を強調し
ている。
(常識で考えれば、安全のはずはないのだが……。)

 が、私たちは「知らぬが仏」で入浴してしまった。
あとで旅館案内を呼んで、ゾーッ!

(注※:ホルミシス効果について、ウィキペディア百科事典より転載)

『放射線ホルミシス効果とは、
1978年、ミズーリ大学のトーマス・D・ラッキー生化学教授が、自らは実験や研究を行っ
ていないが、20世紀初頭から知られていた低線量の放射線による生物の各種刺激効果を、
改めて他の多くの研究者の研究原著論文を総説(レビュー)の中で紹介、整理することに
よって使用した言葉であり、アメリカ保健物理学会誌1982年12月号に掲載された総説に
よって提唱された学説である。

この仮説では、低線量の放射線照射は、体のさまざまな活動を活性化するとされる。
ただし、WHOは低線量であっても天然ラドンの放射線の危険性を指摘しており、また米国
もそれに倣うなど、主流の学説ではない』(以上、ウィキペディア百科事典より)。

●ソニーのサイバーショット

 昨日、半日、愛用のカメラが行方不明になった。
夜になって、「紛失した」と確信するようになった。
ソニーのサイバーショット(HX5)。

 が、無くなってみると、さみしいもの。
カメラが無くなったことよりも、無くすという行為がさみしい。
ボケ?
「ストライプを首にかけていたはず……」
「あの食堂で、無くしたかもしれない……」と。

 あれこれ思い出しては、悶々とした気分になる。

 ふだんなら、「また新しいのを買えばいい」と考えるが、デジタルカメラは、現在、4〜
5台、現役中。
その中でもHX5は、とくに性能がよい。
お気に入り。

 が、夜、寝る前にふと見ると、買い物かごの中に!
どうしてそんなところに置いたのかはわからなかったが、うれしかった。
さっそく出して、レンズを磨いたりした。
片時も離さず、持ち歩くようになった。
改めてCX5のよさを、再確認。
これはどういう心理的反応によるものなのか?

私「おい、このカメラな、GPS機能がついているよ?」
ワ「ヘ〜エ、すごいわね」と。

 買ったとき、GPS機能がついていることは知っていたが、使ったことはなかった。
で、そのままGPS機能のことは、忘れてしまった。
明日、もう一度、取扱説明書を読みなおしてみよう。


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●日本人の危機意識と危機管理(草食系危機管理と対策)

++++++++++++++++++++++++++

前回の台風で、いくつかの土砂ダムができた。
さらに雨が降り続ければ、土砂ダムが決壊する
恐れもあるという。

が、現在、国交相以下、対策本部が取っているのは、
「住民の避難」だけ?

日本よ、日本人よ、どうしてこうまで日本人は
草食系になってしまったのか!
どうして自分で考え、攻撃的な対策を講じないのか。

TBSーiニュースの一部を紹介する。

+++++++++以下 TBSーi++++++++++

紀伊半島に降り続ける雨。台風12号の影響でできた土砂ダムへの警戒が続いています。
決壊のおそれがある土砂ダムは奈良と和歌山で5か所。うち3か所は17日、国が想定し
た決壊までの累積雨量を大幅に超えました。

(中略)

 「不安でいっぱい。何も考えられない」
 「腰痛い、しゃあないわな」(避難してきた人)

 しかし、土砂ダムの水位にあまり大きな変化は出ていません。国交省は、最近の晴天続
きで乾いた大地に雨が染み込んでいるためとみていますが、このまま雨が続けば緩んだ地
盤が崩れる可能性は依然として残されています。

 奈良と和歌山では8つの地区が災害対策基本法に基づく警戒区域に定められ、立ち入り
が禁じられています。奈良県十津川村では3つの地区が警戒区域になっていて、一般の人
は出入りできないため、村の職員が水や食料の搬送に追われていました。

 「これ以上道路が寸断すると、今届けられているものが届けられなくなる。長雨は心配」
(十津川村の職員)

(中略)

 「あんまり降ると、またあちこち崩れる。心配です」(避難してきた人)

 「現在、私は奈良県十津川村の役場近くにいます。今は小雨状態です。十津川村では降
り始めからの雨量が既に230ミリに達しています。気象庁などによると、この雨は18
日朝まで続き、18日の日中は十津川村も晴れるとのことです」

 「ただ、来週からは再び雨の予報で、住民たちは茶色く濁った川を見て、また新たな土
砂ダムができるのではと不安を募らせています」(奈良・十津川村からの報告、午後5時半
すぎ)

+++++++++以上 TBSーi++++++++++

●攻撃的対策

 歯がゆい。
実に歯がゆい。
役人根性というか、失敗したときの責任追及を恐れて(?)、攻撃的な対策を講じない。
対策と言いながら、中身は、保身。

 たとえばこれ以上増水したら、決壊の心配があるという。
だったら、こうすればよい。

(1)現在の土砂ダムの上に、パイプを何十本も並べる。
   このパイプを通して、増水した分だけ、上流の水を、下流へ流す。
(2)その上に、土のうを必要な数だけ積み、ダムの高さを高くする。
   とりあえずはこの方法で、土砂ダムが崩れるのを防ぐ。
   そのあと、側溝を掘り、コンクリートで固めたあと、少しずつ水抜きをする。

<IMG SRC="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/91/0000004091/33/img98d17ea1zikazj.
jpeg" width="1117" height="376" alt="img209.jpg">

 今のままでは、増水し、一か所からでも水が流れ始めたら、それをきっかけに、ドッと
土砂ダムは崩れる。
こんなことは、(泥んこ遊び)の常識。
あるいは国交省にも、県にも、村にも、泥んこ遊びをした人はいないというのか?
もし方法がわからなければ、そこらの幼児に聞け。

●万事、受け身

 あの阪神大震災のときのこと。
火事は刻一刻と、神戸の町を呑み込んでいた。
地震による被害者より、火事による被害者のほうが、はるかに多かった。
しかし最後の最後まで、航空機による消火活動は、なし。
理由は、「水で、死ぬ人が出るかもしれない」と。

 あるいは中州にキャンプ客が取り残されるという事件が起きた。
上流のダムで放流が始まったからである。
で、その客を救出するために、まず川に直角にワイヤーを張った。
しかも何時間もかけて!
ワイヤーで船を渡すためだったという。
が、そのうちキャンプ客たちは、流れに呑まれ、多くが命を失った。

 どうしてあのとき、たった一本でもよいから、「命綱」を渡さなかったのか?
川の上流からロープを流せば、それができたはず。
あるいはロープを投げ渡すことだってできたはず。
最初は細いロープ、順に太いロープにすればよかった。

 今回の福島第一原発事故でも……。
この話は現在進行中だから、ここまで。
……などなど。

 日本人の特性というか(?)、すべて事なかれ主義。
後手後手主義。
つまり万事、受け身主義。

●草食系対策

 今回も、対策と言えば、「避難」だけ?
「立ち入り禁止区域」「警戒区域」をもうけるだけ?
アメリカ映画の見過ぎかもしれないが、何のために自衛隊はあるのか?
ヘリコプターでパイプを運び、それを並べ、あとはピストン輸送で土のうを積む。
アメリカ映画なら、そうする。
が、すでに1週間もたっているが、報道で見るかぎり、何も変化なし。

 こんな原稿を書くと、「じゃあ、お前、やってみろ!」と言われそう。
ならば言う。
「今は、そういう後ろ向きな反論をしているばあいではない」と。

 もし土砂ダムが決壊すれば、何百戸という家々が流され、田畑は、そのあと長く使えな
くなる。
橋も流される。
その被害を考えるなら、考えられることを、今する。
そのひとつの方法として、幼児たちのしている泥んこ遊びを、思い出した。

●いいのか、このままで!

 原発事故と比べれば、土砂ダムなど、何でもない。
失敗しても、……失敗ということはありえないが……、被害が拡大するということはない。
それとも国交省以下、役人たちは、何を恐れているのか。
管轄以外のことは、何もしようとしない?
できない?
まさに草食系。

 ……こんな状態では、たとえば外国の軍隊が侵略してきたら、日本はあっという間に、
占領されてしまうだろう。
あちこちで小田原評定を繰り返しているうちに、日本はおしまい。
「どうしよう、どうしよう、どうしましょう」と。

 いいのか、日本、日本人!
このままで!


Hiroshi Hayashi++++++Sep. 2011++++++はやし浩司・林浩司

【9月19日、驚きの朝】

●手のひらサイズのスパコン?

 今朝のニュースの中で驚いたのが、これ。
「手のひらサイズのスパコンができそう」というニュース。
しかも現在のスパコンが1年かかってする仕事を、1秒以内でしてしまうという。

 まず、そのニュースを引用させてもらう。

+++++++日本経済新聞より+++++++++2011−09−19

 国立情報学研究所の山本喜久教授らは、超小型で新しいタイプのスーパーコンピュータ
ーを実現する計算原理を考案した。
光を利用して計算する「量子コンピューター」の一種で、計算結果を導く時間を大幅に短
縮し、手のひらサイズのスパコンが実現する。
現在のスパコンで年単位の時間がかかる計算をわずか1秒以内でできる。
新薬や材料開発に威力を発揮するとみられ、民間企業と協力してコンピューターの試作機
を5年後に完成する。

+++++++日本経済新聞より+++++++++2011−09−19

●すごい!

 こういうニュースを読むと、まずこう考える。
「あと5年は、生きていたい」と。

 もうひとつは、こういった話になると、かならず出てくるのが、「新薬の開発」。
どうして新薬の開発に、それほどまでに高性能のスパコンが必要なのか。
まだまだ私の知らない世界が、山のようにあるらしい。

 それにしても、すごい!
もしこんなパソコンを、そこらの小学生や中学生がもって遊ぶようになったら、この世の
中は激変する。
人工知能も、すでに時間の問題。
5年を待たずして、人間の脳を超えた人工知能も開発されるかもしれない。
私がほしいのは、「話し相手ロボット」。
モニター上のロボットでもよい。

 その人の脳みそをそっくりそのままコピーする。
そのコピーと対話する。

私「10年前のことですが……」
コ「どんなことですか?」
私「一度、焼鳥屋へ入ったことを覚えていますか?」
コ「ああ、あのK通りにある焼鳥屋ですね?」
私「そうです……」と。

 日本敬愛新聞の記事を読み、改めて、驚く。

●原発事業からの撤退

 もうひとつ驚いたのが、このニュース。
ドイツのシーメンスが、原発事業から撤退するという。

 Yahoo・Newsは、つぎのように伝える。

『独誌「シュピーゲル」(電子版)は18日、ドイツ総合電機大手シーメンスが原発事業か
ら完全に撤退する方針を決めた、と報じた。

 同社のペーター・レッシャー社長が同誌とのインタビューで語った。
福島第一原子力発電所の事故以降、世界の主要メーカーの中で原発事業からの完全撤退を
表明したのは初めてとみられる。

 同社長は完全撤退の理由について、「脱原発というドイツ社会・政治の明確な姿勢に対す
る企業としての回答」と語った。

 また、同社長は、ロシアの原発メーカー「ロスアトム」との合弁事業も行わないことを
明らかにした』(以上、Yahoo・Newsより)と。

 一方、この日本は、(実際には官僚とゼネコンは)、さらに原子力行政を推進すると表明
している。
つまり原子力発電所をふやす、と。

 御前崎原子力発電所(浜岡原発)も、管首相が退陣し、がぜん勢いづいてきた。
またまた「防災訓練?」なるものを始めた。
この場に及んでも、まだ原発事業に固執している。
福島第一原発の被害が具体化して現れるのは、これから。
あのチェルノブイリ事故のときは、「2〜5年後から、症状が出始め、ピークを迎えたのは
10年後」という。
今の今ですら、甲状腺ガンや白血病に苦しんでいる人は多い。

 アインシュタインを生んだドイツで、このような決断がくだされたことに驚いた。

●悪性円安

 世界の金融機関が、今、一斉にドルの確保に動き始めた(日本経済新聞・9月15日)。
内心で、今、いちばん恐れていたことが、現実に起こり始めた。
もしこれが事実とするなら、(すでに現実にそうなりつつあるが)、円安は円安でも、悪性
円安の引き金を引くことにもなりかねない。

 つまり日本政府のコントロールのきかない、悪性インフレが起こる可能性がある。
もしそうなったら、食料品価格を中心に、物価の大高騰。
円安で輸出産業が勢いづくというのは、甘い期待に過ぎない。
その前に、原材料の大高騰を招くから、元の黙阿弥。

 アメリカはそれでよいかもしれない。
ドル印刷機をフル回転させれればよい。
お金がなくなったら、回転させればよい。

ニセドル札がよく問題になる。
わかりやすく言えば、アメリカは、そのニセドル札を堂々と、印刷している。
アメリカ以外が作れば、ニセ札。
アメリカが作れば、本物?
が、そのため、世界の経済が大混乱。
現に今、世界は、そうなりつつある。

 こういうニュースを知ると、「アメリカはすごい国だなあ」と思う。
もちろん悪い意味で……。

●N證券(Nホールディングズ)

 私は日本の経済力の健全性(不安定性)を知るために、ときどき証券会社の株価をのぞ
く。
見かけの動きはいくらよくても、証券会社の株価は、ウソをつかない。

 それによれば、N證券(Nホールディングズ)の株価は、この1年半で、約半値になっ
ている。
(2010年の5月に600円前後。現在303円。)
D証券も同じような割合で、さがっている。)
つまり株価も低迷してるが、株式市場そのものも、低迷している。

 ご存知の方も多いと思うが、金融機関が破産したばあい、ペイオフ制度により、100
0万円までは、保障される。
しかし外貨預金には、これは適応されない。
つまり紙くずになる。
そういう意味でも、証券会社の株価からは、目を離せない。
「あぶない!」と感じたら、サッと手を引く。
迷わず損切りをして、逃げる。
モタモタしていると、一蓮托生。
 
●9月19日

 私の9月19日は、こうして始まった。
驚きの連続。

 さて今日の予定。
巷(ちまた)は、祭日とか。
が、私には祭日はない。
いつも通りの仕事+日課。
がんばろう。
がんばります。

 そうそう昨日、山荘周辺の草刈りをした。
30〜40分程度のことだった。
朝、9時ごろ始めたが、すでにそのころ気温は30度。
おかげで熱中症に。

 このところ簡単に熱中症になってしまう。
症状は、吐き気と軽いめまい。
プラス吐き気。
すぐ水風呂に入り、頭を扇風機で冷やす。
が、あまり効果がなかった。

 そこで車の中に入り、冷房をかける。
設定温度を、22度にする。
そこで一休み。

 症状が軽くなったので、部屋に戻って、横になる。
1時間ほど、雑誌を読んだりして、時間をつぶす。
幸い、そのころ、熱中症による症状は消えた。

 夏場はいつも、朝6〜7時ごろ草刈りをしている。
が、昨日は朝寝坊。
それで9時になってしまった。

 これからは気をつけよう。
2011/09/19記


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